ほんとうは8月最後の土曜日に行われた蓼科絵本セミナーのことや、その翌日の日曜日に訪れた白州台ケ原や、薮内正幸美術館のことを書きたいのですが、その前にあまりにも傷つけられ、憤慨もし、その後Facebookの私の投稿に多くの方が反応してくださったので、ブログにもまとめを記しておこうと思います。
20100605t

先週の半ば、目に飛び込んできたFacebookの書き込み。それはある絵本作家の方のウォールを友人がシェアしたものでした。

ある絵本が、ワイドショーでも紹介され、絶賛されているという記事に、その本がいったいどんな絵本かを確認しようと絵本ナビサイトで確認しました。絵本ナビのサイトでは作者が許可した作品は全ページ試し読みができるサービスをしており、その作品も読むことが出来ました。

この絵本は、8月末の蓼科絵本セミナーに一緒に参加する友人から電車の中で「あの絵本はありえない。とても子どもに手渡せるものではない」と聞いており、機会があれば確認しておこうと思っていたのです。

問題の作品は→こちら

ところが、表紙画像を見ただけで、ウッとなりました。それでも我慢をして全ページ試し読みを選択してページを繰り始めると、タイトルページで4歳の男の子のお母さんが交通事故で突然亡くなり、臨終を迎えるシーンが描かれています。もうここではらわたを抉られるような痛みと悲しさ、そして憤慨を思えました。この作者は最愛の人の臨終に立ち会ったことがないんだなと、薄っぺらな表現に愕然とさせられました。 

その遺体から透明のママが抜け出しています。まさにお母さんが幽霊になって、肉体から離れ、号泣する我が子を俯瞰しているシーンが続きます。

しかし、母親を亡くした痛みや悲しみ、傷ついた心に寄り添うことなく、おばけになったママは半分冗談を言いながら我が子の姿に突っ込みをいれていくのです。すごく辛い経験を薄めようとして、こういう軽い言い方を選んでいるのでしょう。でもそれはそういう体験をしていないから、出来てしまうんだと思います。

人の死を、近親者の死を受け入れることは、ひと言で片付けることはできません。同じ親を喪った兄弟であっても、それぞれの今の状況や心理状態でその痛手も違います。こうした葬送とそれに付随する悲しみを乗り越えていくためのグリーフケアはとてもデリケートで、時間がかかるものなのです。

私にはこの絵本は人の死を茶化しているようにしか見えませんでした。真剣さがまったく感じられないのです。

泣いてばかりいる我が子のもとにおばけになって現れ、子どもに語るシーンが続く場所では、この世での生活に後悔があった人は死んでもこうやって夜の町をおばけになって漂っていることとか、夜の町にはおばけがいっぱいいるんだとか、そういう記述も続きます。

ママにはなにか嬉しい思い出はないのかって聞く我が子に、あなたが生まれて来たことはほんとうに嬉しかったと 伝えるのです。
その部分だけ読めば、それって感動的じゃないの?と思われるかもしれません。
でも、母親の無私の愛を伝えるのに、何も冒頭でいきなり何の説明もなくお母さんを交通事故で殺す必要があるのでしょうか。できれば、生きてそのことを伝えてほしいと思います。(そのような絵本はたくさんあります。)

主人公が4歳の男の子かんたろうですから、明らかにこの絵本は幼児に向けて描かれた絵本だと思われます。幼児期というのは、まだ母子分離が進んでいません。親にいろいろな生活の部分を依存しており、親の愛情を一身に受けて世の中の様々な事象を学び、成長して行く大切な時期です。

その時に絵本の中とはいえ、母親を引き離され、しかも死別という形で亡くす・・・そういう状況は子ども達にとって想像を絶することです。そこで引き起こされることは、ママが死ぬかもしれないという不安感と、だからママから離れたくないという気持ちの醸成です。

幼児期を過ぎれば、子どもたちは同年代の子どもたちと過ごしながら、徐々に親離れし、自立して行きます。その時期に差し掛かる時に不用意な不安感を煽ると、自立を阻害することになりかねません。ママとの突然の分離が怖くて、親離れできなくなってしまうことさえあるのです。

そういった児童心理をこの作者は学んでいないようです。その上、大切な人を亡くした時に、人がどのようにそのことを受け入れていくのか、それを乗り越えようとしているのか、全く理解していません。そういう体験をした人の傷口に塩を塗り込み、さらに土足でその傷を踏みつけるような、そんな表現で溢れているこの絵本に対する激しい違和感は止めることができませんでした。

あまりにも辛く、憤慨もしたので、”この絵本、来週には店頭から消えちゃうかも・・・ワイドショーで取り上げられたからでーす”・・・みたいな書き込みを読んで、作者のウォールに直接、この作品を読んで傷つけられたこと、この絵本はグリーフケアになっていないこと、こんな風に人に死を茶化してほしくないことなどを書かせていただきました。ただ熱烈なファンの方もいるようなので、読んだらそっと削除してください、と書き添えて・・・

