みどりの緑陰日記

香港で始めたプレイルームどんぐりから数えて28年、子ども達に絵本や児童書を手渡し続けてきました。保育士養成の場で仕事をしたこともありますが、今は図書館にかかわる仕事をしています。絵本や児童書のこと、文庫活動のことなどを綴っています♪

2018年10月

子どもの本を巡って思うことー挿絵論争を受けて(追記あり)

10月はネットを巡っていろんなことがあった・・・ガーデン

SNSを通して、子どもの本を愛する全国の仲間たちと出会えたのだけど、それに甘んじ過ぎていたと反省することも多々あり。大切な友人が主宰する大人絵本会で、ちょっとした物議を醸しだした張本人になってしまったのです。

それに関しては、私の至らなさ故と、反省至極。(顛末は→ここ)えほんうるふさん、ほんとうにごめんなさい。


ところで、もうひとつ、10月のSNSを賑わせた問題があったのです。それは・・・『ナルニア国物語』や、『秘密の花園』など読み継がれてきた名作の挿絵が、KADOKAWAつばさ文庫(→こちら)や、集英社のみらい文庫(→こちら)から出ているシリーズではいわゆる萌え絵になっていて、子ども時代に愛読してきた世代には違和感として映るということについてのさまざまなネット上のやりとりでした。


たとえば・・・「ナルニア国ものがたり」シリーズ『ライオンと魔女』は

ライオンと魔女―ナルニア国ものがたり〈1〉 (岩波少年文庫)
C.S.ルイス
岩波書店
2000-06-16





長く読み継がれた岩波書店のものに対して、KADOKAWAつばさ文庫は以下のような感じになっていて、その違和感を正直に呟いたツイートに対して賛否両論がネット上で盛んに交わされたのでした。



つまり、C.S.ルイスの打ち立てたナルニア国へ、瀬田貞二訳で親しんでいった世代には、あまりにも陳腐に見えて、ショッキングで、ネット上で「ぼくの、わたしのナルニア国を壊すな」というツイートがおこり、それに対して「今の子どもたちは、こういう萌え絵じゃないと手に取らないわけで、大人の懐古趣味を振りかざすな」という反論が噴出し、なんとも後味の悪い論争になったようなのです。

twitter上でのいろんなつぶやき→こちら
書架1

こちら とか、 こちらとかね。実はこの論争が起きている時は、ちょうど熊本経由で広島の母を見舞う旅の最中で、twitterを時々覗いた時に友人たちの断片的な呟きを見ていただけで、関連する呟きの全部を追い切れてないのです。



ただ、時々拾った友人の呟きに応じて、いくつか私も呟きました。私が呟いたことだけをまとめてみました。→子どもの本を巡って思うこと



この話題は、その後サイゾーウーマンというサイトが、一部の学校司書さんたちに信奉者が多い赤木かん子さんにインタビューした模様で、その記事がここ2日くらいシェアされています。→こちら

絵本・児童書の“萌え絵”論争――「子どもに悪影響」の声に、児童文学評論家が反論





かん子さんとは1度だけ一緒に飲んだこともあるし、彼女の「本を使って調べる学習」に対する啓蒙活動に関しては敬意を示しますが、彼女のすべての言説を「その通り」とは思えないのです。

かん子教を盲信されている学校司書さんには申し訳ないけれど、彼女は問題の一面しか見ていないと思います。
書架4

かん子教を信奉して、本を読めない子ども達が居場所にできる図書室改造をして、本に縁のなかった子ども達が図書室に足を運んだとしても、そちらにばかり迎合した図書室では、本を読める子達は疎外され、そしてなによりそこで大切な読む力を育むということが途切れてしまう。


彼女の学校図書館改造で、長く読み継がれてきた岩波少年文庫が廃棄され、物事の全体像を伝えないただセンセーショナルなだけのビジュアル本や萌え絵の表紙画像の本しか並んでいない図書室で、何が育まれるのだろう?読書ってそんなに軽いものなのか。表面的なものなのか。


(『たんぽぽ』の写真絵本の読みくらべで、それが露呈しました。かん子さん編集の写真絵本はクローズアップ写真を多用して、あっと驚かせる編集なのですが、手に取ってみると、たんぽぽはどんなふうに生えているのか、どんな風に咲いているのか、全体像がわからないままだったのです。以下の2冊、読見比べてみてください 詳細は→こちら


たんぽぽ (かがくのとも絵本)
平山 和子
福音館書店
1976-04-01





タンポポ (もっと知りたい)
赤木 かん子
新樹社
2015-04


多くの信奉者を得ているかん子さんだけど、かん子さんの学校図書館改造で学校司書の地位は向上しましたか?杉並区内のかん子さん改造の学校図書館は、使いものにならなくて、その後結局校長先生が交代した時に再度構築しなおされました。


