みどりの緑陰日記

香港で始めたプレイルームどんぐりから数えて28年、子ども達に絵本や児童書を手渡し続けてきました。保育士養成の場で仕事をしたこともありますが、今は図書館にかかわる仕事をしています。絵本や児童書のこと、文庫活動のことなどを綴っています♪

モルディブの思い出

モルディブの思い出4 パラダイスアイランドでの日々

2002年7月のモルディブ旅行の思い出の記録を、まもなく閉鎖するサイトから転載しています。

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滞在一日目のランチに・・・と島の東側、水上コテージの端にあるシーフードレストランに行くと、テラスの手すりに海サギがじっと留まっていた。
近寄っても動かないので、剥製かと思ったほど。
しばらくすると飛び立って行った。
4日間滞在したコテージ。
島の西側にあり、プールやメインダイニングに一番近いところだった。
目の前は木立があるが、すぐに白砂のビーチ。
日が沈むまで波打ち際で遊んでいた。
2室で1棟。右側は女組。左側は男組が使用。
といっても内側はドアで繋がっているので、
いっしょにウノをやったりして夜は過ごした。
ラグーン内は波打ち際まで様々な魚が群れをなして泳いでいる。
朝食で残ったパンくずを撒くと、たくさんの魚が寄ってきた。
桟橋の上から写したエイのあかちゃんの姿。
体長50センチ程度。
ラグーンに下りて近寄ると、すぐに砂に潜ってしまう。
けっこうな恥かしがり屋さんのようだ^-^
ちょっと見難いかな?
バタフライフィッシュが、船着場の近くの土手のそばまで泳いできていました。
なかなか上からだとうまく写せなくて残念!
パラダイスアイランドの中庭。
美しい南国の花が咲き乱れていた。
子どもの遊び場もあったけど・・・
この島は東西200メートル。南北は900メートル。
島を1周するのもあっという間。
バスケットコートやビーチバレーコート、テニスコートにサッカー場
室内にはスカッシュコートに卓球場もあって
設備は充実していた。
滞在二日目は満月だった。
船着場の上に浮かぶ月・・・

晴れわった空は月で明るかったけど・・・
それでも満天の星が降り注ぐようだった。
釣り船の上から見たパラダイスアイランド。
建物があるあたりは、プールサイドのバーとテラスがあるところ。
その左手の白砂のビーチは
私たちが泊まったコテージの前のビーチになる。
コテージ前のビーチで砂の城を作る子ども達。
ちょうど木立があるので・・・木陰になっている。
きれいな貝殻、やどかりもたくさん発見!
毎日のように砂の城を作っていた。
それでも満潮になると、サラサラの砂なので
すぐに波に洗われてしまう。
滞在中兄弟姉妹4人、けんかもせず
とっても仲がよかった。
プールサイドにて・・・
私はもっぱらここのデッキチェアーに寝そべって
読書三昧だった。
世界各地から来たリゾート客でにぎわっていた。
とくにリタイアしてのんびり過ごすヨーロピアンの老夫婦。
体つきもボリュームたっぷりで度肝を抜かれたけど・・・^^;
木に登るやどかり・・・
木の真ん中あたりに白い巻貝が見えますか?
これ、実はやどかりなんです。
近くのブランコでのんびりしていた子どもが
カタカタ言う音になんだろうって見たら、
やどかりが貝殻をカタカタ言わせて木に登っていたのですョ!
驚き☆
夕日に輝く波打ち際であそぶ兄と弟。
結構絵になっているとおもうけど^-^
これも夕日が沈みかけた海辺で遊ぶ兄と弟。
こうやって4日間とも日が暮れるまで
目の前のビーチで遊んだのでした。
なんと贅沢なこと・・・
夕暮れの波打ち際の兄弟姉妹。
気持ちの良い砂浜に寝そべって・・・
暮れゆく空を眺めていると、なんだか毎日時間に
追われて過ごしているのが嘘のようです。
初日のシーフードレストランで食べたロブスターのグラタン。
きっと近海で獲れたものだと思う。
大きくてプリプリしていて・・・
触角の先端までぎっしり身がつまっていて美味しかった!
釣りに2回挑戦して獲物を料理してもらう!という
計画は、釣果が今ひとつで実現しなかったけど・・・
やっぱりモルディブはシーフードでしょう☆
ランブータンにパッションフルーツ。
それにスイカにメロン。マンゴー。
やっぱり南の国のフルーツがデザートにてんこ盛り。
でも、たしかモルディブではココナッツくらいしか採れなかったはず。
これは、きっとインドやスリランカ、あるいは東南アジアなど
から輸入されたフルーツだろう・・・
毎夕食ごとにメインダイニングに飾られた
ベジタブルカービング。
タイのホテルでも見たことがあったけど・・・
カボチャや冬瓜、メロンなどをつかって
実に精巧に彫刻が施されている。
シェフのご自慢の包丁さばきを
表現しているんだろうな〜。
ブッフェスタイルだったけど、どれもこれも
美味しかったよ♪



