みどりの緑陰日記

香港で始めた絵本の会から数えて27年、子ども達に絵本や児童書を手渡し続けてきました。保育士養成の場で仕事をしたこともありますが、今は図書館にかかわる仕事をしています。絵本や児童書のこと、文庫活動のことなどを綴っています♪

馬鹿も休み休みに言えよ!あの絵本の続編に物申す

昨年、夏の終わりに出版され、32万部売れたと言われている『ママがおばけになっちゃった』(のぶみ/作 講談社 2015)に対して、私は許せないほどの怒りを感じ、昨年ブログ記事にしました。この記事は、あちこちで引用され、リンクが貼られて今でもよく読まれています。(→こちら「再び、違和感のある絵本を問う」)
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また、今年1月に開催された絵本研究会では「選書について」というテーマで、この絵本と他の肉親の死を扱った絵本を読み比べ、いかにこの絵本が薄っぺらで品がなく、質が劣っているかを検証しました。(→こちら「絵本研究会で発表しました」) 

さて、この7月に続編の『さよならママがおばけになっちゃった』が出ました。絵本ナビのサイトでは、作者ののぶみのインタビューが掲載されており、また全ページ試し読みが出来ます。(→こちら) 

今日は、このインタビューと、続編とをぶった斬っていこうと思います。もう、遠慮しないで、言い切ってしまいます。

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はっきり言って「ひどい」のひと言。32万部と絵本としては異例の売り上げだったので、作者本人も、出版社も「二匹目のドジョウ」狙いなのでしょうが、そんなに消費者は馬鹿ではないと信じたい。

1作目は話題にもなったけれど、2作目は新しい展開はなく、1作目で指摘された矛盾をカバーしようとあがいているようにしかみえません。

まずは、絵本ナビのインタビューを斬っていきましょう。

冒頭で、”『ママがおばけになっちゃった』で描きたかったのは、「命」の大切さや「死生観」を題材にした絵本”だと述べ、その対比に佐野洋子/作『100万回生きたねこ』(講談社 1977)『葉っぱのフレディ』(レオ・バスカーリア/作 島田光雄/絵 みらいなな/訳 童話屋 1998)を取り上げています。この2冊の絵本については、絵本の研究者がさまざまな角度から取り上げ、研究し、その評価は定まっています。
それと、自分の作品が同等であるという言い方は、なんと傲慢なことだろうかと呆れてしまいます。まさに「馬鹿も休み休みに言えよ!」

作品の評価は、年月が決めていくのです。一時的に売れても、その本が何年も売れて、読まれることによって、つまりその作品が普遍的なのか、どの時代にも通用するのか、どの時代の子どもたちにも受け入れられるのか、テストされていくのです。昨年、出たばかりの、まだ評価も定まらないこの作品が、それらのロングセラーと同等であるというのは、作者本人が言うものではない。ここにも作者の品位の無さが表れていると感じるのです。

またインタビューではこんなふうに続きます。

「シリアスなテーマだから、前半部分は楽しく、笑いの要素を入れなければ」という答え。「死」はシリアスなテーマだとわかっていて、だから茶化す・・・というこの文脈は、この作者の精神の幼稚さを如実に表しています。自分で処理しきれないほどの真面目な局面では茶化すことしか出来ない、真正面から向き合えないことを自ら表明しているのです。

”「命を軽く扱っている」との感想もいただきましたが、ぼくとしては『ママがおばけになっちゃった』は、命を身近に感じてもらうおはなしであるとともに、絵本でもあります。” 下線部分は私が引いたのですが、まずここの表現おかしくないですか?「感じでもらうおはなしの絵本です」と言いたかったのか?
しかも「命」の大切さを訴えるのに、なぜ子どもにとって大切な存在である母親をいきなり死なせなきゃいけないのか、それこそ「命」を軽く扱っているのです。彼の主張は、詭弁でしかありません。

ママのお葬式場面で始まる『さよならママがおばけになっちゃった』ですが、そのあたりの描き方もほんとうに雑です。のぶみさんの実家が教会だと言っていますが、私も実家が教会でした。父が牧師でしたから、もちろん教会での葬儀はそれこそ何度も見ています。教会の葬儀は生前のその人の生き様を生まれた時から亡くなるまでを辿り、それを会衆と共にシェアし、故人が残したものを確かめ合い、感謝とともに天国に見送るのです。それは厳粛でもありながら、悲しみのなかにいる遺族を慰め、ともに前を向いて行こうとする癒しの祈りの時間でもあるのです。

