みどりの緑陰日記

香港で始めたプレイルームどんぐりから数えて28年、子ども達に絵本や児童書を手渡し続けてきました。保育士養成の場で仕事をしたこともありますが、今は図書館にかかわる仕事をしています。絵本や児童書のこと、文庫活動のことなどを綴っています♪

ポプラ文庫

2年半ぶりのシンガポールへ

1月12日〜15日 2年半ぶりにシンガポールへ行ってきました。

前回、訪れたのは2014年7月。1999年の6月、私たち家族がシンガポールに転勤になって3か月後に自宅で開いたシンガポールのポプラ文庫が、私の帰国後も活動が継続され15周年を迎えたことを祝いに訪れたのでした。
その時のブログ記事→こちら

2004年の3月に帰国する前に、所属していた国際日本語教会に託してきたポプラ文庫の活動。教会の婦人会15965920_1219975368084731_7051129023111750405_n(マリア会)の方々が中心に、転勤や国際結婚でシンガポールで子育てをしている若いママたちといっしょに文庫活動をずっと続けています。

2014年7月に訪れた時、我が家で使っていた書架に本がいっぱいになっていたことと、その上に手作り書架を重ねて置いていて、安全性に問題があること(シンガポールはめったに地震がないので、落ちてくることはまず無いとは思うけれど・・・)などから、スタッフの皆さんから書架を買い替えられないか、でもその費用の捻出はどうしようかという声があがっていたのです。

その時のスタッフのみなさんとの会食の席で、「伊藤忠記念財団の文庫助成」 の話を伝え、「子どもの本購入費助成」の場合は書架購入に使えることも伝えました。

その翌年2015年4月に応募資料を日本で取り寄せてお届けし、ちょうど私が夫の看護でアメリカに滞在中に提出したという報を受けていました。

そして2015年末の12月に、文庫助成受領が決まったのでした。→こちら

 シンガポールのポプラ文庫が伊藤忠記念財団の文庫助成を受けるのは、これが二度目。2001年に応募して、2002年3月に受領、その時の助成でシンガポールに文庫を置いて行ける蔵書の基礎固めが出来ました。

20170113新しい書架二度目の今回は、書架を購入する目的での助成申請でしたが、それが受けられることになり、2016年3月に授与式があり、その後に助成金が振り込まれます。それをもとに、教会の牧師先生をはじめ、婦人会のみなさんが中心になってあちこちの家具屋さんをめぐり、何度も検討を重ね、助成金と同じ額を教会からも補助してもらって、立派な書架が搬入されたのが昨年秋。

新しい書架を見に来て下さい〜と声をかけていただき、秋のうちに渡航したかったのですが、仕事の都合などでこの1月の訪問になったのでした。

 ←左側の画像は図書館などで使われる本格的な書架です。
20140725文庫3右側の画像は、以前の古い書架。(2014年7月撮影)下の段は、レオニーガーデンの我が家で使っていた書架です。上に手作りの棚が積み重ねられていました。

こうして立派な書架になり、すごく嬉しく思います。 

1月13日(金) 15:00〜
ポプラ文庫の活動に参加しました。
この日は新年の再登録の日で、受付が混みあっていました。私も受付のお手伝いをさせてもらいました。20170113ポプラ文庫1

この日もたくさんの赤ちゃんや幼児を連れた方々が大勢集まってこられました。おはなし会も担当させていただきました♪その日の活動記録は→こちら

ほんの数日前に赴任してきたという若いママが生後数か月の赤ちゃんをベビーカーで連れて来ていました。私も20170113ポプラ文庫2そういえば1997年8月に香港に赴任した時は、長男が5か月になったばかりで、初めての海外生活で不安だったなぁ〜と思い出しました。

ここで文庫活動をしていることを聞いて、初めての門を叩いてくれたのでした。
そうそう、不安を抱えながら海外で子育てするママたちの支えになりたいと、シンガポールに転勤が決まった時に、文庫も持って行くって決めたのは、自分の香港での経験があったから・・・

