心理・福祉関係

家族機能の回復をめざして 見守るから、支えるへ

2012年子どもの理解を深めるための連続講座の第三回として
山梨県立大学人間福祉学部の西澤哲先生の講演が行われました。

タイトルは
「家族機能の回復をめざして 見守るから、支えるへ」。

今回も例のごとく18枚もスライドがあったにも関わらず
使用したのは10枚程度www
しかも後半はかなり端折りながら・・・・それでも十分ではありましたがw

冒頭の挨拶から講演へ入り込むことが多い西澤先生ですが
今回はどれだけ忙しかったのかという経過報告からww
(もうここに来るのも12回目(つまり12年連続)なのでこれで最後だから
言いたいこと全部言って終わりにするんだとか
児相と何かあったんだろうかと勘ぐってしまう挨拶もあり)

一般的にこういう挨拶をしたら
あまり講演者に対していい印象を持たないのじゃないかと思うけれど
やっぱり西澤先生は別格ですね。
かなり毒舌なんだけれど、ユーモアとペーソス(と言うより自虐?)と
どこまで行っても真摯に問題に取り組んでいる姿勢に
これが西澤先生(西澤節)だと思ってしまうんです。
(あ、今回も盟友・・いやライバル?wの杉山先生への一言がありましたw)

さて、その講演内容。

「乱用」(abuse)する親の心理から。
「虐待」という言葉ではなくて「乱用」という言葉を使う方がいいとのことで
その「乱用」とは何かから。

*子どもの存在や関係を利用して親が何かを得ている関係
*未充足の愛情欲求:役割逆転
*支配欲求:無力感の代償

@PAAIによる世代間伝達の乱用心性の理解
*体罰肯定観:被虐待体験の納得
*自己欲求の優先傾向:子ども期の欲求の持ち越し

自分自身がよく生きれていないことを
子どもを支配することによって払拭しているのではないかと。
自分も体罰を受けて育ってきた親は、体罰を肯定し、
自分が受けてきた体罰を自分自身納得させる。
自己欲求の優先傾向に関しては
例えば、自分がドラマのDVDをレンタルしたくても
まずは子どもがポケモンのDVDを借りたいと言ったら
そちらを優先させてあげる等、健全な関係だと、
自分自身(親)の欲求があっても優先順位を譲ることができるが
それが出来ないと、恋愛を優先させてネグレクトなどが起こったりする。
問題だけを捉えるのではなくて、
これらの問題がどこから来ているのかを考えることが必要であるとのことでした。
この考え方は今回の講演で一貫して述べられていました。

「乱用」する親の心理
@誰のための育児か?
*健康的な育児 : 子どもの幸せ、幸せのお裾分け
*乱用的な育児 : 自分の幸せ、欠けたものを補う
→ 一般的な少子化傾向と社会的養護の多子化傾向
@親密な関係に限局された暴力の意味
*「甘えの構造」の関与?

乱用的な育児は、自分の幸せのために子どもを生み、育児をする
それによって自分の中の欠けたものを補おうとしているものである。
このスライドで自明ではあったけれど、改めて認識したのは
一般的に少子化というのは言われているし、数値にも表れているけれど
一方でその少子化にも関わらず、社会的養護を受ける子どもの数は
多くなっているという現実です。
子どもの数は減っているのに家で暮らせない子どもが増えているのは
どうしてだろうということを考えていく必要があります。

虐待・社会的養護の生成過程に関するモデル
@「妊娠先行結婚」(いわゆるできちゃった婚)の増加
*出生に占める割合 : 10代80%、20代前半60%
*少子化 しかし10代の出生数の増加
*妊娠先行の意味(子どもの利用)と夫婦関係の脆弱性
*2010年国勢調査による単独世帯の増加
@若年母子家庭の増加と経済的困窮
*約80%は母親が親権
*母子家庭の平均所得 : 約2.130.000円
@母親(特に若年母親)の稼働状況
*職業技術・経験の欠如
*夜間の飲食・風俗関係
@子どものネグレクトと社会的養護の増加

これに関しては断定するわけではないけれどと前置きをしながら
この流れ(モデル)によって虐待・社会的養護が
生成されていっているのではないかという懸念を強く訴えておられました。

少子化だけれども、10代の出生数が増加しているというのは
上記の「妊娠先行結婚」にリンクしているところがあり、
二人の結婚への意識が高まって結婚するというプロセスではなく
「子どもができてしまったから結婚する」と言った
いわば、「子どもを利用した(理由にした)」結婚であるため、
夫婦関係はかなり脆弱であるといえる。
夫婦関係が脆弱であると、早くして別れる可能性が高く、
(出来ちゃった婚は3年で破綻する率が高い)
「妊娠先行結婚」では10代、高校在学中に妊娠などのケースも多く
若年母子家庭(母親が親権を持つことが多い)が増加することにつながる。
若くして結婚したため、いうなれば社会性が未熟で仕事経験もないため
結局そういう若い母親がどのような職についていくかというと
夜間の飲食業、そして風俗関係となっていくパターンが多い。
(風俗関係では同企業で無認可託児所を設けているところも多い)
それがネグレクト・社会的養護の増加につながってゆくとのこと。

