2011年08月

ご長寿商用車 4

今回は長生きしているタクシーではなく,モデルライフが長かったタクシーのスナップから。

110829
20世紀最後の年,徳島駅前で。
手前からYT140コロナ,YX80マーク2,背後にいるのはコンフォート。いずれもトヨタ系。
YT140コロナは1982年のデビューからビッグマイナーを経て,1998年頃まで生産されたとか。実に16年に及ぶご長寿モデル。
YX80マーク2は,1988年から1995年まで。コロナの16年に比べて7年というと短く感じるが,当時の国産車が4年1サイクルでモデルチェンジをしていたことを考えると,ほぼ2サイクル分。
そして屋根が見えているコンフォートも,1995末のデビューからはや16年目。すでにコロナに追いつき,追い越そうとしている。

こうやって見てみると長い車両ライフは,流行にそこまで流されず,陳腐化しにくいすっきりとしたデザインに支えられている部分も大きいのかも。もちろんエンジンや足回りの耐久信頼性,維持コストなんてものも重要ですが。(や)

ATバスの印象

先日,初めて新エルガのAT車に「普通の客」として乗ることができた。路線は東急田園都市線あざみ野駅~小田急線新百合ヶ丘駅間で,東急バスと小田急バスの共同運行路線である。新エルガAT車は小田急バスの車両だった。

ここの環境は多摩丘陵を走る路線の一典型ともいえる山あり谷ありの路線で,平坦路はほとんどない。途中,ドライバーによっては1速発進する坂もあり,小田急バスでいすゞLV/富士重7Eツーステが現役だった頃は,アクセルを吹かすだけでは足りずに長い上り坂では直結冷房を切ったり,遠くから助走をつける運転士もいた。最近ではそんなこともまずなくなったのだけど。

ここは普段通勤に使っている路線で,小田急は様々な年式のエルガノンステのワンメイク状態,東急はふそうMPかエルガのワンステロング/超ロングがほとんど。いずれもMTということでは共通している。大きな声では言えないけれど,ごくごくたまにではあるが,坂道発進に失敗してエンストすることや,びっくりするほど後に下がってから動き出すこともあったり。では個人的な印象をお伝えしよう。

まず,比較的平坦な路面での発進・加速・減速・停止は実に滑らか。以前,いすゞのテストコースでハンドルを握った際は減速時のシフトダウンブレーキがやや強めに感じたのだが,普通に客席に座っている分にはまったく気にならない。ファインチューニングをさらに進めたのか,あるいはハンドルを握っている立場だと普通に感じる以上に差異が気になっていたのか。車内のお客さんも,ATといっても何も変わった様子も見せず,本を読んだり携帯を眺めたり,居眠りしたり。

では坂ではどうだろう。虹が丘営業所前から(旧)日立研究所前に至る登り坂は,結構急な坂である。直前の信号から発車し,1速,2速,あれ3速だ,と景気良くシフトアップしていき,途中で案の定シフトダウン。MTならギヤ固定で走るところだけど,ATは仕方ない。ただシフトアップ・シフトダウンともとても滑らかで,立ち客も動揺しなかったのはさすが,古いAT車とは雲泥の差を感じた。また新百合ヶ丘駅に近い,日光隧道から山口台中央の間の上り坂は一寸刻みの信号渋滞と途中停留所があるが,ここは登り坂といえども発進から停止まで滑らかだった。一方で下り坂は,最後まで切れないATの駆動力とバスが重力で自然に下がろうとする勢いが加わり,停車寸前の動きが若干大きいように感じた。自分の車がMT車だから,より大きな差異を感じたのかもしれない。とは言えこれも落第点というようなものではなく,十分に許容範囲の上である。

以上,乗客として感じたAT車のフィーリングは非常に好感触だった。特に上り坂の一寸刻みの渋滞なんて,MTだと運転士は発進時に微妙なクラッチワークを要求されるし,客は客で発進時も変速時もつり革や手すりにしがみ付かないといけないし,AT車のメリットが遺憾なく発揮される場面。

MTとATの考え方は,もちろん人によってそれぞれなのは当然で,これはあくまでも私自身の印象です。そしてMTならではの微妙なクラッチワークがたまらんね,という瞬間があるのも事実。だからこそ自家用車はMTを乗り継いでいるんだし。ただ,毎日バスに乗っている客としての感覚で考えると,山坂の多い路線では最新AT車の良さが強調されると感じた次第である。(や)

110825_1
ちなみに,最新型のエルガはバスラマNo.122(2010年10月25発行)で特集している。特集ではATとMTの両方に試乗したほか,開発担当者インタビューや製品紹介,スペックや図面もあるので,どうぞご一読ください。