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この度、こうして15年も前の家族旅行の記録を掘り起こしてみて、当時の思い出がありありと蘇ってきました。シンガポール駐在中にモルディブへの旅行・・・絵に描いたような幸せな一家という風に見えるだろうなぁ・・・

実は、シンガポールを出発する3日前に夫は十二指腸潰瘍で吐血し、緊急入院をしていたのでした。

世界情勢の変化と、大手銀行を巻き込もうとしていた再編の大波、そして当時シンガポール支店副支店長で、ベトナム出張所長も兼任しており、ひと月のうち、2,3回ホーチミンにも飛び、シンガポール国内でもさまざまな案件を抱えていて、多忙を極めていたのです。

そんな中、ストレスが彼の十二指腸に潰瘍を作ったのでした。

入院した病院へ駆けつけると・・・「モルディブはママが4人の子を連れて行くか?でもどうしても治して自分も行きたい」 と弱々しく言うのでした。

(そうそう、1994年夏、家族での北海道旅行の前日になって国税調査が入り、私ひとりで3人の子どもを連れて出かけるはめに・・・当時は次男はまだ生まれておらず、長男小1、長女幼稚園年中、次女2歳をひとりで空港に連れて行って、そこから札幌、トマムと回る旅・・・いきなりドタキャンは慣れているとはいえ、モルディブへひとりで4人は躊躇しました。)

家族全員での旅行は最後かもしれない・・・それにシンガポールを離れて、リゾートに行く方が回復のためにはいいのではないか・・・そんなことを夫婦で話し合いました。

ギリギリまでキャンセルをしないで様子を見ていたのですが、2泊入院した日の朝、つまり出発の前日になってドクターより、退院していいこと、服薬をきちんと守ること、お酒を飲まないこと、食事も消化の良いものにすることなどいくつかの条件付きで、旅行OKが出たのでした。



あの時、行けたのはある意味、奇跡だったんだな〜と思います。シンガポールでの5年間は、外から見ると優雅な生活に見えるでしょうが、家族にとっては一番しんどい時期でした。家族崩壊の危機もありました。

だからこそ、こうして振り返ってみて、あの時間はほんとうにかけがえのない素晴らしい時間だったんだと思えます。15年の年月を反芻しながら・・・モルディブの思い出1〜4をUPしました。

モルディブの思い出3 空から見たモルディブ

2002年7月のモルディブ旅行記を閉鎖するサイトから転載しています。

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 モルディブの島の周囲の様子、環礁の様子を実際に知るには上空から見るのが一番。

たくさんの空撮写真が絵葉書になっているけど、この目で見てみたい!
そう願ってフォトフライトというエクスカーションにエントリーした。
乗り物図鑑でしか見たことのない水上飛行機を使ってパラダイスアイランドの上を飛ぶという。
すごくワクワクしながら参加した。
 


これがモルディブエアタクシーという名の水上飛行機。
定員20人くらいの小さな飛行機。
水上から飛び立ち、水上に着水する・・・
なんて、乗り物図鑑でしか見たことなかったから
興味深々^-^
島によってはこれに乗って1時間飛ぶところもあるという・・・
子ども達はヒヤヒヤだったので、船で近いリゾートでよかった!
と感想を漏らしていた。




これは私たちが泊まったパラダイスアイランド。
手前が島の東側にあたる。左手前にのびているのが水上コテージ。
私たちが泊まったコテージがあるのは、島の向こう側、西側に面している。
東側はインド洋の外洋に面しているけど、西は環礁の内側。
波の様子もまったく違っている。
島のまわりは遠浅のラグーンが広がっているけど、
周囲はテーブル状の珊瑚が急に落ち込んでいる。
海の色でわかるけど、深いところでは2000メートル、
だいたい数百メートル。環礁内部では30メートルの落差がある。

