みどりの緑陰日記

香港で始めたプレイルームどんぐりから数えて30年、子ども達に絵本や児童書を手渡し続けてきました。絵本や児童書のこと、文庫活動のことなどを綴っています♪

2011年01月

悲しくも美しく強く・・・「ルワンダ ジェノサイドから生まれて」

ルワンダ ジェノサイドから生まれてルワンダ ジェノサイドから生まれて
著者:ジョナサン ドーゴヴニク
赤々舎(2010-10-04)






1月30日(日)10:30〜


今日は、大人絵本会のお友だちと一緒に銀座ニコンサロンで行われている「ルワンダ ジェノサイドから生まれて」写真展を見に行ってきました。

この写真展は、秋に京都で開催された記事を新聞上で読んだ後、twitterで、東京での写真展のことを読み、「行きたいな」と呟くと、twitter上で出会い、実際に何度もお会いしている大人絵本会のお友だちも「ぜひ行きたい」「誘ってください」ということになり、今日ご一緒してきました。

行く前に、ルワンダで何が起きていたのか、きちんと知っていたかったので、カーリルで検索してこの1カ月何冊か本を読んでいました。

ルワンダ大虐殺 〜世界で一番悲しい光景を見た青年の手記〜ルワンダ大虐殺 〜世界で一番悲しい光景を見た青年の手記〜
著者:レヴェリアン・ルラングァ
晋遊舎(2006-12-18)

山刀で切り裂かれて ルワンダ大虐殺で地獄を見た少女の告白山刀で切り裂かれて ルワンダ大虐殺で地獄を見た少女の告白
著者:アニック カイテジ
アスコム(2007-09-30)





漂泊のルワンダ漂泊のルワンダ
著者:吉岡 逸夫
牧野出版(2006-03)






他者の苦痛へのまなざし他者の苦痛へのまなざし
著者:スーザン ソンタグ
みすず書房(2003-07)







ルワンダの大虐殺が行われた1994年、私はちょうど3人の子ども達の子育て中で、自宅での絵本の会をさらに広げる形で文庫活動を始めた年でした。

ニュースでルワンダでの事件を散見していたものの、ここまで詳しく知ることもなく、というかその当時の国際社会はそのことから目を反らしていたのだということも今回改めて知りました。

ルワンダのジェノサイドが起きる歴史的背景を知っておくことが、この写真展を見る前にしておくことのようにも感じていました。そこで知ったのは、ルワンダの二つの民族フツ族とツチ族の長年にわたる対立が原因ではなくベルギーの植民地政策やフランスの軍事支援などを通して創り出された政治的な対立であったということ、お互いに共存していた彼らを類稀な残忍な大虐殺に導いた背景に、そうした先進国のエゴイズムがあったことを知って愕然としました。私に何かできるはずもないのは判っていながらも、無関心でいてはいけないという思いを抱きました。

写真展では、本で紹介されている30組の母子のうち、13組の写真が展示されていました。彼らの見る者を真っすぐ射抜くような眼差しにまず圧倒されました。
写真の横に並べられているジョナサン・トーゴヴニクによるインタビュー記事は読む者を震撼とさせ、それが目の前にいるその女性に起きたことだと、私たちに残酷なまでに事実を突き付けてきます。

ツチ族というだけで、それまで隣人として助けあってきたフツ族の人々によって家族を目の前で殺され、それを目の当たりにして恐怖で抵抗できなくなった少女たちをつぎつぎに犯し、性的奴隷に仕立ててしまう・・・中には女性器に異物を突きたてられ、徹底的に人間としての尊厳を踏みつぶされてしまう。一日の何人もの男たちに弄ばれるのは当時まだ15,6歳の少女たち。性的経験のないままに、恐怖によって妊娠してしまった彼女達の慟哭。

