2007年10月10日

 今日、目についたというかブログのネタとして引っかかったのは、民放のドキュメント番組での女子プロゴルファーの一言。

「先がないスポーツを何でできるんだろうと思っていて・・・(略)。」

 いや、確かにそうなんだ。日本での現状を冷静に考えたら、比較されたバレーボールやバスケットボールに比べれば、ゴルフなんて人生の期間でいえば圧倒的に長期間のプレーが可能なんだ。うん、それについては問題ない。

 当方が引っかかったのは、そのことじゃない。

「ならば、あなたたちのいる「女子プロゴルフ」という世界に、本当に未来があると言い切れるのか?」

 こういうことだ。確かに、近年はこの当事者の女子プロも含めて、若手女子プロの(いろいろな意味での)活躍によって、女子プロゴルフという存在は認識を高められてきたと思う。逆に男子プロゴルフが冬の時代といわれる始末。

 でも、間違えてはいけないのは、男子も女子もない「プロゴルフ」という産業だけで考えれば、産業規模は決して高まってはいないということだ。要するに、男子と女子の割合が変化しただけで、総数はほぼ変わりがないということなのだ。そしてそれは、日本に限らず、世界のゴルフ人口すべてでも言えることなのだ。

 それこそここ数年、女子プロゴルフ界では韓国勢の活躍がめざましい。韓国では幼少時からゴルフの英才教育を施し、それこそ子供に注ぎ込んだ額に比例してその選手の活躍がほぼ確実に保証されている、というすごい状況にまでなっている。確かにそうなのだ。近所の練習場でひたすら練習する子供とアメリカや日本などにゴルフ留学させてトップティーチングプロに師事し、金も時間も徹底的に注ぎ込んだ子供では、恐ろしいまでにプロとなった後の賞金の稼ぎ具合に差が出るのだ。それも、子供時代に注ぎ込んだ割合分だけ見事に差が出る。

 これは何を意味するのかといえば、プロゴルフというのは究極の賞金稼ぎだということだ。まず競争することがない。トーナメントで順位の差が出るのはあるが、あれは競争ではない。自分の能力で他のプレイヤーのスコアなり何なりを下げることは不可能なのだから(細かいことにケチ付けて失格にするくらいはするだろうけど)。で、賞金稼ぎという職業の場合、勝負する場面において、その直前までのコストの掛け具合で見事なまでに勝負での結果が分かれてしまう。つまり、稼ぐためには金をかけておかなければならない。さらに上に行くにはさらに金をかけなければならない。プロスポーツの中でも、バクチが絡まないタイプの中ではトップクラスの、コストと賞金の比例したものが、プロゴルフだということだ。

 その意味では、この女子プロゴルファーの発言は、少なくとも非難される筋合いはない。ただ、それはあくまでも・・・。

「自分が自他共に認めるトップ選手になった場合に限って許される。」

 ということだ。この発言が、それこそ現会長である樋口久子選手(それこそゴルフは一生のスポーツということなので、引退はないものと判断してこういう呼称で)やらアメリカ女子プロゴルフで名を轟かせた岡本綾子選手、国内では無敵、すでに永久シードまで取っている不動裕理選手が発言したことなら、反発もあるだろうが説得力もあってかなりの納得も得られるだろうと思う。だが、今度の発言した選手に限れば、少なくともトップ選手ではない。確かに賞金ランクなどではトップクラスだろうが、トップは取ることよりも、トップを継続する方が圧倒的に難しい。上記3人などはその説得力において(トップを守る)結果を残している。現在アメリカツアーで苦戦中のM選手や、日本では結果を残している自分より、むしろパパの行動・発言が注目されるY選手でさえ、トップとは言い難い。それと同等程度の選手が他のスポーツを見下し、ゴルフこそが正しいと受け取られかねない発言をするのは、間違っているとはいわないが、明らかに役不足だったということだ。

 それに、明らかな誤認だと思われるのが1つだけある。この選手が「稼ぐ」という大前提で発言したというのなら(家計的な理由もあるらしいけど)、それならゴルフを選んだことは「?」ともいえるのだ。

 確かにプロゴルフは、活躍すれば稼げる。プロスポーツだけに限定すれば、バレーボールは確かに稼ぎの面で劣るのは否めない。だが、バスケットボールと比較すると、ゴルフは圧倒的に不利だというのがはっきりしている。

 確かにバスケットボールやバレーボールは、自己の体躯が才能の大部分を占めることもあり、単純にゴルフと比較は出来ないかも知れない。でも、それは逆に言えば、ゴルフは己の潜在的能力はバスケ程なくていい、と認めてしまうようなもので。しかも、プロに限定すれば、プロゴルファーとプロバスケ選手では、圧倒的にバスケ選手の方が収入面(年俸)では高い。まともに相手が出来るのは、プロではタイガー・ウッズくらいだ(いや、おそらくタイガー・ウッズ以外では、これから先も応じられるのはいないだろうとさえ思う)。

