2012年12月

2012年12月31日

【7年間を振り返る】そのぁД┘團蹇璽

そのから続く〉

◆そして7年間を締めくくるラストシーズンに突入・・・

たちが最上級生になっていくと、スタメンに並ぶ塾高出身者の数も増えていきました。2010年は5名、2011年には6名、そしてこの2012年秋の立教との開幕戦では7名の塾高出身者の名がスコアボードに並び、翌日の2回戦では、なんと横尾を除いた8名がスタメンに並びました。

そして慶明2回戦では、8回表と試合途中ではありましたが、ついに塾高出身者9名がスコアボードに並ぶという歴史的瞬間が訪れたのでした。マネージャーの土田も含めたら10名の塾高出身者が並びました。
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塾高出身者ばかりが並ぶことが決して良いわけでもないのですが、でも、高校時代から応援してきた選手たちが、そして母校野球部後輩たちがスコアボードに並んだことには灌漑深い気持ちがありました。もしかしたらこれから先、こんな光景は二度と見られないかもしれません。並んだ9名は1年から4年生まで。塾高時代から応援してきたファンにとっては、たまらないシーンでした。

泣いても笑っても慶應のユニフォームを着て錬たちが試合をする最後のシーズン、2012年秋季リーグ戦の開幕戦の相手は立教。立教とは最近は混戦となることが多いのだが、今季も混戦となりました。

1回戦、1点リードされた8回に同点に追いつき、最終回、のサヨナラホームランによる感動的な勝利は、塾高3年夏の東海大相模との決勝戦、錬が延長戦で打ったダメ押しホームランがダブった、感動が詰まりすぎた試合でした。

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試合終了後、小山が応援席で叫んだ。「こういう試合をするときは優勝しかない。自分も集大成としてこの秋は絶対優勝、そして日本一を目指している。是非とも応援、よろしくお願いいたします」と。

【観戦記】立教1回戦〈前半〉
【観戦記】立教1回戦〈後半〉


そして立教2回戦。1点リードされた8回、今度は一死満塁から代打裕司の走者一掃の逆転二塁打で5-4の勝利。1回戦が錬、2回戦が裕司の活躍と、もう、こんなにしびれた二日間はありませんでした。今季の優勝を信じるのに十分すぎるくらいに劇的な連勝だったのです。
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小山が叫んだ。「絶対優勝するのは慶應だ!!」


【観戦記】立教2回戦

しかし、第三週の法政戦でまさかの連敗。優勝に向けて、非常に痛い連敗となりました。

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【観戦記】法政1回戦

第四週の東大1回戦、慶應4点のリードも守れず、7回、なんと東大に一挙5点を取られて逆転されてしまいました。悪夢としか思えない逆転でした。すぐに同点に追いつたものの、勝ち越しが出来ない。

プロ併用日であるため延長はなく、9回裏、東大の最後の攻撃は二死1、3塁からあわやセンターオーバーの当たり。まさかのサヨナラ負けも覚悟したその瞬間、塾を悪夢から救ったのはセンター辰巳の超ファインプレーだった。背走しながらギリギリのキャッチで、何とか引き分けに持ち込んだ試合でした。攻守にわたり活躍した「神様、仏様、辰巳様」の試合でした。

小山が叫んだ。「負けなくて良かった〜」と。これ以上の本音はない試合でした。第2回戦、第3回戦は連勝で2勝1分けで終わったものの、何か歯車が狂い始めてきている塾でした。
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【観戦記】東大1回戦

第六週
の六大学リーグ戦は慶應対明治、法政対早稲田と、今季の優勝の行方を大きく左右する重要な対戦が揃いました。塾は優勝に向けて連勝したいところ。もしも明治から勝ち点を落とせば、優勝の可能性がなくなる大事な試合でした。

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勝1敗で迎えた第三戦は両校白熱した投手戦で相譲らず延長12回、0-0の引き分け。そして第四戦は、横尾のホームランを白村、福谷の継投で守りきり1-0で勝利。2勝1敗1分けで明治から勝ち点をあげ、崖っぷちの塾は優勝への切符を死守したのでした。

【観戦記】明治2回戦
【ネット観戦】明治3回戦
【ネット観戦】明治4回戦

優勝の行方は第七週の法明戦に委ねられました。法政が勝ち点を取れば法政が優勝。明治が勝ち点を取れば早慶戦に優勝のチャンスが残ります。僕も仕事の帰り道に明治を応援に行くものの、慶應関係者の願いも届かず、法政が明治から勝ち点をあげて、早慶戦を待たずに優勝が決まってしまったのです。そして早慶戦は2位、3位を決める消化試合となってしまったのです。

秋の早慶戦は春より人が入らない。そして日曜日は土曜日より少ないのが常です。まして、今回は優勝もかからない消化試合、しかも天気が悪いときた。どれだけ学生が集まるのだろうか。

しかし、小山FaceBookを通じて「世界最高の応援を実現したい」、「みんなの慶早戦、みんなで作る慶早戦」、「慶應をひとつにしてみせる」、「絶対に球場に応援に来てください」、と叫び発信し続けてきました。そしてその熱い気持ちは、見事に学生たちにしっかりと伝わっていたのです。日曜日の早慶戦は、なんと外野応援席まで開放されました。信じられないことでした。

早慶戦に行こう!小山の夢を実現させよう!!