その中でひとりの女性の言葉に、思わず涙が落ち続けました。

それはアネットとその息子ピーターの写真の横にあったインタビュー記事
「私の家族を殺した人たちを、私は必ずしも敵とは見なしていません。むしろ、許されるべき人々だと思っています。なぜなら彼らは、自分が何をしているのかわかっていなかったのですから。」
「ジェノサイドのとき、私はまだ処女でした。妊娠がどういう体験かも知りませんでした。ですから妊娠していると気づいたときは落ち込みました。わたしはもう十分苦しんでいたからです。それでも初めて自分の息子を見たとき、もうひとりの兄弟を与えられたと感じました。私が経験したすべてにおいて、息子は賜物でした。この子は私の慰めなのです。」

自分の家族を虐殺し、自分を恐怖のどん底に落としめた人々への悲しいまでの慈愛に満ちた理解。父親が誰かもわからず、自分を犯した人間の血をひく息子に対する母親としての愛。これこそが聖書がいうアガペーという愛なのだろうか?理性では理解できないことでした。

会場に置いてあった「週刊読書人」10月15日付の小池昌代さんのことばには、「・・・しかし子は生まれてくる、産道を通って。そこに愛情が芽生えてくるという事実にわたしは人間の尊厳と奇跡をみる思いがした。」


彼女たちは、極限の状況の中で生まれてきた子を、不本意ながらも受け容れ愛し、育てようとしているのです。中には「子どもを可愛いと思ったことない」という母親もいます。親戚に「フツの赤ん坊を抱えて家に入るな」と言われて、一度は森の中に置き去りにしながらも、それでも赤ん坊を抱き抱えて共に生きることを選んだ母親たちなのです。まさにその人間の尊厳と奇跡と形容されるものは、人間のもつ強さであり美しさであると感じました。

訳者、竹内万里子さんの後書きには、
「写真のなかで、母子は大げさに嘆き悲しんで見せることもなく、じっとカメラを見据えている。私たちはいくらその写真を見つめても、別のページで語られる記憶の一片すら窺い知ることはできない。女性たちの言葉も、壮絶な内容とは裏腹に、ときに淡々とした印象すら与える。「見ればわかる」と思い上がるのではなく「見てもわからない」ということを引き受けながら、丁寧に写真と言葉を突き合わせ、その間から現実の底知れぬ闇を浮かび上がらせようとする真摯な姿勢が、ここにはある。」

「もちろん、本書を見る私たちの視線もまた無垢ではあり得ないだろう。カメラの前に立った彼らの勇気を都合よく褒めたたえ、同情を寄せ、結局は貶めてしまう危険とつねに背中合わせである。またこのようなテーマを語ることによって、性的暴力の経験をもつ一部の読者に対し、その心の傷を蘇らせてしまう可能性もある。
現実は途方もなく複雑に入り組んでおり、完全に正しい答えはない。それでも私が日本語版の刊行を望んだ理由は、アートやジャーナリズムといったジャンルを越えて語りかける力を、本書に強く感じたからだった。カメラに向けられたひとりひとりの力強いまなざしに触れ、沈黙のなかで語られた言葉に、静かに耳を傾けること。そこから聞こえてくるのは、単なる絶望ではなく、人がもち得る本当の強さとは何かという問いに対する一つの返答でもあるのだろう。こうして今まさに生きられている地続きの現実としてのこの世界に触れるきっかけを、読者の方々へわずかなりとも差し出すことができるならば、訳者としてそれにまさる喜びはない。」

アジアカップの日本優勝に沸き上がった昨夜も、エジプトでは政府を転覆させる民衆の動きがあり、尊い血が流されています。世界のどこかで騒然とした争いが起きています。私たちは私たちの身の回りの出来事に一喜一憂しているのですが、広い視野をもってまず何が起きているのか知ることから始めなくてはいけないのかもしれません。

小さな存在でしかない私には何ができるのか、写真展を見ても答えはないままです。せめてジェノサイドの際に性的暴力によって生まれた子ども達の生活を改善する為に、著者トーゴヴニクが設立した「ルワンダ財団」に本の売り上げの一部が寄付されるのを知り、手元に置くことからはじめてみました。そしてこの本のことをまずは娘達に、そして友人達に伝えていくことから始めてみようと思います。

