LET IT BLEED 

日々の記録。

2015年05月

健康を害する「座りっぱなし」のリスク(ジョルダンニュース)



健康を害する「座りっぱなし」のリスク(ジョルダンニュース)



現代人の多くが座り過ぎ。死亡率や心臓病発症率が上昇



一昔前は、「人生の中で最も多くの時間を費やすのは『睡眠』」ということで、
「毎日使う寝具にはお金をかけようという考え方」がありました。しかし、
現代人においては、寝ている時間よりも座っている時間の方が長いかもしれません。

通勤中は車、電車などに座り、デスクワークの仕事をしていれば、
勤務中も座りっぱなし。家に帰ってもテレビやパソコンの前に座ってダラダラ過ごし、
気づけば午前様なんてことも。
1日14時間以上も座っているのが日常という人もいるかもしれません。


1日に6時間座る生活を続けていると、たとえ日常的に運動をしていたとしても、
1日に3時間しか座らない生活の人に比べて、
15年以内に死ぬ確率が40%増えるとのこと。
また、デスクワーク中心の仕事をしている人は、
立ち仕事が中心の人に比べて心臓病になる確率が2倍に高まるそうです。


「座る」がカラダに与える変化

座れば脳や脊髄から足の筋肉に送られる電気信号が滞って、
代謝によるカロリー燃焼率が毎分1kcalほどまで下がり、
脂肪を分解する酵素「リパーゼ」の中性脂肪の脂肪燃焼率も90%低下するとともに
善玉コレステロールが減少します。
また、座ってから2時間が経過すると善玉コレステロールが20%減り、
24時間経過した後ではインスリンの効果が24%減って
糖尿病のリスクが上昇することもわかってきました。

さらに、人体の解剖学的見地から見ると、
椅子に座れば臀部(でんぶ)から後大腿部にかけて体重の圧迫を受けます。
後大腿部には、太い静脈が通っています。その静脈は、
総大腿整脈と、そこから分岐する深大静脈や浅大静脈が膝後ろへ走っています。
それらの血管が圧迫されることで、血流が悪くなり、
主に膝の裏側に血栓ができやすくなります。また、
下肢に酸素や栄養が運ばれ難くなります。

1時間毎に立ちあがり、動く前に手軽なセルフケアを

リスクを回避する方法はただ一つ。それは「座る時間を減らす」ことです。
このことついては、さまざまな研究結果が出ています。
現代人のライフワークを見てみると、座っている時間が非常に長いため、
「1日30分程の歩行運動で十分」という説は、
もう机上の空論となってしまっているようです。
また、特にデスクワーク中心の人は1時間に1回は5分程歩くのが必要
とされる結果も出されています。

私が提案したいのは、下記の2つのことです。

■1時間毎に立ち上がる

そもそも、人間は長時間、座り続けるようにはデザインされていません。

■動く前に手軽なセルフケアを

長時間、座っている=臀部や大腿部後面は自分の体重+重力によって
圧迫され続けているので、筋肉の癒着などが起こり、
筋肉本来の滑走(伸縮性)を発揮できないままに
運動してしまうのも考え物です。

なぜなら、臀部、大腿後面が使いにくい状態で動くということは、
他の関節や筋肉に余分な負担をかけた状態で動く習慣をつけてしまう
ことになるからです。

まず、臀部、大腿後面、長時間の座位で固まってしまった股関節ぐらいは
ストレッチで伸ばしましょう。
このことは、座りっぱなしのリスクの回避だけでなく、
カラダの歪みを作らないことにもつながります。

(伊藤 勇矢:柔道整復師)

市販薬は飲まないほうが安全? 意外と知らない“正しい下痢止め”の選び方



市販薬は飲まないほうが安全? 意外と知らない“正しい下痢止め”の選び方



週プレNEWS 2015年5月24日(日)6時0分配信

冬はノロ、春はストレス、夏は食中毒…などなど下痢になる可能性は一年中あるが、
その正しい知識を知らない人は多いのでは? 例えば、下痢の種類によって
飲んではいけない薬があることを知っているだろうか? 

一生役立つ、下痢の正しい知識を医師の村中璃子(むらなか・りこ)先生が教えます!

***

突然起こった下痢の多くは感染症によるもので、体をまったく動かせないほどの高熱や
血便などがない限り、ほとんどの場合は大きな心配する必要はありません。

しかし、どんな下痢でも脱水にだけは要注意。十分に口から水分が取れないほど消耗
している時や、水を飲んでもそれ以上に吐いてしまう場合などはすぐに受診する
必要があります。病院で水分を補う点滴を受けるだけで驚くほど元気になります。

また、脱水以外で注意したいのは感染性の下痢の場合です。感染性の下痢では、
原因となるウイルスや毒素などがすべて排泄されるまで「下痢を止めない」のが原則です。
もちろん、その間も十分な水分を補給することが重要です。

■では、市販薬は飲まないほうが安全なの?

一概には言えませんが、市販薬にもいろいろなものがあるので自己判断で
使用するには注意が必要です。

腸のぜん動運動を「止める」成分が入っている市販薬には「ストッパ」
「エクトール赤玉」「トメダインコーワ」などがあり、これは過敏性腸症候群には
使用できますが、感染症が否定できない時に使用してはいけません。
例えば、「トメダインコーワ」に入っているロぺラミドという成分は、
病院での処方薬にも入っている成分で下痢を止めるのに即効性があります。
ただし、処方薬と市販薬では有効成分の量が違います。

一方、「正露丸」は、過剰になっている腸のぜん動運動を「止める」のではなく
「調整する」作用や、腸内の水分量を調節する作用などがあるのでノロを始めとした
感染症を含むすべての下痢に安心して使用できます。
「ワカ末止瀉薬(ししゃく)錠」も腸の運動を調整する成分しか入っていないので同様です。

また、処方薬としても出されることもある「ビオフェルミン」で注意したいのは
「ビオフェルミン下痢止め」と「新ビオフェルミンS」との違い。
前者はロートエキスという腸のぜん動運動を「止める」働きをする成分が入っているので、
感染症を疑う時には飲むべきでありません。

一方、「新ビオフェルミンS」のほうは、ビフィズス菌などの腸内細菌を補うことで
腸内環境を整えるものですので、どんな下痢の時に飲んでも構いません。


■下痢と嘔吐が続いている時に飲むとしたら下痢止め? 吐き気止め?

嘔吐を伴う下痢の場合は、まず感染性を疑います。そもそも、
嘔吐がある時には薬を飲んでも吐いてしまうし、下痢止めにも吐き気止めにも
病原体を殺したり毒素をなくしたりする作用はなく、
体の外に出ていってほしい病原体や毒素を体にとどめるだけなので、
基本的にはどちらも飲むべきではありません。

薬を飲むことよりも大切なのは、先述の通り、「十分な水分を取ること」。
上からも下からも水分が出ていけば脱水になります。また、
嘔吐すれば胃液と一緒に酸が失われ、下痢をすれば腸液と一緒に
アルカリが失われるためイオンバランスが崩れます。そのため、水分を補うとすれば、
ただの水よりもスポーツ飲料のようなものが適しています。

ただし、スポーツ飲料には糖分が多く含まれているため薄めて飲む必要があります。
そのまま飲むと、急に上がった腸管内の糖濃度を下げようと、
水分が血管側から腸管側へ移行しやすくなり下痢が悪化する可能性もあります。

(取材・文/村中璃子)

●村中璃子(むらなか りこ)
医師、ライター。一橋大学社会学部・大学院卒。社会学修士。北海道大学医学部卒。
WHO(世界保健機関)の新興・再興感染症対策チームなどを経て、
現在は都内大手企業で産業医としても勤務。
医療・科学ものを中心に執筆中

人体に深刻な危険をもたらすトランス脂肪酸が野放し(Business Journal)


人体に深刻な危険をもたらすトランス脂肪酸が野放し 
菓子、パン、ファストフードは厳禁



Business Journal  2015年5月18日(月) 「Thinkstock」より

日本では、マスメディアでトランス脂肪酸の問題はほとんど報じられないため、事の重大さに
お気づきでない人が多いのですが、実はいろいろな意味で大変深刻な問題なのであります。

トランス脂肪酸は、マーガリンやショートニングをはじめ、スーパーマーケットや食料品店で
販売されているサラダ油などにも含まれている物質です。
これらはファストフードでは大量に使われており、安価な飲食店で揚げ物を食べた場合にも
間違いなく摂取することになります。

トランス脂肪酸を過剰摂取すると動脈硬化を促進させ、それに伴う心臓疾患や脳血管障害、
またアトピー性皮膚炎やアレルギー性鼻炎、気管支ぜんそくなどのアレルギー疾患の
リスク要因になると指摘されています。さらに血中の中性脂肪を増やし、肥満や高血圧、
そして糖尿病の原因にもなると考えられています。
アメリカでは「プラスチック食品」「狂った脂肪」などと呼ばれ、含有量表示が
義務付けられており、食品医薬品局(FDA)は摂取規制も行っています。

●厚労省も消費者庁も野放し

日本では厚生労働省が管轄すべき問題だと思いますが、なぜか消費者庁が
監督官庁になっています。その上で、「日本人のトランス脂肪酸の一日の平均摂取量は
0.9グラム前後であり、健康への影響は少ない」という、まったく現実的ではない理由を述べて、
一切の規制をせず野放し状態にしています。

しかし、例えばファストフード店のポテトフライ(Mサイズ)には、4.5グラムの
トランス脂肪酸が含まれています。また、大手食品メーカーが販売している、
ある人気お菓子1箱の中には、約2グラムのトランス脂肪酸が含まれています。
日本で発売されている商品では表示されていませんが、
トランス脂肪酸の表示義務がある香港などでは含有量が表示されています。

WHO(世界保健機関)では、消費者のさまざまなリスクを回避するために、
トランス脂肪酸を一日の総エネルギー摂取量の1%以下にするように推奨しています。
一日の総エネルギー摂取量を1800キロカロリー程度と仮定すると、
その1%は18キロカロリー、脂肪は1グラム9キロカロリーといわれていますから、
摂取上限は2グラムとなります。つまり、前述のお菓子1箱で、WHOが推奨している
一日の摂取限度を超えてしまうのです。

これでも本当に「健康への影響は少ない」といえるのでしょうか。
コンビニエンスストアなどで売っている菓子類が含むトランス脂肪酸の量は、
このお菓子と大差ないと思われます。ポテトフライを食べた日に、このお菓子を食べ、
揚げ物も食べたら、いったい推奨されている摂取限度の何倍のトランス脂肪酸を
摂ることになるのか、ちょっと考えてみただけで、その危険度がわかるはずです。

それから、安価なケーキなどに使われている植物性のホイップクリームや、
カフェやコーヒー専門店にも置かれているコーヒー用クリームにも、
トランス脂肪酸は大量に含まれています。これでも日本人のトランス脂肪酸の摂取量が
健康に影響ないレベルだというのであれば、
その認識は今すぐ改めるべきです。

●糖尿病の原因にもなる

このような事実があるにもかかわらず、マスメディアがほとんどこの問題を
取り上げないのはなぜでしょうか。それは一にかかって、スポンサーへの配慮です。
もし、マスメディアが本気でこの問題の解決を迫ったとしたら、
最も困るのはパンメーカー、菓子メーカー、ファストフード業界でしょう。
それらの企業は、大量のトランス脂肪酸を使って製品をつくっています。そして、
そのスポンサーから入る宣伝費はメディアを潤わせています。
そのスポンサードが断ち切られたら、単なる収入減どころか存亡の危機とさえなる
かもしれません。このようなわけで、マスメディアは切り込めないのです。
まさにアンタッチャブルな世界なのです。 

マスメディアの姿勢がどうあろうと、私たちは自分の健康を守らなければならない
わけですから、自主的に摂取しないようにしましょう。それは誰のためでもありません、
自分と大切な自分の家族、そして親しい人たちのためです。
このことに気づいていない人がいたら、そっと気づかせてあげてください。
数週間後、または数カ月後、場合によっては数年後に、
きっと感謝されることになるでしょう。

特に筆者が声を大にして言いたいのは、将来子供を産む若い女性たちや、
現在妊娠中、授乳中のお母様たちにも絶対にトランス脂肪酸を摂取しないようにと
いうことです。授乳中のお母様がトランス脂肪酸を摂取すれば、
母乳の中にトランス脂肪酸が分泌されてしまいます。
その母乳を飲んだ赤ちゃんの細胞膜の一部がもし、
トランス脂肪酸でつくられてしまうと非常に厄介です。

赤ちゃんだけではなく、大人も、成長期の子供も同様ですが、
私たちの細胞膜は脂肪酸でできています。正確にいうと、
脂肪酸が代謝されてつくられるリン脂質が中心になって細胞膜が形成されます。
本来、その細胞膜は柔軟で細胞の内側と外側で栄養物質と老廃物の出し入れが
できるようになっています。必要な栄養分を細胞の内側に取り込むために、
細胞膜が弾力を持っているのです。

しかし、一部をトランス脂肪酸で形成してしまうと、その弾力が失われ、
栄養物質が細胞の内側に取り込めなくなります。栄養物質の代表である
ブドウ糖も取り込まれなくなります。すると、その取り込まれなかったブドウ糖は、
血液中にダブつくことになります。実は、それが糖尿病の始まりなのです。

