みどりの緑陰日記

香港で始めたプレイルームどんぐりから数えて28年、子ども達に絵本や児童書を手渡し続けてきました。保育士養成の場で仕事をしたこともありますが、今は図書館にかかわる仕事をしています。絵本や児童書のこと、文庫活動のことなどを綴っています♪

糸魚川へ・・・全国読み聞かせキャラバン

8月22日(火) 10:00〜15:30 @糸魚川市会館ふれあいセンター ビーチホールまがたま20170822糸魚川3

絵本を通して仲良くしていただいている糸魚川在住の絵本専門士Aさんのご紹介で、NPO法人東京児童文化協会主催の全国読み聞かせキャラバン、子ども読書フォーラムの講師を務めさせていただきました。(午前中は、Aさんをはじめ、地元のボランティア団体による読み聞かせキャラバンでした)

securedownload (1)主催のNPO法人の代表は、玉川大学教育学部で、創立者で偉大な教育者でもある小原圀芳先生から直接教えを受けられ、小学校の校長先生をされていた方でした。

玉川大学は、日本でもいち早く幼児教育の修士課程を作ったところで、私も大学院に進学する時にはこちらも志望校のひとつでした。私の場合は、開校して3年目の国立兵庫教育大学大学院(受験当時は学部のない大学院大学で、私が入学する時に学部一期生が入学)に進んだのですが、先行研究などは、玉川大学の図書館にあって、学生当時ほんとうにお世話になりました。

そして香港在住の時にお世話になった日本人幼稚園の園長先生だった日名子太郎先生も、玉川大学出身でいらして、玉川の幼児教育の精神は私にとっても原点になっています。

そんなご縁もあって、私も大船に乗った思いで、「読書で広がる子どもの世界―読み聞かせの、その先にあるもの―」と題して、約2時間たっぷりと子どもの本について話すことが出来ました。20170822糸魚川5

ちょっと言いにくいような、子どもの本、特に今の絵本の出版事情、粗悪な絵本が乱造されている現状も、それらの実物を見せながら(すご〜く大胆。この絵本、ここがひどいと、はっきり指摘したわけです。実物を見せ、他の本と比較するからこそ、そのひどさも目立つわけです)お話しました。

また、絵本年齢の子どもに向けては、熱心に家庭でも絵本を読んであげているけれども、自分で読めるようになると「耳から聴く読書」としての読み聞かせを中断してしまうことが、却って自分で読む力が育つのを阻害していることを、さまざまな研究事例を例示しながらお話しました。
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その後、どのような本を手渡していけばいいのか、具体的な例も挙げながらお話しました。特に自立していく過程で必ず訪れる試練の時、自分の思うようにならない時に、身近な親や先生ではなく、人生を導いてくれるような1冊の本に出会うことの大切さについてお話しました。

そういう読書に導くためには、幼いころの絵本の質がとても大事で、もちろん面白いだけのウケる絵本もたまには悪くはないけれど、子どもたちが自分の周りのさまざまな事象に気がつき、そこから「生きている、生かされていることは素晴らしい」と思える作品を手渡しておかないと、いきなり分厚い本で、人生について考えることなんて出来ないのです。

だから、子どもたちの年齢、発達に応じて、またその子の興味関心の向く方向をきちんと見極めて、適時ふさわしい本を手渡せる環境もとても大切。それが、家庭に任されてしまうと、親の教養や生活レベルなどに左右され格差が開いてしまうのですが、公立の学校の図書館に専門の学校司書が配置されていれば、それが可能になるんだということ。読書推進を言うならば、そこに人をきちんと配置し、その人が生きがいを感じられるような正規の報酬を支払うということも大事だってこと。無償のボランティアに任せっぱなしの、この国の子どもの読書推進なんて、ほんとうに片手落ちなんだということも、はっきりと述べてきました。

当初は、子育て中の保護者対象と聞いていましたが、参加された方々のほとんどが学校の先生や図書館行政に関わる方々でした。はっきり言い過ぎちゃったかなと思いましたが、終了後に多くの方々からお褒めの言葉をいただきました。中には、「この夏たくさんの研修会に参加したけれど、一番心に残りました」という、ありがたいお言葉を伝えてくださった学校の先生も。学校で子どもたちと一緒に本を読みたいをおっしゃってくださって、ほんとうに嬉しかったです。
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この講座に先駆けて、当日の朝一番に昨年末に起きた糸魚川大火の跡も散策してきました。8か月が経って、少しずつ瓦礫は撤去されていますが、そこに残る爪痕は大きなものでした。20170822糸魚川9
今、復興に向けて懸命に前に進もうとしている糸魚川のことに、これからもずっと心を寄せていきたいと思いました。

