みどりの緑陰日記

香港で始めた絵本の会から数えて27年、子ども達に絵本や児童書を手渡し続けてきました。保育士養成の場で仕事をしたこともありますが、今は図書館にかかわる仕事をしています。絵本や児童書のこと、文庫活動のことなどを綴っています♪

気持ちに区切りをつけました・・・文庫活動のこと

チューリップ1994年から続けてきた「ポプラ文庫」(注:現在も杉並区の地域文庫として、活動継続中)とのご縁を一旦切ることにしました。もちろん完全に切るというのではなく、その活動を外から応援することにします。



2000年にシンガポール「ポプラ文庫」の活動と東京の文庫活動を結び、離れていても互いの活動をシェアできるようにと立ち上げた「絵本でひろがる世界 ポプラ文庫」のサイトのエッセイの中に、454a2999私と文庫との関係を綴っています。(フレームを使っているので、うまくリンク貼れない・・・)

その一文を以下コピペします。(文中、「若葉」とは私のハンドルネーム「若葉みどり」から)

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家庭文庫との出会い

 わたしは、自宅で家庭文庫を開くようになって8年になります。実はポプラ文庫は26年の歴史があります。(ポプラ文庫の歴史のページも参考に!)我家に移ってくる前は先輩のおかあさんたちがそれぞれのお子さんや地域のこども達のために活動していました。わたしは三代目なのです。

 ブルーナーの「うさこちゃん」や「くまのプーさん」の翻訳や、「ノンちゃん雲に乗る」の創作で知られる石井桃子さんが自宅で開いた家庭文庫やおなじく児童文学者で現在「東京こども図書館」の理事長の松岡享子さんの家庭文庫など1950年代から60年にかけて、よい本をこどもたちにという願いをこめてこうした文庫の活動が 始まりました。

 わたしが文庫のことを知ったのは幼児教育学科の学生のころ。かれこれ20年以上 前のことです。石井桃子さんや松岡享子さんの文庫が母体となって1974年に設立された「東京こども図書館」の活動を授業で学び、そこが出版している「おはなしの ろうそく」でおはなしについても学んだ時に遡ります。

 そのころからいつかわたしも家庭文庫を開きたいという漠然とした願いを持ちつづけていました。結婚して豊中、香港と転居し、9年前に東京杉並に引っ越した時、はじめてそのチャンスに出会いました。杉並にはたくさんの家庭文庫が1970年代に誕生し、活動を続けていたのです。

 文庫は出会いの場です。絵本とこども、おかあさん。活動を続けるなかでの一番の収穫はそうした出会いでした。そうした出会いがこの8年間わたしを育ててくれたと思 います。

ポプラ文庫の歴史

 ポプラ文庫は、1974年秋に東京杉並区に産声をあげました。まだ区内の図書館の数が少ない頃で、子ども達に良書を身近な場所で提供したいと願うK・Mさんが当時幼稚園児だった息子さんのお友達のお母さま方と下井草で始められた地域文庫で す。

 その後区内の文庫が連絡会を作り、区に陳情・請願をするなど区に働きかけて図書館 地域・家庭文庫育成の制度ができ、その助成を受けながら下井草出張所にて活動が、 途中主宰者がM・Aさんに代わるなど世代交替を経て1994年春まで続けられま した。 ところが出張所移転に伴い、その場所が利用できなるために閉鎖されることになりま した。

 そこへ、1989年から香港・東京と場所を移しながらも自宅で「絵本の会」を続けてきた若葉と文庫スタッフが児童館の母親クラブを通して出会い、家庭文庫として引継ぐことになりました。井草の若葉宅でポプラ文庫が再開したのは1994年5月で した。若葉にとっても自宅での絵本読み聞かせの際に「その絵本を貸して欲しい」と いう希望があっても我が子たちがお気に入りの本ばかりで貸出しをすることが出来なかったので、この申し出はまさに「渡りに舟」でした。 その後ポプラ文庫は毎回30人以上の幼児・小学生が出入りする絵本や児童書との出会いの場を提供してきました。家庭文庫の特徴を生かして、母親同士のブックトークをしたり、子育てについて互いに情報を交換し、支援しあう場へと活動が盛り上がっ ていきました。

