ポンコツとうさんの「カメラの写真」

被写体として集めたカメラをご紹介します。

写真を撮るのがカメラですが、被写体としてのカメラを集めております。カメラやレンズの性能は他のブログなどでご覧いただくとして、個人的な思い入れや感想を、つれづれなるままにしたためてまいります。紹介するカメラやレンズのほとんどが「捨て値」ともいえる価格で入手したものですが、中には巷間「名機」と言われているものもあります。ご興味をもたれましたら、ちょっとお立ち寄りください。

ponkotsutousanが好きな歌手は、ほかにも中森明菜とか西田佐知子とか鄧麗君(テレサ・テン)とか夏川りみなどたくさんいるんですが「ponkotsutousanにとってのディーバ」と云うのは、やっぱり森昌子ただ一人なんですね(今でもそう。そしてたぶんこれからもずっと)。とにかくずば抜けて声が美しく、声そのものがひじょうに豊かな表現力をもっており、その清澄な歌唱は余人をもって代えがたいものがありました。演歌のようなジャンルの歌でも、そこに「品格」を感じさせるのは、いまだに彼女だけといっても云いすぎではないと思います。そんな彼女の歌手としての異常な天才ぶりについて過去にもお話ししましたが、ずいぶん前の話ですけど、YouTubeに残されていた結婚直前の森昌子が歌う、或る「悲しい酒」をはじめて視聴したとき、あらためてその底抜けの天才ぶりに驚かされたということをお話しします。

お越しのみなさんも、美空ひばりの「悲しい酒」という歌をご存じだと思いますが、彼女の圧倒的な存在感と説得力をもった歌唱の動画がいくつも残されています。この歌は他の歌手も歌ったりしてるんですけど、もちろんひばりの域に到達している人はいません。結婚直前の歌手としての技量の頂点にあった森昌子もそのころに歌ってるんですが、さすがにひばりの歌唱を聴いた後では分が悪い。しかしこの歌を歌っている森昌子と美空ひばりの当時の境遇について、すこし考えておく必要があります。

度重なる身内と自身の不幸を経て、なお歌に人生を賭けるひばりに対し、結婚を間近に控え幸せオーラ全開の森昌子。この状況の差で「悲しい酒」を歌うのは、あまりにもハンデが大きい。しかもこの動画で森昌子は、あろうことかニコニコしながら歌いはじめるんです。ふざけて歌っているわけではないけれど、かりにも師匠であり姉でもある大歌手美空ひばりの、それも代表曲ですよ! どれほど人気と実力のある歌手でも「ひばりの悲しい酒」をこんなふうに歌うことは絶対にない! てか許されない! しかし彼女、それをしれっとしてやっちゃってるんです。

いくら天才森昌子でも「さすがにそれはないだろう」と思いつつ、つぎになにを聴こうかと動画はそのままで画面をスクロールしたんです。ところがあれれ? 笑って歌っているはずなのに歌が笑ってないぞ? と思って戻してみたら、ニコニコまではしていないけど、悲しそうな表情はまったくなく、ときどき微笑んでたりもする。歌い終わりにはまたニッコリ…。幸せいっぱいの境遇にあって、なおかつうるおいのある美しい声で、映像をみるかぎり感情なんかも大して込めているようには見えないのに、映像なしで聴くと「深刻な顔して丹念に歌っている」ようにしか聴こえない。この歌を歌う歌手はふつう「ひばりさんに失礼のないようにきちんと歌わなきゃ」みたいな、どうかすると悲壮感すら漂わせて歌うものなんですが、そんな歌をニコニコしながらさらっと歌っちゃって、それでも声だけで聴くとこんなふうに聴こえてくる…。その番組で一緒にいた歌手も、ひばりの代表曲をこんなふうに歌われてしまうと「もうやってらんない」というような、やるせない気持ちになってしまったのではないかと思います。

ちなみに、再デビュー後にも森昌子は「悲しい酒」を歌ってて、その動画も観たんですけど、離婚や病気で人生の辛酸をなめたあとの歌唱ですから、笑顔で歌う若き日の歌唱からすると存在感も説得力もはるかに上で、動画に残るひばりより年齢のいった時点での歌唱ですが、それでも後継者としての力量を存分に発揮しています。再デビュー後に歌った悲しい酒すべてがそうではないけれど、とくにすぐれた歌唱については、ひばりの領域にかぎりなく近づいていたことが分かります。この年齢になっても、まだ進化を続けていたわけですね。

