LET IT BLEED 

日々の記録。

2015年06月

名古屋・闇サイト殺人事件 (2007年)


名古屋・闇サイト殺人事件 (Wikipedia他)

(2007(平成19)年)


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闇サイト殺人事件(やみサイトさつじんじけん)とは、
2007年(平成19年)8月24日に
愛知県名古屋市内で発生した強盗殺人事件。
闇サイトが犯行グループ結成に利用されたことが注目された。
愛知女性拉致殺害事件ともよばれる。

概要


犯行まで2007年8月24日午後10時頃、
名古屋市千種区の路上を歩いていた31歳の女性を、
男3人は道を尋ねる振りをして、強盗目的で拉致した。
犯行グループ3人は日常生活で面識はなく、
知り合って犯行を行うきっかけとなったのが
携帯電話サイト
「闇の職業安定所」という犯罪者を募集する闇サイトである。

にわかつくりの犯罪実行グループであった。
この闇サイトで無職の40歳男川岸健治が投稿し、
朝日新聞の新聞拡張員だった36歳男神田司と
無職の32歳男堀慶末の2人の男が参加し犯行を決め、
女性を殺害して現金を奪うことにし、8月24日に決行。
被害者の女性は偶然見かけただけという通り魔的犯行であった。

犯行当日8月24日午後10時頃、
名古屋市千種区で帰宅途中の路上を歩く女性を
車に連れ込んで、手錠をかけて拉致。
約6万円とキャッシュカードを奪う。さらに包丁で被害者を脅して、
キャッシュカードの暗証番号を聞き出し、
8月25日午前0時頃、愛西市佐屋町の駐車場で
被害者を殺害する。
被害者の女性は「殺さないで下さい」
「話を聞いて」と何度も命ごいをしたが聞き入れられず、
容疑者は犯行が露見するのを恐れ、
被害者の顔に粘着テープを巻きつけた上にポリ袋をかぶせ、
ハンマーで頭を数十回めった打ちにし、
遺体を岐阜県瑞浪市の山中に埋めて逃走した。

女性の死因は窒息死とみられている。
この男ら3人以外に男1人(第4の男D)も
「闇の職業安定所」で知り合って行動を共にしていた。
一緒に女性拉致事件の前日に
名古屋市内の事務所に窃盗目的で侵入したものの、
途中で怖くなり逃げ出し
女性拉致事件直前の時間に警察に自首した
(Dは裁判で窃盗未遂罪と強盗予備罪で懲役2年・執行猶予3年が確定)。

女性を殺害した翌日の8月25日午後1時になり、
容疑者のうち川岸が愛知県警に
犯行をほのめかす電話をし、逮捕に至った。
警察に事件に関与したことを話した理由は
「死刑になりたくなかったから」とのことだった。
逮捕後なお、当該事件を報道で
「犯罪の温床」と大きく取り上げられた闇サイト
「闇の職業安定所」は8月27日に閉鎖された。
また被害者の女性は趣味のブログを公開しており、
そこには被害者に対し
哀悼のコメントが殺到した。
被害者の母親がマスコミ宛に
「もう少しで自宅につけたのに」「犯人を絶対に許せない」
という趣旨の手記を寄せた。
のちに母親は容疑者らを極刑にするために
陳情書の署名を集めるホームページを設立、
2007年10月1日に10万人、
2008年12月18日に目標の30万人を超える署名を集めた。

海外に住む日本人や外国人の署名もあったという。
なお、被害者の母親は容疑者3人全員の極刑を求めている。

公判


容疑者3名は強盗殺人罪・営利目的略取罪・逮捕監禁罪・
死体遺棄罪、
うち1名に強盗強姦未遂罪を加えて起訴された。

第一審


2008年9月25日に名古屋地方裁判所で公判が開始した。
公判のなかで被疑者3名がお互いに罪をなすりつけ合い
(特に神田と堀の間でそれが顕著だった)、
反省の態度を見せなかった。
また、神田が知人に対して手紙を出し
自身の意見を述べるブログを掲載した。
そのなかには遺族の感情を逆なでするような内容があった。
そのため、
被害者女性の遺族は死刑を求める運動を続けている。

2009年1月20日検察は被告人3名に死刑を求刑。
2009年3月18日午前10時開廷の判決公判では、
主文を後回しにするかたちで同日正午過ぎに
強盗殺人罪の主犯格の被告人神田と堀の2名に死刑、
強盗強姦未遂罪の主犯である川岸には
無期懲役の地裁判決が言い渡された。
なお、無期懲役が言い渡された理由として判決によれば
「死刑になりたくなかったから」
と捜査機関へ出頭したことを「自首」と認定、
罪一等軽減したというものであった。

無期懲役の地裁判決が言い渡された川岸は判決後に
「被害者は運が悪かっただけ。
今でも悪いことは、
ばれなきゃいいという気持ちは変わらない。
生かしてもらえてよかった。ありがたい」とコメント、
無反省どころか完全に開き直っていた。
なお、死刑判決が下った神田は即日控訴、
堀は判決から6日後に控訴した。
また、名古屋地方検察庁も川岸の無期懲役は
「量刑が軽く、不当」として3月27日に控訴した。
なお、即日控訴した神田はその後、
同年4月13日に控訴を取り下げたため、
死刑が確定している。

控訴審


川岸と堀については名古屋高等裁判所で公判が続行され、
2011年4月12日に、川岸に対し地裁の判決を支持、
堀に対し地裁の死刑判決を破棄して、
両名に無期懲役の判決が下った。
判決理由は、犯行の計画・実行での神田との重要度の差や、
川岸・堀両名の前歴から
更生の余地があるものと判断したことによる。

川岸については、検察側が上告を断念したため、
無期懲役が確定した。堀については、
検察側が最高裁判所に上告した。


上告審


最高裁判所は2012年7月11日付の決定で
堀に対し上告棄却の決定をし、
堀の無期懲役が確定した。

なお、堀は本事件で収監中の2012年8月3日、
1998年に愛知県碧南市で夫婦が
殺害され現金を奪われた強盗殺人事件の主犯として、
共犯E(本項目事件外)と共に再逮捕された。
さらに堀とEは2006年に名古屋市守山区で
老女が首を絞められて
現金を奪われた強盗殺人未遂事件にも関与したとして、
2013年1月16日に再逮捕されている。

2015年6月25日、死刑が確定していた神田司死刑囚(44)
=名古屋拘置所=の死刑が執行された。


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被害者の磯谷利恵さん(事件当時31歳)

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被害者の磯谷利恵さん

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被害者の磯谷利恵さん

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被害者の磯谷利恵さん

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被害者の磯谷利恵さんと母親の富美子さん

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葬儀の様子

葬儀


被害者の磯谷利恵さんの母親の磯谷富美子さん

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被害者の磯谷利恵さんの母親の磯谷富美子さん

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被害者の磯谷利恵さんの母親の磯谷富美子さん

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事件現場

事件現場1


事件現場

事件現場2


事件現場

事件現場3


事件現場

事件現場4


事件現場

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神田 司

神田1


神田 司

神田2


神田 司

神田3


神田 司

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堀 慶末

堀1


堀 慶末

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川岸健治

川岸1


川岸健治

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川岸健治

川岸3


川岸健治

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報道番組『NEWSZERO』(日本テレビ・2008年12月23日放映)の中で紹介された川岸健治直筆の手紙
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報道番組『NEWSZERO』(日本テレビ・2008年12月23日放映)の中で紹介された川岸健治直筆の手紙
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報道番組『NEWSZERO』(日本テレビ・2008年12月23日放映)の中で紹介された川岸健治直筆の手紙
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報道番組『NEWSZERO』(日本テレビ・2008年12月23日放映)の中で紹介された川岸健治直筆の手紙
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報道番組『NEWSZERO』(日本テレビ・2008年12月23日放映)の中で紹介された川岸健治直筆の手紙
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報道番組『NEWSZERO』(日本テレビ・2008年12月23日放映)の中で紹介された川岸健治直筆の手紙
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報道番組『NEWSZERO』(日本テレビ・2008年12月23日放映)の中で紹介された川岸健治直筆の手紙
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報道番組『NEWSZERO』(日本テレビ・2008年12月23日放映)の中で紹介された川岸健治直筆の手紙
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報道番組『NEWSZERO』(日本テレビ・2008年12月23日放映)の中で紹介された川岸健治直筆の手紙
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報道番組『NEWSZERO』(日本テレビ・2008年12月23日放映)の中で紹介された川岸健治直筆の手紙
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報道番組『NEWSZERO』(日本テレビ・2008年12月23日放映)の中で紹介された川岸健治直筆の手紙
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報道番組『NEWSZERO』(日本テレビ・2008年12月23日放映)の中で紹介された川岸健治直筆の手紙
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報道番組『NEWSZERO』(日本テレビ・2008年12月23日放映)の中で紹介された川岸健治直筆の手紙
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報道番組『NEWSZERO』(日本テレビ・2008年12月23日放映)の中で紹介された川岸健治直筆の手紙
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報道番組『NEWSZERO』(日本テレビ・2008年12月23日放映)の中で紹介された川岸健治直筆の手紙
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報道番組『NEWSZERO』(日本テレビ・2008年12月23日放映)の中で紹介された川岸健治直筆の手紙
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報道番組『NEWSZERO』(日本テレビ・2008年12月23日放映)の中で紹介された川岸健治直筆の手紙
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報道番組『NEWSZERO』(日本テレビ・2008年12月23日放映)の中で紹介された川岸健治直筆の手紙
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報道番組『NEWSZERO』(日本テレビ・2008年12月23日放映)の中で紹介された川岸健治直筆の手紙
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名古屋・闇サイト殺人事件(2ちゃんねる)


1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/09/07(水) 01:32:14.67 ID:???
闇サイトで犯行グループが結成され、OLの磯貝さんが彼らに拉致されて殺害された事件

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/09/07(水) 14:48:08.06 ID:afaPFHpE
殺人犯3人のうち、1人が死刑で2人が無期懲役。
無期懲役を受けた奴の1人は最初は死刑だったのがなぜか刑を軽くされてしまった。
これは被害者の母親にとってはたまったもんじゃないだろう。
裁判長の真意が知りたい。

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/09/07(水) 21:45:06.79 ID:A+GtOMdG>2
自首したから。
刑法で自首は罪の減軽の対象としてる。
しかし厳密には「強盗殺人罪」は任意。
つまり減軽する、しないは裁判官の意思に委ねられる

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/09/08(木) 00:03:45.35 ID:tk42lV9R>>3
それは川岸のことでしょう。
後に刑が軽くなったのは堀のことではないですか?

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/09/08(木) 00:41:28.00 ID:niCnFqQd>>4
おっしゃる通りです。
失礼しました。

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/07/13(金) 18:12:18.31 ID:???
堀被告の無期懲役確定へ 名古屋闇サイト事件
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120713/trl12071317500003-n1.htm
名古屋市千種区で平成19年、「闇サイト」で知り合った男3人が、会社員の
磯谷利恵さん=当時(31)=を拉致、殺害した事件で、強盗殺人罪などに問われ、
1審で死刑、2審で無期懲役とされた堀慶末被告(37)の上告審で、最高裁
2小法廷(千葉勝美裁判長)は、検察側の上告を棄却する決定をした。11日付。
無期懲役が確定する。
闇サイト事件では、すでに共犯の神田司死刑囚(41)の死刑と、
川岸健治受刑者(45)の無期懲役が確定しており、これで裁判は終結する。
被害者が1人の事件で死刑が選択されるかが焦点となった。
同小法廷は「動機に酌量の余地はなく、刑事責任は重大だ」と指摘。しかし、
2審名古屋高裁判決が、インターネットを悪用した犯罪であることについて
「過度に強調するのは相当ではない」などとして、
「死刑の選択がやむを得ないといえるほど悪質だとは断じがたい」
と結論づけたことに、同小法廷は「判断が誤りとはいえない」と支持した。
2審判決によると、堀被告は神田死刑囚らと共謀し、19年8月、磯谷さんを車で拉致し、
現金を奪い、金づちで頭部を殴るなどして殺害。岐阜県内の山林に遺体を遺棄した。

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/07/14(土) 12:03:52.38 ID:???
闇サイト殺人、被害者の母「結果報告できない」
「娘に何もしてあげられなかった」。
名古屋市千種区の契約社員磯谷利恵さん(当時31歳)が殺害された「闇サイト殺人事件」
から間もなく5年。強盗殺人罪などに問われた堀慶末被告(37)の無期懲役判決が確定
することに、最愛の一人娘を失った富美子さん(60)は大粒の涙を流し、声を振り絞った。

富美子さんは13日午後5時頃、代理人を務める弁護士からの電話で、最高裁が検察側の
上告を棄却したことを知り、全身の力が抜けた。仏壇の前に座り込んで利恵さんの遺影に
手を合わせ、「ごめんなさい」と謝るしかなかったという。
名古屋市の自宅で読売新聞の取材に応じた富美子さんは
「本当に悔しい。こんな結果を娘に報告できない」と、唇をかんだ。
厳刑を求める署名はさらに増え33万人分を超えたが、思いは届かず、
「被害者がないがしろにされている。量刑は、被害者の数で決めるべきではない」
と悔しさをにじませた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120714-00000302-yom-soci

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/07/14(土) 17:44:21.90 ID:???>>66
神田司は自分で控訴を取り下げたので一審の地裁判決が確定
なのに確定してから死ぬのが怖くなったのか再審請求をしてるヘタレ


98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/03(金) 17:24:28.37 ID:???
「闇サイト」受刑者が夫婦殺害関与の疑い 愛知県警逮捕
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2012080390144539.html

愛知県碧南市で1998年6月、パチンコ店責任者夫婦が殺害された事件で、
名古屋市の女性が拉致、殺害された「闇サイト殺人事件」で無期懲役刑が確定した
堀慶末受刑者(37)が関与していた疑いがあることが分かり、
愛知県警は堀受刑者と共犯の計3人を強盗殺人容疑で3日、逮捕する。
捜査関係者が明らかにした。
碧南の事件は、碧南市油渕町四、
パチンコ店責任者馬氷(まごおり)一男さん(45)=当時=と妻の里美さん(36)
=同=が1998年6月29日未明、小学生の息子を残して行方不明となった。
その後、馬氷さんの車が自宅から約4キロ離れた愛知県高浜市の路上に
放置されていたのが見つかり、トランクに夫婦の遺体があった。
死因はともに窒息死だった。事件直前、不審な男3人組が馬氷さん宅を訪れており、
県警は3人の行方を追っていた。 その後の捜査で、
堀受刑者らが関わっていた疑いが浮上した。

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/03(金) 17:51:49.07 ID:???朝日
http://www.asahi.com/national/update/0803/NGY201208030010.html
別の事件で服役中の無職佐藤浩(36)と鹿児島県枕崎市中央町、
建築作業員葉山輝雄(43)の両容疑者も共犯の疑いで逮捕した。
3人とも容疑を認めているという。
毎日
http://mainichi.jp/select/news/20120804k0000m040008000c.html
ほかに逮捕されたのは、
住所不詳、無職、佐藤浩(36)と
鹿児島県枕崎市、建築作業員、葉山輝雄(43)の各容疑者

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/03(金) 17:53:26.39 ID:???
闇サイト堀受刑者、別の殺人容疑で逮捕 14年前の事件
闇サイト殺人事件と夫婦殺害事件
名古屋市で2007年、磯谷(いそがい)利恵さん(当時31)が拉致、
殺害された「闇サイト殺人事件」で、強盗殺人などの罪で無期懲役とした
二審・名古屋高裁判決が確定した堀慶末(よしとも)容疑者(37)について、
愛知県警は3日、1998年に同県碧南市の夫婦を殺害したとして強盗殺人
の疑いで逮捕し、発表した。
別の事件で服役中の無職佐藤浩(36)と鹿児島県枕崎市中央町、建築作業員
葉山輝雄(43)の両容疑者も共犯の疑いで逮捕した。
3人とも容疑を認めているという。
愛知県警によると、3人は1998年6月28日午後4時半ごろ、
碧南市油渕町4丁目、パチンコ店店長の馬氷(まごおり)一男さん(当時45)
宅を訪れ、翌29日午前2時ごろまでの間に、馬氷さんと妻の里美さん(当時36)
を窒息させて殺害。
室内から現金6万円とブレスレット1本などを奪った疑いがある。
http://www.asahi.com/national/update/0803/NGY201208030010.html

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/03(金) 17:55:35.62 ID:???
闇サイト殺人:堀受刑者、別の夫婦殺害容疑で逮捕
名古屋市で07年、会社員磯谷利恵さん(当時31歳)が男3人に拉致され
殺害された「闇サイト殺人事件」で、強盗殺人などの罪で無期懲役が確定
た堀慶末受刑者(37)が、愛知県碧南市で98年にパチンコ店店長の
馬氷一男さん(当時45歳)と妻の里美さん(同36歳)夫婦が殺害された
事件に関与していた疑いが強まったとして、県警は3日、堀受刑者と別の男
2人の計3人を強盗殺人容疑で逮捕した。
ほかに逮捕されたのは、住所不詳、無職、佐藤浩(36)と鹿児島県枕崎市、
建築作業員、葉山輝雄(43)の各容疑者
容疑者は夫婦を殺害して金品を奪おうと共謀。98年6月28日午後4時半ごろ、
碧南市油渕町4の馬氷さん方を訪れ、同29日午前2時ごろまでの間に、
夫婦を何らかの方法で窒息により殺害した上、里美さん所有の現金6万円と
一男さんのブレスレット1本などを奪ったとしている。
馬氷さん夫婦は98年6月29日未明、碧南市の自宅から行方不明となり、
同年7月4日、同県高浜市の路上に放置されていた馬氷さんの車のトランク
から遺体で発見された。
http://mainichi.jp/select/news/20120804k0000m040008000c.html

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/04(土) 11:53:44.08 ID:???
闇サイト事件の遺族「娘が教えてくれた」
07年に名古屋市で女性が殺害された「闇サイト事件」の堀慶末受刑者
(37)が98年の強盗殺人事件で逮捕されたことを受け、
闇サイト事件の遺族が3日に会見し、心境を語った。
強盗殺人の疑いで逮捕されたのは、堀容疑者と群馬県の無職・佐藤浩容疑者(36)、
鹿児島県の建築作業員・葉山輝雄容疑者(43)。
警察の調べによると、3人は98年、愛知・碧南市で会社役員・馬氷一男さん(当時45)
と妻・里美さん(当時36)を殺害し、現金やブレスレットを奪った疑いが持たれている。

堀容疑者は09年、名古屋市千種区で磯谷利恵さん(当時31)が殺害された闇サイト事件で、
無期懲役が確定していた。
裁判で堀容疑者の死刑を求めた磯谷さんの母・富美子さん(60)は3日、会見で
娘が無期懲役の判決に納得しておらずに、『違うよ』と教えてくれたのではないかと」と語った。

