京王バス

あるCNGバスの“運命”

今年のはじめ、以前本プログでも紹介した府中市の交通遊園で『新車』に出会った。バスが1台増車されたのである。『新車』は府中市コミュニティバス・ちゅうバスで稼働していた、京王バス中央の2008年式日野リエッセ・CNG(圧縮天然ガス)仕様である。
ちゅうバスは2003年の運行開始時からリエッセのCNG車を採用し、その多くは屋根上にCNGボンベを搭載した仕様だったが、一部の車両は高さ制限のある中央道のアンダークロスを経由する路線のため、室内最後部にCNGボンベを配置していた。今回の『新車』はその増備車だが、新車から10年足らずで引退して交通遊園にやってきたわけだ。
ただし2008年に採用された室内置きCNG仕様の僚車は、屋根上ボンベ搭載のCNG車がなくなった現在でも、後継のポンチョにまじって稼働している。『新車』はおそらくエンジン不調などの理由で廃車が早まったと推測できる。
CNG車は(車両本体ではなく)ボンベの製造時期から15年以内でボンベ交換をする規則があるが、大手事業者のCNGバスの大多数はボンベ交換をせずに廃車されており、またリセールが難しいことから解体されることが多いようだ。現在、8都県市で運行されているディーゼル車の最も古い世代はKK-、KL-車で、15年超の車両もあるだけに、CNGバスの短命さが一層浮き彫りにされよう。
CNGバスは新造も中止され、またボンベの使用期限により台数は減る一方だが、最近話題の燃料電池バスも水素貯蔵のためのボンベを搭載している。燃料電池バスは現状では年限を決めたリース導入と聞くが、長期の使用はどうなのか。イニシャルコスト・ランニングコストを含めたトータルでの環境対策・省資源を考える必要がありそうだ。(S)
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交通遊園に置かれた京王の2008年式リエッセCNG仕様。これからは子供達の遊び相手として余生を送るだろう。奥に都電6000と、京王の日産ディーゼルJP(中野に配置されていたワンステップ最終期車)がある

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交通遊園の車両と同時に導入された2008年式CNG車は現役である。ナンバープレートもわざわざ五輪仕様に切り替えられている

GWスペシャル?  バスラマアーカイブスWEB版

モノクロ写真(当然フィルム)を撮っていた時代は,すべてのネガを引き伸ばしたりコンタクト(ベタ焼)を作っていたわけではないから,近年ネガを掘り返し,スキャンしてみて『こんな写真撮ったっけ?』みたいなことがある。これもその一枚だが,たとえ印刷しても調子がよくなかろうと思い,デジタルでお目にかける次第。
1970年頃の国鉄中央線東小金井駅北口のスナップである。東小金井駅は元々,貨物駅として1964年に誕生した,中央線東京―高尾間では『比較的新しい』駅である。開業当時は旅客扱いはオマケみたいなもので,メインはプリンス自動車村山工場から出荷されるスカイラインやグロリアを,自動車専用貨車ク5000に積み込むことだった。小学校で「祝東小金井駅開業」と印刷されたノートをもらったことを覚えている。1966年にプリンスが日産に吸収されて以降も自動車の搬入はあったが,やがて新車は貨車輸送からトラック輸送に移行,さらに周辺人口の増加で東小金井駅は旅客輸送主体となる。その駅も数年前に高架化され,橋上駅舎が目立つ写真の景色は過去のものとなった。
写真は夕刻に撮影したもので,会社帰りのサラリーマンやOLのほか,和服の女性も見える。バスは京王帝都電鉄・小金井営業所のいすゞBA741。スタンディウインドーを廃して新モデルとなった川崎製ボデーでは比較的初期車で,1965年式か。カラーリングは最近京王100周年で復活した,現在も西東京バス(バスラマ次号で事業者訪問)が採用している黄色ベースのデザインである。バスを取り巻くように,2代目セドリックや3代目クラウンのタクシーが見える。
当時は西武バスも乗り入れていた東小金井駅北口だが,40余年を経て一般路線バスは京王だけ。車両はBA741の末裔というべき日野レインボーⅡが専用されているが,一般路線よりもむしろコミュニティバスの本数が多く,京王が担当する小金井市CoCoバスと,越境して乗り入れる小田急バス担当の武蔵野市ムーバスが見られる。(S)
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△△周年の復活デザインバスが盛ん