マザー・テレサが「愛の反意語は無関心である」という言葉を言っていました。せめて関心を持つことからしか始められないことに忸怩たる思いもしますが、始めの一歩を踏み出したいと思いました。

一緒にいった友人の感想もまた私の心を打ちました。こちらもあわせて読んでみてください。→ココナッツ・カフェ「ルワンダ ジェノサイドから生まれて」写真展に行きました

「クシュラの奇跡」とのら書店@TCL子どもの図書館講座

1月28日(金) 15:00〜

第15期 子どもの図書館講座 @ 東京子ども図書館(TCL)
いま、子どもの本をつくる・届ける」第4回 

今回の講師は、児童書専門ののら書店の恵良恭子さんでした。

のら書店の本は、我が家にも文庫にもたくさんあって、読み手の子ども達が満足する本ばかり。だからとても楽しみにしていた回でした。

講師の先生を紹介される松岡享子先生のことばから、「小さくても志のある子どもの本の出版社のひとつが、今日ご紹介するのら書店です。丁寧に子どもの本を創りたいと思った女性二人が設立した出版社ですが、設立者のお一人、恵良さんは松の実文庫( TCLの前身である松岡先生のご自宅での文庫)のお姉さんを8年間務めてくださって、当時文庫に通って来ていたみっちゃんという男の子(現在42歳)が大好きだったお姉さんでした。」と、伺い、ますます素敵♪と思いました。

登壇された恵良さんは、楚々とした雰囲気の笑顔の素敵な方でした。

のら書店は、現在創業28年目を迎える小さな出版社。女性ばかり5人のスタッフで企画・制作・出版を担っている出版社です。

今まで出版した本は75冊。一年に3冊弱を出版してきています。 

設立者である恵良さんと、磯野誠子さんは当時あかね書房で勤務されていました。磯野さんは勤続17年めで中高学年向けの図書担当。恵良さんは11年目で低学年児童向けの幼年童話を担当されていました。年間それぞれ10冊出版することになっていて、忙しく、一冊一冊を納得いくまで編集する時間が取れず、中には手直しをしたいと思いながらも出版してしまった本もあったのだそうです。

1960年代後半から70年代にかけては、子どもの本に関わる作家たちは若くて元気で希望に満ちていた時代だったけれど、70年代後半から80年代にかけて、子ども達の活字離れが取り上げられるようになり、出版する側からも、丁寧な本造りをしたいと、いつかは自分達の出版社を立ち上げたいと願うようになったとのこと。そのあたりはのら書店のHPに詳しく書かれています。→こちら

のら書店の出発は、ある1冊の本との出会いから、実現へと向かいます。
クシュラの奇跡―140冊の絵本との日々クシュラの奇跡―140冊の絵本との日々
著者:ドロシー・バトラー
のら書店(1984-01)






それは、絵本の持つ力を世に証明した名著『クシュラの奇跡』でした。
あかね書房時代に担当した百々佑利子さんが翻訳された『ペンギン島のぼうけん』を出版後、百々さんが、物語の舞台になったニュージーランドを旅されたことが、この本との出会いを生み出します。
ペンギン島のぼうけん (1977年) (あかね世界の児童文学)
著者:J.ウェスト
あかね書房(1977-07)

ニュージーランドのオークランドで児童書専門店を訪ねて行った時に、経営者でもあるドロシー・バトラーさんがイギリスの出版社から出版された直後の『クシュラの奇跡』を紹介されたのでした。この本は、8人の子どもを育てた専業主婦だったバトラーさんが、自身の子育ての中で確信を持っていた子どもと本との素晴らしい出会いについて、きちんと理論付けするために40歳を過ぎてオークランド大学の教育学部で学んだ時の卒業論文が元になっている本です。
バトラーさんの孫であるクシュラが、重度の重複障害を持って誕生するのですが、クシュラの両親が絵本を読んであげることで、彼女の認知能力の発達を助け、読書が彼女の世界を豊かに広げていった過程を、克明に記した本です。