また、その地で子どもと本をつなぐ活動を懸命にしている友人Aさんの、地道で20170822糸魚川10丁寧な仕事ぶりにも触れることができ、勇気をいっぱいいただきました。Aさんとも、これからも連携していければなあと思いました。20170822糸魚川11




(ずっと書こうと思っていたのに・・・やっと1か月近くなって、ブログ記事に出来ました・・・)
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Aさんが新幹線の改札口までお見送りしてくださいました。ほんとうにいろいろありがとうございました。


(講演の様子や改札で手を降っている姿はAさんが撮ってくださった写真です)

小宮由さん@クレヨンハウス子どもの本の学校

8月19日(土)16:00〜 @クレヨンハウス20170819小宮由さん

子どもの本の編集者で翻訳家、そしてこのあの文庫の主宰者で同じ杉並区の文庫連のお仲間である小宮由さんが、クレヨンハウス「子どもの本の学校」講師として初登場でした。

小宮さんのお話は、教文館ナルニア国(2011年→こちら)上石神井のCURIOUS(2012年→こちら)や、、ジュンク堂池袋本店(2014年→こちら)、そして所沢市立図書館狭山ヶ丘分館(記録なし)で伺ったことがあります。

毎回、丁寧に誠実に子どもの本について話してくださる小宮さん。今回はウォルター・デラ・メアの詩の朗読から始まりました。『孔雀のパイ』から、「だれか」を。
孔雀のパイ
ウォルター・デ・ラ・メア
瑞雲舎
2000-09-10

夏の終わりの夜の庭の情景が、す〜っと心に浮かんできました。

その後、「絵本とはなにか」ということを、小宮さんは明確な言葉で伝えます。

絵本は、絵のある本のことを言うが、子どもたちはその文章を耳から聴いて楽しむ、つまりは人間が最初に出会う「文学」であると。文学とは、言語によって人間の外界、内界を表現する芸術作品であるというのです。

瀬田貞二の『瀬田貞二 子どもの本評論集 絵本論』、『幼い子の文学』を紐解きながら、気持ちがよいほどに明快に語る小宮さん。
絵本論 (福音館の単行本)
瀬田 貞二
福音館書店
1985-11-30

「幼い子たちが絵本の中に求めているものは、自分を成長させるものを、楽しみのうちにあくなく摂取していくことです。そして、これまでの限られた経験を、もう一度確認して身につけていく働きや、自分の限られた経験を破って知らない遠方へ―活発な空想力に助けられて、解放されていく働きを、絵本がじゅうぶんにみたしてくれることを求めます。いいかえれば、小さい子たちが絵本に求めているのは、生きた冒険なのです。」(『絵本論』p35)

また、絵本の絵は、大人の審美眼とは違う、子どもは耳から聴きながら絵を読んでいる、だから耳から入って来る文章以上に語りかけてくれるもの。子どもにとって、わかる、理解できるということは喜びになる。絵本を読んでもらうことで「わかる」という喜びを重ね、作家の誠実さを受け取り、人間への信頼感を醸成する。
幼い子の文学 (中公新書 (563))
瀬田 貞二
中央公論新社
1980-01-23

「小さい子のためのお話というのは、単にわかりやすく、衛生的であればいい、なんか面白い言葉が入っていればいい、といったものでは絶対ない。それが納得され、満足されるだけの強い力がそこに内在していなければ、お話は成り立たないんだということが、一つ一つの作品を具体的に検証していくなかから、おのずと浮かび上がってくるんじゃないかと思います。」(p32)

ここを引用して、相手は子どもだからという上から目線の作品では、子どもたちは納得できない。そうした大人にだけウケる絵本、あるいは子どもに媚びる作品は文学とは言えず、絵本の形をしているだけで、優れた絵本とは言えないと、きっぱり。

では優れた絵本ってどんなものだろう?ということについて、小宮さんは絵本が子ども時代に必要だとするならば、次の2点にあるとお話しくださいました。
1)人の喜びを我が喜びとし、人の悲しみを我が悲しみとする
2)幸せとは何かを伝えること

1)は聖書の中のことば(ローマの信徒への手紙12章15節)にある「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」という精神でもあります。

主人公になりきって物語の中に入り込むことで、実生活では味わえない感情や空気を体験する。時代も国境も超え、時には人間ではないものになって、自分ではない他の立場を体験する。そのことを通して様々な立場や境遇、考え方があることを理解していく。相手の気持ちがわかる、豊かな心を育てていくことに繋がっていく。