そういう気持ちが蘇ってきました。私の帰国後、すでに13年間も教会の婦人会の方々を中心にこの活動が続いていることはamazing!ほんとうに素晴らしいことだと思います。マリア会のみなさま、ほんとうにありがとうございます。
20170113ポプラ文庫520170113ポプラ文庫3こちらの画像はおはなし会のオープニング。

自分がおはなし会をしているところの撮影をしてもらうのを忘れていました・・・

たくさんの親子連れが集まっていて(約30組・・・一人で2人、3人とお子さんを連れている方もいるので、80人近くになっていました。

貸出も18組。ひと家族10冊まで借りられるのですが、ほとんどのご家庭がまるまる10冊借りて行かれます。180冊が動いたことになりますね。

20170113ポプラ文庫6おうちでいっぱい読んでもらってほしいな♪

終了後、スタッフの若いママたちと記念撮影。

海外での子育て、互いに励まし合って頑張っています。20170113ポプラ文庫

さて、2019年にはポプラ文庫の20周年を迎えます。今からそのお祝いに渡航する計画を立て、積み立てをすることにしました^^

また寄贈する絵本も今から揃えておこうと思います♪
また、シンガポールのポプラ文庫のみなさんと会えるのを楽しみにしています

 (入り口の「ポプラ文庫」の案内看板。下のトールペイントのものは、私が18年前に手描きで作ったものです♪ずっと使ってもらっていてうれしかったです)

気持ちに区切りをつけました・・・文庫活動のこと

チューリップ1994年から続けてきた「ポプラ文庫」(注:現在も杉並区の地域文庫として、活動継続中)とのご縁を一旦切ることにしました。もちろん完全に切るというのではなく、その活動を外から応援することにします。



2000年にシンガポール「ポプラ文庫」の活動と東京の文庫活動を結び、離れていても互いの活動をシェアできるようにと立ち上げた「絵本でひろがる世界 ポプラ文庫」のサイトのエッセイの中に、454a2999私と文庫との関係を綴っています。(フレームを使っているので、うまくリンク貼れない・・・)

その一文を以下コピペします。(文中、「若葉」とは私のハンドルネーム「若葉みどり」から)

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家庭文庫との出会い

 わたしは、自宅で家庭文庫を開くようになって8年になります。実はポプラ文庫は26年の歴史があります。(ポプラ文庫の歴史のページも参考に!)我家に移ってくる前は先輩のおかあさんたちがそれぞれのお子さんや地域のこども達のために活動していました。わたしは三代目なのです。

 ブルーナーの「うさこちゃん」や「くまのプーさん」の翻訳や、「ノンちゃん雲に乗る」の創作で知られる石井桃子さんが自宅で開いた家庭文庫やおなじく児童文学者で現在「東京こども図書館」の理事長の松岡享子さんの家庭文庫など1950年代から60年にかけて、よい本をこどもたちにという願いをこめてこうした文庫の活動が 始まりました。

 わたしが文庫のことを知ったのは幼児教育学科の学生のころ。かれこれ20年以上 前のことです。石井桃子さんや松岡享子さんの文庫が母体となって1974年に設立された「東京こども図書館」の活動を授業で学び、そこが出版している「おはなしの ろうそく」でおはなしについても学んだ時に遡ります。

 そのころからいつかわたしも家庭文庫を開きたいという漠然とした願いを持ちつづけていました。結婚して豊中、香港と転居し、9年前に東京杉並に引っ越した時、はじめてそのチャンスに出会いました。杉並にはたくさんの家庭文庫が1970年代に誕生し、活動を続けていたのです。

 文庫は出会いの場です。絵本とこども、おかあさん。活動を続けるなかでの一番の収穫はそうした出会いでした。そうした出会いがこの8年間わたしを育ててくれたと思 います。

ポプラ文庫の歴史

 ポプラ文庫は、1974年秋に東京杉並区に産声をあげました。まだ区内の図書館の数が少ない頃で、子ども達に良書を身近な場所で提供したいと願うK・Mさんが当時幼稚園児だった息子さんのお友達のお母さま方と下井草で始められた地域文庫で す。