子ども達の成長段階に応じて、対峙しなければならない問題を、読書を通して、客観的にそれに向き合い、深く考え、自分の中で答えをみつけていく作業である読書で、今の時代に迎合して「軽薄」なものだけが横行していいのか。学校司書は熟考すべきです。


たしかに、2008年のiPhone普及後の子ども達の読書環境は大きく変わり、紙の本だけがすべてだとは思20141003ちゅうりっぷ4わないし、子ども達の読解力を育てる機会も激減し、理想的な読書体験を築くことが困難になっていることも認める。

だから、そういう流れに異論を唱える必要があるのではないか。ファッションの流行遅れだという、表面的な論考に納得し、芸術とは何ぞや、文学とは何ぞやという部分が疎かになれていくことに危惧する。



そして問題の中心は、児童書の表紙画が萌え絵かどうかということではない。もっと大事な議論が抜け落ちていることに気付くべき。


それは公立小中学校の図書館に、常勤常駐の正規職員としての学校司書が配置されていないという問題。この問題を放置したままで、「萌え絵じゃないと今の子は読めないのよ」「いや、文学的にも芸術的にそれではだめだ」という議論をしたって、無意味に思ってしまう。



私が子ども時代に出会った瀬田貞二、石井桃子あたりが戦後日本に生み出してきた質の高い本を、今の子ども達も読めるようにするためには、幼い時から出会う絵本の質というものが問題にされなければならない。


今の子ども達、2008年以降生まれの子ども達はスマホアプリで子育てされてきて、ろくな絵本にも出会わずに来て、小学校入学前に家庭で絵本の読み聞かせをしてもらった経験のない子もクラスの半分近くまでに増えているという・・・
シンガポールポプラ文庫回想5
あるいは保育園での絵本の出会い方も、園によって雲泥の差があり、0歳から発達に応じて、その時々に相応しい絵本を丁寧に読んでもらっている園がある一方で、絵本は保育の中で蔑ろにされ、せいぜい時間潰しとしてしか認識されておらず、貧弱な蔵書しかない園もある。
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余談だけど、以前私が勤務していた保育専門学校の図書室の絵本の蔵書もひどかった。講義のたびに自宅から100冊ずつ絵本を運んだんだけど、それを副校長に「greenkako先生はうちの学校の図書室の蔵書が使い物にならないと学生に言ってるようなものだから、絵本を持ってくるのをやめろ!」とパワハラされましたが・・・というくらい、保育者養成現場もわかってない。


おやじギャクのノリでウケる絵本を乱造しているある絵本作家(私はその人と飲んでいて、絵本の作り方のあまりものいい加減さに論争になってしまい、彼のファンたちに総すかんを食らったこと有)が、地方の保育者養成短大の特任教授(幼児教育学も、発達心理学も学んでない素人の飲んだくれオヤジが何を教えられるのだろうと思う。パクリでしかないおてて絵本?)になってしまうような、この国の保育界の子どもの本に関する認識の貧しさも、こうした問題の根っこにあるんだと思う。



咀嚼力の発達に応じてミルクから離乳食、普通食と食べるものが変わっていくように、絵本もきちんと手渡していけば、児童書を読めるようになった時に文学的にも芸術的にも評価ポイントの高い本を読みこなすことができるのですが、そういう本との出会い方を幼少期からしていない子は、いきなり小学生になって「本を読め」って言われても、手が伸びない。


だから赤木かん子さんは、幼児期に読書体験のない子(クラスの圧倒的多数になっている)に合わせた本を準備する必要があると訴えているわけです。



選書のハードルを下げないと、一部の読書好きの子どもしか学校図書館の本に興味を抱かないから・・・かん子さんは、各地の学校図書館の改造で徹底的に読めない子も手を伸ばす選書に並び変えていく。図書館の設えも、圧迫感がなく、居場所としての心地よさをメインにしているのです。


その考え方には私も異論はないのですが、そのことばかり重きが置かれてしまったために、読書力のない子たちを時間をかけて育てていくという視点が抜け落ちてしまっているなと感じるのです。

ハードルを下げて、幼児期にジャンクフードしか食べてこなかった子に咀嚼しやすい本を手渡すという考え方はすごく大切で、萌え絵の本が出版されてきた経緯もよく理解できるし、否定もしない。20161008書架


でも、そこで止まってないかな?30年前のファッションを押し付ける?モーツァルトの例も、ちょっと突飛すぎる。ピアノの才能とは違って、本を読む力は、きちんと順々に手渡されていたら、きちんと育って高みに到達できるのだから。


そして、ここからが私の一番いいたいこと。


本を手渡すプロである司書、とくに学校図書館の司書さんのことを抜きに、この議論をすることの虚しさに気が付いてほしい。

すべての公立の小学校の図書館に、学校から直接雇用された常勤の学校司書さんがいたら、幼児期に絵本を読んでもらってない子達も、ひとりひとりの力に合わせて選書してもらえて、無理なく本を手渡してもらって(最初は咀嚼力がないから萌え絵の本になったとしても)、読む力がついてきたら先輩たちが心躍らせた本の世界に入っていける・・・


