みどりの緑陰日記

香港で始めたプレイルームどんぐりから数えて28年、子ども達に絵本や児童書を手渡し続けてきました。保育士養成の場で仕事をしたこともありますが、今は図書館にかかわる仕事をしています。絵本や児童書のこと、文庫活動のことなどを綴っています♪

2017年01月

ボタニックガーデンの思い出

シンガポールに住んでいた5年の間、ほんとうに何度も通った場所のひとつがシンガポール・ボタニックガーデン。つまりは植物園です。(2015年7月に世界遺産として登録されたそうです)

上の3人の子たちが学校に出かけたあと、幼稚園に入る前の次男を連れて、タクシーやバスでよく出かけました。広い芝生広場で駆け回り、リスを追いかけたり、変わった種類の木の実を拾ったり、白鳥を眺めたり・・・

シンガポールの生活は傍目には優雅に見えるでしょうが、実はとてもストレスの多い日々でした。夫は会社の中でNo.2としての責務があり、私は会社の婦人会を束ねる立場であったうえに、4人の子どもたちの子育てに教育問題・・・とくにこの教育問題は、家庭を揺るがすほどいろんなことがあって、心休まるのは文庫活動をしている時と、ここにきていろいろな植物を眺めたり、幼い次男と走り回っている時だけでした。

そんな思い出の場所に、この1月に夫の遺灰を少しだけ埋めてきました。

2003年に、ボタニックガーデンについて書いている記事が、削除予定のサイトに残っていたので、転載します。

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 シンガポールの中心街オーチャードロードをほんの少し西に走ると、ブリティッシュカウンシルやアメリカ大使館の向こう側に広大な敷地を誇る植物園が見えてきます。

ここは1859年に開園。広さは52ha。東京ドーム11個半分の広大な敷地に国立の蘭園、自然そのままの熱帯雨林、スパイスガーデンにジンジャーガーデン、3つの池が配されています。
 
ここでは熱帯の植物を観察している日本人会自然友の会のメンバーだった友人に案内してもらった植物について紹介しています。が、走り書きのメモを取っているものの、聴き間違えたり書き間違えているものもあるかもしれません。
(その時はごめんさないm(_ _)m また本当の情報を教えてください!)
 
それでも大好きで何度も通った植物園のいくつかの植物をここに紹介しますね。

蘭園に行った時にはデジカメの電池が無かったり、花のたくさん咲く時期に訪れた時はデジカメ故障中だったり・・・まだまだ紹介しきれない場所や植物がいっぱい。
また機会を作って紹介したいと思っています。
 

シンガポール・ボタニックガーデンの正面ゲートです。
(タングリンゲート)
2003年に入ってからは改修工事中です。
この画像は2002年春のものです。
正面ゲート改修に先立って作られたミンデンゲートを入ってすぐの案内板です。
2003年になってゲートのそばにトイレもできました!
以前は正面から入るとトイレのある場所まで遠かったのです^^これで安心ですね。
犬の散歩用のビニールバックなども用意されています。
シンフォニーレイクの大きなオニ蓮。
大きいものは直径1メートルを越えている。
パームバレイという広場の脇に生えている大きな木。テンブス。
綱のように見えるのは、気根?
大きくて見事な枝ぶりに多くの人が立ち止まって見上げています。
上と同じくテンブスの木。
左の人物は一生懸命この木をスケッチしていました。
↑これがナツメグの木。
黄色く見えるのが実。
→は地面に落ちた実。
内側の赤い皮の下に
黒い硬い実がある。
そこを削って香辛料にする。
実そのものもナツメグの
いい香りがする。
アリザという名前の植物。
白っぽく見えるのは若葉。
さやに包まれていて、出てきたときは白い。
まるで白い布が木につるされているよう・・・
これで一枚の葉っぱなのだそう。
複葉というのだそう。
↑と同じアリザの葉っぱ。
黄緑色の塊が一枚の葉。
でもいっぱい小さな葉っぱが集ってるの。
このときは花は終わっていたけれど、
花も複花でクス玉のような朱色の花がつきます。
しめ殺しの木と呼ばれるインドゴムの木。
木の宿主の木に運ばれた種が芽吹くと、その幹にそって何本もの気根が垂れてきて地面に到達します。
そして気根同士が何本も絡み合い、網目状に癒着しながら、太く、上へと伸び、枝葉を茂らせ、最後は宿主の木を枯れさせてしまいます。
日本で観葉植物としてポピュラーなベンジャミンもこの仲間です。
↑と同じゴムの木を反対側から写しています。
木の上に見事に放射状に広がった大きな葉は、バーズネストファーン(鳥の巣の扇)という名前の着生植物。
シダの仲間で葉の裏側に胞子の袋が並んでいます。