●世界的にはトランス脂肪酸を規制する流れ

数年前、米ハーバード大学の医科大学院グループがこのメカニズムを突き止め、
アメリカ国内でのトランス脂肪酸の規制につながっていったのです。
日本においても、厚生労働省の職員が、そのことを知らないはずはありません。
もし知らないとしたら、そのほうが大問題です。
これは「省庁の壁」だなどと悠長なことを言っている場合ではありません。
厚労省が先頭に立って規制に踏み切るべきだと考えます。
規制に踏み切らない理由があるのであれば、それを詳らかにすべきです。
さもなくば、トランス脂肪酸を含んだ食品を製造している企業と
癒着しているのではないかと、いらぬ疑いをかけられかねません。

もう一つ重大なのは、このトランス脂肪酸を大量に含むマーガリンや
ショートニングを生産するために必要なパーム油を製造するために、
東南アジアの熱帯雨林が無残にも伐採されているということです。
マレーシアやインドネシアにある熱帯雨林が、
急速にパーム油の原材料であるアブラヤシのプランテーションに
替わっています。非常に深刻な自然破壊です。

筆者は基本的に、さまざまな意見があることを歓迎しており、
物事をどう捉えようと、どのように解釈しようと自由であると考えています。
しかしトランス脂肪酸に関しては、絶対に摂取しないようにすべきと断言します。
重ねて申しますと、メーカー側だけに責任があるとは思っていません。

むしろ責任は消費者側にあると考えています。
メーカーは消費者の求めに応じて、安い製品を作り出しているだけです。
今となって、急にそれをやめることはできません。
メーカーにも企業としての存続の意味と価値があります。
したがって私たち消費者は、メーカーが少しずつでも方向転換を図る
ことができるよう、トランス脂肪酸を使用していることがわかったら、
その製品を買わないようにするべきなのです。
そして徐々に方向を変えていけるよう促すべきなのです。
それは誰かが、いつか始めることではありません。気づいた人が、
今から始めるべきことだと思います。

トランス脂肪酸の規制に関する世界的な動きは、もう止めようもありません。
これに気づいたメーカー側も積極的に方向転換を図るべきです。
トランス脂肪酸を使っての製品づくりに固執するメーカーに将来はありません。
また、トランス脂肪酸を食べ続ける消費者にも未来はありません。
.
南清貴/フードプロデューサー、
一般社団法人日本オーガニックレストラン協会代表理事

柴又女子大生放火殺人事件 (WIKIPEDIA他)


柴又女子大生放火殺人事件 (WIKIPEDIA他)



柴又女子大生放火殺人事件(しばまたじょしだいせいほうかさつじんじけん)とは
1996年9月9日に東京都葛飾区柴又で発生した殺人事件。

警視庁による正式名称は「柴又三丁目女子大生殺人・放火事件」。
被害者の女子大生は2日後に海外留学を控えていた。

捜査が継続しているものの犯人は逮捕されておらず、未解決事件となっている。
また、捜査特別報奨金制度(公的懸賞金制度)対象事件である。


概要


1996年9月9日午後4時半ごろ、東京都葛飾区柴又3丁目の民家より火災が発生。
約2時間後に消し止められ、焼け跡から上智大学4年生の女性(当時21歳)の遺体が
発見された。

遺体は口と両手を粘着テープで、両足をパンティーストッキングで縛られており、
首を鋭利な刃物で刺されていたことから警察は殺人事件と断定。
現場の状況や交友関係などから、顔見知りの犯行と思われた。
2015年現在も犯人逮捕には至っていない。

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事件から10年経った2006年9月に、両足の縛り方が
「からげ結び」という特殊な方法だったこと、
現場に残されたマッチ箱の残留物から家族以外のDNAが発見されたことが
公開された。

2014年9月に2階に遺体に掛けられていた布団に付着した血液から
犯人と思われるDNA型が検出され、1階で発見されたマッチ箱に付着したDNA型とも
一致したことが報道された。


事件前後の状況


事件発生日は、朝から雨が降ったりやんだりしており、昼過ぎから強く降り出し始め、
15:00時過ぎにはさらに激しくなっていた。父親は福島に出張中、姉も仕事でおらず、
家には母親と被害者の二人きりだった。

15:50少し前に被害者がトイレに行くために自室から一階に降りてきた。
仕事に出かける準備をしている母親に
「こんなに雨が降っていても自転車ででかけるの?」と話した。
これが最後の会話になった。

15:50 - 母親が仕事のために家を出る、この時玄関に鍵はかけなかった。
16:15頃 - 近所の通行人によると火は出ていなかった。
16:35 - 出火。
16:39 - 隣家から119番通報。
18:00頃 - 内部が全焼、ようやく火が消し止められる。

消防隊員が2階で被害者を発見、直ちに病院に搬送され死亡が確認された。


被害者と室内の様子


被害者は2階の両親の寝室で父親の布団の上で横向きに寝かされ、
夏用の掛け布団を頭からかぶせられていた。
布団の左右の端は体の下に挟み込まれていた。
被害者は首を右側に集中して6か所刺されて出血多量で死んでいた。
口には粘着テープが貼られていた。
両腕も粘着テープで縛られていた。
かなり抵抗したとみられる傷が手に数か所あり、
その上から粘着テープが巻かれていたので両手は殺害後に縛られたと
見られている。

両足はストッキングでからげ結びに結ばれていた。
からげ結びは造園、足場組み立て、和服着付け、舞台衣装、古紙回収、
電気工事、土木関係などの業種で用いる。
造園業では「かがり結び」とも呼ばれる。

着衣の乱れはなかった。
気管にすすが付いていなかったことから殺害後に放火したとみられる。
仏壇のマッチで1階東側の6畳和室の押入れに放火されていた。
1階のパソコンにも火がつけられていた。
父親が普段使用しているスリッパが2階に揃えて残されていた。


凶器


刃物 - 小型ナイフのような鋭利な刃物で約8センチ、刃幅約3センチとみられる。
まだ見つかっていない。
粘着テープ - 外部から持ち込まれ使用された。


犯人の遺留品


犯人が持ち込んで使用した粘着テープに三種類の犬の毛が付着していたことが
2009年1月に判明した。

被害者宅は一度も犬を飼ったことがなく、
特別捜査本部は犯人が複数の犬に囲まれる生活をしていた可能性が高いとみている。

2階にある仏壇の近くにあったマッチ箱が1階玄関付近に落ちており、
そこからA型の血液が採取されている。
被害者も含め家族にA型の人間はいない。
マッチ箱は犯人が火を付ける際、使用したとみられる。


犯人像


粘着テープが持ち込まれていたことから計画性がうかがえる。
人目に付く時間帯の犯行などから様々な説が流れている。


顔見知り説


父親のスリッパが2階にあったことから、顔見知りの人間を
家に招き入れた可能性がある。
犯行が人目につきやすい夕方に短時間で行われている。
遺体上半身に頭から夏用の薄い掛け布団が掛かけられていた。


ストーカー説


留学の2日前に起きた犯行から考えられる。
ただし、暴行された形跡がない。
事件発生約10日前の96年8月末、午前0時頃、
送別会からの帰宅途中、男に後をつけられたため駅まで戻った。


強盗説


引き出しが荒らされ1万円が無くなっていた。しかし、
洋服ダンス内の預金通帳、留学のためのリュックサックにあった
トラベラーズチェックや現金など十数万円は手つかずだった。


家からなくなったもの


旧1万円札(86年まで発行された聖徳太子の肖像入りの紙幣)
- 父親が1階居間の戸棚の引き出しに1枚だけ保管していた。
現場検証で、戸棚の引き出しに物色された跡があり、
その紙幣だけが見つからなかった。 


現場近くで見られた不審者


事件当日の午後4時30分から40分頃、雨の中を傘も差さず
現場付近から駅の方面へ走って行った20〜30代ほどの男。

午後4時頃、道路に立って被害者宅の様子を窺っていた
40代ほどの男。

午後4時頃、被害者宅の南側で自転車を乗り回していた
30代前半ほどの男。

午後1時頃、被害者宅付近で主婦を尾行し、家の前でライターをいじり、
体操をしていた40歳前後の男。

午前9時から午後3時までの6時間、
金町公園周辺をうろついていた白い手袋の男。
事件の数時間前、京成高砂駅で「柴又3丁目はどこですか?」
と道を尋ねていた男。

事件前日の8日午前5時頃、被害者宅近くの掲示板付近で
「ふざけんな、ぶっ殺すぞ!」と叫び、軍歌を歌いながら自転車で走り去った男。
「週刊文春」(1996年9月26日号)

事件前、被害者宅を見ていた男。30代後半、身長約160センチ、やせ形。
黄土色のレインコートと黒ズボン姿(毎日新聞)

事件当日午後4時頃、黒傘をさして現場近くに立っていた中年男。
これと似た男が事件当日朝、京成高砂駅(柴又駅の隣駅)付近で
柴又3丁目への行き方を主婦に尋ねている。

事件3日前の正午過ぎ、40歳ぐらいの中年男が近くの何軒かの家に入りこんで
追い返されたり、他人の家の門前でライターをいじるなど不審な行動を取っていた。

事件当日の午後4時半頃、現場近くから、土砂降りの中、
白い手袋をした20代後半から30代前半の男が、
傘も刺さずに柴又駅の方向に向かって走り去った。


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葛飾上智大生小林順子さん殺人の犯人はアイツ(2ちゃんねる)




114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/08(月) 16:23:51 ID:yPj90fba
96年9月に起きた東京都葛飾区の上智大生殺害、放火事件で、
被害者の小林順子さん(当時21歳)が殺害される約10日前の深夜、
不審な男に後をつけられていたことが、家族の話で新たに分かった。

ストーカー行為がエスカレートし、殺害に至った可能性がある。発生から9日で12年。
時効成立まで3年に迫り、家族は事件解決のための情報提供を求めている。

家族によると、小林さんが後をつけられたのは、事件発生約10日前の96年8月末。
9月11日からの米国留学を目前に、大学の友人やアルバイト仲間らが度々開いた
送別会からの帰宅途中だった。

午前0時ごろ、小林さんは最寄りの京成電鉄柴又駅の公衆電話から自宅に電話をし、
家族に「誰かが後ろを付けてきて、道を曲がっても、次にまた曲がっても付いてきた。
だから駅まで戻った」と訴えた。

母親が駅まで迎えに行き、自転車の後ろに乗せて帰った。その間男の姿はなく
「変な人はいなくなったね」と2人で話したという。

9月に入って、歯科医に行った帰りに、小林さんは「私に何かあったら歯の治療痕で
分かるね」と話すなど、命の危険を感じている様子だったという。

警視庁亀有署捜査本部の調べでは、小林さんと付き合いのあった大学関係者や
知人に不審な男はいなかったという。
このため面識のない犯人に襲われたとの見方がある。

しかし一方で、家族の証言で、玄関にあるはずのスリッパが2階の焼け跡に
2足並んでいたことが分かった。
事件前に、顔見知りが上がり込んだ可能性も残されている。
放火して証拠隠滅を図っていることからも、
小林さんに何らかの関係があった男の疑いもある。

事件前にストーカー行為をしていた男が顔見知りだった可能性も捨てきれない。
犯人は、96年9月9日午後4時半ごろ、小林さんの自宅1階玄関から侵入し、
2階居間にいた小林さんの首を刃物で複数回切り付けるなどして殺害。
両手足を粘着テープなどで縛り、放火して逃走した。自宅は全焼した。

両手足の結び方は、造園、足場組み立て業者らが使う「からげ結び」と呼ばれる
特殊なものだった。
玄関にあったマッチ箱に付いていた血液から、犯人の血液型はA型と判明している。
また事件前、小林さん方を見ていた30代後半の不審な男が目撃されている。


139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/03/01(日) 11:45:55 ID:/qqHvsV7
京都葛飾区柴又の自宅で一九九六年九月、上智大学四年生小林順子さん
=当時(21)=が殺害された事件で、
順子さんを縛った粘着テープに、三種類の犬の毛が付着していたことが
亀有署捜査本部の調べで分かった。
今年一月、DNA鑑定で判明。犯人が複数の犬を飼う愛犬家の可能性が浮上した。

時効まで二年半。二十八日には時効の撤廃や停止を求める順子さんの父
賢二さん(62)ら犯罪被害者遺族でつくる「宙(そら)の会」が発足した。

捜査本部によると、粘着テープは、凶器の刃物と同様、犯人が現場に持ち込んだ
とみられており、順子さんの口をふさいで手足を縛るために使われた。

テープには毛が付着しており、捜査本部が獣医学の専門家に鑑定を依頼。
最新技術でDNA型を分析した結果、
犬の毛と特定され、三種類あったことが確認された。
小林さん宅は一度も犬を飼ったことがなく、捜査本部は犯人が複数の犬に囲まれる
生活をしていた可能性が高いとみている。

これまでの調べで、小林さん宅の玄関付近に残されたマッチ箱に付着していた血液から、
犯人の血液型はA型と判明。
順子さんの両足首を縛っていたパンティーストッキングは「からげ結び」と呼ばれる
特殊な結び方で、造園業や和服の着付け、
土木、電気工事現場などで使われることが分かっている。

事件は九六年九月九日夕、小林さん宅を全焼する火事があり、二階で手足を縛られ、
首を果物ナイフのような刃物で
刺された順子さんの遺体が見つかった。外国語学部英語学科に通っていて、
事件の二日後に米国留学を控えていた。

(東京新聞)2009年3月1日 07時04分
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2009030190070334.html

270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/09/08(水) 22:37:08 ID:CrWFdGuR