その結果、戻ってきたコメントへの返信がこれでした。

****************

〇子さんありがとう(*^_^*)
そういう見方もあるし
そうじゃない見方もあるよ
全ては、自分の
問題。
絵本は、シンプルだから
自分の頭の中が
おおいんじゃないかな?
コメント削除なんてしないよ
大切な宝です
(*^^*)
ありがとうね

ほんとうにびっくりしました。暖簾に腕押しとは、まさにこのようなことを言うのですね。 
それまで身体中に不要な力が入って、頭痛と吐き気を催すほど嫌悪していたのに、この返信です。気が抜けました。この人、同じレベルにいない、普通に会話しようとしても、まったく無理だ・・・と。

人に対する思いやりだとか、相手を慮る想像力の欠片もない人なんだと・・・

そしてまた大衝撃を受けるわけです。こんな人が人気絵本作家として持ち上げられ、ワイドショーで取り上げられて店頭から絵本が無くなる(ほんとうかどうかは知りませんが・・・)ほど売れている・・・日経新聞にも取り上げられた・・・という事実にです。

アマゾンなどでは絶賛する評価がたくさん書き込まれていました。それは母親目線で、この絵本を読んで、「子どものために元気でいなきゃ」「子育てに疲れていたけれど、この絵本を読んで子どもが生まれた時に感じた感動を思い出した」などというもの。たしかに母親目線で読めば、ママは頑張っていたよという承認願望を満たしてくれる本なのかもしれません。でも、それって大人が感動を子どもに押し付けていることにならないでしょうか。




子ども時代は短く限られています。そんな子どもの心を傷つける作品ではなく、子どもたちの未来を拓く本に出会ってほしいのです。
せいめいのれきし 改訂版
バージニア・リー・バートン
岩波書店
2015-07-23


たとえば、同じ日の朝のNHKニュース「おはよう日本」で、バージニア・リー・バートンの『せいめいのれきし』(石井桃子訳 岩波書店)に子ども時代に出会った東大准教授の阿部豊さんのことが紹介されていました。阿部先生は子ども時代に母親に読んでもらったこの絵本を読んで宇宙科学に興味を抱き、長じてその中でもとくに惑星システム物理学を学ぶ研究者になられたのでした。 先生はその後ALS(筋萎縮性側索硬化症)になられ、闘病しつつも研究を続けられ、次の世代に研究成果を引き継ごうと『生命の星の条件を探る』(文藝春秋)をこの夏出版されました。
阿部先生は、背表紙が傷むほど、この絵本を長い間大切にしながら何度も繰り返し読んでこられたのです。またこの絵本があったからこそ、今の研究をすることになったとおっしゃるのです。一冊の絵本が将来の進路に影響を及ぼしたのです。

子ども時代にどんな本に出会うかは、とても大切なことなのです。だって、子ども時代は短くあっという間に過ぎてしまうのですから・・・
生命の星の条件を探る
阿部 豊
文藝春秋
2015-08-26


子ども時代に出会うべき本を作る側、手渡す側に大きな責任があるのです。

私が問題にした絵本は、大手の出版社から出ています。だから大型書店でのキャンペーンもされているようです。でもそういうことに踊らされない賢さが親の側に必要なのです。
なにを子ども達に手渡すか、それは大人の責任です。

*2016年11月17日(木)追記*
→2016年11月13日(日)の夜TBS「情報大陸」で『ママがおばけになっちゃった』ののぶみ氏が取り上げられました。そのためか、その日の夜からこの記事へのアクセスが、17日までに10000を超えています。

その後、この絵本の続編が出ました。その絵本への感想を綴った記事は
「馬鹿も休み休みに言えよ!あの絵本の続編に物申す」→こちら

そしてのぶみ氏の絵本について友人たちと真剣に話し合った勉強会の様子を書いた記事は
「思わぬ大反響に・・・絵本の勉強会に参加して」→こちら
この2つの記事も合わせて読んでいただけると、この作品の問題点がより深く見えてくると思います。



また、別の絵本作家の作品ですが、過去の同様の違和感を綴った記事は
「ある違和感・・・」2013年6月25日→こちら
ナンセンス絵本にもよいものがたくさんありますが、「生命」や「死」を扱うには、作者の真摯な姿勢がないと、薄っぺらいものになるという指摘です。

その投稿は、当時、その作者の熱烈なファンにかなり叩かれました。それへの反論として書いたのが次の記事です。
「小学生に読み聞かせをする人へ」2013年6月27日→こちら

また絵本を選ぶことに関して書いた記事は・・・
「絵本って」2013年6月8日→こちら
 
「絵本と子ども そして大人〜私たちの責任〜」2014年6月5日→こちら 

*2018年2月14日追記*
のぶみ氏作詞の「あたしおかあさんだから」という歌が炎上し、その関連からこの記事が再び読まれているようです。今回の騒動については、歌を聞いていないのでなんとも言えないのですが、関連して子育てについて書いてみました。
子育ては恵みの時間、シェアしつつ乗り越えて・・・