昭和

新年のご挨拶 そして…

新年あけましておめでとうございます。やや遅ればせながら、2019年のご挨拶を申し上げます。
今年は早々に熊本県を震源とする地震が発生し、九州内はもとより四国・中国でも揺れが観測されたとのこと。大事には至らなかったと報じられていますが、昨2018年は災害が多かっただけに、今年1年が安寧な年になることを願わずにはいられません。
ぽると出版は明日1月7日から営業開始します。今年度から例年12月中旬に発行してきた『年鑑バスラマ』を1月末発行にシフトしましたので、編集部は明日からすぐにフル稼働の状態が続きそうです。1月30日発行予定の『年鑑バスラマ2018→2019』は、2018年の話題を網羅して、従来にも増して充実した内容でお届けする予定です。ご期待ください。


2019年は5月1日に新元号に移行することが決まっており、4月1日には新元号が発表されるという。30歳より若い平成生まれの方々もそのうち『前時代の人』などと括られるのかもしれないが、昭和中期生まれとしては「昭和はますます遠くなりにけり」という印象を抱いてしまう。今回は昭和の時代のそれぞれ正月前後に撮ったバスの入った風景を、脈絡はないが数点ご紹介しよう。ストリートビューなどで現在の景色と比較すると興味深いと思う。(S)

1969
50年前の1969(昭和44)年1月1日、国道246号の渋谷区道玄坂付近。この年の5月に廃止された東京急行電鉄玉川線の電車が渋谷駅に向かう。後ろを走る2台のバスは同じく東急の日産ディーゼル4R110/富士重工。長尺のラッシュバスで、いずれも2灯式なので1963~1968年前期式。外装は銀地に水色のデザイン、赤帯の旧塗装である。4R110は玉川線の代替輸送用にも4灯式で銀地/赤帯の簡易塗装の新車が大量導入されるなど、1970年まで計262台が採用された。まさに1960年代後半の東急バスを代表する車型である。ちなみに電車は150形で、1964年に4両が新造された、玉川線では最後の新車。東急の鉄道線ステンレス車7000形と共通性のあるスタイルだが、こちらはスチール製である。玉川線廃止後は世田谷線に残り、現在の300形に置き換えられるまで活躍した。(4R110をはじめ1960~1970年代の東急バス各車種はバスラマアーカイブス03『東京急行のバス達』に詳しい)

1978
41年前の1978(昭和53)年1月下旬、国鉄中央線武蔵小金井駅北口の朝。西武バスも多くの路線が乗り入れる駅だが、たまたま発車待ちする京王バス2台だけが写っている。左は1969年式日産ディーゼル4R104/富士重工、右は1971年式いすゞBU20/北村製3扉車で、いずれも府中営業所の所属。このうち4R104はこの年の5月に、1970年式4R105とともに廃車された。2サイクルエンジン車の早期淘汰の方針によるものと聞いたことがある。一方のBU20は当時の京王のいすゞ車では最長尺車で、京王では珍しい北村製。同型9台が1982年6月まで活躍した。なお武蔵小金井の駅舎は2007~2009年の中央線の高架化工事に併せて改築、2015年には高架化に伴うすべての工事が終了し、当時の面影はなくなってしまった。

1981
38年前の1981(昭和56)年2月初頭、東京・有楽町の日劇(日本劇場)付近。日劇は戦前の1933年にオープンした国内最大級の劇場で、ミュージカル、演劇、映画などが上演・上映された。戦争による被災も免れたが、1981年2月中旬、老朽化によりその幕を閉じ、隣接する朝日新聞の社屋などとともに取り壊された。現在は有楽町マリオンが建っている。撮影当時のカメラの画角では建物の全容が収まらず、ご覧のように上部が欠けてしまった(仕方なくその後、ビルの屋上に上って撮影できたが、果たしてどこのビルだったか)。走るバスは都営バスのS-T488号。1969年度前期に購入された深川営業所のいすゞBU05D/川崎である。

1986
33年前の1986(昭和61)年正月を目前にした1985年12月末の北海道・旭川駅前。発車待ちで並ぶバスは道北バスの日野RCあるいはREで、右の車は社番538、行先は急行名寄と読める。左のバスの奥には西武旭川店のB館が見える。同店舗は1975年に開店、近年は日本最北の百貨店とも言われたが2016年に閉店し、道内第2の都市である旭川市の経済に影響も与えた。また名寄行道北バスの乗り場も2018年に開設された駅隣接のバスターミナルに移動している。ちなみに2台のバスの車体広告には『ニトリ』の文字。札幌発祥の同社は今や全国区の大手チェーンだが、撮影当時の店舗は道内に限られていた。

〈昭和〉なガソリンスタンド



①
甲州某所を走っていたら見つけたガソリンスタンドである。

昨今、ガソリンスタンドが相次いで姿を消している。都市部では過当競争の末の廃業、また近年では法規で地下の貯蔵タンクの更新が義務付けられたものの、利益が薄いことでタンクの更新がままならないゆえの廃業、さらには過疎化で顧客の減った地域での廃業も多いようだ。今後PHVEVが増えたら、ますます減るのではなかろうか。もちろん現在営業中のスタンドも多くがセルフで、割安なのはいいが、機械の扱いに苦手な女性や高齢者には甚だ不便といえる。

そうした中で、写真のガソリンスタンドは昭和の雰囲気を今に伝えつつ営業中である。大きくRを描いたオフィスのデザインは、1960年代を彷彿させる。計量器の上に屋根はないが、かつてはどこもこうしたものだった。もちろんセルフではなく、平均年齢が高いであろう近隣住民にはありがたいことだろう。オフィスのCOSMO STATIONの部分には、かつては前身の丸善石油あるいは大協石油のマークが掲げられていたのかもしれない。

古い建物が保存されるケースはあるが、ガソリンスタンドは保存されまい。いつまでもこのままで営業してほしいものだ。(S)


 


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