風俗へ行ってしまう前にどう止めていくか
若年母子家庭をどう支えていくか、その必要性とともに
このような経過(流れ)を分析する必要性を訴えられました。

社会的養護におけるFSW(ファミリーソーシャルワーク)のあり方
@すべての子どもに「家族」はある→子どもすべてがFSWの対象
@現実の家族のみならず、内的世界の「家族」も扱う
@家族のためではなく、子どものためのFSW
 →子どもの支援のために家族が内を提供出来るのかという視点
@「家族再統合」ではなく「家族機能の回復」

ここでは「家族再統合」と言い出したのは自分で、
自分の思惑とは違った再統合の言葉のイメージが広がってしまったと
謝罪した上で、「家族機能の回復」を目指すべきとの言葉がありました。

昔は、精神障害の親の状態が酷いときに、医師より、
親のために子どもを離しては(親子分離しては)いけないとの意見で
分離をしなかった時期があったけれども、
子どもを救うのが一番で、大切であるということを忘れてはいけないこと、
その子のマイナスになっているのは何かを考え
手だて(手当)を考えていく、在宅(親子分離しない)でゆくのであれば
こういう支援の方法を考えていかなければならないという話があり
当たり前のことではあるけれども、忘れがちになる視点を思い出した話でした。

社会的養護におけるFSWの実践
@家族のもとに帰ることが出来ない子ども
*「親をあきらめる」ための支援 : 事実への直面化とサポート
*親の「説明責任」(accountability)
@親との接触が全くない子どもにも必要なFSW
*内的世界の家族への接近
@「家族調整」的FSWが陥る危険性
*親の自己欲求優先傾向 :継続する子ども乱用
*無自覚・無計画な家族との接触の危険性
・子どもの「罪悪感」の強化
・parentified child (caretaker)
・見捨てられ感の強化

親が子どもに自分にはこんな問題があって
だからあなたを育てられないのだという説明をすべきであり
これによって子どもは状況(あの母では自分を育てられないのだ)を
理解するというもの。
これは厳しい意見かもしれないけれど、とても共感できるものでしたね。
子どもは自分の問題によってこういう状況になっているのだと思うので
それは違うのだということを、きちんと親の言葉で説明し謝罪するのは
親としての責任でしょう。
このことと、親の「問題」への支援は別問題なので
それをきちんと別物として捉えることが支援者としては必要と思いましたね。

parentified child (caretaker)子どもとして生きられない子どもに関しては
例えば、小さい弟や妹の面倒をみることを強いられた子どもは
このままで生きると将来、病理となる可能性があり
それを支援するのであれば、子どもに戻れる時間を作ってあげる等の
支援が必要ということでした。

長くなってきましたので、端折ります。

個人的に大事だなと思ったポイントだけ。

社会的養護におけるFSWの現状と問題点で、
家族のアセスメントと支援プランの問題として
「養護問題」の発生に至ったフォーミュレーション(力動的説明)の不在
をあげ、カテゴリは一緒(つけられる病名は同じ)だけど
背景を考えないと支援につながらない、
何故この問題が起こってきたのかという診断(フォーミュレート診断)が
必要であるとの話があり、
また何が問題かを共有しないと支援が出来ないとも。
前に述べたFSWの実践の話で触れたことにつながるけれど
親への支援も子どもに伝えることが必要で
これがないと子どもが親の心配をしてしまうとのこと。
親を支援することを考えて実践していくのは
あなた(子ども)の仕事ではないということを明確に伝えてあげるべきとのことでした。

虐待傾向のある親・家族への支援として
大変難しいけれど、子どもに対する「共感性」への道筋の模索
子どもの視線に立てる支援の大切を話されました。
また、過去と現在の切り離しの工夫として
過去のことが現在のことに影響はしているけれども
過去された虐待と現在は違うと言うことを伝えていくこと。
そして、これは全体の締め括りとなるのでしょうが
単に親への支援ではなく、社会全体で支援を保障し
考えていかなければ難しく、意識を変えるということは
制度を変えると言うことであり、社会制度で取り組んでいかなければならないと。

最後に家族や親の持つ「力」への着目では
病理の一方で、力や健康さという、持っている力や健康にも注目して
強化していく必要性を挙げられました。

失敗したことや問題ばかりに目を向けるのではなく
成功した事例を検討することはとても意味があり、
どうすれば上手な支援につながっていくかがそこにあるという言葉は
事例を検討しているときに常々思っていたことなので心強く思いました。

児童の問題ではあるけれど「共感性」に関してや
支援者の視点についての問題は
私の今関わっている高齢者の問題にも当てはまり
とても共感出来、有意義な時間を過ごすことができました。