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/07(火) 22:26:43.39 ID:???
「聴かれなかったから」=闇サイト逮捕後、自供せず−愛知夫婦強殺
愛知県碧南市で1998年、パチンコ店店長夫婦が殺害された事件で、
強盗殺人容疑で逮捕された堀慶末容疑者(37)が、2007年に
名古屋市で起きた「闇サイト殺人事件」での逮捕後、夫婦殺害を自供
しなかった理由について「(取り調べで)聴かれなかったから」と
供述していることが7日、捜査関係者への取材で分かった。
堀容疑者は闇サイト事件で共犯の男2人と共に強盗殺人などの罪に問われ、
無期懲役が確定している。
捜査関係者によると、県警が夫婦殺害事件の遺留物を再鑑定した結果、
現場の飲食の跡から検出された唾液のDNA型が堀容疑者のものと似て
いることが判明。捜査員が先月、本人に事情を聴いたところ容疑を認めたという。
しかし、闇サイト事件で逮捕された07年8月以降の取り調べや公判では、
反省の弁を述べる一方、夫婦殺害事件については一切供述していなかった。
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012080700046

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/07(火) 22:52:49.46 ID:???パチンコ店夫婦殺害の役割だが
堀・・・・強盗殺人発案。被害者選定。計画の大筋を立てて殺害を主導。夫を絞め殺す。
佐藤・・・・計画への関与程度は不明。堀が夫を殺している時に体を抑える。妻を絞め殺す。
葉山・・・・計画への関与程度は不明。堀が夫を殺している時に体を抑える。妻の殺害実行には関与せず。
という感じみたいだな。
堀は確実に死刑だろうが
佐藤は、死刑と無期、どちらにでも転びそう。
殺害計画でさほど意見を出さず、現場でも堀に指示されていたなら、無期になる可能性が大きいだろうな。
葉山は、無期どまりだろう。

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/08(水) 08:28:47.49 ID:???
★死刑囚の一日
07:00起床
07:20開房点検
07:30朝食
09:00(被執行者お迎え)
(自由時間)
11:30昼食
(自由時間)
16:20夕食
16:50開房点検
17:00自由時間
20:00仮就寝
21:00就寝減灯
(自由時間)

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/08(水) 09:49:54.32 ID:???
「堀容疑者が夫絞殺」と供述 強盗殺人で共犯容疑の男
http://www.47news.jp/CN/201208/CN2012080801001367.html

愛知県碧南市で1998年、会社役員馬氷一男さん=当時(45)=夫婦が
殺害された事件で、強盗殺人容疑で堀慶末容疑者(37)=闇サイト殺人事件
で無期懲役が確定=とともに逮捕された佐藤浩容疑者(36)が「堀容疑者が
馬氷さんの首を絞めて殺した」と供述していることが8日、捜査関係者への取材
で分かった。
これまでの調べでは、逮捕した3人のうち堀容疑者が犯行を主導したとみられ、
このうち堀容疑者を含む2人がロープで夫婦を絞殺したと説明している。
碧南署捜査本部は、それぞれの供述を突き合わせ、慎重に役割分担を調べる。

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/09(木) 16:36:24.10 ID:???
名古屋闇サイト
     地裁   高裁  最高裁    
神田司  死刑   控訴せず  
川岸健治 無期   無期
堀慶末  死刑   無期  無期確定

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/09(木) 18:09:21.30 ID:???
堀慶末は他にも人を殺しているのを隠しながら、
どういう心境でこれを書いていたんだろうか?

過ちと向き合い凛と生き 第1回      Y・堀 
過ちと向き合い凛と生き 第2回       Y・堀
過ちと向き合い凛と生き 第4回      Y・堀  
死刑存置八割について考える        Y・堀 
生きる意味                   Y・堀
死刑から一転無期刑へ           Y・堀 

ユニテ通信「希望」

ここ使えば堀にメッセージ送れるかもしれないし、
聞いてみたいな・・・・

138 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2012/08/10(金) 08:56:37.97 ID:44p2g39c
09年3月 神田と堀に死刑、川岸に無期懲役
同年4月 神田上告取り下げ死刑確定
(この間、政権交代、それに伴い死刑執行が滞る)
10年7月 千葉法相が死刑執行
同年8月 控訴審
11年4月 控訴審で堀と川岸に無期懲役
(判決言渡し直前に東日本大震災、福島原発事故が発生、
震災犠牲者多数で命の尊さと事件の風化等で無期懲役を言渡した?)
同年同月 堀最高裁上告、川岸は無期懲役確定
12年7月 堀の無期懲役確定


156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/20(月) 14:54:27.74 ID:i7t8P/nd

山口母子殺害の鬼畜殺人犯を守る21人の弁護士
http://ameblo.jp/bellet/entry-11167771175.html

【裁判】
光市母子惨殺元少年 「死刑は反対。僕1人の命で2人の命を償えない」
「等身大の僕を分かって」…東日本大震災で募金も
http://logsoku.com/thread/uni.2ch.net/newsplus/1329702659/

【光市母子殺害】
「2人の命を失わせたが、生きて償いたい」
大月死刑囚が再審請求へ★6
http://logsoku.com/thread/uni.2ch.net/newsplus/1338109162/

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/20(月) 14:59:08.05 ID:i7t8P/nd
※死刑囚アンケートより
渡辺清(娼婦4人殺害)「週に1度のDVDとテレビの視聴が楽しみ」
藤井政安(殺し屋連続殺人)「新法による総量規制は悪法である」
大道寺将司(連続企業爆破)「逆風の中死刑廃止に尽力されている方に感謝します」
益永利明(連続企業爆破)「現代の社会は寛容を失っている」
荒井政男(三崎事件)「死刑制度に反対します」
高田和三郎(友人3人殺人)「取調官の誘導により誤った調書が作成されてしまった」
佐々木哲也(両親殺人)「死刑判決は誤りです」
大城英明(内妻一家4人殺人)「死刑制度は社会を荒涼とさせる」
浜田武重(3連続保険金殺人)「現在北京オリンピックをテレビで見ています」
小林薫(奈良女児誘拐殺人)「検察調書を頭から信じ込んでしまっている裁判は茶番だ」
小林光弘(弘前武富士放火)「(拘置所生活で一番楽しいことは)面会が出来ること」
鎌田安利(指定122号事件)「国家は殺人を禁じているのに死刑の執行は明らかな犯罪」
岡崎茂男(指定118号事件)「(拘置所でつらいことは)歯痛と食事が悪いこと」
迫康裕(指定118号事件)「じん肺、坐骨神経痛でしばらく運動に出ていないのは悲しい」
小田島鉄男(マブチモーター)「自分と同じく父のいない子をフィリピンに残していく
ことを案じています」
上田宣範(大阪愛犬家殺人)「松本健次氏は知能が低いので死刑執行はやめて欲しい」
松本健次(京都滋賀連続殺人)「福島瑞穂ちゃんへ。文通する相手を紹介して欲しい。
電波をやめて欲しい」
間中博巳(同級生連続殺人)「生きることはとても辛いが生かしてもらって有難い」
松本美佐雄(妙義山連続殺人)「一審、二審の弁護士のおかげで死刑判決に」
中村喜代司(安中親子3人殺害)「東拘第一区長Fの虐待行為を告発したい。
死刑は人命を無視」
神宮政晴(広域115号事件)「私の娘は20歳で自殺してしまった」
関光彦(市川一家殺害)「うな丼が喰いたい・・」
澤地和夫(山中湖連続殺人)「死刑囚の待遇改善を求める。甘やかさなくていいが、
読む・書くなどはしっかりやらせて欲しい」
朴日光(名古屋福岡連続殺人)「人はみな罪深い存在。
罪あるものは人を罰することはできない」
佐藤哲也(ドラム缶女性焼殺)「被害者のことを考え、再審請求を取り下げた。
新法になり確定死刑囚は投稿ができなくなったのはつらい」
西本正二郎(長野愛知連続4人殺害)「刑が確定してから請願作業を始めた。
今まで働いたことはなく、盗みばかりしていたが死の時まで働き続けて
少しでも被害者のために償いたい」
宮前一明(坂本弁護士一家殺害)「ほとんどの人は死刑囚の実態を知らない。
感情的に切り捨てるのではなく、なぜその事件が起きたのか、背景を探ることも必要。
一日も早く成熟した社会が訪れることを求めたい」
向井義巳(静岡愛知2女性殺害)「拘置所から、逆らう者から先に執行されると言われた。
事実を調べて欲しい」
石田富蔵(2女性殺害)「特別許可をもらい仏壇を設置しました」
宇治川正(伊勢崎2女子中学生殺人)「刑の執行を発表されることは
遺族に迷惑がかかる」
金川一(熊本主婦殺人)「私は殺していない。絶対に無実を勝ち取る」
山野清ニ郎(不動産会社連続殺人)「警察の誤った取り調べで
死刑判決が出された」
横田謙二(川口バラバラ殺人)「一日中ずっと座っているのがつらい」
長勝久(栃木妻と知人殺し)「殺人については無実なので死刑は廃止すべき」
長谷川静央(宇都宮実弟殺し)「投稿許可が下りなくなってしまった」
岡本啓三(コスモリサーチ)「反省した人を神仏は許すのに人はなぜ許さないのだろうか。
死刑囚は一瞬一瞬を大切に生きている」
陳徳通(川崎中国人6人殺傷)「規則が分からずよく懲罰を受ける。
日本語が理解できずイライラがたまって大声を出してしまうことがあるが
その度に保護房に入れられ、懲罰を受ける」
篠沢一男 (宇都宮宝石店強盗放火殺人) 「死刑になるのか、
きもちの整理がつきません。死刑とは残酷なものです」
山地悠紀夫 (大阪姉妹刺殺)  「死刑でいいです」

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/20(月) 15:08:15.97 ID:i7t8P/nd

服部純也 享年40
三島女子短大生焼殺事件
02. 1.22

強盗致傷で仮釈放中の服部は、女子大生をナンパしようとして断られるも
車に引きずり込んで強姦。
そのまま半日ほど監禁、連れ回す。たっぷり陵辱。
しかし性欲が収まると今度は覚醒剤が打ちたくなり、
急に女子大生が邪魔になる。
犯行の発覚を恐れて殺害を決意。
市道で女子大生を粘着テープで縛り上げ、
灯油をかけてライターで火をつけて焼殺。

服部は裁判で明確な殺意を否定。一審は無期懲役判決。
有期刑を求める服部はこれを不服とし、控訴。
しかし二審でまさかの死刑判決。上告は最高裁で棄却され、死刑確定。

●確定後、収監中の服部のことば

「何を言っても言い訳になってしまいますが、人の命を奪うという
人として一番してはいけないことをしてしまったからこそ
命の尊さや大切さが知ることが出来たし、
被害者や遺族の苦しみや悲しみや怒りも知ることが出来たのです。
何を今更と思うかもしれないですが、
この思いは誰よりも強く感じています。
出来ることならもう一度最後のチャンスが欲しいです。
誰よりも誰よりも命の大切さを知っているのが死刑囚なのです。
わかってください。

(質問:新法の施行についてどう思うか?)

外部交通も制限されているし、もっと幅広く考えて欲しい。
何のための誰のための新法ですか?今のままだと役人の
都合のいい新法でしかなく、
私たちのことを考えた新法とは言えないです」


159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/08/20(月) 16:26:06.04
ID:???
神田司
「室温40℃の中、汗が止まらず体力も限界。
このままいけば国に殺されます。たすけて下さい!!
税金で人殺しをまだするのか?民に訴えたい」

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/07(金) 04:46:34.21 ID:???
『目には目を』
被害者と同じ苦しみ、もしくはそれ以上の苦しみを体でもって受けさせてから、
通常通り“絞首刑執行”の流れとすればよい
被害者、ならびに被害者遺族の悲しみ憎しみはいつまで経っても
計り知れないものなのだから

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/07(金) 16:18:37.90 ID:???
謹啓 福島みずほ先生
私が、お願いしたい事は、法の適正化と統一化です。
今の現状は各拘置所の長が我々の生活処遇を勝手にきめていますが、
法の内容があいまいすぎていて、
身勝手に限度なく厳格化して行くばかりです。(ナゴヤでは)
そればかりか職員の公務態度も、この2年間ひどく様変わりしてしまい、
処遇部長はまるでここの“ボス”気どりで全くしまつにおえません。
どうか国会で法相にナゴヤはどうなってるのか問い質して下さい。
ナゴヤの法務局刑事部は、くさってます! たすけて下さい!!
室温約40℃の中、汗が止まらず、自慰もできず体力も限界です……
精神的にも一杯一杯で、他にも訴えたいこと山積ですが、
用紙のみしか私用を認められず、とても書ききれず残念です。
このまま行けば、国に殺されます。悔悟の念むなしく……
もっと多くの民に、国が犢駝鵜瓩鮖Δ靴討い襪海箸函
そのことを認めていることに自問して欲しいです。
「税金で人殺し」をまだするのか? 民に訴えたいです。
私は、人殺しですが鬼ではなく人間です。それだけは忘れないで下さい。

名古屋拘置所 神田司

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/01/16(水) 15:56:08.22 ID:fXicJx6b
闇サイト殺人犯が守山区の事件も
7年前、名古屋市守山区の住宅で当時69歳の女性が2人組の男に襲われ、
金庫が奪われた事件で、愛知県警は、別の強盗殺人事件で逮捕・起訴されている
堀被告ら2人を逮捕しました。
この事件は、2006年7月、守山区脇田町の住宅にリフォーム会社を名乗った
2人組の男が訪れ、玄関のドアを明けた当時69歳の女性が2人にいきなり首を
絞められて軽いケガをした上、室内にあった金庫が奪われたものです。
警察は強盗殺人未遂事件として2人の行方を追っていましたが、
1998年に起きた碧南市夫婦強盗殺人事件で去年8月に逮捕・起訴した
堀慶末被告(37)ら2人が事件に関与していたことがわかり、愛知県警は、
16日、2人を強盗殺人未遂などの疑いで逮捕するとともに特別捜査本部を設置しました。
堀被告は、2007年に起きた闇サイト女性殺人事件の裁判で
無期懲役の判決を受けています。(16日11:58)

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/01/16(水) 16:09:13.07 ID:fXicJx6b
7年前の強盗殺人未遂容疑で、男2人逮捕
15年前、愛知県碧南市の住宅に押し入り夫婦を殺害するなどして去年8月に逮捕され、
6年前に名古屋市千種区で会社員の女性が殺害された闇サイト事件の裁判で無期懲役の判決が
確定している男らが同市守山区の住宅でも強盗殺人未遂事件を起こしていたとして
16日、逮捕された。
強盗殺人未遂などの疑いで逮捕されたのは堀慶末容疑者(37)と佐藤浩容疑者(36)。
警察の調べによると、堀容疑者らは7年前の7月、守山区脇田町の住宅に押し入り、
この家に住む女性(当時69)の首をひものようなもので絞めたうえ現金約13万円と
金庫や貴金属などを奪って逃走した疑いがもたれている。
調べに対し、佐藤容疑者は容疑をおおむね認めており、「金目的でやった」などと供述しているという。
堀容疑者と佐藤容疑者は15年前、碧南市の住宅に押し入り夫婦を殺害し金品を奪ったとして、
去年8月に逮捕されていた。
堀容疑者は6年前、名古屋市千種区で会社員・磯谷利恵さん(当時31)が殺害された
闇サイト事件の裁判で、無期懲役の判決が確定していた。
警察は2人に対して、今回の事件の経緯などを厳しく追及する方針

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/01/16(水) 16:36:32.31 ID:fXicJx6b
闇サイトの堀容疑者再逮捕 名古屋・守山の強殺未遂
愛知県碧南市で1998年6月、パチンコ店責任者夫妻が殺害された強盗殺人事件で
昨年8月に逮捕、起訴された本籍岐阜県、無職堀慶末(よしとも)被告(37)と本籍群馬県、
無職佐藤浩被告(36)が、2006年7月に名古屋市守山区の民家で金庫などを奪い、
女性を殺害しようとした疑いが強まったとして、愛知県警は16日、
強盗殺人未遂と住居侵入の疑いで2人を逮捕した。
県警は同日、守山署に特別捜査本部を設置した。
堀容疑者は07年8月に名古屋市千種区で女性が拉致、殺害された「闇サイト殺人事件」で、
無期懲役刑が確定している。
堀容疑者らは、秋田さん宅を実際にリフォームした建築会社の名前をかたって訪問していた。
特捜本部によると、堀容疑者は「弁護士と話してからしゃべる」と認否を保留しており、
佐藤容疑者は「ほぼ間違いありません。金目的だった」と大筋で認めている。
佐藤容疑者の供述から2人の犯行の疑いが強まり、
貴金属の一部が質店に売られていたことも判明。特捜本部が押収し、裏付け捜査をした。
事件当時、堀容疑者は守山区、佐藤容疑者は隣接する名古屋市名東区にそれぞれ居住。
2人は仕事仲間だったが、秋田さんとは面識がなかったとみられる。

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/02/08(金) 13:14:29.61 ID:???
実体験!大阪拘置所から帰ってまいりました!
http://king888.blog116.fc2.com/blog-entry-27.html
大阪拘置所(通称ダイコウ)での8年6月間の拘禁生活実体験!
‥‥‥ 未決囚で4年・受刑者として4年6ヶ月間のダイコウ!裏と表の実体験!

死刑囚の生活は‘活字や映像‘で知る様な、毎朝、看守の足音を気にしながら、
捨てられた子犬のようにビクビクし看守の様子を伺う様な生活はしていない。
大抵の者が再審請求していたり上告しているので、
その間は執行の心配はなく、朝は暖かいカップコーヒーを飲んでいる。
数十年経ってからの執行なんて絶対に必要ない!
僕は死刑囚に触合い、会話し強くそう感じた!!