 ところが1998年11月に若葉の夫が転勤でシンガポールに赴任することになりま した。2000冊を超える蔵書を誰が引継ぐのか思案している時に文庫連絡会のメン バーに相談をし、在外日本人の子ども達に絵本・児童書との出会いを提供できるので あれば…ということで、シンガポールに本を持って出ることを後押ししていただき、 図書館からも貸与期間の終わった古い本の持ち出しを承認していただきました。井草の地での若葉家での文庫は家族が引越をする前の1999年2月までつづけられまし た。

 一方、絵本の読み聞かせを通して聞く力の育ってきた子ども達をこのままで終わらせ たくないというスタッフたちの熱意から「絵本の会」の存続を望む声があがり、隣接 する中野区鷺宮地域センターにてみほママさんを中心に活動が続けられることになりまし た。

 またシンガポールに持ち出せなかった(荷物の関係で)本を、ヤメピさんのマンションに引き取っていただき、助成を継続してスタッフと同じマンションに住む子ども達対象の文庫として井草の地で活動を続けていただくことになりました。
(ヤメピさん宅での文庫が家庭の事情でできなくなった後、2001年度は同じマンションのタン樹林ママさんのお宅に移りました。それも今後は無理になり、2002年4月にはひこばえ幼稚園(杉並区井草にある手作り保育の園。園長先生はドイツ文学者でフェリス女学院院長でもある小塩節先生)のすぐ近くに移る予定です。

  シンガポールでは、やはり自宅となったコンドミニアムのリビングにて ポプラ文庫の蔵書2000冊弱と若葉の個人本約1000冊とを開架して 1999年6月より活動を開始しました。開設の案内状は近所の方々に20枚配っただけでしたが、第1回目の6月2日の利用者は28組54人でした。日本の本が手に入りにくい海外で、また当地に進出している丸善や紀伊国屋書店で入手 できるものの国内の1.5倍から2倍近い値段 になることもあり、文庫の需要は高かったようで、口コミで文庫の存在がひろがり、 一年後の2000年6月の時点で登録者245名を数え、常時120人強の方々が本を借りていっています。(日本人が殆どですが、日本の絵本に興味をもつ現地、あるい は他国の駐在員の利用もあります。)

 2001年12月時点では登録者数は500を超えました。のべ利用者は4600を越えています。

 このポプラ文庫シンガポール分室はまた若葉の転勤があれば東京、あるいはさらに海 外に移転する可能性がありますが、井草のポプラ文庫と 連絡をとりあいながらどの地にあっても子ども達に良い絵本・児童書との出会いの場を提供しつづけたいと願っています。

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その後、私は2004年3月末に日本に帰国し、シンガポールから持ち帰った蔵書で芝公園にある社宅でも細々「ポプラ文庫芝分室」と 活動をしていました。

私がシンガポールに行く時、上の文章の中にある「みほママ」さんに「東京でのポプラ文庫を預けていきます。必ず戻って来てまた文庫をやります」と伝え、彼女は「帰国するまでは、なんとか守り抜きます」という約束を交わしていました。私の中でこの約束は「守らねばならないもの」とずっと思っていました。なので、帰国した際、一旦は社宅に入ったものの、なんとかして渡星前に住んでいたエリアに戻りたいと家族を説得し、家を探し、翌年夏、義母を看取ったあとに義父を引き取るタイミングで、今の家に引っ越してきました。

文庫活動がすぐにでも始められるように、2階和室の床の間を絵本書架に改造するなどをして準備もしました。

ところが・・・事情は違っていたのです。上記、2002年に移転した先での活動がその地域に根付き、みほママさんから、今の活動は動かせないということを言われてしまったのです。この件については、何度も何度もみほママさんと話をしましたが、平行線のまま。

