Gori ≒ ppdwy632

〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

2008年05月

本「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する (光文社新書)」亀山郁夫5


『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する (光文社新書)
著者: 亀山郁夫
新書: 277ページ
出版社: 光文社 (2007/09)




ぼくを読書の虜にしたのは、2年前、36歳の夏にふと手にした“村上春樹 (1949- )”の古い(?!)小説たちで、それまでまったく本を読む習慣がなかったぼくを、「村上春樹のぜんぶを読んじゃぉ♪」と思うにいたらしめ、さらには、氏の直接的な著作のみならず、氏が翻訳した海外の著作へと誘った。そして、氏が並行して著するエッセイやらに何度か書き記されていたと記憶している、『好きな本3冊』(?!、記憶が定かではない)のうちの1冊に、ドストエフスキー (1821-1881)の「カラマーゾフの兄弟 (1880)」がラインナップされていて、ずっとぼくの潜在的な意識に在り続けた。潜在的な意識に在り続けていても、知れば知るほどにおそれ多くて、近づいてくる気配がなかった。
最近、好んでその著作を手にしている“佐藤優 (1960- )”が、その対談を書籍化した著作「ロシア 闇と魂の国家 (文春新書,2008.4)」にあって、実に23年ぶりの議論を重ねたのが、本書著者“亀山郁夫 (1949- )”であった。少なからず、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」に潜在的な意識が在るぼくが、自らには無縁であるとの想いを抱きながらも、どうしたって気になっていた、光文社 古典新訳文庫からの新訳、その話題の翻訳者、何と東京外語大学の教授にして学長を務める。佐藤優との対談著作において、巻頭に書き記された文章に、心を奪われたのが運の尽き?!、ずぶずぶずぶと引きずり込まれて、この1週間にすでに論説書籍4作目を読了。いよいよ憧れの「カラマーゾフの兄弟」が、手中に入るのか?!、その前に、邪道であることを承知して、亀山郁夫による解説著作をもう少し読み込みたい。嬉しくもあり、一方では、思い焦がれてきたものが手中に収まることに対する、言い得ぬ不安?!、というのか、いつまでもおとなになりたくないと思う子どものきもちのような?!、まったくぼくの言葉は要領を得ない。

世界的な歴史的な超大作の翻訳を終えて、その興奮も冷めやらぬまま(?!)に書き記された論考は、空想を超えて、妄想の域に達し(本書P.275において、余地も力もないと謙遜するが!?)、それでも時折は冷静に立ち止まる余裕を見せて、ドストエフスキーの、カラマーゾフの兄弟に描かれた、“1866年”周辺の時代の世界へと誘う。
壮絶な暗黒史といわねばならない。『カラマーゾフの兄弟』は、まさにテロルの時代の産物だった。 (P.185)
欠かせないロシアのキリスト教(「人間中心」の西欧におけるキリスト教とはおよそ異なった、東方キリスト教に共通する独自の世界観、P.232)への理解、分離派としての「鞭身派」、「去勢派」、、、そこに垣間見るは、「性に対する原罪意識 (P.258)」?!


≪目次: ≫
 はじめに
 第一章 作者の死、残された小説
  1 残された手がかり
  2 空想のための九つの条件
  3 友人、妻……同時代人の証言
 第二章 皇帝を殺すのは誰か
  4 序文にすべての秘密がある
  5 「始まる物語」の主人公たち
  6 思想の未来
 第三章 託される自伝層
  7 年代設定とタイトル
  8 アリョーシャはどんな人間か 
  9 テロルと『カラマーゾフの兄弟』と検閲
 第四章 「第二の小説」における性と信仰
  10 リーザと異端派
  11 「第二の小説」のプロットを空想する
  12 影の主役、真の主役
 おわりに もう一人のニコライ、ふたたび自伝層へ
 参考文献一覧
 余熱の書 −あとがきに代えて


生きる・・・
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・・・小説とは、文学とは、やはりあくまで浄化(カタルシス)を求める器であり、ドストエフスキーもどこかの段階で、ドミートリーを救わねばならないと考えたはずである。 (P.251)

本「ロリータ、ロリータ、ロリータ Lolita,Lolita,Lolita」若島正5


ロリータ、ロリータ、ロリータ Lolita,Lolita,Lolita
著者: 若島正
単行本: 296ページ
出版社: 作品社 (2007/10/23)




特集『海外の長篇小説ベスト100』(新潮社「考える人 2008年春号」)にランキングされた全274作品にあって、「とりあえず読んでみようかなぁ」と思った(思ってしまった?!)筆頭が、第13位『ロリータ (Lolita,1955)』(ウラジーミル・ナボコフ,1899-1977)だった。
妖しげなタイトルにふらふらっと誘われたかのような本能的な興味、その後に調べてみると嬉しいことに2005年に“若島正 (1952- )”による新訳が出ていて、論考をまとめた著作(本書「ロリータ、ロリータ、ロリータ」)もあると知っては、あとはどちらを先行して読むか?!、だけの問題。何より準備が肝心とばかりに、まずは解説本から。

50年の歳月を経てなお支持され、研究が続けられる小説というものは、どこか「ようわからん、けどおもしろい (P.289)」ところがあるからであろう。おもしろくなければ広く読まれることがないであろうし、簡単にわかってしまうものであれば、二度と読まれることがなく、人びとの記憶からあっという間に消失する。

先に挙げた『海外の長篇小説ベスト100』のアンケートにあっては、若島正(アメリカ文学者)は、
「『ロリータ』は初めて読んだときによくわからなくて、いまだによくわからないところだらけなので何度も読み返すことになる。ここまでつきあうことになった小説も他にはない。」と、評している。

その積もりに積もった想いは、簡単に言葉に尽くせない?!、果てしなく拡がる世界に、ただただ唖然としたままに読了、、、

・・・ナボコフは、じつに愛おしそうな手つきで、その霜の針をそっと拾い上げているのだ。これは言い換えれば、トルストイの筆先を、ナボコフが小説家としての直感で、さらにはすぐれた読者としての感性で、なぞってみせているということなのであろう。わたしはトルストイとナボコフのこうした交感に、嫉妬心まじりでうっとり見とれてしまうのである。
(中略)
ラムジー夫人は、もし夫の上着にパン屑が付いていたら、それを取ってあげたいと思っている。そのささやかな願いとふるまいは、「愛してます」という言葉を口に出せないラムジー夫人にとっては、夫に対して示すことのできる、最大の愛情表現なのだ。それと同じように、わたしもまた、『ロリータ』というテクストの表面に付着している「霜の針」や「パン屑」を、ナボコフがそうしたように、そしてまたアーヴィング・ハウがそうしたように、機械的な手つきではなく、愛おしい手つきで、「霜の針」や「パン屑」が崩れてしまわないように、できるかぎりそっと拾い上げたい。そしてそれを、アーヴィング・ハウがつねに心がけていたように、誰にでもわかる言葉で語ってみたい。それこそが、『ロリータ』という小説に対して、一人の読者であるわたしが示すことのできる、最大の愛情の証だと信じている。 (P.003-P.005)

≪目次: ≫
 序 霜の針、パンの屑
 1 ナボコフとプロブレム
  コラム1 オリンピア・プレス第2刷の『ロリータ』
 2 ロリータとの出会い
 3 見えないロリータ
  コラム2 『ロリータ』の値打ち
 4 壁に掛けられた絵
 5 映画の夢
  コラム3 『ロリータ』のトラヴェル・ガイド
 6 二重露出
 7 「ロー」のトリック
 8 Cの氾濫
  コラム4 真説『ロリータ』
 9 翻訳という越境
 10 「私の」部屋
 11 シャーロットとの出会い
  コラム5 この論文に『ロリータ』はありますか?
 12 ロリータ、ロリータ、ロリータ
 あとがき 『ロリータ、ロリータ、ロリータ』と題する書物について


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本「日本語ということば (Little Selections あなたのための小さな物語 15)」赤木かん子 編5


日本語ということば (Little Selections あなたのための小さな物語 15)
編者: 赤木かん子
単行本: 165ページ
出版社: ポプラ社 (2002/05)




橋本治”の検索にヒットしてゲット!
ご登場は、既刊の短い随筆一篇(P.7-P.20)が採録されているだけではあるが、その論考は、歳月を経ても色褪せない♪、並み居る面々を従えて、トップバッターを飾るにふさわしい♪♪


児童文学評論家“赤木かん子”が選んだ、物語にあらざる、〈日本語そのものについて〉語っている文章、全8篇。
「なるべく分かりやすくて読みやすくて、かつ楽しい、ものを選んだつもり……」と、巻末の“解説”に書き記されて、選ばれた文章たちは、「若い人(中・高生)に向けて編んだ短篇集」とはいえ、おとな(ぼく)にあっても満足をさせる実力作品揃い♪


最後を飾る作文(P121-P.161)は、ただただ「驚く!」、ぼくは、先に巻末の“解説”を読んでしまったので、ちょっとストレートに読むことができなかったんだけど、、、嫉妬します!?


≪目次: ≫
 私の口の中のアイウエオ/橋本治 (1948- )
   〜岩波書店「ぬえの名前 (1993.11)」より採録
 ウナギ文の大研究/丸谷才一 (1925- )
   〜文春文庫「夜中の乾杯 (1990.7)」より採録
 「元祖ゴキブリラーメン」考/千野栄一 (1932-2002)
   〜大修館書店「言語学のたのしみ (1980.1)」より採録
 会話の名文供鴨下信一 (1935- )
   〜文藝春秋「忘れられた名文たち 其ノ2 (1998.6)」より採録
 私立向田図書館/久世光彦 (1935-2006)
   〜講談社「触れもせで (1996.4)」より採録
 市街魔術師の肖像/寺山修司 (1935-1983)
   〜角川文庫「不思議図書館 (1984.1)」より採録
 桂文楽の至福の日日/矢野誠一 (1935- )
   〜文春文庫「落語家の居場所 (2000.4)」より採録
 「あまえる」ということについて/中村咲紀
   〜第47回(1998年)全国小・中学校作文コンクール、優秀作品


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本「密会 (新潮クレスト・ブックス) A BIT ON THE SIDE by William Trevor」ウィリアム・トレヴァー、中野 恵津子 訳5

本「密会 新潮クレスト・ブックス」

密会 (新潮クレスト・ブックス)
A BIT ON THE SIDE by William Trevor

ウィリアム・トレヴァー 著、中野恵津子 訳
新潮社 (2008/03,単行本 278ページ)
● 1,995円



英語圏最高の短篇作家と称される“ウィリアム・トレヴァー (1928- )”、2004年に出版した短篇集「A Bit on the Side」の全訳、新潮クレスト・ブックスシリーズ。
アイルランドイギリスを舞台に描かれる全12篇。


誰にだって、少なからぬ秘密がある。決して口外することなく、自らの内に抱え続ける秘密。言うに及ばないような小さなことから、絶対に誰にも言えない秘密まで、特に意識しないままに口外しないことまでを含めると、抱えている秘密は少なくない。

“幸せ”について考えるに、『不幸ではないこと』と定義してみる。
「不幸」の定義は、「幸せではないこと」でもあり、堂々巡りのループに入り込んでしまうのだが、「幸せ」も「不幸」も、自らの心の在り方で、どちらかと言えば、「幸せ」に比較して、「不幸」な感情を抱きやすい(特にぼくはその傾向が強い)。
いつか「きっと幸せが訪れるはずだ」と夢見て待ち望む。いつかきっとくる「幸せ」が訪れるまでは、「幸せ」であるとは認められない。今が「幸せ」だと認めてしまったら、夢のような「幸せ」が訪れることがなくなってしまう!?、いずれ訪れる(はずの)「幸せ」のために、今は「不幸」でなければならない?!
一方、いつ訪れるともわからない「幸せ」は、果たしてほんとうに訪れるのであろうか?!、「きっと訪れるはずだ!」と信じたい!?、信じる者は救われる?!、ん??!


・・・ブーヴェリー先生はためらい、ローズは泣いた。いったいどうしたのかと周囲が騒いでいるあいだに、ブーヴェリー先生はぎこちなく立ちあがった。ローズは、先生の無言の苦痛を思い、何も知らない母がどうしてもと言い張ったために気の滅入る招待を受けざるをえなかった心中を思いやって、泣いた。この夕食会がほかの二人にとって、罪深い行為ゆえに最後には顔を壁のほうに向けるしかなかった女にとって、また妻への義務に縛られる男にとって、最後の絶好の機会を与えたことを思って、ローズは泣いた。生徒も愛人ももう二度と来ない家に残された〈妥協的生き方(モーダス・ヴィエンディ)〉を思い、それを垣間見た自分が秘密を外に漏らしてしまったことを思って、泣いた。ローズは、友だち――マンネリになったら不倫する友だち、ひどい目に遭いやすい友だち、気前がよすぎる友だち、ロマンチックな友だち、疑問をはさみたがる友だち――を思って泣いた。ローズは、母親の人のいい笑い声と、父親の陽気さと、自分にふさわしい場所に落ち着きつつあるジェイソンの、堅そうで脆い表面を思って泣いた。彼女の前途にある若い人生と、これからまた垣間見ることや、また裏切りに出合うことに備えて、ローズは泣いた。 (P.186-P.187)


≪目次: ≫
 死者とともに  〜Sitting with the Dead
 伝統  〜Traditions
 ジャスティーナの神父  〜Justina's Priest
 夜の外出  〜An Evening Out
 グレイリスの遺産  〜Graillis's Legacy
 孤独  〜Solitude
 聖像  〜Scared Statues
 ローズは泣いた  〜Rose Wept
 大金の夢  〜Big Bucks
 路上で  〜On the Streets
 ダンス教師の音楽  〜The Dancing-Master's Music
 密会  〜A Bit on the Side


≪著者: ≫
ウィリアム・トレヴァー (William Trevor)
1928年、アイルランドコーク州生まれ。少数派である、プロテスタントのイングランド系アイルランド人(アングロアイリッシュ)に属する。トリニティ・カレッジ・ダブリンを卒業後、教師、彫刻家、コピーライターなどを経て、1960年代より本格的な作家活動に入る。1965年、第二作「同窓」がホーソンデン賞を受賞、以後すぐれた長篇、短篇を次々に発表し、数多くの賞を受賞している(ホイットブレッド賞は3回)。短篇の評価はきわめて高く、初期からの短篇集7冊を合せた短篇全集(1992年)はベストセラー。現役の最高の短篇作家と称される。邦訳短篇選集に『聖母の贈り物』がある。英国デヴォン州在住。


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本「ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略 (ウォートン経営戦略シリーズ) THE FORTUNE AT THE BOTTOM OF THE PYRAMID: Fradicating Poverty Through Profits」C・K・プラハラード、スカイライト コンサルティング 訳5



ネクスト・マーケット 「貧困層」を「顧客」に変える次世代ビジネス戦略 (ウォートン経営戦略シリーズ) THE FORTUNE AT THE BOTTOM OF THE PYRAMID: Fradicating Poverty Through Profits

● C・K・プラハラード 著、スカイライト コンサルティング
英治出版 (2005/9/1,単行本 496ページ)
● 2,940円




確か、英治出版DIPシリーズ”の翻訳著作「グラミンフォンという奇跡 (ニコラス・P・サリバン著,2007.7)」だったかと記憶しているのだが、そこで紹介されていて、「これは読まずにはいられない!?」と。
ウォートン経営戦略シリーズ」第一弾となる本書は、全496ページの約5分の3にあたる200ページ以降を具体的な12(本書9、CD3)のケーススタディ(事例)を掲載して、198ページまでに展開した論説を裏づける。

読了した今にあっても違和感が拭えないのだけれども、本書に何度も何度も繰り返し記述してある(副題にもある)のでそのまま書き記すと、「貧困層」、BOP (Bottom of the Pyramid)、経済ピラミッドの底辺に位置する人々、のマーケティング論、ビジネス戦略論。


世界には、1日2ドル未満で生活する人々が約50億人いると言われている。世界の人口は、2007年7月現在で66億人、本書刊行(2005年)当時が64億人と推計されているので、約78%がBOPで、裏を返せば、およそ22%しか非BOPがいない計算になる。日本に暮らしていると感じることはない。ところで、78%(BPO)と22%(非BPO)、どっちがスタンダードなんだろう?!、今さら単純に基準(前提?!)とすべきポジションを問うことに意味はないのかもしれないけれども、当たり前に見過ごしていることを、時には見直すことがあってもいい!?
さらに言うならば、1日2ドル以上も(?!)の大量の貨幣を消費する現在のわれわれの生活は、果たしてそんなにも讃えられるべきものであろうか?!、既に便利な消費生活を当然のように享受している(?!)のであって、それを失うことなど想像もできないため、決して単純に否定することなどできない。それでも、2ドルもの貨幣を消費することなく営める生活を、単純に「BOP (貧困層)」とカテゴリーして、見下ろすかのような姿勢や視線を、どうしてもそのまま受け容れることができない。こればっかりは仕方がない、そう感じてしまうのだから、ぼくは。

豊富な事例に照らし出されるさまざまな問題は、どれも簡単に一筋縄ではいかない問題ばかりで、確かにそのボトルネックを解消させることによって、マーケティングとして成立して、なおかつ彼らの不公平感の大きい生活が改善されて、死の危険が回避されるのならば、そこに大きな意義があろう、と思う反面、これまで長く継続されてきた生活を、良くも悪くも(?!)大きく変化させてしまうことに対する違和感。
1日2ドルも使うことがなく生活できていたものが、2ドル以上を消費しないと生活できなくなったとき、貨幣の力は強大化する?!


