第324回目はキヤノンQ-PIC(RC-250)の登場です。

じつはこのスチルビデオカメラ(デジカメじゃないのでみなさんご注意!)の名前を、過去に12回ブログのどこかで出してるんです。ヒマな人は探してみてください。で、このQ-PICはバブル景気真っただ中の1988年暮れの発売。このあとひと月もしないうちに平成になってしまうわけで、じつは昭和なカメラなんです。そのころのカメラですから、当然メディアはSD-HCとかではなく2inchのフロッピーディスク。今となってはもう使いようもありません。それでもこの手の形状のカメラが好きなもんですから、コレクションとして持ってるわけです。まさに「持っている男=ponkotsutousan」の面目躍如! おそらくですが、当ブログにお越しの皆さんが期待するのは、ニコンF3とかキヤノンのNew F-1のような、どこからどうみても見どころのないくそ面白くもないカメラでなはく、まさにこうした「時代のあだ花」のような称号を奉られているようなカメラであろうかと思います。ちなみにこの年、日本光学工業はニコンになりました。日本光学のほうがいいと今でも思ってるんですが、どうでもいいですか? どうでもいいですね。

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前述のとおり、このカメラが登場したのは1988年の暮れ。1/2CCD25万画素ですから、いまの基準ならカテゴリはトイカメですね。しかしレンズは、キヤノン史上屈指の名玉「CANON LENS SV 11mm F2.8」です。11mmですからライカ判換算すれば60mmSVというのはたぶん「スチルビデオ」の意味で、ピント合わせの方は、1m~無限遠までどの距離でもビシッとピントが合うパンフォーカス。開放絞りはF2.8と明るいんですが、露光モードはプログラムAEのみで、シャッタースピードも1/30秒~1/500秒(レンズシャッター)ですから、背景をぼかそうという場合にはプロ並みの撮影技術が必要です。それでもマクロモードで最短30cmまで被写体に寄れるとあって「マクロ好き変態野郎」には大人気です。そんなわけで縁日の露店なんかでも「そこの若旦那! ね、浅野内匠頭じゃないけれど、こっちももう腹切ったつもり。このQ-PICがたったの9万8000円で、さあどうだ! なに?ダメ? ええいどいつもこいつも貧乏人の行列だ! よしっもう一声。もってけこの泥棒野郎!」(byワゴンタイガー)。 

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さて1988年といえば、パパ・ブッシュがアメリカ大統領になった年で、このQ-PICと東京ドームがじつは同い年です。でもこの年は、野球好きだったら忘れようとしても思い出せない…もとい、思い出さないようにしても蘇えってくる近鉄バファローズの悪夢。そう、それはプロ野球史上屈指の伝説の一戦(とはいえダブルヘッダー)となった、ロッテ・オリオンズとの「10.19決戦」。このダブルヘッダーに連勝すれば、近鉄のリーグ優勝が決まるというもう土壇場中の土壇場。もっとも巨人や阪神のファンからすればその数もごくごくわずかな近鉄ファン以外には、これといって興味を引く要素はなく、そもそもロッテvs近鉄なんて試合は、地元ローカル局のテレビ神奈川でも、中継するかどうか分かんないようなカードなわけです。そんなコアなファンに向けて始まった試合でしたが、第一試合目はロッテが終盤まで大きくリード。しかしこの絶体絶命のピンチを近鉄打線が必死の思いで逆転(スコアは4対3)し、からくも第二試合に夢をつなぎました。しかしその第二試合も序盤でロッテにリードを許す苦しい展開。それが中盤で追いつ追われつの展開と変わり、時間を追うごとにドラマチックなものとなっていきました。しかもこの第二試合目の近鉄は、ロッテのプレーヤーばかりか、試合時間という敵とも戦わなければならなくなったため、ひっそり始まったこの不人気球団同士の試合が、あろうことか「判官びいきの日本人向けのエンターテインメント番組」へとその姿を変えてしまいました。ようするに、コアな近鉄ファンでなくても楽しめる、ましてやちょっとでも野球を知ってる人にとってはひじょうに面白い試合になってしまったと、こういうことなんですよ。おそらくそういう人の中にテレビ朝日のお偉いさんがいたんでしょう。「今日はもうニュースはやめや!」ということになり、久米宏の名調子で人気だったニュース・ステーションの電波ジャックまでしてしまったんです。巨人とソフトバンクの日本シリーズだって、ここまでバカな真似はできません。ふだん野球なんか見もしない人まで「近鉄がんばれ!」とか「ロッテも負けてやったらどうや(吉本新喜劇のしげぞう爺さん風で)」とか、まさにこの数時間だけ「にわか近鉄ファン」が日本中にわいて出たんですよ。ponkotsutousanももちろん固唾をのんで、この試合の成り行きを見守っていたんですが、なぜか国民のほとんどが近鉄バファローズに肩入れするという、神武以来の怪現象に覆われた川崎球場の多摩川をはさんで対岸にあるキヤノンが満を持して登場させたのがこのQ-PICというわけです…と、ここでキヤノンに戻ってくるというところが、まさにこのブログならではの展開。ファンならここで拍手! しかし近鉄が優勝できなかったことやQ-PICが登場したことなんかより、この年ponkotsutousan的にいちばん大きなニュースだったのは、宇野重吉、加藤嘉、小沢栄太郎という新劇界の超スーパースターが相次いで亡くなってしまったこと。こうした俳優が出てるか出ていないかで、映画の厚みがまるっきり違ってくるからで、最近の映画にうすっぺらなものを感じるのは、こうした名優たちがことごとくいなくなってしまったからだと、個人的には思っています。