キャノンボールツリー、つまりは大砲のような大きな実をならせる。
花はカスタネットのような
形状。実は直接木の幹になる幹生花。
実は直径が15センチもあって本当に大砲の弾のよう。
これはクローブの木。
葉の間に見え隠れする白っぽいのがクローブの花。
そのがくを乾燥させたのが丁子。
これがかつての大航海時代に帝国列強がこぞって東南アジアに危険な航海をしながら求めたスパイスなのです。
もちろん↑に紹介したナツメグや胡椒と共に・・・
↑のクローブの木。
植物園の奥まった場所、スパイスガーデンにナツメグなどと
並んで植わっています。

これはドリアンの木。
この時は花も実もついていなかったのです。
2002年3月末に訪れた時にはびっしりつぼみがついていました。
その後3ヶ月ほどして見に行ったときにはもう花も実も終わっていました。
それがこの画像。
2002年4月ごろに行けば満開の花が見れたかも・・・・
ううう〜残念!
ボタニックガーデン・ビジターセンター脇の庭。
池や噴水、蘭の花々が配された庭は
訪れる人の心をホッと和ませてくれます^^

これもビジターセンター脇の様子。(Palm Court)
すぐそばにはコーヒーショップもあるし、
木陰も気持ちいいので、ゆったり読書をしても素敵です♪

大きな板根です。
これはカポックツリーという名前。
木の高さは10メートルくらいになる。
熱帯の木は、根を地面深く張らない代わりに
こうして板状に根を変化させて高い木の重さを支えている。
板根の壁の高さは大人の背の高さほどあります。
これは日本でも家具の材料として有名なマホガニーの木。
木の幹に出来ているコブが印象的でした。
植物園の傍を走るホーランドロードの街路樹にも植えられています。
日本で観葉植物としてとても愛されているパキラの木。
日本でも育てていたけど、せいぜいが鉢植え。
こんなに大きくなるんだよね。

これはパキラの花。
放射状に広がる羽根のようで、色は透き通るような白です。
サゴパームの木。
椰子の仲間。
熱帯には椰子の仲間の植物が何十種類もある。
この木の幹から取れるでんぷんをちいさな粒状にしたものが、サゴパールと呼ばれるもので、中華料理のデザートに使われている。タピオカと同じような食感と形状で紛らわしいけれど、
タピオカはタロイモのでんぷん。


サンドペーパーバインという名前の木。
花はきれいなコバルトブルー。
花が終わると五弁の花がくが
風にのってまるで風車のようにクルクル回りながら落ちてくる。
直径3センチくらいのこの実はなんともかわいらしい。まるで星のよう・・・
これもテンブスという木。
これは上のほうでで紹介した木とは違って横に大きく枝を伸ばしている。
シンガポールの5ドル札の絵柄にもなっている有名な木。

黄色っぽい葉をつけたレインツリーの丘。
手前の斜面には落花生の黄色いかわいらしい花が一面に咲いている。
故人となられたシンガポールJCFの片岡先生が、黄色い葉が秋の木のように見えることから、ここを「秋の丘」と名づけて愛されていた。
私もボタニックガーデンの中で一番好きな場所。