≪目次: ≫
 PART 1 知られざる巨大市場
  第1章 経済ピラミッドの底辺に眠る巨大市場
  第2章 BOP市場におけるイノベーション
  第3章 世界規模のビジネスチャンス
  第4章 富を創造する経済エコシステム
  第5章 市場を機能させる条件
  第6章 社会を変革する経済開発
 PART 2 ケース・スタディ −12の事例に学ぶイノベーション
  1.BOP市場への挑戦
   1.カサス・バイア[ブラジル]
     貧困層の夢をかなえる信用販売
   2.セメックス[メキシコ]
     住環境を改善する貯蓄プログラム
  2.問題をいかに解決すべきか?
   3.ヒンドゥスタン・リーバ・リミテッド[インド](1)
     ヨード欠乏症を撲滅する画期的技術
   4.ヒンドゥスタン・リーバ・リミテッド[インド](2)
     官民パートナーシップで手洗い習慣を推進する
  3.常識を覆す解決策
   5.ジャイブル・フット[インド]
     貧困層に生きる希望を与える義足
   6.アラビンド・アイ・ホスピタル[インド]
     失明を根絶する革新的プロセス
  4.制度全体を革新する
   7.ICICI銀行[インド]
     女性自助グループへの融資で社会を変革する
   8.ITC e-チョーパル[インド]
     農家を世界へつなげた情報革新
   9.EIDパリー[インド]
     市場を開放するインターネット・キオスク *CD
  5.イノベーションを世界に広げる
   10.ボクシーバ[ペルー]
     世界の感染症を防ぐシステム
   11.E+Coとテクノソル[ニカラグア]
     起業家支援でエネルギー問題を解決する *CD
  6.BOP市場を支える行政サービス
   12.アンドラ・プラデシュ州のeガバナンス[インド]
     官僚中心主義から住民中心主義へ *CD


≪著者: ≫ C・K・プラハラード
ミシガン大学ビジネススクールのハーベイ・C・フルハーフ記念講座教授。前著『コア・コンピタンス経営』(ゲイリー・ハメルとの共著、日本 経済新聞社)がベストセラーとなり、大きな注目を集める。企業戦略論の第一人者として世界に名を馳せ、常に「次世代の」事業慣行を求めて研究を重ねている。


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本「ナショナリズムという迷宮 −ラスプーチンかく語りき」佐藤優、魚住昭5


ナショナリズムという迷宮 −ラスプーチンかく語りき
著者: 佐藤優、魚住昭
単行本: 253ページ
出版社: 朝日新聞社 (2006/12)




ジャーナリスト“魚住昭 (1951- )”が、「ロジック(理論)のとてつもない力を知っ」て、相談した編集者に、「魚住さんと佐藤さんは、国家や民族に対するスタンスが違う。その相違点について議論したらどうか」と言われて、「新たなケミストリー(化学反応)が生まれるかもしれない」と考えて“佐藤優 (1960- )”に打診したところ、「やりましょう」で実現した対談の書籍化。

唐突に始まる対談は、
[魚住] まず議論の前提として思想とは何かという話から始めましょう。私の中にはとても浅薄だけど拭いがたい疑念があります。それはいくら思想、思想と言っても、戦前の左翼のように苛烈な弾圧にあえばすぐ転向しちゃうのじゃないかということです。特に私のように憶病な人間がいくら思想をうんぬんしたところで仕方がないじゃないかと。
[佐藤] 魚住さんがおっしゃる「思想」というのは、正確には「対抗思想」なんです。
[魚住] どういうこと?
[佐藤] いま、コーヒーを飲んでますよね。いくらでしたか? 200円払いましたよね。この、コイン2枚でコーヒーが買えることに疑念を持たないことが「思想」なんです。そんなもの思想だなんて考えてもいない、当たり前だと思っていることこそ、「思想」で、ふだん私たちが思想、思想と口にしているのは「対抗思想」です。護憲運動や反戦運動にしても、それらは全部「対抗思想」なんです。 (P.23-P.24)
最後まで、このインパクトから逃れられない!?

[佐藤] ・・・国家の目的は何かというと、自己保存なんです。そのためには国民から富や労働力を収奪しなければならない。国民に対して福祉という優しさを示すのも、ある程度、国民に優しくないと国民が疲弊して収奪できなくなるからなんです。金融面での規制を緩和して起業を促したのも、新たな収奪の対象をつくりだすという側面があったといっていいでしょう。小泉政権における新自由主義的な経済政策も、新たな富める者をつくりだして、収奪するためだといえます。 (p.127)

[佐藤] ・・・私の理解から言うと、30年代というのは、平和な時代と考えていいと思うんです。日本が行った直近の戦争が1905年に終結した日露戦争です。太平洋戦争が勃発する41年まで、36年間、本格的な戦争をしていません。 (P.162)

[佐藤] そもそも私は、日本人の集団主義という“定説”を信じていないんですよ。私が外交官として国際社会を見てきた経験からすると、むしろヨーロッパ諸国の方が共同体意識、集団主義的な傾向が強いと思いますよ。身近な例で言えば、ドイツ人の団体旅行、イギリス人のボーイスカウト、パブリックスクールの寄宿生活。アジアに目を転じますと、例えばインド。かつてはギリシャ哲学と対話し、イスラムの影響を受け、イギリス文明とも接触していて、知的な水準も高いし、人間の内在理論をとらえる力もある。ところがイギリスの植民地から脱却するのに非常に時間がかかりましたね。いま、インドはIT大国だと言われてますが、約10億の人口のうち、IT産業に関係する人口は、2、3%の枠から拡大していきませんね。その根っこは何かというと、カーストという身分制度の形をとった集団主義ですよ。 (P.227)

[魚住] ・・・“個の確立”と言ったときにイメージするのは、血筋の否定、家父長的な権威の否定、出身階層や地域に縛られることのない個の自由ですね。これこそ最も大切なんだという価値観から、イデオロギー的な要素を削ぎ落とすと、これまで私たちが批判してきた新自由主義社会のなかのアトム的な“個”のイメージに重なってきますよね。産業社会の発展により果てしなく流動化し、孤立してゆく“個”。
[佐藤] おっしゃるとおりです。
[魚住] すると、新自由主義のもたらす“個”と同じイメージを私は、理想的なモデルとして描いていたということになるんですよ。つまり、この対話の1回目の冒頭で佐藤さんがおっしゃった、「200円払ってコーヒーが買えることに疑念をもたないことが『思想』」なんだ、ということですね。
[佐藤] そのとおりです。
[魚住] 自分のもっていた「思想」は32年テーゼの思想で、そこにある欠陥に気付かされたということになります。
 (P.233)


文献解題/佐藤優


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本「『悪霊』神になりたかった男 (理想の教室)」亀山郁夫5


『悪霊』神になりたかった男 (理想の教室)
著者: 亀山郁夫
単行本: 162ページ
出版社: みすず書房 (2005/06)




ロシア文学者“亀山郁夫 (1949- )”が、過去三十数年のドストエフスキー経験の中心につねに位置しつづけてきた『悪霊』、そして、ドストエフスキーの全テクスト中、おそらくもっとも「危険な」といってよい「告白 (スタヴローギンの告白)」を、講義テクストとして行われた、「理想の教室」と称される(?!)全三回の講義の書籍化。

いつもの調子(?!)でさらさらっと読んで、ひと通り読了の後に付箋を貼った箇所を再度拾い読みして、「そう言えば!?」と思い出したように、講義テクスト「告白 (スタヴローギンの告白)」(P.6〜P.34)をあらためて読みなおす。
「うわっ、読みにくい、、、」と、現実に引き戻される。
ただただ文字を追うだけであれば、それなりに読み進められる。現に読了している。ところが、丁寧な解説の講義を受けた(読了)後、意味を考えながら、背景であり、“まなざし(?!)”を想い浮かべながら読み込もうとすると、ちっとも進まない、わからない。
その難解さ故に今もって研究の対象とされ、高い人気を博し、新訳の登場が大きな話題を呼ぶのであろうが、、、


・・・そう、テクストというのは、いったん作家の手を離れたが最後、必ずしも書き手の言いなりにならなくてはならない道理はないのです。独立した自由な生き物になるのです。そして、かりにこれが誤読だとしても、私はこの誤読を大きな誇りとし、できるだけ多くのドストエフスキーファンに吹聴したいと思います。何しろ、真理は一つだけなんてことは文学では絶対にありえませんからね。数学や物理学の世界とはちがうのです。二つ以上の真理があることを示す、あるいはそう「誤読」させるだけのディテールが揃い、しかもその文脈までが現にこれだけ存在するのですから。 (P.144)

ところで、ここで付言しておきたいのは、『悪霊』執筆当時のドストエフスキーがとっていた執筆のスタイルです。速記者であるアンナ・グリゴーリエヴナとの再婚後、ドストエフスキーは、いわゆる口述筆記というスタイルをとるのが通例でした。ということは、テクストはつねに一人の成人した女性の目をとおして完成されていったということです。逆にある意味で、第三者によるある種の「検閲」がそこに介在していたことにもなります。 (中略) ドストエフスキーは夜、トランス状態に入ります。濃いお茶をすすり、書斎を歩き回りながら、かぎりなく妄想に近いイマジネーションの世界にどっぷりと身を浸します。そうした夜のドストエフスキーと、アンナ夫人を前に、ストーリーと文章を冷静に組み立てていく昼のドストエフスキーは別人です。 (P.66-P.67)

・・・イワンの主張を言い換えるとこうなります。世界は存在することは認める。だが、その世界を神が創ったという考えは認めない。なぜなら……。イワンがその根拠としたのは、19世紀のブルガリア(当時はトルコ人の支配下にありました)や、同時代のロシアに広く蔓延していた幼児虐待の風潮です。大人たちの生贄となったいたいけな子どもたちの流す一粒の涙にかけて、神が世界を創ったなんて、絶対に認められないとイワンは主張するのです。これは非常にまっとうな理屈です。ところがそのイワンがひそかに企んでいるのが、なんと、酒飲みでふしだらな父親を殺すことです。突きつめて考えると、父親は、究極において、このいたいけな子どもたちを虐げる存在として普遍化されている。そしてイワンは、父親殺しの動機をこう理屈づけるのです。「神が存在しなければ、何だって許される」。要するに、神様なんてもうとっくの昔に殺されていて、存在しない。 (P.95)


≪目次: ≫
 テクスト −「告白」(ドストエフスキー『悪霊』より)
 第1回 なぜ『悪霊』なのか
 第2回 「神」のまなざし
 第3回 少女はなぜ死んだのか?
 読書案内

ジャン=ジャック・ルソー (1712-1778,フランス)
 「告白録 (新潮文庫,井上究一郎 訳)



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本「北方領土交渉秘録 −失われた五度の機会 The Inside Story of the Negotiations on the Northern Territory: Five Lost Windows of Opportunity」東郷和彦5


北方領土交渉秘録 −失われた五度の機会 The Inside Story of the Negotiations on the Northern Territory: Five Lost Windows of Opportunity
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書評/ルポルタージュ




よくよく記憶を辿ってみると、かつて“本が好き!PJ”の書籍在庫一覧にあったかも!?、まだまだ“佐藤優 (1960- )”の著作を読み込んでなくて、確か何度かAmazonをチェックしたものの、全429ページの長大さに恐れをなして手を出さなかった!?、ぶっちゃけ、仮にその時に読んだとしても、今ほどには愉しめなかったであろう♪
本書を手にするにいたった直接的なキッカケとなるであろう著作は、佐藤優と鈴木宗男の対談共著「反省 私たちはなぜ失敗したのか? (アスコム,2007.6)」。それまでにも、佐藤優の著作において何度も重要な場面で登場して、認識してはいたものの、かの著作において、他の外務官僚らと共に、写真付き、実名で公表された面々の一人。そこで本書も紹介されていて、無関係とは思えなかった。


高級官僚の底力♪、祖父 東郷茂徳、父 東郷文彦とともに親子三代で外交官を務めたエリート東郷和彦 (1945- )”が、2002年春に外務省を退官した後、断続的に書き続けてきた記録。
1968年に東京大学を卒業し外務省に入省の後、三回の在モスクワ大使館勤務、ソ連課長、欧亜局長など、退官するまでの34年間に、合計17年間を勤務したロシア関係。ロシアと日本との外交関係に、北方領土問題は、欠くことのできない問題のひとつ。

ところで、国益を賭けた職務に携わる官職外交官”とは、
外交官は国家間のさまざまな外交業務を行う役職である。具体的には国外での国民保護や情報活動、政策立案などを職務とし、その資質としては洞察力、策略の才能、沈着さ、勤勉さ、忍耐力、幅広い教養、高度な判断力が挙げられる
と、wikipediaにある。
交渉のさまざまにあっては、相手への理解が欠かせない。相手方との利害の不一致(不公平)があるからこそ、交渉の必要が生じているのであり、原始的には力と力の関係での決着を見る戦争があげられよう。力と力のぶつかり合いである戦争は、有無を言わせない明確な解決方法(!?)である一方、互いの実害も少なくない。実害が小さくないにもかかわらず、長く戦争の歴史を繰り返し続けてきたからこそ、多くの国家間において、現在の平和的な外交があるのであろう。
それぞれの国家が、現在の姿を形成するにいたるには、それぞれに積み重ねてきた歴史であり、培われてきた文化があり、民族や信仰、言語の相違だって当然にある。互いに相容れず、なかなかに一致しえない、歴然とした相違が前提にあろう。
その歴然とした相異を前提に行われる外交にあって、平和的に自国の国益を担保することの困難さは想像に難くない。
相手への理解は、自らの深い理解なくしてありえない。相手を理解するには、まずは相手への興味や関心を持たなければ始まらない。相手への興味や関心を持つためには、自らに対する深い理解が求められよう。自らを深く理解することなく、相手への興味や関心は抱けない。自らの理解が定まらず、自分のことだけに精一杯の人間には、他者への興味や関心は持てないであろう。また、相手が当方に抱く興味や関心に、明確に応えることができなければ、相手の心が開かれることはなく、閉ざされた心に相対したところで理解にいたることはない。

長大にして大河の如くゆらゆらと貫かれるマイペース!?、簡単に要約することなく、時間を掛けるべきは、じっくりと時間を費やして、自らを語る。何より語るに値する教養や知識を持ち合せる。


