LET IT BLEED 

日々の記録。

2008年01月

竹中正治

米国FRB(連邦準備制度理事会)にとってサブプライム危機は「後門の狼」のようなものだ。後門の狼に追われて、FRBが(2001年にグリースパン議長の時にやったように)なりふりかまわぬ金利引き下げ・金融緩和に走ればよいかと言うと、そこには「前門の虎」、別のリスクが立ちはだかっている。

死んだ魚は水をかけても生き返らないように、金融を緩和しても、破綻した(あるいは破綻しかかっている)債務者には新規の信用は供給されない。その一方で、金融緩和が生み出す過剰流動性が世界の商品市場や高成長途上国に流れ込み、そこで市況の過熱・バブルを助長している。

仮に2001年の金融緩和に匹敵するようなドル金利の大幅引き下げが今回起これば、円キャリートレードに代わって「米ドルキャリートレード」が急増し、ドルの低金利とレバレッジでいっそう膨れ上がった投機資金が世界の商品市況をバブルの頂点に押し上げるだろう。

実際、前掲グラフで見るように米国での金利引き下げ観測が強まった2007年夏以降、ゴールド、原油価格、そのほかのコモディティー価格の騰勢が一段と強まっている。FRBは中央銀行の常で、大胆な金融緩和をためらう理由として消費者物価などに表れるインフレ懸念を口にする。

しかし、2000年代の米国住宅バブルは2001年のIT(情報技術)バブル崩壊不況を大胆な金融緩和で乗り切ったことの厄介な副作用であることをFRBは意識している。FRBの金融緩和への躊躇の本当の理由は、実は住宅バブルがもっと悪性のバブルに転化するリスクだと思えて仕方がない。

まとめると、

(1)FRBが今後の金融緩和をためらえば、米国経済の景気後退に引かれて世界経済も失速するリスクが高まる

(2)反対に大胆な金融緩和が行われれば世界商品市場は「バブルへGo!」の状態になり、それが破裂する過程で何が起こるか分からない危険な局面に移行してしまう

その場合には、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)諸国も全部ひっくるめたグローバルなバブル崩壊さえ起こり得るだろう。そういう極めて不安定な局面に米国と世界経済は直面しているのだ。
果たして、前門の虎と後門の狼に挟撃されたバーナンキFRBが両者の間にある細い道をうまくすり抜けることができるかどうか。それは誰にも分からないが、恐らく背に腹は代えられずに結局は金融緩和への傾斜を強め、グローバルな商品市況のバブルが進むと、私は思う。

では、投資家はこの不安定な局面にどう対応したらよいのだろうか。

大きな下落が起こるかもしれない不安な相場環境で、一番強い投資家は十分な流動性(=自由に使える資金)を持っている者である。流動性を増やせば、当然投資利回り全体は低下するが、今は割高になった資産は売って流動性を増やしておくべき局面だろう。今の高値を追ってゴールド、原油、高成長途上国の株の買い増しをするような投資は、私の目にはリスク感覚の麻痺した行為にしか思えない。

もちろん、多数の投資家が同時に投資資産の圧縮・流動性増加に走れば市況全体が崩落する。従って、多数が流動性に殺到する前に「魚の頭と尻尾はくれてやる」覚悟でやるしかない。

もっとも「バブル崩壊」と言っても大地が割れるわけでもないし、この世の終わりでもない。その局面で投資した資産を安く売る羽目になるか、反対に安く買えるかどうかが命運を分かつだけだ。