ご長寿商用車 3

前回のグロリアY31に引き続き,日産のフレーム無しタクシーセダンのお話。中型車だけでなく,小型車でもご長寿なタクシーに遭遇したことも思い出した。

110823_1
こちらも2001年に撮影したもの。山口県に錦帯橋を眺めに行ったときのこと。帰途の燃料を充填すべく地元のオートガススタンドを探し当てて入ったら,先客がいた。なんとも懐かしいブルーバード910。当時はまだトヨタのYT140コロナはそこらへんに当たり前のようにいたのだけど,910ブルの営業車は初めて見た車。これはぜひ,撮らせてもらわねば。

「こんなボロいの撮るんかい!?」と驚かれたが,色々話を聞きつつ写真を撮らせてもらった。法人タクシーだが長年の担当車だったのだろうか,車と一緒に齢を重ねてきたような,ロマンスグレーが印象的な気さくなドライバー氏だった。

910ブルはもともとは1979年にデビューしたモデルで,最後のFRブルーバード。その後乗用車は4年サイクルでモデルチェンジをしてFFになったが,タクシー用はそのまま延々と1993年まで生産されたそうな。同年にクルーがデビューし,あっという間にブルを駆逐していったようだ。写真の車両が910ブル最末期に導入された固体だとしても,当時で既に8年もの経年車。ナンバープレートやバンパー樹脂の色あせ具合からすると,8年どころか10年以上の経年車だったかもしれない。写真を引っ張り出したついでにウェブ上で色々検索してみたが,残念ながら数年前に姿を消してしまったようだ。

110823_2
ふと考えると,20世紀末~21世紀初頭は,実に様々なタクシー専用車が走っていた。トヨタのクラウン/クラウンコンフォート,日産のセドリック/クルーという現行世代がいた。それ以前の,トヨタYT140コロナ,YX80マーク2,130系クラウン,日産はローレルと910ブル,三菱ギャランΣ,マツダルーチェにカスタムキャブ,そのあたりが最後のお勤めをしていた。

バスもメーカーやボデーメーカー,車種さらに仕様の統廃合が進んだが,タクシー専用車も事情は同じである。新しい車は経済的だし効率的,環境にも優しいし,時代の流れと言ってしまえばそれもそう。普通のお客さん&ドライバーなら乗り心地も良く,エアコンの効く快適な新車に乗りたいのは当然。バスもトラックもタクシーも「稼ぐためのクルマ」なのだから,当たり前以前の大前提ではあるんだけれど…。(や)

新潟集中豪雨の爪あと

8月19日,会社が休みなので,早速新潟へ。目標は魚野川支流の三国川上流のダム下。

川の状態がよくなければ更に支流の野中沢に逃げるという目論みでしたが,集中豪雨からもう2週間以上経っているし,地元の路線バス事業からは「管内すべて平常運行」の案内がある。一部登山道が土砂崩れで閉鎖の情報は仕入れたが,川は落ち着いてきてるだろうとの判断で突入。

六日町からバスで現場へ。乗客は例によって私1人。約30分後,現場に着いてみて,集中豪雨の被害は予想をはるかに超えていました。入渓予定の川は凄い増水で泥水。10年来通っている場所ですが,こんな光景は初めてです。しかも周囲はそこかしこが崩れ,ここは魚沼産コシヒカリの産地ですが,一部の田んぼには土砂が流れ込んでいました。あちこちで復旧作業が行われ,土砂撤去に油圧ショベルが稼動中。

110821_1
三国川の入渓予定ポイント

110821_2
雪国のバス停。 後ろの山があちこちで崩れています。

場違いな人間はさっさと消えるのみでしたが,こんな増水状態だと川の様相も変わるはず。来シーズンはどうなることやら。毎年遊ばせてもらっている者として,集中豪雨の被害にあわれた方々にお見舞い申し上げます。(Y)

デジカメデータ投稿ができるようになりました

バスラマ・ワーキングビークルズに,デジカメデータの投稿ができるようになりました。また写真データだけでなく,文章による投稿などもできます。投稿写真のサイズやフォーマットなどの概要は,ぽると出版ホームページの「写真・文章投稿」のページを参照ください。

「写真・文章投稿」のページは,こちらから。

どうぞご活用下さい!