2005年の秋・・・当時、文庫や上記に記されている「絵本の会」の活動メンバーが集まって話し合いをし、渡星前に我が家でやっていた活動から派生した活動なので、その活動を結ぶものとして「ポプラの会」という活動を立ち上げ、私はその代表として、絵本の勉強会などをしていきましょう・・・ということになりました。
でも、やっぱりそこでも認識の差は埋められないままになっていました。会の大切なことを決める場に様々な事情で関われず、私は居場所を無くしたと感じて、仕事に専念することで、気持ちを逸らすようになっていきました。

何度か、家族からは「いつ、ポプラ文庫を返してもらえるの?」という問いかけが・・・でも、私がシンガポールにいた5年というのは、私が考えていた以上に長い時間で、それぞれに活動が根付いてしまっていて、元に戻すというのは、もう無理だったのです。

帰国した年に、K・Mさんが最初に活動を始めて30周年ということでお祝い会が行われ、また2014年には40周年記念の祝賀会も行われました。後で聞くと、30周年祝賀会を開催する時に、「地域文庫として受け継ぐ」として、現代表やスタッフの中で位置づけられていたのです。2004年に開かれた30周年祝賀会では、渡星前のスタッフや、帰国していたシンガポールポプラ文庫のスタッフの皆さんも集まっていて、そこで私は文庫の歴史を語り、この地に戻って来る決意を新たにしたのでした。だから、その時点では「地域文庫」という認識に変わったという、そのことに長く気が付かず・・・溝は深まるばかりでした。


私の中ではみほママさんに約束を反故にされたことに対する疑念が大きくなっていて、2014年の40周年記念祝賀会の前の1か月あまりはは夜も眠れないほどに悩んでいました。

40周年記念のお祝いのあとで、初めて現スタッフの方々とその溝について話し合いをし、一スタッフとしてポプラ文庫の活動を支援していくというスタンスを確認しました。その中で、現代表やスタッフの方々には、みほママさんとの約束のことはみほママさんから伝えられておらず、また私が文庫活動をいつでも開始できるようにと準備をしていたことも伝わってなかったということが明らかになりました。みほママさんは、とにかく活動を続けることを最優先し、また今の代表のところでの活動が根付いていった中で、そこでの活動維持に注力されたのだということ、そして彼女が悪いということではなく、時間の経過が引き起こしたズレだということも・・・今振り返ってみるとよくわかります。




頭でそのように理解していても・・・なかなかすんなり納得できるわけではありませんでした。その後も・・・ふと思い出すのです。「口約束」だから効力がないのか、だったらきちんと紙に残していればよかったのか、などと何度も何度も気持ちが落ち込むと、堂々巡りをしていまうのでした。



でも、私がいつまでもそのことに拘っていたら先に進めない・・・

そう思ったのは、昨年夏、夫の葬儀のあとで、夫の部下から聞かされた言葉でした。夫は自宅で文庫活動をしていることを部下に自慢していた・・・老後は妻と一緒に絵本カフェしたいと話していた・・・などなど聞いてから。ならば、絵本カフェは無理だけど、家庭文庫活動は再開しようと決心できました。

実は文庫活動をすることは、生前の義母には反対されていました。1994年の活動開始のころに上京した義母に部屋の片づけが十分でないことを指摘され、「家事や育児を最優先にすべき。お金にならないボランティア活動で、家族の生活を犠牲にするな」と言われたのです。義母と夫の前で「家事、育児に支障のないようにする」ということを約束して活動継続を許してもらっていたので、夫が積極的に部下に話していたとは、驚きでした。

部下にお子さんが生まれた時などに、私が選んだ絵本をプレゼントしていましたが、あとで聞くとそれらの絵本も自分で選んだように話していたらしく、絵本好きなイメージが出来上がっていたのだとか!

