薔薇の言葉

フランス語・フランス語教育/フランス語圏の諸相と女性事情/メディアと現代女性など

カテゴリ : 哲学

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Ponyo sur la falaise, une heroine japonaise

Hayao Miyazaki developpe un monde enchanteur qui rend sensible une proximite a la nature, a l’invisible, a la magie. "Ponyo sur la falaise" raconte la rencontre entre un petit garcon et un poisson a figure humaine. Comment s’articule l’humain au non humain dans le cinema de Miyazaki ?

En 2001, Le Voyage de Chihiro enregistre 25 millions d’entrees au Japon, un record jusque la jamais battu. Le realisateur s’appelle Hayao Miyazaki. Il a deja realise Le Chateau dans le ciel et Mon Voisin Totoro en 1988, ce qui lui permet de fonder son propre studio de production Ghibli avec Isao Takahata, le realisateur du Tombeau des lucioles.
Le Voyage de Chihiro est diffuse dans le monde entier. Les critiques y voient des references aux Metamorphoses d’Ovide ainsi qu’une etrange rencontre entre philosophie japonaise et pensee occidentale.
Plus largement, le cinema de Miyazaki est fait de vent, de tempetes, d’avions, d’enfants et de personnages etranges… Tous les delires sont assumes, toutes les fantaisies sont permises, du moment qu’elles sont au service d’une vision du monde propre au realisateur qu’est Miyazaki.

L'invite du jour :
Thierry Hoquet, philosophe, professeur a l’Universite Paris Nanterre

https://www.franceculture.fr/emissions/les-chemins-de-la-philosophie/philosopher-avec-miyazaki-14-ponyo-sur-la-falaise-une-heroine-japonaisehttps://www.franceculture.fr/emissions/les-chemins-de-la-philosophie/philosopher-avec-miyazaki-14-ponyo-sur-la-falaise-une-heroine-japonaise

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丸山 俊一 (著), NHK「欲望の時代の哲学」制作班 (著)『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する』新書: 240ページ 出版社: NHK出版 (2018/12/11)

I章 「静寂が叫ぶ国・ニッポンを哲学する」
II章 「哲学は時代との格闘だ」
III章 「技術を獲得した果てに人間はどこへ?」

ーーー
<ドイツ人の半数は、かたくなに人型ロボット、つまりヒューマノイドを認めようとしない>
・「ドイツ憲法の最初に、“人間の尊厳は不可侵である”とあり、これはカントが僕たちに与えてくれたコンセプトです。」(p.172)
・「ドイツの歴史を振り返るとき、失敗は非人間化のせいだったという見方が定着しています。・・・・・人間とは何かという推論を止めさせる壁があります。・・・・・同じ過ちを二度と繰り返さないために」(p.174)

<科学的な法則のみがすべてを支配するという「自然主義」への批判>
・「ハイデガーは生物と機械に共通する構造を見出す体系であるサイバネティクスに魅せられた哲学者でしたが、このような研究が人間性を悪い方向へ破壊してしまうのではないかという恐れを(ドイツ人は)持っているのです。」(p.175)
・「論理的な語彙と経験的な語彙をはっきり区別するべきだと思います。・・・・・客観的に存在するモノについては、絶対に間違えないということはありません。常に誤りはあるのです。」(p.178)

客観性は正しさの条件と考える日本人とは異なり、客観は経験の中にあるのだから間違えるということだろう。
・ハイデガーが日本で受容されやすい背景にも言及されている。

・ソクラテス、プラトン→実存主義(第二次世界大戦の自己反省から)→構造主義(「平行進化」的構造がレヴィ・ストロースにより見出された)→ポスト構造主義→新実在論(本当の事実を発見し真の民主主義を実現する)

完璧なシステムという日本の電車
しかし人のためのシステムというよりは、システムのために人がいるようだ。
・電車のようなシステムを成立させているのは厳格なる時間管理に他ならない。
・我々はスマホを使っているのではなく、スマホに使われている。
高度な監視社会の日本に対する警鐘
・ドナルド・トランプはポストモダニズムの天才であり、その考えを経済の原動力としている。

(レビューより)