新情報きましたね

毎日新聞 [9/8 13:11] 東京都葛飾区で96年9月、上智大4年の小林順子さん(当時21歳)
が殺害され、自宅に放火された事件で、
順子さんを縛った粘着テープに複数の犬の毛が付着していたことが
警視庁亀有署捜査本部の調べで分かった。捜査本部は犯人が愛犬家の可能性があるとみて、
毛の鑑定を進めている。

順子さんは米国・シアトル大学へ留学する2日前の96年9月9日午後4時半ごろ、自宅2階で
両手足を粘着テープやストッキングで縛られたうえ、刃物で刺され殺害された。
犯人は自宅に放火して逃走し、自宅は全焼した。
捜査本部で粘着テープを調べたところ、複数の犬種の毛が検出された。
小林さん宅は犬は飼っておらず、犯人に付着していた犬の毛が
犯行時にテープに付いた可能性がある。

犯人が放火した際に使ったとみられるマッチ箱が玄関から見つかり、付着していた血液の鑑定で
犯人の血液型はA型であることが既に判明している。
捜査本部は、犬の毛の鑑定と併せて犯人像の絞り込みを進める。

また、事件直前の3時50分からの5分間、小林さん宅の表札を見つめる不審な男が
近所の人に目撃されていたが、男が着ていたのは茶色のレインコートだったことも判明。
男は身長約165センチで40代だったという。

393 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/22(日) 21:47:42.29 ID:???
去年の番組で
母・・・殺される1ヶ月前からピリピリしている様子だった
姉・・・定期を自宅に忘れた時があって取りに戻るといってなかなか戻って来なかった
戻ってきた時に顔が蒼白でおびえた状態だった

444 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/27(日) 21:23:45.56 ID:???2006/01/24
葛飾・柴又の上智大生殺害 別事件で逮捕の男「自分やった」 犯行ほのめかす
平成八年九月、東京都葛飾区柴又の上智大四年、小林順子さん=当時(21)=が殺害され、
自宅が放火された事件で、警視庁新宿署に窃盗容疑など別の事件で逮捕された男が
「自分がやった」と関与をほのめかす供述を始めたことが二十三日、分かった。

現場に犯人のものとみられる血痕が残されていたことから、亀有署捜査本部は、
この男のDNA型鑑定など、男の関与について慎重に裏付け捜査を進めている。  

小林さんの殺人放火事件は、世田谷一家四人殺害(十二年)や
八王子スーパー強盗殺人(七年)などと並び、警視庁の重要未解決事件に位置づけられている。  
調べでは、小林さんは八年九月九日夕、自宅二階の焼け跡から刺殺体で発見された。
小林さんは当時、米国留学を直前に控え、一人で留守番をしており、
遺体は手足を粘着テープとストッキングで縛られ、首を刃物で刺されて死亡していた。  

犯人が殺害後、証拠隠滅のため放火したとみられ、
玄関付近に使用されたとみられるマッチ箱が捨てられていた。
箱の内側には、小林さんの家族以外の血痕が付着しており、捜査本部は、
犯人が小林さんに切り付けた際に手にけがをし、マッチを使った後に箱を閉めたため
血痕が付着したとみて、最も重要な物証として捜査を進めていた。
(産経新聞) - 1月24日3時28分更新

こいつは白だったのかな?

453 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/07(金) 20:49:28.60 ID:???
上智大生殺害16年で呼びかけ (9月7日)
東京・葛飾区で上智大学の女子学生が殺害された事件から16年になるのを前に、
捜査員らが現場近くの駅などで情報提供を呼びかけました。
有力な情報提供者には最高で800万円の懸賞金が支払われることになっています。
情報の受け付けは亀有警察署の捜査本部で、電話番号は03−3607−9051です。

この事件は、平成8年9月9日、上智大学の4年生小林順子さん(当時21)が、
東京・葛飾区の自宅で殺害され、自宅が放火されたもので、事件は今も未解決のままです。
7日、現場近くの京成電鉄柴又駅前などで、警視庁の捜査員らがティッシュを配り情報提供
を呼びかけました。
また、消防用の倉庫が建てられた自宅の跡地では、両親らが順子さんの遺影に花を手向けて
めい福を祈りました。
この事件では、現場に犯人のものとみられるA型の血液が残されていたほか、事件直前に
自宅の前で不審な男が目撃されていますが、有力な手がかりは得られていません。
父親の賢二さんは「時効が廃止され、逃げ通せなくなったことを覚悟して、犯人には一刻も
早く出頭して欲しい」と話しました。
また、世田谷区で一家4人が殺害された事件の遺族で遺族の会で共に活動し、6日、
亡くなった宮沢良行さんについて、「犯人逮捕を聞くことなく亡くなったことは、さぞ、
無念だったと思います」と話しました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120907/k10014853141000.html

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被害に遭われた女性のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

川崎市中1男子生徒殺害事件(WIKIPEDIA他)


川崎市中1男子生徒殺害事件



川崎市中1男子生徒殺害事件(かわさきしちゅういちだんしせいとさつがいじけん)とは、
2015年(平成27年)2月20日に神奈川県川崎市川崎区港町の多摩川河川敷で
13歳の中学1年生の少年Aが殺害され、遺体を遺棄された事件[1][2]。
事件から1週間後に少年3名が殺人容疑で逮捕された少年犯罪である[3]。

概 要


2013年7月


Aが島根県西ノ島町から川崎市に転居。

2014年4月


Aが中学校に入学[4]。

2014年夏


Aが部活に参加しなくなる。

2014年11月


Aが年上のグループと関わり始める[4]。

2015年1月8日の冬休み以降


Aが登校しなくなる。その後「殺されるかもしれない」と友人に漏らす。

2015年2月16日


担任教諭の電話にAが出て「そろそろ学校行こうかな」と発言[4]。

2015年2月19日夜


Aが母親と自宅で食事をし、最後の会話を交わした後に外出する[4]。

2015年2月20日午前2時頃


Aが死亡したと推定される。

2015年2月20日午前3時頃


川崎市の公園の公衆トイレから出火していると119番通報。
火災場所から焼け焦げた衣服や靴底が発見され、Aの履いていた靴のメーカーと一致している[4][5]。

2015年2月20日午前6時15分頃


多摩川の河川敷で通行人が男性の遺体を発見し、110番通報[4]。

2015年2月21日


神奈川県警察が遺体を少年Aと発表し、川崎署に殺人・死体遺棄事件の捜査本部を設置。
Aの死因は首を刃物で傷つけられたことによる出血性ショック。
Aの遺体に着衣はなく、首の後ろから横には鋭利な刃物により切り傷が集中。
顔や腕にも切り傷があり、数本の拘束バンドが殺害現場から発見されており、
手足を縛られて激しい暴行を受けた可能性あり[6]。

2015年2月27日


殺人容疑で少年3人を逮捕[7]。

2015年3月5日


同日発売の「週刊新潮」2015年3月12日号にリーダー格とされる少年Bの実名と顔写真が掲載される[8]。
未成年の犯行について実名で報道することは少年法第61条で禁止されているが、
週刊新潮側は「社会に与えた影響の大きさ」や
「インターネット上に早くから実名と顔写真が流布していたこと」を理由に、
今回の実名報道に踏み切ったとしている[9]。
これに対し、日本弁護士連合会(日弁連)は同日「極めて遺憾である」との会長声明を発表し[9]、
横浜弁護士会もこの件に対して抗議する小野毅会長の談話を発表、
同誌編集部にも談話を郵送した[10]。
日弁連は「少年Bの更正と社会復帰を阻害する恐れが大きい」として
少年事件の実名報道を禁じた少年法の意義を強調している[11]。

容 疑 者


2月27日午前11時、捜査本部は母親と矢口統一弁護士と共にタクシーで川崎署に出頭してきた
リーダー格とされる18歳の無職の少年Bを(この際、弁護士がBは死亡推定時刻当時に
家にいたという旨を捜査本部に述べてから出頭させている)、
午後0時30分に自宅で17歳の少年Cを、午後1時30分にDを署内でそれぞれ殺人容疑で逮捕した。
逮捕容疑は2月20日午前2時頃、多摩川河川敷でAの首などを刃物のようなもので突き刺すなどして
出血性ショックで殺害した疑いで、死体遺棄容疑でも調べられている。

3人は地元の顔見知りで、17歳の少年の内1人がBと同じ中学出身の同級生で、
別の17歳の少年が1学年下で別の中学校を卒業した。
捜査本部によると、Bは「何も言いたくありません」と容疑を否認し、
17歳の少年らは「近くにいただけ」「殺した覚えもない」と供述。
また17歳の少年の内1人は「殺したのはB」「Bが(Aの)首に刃物を刺すのを見た」
という趣旨の供述をしている[12]。

捜査関係者によると遺体発見現場付近にある防犯カメラの映像の解析などから
少年Bら3名が浮上。
死亡推定時刻の直前にAと一緒に現場に向かい、3人だけで立ち去った疑いが濃厚だという。
スマートフォンの無料通話アプリ「LINE」の通信履歴から、3人の内の1人が
2月19日の夜にAを呼び出すメッセージを送っていたことも確認された[13]。
こうした状況証拠から事件当時、Aに危害を加えることが可能だったのは少年3名に絞り込めると判断した。
AとBは2014年12月に知り合い、年明けの1月からは暴力を受けていたことも確認され、
2015年1月14日に横浜市の駐車場で「LINEの返信が遅い」などとして、
Aを正座させて10分以上殴り続けたという。
この際は別の少年が仲介して収まったがAの頬は腫れ上がり、目の周りに大きな痣ができていたとされ、
この時からAはグループから抜けたいと漏らしていたという[14]。

少年Bについて幼馴染の川崎区在住の男性は、
「酒を飲んで酔っ払って暴れだすと誰も怖がって止められなかった」
「派遣会社に勤め、いつもズボンとバッグに2本のカッターナイフを携帯し
仕事で使うんだよと自慢げに話していた」と証言[15]。
Bが半年前に退学した高校の全日制に通う男子生徒は
「昔から自分より年下の人間を子分のようにして威張っていた」
「中学生の時から友人の金を盗んだり喧嘩で顔が骨折するまで殴っていた」
と証言している[15][16]。
他の同級生によると「Bは弱い者いじめをする奴だったが、強い奴には逆らわない。
周りは年下ばっかだった」と証言。
地元の中学生は「年下の少年を連れてゲームセンターやショッピングセンターに
たむろしているのをよく見ました」と証言。
小中学校時代の同級生は
「不良というほどでもなかったが、年下ばかりを引き連れてることで有名。
事件がニュースになった時もBじゃねえかと噂になった」
「同級生と話しているのを見たことがない。(同年代の)友達はいなかった。
ただ弱い者いじめをしていた。弱い者には強く、強い者には弱い」
「小学校時代から体格の小さい同級生を舎弟のように連れまわし、その舎弟にランドセルを持たせた」
と証言している。
Bは定時制高校に入学してから中学時代に較べて髪の毛などが派手になったとされ、
未成年であるが喫煙や飲酒もしており、原付に乗って鉄パイプで男性を殴って、
鑑別所に送られた前科もあるとされる。
彼女がいてその影響でアニメ好きになったが、
彼女からは次第に関わりあいを避けられるようになったとされる。
高校時代は音楽部に所属していたがすぐに来なくなったとされる[17]。
他にも2年前にBが近隣住民が飼っていた子猫を水に沈めて殺害した、
中学時代にキレるとハサミを突きつけた、同級生から金を取った、などの証言もある。
殺害現場となった河川敷はBのグループが中学時代からのたまり場としていた
所だった[18]。

事件直後の公園の公衆トイレでの火災に関しては、少年3名が証拠隠滅のために
燃やしたと見られている。少年3人は移動手段に自転車を使っていたことも防犯カメラから
確認されている[19]。

少年ら3名の供述は次第に変化しAの殺害を認める供述を始める。
主犯格の少年BはAを切ったことを認め、動機として「Aが周囲から慕われてむかついた」
と供述。前述しているが1月にBはAに対し暴行を行ない、
2月12日にAの知人らがBの自宅にその暴行に関しての抗議に訪れ
「Aのためにこれだけの人が集まったと思い、頭にきた」と供述している。
17歳の無職の少年は一旦殺害場所から離れたが、携帯電話でBから「戻って来い」
と指示を受け、さらに「お前もやれ」と命令されて切った」と供述している[11]。
同級生の17歳の少年はAとほとんど面識や付き合いは無く、
Bが連れて来る男の子くらいの認識だったとされ、17歳の2人はBに巻き込まれる形で
犯行に加わったのではないか、とも見られている。
3月6日に捜査本部はBを立ち会わせて殺害現場とされる河川敷周辺を実況見分させた[20]。
この実況見分ではBの姿が映らないよう、特製箱で覆われ周辺道路は午後1時過ぎから
2時間ほど規制されるなど、ネットや週刊誌でBの真偽不明の写真が拡散されていることに
配慮されたものとなった[21]。またBは実況見分の際、現場でAに対して
手向けられた花束を見て「箱の中で手を合わせて心で謝った。
手を合わせることができて嬉しかった」「すごい(多くの)人が悲しんだんだな。
えらいことを(自分は)やったんだと思った」と話した[22]。
事件前に連絡をとった17歳の無職の少年は「自分がAを誘わなければこんなことには
ならなかった。Aには申し訳ない」と悔悟の言葉を供述した[23]。