また、シンガポールにいた時に、「ポプラ文庫の若葉さん(本名の○○)」と皆さんに覚えていただいていて、帰国後もそう名乗ってきたのですが・・・シンガポールに居たころの利用者のお子さんは、上は社会人に、下は高校生になっています。もう「ポプラ文庫」と検索して、私個人を探す人も減ってきたでしょう。もし、そうだとしてもシンガポールでの活動18年めを迎えた「シンガポール・ポプラ文庫」に問い合わせれば、どこかで私に繋がります。

もう私自身が「ポプラ文庫」にこだわる必要はないのだな・・・とやっと気持ちに区切りをつけました。そしてこの春、2階和室はその後岡山から呼び寄せた両親の居室になっているため、1階廊下に天井まである書架を作り付けで作ってもらうなど、また文庫活動を始められるようにリフォームもしてもらいました。(完成後も、渡米したり、仕事が忙しかったりで、まだ文庫の準備は出来ていませんが・・・)

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ポプラ文庫を引き継ぐ前に名乗っていた「絵本の会ちゅうりっぷ」にちなんで、「絵本の家ちゅうりっぷ」にしようかな・・・いや、子どもの本を中心にいろんな年代の人が交流できる場に出来るといいな、絵本だけでなく小学生や中学生にも本を手渡したい・・・そう願って「子どもの本の家ちゅうりっぷ」として、今年の秋に活動を始めたいと思っています。 


先日、シンガポールに転勤が決まった当時、一緒に活動をしていた友人たちとミニ飲み会をしました。その時に、彼女たちに私の抱えてきたここ12年間の想いを吐出しました。彼女たちが、釈然としなかったこれまでの私の気持ちを理解してくれたことが、さらに勇気を与えてくれました。

なお、「ポプラ文庫」と検索して現活動について問い合わせてくる方や、あるいは私がこのブログで綴る内容が、今のポプラ文庫の見解として誤解を受けるという指摘もあって、新しい活動を始めるタイミングで、「絵本でひろがる世界 ポプラ文庫」のサイトも閉じる予定です。(私の活動のアーカイブでもあるので、過去の活動として新しいサイトに何らかの形で残しますが)

このあたりに経緯は、ほんとうにごくごくわずかな方しか知らないことでしたが、今回きちんと記しておくことにしました。かなり少なくなってきましたが、シンガポール時代のスタッフや利用者だった方からの問い合わせが時々あるからです。そして書くことによって、さらに私自身の気持ちを整理出来ました。読んでくださった方、ありがとうございます。
 
前に向かって一歩踏み出します。 

今年も後半戦へ

気がつくと7月も半ばに・・・2016年も半分以上過ぎてしまいました。12192155_4d0e00ce2b9c7

昨年の春からの夫の看病、そして葬送の日々、それから今年5月の夫の一周忌と、6月の次男、次女のアメリカでの卒業式までは、ずっとずっと何かを抱えているような感じ、夜眠っていても、どこか熟睡できない感じが続いていました。

いま、7月を迎えて精神的にはやっとホッとできるようになった気がします。そして気が付いてみたら、身体の周り中にまとわりつく体脂肪というクッションがΣ(゚д゚lll)

この一年、眠れないと、つい寝酒が深くなる・・・夜中に肴を口にしてしまう。考え事をしていると、ついつい何かを口にしてしまう・・・その連続でストレスを溜めるのと同時に体脂肪を5キロ近く溜め込んでしまいました。

夏になって薄着になって、どうしようもなく誤魔化せなくなって、自分の姿を正視して唖然。

秋の健診までになんとか絞り込まないと、ほんとうにやばいです。というわけで、人生初のスポーツジムに通うことにしました。

これまで出産などで体重が増えると、自分で運動をしたり(特に海外生活の時は、コンドミニアムに住居者専用のジムがありました)、食事制限でなんとか戻してきたのですが、今回は無理。もちろん食べ過ぎないようにするにしても、友人たちとの会食や美味しいお酒は諦めたくない。でも、これ以上太るのはイヤ!ならば、強制的に運動をし、健康的にウェイトコントロールするしかない。そう思っての一大決心です。はてさて、どうなることやら・・・乞うご期待。9月下旬の定期健康診断までに、−5キロ目指します。(こうやって、宣言しないとズルズル、ますます横に成長しそうですから^^;)

