薔薇の言葉

フランス語・フランス語教育/フランス語圏の諸相と女性事情/メディアと現代女性など

2013年03月

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以前に「女性作家を読む」会で講演をお願いしたドラ・トーザンさんから「愛に関する考察」(「ラブとセックスが必要な8つの理由─ドラ・トーザン」)が届きました。

<世界でもっとも恋愛体質のフランス人には、恋愛のない生活など考えられない>が、最も彼女が言いたいことのようです。以下は、彼女が強調する8つの論点です。

1.“amour(アムール)”がいまの日本には足りない。
アムールはフランス語で、「愛」とか「恋」とか「恋愛」とかという意味です。
男性から女性、お父さんから娘へと、いろんなアムールのレベルがあるけど、いまの日本には全部足りない。
私がビックリしたのは、「セックスレス」というコンセプトです。夫婦、カップルなのにセックスしない。理由を聞くと、「面倒くさい」。人生は愛するとき、愛されるときに豊かになる。
日本人はどうしちゃったんでしょう?

2.アムールとセックスのおかげで人間はバランスがとれる。好きな人とのセックスは食べること、寝ることと同じぐらい大事です。エンドルフィンが出てハッピーになるし、女性は美しくなる。

3.相手への感情を言葉で出すことが必要です。日本人の男性は慣れてないから、女性を褒めない。フランス人は見られるとか、コメントされるとか、大好きです。“seduction(セデュクシオン=誘惑)”が日常生活のなかにあって、日本語にすると難しいけれど、言葉のやりとりにゲームやアートのような感覚がある。

4.フランスはアムールが一番大事。でもカタチは縛られていない。結婚しなくてもいいし、結婚して離婚、再婚してもいいし、「パックス」という結婚と同棲の間のシステムもある。自由でフレキシブル。日本は「結婚」というカタチに縛られている。「結婚」と「アムール」は違うものです。

5.個人の幸せは国の幸せ
日本との大きな違いは、個人の幸せが一番大事なこと。18世紀のフランス革命の哲学のメインは、個人の幸せを追求することでした。日本は反対、和が一番大事。でも、フランスは個人が幸せだったら、家族も幸せ。自分の仕事が幸せだったら会社も上手くいく。会社が上手くいっていれば国も上手くいく。

6.フランス人はリーダーたちだってアムールがプライオリティをもっている。ナポレオンは偉大なリーダーだったけど、ジョセフィーヌにすっごく恋していた。

7.年齢は関係ない
最近流行っている「女子会」もそうだし、居酒屋を見ると男性ばっかり。もっと自然に女性と男性がミックスしてもいいと思う。年齢はアムールに関係ない。70歳でもアムールは感じることができる。もうちょっと自由にリラックスして、もっと軽い気持ちで、この人と好きだから一緒にいたいと考えたほうがいい。

8.情熱
ひと目惚れすると、情熱的な気持ちが生まれる。愛するときには、胸がいっぱいになる。恋は心で感じること。心がときめく相手に出会ったら、近づきたいと思う。
死ぬまでひとりの相手、というのは嘘。愛し合うことは楽しいことで、悪いことじゃない。
肉体的に激しく愛し合うという意味だけじゃなくて、官能的な関係はすごく大事。

会社のことで一所懸命になる必要はない。
3.11もあったし、大きな地震がいつ来るかもわからない。フクシマの問題もある。

日本人はもっと自分の人生をエンジョイしたほうがいい。
いまだからこそ、アムールの時間、セックスの時間、好きな人と一緒にいる時間を増やしたほうがいいと思います。


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フランス政府給費留学生募集要項 : 言語能力評価に関するお知らせ

日本フランス語教育学会(SJDF)は日本フランス語フランス文学会(SJLLF)と共に、フランス政府給費留学生選抜方式の変更に関してフランス大使館と協議を重ねてきましたが、アンスティテュ・フランセ日本本部は新たな選抜方式に関する文書を公表し、会員に対して周知することを求めてきました。

この提案の新しい点は、フランス政府留学生試験に応募する必要条件としてDELF/DALF試験、あるいはTCF試験のB2以上を設定していることです。この方式によれば、志願者のフランス語能力、とりわけ筆記により論述する能力を評価することができるでしょう。今回の大使館の提案は、昨年のフランス政府給費留学試験における突然の筆記試験の廃止以来、SJDFやSJLLFが主張してきたポイントに配慮がなされたものと評価できると考えます。


Suite aux discussions engagees par la SJDF et la SJLLF avec l’Ambassade de France au sujet de la reforme du concours des bourses du gouvernement, la direction generale de l’Institut Francais du Japon a redige une note a propos des nouvelles modalites qu’elle propose d’adopter pour ce concours et nous a demande d’en assurer la diffusion aupres de nos membres.