本の大切さって、単に読めるかどうかだけではない。一生涯のうちで実際の生活で出会える人はごく限られているけれど、本を通して古今東西2000年以上の人類の知の集積に出会えること。

自分の生き方を変えてくれるような人やものや、あるいは生き方に出会えるかもしれないってこと。

そして、もしも自分の親からは虐待を受けていたとしても、自分を育んでくれる知識に出会えたり、困難を乗り越えていく主人公に同化しながら、自分も人生を切り拓こうとする勇気をもらえるかもしれない。

そんな選択肢をたくさん示してもらえる機会なのです。だから、手渡してもらう本の質というものは、すごく大切なのです。
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子ども時代が短いからこそ、遠回りをせず、あなたを支えてくれる1冊に出会ってほしいと願うのです。短い子ども時代に、駄作で時間を無駄にするくらいなら、少なくてもいいから、ほんとうに優れたものに出会ったほうが、いいのです。





学校司書が、子ども一人一人に向き合って、選書し、丁寧に本を手渡そうとするなら、子ども達の生育環境を知ることのできる正規職員でないと無理があるし、今のような非正規の、週1,2日勤務という勤務形態では無理なのです。



ところが、こんな調査結果がつい最近公表されました。→学校図書館職員、配置増も正規4%、全教調べ



私の周りにも、学校司書として子ども達に本を手渡していきたい、子ども達の生きる希望に繋がる本との出会いを提供したいと思っている友人たちがいます。でも、結婚して夫の扶養の範囲で仕事している人はそれでもなんとかなるけれど、独身で、しかも親元を離れたり、親がもう他界している場合は、家賃を払って暮らしていけるだけの報酬が得られないのです。



どんなに図書館情報学の研究者や、全国学校図書館協議会や、日本図書館協会が、学校司書としての資質向上を謳っても、雇用が不安定で、職業として確立していなければ、それは砂上の楼閣。




どんな理想論を言っても、無責任です。



学校司書の待遇改善がはかられて、学校司書が全国の公立小学校で定着して行かなければ、ますます読む力を身につけられないまま放置されていく子が増えてしまうでしょう。


あるいは読める子と読めない子の格差が広がったままになり、丁寧に編集され、丁寧に作られた児童書も売れなくなっていく。本が売れなければ、出版社も、作者も、画家も食べていけない。書店も立ちいかなくなる。


読者を育てないままでは、破綻していく未来しか見えないのです。


だから、本を子どもに手渡す人、とくに公立小中学校の学校図書館の司書の全学校への配置と雇用改善を、緊急課題として訴えていかなければ、どうしようもないのです。


萌え絵の本だけが並ぶ書店、学校図書館・・・想像してみてください。



言葉が、芸術が、文学が、文化が育まれる土壌としてバランスに欠けていると思いませんか?



今の子ども達は、これしか手に取らないから仕方がないのよ、いまだに昔ながらの古びたものを手渡すなって、もっともらしいけれど、それだけでほんとうにいいの???

もう29年文庫活動を続けてきたけれど、手渡してもらった子達は、きちんと手に取れる、今でも岩波少年文庫を面白がって読むのです。萌え絵でしか読めないというのは、手渡してくれる人に出会えてないからなのです。

公立図書館があるからいい?図書館に足を運ぶのは市民の2割。親が連れて行かないかぎり、いくら図書館の児童サービスが良くても、届かないのです。


公立小中学校は、親に読書に対する意識がなくても、すべての子ども達が本に出会える場所なのです。



だから、児童書の表紙絵の議論をするんだったら、ぜひ学校図書館司書の現状を知ってほしい。知るだけではだめで、改善に向けてアクションをおこしてほしい。声をあげてほしい。


学校司書さんに人気があるかん子さんならば、もっと学校司書の地位向上へ向けて、その後押しをもっとしてくれたらと思います。かん子さんのインタビューで、なぜ子どもに本を手渡してきたものたちが、ロングセラーにこだわるのか、そこを解き明かすことなく切って捨ててしまう姿勢に、影響力のあるかん子さんだからこそ、もっと広い視野からこの問題を捉えて回答してほしかったなと。


ただそう思います。


11月16日 追記

11月6日に公開された現役学校図書館司書さんの記事を参考までに貼っておきます。
児童書の萌え絵化論争について、いまさらだけど現役学校司書の視点で考えてみた(本棚のすきま)

今の子どもたちが手にする本の好みが、はっきりと示されていました。やはり「萌え絵」というか「アニメ絵」が圧倒的に指示され、読まれているということがわかりました。

家庭文庫に来る子どもたちは、小さい時からいわゆるロングセラー絵本を繰り返し読んでいるからか、小学生になってからも岩波少年文庫などを手にしてくれます。でも、文庫に来る子たちだけを見ているだけではだめなんだなっと思いました。示唆に富んだ、いや、頭をガツンと小突かれる感覚になりました。

