2006年05月04日
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¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥$ 豊かな、お金講座$ ¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥
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こんにちは
口先税理士事務所の口先であります。
$$$¥¥¥$$$¥¥¥$$$¥¥¥$$$¥¥¥$$$¥¥¥$$$¥¥¥
土地の譲渡を題材に「使えるお金」と「使えないお金」の話を続けてきました。
その人の稼ぐお金は、その人の今の実力に見合い、それ相当なお金が収入として入っていて、
それはその人の労力・世の中の必要性にあった相応なお金なんですょ。
ですから、現状の収入ってのは地球的規模でみれば、とても絶妙な感覚でその人に賃金として入っているのかも知れませんね。
お金を稼ぐには大きく二通りの方法があります。
一つは、その人の労働・仕事・サービスの対価として獲得する「お金」。
もう一つは、貯蓄しいる「お金」が勝手に「お金」を稼ぐ「お金」なんです。
前者の自分の仕事の対価としての収入は生活の上で必要であり、これは相当な報酬なんですょ。
ですから、労働で儲けた「お金」はいくら貯めても問題はない。
ところが貯めた「お金」が増え続け、その人の「使える許容量」を超えた「お金」になってしまうと、
「お金」が「お金」を呼び込み始めるのです。
平成10年前後だったか香港で投資活動で大儲けをした日本人トレーダーが話していましたが、
「これからは合法的に富の蓄財ができる世になった。いくら儲けても大丈夫になったのです。」と教えてくれました。
実際、この時期に株式公開を使って巨万の富を得る日本人が続出し始めます。
ところが、その得た巨万の富は、それを得た人達にとっては「使えないお金」であり、ほっておくと「お金がお金を集めだす。」。
そして、お金は所有者の責任能力を超えて集まります。
ここから、「お金の堕落」が始まるのです。
丁度、丁度現在の、たった今の貨幣経済が「お金の堕落」が始まり、ある程度浸透しつつある感じだと思います。
「お金の堕落」が始まると、「資本主義の堕落」に繋がり、いよいよ資本主義の終焉が始まるのでしょうか。
丁度我々は、そんな変革の時期を絶妙なタイミングで共有しているようにも思えますね。
******* 編集後記 *********************************************************
●昨年の春に「年金未納」の問題が起きました。
これにより、我々の未来の保証である年金の実体が予想以上に頼りにならないことが暴露され、
いまだ問題部分はなんら解決されてません。
我々の現在のお金も堕落が始まり、未来のお金も腐り出している。
そんな感じがしますね。
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こんにちは
口先税理士事務所の口先であります。
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土地の譲渡を題材に「使えるお金」と「使えないお金」の話を続けてきました。
その人の稼ぐお金は、その人の今の実力に見合い、それ相当なお金が収入として入っていて、
それはその人の労力・世の中の必要性にあった相応なお金なんですょ。
ですから、現状の収入ってのは地球的規模でみれば、とても絶妙な感覚でその人に賃金として入っているのかも知れませんね。
お金を稼ぐには大きく二通りの方法があります。
一つは、その人の労働・仕事・サービスの対価として獲得する「お金」。
もう一つは、貯蓄しいる「お金」が勝手に「お金」を稼ぐ「お金」なんです。
前者の自分の仕事の対価としての収入は生活の上で必要であり、これは相当な報酬なんですょ。
ですから、労働で儲けた「お金」はいくら貯めても問題はない。
ところが貯めた「お金」が増え続け、その人の「使える許容量」を超えた「お金」になってしまうと、
「お金」が「お金」を呼び込み始めるのです。
平成10年前後だったか香港で投資活動で大儲けをした日本人トレーダーが話していましたが、
「これからは合法的に富の蓄財ができる世になった。いくら儲けても大丈夫になったのです。」と教えてくれました。
実際、この時期に株式公開を使って巨万の富を得る日本人が続出し始めます。
ところが、その得た巨万の富は、それを得た人達にとっては「使えないお金」であり、ほっておくと「お金がお金を集めだす。」。
そして、お金は所有者の責任能力を超えて集まります。
ここから、「お金の堕落」が始まるのです。