La principale nouveaute revient a faire de l’obtention du DELF/DALF B2 ou du TCF B2une condition necessaire pour se presenter au concours. Une telle initiative permet ainsi d’introduire une evaluation du niveau de langue du candidat, notamment de sa capacite a argumenter a l’ecrit. Nous nous rejouissons que par cette mesure l’Ambassade ait tenu compte des remarques qu’avait exprimees notre societe, conjointement avec la SJLLF, apres la brusque suppression de l’ecrit des BGF l’annee derniere.mailbox:///Users/nishioosamu/0/Library/Thunderbird/Profiles/nz9rqaa1.default/Mail/pop.dream.jp/Inbox?number=21487764&part=1.2&type=image/jpeg&filename=%E5%86%99%E7%9C%9F.JPG

On trouvera toutes les informations necessaires sur ces examens a l’adresse suivante :

http://www.calosa.com/delfdalf/accueil.htm
http://www.ciep.fr/tcf/tcf.php

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目黒安子著『みちのくの道の先ータマシン・アレンの生涯』
単行本: 293ページ
出版社: 教文館 (2012/05)
ISBN-10: 4764299496
ISBN-13: 978-4764299498
発売日: 2012/05

最近、著者の目黒安子先生(元アレン国際短期大学学長)とお会いする機会に恵まれました。
先生のお話では、東北でも江戸時代に踏み絵が行われており、処刑されたキリシタンは300名を数えたそうです。

本書はアレン国際短期大学の創設者であるタマシン・アレンさんの足跡を綴ったものですが、東北の大飢饉(1931〜36年)や昭和の大津波(1933年)が東北の人々をいかに悲惨な状態に陥れたかがアレンさんの書簡を通して読み取ることができます。二年前の大震災とオーバーラップします。

また、女性蔑視の激しい時代に、しかも東北の地に女子大を建設することが当時の人々にとっては面妖極まりないことで受け入れられ難く、実現に至る道のりは決して容易いものではなかったようです。

目黒安子先生先生ご自身も、毎週バスで片道3時間をかけて久慈市のアレン国際短期大学にフランス語を教えに行かれるといったご苦労をなさったとのことでした。

偶然図書館で本書を見つけたという次のサイトの管理人さんが詳しい内容を紹介しておられます。一部を転載させて頂きました。

http://blog.goo.ne.jp/kokakuyuzo/e/8e411778d1fe15663753d8834db2f56c

当時の子どもたちの様子です。アレンさんは徒歩で救援活動をしています。
「薄汚れた黄色な顔色をしていても、礼儀正しくまじめな子どもたちの表情を見て、どんなに飢えているのかがわかり、私の顔に涙が流れました。それから校長先生は一人一人の名前を呼んで、それぞれの家庭に必要なものを教えてくださいました。ボロボロの着物の子どもたちが一人ひとりおずおずと前に出てきて、何度もお辞儀をして食べ物や衣類の包みを小さな手で受け取りました。私は包みを渡しながら立っていたのですが、ウールの洋服を何枚も重ね着をしているのに寒くてたまりませんでした。零下10度の寒さの中で靴もなく下駄にボロボロの足袋、中には裸足のままの子どもたちもいて私はこころから恥ずかしくなりました」(書簡)

「沿岸地域の救助活動から盛岡に戻ってきた後も、ミス・アレンは山深い小さな村や津波に流された漁村の光景を忘れることは出来なかった。流された遺体の傍らで過ごした夜、険しい山の畑や漁村で働き、家庭の仕事に追われる女性たちの忍耐と勇気を愛情の深さを忘れることは出来なかった。男たちは出稼ぎに行く。痩せた土壌を耕作しても収入にはならなかったので、山仕事や漁に出て行き、畑と家庭と子どもたちを守るのは女性たちの役割。寒さと飢えに震えている子どもたち、ボロをまとった裸足の子どもたち(・・・)の表情が忘れられなかった」