2年半ぶりのシンガポールへ

1月12日〜15日 2年半ぶりにシンガポールへ行ってきました。

前回、訪れたのは2014年7月。1999年の6月、私たち家族がシンガポールに転勤になって3か月後に自宅で開いたシンガポールのポプラ文庫が、私の帰国後も活動が継続され15周年を迎えたことを祝いに訪れたのでした。
その時のブログ記事→こちら

2004年の3月に帰国する前に、所属していた国際日本語教会に託してきたポプラ文庫の活動。教会の婦人会15965920_1219975368084731_7051129023111750405_n(マリア会)の方々が中心に、転勤や国際結婚でシンガポールで子育てをしている若いママたちといっしょに文庫活動をずっと続けています。

2014年7月に訪れた時、我が家で使っていた書架に本がいっぱいになっていたことと、その上に手作り書架を重ねて置いていて、安全性に問題があること(シンガポールはめったに地震がないので、落ちてくることはまず無いとは思うけれど・・・)などから、スタッフの皆さんから書架を買い替えられないか、でもその費用の捻出はどうしようかという声があがっていたのです。

その時のスタッフのみなさんとの会食の席で、「伊藤忠記念財団の文庫助成」 の話を伝え、「子どもの本購入費助成」の場合は書架購入に使えることも伝えました。

その翌年2015年4月に応募資料を日本で取り寄せてお届けし、ちょうど私が夫の看護でアメリカに滞在中に提出したという報を受けていました。

そして2015年末の12月に、文庫助成受領が決まったのでした。→こちら

 シンガポールのポプラ文庫が伊藤忠記念財団の文庫助成を受けるのは、これが二度目。2001年に応募して、2002年3月に受領、その時の助成でシンガポールに文庫を置いて行ける蔵書の基礎固めが出来ました。

20170113新しい書架二度目の今回は、書架を購入する目的での助成申請でしたが、それが受けられることになり、2016年3月に授与式があり、その後に助成金が振り込まれます。それをもとに、教会の牧師先生をはじめ、婦人会のみなさんが中心になってあちこちの家具屋さんをめぐり、何度も検討を重ね、助成金と同じ額を教会からも補助してもらって、立派な書架が搬入されたのが昨年秋。

新しい書架を見に来て下さい〜と声をかけていただき、秋のうちに渡航したかったのですが、仕事の都合などでこの1月の訪問になったのでした。

 ←左側の画像は図書館などで使われる本格的な書架です。
20140725文庫3右側の画像は、以前の古い書架。(2014年7月撮影)下の段は、レオニーガーデンの我が家で使っていた書架です。上に手作りの棚が積み重ねられていました。

こうして立派な書架になり、すごく嬉しく思います。 

1月13日(金) 15:00〜
ポプラ文庫の活動に参加しました。
この日は新年の再登録の日で、受付が混みあっていました。私も受付のお手伝いをさせてもらいました。20170113ポプラ文庫1

この日もたくさんの赤ちゃんや幼児を連れた方々が大勢集まってこられました。おはなし会も担当させていただきました♪その日の活動記録は→こちら

ほんの数日前に赴任してきたという若いママが生後数か月の赤ちゃんをベビーカーで連れて来ていました。私も20170113ポプラ文庫2そういえば1997年8月に香港に赴任した時は、長男が5か月になったばかりで、初めての海外生活で不安だったなぁ〜と思い出しました。

ここで文庫活動をしていることを聞いて、初めての門を叩いてくれたのでした。
そうそう、不安を抱えながら海外で子育てするママたちの支えになりたいと、シンガポールに転勤が決まった時に、文庫も持って行くって決めたのは、自分の香港での経験があったから・・・

そういう気持ちが蘇ってきました。私の帰国後、すでに13年間も教会の婦人会の方々を中心にこの活動が続いていることはamazing!ほんとうに素晴らしいことだと思います。マリア会のみなさま、ほんとうにありがとうございます。
20170113ポプラ文庫520170113ポプラ文庫3こちらの画像はおはなし会のオープニング。