丁度、丁度現在の、たった今の貨幣経済が「お金の堕落」が始まり、ある程度浸透しつつある感じだと思います。
「お金の堕落」が始まると、「資本主義の堕落」に繋がり、いよいよ資本主義の終焉が始まるのでしょうか。
丁度我々は、そんな変革の時期を絶妙なタイミングで共有しているようにも思えますね。
******* 編集後記 *********************************************************
●昨年の春に「年金未納」の問題が起きました。
これにより、我々の未来の保証である年金の実体が予想以上に頼りにならないことが暴露され、
いまだ問題部分はなんら解決されてません。
我々の現在のお金も堕落が始まり、未来のお金も腐り出している。
そんな感じがしますね。
(12:48)
2006年03月19日
前回は使えるお金、使えないお金について書きました。
いくら高く売っても、その対価はその人のお金の許容値を超えていて使えない。
この辺は、お金の許容値も分相応なところがあるのでしょうか。
二億円の儲けを、その人が果たして使いこなせるのか、それだけの度量を持ち合わせていたのか、どうか。
結果として、当時売れないで、現在売って手にした二千万円が、その人のお金の許容値ではなかったのか。
これは、全てにいえますよね。
小学校の野球チームの子供達に、松井選手とかイチロー選手のバットとかグローブは使いこなせない。
大学の建築学部を出たばかりの子には、金槌・鉋を実際に使って家は建てられない。
普通道の運転ばかりをしている人にF1ドライブはなかなか難しい。
道具・物があっても使いこなせず、それを操れるだけの技術が伴わない、
精神力・判断力が場数を踏んでいるプロに対して的確でない。
お金もそうで
結局は、自分で汗水掛けて働き稼いだ「お金」は自分の身の丈に合った「お金」であり、責任を持って使える範囲内の「お金」だと思えるのです。
また、大事に大事に貯め続けた「お金」についても、それが貯まった二億円ならば、やはりそれだけの時間を伴にしている間に、その人の度量が広がり責任を持って使いこなせる事が出来るのではなかろうか。
そして、自分の許容値を超えて「お金」が「お金」を稼ぎ、結果として大金を手にした場合、それは「使えないお金」になるように思えますね。
これは、「お金」の重要な属性のように思えます。
*****
今月でしたか、NASAが宇宙旅行の旅券の販売を始めるニュースを聞きました。
一枚の旅券が22億円でしたか。日本人も予約をしていました。
この人は、株価公開の手法を駆使して巨万の富を得た20歳代の青年だったと思います。
確か、ライブドアにもある時期に在籍していたように思います。(定かではないけど・・・)
で、その稼いだお金を使って22億円で宇宙旅行です。
それが、「いいか・わるいか」は別として、
結局はこんな感じの使い方しか出来ないのだろうな〜、と思ってしまいました。
(14:56)
2006年01月20日
今年土地の売買を一億五千万円で行う話の続きです。
バブル期に売っていれば四億円で、税金・借入金等の精算をしても手元に二億円が残っていた。
しかし、現状の売買契約額の一億五千万円だと、税金支払・借入金精算後に手元に残るお金は二千万円程度になってしまう。
その事について「あの時に売っていれば」と悔しがる経営者。
それを見ながら、、少し話しをしました。
もしも、当時に四億円で売ったとして、手元に二億円が入ったとして。
そのお金は、そのまま現在まで残っていたのだろうか。
そのお金は、当時に何かに使われていたのではなかろうか。
使われていたとしたら、どんな使い方をしたのだろうか。
当時、四億円の値が付きながら売らなかったのは、「その必要性がなかったから」だと思います。
「売る必要が無い」のに「売る」と、どうなるのか。売ったお金はほぼ無駄使いとして消えてしまう。
特にバブル期は、露と落ち、露と消えてしまったお金が多かった。つまり、必要がないのに売るのは、意味がない事をしている訳で、売ったお金は「意味の無いお金」と位置付けられ、その「意味の無い」ままに使われてしまう。そして、お金は残らなかったのではなかろうか・・・、と。
バブル期に売却すれば確かに四億円で売れ、二億円が残るのだが、その二億円は現在まだ残っていなくて、既に消えてしまったのではなかろうか・・・、と。
そう思うと、現在の一億五千万円の売却で二千万円残った現金の方が、より確実ではなかろうか・・・、と。
そんな話をしました。 経営者は、「なっ、馬鹿なっ。」と苦笑いをしましたが、でも少しして「そうかもしれないな〜」と言います。
その必要としないお金は、必要でない使われ方をされ、無駄になる。
それは、金額が幾らであろうが変わらない。
*****
今回は、使える二千万円と、使えない二億円について書いたつもりです。