タマシン・アレンさんは1890年にアメリカ、インディア州フランクリン市に生まれる。
1915年。バプテスト宣教師として来日。
1929年、盛岡へ。1938年久慈へ。
戦時中は強制収用所収監。アメリカへ強制送還。
1947年、再来日、精力的な活動開始。
1976年、盛岡にて逝去。

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哲学は日本の高校では世界史などでほんの少しかじる程度だが、フランスでは高校三年の必須科目なっているという。
普通科の文系コースで週8時間、経済コースは4時間、理系コースが3時間という具合に各コースによって学ぶ時間数は異なるようだが、それでも教育課程で学ぶべき重要な科目とみなされていることがわかる。

では、フランスの高校生は哲学の何を勉強しているのだろうか。
教科書の巻頭には、まず、学ぶべき二つの大きな目標である「概念notion」と「指標repere」が掲げられている。
「概念」は、主体、文化、理性と実在、政治、道徳の5項目に分類され、これらはさらに意識、知覚、言語、芸術、真実、社会、自由、義務といった25の小概念に分けられている。
「指標」の項では、「絶対と相対」、「信じる/知る」、「合法と正当」など、相反したり、関連する概念を取り上げている。
最後の章は、年代を追い、西洋の主な哲学者や思想家の紹介、先に挙げた概念・指標に関連した著作の抜粋から構成されている。

実際に哲学を学んでいる高校生によれば、「わかりきっていると思っていた、ある『概念』をよく考えてみると、そんなに明らかじゃないことがわかって考えさせられる」という点で哲学は自分にとって役に立つし、「哲学の中に出てくる概念は、物理とかの概念とも関係がある」から、「哲学を勉強してよかった」と思うのだそうだ。

日本人との会話は日常的な話題で終始してしまうことが多いが、フランス人と話していると、いつの間にか存在に関わる深い話(哲学的な話)をしていると強く感じることがあり、この感覚はどこからきているのか、何故なのかと不思議に思うことがよくある。
この疑問は、ひょっとすると彼らがこのように高校生の時に哲学に親しんでいるという事実と緊密な関連があるのかもしれない。

子育てママ・パパ必見!フランス流の幼児英才教育:

http://blog.livedoor.jp/porte21/archives/51769417.htmlhttp://blog.livedoor.jp/porte21/archives/51769417.html
http://tetsugaku-movie.com/http://tetsugaku-movie.com/

脳言語学に関するNHK番組  大変興味深い内容です。お見逃しなく!
3月30日:2h10 -3h   NHK GTV (chaine generaliste)
3月31日:10h - 10h50  NHK ETV

ーーー
Bonjour,

En fevrier dernier, une equipe de la television japonaise (NHK) est venue filmer au Canada une classe de ‘francais intensif’, chez des jeunes de 5e annee ages de 10 ans environ, qui applique notre approche neurolinguistique. La classe est situee dans un petit village de la province de l’Ontario, au Canada. Il y a eu aussi quelques entrevues de nous puis de Michel Paradis, etc.

Je viens d’apprendre que l’emission en question a deja ete diffusee au Japon le 25 mars dernier a 22 h sur ETV (avec sous-titres en japonais, je crois – mais je n’ai pas encore vu le DVD de cette emission, que l’on va me faire parvenir sous peu), sous le titre : ‘“Euro 24 Kick-off Special”.

Mais, je viens aussi d’apprendre qu’il y aura une deuxieme diffusion le samedi 30 mars entre 2h10 et 3h0 du matin sur la NHK GTV (chaine generaliste).

Et, il y aura une 3e diffusion le dimanche 31 mars entre 10h et 10h50 du matin sur NHK ETV (chaine educative).

Voila donc l’essentiel du message que l’on m’a transmis et que je m’empresse de vous retransmettre. Vous pouvez le retransmettre a qui vous le desirez.