イアン・ハッキング (著), 伊藤 邦武 (著) 勁草書房  1989  342ページ

内容(「BOOK」データベースより)
ホッブスからデイヴィドソンまで。
近世以降の主な言語哲学の流れを概観、自由な解釈を重ねて背後にある問題意識を探る。

メモ

・”LINGISTIC TURN”(言語への関心の集中=「言語的転回」)について書かれた言語哲学書

・3つの時代区分:ヾ冉阿料汗拘 意味の全盛期 J犬料汗拘
 それぞれの時代の代表的な哲学者の理論を取り上げて論じる

・論理世界とは体系的な知識であり、知識は言語を規定し、言語によって規定されている。それゆえに言語は<世界・実存>の原理を問う哲学の問題になる。

・難解 意味不明

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共催イベント 講座・セミナー
(共催)フレンチ・セオリーの現在
講師 フランソワ・キュセ(パリ・ナンテール大学)司会 澤田 直(立教大学)


2018-09-09(日) 13:00 - 15:00
会場 日仏会館 501会議室
定員 40
参加費 無料
事前登録 不要
問い合わせ 日仏哲学会事務局 sfjp-jim@hus.osaka-u.ac.jp
言語 フランス語
主催 日仏哲学会
共催 (公財)日仏会館
「フレンチ・セオリー」の作者、フランソワ・キュセ教授(パリ・ナンテール大学)によるセミナー。

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第4回「哲学の夕べ」 −フィクション−

「哲学の夕べ」は、アートと哲学、運動、形態、思索との刺激的な対話を通し、哲学にアプローチする一夜です。
第4回目となる今年は「フィクション」をテーマに、哲学や語り、リアリティと物語、思考のシステムとフィクションの構造との関係性について考えを巡らせます。哲学はフィクションとどのような関係を結んでいるのでしょうか?またフィクションは哲学において、いかなる痕跡を残しているのでしょうか?
アンスティチュ・フランセ東京の敷地内を回遊しながらお楽しみいただけるよう、講演会、アトリエ、コンサート、パフォーマンス、展覧会など、多様な企画をご用意しています。またラ・ブラスリーでは、知的な演出をご堪能いただけるスペシャル・ディナーもございます。
「哲学の夕べ」で、あなたの哲学に対する見方が変わるかもしれません。哲学をぜひ一緒に(再)発見しましょう!

日時:2016年5月28日(土)14時〜23時
会場:アンスティチュ・フランセ東京


プログラム

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講演会
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國分功一郎「再び、想像力について─想像力は他者を通じて生成するということ」
14時〜15時 | エスパス・イマージュ
(使用言語:日本語)portraitKK

いま「想像力」という言葉はかつてそれが有していた輝きを失っている。だが、この言葉にその輝きを与えていた理由は本当に失効してしまったのだろうか。ジル・ドゥルーズは想像力を他者の問題として考えたが、そこから導き出される実に魅力的な政治的ビジョン──〈知覚の政治〉とでも呼べるそれ──は今こそ検討されるに値すものである。ドゥルーズの無人島論、そしてDVD『アベセデール』で語られた左派論をもとに、今日における想像力の政治的意味について考えてみたい。

國分功一郎
1974年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。現在、高崎経済大学経済学部准教授。著書に『暇と退屈の倫理学』など。

※当日は13時より整理券を配布いたします(お一人様一枚まで)。





星野太「虚構としての芸術/政治」
15時30分〜16時30分 | エスパス・イマージュ
(使用言語:日本語)20160414_portrait_HF

芸術と政治は「虚構」としてのみ存在する。ただしそれは、現実に対して無力なものとしての虚構ではない。それらはむしろ、現実的なものを変革するものとしての地位をもつ、二つの虚構の形式にほかならない。今日の芸術と政治は、むしろそれ本来の「虚構」としての力を失いつつあるのではないか――そのような問いから出発しつつ、フィリップ・ラクー=ラバルトやジャック・ランシエールの政治哲学とともに、現代の「政治的芸術」のパラドクスについて考察する。

星野太
1983 年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。現在、金沢美術工芸大学講師。編著に『The Sublime and the Uncanny』(UTCP, 2016年)など。

※当日は13時より整理券を配布いたします(お一人様一枚まで)。



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(c) Jerome Panconi
ティエリー・オケ「サイボーグ、他:ポストヒューマンの類型学」
17時〜18時 | エスパス・イマージュ
(使用言語:日本語)

「本講演では、サイボーグ、ロボット、ミュータントなど、ポストヒューマン(あるいはアンドロイド)の特徴を分析し、各キャラクターの哲学的役割を明らかにします。彼らが登場するフィクションにおいて、どのような哲学的問題が提示されているでしょうか?」

ティエリー・オケ
哲学者、生物学とジェンダー研究の専門家。著書に『Cyborg Philosophie』(Le Seuil 社, 2011 年)がある。

※当日は13時より整理券を配布いたします(お一人様一枚まで)。







ピエール・ファシュラ「「サイエンス(・フィクション)の哲学」
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(同時通訳付き)

科学や技術の未来の発展について、サイエンス・フィクションが私たちに教えてくれるものは何だろう?また、サイエンス・フィクションが私たちに何かを教えてくれると確信しているのはどうしてだろう?サイエンス・フィクションがある意味で私たちに様々な可能性を提示しているという考えの中に、その答えはあるかもしれない。しかし、それはどのような意味においてだろうか?本当らしいことと可能性のありそうなことは別物で、望ましいことはさらにまた別のことである―それならば、サイエンス・フィクションに私たちが期待することとは何だろう?