想像以上に、子どもたちの本の世界は変わってきていると認識しなければならないのだと、教えられました。


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赤羽茂乃さんと出久根育さん

10月4日(木)19:00〜 @代官山蔦谷書店
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仕事帰りに大急ぎで代官山蔦谷書店へ。

代官山えほんのはなし「子どもの心に灯をともす 赤羽末吉の世界―異国の雪 日本の雪―」

代官山蔦谷書店ヘリテージフェアでは、100年愛される絵本作家「子どもの心に灯をともす 赤羽末吉の世界」として、赤羽末吉の子ども達への思いを受け継ぎ、伝えるフェアを開催していて、そのフェアを記念して、赤羽末吉研究家の赤羽茂乃さんと、近著『チェコの十二カ月』(理論社)で赤羽末吉の魅力について語っているチェコ在住の絵本作家出久根育さんの対談という形でのトークイベントが開催されました。



赤羽末吉は満州で、出久根育さんはチェコという異国の地で生活をすることで見えてくるもの、東欧の雪と、末吉が愛した黒姫山や、東北の雪との違い、異形譚や昔話など盛りだくさんの内容でした。



出久根育さんは、トークの初っ端で『チェコの十二カ月』にも記述がある豚の屠殺に立ち会った経験を語られました。
豚を屠り、血液をバケツに受け取ってその血液が固まらないよう混ぜ続けた時、さっきまで生きていた豚の血液が温かかったこと、そして真っ赤な血の色、ほんものの赤に出会ったと感じたそうです。


出久根さんの絵本、たとえば『マーシャと白い鳥』のりんごの色に、その赤を使っているそうです。
マーシャと白い鳥 (世界のお話傑作選)
ミハイル ブラートフ
偕成社
2005-10-01



雪の中に人々の暮らしをのっけている雪、この雪もまた意味深い。赤羽末吉の『ゆきむすめ』では、死の世界からやってきたゆきおんなは真っ白だけど、村の男を愛して生命を授かると襷に赤が使われている。なまなましく、内に秘めた意志を表す赤。

赤はまさに命の象徴なんですね。(赤羽茂乃さんがフランスに駐在されていたとき、豚の血液を固めて作るソーセージ、ブータンノワールが好きだったとひと言♪私も大好き

そこからも、お二人で出久根さんが絵を描いた『かえでの葉っぱ』、『ひのきとひなげし』や・・・
かえでの葉っぱ
デイジー・ムラースコヴァー
理論社
2012-11-20






赤羽末吉の『つるにょうぼう』、『したきりすずめ』、『スーホの白い馬』、『春のわかれ』、『ほしになったりゅうのきば』に使われている色や、風景についての話題が次々に出てきました。











春のわかれ (赤羽末吉の絵本)
槙 佐知子
偕成社
1983-10-01








たくさんの話題が次々に出てきて、まとめきれないほどですが、その中で最も印象に残ったことを2つにまとめてみます。


【雪の印象】

赤羽末吉の描く日本の雪は、水分の多い湿り気のある雪。人を埋めていく雪。音さえも飲み込んでしまう閉ざされた雪。山が近いので陰影のある雪景色。雪の怖さを知らなければ、本当に雪を知ったことにはならない(猛吹雪の中に出ていったこともあるとか)

出久根育さんの描くチェコの雪は、高い山がない分、雪が降ってくると空の白と積もった雪の白の区別がつかない。全体にもわっと白い雪。雪はさらさらとしていて、小さく、軽やか。人の暮らしをのせる雪。静かに降る雪はさらっとしていても重さを秘めていて、雪景色に酔いしれてしまう。


【大陸での暮らし】

赤羽末吉の旧満州での暮らし 物語の背景になっている。熱河 離宮の壁 ラマ教寺院 末吉が実際に見て触れたものが、そのまま絵本の中に落とし込まれている。


チェコでの暮らし ヨーロッパは隣国とも地続き 自然の恵み、とりまく気配を五感に感じてそれを物IMG_2798語の舞台として描く 自然の表情を見ていると、絵を描きたくなる。



赤羽さんと出久根さんの絵に共通するもの、違うものを、比べながらも、絵本を通して、子どもたちがそこに描かれた景色、風景を体験しているのだ、だから絵をおろそかにできないという画家としての矜持の部分で一致していて、そうそう!と手を打ったのでした。


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IMG_2806代官山蔦屋書店には、児童書コンシェルジュのY子さん、渾身の作といった感じのパネル展示があり、赤羽末吉の若い頃の写真や結婚式の写真など、貴重な資料もふんだんに展示されていました。





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茂乃さんのお話を聞きたくて、友人たちも大集合!