願わくば、もうこれがラストと言わず、
また西澤先生に講演して頂けたら嬉しいですね。





乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)とは? ~事例を通して対応を考える~

乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)の勉強会に行って参りました。

奇数月にF-CAPCでやっている児童虐待防止の研究会の一環として
いつもは事例を見当しているのですが、
今回は小児科の先生をお呼びしての勉強会。

医療の現場からの報告だったのですが
とても分かりやすく、また虐待と判断した後の連携等についての話は
臨場感にあふれていて大変興味深かったです。

死亡事例を含め、どのような経緯で来院し、
所見を経て虐待と判断して一時保護になるまでを
時系列で、また所見の取り方(見方)など
実際の被虐待児の写真で説明をしながらの講義だったので
SBSの傾向(冬場に多く、搬送は夜が多い)もよく分かったし
SBSの3主徴(@硬膜下血腫もしくはくも膜下出血
@一時性脳実質損傷に基づくびまん性脳浮腫
@広汎で多発性・多層性・多形性の網膜出血)や
SBSの診断(@3主徴がそろっていて、3m以上の高位落下事故や交通事故の根拠がない
@硬膜下血腫と特徴的な眼底所見 @硬膜下血腫と特徴的な脳実質損傷
@硬膜下血腫に多発性後部肋骨骨折や下肢の骨幹端骨折をともなう場合、強く疑う)など
よく理解出来ました。

一番印象に残ったのは、一時保護を両親に告知するシステム。
病院全体で子どもを守る体制にあるということと
告知をする医師、それに対して責任を取る医師、
そして両親に寄り添う医師と医師の役割分担が出来ているということは
なるほどと思いましたし、素晴らしいなと。

特に両親に寄り添う医師は重要なポイントであると思うし
一時保護され、その後自宅へ戻った子どもを連れて再度受診し
その子どもに関する書類の既往歴に虐待で入院したことをどう書けばいいかと
医師に相談する人もいるというエピソードに、
寄り添う医師の重要性を感じるとともに少し心が救われた気がしました。

警察の仕事は子どもを守らない、
医師は子どものみならず親も含めて守っていかなければならないという言葉が
とても心に残ったのでした。

福岡児童虐待防止研究会のお知らせ

明日になってしまいましたが、児童虐待防止研究会のお知らせです。

F・CAP-Cでは今年度、赤ちゃんの泣き声をきっかけに起こることが多い
乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)を防止するためリーフレットを作成し、
県内の分娩取扱い医療機関にご協力をお願いしてその普及を図っています。

そこで今回は、乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)について事例を通して学びたいと考え、
下記の研修会を企画しました。


「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)とは~事例を通して対応を考える」

場 所  : あいれふ 7階 第2研修室 
講 師  : 福岡大学筑紫病院小児科  小 川  厚  先生 
参加資格: 福祉・保健・医療・教育・司法他、児童虐待防止にかかわる援助職の方

乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)のケース経験が豊富な小川先生に、ご講演をお願いしています。

SBSに対する病院の対応、関係機関として考えておくべきこと・・・・等について、
じっくり学ぶ機会になればと思っております。

参加資格のある方で、ご興味のあられる方は是非ご参加下さい。

平成24年度介護報酬改定

平成24年度の介護報酬改定についての諮問書が公開されました。

うちに関わってくるのは通所介護と訪問入浴。
ざっと見たところ、訪問入浴は従来通りで変更はなしの模様。

問題は通所介護。
以前もここで(日記は楽しくと思っているので極力こういったことは
書かないようにしているのだけど)「通所をつぶす気か!」と書いたことがあったけど
予想通り、厳しい内容でした。

何が一番厳しいって、サービスの時間区分の変更でしょう。

時間区分の見直しに伴い基本報酬(一日当たり)が再編され、
うちのような通常型事業所では、現行6~8時間の報酬(677~1125単位)が、
5~7時間で602~1026単位に、7~9時間で690~1188単位になります。

大体、資料に挙げてあったけれど、従来6~8時間で行っている事業所は
6時間半のサービス提供が多く、
それが軒並み変更するかどうか方針の変更を迫られることになるのです。

報酬単価が出てからと思っていたけれど、
これは時間を伸ばさないとかなりの減収となることは必至ですが、
単にサービス時間を伸ばせばいいかという問題でもなく、
資料には長時間のサービスを求める声が多かった云々と書かれていたけれど
ご家族(ご本人も望むことがあるだろうけど・・現場にいる限りは微妙)が望んでも
ご本人が体力的にもたない、精神的にもたない場合はあるし、
施設側としてもスタッフの勤務時間に関わってくるので
就業規則を変更して対応する必要が出てくるでしょう。

送迎に関してもこれでは近場の方しか迎えに行くことが難しくなり
遠方から「このサービスを受けたい」と希望される方を
お断りせざるを得なくなる可能性も出てくるかもしれず、
利用者の方のためと言う割にはその思いに逆行していることにならないかなと。

せこいのは同一建物に住んでいる利用者の方からは送迎分を報酬から差し引くというもの。
介護報酬には送迎まで含んでいるからという論なんだけど、せこいっ!

