第277回目はミノルタα5000の登場です。

歴史的名機α7000の下位機という位置づけですが、じつはそれほどの価格差がありません(ボディのみで8万8000円vs8万5000円…ってホントか?)。にもかかわらずフルモードのα7000に対しα5000ではマニュアル+プログラムAEとかなり割り切った仕様。おまけに登場がα7000の翌年とな!? ここらがこのカメラの存在をたいへん珍しいものにしている理由といえます。ボタンもα7000からするとぐんと少なくて、左肩にあるセルフタイマーやISO設定、プログラム/マニュアルの切り替えの各ボタンも、設定後はスライドする覆いで隠れてしまいます(下の写真では開いた状態)。しかしAFモジュールはα7000と同じものを搭載しているので、プログラムAEで撮るかぎり両機の写す写真はまったく同じものです。一方デザインはスッキリとしたたいへん好ましいもので、ペンタ部の赤い横一文字もいいアクセントになってて、α7000よりすぐれたデザインだと思います。それでもα7000との価格差がわずか3000円じゃあ売れるわけがありませんよねえ…。ミノルタはいったい何を考えてこの価格設定に挑戦し、なおかつα7000の翌年に発売したのでしょうか? 戦後カメラ史最大級のナゾのひとつと云えそうです。

さて、このカメラで良いところはなんといってもそのファインダー。そもそもミノルタのファインダーの良さは、アキュートマットをXDに採用して以降、他のメーカーから一頭地を抜いている印象がありました。MFカメラの場合、それはX-700で頂点を迎えます。こやつのファインダーはなんと等倍に近い90%の倍率で、視野率もほぼ100%(95%)です。そしてその性能はそのままα7000やα5000に引き継がれました(いずれも85%/94%、ちなみにα9000ではそれぞれ81%/94%)一般的には、AF一眼レフで最高のファインダーを持ってるのはニコンのF4というのが通り相場になってて、それはたしかにそうなんですけど、同じ明るさのレンズを付けたF4と比べてもまったく遜色ないし、暗めのズームレンズを付けた場合などは、むしろF4なんかより優れているように思います。こういうところが贔屓筋をうならせるところなんですが、後継のα7700からはさほどのものでなくなっていきます。銀塩α7だっていうほどのことはありません。X-700からこのα5000や7000の頃が頂点だったのではないかと個人的には思っています。

ところで、いろんな方のブログを拝見していると、全面マットがかなり高い評価を受けているようです。私も全面マットは好きですし、方眼が入ってたりするとさらにうれしい。でも基本的にはマットそのものの性能がどうなのかが重要なのであって、ファインダー像が「明るくて広くて鮮鋭」なら、全面マットであろうがなかろうがどうでもいいとも思っています。最近のデジイチのファインダーのことはよく知らないのですが、昔の普及機クラスのデジイチのファインダーなんか悲しくなるほどのクォリティ。だからいまでもデジイチならEVFでいいし、むしろそのほうがいいと思っています。α55を後生大事に使っているのはそういう理由もあります。ただ、それでもやっぱりよくできた光学ファインダーを覗くと「そうだよなあ、これだよなあ、やっぱこうでなくちゃいかんよなあ…」なんて思うわけです。小倉磐夫さんの著書「国産カメラ開発物語」によれば、ミノルタがAマウントを開発した本当の理由は「プログラムAEの確立」だったそうですし、AFについてはもちろん、キヤノンやニコンがしばらく追いつけない高いレベルのものを開発したのですから、ミノルタの初期AF一眼レフについては、本来ならこういったところを評価すべきなんでしょう。でもponkotsutousanの場合はやっぱりそのファインダー性能のほうにに目がいってしまいます。だって、AFAEの性能は時間が経てば陳腐化してしまうけど、レンズやファインダーといった光学系の性能は時代を超えることがありますから。

それにしても、α7000との価格差3000円というのはあまりにヒドイ(なんどでも云うぞ!)。これではα5000の出る幕がなかったのも当然だと思います。それでもプログラムAEモードで撮る限り、僚機α7000以外の当時のどのカメラより優れたカメラだったのですから、このカメラがその活躍の舞台を奪われた最大の原因は、α7000とあまり変わらない、きわめて挑発的な価格設定以外にありません。このα5000も、ある意味α(7000)ショックの被害者の1台といえると思いますが、むしろ生みの親に足を引っ張られた悲運のカメラではないかと思います。こういうカメラを見ていると、やっぱり値段もカメラの性能のうちなんだなあと痛感します。
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