みどりの緑陰日記

香港で始めたプレイルームどんぐりから数えて28年、子ども達に絵本や児童書を手渡し続けてきました。保育士養成の場で仕事をしたこともありますが、今は図書館にかかわる仕事をしています。絵本や児童書のこと、文庫活動のことなどを綴っています♪

2011年12月

L'Ateller de Joel Robuchonでランチ♪

12月23日(金)12:30〜

クリスマスは家族で祝うというパリでは、ミシュランに掲載されている有名レストランはクリスマス・イブもクリスマスの日もお休みの所ばかり。

宿の隣が、2つ星の L'Ateller de Joel Robuchon だとわかって、すぐに予約を取りに行ったのですが、やはり24、25日はお休みということで、23日のランチを予約
していました。DSCN4036

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ここは、カウンタースタイルのカジュアルレストラン。

私たちについてくれたギャルソンヌのソムリエとしての見立ても素晴らしく、どのお料理も美味しくて、ワインもぴったりでした。


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前菜は、生牡蠣。

日本で食べる牡蠣とは一味違っていました。身が透き通っていて臭みがほとんどないのです。日本でも生牡蠣は大好きですが、日本の方が濃厚で肉厚。
フランスの生牡蠣は透き通っていて、味も爽やかでした。

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前菜のもう一品。


DSCN4382ホタテの貝柱。


厨房はまさにアトリエという感じ。
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メインです。

実は・・・フランス語だけのメニューで、料理法は違うけどこちらもホタテでした^^;
料理方法が全然違っていて、美味しかったです。DSCN4384
→夫は肉を・・・


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デザートは、ここでもモンブランを!

一昨日のPINXOとはまた全然違って、軽くて美味しい一品でした。

私たちの両隣りは、フランス人のグループ。目が合うと「Joyeux Noel」と声を掛け合います。日本に住んでいたという人もいて、とてもリラックスして食事することができました♪

パリの路地裏でルリユール工房に出会う

12月23日(金)

朝早い時間にオランジュリー美術館へ向かう途中、いつもとは違う一本手前の裏路地に何気なく入って見つけたルリユール工房。

思わず声をあげてしまいました。
DSCN4365まだ暗い時間・・・といっても8時半過ぎですが、もう工房では仕事が始まっているようでした。

中を覗き込んで見たら、奥でおじさんが手を振ってくれました。

まさに伊勢英子さんの描く『ルリユールおじさん』の世界でした。




ルリユールおじさん (講談社の創作絵本)ルリユールおじさん (講談社の創作絵本)
著者:いせ ひでこ
販売元:講談社
(2011-04-12)



ほんとうは中に入って話を聞きたかったけれど・・・手を振り返すのが精いっぱいでした。

帰り道にもう一度ルリユール工房の前を通って見ました。
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さっきのおじさんは、奥の方にいるのか姿が見えませんでした。

若い女性が、机に向かって作業をしているのが見えました。お弟子さんなのかなぁ・・・

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帰国してから伊勢英子さんのエッセイを買って読みました。

旅する絵描き―パリからの手紙旅する絵描き―パリからの手紙
著者:伊勢 英子
販売元:平凡社
(2007-06)





カルチェ・ラタンのアパルトマンからルリユール工房へ通う様子が描かれています。まさに、そうそう、こんな感じ♪と思い出しながら、読みました。

パリには頑固に古いものを大事にしていく文化が根付いていて、まさに日本でいえば京都のような雰囲気でした。





再びオランジュリー&オルセーへ

12月23日(金)9:00〜

前日のモン・サン・ミッシェルの興奮醒めやらない朝・・・
宿の向かいのスーパーマーケットMONOPRIXで買ってきたヨーグルトと果物ジュースの簡単な食事を終えて、まずはオランジュリー美術館へ。
DSCN4367宿を出たのが、8時半過ぎ・・・セーヌ川を渡る頃、夜明けの8時45分過ぎでした。ちょうどセーヌ川の上流から朝陽が昇ってくる所でした。DSCN4368