個別機能訓練も報酬が厳しくなっているし、
大体、介護報酬のハードルを挙げておいて、体制加算とか、処遇改善加算とかだけで
質のいいスタッフが集まって定着すると思っているところが信じられない。
体制加算だって利用者の方に負担を強いることになるんじゃないかと
事業所はそういうことまで考えていたのに。

在宅生活が出来るように支援するのであれば
それをフォローするところの質を上げるのは当然だけど
質のいい職員がこなければ意味がないし、出来ない。
(質のいい職員というのは色々な意味を含むけれど・・・・・)
質のいい職員はどうしたら雇用出来て、定着するのか、
こんな改正じゃ出来ないということぐらい子どもでも分かるんじゃない?

これじゃ、利用者の方も家族も事業所もみんな救われないです。

通所は潰される・・・?

今日は朝から研修に行ってきたのですが、
そこでなんとも空恐ろしい情報を聞いてまいりました・・・・。

来年に介護保険が改正されることはおそらくこの業界の方はご存知でしょうが
その中でも通所に関わる要点を聞いて、
国は通所を潰す気かと本気で思いましたね。

まだ、どこのサイトを見ても詳細は書いていないので真偽のほどは
(嘘つく必要もないと思うけど)分からないのですが、話があった要点は以下の通り。

・長時間ケアを名目に延長時間が10時間から12時間に伸びる
・算定の時間帯が変わる。たとえば6~8時間が7~9時間。
(介護報酬が変わらなくても、これだけでほとんどが大幅ダウンになる・・・)
・通所介護、通所リハビリテーションを一元化の方向。
これに従って、まずは機能訓練加算の1が算定できなくなる。
2においても、将来、PTやOTがいないと算定できなくなる恐れが・・・
NSもダメという意見も有り。
・介護予防・日常生活支援を一本化して、予防重視へ。

確かに、方針として
「高齢者独居世帯や夫婦のみ世帯が、介護が必要となっても、
できる限り住み慣れた地域で人生を送ることが可能となるような「地域ケア体制」を」
とか、「総合的な介護予防システム」を確立とかいうのは分かる。
介護の質を向上させるというのもよく分かる。

でも、介護施設が慢性的に職員不足っていうことを認識してる?
それは何故かって口ではいうけれど分かっているのか本当に疑問。
医療に次いで生命に近い場で専門性(心も技術も)が求められて、
体を壊す人も多く出る精神的にも肉体的にハードな職種なのに給与が安い。
算定基準(時間)が変わるとして、それに従って
例え、その時間帯に移動したとしても、
今度は職員の就業時間の問題が出てくる。
介護保険での収入がほとんどすべてと言っていいところに
こういう改正をしてもらうと、職員がモチベーションを維持できなくなると思う。
職員がいないのにどうやって「質」を確保する?
逆にいえば、こんなことやっていると「質」の高い人間は福祉には来ない。
算定や監査を厳しくすることが「質」を維持し、
また確保することとはイコールにはならないよ。
ブレインが集まって考えているのだから、
利用者さんに負担がいかず、福祉の質が本当に上がる政策を考えて欲しいものです。

なんか日本型福祉じゃないけれど、財源がどうにもならないから
福祉の含み財産みたいにまた「地域」や「家族」の言葉を使っているようにしか
私には残念ながら感じられません。

職員にはよく言うけれど、自分の身に置き換えて考えてほしいものです。



ひとを理解し、かかわる~専門職にとってのカウンセリングマインド~

ひとを理解し、かかわる ~専門職にとってのカウンセリングマインド~

NPO九州大学こころとそだちの相談室の設立五周年記念講演会が
九州大学医学部百年講堂で13時半からありました。

講師は、前帝塚山学院大学教授の氏原寛先生。
我が国を代表する臨床心理士のお一人です。

82歳になられる氏原先生ですが、
その講義はとてもパワフルでエネルギーに溢れていて
また、関西の方特有のユーモアもありあっという間の2時間でした。

先に個人的な感想を述べると、我が意を得たりというか、
常々そうだろうかと思っていたところが結構クリアになったし
今の状況で私自身が動けないでいたところを
見事に突き崩して道を開いてくれた感がしました。

《レジュメ》
1.カウンセリング・マインド
 ロジャースの3原則、大日向雅美とウィニコット
(1)カウンセリングの日常化
(2)日常性のカウンセリング化
(3)カウンセリングワークショップ
  しがらみからの解放とその場限り   秘密について
2.ザ ラスト タンゴ イン パリ
  日常性に守られた非日常空間
(1)誰でもなく誰でもある(匿名性)
(2)「いま・ここ」と「いつ・どこ」(完結性)  遊びについて
(3)道具的人間関係
3.若い父親
(1)誕生日のビール
(2)こいつと飲みたい
(3)共感について
4.カウンセラーの役割
(1)beingとdoing
(2)裸の人間関係
(3)「何もしないことをする」