トークイベント終了後、一緒に写真を撮ってもらいました♪


(集合写真は画素数落としていますが、それ以外の展示の写真はクリックすると拡大できます。赤羽末吉さん、すっごくイケメンなのを確かめてみて^^)



10月6日(土) 14:00〜 @教文館ナルニア国
『クリスマスのあかり』刊行記念トーク 出久根育さん×木村有子さん



クリスマスのあかり チェコのイブのできごと (世界傑作童話シリーズ)
レンカ・ロジノフスカー
福音館書店
2018-10-10





2日後にもう一度出久根育さんのトークを聞きに銀座・教文館ナルニア国へ。今度は、新しく出版された『クリスマスのあかり』の翻訳者木村有子さんとの対談です。


チェコ在住の出久根さんと、幼少時代にチェコで育ち、学生時代に2年間チェコに留学していたという木村さんが、日本とは違う雰囲気のチェコのクリスマスや、この絵本にまつわるお話をしてくださいました。


チェコでは、手作りの文化なので、クリスマスの準備は大変、あちこちでクリスマスパーティーが開かれて、家に帰ると今度はクリスマスディナーの準備をに忙しい。それからクッキーも毎晩のようにたくさん焼くそうです。

クリスマスのお料理のメインは、鯉。養殖の鯉をあらいやスープにしていただくのだそう・


またチェコでは、クリスマスのプレゼントを持ってくるのはサンタクロースではなく、ちいさなイエスさま。「ちりんちりん」とベルを鳴らすとちいさなイエスさまが来た合図。子ども達に気づかれないように両親がベルを鳴らすんですって!(作品の中にも出て来ます)
親は、クリスマスには思い切って良いものを贈り物に選ぶんだそうです。


作者のレンカさんは教育者で、チェコでも本を読まない子どもがいる。なんとか読んでほしいと、この物語を作ったとのこと。そして原稿をある出版社に持ち込んだところ、傷つくくらい自分の物語とは合わない挿絵画家をすすめられたのだそうですが、それが嫌で原稿を取り下げたのだそう。


アルバトロス社の編集者に相談したところ、出久根さんの絵を紹介され、「私が探していたのはこの絵だ」と感動したレンカさん。今年の夏にチェコの出久根さんのお宅に、木村さんと3人で集まった時に、そんな感動的な話を聞いたのに、出久根さんはお客様に出すお寿司やデザートを作るのに忙しくしていて、ピンときてなかったそうです。

レンカさんはパンとりんごがあれば十分っておっしゃったんだそう。この時が初めての日本食だったとのこと。子ども達が本を読んだ時に、なにか温かいものを受け取ってほしい、そういうレンカさんの思いに、出久根さんもクリスマスのお話に絵をつけるのは初めてだけれど喜んでオファーを受けたのです。


木村さんには、日本の子どもには理解しにくいチェコの文化を、翻訳するうえで原文にない言葉を加えて説明してもよいかと尋ねたら「子どもが理解できることが最優先に」と、許可されたそうです。


こうやって出来上がった『クリスマスのあかり』、派手なお話ではないけれど、じんわりと心温まる物語になっていて、多くの子ども達に読んでほしいなと思いました。

闇を覗く・・・須賀敦子に出会って


10月の個人的な読書は須賀敦子さんに始まって、須賀敦子さんで終わったと言っていいかもしれない。44030266_1909029869179274_7686685776897114112_o


9月1日に行われた神奈川文学館での石井桃子展記念のトークイベントで、松岡享子さんの口から、ウィラ・キャザーの『大司教に死来る』(須賀敦子訳)がとても面白く、今の時代にこの本が出版されたことを、とても高く評価されていたからでした。


この本は、須賀敦子が22歳の時に、当時在籍していた聖心女子大学の卒業論文として翻訳したもので、須賀敦子の訳として出版されるのは、今回が初めてです。

『大司教に死来る』ウィラ・キャザー/作 須賀敦子/訳 河出書房新社 2018/8/14
大司教に死来る (須賀敦子の本棚 池澤夏樹=監修)
ウィラ・キャザー
河出書房新社
2018-08-17





原作はウィラ・キャザーが1927年に書いた作品で、聖心で英語を教えていた若い先生が自分の面白いと思ったキャザーの作品を須賀敦子に紹介し、彼女は「読み終わった瞬間、これを日本語に訳せたらと思った。」(序より)ことを実行に移し、1951年に卒論として提出したのでした。


原作『Death Comes for the Archbishop』は、フランス人のふたりの司教が、その篤い信仰と召命により、19世紀後半のニュー・メキシコへ赴任し、気候も自然環境もフランスと全く違っているうえに、異文化の只中に身を置き、さまざまな困難の中で、その生涯を終えていく日々を描いたウィラ・キャザーの崇高な作品です。ウィラ・キャザーの最高傑作ともいわれるこの作品を、22歳の須賀敦子が研ぎ澄まされた美しい日本語で訳したのか思うと、改めて須賀敦子の文章力、語彙力のすごさに舌をまきました。そして、ほかにどのような作品を遺してるのか探ってみたくなったのでした。