Bien sincerement,

Claude Germain

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2013 年ソウル秋季大会について
日本フランス語教育学会理事会は,2013 年度秋季大会を韓国フランス語フランス文学教育学会(Societe Coreenne d'Enseignement de la Langue et LitteratureFrancaises(SCELLF)と共催の上,国立ソウル大学で開催すること決定しました。
会員の皆様には,ソウルでSCELLF と大会を共催することに驚かれる方もいることと思います。実際のところ,SCELLF との学術交流は2008 年頃より活性化し,これまで4 名の本学会会員が招聘され,研究発表などを行い,また2010年のSJDF40 周年記念大会においても多数のSCELLF 会員が参加しました。
韓国は1960 年代より中等教育に第2 外国語教育を導入し,現在もいくつかの大学では第2 外国語が試験科目として設置されています。また韓国フランス語教育学界の抱える教授法やフランス語教育を取り巻く課題は,日本のそれとかなりの程度まで類似しています。今回はSCELLF との大会共催をソウルで実施しますが,数年後にはSCELLF会員を迎えて,日本国内において大会を実施することを予定しています。
隣国との交流にあたり,交流の言語はフランス語です。これは,フランス語がフランスやフランス語圏の言語であるばかりか,東アジアにおける交流と友情の言語であることを証するよい機会です。フランス語を通じて近くて遠い国が,近くて近い国となるよう,会員のみなさまのご参加を期待しております。発表申し込みは4 月30 日です。

Date : les 18 et 19 octobre 2013
Lieu : SNU – Universite nationale de Seoul (Coree)
Theme principal : Perspectives et enjeux de l’enseignement du francais en Asie
Sous-themes (provisoires) a traiter pour le colloque

1) Les avatars de l’enseignement du francais ;
2) L’enseignement de la grammaire ;
3) L’enseignement de la litterature ;
4) L’enseignement de la culture ;
5) L’enseignement du francais a l’aide des nouvelles technologies ;
6) Les methodes contextualisees dans les institutions ;
7) L’evaluation des connaissances en francais ;
8) L’elaboration des manuels de francais ;
9) La formation des enseignants

Appel a communications
Chers membres et chers collegues,
La Societe Coreenne d’Enseignement de Langue et Litterature Francaises (SCELLF) a le plaisir
d’annoncer l’organisation en 2013 d’un colloque international conjoint avec la Societe Japonaise de Didactique du Francais (SJDF) selon les modalites suivantes :
Date : le 18-19 octobre 2013
Lieu : SNU – Universite nationale de Seoul (Coree)
Theme principal : Perspectives et enjeux de l’enseignement du francais en Asie
Sous-themes :
1) Les avatars de l’enseignement du francais ;
2) L’enseignement de la grammaire ;
3) L’enseignement de la litterature ;
4) L’enseignement de la culture ;
5) L’enseignement du francais a l’aide des nouvelles technologies ;
6) Les methodes contextualisees dans les institutions ;
7) L’evaluation des connaissances en francais ;
8) L’elaboration des manuels de francais ;
9) La formation des enseignants du francais
Les sous-themes seront repartis en sessions lors du colloque.

Nous vous prions de bien vouloir y participer activement soit en qualite d’intervenant(e) ou meme simplement en qualite de participant(e). Ceux qui souhaitent y faire une communication sont pries de presenter leur proposition d’intervention jusqu’au 30 avril 2013 en precisant les informations suivantes :

Nom et Prenom :
Etablissement et Fonction :
Adresse courrielle :
Tel. a contacter :
Titre de l’intervention :
(avec un resume en 200 mots environ)
Envoi a l’adresse : scellf2013@gmail.com

La duree de la communication est fixee a 30 minutes suivie d’une session de
questions-reponses.
La communication sera faite en principe en francais (langue commune), neanmoins
pour celles et ceux qui voudraient communiquer dans leur langue maternelle, seront
reservees une section en japonais et une autre en coreen.
Le texte de l’intervention (maximum 6 pages) devra etre remis d’ici au 30 aout 2013.
Pour plus de renseignements sur ce colloque conjoint, nous vous prions de bien vouloir
vous referer au site suivant :
http://www.scellf.or.kr/modules/doc/index.php?doc=page01

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「不安なく暮らす」ための全課題 PRESIDENT 2011年1月17日号より

神楽坂にある喫茶店「ジョルジュ・サンド」のオーナー吉村葉子さんが、雑誌記事 "「手取り」が減ったら何から削るべきか "(2011年1月17日号)の中でフランス式シンプル・ライフを提案している。

ー「フランスでは、ワークシェアリングを目的とした、週35時間労働制が法制化されている。」

当時の女性労働大臣マルチーヌ・オーブレが経済界の大反対を押し切り、週35時間労働法を法制化したことは記憶に新しい。これにより労働間の格差が減少し、フランス国民は金曜日の午後から仕事場を離れ週末の休暇をたっぷり楽しむことができるようになった。仕事に戻るのは、月曜日の午後からという感覚だという。それにもかかわらず、GDPが日本より高いのはフレンチパラドックスと言われているが、働き方の無駄を省けばこうしたことも可能なのだろう。何よりも仕事とストレスばかりの一生ではなく、男女ともに時間的に余裕のある暮らしを楽しめることは素敵だと思う。