まず冒頭でロジャースはものすごい深い経験の裏付けがあっての3原則だが
このような深い経験をしらなければ、
ロジャースのようにやっても浅いレベルになってしまうとのこと。
大日向先生の虐待を行う高学歴の母親の例を出し、
子どもを産んで育てるのであれば、
最高の赤ちゃんを育てなければならないという思いがある。
だから「善意」で最高の赤ちゃんを育てようと思う。
そこには今まで自分がそうであったように
努力次第、やり方次第で上手くいくはずという思いがあるが
現実はそうはいかず、それが虐待につながっているという話から
「善意」に対して「善意」に返してくれればいいがそうではないとし、
またウィンコットの
精神分析が上手くいくかどうかはクライアントによって(自分の中に)生まれた
悪意や敵意をいかに上手くクライアントに返すか(伝えるか)で決まるという
言葉を出して、カウンセリング・マインドを
「善意」だけで考えていくといけないという話をされました。

1.カウンセリング・マインドについて
のっけからおっしゃったのは、
カウンセラーがクライアントに関わるように人に関わることが必要と言う意味の
カウンセリング・マインドはいかがかという提議でした。
あらゆる人間関係にカウンセリング・マインドが上手く出来ていると
人間関係が上手くいくというのは間違いだと思うとのこと。
相手との関係によって自分の在り方は違うのだということ(例:先生と私、親と私)を
ちゃんと分かっていなければいけないが
ただ、相手に対して「誠実」に対応するということはあるとして
例えば、妻に対してクライアントに対するようにすることは
返って妻に対して「不誠実」である、
妻には妻への「誠実」な対応、
つまり妻に対するカウンセリング・マインドで対応するということはあると話されました。

これは、すごく納得できる話でしたね。
ただ、ある部分ではそれも必要ではないかと思っていたところ次のような話が・・・。

カウンセリング・マインドの良し悪しで人間関係は変わらない。
ただ、本を読んで勉強するのはいいことで、
例えば教師であれば生徒に対してはプラス(豊か)になるだろうとのこと。
ただ、カウンセラーになってはいけないと。
カウンセリング・マインドさえ身につければ、
誰しもカウンセリングが出来るという誤解があると話され
最近のカウンセリング教室と銘打っているものに対し
そんなに浅く簡単にできるものではないと警鐘を鳴らされました。

長くなりましたので、端折りながら・・・・。

(3)のワークショップの話では
日常から離れた場所で誰も自分を知らない、
二度と会うことがない人達に囲まれた環境では、しがらみがないので
何にでもなれる(例えば金持ちになるなど演技が出来る)が
その中には自分の本音が混じっていると言われ、
その中では色々なことを言い易いし、聞きやすく
だから秘密を言い易いし、言うことによってカタルシスが起こる
今自分は十分に機能している人間となるということを話されましたが、
誰に何を秘密にするかによって自分を守っている=壁があるけれど
自分にも秘密にしている秘密(無意識)が大切で
ここが開かれないといけないとも話しておられました。

2.においては、
非日常レベルのものに日常が入ったらダメとのこと。
私達には見てはいけないものがあるので
それはそっとしておかなければならないと。

ロジャースは今ここだけを問題にしなければというかそれは無理。
例えば氏原先生の今と、私達の今は違う、
82歳の氏原先生の今と私達の今は違うように
クライアントと会っているときに、
クライアントの「いま・ここ」を知らなければカウンセリングにならないと
「いま・ここ」に集中(没頭)するためには
「いま・ここ」が分かっていないとならないとのことでした。

(3)において、自立するということは依存しないということではないとし、
依存があって初めて自立が出来るとのことで
自立すると言うことは(二人いるから十分に依存していて)
二人でいても自立出来ることであると話されました。
生きていくためには人間関係(依存)は必要。
自分の欲求を充足させるためには
「かけがえのある人=自立」(契約)にすることが必要だけど
自分も「かけがえのある人」(いなくても代わりはある存在)に
なっているということに気付き、自分の存在意義に悩むことになるとのことでした。

3.この若い父親につていは何かの寄稿で見かけましたので
そちらで補足して頂くといいかと思いますが、
他ならぬ子の他ならぬ親(対象)である自分を感じ(アイデンティティ)
その者と出会ったときに初めて出てくる(顕在化してくる)、
自分の内側にある自分の可能性に気付く=これによって自分を確かめられる
=他ならぬ自分にあうということ。
(2)は小さな些細なことだけど、そんな中にい来る意味があるのではないかと。
今、ここを生きる!ということ。
(3)においては、
今、自分がクライアントによって何を感じさせられているのか
このクライアントに会うことによって、
自分の中にある可能性を感じることが出来るかにもっと注意をすべきとのこと。
クライアントがどこから来て、
どこへ帰っていくのか知らないとカウンセリングは出来ない、
どんな状況にいるのか分からないと共感できないとのことでした。