自分がおはなし会をしているところの撮影をしてもらうのを忘れていました・・・

たくさんの親子連れが集まっていて(約30組・・・一人で2人、3人とお子さんを連れている方もいるので、80人近くになっていました。

貸出も18組。ひと家族10冊まで借りられるのですが、ほとんどのご家庭がまるまる10冊借りて行かれます。180冊が動いたことになりますね。

20170113ポプラ文庫6おうちでいっぱい読んでもらってほしいな♪

終了後、スタッフの若いママたちと記念撮影。

海外での子育て、互いに励まし合って頑張っています。20170113ポプラ文庫

さて、2019年にはポプラ文庫の20周年を迎えます。今からそのお祝いに渡航する計画を立て、積み立てをすることにしました^^

また寄贈する絵本も今から揃えておこうと思います♪
また、シンガポールのポプラ文庫のみなさんと会えるのを楽しみにしています

 (入り口の「ポプラ文庫」の案内看板。下のトールペイントのものは、私が18年前に手描きで作ったものです♪ずっと使ってもらっていてうれしかったです)

モルディブの思い出4 パラダイスアイランドでの日々

2002年7月のモルディブ旅行の思い出の記録を、まもなく閉鎖するサイトから転載しています。

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滞在一日目のランチに・・・と島の東側、水上コテージの端にあるシーフードレストランに行くと、テラスの手すりに海サギがじっと留まっていた。
近寄っても動かないので、剥製かと思ったほど。
しばらくすると飛び立って行った。
4日間滞在したコテージ。
島の西側にあり、プールやメインダイニングに一番近いところだった。
目の前は木立があるが、すぐに白砂のビーチ。
日が沈むまで波打ち際で遊んでいた。
2室で1棟。右側は女組。左側は男組が使用。
といっても内側はドアで繋がっているので、
いっしょにウノをやったりして夜は過ごした。
ラグーン内は波打ち際まで様々な魚が群れをなして泳いでいる。
朝食で残ったパンくずを撒くと、たくさんの魚が寄ってきた。
桟橋の上から写したエイのあかちゃんの姿。
体長50センチ程度。
ラグーンに下りて近寄ると、すぐに砂に潜ってしまう。
けっこうな恥かしがり屋さんのようだ^-^
ちょっと見難いかな?
バタフライフィッシュが、船着場の近くの土手のそばまで泳いできていました。
なかなか上からだとうまく写せなくて残念!
パラダイスアイランドの中庭。
美しい南国の花が咲き乱れていた。
子どもの遊び場もあったけど・・・
この島は東西200メートル。南北は900メートル。
島を1周するのもあっという間。
バスケットコートやビーチバレーコート、テニスコートにサッカー場
室内にはスカッシュコートに卓球場もあって
設備は充実していた。
滞在二日目は満月だった。
船着場の上に浮かぶ月・・・