百々さんは、この本を翻訳して日本でも出版したいと願うのですが、大手の出版社は、採算性を考えてしり込みをするのです。恵良さんと磯野さんは、この本を紹介され、これこそは自分達が出版しなければと、「いつか自分達の会社を・・・」という夢を、現実のものにしようとお二人の退職金を元手に一気に会社設立にこぎつけ、『クシュラの奇跡』の出版の準備を始めれられます。(1983年秋)

イギリス本国で、エリナー・ファージョン賞を受賞した『クシュラの奇跡』は、石井桃子先生も日本に紹介されたいと願っていらしたけれど、問い合わせると既に版権を取得した人がいると聞いて、「いったい誰がこの本を翻訳されているのだろう」と待っていたのだそうです。ですから、『クシュラの奇跡』の書名を悩んでいた時にも、原題「CUSHLA AND HER BOOKS」を直訳ではなく、よりインパクトあるものにした「奇跡」を使うことにも、石井桃子先生のアドバイスがあったとのこと。

こうしてのら書店の出版第一号になった『クシュラの奇跡』(1984年5月)は、子どもの本を研究する者には座右の銘になるような一冊として、じわりじわりと読み継がれています。しかしハード本は1冊3000円するもので、最初からどんどん売れたわけではなく、おふたりはチラシを3000枚作ってあちこちの書店や文庫、図書館を回って営業活動をされたそうです。売るにも大手の流通には乗れず、この講座の第1回と第2回の講師でもあった地方・小出版流通センターを通して書店に置いてもらったとのこと。ただし書店からリクエストがないと置いてもらえないので、そのための営業に苦心されたこともお話くださいました。

石井桃子先生や中川李枝子先生、いぬいとみこ先生、小澤俊夫先生が講演会のたびに、『クシュラの奇跡』を紹介してくださったり、大阪国際児童文学館で紹介されたり、じわじわ売れていたものの、その年の6月18日の朝日新聞天声人語にこの本のことが掲載された途端、事務所の電話が鳴りやまず初版3000部が一気に売れてしまい、1週間ごとに重版を重ねたそうです。イギリス本国ではすでに絶版になってしまっているそうですが、日本では現在41刷9万部に達しているとのこと。読まれる努力を続けることの大切さを恵良さんは話していらっしゃいました。

1985年には国際交流基金でバトラーさんを招聘。国内各地で講演会を開催。のら書店は子どもの本の出版社として、認知されていきます。

ドロシー・バトラーさんの本は、その後イギリス本国で「ブックスタート」運動の原点となり、ブックスタート運動は日本でも2000年の子ども読書年を機に日本に紹介され、各地に広がっています。
赤ちゃんの本棚―0歳から6歳まで赤ちゃんの本棚―0歳から6歳まで
著者:ドロシー バトラー
のら書店(2002-12)

5歳から8歳まで―子どもたちと本の世界
著者:ドロシー・バトラー
のら書店(1988-11)

子ども・本・家族
著者:ドロシー バトラー
のら書店(1994-12)

その後は『子どもとお母さんのおはなし』シリーズを出版する経緯での中川先生や絵を描かれた山脇先生とのエピソードもお話してくださいました。
三つ子のこぶた (子どもとお母さんのおはなし)三つ子のこぶた (子どもとお母さんのおはなし)
著者:中川 李枝子
のら書店(1986-06)


けんた・うさぎ (子どもとお母さんのおはなし)けんた・うさぎ (子どもとお母さんのおはなし)
著者:中川 李枝子
のら書店(1986-11)

こぎつねコンチ (子どもとお母さんのおはなし)
著者:中川 李枝子
のら書店(1987-04)

『昔話と神話と名作』シリーズでは、学研で出版されて絶版になっていたものを再版。その過程で原画を探し出したり、石井先生が93歳の時に手直ししていただいたエピソードも伺いました。
日本のむかしばなし日本のむかしばなし
著者:瀬田 貞二/瀬川康男・梶山俊夫 絵
のら書店(1998-10)







世界のむかしばなし世界のむかしばなし
のら書店(2000-09)
瀬田貞二/訳
太田大八/絵






ギリシア神話ギリシア神話
のら書店(2000-11)
石井桃子/編・訳
富山妙子/画

『ことばあそびと詩の本』のシリーズ
どうぶつ はやくち あいうえおどうぶつ はやくち あいうえお
著者:きしだ えりこ
のら書店(1996-09)