2)は、幸せとは何かを伝えること。どんな大人になってほしいのか、つまりは人生観、価値観を伝えていく。
『ちいさいおうち』や、『はなのすきなうし』を読んでもらった子どもは、静かでつましい生活の中にそれを見出すに違いないと。
ちいさいおうち
ばーじにあ・りー・ばーとん
岩波書店
1965-12-16





はなのすきなうし (岩波の子どもの本 (11))
マンロー・リーフ
岩波書店
1954-12-10


大人が求める幸せと、子ども時代の幸せはずれている。大人の視点で大人に面白いものが、子どもに面白いとは限らない。子ども時代には「この世は生きる価値があるんだよ」と伝える。そのためにも物理的にも、精神的にも喜びに満たされた理想の姿を見せることが、将来への夢と繋がる。

だから、子ども時代(幼い時に)死や戦争、不幸をテーマにした本はいらない。そうしたことの意味が理解できる小学高学年になってからでいい。

そんな話をしてくださった後に、ご実家である熊本県南阿蘇郡西原村にある「竹とんぼ」という子どもの本の専門店のこと、そして母方の祖父、トルストイ研究者の北御門二郎さんのことを話してくださいました。そのあたりはジュンク堂池袋でお聞きした内容と被るので、省略します。(ジュンク堂でのお話は→こちら

最後に、家庭文庫のことに触れられました。小宮さんはご自宅で「このよろこびをあの子に」の「この」「あの」をひっつけたこのあの文庫の活動も10年続けられています。

2004年の12月に久しぶりに石井桃子さんのかつら文庫を訪ねられた時のことも話してくださいました。当時、石井桃子さんは97歳、長く住んだ荻窪の家を離れて老人ホームへ入居される直前に、かつら文庫へ顔を出された時だったそうです。
石井桃子さんは、『子どもの図書館』の中で、いずれ公共図書館が整備されて家庭文庫は役目を終える、いずれ無くなるべきものと考えていらした。


でも松岡享子さんの『子どもと本』には、家庭文庫の存在意義が変わっている、図書館のハード面はよくなっているけれど、そこで子どもたちに本を手渡す司書をどう育て行くのか、課題が残っていると書かれています。(4章、5章)
子どもと本 (岩波新書)
松岡 享子
岩波書店
2015-02-21

20170819小宮さんのサイン
子どもたちに寄り添って本を手渡すという点で、家庭文庫の役割は終わっていない。松岡先生は、いま82歳になられているけれど、組織だって文庫に携わる人の育成をしなければと考えていらっしゃるとのこと。私も、小さな文庫を主宰するものとして、先人たちの思いをしっかりと受け止めなければと思いました。20170819小宮さんのサイン2

このブログを書くために『瀬田貞二 子どもの本評論集 絵本論』を読み直してみました。とくにここ!引用して心に留めたいと思います。

「私たちはもう、子どもだましはやめましょう。刺激だけでごまかすことをやめましょう。着色菓子のようなもの、ピラピラしたもの、けばけばしいもの、おどかすだけのもの、支離滅裂なもの、だらしのないものを、本とよぶことをやめましょう。それらを出版して、一度だけであきられて捨てられるような商利主義とおろかな無駄づかいを断ち切りましょう。その反対に、子どもたちを静かなところにさそいこんで、ゆっくりと深々と、楽しくおもしろく美しく、いくどでも聞きたくなるようなすばらしい語り手を、私たちは絵本とよびましょう。よい本というものは、どれもみなすばらしい語り手たちです。」(p43)20170819小宮由さん翻訳本2
20170819小宮由さん翻訳本
画像は、小宮さん翻訳の絵本の一部。ほかにも何冊か所蔵しているのですが、貸出中だったり、見落としていたり^^;
どれも子どもたちに喜ばれています。

おさるのジョージ展@松屋銀座へ

8月17日(木)19:00〜 @松屋銀座イベントスクエア
20170818ジョージ展

「おさるのジョージ展『ひとまねこざる』からアニメーションまで」に、松屋銀座より招待券をいただ20170818ジョージ2き(担当のTさん、いつもありがとうございます♪)、仕事帰りに行ってきました。



そう、私が子ども時代に親しんでいたのは岩波子どもの本の『ひとまねこざる』でした。

1954年発刊当時は、開きが逆の左開きの縦書きでした。今は岩波子どもの本も右開きの横書きになっています。私が子ども時代に手にしたのも、縦書きでした。

原題が「Curious George」というだけあって、ほんとうに好奇心が強くて、なんでも知りたがるさるのジョージ。そのジョージが繰り広げるハチャメチャな行動に、子ども時代は無邪気に笑ったものでしたが、自分が親になってみて、自分で動けるようになった小さな子どもたちがまさにこんな感じ!