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5月以降の、夫の一周忌や子どもたちの卒業式以外の書き留めておきたいことなどを、つれづれに記録しておきます。

5月8日(日) 18:00〜 日本保育学会に参加するために上京している大学時代の友人を囲んで吉祥寺でお食事会。同じゼミで、出世頭のKさん。同じゼミのRさん。そしてゼミは違うけれど、東京でよく会っているNさん。KさんとNさんは、卒業以来の再会とのこと!20160511百年絵本

5月11日(水) 19:00〜 本郷カデンツァにて、ライブを聞き、その後、絵本コーディネーター東條さん主宰の「百年絵本の会」に参加。
JULA出版局代表の大村祐子さんがこれまで集めて来られた貴重な絵本資料をたっぷり観ることが出来て感激しました。

20160514四番町絵本講座
5月14日(土) 14:00〜 千代田区四番町図書館での2回目の絵本・読み聞かせ講座担当しました♪


4月にやった1回目は「なぜ読み聞かせが大切か?」ということをお話をし、2回目のこの日は、「子どもの発達と読書」の関係について解き明かし、年齢別のおすすめの絵本を紹介しました。




5月14日(土) 18:30〜 浅草パンダカフェにて、くまこちゃん主宰「ほろ酔い絵本会」20160514ほろ酔い絵本会220160514ほろ酔い絵本会

ひさしぶりのほろ酔い絵本会。懐かしい友人たちや、今回初めて出会った絵本好きな仲間たちと、絵本の読み聞かせあり、語りあり、ダンス?ありの、賑やかで、楽しい時間でした♪

幹事のくまこちゃん。ありがとう

5月15日(日)午前中、教会へ・・・夫の一周忌を祈念して献花。20160515講壇の花

午後は、所沢市立図書館狭山ヶ丘分館でのこみやゆうさんの講演会へ



5月16日(月) 10:00〜 11:00〜 江戸川区立M図書館でわらべうた講座
20160516松江わらべうた講座2
定員いっぱいの親子が集まってくれました。小さい子のグループ、大きい子のグループ、それぞれにいっぱいわらべうたを歌って遊びました♪




5月18日(水) 7:00〜 おとな絵本プロジェクト朝活絵本@日本橋蛎殻町 芸術家の村
20160518朝活絵本昔話絵本の読み比べ「三匹のこぶたのほんとうの話」

イギリスの昔話として再話されている『三匹のこぶた』、わらで小屋を作ったぶたと、木の枝で小屋を作ったぶたは狼に襲われて食べられ、煉瓦で家を作ったぶたは、狼と知恵比べをしたのち、出し抜かれて怒った狼が煙突から降りてくるのを待ち受けて鍋で煮て食べてしまう・・・というお話は、子ども向けに三匹とも無事で、狼もやけどだけして逃げていくような甘いお話に作り替えられていたりします。この昔話が持つ本当の意味を解き明かし、甘い筋のものと読み比べをしました。


5月18日(水)19:00〜 おとな絵本プロジェクト熊本支援読み聞かせナイト@東池袋日の出ファクトリー
20160518よみきかせナイト熊本220160518よみきかせナイト熊本朝は朝活、夜はおとな絵本プロジェクトの緊急開催熊本支援のための読み聞かせナイトに参加。

この日のテーマは「くま尽くし」。私はモーリス・センダックの『くま、くま、くまだらけ』を読みました。







5月20日(金) 夫の一周忌
5月21日(土) 神戸で一周忌記念会
20160522絵本研究会

5月22日(日) 絵本研究会@横浜・石川町アートスペース「と」
赤羽茂乃さんの紀行報告会
20160522絵本研究会2
赤羽さんの旅行の様子を報告していただきました♪





5月25日(水) おとな絵本プロジェクト卒パ@駒込maruchanカフ
20160525おとな絵本プロジェクト卒パ3
おとな絵本プロジェクトの運営メンバーを一旦解散するということで、朝活担当の私にも声をかけていただきました。