『大司教に死来る』で、最も印象に残ったのは、「璽僖ぅス・ピークスの黄金」の6、同志だったヴァイヨン神父を先に天国へ送ったラトゥール神父の最晩年の様子を記述した部分。


 “最後の週、司教は死についてはあまり考えなかった。彼が今はなれて行くのは過去にすぎなかった。未来は未来でどうにかなるだろう。しかし彼は、死ぬということについて、人の信仰やものの尺度に一つの位置を占めるこの変化について、知的な好奇心をもっていた。彼にとって生命は、どうしても自我の通る一つの経験であるように思われてきた。決して自我それ自体ではないのである。彼は、この確信は、彼の宗教生活とははなれたものであると信じていた。人としての、被造物人間としての彼にあたえられた知識であった。(中略)
 また彼は、自分の記憶にはすでに遠近の差がなくなったことに気づいた。少年時代に従兄弟とすごした地中海の冬のこと、聖都における学生時代は、モルニィ氏の到着や大聖堂の建築などと同様に、はっきりと思い出すことができた。暦にくぎられた時間に別れをつげるのも間もないことで、もうこれも用のないものであった。彼は、自己意識の中心の座を占めていた、といって、彼の知能が以前からそなえている条件のうち、失われたものも、古びてしまったものもなかった。みな、手のとどくところにあって、はっきりと見分けることができた。”


蛮地に赴き、野蛮な民に(と、ヨーロッパからそう思っていた)正しい信仰の導こうとして肩に力を入れていた若い司教たちは、次第に異文化や異民族に深い理解を示し、インディアンやメキシコ人たちを受容していく、その心の変化を、キャザーは丁寧に描き、須賀敦子は若くまっすぐな瞳で訳し切っているのです。

引用した部分はまさに死を前にして、ただ被造物としてすべてを受け入れ、死に対してさえも好奇心を抱いている大司教の心情を丁寧に描いています。ひとつひとつの表現の中に、大司教が、被造物として謙虚に自分の運命を受け入れ、それに抗わず、静かに神を賛美している、その姿に人間の崇高な精神を感じ取ることができたのです。

私自身がここ数年の間に経験した家族の看取り(3年前の夫や昨年秋の父の最期)を想起して、自分の生命の日がもう残りわずかであると自覚した時の心の動きを反芻していました。
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いずれ自分も迎えるその日の前には、たぶん遠い昔の記憶も、つい最近の出来事も、同じように思い出されるのかもしれません。


父が亡くなる前の半年くらいは、自分の子ども時代のことや、戦中戦後のことをつい最近の出来事のように話していたこととも重なり、そのいずれの記憶もその人の中で鮮明に蘇り、自分が生きてきた道のりを振り返り、「これでよかったのだ」と言い聞かせる、そんな時間なのだと思いました。


名もない市井の人も、歴史に大きく名前を残す偉人も同様に、その人が生きてきた時間の出来事が、まさに走馬灯のように浮かんでは消えていく。その様子がまた愛おしくて読んでいて涙が出ました。




そしてエッセイも素敵です。


須賀敦子エッセンス2 本、そして美しいもの』の中の「まがり角の本」という小学校高学年の頃の読書体験を綴った文章にも、目を留めました。


そのころ、スザンナ・クーリッジの『ケティ物語』を読んで、その世界に夢中になるくだりが、こんな風に書かれています。

“何冊かの本が、ひとりの女の子の、すこし大げさにいえば人生の選択を左右することがある。その子は、しかし、そんなことには気づかないで、ただ、吸い込まれるように本を読んでいる。自分をとりかこむ現実に自信がない分だけ、彼女は本にのめりこむ。その子のなかには、本の世界が夏空の雲のように幾層にも重なって湧きあがり、その子自身がほとんど本になってしまう。”



まさに、子ども時代の本との出会いが、彼女の感性を育て、言葉の力を培い、本を通して海外に憧れた少女は長じてフランスやイタリアに留学し、イタリア人と結婚して、さらにそれぞれの地で出会ったさまざまな人々や出来事を通して、深く人生について考え、こうして読む者の魂を揺さぶる文章を書き残してくれる、その原点にあったのだと思います。



『須賀敦子エッセンス2 本、そして美しいもの』須賀敦子/著 河出書房新社 2018/7/20



 この本の中に「皇帝のあとを追って」という章があります。

ハドリアヌス帝の墓廟を訪ねてローマの街を歩くところから回想が始まり、ユルスナールの『ハドリアヌス帝の回想』に思いを馳せ、ユルスナールが辿ったであろう道を、一歩一歩踏みしめていくところは、ぐんと惹きつけられました。


特にユルスナールが、『ハドリアヌス帝の回想』の「覚え書」に記していた“霊魂の闇”という言葉に驚くところに彼女の素直さ、精神の柔らかさを感じました。



揺るぎない自負と確信に満ちているはずのユルスナールが、『ハドリアヌス帝の回想』の構想から作品が形をとるまでの逡巡を「孤独で苦難に満ちた歳月であったにはちがいない」」と理解しつつも、自身が感じていた虚像と実体の間に横たわる深い闇を、同じように感じていたことに、なつかしくて声をあげたと、その心情を吐露しているのです。