子どもの詩集 たいようのおなら子どもの詩集 たいようのおなら
のら書店(1995-06)


丁寧に子どもの本を作り、それを手渡したい、読み手である子ども達のことを考えて、本の大きさ、活字の大きさ、組み方、紙の質感、色合いまでひとつひとつ熟考して作っている、こうした良心的な出版社の本が、読者に届き、経営的に安定していくことが、何より子ども達の豊かな本との出会いを保証するのだと、こぐま社の佐藤さんが最後をまとめてくださいました。

子どもの本を取り巻く出版事情は、決して楽ではなく、毎年年度末には大丈夫だろうかと思いつつも、これまで乗り越えてきているそうですが、図書館司書や親たちが、本を選ぶ目を養い、こうした本を買って子どもに手渡すことが、また良質な本の出版を継続するもととなることを伺い、子どもの本に関わる仕事をしている図書館や学校の司書の選書眼が大変重要なんだと再認識しました。 

最後にのら書店を設立された時恵良さんは二人目のお子さんを出産されたばかりだったとのこと。子育ての両立はどうされたのですかという受講生からの質問に答えて、磯野さんは介護があり、ふたりで補い合い、何とかなるという思いがあったとお話されました。現在の女性ばかりのスタッフ5名のうち常勤は2名。残りは週3日、週1日などの非常勤。お互いに在宅で仕事をしたり、時間のやりくりをしながら働いてきたとのこと。
女性としての視点でワークシェアしながら会社を経営されたきたその姿勢も、私達女性の働き方として注目できるのではないでしょうか。きっと男性主導の出版社だったら、そういう融通の利く働き方はできなかったでしょうし、1年に3冊のペースでの編集というのも採算が取れないとして不可能だったのかもしれません。
のら書店の本がどれも子どもたちに手渡したくなるものであるのは、採算性を度外視し、「良い本を手渡したい」という願いに支えられているからこそだと確信したのでした。 

The 女子会@ 赤坂

1月28日(金) 

今日は図書館ボランティアのお仲間との女子会ランチでした 

場所は赤坂。赤坂うまや

赤坂一ツ木通り、赤坂不動尊の脇をちょっと入ったところにある品のいいお店です。DSCN3353 


DSCN3354 






ここは歌舞伎役者 市川猿之助プロデュースのお店ですが、店は建物の1,2階部分で、3階はお稽古場になっているそうです。

DSCN3355 うまや(驛)は、九州・博多のお店。それがなぜ市川猿之助?と思っていたのですが、お店のHPにその理由が書いてありました。→こちら

九州・博多は学生時代を過ごした街。そこに縁があったというのもうれしかった♪


DSCN3356さてさて今日の女子会は、以前勤務していた図書館のおはなし会ボランティアさんの集まりです。今はその図書館のスタッフとしてではなく、一ボランティアとして、おはなし会に関わり続けているので、図書館を退職して以来、毎年1月には、ボランティア新年会に参加させていただいています。去年の新年会の様子はこちら

お料理は、おもだか弁当。

おもだかやというのは、市川猿之助の屋号なんですね。「おもだか」で思い出すのが、私の出身高校。校章が「おもだか」だったのです。

メニューは、
唐津 川島豆腐店のざる豆腐
季節の茶碗蒸し
魚刺身 三種盛り合わせ
煮物 (里芋 南瓜 椎茸 海老 絹さや)
辛子明太子の蓮根揚げ
合鴨ロース
季節のお楽しみ 二種
ざく切キャベツサラダ
銀鱈の西京焼き
御飯 香の物
味噌汁
デザート
コーヒー

