3月25日(木) 午前10時〜

連休は初夏を思わせるような暖かさだったのに、前日から寒の戻りで冷たい雨が降ってきて、卒業式当日も気温は2月並み。

そのような中、夫婦揃って次男の卒業式に参列してきました。

長男が1993年4月に小学校に入学して以来、ずっと小学生の親でした。17年…長かったです!

長男が東京の小学校を卒業すると同時にシンガポールに転居。長女は小5、次女は小2でシンガポールの日本人学校小学部に転入。娘たちはシンガポールの日本人学校小学部を卒業。次女が小学校卒業と同時に日本に帰国。次男は港区のS小学校に入学。そしてこちらに2年生の2学期に転校…

転校してきたものの、ほんとうにいろいろありました。
このあたり、親子何世代にもわたって住んでいるという住宅街。同級生たちも幼稚園や保育園時代からの仲よしさんという中に、ポッと海外から帰国した我が子が溶け込むのはすごくハードルが高かった。

はずされていること、いじめられてることを訴えても、学校も先生方も真剣に受け止めてはくれず、次男の我慢の限界が来て、学校で問題を起こすようになったのが4年生の時。4年生の担任には「精神科に行ってみたら?」とまで言われ、ショックでした。

5年生では、やはり教師の腫れものに触るような扱いに逆に次男は傷つき、周囲のいじめはエスカレート。でも学校も教師も問題児扱いすることだけで、問題の本質をみようともしてくれない。とうとう学校で大きな騒ぎを起こしてしまい、親子ともども後ろ指をさされ、緊急保護者会では吊るしあげられる日々でした。2学期の間は登校せずに過ごしました。
あの時はどうなることやらと不安でした。

今、皇室の愛子さまの不登校問題がマスコミに取り上げられているけれど、あの「元気のいい、ちょっとやんちゃな体格のいい男の子」の親が今どういう気持ちでいるのか、痛いほどわかる。どうして成長を待つ…という気持ちにならないのかしら。

「こんな乱暴な子を同じクラスに置いておくつもりですか!」と校長先生に保護者会の席上で詰め寄った親たちの声が忘れられない…

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でも、次男はその後に出会った先生に、「いじめられてたんだね。つらかったね」というひと言で氷解していった…やっと自分の心の内をすべて打ち明けられて…6年生の1学期もまだそういう嫌がらせが続いていたけど、自分で乗り越える力を身につけていった。決して他人のせいにせずにそれを乗り越えてくれたのです。出会いって大きいなって思います。

6年の担任の先生も、次男の気持ちにずっと寄り添い、でも時には厳しく指導してくださいました。

なにより2学期になってミニバスケに出会い、そこで活躍できたことで飛躍的に精神的に落ち着き、成長しました。

DSCN2040そんな苦労の日々も、次男の立派に成長した姿を見て、ああ実を結んだな〜と感慨深く思いました。

卒業生たちが旅立ちの歌を歌いだすと、もう涙が止まりませんでした!


親にできること。子どもの成長を信じて待つことなのかもしれないですね。

底冷えする寒さの体育館での卒業式でしたが、心はほっと暖かでした。