そういえば、過日の日経新聞(2013年3月18日朝刊)のコラム「春秋」は、横浜市で開催中の女性の戦場写真家ゲルダ・タローの写真展(1930年代内戦中のスペインの女性兵士達)に触れ、日本が女性の働きやすい先進国において最下位から二番目であることを強調した上で、「女性が普通に力を発揮し、正しく認められる。そんな日本を誰もが望んでいる」と締めくくっていた。久々にうれしい記事を読んだ気がした。署名がなく記者の名前を知ることができないことを残念に思う。新聞もメデアも、このような記事をどんどん書いて世論を先導していってほしい。それこそが彼らの使命なのだから。

横浜市といえば、「横浜市の林文子市長(66)が公約に掲げていた「保育所の待機児童ゼロ」は、3月現在、実際にゼロになっているという。女性市長ゆえだろうか。やれば出来る! Vouloir c'est pouvoir. 好きな格言を信じたい。

http://sankei.jp.msn.com/region/news/130217/kng13021722340007-n1.htm

ー「フランスは物価が高く、食料品以外の消費税は19.6%。」

食料品には消費税がかからないので、日本で暮らすより生活にリッチ感がある。フランス人は野菜も肉類もキロ単位で買う。私の場合はキロでは多すぎるので半キロで買うことが多かったが、少ししか買わなくても彼らは嫌な顔をすることはなかった。たった一本の薔薇の花でも、恋人に贈るのだと言えば、花屋さんは貧乏学生の恋と同情し、気持ちよくラッピングしてくれたことを思い出します。

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ー「おしゃれなイメージの強いフランス人だが、持っている服の数は意外なほど少ない。愛があれば、相手が何を着ていようが気にしない人たち。清潔で、自分に似合ったものであれば、それで十分だと彼らは考えています。」

確かに日本人に比べ、フランス人は圧倒的にファッションの流行を追うということがない。シンプルな服にスカーフやベルト、アクセサリーの装飾品でアレンジして多彩な着こなしを楽しみ、カラーコーデイネートが上手で靴やバッグと洋服の色を統一している。一発で決まっている!と感嘆してしまうようなコーデイネートが上手で極めて個性的でもある。

昔のことだが、一般にパリ大学の女性教授たちは極く普通のセーターにパンタロンという地味なスタイルが多かった。そのセーターの色が時々、ブルーに変わったりヴァイオレット色に変化するという程度であった。中には紺のジャケットにグレイのプリーツ・スカートといったきっちりしたコンサヴァ風ファッションの教師もいたが、この女教師は学生に答案を返却する時、「はい、君は合格12点」「あなたは6点で不合格」(フランスでは満点が20点)と名指しで得点を公表し、クラス全員の前で学生に恥をかかせることが得意だった。

概して、フランス人はファッションに関しては、男女ともに素材や色にこだわるという印象があるように思う。ウール、麻、絹かという点にはうるさかった。マクドナルドがポリエステルと同等と断定するのに似て、フランス人には本物志向はフランスの伝統という哲学があるように思う。

軽い嘘はついても平気だが、根本に関わる嘘を生きる事はできないのもフランス人だ。だから愛がなくなれば別れ、離婚もする。愛のない暮らしを続けている仮面夫婦やセックスレス夫婦、単身赴任の夫、等々は、極めて非人間的なことで許容し難く、彼らの理解を遥かに超える現象なのだ。

愛の国フランスは、愛のためには信じ難いような物事にも寛大である。フランスの地方大学には学生寮があり、学生たちは寮生活をしながら勉学に励んでいるが、ある男子学生が恋人の女子寮が遠いので近い寮に変えてほしいと大学の女性管理局長に頼んだところ、すぐにオーケーが出たことがあった。

日本では不純なことが、フランスでは純粋なのだ。フランスは愛に関しては、どこまでも純粋だ。愛し合う人たちや老人や子供達をさりげなく大切にするという、とてもおしゃれな気風がある。本当のおしゃれとは、時流に流されることではなく、祖先が大切にしてきたものを彼らと同じように大切にして生きることだということを教えてくれる。