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被 害 者


被害者の少年Aは中学校入学後、バスケットボール部に所属して熱心に取り組み、
いつも笑顔を絶やさない明るい性格だったとされる。同級生の女子生徒も
「Aはいつも笑っていた」と証言している。少年Aは少年Bに万引きを強要され、
断って以降Bからの暴力を受けるようになったといわれる。
Aは「LINE」で「グループを抜けたいが、怖くて抜けられない」と話していたという。
Aの母方の祖父が事件後から1週間後、弁護士を通して「孫を失った悲しみ、
日増しに募る」「親として子供を亡くした娘の姿を見ることがつらくてたまらない」
とコメントを出している[24]。

影 響


この事件は凄惨な少年犯罪として諸方面に多大な影響を与えている。

政 治


自民党の稲田朋美政調会長は少年3名の逮捕を受け「犯罪を予防する観点から
現在の少年法の在り方はこれでいいのか、これからが課題になる」と述べて
少年法の見直しも含めた検証が必要との認識を示した。
さらに「少年が加害者である場合は(報道などで)名前も伏せ、通常の刑事裁判とは違う
取り扱いを受けるが(少年犯罪が)非常に凶悪化している」とも指摘した。
安倍晋三首相は2月27日午前の衆院予算委員会で再発防止策の検討と学校・
教育委員会・警察などの連携が十分だったのかどうかの検証を示唆した。
文部科学省は省内に再発防止策検討の作業チームを設置し
(座長、丹羽秀樹文部科学副大臣)、全国の小中高校と特別支援学校を対象にして
日曜日など学校がない日を除いて7日以上連続で連絡が取れず、
生命や身体に被害が生じる恐れがある児童・生徒がいないかどうかなど
緊急調査することを決めた。調査は2015年3月9日まで行われる予定[25]。
川崎市教育委員会は2月27日午後6時40分から臨時会議を開催。
再発防止に向けて市教委、市がそれぞれ来週にも検証委員会を設置することを
決めた[26]。

文部省の全国調査の結果、7日以上学校を欠席していて連絡が取れず、
身の安全を確認できない児童や生徒が232人、
不良グループと関わりがあり不自然なあざがあるなど暴行を受けている可能性がある
生徒らが168人で、危険な目に遭う恐れがある生徒らは合わせて400人としている。
また保護者の協力が得られず、生徒の状況が確認できないケースも多く、
文科省は今回の調査は学校ごとの判断にばらつきがあり精度が高い統計とは
いえないと説明したうえで、「調査を通じて生徒の安全状況をしっかり把握してほしい」
としている[27][28]。

ネットでの反響


インターネットが普及してから少年犯罪の加害者の名前や顔写真が掲示板などに
書き込まれる問題はたびたび起きているが、今回の事件では発生後から複数の事件とは
無関係の人が真偽不明のまま「これが犯人らしき人物の写真。拡散希望」などと名指しされ、
顔写真や容疑者の氏名・住所・家族構成が拡散される異常事態となった[29]。
ツイッターなどでも徐々に拡散を続け「この5人が犯人だ」などと断定調が
目立つようにされており、中には「間違っていたら大変」・「やめたほうがいい」との反対や
慎重な意見もあったが拡散はやまず、少年3人が逮捕された後にその新聞記事や
ニュースと並んで写真が投稿された。また、ある少年はBの自宅に行き、
ニコニコ生放送の配信においてBの氏名などの個人情報を口頭で伝えている[30]。
複数の弁護士によると真偽不明のまま書き込まれているこれらの投稿は名誉毀損に当たる
可能性が高いとされる。ツイッターのリツイート(共有)機能を使えば指先1つで簡単に
内容を転載できるが、投稿内容が訴訟で名誉毀損と判断された場合、
コピーして投稿しただけでも書き込みと同様に扱われることが判例で示されていると
弁護士の久保健一郎は語っている[31]。

また、前述のように週刊新潮が加害少年Bの実名と顔写真を報じたことに対しては
インターネット上で、「『週刊新潮』よくやった!!」
「それだけのことをしたんだからもう仕方ない」「再発予防と抑止力につながる」
といった賛成の声が多く上がっている一方、「ただの集団リンチじゃないのか?」
「刑が確定するまで、犯罪者ではない(推定無罪の原則)」
「世論を代表する制裁者を気取っているのか」といった疑問の声も上がっている[32]。
また、Bを匿名で報じたライバル誌の週刊文春も、
「18歳主犯Bは懲役5年? 時代遅れの少年法を改正せよ」とタイトルを打って
10ページにもわたって事件を特集し、「ネット上では実名などが氾濫している」として、
少年法はネットの規制には触れておらず、時代に即した法改正をすべきだとの
識者コメントを紹介した上で、先進国でも少年を20歳で区分しているのは日本ぐらいで、
18歳に引き下げるのは妥当だとの専門家の見方も伝えている[32]。

また、少年Bの更生は望めないとして、ネットユーザーの間でBの死刑を望み、
署名で賛同を集めようとする声があり、3月7日時点で2000を超える署名を集めた[33][34]。
しかし、少年の更生や反省を反映していないとして提案に反対する声もある[35]。

その他の意見


この事件を契機に少年法の厳罰化・適用年齢の引き下げが叫ばれるようになったが、
この意見に対して弁護士の松原拓郎は現在の少年法でも十分な意義があると
慎重な意見を述べている[36]。
ダウンタウンの松本人志は3月15日放送の「ワイドナショー」(フジテレビ系)で、
加害者の少年が雑誌やネット上で実名で伝えられていることについて
「週刊誌に写真を載せるのは好きじゃない。商売でやってるから。まだ、
お金なしにやってるから(いわゆるネット私刑の方が)まだ健全かと思う。いい、
悪いは別として。(それ以上に)被害者の写真を隠せよというのがありますよね。
あれだけバンバン出しといて、まず被害者を守ってやってほしい」と加害者の人権ばかりが
注目されることに疑問を呈した[37][38]。

出 典


以下の出典において、記事名に少年Aの実名が使われている場合、この箇所をAとする
1.^ “多摩川河川敷で首に傷ある遺体 川崎、遺棄容疑で捜査”. 日本経済新聞.
(2015年2月20日)
2.^ “多摩川河川敷・Aさん殺害「殺されるかもしれない」直前に友人に助け”.
ジェイ・キャスト. (2015年2月24日)
3.^ “3少年、遊び仲間の先輩格 川崎・中1殺害容疑”. 朝日新聞. (2015年2月27日)
4.^ a b c d e f “川崎・多摩川中1殺害:「生意気だ」殴る蹴る 少年3人逮捕 リーダー格の
恨み“引き金”か”. 神奈川新聞. (2015年2月28日)
5.^ 日刊スポーツ 2015年2月28日17面、朝日新聞2015年2月28日1面
6.^ “遺体に複数あざ、川崎の中1殺害”. デイリースポーツ. (2015年2月26日)
7.^ 産経新聞 2015年2月28日31面、スポーツ報知 2015年2月28日17面
8.^ “18歳少年の実名と写真掲載=中1殺害事件で週刊新潮”. 時事通信. (2015年3月4日)
9.^ a b “週刊新潮の「18歳実名報道」に日本弁護士連合会が「極めて遺憾」声明”.
ねとらぽ. (2015年3月5日)
10.^ “川崎・多摩川中1殺害:週刊誌が実名報道、横浜弁護士会が抗議”.
カナロコ. (2015年3月4日)
11.^ a b デイリースポーツ 2015年3月6日19面
12.^ スポーツ報知 2015年2月28日17面、読売新聞同日1面
13.^ “A君殺害で18歳少年逮捕!LINEで呼び出したリーダー格”.
ジェイ・キャスト. (2015年2月27日)
14.^ 読売新聞 2015年2月28日1面及び35面
15.^ a b “リーダー格18歳少年、酒に酔って狂暴化…川崎中1殺害”.
スポーツ報知. (2015年2月28日)
16.^ スポーツ報知 2015年2月28日16面
17.^ 九州スポーツ 2015年2月28日27面
18.^ 日刊スポーツ 2015年2月28日16面
19.^ 朝日新聞 2015年2月28日1面
20.^ 毎日新聞 2015年3月7日31面
21.^ 九州スポーツ 2015年3月9日19面
22.^ スポーツ報知 2015年3月10日22面、日刊スポーツ 2015年3月10日19面
23.^ 日刊スポーツ 2015年3月10日19面
24.^ 朝日新聞 2015年2月28日37面、デイリースポーツ 2015年2月28日27面
25.^ 産経新聞 2015年2月28日30面、スポーツ報知 2015年2月28日17面
26.^ 読売新聞 2015年2月28日34面
27.^ 生徒400人に“暴行受けてる恐れ” 文科省が調査 - 2015年3月15日閲覧
28.^ 対処必要な子供400人=連絡取れず、不良グループと交際―川崎事件で
調査・文科省
29.^ 川崎・多摩川中1殺害:「犯人」ネットで拡散 名前や顔写真、無関係な少年
30.^ 川崎中1殺害「ここが犯人の自宅らしいよ」実名さらしネット中継、
どんな問題がある? - 弁護士ドットコム
31.^ スポーツ報知 2015年2月28日16面
32.^ a b “「よくやった!!」「いや、制裁者気取りだ」 
「週刊新潮」18歳少年実名掲載に賛否両論”. J-CASTニュース. (2015年3月5日)
33.^ 極刑を! - change.org、2015年3月8日閲覧。
34.^ 署名した場合はコメントできるが、反対したり署名したくない場合は
コメントができない仕組みになっている。
35.^ 川崎市中学生殺害事件。あなたは声をかけ、手を差し伸べる人となれるか
- Colabo代表「難民高校生」著者・仁藤夢乃の『コラボトーク』
36.^ 〈川崎・中1殺害事件〉 それでも少年法が必要な理由とは?
37.^ 松本 加害者より「被害者を守れ」 川崎市中1殺害
38.^ 松本人志、中1殺害事件のネット私刑と報道に持論「まず被害者を守って」



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中一殺人、やり取りはすべてLINE 「密室」の中で事態は急速に悪化していった



2015年3月11日 Jキャストニュース   

川崎市の中学1年、上村遼太さんが亡くなった事件で目に付くのは、
無料通話アプリ「LINE」での少年たちのやり取りだ。

学校や保護者、警察など大人の目が届かない、いわば「密室」ともいえる空間で事態は
急速に悪化していった。

「殺されるかもしれない」。上村さんは2015年になってから同級生にLINEでメッセージを送り、
暴行を受けていることなど、自身のトラブルについて相談していた。
すでに上村さんの顔には殴られてできた大きなあざがあり、友人らの心配に対し、
グループを抜けたがっていることも明かしていたという。

今となれば、上村さんが助けを求めていたとも言えるメッセージだが、
LINEに書き込まれた内容は結果として周囲の大人に届いていなかった。

これ以前から上村さんや容疑者らは頻繁にLINEでやり取りを行っていた。
事件当日一緒にいたのも、上村さんから容疑者の1人に「遊びましょう」と声をかけたことがきっかけだ。
また、容疑者の1人は事件発覚の翌日「もう俺のせいだよ」
「もう会えないと思うとめっちゃ悲しいよ」などと心情を吐露していたとされる。

LINEには許可されたメンバーだけがグループ内でやり取りができる機能がある。
上村さんが18歳少年を含まないグループを別に作って連絡を取っていたことが、
少年を怒らせた可能性があると毎日新聞は報じている。


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川崎中一殺害事件「普通の生活させて」と加害者の父漏らす



2015年12月28日 女性自身

冷たい風に草が揺れる川崎市の多摩川河川敷。
‘15年2月20日に中学1年生・上村遼太くん(享年13)が殺害されてから10カ月。
事件直後は河川敷に山のように献花が積まれていたが、6月に撤去された。

「それでも遼太くんの月命日の20日には、友人や知人たちがやってきて、
彼の冥福を祈っています」(近所の住人)

遼太くんの家族は、シングルマザーの母、兄、妹2人に弟1人だったが、一家の知人は言う。

「遼太くんのお葬式の後に、ご一家は、それまで住んでいたマンションから引っ越しました。
’15年4月からは妹さんが遼太くんの通っていた中学校に入学する予定だったのですが、
それには抵抗もあったのでしょう。
少し前に、遼太くんのお母さんと偶然会いました。
『何とかやってるよ』と手を振ってくれたのですが、
一生懸命気丈に振舞っているのでしょうね。
ほかにも4人のお子さんたちがいるのですから、泣いてばかりもいられないのでしょう……」

遼太くん一家と同じように加害少年3人のうち、2人の家族は転居したという。だが、

「リーダー格だったA少年の家族だけが残っていますね」(前出・知人)

A少年(19)の自宅は3階建ての一軒家。事件後にインターネット上では、
本名や自宅住所などの情報も流された。

「そのためか、塀には赤いスプレーのようなもので落書きもされていました」(社会部記者)

落書きの文字は読めない程度に消されていたが、いまもその痕が残っており、
投石によってひび割れた玄関の窓もそのままになっている。
ワゴン車に乗り、帰ってきたのはAの両親だった。

遼太くんの遺体が発見された直後には、「息子は何もやってないよ」と、
語気荒く答えていた父親も、10カ月しかたっていないのに、かなり老けてみえた。

「話せることは何もないよ。息子の様子? 申し訳ないけど、そっとしておいてくれないか。
“普通の生活”をさせてくれないかなぁ」

本誌記者の取材に、それだけ語った。杖をついて歩くフィリピン人の母も、
同じ思いだったようで、記者を一瞥すると無言で家に入っていった。

前出の社会部記者は言う。

「リーダー格のA少年の初公判は2月2日に開かれます。
成人と同じように裁判員裁判になります。
遼太くんの家族へも、Aの家族へもまた取材依頼が増えるのではないでしょうか」