 その後区内の文庫が連絡会を作り、区に陳情・請願をするなど区に働きかけて図書館 地域・家庭文庫育成の制度ができ、その助成を受けながら下井草出張所にて活動が、 途中主宰者がM・Aさんに代わるなど世代交替を経て1994年春まで続けられま した。 ところが出張所移転に伴い、その場所が利用できなるために閉鎖されることになりま した。

 そこへ、1989年から香港・東京と場所を移しながらも自宅で「絵本の会」を続けてきた若葉と文庫スタッフが児童館の母親クラブを通して出会い、家庭文庫として引継ぐことになりました。井草の若葉宅でポプラ文庫が再開したのは1994年5月で した。若葉にとっても自宅での絵本読み聞かせの際に「その絵本を貸して欲しい」と いう希望があっても我が子たちがお気に入りの本ばかりで貸出しをすることが出来なかったので、この申し出はまさに「渡りに舟」でした。 その後ポプラ文庫は毎回30人以上の幼児・小学生が出入りする絵本や児童書との出会いの場を提供してきました。家庭文庫の特徴を生かして、母親同士のブックトークをしたり、子育てについて互いに情報を交換し、支援しあう場へと活動が盛り上がっ ていきました。

 ところが1998年11月に若葉の夫が転勤でシンガポールに赴任することになりま した。2000冊を超える蔵書を誰が引継ぐのか思案している時に文庫連絡会のメン バーに相談をし、在外日本人の子ども達に絵本・児童書との出会いを提供できるので あれば…ということで、シンガポールに本を持って出ることを後押ししていただき、 図書館からも貸与期間の終わった古い本の持ち出しを承認していただきました。井草の地での若葉家での文庫は家族が引越をする前の1999年2月までつづけられまし た。

 一方、絵本の読み聞かせを通して聞く力の育ってきた子ども達をこのままで終わらせ たくないというスタッフたちの熱意から「絵本の会」の存続を望む声があがり、隣接 する中野区鷺宮地域センターにてみほママさんを中心に活動が続けられることになりまし た。

 またシンガポールに持ち出せなかった(荷物の関係で)本を、ヤメピさんのマンションに引き取っていただき、助成を継続してスタッフと同じマンションに住む子ども達対象の文庫として井草の地で活動を続けていただくことになりました。
(ヤメピさん宅での文庫が家庭の事情でできなくなった後、2001年度は同じマンションのタン樹林ママさんのお宅に移りました。それも今後は無理になり、2002年4月にはひこばえ幼稚園(杉並区井草にある手作り保育の園。園長先生はドイツ文学者でフェリス女学院院長でもある小塩節先生)のすぐ近くに移る予定です。

  シンガポールでは、やはり自宅となったコンドミニアムのリビングにて ポプラ文庫の蔵書2000冊弱と若葉の個人本約1000冊とを開架して 1999年6月より活動を開始しました。開設の案内状は近所の方々に20枚配っただけでしたが、第1回目の6月2日の利用者は28組54人でした。日本の本が手に入りにくい海外で、また当地に進出している丸善や紀伊国屋書店で入手 できるものの国内の1.5倍から2倍近い値段 になることもあり、文庫の需要は高かったようで、口コミで文庫の存在がひろがり、 一年後の2000年6月の時点で登録者245名を数え、常時120人強の方々が本を借りていっています。(日本人が殆どですが、日本の絵本に興味をもつ現地、あるい は他国の駐在員の利用もあります。)

 2001年12月時点では登録者数は500を超えました。のべ利用者は4600を越えています。

 このポプラ文庫シンガポール分室はまた若葉の転勤があれば東京、あるいはさらに海 外に移転する可能性がありますが、井草のポプラ文庫と 連絡をとりあいながらどの地にあっても子ども達に良い絵本・児童書との出会いの場を提供しつづけたいと願っています。

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その後、私は2004年3月末に日本に帰国し、シンガポールから持ち帰った蔵書で芝公園にある社宅でも細々「ポプラ文庫芝分室」と 活動をしていました。