しかしこの絵本では、その厳粛な葬儀にもかかわらず遺影がまったく別人のものにすり替わったままとなり、おばけになったママは実物より綺麗ということで、それもあり?という雰囲気なのです。故人の人生を振り返る場で、また故人を黄泉の国へ見送る場で遺影の差し違えは有ってはならないことであり、目の悪いおばあちゃんが取り違えたとしても、配偶者であるかんたろうのパパ(のぶみはインタビューの中でわざと登場させてないと主張しています)や、親族が気が付くでしょう。

また、この絵本の葬儀は仏式ですが、そうだとしても遺族の座る位置などが考慮されていません。そうなのです。「命を軽く扱っていない」と、作者が主張すればするほど、この絵本とのかい離が起きるのです。言っていることと、描いていることが矛盾しているのです。

また、続編は葬儀のシーンから始まるのをインタビューではこのように言っています。”警察の方に交通事故を起こしたときの被害者の方のお葬式までの流れを聞きました。普通、人は亡くなったらすぐにお通夜、お葬式となりますよね。でも、交通事故の場合、他殺の可能性も考えて、一度検視が行われるのだそうです。そのため、一晩は検視で戻ってきません。そのあと、お通夜、お葬式となるので、事故が起きてからお葬式まで、最低3日はかかるのだそうです。その話を聞いたとき、ママのお葬式からおはなしをスタートさせる以外考えられないと思いました。”

ああ、この人、後付けでこのシーンを思いついたんだなと思いました。前作を出版したあとに寄せられた賛否両論の中の、特に非難を受けた部分をなんとか繕おうとしている。しかし破たんしています。

まず、前作、冒頭の臨終シーン。どうみても検死のシーンとは考えられません。もちろん交通事故で亡くなっているのですから、検死になるのですが、前作ではそういう想定にはなっていないのです。

また普通すぐにお通夜、お葬式になると言っていますが、ここの流れも今の葬儀事情を知らないなと思います。死体検案が終わって、死亡診断書が書かれ、死亡届を出して火葬許可証が発行され、そして火葬場の予約をするのです。そこにはそれなりの手続きと過程を踏むわけで、「普通、人は亡くなったらすぐにお通夜、お葬式」となるという作者の認識は浅はかです。また今、亡くなってすぐに通夜、葬儀を出せることはまれです。翌々日などになることもあり、都心では火葬場の予約が取れずに数日待たされることも多くなっています。

なので、前作では、亡くなった夜におばけになってかんたろうのもとに出てきたママは、警察の死体安置場から飛んで来たことになります。どうみても自宅で安置されているような雰囲気でしたが・・・

そして、続編では検死が終わって自宅に戻って来て3日ぶりに会えたという設定なのでしょうが、ここでは自宅に戻らずにいきなり葬儀場になっている・・・普通は検死が済めば一旦自宅に遺体は戻って来ます(直接、葬儀社の安置場ということもありますが)

また前作でのかんたろうやおばあちゃんとのやりとりを見ていると、葬儀を待つ間の数日のような描き方になっていません。ほんとうに「取って付けた感」ありありなのです。

のぶみはインタビューの中で、この絵本をシリーズ化すると言っています。パパを登場させ、時間を遡ってふたりの出会いや、かんたろうの誕生、そしてかんたろうの結婚まで続けると言っています。(読者に期待されていると勘違いしてる?)

まずは、「パパ不在」の心地悪さを前作で指摘されていたためか、パパを登場させるというのです。「パパは実はいるのです」として今回はかんたろうの描いた絵の中に登場させているのです。、母子関係を際立たせるためにパパの存在は余計だと断言し、わざと登場させなかったと言っています。ここにも子どもが育つ家庭での夫婦の役割などに対する偏ったイメージがあるようにしか思えません。最愛の妻を亡くして、同じように最愛の母親を亡くした息子に対峙しない父親なんていません。その父親の存在を「余計」だという感覚がそもそも間違っています。

そうやって後付けで、いろいろ細工をすればするほど、この絵本は質を落としていくことでしょう。今は評判だとしても、10年後に手にし続けているか、時間が審判を下すと信じています。

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今年、1月に山口を旅した際に、友人が言っていた言葉が印象的でした。
車で1時間走らないと絵本を売っている本屋さんがない。しかも絵本の品揃えは悪い・・・そんな中、テレビで『ママがおばけになっちゃった』が評判がいい、良い絵本だとテレビで言っていたから、買わなきゃ!と買いに走ったというのです。でも手にしてみて「違う・・・」と唖然としたと。

大学で絵本論のゼミにいた友人でさえ、そうなのです。テレビで話題なら取りあえず買わなきゃと思ってしまう。メディアが持ち上げて、その相乗効果で売れに売れたのです。

32万部売れたということの中には、ワイドショーなどで評判だから、とりあえず買っておこうという人が多かったのではないか、と思います。子どもたちはその後、何度も「読んで!」と繰り返しねだっているでしょうか?