全ての死刑囚がそうでは無いと最後に記しておきます。

303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/07/02(火) NY:AN:NY.AN ID:???
愛知夫婦殺害 DNA枝豆から検出(東京新聞2012年8月7日)

愛知県碧南市で一九九八年六月、パチンコ店責任者馬氷一男さん=当時(45)、
里美さん=同(36)=夫妻が殺された強盗殺人事件で、堀慶末容疑者(37)ら
三人の逮捕の決め手となったDNAは、現場に残っていた枝豆の皮に付着していた
唾液から検出されたことが、捜査関係者への取材で分かった。
三容疑者は六月二十八日、馬氷さん宅を訪れ、里美さんから枝豆などのつまみや酒
を提供された。県警は犯人が食べた跡とみられる枝豆の皮などを保存。昨年夏、
皮に付着した唾液を再鑑定し、二〇〇七年の「闇サイト殺人事件」で無期懲役刑が
確定している堀容疑者のDNAと酷似していることが分かった。
その後の捜査で、現場で採取した別の唾液のDNAが、佐藤浩容疑者(36)のもの
と酷似していることも判明。葉山輝雄容疑者(43)は馬氷さんの子ども二人の
見張り役だったとみられ、現場に唾液が残っていなかったが、佐藤容疑者の供述から
関与が浮上したという。

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/07/15(月) NY:AN:NY.AN ID:???
名古屋拘置所の神田司さんに、支援の差し入れをお願い致します。
神田司さんはたった一人しか殺していないのに死刑確定後、
弁護人やご家族以外とは、面会も手紙のやりとりも一切許されない状態が
続いています。
しかし、現金や切手は、弁護人や親族以外でも神田さんに届けることは可能です。
たった三畳程度の監視カメラ付き独房に閉じこめられ、
いつも絶望的に孤独な状態で過ごしている神田さんにとって、
ささやかな差し入れでも、外部の人の応援は大きな励みになります。
よろしくお願い致します。

【神田司さんの住所】
〒461-8586 愛知県名古屋市東区白壁1−1

438 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/01/24(土) 23:45:51.56 ID:???
▼死刑容認8割=「廃止」は1割満たず―内閣府調査
内閣府は24日、死刑制度の是非など「基本的法制度に関する世論調査」
の結果を発表した。
死刑制度について「やむを得ない」と答えた人は、80.3%で、
「廃止すべきだ」の9.7% を大きく上回った。
被害者感情への配慮や、凶悪犯罪に厳罰を求める意見が強く、
多くが死刑制度を容認していることが分かった。
2009年の前回(85.6%)、04年の前々回(81.4%)の調査でも、
死刑容認派が8割を超えており、傾向は変わっていない。
これまで「場合によっては死刑もやむを得ない」としていた回答の選択肢を、
今回から「死刑もやむを得ない」に変更した。
死刑制度を容認する理由(複数回答)は
「廃止すれば、被害者やその家族の気持ちがおさまらない」(53.4%)、
「凶悪犯罪は命をもって償うべきだ」(52.9%)が上位を占めた。
死刑廃止を求める理由(同)については、トップが
「裁判に誤りがあったとき、取り返しがつかない」(46.6%)で、
次いで「生かして罪の償いをさせた方がよい」(41.6%)の順だった。
今回、新たに「仮釈放のない終身刑が導入されるならば、
死刑を廃止する方がよいと思うか」との質問
を設けたが、「廃止しない方がよい」が51.5%、
「廃止する方がよい」は37.7%で、
死刑存続を求める声が多かった。
調査は昨年11月13〜23日、全国の成人男女3000人に個別面接方式で実施。
有効回収率は60.9%だった。 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150124-00000069-jij-pol

死刑制度について
「やむを得ない」と答えた人は、80.3%、
「廃止すべきだ」の9.7%

死刑制度を容認する理由
「廃止すれば、被害者やその家族の気持ちがおさまらない」(53.4%)、
「凶悪犯罪は命をもって償うべきだ」(52.9%)

死刑廃止を求める理由(同)については、
「裁判に誤りがあったとき、取り返しがつかない」(46.6%)、
「生かして罪の償いをさせた方がよい」(41.6%)

仮釈放のない終身刑が導入されるならば、
死刑を廃止する方がよいと思うかとの質問
「廃止しない方がよい」が51.5%、
「廃止する方がよい」は37.7%


463 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/06/25(木) 11:21:50.16 ID:???
神田司の死刑執行!!!!!!!!!!

★死刑囚1人の死刑執行 第2次安倍内閣以降7回目
6月25日 10時23分

法務省によりますと、25日午前、死刑囚1人の死刑が執行されました。
第2次安倍内閣以降で死刑が執行されたのは、去年8月以来、7回目で、
合わせて12人になりました。

464 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/06/25(木) 13:37:46.86 ID:???
上部康明  12.03.29執行 犯行後12年06月 確定後03年08月 小川敏夫 下関通り魔事件
松田康敏  12.03.29執行 犯行後10年03月 確定後05年01月 小川敏夫 宮崎連続強盗殺人事件
古沢友幸  12.03.29執行 犯行後09年07月 確定後04年04月 小川敏夫 横浜元妻家族3人殺人事件
服部純也  12.08.03執行 犯行後10年06月 確定後04年05月 滝実 三島女子短大生焼殺事件
松村恭造  12.08.03執行 犯行後05年06月 確定後04年03月 滝実 京都神奈川親族連続強殺事件
江藤幸子  12.09.27執行 犯行後17年03月 確定後04年00月 滝実 須賀川祈祷師殺人事件
松田幸則  12.09.27執行 犯行後08年11月 確定後03年05月 滝実 宮崎連続強殺事件
金川真大  13.02.21執行 犯行後04年10月 確定後03年01月 谷垣禎一 土浦連続殺傷事件
加納恵喜  13.02.21執行 犯行後10年11月 確定後05年10月 谷垣禎一 名古屋市スナックママ強殺事件(旧姓武藤)
小林 薫  13.02.21執行 犯行後08年03月 確定後06年04月 谷垣禎一 奈良市女児誘拐殺人事件
浜崎勝次  13.04.26執行 犯行後08年00月 確定後01年04月 谷垣禎一 市原市ファミレス内組員2人射殺事件
宮城吉英  13.04.26執行 犯行後08年00月 確定後03月10月 谷垣禎一 市原市ファミレス内組員2人射殺事件
熊谷徳久  13.09.12執行 犯行後09年03月 確定後02年06月 谷垣禎一 横浜中華街店主銃殺事件
加賀山領治13.12.12執行 犯行後04年10月 確定後01年04月 谷垣禎一 中国人留学生強殺事件/DDハウス事件
藤島光雄  13.12.12執行 犯行後27年09月 確定後18年06月 谷垣禎一 山梨新潟2連続殺人事件
川崎政則  14.06.26執行 犯行後06年07月 確定後01年11月 谷垣禎一 香川県坂出市3人殺人事件
小林光弘  14.08.29執行 犯行後13年03月 確定後07年05月 谷垣禎一 武富士弘前支店強殺放火事件
高見沢勤  14.08.29執行 犯行後11年12月 確定後01年10月 谷垣禎一 群馬県安中市組員3人射殺事件
神田司   15.06.25執行  犯行後07年10月 確定後03年03月 上川陽子 名古屋闇サイト殺人事件 ←New

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(補遺)“闇サイト”無期の男 別の強殺で死刑判決


2007年、愛知県名古屋市で起きた“闇サイト事件”で無期懲役の判決が確定した男が
別の強盗殺人事件に関わったとされる裁判で、15日、男に死刑判決が言い渡された。

裁判は午後3時半ごろに閉廷した。
裁判所は一連の犯行を堀慶末被告(40)が主導したとして死刑判決を言い渡した。

起訴状などによると、堀被告は17年前の6月、他の男2人と共謀し、碧南市内の住宅で
馬氷一男さんと妻・里美さんを殺害し、現金約6万円とブレスレットなどを奪ったなどとして、
強盗殺人などの罪に問われている。

これまでの裁判で検察側は、「身勝手極まりない犯行」などとして死刑を求刑。
一方の弁護側は無期懲役が相当と主張していた。

15日の判決公判で名古屋地裁は、「生命軽視の度合いが甚だしい」などとして
検察側の求刑どおり死刑を言い渡した。

堀被告は名古屋市で起きた「千種闇サイト事件」の1審で死刑判決を言い渡されたが、
2審で、「矯正の可能性もある」として無期懲役の判決を受け、刑が確定。
その後、今回の事件で逮捕されていた。

闇サイト事件で、娘を殺害された磯谷富美子さんは、「その言葉を直接、裁判長の口から聞いて、
やっぱりほっとしました」「じっくり自分の罪と向きあって、
控訴することなく結審させてほしい」とコメントしている。

死刑が言い渡されたとき、堀被告はまっすぐ前を向き、裁判長に向かって最後に一礼した。
弁護側は判決を不服として控訴する方針。(日本テレビ他)


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被害者のご冥福を心よりお祈り申し上げます。












神戸連続児童殺傷事件(1997年)


神戸連続児童殺傷事件(WIKIPEDIA他)

1997年(平成9年)

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「少年A」が育った家
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「少年A」の逮捕を報じるニュース(1997年6月29日・日曜日)
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ケーブルテレビの施設(アンテナ基地)(神戸市須磨区友が丘九丁目22番地)
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「タンク山」(俗称)
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最終的な頭部遺棄現場:神戸市立友が丘中学校 正門(神戸市須磨区友が丘七丁目283番地1)
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「第二の事件」(1997年(平成9年)3月16日)の発生現場(神戸市須磨区竜が台)
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「第二の事件」(1997年(平成9年)3月16日)の発生現場(神戸市須磨区竜が台)・被害者の山下彩花さん(当時10歳)
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神戸家庭裁判所から関東医療少年院に移送される「少年A」(1997年(平成9年)10月13日)
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神戸連続児童殺傷事件(こうべれんぞくじどうさっしょうじけん)とは、
1997年(平成9年)に兵庫県神戸市須磨区で発生した当時14歳の中学生
(以下「少年」と表記)による連続殺傷事件。
別名『酒鬼薔薇事件』『酒鬼薔薇聖斗事件』とも呼ばれる。
この事件で、2名が死亡し、3名が重軽傷を負った。


概要


数ヶ月にわたり、複数の小学生が殺傷された事件である。
通り魔的犯行や遺体の損壊が伴った点、特に被害者の頭部が「声明文」とともに
中学校の正門前に置かれた点、地元新聞社に「挑戦状」が郵送された点など、
強い暴力性が伴なう特異な事件であった。
また、犯人がいわゆる「普通の中学生」であった点も社会に衝撃を与えた。

兵庫県警察は聞き込み捜査の結果、
少年が動物虐待行為をたびたびおこなっていたという情報や、
被害者男児と顔見知りである点などから、比較的早期から彼に対する嫌疑を深めていたが、
対象が中学生であるため、極めて慎重に捜査は進められた。


事件の発覚


1997年5月27日早朝、神戸市須磨区の中学校正門に、切断された男児の頭部が
放置されているのを通行人が発見し、警察に通報。
5月24日から行方不明となっていた近隣マンションに住む11歳の男児のものとわかった。
耳まで切り裂かれた被害者の口には、「酒鬼薔薇聖斗(さかきばらせいと)」名の
犯行声明文が挟まれており、その残虐さと特異さからマスメディアを通じて
全国に報道された。6月4日に犯人から第二の犯行声明文が神戸新聞社に郵送され、
報道はさらに過熱。
警察の捜査により、6月28日に犯人逮捕。
マスコミが報じていた推定犯人像(がっちり体型の30〜40代)と異なり、
犯人が14歳の中学生であったこと、連続殺傷事件であったことが判明した。


《事件の経緯》



第一の事件


1997年(平成9年)2月10日午後4時ごろ、神戸市須磨区の路上で小学生の女児2人が
ゴムのショックレス・ハンマーで殴られ、1人が重傷を負った。

犯人がブレザー着用、学生鞄を所持していたと聞いた女児の父親は、
近隣の中学校に対し犯人がわかるかもしれないので生徒の写真をみせてほしいと要望する。
しかし、学校側は警察を通して欲しいとして拒否したため、
父親は兵庫県警察に被害届を出して生徒写真の閲覧を再度要求したものの、
結局、開示されることはなかった。

この事実により、犯人逮捕後、学校側に対し、
「この時点で何らかの対応をしていれば第二・第三の事件は防げたのではないか」、
「結果的に犯人をかばっていたことになる」との批判が起こった。

なお、この事件に関しては被害者の家族の要望もあり、非公開とされていた。


第二の事件


3月16日午後0時25分、神戸市須磨区竜が台の公園で、
付近にいた小学4年生の女児に手を洗える場所はないかとたずね、
学校に案内させた後、「お礼を言いたいのでこっちを向いて下さい」
(少年の日記より)といい、振り返った女児を八角げんのう(金槌の一種)で殴りつけ
逃走した。女児は病院に運ばれたが、3月23日に脳挫傷で死亡した。

さらに、午後0時35分ごろ、別の小学生3年生の女児の腹部を
刃渡り13センチの小刀で刺して2週間の怪我を負わせた。
ナイフの刃先は胃を貫通して、背中の静脈の一歩手前で止まっていた。
仮に静脈まで達していたら、救命は不可能だったという。
また、手術の時に、1.8リットルの輸血を要した。


第三の事件


5月24日午後、通称「タンク山」と呼ばれている近所の高台に付近に住む小学5年生の
男児を誘い出し、殺害。

少年は人を殺したいという欲望から、殺すのに適当な人間を探すために、
昼過ぎにママチャリに乗って家を出た。
町内を約10分くらいブラブラしながら自転車を走らせ、その後、多井畑小学校の北側を
東西に走っている道路の北側の歩道を、東から西に自転車を走らせていたところ、
多井畑小学校の北側の歩道上に少年とは反対に、西から東に、
1人で歩いてくる男児を偶然見つけた。

男児は同地区に住む放射線科医師の次男で、当時11歳であった。
男児は祖父の家に行くといって午後1時40分ごろ、自宅を出ていた。
少年が男児を知った時期ははっきりとは覚えてはいないものの、
多井畑小学校の5年生ころで同じ小学校のなかに、
身体障害者のための「なかよし学級」があり、そのなかに男児がいることを知った。
その後、男児が少年の家に遊びに来るようになった。
これは少年が直接知り合ったわけではなく、
少年の一番下の弟が同級であったからである。
その際に少年の家で飼っていたカメに男児が興味を示したことから
カメが好きなことを知る。

咄嗟に「○君なら、僕より小さいので殺せる」と思い、男児の方へ近づいた。
少年は男児に対し「向うの山にカメがいたよ。一緒に見に行こう」とタンク山に誘い出し、
その場で絞殺して遺体を隠した。

殺害は絞殺であったが、当初は腕で締めていたものの、
なかなか死なないため腕が疲れ、さまざまな体位で試み、ナイフで殺そうと考えるが、
ナイフを忘れたことに気付く。そこで埋まっていた石があったため、
撲殺を思いつき石を持とうとするが土中深く埋まっていたため、動かなかった。
このため、今度は自らの運動靴の紐で絞殺をしようと考え、
左足の運動靴の紐を少しずつ解いていき、それを輪にして首にかけ
うつ伏せになった男児の腰付近に馬乗りになり、力一杯両手で持ち上げる。
殺そうとするが死なない男児に対し、少年は腹を立て、
男児の顔や頭を踵で蹴ったり顔を殴ったりしている。
最後は、仰向けになった男児の腹部に馬乗りになり靴紐を力一杯引く。
この時、少年の手には首の肉にギュッと食い込む手応えがあり、
しばらく締め続けたところで呼吸音が止まった。
さらに、死んだかどうか分からなかったため、
靴紐の端を施設のフェンスか桟に結びつけ、さらに締め続けた。
ようやく死んだと思い、その後、男児の左胸に右耳を当て心音を確認し、
心音が聞こえなかったので、完全に死んだと確認した。

男児をそのままにして少年は登ってきた道順と同じ道順でタンク山を降り、
ママチャリに乗り、5分ほど走らせて、コープリビングセンター北須磨店へ向かった。
そこで、糸ノコギリと南京錠を万引きした。そして、山へ引き返し、
アンテナ施設を取り囲んでいるフェンスの入り口に掛けられている古い南京錠の
Uの字部分を金鋸で切り、死体を施設の中に運び入れた。
金鋸をフェンスに沿った溝側にたまっている落ち葉の下に隠し、
入り口に新しい南京錠を掛け替えて山を下りた。

友人と4時にビデオショップ「ビブロス」の前で待ち合わせしていたため急いで向かい、
4時30分ごろに着いた。その後家に帰ると、
少年の母が「○君がおらんようになったみたいよ」と言うと、
少年は「ふうーん」と返事をした。

午後8時50分に被害男児の家族より須磨警察署に捜索願が提出された。

5月25日

少年は10時から12時にかけて起床し、自分でパンを焼いて食べ、午後1時から3時の間に、
男児の首を切るために自宅を出た。少年は男児の頭部を入れるため、
黒色のビニール袋2枚を準備する。
ケーブルアンテナ施設の枯葉に隠していた金鋸を運び出すために、
学校で使用している補助カバンも持って出る。
さらに、「龍馬のナイフ」と呼んでいる鞘付きのくり小刀を一本、
ジーパンのポケットか腹に差して持って出た。

検事調書では、「ママチャリに乗って、直接「タンク山」へと向かいました」と言っているが、
少年の父親によれば正午前後にコープ北須磨の自転車置き場で出会っており、
ビブロスの方向に走って行ったという。
タンク山はビブロスと反対方向にあるが、ビブロス方向に走って行ったことに関して、
父親は「よく思い出せません」とも話している。

黒いビニール袋の上に置いた男児の遺体を、糸ノコギリの両端を持ち、
一気に左右に2回切ると、ノコの歯が細かったためか、スムーズに切れ、切り口が見えた。
人間の肉が切れることを確認した少年は左手で男児の額のあたりを押さえながら、
右手で首を切っていく。この時、少年は「現実に人間首を切っているんだなあと思うと、
エキサイティングな気持ちになった」と供述している。
首を切っていく内に、段々と頭の安定が悪くなったため、男児の首の皮が1枚になった時に
左手で髪をつかんで上に引っ張り上げ、首の皮を伸ばして一気に首の皮を切った。
その後、しばらく地面に置き、正面から鑑賞しながら、
「この不可思議な映像は僕が作ったのだ」という満足感に浸った。
首を切断して射精した。

ところが、しばらくすると、男児の目は開いたままで、眠そうにみえ、
どこか遠くを眺めているように少年には見えた。さらに、男児は少年の声を借りて、
少年に対して、「よくも殺しやがって 苦しかったじゃないか」という文句をいった、
と供述している。それで、少年は男児に対し、
「君があの時間にあそこにいたから悪いんじゃないか」といい返した。
すると、男児の首はさらに文句をいった。
少年は、これは死体にまだ魂が残っているためだと考え、魂を取り出すため、
また、眠たそうな男児の目が気に入らなかったため、
「龍馬のナイフ」で男児の両目を突き刺し、さらに、2、3回ずつ両方の瞼を切り裂き、
口の方からそれぞれ両耳に向け、切り裂いた。その後は文句を言わなくなったという。
さらに、「殺人をしている時の興奮をあとで思い出すための記念品」として持ち帰ろうと考え、
舌を切り取ろうとしたが、死後硬直でかなわなかった。
さらに、ビニール袋に溜まった男児の血を飲むが、
金属をなめているような味がしたと述べている。
少年は血を飲んだ理由として、「僕の血は汚れているので、純粋な子供の血を飲めば、
その汚れた血が清められると思ったからです。
幼い子供の命を奪って、気持ち良いと感じている自分自身に対する
自己嫌悪感の現れなのです」と供述している。

少年は、人目につかない場所でもう一度じっくりと鑑賞しようと思い、タンク山を下りて、
北須磨高校への獣道をたどり入角ノ池へ向かう。
入角ノ池の水辺の木の根元でビニール袋をひらいて頭部を眺めた。
思ったより感動はなかったため、2、3分ほど眺めたあと、再びビニール袋にもどし、
木の根元に隠した。
首の切断に使った金鋸は、友が丘西公園のとなりにある向畑ノ池に投げ捨てた。