先日オランジュリー美術館に訪れたのは午後・・・
モネの「睡蓮」の部屋は、人がいっぱいでした。

オープンと同時にじっくりと眺めたいと思い、9時の開館を目指していきました。思った通り、モネの「睡蓮」の部屋、2部屋は私たち以外に数組いるくらい。今回は音声ガイドも借りて、ゆっくりと8枚の「睡蓮」の絵を楽しみました。

前日のブログ記事にYouTube画像を貼りつけましたが、4travel.jpで素敵な画像を見つけました。
オランジュリー美術館の常設展は写真撮影OKなのですが、「睡蓮」の間は撮影禁止でした。以前はOKだったのでしょうか?ネット上には画像が落ちていました。

ガイドブックを買ってきましたが・・・ブログを読んでくださっている方にもぜひ「睡蓮」の一部だけでも♪

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「睡蓮」の間に座って、じっと絵を見ていると、そのままモネのノルマンディーのジヴェルニーの庭に自分も佇んでいる様な錯覚に陥るほどでした。長い時間、そこに座って、池のさざ波を見つめていました。

その後、オルセー美術館へ。こちらでは改装後の5階の奥の部屋の展示を、前回見そびれていたので、じっくりと見ました。

DSCN4374時計台の裏側の「カフェ・ドゥ・オトゥール」でティーブレイク。

前回混んでいてゆっくり見られなかった5階で、マネの描くベルト・モリゾの絵「スミレのブーケをつけたベルト・モリゾ」と、モリゾの絵「ゆりかご」を見ました。東京都美術館でのオルセー美術館展でも見ましたが・・・改めて見ることができて感激でした♪


240px-Edouard_Manet_04020100623_574980それから・・・
やっぱりもう一度心に刻み込んでおきたかったミレーの「晩鐘」と「落ち穂拾い」を見てきました。









モン・サン・ミッシェルへ

12月22日(木)7:30〜

今回の旅のメインイベントとと言ってもいいモン・サン・ミッシェルへの日帰り旅は、マイバス社のガイド付きツアーでした。ここへ行くように勧めてくれたのは、長女です。
ガイドブックで見ると、自分で行くならTGVでレンヌまで行って、そこからバスで1時間半。しかもバスは一日4往復しか出てない・・・ノルマンディーの西の果て(ブルターニュとの境)まで行くことの大変さに気が重かったのですが、バスツアーがあることがわかり、夫が申し込んでくれました。

このバスツアーにして大正解♪

それは当日担当してくださった日本人ガイドのTさんの詳細なガイドによります。
歴史的、宗教的にも、地理的にも深い掘り下げによるガイドは、こうした遺産を見るのに、表面的ではなく、文化的、歴史的な背景までも含めて理解することができました。その内容は、ちょっとした大学でのレクチャー、いや院生向けレベルのレクチャーでした。

DSCN4224まずは早朝7時半の出発。前日は早目に寝て、ホテルでは6時にモーニングコールを頼み、6時45分には出発。

ルーブル美術館を抜けてマイバス社に向かいます。7時前のルーブルはまだ真っ暗。フランスのこの時期の夜明けは8時45分頃ですから・・・


さて、バスはシャンゼリゼ大通りを抜け、高速道路で、ノンルマンディーのカン(Caen)経由でモン・サン・ミッシェルに向かいます。出発直後からガイドのTさんのモン・サン・ミッシェルの基礎知識講座は始まりました。DSCN4226

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← パスの中から見る早朝のシャンゼリセ大通りロン・ポアンのイルミネーション。