結婚直前で幸せいっぱいの森昌子が笑いながら「悲しい酒」を歌う。映像を見ながら聴いたら「いくらなんでもそれはないだろう」と思うのに、声だけで聴くとちゃ~んと悲しい酒になっている。顔は笑ってるのに歌が泣いている(もちろんひばりほどは泣いていないにしても)。どんな歌手でもそういう歌い方はできない。悲しい顔で歌わないと悲しくなってこない。そんな相反することでも難なくこなしてしまう…それが森昌子という歌手でした。やはりこの人は天才だったと今さらながら驚いた、というお話でした。


第330回目はPORST reflex M-CE(=初代チノン・メモトロン)の登場です。

先週のプラクチカFX()の時のクイズは「つぎはPSマウントの最終進化形のカメラです。さあなんだ?」というものでしたが、答えはコレ。PORST reflex M-CEと云ったって、それではよく分からないでしょうけど、チノン・メモトロンCEと訊けば「おうおうアレか。知ってる知ってる!」になるかと思います。かっこいい名前のカメラで、後継となるメモトロンでは平凡な姿になってしまいましたが、この初代メモトロンは貫禄があって姿も大変かっこいい! とくにペンタ部の造形や、そこに貼ってある貼り皮なんかもふつうの貼り皮ではなく、パッドになっています。ここらは他のカメラには見られないもので、かなりな高級感も漂わせています。シャッター速度も1/2000秒まで出せてエライ!

PSマウントの最終段階で、老舗である旭光学は開放測光&絞り優先AEの、ペンタックスES&ESⅡを発売しましたが、これはシャッターボタンを押し込む段階で最終的な測光を行い、それをカメラの「電子頭脳(死語?)」に記憶させ、それをもとにシャッター幕の走る速度を演算するというものでした。実際に使うとしてもこれで十分なんですが、チノンはさらにもう一歩進めて、応答速度に優れたSPDを測光素子として使い、シャッターが切れるぎりぎりまで絞りの開放状態を維持し、最後の最後でシャッタースピードを演算する「瞬間絞り込み測光」を実現。撮影する直前の光の状態を演算するところまで進化させました。ペンタックスは開放測光&絞り優先AEを実現するために「ひと工夫」を必要としたので、世界的なユニバーサルマウントだったPSマウントのレンズ(つまりさまざまなメーカーのいろんなレンズがあった)に使用制限が出てきちゃったんですけど、チノンのシステムだとそういう制約がなかったんだそうですです。もっとも、当時は今みたいにさまざまなレンズをデジカメに着けて遊ぶようなこともなかったので、ESⅡを買ったらレンズはSMCタクマーにしとけばよかったんですけど、チノンはひじょうに巧妙な方法で、絞り連動ピンのあるレンズならどこのどんなレンズであっても、ストレスなく絞り優先AEでの撮影をできるようにしてしまったんですね。ここらは輸出やOEMをメインに事業展開していたチノンの面目躍如だと思います。ponkotsutousanがこのカメラこそが「PSマウント機の最終進化形」と云うのは、このカメラが絞り連動ピンをもつすべてのPSマウントのレンズを、まとめて面倒見ちゃうカメラだったからにほかなりません。

しかしまあいくら頑張ったところで、しょせん「PSマウントのレンズ⇔カメラの伝達機構」では絞り優先AEまでが精いっぱいで、シャッター優先AEまでは実現できませんでしたから、ほどなくPSマウントは衰退してしまいました。しかし絞り連動ピンを持ったレンズであれば、いつの時代のどこのメーカーのレンズであっても、まったくストレスなくAEで使えるというメリットはひじょうに大きく、マジでかっこいいカメラなので、程度のよいメモトロンがあればESⅡよりメモトロンがほしいponkotsutousanではあります。使わないですけどね。

で、今回のこの初代メモトロン。わが家に来たときは下の写真のとおりボロボロの状態で、カメラとしても完全なジャンク品で、ほかに欲しいカメラがあって、ひと山100円で落札したものの中に紛れ込んでいたものです。ネームプレートもとれてしまってて機種名が分からず「M-CE」というプリントだけが手がかりというような状態。しかし「CE」ときたらチノンがくさい…。「M」というのもあやしい…。もしやこれはチノンのメモトロンなのでは? と思って画像検索をかけたら「たいへんよく似た初代メモトロンCE」と「まったく同じ姿のPORST reflex M-CE」が出てきました。というわけで、今回は「PORST reflex M-CEという名前をかたる初代チノン・メモトロン」のお話でした。

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届いたM-CEはご覧のようにあまりにもヒドイ状態でだったので、使わないにしても、せめて外装くらいはキレイにしてやろうと思ってたんです。しかし4月後半から5月前半にかけて多忙を極めたため、ずっと放ったらかしになってました。最近になってようやく仕事も落ち着き、外出自粛で自宅にいるもんですから、周囲に気がねすることもなく、今回のようなお遊びをしていたと、こういうわけです。