北方領土問題は、日本が太平洋戦争をいかにして戦い、いかにして敗戦をむかえたかという歴史に直結する、民族の心の痛みの問題である。具体的には、1945年の春から秋にかけて日本とソ連の間でおきた様々な不幸な出来事に、そのすべての根源を有する。
45年2月、ソ連は米英とヤルタ秘密協定を締結。その合意に従って、8月8日に突然対日戦争に参画し、満州、朝鮮北部、南サハリン、千島、そして北方四島にいたる地域を占拠した。
日本は、ソ連のこの軍事行動に大きな衝撃を受けた。ソ連の参戦自体、41年に合意し、当時有効であった日ソ中立条約に違反していたからである。
また、この占領の過程で幾多の日本人が苦難の体験を強いられ、60万にのぼる日本の軍人や民間人が抑留され、6万を上回る抑留者が帰らぬ人となったことも、国民の心の深い傷となった。
千島列島の占拠も、大西洋憲章とカイロ宣言にうたわれた領土不拡大原則に背馳していたが、さらに、1855年の日ロ通好条約の締結以来一度も日本領であることを疑われたことのない北方領土の占領は、日本国民の心の衝撃に止めを刺す形になった。
かくて日本は、1945年夏以降の一連の事件によって、その他のアジア諸国などとは全く別の思いをもってソ連との戦争を終了した。
しかしながら、日本は戦後の現実を受け入れ、51年に署名されたサンフランシスコ平和条約で、南サハリンと千島列島の放棄に同意した。しかし、歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島の四島の帰属をめぐる領土問題は、45年夏に日本民族が受けた心の傷を最終的に乗り越えるための課題として、未解決のままに残された。

こういう一連の事実と歴史の重みを、私は冷戦時代の外務省で仕事をしながら理解を深め、身につけていった。
祖父統合茂徳を通じて、私がソ連・ロシアへの認識を深めていった次第は、第二章で述べた。
こうした経験によって私は、外交は現在の課題に答えるだけではなく、過去・現在・未来という歴史に対して答えるものを持たなければいけないと確信するにいたった。
 (P.384-P.385)

・・・明治以来、第二次世界大戦にいたる日本外交史は、有益な材料を提供してきた。
明治以降の日本外交の第一の課題は、ユーラシア大陸の東端に張り付いた島国として大陸との間にいかなる安全保障関係を築くかにあり、それが朝鮮半島、南満州、北満州、中国大陸へと拡大していった日本の「利益線」の発想となったが、その背後には常に帝政ロシア・ソ連邦の脅威にいかに対処するかという冷徹な外交戦略があった。
日本外交の第二の課題は、海洋国家として、まず7つの海に君臨した英国との関係を、次に太平洋の彼方から圧倒的な力をもって登場してきた米国との関係を、いかに調整するかであった。にもかかわらず、結局、日本は米国との戦争に突入し、「太平洋戦争」の敗北という形で明治以降の発展の歴史にひとまず幕が下ろされた。
冷戦終了後の日本外交の地政学的、戦略的課題は、まさにこの戦前の主要課題であった北東アジアと太平洋を舞台として繰り広げられることになった。
一つは、太平洋戦争の敗戦という苦渋の経験を経て結ばれた米国との同盟関係を、冷戦後にこの国が一人勝ちの勢いで世界に君臨し始める中でいかに調整し、発展強化させるかであった。もう一つは、東アジア大陸で台頭する中国といかにして建設的・調和的な関係を結び、この国が地域の発展のために建設的な役割を果たすような「参加」を求めるかということ。さらに、朝鮮半島問題の安定化のために、日本がいいかなる具体的な施策をとるかについても、考えていく必要があった。
日ロ外交は、このような冷戦後の東アジアの地政学的状況の下で、新しい位置づけをもつはずであった。
 (P.233-P.234)

・・・私の心はまったく晴れなかった。一度省内で決したことが外交部会などで別の方向にゆくというのは、やはりどう考えても良い処理ではなかった。よく考えれば、問題の一番の原因は、次官のところで行った省内会議の前に、私と意見の異なる局長との間で徹底的に議論をしていなかったことにあった。十分に時間をとって議論していれば、この程度の問題を乗り切る知恵が出せないはずはなかった。そうすれば、鈴木氏への報告の必要があるような発言案も、作らずにすませることができたのだ。
この反省の結果、私は、その後、特に重要な政策問題に関して、関係局と意見の食い違いを感ずる時には、局長間で一対一の議論をして納得のいく方向性が見出せるまでは先に進めないこととした。
翌2000年春からプーチン政権との平和条約交渉の中で、領土交渉の本質にかかわることについて、4、5回にわたって、他の局との意見が合わないことがあった。私は、どんなに深夜になろうとも相手の局長と必ず話し合い、お互いに納得のいくところで結論を出すこととした。その結果、以降、こういう事態を招くことはなかった。 (P.287-P.288)

祖父茂徳の一人娘である母いせは晩年に癌を患い、1997年夏、すでに死の床にあった。
7月の末、たまたまベッドの脇にいた私に、母はふいに、祖父が外交の仕事で何が一番大切だと言っていたのか知っているかと問いかけてきた。
一瞬、答えに窮していると、母は「交渉で一番大切なところに来た時、相手に『51』を譲り、こちらは『49』で満足する気持ちを持つこと」と言った。
その答えは私には意外に思えた。
(中略)・・・当惑した私に母は、「外交では、勝ちすぎてはいけない、勝ちすぎるとしこりが残り、いずれ自国にマイナスとなる。だから、普通は50対50で引き分けることが良いとされるでしょう」と続けた。
「でも、おじいちゃまが言ったことは、もう少し、違うのよ。交渉では、自分の国の、眼の前の利益を唱える人はいっぱいいる。でも、誰かが相手のことも考えて、長い目で自分の国にとって何が一番よいかを考えなくてはいけない。最後のぎりぎりの時にそれができるのは、相手と直接交渉してきた人なのよ。その人たちが最後に相手に『51』あげることを考えながらがんばり通すことによって、長い目で見て一番お国のためになる仕事ができるのよ」
  (P.389-P.391)「51対49」という精神


≪目次: ≫
 まえがき
 プロローグ 証言台
 第一章 ソルジェニーツィンにならって
 第二章 ロシアとの出会い −青年外交官時代
 第三章 ゴルバチョフ書記長の登場
 第四章 ゴルバチョフ大統領の日本訪問
 第五章 ロシア連邦の成立
 第六章 ロシア「九二年提案」と東京宣言
 第七章 ロシア内政の季節
 第八章 エリツィン第二期政権の始動
 第九章 クラスノヤルスクと川奈
 第十章 プーチン首相の登場
 第十一章 プーチン政権との交渉開始
 第十二章 イルクーツクへの七カ月間交渉
 第十三章 二〇〇一年三月イルクーツク
 第十四章 二〇〇五年三月モスクワ
 エピローグ 歴史への証言
 あとがき
 解説/佐藤優
 関連年表


花粉!?
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本「ドストエフスキー 謎とちから (文春新書)」亀山郁夫5


ドストエフスキー 謎とちから (文春新書)
著者: 亀山郁夫
新書: 262ページ
出版社: 文藝春秋 (2007/11)




佐藤優との対談著作「ロシア 闇と魂の国家 (文春新書,2008.4)」を読了した後に入手して、他に読んでる最中の本があって、さらに読み終えて書き記したい(記憶の喪失は抗えない)本もあるのに、堪らず割り込み♪

ロシア文学者、東京外国語大学長“亀山郁夫 (1949- )”が、「わたしの最終講義」(P.256)と位置づける本書は、2007年の6月から7月にかけて、東京外国語大学オープンアカデミーで行った6回(各2時間)の講義が出発点。ぎゅぎゅっと圧縮、要約して新書の枠に収めるべく、2007年7月15日に文藝春秋本社の会議室で、編集長と編集部員を相手に、午後1時から夜9時近くまで、ほとんど切れ目なしに続けられた口述筆記、新たな語りおろし。

恥ずかしながら、これまでの自らの不勉強と無関心から、日本語しか読み書き話すことができないのだけれど、日本人が著した本に拘る必要を感じていなくて、あくまでも自らの興味に貪欲にありたいと考える。知識も何もかもが限りなくゼロに近いところから始まっているので、理解に時間がかかるのは仕方がない。むしろ、理解できない、わからない、の前提にあっては、わからなくて理解できなくて当たり前で、興味を抱いた著者があれば(読み易さ、読み難さは、相性の問題として在る)、同じ著者の異なる著作を何冊も多角的に読み込んで、質(中身)が伴わない分を、数量でカバーする。さすがに数量を重ねるうちには、何となくも見えてくるモノがあったりして、それでも理解にはまだまだ程遠い。
そんなひょんなこと(?!)から、ぼくが好んで手にしてきた“佐藤優”が導いてくれた“亀山郁夫”に、「読みたい!」という想いを強くしたのが、前述の「ロシア 闇と魂の国家 (文春新書,2008.4)」でだった。その想いは、本書において、ますます高まる。高まる想いが向かう先は、当然に、““亀山郁夫”新訳の『カラマーゾフの兄弟 (光文社古典新訳文庫)』に他ならない。
まだ見ず読まず、理解し得ぬままに興味ばかりが募る、『フョードル・ドストエフスキー (Фёдор Михайлович Достоевский,1821-1881)』に、「だったらウダウダ考えてばかりいないで飛び込んじゃえば!?」と煽る一方で、「慌てるな、じっくりと機が熟すのを待て!」との小心な臆病風も吹く。いろいろと、あ〜でもない、こ〜でもないと考えて考えて考えて想いを巡らせているうちに、来るなら来るし来ないなら来ない、いずれにしても、ぼくはひたすらに流れに身を委ねて、目の前の著作を淡々と読み続けるだけ。

これからドストエフスキー文学の「謎」を考えるうえで、わたしが起点としたい歴史的な年がある。
それが、1866年である。
ビスマルク率いるプロイセンオーストリアが戦った普墺戦争の年といっても少し難しい。そこで、わが国で明治維新に続く大政奉還が行われ、マルクスが『資本論』も刊行を始める前の年といえば、おぼろげながらもこの1866年という年のもつ意味、140年前の世界の激動はご想像いただけるかもしれない。 (P.19)


≪目次: ≫
 序章 一八六六年 −終わりと始まり
 第一章 四つの「罪と罰」
  1 第一の罪と罰 −父の死とヒステリー症
  2 第二の罪と罰 −ぺトラシェフスキーの会と死刑宣告
  3 第三の罪と罰 −結婚と癲癇
  4 第四の罪と罰 −サディズムとマゾヒズム
 第二章 性と権力をめぐるトライアングル
  1 貧しき人々
  2 コキュの登場
  3 親殺しと二枚舌
 第三章 文化的基層との対話
  1 ミクロとマクロの視点から
  2 分離派と異端派
  3 ドストエフスキーの関心
 第四章 屋根裏のテロル −『罪と罰』
 第五章 反性的人間 −『白痴』
 第六章 「豚ども」の革命 −『悪霊』
 第七章 父と子の和解 −『未成年』
 第八章 大地の謎とちから −『カラマーゾフの兄弟』
 終章 続編、または「第二の小説」をめぐって
 あとがき
 参考文献


Spiraea cantoniensis.
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本「ロシア 闇と魂の国家 (文春新書)」亀山郁夫+佐藤優5


ロシア 闇と魂の国家 (文春新書)
著者: 亀山郁夫+佐藤優
新書: 248ページ
出版社: 文藝春秋 (2008/04)




いずれ読みたい著作の筆頭に挙げられる、『カラマーゾフの兄弟 (Братья Карамазовы,1880)』、著者フョードル・ドストエフスキー (Фёдор Михайлович Достоевский,1821-1881)ロシアの文豪の最高傑作と謳われる。
新潮社の季刊誌「考える人 2008年春号」の特集“海外の長篇小説ベスト100”では、堂々の第三位。

やっぱり、新訳(光文社古典新訳文庫)の“亀山郁夫 (1949- )”にて愉しみたいと目論む。まだまだ早すぎると躊躇する気持ちもある。
読んで読めないことはないのだろうけれども、深い理解を得るには、知識も情報も不足している。一読して理解が得られるものでもなく、何度か精読すべきものでもあろうけれども、であればこそ、ますます今読むべきか迷うところで、今回がその一歩前進となるのかどうか?!


当時 同志社大学神学部の学生だった“佐藤優 (1960- )”と、当時 天理大学の助教授をしていて、非常勤で同志社に来ていた亀山先生とは、ロシア文学者たちの集まりで面識があった。23年ぶりの議論を重ねる二人の「ロシア」をめぐる対談の書籍化。

[佐藤] ・・・根源的に亀山先生の中にいいかげんなところがあるからかもしれない。こういう言い方をすると誤解を招くので、言葉をつけ足しますが、亀山先生はかなり本気で宗教の勉強をした。それだから、ロシア正教にある根源的ないいかげんさに気づいたのだと思います。だから、ドストエフスキーのテキストの中の宗教性に惑わされない。
[亀山] なるほどね(笑)。 (中略) ぼくは最近、ドストエフスキーかぶれが高じて、徐々にロシア正教とはなにか、わかってきたような気がしています。だからといって決して自分のなかに神の存在を信じているわけではない。ただ、神が存在すれば、少しは楽になれるのじゃないか、と思うことがあるんですね。つよい不安と恐怖にかられた瞬間です。加賀さんとの対談でとてもためになったのは、信と不信の間を揺れ動くことこそが進行だ、という一言です。その意味で、ドストエフスキーはやはりキリスト者だったのかな、と思うわけですが、この点についても、機会をみて佐藤さんのお話をうかがいたいと思っています。 (P.43)


[亀山] ・・・そこで佐藤さんにお聞きしたいのは、ロシアはいま、精神と物質、魂と闇の終末戦争を繰り広げているか、という問題なんです。
[佐藤] その勝負は既に思想の上ではついていると思います。カネですべての価値を測る新自由主義を既にロシアは拒否しました。物質に対しては、基本的に精神が勝利したのだと思います。この精神力によって、ロシア経済は復活したのです。
私の理解では、魂と闇は二項対立を作らないのだと思います。魂が闇を吸い込み、また闇の中に魂が偏在するというイメージを私はもっています。ロシアにとって苦難は今後も続くでしょう。そして、この苦難を積極的に引き受けることによって、いつか到来する千年王国を待ち望むというメシアにズムを、プーチン=メドヴェージェフ二重王朝のロシアは静かな形で待ち続けるのだと思います。 (P.248)


≪目次: ≫
 魂のロシア  亀山郁夫
 ロシアの闇  佐藤優
 第一章 スターリンの復活
 第二章 ロシアは大審問官を欲する
 第三章 霊と魂の回復


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[亀山] 居心地のよさを権力が感じているときに芸術に金を出すという構造が、これだけ二極化した日本では機能しないから困ってしまいます。文化に対してダイナミックな態度ができるところに、ロシアの魂の力を感じます。
[佐藤] 確かにこれは「ロシアの魂」の力だと思います。亀山先生が追究している「政治と文学」は古臭いどころか、今の新自由主義の堕落が蔓延する世の中だからこそ必要とされる、極めて現代的なテーマです。今の日本の政治家は、官僚になるのが夢という、どうもスケールが小さい学校秀才みたいな奴が多い。「総理になりたい」というだけで、志が高いと言われる。政治家ならばそんな小さな夢ではなく、「全世界から貧困を一掃する」とか、「戦争を絶滅し、恒久的平和を実現する」というぐらいの「不可能の可能性」に挑む大きな夢を持ってほしい。そのためには、国民から信託された権力を使わせてもらうという、「大審問官」型の政治家が出てくることが日本にとって重要なのだとぼくは考えるのです。
[亀山] 大審問官型の政治家、というのをもう少し説明していただけませんか。非常に重要な示唆を含んでいるように思えるのですが、きっと読者は理解できないでしょう。
[佐藤] 読者に理解していただける言葉を見いだす自信はありませんが、試みてみます。政治家が、自己の政策なり理念なりを実現するためには権力を必要とします。しかし、権力というものがくせ者で、そこには魔物が潜んでいるのです。潜んでいるというよりも、自分の内部にこの魔物を飼っていかなくては、政治家になれないということなのだと思います。そして、この魔物を飼っている人たちが独自の磁場を作り出すのです。ここでは永遠に戦いが続きます。 (中略)
・・・キリストは基本的に大審問官のあり方を認めます。キリストを通じて神が大審問官と共犯関係に入るのです。
私はほんものの政治家とは、大審問官の道だと思うのです。ときに暴力を行使してでも、人類が生き残ることができるようにするために、自らの優しさを殺すことができる人間がほんものの政治家なのです。愛と平和を実現するために、常に人々を騙し続けるのが政治家の業なのです。私は日本では、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗という三人の内閣総理大臣、ロシアではエリツィンとプーチンという二人の大統領を目の当たりにしました。この五人にはいずれも大審問官と共通するところがありました。大審問官になって、有象無象の阿修羅を力で押さえつけるのが自らの歴史的責務であると考えていました。ただし、これらの政治家は、そのため自分の魂は地獄に堕ちることになる。政治家にはその覚悟をもってもらわなくてはなりません。
[亀山] 一種の自己犠牲の上に成り立った最大幸福のための決断とでもいうのでしょうか。ここでもほんものの「決断」が試される……。 (P.224-P.227)


