薔薇の言葉

フランス語・フランス語教育/フランス語圏の諸相と女性事情/メディアと現代女性など

2006年01月

Cielアラン の『幸福論』より

On a besoin aussi de paroles pour savoir ce que l'on pense.
Tant qu'on est seul on ne peut e'tre soi.
Les nigauds de moralistes disent qu'aimer c'est s'oublier ; vue trop simple ;
plus on sort de soi-me'me et plus on est soi-me'me ;
mieux aussi on se sent vivre.
Ne laisse pas pourrir ton bois dans ta cave.

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Mes meilleurs voeux a' tous les lecteurs!


このブログにコメントをくださっている皆さま、
密かにご訪問くださっている皆さま、
明けましておめでとうございます。
そして、ありがとうございます。
戊戌年が皆さまにとって充実した素晴らしい年となりますように!

前回は、DALFや仏検の話題がこのブログを賑わせてくれましたが、Paul-ailleurs 様が見事、DALF
C1 に合格されました。Paul-ailleurs様、心よりお祝い申し上げます。ブログを拝見させていただけば当然の結果だということは一目瞭然ですが、実力が正当に評価されたことは、何にもましてうれしいことに思われます。それに対し、仏検一級では同じ評価が与えられなかったのは、非常に残念でした。このところ、仏検の受験者数が減少傾向にあるとのことですが、今後はDELF/DALFとも関連せ、仏検のあり方を総合的に検討していく必要があるように思えます。このブログをお読みくださっている関係筋の先生方、今一度、ご再考くださいますようお願い申し上げます。

大学ではすでに6日から授業が開始し、期末試験も近づいてきました。年々、早くなる講義要項やテキスト決定、年末締め切りの紀要原稿などに追われた師走に続き、おもに私立大学の教師にとっては、試験問題作成、採点、成績評価の多忙な時期に突入しました。
 
J.-J.Roussaeauは、自己にはmoi socialと moi particulier があると自己を分類しましたが、どこまで社会的自己であり続け、どのようにして内面的自己を守り得るのかは、難しい問題です。今年は社会的自己に翻弄されることなく、ゆっくり流れる時間の中でじっくりと内面的自己に向き合っていきたいものですが、現代社会に関わっている限り、容易なことではないかもしれません。moi particulierであり続けながら、それがmoi socialに反映するという理想的な形はどこかに存在するものなのでしょうか。
 
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

 
 
 
 
 

 

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