307回目はミランダ・センソマートの登場です。

「へ~、ponkotsutousanってこんなのも持ってるんだ」と驚かれた方もいらっしゃるかもしれません。1年ほど前にネットオークションで手に入れました。落札価格はオートミランダ50mm/F1.9がついて4500円だったかな。メーターはダメでしたが、シャッターは低速があやしい以外はとくに問題なく、ヘコミやスレもほとんどないなかなかのコンディションでした。相場からすれば格安だったと思いますが、その後しばらくは何も買えずに耐乏生活を強いられたのは云うまでもありません。

ミランダの一眼レフはその性能と品質はもちろん「日本初のペンタプリズムを搭載」「しかもそれが交換できる」ということで、ニコンやキヤノンに伍してかなり人気を博していたようです。そのうえ、ニコンFとかキヤノンフレックスなどからすると、ぐっと上品で優美なデザインでも一目おかれる存在だったようで、高級機としてはめずらしく瀟洒なムードをもっています。もちろん工作精度や品質も当時としてはずば抜けたものがあり、メッキの色とか質感もいいんですよ今でもけっこう人気みたいなんですが、東京帝国大学で航空工学(それもロケットとかジェットエンジン)を研究していた荻原彰さんと後輩の大塚新太郎さんという、エンジニアとしてはたいへんスペシャルな高学歴コンビが作っていたというところにも、その人気の理由があるようです。ちなみに同時期に活躍していた有名人に勝新太郎とか石原慎太郎とか安倍晋太郎(安倍首相のおとうさん)とかがいるので、当時「しんたろう」というのは人気の名前だったようです。

しかしロケットにしたってジェットエンジンにしたって、元々が軍事利用目的ですから戦勝国アメリカが彼らの仕事を許すわけがありません。しかもドイツから亡命したフォン・ブラウン博士を迎え入れ、研究者のほうもすでに間に合ってます。そこで失業状態の彼らが目を付けたのが「平和産業」の旗頭であるカメラ。敗戦後航空機を作れなくなっエンジニアが、まったく畑違いな工業製品を作ることが当時はけっこうあったみたいで、とくに二輪車や自動車にこうした例が多いようです。たとえばゼロ戦を作った三菱のピジョンとか、隼を作った中島飛行機(のちの富士重工=スバル)のラビットなんかが有名ですよね。また急降下爆撃機の傑作・九九式艦爆を開発製造した愛知航空機も、戦後は愛知機械工業と名を変えオート三輪やコニーという軽自動車を作ったりしてました。ただこちらはまだ同じ内燃機関を動力とする乗り物ということもあり、勝手知ったる部分もあったんでしょうが、小倉磐夫教授の著書(国産カメラ開発物語/朝日選書)に「同じガラスだから」という理由で、会社に残っていたレンズ用のガラスで色付きのグラス(=コップ)を作らされたレンズ設計者の話が載っています。レンズ用のガラスってわざわざ色が付かないように作られてるらしいので、いくら相手が勝手知ったるガラスでもそりゃあ大変だったと思います。敗戦国ってのはつらいなあ…。

しかし宇宙航空工学とカメラでは畑違いにもほどがあるというものです。第一、宇宙ロケットの研究者のようなキャリアをもつカメラ設計者など、日本はおろか世界中どこを探してもいないと思います。いくら「食うに困って…」と云ったって、東大でジェットエンジンやロケット作ってたような研究者に、まったく就職口がなかったとは到底考えられません。きっともともと写真が趣味だったところに、当時の当たっているカメラを見て「あんな程度のものが売れるんだったら、オレならもっといいのを作って、ひとつドカンと儲けたるわ!」とでも思ったのでしょう。

ところで、このセンソマートは高度経済成長期真っただ中の1968年の発売。翌々年には第1回大阪万博も開催されて、そこでもっとも人気だったのがアメリカ館の月の石でした。これを拾って地球に持ち帰ってきたのが、荻大ペア(バドミントン?)と同じくロケットを研究していた、フォン・ブラウン博士の手になるアポロ11号。このちいさな石ころを見て、ご両人とも内心忸怩たる思いだったのではないかと思います。もっともそのフォン・ブラウン博士も、敗戦間際にはゲシュタポから命を狙われアメリカに亡命。部下の大半はソ連に連れていかれ敵味方に分かれてロケット開発をするというハメに…。まあロケット開発ったって所詮は軍事技術(=人殺しの道具の研究)ですから、平凡なオツムの持ち主であるponkotsutousanからすると「平和産業」で身を立てることができた荻大ペアのほうが、フォン・ブラウン博士(とその部下)よか幸せだったんじゃないかと思います。ただNASAも、宇宙カメラをオーダーするなら、ハッセルブラッドやニコンじゃなく、宇宙ロケットの設計もできるエンジニアが作ったミランダにすればよかったのに…とは思います。

はじめのほうでお話ししたとおり、ミランダのカメラはファインダーが交換できることで有名なんですが、ファインダーが交換できようができまいが大した意味は感じていないponkotsutousan。それでもこのカメラと同じ頃のファインダーが交換できるカメラだと、トプコンREとかニコンFF2、キヤノン旧F-1といったすべてが高級機。ミノルタX-1とかペンタックスLXはまだ出ていませんが、ファインダーを交換できるカメラは高級機にかぎられているようです。そのなかでいちばん優雅なスタイルがこのセンソマートなので、所有している人にとっては「持ってるだけでうれしいカメラ」と云うことができます。

ミランダのレンズとしてはズノー光学製のものやソリゴールミランダ(藤田光学または興和製)、プロミナーミランダ(プロミナーってくらいで興和製)とかアルコなどがあったそうで、富岡光学もOEMでミランダのレンズを作っていたようです。レンズは外注だったみたいですがそれでもやっぱり、本機に付いているレンズの「オートミランダ」という名前がいちばんよく似合うと思います。ちなみにズノーといえば、まだ帝国光学と名乗っていた60年近くも前(1953年)に「ZUNOW 50mm/F1.1」というウルトラハイスピードレンズを作っていたことでも有名ですよね。このレンズは2019年現在、50~60万円というまさに宇宙規模、天文学的な値段で取引されているようです(キヤノンのドリームレンズですら20万円はしないというのに…)。でもノクチルックス買う金があるなら、ズノー(50mm/F1.1)の方がほしいponkotsutoousanではあります。
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