第322回目はペンタコン・プラクチカB100electronicの登場です。

旧東ドイツで作られていた絞り優先AEのシンプルなオート機です。日本製の同時期に誕生した同じようなスペックのカメラからしたら、とくに優れているところとか魅力的なところは、これといってありません。リトルニコンやミノルタX-7のほうがぜんぜんあか抜けてていいと思います。また、ふつうはカメラを正面から見ると、巻き上げレバーやシャッターダイヤルのある左側の方が長くなるもんなんですが、このB100は逆。そのせいでしょうか、なにかこうデザインに違和感みたいなものがあります。小柄なカメラですが、ペンタ部が不必要に大きなかんじで精悍さにも欠けますし、といってカワイイというわけでもありませんから、お店で見かけたとしても積極的に買おうという気にはなれないカメラですponkotsutousan的には…。それでも「東ドイツだろうが西ドイツだろうがドイツのカメラであることに変わりはないし、1台くらいはペンタコンのカメラも…」ということで、自分自身に許しを請うて(?)手に入れました。

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かんじんのAEはダメなんですけど、ストロボ発光時用の1/90秒でシャッターを切ることができます。この速度があればじゅうぶん使うことができると思うし、なんてったって「ドイツ製のカメラ」に「ドイツ製のレンズ」が付いてワンコインだったんですから、まあお買い得だったと云っていいでしょう。このカメラが売り出された頃でも、東側のカメラは日本製のカメラからすると旧式なものが多くて値段も安かったのですが、じつは40年近く前に、実家の近くにあった小さなカメラ屋で旧ソ連のメプロ・ゼニットの新古品を、50mm200mmのこれまた新古品のレンズ付きで買ったことがあったんです。もちろんM42マウントで絞り込み測光という古くさいカメラでしたが、それでもこれほどの内容で全部合わせて2万円しなかったんですから、東側のカメラの値打ちなんてそんなもんなんだろうと、当時は思ってたんです。とはいえ良く写ったし、質感も使った感じもけっこう良かったんですよこのゼニットは。だから今でこそ「もしかしたらドイツ第三帝国時代のツアイスイコンとか、カールツアイスの生き残りが作っていたのかなあ」なんて思ったりもするんですが、のちにコンタックスがヤシカと組んでカメラを出した時ですら「ドレスデンで作られた安物のカメラをヤシカが輸入して売ってるわけ?」なんて勘違いしてたんですから、ばちあたりもいいとこです。ちなみにゼニットはその後なにかのカメラを買うときに下取りで出して、それっきりになってしまいました。

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このB100、ボディやレンズがキレイなのは良かったのですが、じつは「シャッター音」がすごくいいんです。けっこう大きな音なんですが、全然耳障りなところがない。コパルスクエアと同じ構造と思われる縦走りメタルシャッターなのに、横走り布幕シャッターのようなまろやかな音。それでいて歯切れが良い。1/90sでしか切れないんですけど(最速はたぶん1/1000s)、高速シャッターでもたぶん音のかんじは変わらないと思います。以前に「カメラ史上最高の巻き上げ感」を知りたいだけで、ミノルタのXEを手に入れたことがありましたが、このB100はそのシャッター音に最大の値打ちがあるとponkotautousanは考えています。

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ところでこのカメラは「プラクチカ」という名前が付いているのに、M42マウント(すなわちプラクチカスクリューマウント)じゃなく、Bシリーズ専用のバヨネットマウントになってて、BシリーズのBはバヨネットのBなんだそうです。またレンズの銘板にはPENTACON PLAKTICARとプリントされてるんですが、そのロゴが同時期に売られていたCARL ZEISS JENA DDR FLEKTOGONとかのロゴに似ているので、もしかしたらツアイスイエナで作っていたレンズなのかもしれません。一方、見たかんじはXRリケノンによく似ており、レンズの取り外しボタンの位置もKマウントと同じなので「これはもしかしてもしかしたら、MXとかサンキュッパに付くってか?」と思ったんですが、残念ながら付きませんでした。くやしいなあ…。ま、M42マウントで天下を獲らせてもらった旭光学ですら「開放測光+絞り優先AE」までが精いっぱいだったので、ペンタコン・プラクチカもそうとう頑張ったんでしょうけど、結局かつて世界制覇をなしとげたM42マウントをあきらめ、バヨネットマウントに手を出したとまあこういうわけですね。なので、ペンタックスとは違うやりかた(瞬間絞り込み測光)で、M42マウントをもう半歩進ませたメモトロンのチノンにはponkotsutousanから「努力賞」を差し上げたいと思います。で、Bシリーズは1979年に販売が開始されたんですけど、それでも1985年までM42マウントのカメラであるMTL50というカメラが作られていました。じつにミノルタα7000が登場した時点でなお、新品のM42マウントのカメラが買えたというのは、ある意味スゴイ。まさに東側のカメラならではのことだったのではないかと思います。

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▲さあ、どっちがPLAKTICARでどっちがXRリケノンだ?▲

BシリーズはB200に始まりシュナイダー・クロイツナッハに買収されてなお1990年代半ばまで頑張ったんですけど、もうこの頃にはカメラとしての魅力がほとんど感じられないようになっていました。もちろんドイツのカメラなんかはもうライカ以外は全滅で、そのライカだってとっくの昔にエルンストライツのライカじゃなく、ライカカメラという会社のライカになってて、ホンモノの大金持ちとか見栄っ張りな客相手にその「ブランド力を生かす」という商売に変わっていきます…てなことをいうと、様々な方面からお怒りの火の手があがりそうですが、本日抽選の東京2020協賛ジャンボが当たったら、かならず「NOCTILUX-M F0.95/50mm ASPH.を付けたライカM」を買いますから、ここはひとつ許してちょんまげ! またコンタックスブランドも、ヤシカと組まなかったら一体どうなってたんでしょうね? カール・ツアイスはヤシカと業務提携をする前に旭光学に話をもっていったらしいんですが、旭光学はこのちょっとおいしそうな話を蹴ってしまうんです。まあ蹴っても蹴らなくてもponkotsutousanにはなんの関係もないんですけど、旭光学もM42マウントにはさんざっぱら世話になったんですから、ペンタコン&カールツアイス・イエナと業務提携して、コンタックス&カールツアイス・オーバーコッヘンに一泡吹かせてくれても良かったんじゃないかと思います。つまり、ツアイスオーバーコッヘンライセンスによる富岡のプラナーやディスタゴンに対抗して、ツアイスイエナライセンスによる旭光学のパンカラーとかフレクトゴン、あるいはコンタックスRTSに対抗してペンタコンLXとかいうことでね…。でも当時の旭光学はM42からKマウントに転換して、そのことにぶうぶう文句たれている頭の固い連中相手に苦労してる真っ最中だったので、そんな余裕なんかなかったのかもしれません…さて、〽ちょうど時間となりました~、またの会う日をたのしみに~、それでは皆さん! さ~よ、お~な~ら~(by 玉川カルテット)