バスラマNo.127の取材から その2

先号と連続で中東のアラブ首長国連邦第二の都市・ドバイのバスをご紹介しているが、ここでは取材の裏話をご紹介。

記事ではドバイの公共交通を一手に引き受けるRTAのバスターミナルを取材しているが、UITPが用意したプログラム=バスデポ(営業所/車庫)や運行管理システムの見学会は会期最終日で参加できないため、単独行動であるバスターミナルを訪ねた。どこでもするようにバスにカメラを向けていると、ターバンを巻いた職員が事務所から出てきて、撮影禁止だという。UITPの参加者証を提示しても、許可が必要だと一点張り。

仕方なく諦めて翌日、UITP会場のRTAのブースを訪ねて事情を説明し、許可を請うことに。ケータリングのアラビアコーヒーなどをいただきながら15分も待った頃、「いま担当者が捕まらないが、あなたの携帯電話に連絡させる。見学場所はどこ?何時頃を希望?」「その電話は何時頃来るの?」「さあ30分か1時間か…」そんなやりとりを経て2時間以上経過した。

アラブの人たちとのそんな交渉は生まれて初めて。多分たらい回しにされた挙句、こちらのオーダーは宙に浮いてしまったのではと思うようになり、駄目モトでブルジュ・ハリーファ(ドバイタワー)下から目的のゴールドスークバスターミナル行きの路線バスに乗る。その車中で携帯電話が鳴った。甲高い声の女性が「ぜーんぶOK だから、行ってちょーだい。コンタクト?誰でもわかるようにしてあるから大丈夫!」

到着し事務所を訪ねると、本当に連絡が行き届いていて問題なく所期の目的を達することが出来た。この国も通すべきところを通せば伝達系統がきっちりしているんだということを体験した。取材後電話をくれた彼女に、無事終了した報告とお礼を伝えたのはいうまでもない。(W)

110817_1

バスラマNo.127の取材から

間もなく本出来になるバスラマNo.127の特集は東日本大震災とバスのPart 2。以前のブログでもふれたように6月30日~7月2日にかけて東北を訪ねた。

釜石から宮古にかけて、そして大船渡と、あの津波の傷跡の生々しい現地を走り、岩手県交通では最も被害が大きかった釜石と大船渡営業所を訪ねた。震災直後は連絡もはばかられる状況だったが、ようやく実現した。もっとも発行日の関係から記事になるまでには日数を要しているから、速報というよりは現地の方々が未曾有といわれる天災といかに立ち向かったをお伝えするのが主旨ではあった。

しかしバスの現場を支える人々は冷静に丁寧に、いつもどおりの仕事を続けているのには改めて頼もしく感銘を受けた。乗務員さんの休憩室の雰囲気は他の地方のバス会社のそれと大きな違いもなく、笑いもあればくつろぎもあったからだ。違うとすればどのドライバーさんも自家用車や家や、かけがいのない人々を突然に失っているということと、大船渡やその支所に当たる陸前高田は営業所の建物がすっかり流されて無くなったということなのだ。乗務員さんの休憩室は使わなくなったバスの車内に机を持ち込んでいるのである。

言葉では言い尽くせない災いを共有しながら、平常心で仕事に向かう現場の人々がいることが、取材を通じて一番お伝えしたいことである。大船渡営業所の近藤所長は「7月半ばには仮設営業所に移ったが、全部のバスは置ききれないのでこれまでの場所に置いてある車もある。でもああして来てもらって、関心を寄せてもらえただけでも嬉しいんです」と電話で話してくださった。(W)

110816_1
JR大船渡駅前の手付かずの惨状

110816_2
引き波で倒れたのか海に向かって捻じ曲げられた電信柱

110816_3
どうしたらこんな具合に壊れるのか…宮古港で見かけたトラック

ぽると出版の夏休み

誠に勝手ながら,ぽると出版では8月15日(月)と19日(金)の2日間,全社一斉にお休みを取らせていただきます。同日にいただきましたご注文は,翌営業日扱いとなります。土日を挟む場合は,お届けが遅れる可能性がございますが,なにとぞご了承くださいますようお願い申し上げます。

110812_1
さて夏の風物詩(?)と言えば,お盆休みに伴う日本全国の民族大移動。ある調査によると,今年は震災の心理的影響か,実家に帰省する人の割合が増えているそうです。すでに昨日ぐらいから大移動が始まっており,鉄道や飛行機も満員,今日の高速道路は場所によっては40Km以上もの大渋滞になったようです。週末を挟み,戻りでも相当なラッシュが見込まれています。

自家用車で帰省やレジャーに向かう皆さん,夏の繁忙期を迎えて多忙なバスドライバーの皆さん,事故にはどうぞ気をつけて,安全運転で行きましょう。

記事検索
プロフィール

portepublishing

タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