ファッションといえば、スーツやワンピース姿にかっちりしたハンドバッグを手にして近所の魚屋さんや肉屋さんで買い物をしている白髪の老婦人たちにもよく出逢った。彼女たちの中には、毎日、必ず美容院に行くと言うご高齢マダムもいたが、彼女達がいずれも頬を夕焼けのように赤く染める化粧をしていたのはなぜだったのか。恐らく顔色をよく見せるためだったのだろうけれど、夕焼け色が顔の面積を占領し激しく主張していて、この度を超えた化粧法は少々滑稽にも思われた。このようにイレギュラーとも思える人たちがいるのもフランス。そして彼らは決して画一的ではない多様性という社会のフレームの中で鮮やかにあでやかに生を満喫している。

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ー「食生活にも「シンプル」が貫かれている。毎日食べるサラダも、トマト、キュウリ、レタスなど何種類もの野菜が入ったコンビネーションサラダの出番が少ない。前菜の定番は、キュウリならキュウリだけの“単品野菜のサラダ”。」

パリでも地方でも、仕事帰りのマダム達が夕方必ずレタスを買っているのをよく見かけたものでした。レタス一個をよく洗って神経質なほどまでによーく水を切り(レタスの水切り器は台所の必需品)、ハム(Jambon de Parisやjambon blanc など、フランスのハムは人の顔ほど一枚が大きい。店では客の好みの厚さに切ってくれる)や生ハムなどの極々簡単な料理に自家製ドレッシングのグリーンサラダとフランスパン、最後にチーズというシンプルスタイルが、彼らの普段の夕食でした。そのかわり、週末などの友人達とのパーテイでは、思い切りご馳走を食べます。日本と違い、お昼がメインなので、夕食のテーブルを家族と一緒に囲んでも食卓はシンプルなのです。キューリだけの薄い輪切りのマヨネーズ風ソース和えや細く刻んだ人参のフレンチドレッシング風、どちらも量が半端ではないのですが、これらは昼食の前菜によく出されます。

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ですが、コンビネーションサラダの出番が少なくてレタスのみのグリーンサラダを食べるのは特にパリで一般的なことで、南仏地方ではこうしたシンプルな食べ方を「可哀想に。南仏ではもっと豊かな食べ方をする」と、エクサンプロヴァンス大学の我が指導教授はパリ風サラダの食し方を皮肉っていたものでした。
南仏に行くとお目にかかる「ニース風サラダ」は、ゆでたジャガイモ、トマト、アンチョビ、ツナ、ゆで卵、オリーヴ、ピーマン、レタス、と彩りも鮮やかです。このサラダを丸いフランスパンに挟んだサンドイッチsandwich nicoise は、エックスの町の大通りクール・ミラボ Cours Mirabeauの屋台で売られていましたが、パリでは決してお目にかかれないこのサンドイッチは私の大好物でした。

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写真ではパンが日本のハンバーガーと同じ大きさに見えますが、実際はそれよりも3倍はある大きさの丸いフランスパンです。次から次へと予期せぬ食材の美味に遭遇する楽しみにアタックする感じで食べてゆくサンドイッチ・二ソワーズ。これを一口齧ると、舌の先から頭のてっぺんまで幸せ感が満ちあふれ、知らぬ間に笑顔がこぼれてしまう、エックスのサンドイッチ・二ソワーズとは、そんな幸せを呼ぶサンドイッチなのでした。

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http://president.jp/articles/-/8325http://president.jp/articles/-/8325

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2013年度春季大会は5月31日(金)・6月1日(土)、国際基督教大学(東京・三鷹)にて開催されます。研究発表/実践報告の募集の〆切は来週の3/26 (火)です。奮ってご応募ください。
なお、韓国のSCELLFとの共催で行われる2013年度秋季ソウル大会の発表申し込みにつきましては、別途ご案内 ([sjdf_ml][01224] Congres a Seoul) の通り、当初の4/30から3/31に変更となっておりますのでご注意ください。