ブームになったために、図書館でも予約が殺到し、こんな絵本、良識のある司書は選書しないと思っていましたが、東京都内255館で蔵書があり、その大半が貸し出し中になっています。ブームの時の予約殺到で待機の順番が100人くらいになっていたところもあるための数字だと思います。しかし順番を待って、手にしてみて、子どもたちはどんな感想を抱くのでしょうか?もう少し実際に読んだ子の声を拾ってみたいと思いますが、何度も読んでと持って行くとは考えにくいのです。

「命」の大切さ、と口で言うのはたやすい。でも実際には、とても重いテーマです。
それを丁寧に子どもに伝えなければならないと思っています。シリアスだからこそ、丁寧に。

それを茶化す必要など、まったくないのです。「馬鹿も休み休みに言えよ!」「子どもの味方のふりをして、商売してんじゃないよ!」と、多くの読者に気が付いてほしいと思います。


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私の「再び、違和感のある絵本を問う」を引用してくれているブログ記事のリスト(リンク、ありがとうございます♪)


1) はてなブログ「仙台広瀬川ワイルド系ワーキングマザー社長」の2015/10/1「『ママがおばけになっちゃった!』に対する息子の批評がまっとうすぎる

2)「斗比主閲子の姑日記」の2016/06/05「【36万部のベストセラー】親を死なせて親のありがたみをわからせる親向けの絵本『ママがおばけになっちゃった!』【全国学校図書館協議会選定図書】

そう、この絵本が全国学校図書館協議会の選定図書に入ったと聞いて、世も終わりか・・・と絶望感にさいなまれています。だって、選定基準にまったく沿っていないのに・・・抗議文を提出しようかと、友人たちと言っています。大手出版社の圧力なんでしょうか・・・

続編が売れ続けるのかも、注目してみようと思います。 

7月を振り返って・・・

暦の上では8月7日(日)に立秋を迎えましたが、東京は猛暑の日々・・・SA004028pm01

6月前半、アメリカでのんびり過ごさせてもらった分、6月後半から7月・・・駆け抜けるような忙しさの中で過ごしてきました。

絵本や子どもの本に関するいろんなことをまとめて記しておこうと思います。

7月2日(土) 14:00〜 浜田桂子さん講演会歴史の痛みを共有して〜日・中・韓平和絵本プロジェクト作家たちの挑戦〜」@教文館ナルニア国 へ

終了後、銀座月光荘へ。6月24日(金)にあったJBBY総会で出会った絵本作家希望のイラストレーター川本みつこさんの個展を見に行ってきました。 

子育て中のママでもある川本さん、とても柔らかい色合いと、小さな生命に向ける優しい眼差しを感じる絵でした。いつか本当に絵本デビュー出来るといいですね♪ 

両親、この日からデイサービスに通い始めました・・・週1回、軽い運動が出来るリハビリ・デイサービス。早朝から早起きをして、まるで遠足に行く日の小学生みたいでした。週1でも、定期的にお出掛けできるということは、生活に張り合いが出来そう♪

3日(日) 夜18:00〜 大学時代のゼミ友達との再会。北九州から東京へ出張中の友人と、東京在住の友人20160703トライベックス20160703トライベックス23人で新宿・小田急センチュリーサザンタワー20F トライベックスで食事。 





7月7日(水) 18:30〜 おとな絵本プロジェクト七夕ナイト@ポプラ社へ ドンハマdeナイトで、夜活絵本として「星空を見上げて」というテーマでブックトークをさせてもらいました♪
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7月8日(金) 13:30〜 全国公共図書館研究集会@都立中央図書館へ愛知工業大学の中井孝幸教授の「場」の概念から見た図書館についての講演を聞いてきました。中井教授が、開口一番、図書館サービスのスタート地点としての児童サービスの重要性を強調されたのが嬉しかったです。
図書館を利用したことのなかった人が親になり、ブックスタートなどで子どもが生まれると図書館を訪れる・・・わが子のためにと図書館を頻繁に利用するようになるも、子どもたちが成長すると足が遠ざかりかねない。そこを次のサービスにいかに繋いでいくかがとても大切だといういうこと。そこをどう繋ぐか、サービスは年代ごとにプツリプツリと途切れているわけではないということを、考慮しなければならないということ・・・