小山の熱い気持ちは、しっかりと学生たちに伝わりました。たくさんの学生が早慶戦に来ました。応援席は早稲田の応援席を圧倒するくらいたくさんのお客さんで元気がありました。そう、『みんなの慶早戦』が始まったのです。  
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その気持ちに応えるべく、有終の美を飾るべく、絶対の勝利を目指して、これまでお世話になった多くの方々への感謝の気持ちをこめて、そして一球一打に4年間の思いを込めて、錬たちは最後の早慶戦に臨みました。

しかし、1回戦は4-7で逆転負け。そして迎えた2回戦のタイムリーエラーで早稲田に先制点を許し、今季、調子を出し切れなかった先発竹内を助けることが出来ず、中盤には阿加多のバント処理悪送球からピンチを広げ追加点を許しました。

先発した裕司は4回、2点差と追い上げた二死1、2塁で見逃し三振。これが慶應での最後の打席となりました。も1点差で迎えた8回、先頭打者として学生生活最後の打席を見逃しの三振で終わりました。

最後の試合、試合内容は選手にとっては悔いの残るものだったかもしれません。野球の神様は最後まで試練を与えてきました。でも、本当に多くの人から応援を受けて、もちろんそこには誰にも負けない彼らの努力があって、これだけの成績と、これだけの人の記憶に残る足跡を残してきたこの7年間の慶應での野球生活は、羨ましいくらいに光っていた7年間だと思います。本当に素晴らしいくらい輝いていた7年間でした。
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2回戦で錬は先制のタイムリーエラーにとても責任を感じたことと思います。ベンチに入れなかった野球部の仲間、応援してきたみんなのためにも、主将として大変申し訳ない気持ちでいっぱいだったと思います。

でも、7年間も野球をやっていればそれも結果、そんな時もあります。これまでどれだけ錬の活躍で、裕司の活躍で、阿加多の活躍で、福富の活躍で、只野の活躍で、その他全員の活躍でこの7年間素晴らしい勝利を掴んできたことでしょう。どれだけ楽しい夢を見せてもらってきたことでしょうか。

野球人生、山あり谷あり。たまたま最後がちょっとだけ谷との巡りあわせになってしまいましたが、それはこの7年間のドラマのほんの1シーン。残念ながら有終の美とはなりませんでしたが、錬も裕司も最後は三振で終わったこんなエンディングも彼ららしかったのかもしれません。

社会人で野球を続ける選手もそうでない選手も、塾高出身者も塾高出身者以外も、ベンチに入れなかっ4年生も、みんな本当にお疲れさまでした。慶應義塾で野球をやってきた4年間、または7年間にプライドを持って、社会人としての新たな活躍を期待しています。

◆記憶に残ったラストステージ

秋の早慶戦終了後には、早慶の学生だけに許された試合終了後のセレモニーが応援席で行われます。小山は最後のこの舞台を、応援に来てくれた4年生と一緒に肩を組み歌を歌いたい、と叫んできました。

ところが試合中は我慢してくれていた雨も、試合終了後のセレモニーが始まると待ってましたとばかりにきつく降り始めました。この日の雨はどこまでも意地悪だったのです。しかし、応援席の学生はずぶぬれになりながらも、誰一人と帰ろうとしていません。

やがて野球部がステージに登場し、挨拶が終わると、小山が「4年生、みんなステージの上の方に上がってきてください」と声を掛けました。そして、ものすごい人数の4年生が応援席からステージに集まったのです。これ以上、壇上に上がったらステージが重みで落ちるかもしれない、というくらい多くの人数が集まったのでした。近年、こんなに多くの4年生がステージ上に集まったのは記憶にないくらいでした。

まさに『みんなの慶早戦』、『みんなで作る慶早戦』、小山がずっと叫んできたもの、伝えて実現しようとしてきたものがそこに出来た瞬間でした。小山が発信してきた熱い気持ちは、こんなにも多くの学生に伝わっていたのです。

慶應讃歌の指揮を執る小山は本当に嬉しそうでした。そして1番の次に3番を歌う時に、ステージの上で指揮を執っていた小山は、ステージを降りて今度は学生の方に向かって指揮を執るために椅子の上に移ります。

その瞬間、ステージの上に並んだ多くの学生を見た小山がものすごく嬉しそうな笑顔を見せるのです。見逃さずに是非とも見てください。見ているこっちの方まで幸せな気分になってきます。YouTubeでは121秒あたりになります〉。

思わず、「小山、良かったな。頑張ったな」と声をかけてあげたくなるような、見ているこちらの方まで嬉しくなってしまうような小山の心から嬉しそうな笑顔です。


そして最後は肩組みながら「若き血」、そして「有難う、有難う、慶應!」のエールで締められました。カクテル光線に照らされた若き血を歌う小嶋さんの頬に伝わる涙が美しかったのがとても印象的でした。
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野球部、應援指導部、学生が一体となった、ずっと応援してきたこの7年間を締めるのにふさわしい、僕にとっても記憶に残る感動のラストステージとなりました。本当にどうも有難う。真剣に応援してきたこの7年間は、本当に楽しくて充実していた7年間でした。

以上、4部に分けてこの楽しすぎた7年間の総括を書かせていただきました。本当はもっともっと書きたいことたくさんあるのですが、書きだしたら限度がなくなっちゃいます。

7年間を振り返りながら、僕はここで何を書きたいのかな、何を残したいのかな、何を伝えたいのかな、と考えながら書いていたら、まとまりのない長文になってしまいましたが、錬たちの野球を応援してきたポポの自分史でもありますので、ご容赦ください。読みにくい部分、多々あったと思いますが、最後まで読んでいただきまして、どうも有難うございました。
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最後になりますが、今年1年間も大変お世話になりまして、誠に有難うございました。来年も、いろいろなスポーツに熱く応援して楽しんでいきたいと思いますので、皆さんと一緒に素晴らしい2013年となるよう頑張っていきましょう。よろしくお願いいたします。どうぞ良いお年をお迎えください。