一品目の唐津のざる豆腐、画像撮ったのに、保存になってなかったです。後のものは、2段お重に!DSCN3359


今日のデザートは、杏仁豆腐。
シロップに漬けこまれていない、まるでババロアのような食感でした

DSCN3360
お料理の味わいもさることながら、何より楽しいのはメンバーとの会話です。

最年長のSさんは、今年80歳になられたとか。中学で国語の先生をなさっていて、48歳の時に退職されたそうです。その後は素話の勉強会をされて児童館や保育園、図書館でおはなしを届けるボランティアをずっと続けていらっしゃいます。品のある素敵な先輩です。

その語りの世界は、大人が聞いても物語の世界に惹き込まれていきます。10歳年下の、教え子たちとの集まりを楽しみにしていらっしゃると語られるその表情は、とてもにこやかで素敵です。

今日のお店を紹介して下さったAさんは、60代。詩の朗読がとても素敵です。今も精力的に学びを続けていらっしゃいます。お孫さんのことを話される時の表情がとっても柔らかくて、いいな〜と思います。

そんな素敵な先輩たちに惹きつけられて、私達アラフィフやアラフォーのボランティアメンバーが、一緒に活動を続けています。

Sさんが素話を始められたのは52歳の時だったとか。 
最近、新しい話が覚えられずに、もうレパートリー増やせないかも?と諦めていたのだけど、それを伺って私ももうちょっと頑張ってお話を覚えようと思いました

その一方で、私より若いメンバーが毎月1つずつ新しいおはなしを覚えて、小学校で語りを続けているというのも伺い、わぁ・・・私、諦めてたけど努力不足だったんだ〜なんて思ってしまいました。

年齢のせいにしていたら、何も始められないですよね。思い立ったら吉日。今年はもう少し昔話の素話のレパートリーを広げましょう♪そんな気持ちでいる私の背中をそっと押してくれた集まりでした。

今日集まった8人も、それぞれ子育てを終えた者も、まだ真っ最中の者も含めて、子どもに真摯に向き合い、おはなしを届けることで、心を豊かに育てようとしている人達。一緒にいると、ほんとうに励まされます♪

今日はご一緒させていただき、ありがとうございました 

桃の節句の絵本

弥生三月雛の月
私が子どもだった頃、女の子のいるお宅では、2月になると客間にお雛様の段飾りが置かれ、華やいだ気分になったものです。
でも、私の実家ではどういうわけか、たった一人娘なのに、雛飾りはなく、お友達の家にお招ばれする度に羨ましく思っていました。(きっと私が生れた当時の経済事情によるのでしょうし、母が親戚に反対された結婚を押し通したという事情もあるのかもしれません・・・)

今は住宅 事情などもあって、どんどんお雛様もコンパクトになってきていますよね。私に長女が生まれた時、私には買ってあげられなかったからと、母からぜひ購入してあげて、と言われたのですが、海外勤務中であったのと、転勤族では管理が大変ということもあって、リアドロのお人形にしました。でも今は手元に義母が作成してくれた雛飾りのタペストリーと、母が作ってくれた木目込み人形の内裏雛があって、ささやかながら娘達の健やかな成長を見守ってくれています。

女の子の健やかな成長を願って行われる雛まつりの伝統は、後の世代に伝えていきたいですね。3月のおすすめの本として、桃の節句の本を集めてみました。

ひなまつりこびとのおはなし (行事こびとのえほん)








ひなまつりこびとのおはなし (行事こびとのえほん)
著者:まつい のりこ
童心社(1986-10)
ま ついのりこさんの行事こびとシリーズの中の1冊。「3がつ3かがくると、ひなまつりこびとの もものはながひらきます。」シンプルで、それでいて愛くるし いたなばたこびとの頭の上のもものはなの淡いピンク色が印象的です。やさしい気持ちにさせてくれる1冊です。版が小さいので、集団でのおはなし会には、向 かないかもしれません。お膝の上にお子さんを乗せて読む時か、あるいは少人数対象の時にどうぞ!