ピエール・ファシュラ
パリ第一大学哲学博士、パリ第一大学現代哲学センター研究員。

※当日は13時より整理券を配布いたします(お一人様一枚まで)。

ラウンド・テーブル
登壇者:國分功一郎、星野太、ティエリー・オケ、ピエール・ファシュラ
19時30分〜21時 | エスパス・イマージュ
(同時通訳付き)

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哲学のアトリエ
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トリスタン・ブリュネ「フィクションの科学」
16時〜17時30分 | メディアテーク
(使用言語:日本語・フランス語)

西洋におけるフィクションの決まりごとでは、現実を模倣することが、物語を効率的に語ることの第一条件の一つだと、アリストテレスの時代から受け継がれてきました。しかし今日では、フィクションはますます、現実を把握するための新たな戦略の重要な源であるように見受けられます。
このアトリエでは、フィクションと物語の複雑な関係を通して、フィクションとリアリティとの関係性について問いかけます。

トリスタン・ブリュネ
パリ第七(パリ・ディドロ)大学博士課程。白百合女子大学講師。
著書に「水曜日のアニメが待ち遠しい:フランス人から見た日本サブカルチャーの魅力を解き明かす」(誠文堂新光社刊)がある。



http://www.institutfrancais.jp/tokyo/events-manager/nuit-de-la-philo-2016/http://www.institutfrancais.jp/tokyo/events-manager/nuit-de-la-philo-2016/



復活GEFCO第3回研究会を下記の要領で開きます。

日時: 7月25日(土) 13時30分〜16時30分
場所: 東京大学教養学部18号館4階
    コラボレーション・ルーム 2
 アクセス
  http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/visitors/maps-directions /campusmap.html

勉強するテキストは
Barbara Cassin (ed.), Vocabulaire europeen des philosophies,
Dictionnaire des intraduisibles

の SUJET の項目です。

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Les paradoxes du desir (1/4) : Platon : le desir amoureux est-il raisonnable ?
Aujourd'hui, premier temps de notre semaine consacree au desir.
Et c'est a travers le Banquet de Platon que nous allo...

Aujourd'hui, premier temps de notre semaine consacree au desir.
Et c'est a travers le Banquet de Platon que nous allons essayer de cerner
un de ces aspects.
Pour nous en parler, nous avons le plaisir de recevoir Fulcran Teisserenc.

Refences musicales:
- Bill Evans, Valse
- Renaud Garcia-Pons, Yupanqui
- Franz Schubert, Sonate en la mineur
- Claude Hellfer, Iberia
- Guy Berry, Apprenez-moi des mots d’amour
- Leonard Cohen, Came so far for beauty

Extraits:
Le Banquet: Discours d’Aristophane : les moities se cherchent
(Theatre et Cie, France culture 26/12/2010 d’apres la mise en scene de
Jacques Vincey a la Comedie Francaise) (Aristophane = Serge Bagdassarian)
- Trop belle pour toi film de Bertrand Blier (1989)
- Shakespeare, sonnet 55 (trad. Victor Hugo, source internet)

Et les "Deux minutes papillon" de Geradine Mosna-Savoye a propos du livre
de Philippe Charlier, Ouvrez quelques cadavres, une anthropologie medicale
du corps mort, paru ce mois-ci aux editions Buchet Chastel.
Par Adele Van Reeth
Realisation : Nicolas Berger
Lectures : Celine Monsarrat

Invite(s) :
Fulcran Teisserenc, professeur de philosophie en classes preparatoires au lycee
Poincare a Nancy
Theme(s) : Idees| Antiquite| Philosophie| amour| desir| Platon

http://www.franceculture.fr/emission-les-nouveaux-chemins-de-la-connaissance-les-paradoxes-du-desir-14-platon-le-desir-amoureux-

ーーー
*プラトンは、シシリー島のシュラクサイに、理想の国の建設を二度も試みている。
*ネオプラトニズム=万物は一者から流出したもの(流出説)と捉える思想。
紀元3世紀頃にプロティノスが提唱。ルネサンス期に伊で隆盛。
「一神教」と結びつき、中世ヨーロッパのキリスト教思弁哲学の基盤となった。