ちなみに、来年はアメフトUnicornsの観戦を出来るだけ優先していく予定ですので、こちらの方の応援もよろしくお願いいたします。



popo0803 at 15:04|PermalinkComments(8)TrackBack(0)塾野球部〈2012年〉 

【7年間を振り返る】その:原点は百合ヶ丘戦

そのより続く〉

◆7年越しのドラマは百合ヶ丘戦から始まった

最後に野球を振り返ります。7年間の野球の応援は、最高に、最高に楽しい時間でした。

僕の中で、そして当時から塾高野球を応援してきた方々はきっと同じ思いではないかと思うのですが、それは2006916日、夏の大会が終わって新チームとなり、錬たちがまだ塾高1年で試合に出場するようになったばかりの神奈川県秋季県大会4回戦の百合ヶ丘戦で始まりました。1年生ではがセカンド、裕司がサードで先発しています。〈百合ヶ丘戦登録メンバー

試合は1-6と終盤までリードされていた試合を塾高が最終回で追いつき延長戦に突入。塾高マウンドは只野。只野は4番手として5回から登板し、百合ヶ丘をここまで無失点に抑える好投を見せてきましたが、延長10回、先頭打者にセンターへ痛烈なライナーを打たれ、これをセンター内藤が尻餅をついて転倒、三塁打となり、只野踏ん張りきれずに決勝点を許して塾高は6-7で敗れた試合でした。

試合終了後、クールダウンのキャッチボールをしながら悔し涙を流す只野、そして球場の外では、「すみません」と先輩に謝りながら涙が止まらない尻餅をついた内藤がいました。この時の観戦記を僕は結構熱く書いていますが、只野、内藤の涙、そして百合ヶ丘に4回戦で負けた悔しさを感じた選手達には、きっとこの敗戦がこれからの大きな糧になるだろうと信じて、これからの彼らの野球をもっともっと応援してやりたい、と感じた試合でした。
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この試合、やはりこれからの7年間を占うような、もう一つの素晴らしい出来事があったのです。

まだ4回戦ということでまとまった応援も行われず、試合は1-65点リードを許して塾高敗戦の雰囲気が漂う中、応援席にいた応援指導部のスーパーOB、「この状況を何とか打開したいのですが、どの様な応援をしたらいいのでしょうか?」と聞きに来た1年生の応援指導部2人がいました。その一人が小山だったのです。

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年生で応援テクニックもないため、OBの方は簡単な應援方法を教えた所、彼らは野球部員の前に出て応援を開始。野球部員を始め保護者の方々も声を出し始め、その応援が届いたのか、終盤に同転移追いつき延長戦に持ち込む粘りを見せたのでした。7年間、とても熱い気持ちで素晴らしい応援指導をして応援席を引っ張ってきた小山の応援が、やはりこの百合ヶ丘戦から始まった時でした。

この百合ヶ丘戦は、錬たちの野球や小山たちの応援の7年間を振り返る上で、原点となる忘れることのできない試合となったのです。

【観戦記】百合ヶ丘戦〈4回戦:20060916
百合ヶ丘戦での素晴らしき応援

やがて、塾高野球部は錬が主将になり、2007年の秋季県大会準優勝関東大会準優勝で優勝候補として選抜甲子園に出場しましたが、21世紀枠出場の華陵にまさかの初戦敗退となりました。その3年前には45年ぶりの選抜甲子園出場を決め、人生これが最初で最後かもしれないい、お願いだから神様、甲子園で塾歌を1度でいいから歌わせて、と強い思いを持って臨んだ甲子園だったのですが、以降、塾高は3年連続で神奈川県大会第一シードを獲得。僕ら応援団も強い塾高に慣れ始め、3年前の新鮮だった初心を忘れていることに気が付かされた華陵からの敗戦でした。

「甲子園を振り返る 〜初心に戻る」で当時の状況を上手にまとめています。

敗戦でチームもばらばらの険悪な雰囲気になったが、錬が素晴らしいキャップテンシーを発揮してチームを取りまとめ、3年最後の夏は東海大相模との死闘を制して、全員の力で46年ぶりの甲子園切符を勝ち取ったのでした。

この物凄いドラマ、死闘・激闘に多くの人が感動を覚え、心を打たれ、塾高を応援するファンの絆がさらに強くなったような気がします。延長でダメ押しのホームランを打った勝負強いバッティングを見せる錬のファンが増えたのもこの夏の大会でした。

やがて彼らが大学に進学すると、それまで大学の応援にはあまり行ったことがなかった人達も、錬たちの野球を応援したくてそのまま神宮に足を運ぶようになりました。

そして大学2年の2011年春に11季ぶりの優勝、大学3年の2012年春と優勝を二度経験し、は優勝した2011年春にベスト9福富2012年春にベスト9、同年春、阿加多は首位打者を獲得しました。


ブログから優勝を振り返る。

2011年春優勝≫

慶大野球部、祝!優勝!!