2月2日に初公判 「なぜ遼太はいないの…」 悲しみ癒えぬ関係者


産経ニュース 2016.2.1

川崎市川崎区の多摩川河川敷で昨年2月、市立中学1年、上村(うえむら)遼太さん
=当時(13)が殺害された事件で、殺人などの罪に問われたリーダー格の少年(19)
=同(18)=の裁判員裁判が2日、横浜地裁で始まる。
人気者だった上村さんはなぜ命を奪われなければならなかったのか。
凄惨(せいさん)な事件を止められなかったことを悔やむ関係者は、
真相の解明を待ち望んでいる。

起訴状などによると、事件は昨年2月20日午前2時ごろ発生。
年上の少年3人に河川敷に連れてこられた上村さんは無理やり、
川を泳がされた。3人は川から上がった上村さんの首をカッターナイフで何度も切りつけ、
出血性ショックで死亡させたとしている。

神奈川県警の調べに、リーダー格の少年は「(上村さんが)人気者でねたんでいた」
と供述。起訴時には起訴内容を認めていたとされる。
地裁は昨年7月以降、争点整理を行う「公判前整理」を行ったが、
少年事件であることなどを考慮し、内容は明らかにされていない。

審理は3日連続で行われ、4日に結審。判決日は未定だ。
殺害の動機や事件までの経緯の解明に加え、裁判員が少年の家庭・生活環境など
情状面をどうくみ取るのかもポイントになる。
傷害致死罪に問われた少年2人の裁判は3月以降に行われる。

一方、上村さんを知る子供たちの心の傷は癒えていない。
同じ中学で同級生だった男子生徒(14)は「友達と遊んでいると、
『なぜここに遼太はいないんだろう』って…」と声を詰まらせ、
1年生の女子生徒(13)は「(事件の)話が出るとみんな黙っちゃう」とうつむく。

上村さんは小学6年の夏まで、島根県の隠岐諸島・西ノ島で過ごした。

上村さんが川崎市に転居する直前の平成25年6月、
西ノ島の小学校で自作絵本の読み聞かせ会を開いた元小学校教諭、
杉原由美子さん(72)=同県隠岐の島町=は「(上村さんの)純粋で素直な
まなざしが忘れられない。なぜあんなむごい仕打ちを受けてしまったのか」と話す。
「逃げたくても逃げられなかったのか。
隠岐の島へ帰ってきたかったのかな、と思うとやり切れない。
裁判では真実が明らかになってほしい」と訴える。 

一時、多くの献花であふれた現場の河川敷。
その後も献花は続いているが、上村さんの遺族の要望を受けて市が撤去を繰り返している。
      


■川崎市の中1男子殺害事件 平成27年2月20日早朝、川崎市川崎区の多摩川河川敷で、
中学1年の上村遼太さんの遺体が発見された。
神奈川県警川崎署捜査本部は同月27日、殺人容疑で当時17〜18歳の少年3人を逮捕。
3人は殺人の非行事実などで横浜家裁に送致されたが、
横浜家裁は同年5月12日、3人を検察官送致(逆送)し、
横浜地検は同月21日、リーダー格の少年を殺人罪などで、
残る少年2人を傷害致死罪で起訴した。
周囲が事件前、上村さんの不登校やリーダー格の少年の上村さんに対する暴行を
把握していたことが判明し、市と市教委は再発防止策をまとめた。



川崎・中1殺害  「反省の言葉は何だったのか」2日初公判


毎日新聞2016年2月1日

川崎市の多摩川河川敷で昨年2月、中学1年、上村遼太さん(当時13歳)が殺害された事件で
殺人罪に問われたリーダー格の少年(19)=事件当時18歳=の裁判員裁判の初公判が2日、
横浜地裁である。

少年は事件の8カ月前に通行人を殴って大けがをさせていたが、
被害者の男性(60)は謝罪の手紙を受け取り、示談に応じていた。
「自分がもっと厳しい態度で臨んでいれば、事件は起きなかったかもしれない」。
男性は複雑な思いで裁判を見守る。【大場弘行】

関係者によると、少年は2014年6月19日未明、
川崎市川崎区内を走行中の原付きバイクの後部座席に乗り、
自転車で帰宅途中だった男性の後頭部を鉄パイプで殴り、
12針を縫う大けがをさせたとして検挙された。
半年後の14年12月、飲食店店長をしている被害者の男性の元に、
見ず知らずの少年から手紙が届いた。
「今回、きずつけてしまい申しわけございません」。
2枚の便箋に1行おきに8行の文が書かれていた。
「あの日自分は、よっていて、(略)やったあとになって、ざいあくかんがありました」
「深くはんせいしています」

被害者が示談に応じれば、
家庭裁判所が社会生活を送りながら更生させる処分を選択することがある。

男性に届いた手紙には「ちりょうひは払いたいとおもっています」
という少年の言葉が記され、示談に関する弁護士の書面が添えられていた。

男性は「当たりどころが悪ければ死んでいたかもしれません。
そうなっていた時のことを想像してみてください」と返事を書き、
「これをきっかけに、社会人になって、人に迷惑をかけない人間ではなくて、
人のため、社会のためになる人間になって」と伝えた。

少しでも責任を感じてもらおうと、約1年半の間、
少年が自分で毎月1万円を支払う条件を付け、示談に応じることにした。
15年1月、少年は両親とともに男性に会って直接謝罪し、
二度と同じようなことをしないと約束した。
男性を殴った理由は「酔っていてよく覚えていない」と話した。
男性は手紙に書いた思いを改めて伝えて正式に示談し、高校を卒業するよう助言もした。

だが、関係者によると、少年は示談の約1週間後に酒を飲んで
上村さんの顔などに激しい暴行を加えた。
そして、同年2月20日に友人の少年2人=いずれも傷害致死罪で起訴=と酒を飲んだ後、
上村さんを呼び出して河川敷で殺害したとして逮捕、起訴された。

少年は2日の初公判で起訴内容を認めるとみられ、
4日まで3日間の審理が予定されている。

「あの時の反省の言葉は何だったのか」。
男性は今も自問する。「どこにでもいるやんちゃな少年という印象だった。
酒で暴力的な人格に変わってしまうのだろうが、
何か鬱憤を抱えていたようにも思う」。裁判で少年の内面や置かれていた境遇が
明らかになることを期待している。


3



リーダー格の少年「間違いない」 初公判で起訴内容認める


産経ニュース 2016.2.2

川崎市川崎区の多摩川河川敷で昨年2月、市立中学1年、上村(うえむら)遼太さん
=当時(13)=が殺害された事件で、殺人などの罪に問われたリーダー格の少年(19)
=同(18)=の裁判員裁判初公判が2日、横浜地裁(近藤宏子裁判長)で開かれ、
少年は「間違いない」と起訴内容を認めた。

起訴状などによると、事件は昨年2月20日午前2時ごろ発生。
年上の少年3人に河川敷に連れてこられた上村さんは無理やり、川を泳がされた。
3人は川から上がった上村さんの首をカッターナイフで何度も切りつけ、
出血性ショックで死亡させたとしている。

神奈川県警の調べに、リーダー格の少年は
「(上村さんが)人気者でねたんでいた」と供述していた。

審理は3日連続で行われ、4日に結審。殺害の動機や事件までの経緯の解明に加え、
裁判員が少年の家庭・生活環境など情状面をどうくみ取るのかもポイントになる。
傷害致死罪に問われた少年2人の裁判は3月以降に行われる。


小5から「不良文化に接近」…でも下級生からの因縁で「弱さ直面」 
臨床心理士が心理鑑定結果報告


産経ニュース 2016.2.3

川崎市川崎区の多摩川河川敷で昨年2月、中学1年、上村遼太さん
=当時(13)=を殺害したなどとして、殺人などの罪に問われたリーダー格の少年(19)
=同(18)=の第2回公判で、弁護側の証人として出廷した臨床心理士が被告について、
自己中心的で「精神発達は未熟」とする心理鑑定の結果を報告した。

臨床心理士は被告や家族から聞き取りを行うなどして鑑定を実施。
「(発達障害など)大きな先天的なものは認められない」とした上で、小学校入学後、
集中力に欠ける傾向が強まり、教諭から注意を受けたり、
父親から体罰を受けることが多くなったと指摘。
小学5年のころから、ゲームセンターに通い、万引や喫煙を行うようになったとし、
「不良文化への接近が伺える」と分析した。

一方、中学校入学後には下級生に因縁をつけられるなどし、
「自分の弱さに直面する事態」に陥ったとしている。
その上で鑑定時の被告の心理状態などについて「自己中心性が見られ、
精神発達は未熟だが、自分を受け入れてほしいとの欲求もある」などとした。

動機については、上村さんに加えた暴行が、知人に漏れたことを逆恨みしたことや、
知人から報復されるかもしれないとする「追い詰められた心境」に起因すると指摘。

弁護人からの質問に答える形で「被告の親はルールを守らせる上で言語上のやりとりは少なく、
(父親は)厳しく接した。
(外国出身の)母親も日本語があまり上手でない中で言語のやりとりが
成立していなかったのではないか」との分析を示した。

一方、検察側は昨年3〜5月に行われた少年審判で被告が事件の責任について
「3割は被害者にある」という趣旨の発言をしていたことを指摘。
これに対して臨床心理士は「『よく考えると責任はないのでは』と発言するなど、
変化が見られる」と話した。



被告人質問2日目詳報(1)検察側が質問開始「上村君は3、4回謝っていた」
それでも許さず、殺人現場の河川敷へ


産経ニュース 2016.2.3

《川崎市川崎区の多摩川河川敷で平成27年2月、市立中学1年、上村(うえむら)遼太さん
=当時(13)=が殺害された事件で、殺人などの罪に問われたリーダー格の少年(19)
=同(18)=の第2回公判が3日、横浜地裁(近藤宏子裁判長)で始まった。
被告は2日のときと同じとみられる濃いグレーのスーツ姿で出廷した》

《2日の初公判では検察側の冒頭陳述などから、事件の経緯、凄惨な犯行内容が明らかになった。
被告は事件の約1カ月前、一緒に遊んでいた上村さんらが待ち合わせ場所だった
日吉駅(横浜市)に約1時間遅れて到着したことに立腹。
普段から上村さんが年下なのに生意気だと感じていたこともあり、
青アザができるほど上村さんの顔を殴りつけた》

《上村さんへの暴行を知った上村さんの知人グループが自宅に押しかけたことで
怒りを募らせた少年は上村さんを呼び出し、仲間の少年2人=傷害致死罪で起訴=と一緒に
刃物で切りつけたとされる》

《2日に行われた弁護側の被告人質問では「痛めつけてやろうと腕や脚を切るうち、
首を切ったら死ぬかなと思った」と説明。事件が表面化し、上村さんの知人グループから
報復を受けたり、逮捕されたりすることを恐れたとし、
「最後に自分が切りつけたところで上村君は動かなくなった」などと語っていた》

《この日の第2回公判は、冒頭から検察側の被告人質問が始まった。
証言台に座る被告の斜め前の男性検察官が立ち、被告と周囲の人間関係について尋ねる》

検察官「(共犯として傷害致死罪で起訴された少年の)Bとは平成26年3月ごろに知り合ったの?」
被告「はい」

検察官「遼太君と知り合ったのは平成26年12月下旬、友達の紹介で知り合った?」被告「はい」
.
検察官「どういう付き合いだった?」被告「ゲームセンターで遊んだりしていました」

検察官「君の家にいったことは?」被告「1回ぐらいあります」

検察官「遼太君のことを何と呼んでいた?」被告「カミソンと呼んでいました」

《上村さんは周囲から「カミソン」のニックネームで親しまれており、
被告も同様に呼んでいたことになる。一方、上村さんは被告を君付けで呼び、
敬語を使っていたという》

検察官「上村君はどういう人だった?」被告「おもしろい人でした」

検察官「ほかには」《悩んでいるのか、少し間を置いた後、被告が答える》
被告「距離とかなく接する子でした」

検察官「君になついていたのでは」被告「(上村さんが)みんなと親しくしていたので、
なついていたかもしれない」

《検察官は殺人事件の約1カ月前、被告が待ち合わせ場所だった日吉駅(横浜市)に
約1時間遅れた上村さんに立腹し、青アザができるほど顔を殴りつけた
『日吉事件』について言及していく。日吉事件後、
上村さんから暴行被害を聞いたX兄弟ら知人グループが被告を問い詰めたり、
被告宅に押しかけたりする事態となり、そのことに怒った被告が
殺人事件に及んだことが検察側の冒頭陳述などから明らかになっている》

検察官「どのくらいの強さで殴った?」被告「思いっきりは殴ってないです。普通な感じでやりました」

検察官「青タンができる強さは分かるよね?」被告「はい」

検察官「どれくらいの強さならできるの?」被告「結構、なぐったりしました」

検察官「年下を殴るのに躊躇はなかった?」被告「少しありました」

検察官「どうして殴った?」被告「怒っていて、そのままやってしまいました」

《検察官は上村さんから被告の無料通信アプリ「LINE(ライン)」のアカウントを
聞き出すなどしたとされるX弟について質問していく。
上村さんがアカウントを教えたことも、殺人事件のきっかけのひとつになったとされている》