[亀山] ・・・50代半ばにきて、『カラマーゾフの兄弟』の翻訳を思い立ち、何冊か新書を書いているうちに、はっきりと見えてきたものがあるんです。結局、文学というのは、幸福の一形式なのであって、幸福のさまざまな形を人に伝えるのが、その使命なのだ、ということです。要するに、生きる力を与えるのが文学なんですね。
でも、生きる力を与える、というのは、自分から死なない力を与えるか、というとそうじゃない。それぞれの人間が、人生の果実を味わいつくすための宣伝活動だ、といったら叱られるでしょうか。佐藤さんはどうお考えになりますか。文学って何だとお思いになりますか。
[佐藤] 私は、文学とはインテリになるための方便だと考えています。これは私の考えではなく、日本の傑出したマルクス経済学者だった宇野弘蔵の見解を踏襲しています。宇野は、インテリとは、自らが置かれた状況をリアルに認識している人と考えました。私は、認識してるだけでは不十分で、その認識を自分の言葉で表現することができるということをこれに付け加えるべきだと思います。
宇野は、インテリになる一つの方法を、体系知(科学)である経済学を体得することと考えました。もう一つの方法は、小説を読むことで、心情によって、自分の置かれた位置のリアリティーを認識するることと考えました。この意味で、インテリにとって文学は不可欠と考えます。
[亀山] ぼくはいま、学長という立場でいろいろな仕事をしていますが、法人化、少子高齢化という厳しい状況のなかで、いかに大学のプレゼンスを高めるか、というのがもっとも大きな課題です。それを実現できれば、人文・社会系の小規模大学でも生き残れると思います。また、文学者がこうした立場に立つということを、少なからず危惧する人がいるわけですが、この半年の間に、ぼくはとても重要なことを発見したんですよ。
文学的な想像力を持っている人間と持っていない人間というのは、決定的に違うということです。
結局、自分が、大学人として、あるいは研究者、教育者としてやっていることにいかに批判的であるか、という一点にすべてはかかっているということです。ぼくは、ドストエフスキーから出発しているわけですが、ドストエフスキーをとおして何を学んだか、というと、人生は何か、ということを学んだ、としかいいようがない。でも、文学よりも人生からのほうが、はるかにたくさん学んできたように感じます。そして人生から多くを学ぶには、やはり、文学から多くを学ぶための力が欠かせないのです。教養です。
[佐藤] 外交官にとっても、難しい交渉をまとめあげる上で、教養はとても重要です。また、私が会った優れたインテリジェンス・オフィサー(情報機関員)は、一人の例外もなく、優れた教養人でした。 (P.233-P.235)

本「蝶のゆくえ (集英社文庫)」橋本治5


蝶のゆくえ (集英社文庫)
著者: 橋本治
文庫: 314ページ
出版社: 集英社 (2008/2/20)




文庫化されたのを知って、既に単行本(2004/11)で読んでいたのに、あらためて読んでみようと思わせる“橋本治 (1948- )”の魅力♪
柴田錬三郎賞受賞の短篇小説集、全六篇。

文庫本がありがたいのは、何より解説が付されること。しかも、本作にあっては、著者“橋本治”本人の解説。
「女にとって家とはどういうものなのか?」という疑問を中心軸とする作品となった。 (p.310)
「女にとって、母とはいかなるものか。家とはいかなるものか」という問いを立てて、橋本はその答えを出さない。答えを出すことが小説ではなく、問いを出すことこそが小説であると理解した結果である。 (P.313)

人間関係って、ホントに難しい。
依存心が強いぼくは、ついつい簡単に答えを求めてしまう傾向にあって、簡単に結論に導きたいと焦ってしまう。答えがわからない、先が見えない不安は、どうにも耐えがたい。ひとりで考えることは、決して愉しいとはいえない、孤独な作業。その孤独な作業を乗り越え、自己を確立して自立を遂げてこそ、健全な人間関係が築ける?!、ぼくにはわからない、、、


≪目次: ≫
 ふらんだーすの犬  「小説すばる」2003年2月号
 ごはん   「小説すばる」2003年5月号
 ほおずき  「小説中公」1994年8月号
 浅茅が宿  「小説すばる」2003年9月号
 金魚    「小説すばる」2004年1月号
 白菜    「小説すばる」2004年6月号
  自作解説/著者
  *2004年11月刊行


可憐な舞い♪
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本「インドの虎、世界を変える −超国籍企業ウィプロの挑戦 BANGALORE TIGER: How Indian Tech Upstart Wipro Is Rewriting the Rules of Global Competition」スティーブ・ハーン、児島修 訳5


インドの虎、世界を変える −超国籍企業ウィプロの挑戦 BANGALORE TIGER: How Indian Tech Upstart Wipro Is Rewriting the Rules of Global Competition
Amazonで購入
書評/IT・Web



経営や経済に興味が薄いぼくでも、ついつい読んでしまう(読みたいと思わせる!?)、英治出版の翻訳著作は、かつて本が好き!PJ経由の献本があったらしいのだが、記憶にない。
ところで、記憶力について、ぼくはそれなりの自信があって、子どもの頃から20代の頃までは、一度会ったことがあるだけの人であっても顔と名前を記憶して、さらには電話番号なども数十件は空で言えた。肝心の勉強において、その記憶力を活用していたら、今頃はまったく違う人生を送っていたであろうが、人生に「もしも?!」はない。30歳を過ぎて、単純な記憶力は著しく低下している。ところが、単純な記憶力の低下によって、確かに名前や電話番号はおろか、何をどこに置いたかも、時には数秒前に口にしたことをも失念することがあったとしても(少なくない)、口ではおどけて「まったく困ったなぁ」などと言ってはみるものの、現実的には何ら困ることはない。
むしろ、日常の瑣末な事柄に拘らないことにより、肝心な記憶がより整理されて、必要な時に浮かび上がるようになったとさえ感じる。
と言ってみたところで、記憶などの人間の能力には限界があり、すべてを正確に記憶することは不可能であり、適度に忘れて消失させることによって、新たな記憶が刷り込まれるのであって、ぼくの記憶能力に対する満足度合(レベル)が、ただただ低く設定されているだけなのかもしれないけれども。


本書は、経済成長が著しい“BRICs (Brazil,Russia,India,China)”の一国、インドバンガロールに本社を置くITサービス企業“ウィプロ(Wipro Ltd)”と、その倒産寸前の食用油会社を、当時21歳の大学生だった“アジム・プレムジ (Azim Premji)”が経営を立て直して、インド屈指の世界的にも注目を集めるグローバルIT企業へと築き上げた、ノンフィクション物語。

・・・彼の努力の源はどこにあるのだろう。金銭的な魅力に引かれたのではないことは間違いない。インドでも有数の金持ちだが、その使い方さえ知らない。おそらくは、人がひしめき合うインドの苦しみとカリフォルニアのまぶしいほどの繁栄との不愉快な違いが、動機づけになったのではなかろうか。結局、プレムジが手伝ったのは、この二つの世界の間に橋を築き、ヒト、カネ、情報、そして創造性が自由に流れるようにすることだった。世界的な企業に育て上げ、今は新しいインドの国づくりに手を貸している。プレムジにとって、これ以上のイノベーション・プロジェクトはない。 (P.347)


≪目次: ≫
 Introduction 世界は逆転する
  India's New Breed of Tech Company
 第1部 インドの「虎」、ウィプロ
  TAKING ON THE WEST
  第1章 ウィプロとは何か
  第2章 ピーナッツから
  第3章 タテの戦略、ヨコの戦略
  第4章 成功の意志
 第2部 ウィプロの人と組織
  PEOPLE PRINCIPLES TO LEAD BY
  第5章 正しい行動が成功を招く
  第6章 「完成された人間」を育てる
  第7章 オープン・ドア
  第8章 社員への報酬
  第9章 派手なものに金を使うな
  第10章 新旧人材のシナジー
 第3部 なぜ彼らは強いのか
  BUILD ON CORE COMPETENCIES
  第11章 すべてを計測する
  第12章 三年先を読む
  第13章 毎日が発見の連続
  第14章 ザ・ウィプロウェイ
  第15章 顧客に密着せよ
  第16章 全力疾走の日々
 第4部 最良のパートナー、ウィプロ
  SUCCESS STORIES: HOW WIPRO DID IT
  第17章 アビバとの連携
  第18章 テキサス・インスツルメンツ
 第5部 ウィプロに学ぶ
  HOW TO INJECT THE TIGER IN YOUR OWN COMPANY
  第19章 エクセレンスを求めて
  第20章 最高の職場
  第21章 そして、未来へ


≪著者: ≫ スティーブ・ハーン(Steve Hamm)
ビジネス・ジャーナリスト。『ビジネス・ウィーク』誌のシニア・エディター。ソフトウェア業界を主に担当。2005年の8月、グローバル経済におけるインドと中国の台頭に関する特集記事を寄稿し、政治ジャーナリズムに関する米国研究/学会基金の経済論文部門・政治ジャーナリズム優秀賞を受賞。IT業界については1989年から、インドのITサービス産業についても2001年から精力的に取材を続けている。


幸福の黄色い・・・♪
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ウィプロはめったに社員を解雇しない。例外的なのは倫理規範に違反したときだ。しかし、社内に掲げられた高い基準のなかで、業績評価が全体の下位10%の社員には、改善のための会社との厳しい二人三脚が待っている。上司からは何が足りなかったのか細かく指摘され、改善のための具体的な計画が示される。予定どおりに行動が変わっているかが詳細にチェックされ、一定の期間がすぎても結果が思わしくなければ「ウィプロは君にとってふさわしい会社ではない」という助言が与えられる。メッセージを受け止めた社員は、新天地を見つけ、会社を去っていく。幸いにも、ウィプロでの勤務経験が記された履歴書は転職活動において効果を発揮し、彼らの新世界への旅立ちを後押ししてくれる。
こうした評価法のおかげで、管理職も一般社員も同じ目線で、会社にとって一番大切なことは何かを意識することができる。ここには、高いパフォーマンスを目指す文化があり、初挑戦の仕事を大成功に導くことができる組織がある。失敗したら、そこから学ぶ準備がいつでもできている。そして、いずれ勝利をつかむのだ。 (P.198-P.199)


・・・インドの失望の時代だった。1947年にイギリスから独立してからの数十年間、インドは隣国パキスタンとの絶え間ない紛争や、息の詰まるような官僚政治に苦しんできた。1990年代に経済の自由化が行われ、インドのハイテク企業が世界の表舞台で初めて成功を勝ち取ったとき、ウィプロをはじめとするインド企業は悟った。「自分たちでも世界で戦える。そして、かてるのだ」 (P.42-P.43)

プレムジがウィプロの黎明期に築いた土台のなかで最も大きな意味をもっていたのは、厳しい倫理観だ。1960年後半から1970年代前半にかけて、インド経済には汚職がはびこっていた。官僚は民間に許可を与えるとき賄賂を求めた。顧客は発注するとき見返りをほしがった。農家は役人に袖の下を渡して作物の計量をごまかすように頼んだ。
プレムジは、自分たちはこのような腐敗には染まらないことを断固として宣言した。この決意が、結局は顧客や社員にとってのウィプロの価値を高めていくと強く信じていたからだ。プレムジの方針は、直接的な贈収賄だけではなく、それがどのような形態であれ、腐敗や怠慢を表わす行為を一切許さないという厳格なものだった。清廉な態度は、経営陣から末端の従業員まですべてに等しく求められた。
「規範を乱したものは、誰であれその日のうちに職を失う、と全社員に言った。黒か白、それしかないと伝えたんだ」
とプレムジは言う。もちろん、これは簡単に社内に浸透するような考え方ではない。しかし、実際に何人か解雇されるのを目の当たりにすると、全員がプレムジの本気さを感じとるようになった。ウィプロは評判を呼び始めた。インドの企業のなかで特異な存在として受け止められただけではない。世界的に見ても、これほど徹底した倫理観を持つ企業はそうなかった。実際、多国籍企業のいくつかは、賄賂によって致命的な痛手を被っていたのだ。 (P.51-P.52)

本「君のためなら千回でも (下巻) THE KITE RUNNER (ハヤカワepi文庫)」カーレド・ホッセイニ、佐藤耕士 訳5


君のためなら千回でも (下巻) THE KITE RUNNER (ハヤカワepi文庫)
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書評/海外純文学




やっぱり、夜ひとりの部屋で読んだら泣いちゃう。
あぁ、哀しい哀しい哀しい。電車の中で読んでる時には、周囲の目もあるし、物語に集中して読み進むことができるんだけど、ひとりでダラ〜ッとしている時(夜の自室)だと、いろいろと余計なことまで考えて、大したことがないような内容にも、ついつい涙が出ちゃう。

かつて、早川書房から、“本が好き!PJ”経由の献本があったのに、ぼんやりとしていて逃してしまって自腹で参画。これまたぼんやりしていたら、何と上巻を読了した後に40日も経過していた。

原題の「THE KITE RUNNER (凧追い)」は、アフガニスタンの冬の伝統的な行事「凧合戦」における見どころのひとつで、上空での戦いに敗れ、糸を切られた凧を追いかける子どもたち。子どももおとなも、多くの人びとの歓声が飛び交う賑わいは、平和の象徴でもある。
1973年のクーデター、1979年のソ連軍によるアフガニスタン侵攻内戦タリバンによる実効支配、そして、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロの報復としてアメリカによる空爆(アフガニスタン戦争)。
世界情勢に精しくないので、Wikipediaを引用すると、
きわめて貧しい国の一つで、農業と牧畜への依存度が高い。経済は近年の内戦による灌漑施設の破壊や、ソ連軍の侵攻やタリバンとアメリカ軍を中心とした多国籍軍との戦闘などの社会的な混乱、干ばつにより大打撃を受けている。また同じ理由から国民の多くに食料、衣料、住居、医療施設が不足している。
現在は歳入の大半を国際援助に依存しており、国民の3分の2は、1日2ドル以下で生活している。

アフガニスタンにおける最大の民族集団であり、国家のあらゆる側面で力を持ち、国家を支配してきた歴史を有するパシュトゥーン人。その裕福な家庭に生まれ育ち、祖国の動乱を避けて、アメリカへの亡命を果たす。やむにやまれぬ事情がなければ、決して荒れ果てた祖国の地を二度と踏むことはなかったであろう、主人公アミール。
確かに、召使いとして一生を終える、ハザラ人が主人公の物語では、ベストセラーには成り得ない。残酷なまでに対比されて、厳然とした落差があって、それでいて、あっと驚く大どんでん返し、誰にも言えない秘密だって時に必要とされよう。
現在の日本においては、階層を日常的に感じることはない。それでもやっぱり、社会の中に差異は歴然と存在する。その差異は、優劣であるとか、善悪なんかで簡単に二分することはできない。


簡単に感動して、簡単に終わらせたくない。
と言ったところで、何か具体的な行動が起こせるのでもないけれど、物語は終わっても、アフガニスタンの社会的な混乱は、そう簡単には終わらないし、すぐに何ら変わることはないであろう。
旧くから「文明の十字路」と呼ばれる要所に在り、イスラーム教に篤い国家は、日本人(特にぼく)には馴染みが薄いけれど、同じ地球上に在って生きる人間として、無関心ではいられない。



Papaver nudicaule.
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本「スローン・コンセプト 組織で闘う 「会社というシステム」を築いたリーダーシップ (ADL経営イノベーションシリーズ)」アンロ・フリーマン、アーサー・D・リトル(ジャパン) 訳5


スローン・コンセプト 組織で闘う 「会社というシステム」を築いたリーダーシップ (ADL経営イノベーションシリーズ) The Laedership Genius of Alfred P.Sloan: Invaluable Lessons on Business,Management,and Leadership for Today's Manager
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書評/経済・金融



もうしばらく読み進めたい“英治出版”の第三作目は、“ADL経営イノベーションシリーズ”。
かつて、“本が好き!PJ”経由の献本があったらしいのだが、まったく記憶にない。記憶にないのは興味がなかったから。もっと正確に言うならば、興味が抱けなかった、であって、目を背けていた、であろうか。自らの不勉強と無関心に起因して、本来もっとも勉学に励むべき時期(学生時代)の怠慢から、社会経済の知識が著しく欠落しているという明確な事実を、何となく気付いている(認知能力不足)ものの、何をどうしてか、自ら認めたくない(誤魔化して隠し通せるほどに世の中は甘くない)!?、本人にあっても説明し得ない、今となっては何とも理解不能な、超不健全状態。
などと言い訳してみたところで、著作を掲げて何らかを書き記しているからには、その責任を逃れられるものではない。著者や訳者、出版社など多くの関係者が関わる作品(著作)を借りて、失礼を働くことなど、どうして許されよう。簡単に謝って許されるものでもあるまいし、ぼくはぼくなりに、これでも誠意をもった書き記しを心掛けているつもり(あくまでもつもりでしかないけれども)であり、何ら悪びれることも、まかりまちがっても謝意を表することなど何もない。
そんな強がり(?!)を言えるほどに大したことなど何ら書き記し得ない現状にあったとしても、常に志だけは高く高く在りたい!