【観戦記】早慶戦3回戦、間に合ったぞ優勝の瞬間に!
【観戦記】優勝表彰式


2012年春優勝≫

慶大、完全優勝!〈110531
優勝パレード写真に写っちゃった、これは永久保存版だ!
野球部優勝報告会〈110530

【前半】優勝祝賀会〈野球部関連〉〈110531
【後半】優勝祝賀会〈応援指導部関連〉〈110531
優勝祝賀会〈集合写真〉
応援指導部幹部五人衆


そのへ続く〉



popo0803 at 02:57|PermalinkComments(6)TrackBack(0)塾野球部〈2012年〉 

2012年12月30日

【7年間を振り返る】その◆部員との接点

そのより続く〉

◆部員との接点

個人的には、野球部員や吹奏楽部が「ポポさん、こんにちは」と声をかけてきてくれたのが多い代、とう点でも非常に親しみを持つことが出来た思い入れの深い代でした。

「感謝の気持ちを忘れずに」という言葉はどこにでも転がっている言葉ですが、実際にその気持ちを言葉や行動に表して相手に伝えるということは、わかっていてもなかなか難しいこともあります。しかし彼らはいろいろなところで感謝の気持ちを、言葉、態度でしっかりと伝えてきてくれました。

2008年夏の甲子園出場で錬が届けてくれた甲子園の土は、僕も彼らと一緒に甲子園に出たような気持ちになっていただけに、一生の宝物となるとても嬉しいプレゼントでした。

この秋、早慶戦が終了して引退したからサインボールをもらいました。これも思ってもいなかった最高に嬉しいプレゼントでした。
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ちなみに錬からもらったサインボールはこれで3つ。一番左は、娘が中等部時代にソフトボールをやっていたので、お願いしてソフトボールにサインしてもらったもの。真ん中は、第80回選抜甲子園記念ボールにサインしてもらったもの。これもお願いしてもらったかな。そして一番右が今回のボール。サプライズプレゼントでした。
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別にサインボールをくれたからいい奴だ、と言っているわけではもちろんありません。が、自分から取れる行動はとても立派だし、僕がこういう形で応援してきたことに対する錬からの感謝の気持ちはとてもよく伝わってきました。錬だけでなく感謝の気持ちを伝えてくれる選手もたくさんいて、個人的にも接していて楽しい奴らが多い代でした。

ある日、日吉の駅前で「ポポさん!」と後ろから大きな声で呼び止められたことがありました。振り向くと、駅前のマクドナルドから出てきた当時まだ大学2年だった裕司が、ニコニコした笑顔で近づいてきたのです。「ちわっす!」。なんて人懐っこい奴なんだろう。以来、僕は裕司がますます大好きになりました。

裕司の大学での数々の活躍には、本当に大いに湧かせてもらいまいした。

大学通算成績は、打率.2538本塁打、打点45。たくさんのシーンを思い出しますが、今シーズン、最後のシーズンである大事な開幕の立教戦でのサヨナラホームランの歓喜は、記憶に新しいこともあり忘れられません。
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試合終了後に裕司が錬に後ろからの抱きついた二人の笑顔、すべてが最高で、今季の絶対優勝を予感させてくれたシーンでした。
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裕司
は今秋の立教2回戦の逆転タイムリー二塁打〈下記写真〉も感動しましたが、2011年春、優勝したシーズンでの早慶1回戦の決勝打も忘れることが出来ません。
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このシーズン、守備の不調もありシーズン途中から暁眞にスタメンを奪われた裕司。ベンチから見つめる試合にはとても悔しい思いをしたことと思います。優勝をかけた早慶戦もベンチからのスタートでした。ところが同点で迎えた6回無死満塁で代打登場。交代した早稲田有原の初球を叩いたセンター前2点タイムリーで塾は勝ち越し。優勝への王手をかけた裕司の気合いの、意地の一打でした。涙を流したな、この一打には。

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試合後のインタビューを終えた裕司にスタンドから声を飛ばすと、僕を見つけてくれた裕司が笑顔で応えてくれたのも最高でした。
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6月の全日本大学選手権の東京国際大学戦で勝ち越しタイムリーを打ったがヒーローインタビューを受けたときも、僕はまるで自分の息子がヒーローインタビューを受けているかのようにはしゃぎ、インタビューが終わった後、スタンドから声を飛ばしました。やはり錬が声の主を見つけて、帽子を取って応えてくれたのがとても嬉しかったのを覚えています。

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彼らが最上級生になってヒーローインタビューを受け、それぞれに声をかけた時に彼らも気が付いて返してくれたことが、僕の中ではとても嬉しい出来事だったのです。ヒーローインタビューに声をかける、ファンとしていつかやりたかったことのひとつだったのだと思います。

雄太は故障で最後のシーズン出場が出来なかったのが本当に残念でした。ショート福富、セカンド雄太の二遊間コンビを見たかった。田村〈写真〉もなかなか活躍の機会がありませんでしたが、それでもこの秋の東大1回戦でベンチ入りして元気な顔を見せてくれたのは嬉しい場面でした。
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溝口facebookのプロフィール写真に、早慶戦終了後の舞台で僕が撮った写真を使ってくれました。コメントを入れたら「かなりお気に入りの写真です」ときたので、「素材がいいんだよ。僕は料理人みたいなものだから(笑)」と返すと「冷蔵庫の余った素材でものすごい料理作っちゃう感じですよね(笑)」ときた。こういうウィットに富んだ切り返しをしてくるあたりがさすが溝口だ。いいね。〈写真は左から溝口、只野、裕司