それには「場」としての、配慮も必要・・・静かに本を読みたい人たちと、親子連れが棲み分けできる空間の演出も大事だということでした。 

7月9日(土) ほんとうは16時から、クレヨンハウス子どもの本の学校「鈴木のりたけ」さんの回だったのですが・・・午後からネズミ駆除業者が来て、それが長引き・・・出かけそびれてしまいました。今期、年間パスを購入しているのに、5月、6月は自分が講師をする講座と日程が重なり、この日は行けると思ったのに、急きょ予定が入って行けなくなり・・・一度も行けなくて残念。1回3000円の講座・・・代理受講も可能なので、早めに誰か代役を立てればよかったなぁ・・・8月20日(土)いとうひろしさんの回も参加出来ない。誰か、行ける方、いないかなぁ・・・
夜は、長女と銀座デート。東急プラザ銀座でお買い物にお付き合い♡私もお気に入りブラウスを見つけました。

7月10日(日) 9:00〜 ファンタジー研究会@代官山蔦屋書店anjin
久しぶりのファンタジー研究会参加。お題本は『まく子』西加奈子作 20160710ファン研
まく子 (福音館の単行本)
西加奈子
福音館書店
2016-02-25

「まく子」の”まく”は、生命の種をまく・・・という深い意味がありました。不思議な物語でありながら、よく読むと深い摂理にあふれた作品でした。小学5年生が主人公だけど、実際は思春期の身体の変化を潜り抜けた高校生くらいが読むと面白いんだろうなぁ・・・

ファンタジー研究会終了後、午後の教文館での講演会に一緒に行くM・Tさんと一緒にランチ。日比谷線で中目黒から銀座へ・・・

7月10日(日) 14:00〜 ロアルド・ダール生誕100周年記念特別講演会@教文館ウェンライトホール
教文館ではY子さん、ググさんも合流。サイン会のあと、4人できょうぶんかんカフェでお茶をしました♪

7月11日(月) 19:00〜 友人と食事会@京橋・婆娑羅 
大学で女性学などを教えているY子さんと1年以上ぶりの再会。お互いに積もる話をいっぱいしました。
老親の介護のこと、教えている学生たちのこと・・・女性の生き方のこと・・・などなど。
同じ年で、しなやかに生きている彼女の話はいつも刺激を与えてくれます。

7月16日(土)12:00〜 ちひろ美術館へ 『村上春樹とイラストレーター 佐々木マキ・大橋歩・和田誠・安西20160716ちひろ美術館水丸展』へ 
20160716ちひろ美術館2買い物へ出たついでに、自転車で足を延してちひろ美術館へ寄ってきました。

夜はスポーツ・ジムデビュー といっても7月の間はお試し会員。
トレーナーさんについて、まずは体組成を調べてもらう。筋肉量はこの年齢の適正量あるとのこと。そして・・・やっぱり脂肪率が高い!このぷにょぷにょの脂肪をとにかく燃焼させましょう・・・というメニューを組んでもらった。目標は7kg減量。ん?この1年で増えた体重は5kgなんだけど、もともと2kgオーバーだったんだね。
1時間、有酸素運動と筋トレをして、30分岩盤浴〜これほんとうに気持ちいい!通勤で使う駅の前だし、初のスポーツジム通いもこれなら続けられそうです♪

7月17日(日)10:00〜 オルセー美術館・オランジュリー美術館蔵 ルノアール展@新国立美術館
20160717ルノワール展朝、思い立って六本木へ。パリのオルセー美術館とオランジュリー美術館は2011年1220160717ルノワール展2月に夫と銀婚旅行で訪れたところ。オルセー美術館のすぐ近くにホテルをとって、滞在中に何度も通った美術館です。7月3日のNHK日曜美術館で、この展覧会の特集を見ていて、なんとか行きたいと思ってたのです。
午後から横浜へ絵本研究会へ行くことになっていて・・・そうだ!その前に行けばいいんだって^^
やっぱり、行ってよかった。パリで見た絵を、東京でまた見る。なんだか不思議な感じでした。

7月17日(日)14:00〜 絵本研究会@横浜・石川町アートスペース「と」
20160717絵本研究会今回から瀬田貞二研究が始められることに。どんな研究をしていくかを、この日はブレーンストーミングで。参加したみなさんが思い思いに瀬田貞二の著作と、子どもの本への想いについて話し合いました。いろいろな切り口での研究が出来そうです。20160717絵本研究会2