5月26日

男児の行方不明事件として午前11時40分に須磨警察署が公開捜査を開始。
警察、PTA、消防団合わせて150名が捜索にあたった。

少年は昼過ぎに「首をじっくり鑑賞したい」と池へ向かったが、興味を失ったため、
男児の頭部を家に持ち帰る。そして、土や木の葉で汚れた頭部を、
風呂場で15分ほどかけて洗って、自分の部屋の天井裏に隠した。
少年は首を洗った理由を
「理由は二つ。一つは、殺害場所を特定されないように、頭部に付着している土とか
葉っぱ等を洗い流すためでした。あと一つの理由は、警察の目を誤魔化すための
道具になってもらう訳ですから、血で汚れていたので
『せいぜい警察の目から僕を遠ざけてくれ。君の初舞台だよ』という意味で、
顔を綺麗にしてやろうと思ったのです」と供述している。
少年は首を洗った時も興奮して勃起し、髪の毛にクシを入れながら射精した。

事件の舞台のひとつの中学校。
少年は「警察は自分の学校に首を置くはずはないと思い、
捜査の対象から逸れると考えた」と、友が丘中学校の正門前に男児の首を
置くことを決めた。
また、ただ首を置くだけでは捜査が攪乱できるかどうかわからないと考え、
「偽りの犯人像」を表現する手紙を咥えさせようと考えた。
漫画「瑪羅門の家族」第3巻の目次から引用したり、別の本で覚えていた言葉を
組み合わせて、手紙を書き上げた。

さあゲームの始まりです
愚鈍な警察諸君
ボクを止めてみたまえ
ボクは殺しが愉快でたまらない
人の死が見たくて見たくてしょうがない
汚い野菜共には死の制裁を
積年の大怨に流血の裁きを
SHOOLL KILL
学校殺死の酒鬼薔薇


5月27日

5月27日未明、頭部が入ったカバンを自転車の前カゴに入れて、
中学校の校門前に遺棄した。正門前に頭部を置いて、手紙を口に咥えさせ、
その光景を5、6分見ていた。少年は初め、正門右側塀の上に首を置こうとしたが、
据わりが悪く、地面に落ちたため「正門の前だと一番目につくところだし、
地面なら据わりもいいだとろうと思い、
正門の鉄扉の中央付近に顔を道路側に向けて置きました。
手紙を取り出し"酒鬼薔薇聖斗"の文字が見えるように縦に『酒』いう文字の方を
口にくわえさせたのです」と供述しており、
その時の光景を「学校の正門前に首が生えているというような
『ちょっと不思議な映像だな』と思って見ていたのです」と供述している。
また、この時少年は「性的興奮は最高潮に達し、性器に何の刺激も与えてないのに、
何回もイッてました」という。少年はのちにその時の光景を「作品」と呼んでいる。

警察は記者会見で「酒鬼薔薇聖斗」を「さけ、おに、ばら…」と文字ごとに分割して読み、
何を意味するか不明と発表、報道機関も発表と同じ表現をした。
テレビ朝日の特別報道番組でジャーナリストの黒田清が
「サカキバラセイトという人名ではないか」と発言。
これ以降、マスコミや世間でも「さかきばら・せいと=人名」という解釈が広がった。
犯人が未成年で本名が公開されなかったことから、事件解決後の今でも、
この事件の犯人を「酒鬼薔薇」または「酒鬼薔薇聖斗」と呼ぶ人もいる。

5月28日以降

6月4日、神戸新聞社宛てに赤インクで書かれた第二の声明文が届く。
内容はこれまでの報道において「さかきばら」を「おにばら」と誤って読んだ事に強く抗議し、
再び間違えた場合は報復する、としたものだった。
「鬼薔薇」と聞いたのは、5月27日に児童相談所でニュースを見ていた時である。
また自身を「透明なボク」と表現、自分の存在を世間にアピールする為に殺人を犯した、
と記載している。この二通目の声明文には校門前で発見された男児に添えられていた
犯行声明文と同じ文書が同封されていた。
最初の犯行声明文は一部文面を修正した形で報道されていたが、
神戸新聞社に届いた声明文に同封されていた犯行声明文の一通目には、
修正前と同じ文章で同封されていた。
具体的には、遺体と共に発見された文面の5行目は
「人の死が見たくて見たくてしょうがない」だが、
「人の死が見たくてしょうがない」と変更して報道された。
神戸新聞社に届いた文面には、事件に関わった人物しか知ることができない
「人の死が見たくて見たくてしょうがない」と書かれていたため、
この声明文はいたずらではなく犯人によるものだと確定された。
いわゆる秘密の暴露である。
声明文を書くにあたって、少年は次のような犯人像をイメージして書いたという。

高校時代に野球部に所属したことがある三十歳代の男。父親はおらず、
母親からは厳しいスパルタ教育を受けながら、学校では相手にされず孤立している。
学校関係の職場で働いていたが解雇され、今は病身の母親と二人暮らし。
学校時代にいじめにあったので、自分を「透明な存在」と思うようになり、
そんな自分を作り出した義務教育を怨んでいる。
被害妄想と自己顕示欲が人一倍強く、社会を憎み、密かに復讐を考えている。

しかし、少年は「はっきり言って、調子づいてしまった」と供述しており、
「新たに手紙を書けば、僕の筆跡が警察に分かってしまうと思ったが、僕自身、
警察の筆跡鑑定を甘く見ていた。『あれで捕まるんやないか、失敗したなぁ』と思ったが、
どうしようもなかった」と逮捕後供述している。
捜査関係者によると「もともと、数多く著作からの寄せ集めだから、
原本は簡単に割り出せなかったが、Aが浮上して彼の作文などを調べたら、
すぐに同一人物の筆致だと分かったよ。
特に『懲役13年』という作文は大いに参考になった」という。
また、用紙の余白に「9」という数字を書いたことについて少年は
「僕が1番好きな数字が9であり、切のいい数字が10だと思っているので、
その一つ前がいいからだ」と供述しているが、
少年が浮上した段階で間接証拠の一つとして使われていたという。
なお、少年の作文と二つの犯行声明文の筆跡鑑定を行ったが、
鑑定結果は「類似した筆跡が比較的多く含まれているが、
同一人の筆跡か否か判断することは困難である」というものであり、
そのために少年の逮捕状を請求出来なかったという。

神戸新聞社へ
この前ボクが出ている時にたまたま、テレビがついており、それを見ていたところ、
報道人がボクの名を読み違えて「鬼薔薇」(オニバラ)と言っているのを聞いた
人の名を読み違えるなどこの上なく愚弄な行為である。表の紙に書いた文字は、
暗号でも、謎かけでも当て字でもない。嘘偽りないボクの本名である。
ボクが存在した瞬間からその名がついており、やりたいこともちゃんと決まっていた。
しかし悲しいことにぼくには国籍がない。
今までに自分の名で人から呼ばれたこともない。
もしボクが生まれた時からボクのままであれば、
わざわざ切断した頭部を中学校の正門に放置するなどという行動は
とらないであろう やろうと思えば誰にも気づかれずにひっそりと殺人を楽しむ事も
できたのである。ボクがわざわざ世間の注目を集めたのは、今までも、
そしてこれからも透明な存在であり続けるボクを、
せめてあなた達の空想の中でだけでも実在の人間として認めて頂きたいのである。
それと同時に、透明な存在であるボクを造り出した義務教育と、
義務教育を生み出した社会への復讐も忘れてはいない
だが単に復讐するだけなら、今まで背負っていた重荷を下ろすだけで、
何も得ることができない
そこでぼくは、世界でただ一人ぼくと同じ透明な存在である友人に
相談してみたのである。すると彼は、
「みじめでなく価値ある復讐をしたいのであれば、
君の趣味でもあり存在理由でもありまた目的でもある殺人を交えて
復讐をゲームとして楽しみ、君の趣味を殺人から復讐へと変えていけばいいのですよ、
そうすれば得るものも失うものもなく、
それ以上でもなければそれ以下でもない君だけの新しい世界を
作っていけると思いますよ。」
その言葉につき動かされるようにしてボクは今回の殺人ゲームを開始した。
しかし今となっても何故ボクが殺しが好きなのかは分からない。
持って生まれた自然の性さがとしか言いようがないのである。
殺しをしている時だけは日頃の憎悪から解放され、安らぎを得る事ができる。
人の痛みのみが、ボクの痛みを和らげる事ができるのである。
最後に一言
この紙に書いた文でおおよそ理解して頂けたとは思うが、
ボクは自分自身の存在に対して人並み以上の執着心を持っている。
よって自分の名が読み違えられたり、
自分の存在が汚される事には我慢ならないのである。
今現在の警察の動きをうかがうと、どう見ても内心では面倒臭がっているのに、
わざとらしくそれを誤魔化しているようにしか思えないのである。
ボクの存在をもみ消そうとしているのではないのかね
ボクはこのゲームに命をかけている。
捕まればおそらく吊るされるであろう。
だから警察も命をかけろとまでは言わないが、
もっと怒りと執念を持ってぼくを追跡したまえ。
今後一度でもボクの名を読み違えたり、またしらけさせるような事があれば
一週間に三つの野菜を壊します。
ボクが子供しか殺せない幼稚な犯罪者と思ったら大間違いである。
———— ボクには一人の人間を二度殺す能力が備わっている ————


6月28日、現場近くに住む少年に朝から任意同行を求め、
事情を聞いていたところで犯行を自供。少年は当初犯行を否認していたが、
取調官が第一の犯行声明文のカラーコピーを取り出して、
「これが君の書いたものであるということは、はっきりしている。
筆跡が一致したんや」と突きつけると、声を上げて泣き出し、
自供を始めた(前述のように実際には少年の筆跡が一致したという証拠はなかった)。
午後7時5分、殺人及び死体遺棄の容疑で少年を逮捕。
同時に、通り魔事件に関しても犯行を認めた。

事件の舞台となった須磨ニュータウンは神戸市中心部から六甲山脈を隔てた
北西部に位置し、もともと山地と農村地帯が広がる丘陵地であったが、
1964年(昭和39年)から開発が始まり、ニュータウンとして早い地区で
1970年から入居が始まった地域である。
その後1969年(昭和44年)の西神戸有料道路(現市道夢野白川線)開通、
1984年(昭和59年)の山麓バイパス開通、1977年(昭和52年)の
神戸市営地下鉄西神・山手線開通によって神戸市中心部とのアクセスが
飛躍的に向上し、ベッドタウンとしてこのニュータウンは急拡大していった。
そのうち第三の事件は南部にある北須磨団地内で起こった。

殺害・遺体損壊現場として何度もその名が登場する「タンク山」は通称であり、
地名としての山名は竜の山(たつのやま)である。
タンク山の通称はこの山の東側中腹に巨大な給水タンクを備えた
神戸市水道局北須磨特1高層配水池があることによるもので、
竜の山自体が小高い丘のような山であるため周辺からは
非常に目立つ存在であった。

1.男児連れ去り現場:多井畑小学校北側路上
- 神戸市須磨区友が丘三丁目106番地先
2.殺害現場:タンク山山上 ケーブルテレビ受信施設 出入口前(敷地外)
- 神戸市須磨区友が丘九丁目22番地座標: 北緯34度40分13.2秒 東経135度5分37.5秒
3.切断器具窃盗現場:コープリビングセンター北須磨店
- 神戸市須磨区多井畑字渋人谷上1番地1
4.遺体切断現場:タンク山山上 ケーブルテレビ受信施設 局舎西側(敷地内)
- 神戸市須磨区友が丘九丁目22番地
5.切断器具処分現場:向畑ノ池
- 神戸市須磨区友が丘四丁目19番地
6.一時的な頭部遺棄現場:入角の池 畔の山林
- 神戸市須磨区多井畑字入角20番地
7.最終的な頭部遺棄現場:神戸市立友が丘中学校 正門
- 神戸市須磨区友が丘七丁目283番地1

少年逮捕以降の動き
6月28日 - 少年逮捕。
6月29日 - 兵庫県警察捜査本部は、少年を男児殺害・死体遺棄容疑で
神戸地検に送検。10日間の拘置が認められる。
6月30日 - 頭部を一時、自宅に持ち帰ったなどの供述が報道される。
7月1日 - 頭部切断は儀式とする供述が報道される。
7月2日 - 逮捕少年の顔写真が掲載された写真週刊誌『FOCUS』が発売される。
犯行の経緯について「カメを見せる」と誘ったなど供述が報道される。
7月6日 - 兵庫県警察が向畑ノ池の捜索を開始。
7月8日 - 拘置期限が切れたこの朝、地検は拘置延長を請求。
神戸地裁は10日間の拘置延長を認める。池から金槌が発見される。
7月9日 - 別の金槌2本と細刃のナイフが向畑ノ池で発見される。
3月の通り魔事件と2月の殴打事件に使われた凶器と特定。
7月11日 - 少年をバスに乗せ、タンク山とその周辺を実況見分。
7月15日 - 2月と3月の通り魔事件で少年を再逮捕。
7月16日 - 午前に捜査本部は通り魔事件で少年を送検、
10日間の拘置請求が地検で認められる。
7月19日 - 少年宅から押収された犯行メモの内容が報道される。
7月21日 - 警察官2名が、少年の二人の弟に対し、
少年が再逮捕された通り魔事件について、少年の学校での行動、
言動などを聞く。特に少年の母方の祖母の死の前後の様子を執拗に尋ねる。
7月24日 - 警察官が少年の両親に対して、被害者側に対し電話なり、
詫びをすることを促す。この際、警察官は「誤認逮捕はありえない。
もし、誤認逮捕であれば、兵庫県警は今後存続しないでしょう」と話す。
切断された男児の首を校門の塀の上に置けなかったことに関し
「作品を完成できずに悔しい」と供述した旨の報道がされる。
午後、少年を伴い通り魔事件の実況見分。
7月25日 - 神戸地検が、男児殺害、通り魔事件で神戸家裁に一括送致。
午後には少年は神戸家裁から神戸少年鑑別所に移送。
午後、須磨署捜査本部が解散。
8月1日 - 神戸家裁により少年の審判開始が決定される。


精神鑑定結果と犯行の動機


成人の刑事裁判と異なり、少年審判は非公開であり、審判の内容は公開されず、
審判の結果も公開されないか報道されない事例が大部分であり、
多くの人々に注目された事件の審判の結果
(初等少年院、中等少年院、医療少年院への送致など)が公開され報道される
程度であるが、この事件は人々からの注目度が著しく高かったので、
家庭裁判所は例外的に精神鑑定の結果を公開した。

精神鑑定結果として下記に示す少年の特徴が解明された。

脳のX線検査、脳波検査、CTやMRIによる脳の断層検査、染色体の検査、
ホルモン検査に異常は無い。
非行時・鑑定時とも精神疾患ではなく、意識は清明であり、
年齢相応の知的能力がある。
非行時・鑑定時とも離人症状と解離傾性(意識と行為が一致しない状態)
があるが、犯行時も鑑定時も解離性同一性障害ではなく、
解離された人格による犯行ではない。
未分化な性衝動と攻撃性の結合により、持続的で強固なサディズムが
この事件の重要な原因である。
直観像素質(瞬間的に見た映像をいつまでも明瞭に記憶できる)者であり、
その素質はこの事件の原因の一つである。
自己の価値を肯定する感情が低く、他者に対する共感能力が乏しく、
その合理化・知性化としての虚無観や独善的な考え方が
この事件の原因の一つである。
この事件は長期的に継続された多様で漸増的に重症化する非行の
最終的到達点である。

少年は小学校5年の時から動物に対する殺害を始め、
最初はなめくじやかえるが対象だったが、その後は猫が対象になった。
少年自身が友人に、全部で20匹ぐらいの猫を殺したと語っている。
標準的な人は性的な発育が始まる以前の段階で、
性欲や性的関心と暴力的衝動は分離されるが、
少年は性的な発育が始まった時点で性欲や性的関心と暴力的衝動が
分離されず(鑑定医はその状態を未分化な性衝動と攻撃性の結合と表現した)、
動物に対する暴力による殺害と遺体の損壊が性的興奮と結合していた。
性的な発育過程にある標準的な感覚の男子は、
自分の周囲の同年代の女子や少し年上の女性を、
性欲を発散する対象として想像しながらオナニーをして
(または生身の女性と現実の性交をして)性欲を発散し、
性的な経験を積み重ねながら肉体的・精神的な成長をして行くのだが、
少年は動物を殺害して遺体を損壊することに性的な興奮を感じるようになり、
猫を殺して遺体を損壊する時に性的な興奮や快楽を感じて
性器が勃起し射精した。少年はその性的な興奮や快楽の感覚や要求が、
人を殺害して遺体を損壊することによって、
猫の殺害と遺体損壊よりも大きな性的な興奮や快楽を得たいとの欲求へと
エスカレートし、それが自分の運命と思い込むようになり、
この事件を行ったのであり、殺人の動機の類型としては快楽殺人である。

少年は鑑定医から被害者を殺害したことについて問われると、
自分以外は人間ではなく野菜と同じだから切断や破砕をしてもいい、
誰も悲しまないと思うと供述した。被害者の遺族の悲しみについて問われると、
あの時あの場所を通りかかった被害者が悪い、運が悪かったのだと供述した。
女性に対する関心はあるかと問われて、全く無いと答えた。

精神鑑定結果は、少年に完全な責任能力はあるが、
成人の反社会性パーソナリティ障害に相当する行為障害
(18歳未満の場合は人格形成途上なので行為障害と表現する)があり、
鑑定医の意見としては、行為障害の原因を除去して、
少年の性格を矯正し、Aが更生するためには、
長期間の医療的処置が必要(医療少年院への送致が最も適切な処遇)
との提案がされた。


その後の少年の処遇


神戸家庭裁判所1997年(平成9年)10月13日 - 神戸家庭裁判所は
少年を医療少年院送致が相当と判断、関東医療少年院に移される。
1999年(平成11年) - 第二の事件で死亡した女児の遺族と少年側で
約8,000万円の慰謝料を支払うことで示談成立。
2001年(平成13年)11月27日 - 治療が順調であるとの判断から、
東北中等少年院に移る。
2002年(平成14年)7月 - 神戸家庭裁判所は、治療は順調としながらも、
なお綿密な教育が必要として、収容継続を決定。
2004年(平成16年)3月10日 - 成人した少年は少年院を仮退院。
この情報は法務省を通じ、被害者の家族に連絡された。
2005年(平成17年)1月1日 - 少年の本退院が認可される。
2005年(平成17年)5月24日 - 被害者少年の八周忌。
少年が弁護士を通じて、遺族に献花を申し出ていた事が明らかになる。
遺族は申し出を断った。
2007年(平成19年)3月 - 第二の事件で死亡した女児へ、
医療少年院退院後、初めて謝罪の手紙が届けられた。
しかし遺族は「必死に生きようとする姿が見えてこない」
と賠償についても疑問を投げかけた。現在遺族への慰謝料は、
少年の両親が出版した本の印税の他、
1ヶ月に少年から4,000円と両親から8,000円支払われていると報道された。


少年の更生


法務省は従来の矯正教育計画を見直し、
収容期間を2年以上に延長した新課程「G3」を新設し、関東医療少年院は、
精神科医や法務省教官など専門家で作るプロジェクトチームを編成した。