手あたり次第、なんでも引っ張り出したり、なめまわしたり、とにかく体で(?)この広い世界を探索201708ジョージせずにおれない、その好奇心・・・時には危険なことと隣り合わせで、親はひと時も目を離せないという、まだ言葉を理解する前の0歳〜2歳くらいの子どもと、そっくり。

だから、読んでもらった子どもたちも自分の生活に身近に感じるんじゃないかな〜と思いました。わが文庫にもジョージの本はいくつもあって、1冊1冊は読むと結構長いのですが、よく読んでいました。


この展覧会は、想像以上の充実ぶりでした。ハンス・A・レイとマーガレット・レイの夫妻が何度も文20170818ジョージ4章を推敲し、絵も何度も描きなおした過程がわかる内容でした。ラフスケッチ、いくつかのバージョンの絵、子どもの本だからこそ、妥協を許さない絵本づくりの姿勢が手に取るようにわかりました。

たくさんの原画を見ることが出来て、ますますこのシリーズへの愛着が増しました。

また、ドイツ生まれのユダヤ人であるレイ夫妻のその生い立ちと、第二次世界大戦の時のナチス・ドイツ軍からの逃避行について、今回初めていることばかりで、驚きました。

同様にユダヤ系で、第二次世界大戦の時にヨーロッパからアメリカに亡命した絵本作家にはレオ・レオにや、両親が亡命してきたというモーリス・センダックがいます。

特にレイ夫妻の逃避行は、印象的です。結婚後、仕事もあってパリに住み始め、絵本制作を本格的に進め始めたころ、ナチス・ドイツ軍がオランダ、ベルギーに侵攻したと知り(1940年5月)、ある雨の夜明けにわずかな食料と服、そして絵本の原稿だけを持って、自転車で脱出するのです。オルレアンでなんとかポルトガルまで向かう列車に乗り込むことが出来たのは、ナチス軍がパリを占領したその日だったのだとか。
ほんの少し、夫妻の判断が遅れていたら、私たちは『ひとまねこざる』を手にすることが出来なかったのかもしれないですね。

ポルトガルのリスボンに着くと、ふたりが若い時分に過ごしたことのあるブラジル行きの船に乗ります。ここでふたりは身分証明書とビザを取得出来、その後アメリカへ渡ったのです。

フランスで絵本の出版が決まっていたこともあり、ハンスはボストンにある出版社に連絡を取っており、ラッキーなことにアメリカでの絵本出版の契約がすぐにまとまったのは素晴らしいことでした。それは、ボストンのホートン・ミフリン社の児童書部長はイギリスにいた時から、フランスで出版されたレイ夫妻の絵本を見ていて興味を持っていたからなんだそうです。人と人のご縁って、こんな時に生きるのですね。パリ時代に出版した『きりんのセシリーと9ひきのさるたち』という絵本のなかに、いた20170818ジョージ3ずら好きのこざるフィフィが描かれており、これがジョージの原型。アメリカで出版する時に、名前を「ジョージ」に変えたのです。

ふたりがドイツから脱出したのが1940年、『ひとまねこざるときいろいぼうし』(おさるのジョージの1作目はこちら。日本では2作目、3作目が先に出版され、3冊目にこちらが翻訳されました)が、出版されたのが翌年1941年の秋だったとのこと。戦後になって、飛躍的に売り上げをあげ、子どもたちの人気者になっていったということです。

夫妻には、お子さんはいなかったけれど、彼らが生み出す絵本作品がわが子のような存在だったようです。後に「おさるのジョージ基金」を立ち上げ(1989年)、子どもの創意を伸ばす活動や、動物虐待防止のための支援をしました。

また、ハンスは1977年に、マーガレットが1996年に亡くなった後、夫妻の文化的財産は南ミシシッピ大学のデグルモンドコレクションに寄贈されたとのことです。

会場では、レイ夫妻の生涯をまとめたドキュメンタリー映画が短くまとめて映し出されていました。(「Monkey Bussiness」by Ema Ryan Yamazaki)その中で、夫妻がパリを脱出する時にも、そのことを前向きにとらえて、明るく「冒険」と呼んでいたこと、困難さを強調するのではなく、その時に受けた人の優しさや冒険心、好奇心を絵本の世界に反映させていったことが印象に残りました。

その前向きな姿勢が、子どもたちの心を捉える作品に繋がっていったんだろうなと思いました。


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