本書は、世界的自動車メーカー“GM(ゼネラル・モーターズ・コーポレーション)”が、現在の世界的企業たる地位(1931年以降世界最大の販売台数を誇り続ける)に在る、その礎を築いた、“アルフレッド・P・スローン・ジュニア (1875-1965)”を軸に繰り広げられるノンフィクション物語。
アルフレッド・P・スローン・ジュニア (1875-1965)は、アメリカ自動車産業における生産方法、組織構造、マーケティング、販売、流通、金融、広告 ― 一言でいえば自動車製造に関わるあらゆる側面 ― のあり方を変えた。それだけでなく、この劇的な転換、すなわち業界を根底から改革する過程において、アメリカの企業界に改革をもたらした。スローンより前にそのようなことを成し遂げた人物はいなかったし、これからも現れないかもしれない。 (P.21)

スローンが部品事業の出身であること、子会社から移籍してきたこと、そして車軸の油にまみれた手をして、ミシガンの自動車製造業界の階段を一歩一歩登りつめてきたわけではないことを、自動車業界の者なら誰でも知っていた。オールズやドッジ、クライスラーが作った車は存在するが、それと同列をなしうる「スローンの車」というものはしょせん存在しないのだ。 (P.266)

人生において二度GMのトップの座に就き、二度その座を追われたウィリアム・デュラント。彼はヘンリー・フォードと並んでアメリカの自動車史に名を残す重要なパイオニアである。彼は生れついての営業マンであり、周囲と相談したり事実を精査したりすることなく即断する経営者で、株式投資に目がなかった。一つの自動車メーカーが複数のブランドを持ち、さまざまな車種を販売するという現在のシステムができたのは彼の功績だ。
しかし、近代企業についてのスローンの革新的で先見性に富んだ概念は、デュラントの経営スタイルに対する失望と苛立ちから生まれたといっても過言ではない。直感的な経営を行うGM社長デュラントは、子会社社長スローンの苛立ちの種となった。その苦悶が時を経て、燦然と輝く経営理念として結実することとなる。 (P.39)

1914年には、自動車の年間生産台数は50万台に達していた。そのうちGMの車(ビュイック、キャデラック、オールズモビル、オークランド)は14万6000台で市場の29%を占めていた。GM全体の中ではビュイックが9万925台で62%を占めていた。
ウィリアム・デュラントは次々と会社を買収していったが、それは壮大なコンセプトにもとづく行為というよりも、自動車業界の将来に対する不安から生まれた行為と見るべきだろう。初期のアメリカ自動車業界には、誰も作っていないような車を作ってやろうと実験を重ねる一匹狼たちがたくさんいた。誰もが名前を知っているようなビュイック、オールズ、ナッシュ、クライスラー、フォード、ドッジなどの陰には、名を成すことなく消えていった数百ものモデルがあるのだ。
ガソリンで走る自動車の成功は実に急激かつ劇的だった。それだけに、またすぐに新たな技術が登場して、自動車の製造法は一変してしまうのではないかという考えが根強くあった。三大メーカーは、エンジンサイズや車台の設計などの自動車の重要な側面を変えてしまうような技術革新が起こるのではないかと、1930年代まで不安を抱いていた。
 (P.183-P.184)

GMは最も多くの軍需物資を提供した米国企業だった。効率良く組織されたGM工場は戦車やトラック、その他設備の製造工場として転用された。1946年、防衛用兵器の生産に貢献したGMを称えて、国からウィルソン(注.1940年にスローンが自ら念入りに選んだ社長。GMを辞めた後、アイゼンハワー政権において国防長官としても功績を上げた)に功労賞が贈られた。 (P.175)

・・・自動車メーカーであるGMが融資機関になれたのは、彼(注.ジョン・ジェイコブ・ラスコブ)の天才的な能力のおかげだ。1919年当時、メーカーによる信用販売という特異な形態の金融を禁じた連邦法はなかったし、銀行業界もGMAC(注.1919年にラスコブが設立した画期的な会社、GMアクセプタンス・コーポレーション。GMが100%出資している金融部門)が、与信業務において重要なプレーヤーになるとは想像もしなかった。
それまでの自動車販売は現金取引が主流だった。この方式は、顧客が富裕層中心だった時代には良かったが、大衆向けにT型フォードが販売されるようになると、より多くの平均的な給与所得者が車を買うようになり、その資金をいかに調達するかが問題になった。
毎年生産される車を特約店へ、そして特約店から消費者へと売ってゆかないことにはGMの繁栄はありえない。その答えがGMACだった。消費者は、GMの特約店を通じ、頭金と手ごろな金利の分割払いによって車を購入することが可能になる。
ラスコブと共にスローンは融資の仕組みを考えた。
「当初、私たちには主に二つの狙いがあった。一つは有効なシステムを確立すること、もう一つは消費者のために妥当な金利を設定することだった (Sloan,My Years with General Motors,P.306.)」
ここでもいつもの彼らしく、スローンは信用販売についての事実研究を頼りにした。GMがスポンサーとなってコロンビア大学の経済学部長E・E・セリグマン教授が行った分析結果が、1927年に上下巻の大作“The Economics of Installment Selling”として出版された。借金に対するアメリカ人の評価はこれを境に変わった。セリグマン教授は借金や分割払いにまつわる浪費的でネガティブなイメージを払拭し、ポジティブなイメージ(「生産的借金」や「生産的分割払い」)に変えた。
この研究によって分割払い購入が世間に受け入れられやすくなった。スローンはこの研究の核心を次のように表現した。
「それ(借金をすること)によって需要の前倒しがおこるだけでなく、購買力も高まる (Sloan,My Years with General Motors,P.306.)」 (P.189-P.190)


≪目次: ≫
 第1章 近代企業経営の原型「スローン・システム」
  スローンが築いた「会社というシステム」
  新時代の経営秩序
  経営の“プロフェッショナル”として
  その企業経営原則
  スローンが今に伝えるもの
 第2章 意見対立の中に将来を見出す
  スローンの原体験
  GMとの出会い
  独裁経営時代の終わり
  意見衝突を乗り越えたときに
  一社員が救ったキャデラック
  将来を共創する
  事例.灰コーラ:ニューヨークの迷走
  事例▲泪螢ン・ラボラトリーズ:進言の条件
  事例J瞳魁命令系統のバイパス
  事例ぅ魯ぅ鵐帖Э契宿覆瞭楮
  感情的対立を超えて
  スローンの教え「対立の包容
 第3章 顧客の心を探る
  コンシューマリズムの台頭
  自動車普及の過程
  潮目は必ず変わる“あらゆる目的・あらゆる価格”
  必然が生んだ新モデル「ラ・サール」
  きっと「車は見た目で売れる」ようになる
  GMが起こした消費者意識革命
  現在のコンピュータ市場に見る類似性
  事例.レイロール:未開市場の開拓
  事例▲泪螢ット:もてなしの選択肢
  事例ホールマーク:カードが支える感情表現
  単に顧客におもねるのでなく
  スローンの教え「賢い選択」の提供
 第4章 事実にもとづき決断する
  GM、放漫経営の時代
  埋もれていた事実
  要は「取引が成立したか否か」
  事例\こΔ離謄ーン市場:事実が描く実態
  事例▲廛輒邉綉綯帖不採算の構造
  事例クライスラー:サプライチェーンの改革
  スローンの教え「知るべき事実は何か
 第5章 海外の市場をとらえる
  欧州進出の試み −シトロエン買収計画
  イギリスでの実験
  国内メーカーから国際メーカーへ −オペル買収
  海外展開を支えたスローンの慧眼
  事例.殴鵐競ぅ燹Ъ社の強みの移植
  事例▲咼献優后Εぅ鵐拭璽淵轡腑淵襦Ь霾鵑離皀妊覯
  事例ペプシ:世界のコーラ市場
  事例ぅ蓮璽殴鵐瀬奪帖Рそ市場を拓く
  ただ他国に踏み込むのでなく
  スローンの教え「海外市場は延長線上にあらず
 第6章 プロフェッショナルを育て、任せる
  スローンが描いた組織図
  スローンが支えた人々
  ウォルター・P・クライスラー “自動車を知りつくした男”
  ピエール・デュポン “資金と人材の提供者”
  ジョン・J・ラスコブ “財務の達人”
  ドナルド・ブラウン “数字の専門家”
  ウィリアム・クヌドセン “陣頭の指揮官”
  チャールズ・E・ウィルソン “従業員の理解者”
  プロを育てる
 第7章 事業の範囲を拡げる
  スローンの考え方
  前任者デュラントの積極多角化
  スローンの取り組み
  GMAC“消費者に融資を”
  新しいものに賭ける
  鉄道:ディーゼル機関車エンジン
  家電:フリジデア冷蔵庫
  航空:ベンディックス航空機
  事例.ーバー:ベビーフードの周りに
  事例■唯韮諭П撚茱好織献を越えて
  事業範囲の拡大にあたり
  スローンの教え「唯一の物差し
 第8章 組織を全体としてマネージする
  スローンの青写真
  二大原則と五つの目的
  長期的な成功のために
  分権で自律を促す
  コントロールを一元化する
  資金循環のルール
  標準生産量の概念
  事例 スミソニアン・インステュート:分権とコントロール
  スローンの教え「新時代の組織形態
 第9章 流通ネットワークを強固にする
  スローン以前の流通網
  特約店との新しいパートナーシップ
  不満を紐解く
  手綱を引き締める
  新しい概念:“関係者全員の利益”
  最後の一筆 −仲裁制度
  補記 −近年の変化
  スローンの教え「共通の利益
 第10章 企業イメージを高める
  ブルース・バートン −スローンが一任した人物
  スローンの考え方 −企業広告とは何か
  「GMファミリー」キャンペーン
  ポンティアックの成功
  他の事業部への展開
  GM企業広告がもたらしたもの
  事例.璽優薀襦Ε┘譽トリック:おなじみのロゴ
  事例▲淵ぅ:Just Do It!
  事例フォード:心に残るメッセージ
  事例ぅ泪好拭璽ード:“プライスレス”
  企業広告の再考
  スローンの教え「ブランディングの原点
 第11章 正しいことを正しく行う
  「会社というシステム」を築いたリーダーシップ
  「創造という仕事はこれからも続いてゆく」


≪著者: ≫ アリン・フリーマン Allyn Freeman
フリーマン・コンサルティング代表。経営コンサルタントとして過去20年、数多くのフォーチュン500企業(AT&T、コカコーラ、フォード・モーター、アメリカン・エクスプレス等)と協業を展開してきた。企業経営におけるイノベーションやリーダーシップに関する提言を、本書以外にも 各種の書籍・レポートとして上梓している。
コロンビア大学MBA、サンダーバード大学BFT、ブラウン大学BA。


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本「全地球凍結 (集英社新書)」川上紳一5


全地球凍結 (集英社新書)
著者: 川上紳一
新書: 203ページ
出版社: 集英社 (2003/09)




これ(本書)をいきなり読んだら、難しい言葉だらけで、とてもじゃないけど読み切れない。そう考えるに、ガブリエル・ウォーカーに感謝♪
これで、「約7億年前に地球表面が全面的に凍結した可能性“全地球凍結(スノーボールアース)仮説”について、わかった!」とは、とてもとても言えるレベルにないんだけれど、約46億年の地球史の魅力に触れる。46億年の地球の歴史に対して、7億年前のことが仮説として未だ論争があり、正確にはわかっていない。地球の歴史の90%は、わかってない。プロローグ「地球史の闇に当てられる光」とはまさに。


本書を手にしたキッカケを辿ると、
直前は、「スノーボール・アース −生命大進化をもたらした全地球凍結 (ガブリエル・ウォーカー、渡会圭子 訳,早川書房,2004.2)」で、監修者として、本書の著者“川上紳一 (1956- )”を知った。
そのキッカケともなる、「大気の海 −なぜ風は吹き、生命が地球に満ちたのか (ガブリエル・ウォーカー、渡会圭子 訳,早川書房,2008.1)」は、積読期間が長く、なかなか手を出せなかった。全349ページ(300ページを超えると長大の部類に属する!?)のサイエンス・ノンフィクションは、表紙絵からして重い印象を受けた。
それと並行して前後して、「フタバスズキリュウ発掘物語 −八〇〇〇万年の時を経て甦ったクビナガリュウ (長谷川善和,化学同人,2008.3)」に、子どもの頃の記憶に、化石(恐竜)ブームなどというものもあったような、人類誕生のはるか以前の8,000万年前に目が向いて、“カンブリア紀”を、“地質時代”を意識したのが、この時だった。
それまでは、「人類の足跡10万年全史 (スティーヴン・オッペンハイマー、仲村 明子 訳,草思社,2007.8)」、たかだか10万年前まで。
さらには、ポプラ社の名著誕生シリーズ「ダーウィンの『種の起源』 (ジャネット・ブラウン、長谷川眞理子 訳,2007.9)」を読んで、“ダーウィン (Charles Robert Darwin,1809.2.12-1882.4.19)”に興味を抱いていたところ、国立科学博物館にて、「ダーウィン展」なる企画展を開催していることを知り、足を運んだ。
ふと、「フタバスズキリュウは、国立科学博物館に保管され、レプリカが展示されていたはず!?」とばかりにご対面、しばらく立ち尽くした!!