晴れわった空は月で明るかったけど・・・
それでも満天の星が降り注ぐようだった。
釣り船の上から見たパラダイスアイランド。
建物があるあたりは、プールサイドのバーとテラスがあるところ。
その左手の白砂のビーチは
私たちが泊まったコテージの前のビーチになる。
コテージ前のビーチで砂の城を作る子ども達。
ちょうど木立があるので・・・木陰になっている。
きれいな貝殻、やどかりもたくさん発見!
毎日のように砂の城を作っていた。
それでも満潮になると、サラサラの砂なので
すぐに波に洗われてしまう。
滞在中兄弟姉妹4人、けんかもせず
とっても仲がよかった。
プールサイドにて・・・
私はもっぱらここのデッキチェアーに寝そべって
読書三昧だった。
世界各地から来たリゾート客でにぎわっていた。
とくにリタイアしてのんびり過ごすヨーロピアンの老夫婦。
体つきもボリュームたっぷりで度肝を抜かれたけど・・・^^;
木に登るやどかり・・・
木の真ん中あたりに白い巻貝が見えますか?
これ、実はやどかりなんです。
近くのブランコでのんびりしていた子どもが
カタカタ言う音になんだろうって見たら、
やどかりが貝殻をカタカタ言わせて木に登っていたのですョ!
驚き☆
夕日に輝く波打ち際であそぶ兄と弟。
結構絵になっているとおもうけど^-^
これも夕日が沈みかけた海辺で遊ぶ兄と弟。
こうやって4日間とも日が暮れるまで
目の前のビーチで遊んだのでした。
なんと贅沢なこと・・・
夕暮れの波打ち際の兄弟姉妹。
気持ちの良い砂浜に寝そべって・・・
暮れゆく空を眺めていると、なんだか毎日時間に
追われて過ごしているのが嘘のようです。
初日のシーフードレストランで食べたロブスターのグラタン。
きっと近海で獲れたものだと思う。
大きくてプリプリしていて・・・
触角の先端までぎっしり身がつまっていて美味しかった!
釣りに2回挑戦して獲物を料理してもらう!という
計画は、釣果が今ひとつで実現しなかったけど・・・
やっぱりモルディブはシーフードでしょう☆
ランブータンにパッションフルーツ。
それにスイカにメロン。マンゴー。
やっぱり南の国のフルーツがデザートにてんこ盛り。
でも、たしかモルディブではココナッツくらいしか採れなかったはず。
これは、きっとインドやスリランカ、あるいは東南アジアなど
から輸入されたフルーツだろう・・・
毎夕食ごとにメインダイニングに飾られた
ベジタブルカービング。
タイのホテルでも見たことがあったけど・・・
カボチャや冬瓜、メロンなどをつかって
実に精巧に彫刻が施されている。
シェフのご自慢の包丁さばきを
表現しているんだろうな〜。
ブッフェスタイルだったけど、どれもこれも
美味しかったよ♪



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この度、こうして15年も前の家族旅行の記録を掘り起こしてみて、当時の思い出がありありと蘇ってきました。シンガポール駐在中にモルディブへの旅行・・・絵に描いたような幸せな一家という風に見えるだろうなぁ・・・

実は、シンガポールを出発する3日前に夫は十二指腸潰瘍で吐血し、緊急入院をしていたのでした。

世界情勢の変化と、大手銀行を巻き込もうとしていた再編の大波、そして当時シンガポール支店副支店長で、ベトナム出張所長も兼任しており、ひと月のうち、2,3回ホーチミンにも飛び、シンガポール国内でもさまざまな案件を抱えていて、多忙を極めていたのです。

そんな中、ストレスが彼の十二指腸に潰瘍を作ったのでした。

入院した病院へ駆けつけると・・・「モルディブはママが4人の子を連れて行くか?でもどうしても治して自分も行きたい」 と弱々しく言うのでした。

(そうそう、1994年夏、家族での北海道旅行の前日になって国税調査が入り、私ひとりで3人の子どもを連れて出かけるはめに・・・当時は次男はまだ生まれておらず、長男小1、長女幼稚園年中、次女2歳をひとりで空港に連れて行って、そこから札幌、トマムと回る旅・・・いきなりドタキャンは慣れているとはいえ、モルディブへひとりで4人は躊躇しました。)

家族全員での旅行は最後かもしれない・・・それにシンガポールを離れて、リゾートに行く方が回復のためにはいいのではないか・・・そんなことを夫婦で話し合いました。

ギリギリまでキャンセルをしないで様子を見ていたのですが、2泊入院した日の朝、つまり出発の前日になってドクターより、退院していいこと、服薬をきちんと守ること、お酒を飲まないこと、食事も消化の良いものにすることなどいくつかの条件付きで、旅行OKが出たのでした。



あの時、行けたのはある意味、奇跡だったんだな〜と思います。シンガポールでの5年間は、外から見ると優雅な生活に見えるでしょうが、家族にとっては一番しんどい時期でした。家族崩壊の危機もありました。

だからこそ、こうして振り返ってみて、あの時間はほんとうにかけがえのない素晴らしい時間だったんだと思えます。15年の年月を反芻しながら・・・モルディブの思い出1〜4をUPしました。

モルディブの思い出3 空から見たモルディブ

2002年7月のモルディブ旅行記を閉鎖するサイトから転載しています。

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 モルディブの島の周囲の様子、環礁の様子を実際に知るには上空から見るのが一番。