人それぞれに使えるお金の許容があり、それはその人の経済活動によって決まる。
そんな感じがします。
そこいらは、次回に書きますね。
バブル期に売っていれば四億円で、税金・借入金等の精算をしても手元に二億円が残っていた。
しかし、現状の売買契約額の一億五千万円だと、税金支払・借入金精算後に手元に残るお金は二千万円程度になってしまう。
その事について「あの時に売っていれば」と悔しがる経営者。
それを見ながら、、少し話しをしました。
もしも、当時に四億円で売ったとして、手元に二億円が入ったとして。
そのお金は、そのまま現在まで残っていたのだろうか。
そのお金は、当時に何かに使われていたのではなかろうか。
使われていたとしたら、どんな使い方をしたのだろうか。
当時、四億円の値が付きながら売らなかったのは、「その必要性がなかったから」だと思います。
「売る必要が無い」のに「売る」と、どうなるのか。売ったお金はほぼ無駄使いとして消えてしまう。
特にバブル期は、露と落ち、露と消えてしまったお金が多かった。つまり、必要がないのに売るのは、意味がない事をしている訳で、売ったお金は「意味の無いお金」と位置付けられ、その「意味の無い」ままに使われてしまう。そして、お金は残らなかったのではなかろうか・・・、と。
バブル期に売却すれば確かに四億円で売れ、二億円が残るのだが、その二億円は現在まだ残っていなくて、既に消えてしまったのではなかろうか・・・、と。
そう思うと、現在の一億五千万円の売却で二千万円残った現金の方が、より確実ではなかろうか・・・、と。
そんな話をしました。 経営者は、「なっ、馬鹿なっ。」と苦笑いをしましたが、でも少しして「そうかもしれないな〜」と言います。
その必要としないお金は、必要でない使われ方をされ、無駄になる。
それは、金額が幾らであろうが変わらない。
*****
今回は、使える二千万円と、使えない二億円について書いたつもりです。
人それぞれに使えるお金の許容があり、それはその人の経済活動によって決まる。
そんな感じがします。
そこいらは、次回に書きますね。
(17:48)
2006年01月14日
お金講座
今回は、身近な土地譲渡の話を中心に、お金のついて書きますね。
先日ですがお客様から土地の売却の相談を受ける。
国道2号線沿いで、三反程度の広さの広大な土地だ。
売却価格は一億五千万円で、その税金も含めての相談である。
現状だと、一億五千万円に掛かる税金は27,600万円となる。
そこから土地購入に掛かった借金支払を銀行にして、もろもろの経費を引くと残るお金は・・・、二千万円程度であった。
土地を買ったのが20年前くらいで、今回売却をして手元に残ったお金が二千万円だった。
因みに、バブル期の頃の売買打診の値段は四億円だった。この時に売却をしておれば・・・、手元にはざっと二億円は残っていたろう・・・。
それを思うと、今回の売却で手元に残るお金はかなり少ないと思う。
土地の所有者は「あの時に売っていれば・・・」とかなり悔しがっていたが、バブル期に比べて遥かに安い一億五千万円で売れなければならない「深刻な理由」があっての売却なので、それはとても必然でもある。
こんな時、私もいつも同じことを思うのだ。
もしも、この世に神様が居たとしたら・・・
もしも、この世に祖先の意思が存在するとしたら・・・
もしも、大自然の大いなる意向があるとしたら・・・
この土地を売却をしなければならない経営者に、神様は何を伝えようとしているのか。
彼の祖先は、どんな教訓を教えようとしているのか。
大いなる意向は、この現象にどんな事を託しているのか。
そんな事を思いながら、現場から一歩引いて傍観すると、色々な事柄が見えてきて、感じる事が出来て、それなりに面白いものですね。
*****
バブルのピーク時に売っていれば大儲けが出来たのに・・・
土地にしても、株にしても、先物にしても、商品相場にしても、そんな思いを多かれ少なかれ体験した人って多いでしょうね。
でも、現状は四億円の値が付いた土地が一億五千万円でしか売れない。
悔しい思いをし、浴をかいた我が身を省みる。
そんな感じですかね。
(11:48)
2005年04月04日
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¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥$ 豊かな、お金講座$ ¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥¥
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No.4
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前回は「お金はエネルギーの集約」と題して書いてみました。