私がシンガポールに行く時、上の文章の中にある「みほママ」さんに「東京でのポプラ文庫を預けていきます。必ず戻って来てまた文庫をやります」と伝え、彼女は「帰国するまでは、なんとか守り抜きます」という約束を交わしていました。私の中でこの約束は「守らねばならないもの」とずっと思っていました。なので、帰国した際、一旦は社宅に入ったものの、なんとかして渡星前に住んでいたエリアに戻りたいと家族を説得し、家を探し、翌年夏、義母を看取ったあとに義父を引き取るタイミングで、今の家に引っ越してきました。

文庫活動がすぐにでも始められるように、2階和室の床の間を絵本書架に改造するなどをして準備もしました。

ところが・・・事情は違っていたのです。上記、2002年に移転した先での活動がその地域に根付き、みほママさんから、今の活動は動かせないということを言われてしまったのです。この件については、何度も何度もみほママさんと話をしましたが、平行線のまま。

2005年の秋・・・当時、文庫や上記に記されている「絵本の会」の活動メンバーが集まって話し合いをし、渡星前に我が家でやっていた活動から派生した活動なので、その活動を結ぶものとして「ポプラの会」という活動を立ち上げ、私はその代表として、絵本の勉強会などをしていきましょう・・・ということになりました。
でも、やっぱりそこでも認識の差は埋められないままになっていました。会の大切なことを決める場に様々な事情で関われず、私は居場所を無くしたと感じて、仕事に専念することで、気持ちを逸らすようになっていきました。

何度か、家族からは「いつ、ポプラ文庫を返してもらえるの?」という問いかけが・・・でも、私がシンガポールにいた5年というのは、私が考えていた以上に長い時間で、それぞれに活動が根付いてしまっていて、元に戻すというのは、もう無理だったのです。

帰国した年に、K・Mさんが最初に活動を始めて30周年ということでお祝い会が行われ、また2014年には40周年記念の祝賀会も行われました。後で聞くと、30周年祝賀会を開催する時に、「地域文庫として受け継ぐ」として、現代表やスタッフの中で位置づけられていたのです。2004年に開かれた30周年祝賀会では、渡星前のスタッフや、帰国していたシンガポールポプラ文庫のスタッフの皆さんも集まっていて、そこで私は文庫の歴史を語り、この地に戻って来る決意を新たにしたのでした。だから、その時点では「地域文庫」という認識に変わったという、そのことに長く気が付かず・・・溝は深まるばかりでした。


私の中ではみほママさんに約束を反故にされたことに対する疑念が大きくなっていて、2014年の40周年記念祝賀会の前の1か月あまりはは夜も眠れないほどに悩んでいました。

40周年記念のお祝いのあとで、初めて現スタッフの方々とその溝について話し合いをし、一スタッフとしてポプラ文庫の活動を支援していくというスタンスを確認しました。その中で、現代表やスタッフの方々には、みほママさんとの約束のことはみほママさんから伝えられておらず、また私が文庫活動をいつでも開始できるようにと準備をしていたことも伝わってなかったということが明らかになりました。みほママさんは、とにかく活動を続けることを最優先し、また今の代表のところでの活動が根付いていった中で、そこでの活動維持に注力されたのだということ、そして彼女が悪いということではなく、時間の経過が引き起こしたズレだということも・・・今振り返ってみるとよくわかります。




頭でそのように理解していても・・・なかなかすんなり納得できるわけではありませんでした。その後も・・・ふと思い出すのです。「口約束」だから効力がないのか、だったらきちんと紙に残していればよかったのか、などと何度も何度も気持ちが落ち込むと、堂々巡りをしていまうのでした。



でも、私がいつまでもそのことに拘っていたら先に進めない・・・

そう思ったのは、昨年夏、夫の葬儀のあとで、夫の部下から聞かされた言葉でした。夫は自宅で文庫活動をしていることを部下に自慢していた・・・老後は妻と一緒に絵本カフェしたいと話していた・・・などなど聞いてから。ならば、絵本カフェは無理だけど、家庭文庫活動は再開しようと決心できました。

実は文庫活動をすることは、生前の義母には反対されていました。1994年の活動開始のころに上京した義母に部屋の片づけが十分でないことを指摘され、「家事や育児を最優先にすべき。お金にならないボランティア活動で、家族の生活を犠牲にするな」と言われたのです。義母と夫の前で「家事、育児に支障のないようにする」ということを約束して活動継続を許してもらっていたので、夫が積極的に部下に話していたとは、驚きでした。

部下にお子さんが生まれた時などに、私が選んだ絵本をプレゼントしていましたが、あとで聞くとそれらの絵本も自分で選んだように話していたらしく、絵本好きなイメージが出来上がっていたのだとか!