『主よ 一羽の鳩のために  須賀敦子詩集』須賀敦子/著 河出書房新社 2018/3/16






幸い今年は須賀敦子の没後20年の年に当たり、河出書房新社から次々に須賀敦子の著書が出版されており、そのどれもが装丁も美しく、大切に読みたいと思える作品ばかりなのです。(→こちら

須賀敦子の詩集も、1950年代からの瑞々しい感性でことばが綴られており、ああ、この人はこんな風に景色を見ていたのか、同じ景色も彼女の視点を通すと、これだけ透き通っていくのかと、一編ずつ大切に大切に読みたいものばかりでした。


友人から「須賀敦子」の名前を聞いたのは、ほんの数年前のこと。
それまで、私は彼女のことを知りませんでした。

松岡先生の講演がきっかけで、読み始めて、友人が彼女の作品が好きだといった気持ちがよくわかる気がしました。


人が生きていく時、かならず誰かを傷つける存在である、あるいは他の生命を犠牲にする存在であるという根源的な心の痛みを「霊魂の闇」として覗き込む、その行為によって人生の中の一瞬の輝きを捉える。そんなメッセージを須賀敦子の作品を読みながら、反芻しています。

ターゲットはひとり!に参加しました♪

10月3日(水)19:00〜 @神保町ブックハウスカフェ

9月末から鬼の霍乱か、喉の痛くなる風邪を引いてしまい、前日の2日火曜日は仕事中に悪寒がして、熱が出る前かもと早退しました。なので前の晩には、ドタキャンになるかもと主催者に連絡したほどでした。

ところが寒気がして湯たんぽを抱いて寝ても体温が上がらず、熱が出てくる様子もない。平熱が36.5度あるのにその日は35度しかない。もしかすると風邪ではなく、低体温?冷え症?


翌朝も身体は冷えたまま。午前半休をもらって医者にいくことにしました。

前の晩、長男が作ってくれた生姜鍋のスープを温めて飲み、半身浴をしているうちにやっと体温が36度を超えて、そうすると悪寒もなくなっていきました。

結局、お医者さん曰く「喉の腫れは大したことない、悪寒と感じたのはここのところの気温の乱高下に身体が付いていってないことで起きた自律神経失調症だ」という診断でした。

自律神経失調症…気温差に身体がついていかないっていうのは、それだけ身体の機能が衰えているってこと、疲れているってこと。今年は夏が猛暑続きだったこともあり、この時期に夏の疲れが出て、幼い子と高齢者は体調崩す人がに多いって…あっ私高齢者?とちょっとショックでした。


「大丈夫ですよ。いわゆる風邪ではなさそう。喉の痛みも秋の花粉症始まっているから、夜、知らず知らずに口呼吸になってしまい、喉の乾燥に起因していると考えられる」と言って花粉症の薬が処方されて終わり。あ〜これでドタキャンにせずにすんだとホッとしました。


なので夜に開催された絵本コーディネーター東條さん主催の「ターゲットはひとり!〜読む気にさせて!絵本紹介バトル〜」に、予定通り参加しました。




ターゲットになったのは、ピン芸人のネゴシックスさん。お笑い番組、しばらく見ていなかったので、私は存じ上げてなかったのですが、何年か前にブレイクしていたのだとか。
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絵本をほとんど読まないというネゴシックスさんの読む気にさせる絵本は何か?
9人の挑戦者がそれぞれのおすすめの絵本を紹介しました。


詳しい様子は、東條さんのブログに詳しく書かれているので、リンクを貼っておきます。

「僕らの絵本」より
 ターゲットはひとり!〜読む気にさせて!絵本紹介バトル〜」前編(ゲスト:ネゴシックスさん)
ターゲットはひとり!〜読む気にさせて!絵本紹介バトル〜」後編(ゲスト:ネゴシックスさん)

でも実はネゴシックスさん、子ども時代にお母さんからいっぱい素敵な絵本を読んでもらってらしたんですよ・・・どう紹介しようか、直前までドキドキしました。



私が紹介したのは、『ごはん』(平野恵理子/作 福音館書店)
ごはん (日本傑作絵本シリーズ)
平野 恵理子
福音館書店
2015-04-10



この絵本、日本のさまざまなごはんの食べ方を紹介しています。

日本に生まれてよかった!と感じるのは、美味しいごはんをいただく時。

とくに海外駐在だったころは、主にインディカ米しか手に入らなかったので、実家から日本の新米が届くと、涙が出るほどうれしかったし、日本のお米で炊いたごはんは、心底美味しいと思いました。