精神鑑定で家庭における親密体験の乏しさを指摘されたのに対し、
関東医療少年院は男性の主治医を父親役、
女性の副主治医を母親役に配するなど「疑似家族」を作り上げるという
前例のない治療体制が組まれた。更生は一定の効果を見せたように思えたが、
少年が入院して1年ほど経った頃、少年院の工作の実科(授業)で、
新聞広告のチラシを切り抜いて画用紙に貼り付け、
コラージュを制作した時に、少年は乳児の写真を目や耳、
手足など部位別に一つ一つハサミで細かく切り刻んで、
それを画用紙にわざとバラバラに貼った作品を作って、
「精神と肉体の融合」の題を付けて発表した。
また、少年が「理想の母親のような」人と慕う女性精神科医について、
院生の一人が「色っぽい白ブタ」と発言し、その途端、
少年は物凄い形相で激昂して、近くにあったボールペンを逆手に持って、
院生の目を突き刺そうとした。
少年院関係者は「この言葉によって、少年の殺意の引き金がひかれてしまい、
それまでやっと積んできた矯正教育の成果がパーになってしまったわけだ」
と語っている。
また、少年自身が少年院仲間に「いくら遺族の手記を読んでも、薬を飲んでも、
治らないんだよ。僕は性格が異常なんだから……」
「闘争と破壊こそ真の世界の姿だが、少年院ではいい子にしていなければ
出られないから気をつけなくちゃ……」と発言している。

2001年11月、東北中等少年院に移送された後に、院生からいじめを受け、
さらに院生の一人がたまたま教官の持っていた書類を盗み見たところ、
少年が偽名であることが発覚。
「お前、まさかあの酒鬼薔薇なのか」と問いかけると、
少年がニヤッと笑って頷いたという噂がひろまり、
少年の正体が一部の収容者にばれたという。その後、いじめが過激になり、
2002年初夏に突然、半裸状態で意味不明の奇声を発し、
職業訓練で使うカッターナイフを振り回し、周りを威嚇し始めたという。
教官らが駆けつけ、ほかの院生を連れ出し、
少年を取り囲んで説得を始めたが、
カッターナイフで自分の性器を切り付けたという。
少年は直ちに個室に軟禁されて、事情聴取を受けたが、
なかなか興奮が冷めず危険なうえ、動揺が激しく、
何を言っているのか分からなかったため、最終的に「奇行」と断定された。

この騒動の後、神戸家裁が
「少年の犯罪的傾向はまだ矯正されているとは言えない」と判断を下し、
2004年末まで少年院収容継続を決定した。しかし、関東医療少年院は
2003年3月に少年の仮退院を申請している。
被害者からは「神戸家裁の判断から半年余という短い期間で突然、
少年が変身したとでも言うのか」という批判や疑問の声が上がった。


少年の現在


一橋文哉が、2004年秋に法務省幹部に取材を行ったところ、
「ある団地の一室で法務省関係者と同居し、一緒に炊事や買い物を行うなど
社会勉強中です。少年院で取得した溶接の資格を生かし、
仮退院の数日後から毎朝8時、篤志家の一人が経営する工場に歩いて出勤し、
仕事ぶりは極めて真面目。夕方5時に退社後は、
保護司宅で面談を受ける日々です。ほかに毎週1回、
精神科医のカウンセリングを受け、10日に1回程度は、
母親とも会っているようです」と語っている。
また、法曹関係者は「別の身元引受人と養子縁組して名前を変えたほか、
出生地や学歴など偽のプロフィールを用意し、
同僚や付近住民も正体を分かっていません。年齢も22歳になり、
少年院で毎日、5階までの階段ダッシュを15往復、
腕立てと腹筋を各100回こなし、身長170センチ、体重70キロと
心身ともに逞しくなった。事件当時の写真を見た人でもまず、
今の彼は分からないでしょう」「犯罪者予防更生法で1週間以上の旅行は
許可が必要など、ある程度の制約は受けていますが、酒は飲めるし、
好きなテレビゲームに嵌まるなど基本的に自由な生活を送っています。
しかも04年末までの保護観察期間が過ぎれば、
同居者も姿を消し完全フリーになるんです」と語っている。

少年の居住地や勤務先について、法務省は「彼の更生には世間の温かい理解と
協力が重要だ。公表は支障をきたす」とノーコメントを通し、
マスコミや市民団体に、意図的に偽情報を流しているフシがあるという。
全国各地で「酒鬼薔薇が東京都内の保護司宅で新しい生活を始めた」
「埼玉県に住む身元保証人と養子縁組し、全くの別人に生まれ変わった」
などの情報が乱れ飛んだ。
少年が住んでいた神戸市でも、地元住民が「少年が家族とともに
舞い戻るのではないか」と疑心暗鬼に陥っているという。

一橋の取材によると、少年の更生プログラムの病理診断の欄に
「現時点にあっても、少年の病理は『寛解』段階に過ぎない」とあり、
「現時点」は「退院しても問題ない」とされる「総括期」を指しており、
少年の性的サディズムは治癒しておらず、退院直前でも再発する可能性が
十分あることを、法務省が認めていたことになっている。また、
前述のように退院間近の少年が少年院で問題を起こして、
誰もが「性障害が完治していなかった」と医療少年院に戻されると思っていたが、
「何しろ、この段階で少年を送り帰そうものなら、仮退院はパー、
国家の威信をかけた更生プログラムを組んだ法務省の面子は丸潰れになる。
そこで院内には厳重な箝口令が敷かれ、何と少年の奇行はウヤムヤになり、
社会復帰のための最終的な研修は予定通り終了したことになってしまった。
上層部は保身に走り、現場の少年院も『やるべきことはすべてやった。
こうなれば一刻も早く、少年を手放したい』という腫れ物に触るような
弱腰姿勢が見え見えだった。もっとも更生したかどうかの決定的な証拠など、
何もないからね」と法務省幹部が語っており、一橋は「冗談ではない。
人間の一生や人々の安全というものは、
役人の面子や保身で決める話ではあるまい」と批判している。

2015年6月11日、少年は自身の犯行理由や医療少年院を出た後の
生い立ちなどを綴った「絶歌」というタイトルの手記を書き、
太田出版から刊行した。
被害者の少年の父親は「文字だけで反省の弁を綴ったものであり、
反省した態度から出たものではない。」と評して出版自体を批判しており、
手記出版はそれらの批判を押し切る形でなされたものであった。


少年に関するエピソード


少年が在籍していた友が丘中学校の当時の校長である岩田信義は、
少年には問題行動、正確にいえば、風変わりな行動が多かったと証言している。

他の生徒の靴を隠して燃やす、ラケットで何もしていない生徒の頭を叩く、
カッターナイフで他の生徒の自転車のタイヤを切るといった行為があったといわれ、
少年が在籍していた小学校からは「刃物を一杯突き刺した不気味な粘土細工を
制作していた」という報告を受けたという。

担任の話によると、少年の表情は総じて動きに乏しく、
注意しても教員の顔を直視することがなく、心が別のところにあり、
意識がずれ、言葉が届かない感じを受けたという。

しかし、これら少年の行動は思春期前期の子供にままみられるパターンであり、
非行と奇行のはざまにある行動だと岩田は指摘している。

中学校では入学早々から繰り返される少年の問題行動に手を焼いていた。
少年の保護者も精神科医に診察を受けさせていたが、
精神科医は学校の中で指導する方がいいという判断を下し、
児童相談所には通所させなかった。それを受けて、
学校は重点的に少年を指導し、事実、1年生の2学期になると
問題行動は減ったという。

それでも、教員の一部にはうちの学校で事件をやったとするならば
少年ではないかという認識が煙のように漂っていたという。
岩田はそういう話を聞くたびに「軽々しく口にすべきではない」と制止したが、
岩田も「ひょっとしたら」と思っていたという。

1996年(平成8年)5月11日、当時、中学2年生の少年は母の日のプレゼントに
母の花嫁姿の絵を描いて渡す。
前日に「母さん、何がほしい?」と聞く少年Aに、母は「気持ちさえこもっていたら、
別に何でもええよ。無理せんで」と答える。すると、
少年は両親の結婚式の写真を押入れから出すと、「母さん、この女の人、誰や?」
と問うので、「母さんなんやけど」と答えると「へー」といって、
少年はその写真を見た後、マンガ用の画用紙の裏に一気にその絵を描き上げ、
母に手渡すと、スーッと2階へ上がっていった。
少年が母にプレゼントをしたのはこれが初めてであった。

少年は、第3の事件の犯行の9日前の5月15日から、友が丘中学校には登校せず、
母親とともに神戸の児童相談所に通い始めていた。
これは、5月13日に同級生を公園に呼び出し、自分の拳に時計を巻き付けて殴り、
歯を折るなどの怪我を負わせたため、5月14日に学校から父親が呼び出しを受け、
その後、両親が相談の上、学校を休ませ、児童相談所を紹介してもらったためである。
暴行の原因は「竜が台の通り魔事件の犯人にまちがいない」
と被害者の同級生がいいふらしていたためと少年の仲間は答えているが、
少年は「犯行ノート」に「アングリ(聖なる儀式)」を遂行する第一弾として
学校を休むことにした」と書いていた。

加害者である少年の父親はその後文藝春秋より『「少年A」この子を生んで…』
を刊行している。事件後、父親は親戚の元へ身を寄せ、
また離婚して苗字を改名した。他にも弟二人がいたが、追及を避けるため、
別の土地で暮らす手段が採られた。

ある時、被害者への謝罪に関し、警察官は少年の父に対しこう質問した。
「お父さん、2月10日、3月16日の被害者の名前はご存知ですか?」
−これに対し、少年の父は答えられなかった。警察官は、父親に、
加害者家族の苦痛を斟酌した上で、それ以上に被害者の家族が苦しみながら
生きていることを諭した。


マスコミ報道の様子


被害少年の首が学校の校門に晒されるという猟奇的な事件であった点から、
マスコミはこの事件の報道を連日行った。
この事件は海外においても報道の対象になっている。


犯人像


読売新聞大阪本社版の朝刊では「劇画やアニメの影響を受けた無口な犯人」
と報道した。言語学者からは、挑戦状に出てくる難しい熟語は劇画では頻繁に登場し、
長文ながら口語調がほとんどない点について、
犯人が日頃会話が少ないことの表れと分析している。

朝日新聞には多数の意見が寄せられ、「高い教育程度」「孤独な30代」
「複数の可能性」などの犯人像が報じられた。

犯行声明文の文章の組み立ても論理的なことから高い教育を受けている。
—弁護士

年齢は30歳代と思う。10代や20代の若者では、声明文にあった「銜える」などの
漢字を使おうという発想を持たないだろうし、
逆にあえてこの漢字を使ったところに若さが抜けない30代ならではの背伸びを感じる。
—作家

単独犯人説が強いが、私はあえて知的レベルの高い複数犯と考える。
—作家

南京錠
5月30日付の朝日新聞大阪本社版の朝刊で「金物店に同型の南京錠求める
不審な男性」が浮上と報道した。男性は30代半ばで身長165センチ、
ベージュの作業着に紺色のズボンと報道。

読売新聞でも、アンテナ基地の南京錠と同じメーカーの錠を求めて5月初め、
垂水区内の金物店を訪れた男は30-40歳と報道。

しかし、6月23日付の産経新聞で、捜査本部が南京錠を購入するための
金物店を訪れた二人の男性は無関係と報道した。
したがって、「南京錠を探していた男」の線は無くなった。

スクーター

6月2日付の朝日新聞で「不審なスクーター目撃、『タンク山』へ向かう」
という見出しが掲載された。記事によると、タンク山の入り口付近で
遺体が発見された前日の5月26日夕方、スクーターで山に向かう不審な
男性が目撃されているという。運転していた男性は40代で身長170センチ、
眼鏡はかけておらず、白色のジャンバー姿だったという。
しかし、スクーターの男性が名乗り出たため、事件とは無関係と判明した。

ところが、6月7日付の毎日新聞で、再びスクーターの男が浮上。
頭部が遺棄された時間帯に目撃された不審なスクーターがあるという
情報が寄せられた。当日は晴れていたにもかかわらず、
紺色の雨合羽上下を着用し、つばのある黒いヘルメットをかぶっていた。
この男が、前かごから黒いポリ袋を落として走り去ったという。
その後の報道で、この男は黒いポリ袋をさげて歩いていた男と
同一人物ではないかとされた。

一旦は車説が浮上したためスクーター説がなくなったが、再浮上。
6月23日付の朝日新聞で、「二輪車タイヤ痕採取」と報道。
頭部が置かれる直前の5月27日早朝、正門付近を猛スピードで走る
スクーターが目撃されているころが判明。
黒のブルーバードに加えてスクーターについても事件に関連している
疑いがあるとみて特定を急いでいる、と報道された。
しかし、この後にスクーターに関する新たな目撃談は取り上げられなかった。



犯行に使用された車として多くの目撃情報が寄せられたのが
「黒のセダン」と「白い車」であった。不審車の目撃情報を追ったのは、
被害者と犯人が路上で一緒にいるところを見たものがいないこと、
被害者がいつも愛用している自転車を使わなかったこと、
などがら犯人が車を使って拉致したと考えたからである。

まず、浮かび上がったのは「黒のセダン」で、新聞各社が、
被害者の頭部が遺棄された5月27日午前5時過ぎ、
友が丘中学校正門前で不審な旧式の黒い乗用車が目撃されている、
と報じられた。
さらに、被害者が行方不明になった5月24日の昼過ぎにも、
自宅マンション近くに黒っぽい不審な乗用車が停止しているのを
近くの住民が目撃していた。

また、胴体部が発見された「タンク山」でものふもと付近の市道でも、
事件前の5月22、23日の夜間に二日続けて黒い乗用車が
停止しているのを近くの主婦が目撃したと報道。
この「黒のセダン」が犯行に使われた可能性が高いとして
一気にクローズアップされた。
タンク山のふもと付近では、不審な中高年の目撃証言もあり、
毎日新聞によれば、男は35-40歳、身長160-170センチで短髪の
がっちり形で、目がぱっちりしているのが特徴だという。

そして、6月12日付の朝日新聞大阪本社版で、
被害者の自宅周辺などで相次いで目撃された不審な黒い乗用車について、
捜査本部は、角張った車体の特徴などから、
車種を日産の旧型ブルーバードと特定した、と報道した。

その一方で、注目されたのが「白い車」だった。
頭部が発見された5月27日早朝、友が丘中学校付近で白いワゴン車が
目撃されているという。6月9日付の産経新聞では、最も重要視しているのは
白っぽい車を使った身長170センチ前後、20-40歳の男と報道。
「黒のセダン」と「白のワゴン」の2台の不審車両の割り出しが
犯人逮捕につながると各社は取材につとめた。

黒い袋の男

マスコミは逮捕直前まで、「黒い袋の男」を追いかけていた。
5月28日付の産経新聞夕刊で、30歳くらいの不審者が頭部が発見された
中学校正門前で目撃されたという情報が報じられた。
目撃された男は30歳代くらいで身長170-180センチで白っぽい上着を着用。
普段歩かない車道を歩いていたため不審に思ったという。

5月31日付の読売新聞朝刊では、中学通用口にゴミ袋を持ってかがみ込んでいる
不審な30歳代の男について報道。

6月3日付の朝日新聞夕刊で「中学校校門近くに黒い袋持つ男」
の目撃証言を掲載。男は40歳前後、身長170センチぐらい。
続けて6月9日付の朝刊に「黒い袋の男、3度目撃」と報じた。
目撃された日はゴミ収集日ではないこと、
男の行動は極めて不自然として捜査本部も強い関心を寄せているとし、
犯人である可能性が高いことを匂わせたという。

6月24日付の朝日新聞で、「『黒い袋の男』最重要視」と報道。

犯人像として浮かび上がったのは「30-40歳、身長170センチ前後」
と各社ともだいたい同じだったが、最も具体的なのは読売新聞だった。
6月13日付朝刊で、「目撃証言のゴミ袋男はスポーツ刈り
後ろ姿の絵作成へ」とゴミ袋の男がスポーツ刈りだったと報じられた。
新聞によれば、捜査本部は数回に及ぶ事情聴取の結果、
スポーツ刈りで、がっちりした体格の男との証言を得たという。
2日後には、行方不明になる前後にタンク山にいた不審な男の
目撃証言も取り上げた。
この男の特徴も角刈り風の短髪、がっちりした体つきで目付きが鋭く、
ゴミ袋の男と酷似している、と報じている。

産経新聞でも、ゴミ袋の男は身長170センチ前後の筋肉質で
横わけできないほどの短髪であると報道。
さらに、新たな目撃証言では、がっしりした体格でホームベース形の
角張った顔、短髪という具体的な犯人像が浮かび上がった。
「ホームベース形の角張った顔」「横わけできないほどの短髪」
という目撃情報が加わることにより、犯人像がどんどんひとり歩きした。

6月24日付読売新聞では、兵庫県警察捜査本部は犯人像を
「二十代から四十代前半までの身長一メートル七〇前後、
スポーツ刈りの男」との見方を強め、
不審者を約40人に絞りこんだ模様、と報じている。

テレビ、週刊誌も新聞同様に「黒のブルーバード」「白いワゴン」
「30-40歳の短髪男性」などをキーワードに犯人像の特定に励んだという。

6月中旬、あるスポーツ紙が「本誌が全身像を作成」と
独自に犯人のイラストを掲載。
「不審な30-40歳の男」は自社取材で肉付きがよく引き締まった顔、
きつい目、首と腕が太い、などの特徴があることがわかったとし、
それらのデータを元に全身像を作成した、という。
夕刊紙にも、スポーツ紙と似た「(本紙が)目撃情報をもとに
独自に作製した『酒鬼薔薇聖斗』の似顔絵」をカラーで掲載。

さらに、民放のワイドショー番組でも似顔絵を数種類作製し、
不審人物を目撃したという市民に見せて回るという犯人捜しが行われた。

右利きと左利き

5月29日付の産経新聞では「犯人は左利きか」という記事を掲載。
3月の連続通り魔事件では、重傷を負った女児のけがの特徴から
犯人が左利きである可能性も指摘されているとし、犯人が残した挑戦状は、
この特徴を隠すために定規を使ったのではないかと推測している。

その一方で、6月17日付の朝日新聞大阪本社版では「犯人は右利きか
遺体の舌の骨折れず」と報じた。
両手で首を絞めた場合、強い力が加わり舌骨が折れることが多いが、
被害者の首には右手の指の跡しか残っておらず、捜査本部は、
犯人の利き腕が右手であると見ている、と報じた。

なお、少年は右利きである。

その他

中国語

台北発として産経新聞は「挑戦状の一部が中国語と符合」と報じた。
記事によれば、犯人が被害者に残した挑戦状に中国語と類似する表現が
含まれていることが、犯罪問題に詳しい台湾筋などで指摘されているという。
被害者の口に残されたメモには「酒鬼薔薇聖斗」など、
日常の日本語とはかけはなれた感じの表記が多く見られるという。
台湾筋の指摘によると、「酒鬼」は「大酒飲み」を意味する標準中国語(北京語)
の口語表現、「学校殺死」として登場する「殺死」も、「殺害する」という意味の
動詞であり、中日大辞典は「殺死」の項目で
「首を切り落として殺すことをいうことが多い」と説明している。
しかし、挑戦状の新しい解釈として興味をひかれたものの、
犯人との結びつきについては言及していない。