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まずは貼り皮をぜんぶはがします。すごく頑丈そうなフレームですね。ボディだけで750gもあります。

貼り皮を交換するでけで大きくイメージが変わるので、コンタックス139(第91回目)やオリンパス・ペンEE2(第130回目)でもやってたんですが、今回もコンタックス同様にカーボン柄のカッティングシートを使って貼り換えました。ただし前回のコンタックスからすると大幅に手抜き。カッティングシートも前回はカー用品店から買ってきたものでしたが、今回はザ・ダイソーで買ってきたものです。きちんと下地を作らず、またシートの裏打ちもせず直接カメラに貼り付けているので、角度によっては凸凹が目立ちます。それでも、一番初めの写真からしたらグッとよくなっているんじゃないかと思います。開始から完成まで下に写真を並べておきましたので、外出自粛で日々悶々と過ごしておられる皆さんは、ボロっちいカメラの外装だけでも直してみてはいかがでしょうか? ちなみに、今回かかった費用はカーボン柄のカッティングシート1枚100円也、かなりいい加減にやったので、かかった時間は30分ほどでした。
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はがした貼り皮のコピーをとります。鉛筆でまっすぐになるよう補正します。

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切り出したコピーを当ててみました。

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両面テープでカッティングシート(裏にはのりがついてます)に貼り、切り出します。

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カッティングシートに裏打ちをしていないので、下の凹凸が出ててちょっと残念…。

ようやく仕事が峠を越えましたので、ブログを再開します。4/24のご報告で同日と次の週の金曜日をお休みすると云っていながら、5/8も休んでいたことにいま気づきました。すっかり忘れておりました。楽しみに待っていた方がもしおられたらごめんなさい。お詫びと云ってはなんですが、今回写真をちょっと多めにしました。

329回目は、皆さんお待ちかねのプラクチカFXと思われるカメラです。一眼レフは一眼レフなんですけど、クイックリターンミラーでもなければ、ペンタプリズムもありません。作っていたのはカメラヴェルクシュテッテン(KW)というメーカー(本当はもっと長い名前の会社)で、このFXシリーズというのはWikiとかで調べると、けっこうちょこちょこ改良されてて、またFX銘となる前にも同じようなカメラがあったので、結局今回のこのプラクチカがいったい何者なのかは、実際のところよく分かりません。シンクロ接点もないし…。ponkotsutousan的には「単に古いプラクチカ」でいいんですけど、そういうのにこだわりたいヒマな方は、下の写真を見て何なのか特定してみてください。

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さて、今回のこのカメラがかりにFXだとして、最初のFX68年も前の1952年に発売されています。この年だとサンフランシスコ講和条約が発効し、わが国が主権国家として国際社会に復帰した年であるとともに、神奈川県秦野市の鶴巻温泉にある陣屋という高級旅館で「陣屋事件」という大事件が勃発した年です。たったの1000円で売られていたにしてはコンディションがひじょうによく、シャッターも全速切れるし(精度は不明だけど、速度変化はしている)、シャッター幕にもカビやゆがみはありません。リバーサルフィルムとか使うのでなければ、いますぐにでも使えそうです。70年近くも前のカメラというふうに考えると、もうビックリシャックリで開いた口がふさがりません! さすがドイツ製です! 

 さて、前述のとおりミラーが戻りもしなければ、ファインダーもウェストレベルファインダーですから、使いにくいことこの上なし…と云いたいところですが、ミラーが上がったまま戻らないジャンクカメラなんか、ponkotsutousanはなんぼでも持ってますから、このプラクチカのファインダーが真っ暗になっても、それでいちいちビビるようなことはありません。第一巻き上げノブを回せば、たちまちミラーが下りてきてファインダーは元通りです。また、スクリーンにあべこべに写る像だって「こういうカメラなんだから、もうあきらめるしかない」と思えば、さわやかな涙がこぼれてくるというものです。しかもアサヒフレックスのように、構図を決めるためのしょぼい透視ファインダーなんか付けないところなど、さすがゲルマン民族のオツムは違うよなあと感心します!