7月18日(月)10:00〜 阿佐ヶ谷教会若草会一日例会へ この日は聖書研究の司会を担当。なんだか、じっくり聖書を読むのも久しぶりな気がします。旧約聖書の「詩編」を加藤先生に解説していただく・・・
終了後は、スポーツジムへ。身体を動かすことがこんなに楽しかったなんて〜

7月20日(水)19:00〜 阿佐ヶ谷地元飲み withぐぐさん、やめぴさん
1999年、シンガポールに転勤する前に一緒に文庫活動をしていたお仲間との地元飲み会。今まで抱えてきた文庫活動への想いを吐露しました。一歩前に進む勇気をもらいました♪

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7月21日(木) 13:30〜 タカラヅカ花組公演「Me and My girl」 with Y子さん。
真鳳つぐみさんを応援♪華やかなタカラヅカの世界を、昨年冬に続き、堪能してきました♪

7月22日(金) 7:00〜 朝活絵本(おとな絵本プロジェクト)@日本橋蛎殻町 芸術家の家
20160722朝活絵本2「行きて帰りし物語」の2回目。出かけて行った先で困難にであい、自力でなんとか乗り越え、成長して戻って来る姿が描かれた絵本を紹介しました。


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7月23日(土) 14:00〜 ブラジルの絵本作家ホジェル・メロ講演会@上野・国際子ども図書館
20160723国際子ども図書館ここでは絵本研究会仲間や、多文化研究をしている絵本を通して出会った友人たち、絵本コーディネーターの東條さんに、マイティブックの松井さん・・・たくさんのお仲間に会えました。終了後は、懇親会にも参加しました。
ホジェル・メロさんの絵本には哲学が詰まっているということ。生きるということはどういうことなのか、また彼の世界観、宇宙観がしっかりと描かれている。だから国際アンデルセン20160723ホジェルメロさん賞画家賞を受賞したんだなぁって思いました。鋭い眼で世界を切り取り、それを子どもの本であるにもかかわらず、いや子どもの本だからこそ最高の芸術として描き切る・・・その姿勢に感銘を受けました。


7月25日(月) 19:00〜 絵本夜話(おとな絵本プロジェクト)@我楽田工房20160725夜活絵本
おとな絵本プロジェクトのゆる〜い絵本夜話ですが、この日の夜は「この絵本どうよ?」がテーマ。3人の男性メンバーがそれぞれにあまり好きではない絵本に論じるという、ちょっと過激な会でした^^

7月27日(水)19:00〜 絵本の100年と未来研究会@茗荷谷・学下珈琲
絵本コーディネーターの東條さん主宰の勉強会に参加してきました。子どもの本の編集者の方のリアルなお話を伺いながら、今の子どもの本が抱えている問題点を垣間見たような気がしました。
それから参加者がそれぞれに、子どもの絵本おとなの絵本というコンセプトでのブックトーク。人によって1冊の本に対する感じ方が違っていて、すごく面白かったです♪

7月31日(日)11:30〜 シブイオンガクスタジオ楽芸会@赤坂・グラフティ 
絵本友達のうるふさんが出演するというので、応援に行きました。うるふさんはじめ、ボイストレーニングに通っているみなさんが生き生きと自分を表現していて、素敵でした♡20160731きょうぶんかん2

その後、選書のために教文館ナルニア国へ。きょうぶんかんカフェで小休止。

31日18:00〜 夜は大学の同期が研修で上京したのに合わせて、在京の学科同窓生が集まってのミニ同窓会。@新宿・隠れ房
大学卒業以来、一緒に話す同窓生もいて、懐かしい話に花が咲きました。今年、母校は創立100周年。その式典の様子を伺ったり、昔の大学の様子や、お世話になった先生たちの思い出、クラスのエピソードなど、喋り始めるとあっという間でした。卒業して、今年でちょうど35年。感慨深い時間でした。

*備忘録として書きました*
ところで例の「違和感のある絵本」のぶみさんの『ママがおばけになっちゃった』の続編が出ましたね。立ち読みで読みました。

それについて、詳しく書きたいと思っています。それはまた明日以降・・・あの本の評論を書くにはすご〜くパワーが必要ですから・・・しかし「二匹目のどじょう」狙いなんでしょうが、ひと言でいえば、ほんとうに品がない。また詳しく記事にします!