「お金」を獲得する為に、私達は働く。それは自分のエネルギーを一旦「お金」に変えて、それから次の消費として使う。
そんな感じで日常生活で使っていると思いますね。
そんなエネルギーと「お金」の関係について、もう少し書きますね。
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【お金講座 04】「貯めたお金は」
お金とは、その人のエネルギーの集約である。
そして、その人の今までの時間と労力の集約で、それを次に繋げる手段である。つまり、今まで費やした自分のエネルギーを他のエネルギーに替える場合に便利な交換手段である。
貨幣とは、人の労力・商品・知能を上手にお金に替えて、次の別の物を交換するのにとても便利な道具なのです。
そして、「お金」は「交換が便利」な成果を持つと同時に、それを貯める事が出来るのです。
例えば10年間営々と働き続けて貯めたお金は、その人の10年分のエネルギーの蓄積で、その10年分のエネルギーでそれに見合う物を獲得することが出来るのです。
これは貨幣の性格の一つでありまして、「交換が便利」「エネルギーを貯める事が出来る」、しかも長い年月を掛けて貯めても、それに見合う交換が可能であり、それはその地域の限らず海外であっても交換が出来る。
ですから、「お金を貯める」と言うことは、ある程度まで自分の人生目標を載せることが出来るし、達成させるためのとても有効な手段であります。
土地を買うにしても、建物を建てるにしても、事業を起す場合でも、それぞれにお金を貯める事により、貯めた金額の大きさにより、それは段々と実現可能になっていくのだと思えます。
つまり、「お金」=「貨幣」とは
有る意味合いで「自己願望」を実現させるための方法として、とても有効であり、最短な方法だと思えるのです。
そして、「単にお金を貯める」よりも、その方がより自分の思いを「お金」に載せることが出来ると思うのです。
******* 編集後記 *********************************************************
● 如何ですか、「お金を稼ぐ」これは、結果として自分の願望を実現しようとして
いると思えます。
単に「お金が貯めたい」だけの人も、次の目標の為に貯めている人も結果として
自分の願望を達成させようとして貯めているのだと思えますが如何でしょうか。
次回は、そんな願望達成について少し触れますね。
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No.4
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前回は「お金はエネルギーの集約」と題して書いてみました。
「お金」を獲得する為に、私達は働く。それは自分のエネルギーを一旦「お金」に変えて、それから次の消費として使う。
そんな感じで日常生活で使っていると思いますね。
そんなエネルギーと「お金」の関係について、もう少し書きますね。
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【お金講座 04】「貯めたお金は」
お金とは、その人のエネルギーの集約である。
そして、その人の今までの時間と労力の集約で、それを次に繋げる手段である。つまり、今まで費やした自分のエネルギーを他のエネルギーに替える場合に便利な交換手段である。
貨幣とは、人の労力・商品・知能を上手にお金に替えて、次の別の物を交換するのにとても便利な道具なのです。
そして、「お金」は「交換が便利」な成果を持つと同時に、それを貯める事が出来るのです。
例えば10年間営々と働き続けて貯めたお金は、その人の10年分のエネルギーの蓄積で、その10年分のエネルギーでそれに見合う物を獲得することが出来るのです。
これは貨幣の性格の一つでありまして、「交換が便利」「エネルギーを貯める事が出来る」、しかも長い年月を掛けて貯めても、それに見合う交換が可能であり、それはその地域の限らず海外であっても交換が出来る。
ですから、「お金を貯める」と言うことは、ある程度まで自分の人生目標を載せることが出来るし、達成させるためのとても有効な手段であります。
土地を買うにしても、建物を建てるにしても、事業を起す場合でも、それぞれにお金を貯める事により、貯めた金額の大きさにより、それは段々と実現可能になっていくのだと思えます。
つまり、「お金」=「貨幣」とは
有る意味合いで「自己願望」を実現させるための方法として、とても有効であり、最短な方法だと思えるのです。
そして、「単にお金を貯める」よりも、その方がより自分の思いを「お金」に載せることが出来ると思うのです。
