2015年07月

路面電車メモリアル 11

かえつ①

ゆらゆらとした陽炎の向こうに路面電車…最近ニュースでよく見るこの光景は,富山市内の猛烈な暑さを報じたものだ。なぜかその車両は新型ではなく,決まって最古参の7000形なのだが,いかにも路面電車的な顔つきがカメラマンの撮影意欲をそそるのだろうか?
さて今回の路面電車は,その富山地鉄富山市内線ではなく,お隣に位置していた加越能鉄道高岡軌道線である。元々は地鉄が戦後開通させた軌道で,その後地鉄から分離した加越能鉄道が受け持ったという。訪問したのは1971年夏だったと思うが,当時は高岡軌道線の新湊と富山市内線の新富山を結ぶ地鉄射水線が健在であったほか,これら3路線には地鉄が導入した同型車5000系が走り,さらに高岡市内線の主力は富山市内線7000形(前中扉)と同系車体で前後扉の7000系であるなど,実際に訪れると富山市内線の一部のように感じる,妙な印象の路面電車であった(もっとも,わざわざ区別したがるのはマニアだけだったかもしれないが)。軌道線区間は新高岡(国鉄高岡駅)―新湊間と,米島口―伏木港間(訪問直後に廃止)で,専用軌道が多く,このほか鉄道線として新湊―越ノ潟間が運行され,新高岡からの軌道―鉄道直通運転もあった。
写真上は新高岡における,当時の主力車7000系7070形の最終番号車7076。『鉄道ピクトリアル1969年4月 臨時増刊』によれば,7070の多くはオレンジ色ながら,この車のみ直通乗り入れ用で,緑色だったという。下は5010形5021。元々地鉄が採用した鉄道区間用で,今見ると恐ろしいほどの高床車である。この時期はすでにラッシュ・増発用に転じたとされるが,この日はなぜか真っ昼間に本線を走っていた。
そんな高岡市内線,過去形で紹介しただけに廃止されたのだろうと思う向きもあろう。実際,2000年代初頭,加越能鉄道は不採算による廃止の意向を表明したが,これを受けて高岡市などは第3セクターの万葉線株式会社を設立,2002年度から新会社による運営となった。その後はLRTタイプの低床連節車も導入されているが,上の写真の7076も今なお健在のようだ。また加越能鉄道は鉄軌道からの撤退で近年加越能バスに改称している。
今回の写真も前回の和歌山市内線と同様,ハーフサイズのオリンパスペンEEでリバーサルフィルムを使用しており,証拠写真程度にご覧いただきたい。(S)
 
かえつ②

横置きエンジンのライバル

バスラマ次号の事業者訪問先は、前号締切日の時点では未定だったので予告ではブランクとしたが、
その後確定し、先週取材を終えた。そのときのひとコマがこれ。
右のバスを見れば訪問先はすぐにおわかりと思う。

左のバスはそのエリア内を走る海辺のテーマパークの送迎自家用バス。
サイドに大きく、コミック「☆ンピー☆」の主人公が描かれてあったので後姿だけ掲げるが、
2台を見比べたら、同じ時期に市場を競った中型ノンステップバス、
しかも2台とも、横置きエンジン+アングルドライブにより、可能な限りノンステップフロアを大きくとったライバル同士ではありませんか。

この種のモデルが消えたのは、メーカー統合だの排ガスデバイスの肥大化だのいろいろな理由があったとも聞くが、
中型バスが昔ながらのスタイルに戻ってしまった今となっては懐かしいモデル達だ。
ちなみに左の自家用に乗ってみたら、見覚えのあるシートだった。
かつて東京・自由が丘の街並みを走ったバスは、いま蒲郡で子供たちの歓声を運んでいる。(S)

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荷物の目線

荷物。お荷物。会社のお荷物。社会のお荷物。いえいえ、お客様の大切な荷物です。
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そんな荷物になってみた。日産e-NV200の荷室に寝転がり、見回してみると“5ナンバーサイズ”が思いのほか広いことに気付いた。 窓から見えるのはごみごみした家並や雑踏ではなく、空。“お荷物”も意外と悪くないかも。これで屋根が開いたら言うこと無しなのですが。このクルマの荷室はすっきり四角四面、無駄な出っ張り凹みがほとんどなく、これぞ実用車。もっとも諸々の事情で、e-NV200は普通貨物車登録・・・!?

ワーキングビークルズNo.59は話題も盛りだくさん、8月5日の発行を目指して鋭意編集中です。

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 ワゴンではなく、バン。電気だけで動く、立派な“はたらくくるま”でした。
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