 

気持ちに区切りをつけました・・・文庫活動のこと

チューリップ1994年から続けてきた「ポプラ文庫」(注:現在も杉並区の地域文庫として、活動継続中)とのご縁を一旦切ることにしました。もちろん完全に切るというのではなく、その活動を外から応援することにします。



2000年にシンガポール「ポプラ文庫」の活動と東京の文庫活動を結び、離れていても互いの活動をシェアできるようにと立ち上げた「絵本でひろがる世界 ポプラ文庫」のサイトのエッセイの中に、454a2999私と文庫との関係を綴っています。(フレームを使っているので、うまくリンク貼れない・・・)

その一文を以下コピペします。(文中、「若葉」とは私のハンドルネーム「若葉みどり」から)

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家庭文庫との出会い

 わたしは、自宅で家庭文庫を開くようになって8年になります。実はポプラ文庫は26年の歴史があります。(ポプラ文庫の歴史のページも参考に!)我家に移ってくる前は先輩のおかあさんたちがそれぞれのお子さんや地域のこども達のために活動していました。わたしは三代目なのです。

 ブルーナーの「うさこちゃん」や「くまのプーさん」の翻訳や、「ノンちゃん雲に乗る」の創作で知られる石井桃子さんが自宅で開いた家庭文庫やおなじく児童文学者で現在「東京こども図書館」の理事長の松岡享子さんの家庭文庫など1950年代から60年にかけて、よい本をこどもたちにという願いをこめてこうした文庫の活動が 始まりました。

 わたしが文庫のことを知ったのは幼児教育学科の学生のころ。かれこれ20年以上 前のことです。石井桃子さんや松岡享子さんの文庫が母体となって1974年に設立された「東京こども図書館」の活動を授業で学び、そこが出版している「おはなしの ろうそく」でおはなしについても学んだ時に遡ります。

 そのころからいつかわたしも家庭文庫を開きたいという漠然とした願いを持ちつづけていました。結婚して豊中、香港と転居し、9年前に東京杉並に引っ越した時、はじめてそのチャンスに出会いました。杉並にはたくさんの家庭文庫が1970年代に誕生し、活動を続けていたのです。

 文庫は出会いの場です。絵本とこども、おかあさん。活動を続けるなかでの一番の収穫はそうした出会いでした。そうした出会いがこの8年間わたしを育ててくれたと思 います。

ポプラ文庫の歴史

 ポプラ文庫は、1974年秋に東京杉並区に産声をあげました。まだ区内の図書館の数が少ない頃で、子ども達に良書を身近な場所で提供したいと願うK・Mさんが当時幼稚園児だった息子さんのお友達のお母さま方と下井草で始められた地域文庫で す。

 その後区内の文庫が連絡会を作り、区に陳情・請願をするなど区に働きかけて図書館 地域・家庭文庫育成の制度ができ、その助成を受けながら下井草出張所にて活動が、 途中主宰者がM・Aさんに代わるなど世代交替を経て1994年春まで続けられま した。 ところが出張所移転に伴い、その場所が利用できなるために閉鎖されることになりま した。

 そこへ、1989年から香港・東京と場所を移しながらも自宅で「絵本の会」を続けてきた若葉と文庫スタッフが児童館の母親クラブを通して出会い、家庭文庫として引継ぐことになりました。井草の若葉宅でポプラ文庫が再開したのは1994年5月で した。若葉にとっても自宅での絵本読み聞かせの際に「その絵本を貸して欲しい」と いう希望があっても我が子たちがお気に入りの本ばかりで貸出しをすることが出来なかったので、この申し出はまさに「渡りに舟」でした。 その後ポプラ文庫は毎回30人以上の幼児・小学生が出入りする絵本や児童書との出会いの場を提供してきました。家庭文庫の特徴を生かして、母親同士のブックトークをしたり、子育てについて互いに情報を交換し、支援しあう場へと活動が盛り上がっ ていきました。

 ところが1998年11月に若葉の夫が転勤でシンガポールに赴任することになりま した。2000冊を超える蔵書を誰が引継ぐのか思案している時に文庫連絡会のメン バーに相談をし、在外日本人の子ども達に絵本・児童書との出会いを提供できるので あれば…ということで、シンガポールに本を持って出ることを後押ししていただき、 図書館からも貸与期間の終わった古い本の持ち出しを承認していただきました。井草の地での若葉家での文庫は家族が引越をする前の1999年2月までつづけられまし た。

 一方、絵本の読み聞かせを通して聞く力の育ってきた子ども達をこのままで終わらせ たくないというスタッフたちの熱意から「絵本の会」の存続を望む声があがり、隣接 する中野区鷺宮地域センターにてみほママさんを中心に活動が続けられることになりまし た。