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小山は塾高時代から熱い男でした。自分たちが塾高応援指導部に在籍した足跡を残したく、塾高のオリジナルチャンスパターンを作りたいのだけれど、「ポポさん、どなたかご紹介いただけないでしょうか?」と彼の熱い気持ちとともに相談を受けたことがあったのは小山が塾高二年の時でした。
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慶應のチャンスパターンのシリウスなど、いくつかの名曲を作曲された吹奏楽部OBを知っていたので、作曲のお伺いをしてみました。その方は志木校出身であり、志木校出身の自分が塾高の応援歌を作っていいのだろうか、応援歌というのはたくさん作っても淘汰されて残るのはごくわずか。もしも気に入らなくなった場合、自分が作ったことに塾高生が気を遣ってやめられなくなることはないだろうか、など、吹奏楽部OBならではの心配をされました。

でも小山の熱い気持ちをその方に伝え、まずは小山と会って話を聞いてやってくださいとお願いし、そして小山と会ったその方は小山の熱さ、本気度に気持ちが動かされ、塾高オリジナル応援歌を作曲していただいたのでした。今も塾高の試合で歌われている塾高のオリジナルチャンスパターン「烈火」がその曲です。



「烈火」では熱い歌詞が使われていますが、小山、湯浅、井上ら、当時の三年生応援指導部員が考えた歌詞なのです。僕も「烈火」の誕生に一役買えたことが嬉しくて、僕にとっても烈火は思いが深い曲となっていきました。

それまで僕は小山とは接点がなかったのですが、こういう熱い気持ちをぶつけ自分の夢を語ってくる小山は、なんと熱い気持ちを持ったすごい奴なのだろう、と感じたものでした。

「野球を愛し、野球部を愛し、ともに戦う仲間を愛し、その仲間達とともに相手と戦い、彼らを心から応援することに喜びを感じるナイスガイの小山」、と僕は当時のブログで小山の印象を書いています。小山と僕の深い接点が始まったのはこの時からだったと思います。

応援指導部の吹奏楽団責任者である湯浅も塾高時代は応援指導部でした。彼も「ポポさん」とニコニコしながら声をかけてきてくれる部員の一人であり、可愛い後輩でした。今回の早慶戦では試合前の応援席で彼と会えて、最後を惜しむかのようにいろいろと話ができたのが嬉しかったです。 
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もう一人、吹奏楽部で思い出が深いのは指揮を執る森田。彼との接点も塾高時代に遡ります。吹奏楽部だった森田が、球場で「ポポさんですか?」と声をかけてきてくれたのが最初のことでした。
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ブログをいつも楽しみにして読んでくれている話、野球が大好きで、熱く応援する気持ちなど、とてもニコニコした笑顔でいろいろと話をしてきてくれました。可愛い後輩です。でも笑顔の奥に秘める物凄く熱い闘志も伝わってくるのであり、こんな熱い奴が吹奏楽部にもいるんだ、ととても嬉しく感じたのを覚えています。

それまで、吹奏楽部って特別野球が好きなわけでもないのだろうな、と思っていました。ところがそれは大変失礼な大間違いで、野球を熱く応援することが大好きな吹奏楽部員がたくさんいることを、森田と出会って教えられたのでした。

定期演奏会〈2012/12/02〉での湯浅森田
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塾高時代の2007年秋季大会の地区予選、日吉台球場に観戦にきたバトン部の子たちが、たまたま僕の隣に座ったことがありました。彼女たちは僕がポポだと分かり、声をかけてきてくれました。やがて、「新チームの出場選手の名前がわかれば教えてください。早く選手の名前を覚えて登録メンバーの名前を全部言えるようにしたいんです」、と頼まれた時には、この子達も何と熱い気持ちを持った子たちなのだろうと感心したものでした。そして翌年の夏、彼女たちはその熱い思いも力となって、甲子園のアルプススタンドで踊ることが出来たのでした。

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そしてこの代は保護者の方々ともとても仲良くさせていただき、飲み会に声をかけていただくことも多く、本当に楽しい時間を過ごさせていただいた事でも印象が深い代でした。あの時のブログにこういう事を書いてもらって、こういう写真を貼ってもらって、息子も本当に喜んでいる、球場に来られない地方在住の家族や親せきがブログをとても楽しみに読んでいるなど、嬉しい話もたくさん聞かせていただきました。頂いた言葉がブログを書き続ける上での、物凄いパワーになりました。

保護者の方々と親しくなると選手を見る目もより親目線に近づいていくのです。すると、なおさら応援に力が入り、熱くなっていきます。ブログを書くのにも自然と力が入るようになっていったのでした。

ある保護者の方から「ポポさんのブログは1億円の価値がある」なんて言っていただいたこともありました。1億円で買っていただけるのなら、会社辞めてブログで専属記者になりますので喜んで、と思ったのですが、それから話が進むことはありませんでした(笑)。

塾高時代の同期であるブログ愛読者が、ポポさんのブログを本にしたい、と真剣に知人が勤務する出版社に売り込んでくださったことがありました。内容も表現も稚拙だし、そもそも内輪受けのブログだし絶対に出版なんてありえない、と彼には伝えたのですが、出版を本気で考えて動いてくださった彼の心意気にはとても胸が熱くなったものでした。「出版はちょっと難しいな」、と出版社からの答えは予想通りでしたが、彼はとても残念がってくださり、その熱意には本当に感謝感激でした。