と、ザッと思いついたところを書き記してみた。
何も知らない、何も興味がなかったところから始まっているので、いずれも深い理解にまでいたったとは言い切れないものの、それぞれの科学分野の第一人者を称えられる研究者たちが、その人生を賭けて挑んだ研究の成果はもちろんのこと、むしろ、その成果にいたるまでの過程に秘められた人間ドラマに、何よりも魅せられる。


“1997年正月に送られてきた電子メールには、
「ナミビアの炭酸塩岩の縞にきれいなものがあるので、その縞の解析を行って堆積速度を見積もる研究をやりませんか」という旨の文章が書かれていて、それは、ポール・F・ホフマン教授からのものだった。
「ぜひサンプリングに行きたい」という返事を送りました。 (P.70)”
ホフマン教授からのメールで感激し、届いた縞状堆積物の写真で興奮したこと。ナミビアへ向かう飛行機の中で味わった期待と不安、そして緊張。試料の分析が順調にすすまないことへの苛立ちや焦り。その間さまざまな研究者とめぐり会って刺激を受け、激励されたこと。「全球凍結仮説」をめぐる研究を回顧するとき、時とともに揺れ動いたさまざまな心模様が蘇ってくる。私には、これらが一つのドラマのような気がしている。・・・ (P.198)

ぼくの中では、ホフマン教授は、マラソンを走り、35歳を過ぎて出逢った奥さんとの秘話であり、その母親、永年親しんだ北極から退き、研究に熱中するあまり、たびたび激しい論争を繰りひろげている♪


≪目次: ≫
 プロローグ 地球史の闇に当てられる光
 第1章 「全球凍結仮説」の登場
  1.とんでもない仮説
  2.世界中で見つかる氷河堆積物
  3.地層の奇妙な組合せ
  4.縞状鉄鉱床の謎
  5.炭酸塩岩の化学分析
  6.「全球凍結仮説」とは
 第2章 キャップ・カーボネート
  1.キャップ・カーボネートの意味がわかった!
  2.キャップ・カーボネートは急激に堆積した
  3.堆積速度を推定する
  4.化学分析
  5.全球凍結事件は何回あったか
 第3章 対立する仮説
  1.地軸が大きく傾いていた
  2.傾いた地軸の証拠
  3.海洋深層水のわき出し仮説
  4.メタンハイドレート解け出し仮説
 第4章 反論からの検証
  1.氷河堆積物の緯度分布を調べる
  2.季節変化
  3.キャップ・カーボネート、再び
 第5章 気候変動論からみた「全球凍結仮説」
  1.水惑星・地球
  2.全球凍結現象を再現する
  3.超大陸の分裂と氷河期
 第6章 生物科学と「全球凍結仮説」
  1.生物化学からの挑戦
  2.生物はどのようにして生き延びたのか
  3.寒冷な気候と生物進化
 エピローグ
 参考文献


≪著者: ≫ 川上紳一
岐阜大学教育学部教授。地球科学者。専門は縞々学、地球形成論、比較惑星学。理学博士(名古屋大学)。
理科教育講座(地学)川上研究室


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本「人生の教科書 [情報編集力ををつける国語] (ちくま文庫)」藤原和博、重松清、橋本治5


人生の教科書 [情報編集力ををつける国語](ちくま文庫)
編著者: 藤原和博、重松清、橋本治
文庫: 362ページ
出版社: 筑摩書房 (2007/10)




橋本治 (1948- )”を読みたくてチョイス。なのにどうして、他の共著者“藤原和博 (1955- )”、“重松清 (1963- )”との絡みもないままに、第3章(P.239-P.289)にのみ単独で、さらには、既刊の『これで古典がよくわかる (ちくま文庫,2001.12)』の一部を加筆し再構成したものでの参画とは!?、それでも十分にありがたい♪♪、「国語 心に届く日本語 [よのなか]教科書 (新潮社,2003.1)」の文庫化。

品川女子学院の中学二年生向け、半年にわたる授業での全9講座を中心に書籍化。中学生以上すべての読者を対象として、中学生以上すべての日本人の豊かなコミュニケーションの復興のために捧げたい!、との想いは、自分の意見を表現する力、いわゆる「コミュニケーションするチカラ」の急速な退化を憂いて。
その原因として絞り込まれる次の3つ、
その 社会そのものが便利になり、コミュニケーションする必要がないこと
その 時代が常に“正解”を要求していたこと
その 日本の「国語の教科書」は、戦後一貫して「道徳の教科書」だったこと (P.15-P.16)
1つめを社会の構造、2つめを時代の要請で、どちらも御しがた要因として、3つめを変えたい!、「情報編集力」を育てるため、従来とは別の視点で、コミュニケーション技術に特化した、「国語の教科書」を創ろう!と。


特別講座の「1000字書評」や「読書感想文」、そして9回の講座に、ハッとさせられることが少なくない。情報編集力をあらためて意識させられる。


≪目次: ≫
 序 コミュニケーションの復興を!/藤原和博
 第1章 重松清の『ワニとハブとひょうたん池』で、
     「表現法」をトレーニングする/藤原和博
  講座 ー己紹介はドラマチックに
  講座◆‖梢佑竜せちを知る
  講座 比喩(メタファー)を使いこなす
  講座ぁ仝斥佞留行きに迫る
 第2章 重松清の『エイジ』で、
     「思考法」とトレーニングする/藤原和博
  講座ァ,發里瓦箸鯲体的に組み立てる
  講座Α 叛ご屐匹墨任錣気譴覆
  講座А/祐峇愀犬鮨泙派修
  講座─ 嵳很鵝廚函嵎埆検
  講座 ネット・リテラシーを高める
  特別講座 読書感想文が「苦手」なあなたへ/重松清
  特別講座 「ワープロ」で「1000字書評」を書いてみる/藤原和博
 第3章 古典講座 日本語の文章はこうして生まれた!/橋本治
 第4章 コミュニケーションの「わからなさ」について/重松清
 文庫版のためのあとがき
 返歌のような解説/平田オリザ


眩しい〜♪
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本「スノーボール・アース −生命大進化をもたらした全地球凍結 Snowball Earth: The Story of the Great Global Catastrophe that Spawned Life as We know it」ガブリエル・ウォーカー、川上紳一 監修 、渡会圭子 訳5

スノーボール・アース −生命大進化をもたらした全地球凍結 Snowball Earth: The Story of the Great Global Catastrophe that Spawned Life as We know it
著者: ガブリエル・ウォーカー、川上紳一 監修 、渡会圭子 訳
単行本: 293ページ
出版社: 早川書房 (2004/2/26)




スノーボール・アース(全地球凍結)”仮説と、地質学者“ポール・ホフマン”の、サイエンス・ノンフィクション。
本書は、いま地球科学の世界で論争のまっただ中にある全地球凍結仮説(スノーボール・アース)とこの仮説を学界の中心舞台へと引きずり出した地質学者たちの物語である。登場する地質学者たちはカナダ北極圏、スバーバル諸島、、ナミビア、南オーストラリア、ロシアなどで、蚊、クマ、ゾウや毒ヘビなどの野生動物の脅威や過酷な気候と戦いながら、荒野に留まって地球史の闇を照らし出すために人生を賭ける。私自身も、こうした地域まで何度か赴き、キャンプ生活を行いながら、地球史の貴重な石を採集する調査を経験したことがあるが、とりわけ、本書の主人公であるポール・ホフマンとのナミビアでの野外調査とキャンプ生活は、もっとも印象深いものであり、その後の私自身の研究生活に大きな影響を与えたものであった。(中略)
 (P.287、解説「“スノーボール・アース”の現在」川上紳一)

同著者、同訳者の「大気の海 −なぜ風は吹き、生命が地球に満ちたのか (早川書房,2008.1)」から遡って、読了。

とにかく書き得ないのは、ぼくの理解が及ばないからで、こればっかりは能力や知識が圧倒的に不足しているからに相違ない。とはいえ、大きな興味を抱きつつも頭のどこかには、「そんな何億年も前(先カンブリア時代)の話しをされたって、ちっともわかんない」と開き直って、自らの不勉強であり、知識不足を認めたくない、ズルイぼくがいたりもする。突き詰めていくと、“スノーボール・アース(全地球凍結)”仮説を知らなくても、何にも困ることもなければ、恥ずかしいこともない(知ってるふりさえしなければ)。「関係ない、わからない」でお終いにすることだってできる。
それでもやっぱり理解したいと思うのは、これまた上手く説明できないけれども、これまでの不勉強や無関心への反動から?!、「知らない、関係ない、興味がない」では、もったいない。知り得たからって、すぐに何かがどうにかなるわけでもないけれど、とくに何かがどうにかなることを期待などしてもいないけれども、少なからぬ人びと(研究者)を、人生を賭けた研究へと駆り立て、その成果(研究論説)を巡って真剣な論争まで展開されて、さらには、そこにまつわる人間ドラマを描いて物語(ノンフィクション)に仕立てようとする著者まで現れる、そう考えるに、「ぼくが理解できるかできないか」なんて疑念は、あまりにも小さすぎると言わざるを得ない。
・・・先カンブリア時代とは、地球史上でもっとも重要な変化が起こった時期であるカンブリア紀へとつながる時代だ。あとに起こったことで、ある時代の名をつけるが地質学の特徴である。さらにこのケースが特別なのは、先カンブリア時代というのが単なる時間の区切りではないからだ。先カンブリア時代は40億年続いた。ということは、地球の歴史全体の90パーセントである。
しかし地質学者の間では、それが地球の暗黒時代であると長く考えられていた。さまざまなことが起こっているはずなのに、後世の人間のためには何一つ残されていないのである。先カンブリア時代の岩は、ヨーロッパの中世の暗黒時代の歴史書のようなもの―空白なのだ。 (P.51)

そして何より、本書における人物の主役“ポール・ホフマン”を始めとする個性豊か(?!)な研究者たちの人間味に惹かれる。


本書の監修者で、巻末の解説を書き記す“川上紳一 (1956- )”は、岐阜大学教育学部教授(本書刊行時は助教授)、川上研究室
著書は、スノーボール・アースを日本で初めて本格的に一般書のかたちで紹介した「全地球凍結 (集英社新書,2003/09)」など多数。


≪目次: ≫
 プロローグ
 第1章 最初の生命らしきもの −生命40億年の歴史と氷の地球
 第2章 北極 −異端児ポール・ホフマンの出発
 第3章 始まり −先駆者たちの業績
 第4章 磁場は語る −仮説が誕生したとき
 第5章 ユーリカ! −才能ある研究者たちの共同作業
 第6章 伝道 −論争は始まった
 第7章 地球の裏側 −オーストラリアで見えてきたもの
 第8章 凍結論争 −加熱する議論を超えて
 第9章 天地創造 −カンブリア紀の大爆発へ
 第10章 やがてまた
 エピローグ
 解説 “スノーボール・アース”の現在 川上紳一
 スノーボール・アースをよく知るための参考文献


≪著者≫ ガブリエル・ウェーカー (Gabrielle Walker)
ケンブリッジ大学で自然科学で自然科学の学位を取得する。《ニュー・サイエンティスト》のエディターであり、プリンストン大学でサイエンス・ライティングを講じた経験も持つ。本書の執筆にあたって全大陸を巡り、南極点にも赴いた行動派。


Spiraea cantoniensis.
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本「反省 私たちはなぜ失敗したのか?」鈴木宗男、佐藤優5


反省 私たちはなぜ失敗したのか?
著者: 鈴木宗男、佐藤優
単行本: 293ページ
出版社: アスコム (2007/6/15)




やっぱり、『反省』なんてするものじゃない!
佐藤優(1960- )”が「はじめに」の冒頭から、
「国民に対する説明責任を果たさないで、本当にすみませんでした。深く反省しています」
これが現時点における私の率直な気持ちである。共著者の鈴木宗男氏に尋ねてみたところ、鈴木氏もまったく同じ気持ちということだ。 (P.9)
と書き記せば、巻末の「おわりに」に“鈴木宗男(1948- )”も負けじと書き記す、
・・・日増しに募っていったのは、国民の皆さまへの、心からの反省である。
大騒動に巻き込まれることで、私は大きな政治不信の種を社会に植えつけてしまった。このことは政治家として深く反省している。また、結果として私たちは対ロシア外交や北方領土交渉をストップさせてしまい、日本の国益を大きく損ねてしまった。元島民のことを考えると、これまた悔んでも悔やみきれないことだ。過去に私たちが、外務官僚の大きな逸脱を黙認し、社会にとって守るべきでない人や組織を守りすぎてしまったことも、皆さまにお詫びしなければならない。(中略)
・・・この本には、反省しなくてはならない事実を正確に伝えるために、多くの外務官僚、検察官、政治家たちが実名で登場するが、私は彼らを恨んでなどいない。私たちの真剣な反省を伝える本書は、誰かを告発する本ではなく、誰かに役立ててほしい本なのだ。 (P.285-P.287)
確かに、「国会議員と政策決定にかかわる高級官僚は、個人情報保護法の保護の対象から除くべきで、隠れ蓑とすることなく、みずからがその透明性を示すべきである」との両著者の考えに正当性は満たされているのであろう。その考えに基づいて展開される対談は、残念ながらぼくには愉しいものとは思えなくて、哀しみばかりが募る。
嫉妬、私利私欲に塗れたエゴイズム、、、


基本的に、“言葉”って、そのままに受け容れられるものではない。
だからと言って、すべてを疑ってかかるというわけでもないけれども、あまりにも無責任に、不用心に使われる“言葉”が少なくない。
既に第三者に対して口外された言葉は、その責任のすべてを、言葉を発した本人が負うべきであろう。どんなに小さな事柄でも、口外した言葉の責任は逃れられない。むしろ、小さな事柄(約束)が、忘れずに怠らずに完遂できるか否かに、その人間性は表れよう。
簡単に約束したかと思えば、これまた簡単に反故にする。問い質すと、さらに簡単に謝る。どんなに謝ったところで、反故にされてしまった約束が無効になるわけではないのに、まるで、謝ったことによって遡って取り消されたような顔をして平気でいる。「こっちは謝っている(下げたくない頭を下げてる)のに!?、何故に許さないの?!」と言わんばかりの態度を取ってみたり、また一方では、いかにも「反省しています」と言わんばかりに肩を落として小さくなっている姿を見せつける。どちらも根底にある考えに相違はなく、そんな姿を見るにつけ、ぼくはどうにも哀しくて哀しくて堪らなくなる。何よりも誰よりも、ぼくがかつてそうだったから。
本人の問題もあるけれど、簡単に「反省しろ!」とか「謝れ!」と求める社会の傾向や風潮にも大きな問題があろう。往々にして、求められる反省や謝意は、立場が強い目上(上席)の相手(もしくは、そう在りたいと画策する者)からのものであり、そこに説明責任が求められることは、決して多くはない。反省や謝罪に至った事柄の、本質的な根源にかかわる問題の追及が行われなければ、本来、まったくその意味をもたないのだけれども、とことんまで追求しちゃうと、上席にある者であれば自らの責任に行き着くことにもなりかねない(教育責任であり、管理責任を逃れられない)し、何よりも反省や謝意を求める者の自らの立場の優位性が担保されることにより、その目的の多くは達成される(!?)のであって、反省や謝意を求められている立場が低い者から述べられる説明が理論的で正当性が高かった場合には、下手をすると自らの立場を危うくすることにもなりかねない!?、そう考えるに、一切の反論を許さず、説明責任を求めることなく、「まぁ、今回は許してやるから、とにかく謝れ」などという、何だかわけのわからない、まったく筋の通らない物言いをする上司に、一定の理解を示さないわけにもいかない?!、組織の中間に位置する(最終的な責任を負わない)上司に要求されるのは、残念ながら(?!)高い能力ではないとも考えざるを得ないのであったりもする。