5月26日(木)ジャン・シャオチン古筝コンサート@紀尾井町サロンホール
20160526古筝コンサート

紀尾井町サロンホールでの古筝コンサートへ行ってきました。
とても美しくたおやかな音楽でした。

シャオチンさん、美しい方でした。20160528東京子ども図書館講座







5月28日(土)東京子ども図書館 児童図書館員講座 杉山きく子さん
がんばれ!児童図書館員
杉山 きく子
東京子ども図書館
2016-05-30


東京都立多摩図書館で長く児童サービスを担当されていた杉山きく子さんの講座を聞きに行ってきました♪杉山さんが私が仕事で作成している「本のこまど」をご覧になっていることを知り、感激♪ 


5月29日(日)OKATTEにしおぎ ごはん会20160519OKATTEごはん会2
20160529OKATTEごはん会
スープラボを主宰する薫さんの出版記念パーティーを兼ねたごはん会へ行ってきました。

塩くらべをした後に、みんなで美味しいご飯をたべてわいわいと楽しい時間を過ごしました♪

365日のめざましスープ
有賀 薫
SBクリエイティブ
2016-03-19


5月31日(火) 10:30〜 11:30〜 N区C図書館 わらべうた講座20160531中野わらべうた講座
      15:00〜 市川市E図書館 研修

一日のうち、わらべうた講座を2つ、そして図書館での研修。途中お昼を食べる暇もないまま、東京都内を横断しました〜


6月3日〜14日 アメリカへ

6月18日(土) 赤羽末吉写真展@JCIIフォトギャラリー

20160618赤羽末吉展20160618赤羽末吉展2
赤羽末吉さんの婿嫁の茂乃さんが「会場に居ます〜」とメールをくださり、午後からの四番町図書館講座の前に半蔵門のJCIIギャラリーへ。

『スーホの白い馬』という絵本の世界を、赤羽氏が満州国の仕事で戦前撮影した貴重な写真やスケッチが展示されていました。
ランチを茂乃さん、絵本研究会仲間のHさんとご一緒にとりました。楽しいひと時でした♡

6月18日(土) 千代田区立四番著図書館 絵本・読み聞かせ講座中級編
20160618四番町絵本講座 中級編では、ボランティア向けの読み聞かせ講座をしました。初級に続いてたくさんの方に参加していただきました。

実はこの日の朝に、この講座を知ったという静岡の友人が駆けつけてくれました。
中学の学校司書をしている友人と、職場の後輩と一緒に、講座終了後にお茶をしました〜♪



20160620五嶋みどり


6月20日(月)五嶋みどり&オズガー・アイディン デュオ・リサイタル@サントリーホール
仕事中の午後4時過ぎに友人からメッセージ。所用で仙台からの帰京時間が遅れてコンサートに間に合わないので、代わりに行かないか?という問い合わせ♪
めったにないチャンスなので行かせていただきました♪

6月24日(金) 朝活絵本@日本橋蛎殻町 芸術家の村20160624朝活絵本会
6月の朝活からのテーマは「行きて帰りし物語」第1回目のこの日は子どもたちの身近な「行って帰る」おつかいと散歩を描いた絵本を読みました。

午後はJBBY総会。総会後に、広松由希子さんとミロコマチコさんの対談を聞きました。懇親会では現役の児童文学作家や翻訳家、研究者の方々と交流することが出来ました。
20160625あゆみ
6月25日(土) 姪孫の誕生日パーティー@東久留米落合川
アメリカ、テネシー州チヤタヌーガに住んでいた姪が、夫の仕事の関係で昨年夏から東京に来ています。(姪の連れ合いはインターナショナル高校のチャプレン)姪の長女はこの4月より日本の幼稚園へ。ずっと海外暮らしの姪っ子にとってもカルチャーショックいっぱいの日々。その姪孫の4歳の誕生日パーティーが河原であるというので、次男と一緒に参加しました。在留米人のお友達だけでなく、日本人のママ友も出来て、楽しそうでほっとしました。