4.being=本能みたいなもので
赤ちゃんは生まれた時は存在しているだけだけど
いるだけで十分安心され満たされている=基本的安心があるが
それが不十分な者はdoing(何かをすること)によって周りの関心をひいている。
beingが出来ていなくてdoingでカバーしてきた人間は
思春期に何かを起こす可能性があるとのこと。
バランスを失った人にバランスを取り戻させるのがカウンセラーだとも。

(2)だれでも同じような人間関係・・・それは平等ではない。
出会いはそれぞれに違う。

(3)については、自殺をこれからするといった人の
カウンセリングを例に出されました。
まぁ、どの対応も考えさせられるものでしたが・・・
関わりの中で一つ一つの関わりが
かけがえのないものにならないければならないという言葉と
時間(構造)を守り、時間内(カウンセリング中)は非日常で関わって
それ以外は受容的に拒否するという言葉は大変重く感じました。

自分だったらどうするだろうと考えさせられた最後のお話しでした。

介護と音楽

長かった二週間の特に最後の怒涛の一週間の締め括りは
施設での介護講座でございました。

講師はうちの理事長。
精神科医であり、音楽療法士でもあります。
タイトルは「介護と音楽」。

「私たちの施設では、開設以来、さまざまな活動の際に
音楽療法士による生の音楽を提供しながら行うことにしています。
体の運動一つにしても号令だけで行うのと、
その場に合った音楽が流れる中で行うのとでは全く違った体験となります。
「ラジオ体操」をイメージしてみると良いかもしれません。
あの体操を号令だけで行ったらどんなに味気なく、動き辛いことでしょう。
音楽はからだの動きを誘発します。

また、私たちは物心ついてからさまざまな音楽に囲まれて暮らしています。
特に多感だった思春期から青年期にかけての音楽は、
年を重ねた後でもいきいきと当時を思い出させてくれます。
いわゆる『思い出のメロディー』です。
『歌は世につれ、世は歌につれ』とは昔よくきいたフレーズですが、
音楽体験はたしかに当時の自分の置かれた状況や気分に
我々を連れ戻してくれます。
つまり私たちは音楽によって若返るのです。」

・老いをめぐって
・老いをどうとらえるか
・ターミナル期へ向けて
・介護における音楽とは・・・・・介護者の視点と高齢者の視点
・音がない「音楽」だってある
 ただ静かであるということも「音楽療法」
・八十歳の方が生きてきた時代と音楽
・歌は世につれ、世は歌につれ ~歌の魔法~
・三つ子の魂百まで
・ケアにおける虚構の世界
・「虚構の世界」を支える『音楽』

三つ子の魂百まで・・・では
年老いてどのように時間を過ごすといいかという疑問に対する答えはということで
・その人が幼い時に何を得意とし、何をして過ごしていたかを確認する
・「こうあるべし」という教育を受ける前の姿が確認できると望ましい
・形は変わってもいいから、それを行えるようにするとよい
という話があり、また、ケアにおける虚構の世界においては
虚構の世界とは、認知症を抱える人たちを生まれ、育ち、暮らし、老いを得て
生命の限りを迎える自然な流れに置くことの出来る社会であろう。
それは全ての人に安定と豊かさをもたらしてくれるに違いない。
そのような全てを受け入れる世界があればいいけど
一方で現実はそうではない。
豊かな虚構の世界を作ることが必要だと言う話がありました。


今日は、利用者の方で音楽を生業にされておられた男性の方が
今までは麻痺のために手が動かないからと
音楽から距離を置いておられたのですが、
初めてピアノを弾いてみようかとおっしゃられて
20分ほど即興でピアノを弾かれたということがあり、
(途中からは音楽療法士が入ってセッションのようになった)
いつの間にか周りに利用者の方が集まっての演奏会になって
自然にとても豊かで素敵な空間が生まれたのでした。


介護講座を聞き、今日の出来事を思い返して
これがうちの施設だと、改めて思ったのでした。

電話相談にて・・・・

迷いに迷って、それでも勇気を出して電話相談をされるお母様方へ。

お電話をかけて下さったこと、本当にありがとうございます。

「児童虐待防止」という名がつく電話相談に電話をかけることは
とても勇気がいることと思います。

その勇気はあなたの「力」です。

どうにかしたいというあなたの思いが、もうすでにあなたを一歩前進させています。

何も出来ないあなたではありません。

あなたの中にある「力」をどうぞ信じて下さい。

ネットワークが子どもを救う~児童虐待対応研修~

ネットワークが子どもを救う ~児童虐待対応研修~に参加して参りました。

19時から21時15分までの研修だったのですが
基調講演を国立育成医療研究センターの奥山眞紀子氏が行うということで
事前申し込みが多くて大変だったとのこと。
無事に参加で来て本当にラッキーでした。