話がそれましたが、塾高時代から熱かった野球部、応援指導部、吹奏楽部、バトン部の部員たち。保護者まで含めてとても良くまとまっていた素晴らしい代でした。こんなにも揃って現場と近くなって一緒に応援してこれたのがこの7年間。だから、やっぱりこの7年間は特別に楽しかったのです。

そのへ続く〉



popo0803 at 14:59|PermalinkComments(10)TrackBack(0)塾野球部〈2012年〉 

【7年間を振り返る】その Чがった応援の輪

全くブログを更新することが出来ずに今年が終わろうとしていますが、たちの野球を塾高時代から応援してきた7年間を振り返りながら今年を終わりたいと思います。

今年、一番熱く応援してきたのは塾高時代から応援してきた錬・小山の7年間の締めくくりとなるこの1年でした。ブログを通じて応援してきたこの7年間を振り返りながら、感謝の気持ちを記してしめたいと思います。かなり個人的な観点からの振り返りで、且つ、長く取り留めのない話になってしまいますがご容赦ください。

◆ブログとともに歩んだ7年間

塾高時代からの7年間、一緒に時を過ごして応援をしてきたチーム、そしてそれをいつも熱く応援し、僕ら応援団にも応援の素晴らしさ、応援の力の凄さ、凄みを教えてくれた、まさに慶應義塾が一体となる応援指導を見せてきてくれた小山

彼らを中心とした選手、部員たちの活躍からもらったたくさんの感動、勇気、夢、希望、笑顔、涙、悲しみ、その他たくさんの喜怒哀楽には、言葉に尽くせないくらいの感謝の気持ちでいっぱいです。本当にどうも有難う。素敵な、素敵な7年間を本当にどうも有難う。とても楽しかったです。楽しすぎた7年間でした。

なんでこの7年間がこんなに楽しかったのだろう。もちろんほかの代だって同じように応援を楽しんでいるのですが、なんでこの代だけ特別の思い入れがあったのだろう。振り返って考えると、僕の中には3つの理由がありました。

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つ目素晴らしい野球の活躍です。塾高3年の2008年夏の神奈川県大会決勝での東海大相模との死闘〈観戦記前半後半〉、そして46年ぶりの夏の甲子園は、本当に楽しすぎた夏でした。応援の素晴らしさ、応援の持つ力を小山が教えてくれたのもこの夏だったような気がします。大学でも二度の優勝を経験し、本当に野球と応援を楽しませてもらいました。
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2つ目は特にこの7年間で野球をきっかけに仲間の輪が広がったことです。これまでご無沙汰していた学生時代の先輩同期後輩たち、野球部の仲間とも会う機会が増えました。それに加えて素晴らしかったのは、インターネットの力で、慶應義塾の野球を応援するたくさんの仲間と知り合えて、それはもう本当に大きな輪となって広がり、多くの方々と一緒に楽しんで応援することが出来たことですs。この広がりは本当に素晴らしいものでした。

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つ目は個人的な理由ですが、これほど多くの野球部、応援指導部、吹奏楽部、バトン部、そして保護者の方々から「ポポさん」と声をかけていただいた代はなかったと思います。だから選手をとても身近に感じることが出来ました。後輩という部分だけでなく、ある時は友達感覚で、ある時は保護者感覚で応援することが出来ました。保護者の方々からも気軽に声をかけていただき、たくさん飲む機会がありました。余計に選手達が自分の子供のような目線で応援できたのがこの代でした。

◆広がった応援の輪

野球の活躍はあとで書くとして、まずは広がった応援の輪の話から。

この代は、本当に多くの人々に応援されて愛されてきた代だと思います。そしてこの7年間、応援する者の心を魅了してきた彼らの野球と活躍は、急速に発達してきた掲示板や試合速報、ブログ、FaceBookなど、インターネットの世界を通じて、たくさんのファンの心をつなぎあわせ、慶應野球を応援するとてつもなく大きな仲間の輪となって広がっていきました。

そういう意味では、僕のブログも慶應義塾の野球を応援する輪の広がりに、かなり貢献をしてきたブログだと思います。

塾高野球部が46年ぶりに夏の甲子園に出場し、卒業以来ご無沙汰だった同級生や先輩、後輩たちとも久々に飲む機会がたくさん出来ました。以来、定期的に集まる仲間の輪となって定着し、今もたくさんの機会を楽しんでいます。とても素晴らしいことです。

普通だったらお話しするきっかけもない野球部の大先輩方ともご一緒させていただく機会が増えました。野球部の先輩、同期、後輩と飲む機会も格段に多くなりました。

野球を応援する仲間とは、本当にたくさんの方々とお知り合いになれました。そこは卒業年次など関係なく、ただひとつ、みんな慶應の野球が好きで応援している気の合う野球バカの集まりでした。この仲間の輪は、これからもずっと親しくしていける一生の友だと感じています。

制服姿で球場に応援に来てくれる女子高生からも、「ポポさんですか?」と声をかけてもらうことがあり、可愛らしいファンからの声掛けはとても嬉しいものでした。

彼女達から見せてもらった応援日記やスクラップブック、手帳などは、まさに彼女たちの青春そのものがびっしり詰まった宝物、その熱さにはとても驚かされ、刺激を受けました。彼女たちが応援している選手を熱く語るのを聞かせてもらうのも、とても楽しい時間でした。

高校野球が大好きな女子高生の視点は本当に新鮮で、僕も今まで感じたことがなかったような角度、視点で観戦してみることを彼女達から学ぶこともありました。大好きな高校野球や彼女たちが応援している選手を熱く語るのを聞かせてもらうのも、とても楽しい時間でした。