******* 編集後記 *********************************************************
● 如何ですか、「お金を稼ぐ」これは、結果として自分の願望を実現しようとして
いると思えます。
単に「お金が貯めたい」だけの人も、次の目標の為に貯めている人も結果として
自分の願望を達成させようとして貯めているのだと思えますが如何でしょうか。
次回は、そんな願望達成について少し触れますね。
(12:40)
2005年03月29日
こんにちは。
口先税理士事務所の口先であります。
前回は「お金を貯める」について、少し触れてみました。
「お金を貯める」って、どんな理由で貯め始めのでしょうか。
そんな部分を少し書いて見ますね。
$$$¥¥¥$$$¥¥¥$$$¥¥¥$$$¥¥¥$$$¥¥¥$$$¥¥¥
【お金講座 03】 「お金はエネルギーの集約」
「お金」を稼ぐ為にはそれなりのエネルギーを使います。
その使ったエネルギーに相応して報酬としてもらえるのがお金です。
つまり、それぞれの人達の成果・使ったエネルギーを計り、それを正当に評価し、それに変わる交換手段となるのが「お金」なのであります。
ですから自分が仕事につかったエネルギーを「お金」と言う貨幣に集約し、
別のエネルギーと交換をするものなのです。
例えば、私がPCの前で会計業務を行いそれに見合う報酬を得る。
それは、私の提供したエネルギーに対する見返りとして、貨幣をもらう。そして、その貨幣で電気・電話・PCの維持費等々の別のエネルギー支出にまわっていく。
これは、地球上の貨幣経済を行っている全ての人達が、自分達のエネルギーを一旦貨幣に置き換えて、次のエネルギーと交換をしているのです。
そんな交換手段としてはとても便利なのが、「お金」=「貨幣」であり、「お金」の大きな存在理由だと思うのです。
つまり、お金の循環はエネルギーの循環となるのです。
しかも貨幣は、全ての人達の労働エネルギーに対して、全て数値として評価し誰にでも分かる価値観に変えてしまう事ができるのです。
ですから、自分のエネルギーを一旦「お金」に替えることで、いつでも別のエネルギーに替えることが可能になり、「お金」を貯めると言う行為を人々は始めます。
お金を貯める。
つまり、自分のエネルギーをお金として貯める行為なんですね。
そして、それはいつまでも持ち越せる便利なもので、例えば自分が貯めたお金であっても、それは自分が亡くなった後も他の人達が使えてしまう便利なエネルギーの代替手段な訳であります。
「お金を貯める」ってことは、実は自分のエネルギーを貯めることなんですよね。
******* 編集後記 *********************************************************
●動物が冬篭りの為に食物を貯めるのと、人間がお金を貯める行為ってある時期まで
は同じ動機で貯めていたと思えますね。
でも、いつの間にかエネルギー蓄積が、富の蓄積に変わってしまうんですよね。
その辺の話は次回に書けたらと思ってます。
口先税理士事務所の口先であります。
前回は「お金を貯める」について、少し触れてみました。
「お金を貯める」って、どんな理由で貯め始めのでしょうか。
そんな部分を少し書いて見ますね。
$$$¥¥¥$$$¥¥¥$$$¥¥¥$$$¥¥¥$$$¥¥¥$$$¥¥¥
【お金講座 03】 「お金はエネルギーの集約」
「お金」を稼ぐ為にはそれなりのエネルギーを使います。
その使ったエネルギーに相応して報酬としてもらえるのがお金です。
つまり、それぞれの人達の成果・使ったエネルギーを計り、それを正当に評価し、それに変わる交換手段となるのが「お金」なのであります。
ですから自分が仕事につかったエネルギーを「お金」と言う貨幣に集約し、
別のエネルギーと交換をするものなのです。
例えば、私がPCの前で会計業務を行いそれに見合う報酬を得る。
それは、私の提供したエネルギーに対する見返りとして、貨幣をもらう。そして、その貨幣で電気・電話・PCの維持費等々の別のエネルギー支出にまわっていく。
これは、地球上の貨幣経済を行っている全ての人達が、自分達のエネルギーを一旦貨幣に置き換えて、次のエネルギーと交換をしているのです。
そんな交換手段としてはとても便利なのが、「お金」=「貨幣」であり、「お金」の大きな存在理由だと思うのです。
つまり、お金の循環はエネルギーの循環となるのです。
しかも貨幣は、全ての人達の労働エネルギーに対して、全て数値として評価し誰にでも分かる価値観に変えてしまう事ができるのです。
ですから、自分のエネルギーを一旦「お金」に替えることで、いつでも別のエネルギーに替えることが可能になり、「お金」を貯めると言う行為を人々は始めます。
お金を貯める。
つまり、自分のエネルギーをお金として貯める行為なんですね。
そして、それはいつまでも持ち越せる便利なもので、例えば自分が貯めたお金であっても、それは自分が亡くなった後も他の人達が使えてしまう便利なエネルギーの代替手段な訳であります。