≪目次: ≫
 第1章 国策捜査のカラクリ
  反省1 まさか検察があそこまでやるとは思いませんでした
  反省2 検察の杜撰さは、まったく予想外でした
  反省3 裁判所がここまで検察ベッタリの偏向姿勢だとは、理解不足でした
  反省4 国家権力のメディア操作に、すっかり乗せられてしまいました
  反省5 メディアと外務省の黒い友情を、黙認していました
 第2章 権力の罠
  反省6 権力のそばにいて、前しか見えませんでした
  反省7 男の嫉妬、ヤキモチに鈍感すぎました
  反省8 自分の力を過小評価して、声を上げなさすぎました
  反省9 歴代首相や組織トップから、重用されすぎました
 第3章 外務省の嘘
  反省10 外務省の一部にある反ユダヤ主義に、足もとをすくわれました
  反省11 外務官僚の無能さが、私たちの理解を超えていました
  反省12 外務官僚のカネの汚さは、想像を絶するものでした
  反省13 非常識な賭け麻雀に、見て見ぬふりをしていました
  反省14 外務省の官僚たちのたかり行為に、素直に応じすぎました
  反省15 外務省が仕掛けた田中眞紀子さんとのケンカに、乗せられました
  反省16 共産党に外交秘密を流すほどの謀略能力は、予想していませんでした
  反省17 外務省にはびこる自己保身・無責任体制を見逃しました
  反省18 外務省を大いに応援し、不必要に守りすぎました
 第4章 「死んだ麦」から芽生えるもの
  反省19 超大国アメリカという存在に、鈍感すぎました
  反省20 「二元外交」批判に、もっと毅然として反撃すべきでした
  反省21 日本外交の停滞を招き、国益を大きく損ねてしまいました
  反省22 これまで外務省改革の処方箋を、提示できませんでした
  反省23 日本外交の将来像について、あまりに語ってきませんでした
 第5章 見えてきたこと
  反省24 支持者、同僚、部下たちに多大な迷惑をかけました
  反省25 かけがえのない友に心配をかけてしまいました
  反省26 信じ続けてくれた家族に大変な苦労をかけました


ヒメシャリンバイ♪
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本「貞女への道 (ちくま文庫)」橋本治5


貞女への道 (ちくま文庫)
著者: 橋本治
文庫: 330ページ
出版社: 筑摩書房 (2008/2/6)




20年も前に刊行(1987.11,主婦の友社)され、16年前にも文庫化(1991.6,河出文庫)され、そして今回あらたに再文庫化された本書の“再文庫化のためにあとがき”は、アッサリと5行、
・・・十分に古いものです。今更なにかを書き足せと言われても、書き足すことはなく、なにかを取り消すこともありません。ただ、「これは古いものですが」とのお断り書きを付け加えるだけです。 (P.330)
橋本治 (1948- )”による、現代女性論エッセイ。

通称『男女雇用機会均等法』が、大きく改正された1985年(昭和60年)、それまでの「勤労婦人福祉法 (1972.7 施行)」が、国連による多国間条約「女子差別撤廃条約 (略称,1979 採択,1981 発効)」を受け、「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律 (1986.4 施行)」に改正された。1999年(平成11年)4月には、「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律 (1991.4 施行)」に、直近の2007年4月には、“女性”との性別限定が解除され、“性別による差別を禁止する法律”として改正され、施行されている。
雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律 (昭和47年7月1日法律第113号、最終改正 平成18年6月21日法律第82号)

法律がどんなに変わっても、人間に男性(オス)と女性(メス)の性差があることに何ら変わりはなく、多くが恋愛をして(とも限らない?!)、結婚をする。
法律や世論が変わって、差別からの解放(自由!?)を得たことによって、果たして生き易くなったのか、それとも生き辛くなったのか、簡単には言い切れないし、そのこと(善悪)を比較することに意義を感じないけれども、時代の流れの中で変わったことだけは明確である以上、変換点と、それまでの歴史の検証には大きな意義があろう。

だからこそ、歴史に精しい橋本治が説く、昔の貞女論。
相手に対する篤い思いやりの気持ちを“貞節”と言いまして、貞節であるような女の人のことを貞女と言います。 (P.12)

≪目次: ≫
 貞女への序
 一、貞女の不器量
 二、貞女の不得要領
 三、恋すれば人は皆、貞女
 四、貞女の乾燥期
 五、貞女の片瀬波
 六、貞女は男を立てるもの
 七、貞女の暗い昼下がり
 八、貞女の千成飄箪
 九、貞女の黒眼鏡 ジュヌヴィエーブ篇
 十、貞女の黒眼鏡 マドレーヌ篇
 十一、貞女の君待てども
 十二、貞女の男皺
 十三、男の貞女/純情篇
 十四、貞女の針仕事
 十五、貞女の時期尚早


夢の世界〜
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本「バンガローの事件  The Bungalow Mystery 1930 (創元推理文庫、ナンシー・ドルー・ミステリ 3)」キャロリン・キーン、渡辺庸子 訳5


バンガローの事件  The Bungalow Mystery 1930(創元推理文庫、ナンシー・ドルー・ミステリ 3)
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書評/ミステリ・サスペンス



東京創元社より、“本が好き!PJ”を経由して献本、御礼!
少女探偵“ナンシー・ドルー・ミステリ”シリーズ第三弾♪、「古時計の秘密 The Secret of the Old Clock (2007.11)」、そして「幽霊屋敷の謎 The Hidden Staircase (2007.12)」と、ミステリを不得手とするぼくも安心して愛読できる。

誰も殺されない、1930年から愛され続けてきた優しさに満ち溢れる、シンプル(is Best!)なミステリを、「11歳の我が娘に読ませたい!」と画策する。ところがそんな思惑というものは、こちらの期待を知ってか知らずか、容易く外される。既刊の2作は彼女の手元にあり、未読のままに。今回、思い切ってぼくに先んじ、「面白くて読み易くて、きっとすぐに読み終わるから!」とそそのかして渡した。案の定、1週間後に53ページまでの中途読了で返ってきた。きっと彼女だって、宿題や習い事やら忙しかったのだ、、、


あとがき、「ナンシーとの再開」に、“坂木司 (1969- )”が書き記す。嫌みなくらいに完璧なお嬢様の主人公、「ナンシー・ドルーに惚れ直した」と。しかし、小学校の図書館で出会った時に、「子どもの私は数冊読んでそれっきりナンシーについて興味を失ってしまった」(P.234-P.235)と。


花言葉「生きる」♪
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本「佐藤優 国家を斬る」佐藤優、宮崎学、連帯運動 編5


佐藤優 国家を斬る
著者: 佐藤優、宮崎学、連帯運動 編
単行本: 194ページ
出版社: 同時代社 (2007/10)




何だか不思議な緊張感が漂う、“佐藤優 (1960- )”の講演と対談の書籍化。
コーディネータの“宮崎学 (1945- )”であり、編者の“警察・検察の不法・横暴を許さない連帯運動”であり、同時代社であり。
収録される2本の講演は、1本目が2007年2月27日、東日本旅客鉄道労働組合(JR東労組)本部会議室で行われた講演〔「時代のけじめ」としての「国策捜査」〕。
そして、2本目が2007年6月29日、日本教育会館で行われた講演会〔演題「国策捜査 −佐藤優の官僚階級論」〕、司会は山崎耕一郎(社会主義協議会代表代行)と宮崎学で、前半は講演、後半は参加者を含めた「やりとり」を対談という形でまとめられている。

暴露話が盛り込まれて、軽快な口調で時に笑いを誘う話し(講演)ぶりは、状況を鑑みてその必要を感じているからであり、何でもぺろぺろっと話しちゃっているように見せ掛けておきながら、慎重に言葉を選んで発している様子が端々に窺える。
リップサービスして、気を遣って、それなのに頑なまでに無報酬での講演にこだわると笑いとばす。 講演料と原稿料との、資本主義理論と商品経済理論と、そして自らの思想の腐敗を懸念して。

問題は、なぜ国策捜査が起きるかなんです。なぜ、私と鈴木さんが捕まったか。国民が捕まえてほしいと思ったんですよ。だから国策捜査を起こす一番の根っこというのは、僕らに言わせると、国民だと思いますね。ですから、その国民の望みをかなえる、白馬の騎士ですね。これがその検索官僚と、そういうことなんでしょうね。
ただそれがですね、白馬の騎士なのか、ただのマヌケ親爺なのか、そのへんの実際の姿というのをちゃんと明らかにすると、こういうようなところで検察官を笑いとばすぐらいしかないと思うんですね。 (P.175)


≪目次: ≫
 反権力自由主義者としての佐藤優/宮崎学
 「国策捜査」と時代の「けじめ」
 現代日本の官僚階級
 対談 官僚階級の相貌/佐藤優×宮崎学
 「右派国家主義者」と「懲りない左翼」−まとめにかえて/樋口篤三


Tulipa.
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本「いじめ問題を見過ごさない10のポイント!!」橋本治(小学校教諭)5


いじめ問題を見過ごさない10のポイント!!
著者: 橋本治 (小学校教諭)
単行本: 124ページ
出版社: 明治図書出版 (2007/07)




愛知県の小学校教諭“橋本治 (1953- )”が、2006年12月26日に滋賀県大津市の生涯学習センターにおいて、本書と同名のテーマで講演した内容の書籍化。
小・中学校で30年にわたり、教師として教育の現場に携わり続け、「いじめ」と「自殺」をテーマとした著述も数多い(巻末の主な引用参考文献には自著述が15を数える)。掲載される具体的な事例に、その思いやりと熱情には、ほんとうに頭が下がる。実際の教育現場での対応(相談活動)は、当事者それぞれに複雑な事情を抱えていて、簡単に一筋縄ではいかないことばかりであろうことは想像に容易い。著者の対応を受けた当事者たち、子ども自身はもちろん、その親も、時には教師たちの、安堵の表情が目に浮かぶ。
社会生活に何の不自由も感じない人もいれば、どうしても社会生活を不得手とする人だっている。何かのきっかけで、社会生活の不得手を意識することだって、往々にして起こり得る。そして、既に起こってしまった問題は、その原因をどんなに追及して責任を問うたところで、何ら解決は図られない。責任転嫁による現実逃避は、問題の解決をますます困難にする。本質的な修正の必要が生じたから、臨界点を超過するに至ったから、ある意味では堪え切れずに問題が表出したのであろう。
教師だって人間だから、相性や得手不得手があろう。しかも担任ともなれば、ひとりで多数の子どもの応対を迫られる。たったひとりでも、決して置き去りにすることがあってはならないけれども、だからといって、ひとりのために多数を待たせ続けることにも、ジレンマはあろう。医師や、著者のような児童心理の専門家との連携が求められようが、それがすべての解決策であるというようなものでもない。
社会性というと、学校では「みんなとできる」ぐらいにしか考えられていないが、本当はもっと幅広い内容である。たとえば、SM社会生活能力検査(日本文化科学社)では、「周辺自立」「移動」「作業」「意志交換」「集団参加」「自己統制」の6領域があげられている。Hさんが、自分をコントロールできずがまんできないというのは、そのうち「自己統制」が弱いからだと考えられている。今のHさんはほかの子との「意志交換」(コミュニケーション)はないし、クラスという「集団にも参加」していない。学校へ来る時も母親に送り迎えしてもらっていて自分で「移動」していないし、お手伝い等自分で「作業」するようなことは何もしていない。 (P.94)


そうだよね、、、あの東京都出身の小説家、評論家、随筆家“橋本治 (1948- )”と勝手に早とちりして勘違いして入手して、これも何かの縁?!、かと。確かに、「全124ページとは、随分と短い著作だなぁ?!」との疑念はあった。考えてみれば、「橋本」姓は少なくないし、「治」にいたってはもっともっと少なくない。そんな同姓同名の確率を考えて、妙に納得。しかし、ぼくは図書館から無償貸借して入手しているのでのんびり構えることができるけれども、自腹を痛めて購入しちゃった人の憤りは十分に理解できる。現にAmazonのレビューには、厳しく☆×1つ!、で「間違います, 気をつけましょう」と。


≪目次: ≫
 1 家庭と学校との信頼関係
    1 ともに支えていく
    2 信頼関係の定着
    3 課題解決を一緒に
 2 一般的な相談に大きな相談
    1 一般的な相談
    2 大きな相談の出現
    3 余裕をもってあたる
 3 十分な対応
    1 子どもの方が悪い
    2 十分な対応は受容から
    3 成長に向けて
 4 サインをキャッチする共感性
    1 子どものサインをキャッチする
    2 小さなサインに反応する
    3 あるがままを受け入れる
 5 模範的な子の孤立
    1 教師から見て模範的な子が
    2 逃げ道を作る
    3 自立に向けて
 6 打ち明けられる子
    1 不安が高い
    2 友だち
    3 全体を見て
 7 教師の連携
    1 複数の見方
    2 教師の連携
    3 よりよいアドバイス
 8 教師は相談に慣れていない
    1 様々な専門機関へ
    2 心身の安定から適応へ
    3 教師は教育の専門家
 9 よく聴いてくれた
    1 真剣に受け止める
    2 正しく判断する
    3 また相談したい
 10 教師が一歩引く
    1 すれ違いからのスタート
    2 対等な話し合い
    3 将来を考えて


≪著者: 橋本治≫ 1953年岐阜県生まれ。都留文科大学文学部(心理学専攻)卒業。愛知県一宮市立三条小学校教諭。日本自殺予防学会理事。日本精神神経学会・日本心身医学会・日本社会病理学会・日本臨床死生学会会員等。


お花畑〜
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本「予告された殺人の記録/十二の遍歴の物語 (ガルシア=マルケス全小説)」ガブリエル・ガルシア=マルケス、野谷文昭,旦敬介 訳5

予告された殺人の記録/十二の遍歴の物語 (ガルシア=マルケス全小説) Crónica de una muerte anunciada , Doce cuentos peregrinos ; Obras de García Márquez | 1976-1992
著者: ガブリエル・ガルシア=マルケス、野谷文昭,旦敬介 訳
単行本: 349ページ
出版社: 新潮社 (2008/01)




新潮社の季刊誌「考える人 2008年春号」が特集『海外の長篇小説ベスト100』を組んでいて、さまざまなジャンルの著名な書き手 総勢129名からのアンケート集計の結果、第一位は“ガブリエル・ガルシア=マルケス (Gabriel José García Márquez,1928- )”『百年の孤独 Cien años de soledad 1967』であった。
新潮社からは、2006年9月より『ガルシア・マルケス全小説 Obras de García Márquez』シリーズがスタート(本作にて2008年1月に全9巻を完結)しているので、少なからぬその影響を否定できないのであろうけれども、129名中37名(2位は25名)が投票し、合計207ポイント(2位は163)を獲得した集計の結果として、素直に讃えたい。
本作 『予告された殺人事件の記録 Crónica de una muerte anunciada 1981』においても、2名の投票による17ポイントを獲得して、第83位にランクイン。


基本的にぼくは理解能力に劣るので、なかなかに内容の深い理解にまで及ばない。日々読書に勤しむことによって、何となく習得した(と思われる?!)速読をしても、精読をしたとしても、どちらも深い理解に至らないことには相違がないようであり(哀しい現実)、であるならば、数量で質を補うしかない。
可笑しなことに最近は、ゆっくり読むと雑念に頭が占められてしまう。ぐぅわぁ〜っと目(視覚)も頭(脳)もフル回転させている状態が、感覚機能の低下を防ぎ、記憶が活発に機能する。時折、ピンとくる瞬間があって、とりあえず次々と付箋を貼り付けていくんだけれども、どんなに頑張ったとしても、著作のすべてを記憶することは不可能であり、重要な個所であったとしてもモレが生じることを避けられない。その時々の精神状態にだって大きく左右されようから。そう考えるに、ますますモレた箇所については、その時点において不必要な項目であり、必要がないから着目することなくモレたのであって、結果的に着目した箇所が必要とされる項目だったのであろう。


「予告された殺人の記録」は、実際に30年前に身内で起こった殺人事件をベースに描かれた物語。

特別付録「ラテンアメリカの孤独」に、ラテンアメリカと、“ガブリエル・ガルシア=マルケス”の在り方に思いを馳せる。
最初の世界周航に赴くマゼランに同行したフィレンツェ生まれの航海者ですけれども、アントニオ・ピガフェッタという男が、南アメリカを通過したさい、極めて精細でありながら、同時に突拍子もない妄想という印象を与える、一冊の記録を書き残しました。そのなかで彼は、背中にへそのある豚や、雌が雄の背中の上で卵を抱いている、肢のない鳥や、スプーンそっくりのくちばしをした、舌のない、鰹鳥まがいの別種の鳥などを見た、と語っています。また、騾馬の頭と耳に駱駝の胴をそなえ、脚は鹿のもの、いななきは馬そっくりという動物の仔を見た、と語っています。さらに、パタゴニア地方で出くわした最初の原住民の眼の前に一枚の鏡を置いたところ、いきり立っていたこの巨人は、自分の姿に怯えて気を失った、と語っています。
今日のラテンアメリカ小説の萌芽が早くもそこに見られるのですが、しかしこの簡潔でしかも魅力に富んだ書物が、当時のラテンアメリカの現実についての最も驚くべき証言というわけでは決してありません。(中略)
スペインの支配からの脱却も、われわれを狂気から解放することはできませんでした。(中略)