これはたしか新しいクラブメッドのあるカニフィノールアイランド。
上方が環礁の東側、外洋になる。
高い波が打ち寄せている。
手前が環礁の内側。
ここも広いラグーンの上に扇型に広がる水上コテージがある。






ヒマフシアイランド上空。
この島は比較的大きくて、モルディブの人々が住んでいる島。
人口は500人ほど。
以前は漁業の町だったが、今では殆どの人が土産物を作るのが島の産業になっている。
この写真からは、海の中から珊瑚が育ってきている様子がよくわかる。
だんだん上へ上へと光を求めて育つのだが1メートル育つのに100年かかるというから、その時間を思うと気が遠くなる。
クダフラアイランド。細長い島でここにもタリビレッジというリゾートがある。
写真上方が東で外洋に面している。
寄せる波の様子が小さいけどよくわかる。
ここは手前の環礁内の海もかなり深くなっていて数十メートルの深さに
なっている。
海の色の濃淡でだいたいの深さがわかるようだ。

外洋の端。テーブル状に育ってきた珊瑚のテーブルの端に
打ち寄せる波はしぶきを上げて、激しさを感じさせる。
一旦ラグーンの上にいくと波が穏やかになるのが不思議・・・
こちらは、環礁の内側・・・
遠くに小さく島が見えるけど・・・
この北マーレ環礁は東西39キロ、南北69キロもあるので、
あれは近くの島と表現していいのかもしれない。
環礁の内側の波は穏やかで、太陽の光にキラキラ光っていた。

モルディブの思い出2 モルディブの首都マーレ

2002年のシンガポールからモルディブへの旅日記を、閉鎖するサイトから転載しています。

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モルディブの首都マーレは私たちが泊まったパラダイスアイランドから10キロほど離れた所にある。首都や私たちの泊まったリゾートの島はモルディブの中心となっている北マーレ環礁の南部に位置している。
 
国際空港のあるフルレ島とマーレはほんの2キロの近さ。マーレの街そのものは東西1.8キロ、南北1.2キロのモルディブではかなり大きな島といえる。

モルディブはインドの南海上に浮かぶ約26の環礁からなる島々。南北に760キロ、東西に120キロに渡って広がる環礁。島の数は1190と言われているが、実際には今でも新しく島が生まれたり、逆に侵食で島が沈んだりしているので正確な数は年々違うという。

90000平方キロの範囲に散りばめられた島のうち人が住んでいるのは約200。リゾートが建設されているのは無人島だった場所で70ほど。陸地面積は全部合わせても298平方キロしかない。

そんなモルディブの交通と流通の中心地、首都マーレの横顔を・・・いっしょに覗いて見てください☆
(すべての情報は2002年7月時点のものです)
 

空港からドーニというモルディブ特有の船で15分ほど。
海抜2mの島に突如ビルが立ち並んでいる様はちょっとびっくり。
モルディブの他の島は2階までの高さしか建物が建てられないが、ここでは10階から15階くらいのビルが所狭しと並んでいる。
この写真では小さくて判別できないが、どのビルの屋上にも衛星アンテナが設置してあった。
インターネットも衛星を通じて、全世界と繋がっているのだ。
 