「お金を貯める」ってことは、実は自分のエネルギーを貯めることなんですよね。
******* 編集後記 *********************************************************
●動物が冬篭りの為に食物を貯めるのと、人間がお金を貯める行為ってある時期まで
は同じ動機で貯めていたと思えますね。
でも、いつの間にかエネルギー蓄積が、富の蓄積に変わってしまうんですよね。
その辺の話は次回に書けたらと思ってます。
(12:44)
2004年11月14日
お金講座「消費とお金」
酒樽を担いだ兄弟の話、如何でしたか。
商売として担いでいたお酒を交互でお金を払いながら飲みまわし、結果として「空っぽの酒樽」と「百円玉一枚」が残ってしまう。
物を生産したり消費することと、「お金」を使うことは基本的に関係が無い。
しかし、これらの「物」と「お金」を結び付かせ、貨幣での自由な交換を広め、ついには世界中をネットで結んで経済発展させているのが現在の資本主義経済であり、貨幣経済だと思います。
例えば、原油
現在、空っぽになりかけた「原油の樽」を巡って争いが起きています。それぞれの国が自国の通貨を使い、国際レートに従って原油を買付けて消費をしていましたが、消費量が多くなり先々に使う原油に限りが見えてきた。原油量より貨幣が圧倒的に増えてしまう。
そうなると保有通貨での購入が難しくなり、通貨交換以外の方法で原油入手を考え出してしまう。現在のイラク等中東の混迷はそんなところが原因しているかも知れませんね。
この場合だと、各国の通貨が「兄弟の百円」になり、高騰している原油が「担いだ酒樽」になるのでしょう。
そして、通貨を交換しながら消費を続け、それが先々無くなりそうになってくる。交換する物が少なくなれば、同時に貨幣は使用価値がなくなるので所有する意味が希薄になってしまう。
持ち合わせている通貨に交換価値が見出せなければ、貨幣経済が先細りし、通貨を沢山所有している意味合いもなくなってしまう。
つまり「お金」は、交換できる物が潤沢に用意されている場合にはとても便利な交換手段として使えるけれど、売り物=「お酒」が無くなってしまうとほとんど意味の無いものになってしまう。
現在の豊富な消費材を前提とした社会だからこそ、貨幣=「お金」の存在価値があるのでしょうね。
これはお金の属性の一つだと思います。
●お知らせです。
第二作を発信したのですが、色々な経緯を経てメルマガ発信ができそうになりました。
よって、12月1日発信予定で再発信をすることにします。
すいませんが、またメルマガの発信準備ができましたら「ほぼ週刊」にて、連絡をいれます。
そんな訳で、「ほぼ週刊」での、お金講座はこれで終わりです。
もう一度、メルマガの用意が出来ましたら連絡しますので、それまでお待ち下さい。
酒樽を担いだ兄弟の話、如何でしたか。
商売として担いでいたお酒を交互でお金を払いながら飲みまわし、結果として「空っぽの酒樽」と「百円玉一枚」が残ってしまう。
物を生産したり消費することと、「お金」を使うことは基本的に関係が無い。
しかし、これらの「物」と「お金」を結び付かせ、貨幣での自由な交換を広め、ついには世界中をネットで結んで経済発展させているのが現在の資本主義経済であり、貨幣経済だと思います。
例えば、原油
現在、空っぽになりかけた「原油の樽」を巡って争いが起きています。それぞれの国が自国の通貨を使い、国際レートに従って原油を買付けて消費をしていましたが、消費量が多くなり先々に使う原油に限りが見えてきた。原油量より貨幣が圧倒的に増えてしまう。
そうなると保有通貨での購入が難しくなり、通貨交換以外の方法で原油入手を考え出してしまう。現在のイラク等中東の混迷はそんなところが原因しているかも知れませんね。
この場合だと、各国の通貨が「兄弟の百円」になり、高騰している原油が「担いだ酒樽」になるのでしょう。
そして、通貨を交換しながら消費を続け、それが先々無くなりそうになってくる。交換する物が少なくなれば、同時に貨幣は使用価値がなくなるので所有する意味が希薄になってしまう。
持ち合わせている通貨に交換価値が見出せなければ、貨幣経済が先細りし、通貨を沢山所有している意味合いもなくなってしまう。
つまり「お金」は、交換できる物が潤沢に用意されている場合にはとても便利な交換手段として使えるけれど、売り物=「お酒」が無くなってしまうとほとんど意味の無いものになってしまう。
現在の豊富な消費材を前提とした社会だからこそ、貨幣=「お金」の存在価値があるのでしょうね。
これはお金の属性の一つだと思います。
●お知らせです。
第二作を発信したのですが、色々な経緯を経てメルマガ発信ができそうになりました。
よって、12月1日発信予定で再発信をすることにします。