20160626稲荷山図書館絵本講座6月26日(日) N区I図書館での「パパのための絵本講座」

父の日関連の行事として、あえてパパ向けに企画されたこの講座。熱心な父子の参加もあり、私も楽しみながら話ができました。

たくさんの絵本を実際に読みました。

とにかく自宅で読むのにハウツーはいらない。父子の時間をたっぷり楽しんでほしいなということをお伝えしました♪

夜は、異図書館員交流会。首都圏のいろいろな図書館で仕事をする方々が、「東京図20160626異図書館交流会書館制覇」のTさんを中心に年に2回、集まって交流する会。
私は2度目の参加。新しい出会いもあり、また仕事でご縁のある方々との再会もあり。

楽しい時間を過ごすことが出来ました。


6月29日(水) 大筒小筒ライブ@大塚SHISUI
20160629大筒小筒ライブ320160629大筒小筒ライブ4

仕事帰りに、大筒小筒ライブに行ってきました。

ますますパワーアップ。
楽しくて、心が躍るような楽しいライブでした。

6月30日(木)児童サービス基本編3担当


振り返ってみると、6月上旬に渡米した前後は、稀にみる忙しさでした。対外的な絵本講座が3回。わらべうた講座も2か所4回。研修が2回。おとな絵本プロジェクト関連の勉強会担当が2回。その合間にコンサートやライブ。お友達との食事会に「ほろ酔い絵本会」などなど。絵本のことを中心に、輪が広がり、仕事にもよい影響を与えてもらっていて、嬉しい限りです
(7月以降の活動の記録は別記事に・・・) 

「あしながおじさん」の国で

先月の夫の一周忌にポストして以来、一か月以上ブログを書くことが出来ませんでした。whitehanataba2

夫が神戸・三ノ宮勤務時代に行きつけだったドイツワイン専門店ローテローゼでの一周忌記念会の後、6月上旬に12日間休みをとってCAに滞在するために、仕事の段取りと渡航準備で忙しく、帰国後の6月後半は、2週間の間に3つの講座(2つは図書館で、1つは朝活絵本会)と2つの研修を担当・・・
父さん一周忌@神戸_31
(←一周忌記念会@ローテローゼ。一人っ子だった夫のために兄弟姉妹のように過ごした従弟妹たちが集まってくれました)
父さん一周忌@神戸_21
渡航前後は、とても忙しくて帰宅してまでPCに向かうパワーがありませんでした。




一年ぶりのアメリカ、CA渡航の目的は次男の高校卒業式、次女の大学卒業式に参列すること。父親亡き後、二人はそれぞれ自力で・・・というか、多くの友人や先生たち、そして心ある方々の支えに寄って、アメリカで勉強を続け、6月にそれぞれ卒業することが出来ました。

昨年6月、日本での本葬のために一時帰国した後、8月半ばにそれぞれにCAに戻ったあと、二人は一度も日本へ帰らず、私も訪れず・・・つまり母親の私はこの一年何も出来ないままでした。

二人を支えてくれたのは「あしながおじさん」の文化の根付く アメリカという国であり、また人々だったのです。

昨年、夫が危篤に陥った時、アメリカの夫の仕事のパートナーや、次男の親友の家族がすぐに援助を申し出てくれました。

とくに次男をホームステイさせてくださった親友ご一家は、ホームステイ代金を月々いかほどお支払いしましょか?と尋ねると、「あなたに支払ってもらう必要はない」とおっしゃる。びっくりしていると、「もちろん、払ってもらうけれど、それはあなたではなく○○(次男の名前)。〇〇が大学を出て、社会人になってお金を稼ぐようになったら、そこで返してくれればいい」と仰るのです。

そのまま受け取っていいいのか、日本人の文化では、いくらなんでもそれは厚かましいのでは・・・と、国際結婚していたり、長くアメリカに居る方々に聞くと、「あしながおじさんの国ですから」という答え。

次女の大学のさまざまな費用も、父親が亡くなったということで免除されたようです。(手続きは、みな自分たちでやっているので、私はきちんと把握できていない・・・)