Ehon_6155.jpg





のはらのひなまつり―桃の節句 (えほん・こどもの四季)
著者:神沢 利子/いわむらかずお
金の星社(1980-10)
と もこが、いろ紙で折ったひな人形。風に吹き飛ばされてしまいます。さがしに行ったともこが出会ったのは、野原の動物たち。ともこの手作りひな人形と、たん ぽぽの花で作ったひな人形で一緒にお祝いをします。「14ひき」シリーズのいわむらさんの絵がほのぼのとしていて、桃の節句の絵本にふさわしい雰囲気を伝 えてくれています。

もりのひなまつり(こどものとも絵本)






もりのひなまつり(こどものとも絵本)
著者:こいで やすこ
福音館書店(2000-02-10)
こ ちらは「もり」のひなまつり。のねずみたちに頼まれて、お雛様たちは森へと出かけて行きます。森で楽しくおひな祭りを楽しんだ帰り道、季節外れの雪が降り 始め、戻ってきた頃には泥汚れがつき、着物が綻びてしまいました。家の人にはこっそり出かけてしまったお雛様たちは大慌て。ねずみばあさんが綺麗に繕って くれてほっとします。

たんぽぽのサラダ ほか4話 (いわさきちひろ・おはなしえほん)







たんぽぽのサラダ ほか4話 (いわさきちひろ・おはなしえほん)
著者:立原 えりか
講談社(1987-03-10)
入学式やひなまつり、こいのぼりなど、春をテーマにした童話5編が収録されています。「わたしのひなまつり」の中の、「おかあさんも、おばあさんも、ひいおばあさんも、いつかの春には、小さな女の子だったのです。」という文章が、とっても好きです。

ひなまつりにおひなさまをかざるわけ (行事の由来えほん)






ひなまつりにおひなさまをかざるわけ (行事の由来えほん)
著者:瀬尾 七重
教育画劇(2001-01)
子どもの病気や災いを人形に託して川に流すという「流し雛」。この絵本では熱が下がらない妹を懸命に看病する兄の兄妹愛を通して、雛祭りの由来を小さな子にもわかりやすく描いています。

ひなまつり








ひなまつり
著者:渡辺 一枝
情報センター出版局(1987-02)
渡 辺一枝さんは、作家椎名誠さんの奥様。渡辺さんが、身の回りにある小さなもの、石ころや、貝がら、豆などを使って作った愛らしいお雛様の数々。なかにはお 子さんが赤ちゃんだったころの小さなソックスもおひささまにされていて、お子さんへの、そしてモノへの愛情が伝わってきます。今から15年以上前に神楽坂のギャラリーで「ひなまつり」の写真展が行われ、なんと入札で落札し!我が家には小さなソックス雛のフォトフレームが飾られています。

たのしい行事と工作―3がつのこうさく おひなさまつくろう








たのしい行事と工作―3がつのこうさく おひなさまつくろう
著者:竹井 史郎
小峰書店(1996-02)
指でつつくと首をふるおひなさま、風で揺れるやじろべえおひなさまなど、飾っても可愛らしく、動かしても遊べる8種類のお雛様を紹介しています。3月の工作会などの参考にしてみませんか?

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まいてきっておいしい!ひなまつり
著者:小林ゆき子
福音館書店月刊かがくのとも2007年3月号
こ ちらは、月刊「かがくのとも」なので、雑誌としてすでに図書館にないかもしれませんね。子どもたちがひな祭りに自分たちでご馳走作りに挑戦します。最初は ふと巻き寿司に挑戦。それから白玉団子を作っておすましに入れますが、そのお団子もきれいな模様入り。ロールサンドにミートローフ、楽しくて美味しいひな まつりパーティーの始まりです。ハード絵本になってほしい1冊です。

三月ひなのつき (福音館創作童話シリーズ)








三月ひなのつき (福音館創作童話シリーズ)
著者:石井 桃子
福音館書店(1963-12-01)
1963 年に出版された今は亡き石井桃子さんの作品です。なかなか子どもたちが自分で手にすることのない本かもしれません。石井桃子さんの格調高い文章と、朝倉摂 さんのやさしい絵。戦後の物資のない時代におかあさんが娘のために、おひなさまを選ぶにあたって抱いている思いなど、なんでも手に入ってしまう今の子ども 達にぴんとこないかもしれませんが、読んでもらうと母子の密接なつながりの温かさが伝わっていくと思います。ぜひ薦めてあげたい1冊です。