また、シンガポールにいた時に、「ポプラ文庫の若葉さん(本名の○○)」と皆さんに覚えていただいていて、帰国後もそう名乗ってきたのですが・・・シンガポールに居たころの利用者のお子さんは、上は社会人に、下は高校生になっています。もう「ポプラ文庫」と検索して、私個人を探す人も減ってきたでしょう。もし、そうだとしてもシンガポールでの活動18年めを迎えた「シンガポール・ポプラ文庫」に問い合わせれば、どこかで私に繋がります。

もう私自身が「ポプラ文庫」にこだわる必要はないのだな・・・とやっと気持ちに区切りをつけました。そしてこの春、2階和室はその後岡山から呼び寄せた両親の居室になっているため、1階廊下に天井まである書架を作り付けで作ってもらうなど、また文庫活動を始められるようにリフォームもしてもらいました。(完成後も、渡米したり、仕事が忙しかったりで、まだ文庫の準備は出来ていませんが・・・)

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ポプラ文庫を引き継ぐ前に名乗っていた「絵本の会ちゅうりっぷ」にちなんで、「絵本の家ちゅうりっぷ」にしようかな・・・いや、子どもの本を中心にいろんな年代の人が交流できる場に出来るといいな、絵本だけでなく小学生や中学生にも本を手渡したい・・・そう願って「子どもの本の家ちゅうりっぷ」として、今年の秋に活動を始めたいと思っています。 


先日、シンガポールに転勤が決まった当時、一緒に活動をしていた友人たちとミニ飲み会をしました。その時に、彼女たちに私の抱えてきたここ12年間の想いを吐出しました。彼女たちが、釈然としなかったこれまでの私の気持ちを理解してくれたことが、さらに勇気を与えてくれました。

なお、「ポプラ文庫」と検索して現活動について問い合わせてくる方や、あるいは私がこのブログで綴る内容が、今のポプラ文庫の見解として誤解を受けるという指摘もあって、新しい活動を始めるタイミングで、「絵本でひろがる世界 ポプラ文庫」のサイトも閉じる予定です。(私の活動のアーカイブでもあるので、過去の活動として新しいサイトに何らかの形で残しますが)

このあたりに経緯は、ほんとうにごくごくわずかな方しか知らないことでしたが、今回きちんと記しておくことにしました。かなり少なくなってきましたが、シンガポール時代のスタッフや利用者だった方からの問い合わせが時々あるからです。そして書くことによって、さらに私自身の気持ちを整理出来ました。読んでくださった方、ありがとうございます。
 
前に向かって一歩踏み出します。 

ポプラ文庫 4月

4月16日(木)  14:30〜
20150416ポプラ文庫4月2
久しぶりにポプラ文庫のお手伝いに行ってきました。この日は午前中に国際免許証の手続きなど、いろいろな雑用をこなし、午後の時間、久しぶりに子どもたちに絵本を読んできました。

この日に読んだ絵本は・・・
《小さい子の時間》


てじな (幼児絵本シリーズ)
土屋 富士夫
福音館書店
2007-05-10





(私が読んだのは『おおきくなるの』堀内誠一さんの絵がとても素敵な絵本でした)20150416ポプラ文庫4月

《大きい子の時間》
このよで いちばん はやいのは (かがくのとも絵本)
ロバート・フローマン
福音館書店
2011-01-25


(私は『うできき四人きょうだい』を読みました。小学生2人だけの参加でしたが、最後までじっくりと聞いてくれました)