すいませんが、またメルマガの発信準備ができましたら「ほぼ週刊」にて、連絡をいれます。
そんな訳で、「ほぼ週刊」での、お金講座はこれで終わりです。
もう一度、メルマガの用意が出来ましたら連絡しますので、それまでお待ち下さい。
(09:31)
2004年10月31日
お金講座、01
昔々の話です。
秋祭りの頃、あるお酒好きな兄弟が秋祭りにてお酒のお店を出
そうとして大きな酒樽を2人で担ぎ運びます。
暖かな秋の陽気の中で2人は酒樽を担ぎ歩き続けます。
そして、少し喉が渇いた兄が言います。
兄「少し喉が渇いたから、このお酒飲んでもいいかな。」
弟「駄目だよ、これは売り物なんだから。」
兄「そうだな。じゃ、百円払うから百円分だけ飲んでもいいかな。」
弟「商品なんだから、お金を払うのならば誰が飲んでもいいよ。」
兄「分かった、じゃ百円払うね。」
そんな会話があり、お兄さんは百円を払って美味しそうにお酒を
飲みました。
それを見ながら弟が言います。
弟「お兄さんが飲んでいるのを見ていると僕も飲みたくなっちゃっ
た。僕も百円を払うから飲んでもいいかなぁ。」
兄「ああいよ、商品なんだからお金を払うなら、いいよ。」
そして、百円を払った弟も美味しそうに飲みます。
休憩をした2人は再び大きな酒樽を担ぎ、祭りの会場に向かいま
す。
でも、途中途中で休憩を続けそれぞれにお金を払って酒を飲み
続けて、お祭りの会場に着いた時には・・・
空っぽの酒樽と一枚の百円硬貨が残っていただけでした。
この話、分かりますか。
貨幣経済ってのは突詰めると、こんな感じの表現になってしまう
のです。
この話では兄弟が交互に百円を払い続けお酒を飲み干してしま
ったのです。これは現在の経済でも言える事で、貨幣と言う「生産
性のない物」を媒体として地球上の資源を消費し、使い果たそうと
しているのが今の人間であり資本主義の前提なのであります。
現在の私達の社会生活は、このお酒を飲み干した兄弟と同じ事
をしているようですね。
●今年に入って「「お金」を題材にしたメールマガジンを発信する」
と目標を立てたのですが、マグマグからの発信だとホームページの
作成等々でハードルが高く、「どうしょ、どうしょ」と思っている間に
11月になってしまいました。
で、ひとまずスタートを切ることにしました。
テーマは「田舎の税理士から見た「お金」と「豊かさ」講座」でありま
して、一応40話で完結です。Weekly発信の予定です。
昔々の話です。
秋祭りの頃、あるお酒好きな兄弟が秋祭りにてお酒のお店を出
そうとして大きな酒樽を2人で担ぎ運びます。
暖かな秋の陽気の中で2人は酒樽を担ぎ歩き続けます。
そして、少し喉が渇いた兄が言います。
兄「少し喉が渇いたから、このお酒飲んでもいいかな。」
弟「駄目だよ、これは売り物なんだから。」
兄「そうだな。じゃ、百円払うから百円分だけ飲んでもいいかな。」
弟「商品なんだから、お金を払うのならば誰が飲んでもいいよ。」
兄「分かった、じゃ百円払うね。」
そんな会話があり、お兄さんは百円を払って美味しそうにお酒を
飲みました。
それを見ながら弟が言います。
弟「お兄さんが飲んでいるのを見ていると僕も飲みたくなっちゃっ
た。僕も百円を払うから飲んでもいいかなぁ。」
兄「ああいよ、商品なんだからお金を払うなら、いいよ。」
そして、百円を払った弟も美味しそうに飲みます。
休憩をした2人は再び大きな酒樽を担ぎ、祭りの会場に向かいま
す。
でも、途中途中で休憩を続けそれぞれにお金を払って酒を飲み
続けて、お祭りの会場に着いた時には・・・
空っぽの酒樽と一枚の百円硬貨が残っていただけでした。
この話、分かりますか。
貨幣経済ってのは突詰めると、こんな感じの表現になってしまう
のです。
この話では兄弟が交互に百円を払い続けお酒を飲み干してしま
ったのです。これは現在の経済でも言える事で、貨幣と言う「生産
性のない物」を媒体として地球上の資源を消費し、使い果たそうと
しているのが今の人間であり資本主義の前提なのであります。
現在の私達の社会生活は、このお酒を飲み干した兄弟と同じ事
をしているようですね。
●今年に入って「「お金」を題材にしたメールマガジンを発信する」
と目標を立てたのですが、マグマグからの発信だとホームページの
作成等々でハードルが高く、「どうしょ、どうしょ」と思っている間に
11月になってしまいました。
で、ひとまずスタートを切ることにしました。
テーマは「田舎の税理士から見た「お金」と「豊かさ」講座」でありま
して、一応40話で完結です。Weekly発信の予定です。
(14:05)
2004年10月07日
「損保の自動車保険1.2%減収」
そんな記事が載っていた。
もともと自動車保険は無事故割引の制度があるので、新規の契約を増やさないでいると毎年収入は減り続ける。
よって、新規の契約を増やさない限り収入は段々と減ってしまう。