Le congres de printemps 2013 aura lieu les 31 mai et 1er juin 2013 a l'universite chretienne internationale a Mitaka (Tokyo). Les membres desireux de presenter une communication sont pries de nous adresser leurs propositions avant le mardi 26 mars.
Par ailleurs, concernant le congres d'automne qui aura lieu cette annee a Seoul, il y a eu un changement sur la date limite pour faire la proposition de communication (cf. [sjdf_ml][01224] Congres a Seoul). Vous etes pries de deposer la proposition avant le 31 mars.
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http://sjdf.org/blog/?p=548
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2013年度春季大会研究発表/実践報告募集
Appel a communications pour le Congres de printemps 2013
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2013年度春季大会は、5月31日(金)、6月1日(土)国際基督教大学(東京都三鷹市大沢3-10-2)にて開催されます。メインテーマは「複言語教育とフランコフォニー:日本のフランス語教育への視点から」≪ Education plurilingue et francophonie dans le monde : Quels eclairages sociolangagiers et didactiques pour le francais au Japon ? ≫です。リエージュ大学名誉教授Klinkenberg氏をお招きし、このテーマに関する講演とシンポジウムが行われます。また、春季大会にむけて研究発表/実践報告を募集しています。メインテーマ以外の発表・報告も受け付けておりますので、奮ってご応募ください(なお、研究発表のセッションは6月1日の午前に予定されています)。研究発表/実践報告(20分)を希望される方は、発表申込書用紙 (http://sjdf.org/congres/formulaire.docx) に必要事項をご記入の上、事務局 (sjdf_bureau@sjdf.org) までお送りください。発表は日仏いずれの言語でも結構ですが、日本語で発表される方もフランス語タイトルを付記してください。なお、締め切りは次のようになりますので、ご注意ください。

▲2013年 3月 26日(火)必着

お問い合わせ:David Courron(幹事長)(courron@nanzan-u.ac.jp)

申込先:〒150-0013 東京都渋谷区恵比寿 3-9-25

Le congres de printemps 2013 de la SJDF aura lieu les 31 mai et 1er juin a l’Universite Chretienne Internationale (3-10-2, Osawa, Mitaka-shi, Tokyo). Sa thematique principale sera : ≪ Education plurilingue et francophonie dans le monde : Quels eclairages sociolangagiers et didactiques pour le francais au Japon ? ≫. Une conference de M. Jean-Marie Klinkenberg, professeur emerite de l’Universite de Liege, ainsi qu’une table ronde sont notamment prevues. A cette occasion, la SJDF a le plaisir de faire appel a vos propositions de communication. Tout projet meme hors-theme sera naturellement le bienvenu. Les membres desireux de presenter une communication de 20 minutes le samedi 1er juin, sont donc pries d’adresser leurs propositions par courriel avant le 26 mars au Secretariat de la SJDF (sjdf_bureau@sjdf.org). Le formulaire est a telecharger a l’adresse suivante :http://sjdf.org/congres/formulaire.docx

▲Date limite : le 26 mars 2013

Pour plus de renseignements, contactez notre secretaire general David Courron (courron@nanzan-u.ac.jp).
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imgres-7 ローザ・ボヌールの作品 Rosa Bonheur (1822.3.16-1899.5.25) 彼女は自らの創作のために実際に様々な動物を飼っていた。ライオンも飼育していたとも言われるが、果たして本当なのだろうか。

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以下は女性と芸術史に関する研究会のお知らせです。

"Reecrire l'histoire de l'art : fictions et narrations (post)feministes"