基礎講座は、モン・サン・ミッシェルの位置。パリから見てどちらにあるのか・・・そしてそこは日本の北海道と比較してどちらがより北に位置しているか・・・270px-LocMap_of_WH_Mont-Saint-Michel
バスは一旦パリの北方にあるカンを目指すのですが、そこから道路は大きくへの字にカーブしてノルマンディーの西の端を目指します。パリからの距離は約360km。パリは北緯48度52分、モン・サン・ミッシェルも北緯48度38分、東京は35度41分・・・モン・サン・ミッシェルはパリの真西より少し南。(ノルマンディー地方と言うと、パリよりうんと北というイメージがあったのですが・・・)そして、北海道よりうんと北、樺太あたりに位置するということをまず頭に叩き込んでもらいました^^(⇒の地図はウィキペディアより)

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カンへの途中は広大な農地です。牧草地になっているところでは、ひつじや牛の姿が見えました。ちょうどオルセー美術館で見て印象的だったミレーの「晩鐘」や「落ち穂拾い」などに描かれたのと同じ景色です。こうした風景が車窓からずっと見えていました。起伏の少ない平原・・・地平線までずっとずっと続いています。北海道の帯広あたりの景色に似ている気がしました。フランスって農業国なんだな〜としみじみ。DSCN4228


DSCN4232あちこちに、小さな集落が見えてくるのですが、そのどれもが昔話に出てくるような、可愛らしい佇まい。

集落の中心に教会の尖塔が見える所がフランスらしい。
日本だと、それがお寺だったりするのかなぁ


DSCN4229← 画像を圧縮していて小さくてわかりにくいかもしれませんが、画面中央、地平線に小さく煙突のように突き出しているのは、原子力発電所。(地名忘れました・・・いろいろ検索するけどわからない。カンに入る手前だったのでパリュエルか?でも道路からの距離が違う気もする・・・)美しく広がる農地を見た後だけに、フランスって80%の電力を原発に依存ということを思い出し、少しだけぞっとしました。

さて、道中ガイドのTさんにモン・サン・ミッシェルの歴史的背景についてのレクチャーを受けていたのですが、カンの街を過ぎてエスティエール道路を南に向かって走っている時に見えて来たのがアヴランシュの丘。DSCN4237

あの丘の上に、ぽちっと尖塔が見えているのが、モン・サン・ミッシェルがこの世に生まれることになったきっかけのアヴランシュの教会。
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ここの司教オベールの元に、大天使ミカエル(ミッシェル)が三度現れ、モン・トンプ(墓の山)と呼ばれていた島に聖堂を建てるようにお告げをしたのが始まり。オーベルは2度、その夢のお告げを無視したため、三度目は大天使ミカエルがオーベルの額に指を当てて強く命じた為、オーベルは脳天を稲妻が走る感じて、これは本当だと708年より聖堂建設に取り掛かったというのです。あの丘の教会がなければ、モン・サン・ミッシェルは誕生しなかったと、しっかり見てくださいというガイドのTさんの解説でした。

アヴランシュから走ること、15分ほどで遠くバスの右手にモン・サン・ミッシェルが見えてきます。この日はガイドの方がフランスの冬にしては晴れてベストの天候ですね!というほど、晴れてよく見えていました。
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DSCN42431877年に地続きの道が出来ているので、モン・サン・ミッシェルの真下が駐車場です。この画像の左手の入り口から中に入って行きます。

DSCN4244→は、入ってすぐにあるカフェ。このお店で最初に巡礼者へオムレツが振舞われたそうです。 


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←先導してくださるガイドのTさん。仏文学を大学で教えていらしたとのこと。フランス政府公認の観光ガイドになって十数年。モン・サン・ミッシェルの修道院には文化財研究のために2年間住んでいたこともあるという学究者の方で、そのガイドの奥深さに魅せられました。

島の入り口からずっと参道に沿って、家々が連なっています。
どこもお土産物屋さんなどになっていますが、村の郵便局などもありました。DSCN4246DSCN4247

斜面に沿って造られている石造りの家々。

708年から1300年の歴史の中で、上の聖堂から下へ、下へと建物が造られてきたとのこと。この辺りは巡礼者を受け入れるようになった13世紀以降のものなのでしょう。

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DSCN4250村のあちこちにクリスマスの飾りが・・・それでもパリの街に比べると、大人しい感じです。

