2013年07月

高速ツアーバス運行最終日

間もなく新高速乗合バス制度が始まる。バスラマで既報のように,これまで高速“路線”バスと高速“ツアー”バスが並存し,A地点からB地点に人を運ぶという事実上同じ行為が2つの異なるルール下で行われていた。これを一つのルールにまとめようというのが新高速乗合バス制度である。8月1日以降,今までの高速ツアーバスは新高速乗合バスに移行する。つまり日を跨いで運行する夜行バスにとっては,7月30日の夜便が事実上の最終ツアーバス便となる。

日付が7月31日が変わって間もない0時半。東京から東名を西に向かうと最初のサービスエリアとなる海老名SAには,前日22~23時台に東京を出発した夜行バスが,びっしり停まっていた。ウィラーや平成エンタープライズなどの大手ツアーを中心に中小高速ツアーまで,ツアーバスが十数台並ぶ。バス用ロットではさばききれず,停車場所を求めてSA内をさまようバスもいれば,ロットに停めるのをあきらめて,誉められた場所ではないところで開放休憩してしまうバスもいる。またツアーバスに混じり,滋賀に向かう西武観光バスや鳥羽・南紀に向かう三重交通などの高速路線バス,普通の観光貸切バスの姿も。ちなみにJR系はさらに先の足柄SAで休憩をするパターンが多く,ごく一部を除きここには寄らない。

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しかし高速ツアーバスがずらりと並ぶ光景も,これで最後。明日からは,いや今日の夜からは,すべて路線バスに切り替わる。これまでの路線系とツアー系,特にバスに詳しくない人から見れば同じ「高速バス」が,文字通り同じルールで競うことになる。これからどうなる,高速バス!?バスラマでは総力を挙げて取材中です。

暑中御見舞申し上げます

編集部のある関東地方は、今年はいつになく早い梅雨明けと,酷暑となりました。全国的にも関東以西は梅雨明けが早く、厳しい暑さとなっています。電力不安や節電も言われますが,命あっての物種です。飲み物を摂り,冷房などもきちんと使って体に負担を与えないよう,どうぞご自愛ください。

さて真冬でも最高気温が30℃近く,5月に訪問した際は連日40℃を超えていた,インド南部タミルナドゥ州にあるチェンナイ。
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日本では最早過去の存在となった“非冷房車”も,冷房が贅沢装備のインドではまだまだ現役。否,むしろ主流。道行く車を眺めていても,トラックやバスだけでなく乗用車でも窓を大きく開け放っているのは当たり前。と言うよりも,現地製のトラックキャブはハーフドアが主流で,そもそもサイドにはガラスが入っていないし,バスの客室窓も同様,そして乗降口には扉がない。

日本では想像も付かないようなボデーだが,とにかく強烈な直射日光を遮ってしまえば,走れば風が吹き抜けるので暑さは何とか凌げそう。ひたすら暑いだけで,寒さのない地域ならではの構造と言えよう。またチェンナイのバスはフロントエンジンシャーシーが目立った。これもフロントグリルをがばっと開けてラジエーターを剥き出しすれば,走行風を最大限活用でき,合理的。フロントマスクのラジエーター部が開閉式の現地ボデーを見かけて,納得した次第である。もっとも熱源が車体前方にあるのは如何かとも思うが。そしてもう一つ,雨季はどうなるのだろう。お客さんはやっぱりずぶ濡れなのか…。

そのインドで生産され,アジア・アフリカ諸国に輸出される,FUSOのトラック。8月5日発行のワーキングビークルズNo.53でご紹介する。併せてインドのローカルトラックも,ちょっぴりご紹介。(や)

頑張れ旧旧旧規格軽!

先日南九州に出かけた際,交差点で信号待ちをしていると,何とも懐かしいハイゼットを発見。360cc時代に生まれて後に550ccエンジンに換装され,10年近く生産が続けられた4代目ではありませんか。車体サイズは基本的に360cc時代のものなので,全幅は僅か1.3m。隣に並ぶ,全幅1.48mの現行規格スズキアルトがまるで普通車のように見えてしまいます。

360ccの軽自動車は“サブロク軽”として愛好家が結構います。一方で排ガス規制強化期&車両規格変更期の軽自動車は,旧車として愛でるには新しすぎるのか,現行車と似てて趣味的楽しみが少ないのか,あまり表には出てきません。それでも四半世紀経ち,趣味のクルマとして扱う人も少しずつ増えつつあるようで,何とも心強いものです。

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復活するダットサン

昭和30~40年代前半あたりで時間が止まったような,そんな雰囲気の町で見付けた看板。ここは旧街道筋の宿場町で,律令時代~江戸時代の方がよほど賑わっていたに違いない。

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何とも懐かしい書体だけれど,いつ頃までこのロゴを使っていたのだろう。看板の裏には「ブルーバード」「セドリック」の文字。ブルーバードは消滅して久しいし,セドリックはY31が事実上のタクシー専用車として細々と命脈を保つのみ。時代の流れを感じる。

ダットサンのブランドが,国内から姿を消してはや10年もの時間が過ぎた。日産の看板車として,“坊やのお寝言ダットサン”なんていうユニークなコピーも華々しく展開したダットサンセダン,“一に算盤,二に電話,三にトラック ダットサン”という,これは直球ど真ん中なコピーで売り出したダットサントラック。そして国内で最後までダットサンとして残ったのは,ダットサントラックだった。

そんなダットサン,間もなく日産自動車の新興国向けブランドとして復活するようだ。ダットサンが初登場した頃を考えると,日本は間違いなく“新興国”だった。それを考えると何となく面白いし,合点がいくブランド復活かもしれない!?(や)
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