 またシンガポールに持ち出せなかった(荷物の関係で)本を、ヤメピさんのマンションに引き取っていただき、助成を継続してスタッフと同じマンションに住む子ども達対象の文庫として井草の地で活動を続けていただくことになりました。
(ヤメピさん宅での文庫が家庭の事情でできなくなった後、2001年度は同じマンションのタン樹林ママさんのお宅に移りました。それも今後は無理になり、2002年4月にはひこばえ幼稚園(杉並区井草にある手作り保育の園。園長先生はドイツ文学者でフェリス女学院院長でもある小塩節先生)のすぐ近くに移る予定です。

  シンガポールでは、やはり自宅となったコンドミニアムのリビングにて ポプラ文庫の蔵書2000冊弱と若葉の個人本約1000冊とを開架して 1999年6月より活動を開始しました。開設の案内状は近所の方々に20枚配っただけでしたが、第1回目の6月2日の利用者は28組54人でした。日本の本が手に入りにくい海外で、また当地に進出している丸善や紀伊国屋書店で入手 できるものの国内の1.5倍から2倍近い値段 になることもあり、文庫の需要は高かったようで、口コミで文庫の存在がひろがり、 一年後の2000年6月の時点で登録者245名を数え、常時120人強の方々が本を借りていっています。(日本人が殆どですが、日本の絵本に興味をもつ現地、あるい は他国の駐在員の利用もあります。)

 2001年12月時点では登録者数は500を超えました。のべ利用者は4600を越えています。

 このポプラ文庫シンガポール分室はまた若葉の転勤があれば東京、あるいはさらに海 外に移転する可能性がありますが、井草のポプラ文庫と 連絡をとりあいながらどの地にあっても子ども達に良い絵本・児童書との出会いの場を提供しつづけたいと願っています。

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その後、私は2004年3月末に日本に帰国し、シンガポールから持ち帰った蔵書で芝公園にある社宅でも細々「ポプラ文庫芝分室」と 活動をしていました。

私がシンガポールに行く時、上の文章の中にある「みほママ」さんに「東京でのポプラ文庫を預けていきます。必ず戻って来てまた文庫をやります」と伝え、彼女は「帰国するまでは、なんとか守り抜きます」という約束を交わしていました。私の中でこの約束は「守らねばならないもの」とずっと思っていました。なので、帰国した際、一旦は社宅に入ったものの、なんとかして渡星前に住んでいたエリアに戻りたいと家族を説得し、家を探し、翌年夏、義母を看取ったあとに義父を引き取るタイミングで、今の家に引っ越してきました。

文庫活動がすぐにでも始められるように、2階和室の床の間を絵本書架に改造するなどをして準備もしました。

ところが・・・事情は違っていたのです。上記、2002年に移転した先での活動がその地域に根付き、みほママさんから、今の活動は動かせないということを言われてしまったのです。この件については、何度も何度もみほママさんと話をしましたが、平行線のまま。

2005年の秋・・・当時、文庫や上記に記されている「絵本の会」の活動メンバーが集まって話し合いをし、渡星前に我が家でやっていた活動から派生した活動なので、その活動を結ぶものとして「ポプラの会」という活動を立ち上げ、私はその代表として、絵本の勉強会などをしていきましょう・・・ということになりました。
でも、やっぱりそこでも認識の差は埋められないままになっていました。会の大切なことを決める場に様々な事情で関われず、私は居場所を無くしたと感じて、仕事に専念することで、気持ちを逸らすようになっていきました。

何度か、家族からは「いつ、ポプラ文庫を返してもらえるの?」という問いかけが・・・でも、私がシンガポールにいた5年というのは、私が考えていた以上に長い時間で、それぞれに活動が根付いてしまっていて、元に戻すというのは、もう無理だったのです。

帰国した年に、K・Mさんが最初に活動を始めて30周年ということでお祝い会が行われ、また2014年には40周年記念の祝賀会も行われました。後で聞くと、30周年祝賀会を開催する時に、「地域文庫として受け継ぐ」として、現代表やスタッフの中で位置づけられていたのです。2004年に開かれた30周年祝賀会では、渡星前のスタッフや、帰国していたシンガポールポプラ文庫のスタッフの皆さんも集まっていて、そこで私は文庫の歴史を語り、この地に戻って来る決意を新たにしたのでした。だから、その時点では「地域文庫」という認識に変わったという、そのことに長く気が付かず・・・溝は深まるばかりでした。


私の中ではみほママさんに約束を反故にされたことに対する疑念が大きくなっていて、2014年の40周年記念祝賀会の前の1か月あまりはは夜も眠れないほどに悩んでいました。