たくさんの空撮写真が絵葉書になっているけど、この目で見てみたい!
そう願ってフォトフライトというエクスカーションにエントリーした。
乗り物図鑑でしか見たことのない水上飛行機を使ってパラダイスアイランドの上を飛ぶという。
すごくワクワクしながら参加した。
 


これがモルディブエアタクシーという名の水上飛行機。
定員20人くらいの小さな飛行機。
水上から飛び立ち、水上に着水する・・・
なんて、乗り物図鑑でしか見たことなかったから
興味深々^-^
島によってはこれに乗って1時間飛ぶところもあるという・・・
子ども達はヒヤヒヤだったので、船で近いリゾートでよかった!
と感想を漏らしていた。




これは私たちが泊まったパラダイスアイランド。
手前が島の東側にあたる。左手前にのびているのが水上コテージ。
私たちが泊まったコテージがあるのは、島の向こう側、西側に面している。
東側はインド洋の外洋に面しているけど、西は環礁の内側。
波の様子もまったく違っている。
島のまわりは遠浅のラグーンが広がっているけど、
周囲はテーブル状の珊瑚が急に落ち込んでいる。
海の色でわかるけど、深いところでは2000メートル、
だいたい数百メートル。環礁内部では30メートルの落差がある。

これはたしか新しいクラブメッドのあるカニフィノールアイランド。
上方が環礁の東側、外洋になる。
高い波が打ち寄せている。
手前が環礁の内側。
ここも広いラグーンの上に扇型に広がる水上コテージがある。






ヒマフシアイランド上空。
この島は比較的大きくて、モルディブの人々が住んでいる島。
人口は500人ほど。
以前は漁業の町だったが、今では殆どの人が土産物を作るのが島の産業になっている。
この写真からは、海の中から珊瑚が育ってきている様子がよくわかる。
だんだん上へ上へと光を求めて育つのだが1メートル育つのに100年かかるというから、その時間を思うと気が遠くなる。
クダフラアイランド。細長い島でここにもタリビレッジというリゾートがある。
写真上方が東で外洋に面している。
寄せる波の様子が小さいけどよくわかる。
ここは手前の環礁内の海もかなり深くなっていて数十メートルの深さに
なっている。
海の色の濃淡でだいたいの深さがわかるようだ。

外洋の端。テーブル状に育ってきた珊瑚のテーブルの端に
打ち寄せる波はしぶきを上げて、激しさを感じさせる。
一旦ラグーンの上にいくと波が穏やかになるのが不思議・・・
こちらは、環礁の内側・・・
遠くに小さく島が見えるけど・・・
この北マーレ環礁は東西39キロ、南北69キロもあるので、
あれは近くの島と表現していいのかもしれない。
環礁の内側の波は穏やかで、太陽の光にキラキラ光っていた。

モルディブの思い出2 モルディブの首都マーレ

2002年のシンガポールからモルディブへの旅日記を、閉鎖するサイトから転載しています。

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モルディブの首都マーレは私たちが泊まったパラダイスアイランドから10キロほど離れた所にある。首都や私たちの泊まったリゾートの島はモルディブの中心となっている北マーレ環礁の南部に位置している。
 
国際空港のあるフルレ島とマーレはほんの2キロの近さ。マーレの街そのものは東西1.8キロ、南北1.2キロのモルディブではかなり大きな島といえる。

モルディブはインドの南海上に浮かぶ約26の環礁からなる島々。南北に760キロ、東西に120キロに渡って広がる環礁。島の数は1190と言われているが、実際には今でも新しく島が生まれたり、逆に侵食で島が沈んだりしているので正確な数は年々違うという。

90000平方キロの範囲に散りばめられた島のうち人が住んでいるのは約200。リゾートが建設されているのは無人島だった場所で70ほど。陸地面積は全部合わせても298平方キロしかない。

そんなモルディブの交通と流通の中心地、首都マーレの横顔を・・・いっしょに覗いて見てください☆
(すべての情報は2002年7月時点のものです)
 