 もしこの選手が、日本だけの前提でこういう発言をしたのなら、そんな狭い見識を披露するのはやめなさい、と言いたいし、もし広い世界でと思っていたのなら大きな勘違いだと言いたいのだ。女子の現状で考えても、今の日本のプロゴルフで考えてみれば分かる。男子と女子でいえば、その能力も将来的には大差がないほど接近するという。それは、収入面でも同等になるということだ。女子でなければダメなスポーツはあるかもしれないが、男子でなければダメなスポーツは、今のところ見つけることは出来ない(大相撲はその限定的な唯一の例かも知れない。でもあれは、所作や装束に制限があるだけで、相撲という競技でいえば女子に不可能な条件は何もない)。

 それに、プロスポーツということでの理解度を考えても、この選手はどこか誤解があるのかも知れない。プロスポーツは自分の成績・戦績だけで収入が変動するわけじゃない。スポンサー契約やCM契約、ティーチングなどでの報酬、それこそそのすべての契約面をサポートするマネジメント能力。そういうものをすべて加味して初めて「プロ選手の収入」なのだ。それを考えれば、バレーボールやバスケットボールとゴルフを比べてしまうと、確かに賞金では勝ち目はないかも知れないバレーやバスケ。でも、スポンサー契約やCM契約という面でいえば、ゴルフはこの2つには及ばない。タレント性という能力で圧倒的に劣っているからだ。そもそも、現在のゴルフ界ではいくら好成績を残していても、その成績の大部分は「使用ギアの性能」で片付いてしまうからだ。

 ほぼ同じ体躯・同じ能力の日本女子プロゴルフという狭い世界の中だからこそ、自分の成績が上がるんだという、そういう気持ちを持っていないと、ギア(道具類)の差が出なくなった場合、どうしても体躯で劣る分、海外勢に対して優位に立つことは少なくなるのだ。自分の能力、そして自分の稼ぎがどれほどの割合で自分の能力に依るものなのか、きっちり理解をしてから、対外的な発言につなげてほしいと思う。

 後々謝罪コメントなどを出しても、一度口から出た発言が自分の口に戻ることは絶対にない。特に今回については、映像という改変し切れない物的なものが残っている。確かに賞金額で1億突破したかも知れない。だが、日本ツアーの1億円が、海外でさほど評価されてないのは知られた通り(額ではなく、その試合結果・難易度)。だからこそ、高額賞金がかかるツアー終盤に、海外から出稼ぎ参戦してくる海外トッププロらに苦もなく優勝をかっさらわれ、賞金を持って行かれるのだ。それに、ゴルフという特定のスポーツでプロとして生きているなら、バレーボールやバスケットボールという「別のステージ」のスポーツと比較するような発言は、そもそもやめようよ、と思うのだ。バレーもバスケもゴルフも出来る選手なんて存在しないんだから。バレーなどを(他意がないとしても)誹謗するような発言をしてしまうと、向こうに一言言い換えされたら返答に困りますよ。

「じゃあ、バレーボールやってみてよ。」

 自分で出来ないことについては、批判はしない。慎ましやかというのはそういうところから生まれるものだと思う。自分という存在が、世界でどれほどのポジションにいるのか、もう1度冷静に見つめ直す必要があるのではと思うのです、この選手については。

 結局、この選手もそうだけど・・・何で自分の発言に対して、もっと慎重に・思慮深く考えることが出来ないんだろうか。特に自分がトップだと思っているなら、なおさら発言の1つ1つに力があるということは理解出来てしかるべきなのにね。まあ、結局序盤で書いた「女子プロゴルフの未来」ということにつながるのだが、この選手も含めてここ2〜3年で出てきた若手プロは、女子プロゴルフの氷河期を知らないから気楽なのだろう。賞金というシステムが出来たこと自体が近年になってからということさえ、理解出来てないのも原因だと思う。そして、この選手も含めて現在の若手女子プロも、現在の若者と同じ思考を持っているのだな、と考えてしまった。

「負け方を知らない」

 どんな人間だって、勝ちと負けでは勝ちを求めるのは当然。でも、永遠に勝ち続けることが出来る人間がいるのかといわれれば、絶対にいない。でも、この年代の人間というのは、負けという結果に対してネガティブな印象しか持てないのではないか、と思うのだ。負け=マイナスと直感的にイメージしているからだと思うが。ゴルフなんて特にそうだ。この選手のブログも拝見させてもらったが、やっぱり勝ちに対する執着心がかなり前面に押し出された印象があった。でも、どんなにその実力が驚異的であろうと、ゴルフでのツアーの勝率なんて2割行かないんだよ?その2割行かないことのために目を吊り上がらせて。残り8割をいかに「棄てる」かというのが、ある意味勝者の本質だと思うのだけど。

 プロである以上、メディア露出も避けられないだろうけど、今の現状のメディアはデジタルだの双方向だのといわれても、実際はいまだに一方通行なものでしかない。だったら、それに載る側も深く考えて行動すべきだと思うのです。

 とはいえ、発言を慎んで萎縮するのも考え物だし、自分の発言が間違ってないと思うなら、そのまま押し通せばいいとも思う。中途半端に謝罪なり反省なりを示すから、こんなことになるんだと思うのだ。それこそ某エリカ様と同じようにね(実はこれがこの欄の最大の本質だったりする?)。


(13:48)

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