この絵本に出会ったのは、夫を亡くしていちばんしんどかった時。辛くて、悲しくて、絵本なんか手にしたくない時でも、この絵本ならば笑顔になれたのです。
ターゲット

結果は・・・優勝はしませんでしたが、ネゴシックスさんが前のめりで絵を見てくださって、ぜったいネゴシックスさんの涎をいちばん引き出したのでは?と自負しています。

(ここに貼っている画像は、参観していた友人たちが撮ったものです。画素数落としています)

長くつしたのピッピ展―八王子富士美術館へ

9月24日(月) 11:00〜 @八王子 東京富士美術館

また真夏が戻ってきたような、よいお天気の休日、友人たちと一緒に八王子にある東京富士美術館まで「長くつ下のピッピの世界展」を見に行ってきました。

ところで八王子の駅は2度目。1度目は高尾山・景信山縦走した際に(こちら)帰りにJR駅まで送って行ってもらいました。その時は夜だったので、駅の様子はあまり印象に残っていませんでした。

降り立った八王子駅!結構大きい!

そこで横浜線で横浜から来た友人たち3人と、都内から来た私たち2人が合流。まずはランチを予約していたお店へ向かいました。

今回のピッピ鑑賞ツアーは、この展覧会が始まる前の7月前半にみんなの予定をすり合わせて、最終日のこの日に行こう!と決めていました。この日が仕事でご一緒できないとわかっていたN子さんは、9月の最初の休日にお連れ合いと行って、私たちに美術館の周辺状況とおすすめのランチのお店情報を提供してくれていました。
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それによると美術館にカフェはあるけれど混むこと、すぐ近くにはこれといったランチできるお店はないこと、15分くらい歩くけれど新滝山街道沿いにあるマードレ・イタリアーナがおすすめということでした。

2日前の忍者おはなし会に来てくれた横浜の友人が、「ほかになさそうだからN子さんおすすめのお店、予約しておこうね」と予約してくれていました。その時点では、お店と八王子駅、そして富士美術館の位置関係を詳しくは把握してなかった



🚖タクシーでワンメーターくらいかしら?みんなで分乗すればバス代と変わらないよね?と、2台に分かれて乗り込んだはいいけれど、これが結構距離があって、タクシー代も2000円を超えたのですが・・・、無事、IMG_2722新滝山街道のお店へ到着。



このお店、外観も内装も、すごく可愛らしくて、その上美味しくて、ボリュームたっぷり。

さすが美味しいところをよく知ってるN子さんだと感激しました。(パンの中に入っているグラタン♪まるでサンフランシスコのボウディン・サワードゥ・ベーカリーのクラムチャウダーみたいでした♪)


私たちが到着した時は、11時半少し前。その時は店内空いていてすっかり長居をしてしまいましたが、1時間後にお店を出る時には、外まで待っている人たちでいっぱいでした。予約して行って正解でした。


新滝山街道から、かすみ学園通りに曲がって坂道をしばらく行くこと15分弱。目の前に現れたのは創価学会の建物群?????で、お目当ての富士美術館は、創価大学の正門前にあってびっくり


不覚にも東京富士美術館の創立者が、創価学会の池田大作だったとはまったく知りませんでした。建物も収蔵品もすごく豪華で、創価学会ってお金持ちだったんだ〜と驚きました。
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それはともかくも「長くつ下のピッピの世界展」は、見ごたえありました。こちらの記事にあるように(→FASION PRESS)アストリッド・リンドグレーンの代表作『長くつ下のピッピ』をはじめとして、リンドグレーンの作品に付けられた挿絵などの原画200点が広い会場にたっぷりと展示されていました。


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私の中のピッピはやっぱりイングリッド・ヴァン・ニイマンの絵がしっくりときます。自分は自分よ!と、幼いのにきちんと自律しているところが、感じられて、安心するのです。








IMG_2735ニイマンは、日本画や日本の人形にとても興味を持っていたのだそう・・・そんな絵もあって、この一角は写真OKでした。





リンドグレーンは子ども時代に「遊んで、遊んで、遊び尽くした」と、スウェーデンの農場で子ども達だけで自由に遊んでいたんですよね。(以前参加した教文館ナルニア国の石井登志子さんの講演で、リンドグレーンのお話を聞きました→こちら

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そんな風に遊び倒した人だからこそ、子ども達の自主性、想像力を信じていたんだなぁ。私はピッピのように子ども時代に木に登ったり、屋根にあがって秘密基地をつくったりとお転婆だったので、ピッピにはすごく感情移入できたものでした。


ロッタちゃんと じてんしゃ (世界の絵本)
アストリッド=リンドグレーン
偕成社
1976-04


また、うちの子達のよく読んでいたのは、『ロッタちゃんとじてんしゃ』(イロン・ヴィークランド/画)。こちらの原画も見ることが出来ました!


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図録もずっしり。貴重な資料も満載です♪

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一緒に行った友人たちと!

久々に再会する友人もいて、楽しい大人の遠足となりました♪

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