 東急バスの20周年記念車が契機になったのか,創立何十周年記念で過去のデザインを復活させるバス会社が増えている。復活といっても一時的なものだろうが,今年にはいってからは京王電鉄バスグループが4種類を新車に施したし,次号バスラマでもさらに各地の2例を紹介する予定。バス会社にとっては比較的容易に歴史をアピールできるし,利用者にとっては懐かしく,バスに親しみが沸く効果があるのだろう。
 京王の場合まず,戦後から昭和50年代初頭までの,今でも西東京バスが使用しているデザインのバスが登場した(西東京は,裾周りは簡略化しているが)。だから西東京バスをコピーすればいいのだろうと思うが,正面などに余分な数本の線が加わっている。これは本来メッキの飾りだったのではないか。モノクロ写真で見て塗装の一部と判断したのかどうか,年配者にとっても??の印象がある。
 写真はその次の世代の塗装で,現在のアイボリー塗装が出るまで使われた。素っ気無くて個人的には好きではないデザインだが,まあ合格というところか。このほか,1980年の1年だけ使われた,初代ワンロマ車(中央高速バスとの兼用,上下開閉窓でリーフサスだった)のデザインと,アイボリーベースの貸切・高速デザインの計4種類11台が出揃っているから,京王エリアにお越しの節は探してみてください。(S)
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こんなところに…こんなバス

 以前から名前だけは知っていた府中市の交通遊園を訪れた。実は,梅が見頃という郷土の森公園に行こうとして,駐車場から間違って反対方向に歩いたら出くわしただけなのだが,どうやら郷土の森よりもかなり以前の1972年に開園した様子。子供たちに交通ルールを身につけさせることが目的の施設で,公道を模したコースや,ワンコインで遊べるバッテリー式のゴーカートもある。交通戦争という言葉がまだ生きていた時代らしい施設だが,40年経た今もきちんと機能していることは評価したい。
 で,交通遊園の名前を何で知っていたかというと,都電やバスなどが展示されていることを聞いていたからだが,まず目に飛び込んできたのがこの京王バスである。驚いたことに社号はA49902,最近引退したのだろう1999年式の日産ディーゼルJPワンステップだ。日本でJPを一番多く愛用した京王の中ではワンステップ最終期の西工製で,京王バス東・中野営業所に配置されていた車両。車内には自由に入れる。ファンのサイトで確認したら,長らく富士サファリパークの広告ラッピングをしていたことを思い出した。(また他のブログによれば)以前もやはり京王バスが置かれていたようだ。写真を見ると1987年式いすゞキュービック3扉車(府中営業所で一生を終えた)であった。おそらく経年による劣化で「新車」に代替したものと思われる。ちなみに裾の社名からは「東」の文字が消され,方向幕は府中営業所の廃車から外したのであろう,最寄りの系統が表示されている。新宿・渋谷・中野あたりしか知らない当人(?)は,何でこんな寂しいところに連れてこられたのかと思っているに違いない。でも,まだ売却できる車両を地元に寄贈したのだろう京王も太っ腹。子供たちを相手に楽しい余生を送ることだろう。今回はカメラを持っておらず,やむなく携帯で撮影。(S)
追記:交通遊園にはこのほか都電6000形(1978年廃車。現在塗り替え中なのか錆色でした),いすゞエルフ消防車(まだ新しい。かつてはボンネットのTXGが置かれていたようだ),国鉄D51(開園の際に譲り受けたとある),EB10(同様。地元企業東芝がバッテリー機関車として製作したものを電気機関車化したという)が置かれている。
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