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 で、とりあえずはスーパータクマー(55mm/F1.8と50mm/F1.4)を付けてみたんですが、明るいレンズなのでファインダー像もくっきりすっきり見えます。開放測光にも対応する、PS(プラクチカスクリュー)マウント用としては最終進化形であるこのレンズを付けるというところがなんかいいですね。プリンススカイライン2000GTBにダンロップのSP SPORT MAXX GT600 DSST CTT(日産GTRの標準タイヤ)を着けたみたいなかんじでしょうか。でもまあスーパータクマーと云えば、多くの人の目には見慣れたレンズなので、お越しの皆さんにウケそうなのも付けてみました。で、付けてみたのが、同じ旭光学のタクマー300mm/F6.3300mmもあるしフードも付けているので、写真で見るとかなりデカくて重そうに見えますが、実際はけっこうひょろりとしてて、300mmにしてはかなり小さい。持ち出すのにも苦にならない大きさ重さなので、このプラクチカにつけて近所の川を泳ぐ水鳥でも撮ってみようかなあなんて気になります。ほかにもペンタックスのレンズなら掃いて捨てるほどあるので、多い日でも安心です。とはいえ、やっぱりツアイス・イエナのゼブラ柄のレンズもほしい…。カビやくもりやバルサム切れみたいなもんがなくても一向に構いませんので、1本でいいですから、もってる人はぜひponkotsutousanにめぐんでください。もちろん2本でも3本でもかまいません。ただしつねに手元不如意で、なんのお返しもできませんので、その点はあらかじめお含みおきください。 

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で、当時のこのカメラの標準レンズは何だったのかと思って調べてみました。するとどうもツアイス・イエナのテッサー50mm/F2.8だったみたいなんです。おいおい、それって第318回目に登場してもらった京セラのポンコツAFコンパクト、Tスコープみたいじゃねえか(こちらは35mm/F2.8)。とはいえ平凡なコンパクトカメラ用に大量生産された「テッサーという名前がついているだけのごくふつうのレンズ」と、約70年前の一眼レフ用テッサーでは比較にならないほど値打ちに差があるので、単純な比較はできません。でも50mm/F2.8よりかは35mm/F2.8のほうがおいしそう…。ところで、写真学校とかに行ってる人なら先刻ご承知でしょうが、フィルム画面の対角は約43mmなので、標準レンズといえば4050mmのレンズということになります。また50mmなら画角は46度ということになります(ponkotsutousanはなんのことやらよく分かりませんけど)。ヒトの視角(視覚じゃなくて)というのは、ライカ判カメラで云うなら100mmくらいの画角なので、4050mmの標準レンズというのは、ヒトの目に置き換えると結構広角なわけです…と、ここまでは「写真もっと自由自在()」のまるごと受け売り。これまで標準レンズは50mm前後の単焦点のことだとばかり思ってたし、実際そう云ってしまってもとくに問題はないんですけど、じつはそれほど単純なものでもないのだということがわかりました(ピッカリ&ジャスピン&FS-1の生みの親にして小西六の元重役、内田康男さんの著作。この本は面白い!)

話は戻りますが、1948年には早くもコンタックスSがペンタゴナルダハプリズムによるアイレベルファインダーを搭載していたんですけど、それだけでは全然ダメで、旭光学の吉田信行さんが発明したクイックリターンミラーを搭載したアサヒフレックスBの登場で、ようやく一眼レフカメラは「天下を獲る!」という歴史のスタートラインに立てたわけです。そしてこのクイックリターンミラーとペンタプリズムを同時に搭載したアサヒペンタックスの登場で、ついに一眼レフカメラはその世界の主役に躍り出ることに成功したのでした(万歳!)

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よく似た2台。アサヒフレックスのほうはシャッターボタンを離せばミラーが戻ります。

さて、同じプラクチカのB100(322回目)からするとこのカメラ、すご~く貫禄があって、手にした感じがとてもいい。ドイツカメラの黄金時代のカメラですから当たり前かもしれません。ちなみにこのカメラの同期生だと、日本では「キヤノンIV Sb」「ニコンS」といったところ。まだまだ連動距離計カメラが幅を利かせて、その中のチャンピオンであるライカには、日本中のすべてのメーカーがひれ伏していた時代。しかし旭光学の松本社長だけは、そんな空気はどこ吹く風で、このプラクチカ発売の年には「アサヒフレックスⅠ型」を完成させ、そのわずか2年後には世紀の大発明「クイックリターンミラー」を装備したアサヒフレックスⅡB型を登場させてしまいます。しかしそんな旭光学でも、まさか自分らが王者ライカをその座から引きずり降ろすことになるなんて、当時は夢にも思っていなかっただろうし、ライカのほうだって、まさかこんな極東の中小企業に天下を獲られるなど、夢にも思っていなかったんじゃないでしょうか。

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 さて、今回はPSマウントのもっとも初期の一眼レフをご紹介しましたが、次回はこのマウントの最終進化系のカメラを出す予定です。さあなんでしょうか? このあと1週間ありますので、外出自粛中のみなさんは暇つぶしに予想してみましょう。ヒントは「ペンタックスではありません」。

それでは、不~二~家~、不~二~家~、で~はまた来週~(by パーマン)


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