薔薇の言葉

フランス語・フランス語教育/フランス語圏の諸相と女性事情/メディアと現代女性など

2008年07月

先のブログに書きましたが、彼女たちに結婚したいかどうか聞いてみたところ、結婚して専業主婦になりたいと挙手した学生は、およそ60人中、たった二人だけでした。この大学は、かつては、いわゆる質実剛健と良妻賢母養成型の教育で知られる大学。十年ほど前に試みた同じ質問に対し、クラスの半数が結婚して家庭に入りたいとし、半数が仕事を持ちたいと意見が二分していたことを思うと、時代の変化を実感する思いがした。
 
先日、お茶して話した女子大生は、いわゆる私立名門の共学大学の学生たち。彼女たちの意見は、明確だった。好きな人とは結婚したいが、今は結婚よりも仕事。しかも、以前はスチュワーデスやテレビ関係がいいと思っていたけれど、よく考えてみると、これらは仕事といえばお茶くみみたいなものだし、若いときだけのお飾りキャスターか天気予報のお姉さんにすぎない。海外特派員あるいはNHKのドキュメント担当や番組キャスターだったらなってみたいけど、という。さすが、彼女たちはしっかりした考え方をしている。

ところが、昨今の女子大生の生き方について、関西の公立大学の先生とお話したところ、彼女の学生たちは大半が結婚願望だという。就職しても猛烈社員になる先輩を見ていると大変そうなので、経済力のある男性を狙って結婚し家庭におさまる方が楽だからと考えるのだそうだ。楽をしたいから結婚する。自分に素直といえば素直といえるのかもしれないが、どこか、何かが違うのではないか、ずれているのではないかという気がしてならない。一部にこのような考え方をする学生がいるのはわかるが、大半がこのように考えているということが衝撃なのである。

他方、ある私立の音楽大学では、女子大生たちが恋愛談義をしていた。それによると、「恋愛は最初の二ヶ月だけが浮き浮き気分で、相手のことがまだよくわからないからミステリアスで、モヤっとしてて楽しいけど、三ヶ月を過ぎると家族のような気分になってきてしまう。恋愛が素敵なのは最初だけよね」という点で意見が一致し、盛り上がっていた。ただ、カナダ人が恋人というひとりは、「あまりそういう感じはしない。一年が過ぎたけど、ずっと恋人気分」と言って、仲間に羨ましがられていた。また、「ケチな男は許せない。割り勘を十円まで細かく請求する人がいたけど絶対やだ!」という意見も。これにも全員の意見が一致していた。
確かに彼女たちの話は、興味深い。

寛一とお宮の純愛も、シェルブールの雨傘のジュヌヴィエーヴとギィの恋も、大きなダイヤモンドの指輪がその炯眼なまばゆい光で経済力を持たない若い女の心を射溶かし、愛の本領と錯覚させてしまう。お宮もジュヌヴィエーヴも、純粋な愛に生きることはなく、富ある男との結婚を選択する。21世紀の現代は、寛一、お宮の時代でもないし、1950年代でもない。それなのに、一部の恵まれたチャンスのある者達以外の大半にとっては、半世紀以上あるいは一世紀以前と同じ状況だということなのか。

彼女たちの問題は、自分で自立しようとしないところにある。自立したいのだろうが、できない現実を知っているとも言えるだろう。音楽が好きで音大生とはなっているが、成功するのはほんの一握りに過ぎない。格差社会のなかで会社員になっても、フリーターで働いても、どちらも大変なだけだ。だったら、結婚して趣味の音楽を続けるのが一番ということになるのだろう。

「できる女」の若い同僚は、「男とは金の切れ目が縁の切れ目なのよね」と言って笑っていた。男にとっても、「できる女」はダイヤの指輪をプレゼントしてくれなくても、くれても、魅力的な存在ということになり、「できない男」の側からの「できる女」との結婚願望が今後は増えてくるのかもしれない。古い二項対立の性の境界線がなくなるのが二十一世紀ということになりうるのだろうか。

現代の日本の若者たちは、それなりの幸福感をもっているのだろうか。大学生の多くはそうかもしれない。が、彼女らの恋愛談義を聞いていると、世代間の差かもしれないが、カップルあるいは結婚の幸福についての考え方に何かが違うという違和感を感じざるをえない。愛し合う者同士は、お互いに等しく仕事をもって自立し、二人の力と現在の日本では到底、望めない社会全体の社会力を得て子供を育て、二人が共有する夢や同じ方向に向かって歩むことのできる関係が理想なのではないだろうか。

南仏に四年間、留学していた院生時代の頃、仲間や友人たちと話していた頃を思いだした。彼らとの会話は、同じように日常の天候の話題から出発しても、帰着点は異なっていた。日本での日本人との会話は、それはそれで楽しいのだが、フランスにいた時のように、心底から話をしたという気になれないという印象がつきまとう。フランスであるいは日本でも、かの国の人たちと会話をしていると、場合にもよるとはいえ、相手の社会階層を問わず、なぜか深いことについて、自己の内面の深淵な問題に触れるような、いわば哲学について、いつのまにか話しているという実感がしたものだった。それは、とても新鮮なある種の幸福な感覚であり、自分にとって生きていくうえで極めて大切なものであった。この感覚は、その後のパリでの二年間の滞在のときも同じであり、現在もそうである。これは恐らく一部には、日本人と話す時のように、相手を傷つけないようにという過度な気遣い(fausse gentillese ?と勝手に名づけているが)または集団の意向や調和を第一に考える必要がなく、自分自身の個としての率直な意見を言えるということから来ているのかもしれない。