危篤となった時点で、夫の口座がある銀行の担当者が、すぐに子どもたち名義に替えてくれて(アメリカでは夫婦でアカウントを持つので私のサインだけで)子どもたちがその後の生活に困ることがないようにしてくれたり、茫然としている私たちに次々に援助の手を差し伸べてくれたのでした。


今回、ひさしぶりに渡米する時、私の心に去来したのは「夫の居ないLAに飛ぶ」ということの圧倒的な寂しさでした。

「ああ、下の二人の子たちは、去年の8月にアメリカに戻って行く時に、父親が居ないかの地で生活しなければならない」という、侘しさを抱えて飛んだのだな・・・と、初めて彼らの心の痛みがわかったのでした。
特に日本では、納骨式があったり、節目節目で葬送の儀式をすることで、気持ちを整理していくことができたのに、アメリカの二人にとってはそれが出来ず、心の整理を付けるのがほんとうに大変だったようです。


心が折れて、何もてにつかない状態が続いた時、親身になってくれたホストファミリーの一族。あるいは夫の部下たち。アメリカにいる私の甥っ子、姪っ子たち。(子どもたちにとっては、頼りになる従兄姉たち)

家に招いて食事を振る舞ってくれたり と、いつも気にかけてくれていました。ほんとうに感謝でした。

13418843_785897191540160_5813595642405818441_n (2)次男はGPAの高い成績優秀者に与えられるHigh honourの一員として卒業できました。

昨年秋はホストマザーから「泣いてばかりで、勉強に手が付かない様子。きちんとグリーフケア受けられるよう一度日本へ返そうか?」というメールをもらったほど、一時期は勉強に集中できず、昨年の秋学期の成績がとても悪いと聞いていたので・・・
どうなることやらと思ったのですが、それまでの貯金があったためか、2教科は満足な成績ではなかったもののGPAにはさほど影響はなかった模様。Highest Honourにはなれなかったものの、よく頑張ったと思います。

13307498_10108668222659121_3368372797341821545_n6月4日(土)に行われた次男の卒業式には、自分自身が大学のファイナル(卒業試験)真っ最中の次女もサクラメントから飛んできてくれ、スタンフォードにいる私の兄と姪も姪孫を連れて駆けつけてくれました。13406764_785897518206794_5096043977413220623_n

 アメリカの高校卒業式では、名前を呼ばれると家族、一族郎党みんなで鳴り物を鳴らしたり、大きく名前を書いたプラカードを揺らして、祝意を伝えます。

鳴り物はなかったものの、ホストファミリーと私たちとで大きな声で名前を呼んであげることが出来てよかったです。

日本から長男、長女も一緒に渡米し、次男の卒業式を祝うことが出来ました。二人は仕事を長く休めないために翌週月曜日には帰国。私と次男はサクラメントに飛んで、Davisへ。

2016_06_10愛ちゃんのUCDav_176月10日(金)は次女の大学、UCDavis College of Agricultural and Enviromental Sciences の卒業式。こちらには次女のルームメイトのお母さんや、やはりスタンフォードから兄夫婦と姪っ子、そして姪孫が駆けつけてくれて、お祝いしてくれました。2016_06_10愛ちゃんのUCDav_9

農学系では世界一のUCDavis。卒業式での学部長の挨拶もとても力強く、卒業生に世界トップの教育を受けたことを誇りに思うようにと励ましてくれていました。

2016_06_10愛ちゃんのUCDav_8我が子ながら、ふたりのこの一年の精神的なタフさと、それを乗り越え、学業をきちんとこなして(次女は看護のために休学して)それぞれ卒業の日を迎えられたことは、感慨深いです。とくにたくさんの「あしながおじさん」たちに支えていただいていたことに感謝し、彼らもまた今後誰かが困っていたら手を差し伸べる存在になってほしいなと思います。

末っ子の卒業式を楽しみにしていた夫がその場に居られなかったことが残念でしたが・・・きっと空から見守ってくれていたと思います。 
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