そして修道院ツアーの前に、名物のオムレツのランチへ

DSCN4255卵の白身を泡だてて焼くオムレツ。どちらかというとメレンゲの甘くないケーキを食べている様な感じ。ふわふわ♪

ノルマンディー特産のリンゴのお酒、シ―ドルと一緒にいただきました。
オムレツがメインかと思ったら、前菜なんです。その後、サーモンのクリーム煮が出た後、やはりノルマンディー名物のリンゴタルトのデザートが!
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腹拵えが出来たら、いよいよ修道院へと登って行きます。急な石段をどんどん登って行きます。

オムレツもタルトも、すぐにエネルギー変換^^


DSCN4252オムレツをいただいたお店の向かいはDSCN4253サン・ピエール教会。

教会の前には、百年戦争の時に大天使ミカエルのお告げを受け、フランスを勝利に導いたジャンヌ・ダルク像が立っていました。

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今日はあの修道院の一番上まで行くのです。階段を登り詰めながら1300年の歴史の重みを感じていました。

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15世紀に島の周囲に張り巡らせられた堅牢な城壁。そのあちこちに小さな見張りの穴が開いていました。

百年戦争の時には城塞になっていたとのこと。また16世紀の宗教戦争ではカトリック過激派の拠点だったとのこと。こうした後を見ると・・・その時代の緊迫した空気が伝わってくるようです。


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←修道院の入り口

 →修道院の西のテラスから眺めた陸地側。ノルマンディーとブルターニュの境を流れているクエノン川が見えています。

島は河口から見てブルターニュ側にあるのですが、ノルマンディー側から延びる砂州の延長上に道が造られ、モン・サン・ミッシェルはノルマンディーに組み込まれたとのこと。西のテラスは前日のツアーは強風で出られなかったとのこと。この日は晴れて風も穏やかでした。

DSCN4271DSCN4275←西のテラスから見あげた修道院。上に見える尖塔がここでの最高地点。先端に金色に輝く大天使ミカエルの像が。
手前にも礼拝堂があったのが、落雷で破壊され、ファサードは後から修復されたものだそう。

→奥はゴシック建築。



DSCN4276←手前はロマネスク建築。壁の造り方、窓の造り方が全く違っています。DSCN4282
→大天使ミカエル像

大天使の下で修道士の方々が何か話をしていました。
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DSCN4286修道院の横には、ゴシック芸術の傑作と言われる「ラ・メルヴェイユ」最上階の回廊が・・・ここは天空の庭になっていました。回廊は修道士たちが時計回りにだけ、黙想をしながら歩いていたそうです。柱の装飾には聖書に出てくるさまざまな物語がレリーフになっていました。DSCN4289



DSCN4296回廊の隣は、修道士たちの食堂。
ここは真正面に向くと窓が見えないような柱の並び方をしています。

今は机が部屋の真ん中にありましたが、当時はすべてが窓際に並べられていて、修道士たちは互いに顔を見ることもなく、背中合わせで食事をしていたそうです。そして毎回当番が朗々とベネディクト修道院の戒律を読み上げていたそうです。その文章を、当時の言葉のままでガイドのTさんが読み上げてくださいました。食堂中に響き渡る声でした。DSCN4297
往時の厳しい修道士の生活に想いを馳せ、タイムスリップしたかのように感じました。


DSCN4298食堂の下には迎賓の間があります。

そこへの通路に大天使ミカエルに頭に指を差し込まれるオーベル司教の姿がレリーフになっていました。
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→迎賓の間の天井。ここは修道院長が身分の高い訪問者を迎えた場所だそうです。

DSCN4317←修道僧の遊歩道。天井の交差アーチがロマネスク様式からゴシック様式の転換期を示す場所として、建築史的にも価値のある場所だそうです。

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→礼拝堂の床から階下への明かり窓があり、それがここへ。



DSCN4309←ここは大きな車輪のある通路。19世紀にここが牢獄として使われていた時に、この車輪の中に囚人が6人入り、ハムスターのように人力で回して、荷車を下から引き揚げていたとのこと。