アメリカでの報道


事件当初、アメリカでは大した規模での報道は行われていなかった。
しかし、犯人が14歳の中学生と分かった翌日の6月29日に各紙で取り上げられた。
日本社会に大きな影響を与えた事件として、事件の全容を概括している。

1ヵ月前に発生した猟奇的殺害事件は、
比較的凶悪犯罪の少ない日本全体を震撼させる大事件であり、
橋本総理も解決に全力を傾けるよう、警察当局に指示を与えていた。
犯人は警察や新聞に「殺人が楽しくてたまらない」など挑戦状を送り付け、
次の犯行予告まで行い、犯罪心理学者らはその犯人像を20-40歳と推測していた。
警察当局は500人の警官を投入して遂に被疑者逮捕にこぎ着けたが、
発表によると被疑者は同地区に居住する14歳の中学生ということであった。
この地域は最近、猫が殺されるなど残虐行為の痕跡があり、
これをつめることが逮捕に至ったようだ。

容疑者逮捕は一応、人々の心を落ち着かせたようだが、
容疑者が14歳であるという事実が再度、国中に衝撃を与えているようだ。
社会の風潮、インターネットなど、今度はかかる若年者を殺人者に仕立てていく
日本の内部構造の解明が新たな要望として浮上してくる。

— ワシントン・ポスト

日本をゆるがした小学生殺人・遺棄事件で、
日本社会全体をはじめ警察をも犯人を凶悪な大人と想定して調査を続けてきたが、
28日、この事件は14歳の中学三年生が容疑者として連行され、事情聴取の末、
自白に追い込むという結末を迎えた。
日本では19歳以下を少年法対象として保護するが、
本件犯人も少年で刑事被告の対象とならない。
最終的には20歳までの保護処分といったことになろう。
日本はこの事件のショックに動揺し、改めて家庭、社会、教育に関する
議論が活発となる。10代の倫理道徳に関する議論も盛んとなっている。
だが、日本の犯罪は統計的に見れば欧米のそれよりも遥かに低い。

— ニューヨーク・タイムズ

日本中を騒がせた猟奇殺人事件で14歳の中学生が容疑者として逮捕された。
少年は被害者の知己であり、地域社会の普通の中学生である。
この犯人は書状を新聞社などに送り付け、捜査を混乱させるとともに、
世間には変質的な大人の犯行を思わせてきた。
近隣の住民は犯人逮捕に安堵したと同時に、それが地域内の少年であった事実に
ショックを隠せない。警察は当初から大人数の捜査官を投入していたが、
鳩や小動物を殺していた学生を犯人として追い込んだ手順に関しては
その説明を拒否している。

— ワシントン・タイムズ


少年の情報漏洩騒動


少年法61条に、「家庭裁判所の審判に付された少年犯の氏名、年齢、住所、
容貌などが明らかとなる記事や写真を、新聞および出版物に掲載してはならない」
と制定されている。だが「審判に付される前」を狙って、
新潮社が少年の顔写真を掲載した雑誌を出版した。

写真週刊誌『FOCUS(フォーカス)』(1997年7月9日号)に少年の顔写真と実名が
掲載されることが判明すると、直ちに大半の大手業者は販売を自粛決定したが、
新潮社は回収せず販売を強行、一部の書店で販売された(即刻完売)。
さらに翌日、『週刊新潮』が少年の顔写真を目隠し入りで掲載して販売。
翌日、法務省が『FOCUS』および『週刊新潮』に回収勧告するが、双方は拒否。
『FOCUS』発売直後、ウェブサイトで犯人の顔写真が数多く流布された。

また、審判終了後、『文藝春秋』(1998年3月号)に、
検事供述調書が掲載される事が判明。一部で販売自粛、
各地の公立図書館で閲覧停止措置となる。
後の法務省の調査で、供述調書は革マル派が神戸市の病院に侵入して
コピーしてフロッピーディスクに保存していたことが判明し、
塩田明男が逮捕された(神戸事件をめぐる革マル派事件)。
立花隆は、これを雑誌に掲載するか否かについて当時の編集長平尾隆弘から
緊急に相談を受け、2時間で7枚に及ぶ調書を精読、
「どんなことがあっても掲載すべき」との判断を下す。
少年法61条に抵触するか否かについては、この法令が報道することを禁じているのは、
あくまで、本人のアイデンティティを推知できるような要素であって、
それ以上ではない-従って、この調書を載せること自体は
少年法61条に抵触することは全くないと判断。
掲載を推薦し「文藝春秋」(1998年3月特別号)に掲載された。
立花隆自身バッシングが起こることは確実と予想してのことであった。
立花は『FOCUS』に少年の顔写真と実名が掲載されたことについては、
別の理由から反対している。

その後も『FOCUS』には、少年の犯行記録ノートや神戸市教育委員会の
指導要録など、本来なら外部に流出するはずのない資料が次々と掲載された。

なお、ワイドショーで少年の家を映した際、表札が見えたという証言がある。


被害者側の人権


特に、この事件をきっかけにして、大きくクローズアップされだしたのが、
被害者側の人権問題であった。これまでも、この種の少年犯罪による事件では、
犯罪者側の人権は十分に保護されるにもかかわらず、
被害者側は個人のプライバシーまで暴き出され、
マスコミからもさまざまな迷惑や圧力を蒙ることが問題視されてきたが、
特に世間が大きく注目したこの事件がきっかけとなり、その後、
多少の変化の兆しが見られるようになった。また、被害者側の働きかけにより、
この事件の審判の過程においても異例の措置がとられるなど、
司法側にも幾分の配慮が見られた。


少年法の壁


いわゆる少年事件では加害者の住所氏名すら被害者に伝えられず、
審判は非公開でどんな事実認定がなされたかすら知るよしもない。それは、
わが子を失った親が、「子供はどれほど苦しんだのか。
何か言葉を残したのか。そして、目は閉じていたのか」(土師守『淳 それから』)
すら知りえるすべがないということである。
加害者が嘘をついたり、被害者に対し中傷したとしても、
被害者側は反論や否定すら出来ない上、処分が出てもその内容すら知りえない。
被害者側は完全に蚊帳の外に置かれる。
第三の事件の被害者の父とその弁護人である井関勇司が取り組んだのは、
まず「少年審判への関与と情報開示の要求」であった。
そのため、まず担当判事である井垣康弘に要求したのは
「加害者の法律記録および社会記録(鑑別結果、調査票など)を見せてほしい」
ということであった。これらは、
加害者側の弁護人には閲覧や謄写が認められているが、
被害者側の弁護人には認められていない。従って、この要求に対して
井垣判事は拒否した。
また、「遺族に審判廷で意見を述べさせてほしい」との要求も行ったが、
これも否認された。これに対して「それならば、少年は退廷させてからでいいから、
審判廷で意見を述べさせたい」との要求を行ったが、これも却下された。
しかし、その後の粘り強い井関弁護士の交渉が実を結び、
最終的には、公式の審判では無理だが、
判事室で判事が被害者遺族に会って話を聞くということになった。
これは、画期的な異例の事態であった。

この「異例の意見聴取」は、第4回審判が開かれたのと同じ10月13日、
約30分間にわたって行われた。17日には神戸家庭裁判所での最終審判で、
少年Aの医療少年院送致の保護処分が決定したが、家裁は「正確な報道のための
資料提供の観点から」という理由で「処分決定の要旨」をマスコミに公表した。
これはあくまでもマスコミに向けたものであって、
被害者へはあくまでもマスコミを通して知らされた。言うまでもなく、
それまでも事件に関する情報は、被害者側が知るルートはすべてマスコミであった。


マスコミによる暴力


上記のごとく、被害者側が知りえる事件の情報はすべてマスコミを通じたものであったが、
同時に被害者はマスコミから24時間監視され、
多大な苦痛を味わっている。特に猟奇的な犯行であった第三の事件では、
犯人が逮捕されるまでは、被害者宅に数多くのマスコミが張り付き、
周囲の道路は違法駐車の車で交通渋滞ができ、
被害者宅ではカーテンすら開けられない状況が続いた。
かつ、犯人は両親ではないかとの憶測すら乱れ飛んだ。
土師守はこれを「マスコミによる暴力」と表現した。
また、1998年(平成10年)2月10日には、文藝春秋社から、
犯人の供述調書(検事調書)7枚分が掲載され「少年Aの全貌」という見出しの
『文藝春秋』3月号が発売された。
事前に警察からこの情報を聞かされていた土師守は勤めている病院の売店で
買い求めるが、最初の解説の部分を少し読んだだけで、
その後の記事は読んでいない。奇しくもこの日は、被害男児の誕生日でもあった。
弁護士の井関勇司は「遺族の心情を考慮すると問題だ、
興味本位で読まれるのはつらい」と土師にかわってコメントを発表した。


民事訴訟


1998年(平成10年)8月26日、第三の事件の被害者の両親は、
少年およびその両親に対して総額1億4000万円の支払いを求める民事訴訟を起こす。
訴訟に先駆け、弁護人である井関勇司らによって、
少年の両親の資産状況が調査されたが、すんでいた家屋も借家で、
支払能力なし、との判断であり、また訴訟に対して犯人の両親は事実関係を
すべて認めるとの意思を示していたため、争点にならず、
開示も期待できない状況であったが、「裁判所という公式なものの中で、
きちんと犯人の両親の責任を認めてほしい」という2人の強い意志により、
訴訟は起こされた。途中、和解勧告が出されたものの、成立せず、
1999年(平成11年)3月11日に全額の支払いを命ずる判決が出た。
両親は、「現在の法律では、少年犯罪の場合、
その責任の所在と償いということがうやむやになっている場合が多いが、
その意味においても、この判決は意義のあるものだと思います」
とのコメントを出した。

このしばらく後に、少年の両親が手記を出版することになった
(『「少年A」この子を生んで…父と母悔恨の手記』 文藝春秋)。
被害者の両親の疑問に答えること、賠償金支払いの目的などがあったとされるが、
内容が少年Aを終始擁護する記述であったため、
被害者側は不快に感じ、出版の中止を望んだ。


世間の反応


14歳の中学生が起こした事件として、世間は大きく騒がれた。
以下の調査は神戸小学生殺人事件を考える会によるもの。

犯人が14歳の中学生

犯人が14歳の中学生であったことに関して、半数以上が「驚いた」という意見だった。
その次に多かったのが「信じられなかった」という意見である。
その一方で、少数ではあるが「やはり、と思った」という意見もあった。
しかし、その中でも「10代だとは思っていた。しかし14歳とは……」
という意見が多数だった。
逆に、「14歳だからかえってあんな事ができたのか」という人も少数ながらいた。
また、「恐ろしい」という意見もあった。
「14歳でこんなことをしてしまう酒鬼薔薇が怖い」
「こんなことが中学生にできてしまうという現実が恐ろしい」などがあったが、
何を恐ろしいとするかは人それぞれだった。

少年法

犯人が少年法に守られていることに関して、「許せない」「納得できない」
といった意見が7割を占めた。その一方で、「仕方ない」といった意見も多く、
「そうなっているなら仕方ない」「仮に少年法が改正されても、
酒鬼薔薇には適用されない。ここまで放置してきてしまったのだから、
もう遅い」「おかしいとは思うけど、法治国家とはこういうものでは?」
「酒鬼薔薇だけ特例にしたら、秩序がなくなる」
などの意見があった。
30歳以上の中には「14歳では責任能力がない。成年と同じ処罰を与えるのは無理」
と、「守られて当然」という意見もあった。
しかし、10代はほぼ全員「許せない」「納得できない」という意見だった。

フォーカス

犯人である少年の顔写真が掲載されたフォーカスを手に入れた人は
1割にも満たなかった。
しかし、コピーを含めると約4割が見たことがあるという。

顔写真を見た印象としては、「普通の子と変わらない」という意見が最も多かった。
次に多かった順に、「恐い」「陰湿な印象」といった意見だった。

フォーカスに顔写真を載せたことに関しては、6割以上が賛成といった意見だった。

有識者の反応

事件の特異性から、各分野の専門家がそれぞれの立場から事件に対する意見を表明した。
愛知教育大学の2006年の研究報告によると、
佐木隆三は「日本の凶悪犯罪史上において、犯行者の低年齢化という意味で、
エポックメーキングな出来事」、小田晋は「快楽殺人」という観点から生物学的問題を指摘、
町沢静夫は行為障害、性的サディズムとした精神鑑定を妥当としながら
注意欠陥・多動性障害を追加、福島章は行為障害、青年期発症型重症と診断のうえ
「喪と殺人」という視点を提起、宮台真司は少年が『寄生獣』を愛読していたことから
少年の犯罪は「自分の意思であると同時に神に捧げられており、
これは弱い人間がノイズに満ちた環境から身を守るための智慧といえるが、
年若い少年がこれほど強力な自己防衛ツールを発動したのは
母親とのコミュニケーションが原因ではないか」と推測し、
高山文彦も少年が造り上げた奇怪な想像世界の分析により、
母親による虐待を大きな原因とし、無理心中に近い行為と指摘、
村瀬学はイニシエーションという観点から、境界を意識した人間の行為と考察、
岩宮恵子もイニシエーションに関し、学校という異界での試練を挙げた。


事件の影響


この事件を教訓に、こども110番の家が設置されるようになった。
事件の残虐性に加え、逮捕されたのが14歳の少年であった点も、
社会に強い衝撃を与えた。結果、この事件を境に、少年事件やそれに関連する法整備、
少年事件における「マスコミの対応」などが大きく注目されるようになった。
さらにこの事件を皮切りに当時の内閣が少年法改正に動く事にまで影響が及んでいる。

また、テレビ番組が少年に与えた影響が取りざたされたため、
猟奇シーンの含まれる番組(『銀狼怪奇ファイル』、『エコエコアザラク』など)
の放送や新シリーズ制作が中止になったり、特撮番組においてヒーローが
切断技で怪獣の首をはねたり胴体を真っ二つに切断し倒す演出が
自粛されるようになった。

また当時、大人気であったミニ四駆の全国大会「ジャパンカップ」関西大会の地区予選が、
社会情勢を考慮するとの理由で中止になっている。


少年は冤罪か


逮捕された少年が犯行を認め、関連する犯罪についても述べているものの、
冤罪を指摘する声もある。 その多くは被害少年の首を切断した際の
警察の報告書に対する疑問点や、捜査の手法、判決を批判したものである。
また、物的証拠に不足、不自然な点があるとも指摘される。

多くの冤罪事件を手がけてきた弁護士の後藤昌次郎や、
『神戸事件を読む―酒鬼薔薇は本当に少年Aなのか?』(鹿砦社)の著者の熊谷英彦、
少年が在籍していた中学校の校長(当時)の岩田信義らが冤罪であると主張しており、
特に、熊谷の著作は冤罪主張派にとって重要視されている。
冤罪説の指摘のうち主なものを以下に記す。
第二の事件で殺害された女児の頭の傷は八角げんのうを左手に持って
殴りつけてできたと考えられ、右利きの少年がやったとは考えにくい
(「#右利きと左利き」も参照)。
第三の事件で殺害された男児の首は遺体を冷凍して切断した可能性が考えられる。
岩田は若いころ、来客に料理をふるまうためにニワトリを屠殺した経験があり、
ニワトリの首は簡単に切れなかったと述べている。
岩田は糸ノコギリで人間の首は切断できないのではないかと疑問を呈している。
筆跡鑑定の結果は声明文が少年によって書かれたものだと断定はできない
というものであった。
のちに、鑑定結果を弁護士から知らされた少年は「騙された、悔しい」
といって泣いたといわれている。
ただし、赤インクの太字と定規を使用したと見られる直線で描かれたもので、
筆跡をごまかしているため、鑑定の結果自体は冤罪の根拠とはならないという意見もある。
ただし、少年の中学での国語の成績は入学以来常に5段階評価の「2」で、
事件直前の授業の作文と比較して犯行声明のような高度な文法や複雑な
読みまわしの漢字を書く能力があったかどうかには疑問が残っている。
取り調べにおいて警察は声明文の筆跡鑑定が確定的であるかの様に説明し、
それを受けて少年は自白を始めた。これは違法行為であるため、
家裁審判においてこの自白調書は証拠として採用されなかったが、
少年の弁護士は非行事実について争おうとはしなかった。
少年の素行についての証言が逮捕直後から多数報道されていたが、
調査してみると多くは伝聞情報ばかりで直接の目撃証言が確認できない。
判決文による非行事実は荒唐無稽で実行不可能な部分が多い。
14歳少年に実行可能な犯罪とは到底考えられない。
犯行声明文は14歳少年が作成したものとは思えないほど高度である。
岩田は、この犯行声明文は全体的に難解な論理を特異な比喩を使いながら
展開しているにもかかわらず論旨は明快で、
成績の悪い少年Aに到底書けるとは思えなかったと述べている。

少年の母が2002年5月に少年と面会し、
「お母さん、あんたの口からハッキリと聞いておきたいことがある。○君を殺したの?
○君を殺したんは、本当にお前なんか? あの事件は冤罪ということはあり得へんの?」
と冤罪の可能性について尋ねた際、
彼は「あり得へん。間違いなくそうです。自分がやりました」と語っている。


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1997年6月28日のニュース映像

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1997年6月28日のニュース映像

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「少年A」の素顔(「フォーカス」1997年7月9日号)

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「フォーカス」1997年7月9日号『「14歳酒鬼薔薇聖斗」の学校と殺人動機』)

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『現在の「少年A」の素顔』であるとして2015年頃にインターネット上に拡散されていた画像(ソース不詳)

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殺人被害者の土師淳君(当時11歳)

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殺人被害者の土師淳君(当時11歳)

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殺人被害者の土師淳君(当時11歳)

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殺人被害者の土師淳君(当時11歳)

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殺人被害者の土師淳君(当時11歳)

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殺人被害者の土師淳君(当時11歳)

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殺人被害者の山下彩花さん(当時10歳)
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殺人被害者の山下彩花さん(当時10歳)
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1997年の5月27日に神戸市立友が丘中学校の正門に遺棄された被害者の頭部が
咥えさせられていた第一の声明文と6月4日に神戸新聞社宛に届いた第二の声明文

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1997年6月4日に神戸新聞社宛に届いた第二の声明文

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1997年の5月27日に神戸市立友が丘中学校の正門に遺棄された被害者の頭部が
咥えさせられていた第一の声明文

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1997年6月4日に神戸新聞社宛に届いた第二の声明文を郵送した際に犯人が使用した封筒

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1997年6月4日に神戸新聞社宛に届いた第二の声明文を郵送した際に犯人が使用した封筒

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1997年6月4日に神戸新聞社宛に届いた第二の声明文を郵送した際に犯人が使用した封筒

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1997年の5月27日に神戸市立友が丘中学校の正門に遺棄された被害者の頭部が
咥えさせられていた第一の声明文が入れられていた短冊状の封筒