日経では「脱自動車」の流れが鮮明
とあったけど、少子化で新たに免許を取って自動車にのる人口も減るだろうし、無事故割引も毎年下がり続ければ保険収入もいずれ減るのではなかろうか。
記事を読みながら、そんなことを考える。
そんな記事が載っていた。
もともと自動車保険は無事故割引の制度があるので、新規の契約を増やさないでいると毎年収入は減り続ける。
よって、新規の契約を増やさない限り収入は段々と減ってしまう。
日経では「脱自動車」の流れが鮮明
とあったけど、少子化で新たに免許を取って自動車にのる人口も減るだろうし、無事故割引も毎年下がり続ければ保険収入もいずれ減るのではなかろうか。
記事を読みながら、そんなことを考える。
(15:57)
2004年10月05日
この扶養家族だが、所得証明で社会保険庁は確認をするらしいが…
どうも、それは自主申告に任せていて、勤めている会社側がそのまま放置していると、収入が130万円を超えていても、そのまま扶養家族のままで居られるらしい。
だとすると、そのままの方がいいですね。
どうも、それは自主申告に任せていて、勤めている会社側がそのまま放置していると、収入が130万円を超えていても、そのまま扶養家族のままで居られるらしい。
だとすると、そのままの方がいいですね。
(17:55)
2004年10月04日
2004年10月03日
所得税法では合計所得金額が38万円以下だと、扶養家族に入れる。
健康保険は130万円以下で、扶養家族の判定。
この場合の130万円とは、
給与・年金だと総支給額を言い、事業所得・雑所得だと差し引きの所得で判定するらしい。
面白いことに、給与は所得金額でなく支給額で判定し、事業所得・雑所得は総収入額の売上でなく所得らしいのだ。
だとすれば、給与所得控除65万円までを使い、事業所得の青色申告控除55万円を使うと120万円+38万円=158万円までの収入だと合法的に所得税の扶養家族に入るらしい…。
そして、健保なら130万円+55万円=185万円までかなっ。
これ以上の所得を得ると扶養家族には入れないらしいのだが、さてさてどうなんだろう。
健康保険は130万円以下で、扶養家族の判定。
この場合の130万円とは、
給与・年金だと総支給額を言い、事業所得・雑所得だと差し引きの所得で判定するらしい。
面白いことに、給与は所得金額でなく支給額で判定し、事業所得・雑所得は総収入額の売上でなく所得らしいのだ。
だとすれば、給与所得控除65万円までを使い、事業所得の青色申告控除55万円を使うと120万円+38万円=158万円までの収入だと合法的に所得税の扶養家族に入るらしい…。
そして、健保なら130万円+55万円=185万円までかなっ。
これ以上の所得を得ると扶養家族には入れないらしいのだが、さてさてどうなんだろう。
(08:52)
2004年10月01日
先日、神渡先生から一冊の本が送られてきた。
「一粒の麦」 丸山敏雄の世界〜、と題した本だった。
一昨年から執筆に入り、ようやく作り上げた本で
これは神渡先生からすれば、完全に自分の王道を進んだ会心の作品だと思う。
読み始めたと同時に、神渡節の思い込みが入った文章から始まっている。
少なくとも、この前の作品の「星降るカミーノ」とは、全く違ったタッチだ。
実践倫理会系の人の伝記らしいのだが、現在読書中だ。
まだ読み始めだけれど、ある程度神渡先生と一緒にいると
読みながら、この手合いの作品はなんとなくだけど
神渡先生の意図している表現が分かるので面白い。
この本、一冊が2400円で、しかも400ページ以上の厚さだ。
そして、実践倫理の人の伝記なので、申し訳ないが
一般受けしない書籍かもしれない。
しかし、日本人の古来の心が活き活きと伝わってくる内容だ。
今月中に、先生のサイン入りの本を、何冊か購入しようと思います。
その時には、またプレゼントしますね。
お楽しみに。
「一粒の麦」 丸山敏雄の世界〜、と題した本だった。
一昨年から執筆に入り、ようやく作り上げた本で
これは神渡先生からすれば、完全に自分の王道を進んだ会心の作品だと思う。
読み始めたと同時に、神渡節の思い込みが入った文章から始まっている。
少なくとも、この前の作品の「星降るカミーノ」とは、全く違ったタッチだ。
実践倫理会系の人の伝記らしいのだが、現在読書中だ。
まだ読み始めだけれど、ある程度神渡先生と一緒にいると
読みながら、この手合いの作品はなんとなくだけど
神渡先生の意図している表現が分かるので面白い。
この本、一冊が2400円で、しかも400ページ以上の厚さだ。
そして、実践倫理の人の伝記なので、申し訳ないが
一般受けしない書籍かもしれない。
しかし、日本人の古来の心が活き活きと伝わってくる内容だ。
今月中に、先生のサイン入りの本を、何冊か購入しようと思います。
その時には、またプレゼントしますね。
お楽しみに。
(15:31)