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ワークショップ「デリダ×ハイデガー×レヴィナス」
…1964年、若きデリダは高等師範学校にて講義「ハイデガー――存在の問いと歴史」を実施し、エマニュエル・レヴィナス論「暴力と形而上学」(1964年)を発表し、彼らとの哲学的対話を深化させていた。それから半世紀経った今年、デリダの没後10年に際して、これら三人の思想家に関するワークショップを脱構築研究会、ハイデガー研究会、レヴィナス研究会の共同主催で開催する。

■日時:2014年10月11日(土)10:00-18:00

■場所:早稲田大学戸山キャンパス(文学部)33号館第一会議室
    
■主催:脱構築研究会、ハイデガー研究会、レヴィナス研究会

■プログラム

10:00-12:00 第1部 ハイデガー×デリダ 司会:齋藤元紀(高千穂大学)
川口茂雄(青山学院大学)「前代未聞、音声中心主義」
峰尾公也(早稲田大学)「ハイデガー、デリダ、現前性の形而上学――その批判の解明」
亀井大輔(立命館大学)「自己触発と自己伝承――デリダの『ハイデガー』講義をめぐって」

13:00-15:00 第2部 レヴィナス×デリダ 司会:藤岡俊博(滋賀大学)
馬場智一(長野県短期大学)「融即から分離へ――ハイデガー講義『哲学入門』(一九二八〜二九年)の聴講者レヴィナス」
小手川正二郎(國學院大學)「暴力と言語と形而上学――「暴力」をめぐるレヴィナスとデリダの対決」
渡名喜庸哲(慶應義塾大学)「デリダはレヴィナス化したのか」

15:30-18:00 第3部 全体討論 デリダ×ハイデガー×レヴィナス 司会:西山雄二(首都大学東京)
藤本一勇(早稲田大学)、宮裕助(新潟大学)
齋藤元紀(高千穂大学)、藤岡俊博(滋賀大学)

今年のフランスバカロレアの「哲学」には次の問題が出題された。
1問を選び、制限時間は4時間。

哲学系

ー言語は道具にすぎないか?
ー我々は国家に何を負っているか?


文科系
−言語とは、「道具」でしかないのか?
−科学とは、事実を証明するだけのものなのか?
−デカルトの『エリザベートへの手紙』からの抜粋について論ぜよ。


http://www.franceinfo.fr/education-jeunesse/baccalaureat-2013-tous-les-sujets-de-l-epreuve-de-philosophie-1028615-2013-06-17

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Cynthia Fleury
Nee en 1974, Cynthia Fleury est professeure de philosophie politique a l’American University of Paris et maitre de conferences a Sciences-Po. Dernier ouvrage paru : Pathologies de la democratie (Fayard, 2005).
La philosophie m’a donne le gout des autres

≪ Je considere que la philosophie est du cote de l’incompletude. C’est par manque, par incapacite, par “inaptitude a” que j’en suis la. Je pense que si j’avais le sentiment d’une quelconque maitrise et que si ma relation avec l’existence allait de soi, je ne serais pas dans cet univers de la philosophie. N’etant pas dans un rapport d’evidence avec la vie au jour le jour, il m’a fallu trouver une astuce pour participer tout de meme a ce “grand jeu”. Chacun la sienne. Moi, c’a ete la philosophie, parce qu’elle me paraissait generatrice d’“epiphanies”. Une maniere d’experimenter la grace hors du champ du sacre. La philosophie m’a permis de decouvrir des allies insoupconnes parmi la communaute des penseurs – vivants et morts –, mais aussi parmi les grandes categories du monde : le temps, par exemple. La philosophie m’apprend que le temps ne va pas forcement contre moi, qu’avancer vers la mort n’est pas qu’un echec, qu’il faut du temps pour qu’une certaine intelligence du reel emerge. La philosophie “n’apporte” rien a mon existence : elle est ma maniere d’etre au monde, une facon de trouver ma filiation avec les autres etres. C’est pour cela que je fais de la philosophie politique : il y a une “chose publique” a penser et, comme d’autres, j’essaie de participer a sa fabrication, en elaborant des contenus puis en les mettant a la disposition de tous. Sans doute la philosophie m’a-t-elle aidee a penser ma place dans la communaute. Sans doute m’a-t-elle donne aussi le gout des autres, en me faisant voir quel type de lien je pouvais avoir avec eux… ≫

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