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で、なんだその…なんだっけ? えーっとああそうそうキャノン。このころはまだまだフィルム全盛期で、その後いまの状況が信じられないくらい、AF一眼レフが景気よく舞い踊ってたんです。まさにカメラによるバブリーダンス状態(登美ヶ丘高校?)。このカメラが登場する前年19873月には、キヤノン創立50周年の記念イベントカメラ・EOS650が登場! このころは「デジカメがフィルムカメラを超えるなんてムリムリ!」とか、今となっては寝言にしか聞こえないことを、のうのうと言っていたプロカメラマンとかジャーナリストもけっこういたんですよ。その後の顛末はお越しの皆さんもご存じのとおりです。

さて、このカメラのなにがウリだったのかというと「磁気メディアに記録して、中間にとくべつなデバイスを介することなくテレビのディスプレイに映し出すことができた」ということ。これがどれほどスゴイことだったかは、今どきのカメラ好きは理解できないと思います。それでもこれだけじゃダメだったんですね。キヤノンにしてはもうひとつツメが甘いなあと思うんですけど、そこを詰めきって出てきたのがカシオQV-10。ここまできてやっと「天下を狙えるスペックをデジカメがもった」わけです。そんなQV-10でも登場は1994年ですから、さすがのカシオといえどもQ-PICの後5年もかかっていたんですね。しかしその間、EOS650620630のクリンナップがヒットのつるべ打ちで、下位打線のオートボーイもヒット連発で打者一巡の猛攻。その後もEOSシリーズは廉価機からEOS-1まで、盤石のラインナップを組み、その多くがヒットをかましていったんですね。だから9万8000円もするQ-PICが当たろうと当たるまいと大した問題にはならず、日本映画史上の名優が次々と亡くなってしまったことの方が、キヤノンの重役や株主にとってはよっぽど大ごとだったんじゃないかと思います。

このQ-PICはいわゆるデジカメではないけれど「デザインやパッケージの方向性」が決まらない頃の磁気媒体を使うカメラには興味深いものが多く、キヤノンやニコンといった旧来のメーカーに加え、カシオや三洋や日立や東芝という、計算機や冷蔵庫や原子力発電所を作るのが本業というメーカーまでが参戦して、まるで雨後の筍のように同じ工業製品がわいて出てきた時代だったんです。もっとも高くて買えないから、ただただ面白がってただけですけどね。このQ-PICもそんな流れで出てきたカメラだと考えているので、ponkotsuコレクションにとってこのカメラはマストといえる存在なわけです。もちろん使う気もないしじっさい使えないんですけど、こういうのを持っていないようでは「趣味はカメラのコレクションです」なんて、こっぱずかしくて言えませんよええ。