ここの場所は修道士たちの納骨堂も兼ねているということで、足元に埋められていると聞き、祈る思いでここを通過しました。
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DSCN4323←騎士の間。
ここは一番明かりが入る場所なので、僧たちが写本などを行った部屋だそうです。

そこを降りて行くと、巡礼の人達が食事を投げ落とされた場所にでます。今はそこは土産物店になっています。その手前にまた大天使ミカエル像が・・・
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2時間近いガイドツアーを終えて、修道院の外へ。

左上は、修道院の南側の壁。囚人たちが荷物を引き揚げた斜面です。
右上の写真は、村の小学校。

もう一度振り返って、修道院を・・・1300年の歴史を感じる時間でした。

パリへの帰着はちょうど夜8時。運転手さんの粋な計らいで、8時ちょうどにエッフェル塔の横に!クリスマスシーズンは夜8時、9時、10時にイルミネーションがキラキラと輝きを増すのです。
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素敵なクリスマスのプレゼントでした♪





オランジュリー美術館へ

12月21日(水)14:00〜

DSCN4172PINXOでの食事を終えて、チュイルリー公園の中のオランジュリー美術館へ。オランジュDSCN4174リーとは温室という意味。チュイルリー公園の中の温室だった建物が、画商のポール・ギョームらによって蒐集された作品を展示するために改築され、1927年にはモネの意思により寄贈された「睡蓮」で有名になった美術館です。 
前日に訪れたオルセー美術館や、午前中に訪れたルーブル美術館に比べると、とても小さな美術館ですが、落ち着いた雰囲気で、しかも印象派やエコール・ド・パリ(パリ派)の絵が揃っていて、印象派絵画が好きな私にはちょうどいい美術館でした。

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←も→も、クロード・モネの風景画



DSCN4177←ルノワールの「長い髪の浴女」DSCN4180→「ピアノに寄る娘たち」
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←ルノワールの「ガブリエルとジャン」DSCN4183

 →セザンヌの「花瓶、シュガーポットとリンゴ」



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←モディリアーニが描いた画商ポール・ギョームの肖像。彼が蒐集した作品がこのオランジュリー美術館の基本的な展示品になっているわけで、特に詩人アポリネールのアドバイスの元、ユトリロやモディリアーニを扱うことで画商としての頭角を現したとのこと。

美術館の中でもとても目立っていました。


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←マティスの「3人姉妹」DSCN4190

→ピカソの力強い女性像





DSCN4191DSCN4192こちらも全部ピカソの描く女性たち。

特に右側の肉感的な女性像は、抽象的絵画に移行する前の力強い筆致が印象的でした。





DSCN4193こちらもピカソ。上の力強い女性像とは年代的に数年しか開いていない。

←「タンバリンを持つ女」

こういう描き方へ変わって行った心情と言うものを・・・なんとなく想像してしまう展示でした。

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←ユトリロの描く「ノートルダム寺院」DSCN4202

オランジュリー美術館は、オルセーからもルーブルからも歩いて10分ほどの近場にあるのに、→のように、混雑していなくて、意外にみんな足を伸ばさないのでしょうか。

お陰でゆったりと絵を堪能することができました。

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オランジュリー美術館を出て、歩いて宿へ・・・
道路の向こうはセーヌ川。並木に邪魔をされていますが、オルセー美術館が向こう岸に見えています。

ソルフュリーノ橋の上には、びっしりと錠前が。カップルの名前を書いた錠前が橋の欄干にたくさんぶら下がっていました。もうすぐそこにオルセー美術館が見えています。

DSCN4216オルセー美術館の正面。この時間もたくさんの人が入場を待って並んでいました。

DSCN4217DSCN4218

オルセー美術館の東隣の建物では、中の改装工事中でした。

建物そのものは、1720年のもの。

古い建物をそのまま生かすというパリの精神をみたような気がしました。
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