薔薇の言葉

フランス語・フランス語教育/フランス語圏の諸相と女性事情/メディアと現代女性など

2005年06月

968c457a.jpgFrederic Beigbederという作家が次のようなことを書いています。
Le roman e'tait en train de disparai'tre parce qu'il racontait des histoires inutiles, de'rivait des personnages imaginaires, distillait des pense'es inactuelles, narrait des aventures irre'elles. Le roman n'e'tait pas necessaire a' notre e'poque.
〔...〕
Les choses importantes de ta vie, les journaux n'en parlent jamais. Les choses belles dont tu te souviendras au moment de ta mort ne sont pas imprime'es dans les magazines, ni dans les te'moignages de stars. Ta nostalgie, tes amours, ta famille, le sens de ton existence, la beaute' la ve'rite' tout cela est dans les romans et nulle part ailleurs. Il n'y a qu'en lisant des romans que tu as la conscience d'exister. Te priver de romans, c'est te priver de ce qui te rend grande et eternelle. La societe actuelle se detruit en fuyant les romans. La mort du roman sera aussi la tienne, la mienne, la notre.
La mort du roman sera aussi la tienne
par Frederic Beigbeder
Lire, mars 2005
http://www.auteurs.net/chronique.asp/idR=142/idTC=11/idC=48165

小説といわず、映像、絵画、彫刻、写真、建築、音楽などの芸術と呼ばれる範疇に入るものの中には、Beigbeder の言う、la nostalgie, les amours, la famille, le sens de l' existence, la beaute', la ve'rite' tout cela が存在するのではないでしょうか。tout cela est dans les romans et nulle part ailleurs というのは、少し言い過ぎのように思われます。とりわけ小説や文学が芸術の一部とみなされてきている現代においては。

そう言いつつも、やはり小説には la conscience d'existerを感じさせる深く大きな何かがある、それは、nulle part ailleurs なのだ!と、どこかで信じている自分がいる。

eb29d405.JPG横浜フランス映画祭が開幕しました。http://www.unifrance.jp/yokohama/index.php


今年の日吉キャンパス・フォラムは、6月17日金曜日の午前10時45分から、コスタ=ガヴラス氏をお招きし、慶應義塾大学・来往舎の一階シンポジウム・スペースにて開催されます。



昨年は、アルジェリア映画のスペシャル版でした。アルジェリアの四十代と思われる監督と非常に存在感のある熟年女優の方が、人はアルジェリア戦争が終わったからすべての問題が解決したと思っているかもしれないが、現実は理想とはほど遠いと厳しい現状を語っておられたことが記憶に残っています。このフォラムは、毎年、大好評のようです。映画に興味を持つ学生たちも大勢詰めかけるため、すぐに満席となってしまい、立ち見を余儀なくされてしまいます。ダバディさんもかつて通訳として来場されたことがありますが、通常は通訳付きです。ご希望の方は、早めに来場されることをお勧めします。


写真の説明:6月11日の夕方、神奈川県西部の空を飾っためずらしい二重の虹です。筆者が携帯で撮影したものです。なぜか日付ばかりが大きく映ってしまいました。

 サンド・ミュッセ.JPG以前にフランス語のカタカナ表記について、ブログをフランス語でブロックと呼ぶのは、日本人にとって違和感があるのではないかといったようなことを書きましたが、大作『フランス女性の歴史』の著者、Montreynaudを「モントレイノー」とカタカナ表記された方がいて、フランス人に「モントレノー」ではないかと聞いてみたところ、「モントレノ」と表記するのが正しく、日本人はすぐに「−」と延ばしたがると訂正されてしまいました。

 ジョルジュ・サンドの小説”Indiana"に登場する金髪の美青年Raymonの発音は、日本人にとっては、酸っぱい果実を連想させる「レモン」なのです。レモンは、クレオールの女中Nounヌンの一途な思いを裏切り、人妻Indiana を誘惑します。このことを知り、レモンの子を宿していたヌンは入水自殺をしてしまいます。結局、レモンはIndianaをも欺き、金持ちの令嬢ロール・ドゥ・ナンジと愛のない政略結婚をするのですが、この金髪のDonJuanのイメージとレモンというカタカナ表記の発音はぴったりマッチしていて、フランス人にとっては何ら違和感はないのだそうです。レモンはフランス語ではcitronですから当然なのでしょう。

 ちなみに日本ジョルジュ・サンド学会は、共著『ジョルジュ・サンドの世界』を刊行した折に、こうしたカタカナ表記が問題となり長い議論の末、これまでの翻訳の表記にあったアンデイアナとレリアをアンディヤナとレリヤに改め、統一することに決定しました。二重母音ですからPianoは、フランス語ではピヤノでなくてはならないはずだ、私たち教師は勇気をもってこうした先人の誤りを訂正していく義務がある、という議論が勝算を得たのでした。
しかし、このように共有度の低い言葉については問題は少ないとはいえ、英語の影響により日本人の意識の中にすでに長い間、居座り、文化として内在化してしまっている言葉については、これを正しいからといって即座に訂正できないものもあるような気がします。続きを読む

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