そう考えると2008年はちょっとワクワクする年にもなるだろう。

「新版・花見酒の経済論」抜粋

松藤民輔

株価は89年12月29日に3万8915円という高値をつけ、2003年4月28日に7607円まで暴落した。政策金利は6%からどんどん下落し、とうとうゼロ金利まで下げ続けることになる。
金利を下げるのになぜ株価まで下がるのか?
1929年8月、当時、金利は6パーセント。NYダウは381ドルであった。これが1.5%まで金利が下がってくると、NYダウは42ドルまで下落する。これがあの金融恐慌の瞬間である。
さらに遡ると、1873年11月、金利が9%のときには株価は441ドルであった。これが2%まで下がると157ドルまで下落する。この1873年の恐慌は、1929年のそれよりインパクトのある大暴落で、大企業のほとんどが破綻しているのである。
政策金利上昇時の株価をチェックしてみると、1929年のNY市場、1989年の東京市場のいずれも、政策金利がピークのときに株価もピークをつけている。そして、先に述べたとおり、金利が下がれば下がるほど株価も下がっている。これは新興市場でも同様に見られる現象で、アメリカのナスダックは、金利が7%から1.1%に下がる間に、75%も下落している。日本も同じである。ゼロ金利になって4年後に、日経平均7607円という株価をつけている。
1921年から現在まで、アメリカでは17回もの金融緩和期があた。ただし、その全てで、金利をさげるときに株が下落、暴落していたわけではない。金利を下落させながら、株価も上昇する場合もあった。金融の循環からいえば、必ずしも金利を下げるときに株価暴落が起きているわけではない。
では、なぜわたしは「FRBが金利を下げるときにNYダウは暴落する」というのか?この話は、あくまでバブル現象のときに限るのである。さらに付け加えれば、資産バブルや資産インフレ時に金利を下げると暴落するのである。
インフレには資産インフレと商品インフレがある。
アメリカの不動産バブルが崩壊すると、アメリカの消費が冷え込み、もはや日本や中国の製品をポンと気前良く買ってくれるマーケットはなくなる。アメリカの不況は、世界経済全体に悪影響を与えるのである。なんでも買ってくれるお得意さんが消えてしまいかねない。これは困る。
たとえば「○○株、20年ぶりに1000円の大台回復!」というようなアナウンスが新聞紙上を賑わしたら、そこが天井なのだ。バブル崩壊直前など、ご家庭の主婦までもがへそくりや積立預金、あるいは子供の学資保険を解約した資金をそっくり株式市場に投げ込んでいたではないか。みなが買う頃にはもう終盤戦なのである。
どんな局面でも一般投資家がフィーバーするようになったら、そこは天井と考えて間違いない。
1969年当時のアメリカは、バブル時代の日本や今の中国・上海株式市場同様、「ゴー・ゴー・ファンド」の合言葉で、国民がこぞって株式投資に熱中した時代だった。電気関連株や自動車関連株への投資はもちろん、日本企業の株式にまで手を出すなど、とにかくものすごい投資ブームだったのである。学校では毎日、「うちのパパは株でこんなに儲けたよ」という話題で持ちきりだったという。大学でも高校でもない。小学校で、である。そんな逸話が残っているくらいだ。こんなフィーバー・トレンドの中で「こんな環境では投資したくない」と自分のファンドを清算してしまった人がいる。そして、現実にその年末から、株式はなんと70%も暴落したのである。それから5年後、彼は再び株式投資を始める。これこを若き日のウォーレン・バフェットのエピソードである。彼の投資哲学は「わからないマーケットには近づかない」という一点に尽きる。これは見識というか、ある意味で卓見なのだ。日本の代表的な相場師であった是川銀蔵にしても、バブル崩壊直前に手仕舞っている。その理由も「このマーケットで、これだけ株価が上昇する理由が分からない」だった。
「世界バブル経済終わりの始まり──実践・臆病者のための黄金の投資学」・抜粋

NO-46 

一月五日、水道橋。
水道橋

NO-45

一月五日、新宿。新宿

謹賀新年

元日の関東地方は良い天気に恵まれました。気分は良好です。

昨年11.30より、長いこと経験していなかった超短期売買を再開してから
32トレード。現在ノンポジションで、パフォーマンスは5%
月並みですが、ロスカットの重要性を改めて痛感させられた一ヶ月でした。

今年は株漬けの一年になりそうな予感です。というのも、今年も不安定な
地合が続きそうで、気長に保持するというトレードスタイルでは、なかなか
対応が難しく、いきおい、出入りの激しいトレード手法を採用することが、
ほぼ必至と思われるからです。

なんとか、よい一年にできればと思います。


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