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1997年の5月27日に神戸市立友が丘中学校の正門に遺棄された被害者の頭部が
咥えさせられていた第一の声明文が入れられていた短冊状の封筒

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事件が発生した神戸市須磨区のベッドタウン(「タンク山」から望む)(wikipedia)

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友が丘周辺地図(『神戸事件の真相を究明する会編パンフレットシリーズ神戸小学生惨殺事件の真相』)

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友が丘周辺の空撮画像

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最終的な頭部遺棄現場:神戸市立友が丘中学校 正門(神戸市須磨区友が丘七丁目283番地1)

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最終的な頭部遺棄現場:神戸市立友が丘中学校 正門(神戸市須磨区友が丘七丁目283番地1)

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最終的な頭部遺棄現場:神戸市立友が丘中学校 正門(神戸市須磨区友が丘七丁目283番地1)

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最終的な頭部遺棄現場:神戸市立友が丘中学校 正門(神戸市須磨区友が丘七丁目283番地1)

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最終的な頭部遺棄現場:神戸市立友が丘中学校 正門(神戸市須磨区友が丘七丁目283番地1)

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最終的な頭部遺棄現場:神戸市立友が丘中学校 正門(神戸市須磨区友が丘七丁目283番地1)

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最終的な頭部遺棄現場:神戸市立友が丘中学校 正門(神戸市須磨区友が丘七丁目283番地1)

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最終的な頭部遺棄現場:神戸市立友が丘中学校 正門(神戸市須磨区友が丘七丁目283番地1)

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最終的な頭部遺棄現場:神戸市立友が丘中学校 正門(神戸市須磨区友が丘七丁目283番地1)

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「タンク山」への近道である「チョコレート階段」(wikipedia)

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ケーブルテレビの施設(アンテナ基地)(神戸市須磨区友が丘九丁目22番地)(wikipedia)

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1997年5月25日時点での殺人被害者男児の遺体の胴体の状況
(ケーブルテレビの施設(アンテナ基地)(神戸市須磨区友が丘九丁目22番地)内
(『神戸事件の真相を究明する会編パンフレットシリーズ神戸小学生惨殺事件の真相』)

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正面から見たアンテナ基地の全景(『神戸事件の真相を究明する会編パンフレットシリーズ
神戸小学生惨殺事件の真相』)

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通称「タンク山」(神戸市須磨区友が丘九丁目22番地)近辺

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通称「タンク山」(神戸市須磨区友が丘九丁目22番地)近辺

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通称「タンク山」(神戸市須磨区友が丘九丁目22番地)近辺

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通称「タンク山」(神戸市須磨区友が丘九丁目22番地)近辺

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通称「タンク山」(神戸市須磨区友が丘九丁目22番地)近辺
慰霊碑は事件の犠牲者の冥福を祈る目的で一九九八年に建立された

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慰霊碑表側

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慰霊碑裏側(『平成十年八月二十四日 神戸市須磨区仏教会』)

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少年が万引きをしたコープリビングセンター北須磨店のあった場所
(神戸市須磨区多井畑字渋人谷上1番地1)(wikipedia)

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少年と男児が通っていた多井畑小学校
(神戸市須磨区友が丘三丁目106番地先)(wikipedia)

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「バモイドオキ神」を描いた、犯人の自筆イラスト。「バモイドオキ神」とは、犯行当時14歳であった神戸児童
連続殺傷事件の犯人が創作し、崇拝していた「神」の事を指す。「フォーカス」97年3月11日号。

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「バモイドオキ神」を描いた、犯人の自筆イラスト。「フォーカス」1998年3月11日号
(『初公開!少年Aが描いた実物の「バモイドオキ神と血判」』)

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「バモイドオキ神」を描いた、犯人の自筆イラスト。「朝日新聞」1997年7月19日
(※注:当時、マスコミによって報じられた犯人自筆とされるバモイドオキ神のイラストには、上図と本図
の二種類があり、どちらか一方がマスコミによって捏造されたものであるとする指摘がネット上に散見される)

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以下は、 3月の連続通り魔事件後の4月はじめごろ書いた作文で、
捜査の過程において押収されたもの。(「文藝春秋」1998年3月号に掲載)
本文中にある、 「魔物(自分)と闘う者は、その過程で自分自身も魔物
になることがないよう、 気をつけねばならない。深淵をのぞき込むとき、
その深淵もこちらを見つめているものである」
という一節は、ニーチェからの引用(ベストセラーになった『FBI心理分析官』
からの孫引きだとの指摘がある)。


H9.3.16
愛する「バモイドオキ神【しん」】」様へ
今日人間の「こわれやすさ」をたしかめるための「聖なる実験」を行いました。その記念として
この日記をつけることを決めたのです。実験の内容は、まず公園に一人であそんでいた女の子に
話しかけ、「ここらへんに手を洗う場所はありませんか?」と聞き、「学校にならありますよ」
と答えたので案内してもらうことになりました。2人で歩いている時、ぼくはあらかじめ用意していた
ハンマーかナイフかどちらで実験を行うか迷っていました、最終的にはハンマーでやることに決め、
ナイフはこの次にためそうと思ったのです。しばらく歩くと、ぼくは「お礼を言いたいのでこちらを
向いて下さい」と言いました。そして女の子がこちらを向いたしゅん間、ぼくはハンマーを取り出し、
女の子は悲鳴をあげました。女の子の頭めがけて力いっぱいハンマーをふりおろし、ゴキッという音が
聞こえました。2、3回なぐったと思いますが、こうふんしていてよくおぽえていません。そのまま、
階だんの下に止めておいた自転車に乗り、走り出しました。走っていると中、またまた小さな男の子を
見つけ、あとをつけましたが団地の中に入りこみ、見失ってしまいました。仕方なくもと来た道を
自転車で進んでいると中、またまたまた女の子が道を歩いているのが見えました。その女の子が
歩いている道の少し後ろの方に自転車を止め、公園を通って先回りし、道から歩いてくる女の子を
通りすがりに今度はナイフをつかってさしました。まるでねん土のようにズボズボっとナイフが
めりこんでいきました。女の子をさした後にその後の方に止めておいた自転車に乗り、家に向かって
走り出しました。家に帰りつくと、急きゅう車やパトカーのサイレンの音がなりひびき、
とてもうるさかったです。ひどくつかれていたようなので、そのまま夜までねむりました。今回の
「聖なる実験」がうまくいったことを、バモイドオキ神さまに感しゃします。
H9.3.17
愛する「バモイドオキ神」様へ
今日の朝新聞を読むと、昨日の「聖なる実験」の事がのっていたのでおどろきました。内容を読んで
みると、どうやらあの2入の女の子は死んでいなかったようです。ハンマーでなぐった女の子の方は、
意識不明の重態で入院し、ナイフでさした方の女の子は軽いケガですんだそうです。人間というのは
壊れやすいのか壊れにくいのか分からなかったけど、今回の実験で意外とがんじょうだということを
知りました。
H9.3.23
愛する「バモイドオキ神」様へ
今日の朝目が覚め、階段をおりて下に行くと、母が「かわいそうに、通り魔におそわれた子が亡くなった
そうよ」と言いました。新聞を読んでみると、死因は頭部の強打による頭蓋骨の陥没だったそうです。
頭をハンマーでなぐった方は死に、お中をさした方は順調に回復していったそうです。人間というのは
壊れやすいのか壊れにくいのか分からなくなってきました。容疑も傷害から殺人と殺人未遂に
変わりましたが、以前として捕まる気配はありません。
目撃された不審人物もぽくとはかけはなれています。これというのも全てバモイドオキ神様のおかげです。
これからもどうかぼくをお守り下さい。  
H9.5.8
愛する「バモイドオキ神」様ヘ
バモイドオキ神様、ぼくは今現在14歳です。もうそろそろ聖名をいただくための聖なる儀式、
「アングリ」を行う決意をせねばなりません。ぼくなりに「アングリ」についてよく考えてみました。
その結果、「アングリ」を遂行する第一段階として、学校を休む事を決めました。いきなり休んでは
あやしまれるので、まず自分なりに筋書を考えてみました。その筋書きとはこうです。
 
― 中略 ―
 
懲役13年

1.いつの世も・・・、同じことの繰り返しである。

止めようのないものは止められぬし、

殺せようのないものは殺せない。

時にはそれが、自分の中に住んでいることもある・・・

「魔物」である。

仮定された「脳内宇宙」の理想郷で、無限に暗くそして深い腐臭漂う心の独房の中・・・

死霊の如く立ちつくし、虚空を見つめる魔物の目にはいったい、

"何”が見えているのであろうか。

「理解」に苦しまざるを得ないのである。

2.魔物は、俺の心の中から、外部からの攻撃を訴え、危機感をあおり、

あたかも熟練された人形師が、音楽に合わせて

人形に踊りをさせているかのように俺を操る。

それには、自分だったモノの鬼神のごとき「絶対零度 の狂気」を感じさせるのである。

とうてい、反論こそすれ抵抗などできようはずもない。

こうして俺は追いつめられていく。「自分の中」に・・・

しかし、敗北するわけではない。

行き詰まりの打開は方策でなく、心の改革が根本である。

3.大多数の人たちは魔物を、心の中と同じように外見も怪物的だと思いがちであるが、

事実は全くそれに反している。

通常、現実の魔物は、本当に普通な“彼”の兄弟や両親たち以上に普通に見えるし、

実際そのように振る舞う。

彼は徳そのものが持っている内容以上の徳を持っているかの如く人に思わせてしまう・・・

ちょうど、蝋で作ったバラのつぼみや、プラスチックでできた桃の方が、

実物が不完全な形であったのに、俺たちの目にはより完璧に見え、

バラのつぼみや桃はこういう風でなければならないと俺たちが思い込んでしまうように。

4.今まで生きてきた中で、“敵”とはほぼ当たり前の存在のように思える。

良き敵、悪い敵、愉快な敵、不愉快な敵、破滅させられそうになった敵。

しかし、最近、このような敵はどれもとるに足りぬちっぽけな存在であることに気づいた。

そして一つの「答え」が俺の脳裏を駆け巡った。

「人生において、最大の敵とは自分自身なのである。」

魔物(自分)と闘う者は、その過程で自分自身も魔物になることがないよう、

気をつけねばならない。

深淵をのぞき込むとき、

その深淵もこちらを見つめているものである。

「人の世の旅路の半ば、ふと気がつくと、

俺は真っ直ぐな道を見失い、暗い森に迷い込んでいた。」
 

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神戸連続児童殺傷事件(2ちゃんねる)



1: :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/06(水) 17:34:04 ID:QQhlqH2s.net
無いので立てた
これほど衝撃的だった事件も少ないだろう


3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/06(水) 17:55:36 ID:???.net
確かに報道は凄かったな
恐らく90年代の事件ではトップクラスだったと思う


4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/06(水) 18:29:40 ID:0D7GGJsA.net
>>3
報道がそんなに凄かったっけ?


5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/06(水) 18:44:47 ID:???.net
報道凄かった。どのチャンネルもこれって感じだったな
俺が関西だからかもしれんが、犯人が14歳と分かった時のマスゴミのテンションは凄まじかった
ここぞとばかりの報道ジャックだった


8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/06(水) 19:48:13 ID:???.net
5月の連休の時だったかな?被害者の生首が発見されたのは
生首発見のニューステロップは衝撃的だった


9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/06(水) 20:45:13 ID:???.net
事件発生以後、新聞も毎日のように1面か社会面トップで報じてたな
倉庫の鍵を持った不審な男性が目撃、とかあやふやな情報が飛び交ってた
そして1ヶ月ほど経過して、犯人が14歳と分かった日にゃ・・・


10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/07(木) 00:01:38 ID:???.net
最初は30歳すぎの中年男による犯行じゃないかと言われてたような


12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/07(木) 03:49:37 ID:0i4CiZL2.net
となりの学校だったから、凄かった。
事件当日は普通に登校で、昼のニュースで生首って
わかって。緊急下校になる学校もあってあの一帯は
ピリピリしてたなあ、、、、


81 :サカキバラ何かたくらんでるのかな?何かの作戦?:2010/03/21(日) 17:32:50
ID:5w+HX2MN.net
神戸児童殺傷 元少年から手紙
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100321-00000414-yom-soci
2010年3月21日15時5分配信 読売新聞
神戸市須磨区で1997年に起きた連続児童殺傷事件で
殺害された山下彩花(あやか)ちゃん(当時10歳)の遺族に
当時14歳だった加害男性(27)から謝罪の手紙が届いた。
23日の命日に合わせた手紙は4年連続。彩花ちゃんの母、京子さん(54)は
「私たちの苦しみも想像しようとしていると感じた」と話している。
京子さんらによると、手紙は18日夜、神戸市内で男性の両親らから手渡された。
便せん4枚に小さく丁寧な字でびっしりと横書きされていた。これまでは差出人名がなく、
封も開いていたが、今年は初めて封筒に男性の名が記され、封もしてあった。
文面は謝罪の言葉で始まり、男性が人の優しさなどに触れながら暮らしていることが
垣間見られたという。
京子さんは「他者の存在によって自分を見つめられている」と感想を述べた。毎年、
手紙が届いたことを公表してきたが、男性が本心を書けなくなる可能性もあるとし、
今後は公表を控える意向も示した。男性は2005年に医療少年院を本退院し、社会復帰している。


102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/04/17(土) 15:26:50 ID:???.net
>>100 以下コピペ
週刊新潮2005年1月20日号より
女医を襲った!「少年A=東慎一郎」
今年(2005年)1月1日、神戸児童連続殺傷事件の「少年A」こと東慎一郎(22)が、
ついに関東医療少年院を正式に退院した。はたして病気は完治したのか。
事件は昨年(2004年)12月下旬に起こった。東慎一郎が、カウンセラーの精神科の女医を
暴行しようとしたというのだ。本来ならば、即刻、仮退院は取り消しのはず。だが、その事実は
密かに闇に葬られ、東真一郎は社会に放たれた。2004年12月24日、法務省は
「少年Aの保護観察が31日で終了し、年明けに完全に社会復帰する」との見通しを発表した。
はたして東慎一郎の病気は完治したのだろうか。被害者のみならず、一般の関心が
その点に向かうのは当然である。しかし、法務省は、「被害者への贖罪の気持ちを持ち続けている。
定職に就き、更生に向けた努力を重ね、精神的にも安定した生活を送っている」
と、そっけない説明を加えただけだ。加害者の人権に配慮するあまり、具体的な居住地や
仕事の内容、生活ぶりなどには一切触れていない。事件の被害者にも納得できる説明はなかった。
「昨年12月中旬頃、神戸の保護観察所で、法務省の方から最終報告という形で少年の
現状について一通りの説明を受けました」と話すのは、東慎一郎にナイフで刺されて
重傷を負った少女(当時9歳)の父親の堀川耕一郎さんである。「精神的な面でも何ら問題がなく
更生していると聞きました。ただし、法務省の人たちは絶対に具体的な話をしてくれないのです。
我々が突っ込んだ質問をしても、それについてはお答えできませんと繰り返すばかりです」
堀川さんは半信半疑で聞くしかなかった。「法務省の説明では、関東医療少年院からずっと
彼を担当している精神科のドクターが、定期的にカウンセリングを行ってきた。
そのドクターが、今後、一切、薬物の投与も必要ない、本人がそういった形で更生しているので、
再犯の恐れはない、とお墨付きを与えたということでした。
我々としては法務省の言うことですから、100%信用せざるをえない」だが、それで被害者の
不安が払拭されたわけではなく、不信感が残っただけだ。「法務省の方とは、昨年8月にも
一度お会いして話を聞きました。その8月時点と12月では、
相も変わらず同じ話を繰り返しているだけなんです。本人は更生しています、12月いっぱいで
我々の手を離れます、と。こう言っては何ですが、野放し状態になるわけですよ。
ですから我々は、8月のときにも、可能であれば、年が明けてからも監視のようなものを
幾分でも継続できないかとお願いしてみたのです。が、それに関しては一切できない、と。
代わりにボランティアの人たちがどういう状況で生活しているのかということを定期的に
我々の方に報告いただけるということでした。本当にお役人というか、そうしたことを淡々と
言うものですから、決められたことは仕方がないんだな、と感じただけでした」
少年犯罪としては異例の7年余にわたる入院期間だった。東慎一郎は、平成9年10月に
東京都府中市にある関東医療少年院に収容された。平成13年11月から1年間、宮城県の
東北少年院で職業訓練を受けた後、再び関東医療少年院に戻り、昨年3月にいよいよ
社会復帰に向けて仮退院。法務省は、年明けの退院までの手続きを、滞りなく進めることだけに
腐心していたかのような印象を受けるのだ。事件はその最中に起こっていた。


103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2010/04/17(土) 15:27:32 ID:???.net
東慎一郎が心を開いた相手
仮退院中の東真一郎の居住地について、法務省は 「近畿地方以外」としか発表していないが、
彼は、首都圏近郊で生活している。法務省関係者はいう。「彼は、ひきこもりや不登校の
子供たちを支援し、就労などの世話をする民間の団体の関係先にいます。その団体には
協力企業が何社かある。その団体の自立支援プログラムに沿って、彼はそのうちの1社で
働いています」東慎一郎には、保護観察官が24時間体制で張り付いていた。
また、関東医療少年院で担当だった精神科の女医のカウンセリングを、1週間に1度の割合で
受けていた。退院に向けて、順調に回復しているように見えたのだろう。だが、それは彼を
更生させたいという当局の希望的観測に過ぎなかった。昨年12月のことである。「実は、
東慎一郎が、カウンセリングの最中に、その女医を押し倒して暴行を働こうとしたのです」
と、先の法務省関係者は打ち明けるのだ。「それで大騒ぎになり、東慎一郎本人も精神的に
非常に不安定になったので、急遽、精神病院に入院させた。とてもじゃないが、
社会復帰させられる状態ではなかった」東慎一郎は、居住地に比較的近い国立の精神病院に
ひとまず入院させられた。ところが、そこでまた問題が生じたという。「東慎一郎を入院させた
直後にわかったのですが、昨年秋に、その病院の井戸からヒ素が検出されて問題になり、
新聞沙汰になったことがあった。ヒ素の件でまたマスコミが取材に来たら、東慎一郎が
入院していることも漏れてしまうんじゃないか、という恐れがあり、法務省や警察庁の
担当部局は転院先を探すので、一時、てんやわんやの騒ぎになった。「結局、その病院は出て、
別の病院に転院したのです」(同)東慎一郎は、どうしてその女医を襲ったのか。
「彼は、その女医に心を開いており、医者と患者を超えた信頼関係があった」と話すのは、
関東医療少年院の関係者である。「東慎一郎の性的サディズムなどの異常な性格は、
母親との関係が大きく影響していた。彼は母親を憎んでおり、心を閉ざした彼を治療する
ためには、職員が擬似家族的な関係を作ってカウンセリングに当たる必要があったのです。
そのために彼女がスタッフとして加わった。東慎一郎の母親より3歳年下ですが、
細身で髪の長い面長の女性で、年齢よりずっと若く見える。松本零士のマンガに出てくる
女性のような美人です。彼女が親身になって接したおかげで、彼は心を開くようになった」
別の関係者もこう話す。「彼は最初は女医を母親のように思っていたが、やがて恋心に
変わっていったようだ。院生の話によれば、その女医に『キスしてください』と頼んだことが
あったし、院生の1人が東慎一郎の前で女医の悪口を言ったら、東慎一郎は本当に怒って、
ボールペンでその院生を刺そうとしたこともあったのです」東慎一郎の性的関心が、
残虐行為からようやく異性に向けられるようになった。彼にとっては、閉ざされた医療少年院の
生活の中で、深い触れ合いを持った唯一の女性だったのである。
攻撃性に性衝動が結びついた
だが、そうした性衝動は、必ずしも東慎一郎の病気が完治したことにはならない。帝塚山学院
大教授の小田晋教授は語る。
「カウンセリングの過程で、感情転移ということが起こる。精神分析的な療法をやる際に、
心の絆を作るために母親のような愛憎を与えようとすると、相手は本当に好きになって
しまうんですね。しかしその感情に母親役の女医は当然応えられなくなってしまう。
東慎一郎にしてみれば、裏切られたという気持ちになって、そうした行動に出たのだと思う。
彼は、東北少年院で、他の院生から、からかわれて、自分の性器を切断しようとした
一件があった。これは衝動性に、性的なことが絡んでいる傾向が切れていないということです。
攻撃性に性衝動が結びついている。女医に手を掛けたということは、まだ性と結びついた
衝動性が治っていないということなのです」精神科医の町澤静夫氏もいう。「女医を襲った
という行為は、東慎一郎が性的な感情のコントロールを十分にできていないととらえる
ことができる。仮に性的サディズムが克服されていても、それでは、私たちは安心する
ことはできない。また、性的サディズムがある一方で、普通の性愛もあるということは
非常によくあるケース。現在の状態は、性的サディズムが心の奥に隠れて表に出なくなった
だけということも十分ありえます」 専門家は、現状での退院に疑問を呈するのである。


190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/02/11(金) 23:47:02 ID:???.net
酒鬼薔薇くん、医療少年院での奇行
ゴキブリを食べる「君たち、こんな事で驚いていちゃいけないんです」母についてのイメージ
「かわいいブタ、死ね」陶芸作品「贅肉の精」七夕の短冊「ミドリガメの甲羅をエアガンで
木っ端微塵に吹っ飛ばしたような人と出会って欲しい」赤ちゃんの写真がハサミで切り
刻まれた作品「肉体と精神の融合」46歳の女医に「キスしてください」女医を侮辱した院生
に対し、ボールペンを突き付ける。HITOEちゃんを不細工とディスる院生に対し「褒める
練習をしなさい」罰ゲームのモ娘。を大声で堂々と歌い、踊る。Kiroroのピアノがタイプ


359 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/04(日) 01:59:59.57 ID:???.net
酒鬼薔薇ってエロビデオとか見るのかな?