検察官「遼太君はX弟について、どう言っていた?」被告「よくケンカをしたり、
周りに嫌われているとか聞きました」

検察官「X弟は遼太君にとって怖い先輩?」被告「たぶんそうだと思います」

検察官「怖い先輩だからアカウントを教えたと考えなかった?」被告「後になって気づきました」

検察官「いつ? 事件より前?」被告「事件より後です」
《当時のやり取りについて言及しているBの供述調書の内容を引用しながら、質問を重ねていく》

検察官「(アカウントを教えたことについて)遼太君が『すみません』と言ったことは記憶にある?」
被告「たぶん言われたと思います」

検察官「君は『別にいいよ』と言った?」被告「言ったと思います」

検察官「謝って、許したなら、それで良かったのではないの?」被告「その場では許したが、
後で(ラインに)連絡がくるようになり、イライラしました」

検察官「X弟の調書では遼太君は日吉事件について聞かれても隠そうとしていた。
事件当時、知っていた?」被告「知らなかったです」

検察官「積極的にチクって(ばらして)いない。そのことで腹を立てていたことをどう思う?」
被告「もっと話を聞いておけばと思います」
《検察側の冒頭陳述などによると、殺人事件当時、被告は自身がいることを伏せて
上村さんを呼び出して合流。日吉事件を周囲に話したことを認めた上村さんを殴ったとされる》

被告「殴る前に認めたので腹が立ちました」検察官「認めたなら、それでいいのではないか」
被告「最初ウソついたり、隠したりしていたから腹がたった」

検察官「殴った後に(上村さんは)謝った?」被告「はい」

検察官「何回ぐらい謝っていた?」被告「3、4回謝っていました」

検察官「話そうとは思わなかったのか」被告「そのときは思っていなかったです」
《被告は謝る上村さんを許さず、「ヤキを入れるため」として殺人現場となった
人気のない河川敷へと連れていく》


被告人質問2日目詳報(2)上村さんの知人の「倍返しが怖くて」 事件の表面化恐れ殺害


産経ニュース 2016.2.3

《川崎市川崎区の多摩川河川敷で市立中学1年、上村(うえむら)遼太さん=当時(13)=
が殺害された事件の裁判は、検察官による被告人質問が続いている。
質問内容が事件当日のカッターナイフを使用して切りつける場面に移ると、
声が震える場面が増え被告の左肩が徐々に下に傾いていった》

検察官「護岸の斜面で話していて馬乗りになったのはどうして」 被告「(被告とトラブルになっていた)
Xたちに(上村さんを殴ったことを)話したというのと、賽銭(泥棒の件を)人に話したというのを
聞いた流れです」 
《被告は2日の弁護側の被告人質問で、被告や上村さんらが賽銭泥棒に手を染めていたと述べていた》

検察官「腹立つことを何か言われた?」被告「そういうこと(1カ月前に暴行を加えていたことや
賽銭泥棒など)を関係ない人に言ったことに腹が立ちました」

検察官「君が遼太君に言ったセリフで覚えているものは?」被告「『何でそんなこと言うんだよ』って」

検察官「遼太君は?」被告「『すみません』と謝っていたと思います」

検察官「共犯者Cは(上村さんに)何か言っていたの?」被告「『調子のってんだよ』って」
 《Cは傷害致死罪で起訴されているが、関与を否認している》

検察官「カッターを使うことになった状況を説明してくれる?」被告「馬乗りになった後、
Cがカバンからカッターを取り出してきて、(自分が)受け取って上村君の頬を2、3回切りました」

検察官「Cは何か言っていた?」被告「言ってないです」

検察官「(カッターナイフを渡されて)どういう風に思った?」被告「どうも思ってないです」

検察官「どういうつもりで受け取ったの?」被告「脅すつもりで受け取りました」

検察官「Cは君に差し出してたの?」被告「はい」
《質問が争点となっている殺意の強さに関して移ると、言葉を発する前に「あー」と口にするなど、
言葉を探すような様子が増えていく》

検察官「どうして殺してやると思ったの?」被告「よく喧嘩とかで殺してやると思う(のと同じような)
気持ちで思った。怒ってて、冗談みたいな感じです」

検察官「頬を切った後にそういう気持ちになったのは何で?」被告「よく覚えてないです」

検察官「その後、足や腕を切った?」被告「はい」

検察官「痛めつける気持ちで?」被告「はい」

検察官「首を切ったのはどうして?」被告「首を切ったら死ぬと思って。
首には結構大きな血管とかあるし、切ったら死ぬかなと思いました」

検察官「この時点で死ねばいいと思っていた?」被告「強くは思ってないです。衝動的だと思います」

検察官「当時の感情を説明できる?」被告「あー、難しいです」

検察官「(カッターナイフで首を切るときは)力が入らなかった?」被告「はい。
自分にはやっぱりできないなと。首を切って殺すとか」

検察官「首を切ったとき遼太君の様子はどうだった?」被告「普通に立ってて、黙ってました」

検察官「切ったとき言葉を発さなかった?」被告「何も話してないです」

検察官「切ったときに『うっ』って言った記憶は?」被告「あります」

検察官「何回くらい」被告「2〜3回くらい」

検察官「最初は力が入らなかったら特に声はあげなかったのかな?」被告「はい」
《2日に行われた弁護側の被告人質問で、被告は少年B=傷害致死罪で起訴=
とCに切りつけを指示したことについて「自分の代わりに切ってほしいというのと、
止めてほしいという気持ちが半々くらいだった」と述べていた。
検察官はことを念頭に、その気持ちがあったのかを確認していく》

検察官「(Cにカッターナイフを渡した後)Cはすぐにやったの」被告「いや、(Cから)
『もう少しやれよ』と言われて、もう一回やって代わりました」
《Cは関与を否定しており、被告とCの言い分は食い違っているといえそうだ》

検察官「止めてほしいなら、一回断わられたときがやめどきだったんじゃない?」
被告「今はそう思うんですけど、その時は『もう一回やらなきゃいけないかな』
と思ってやりました。(Cから)『もう少しやれよ』って言われたから、
もう一回やれば代わってくれるかなって」

検察官「Cに止めてほしいって気持ちは本当にあったの?」被告「ありました」

検察官「共犯者Bに代わった時のやりとりを教えてくれる?」被告「(被告が)『やれよ』
って言って(Bが)『できない』と言うやり取りを2〜3回しました」

検察官「なぜBにもやらせようとしたの?」被告「自分の代わりにやってほしいと思いました」

検察官「Bに対しても止めてほしい気持ちと半分半分だった?」被告「はい」

検察官「止めてほしいという気持ちがあったならなぜ何度も『やれよ』と言ったの?」
被告「あとに引けない気持ちがあったので。傷が残ったりして救急車呼ばれてバレたら
怖いってのと、Xとかに倍返しでやられるのが怖いと思いました」
《ここで、検察官は県警の取り調べや横浜家庭裁判所の少年審判の中で、
被告が「当時止めてほしと思っていた」という発言を一度もしていないと指摘。
被告は何度か口ごもりながら、「後から振り返るとそういう気持ちもあったと思うようになった。
止めて一緒に考えてほしかった」と説明した》


《検察官の質問は、再び当時の犯行時の様子に戻っていく》


被告人質問2日目詳報(3) 瀕死の上村さんは蹴られて川に転がされた
「息をしている」仲間の声にも被告は「怖くてその場から離れた」


産経ニュース 2016.2.4

《川崎市川崎区の多摩川河川敷で市立中学1年、上村(うえむら)遼太さん
=当時(13)=が殺害された事件の裁判は、検察官による被告人質問が続いている。
詳しい犯行状況を話すときも、被告はきっちりと座ったまま動かない》

検察官「(上村さんを)泳がせたのは何で?」被告「BかCが『泳がせれば?』
って言ってきて、(自分は)『いいんじゃない』って」

《共犯者の少年B、Cはともに傷害致死罪で起訴されているが、Cは関与を否認している》

検察官「(BかCに)提案されて『いいんじゃない』と言った理由は?」被告「そのままおぼれたら、
これ以上やらなくて済むと思って、いいんじゃないって言いました」

検察官「おぼれてほしいと思っていた?」被告「少し思いました」

検察官「Bの供述調書で、遼太君が泳ぐ様子を見てCに『面白くね』と言った話が出ていたけれど、
記憶はある?」被告「言ってないです」

検察官「遼太君の様子で覚えていることは?」被告「BとCが切っているときはあまり
見ないようにしてました。そういうのを見たりすることができなかったんで。
切ったりしてんの怖いっていうのがあったりして、見ないようにしていました」

検察官「君が切っているときはどうだった?」被告「少し苦しそうにとか、
顔を痛そうにしていました」

検察官「(上村さんは)何か話したりしたか?」被告「覚えてないです。
色んなことを考えたりしてたからだと思います。(上村さんは)『うっ』とかは言ってたけど、
あんまり言葉は発してなかったと思います」

検察官「謝ったり抵抗したりというのは?」被告「なかったです。痛そうにはしてたんですけど、
嫌がったり抵抗したりはなかったです」

《検察官の質問は被告が最後に上村さんを切りつけたときに移る。検察官は被告が以前、
少年審判などで「深く切れたという感触があった」「ずしんとした」と話していることに触れ、
状況を確認していく》

検察官「今までとは(感触は)違った?」被告「違かったです」

検察官「Bの供述調書では(上村さんが)『あ!』と大きな声を上げたとあるけど、その記憶は?」
被告「(上村さんは)もう動かなかったから、多分言ってないと思います」

検察官「その時の力加減はどうだった?」被告「(今までと)同じように切っているつもりで切ってました」

検察官「ならどうして深く切れたと思う?」被告「(今までの)切り口とかが重なったりして
(深く)切れたんだと思います」

《検察官が「最後は力を入れたのではないか」と尋ねると、被告は「分からない」と繰り返す》

検察官「遼太君の左首にすごく大きな傷があるんだけど、あの傷は君がつけたって分かる?」
被告「…分からないです」

検察官「君がつけたのでは?」被告「言えなくはないです」

検察官「言えなくはないとは?」被告「3人でたくさん切っていて、(傷が)重なったのかなと思います」

検察官「首の後ろにも大きな傷があるけど、それに記憶はないの?」被告「はい、絶対に切ってないです」

検察官「うつぶせになって倒れた上村さんを見てどう思いました?」被告「死んじゃったなと思いました。
切った後に怖くなって、離れなきゃと」

《2日に行われた弁護側の被告人質問で、弁護人がCに指示して上村さんの体を川のほうに
移動させたかを尋ね、被告は「はい」と肯定していた。検察官はこの点について質問する》

検察官「Cはどんな風に遼太君を移動させた?」被告「足で川の方に転がす感じでやってました。
(上村さんの)体の下に足を入れて蹴る感じ」

検察官「最後、遼太君はどういう状態だった?」被告「川に半分浸かっている状態で、仰向けでした」

検察官「この時点で遼太君が生きているかは分かっていた?」被告「Cに『息してるか』と聞いて、
Cは『息してる』って言ったんですが、(上村さんが)動かなくなったんで、
死んだのかなと思いました」

検察官「Cはどんな風に息を確認していたの?」被告「耳を(上村さんの)顔に近づけていました」

検察官「ならこの時点で生きているって思ったんじゃないの?」被告「怖くなって、
その場から離れることしか頭になかったです」

《2日の弁護側の被告人質問では、被告は「(犯行を)止められなかったのは
その場の雰囲気に流された」と発言。検察官はこの「雰囲気」についても言及する》

検察官「どういう雰囲気だった?」被告「誰も止めないって感じ。黙って(上村さんの首を切る行為を)
やってく感じです」

検察官「その雰囲気を作り出したのは誰だと思う?」被告「自分です」

検察官「君自身が作り出した?」被告「はい」

《被告は今日の法廷が開廷してから、一番はっきりとした口調で、
雰囲気を作り出したのが被告自身であることを肯定した》


8



被告人質問2日目詳報(4)「死刑、それぐらいの覚悟はあります」
遺族側の代理人弁護士に罪の意識問われ…


産経ニュース 2016.2.3

《川崎市川崎区の多摩川河川敷で市立中学1年、上村(うえむら)遼太さん
=当時(13)=が殺害された事件の裁判は、検察側が被告人質問でリーダー格の少年(19)
=同(18)=が犯行前に飲酒していたことについて確認を始めた》