研修の内容としては、奥山氏の基調講演に
事例発表(ネットワークで支援した事例3例)があり
内容の濃い、充実した研修でした。

全部の内容は書ききれませんので、これはと思ったものだけ抜粋します。

心中も虐待であるという観点から
非無理心中と無理心中事例に関してデータベース化し
その中の非無理心中について、
動機では「望まない妊娠・計画していない妊娠」など
妊娠期の問題が多く、泣き声に反応して虐待というものが多いことや
3歳未満では、望まない妊娠(25%)
3歳以上では、しつけのつもり(41.2%)
が原因で虐待が起こっていることが分かるとのこと。

無理心中に関しては、事前に虐待が把握されていることが少なく
関係機関の関与も少ないということ
実父母家庭が多く、妊娠期の問題、経済問題
地域での孤立等のリスク要因が少ないなどの特徴があり
無理心中に関しての防止策は今後の課題だろうとのことでした。

ヒヤリングからの学びとして、
*浮かび上がった問題1
・妊娠期からの問題の危険性
(望まない妊娠、妊娠届け出の遅れ、妊婦健診未受診)
*関係機関へのアセスメント能力の問題
・安全確認や親への面接がなされていケースがある。
・心理的な関係のアセスメントはほとんど出来ていない。
特に措置解除時の心理的アセスメントは不十分。
*関係機関の進行管理の問題
・初期にリスクを判断できないとその後の変化があっても危機感を持てない。
・転居、職員の移動、その他で危機感が伝わらない
が上げられ、
虐待の要因が乳児だけの時の問題ではないことがあり、
年齢が高くなった子に関しての虐待が
一旦断ち切った子どもへの思いがある人は
(ex.望まない妊娠により中絶をしようとした等)
それが影響しているのではないかとか
心理的なアセスメントに関しては、
なぜそういうことが起こったのかのアセスメントがないとして
事例として、ひらがなが書けないとして虐待を行った母は
自分が子どもの頃に勉強が出来なくて虐められたことがあり
自分の子どもはそういうことで虐められて欲しくないのに
なぜこの子はひらがなが書けないんだろうという
思いがあったということを上げて
常になぜという思いを持つことの大切さを話されました。

浮かび上がった問題2として
*関係機関の目が届かなくなったことへの危機感が薄い
・親が会ってくれない、子どもに会えない⇒危機
*家族の変化への敏感さの問題
・新しい家族の出現を把握できたはずなど(ex.恋人=男性が出来た)
*支援ネットワークでの支援計画がしっかりしていない⇒変化の情報が集まらない
*医療機関の問題⇒医療機関の意識の問題
*医学的危機に関しての知識の不足
*医療機関と児童相談所や地域との連携の問題
・疑問を持っても医師の言葉が優先されてしまう
(ex.医師が母親の安定のために今は分離しない方が・・・
という意見を言ってしまう)
・医師が医療的危機を伝えていない

浮かび上がった問題3として
*情報の流れができていない
*児童相談所の問題
・一時保護の躊躇(先を見通せないから・・・・)
・ベテラン福祉司に任せてしまう、口を出せない
・経験を優先(死ぬと言っている人は死なない)
・良い関係を作ろうとして介入ができない
・警察が「事件性なし」として、福祉的調査がおろそかになる
・親の心理的アセスメントとそれに基づくサポートが少ない
(保育園入園を条件に家庭復帰など)
・一時保護所や施設が満杯

浮かび上がった問題4として
*保健機関の問題
・都道府県と市町村の連携
・エジンバラは取ったが支援の方法がない
*市町村への通告ケースの増加
・リスクの判断が難しい
・児童相談所との連携
*こどもからの聞き取りを行っていない
これに関しては、最初からチェックリストを使用するのは
いかがかということを指摘されました。
まずは人と人なので話をすることが先であり、
それを補強するためにチェックリストを使用する方がいいということで
先達ての震災の時にとても不評だったことも例として上げられました。

全体的な予防として
子育て支援は常に虐待防止を念頭に地域で支える子育て支援をする
メニューの多い支援、適切な情報の伝達や選択の支援
笑ったら笑い返すような子どもとの同調、
そして、子育てを楽しむ風土づくりを上げられました。
また、ターゲットを定めた予防としてはSBSの予防が例として上げられています。

親のリスク因子としては
*妊娠期の問題(妊婦健診未受診、望まれない妊娠)
*虐待をしたことがある(未治療は更にリスク高)
*薬物依存(未治療は更にリスク高)、アルコール依存
*自分自身が不適切な養育や暴力や
他者への不信をもたらすトラウマを受けた経験
*精神障害(人格障害、発達障害)
*孤立している親、人間不信を持つ親
*怒りのコントロールが困難(暴力事件の既往に注意)
*パートナーを頻回に変える
*低年齢
が上げられ、望まれない妊娠においては
今まであまり考えてこられなかったけれど
特別養子縁組なども考えていくべきだろうという話がありました。