今の会場に移して活動を始めて7年目。当初は押せよ、押せよの大盛況だった文庫も、ここ2年利用者が減って来ています。9年前に分譲が始まった大型マンション。入居者の世代がだいたい同じだったのでしょう。7年前乳幼児だった子どもたちがそのまま成長して小学校中学年以上になり、その下の世代がとても少なくなっているようです。

小学生になってもずっと通ってきていた子達も、いよいよ塾通いが始まったようです。ちょっと寂しいな・・・と思いますが、それでも文庫が開いていることがわかれば、高学年になってもふらりと立ち寄ってくれることもあるでしょう。そんなことを思った文庫の4月でした。 → 2009年5月 この会場での最初の文庫の様子
文庫が賑やかだったころ→2011年4月の文庫の様子

 

久しぶりのポプラ文庫&紙芝居講座

2月19日(木)

この日は有給休暇をいただき午前中は、埼玉県戸田市の小学校で読み聞かせ活動をしているグループ向けの紙20150219戸田南芝居講座のお手伝いをしてきました。

前日の雪の予報が外れて、朝から晴れて暖かい一日となりました。参加者のみなさんの熱気に迎えられて2時間、紙芝居の魅力を伝えることができましたよ〜♪

20150219ポプラ文庫戸田から戻ったらすぐにポプラ文庫のお手伝いへ・・・昨年の11月以来の参加です。
 
毎月参加していた3年前と違って、ここ2年ほどは年に2回くらいしか手伝いに行けず、オープニングのミトンくまさんを使ったご挨拶の順番も忘れてしまってました・・・
私は『雪の写真家ベントレー』を読みました!

20150219ポプラ文庫220150219ポプラ文庫320150219ポプラ文庫4


















この日、読んだのは
谷川 俊太郎
アリス館
2008-11

雪の結晶ノート
マーク カッシーノ
あすなろ書房
2009-11

雪の写真家ベントレー
ブリッグズ マーティン ジャクリーン
BL出版
2000-01


 

ポプラ文庫40周年

11月29日(土) 午後2時〜4時

ポプラ文庫を地域のMさんが始められて、今年の11月で40周年。20141129ポプラ40年6

現代表Nさんを中心にスタッフの皆さんが準備を進められたお祝いの会に、お手伝いで参加してきました。

昨年度から、仕事が常勤になってポプラ文庫のお手伝いは、年に1,2度。今回のお祝いの会の準備にもほとんど関わることができませんでした。それでも「このごろのポプラ文庫」というスライドショーを作って、30周年からの時間を振り返るお手伝いをしました。

20141129ポプラ40年4子どもたちが卒園した幼稚園の園長先生でもあるドイツ文学者で元ドイツ公使の小塩節先生による「グリムについての講演会」がメインでした。

ドイツ語でのグリム童話「いばら姫」も、とても流暢で、グリム兄弟が生活していた町の様子や、ドイツ各地の家庭に伝わるお話を集めたのは、「グリムの文法」の確立のため、美しい言葉を収集するのが目的だったということなどを丁寧にお話してくださいました。

講演の中で福沢諭吉の加わった遣欧使節団は1863年6月21日にグリムの家を訪ねていることも初めて知りました。 グリム兄弟は図書館司書であり、法律、歴史、ドイツ文法の体系化を推し進めた学者でもあった、そんな背景を面白いエピソードで語ってくださいました。20141129ポプラ40年2

ミトンくまさん勢ぞろいの「くまさん劇場」や、絵本の会のみなさんによるミュージックベルの演奏、そして文庫連の方々も一緒のお茶会・・・とても心のこもったお祝いの会になりました。 
20141129ポプラ40年5
←バザーでいつも素敵な手作り品を作られるKさんによる切り絵のプログラムが、とても手が込んでいて、素敵でした!
 
40年の歴史のうち、私が東京のポプラ文庫を自宅で引き継いだのが1994年。東京の文庫は99年春に友人に引継ぎ、そこから3代、代表者が変わり、こうして40年目を迎えました。その長い活動の一部分に関われたことを、とても嬉しく思いました♪
 
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