検察官「(川崎事件のときは)酒を飲んでいた?」被告「酒を飲んでいて、
その勢いでやってしまいました」

検察官「保護観察中であるとは認識していた?」被告「はい」

《被告は別の傷害事件などに関与したとして保護観察中だった。
そのことに関する説明は、後ほど検察側から行われることになる》

検察官「日吉事件でも酒を飲んでいた?」被告「はい」

検察官「保護観察中に(酒を)飲んではいけないといわれたと思いますが」被告「守らないといけない
と思っていましたが、飲みたくなって飲みました」

検察官「以上です」

《裁判長から「このあと、遺族や被害者の気持ちについても確認をしていきたいと思います」
と説明があり、被害者・遺族側の代理人の女性弁護士が質問に立つ》

弁護士「相手が自分より弱い立場だから遼太君に暴力をふるった?」被告「そうかもしれません」

弁護士「相手が弱いか強いかで選んでいることはありますか?」被告「それは少しあるかもしれません」

弁護士「少年審判の時に謝罪をしたいと言っていましたが、その後は具体的に何かしていますか?」
被告「特にないです」

弁護士「亡くなった遼太君は生きられない、ということを改めてどう思う?」被告「上村君のことを
忘れないで、背負っていって、生きていきたいです」

弁護士「私からは以上です」

《続いて同じく被害者・遺族側の代理人の男性弁護士が質問に入る》

弁護士「最初に遼太君と会ったときはどう思った?」被告「結構明るかったです」

弁護士「親しみを持って接していた?」被告「はい」

弁護士「一緒にいて楽しいのは、遼太君が反撃してこないから?」被告「そういうこともあると思います」

弁護士「3人で川に連れて行って、わざわざ人気のないところに連れて行ったのは?」
被告「人のいないところにしました」

弁護士「かなりの距離を歩いているよね?」被告「そうでもないと思います」

弁護士「川の水温は確かめた?」被告「いいえ」

弁護士「遼太君は寒いとは思わなかった?」被告「少しは思いました」

弁護士「どうしてやめなかった?」被告「どうしたらいいかわからなかったです」

弁護士「自分がやっていることですよ?」被告「恐怖心があって、どうしていいか、わからなかったです」

弁護士「このままやったら遼太君が死んでしまうと思った?」被告「はい」

弁護士「怖いからやめようとは思わなかった?」被告「思ったけど言うことができませんでした」

弁護士「自分の思いの方が、遼太君の命より重かったと?」被告「はい」

弁護士「(殺人事件の約1カ月に上村さんの顔を殴りつけた)日吉事件のあと、
遼太君を殴って、やり過ぎて謝っていますが、痛い思いをさせたから?」被告「はい」

弁護士「(殺人事件の際に)今回はやめようと思わなかったのは、とにかく痛めつけようと思ったから?」
被告「はい」

弁護士「遼太君の遺族の気持ちを考えて何をしましたか?」被告「どうしていいかわかりませんでした」

弁護士「少年審判のときに(遺族から)『上村君を返してほしい』と言われていて、
それが(遺族の)亡くなった人への思いだと思います。『返してほしい』と言われたら、
あなたはどうしますか」被告「それは考えています」

弁護士「どう考えていますか?」被告「上村君を返すことができないので、それなりのことを
したいと思います」

弁護士「それは」被告「まだ見つかっていません」

弁護士「上村君の両親とは会っていない?」被告「はい」

弁護士「遺族への謝罪の気持ちは?」被告「あります」

弁護士「どう謝罪するのか?」被告「謝ったりします。会って謝ります」

弁護士「遺族に会う覚悟はある?」被告「あります。すべてを受け止めます」

弁護士「人間は1回起きたことをどんどん忘れるものだが、あなたはどうですか?」被告「上村君
のことを思い出して、忘れないようにしたいと思います」

弁護士「あなたは、人殺しが悪いと昔からわかっていた?」被告「はい」

弁護士「自分はどのくらいの刑になると思っている?」被告「まだわかりません」

弁護士「(人を殺せば)死刑になることもあるとわかっている?」被告「はい」

弁護士「罪を背負って生きていくんですね?」被告「はい」

弁護士「死刑になることはないだろうと思っていないか?」被告「それはないです。
それぐらいの覚悟はあります」

弁護士「軽く言うことではないのではないか」被告「1年を過ごして、
それくらいの覚悟をしています」

弁護士「以上です」

《淡々した口調ながら、覚悟を口にした被告。休憩を挟み、裁判長、裁判官による質問に移っていく》



「気持ちが大きくなった」リーダー格、凄惨な手口浮き彫り


産経ニュース 2016.2.3

リーダー格の少年は消え入るような声で起訴事実を認め、反省の言葉も口にした。
法廷で読み上げられた別の少年=傷害致死罪で起訴=の供述調書などからは、
凄惨(せいさん)な犯行手口が改めて浮かび上がった。

「冷静な話し合いで済ませれば(事件は)起きなかった」。
丸刈りで濃いグレーのスーツ姿の少年は、弁護側の被告人質問で事件について問われると、
か細い声でこう答えた。近藤宏子裁判長から何度も「大きな声で」
などと促されたが声は小さなままだった。

事件の発端は些細(ささい)な遅刻だった。検察側の冒頭陳述によると、
事件の約1カ月前、一緒に遊んでいた上村さんらが待ち合わせ場所に約1時間遅れて到着。
リーダー格の少年は、普段から上村さんが年下なのに生意気だと感じていたこともあり、
青アザができるほど顔を殴りつけた。

 ■  ■  ■ 

上村さんへの暴行を知った上村さんの知人グループが自宅に押しかけたことで
怒りを募らせた少年は、別の2人の少年とともに、自身がいることを伏せて上村さんを呼び出し、
河川敷に連れ出した。
「(上村さんは)裸で川に落ちないように脚を伸ばして座り、首の左側が切れ血が流れていた」。
傷害致死罪で起訴された別の少年の供述調書には、
上村さんが暴行を受けたときの様子がこう記されていた。

上村さんの首をカッターで切りつけるリーダー格の少年。
上村さんは「うっ」とうめいたという。

「泳げ」。少年たちに言われるまま、極寒の多摩川に入った上村さんは、
川から戻った後、「ごめんなさい」と口を動かし、目に涙を浮かべた。
しかし暴行はそこで終わらず、リーダー格の少年が主導する形で、
代わる代わる首を切りつけていったとされる。

「(ほかの2人の少年がいたことで)気持ちが大きくなり、その場の雰囲気でやった」
「首を切ったら死ぬかなと思った」。少年は法廷で当時の心境をこう語り、
「(一緒にいた2人の少年に)自分の代わりにやってほしい気持ちが半分、
止めてほしい気持ちが半分」と表現した。

それでも暴行を続けたのは事件が表面化することで、
上村さんの知人グループによる報復を恐れたからだという。
「最後に1回自分が切りつけたところで上村君は動かなくなり、
『あーやっちゃったな』と思った」と淡々と答えた。

 ■  ■  ■ 

冒頭陳述によると、動かなくなった上村さんは河川敷に置き去りにされた後も、
しばらく生きていたが、その後出血性ショックで亡くなった。

「やってはいけないことをやってしまったと反省しています」。
少年は、上村さんの家族にこう謝罪した。
検察官の後ろで裁判に参加した上村さんの父親は、事件の詳細が明らかにされる中、
顔を真っ赤にして、流れ落ちる涙をハンカチでぬぐっていた。

代理人弁護士によると、父親は公判後、「今日の段階では混乱していて、
考えがまとまっておらず、コメントを出す状況にはない」と話したという。



「強い殺意なかった」「瞬間的に暴走し殺害」 初公判で弁護側


産経ニュース 2016.2.3

川崎市川崎区の多摩川河川敷で昨年2月、中学1年の上村(うえむら)遼太さん
=当時(13)=が刺殺された事件で、殺人などの罪に問われたリーダー格の少年(19)
=同(18)=の裁判員裁判の初公判が2日、横浜地裁(近藤宏子裁判長)で開かれた。
少年は「間違いない」と起訴内容を認めた。
上村さんに対して「ひどいことをしてしまった。すごく反省している」などと述べた。

検察側は冒頭陳述で、「上村さんの頬をカッターナイフで数回切りつけ、
血がにじむのを見て『中途半端な傷で帰せば捕まったり報復を受ける』
と思い殺そうと決意した」と指摘した。
証拠調べでは、切り傷が首に31カ所、他の部位に12カ所あったことを明かした。

一方、弁護側は「当初は、痛めつけるつもりのみで殺すつもりはなかった」と主張。
家庭で手を上げられるなどした成育環境に触れ、
暴力以外の解決能力が培われなかったなどとした。

公判は3日間連続で開かれ4日に結審する。
判決期日は指定されていない。

起訴状によると、被告は当時17歳だった少年2人=いずれも(18)、
傷害致死罪で起訴=とともに上村さんの首をカッターで切りつけて死亡させた。



「どこに行っても遼太の思い出ばかり」すすり泣く法廷、上村さん父が声震わせ…


産経ニュース 2016.2.4

川崎市川崎区の多摩川河川敷で昨年2月、中学1年、上村遼太さん=当時(13)=
を殺害したなどとして、殺人などの罪に問われたリーダー格の少年(19)の
第3回公判が開かれ、上村さんの家族が被害者参加制度を利用して意見陳述した。
上村さんの父親は少年に対して、「どんなに痛かったか、怖かったか、
考えるだけで気が狂いそうだ。自分のこの手で遼太の敵を取ってやりたい」
と涙ながらに声を荒らげた。

冒頭、父親は「遼太を失った悲しみは、何をしても癒やされることはない。
私は一生この悲しみ、苦しみを持って生きていかなければならない」と訴えた。

上村さんは事件が起きる約1年半前の小学校6年の夏まで、
島根県隠岐諸島の西ノ島で暮らしており、家庭の事情で川崎市に転居した。

今も西ノ島に住む父親は「とても小さな島でどこに行っても遼太の思い出ばかり。
いつも釣りをした岸壁、真っ黒になって泳いだ海水浴場。
毎日毎日その思い出とともに生きている。今となっては苦しい思い出だ」と声を震わせた。

事件の約2カ月前に上村さんと川崎市内で最後に会ったときのことを振り返った父親は
涙で何度も声を詰まらせながら、「『お父さん、今度の夏休みは島に行きたいんだけど』
と話したのが最後になった。島には遼太が帰ってくると喜ぶ人がたくさんいる。
でももう、遼太が島に帰ってくることはない」と話し、
「犯人は『(上村さんの命を)背負っていきたい』と話したが、冗談じゃない。
遼太の命は犯人に背負えるほど小さなものではない。犯人も(少年の)両親も、
遼太の命を軽く見ているとしか思えない」と語気を強めた。

法廷中からすすり泣くような声が聞こえる中、少年はうつむいて座りながら微動だにせず、
一度も顔をあげることはなかった。


リーダー格の少年の父出廷「相談に乗っていればよかった」「遺族に謝罪したい」


産経ニュース 2016.2.4

川崎市川崎区の多摩川河川敷で昨年2月、中学1年の上村遼太さん
=当時(13)=が刺殺された事件で、殺人と傷害の罪に問われたリーダー格の少年(19)
の裁判員裁判の第3回公判が4日、横浜地裁(近藤宏子裁判長)で開かれ、
少年の家族が情状証人として出廷した。

少年の父親は、少年の性格について「口数が少なく、心に秘めてしまうところがあった」と語り、
「相談に乗っていればよかった。遺族に謝罪したい」と述べた。
今後については「会話を広げ、深く絆を持ち、(更生を)サポートしたい」と話した。

一方、検察側は少年が飲酒した後、通行人を鉄パイプで殴りけがをさせたとして
平成25年に保護観察処分となっていたことに触れ、
その後の少年の飲酒状況を確認していたか質問。
父親は「はっきりと確認していなかった。息子を信じていた」と述べた。

起訴状によると、昨年1月17日未明、横浜市内で上村さんを殴ってけがをさせたほか、
同2月20日未明、多摩川河川敷で首を多数回切るなどして殺害したとしている。

4日午後には検察側の論告求刑と弁護側の最終弁論が行われ、結審する予定。
判決日程は未定。



無職少年に懲役10〜15年求刑 「主犯格として最も重い責任負うべき」


産経ニュース 2016.2.4

川崎市の多摩川河川敷で昨年2月に起きた中学1年、上村遼太さん=当時(13)=
殺害事件で、殺人と傷害の罪に問われた無職少年(19)の裁判員裁判の第3回公判は
4日午後も横浜地裁(近藤宏子裁判長)で続き、検察側は
「数ある少年事件の中で特に悪質性が高い」として、
不定期刑の上限の懲役10年以上15年以下を求刑した。判決は10日。

検察側は論告で「(起訴された3人の中で)主導的で、
主犯格として最も重い責任を負うべきだ」と指摘した。

これまでの被告人質問で少年は「最初は脅すつもりで切り付けたが、
やめられなくなった」「救急車を呼ばれて、逮捕されるのが怖かった」
と経緯や動機を供述した。

起訴状によると、昨年1月17日午前2時ごろから約30分間、
横浜市内で上村さんの顔を殴るなどして約2週間のけがをさせたほか、
同2月20日午前2時ごろ、首を多数回切るなどして殺害したとしている。



リーダー格の少年 懲役9〜13年判決 「凄惨、際立つ残虐性」


産経ニュース 2016.2.10

川崎市川崎区の多摩川河川敷で昨年2月、中学1年の上村(うえむら)遼太さん
=当時(13)=が刺殺された事件で、殺人と傷害の罪に問われたリーダー格の少年(19)
の裁判員裁判の判決公判が10日、横浜地裁で開かれ、
近藤宏子裁判長は「全く抵抗することのない被害者を真冬の川で泳がせ、
岸に戻るたび切りつけるなど、凄惨(せいさん)で手口の残虐性が際立っている」とし、
懲役9年以上13年以下(求刑懲役10年以上15年以下)の不定期刑を言い渡した。

近藤裁判長は判決理由で「(共犯者の中で)最も責任があるのは明らか」とし、
「(犯行の)発端は逆恨みで、報復を恐れて殺害を突発的に考えるなど、
極めて自己中心的で短絡的」と指摘。その上で、「(犯行には)生育環境に由来した未熟さが
影響しており、不定期刑の上限には位置しない」とした。

判決言い渡し後、近藤裁判長が「分かりましたか」と尋ねると、
少年は小さな声で「はい」と答えた。

判決によると、昨年1月17日午前2時ごろ、横浜市内で上村さんの顔を殴るなどして
約2週間のけがをさせたほか、同2月20日午前2時ごろ、
首を多数回切るなどして殺害したとしている。