その後、塾に入学して活躍し、今は社会人で頑張っている子もいれば、他大学の現役で頑張っている子、今頃受験勉強で大学を目指している子もいます。

「ポポさんですか?いつもブログを楽しく読んでいますよ」、と初めてお会いする方からお声かけをいただくこともよくあり、とても嬉しいことです。ブログを読んでくださっていてもお会いしたことがない方はたくさんいらっしゃいますが、ブログに皆様からコメントを頂き、野球の話が出来るのはとても楽しい時間でした。

コメントまで頂かなくても、特にシーズン中にたくさんいただくアクセス数は、いつも楽しみに読んでいるよ、という応援のアクセスだと受け止めています。そしてそれらはこれからもまた新たな出会いがあるチャンスを示している数なのだと思っています。

この7年間、野球の応援に加え、このような仲間の輪が広がり、人との繋がりが増え、旧友との絆が強まり、予想もしないような出会いなどを重ねて大きく育ってきた応援の輪の中で、本当に多くの方々と一緒に慶應の野球を応援できたことは最高に楽しかったことでした。

全く接点がなかった人たちを、これだけのパワーで繋げてきた錬や小山たちの代は、野球と応援で人を惹き付ける物凄いパワーを発してきた代でした。まさに慶應義塾社中、ファンまで一体となり繋がる、絆を強める動きを、錬の野球が、小山の応援が実現させてくれたのだと感じています。

だから彼らの代はすごいのです。彼らの野球、そして応援があったからこそ、僕らはこれだけのたくさんの素晴らしい出会いをしてこれたことに、本当に多くの方々が心から感謝をしていることと思います。

もちろん彼らの7年間だけで築いた力ではないのですが、でも特にその動きが顕著だったのがこの7年間であったと感じます。やっぱりこの7年間は特別に最高で楽しかったのです。

そのへ続く〉



popo0803 at 00:50|PermalinkComments(5)TrackBack(0)塾野球部〈2012年〉 

2012年12月19日

ご無沙汰しちゃってます

ブログの更新を大変ご無沙汰しておりまして申し訳ございません。実は、私、某赤い銀行に勤務しているのですが、銀行はある年齢になると、関連会社や取引先である一般会社に転籍をしなければならなのです。ということで僕もそういう年になりまして、来年17日〈月〉より、某社に転籍含みの出向をすることになりました。約30年間勤務してきた赤い銀行は、順調にいけば6月末に退職する予定です。

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月中旬から先週末まで数えてみたら24日間も飲みました。要はほぼ毎日。こんなに飲み続けるのは、しかも自分が主役になってなど、絶対に人生で最初で最後のこと。最後の1週間は夜だけでは間に合わず、昼飯を一緒にさせてもらいました。熱く仕事をしてきた昔からの仲間を含めてたくさんの皆さんに送別していただき、楽しく酒を飲み、良い出会いは自分にとっての最高の財産であることを改めて感じています。

新しい職場は環境も一変し、すべてが新しいチャレンジとなります。不安な気持ちはもちろんありますが、今は、不安よりもむしろ期待と楽しみの方が強い気持ちの自分を嬉しく感じています。少なくとも試合開始前に、今日、この相手との試合は気持ちが乗らないな、という気持ちで向かうのではなく、よっしゃー、やったろーぜ、と試合開始を楽しみにしてプレーボールを迎えることが出来ることに感謝しています。

ということで、11月中旬からブログを書く時間、余裕は全くなくなり、週末も諸々に追われてブログは手つかず。時々頂いたコメントにも返信が出来ずに申し訳ございませんでした。

先週の14日〈金〉が銀行出勤最終日で、今週から年末まで休暇を頂いています。といっても新会社との顔合わせの飲み会が2回あり、その他にもいろいろ入って、あまりゆっくりと休めそうにはありません。が、しっかりと充電して、新天地でも頑張っていきたいと思います。

ブログの方ですが、なんと早慶戦の締めすら書けていないのですね。錬の7年間、7割くらいは書いていたのですがそのまま状態。でも、その後も試合などはそれなりに見に行っているのです。残念がら4位に終わったけどいろいろな思いを込めて応援したチーム上保のアメフト最終戦となった早慶戦、またもや桐蔭学園の壁を越えられなかった塾高ラグビー決勝戦東日本中学ラグビー準決勝普通部対本郷大学ラクロス初の男女アベック日本一、さらに女子は日本一の栄冠に、そして最後まで彼らを応援した小山ら応援指導部の定期演奏会などなど、素晴らしい試合は書きたい話もたくさんあるのですが、とにかくブログを書く時間など全くなく今に至ってしまいました。

こんなに更新をさぼっていても、毎日250人前後の方がご覧いただいてくださっています。とても有難いことです。なのに期待に応える更新が出来ないことを残念に感じています。