こっちの船も、向こうの船もともにドーニと呼ばれるモルディブ特有の船。舳先が大きく湾曲していて、原型はアラビアの船にあるという。船室のない船だが、今は簡単な屋根を乗せていて、水上バスといったらいいだろうか、モルディブの人々の重要な交通手段になっている。
元はココナッツの木からつくられ、釘を使わず、滑らかに組み立てられ70センチ程度の浅い喫水を備え、珊瑚礁の浅瀬の海も楽々航行できるのだそう。
私たちが訪れた7月25日の翌日が、つまり7月26日がモルディブの独立記念日。まだ建国37年めだとのこと。(1965年独立)
漁民と交易船舶の中継地でしかなかったモルディブが、その類稀なる自然を売り物にして観光立国した年ともいえる。
マーレで一番古いイスラム教寺院は、すべて珊瑚を切り出して作られている。この写真では解りにくいけど、細かい彫刻が施されていた。熱心な仏教の国だったのが、1153年に北アフリカから布教にやってきたイスラム教徒の影響で、国王がイスラム教に改宗し、イスラム教の国になったという。この寺院は当時造られたものだとのこと。
こちらは、マーレ最大のイスラム教寺院で、もっとも新しい建物。
空港の島からも輝く金色のドーム屋根が目立っていた。
この角度からだと金色のドーム屋根は見えないけど・・・
モルディブの台所・フィッシュマーケット。モルディブの海で獲れた魚が無造作においてあった。
おおきなカジキマグロが印象的。その場で切り身にして売っているようだった。
ほかにも体長1メートルほどのマグロがごろごろしていたり、かごのなかにイワシやサバ・・・エビやイカ・・・様々な魚介類があった。気になったのはどこにも氷を見かけなかったこと・・・
フィッシュマーケット前の道路。
止まっているバイクも自動車もみんな日本の製品。
HONDAとかMAZUDAとかNISSAN、YAMAHAなどのロゴが・・・
中には宅配食材の「ヨシケイ」の商標をつけたままのライトバンもあった。中古車が塗り替えもせずに
使われているんだろう。
こちらはフルーツや香辛料を扱う
ローカルマーケットの入り口。
上の文字はアラビア文字なんだそう。
イスラム教徒と共に入ってきた文化なんだという。
椰子の実。
モルディブの大地は珊瑚の砂なので、保水性がなく野菜の栽培には向かない。
椰子はそのような土地にも根ざして育つ。
重要な栄養や油脂の供給源でもあるのだ。

奥の男性が椰子の実をくりぬいた入れ物で注ぎ出しているのは魚醤。
魚が豊富なモルディブならではの調味料だ。
路上に並べられたカボチャ。
これはどこから来たのかな?
野菜の殆どはスリランカなどからの輸入だと聞いたけど・・・
カボチャはモルディブでも採れるのだろうか?
ガイドさんに聞きそびれたけど・・・
モルディブの繁華街にある観光客向けのお土産やさんで・・・
Tシャツに希望の絵柄を入れてくれる。
方法はステンシルの手法で・・・
これは次男が注文したサメの絵柄。
できあがりにMALDIVESのロゴを入れてくれた。これでUS5ドルほど。
ここのお土産店は日本のガイドブックにも載っている事もあって、店員の誰もが日本語も英語も上手。
さすが観光が国の収入元になっているだけあって、みんな商売上手というか、熱心というか・・・
長男はカジキマグロ、長女と次女はそれぞれ島影と椰子の木を描いてもらって・・・記念のTシャツを購入した。

モルディブの思い出1 モルディブの海と空

2002年7月23日から27日まであこがれのモルディブに家族旅行に出かけた。香港在住時から行きたいと思っていたインド洋上に浮かぶ珊瑚礁の島。

当時、長男は今年で16歳。長女も14歳。もうそろそろ家族で旅行するより友達といっしょに過ごすことを選ぶだろうし、シンガポール駐在も残りの方が短くなってきたから、ここから出かける旅行も最後になるかもしれない、そう思って計画した旅行でした。

家族6人揃っての旅行はこれが最後っていう気持ちが余計に旅情をかきたててくれました。だから旅行中4人の兄弟姉妹が仲良かったこと。もともと仲の良い兄弟なんだけど彼らの人生のなかでも印象深い旅行になるという予感からか、普段以上に親密で楽しい時間を過ごしていました。

そんな思い出と共にあるアルバム・・・「ポプラ文庫」のサイトを閉じるにあたり、そちらのサイトにUPしていたアルバムのページをこちらのブログに転載していきます。

振り返ると、2015年に夫が亡くなったわけですが、家族6人そろっての旅行は、このモルディブが最後だったかもしれません。その後2012年のクリスマスから2013年の新年にかけ、LA郊外パサデナに全員が集合しました。この時も旅行と言えば旅行ですが、パサデナ在住の夫や次女、次男については私たちを迎える側でしたから、厳密には旅行とは言えないのかも・・・

そう思うと、やっぱりこの旅行記は転載しておきたいと思いました。

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モルディブに向けて出発したのは、7月23日の夜7時過ぎ。8時のSQのフライトでモルディブの首都マーレに向けて飛び立つ。
飛行時間は4時間半。シンガポール時間の夜中12時半、モルディブ時間の夜10時半に無事到着。

