薔薇の言葉

フランス語・フランス語教育/フランス語圏の諸相と女性事情/メディアと現代女性など

2005年10月

スワン・きよ・エッケ`くり


八月末からパリとマルセイユにしばらく滞在しました。
いつもは学会参加が主な目的のため、一箇所に留まって、閉鎖された時空間を過ごすことが多いのですが、久しぶりにパリのホテルや友人宅に滞在し、フランスの日常社会に溶け込んで、世の様変わりを経験してきました。

以前は多かった泥棒や、メトロや公園の物乞いの人々の数はごくわずかでしたし、意図的なお釣りの計算間違えにも出会うこともなく済みました。こちらが云いたいことをはっきり相手に伝えるという毅然とした態度をモットーにしたことが、少なからず、功を奏したのかもしれません。
例えば、円をユーロに替えたい時には窓口の人のいうなりになるのではなく、これこれの額のユーロを欲しいのだがそちらの条件はどうか、と交渉するのです。両替の窓口によっては信じられない額の手数料comissionを要求するところがあるので、よく注意しなくてはなりません。銀行だからといって日本のように安心できないのがフランスです。ある両替所では欧米人らしき旅行者と、自由経済なのだから譲れないと高額な取引を主張する窓口の居丈高な女性とが大喧嘩をしていました。良心的な両替所もあるので、そのような両替店はさっさと見切りをつけた方が賢明です。

ところで、「世界の国々の中で、友人を作るならフランス人が一番だ」とよくいわれますが、今回もフランス人の友情の厚さに様々な場面で感動しました。彼らは大げさなことはしません。ですが、仏人の友人は概して、友人となった相手には自分のできる範囲で、さりげなく、時には懸命ともいえるほどの暖かい友情を捧げてくれます。友人ではなくても心を動かされる出来事に出会うことがこれまでにもたびたびありました。機会があったらそんなことも書いてみたいと思っています。

Journal photographique より

"Notre ame tire sur notre chair comme un navire sur son ancre."

Leonce Peillard

われわれの魂は肉体を引っ張っている、錨が船を引っ張っているように。


"J'etais malheureux de n'avoir pas de souliers, alors j'ai rencontre un homme qui n'avait pas de pieds et je me suis trouve content de mon sort."

Meng-Tsen

わたしは靴がなくて不幸だった、そんなときに足のない人に出会い、自分の境遇は満ち足りていると思った。

http://www.languefrancaise.net/news/index.php?id_news=300


Litterisme pour literacy

Vocabulaire: entree de "litterisme"
L'emploi du litterisme, contraire de l'illettrisme, doit se generaliser dans la vie courante

Selon la Commission generale de terminologie et de neologisme, ce nouveau terme, qui vient d'etre publie au Journal officiel, est l'antonyme (contraire) d'illettrisme.
Il designe la "capacite a lire un texte simple en le comprenant, a utiliser et a communiquer une information ecrite dans la vie courante".
Pour la Delegation generale a la langue francaise et aux langues de France, l'emploi de "litterisme doit se generaliser rapidement dans le combat pour l'acces de tous au savoir et a la culture". "La lutte contre l'illettrisme exige le recours a des moyens humains et financiers mais necessite aussi des outils conceptuels permettant d'apprehender des situations sociales et de leur apporter des reponses adaptees", ajoute-t-elle.
La Commission generale de terminologie et de neologie, placee sous l'autorite du Premier ministre et president par Gabriel de Broglie, de l'Academie francaise, est "au centre du dispositif d'enrichissement de la langue francaise cree par decret du 3 juillet 1996". Son secretariat est assure par la Delegation geneale a la langue francaise.

公開し忘れていたブログです。

6月が終わらないうちに横浜映画祭の一環としておこなわれたコスタ=ガヴラス監督の講演のことを書いておかなくてはなりません。と思っていたのですが、とうとう七月になってしまいました。
日吉キャンパス「来往舎」シンポジウム・スペースで行われた今回の講演は、昨年ほどの入りではありませんでしたが、席は満杯でまずます盛況だったといえるでしょう。今年は一年生の授業と重なってしまったために、授業のノルマをこなした後の途中からの参加となってしまいましたが、入場した時には、まさに監督の講演が最高潮を迎えんとするところでした。それに続くフロアからの質問は、監督がまさに言いたいことを引き出すようなインパクトのあるものでした。

最も記憶に残っているのは、監督が映画製作について仏米の違いについて語られた部分でした。米国の映画制作の方法は、まずその映画が売れることを第一目標としていて、莫大な費用を投資する、それに良い評価や賞が伴えば理想的であるとする制作態度であるのに対し、フランスのそれは、作品が芸術的であることを最優先とするという精神が創作の根底に貫かれていて、たまたまそれが正当に評価されれば幸いであるとするという点で、根本的な違いがある、と力説されていたことでした。非常に印象的なお話でした。

講演の後、主催者に伺ったところによると、司会の方は例年と違い、市役所関係の方だったとのこと。キャンパスや芸術といった雰囲気にそぐわない、どこか暗く堅苦しい感じの方で、司会者であるのに監督の話の後は、すぐにご自分が喋りたがり、しかもそれがあまりぱっとしない話ばかりのために、その方の話が始まると、聴衆、とくに学生達が下を向いてしまうような光景がしばしば散見されたことでした。唯一、非常に残念に感じられたことでした。



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