事件では、ほかに18歳の少年2人が傷害致死罪に問われている。



「やらないとお前もやる」無職少年、リーダー格に迫られたと証言


産経ニュース 2016.3.3 12:34

川崎市川崎区の多摩川河川敷で昨年2月、中学1年の上村(うえむら)遼太さん
=当時(13)=が刺殺された事件で、傷害致死罪に問われた無職の少年(18)
=同(17)=の裁判員裁判の第2回公判が3日、横浜地裁(近藤宏子裁判長)で開かれた。
少年は弁護側の被告人質問で「自分もやらないと殺されると思った」と、
上村さんを切りつけた理由を説明した。

無職少年は「(懲役9年以上13年以下の不定期刑が確定したリーダー格の少年に)
馬乗りになってカッターを向けられ『やらないとお前もやる』といわれた。
狂ってると思った」と話した。

検察側は、リーダー格の少年(19)が上村さんを殴るつもりだと分かっていながら、
無職少年が上村さんを呼び出したと指摘。無職少年は「殴っても1、2発だと思った。
(内緒にする理由は)びっくりさせるためだと思い、深くは考えなかった」と話した。

起訴状によると、昨年2月20日午前2時ごろ、
リーダー格の少年とともに上村さんの首を多数回切るなどして死亡させたとしている。。


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無職少年初公判 「カミソンごめん」と切りつけ


産経ニュース 2016.3.3

「『カミソンごめん』と言いながら切っていた」。
川崎市の多摩川河川敷で上村(うえむら)遼太さん=当時(13)=が刺殺された事件で、
傷害致死の罪に問われた無職の少年(18)に対する裁判員裁判の初公判が2日、
横浜地裁であった。懲役9年以上13年以下の不定期刑が確定したリーダー格の少年(19)が
証人として出廷し、無職少年が上村さんに切りつけた際の様子を証言した。

無職少年は白いシャツに紺色の上着、黒いスラックス姿で法廷に姿を現した。
はっきりとした声で起訴内容を認めたが、始終うつむき気味で、
何度か座り直すように体を動かしていた。

検察側の冒頭陳述などによると、無職少年は上村さんと頻繁に遊ぶ親しい間柄で、
リーダー格の少年が上村さんに怒りを募らせていることを知っていた。

事件直前に上村さんから無料通信アプリ「LINE(ライン)」で「遊びましょうよ」
と連絡を受けた無職少年は、リーダー格の少年から「内緒にして」と言われ、
一緒にいることを黙ったまま上村さんを呼び出したという。

無職少年は暴行が始まる前に1人で近くのコンビニエンスストアに移動。
現場の河川敷を離れていたが、リーダー格の少年が携帯電話で呼び戻し、
無職少年に「『やれよ』とカッターを差し出した」。

リーダー格少年は「(無職少年は)『カミソン(上村さんのあだ名)ごめん』
と言いながら切っていた。自分が頼んだからやったと思う」などと当時の状況を話した。

また、検察によると、元職人の少年(18)は昨年4月に横浜家裁で行われた少年審判で、
「(リーダー格の少年が無職少年の)顔の近くに刃物を向けて
『やらないとお前もやるぞ』と言ったと思う」と証言。
リーダー格の少年は証人尋問で、脅迫の事実を「(刃物を向けた記憶は)ない」と否定した。



「何で止めてくれなかったの」 上村さん両親が意見陳述


産経ニュース 2016.3.4

川崎市川崎区の多摩川河川敷で昨年2月、中学1年の上村遼太さん=当時(13)=
が刺殺された事件で、傷害致死罪に問われた無職の少年(18)=同(17)=の
裁判員裁判の第3回公判が4日、横浜地裁(近藤宏子裁判長)であり、
上村さんの両親が意見陳述で「なぜ助けてくれなかったのか」と涙を流して訴えた。

少年は起訴された3人の中で上村さんと最も仲が良かったとされ、
母親は「助けてくれるかもしれないと思っていた人にカッターで何度も切られ、
どれだけ絶望したか。何で止めてくれなかったの」と涙ぐんだ。

少年は上村さんと合流する際、リーダー格の少年(19)=
殺人などの罪で懲役9年以上13年以下の不定期刑が確定=
がいることを伝えておらず、父親は「リーダー格の少年がいると言っていれば事件は起きなかった。
自分に懐いていた遼太を危険な場所へ連れて行った。
切り付けられた絶望感は考えることもできない」と語気を強めた。


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無職少年の4年以上6年6月以下判決確定


産経ニュース 2016.3.29

川崎市川崎区の多摩川河川敷で昨年2月、中学1年の上村(うえむら)遼太さん
=当時(13)=が刺殺された事件で、傷害致死の罪に問われた無職の少年(18)を
懲役4年以上6年6月以下の不定期刑とした横浜地裁判決について、
少年の代理人弁護士は29日、控訴期限の28日までに少年が控訴しなかったと明らかにした。
検察側も控訴せず、判決が確定した。

判決によると、リーダー格少年(19)=殺人などの罪で懲役9年以上13年以下の不定期刑が確定=、
元職人の少年(18)=傷害致死罪で起訴=とともに、
昨年2月20日午前2時ごろ、上村さんの首を多数回切るなどし、出血性ショックで死亡させた。



初公判、元職人少年が無罪主張


産経ニュース 2016.5.19

川崎市川崎区の多摩川河川敷で昨年2月に起きた中学1年上(うえむら)村遼太さん
=当時(13)=が刺殺された事件で、傷害致死罪に問われた元職人の少年(19)の
裁判員裁判初公判が19日、横浜地裁(近藤宏子裁判長)で開かれた。
少年は「首を切りつけたり頭を打ちつけたり他の人と何かをしたということはありません」
として無罪を主張した。

起訴状などによると、昨年2月20日午前2時ごろ、少年2人と共謀して、
上村さんの首をカッターで切りつけて死亡させた。

殺人と傷害の罪に問われたリーダー格の無職少年(19)は懲役9年以上13年以下、
傷害致死罪に問われたもう1人の少年(18)は懲役4年以上6年6月以下の判決が確定している。


「止めようとした」と元職人の少年 カッターも「受け取っていない」


産経ニュース 2016.5.23

川崎市の多摩川河川敷で昨年2月、中学1年の上村(うえむら)遼太さん
=当時(13)=が刺殺された事件で、傷害致死罪に問われた元職人の少年(19)の
裁判員裁判第3回公判が23日、横浜地裁(近藤宏子裁判長)で開かれた。
元職人の少年は「絶対に切り付けていない」と事件への関与を否定。
リーダー格の少年(19)=懲役9年以上13年以下の不定期刑が確定=が
上村さんをカッターナイフで切り付けたことについては、
「止めようとして『やめておけ』『マジでやるのか』と言ったが、やめなかった」と述べた。

元職人の少年はリーダー格の少年から切り付けるよう指示され、
カッターを差し出されたが、「受け取っていない」と強調。
「カッターは自分のかばんに入れていたものだが、
リーダー格の少年が現場にかばんごと持っていった」と述べ、
リーダー格の少年が「元職人の少年も切り付けた」と証言していることに対して
「嘘をつかないでほしい」と反論した。

遺族の意見陳述で上村さんの父親は「息のある遼太を放置した。
通報していれば助かったかもしれない。あの場にいた3人を許さない」と語気を強め、
母親は「遼太を返して」と声を震わせた。



「切りつけの発端作った」 検察、元職人の少年に懲役6〜10年求刑


産経ニュース 2016.5.24

川崎市の多摩川河川敷で昨年2月、中学1年の上村(うえむら)遼太さん
=当時(13)=が刺殺された事件で、傷害致死罪に問われた元職人の少年(19)の
裁判員裁判の論告求刑公判が24日、横浜地裁(近藤宏子裁判長)で開かれ、
検察側は「切りつけの発端を作った」とし、懲役6年以上10年以下の不定期刑を求刑した。
判決は6月3日。

検察側は論告で「不自然で不合理な証言を繰り返し反省する態度もない」と指摘。
弁護側は「(暴行を)直接示す客観的な証拠がない。
痛めつける理由もない」と無罪を主張した。

元職人の少年は最終意見陳述で「起訴状に書かれていることはしていない」とする一方で、
「上村さんを助けていればよかったと後悔している」と述べた。

事件では少年3人が起訴され、殺人と傷害の罪に問われたリーダー格の少年(19)は
懲役9年以上13年以下、傷害致死罪に問われた無職の少年(18)は
懲役4年以上6年6月以下の判決がそれぞれ確定している。



元職人少年に懲役6〜10年判決 「無罪主張は不自然、不合理」と退ける


産経ニュース 2016.6.3

川崎市川崎区の多摩川河川敷で昨年2月、
中学1年の上村(うえむら)遼太さん=当時(13)=が刺殺された事件で、
傷害致死の罪に問われた元職人の少年(19)の裁判員裁判の判決公判が3日、
横浜地裁で開かれ、近藤宏子裁判長は、
「(リーダー格の少年に)凶器を手渡すことで犯行をエスカレートさせる契機をつくり、
果たした役割は大きい」と述べ、
求刑通り懲役6年以上10年以下の不定期刑を言い渡した。

近藤裁判長は「いまだ自らの行為に向き合うことすらできてない」と指摘。
「犯行は残酷というほかない。頸(けい)部を切り付けただけでなく、
コンクリートに頭を打ちつける危険な暴行を加えた」とした。

少年側は「切り付けるなどした客観的証拠はなく、動機もない」と無罪を主張したが、
近藤裁判長は「供述は不自然かつ不合理」として有罪と判断した。

事件では少年3人が起訴され、殺人と傷害の罪に問われたリーダー格の少年(19)は
懲役9年以上13年以下、傷害致死罪に問われた無職の少年(18)は
懲役4年以上6年6月以下の判決がそれぞれ確定しており、3人の1審判決が出そろった。



【川崎中1殺害】少年Cに有罪判決 裁判員の心証さらに悪くしたひと言


2016年6月5日  東スポWeb

昨年2月に神奈川県川崎市の多摩川河川敷で中学1年、
上村遼太さん(13=当時)が殺害された事件で3日、
傷害致死罪に問われた少年C被告(19)に横浜地裁は
懲役6年〜10年の不定期刑を言い渡した。
Cは無罪主張をしていたが、求刑通りとなった。

主犯格A(19)と共犯B(18)はすでに不定期刑が確定している。
判決文ではAとBの証言について、刑が確定していることから
虚偽を述べるとは考えにくいとして信用性があると指摘。
真っ向から対立していたCの証言をうそと認定したようなものだ。

この日、Cは発言を求められず無言のまま。
判決文の読み上げにも微動だにしなかった。
傍聴に来た川崎市の男性住民は「Cは真実を隠している。
AやBは耳たぶが赤くなるなど後ろ姿だけでも感情の動きが見えたけど、
Cにはそれが一切ない」とスッキリしたとはいえない表情をする。

裁判員裁判なので求刑通りとなった決め手は市民感情だ。

この事件の全日程を傍聴した女性は「Cの言葉で特にひどいと思ったのは、
裁判官がCに『上村さんを河川敷に置いていく時にどう思ったか』
と聞いたときの答え。Cが『どうも思いませんでした』と言ってるのを聞いて、
頭がおかしくなりそうだった」と指摘。
裁判員の心証を悪くしたのは間違いない。

Cが控訴する可能性が残っているとはいえ、一審はすべて終了した。

「結局、あの夜に本当は何があったのかが明らかになっていない。
遼太くんとA、B、Cがどんな会話をしたのかも分からない。
ただ遼太くんが殺されたということだけが分かっているだけ」(前出の女性)。
全容が解明されたとは言いがたい。

河川敷の献花台を管理していた地元ボランティアによると、
現場はクローバー畑になっているとのこと。
今でも県外から献花に訪れる人が絶えないという。


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川崎中1殺害、元職人の少年が控訴



2016年6月16日 TBS

川崎市で去年、当時中学1年の上村遼太君が殺害された事件で、傷害致死の罪で
懲役刑を言い渡された元職人の少年が控訴しました。

この事件は、去年2月、上村遼太君がカッターナイフで首を切られるなどして殺害されたもので、
少年3人が起訴され、うち2人は不定期刑が確定しています。

傷害致死の罪に問われた元職人の少年(19)は一貫して無罪を主張していましたが、
横浜地裁は今月3日、「被告の供述内容は全体として不自然かつ不合理な内容が多く、
信用性は低い」などとして、懲役6年以上10年以下の不定期刑を言い渡しました。

関係者によりますと、元職人の少年側は15日までに判決を不服として控訴したということです。
少年の弁護士は「控訴したかどうか、またその理由についても、お答えできません」
とコメントしています。(15日19:00)



川崎中1死亡、実刑確定へ

19歳少年の上告棄却



2017年1月26日 共同通信

川崎市の多摩川河川敷で2015年2月、中学1年の上村遼太さん
=当時(13)=が殺害された事件で、最高裁第2小法廷(山本庸幸裁判長)は、
傷害致死罪に問われた少年(19)の上告を棄却する決定をした。
25日付。懲役6年以上10年以下の不定期刑とした一、二審判決が確定する。

事件では犯行時未成年の3人が起訴された。
1人は殺人と傷害罪で懲役9年以上13年以下、
別の1人は傷害致死罪で同4年以上6年6月以下の不定期刑が既に確定しており、
全員が実刑となる。(2017/1/26)(共同通信)



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