そこからはスピードボートに乗って約20分でパラダイスアイランドへ。暗い海の向こうのあちこちに宝石を散りばめたような光がきらめいている。
きっとあちこちに浮かぶリゾートの島の明かりなんだろう。
でも島と島の間は想像以上に間隔が開いている。

波しぶきを勢いよくあげて突っ走るスピードボートに振り落とされそうな感じもする。そうこうする内にボートは速度を落として桟橋に到着。
長い桟橋の向こうにコテージが並ぶ島影が見える。

船の着く桟橋と島は長さ150メートルくらいの橋で繋がっていた。

シンガポール時間からいえば未明の2時近くになっても子ども達はl興奮気味。といってもモルディブ時間ではまだ11時。なんだか調子狂うけど・・・それでも間もなくみんなスヤスヤ


朝目覚めるとモルディブ時間のまだ4時ごろ。そのまま時間が経つのをまって朝6時過ぎに島の東側に行ってみる。
 

インド洋から昇ってくる朝日。娘ふたりと砂浜のデッキチェアーに
座ってしばらくの間、壮大な日の出ショーを楽しむ。
今日は天気がよくなりそう。
モルディブ初日。幸先よさそう。
だんだんと明るくなっていく空。
まわりの様子がはっきりとしてくるにしたがって、歓声があがる。
「白い珊瑚礁」っていう歌があったけど、まさしくそんな感じ。
足元の砂は白くてさらさらだった。
これは島の西側、私たちが泊まったコテージのちょっと先の砂浜。
3日目の午後はここでデッキチェアーにねそべって昼寝をしたら、
テキメンまっ黒に焼けてしまった。
向こうに見えるのは隣の島の水上コテージ。
どこまでも続く白砂の海岸。これは島の西側。
私たちのコテージよりは南のほうの桟橋に近いところの砂浜。
屋根のついているモルディブ式のブランコが置いてあって、
雄大なサンセットを観るにはもってこいの場所。
上のビーチに続くラグーン。
珊瑚礁がテーブル状に育って、その上を白砂が覆っている。水深は
干潮時で大人の膝下。満潮でも胸くらい。
後方の色の濃い部分は珊瑚が急に落ち込んでいる場所で、
急に3メートルくらい深くなっている。
魚も波打ち際まで泳いで来ている。
上の写真から続いて、北のほうへ歩いてくると・・・
島と船着場をつなぐ桟橋の下をくぐって、
プールやレストランのそばまで移動してきた子ども達。
波は穏やか。足の裏の白くてさらさらの砂が心地いい。
西の空に沈んでいく夕日。流れる雲とあいまって、
しばらくの間、空の色は変幻自在に移っていく。
コテージ前のデッキチェアーに座って1時間くらい
夕方の空を眺めていても飽きることはない。
二日目の夕方の夕日。
同じ北マーレ環礁にある島・・・
トラギリアイランドの上に沈んでいく太陽。
向こうの島まで、ドーニという船で行くと1時間位かかったけど
環礁の西の端との中間地点よりは、こっちの島に近い。
ということは、この北マーレ環礁だけでも壮大な距離に
島々が散らばっていることになるんだな〜
完全に太陽が沈んだ後で、空がオレンジ色に燃え上がった。
流れる雲と、穏やかな波の音。
それだけで心が癒されていくよう。
プールから望むラグーン。
光がきらめいてまぶしいほど。
そこのテラスで日中のきらめく波を見ながらコーヒーを飲むもよし、
暮れゆく夕日を見ながらグラスを傾けるもよし。
忙しい都会の生活とは全く違った時間が流れている。

東側の海は外洋に面している。
広がるラグーンの端、珊瑚礁が深く落ち込んでいる部分には
波が外洋から打ち寄せ、波しぶきを上げている。
私たちが泊まったパラダイスアイランドの東側は、
数十メートルの深さまで急激に落ち込んでいる。
マンタポイントとしても有名で、水深8メートルくらいの
珊瑚の根あたりにマンタがホバーリングして、ホンソメワケベラに
外皮についた寄生虫などをきれいにしてもらってるらしい。
島の南東の端。
珊瑚のかけらでできた防波堤が築かれている。
その防波堤を超えんばかりの大波が寄せていた。
防波堤の外側は、外洋になる。
東から押し寄せる波は、島の西側の環礁の内側の波の様子とは、
全く異なって、力強く迫力がある。


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