また、注意力・対人関係の問題と育児困難ということで
*単純なマニュアルがないと育児が出来ない
「泣いたら、おむつ、だっこ、おっぱい」という標語なら出来る
*臨機応変に対応できない
母児の状態に関わらずいつも2時間おきに授乳
*情緒交流が出来ない
児が笑ったら自分も笑うなど、やりとり遊びが出来ない
*順序立てて出来ない
汚れたおむつを換えている最中に、他のことをし始める
自分が入浴し、その後児を入浴させるという2つの連続遂行が出来ない
*不器用で出来ない
対面姿勢で食事をあげられない
(二人羽織のような状態で食事をあげる)
*こだわり
赤ちゃんの外出は何分出来るのか厳密に知りたがる
独善的な安全感に基づく環境を作る
(子どもの転倒を心配するあまり、
ベッドマットレスの上にベビーサークルを乗せて、余計危険にさせる)
との話がありましたが、
これって発達障害では・・・と思うところもありますが
この話を聞きながら思わず自分の施設の若いスタッフが思い浮かび、
とても身近にこの問題を感じたのでした。

リスクのある親子・家族への支援として
家族のリスク因子を上げると
*境界が不明な家族
*混沌とした生活状況
*家族内の暴力の存在
*経済的問題
*定職のない親、失業
*地域から孤立している家族
*転居の多い家族
であり、たとえば家に人の出入りが激しくて
隣に誰が寝ているか分からないなど
境界が曖昧になっている家族の事例には
考えさせられるものがありました。

在宅支援のプロセスとして
*アセスメントのための情報収集
・子どもの状態のアセスメント
(身体的・行動的、集団での状況)
・親の状態のアセスメント
(親の精神状態、集団での状況)
・家族(含拡大家族、親戚)の状態のアセスメント
(つながり(凝集性)、安定性、意思決定、支配関係、境界、
家族の支援システム(親戚等)、ストレス状況など)
・地域の状態のアセスメント
(子育て支援システムの存在、地域の文化など)
を上げ、この4つはアセスメントすべきこととのことでした。

在宅での親や家族への支援としては以下のことが上げられました。
*親の「病気を治す」ことが第一の目的ではない
*より適切な養育を出来るように支援
*家族・親戚全体を理解した上での支援
*アセスメントに基づいてその支援計画を立てる
*親による支援者の分断化に注意⇒必ずネットで対応
(あっちでこちらの悪口を言うなど分断化される恐れ)
*依存と攻撃性に注意
(支援者の傷つきにもつながりかねない⇒支えるのもネットで)
*親の治療の過程で、一時的に虐待が悪化して子どもが危険になることがある
*子どもの治療者に嫉妬して虐待が悪化することもある
(親の方が、自分の方が治療して欲しいのに!という思い)
*一時的に分離が必要になることもある
*常に危機状態になる可能性を念頭に置かなければならない

また分離時の地域支援として
地域に生きているので地域が支えていく必要性があるとのこと。

最後に
*予防は究極の対応
*妊娠期からの予防が大切
*虐待の再生産を防ぐ
*「家族」の重要性を認識し、そこへの資源の投入が必要
*虐待対応は他人を当てにしてはだめ、自分から動く、そしてチームで!
ということを上げ締めくくられました。

事例では上手くアプローチ出来たもの3つの発表があり
どの時点でどのような介入を行ったのが良かったのか
今までは上手くいかず死亡したり分離したりした事例が多かったので
別の視点で大変勉強になりました。

個人的に言うと、注意力・対人関係の問題~と
家族のリスク因子の内容がとても考えさせられるものでした。

久しぶりに充実した研修会に参加で来て嬉しかったとともに
なかなか今は仕事が忙しく時間を取るのも難しいのですが、
出来れば無理にでも時間を作って
このような研修会には参加したいと思ったのでした。




研究会とフォーラムのお知らせ

児童虐待防止研究会と市民フォーラムのご案内です。

1.福岡児童虐待防止研究会のご案内 
     
   実際に起きた重大事例の公開された検証報告書を題材にして
   具体的にどのようなことができたか、するべきであったかを
   学びあっていますが、今回も前回に引き続き、
   県内事例の検証報告書を題材にします。
   今回は他県から転入の事例です。
   
   「他県から転入後、実母によってテーブルから突き飛ばされ、
       意識不明の重体になった3歳の女の子、県内のケースより」

   日 時  : 平成23年9月30日(金)pm7時~9時>
   場 所  : あいれふ 7階 第2研修室
   参加資格: 福祉・保健・医療・教育・司法他、
           児童虐待防止にかかわる援助職の方

    他県の施設を退所後、県内へ転入してきた一家のケースです。
   両親から3歳の女児に対する虐待が続いていました。 
   母親がテーブルから突き飛ばしたために
   意識不明の重体に陥りました。
   他県でも県内でも、関係機関が関与していました。

2.子ども虐待防止市民フォーラムのご案内
   
  「虐待死0(ゼロ)のまちをめざして」
   ~ つながろう 子どもの笑顔のために ~
   
  日 時  : 平成23年8月30日(火)pm1時30分4時30分
  場 所  : エルガーラホール 大ホール 8階  参加自由 (無料)
  
  是非、ご参加下さい。

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