箱根満喫☆日帰り旅

1月23日(日)

次女の一時帰国中に母娘の旅を・・・と考えて企画しました^^
昨年の冬は、蔵王へのスキー旅行で、今年もスキーをしたいと言っていましたが、次男のバスケの試合の都合で1月の連休も2月の連休も時間が取れず、日帰りで箱根に行くことにしました。

朝9時半新宿発の特急「はこね11号」に乗って、箱根湯本へ。小田原の手前では富士山が綺麗にくっきり見えていて、心はワクワク弾みました♪

11時少し前に到着。まずは湯本散策し、湯葉丼のお店「直吉」へ 。

DSCN3316熱々の湯葉を出汁に煮込み、ふんわり卵でとじたものを、ご飯にかけていただきます。

出された時は、まだ土鍋でぐつぐつ煮えていて、冷えた身体が芯からほっかほっかになる味でした。 

しばらくの間、温泉まんじゅうや、干物などの買い物をし、12時5分発の元箱根港行きの箱根町線の登山バスに乗りました。

このバスの路線は、箱根駅伝のルート。箱根駅伝ファンとしては、選手たちが駆け抜けた道をどうしても辿ってみたかったのです。

「この函嶺洞門で、今年はうさぎの人形振り上げて走ってた見物客がいたよね」「ここ、ここ!早稲田の高野君が滑ってこけたところ!」などなど、ついつい興奮気味に 

こんなに険しく厳しい道を選手たちは駆けあがり、駆け下りるのだと、バスの中からも追体験できました。これで来年はもっと応援に熱が入ってしまいそうです.。゚+.(・∀・)゚+.゚



元箱根港からは芦ノ湖を縦断する箱根海賊船に乗りました。DSCN3325
 
桃源台からは、ロープウェーで大涌谷へ。DSCN3329

大涌谷では、雪がちらついていましたが、玉子茶屋まで登りました。

玉子茶屋では、名物の黒たまごをいただきました。


真黒ですが、中身は白くて、熱々。

DSCN3331
DSCN3330
 





温泉池のなかで1時間ほどゆでた玉子。温泉に含まれる硫化水素と鉄分が結合し、硫化鉄となることで真黒なたまごになるとのこと。 

黄身が熱々でやけどしそうでした! 

DSCN3334それから、大涌谷のレストハウスで、これまた名物のたまごソフトをいただきました。 
DSCN3337 




こちらは濃厚なカスタードクリーム味というかんじでした。
晴れていれば、クリームの向こうに雄大な富士山が見えるはずでしたが、完全に雲隠れでした!

ロープウェーで早雲山へ。そこからケーブルカーに乗ることを楽しみにしていたのですが、残念ながらメンテナンスのための運休中。代行バスで強羅へ。そこからタクシーで箱根ガラスの森美術館へ移動しました。

DSCN3342ここではベネチア仮面祭りの衣装を無料で借りることができました。
 

DSCN3344
 


その仮装のままで館内を見学することができました。なんだか不思議な不思議な感覚でした。
 
ゴールドの衣装が次女。私は紫の衣装。 
なんだか、魔女みたい^^;


DSCN3346 

その後、カフェテラッツァでティータイム。DSCN3348
 




シフォンケーキのセット。美味しかった
ちょうどカンツォーネの生演奏中でした♪
 DSCN3350

DSCN3352







暮れなずむ美術館の庭を散策しながら5時の閉館までいました。

そこから歩いて仙石原の温泉街へ。「みたけ」という温泉旅館へ。
そこで露天風呂にじっくり浸かって、疲れた身体をほぐしました。

40分ほど温泉に浸かったあとは、旅館の前から出ている御殿場駅経由高速バスで一路新宿へ・・・フリーパスがあると、850円プラスで新宿までノンストップ。仙石原から強羅へ戻って箱根湯本からロマンスカーで帰るつもりでしたが、このルートがあるとわかり、予定よりも早く帰宅できました。

家を出て、帰宅するまでちょうど12時間。満喫できた箱根日帰り旅でした 
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