360 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/04(日) 11:09:24.07 ID:fAiCsW4d.net
>>359
確か友達と一緒にAV見たことがあったって記述が14歳の肖像かなんかにあった気がするよ
でも全然興奮しないし、何が面白いのかわからなかったらしい
彼の性的な欲求の対象はそのころにはもう、血とか内蔵とかそういうグロテスクなものに
向けられていて、だから人を殺してその内蔵をかみちぎり、血をすする妄想で自慰をした
……とかそんなことが書かれてたような気がする


384 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/05(木) 11:39:39.63 ID:???.net
薔薇の居住地は、
1,私の住んでる千葉県某所(前出の市橋が住んでた市)
  噂の根拠は大きな精神病院があるから。
2,義実家のある福井県某市
  根拠は薔薇両親が逃げ住んで家を建てたとの噂
3,従兄弟が住んでる北関東某市
  根拠はスポクラのサウナではこの話題で持ちきり。
  出所は薔薇を引き受けた某町内会役員の愚痴
4,ご近所さんの実家のある平塚
  これは既出
などなど、誰もが自分の周辺でこの噂がある。


425 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/28(土) 17:27:06.45 ID:???.net
―そんな事を話しながら、駐車場から団地内のバス停まで歩いた所で、少年は、
「少しだけここで待ってて。いいものを見せる」と言うと、どこかに姿を消した。
五分ほどたって戻ってきた時、海苔の佃煮の空き瓶のような小さな瓶を手に持っていた。
塩をいっぱいに詰めた中に、三個の肉片が入っていた。それを見せながら、少年は言った。
「猫の舌や。校門に猫の死体を三匹置いたんやけど、知らんか」友人らは「知らない」と答えた。
少年は「学校に仕返しをする」とも言ったが、それ以上は語らなかった。


426 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/28(土) 17:42:18.91 ID:???.net
二十四日夕、友人らとの約束の集合時間を三十分ほど過ぎてから、
黒いかご付き自転車で現れた少年の髪は洗い立てのように濡れ、紫色のトレーナーの
背中や脇に土や草がついていた。「どうしたん?」不審に思った友人が尋ねると、
少年はこたえた。「山で寝とったんや」友人たちは「そういう事をやりそうなやつだから、
別に気にもとめなかった」と、のちに話している。十分ほど歩いて三角公園に移動し、
さらに話を続けた。少年が同級生に暴力を振るった場所だ。「ここで殴ったんや」
少年は長さ二十センチほどの鞘の付いたナイフを手でもてあそびながら、
こんな事を口にした。「そのうち俺は大きな事をする。見とってみ」


459 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/29(金) 10:25:38.18 ID:???.net
★酒鬼薔薇聖斗(東真一郎)と家族の近況  (週刊新潮)
出所前の面会で母親が「出所しても親らしいことはしてあげられない。
篤志家の方々に支えてもらって自立して生きていってください」。
事実上絶縁、母は関西で酒鬼薔薇の親だと知られずパーで働く。
上の弟は学者目指して大学工学部進学後、現在はアニメの学校。
下の弟は高校中退で働いてる。


460 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/29(金) 10:51:54.59 ID:???.net
◆「酒鬼薔薇聖斗」逮捕から15年 30歳になる「少年A」の手紙 (週刊新潮)
親族談「両親はいまはあの子とは会っていません。東北少年院などには母親が度々面会に
行ってました。その時”社会に出たら親として支えることはできないし、あなたが自立
できるためにも会わないようにする。周囲の皆さんに助けられながら生きる道を探し、
一人で頑張るんだよ”と告げたのです。以来親子の関係を切りました」
あの事件以降、少年Aの両親は追われるように西日本の地方都市で生活。親族談「父親は
ある電機関連会社で技師として働いています。周囲は誰もあの子の父親とは知らない
そうです。母親はスーパーでパートしている。切り詰めた生活をし、できるだけ被害者の
ご家族への賠償金に充てるようにしています」「上の弟は大学に進学し、一時は工学系の
研究者を目指していた。いまはその道を諦め、アルバイトをしながらアニメ関連の
勉強をしている。下の弟は高校卒業後、家計を支えるために進学をせず、量販店に
就職しました。でも、若くして責任ある立場を任されたことで精神的なプレッシャーが重なり
その会社を辞めて別の仕事を始めました」


461 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/29(金) 11:07:40.30 ID:???.net
現在、両親と少年Aの連絡の手段は手紙のみ。時折彼から「元気でいます。
心配しないでください」などと書かれた手紙が送られてくる程度だという。
なぜ電話でやり取りをしないのかと言うと万が一にも発信記録から少年Aの居場所が
第三者に特定されてしまう恐れがあるため、使わないようにしているそうだ。


539 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/01(土) 16:38:00.37 ID:???.net
この事件はこいつが犯人じゃないよ。猫殺しやハンマーで殴ったってのは事実。
首を校門に置くには当時160cm位のAが198cmの塀に置くのは難しい。
11歳の平均体重は40kgとして頭部はやく5kgをバランスよく置くのは不可能。
ましてや自宅でどうやってバラすんだよ(自宅でバラしたことになってるけど、血痕は発見されてない)
カバンについてた血痕は後から付けようと思えばできる)
(江戸時代のさらし首を置いていた時でも周りに粘土で固定していたくらいなのに)
繊維片については97/6/2付けの毎日新聞に記載されている
消印が分からなくするためにコーティングされてたのはご存知かな?
これは素人には無理、また、科捜研の鑑定では犯行声明文とAの筆跡は一致していない
ここで事件の核心について
警察(公安)は当時革マル、過激派の検挙に全力を挙げていた
当時関西では革マル派がNTT、JR労組の関わりが騒がれており、とりわけ須磨には
共産党が強い地域でこの事件を利用して、非公然に摘発したいという意図があった。
その後、半世紀に渡り人権派(革マル)団体がAは冤罪であると訴えてきた。
後に革マル派はAの供述調書を盗んだとして(無実主張!)非公然アジトが摘発されている。
この事件後少年法の改正議論が加速したのは偶然か?同様の事案はたくさんある
東京のナンペイ事件はわざと解決しない。八王子近辺は創価大や真如苑、当時は
オウムキャンプもあったしヤクザも点在してた。宗教団体にはなかなかは入込めないが、
解決しなければ未来永劫捜査という名のもとにいつでも介入できる。


540 :名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/01(土) 17:17:18.22 ID:???.net
>>539
まず、ちゃんと事件の詳細を読みなさい。
アホな妄想ばっかして、アンタきっと近所の人からキチガイとか知恵遅れとか言われてるよw


598 :名無しさん@お腹いっぱい。:2013/05/24(金) 18:19:57.58 ID:???.net
<神戸児童連続殺傷>被害者の父 16年 癒えぬ心境吐露
神戸市須磨区で1997年に起きた小学生連続殺傷事件で、小学6年だった土師(はせ)淳君
(当時11歳)が殺害されてから丸16年となる24日を前に、父守さん(57)が
報道各社に手記を寄せた。「どれほどの年月がたとうとも、親としての子供への思いが変わる
ことはありません」とつづり、いまだ癒えることのない心境を吐露した。さらに各社の取材に、
今年も加害者の元少年(30)からの手紙を代理人弁護士を通じて受け取ったことを明かし、
「昨年に比べても変化があり、自分自身ときちんと向き合い、さらに深く考えるようになっている
と感じました」と答えた。手記では、元少年について「彼自身の言葉で、私たち遺族に説明
してほしいと思っています」と訴えた。また、各地の自治体で制定が進んでいる犯罪被害者支援に
関する条例に触れ、「犯罪被害者が声を出すことができるということは精神的には非常に大きな
影響を及ぼす」と歓迎した。法制審議会が2月に答申した少年法改正要綱については、審判を
傍聴する対象者の範囲拡大や成育歴などを記した社会記録の閲覧許可などが盛り込まれて
いないとし、「少年法は、被害者の犠牲の上に成り立っている法律であることには変わりは
ありません」と苦言を呈し、今後の継続的な見直しを求めた。


714 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/09(木) 18:10:51.52 ID:d3FM3FRt.net
明日発売の月刊誌【文藝春秋】5月号から
⇒衝撃スクープ:少年A(酒鬼薔薇聖斗)神戸連続児童殺傷、家裁審判「決定(判決)」全文公表
■裁判所が認定した事実こそ少年事件を考える原点であるべきだ 佐々木央(共同通信編集委員)
http://gekkan.bunshun.jp/articles/-/1276


715 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/04/09(木) 20:41:11.37 ID:???.net
家裁決定全文を掲載=神戸連続殺傷事件で文芸春秋
神戸市須磨区で1997年に起きた連続児童殺傷事件で、当時中学3年の加害男性を
「医療少年院送致」とした神戸家裁の決定全文が、10日発売の月刊「文芸春秋」
5月号に掲載されることが分かった。
家裁は決定時に要旨のみの公表にとどめていたが、文芸春秋の担当者は
「この事件は現在も続く重大少年事件の原点。全貌を知ることで汲み取れる教訓
は多いと考えた」と話している。
神戸家裁は97年10月、逮捕時14歳だった男性の審判で、小学6年土師淳君=当時(11)
=らを殺傷した非行事実を認定し、「医療少年院送致」の保護処分を決定。
事件が社会の注目を集めたことを考慮し、「少年事件の秘密性および審判の非公開性
の原則に抵触しない限度」で要旨を公表した。
神戸家裁の裁判官として決定を出し、公表に関わった井垣康弘弁護士は「公表される全文
でも加害男性の名前は出ていない。少年法には触れない」と説明。「要旨では男性の成育歴
が大きくカットされた。事件の特殊性や、その後も重大な少年事件が相次いでいることにかんがみ、
全文を国民に読んでもらうべきだ」と話した。 
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150409-00000069-jij-soci


732 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/06/10(水) 09:07:45.89 ID:???.net
神戸連続児童殺傷事件、元少年・東慎一郎が手記出版
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150610-00000007-asahi-soci
1997年に神戸市須磨区で起きた連続児童殺傷事件の加害男性東慎一郎(32)が、
「元少年A」の名で手記「絶歌」(太田出版)を出す。犯行に至った経緯や事件後の生活、
現在の心境などをつづっている。早ければ10日から書店に並ぶ。
太田出版の岡聡社長は「少年犯罪が社会を驚愕させている中で、彼の心に何があったのか
社会は知るべきだと思った」と出版の意図を説明。「本は本人の手紙を添えて遺族に届けたい」
と話している。当時14歳だった元少年東慎一郎は、
97年2〜5月に同じ区内に住む児童5人を襲い、小4の女児と小6の男児を殺害、
3人に重軽傷を負わせた。事件は社会に大きな衝撃を与え、刑事罰の対象年齢を
16歳から14歳に引き下げる少年法改正のきっかけにもなった。
手記は全294ページ。「精神鑑定でも、医療少年院で受けたカウンセリングでも、
ついに誰にも打ち明けることができず、二十年以上ものあいだ心の金庫に仕舞い込んできた」
として事件前からの性衝動を明かし、犯行に至るまでの自身の精神状況を振り返っている。
また後半では2004年に医療少年院を仮退院後、家族と離れて身元を隠し、
溶接工や日雇いアルバイトで暮らしていたことを書き記している。
現実社会の厳しさに直面しつつ、周囲の人々の支えによって罪と向き合う姿がつづられる。
一方で「自分の物語を自分の言葉で書いてみたい衝動に駆られた」などとして、
書くことが生きる支えになっていたことも明かしている。
巻末では「被害者のご家族の皆様へ」と題し、「どれほど大切なかけがえのない存在を、
皆様から奪ってしまったのかを、思い知るようになりました」とつづった。


766 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/06/13(土) 14:37:52.99 ID:SCvhOcPK.net
名前: 名無しさん 投稿日:2005/07/07 13:15 ID:SgSoC4iA
酒鬼薔薇聖斗こと東真一郎の現居住地についてはさまざまな情報が入り乱れているが、
「近畿地区ではない」(関東地方更生保護委員会)ことだけは、被害者遺族に説明されている。
そこで近畿地区は除外することとして、具体性が高い情報をいくつか列挙する。
1.東京都多摩市(聖ヶ丘1丁目の都営住宅)酒鬼薔薇の退院騒動から取材を続けている
週刊誌記者いわく「昨年末から市役所には問い合わせがあったそうです。
少年A入居反対の署名を集め市役所に提出するものまで現れた、とか。
4月10日の退院騒動以降は、具体的なマンション名まであげた所在情報が飛び交っています。
もう、噂というより、真実として受けとめている人のほうが多いですね」
2.長崎県西彼杵郡時津町(浜田郷スカイマンション)就職先はすぐ近くにある三菱電機。
清掃工場勤務との説も。2004年に入ってからは「すでに引っ越して来た」「姿を見かけた」
という話まで流れた。地元の小学校では父兄に対し、注意をするようにという通知が配達された、という。
3.岐阜県各務原市(東山ニュータウン)酒鬼薔薇の父親は事件当時、
神戸の川崎重工に務めていた。その後も退社することなく、神戸から各務原の工場に配置転換。
東山ニュータウンは、 川崎重工の社員が多数住んでいる団地だった。
家では父親と2人で同居。団地では注意を呼びかける回覧板が回された、という。
ちなみに酒鬼薔薇の現状は「溶接の資格を生かして、毎朝8時にある篤志家が経営する
工場に歩いて出勤」とのこと。
また東という苗字を捨て、別の苗字(西田?)を名乗っている可能性が高い。
ちなみに神戸市須磨区に事件当時から今なお残る酒鬼薔薇の家(空家)には現在
「西田」という表札が掲げられている。
体格は、19歳当時のデータで身長165僉紳僚46kg。


768 :名無しさん@お腹いっぱい。:2015/06/13(土) 16:17:35.65 ID:???.net
神戸連続児童殺傷 遺族が出版社に抗議文 加害男性の手記出版受け
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150613-00000007-kobenext-soci
1997年に神戸市須磨区で起きた連続児童殺傷事件で、加害男性(32)が手記
「絶歌(ぜっか)」を出版したことを受け、小学6年の土師(はせ)淳君=当時(11)
=を殺害された父親の守さん(59)と代理人弁護士が発行元の太田出版(東京都)に
抗議文を送ったことが分かった。手記の速やかな回収を求めている。送付は12日付。
抗議文では、手記の出版について「突然報道で知らされ、唖(あ)然とした」
「多大な衝撃を受けており、いたたまれない気持ち」とした上で、加害男性について
「これまでの謝罪の手紙は何だったのか?」「心からの謝罪だったとは到底思えなくなった」
と不信感をあらわにし、「(事件から)18年もたって今更、事件の経緯、特に淳への冒涜的行為
を公表する必要があったとは思えない。むしろ、自己を正当化しているように思える」と強く非難。
太田出版に対しては「貴社の出版行為によって事件があらためて社会の耳目を引くことになり、
また淳への残忍な行為が広く社会に知られることとなった」とし、同社の担当者が報道で
「批判はあるだろうが」「反発やおしかりも覚悟している」などと発言したことについて
「遺族の二次被害について検討した形跡が全くなく、むしろ二次被害もやむを得ないと考えているようで、
極めて配慮を欠き悪質」と指摘している。
さらに「加害者側がその事件について手記などを出版する場合には被害者側に配慮すべきであり、
被害者の承諾を得るべきだ。出版・表現の自由は無制約のものではなく、
他者の権利・利益を侵害することは許されない」と強く抗議している。
 


@@@@@@@@@@

補遺:『存在の耐えられない透明さ』について


『存在の耐えられない透明さ』は、本件の加害者とされる男性が、2015年から
2016年にかけて開設していたサイトの名称である。
自作アート作品の画像や自身が鑑賞した小説等のレビューなどによって
構成されていた(サイト画像8枚)。


SnapCrab_NoName_2015-9-10_11-48-4_No-00


SnapCrab_NoName_2015-9-10_11-48-26_No-00


SnapCrab_NoName_2015-9-10_11-48-52_No-00


SnapCrab_NoName_2015-9-10_11-49-16_No-00


SnapCrab_NoName_2015-9-10_12-31-45_No-00


SnapCrab_NoName_2015-9-10_12-32-29_No-00


SnapCrab_NoName_2015-9-10_12-32-52_No-00


SnapCrab_NoName_2015-9-10_12-33-34_No-00


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