ただ、今後も新しい仕事への準備や、これまでの片付けなどに時間が必要で、年末までどれだけ書くことが出来るか、そして来年になっても当面新しいことへの勉強が続きます。従ってブログをどれだけ書けるかはちょっとわからない状態です。とはいえ、まあ今後もマイペースで書けるときに少しずつ書いていきたいと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。



popo0803 at 01:36|PermalinkComments(12)TrackBack(0)Blog 

2012年12月01日

定期演奏会のご連絡 〜湯浅君からのメッセージ

※12/1〈土〉までは、当記事が常にトップに置かれます。

毎年、12月に開催される慶應義塾大学應援指導部吹奏楽団・チアリーディング部62回定期演奏会が、今年も122日〈日〉に渋谷公会堂で17時から行われます。

この7年間、錬たちの野球からはたくさんの夢や感動をもらいました。その裏には、スタンドの応援団をまとめ、グラウンドと一体となって戦ってきた、応援指導部・吹奏楽団・チアリーディング部の力がありました。個人的にはこの7年間、応援の素晴らしさ、応援の力、応援の凄みなど、たくさんのことを彼らから教えてもらってきた気がします。

今日もラクロス全日本大学選手権の決勝戦がありました。スタンドには大声を張り上げてグラウンドの選手を応援する応援指導部の姿がありました。最後の最後まで、塾体育会を心から熱く応援する彼らの姿はいつもぶれることがなく、慶應をひとつにする魂のこもった応援を繰り広げてくれるのです。

そのラクロスは、スタンドと一体となった慶應義塾が素晴らしいゲームを展開し、男女とも決勝戦で見事な勝利をおさめ、史上初の同大学男女アベック優勝、学生日本一を果たしたのです。みんなの力で日本一を勝ち取ったのです。

そんな彼らも、いよいよ、来週の定期演奏会をもって、大学での活動から引退します。野球、その他塾体育会の応援をリードしてきてくれた彼らの最後の舞台です。これまで応援を楽しませてもらってきた彼らの活動を、今度は我々応援団が応援してあげる時なのです。しっかりと、彼らの最後のパフォーマンスを見届けてあげたいと思います。

応援指導部には、野球部に負けないくらい野球が大好きで熱い連中が多いことに驚かされます。個人的にも野球部よりも多くの部員が連絡をくれ、小山はもちろんのこと、指揮担当の森田、吹奏楽団責任者の湯浅などは特に塾高時代から「ポポさん」と慕ってきてくれたこともあり、僕も話をする機会の多い連中でした。錬の代の野球部にも特別な思いはありましたが、応援指導部のこの代にも、特に熱い思いを感じているのです。

小山
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森田
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湯浅
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この度、湯浅から、定期演奏会の情宣依頼を受けましたので、彼のメールをそのまま添付して、定期演奏会のご案内をここでもさせていただきます。

みなさん、12/2〈日〉の定期演奏会、是非とも彼らの最後の舞台を応援に行きましょう。どうぞ、よろしくお願いいたします。

◆湯浅からのメール

ポポさんのブログをご覧の皆様こんにちは。應援指導部吹奏楽団の湯浅と申します。いつも野球を始め、様々なスポーツの場にお越しいただき、ありがとうございます。

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2日(日)に應援指導部吹奏楽団・チアリーディング部の定期演奏会があります。年の暮れにもう一度皆様と気持ちを一つに楽しみたいと思い、宣伝させて頂きます。各体育会の活躍に刺激を受けながら、私たちも負けないように練習に励んでいます。

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年生はこれが最後のステージとなり引退となります。今まで応援席にお越しいただいた皆様に感謝の気持ちを込めて、元気いっぱいのステージをお送りします。今年は例年には無いパフォーマンスも用意しています。應援指導部『チーム小山』の集大成にご期待下さい。

吹奏楽曲だけでなく、ポップス、チアステージ、マーチングドリル等…吹奏楽に興味ない方でも楽しめるステージになっています。もちろん、チャンスパターン・若き血も歌います!

チケットは前売り券の販売は本日で終了しますが、当日券もご用意しています。皆様のご来場をお待ちしてます。詳細は以下をご覧ください。

★慶應義塾大学 應援指導部吹奏楽団・チアリーディング部 第62回定期演奏会★

日時:122日(日)
 1630 開場 17:00 開演
会場:渋谷公会堂

曲目

Pops Stage
 
Slipstream(P.Sparke)
 魔法にかけられて(鈴木英史編曲
)
 ブラボー・ブラス(星出尚志
)

Symphonic Stage
 マーキュリー
(Jan Van der Roost)
 吹奏楽の為の第一組曲
(A.Reed)
 「威風堂々」第一番
(E.Elger)

☆Cheerleading Stage☆

Drill Stage
 
Opener: Fantasmic!(Bruce Healey)
 Cheer College: ロマンスの神様(広瀬香美
)
 Guard Feature: HERO(服部隆之
)
 
Baton Jazz Dance: Chicago(John Kander)
 
Main College: CAMINO REAL(Ken Dye)
 
Cheer Stunts: I SHOULD BE SO LUCKY(Kylie Minogue)
 
Main Corps: JESUS CHRIST SUPERSTAR(Andrew Lloyd Webber)
 
Closer: My Best Of My Life(Superfly)
  他

★詳細はコチラ↓↓↓
http://keio-cheer.com/band/


以上、湯浅君からのメッセージでした。僕のブログをご覧いただいている皆様、どうか、彼らの最後のステージへの熱い応援をすべく、是非とも渋谷公会堂まで足を運んでいただきますようお願いいたします。

※このブログは11/25〈日〉に書きましたが、定期演奏会前日の12/1〈土〉までは、ブログのトップ記事に置くことといただきます〈12/1付の日付にしています〉。従いましてそれまでは新規更新記事は、当記事の次に記載されていきますのでよろしくお願いいたします。


popo0803 at 23:59|PermalinkComments(5)TrackBack(0)慶大野球部・応援指導部