40周年記念のお祝いのあとで、初めて現スタッフの方々とその溝について話し合いをし、一スタッフとしてポプラ文庫の活動を支援していくというスタンスを確認しました。その中で、現代表やスタッフの方々には、みほママさんとの約束のことはみほママさんから伝えられておらず、また私が文庫活動をいつでも開始できるようにと準備をしていたことも伝わってなかったということが明らかになりました。みほママさんは、とにかく活動を続けることを最優先し、また今の代表のところでの活動が根付いていった中で、そこでの活動維持に注力されたのだということ、そして彼女が悪いということではなく、時間の経過が引き起こしたズレだということも・・・今振り返ってみるとよくわかります。




頭でそのように理解していても・・・なかなかすんなり納得できるわけではありませんでした。その後も・・・ふと思い出すのです。「口約束」だから効力がないのか、だったらきちんと紙に残していればよかったのか、などと何度も何度も気持ちが落ち込むと、堂々巡りをしていまうのでした。



でも、私がいつまでもそのことに拘っていたら先に進めない・・・

そう思ったのは、昨年夏、夫の葬儀のあとで、夫の部下から聞かされた言葉でした。夫は自宅で文庫活動をしていることを部下に自慢していた・・・老後は妻と一緒に絵本カフェしたいと話していた・・・などなど聞いてから。ならば、絵本カフェは無理だけど、家庭文庫活動は再開しようと決心できました。

実は文庫活動をすることは、生前の義母には反対されていました。1994年の活動開始のころに上京した義母に部屋の片づけが十分でないことを指摘され、「家事や育児を最優先にすべき。お金にならないボランティア活動で、家族の生活を犠牲にするな」と言われたのです。義母と夫の前で「家事、育児に支障のないようにする」ということを約束して活動継続を許してもらっていたので、夫が積極的に部下に話していたとは、驚きでした。

部下にお子さんが生まれた時などに、私が選んだ絵本をプレゼントしていましたが、あとで聞くとそれらの絵本も自分で選んだように話していたらしく、絵本好きなイメージが出来上がっていたのだとか!

また、シンガポールにいた時に、「ポプラ文庫の若葉さん(本名の○○)」と皆さんに覚えていただいていて、帰国後もそう名乗ってきたのですが・・・シンガポールに居たころの利用者のお子さんは、上は社会人に、下は高校生になっています。もう「ポプラ文庫」と検索して、私個人を探す人も減ってきたでしょう。もし、そうだとしてもシンガポールでの活動18年めを迎えた「シンガポール・ポプラ文庫」に問い合わせれば、どこかで私に繋がります。

もう私自身が「ポプラ文庫」にこだわる必要はないのだな・・・とやっと気持ちに区切りをつけました。そしてこの春、2階和室はその後岡山から呼び寄せた両親の居室になっているため、1階廊下に天井まである書架を作り付けで作ってもらうなど、また文庫活動を始められるようにリフォームもしてもらいました。(完成後も、渡米したり、仕事が忙しかったりで、まだ文庫の準備は出来ていませんが・・・)

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ポプラ文庫を引き継ぐ前に名乗っていた「絵本の会ちゅうりっぷ」にちなんで、「絵本の家ちゅうりっぷ」にしようかな・・・いや、子どもの本を中心にいろんな年代の人が交流できる場に出来るといいな、絵本だけでなく小学生や中学生にも本を手渡したい・・・そう願って「子どもの本の家ちゅうりっぷ」として、今年の秋に活動を始めたいと思っています。 


先日、シンガポールに転勤が決まった当時、一緒に活動をしていた友人たちとミニ飲み会をしました。その時に、彼女たちに私の抱えてきたここ12年間の想いを吐出しました。彼女たちが、釈然としなかったこれまでの私の気持ちを理解してくれたことが、さらに勇気を与えてくれました。

なお、「ポプラ文庫」と検索して現活動について問い合わせてくる方や、あるいは私がこのブログで綴る内容が、今のポプラ文庫の見解として誤解を受けるという指摘もあって、新しい活動を始めるタイミングで、「絵本でひろがる世界 ポプラ文庫」のサイトも閉じる予定です。(私の活動のアーカイブでもあるので、過去の活動として新しいサイトに何らかの形で残しますが)

このあたりに経緯は、ほんとうにごくごくわずかな方しか知らないことでしたが、今回きちんと記しておくことにしました。かなり少なくなってきましたが、シンガポール時代のスタッフや利用者だった方からの問い合わせが時々あるからです。そして書くことによって、さらに私自身の気持ちを整理出来ました。読んでくださった方、ありがとうございます。
 
前に向かって一歩踏み出します。 
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