Un programme de rencontres concu par Aliocha Imhoff et Kantuta Quiros

Samedi 30 mars, 14h30

Betonsalon - Centre d'art et de recherche

9 esplanade Pierre Vidal-Naquet, Paris 13e

Presentation :
Dans Differencing the Canon (1999), l’historienne de l’art Griselda Pollock, indiquait, qu’ecrire une histoire feministe de l’art, ne revenait pas simplement a reintegrer des artistes femmes au canon. On peut postuler que produire un feminisme, et pourrait-on dire, une queerisation de l’histoire de l’art, revient egalement a une modification epistemologique de la discipline ‘histoire de l’art’ et plus particulierement de ses mises en recit et ses formes narratives. C’est par l’invention ou le deploiement de nouvelles technologies d’ecriture (telles que le recours a la fictionnalisation d’archives et aux metafictions historiographiques (Carola Dertnig, Cheryl Dunye ou Roee Rosen), au montage non-lineaire (Renee Green, Carla Lonzi), au reenactment (Faith Wilding)) que les artistes, ecrivaines, historiennes de l’art (post)feministes mettent en crise les temporalites lineaires et les formats normalises d’ecriture de l’histoire de l’art.
Avec Carola Dertnig, Fabienne Dumont, Jules Falquet, Helene Fleckinger, Laura Iamurri, Giovanna Zapperi
Programme :
. 14h30
> Fabienne Dumont, historienne de l’art, Ecole Superieure d’Art de Quimper Reenactment de performances feministes : l’exemple de FaithWilding, de Waiting (1972) a Wait-With (2007)
Outre la projection d’extraits de la performance originelle et de sa reprise dans les annees 2000, ce sont les contextes historiques du mouvement feministe californien des annees 1970, des valeurs ethiques issues de ces annees-la, et la pertinence de leur reactivation 40 ans plus tard, auxquels Fabienne Dumont s’attachera.
Fabienne Dumont est professeure d’histoire de l’art contemporain a l’EESAB, auteure d’une these, Arts et feminismes dans les annees 1970 en France (PUR, a paraitre), directrice de l’anthologie La rebellion du Deuxieme Sexe (Presses du reel, 2011). Elle prepare un essai monographique au sujet de Nil Yalter et vient de publier un article dans le catalogue Linder Femme/Objet du MAMVP.
. 15h30
"Lora Sana", PERFORMANCE de Carola Dertnig, artiste, Vienne
Ce sont des recherches approfondies sur l’histoire de la performance - le livre Let’s twist again (2001) et le projet Lora Sana, deux enquetes sur son historiographie et sa documentation- qui ont mene Carola Dertnig a s’interroger sur la place des femmes au sein de l’Actionnisme viennois et a l’absence de leurs noms dans les ouvrages d’histoire de l’art. Carola Dertnig est partie a la rencontre de ces femmes fantomes dont les archives de cette periode charniere ont pourtant conserve des preuves visuelles. La figure fictive de l’artiste Lora Sana nait de la synthese de discussions realisees avec Hanel Koeck et Annie Brus, toutes deux actionnistes dans les annees 50 - ou plutot ≪ modeles ≫, tel etant leur statut de l’epoque. Le projet de Carola Dertnig s’ancre dans un projet de reecriture de l’histoire de l’art, melant archives et vrais temoignages et metafictions historiographiques, permettant ainsi de questionner la valeur d’une archive depuis une perspective feministe. A l’image de plusieurs artistes de l’exposition, Carola Dertnig fraie un chemin entre les silences de l’histoire de l’art, des sources et des archives quant au role des femmes artistes et la necessite de produire litteralement celles-ci lorsqu’elles viennent a manquer
. 16h30
> Laura Iamurri, historienne de l’art, est chercheuse a l’Universite de Roma Tre. Elle a publie de nombreux essais sur Carla Lonzi, prefacee la nouvelle edition de Autoritratto (Milan 2010), et publie le recueil des ecrits sur l’art (avec L. Conte e V. Martini, Milan 2012).
et
Giovanna Zapperi, historienne de l’art, Ecole Nationale Superieure d’Art de Bourges
Une discontinuite radicale : Carla Lonzi, 1970 En 1969, Carla Lonzi, historienne et critique d’art, publie sous le titre Autoritratto (Autoportrait) ses conversations avec 14 artistes. Les entretiens precedemment enregistres font l’objet d’un montage dans lequel les temps se superposent et s’entremelent : le resultat est une longue conversation apparemment sans pauses, dans laquelle la temporalite n’a plus aucune linearite, et le passage du langage oral a sa transcription est souvent thematise. Apres la publication du livre, Lonzi abandonne la critique d’art pour se consacrer au feminisme. La parution du Manifesto di Rivolta femminile, en juillet 1970, marque le debut de la pensee la plus radicale du feminisme italien.
. 17h30
Reecrire l'histoire de l'art : fictions et narrations (post)feministes
> Jules Falquet, sociologue, Universite Paris 7
"Apports theoriques des feministes Chicanas a partir du travail artistique et militant"
Jules Falquet travaille notamment sur les theories feministes —materialistes, imbricationnistes et decoloniales en particulier. Elle a recemment coordonne avec Paola Bacchetta et Norma Alarcon, un Cahier du CEDREF sur les Theories feministes et queersdecoloniales, interventions Chicanas et Latinas etats-uniennes.
. 18h30
> Helene Fleckinger, historienne du cinema, maitre de conference, Universite Paris VIII "Auto-representation politique et fictions performatives. L’exemple des cinemas feministes et homosexuels en France dans les annees 1970".
Contact :
info@betonsalon.net

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