多くの若者たちを愛の問題でさえ経済問題に優先して帰結させ、伴侶を選択をせざるをえない状況に置く国は、ウォルフレンの『人間を幸福にしない日本というシステム』が警告して以来、20年以上も経つというのに、未だにそのシステムに深く傷ついたままの不幸な国だということなのだろうか。

『蟹工船』がベストセラーになっているという。ひとりの女子大生が書いていた。「この国には革命が必要だ」と。改革ではなく革命と断言しているところに彼女の現代に生きる危機感が表れている。


 

ある女子大生の講義クラス(約60名)で、パリテ法やパックス法について学習した後、彼女たちに聞いてみました。挙手による回答。

-結婚して専業主婦になりたい         2名
-結婚より仕事をしたい            52名
-必ずしも結婚でなくてもよいが
 好きな人を見つけて一緒に生活したい    ほとんど全員



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第五回 「女性作家を読む」研究会
日時 2008年7月26日(土) 14時〜17時30分
場所 日仏会館601号室
発表
 -第一部 14時〜15時30分
  「マダム・カンパンの回想記を読む」 新實五穂
 -第二部 15時40分〜17時30分 
  「十九世紀女性作家をめぐって」   村田京子
                         (敬称略)

マリー・アントワネットの側近であり女官長であったマダム・カンパンの回想記は、虚飾と悲劇の王妃と言われるマリー・アントワネットをどのように描いているでしょうか。
女性により書かれた場合、制度や文化が出会う場である回想記や自伝あるいは小説や新聞記事がもつ意味とは?
femme auteurとfemme ecrivainの違いとは何か、19世紀メディア王を夫に持つDelphine de Girardinが Charles de Launay 公爵の筆名を使って一世を風靡し、読者を魅了した理由とは?

村田様と新實様のご発表を中心に、上記の点について、また女性作家に関し、自由に皆さんとご一緒に議論できることを願っています。テキストは、第一回から第四回までと同様、Martine Reid 監修、Gallimard出版の2ユーロシリーズ・ポケット版を使用します。どなたでも参加できます。猛暑の中ですが、関心がおありの方はお運びくださいますよう、お待ちいたしております。                (文責 西尾)

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『フランス女性の世紀 啓蒙と革命を通して見た第二の性』 
著者/訳者名 植田祐次/編
出版社名 世界思想社 (ISBN:978-4-7907-1336-4)
発行年月 2008年06月
サイズ 286P 19cm  価格 2,310円(税込)

             本の内容
フランス十八世紀は「女性の世紀」である。それまで「第二の性」とみなされていた女性たちが、自立した生を主張しはじめる。彼女たちはいかに生き、何をいかに表現したか、男性作家の作品にどう描かれたか ? 彼女らの肖像を重層的に再現する。

           目次

1 小説の中の女性(悲劇の描き方-ヴォルテール『ランジェニュ』
  恋愛遊戯のモラリスト-クロード・クレビヨン『心と精神の迷い』
  貞節という美徳-ロベール・シャール『フランス名婦伝』 ほか)
2 女性たちの肖像(自立した啓蒙女性の軌跡-ベンティンク伯爵夫人
  さかさまのおとぎ話-スタール=ドロネー
  自己に忠実に生きた女性-デファン侯爵夫人 ほか)
3 女性作家の作品(見交わさざる眼差?リコボニー夫人『クレシ侯爵の物語』
  孤独な自己探求の道-グラフィニー夫人『ペルー娘の手紙』
  過去の残照?ジャンリス夫人『クレルモン嬢』 ほか)

ツール コム2バラ オレンジ













目下、多くの大学では、期末試験の真っ最中。
半期で15回の授業をというお達しの大学の夏休みは、まだ少し先。
来年からは16回厳守という大学も。休講した分は、補講が待っています。
休講分のお給料をカットされた先生もいるとか。
本当かどうかは定かではありませんが。
真面目に海外の学会やシンポジウムに参加するのも
困難になってきてしまいました。
海外の友人達がヴァカンス・モードになっているのが
とてもうらやましく感じられるこの頃です。

以下は、出版は少し前に遡りますが、少子化問題を考える上でお薦め
したい書です。

中島さおり(2005),
『パリの女は産んでいる〈恋愛大国フランス〉に子供が増えた理由』,
東京:ポプラ社,279p.

雑誌『ふらんす』(白水社)に2001年から2003年まで連載。
フランス人との間に産まれた二人の子供をパリで育てる著者の実際の
体験をもとに綴られたエッセイ。第54回エッセイスト・クラブ賞受賞

第一章「フランス女性は生涯現役」
第二章「フランス出産事情」
第三章「変わりゆく家族のかたち」
第四章「フレンチ・ママのサポート・システム」
第五章「大人中心のリラックス子育て」

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女子大で聞いてみて驚いたこと。
ショパンを知っているのは、クラスの約半数。
ジョルジュ・サンドを知っているという学生はゼロ。
サンドがショパンの恋人だったこと
二人の七年の歳月から多くの名曲が生まれたことなんて
もちろん誰も知らない。
そのことに驚いている自分に驚いている日々です。

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