空港からドーニというモルディブ特有の船で15分ほど。
海抜2mの島に突如ビルが立ち並んでいる様はちょっとびっくり。
モルディブの他の島は2階までの高さしか建物が建てられないが、ここでは10階から15階くらいのビルが所狭しと並んでいる。
この写真では小さくて判別できないが、どのビルの屋上にも衛星アンテナが設置してあった。
インターネットも衛星を通じて、全世界と繋がっているのだ。
 
こっちの船も、向こうの船もともにドーニと呼ばれるモルディブ特有の船。舳先が大きく湾曲していて、原型はアラビアの船にあるという。船室のない船だが、今は簡単な屋根を乗せていて、水上バスといったらいいだろうか、モルディブの人々の重要な交通手段になっている。
元はココナッツの木からつくられ、釘を使わず、滑らかに組み立てられ70センチ程度の浅い喫水を備え、珊瑚礁の浅瀬の海も楽々航行できるのだそう。
私たちが訪れた7月25日の翌日が、つまり7月26日がモルディブの独立記念日。まだ建国37年めだとのこと。(1965年独立)
漁民と交易船舶の中継地でしかなかったモルディブが、その類稀なる自然を売り物にして観光立国した年ともいえる。
マーレで一番古いイスラム教寺院は、すべて珊瑚を切り出して作られている。この写真では解りにくいけど、細かい彫刻が施されていた。熱心な仏教の国だったのが、1153年に北アフリカから布教にやってきたイスラム教徒の影響で、国王がイスラム教に改宗し、イスラム教の国になったという。この寺院は当時造られたものだとのこと。
こちらは、マーレ最大のイスラム教寺院で、もっとも新しい建物。
空港の島からも輝く金色のドーム屋根が目立っていた。
この角度からだと金色のドーム屋根は見えないけど・・・
モルディブの台所・フィッシュマーケット。モルディブの海で獲れた魚が無造作においてあった。
おおきなカジキマグロが印象的。その場で切り身にして売っているようだった。
ほかにも体長1メートルほどのマグロがごろごろしていたり、かごのなかにイワシやサバ・・・エビやイカ・・・様々な魚介類があった。気になったのはどこにも氷を見かけなかったこと・・・
フィッシュマーケット前の道路。
止まっているバイクも自動車もみんな日本の製品。
HONDAとかMAZUDAとかNISSAN、YAMAHAなどのロゴが・・・
中には宅配食材の「ヨシケイ」の商標をつけたままのライトバンもあった。中古車が塗り替えもせずに
使われているんだろう。
こちらはフルーツや香辛料を扱う
ローカルマーケットの入り口。
上の文字はアラビア文字なんだそう。
イスラム教徒と共に入ってきた文化なんだという。
椰子の実。
モルディブの大地は珊瑚の砂なので、保水性がなく野菜の栽培には向かない。
椰子はそのような土地にも根ざして育つ。
重要な栄養や油脂の供給源でもあるのだ。

奥の男性が椰子の実をくりぬいた入れ物で注ぎ出しているのは魚醤。
魚が豊富なモルディブならではの調味料だ。
路上に並べられたカボチャ。
これはどこから来たのかな?
野菜の殆どはスリランカなどからの輸入だと聞いたけど・・・
カボチャはモルディブでも採れるのだろうか?
ガイドさんに聞きそびれたけど・・・
モルディブの繁華街にある観光客向けのお土産やさんで・・・
Tシャツに希望の絵柄を入れてくれる。
方法はステンシルの手法で・・・
これは次男が注文したサメの絵柄。
できあがりにMALDIVESのロゴを入れてくれた。これでUS5ドルほど。
ここのお土産店は日本のガイドブックにも載っている事もあって、店員の誰もが日本語も英語も上手。
さすが観光が国の収入元になっているだけあって、みんな商売上手というか、熱心というか・・・
長男はカジキマグロ、長女と次女はそれぞれ島影と椰子の木を描いてもらって・・・記念のTシャツを購入した。

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