6月16日 (日)14:15〜 @茶とあん
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この日は、所属する教会で、宮城学院理事長の嶋田先生をお迎えしての特別伝道礼拝が行われ、その後のランチをいただきながらの懇親を深める愛餐会の司会を仰せつかっていました。


その大役は、嶋田先生のお人柄もあって無事終えることができました。


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この日は、とにかく暑い日で、家に帰る前にホッとしたくて、阿佐ヶ谷の住宅街の中にある日本茶のお店、茶とあんに立ち寄りました。



ほうじ茶パフェと抹茶レモン。抹茶と瀬戸内レモンを合わせたこのドリンク。意外に合って爽やかでした。暑い日にはおすすめ。



と・・・ホッと一息ついても、まだ17時まで時間がある。「行けるんじゃん!」

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5月10日に始まった「ショーン・タンの世界展」、いつ行こうかと思いあぐねていたちひろ美術館へ、自転車を走らせました。阿佐ヶ谷から上井草まで20分ってところかな。





美術手帖の記事に、「緻密かつ壮大な世界」と表現されているショーン・タンの描き出す世界観に圧倒されました。私が拙い言葉を綴っても、その感動を伝えきれない。とにかく見てほしいと思うのですが、美術手帖の記事がそれを補って余りあるので、ぜひこちらを読んでみてください。→こちら


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今、ブログを書くために図録『ショーン・タンの世界 どこでもないどこかへ』(求龍堂)を読み返していますが、原画、スケッチ、立体作品、映像・・・


どれもこれも奥が深く、静かに心の襞のなかに浸透していくような感動を覚えました。
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ショーン・タンを知ったのは『アライバル』というセリフのない分厚い絵本が出版された時・・・


アライバル
ショーン・タン
河出書房新社
2011-03-16


この絵本は128pもある超大作。表紙見返しにはさまざまな民族の多様な表情が並ぶのです。縦6コマ、見開き10コマの計60コマに描かれる人々の表情。もうそこから圧倒されます。

まるでセピア色の写真のようなんだけど、すべてショーン・タンによる鉛筆画。

カバーにはこんなセリフが躍ります。

「新たな土地に移民した者が、その土地で生まれ変わり、新生児のように成長していく。そこには過去の自分を捨てなければならない辛さと、新しい人生を歩むチャンスを手にした幸せとの両面がある。それをまるでサイレント映画のように一切の文字を使用せずに表現した、究極の文字なし絵本!」と。


しかし文字がないにもかかわらず、その物語は奥行きがあり、この絵本を手にするものに、多くのことを語りかけます。


現実のこの世界に起きている移民問題のニュースに映し出されれる名前も知らない多くの人々にも、これと同じようなドラマが起きていることも思い起こさせて、胸が苦しくなることも。ああ、私はここでこの絵を見ている。でも世界のどこかでは、祖国を追われ、戦火を逃れ、迫害を逃れるために、生死の境をさまよいながらも、どこか違う場所へと、まだ見ぬ別天地へと移動する人たちがいることを、思い起こさせて胸に迫ります。


絵本でさえ、そうなのですから、原画の圧倒的なこと。この1冊を描くのに5年の歳月をかけたというのです。それだけの情熱を、見る者に受け止めさせます。


心動かさずに、それを受け取ることはできないのです。なにかしら、心の中にさざ波を起こし、それは66058852_2316944685054455_9183591912320270336_nいつか大きな波へと変わって、私自身の存在を揺さぶるのでした。


p194に及ぶ図録もまた読みごたえがあります。



図録の冒頭に翻訳家岸本佐和子の一文「ショーン・タンのまなざし」があります。


“『アライバル』の、祖国を追われ、言葉の通じない、謎のルールに満ちあふれた異国でなんとか根づこうとする人物。街のどこにも居場所がなく、人々の目にすら見えない『ロスト・シング』の迷子。『遠い町から来た話』に出てくる、見捨てられたガラクタからペットを作る友だちのいない男の子や、殴られても蹴られても、いつの間にかまた無言でひっそりたたずんでいる棒人間たち。人間たちに混じって会社で働き、セミというだけの理由でいじめられ差別され、それでも17年間こつこつ勤めあげる『セミ』のセミ。
 作者はつねにそれら「はしっこ」の者たちに寄り添い、あたたかな視線を注ぎます。”


そのあたたかな視線に、私たちは圧倒されつつも、癒されていく。そんな時間を過ごすことができました。

こちらの展示は、7月28日(日)まで。