ラテンアメリカは、意志というものを持たないチェスの駒であることを望んではいません。そのようなものである理由もないのです。ラテンアメリカの独立と独創性への希求が西欧の願望するところのものと一致したとしても、少しも不思議ではないのです。とは言うものの、われわれのアメリカ大陸とヨーロッパを隔てる長い距離を短縮した航海術の進歩は、その一方で逆に、われわれの文化的疎隔を深めたような気がいたします。(中略)結構有益だった自分たちの若げの過ちを忘れた老人の幼児退行とでも言いますか、世界を支配する二大強国の言いなりになって生きること以外に道はない、と信じているかのようです。これこそが、友人の皆さん、われわれの孤独のスケールなのです。
しかし、抑圧や収奪、遺棄に対するわれわれの応えは、生命力そのものであります。洪水も悪疫も、飢餓も天災も、永遠に続くと思われる戦乱でさえも、死に対する生の圧倒的優位をくつがえすことはできませんでした。この優位の幅は、ますます大きくなりつつあるのです。(後略)
  (P.315-P.321)


≪目次: ≫
 予告された殺人の記録
    Crónica de una muerte anunciada, 1981
 十二の遍歴の物語
    Doce cuentos peregrinos, 1992
   諸言 (1992.4)
    −なぜ十二なのか なぜ短篇なのか なぜ遍歴なのか
   大統領閣下、よいお旅を (1979.6)
   聖女 (1981.8)
   眠れる美女の飛行 (1982.6)
   私の夢、貸します (1980.3)
   「電話をかけに来ただけなのに」 (1978.4)
   八月の亡霊 (1980.10)
   悦楽のマリア (1979.5)
   毒を盛られた十七人のイギリス人 (1980.4)
   トラモンターナ (1982.1)
   ミセス・フォーブスの幸福な夏 (1976)
   光は水のよう (1978.12)
   雪の上に落ちたお前の血の跡 (1976)
 特別付録 ラテンアメリカの孤独
      −1982年度ノーベル文学賞受賞講演
    La soledad de America Latine, 1982


赤い薔薇♪
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本「グラミンフォンという奇跡 −「つながり」から始まるグローバル経済の大転換 [DIPシリーズ] YOU CAN HEAR ME NOW: HOW MICROLOANS AND CELL PHONES ARE CONNECTING THE WORLD'S POOR TO THE GLOBAL ECONOMY」ニコラス・P・サリバン、東方雅美,渡部典子 訳5


グラミンフォンという奇跡 −「つながり」から始まるグローバル経済の大転換 [DIPシリーズ] YOU CAN HEAR ME NOW: HOW MICROLOANS AND CELL PHONES ARE CONNECTING THE WORLD'S POOR TO THE GLOBAL ECONOMY
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書評/経済・金融




本来、起業社会経済学に興味が抱けないぼくが手にすべき著作ではないことを十分に承知して、だからと言って、興味がないから読まないという行為を選択するには、ぼくはまだ何もかもを知らなすぎる。既に何でも知り得て、十分な知識も経験も有するから、だから、巷に溢れる玉石混交の情報を取捨選択するというのならまだしも、単なる食わず嫌いはもったいない!?

ちなみに、英治出版の 『DIP(Dialogue for THE INTERDEPENDENT PLANET)シリーズ』は、グローバルな視点から、「知らないじゃ済まされないから、読め!」と、問題提起し情報提供する。
さらに何とも恥ずかし(残念)ながら、“本が好き!PJ”経由の献本もあったようだが、見逃していた。ちなみに、献本を受けたメンバー4名の評価は、それぞれ☆×5つ!、現在人気ランキング同率5位とは、かなり甘い(?!)評価と言えなくもないけれど、とりあえず読んでおいた方がいい著作であることに相違はない。そして、ぼくの☆×5つ!の評価(果たして、その権能を有するのか否か、未だに疑問ではあるのだが)で、一気に同率2位に浮上する。


本書は、世界で最も貧しい国の一つ“バングラデシュ”を舞台に起業された「携帯電話サービス“グラミフォン (GrameenPhone)”」が、世界を変えるドキュメント。
そして、その携帯電話ビジネスの成功(?!、普及?!)に欠かせなかった、“グラミン銀行”は、2006年、「底辺からの経済的および社会的発展の創造に対する努力」を讃えられ、創設者でマイクロクレジット(Microcredit)の創始者“ムハマド・ユヌス”と共にノーベル平和賞を受賞している。
お金を貸すことがなぜ貧困の解決策になるのかと尋ねられたとき、ユヌスはこう答えた。
「経済学者の中には、雇用を創造することが貧困問題の解決策だと言う人がいる。しかし、雇用は正しく創造されなければ、貧困を永続させるだけだ。人間としての基本的なニーズを満たす金額以上に稼げないのであれば、雇用は人々を永久の貧困の中に閉じ込めてしまうだろう。したがって、雇用されるよりも資金を借りて自営することの方が、その人の財政を改善する上で、ずっと大きな可能性を持っている」
グラミン銀行は、利益を追求する一般の企業だ。しかし、ユヌスはしばしばグラミン銀行を「社会事業」または「貧しい人たちによる事業」と称している(株式の90%以上を借り手が所有し、残りは国が所有している)。2005年、グラミン銀行は1585万ドルの利益を計上した。預金は4億8700万ドルで、貸出残高は6億1050万ドルだ。グラミン銀行の調査では、借主の58%が既に貧困から脱却したという。 (P.58)

ところで、「貧しい人たち」、また「貧困」とは、どのような状態をいうのであろう?!、その経済状況と、心理状態にあって、「貧しい」、「貧困」の定義とは、果たしていかなるものであろうか??

C・K・プラハラードが『ネクスト・マーケット』の中で詳細に説明しているように、貧しい人々には欲しい製品やサービスを買うためのお金がないとする考え方は間違っている。広大な非公式は経済(課税されず、統計データもない)と海外送金(富裕国から発展途上国への送金額は年間300億ドルにものぼる)によって、現地には世界銀行の統計よりも多くのお金がある。加えて、バングラデシュのように食料が豊かな地域では、生活費は非常に安い。貧しい人々は銀行(マイクロファイナンス機関を除く)から融資の対象外とみなされているので、不動産も負債もない。僅かな買い物しかしないし、モノは皆で共有するので、1日2ドルの暮らしでも、欧米人が思っているよりはるかに多くのことが可能だ。現地通貨は通常、ドルに比べて4倍ないし5倍の購買力を持っている。 (P.178)


≪目次: ≫
 まえがき
 主な登場人物
 序章 「外燃機関」となる三つの力 −経済成長の原動力とは
 第1部 グラミンフォンの物語
  1 「つながる」ことは生産性だ
       起業家カディーアの夢と祖国
  2 グラミン銀行と先駆者たち
       ユヌス、ピトローダ、インドの「アンテナ屋」
  3 牛の代わりに携帯電話
       新たなパラダイムが見えてきた
  4 投資するのか、しないのか。それが問題だ。
       資金を求めて北欧へ
  5 グラミンフォン、誕生
       政府・官僚との闘いを越えて
  6 貧困国から世界のトッププレーヤーへ
       雄牛のように突進せよ
 第2部 動き始めた巨大市場
  7 BOPに広がる野火
       アジア、アフリカ、30億人が立ち上がる
  8 時代を一気に飛び越えろ
       途上国で加速するMコマース
  9 援助ではなく、ビジネスチャンスを
       社会に利益をもたらす「包括的資本主義」
  10 携帯電話を超えて
       カディーアとBRACの新たな挑戦
  11 静かなる革命
       変貌し続けるバングラデシュ
 エピローグ


♪青、青、青、、、
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本「コーラン (名著誕生 5) “The Qur'an”」ブルース・ローレンス、池内恵 訳5

本「コーラン 名著誕生」
コーラン (名著誕生 5) “The Qur'an”
著者: ブルース・ローレンス、池内恵 訳
単行本: 257ページ
出版社: ポプラ社 (2008/03)




ポプラ社の〈名著誕生シリーズ〉最新作の第5巻は、イスラーム教の『コーラン (Qur'an)』。

「まえがき」に訳者“池内恵”が説く、
世界人口の大きな割合を占め、世界宗教の中で際立って政治的・社会的な結束力や動員力を保持し、世俗的・脱宗教化の波を退けて求心力をますます強めるイスラーム教と、その信仰者たちとどのような関係を取り結んでいくか。これは国際社会の重要な課題である。本書はこの課題への一つの取り組みと言ってよい。
著者の挑戦とは、イスラーム教への信仰を共にしていない読者を対象に、イスラーム教徒(ムスリム)が信じている信じ方、理解の仕方、思考の進み方を、内側から追体験させることだろう。 (P.9)

時代を超えて享受され続けてきた書物「コーラン」に、著者はいないとされる。コーランをその口で語ったとされる“ムハンマド”は、神による啓示を預かった「預言者」であって、コーランを著した人間ではないとされる。絶対的な神の存在。信者にとって、絶対的に正しい唯一の神が預言したコーランによってあらゆるものの価値が計られる。



ある日
人間は病に罹(かか)る。たいていは医者に診てもらうが、代替医療に助けを求める者もいる。床に臥せったムスリムは、文字をほとんどまったく解さない者もいる。そんな者たちでも敬虔さに欠けているわけではない。資力も足りている。けれども書き言葉の助けを借りられない。するとその多くはコーランに縋(すが)るのである。
敬虔で文字を解さない民衆はどのようにしてコーランを用いるのだろうか。アラビア語の言葉「ターウィーズ」と関係したおびただしい祭文を繰り返し読誦(しょう)する。「ターウィーズ」とはコーランの最後の二つの章(第113章「黎明」、第114章「人々」)の最初の語から派生している。

  神よ、お縋(すが)りいたします。

ターウィーズとは、縋ること。この世のあらゆる災厄と病から、神に救いを求めること。ターウィーズとは癒しを求めることと考えてよい。「あらゆる知の体系の主宰者」である神に聞いてもらい、応えてもらい、癒してもらうのである。 (P.209)


西暦1144年
翻訳は多大な労を要する。啓典を本来の言語から別の言語に訳す場合はなおさらだ。秘境的な言葉の意味を思索するというのは、異なる現実の象徴を探りあてたうえで、別の言語の中の、ふさわしい叙情的な言葉に置き換えることである。翻訳者は他の言語を自分自身の言語と同様に身につけ、文法やレトリック、そしてどちらとも取れる微妙な意味合いを、熟知していなければならない。他者の精神領域の中に入り、それを自らの精神領域につなぎとめる固い意志がなければならない。異界から糧を得てくるために避けることのできない挑戦である。
ラテン語の世界からアラビア語の世界へ移るということは、ラテン語が前提とする都市生活から、砂漠の生活に移ることを意味する。すなわち道路や住居、灌漑や上水タンク、軍隊や税制が最も重要な意味を持つ世界から、部族の掟が絶対で、空間は開放的、オアシスを生存の支えとし、都市は空白に点在するのみである世界の文脈へ移るのである。単にラテン語とアラビア語の文字や文法が異なっているということではない。どちらの言語も、歴史と社会を背負っており、その相違は、話したり書いたりする際の相違よりもなお際立っているのである。 (P.114)


ところで、この〈名著誕生シリーズ〉の原題に「Books that Shook the World (世界を変えた本)」というフレーズがあるらしい。
コーランという書物が、世界にショック(Shook)を与えたことに異論を挿む余地はない。世界中に13億人(世界人口66億人の5人に1人!)もの信仰者を擁する「イスラーム教」を、自らの信仰として受け容れるか否かは別としても、知らない、興味がない、では話しにならない?!



≪目次: ≫
 まえがき  訳者 池内恵
 序章
 機.▲薀咼半島での発祥
  第1章 商人ムハンマドへの啓示 (西暦619年)
  第2章 預言者ムハンマドの戦いと政治 (西暦632年)
  第3章 アーイシャ 敬虔な妻 (西歴680年)
  第4章 エルサレムの岩のドーム (西暦692年)
 供〜霑牢の注釈者たち
  第5章 シーア派の対抗思想 ジャアファル・サーディク (西暦760年)
  第6章 イスラーム史の大成 タバリー (西暦913年)
 掘_鮗瓩了邱
  第7章 西洋中世とコーランの挑戦 (西暦1144年)
  第8章 イブン・アラビーの幻視的解釈 (西暦1235年)
  第9章 神秘主義詩人ルーミー (西暦1270年)
 検.▲献△悗療素
  第10章 楽園への入口 タージ・マハル (西暦1636年)
  第11章 近代化とイスラーム教 アフマド・ハーン (西暦1884年)
  第12章 詩と真実 ムハンマド・イクバール (西暦1935年)
  現代社会とコーラン
  第13章 人種平等への導き (西暦1978年)
  第14章 ビン・ラーディンジハードの指令 (西暦1996年)
  第15章 病からの癒し (ある日)
 終章
 解説対談 「この本を読むために」 池内恵×塩野七生


著者: ブルース・ローレンス  Bruce Lawrence
デューク大学イスラーム学教授。現代の中東問題を読み解く著書の数々は定評がある。邦訳書に『オサマ・ビン・ラディン発言』。

訳者: 池内恵
1973年生まれ。東京大学大学院博士課程修了。国際日本文化研究センター准教授。専門はイスラーム政治思想史・中東地域研究。著書に『アラブ政治の今を読む』、『現代アラブの社会思想』、『書物の運命』など。


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本「チョコレートの真実 [DIPシリーズ] BITTER CHOCOLATE: Investigating the Dark Side of the World's Most Seducitive Sweet」キャロル・オフ、北村陽子 訳5


チョコレートの真実 [DIPシリーズ] BITTER CHOCOLATE: Investigating the Dark Side of the World's Most Seducitive Sweet
著者: キャロル・オフ、北村陽子 訳
単行本: 384ページ
出版社: 英治出版 (2007/8/27)




実は、気になっていた著作の何作かが“英治出版”で(調べて初めて知った)、さらにウェブでいろいろ調べるうちに、あれもこれもと何冊かまとめて入手した中の一冊。
海外著作の翻訳を得意とする出版社ならでは企画、“DIP (Dialogue for THE INTERDEPENDENT PLANET)”シリーズとして、グローバルな視点から、広く問題提起と情報提供が行われる。

とてもとてもぼくなんかが簡単に語る(書き記す)ことが憚れる。
というわけで(?!)、本書からの抜粋を列挙する。
・・・エキゾチックな緑や黄色や赤のカカオの実(カカオポッド)。その20センチほどの楕円形の実が、今にも落ちそうに、すべすべした幹からぶら下がっている。これが学名テオブロマ・カカオ、「神々の食べ物」という名をもつカカオの木だ。
(中略)・・・これが何の変哲もない豆を魔法のように、世界で最も魅力的なお菓子に欠かせない原料に変えるのだ。
(中略)・・・有史以来、世界で何百万人もの人間がチョコレートのとりこになってきた。子供たちはお小遣いを握りしめて一かけらのチョコレートを買いに行き、女性たちの中にはセックスより上等のチョコレートの方がいいという人もいる。昨今の科学は、コレステロールを下げるとか、性欲を増進するとか、チョコレートの健康上の効能を数え上げる。
チョコレートは誘惑そのものだ。わけもなくやみつきになる。だからこそ巨額の貿易が、そして一つの産業が成り立っている。この産業は飽くことを知らないかのように原料を求める。業界を支配する大企業の命運は、遠い西アフリカの農園と、そこで手間暇かけて発酵・乾燥されたカカオ豆を集荷するために日々熱帯雨林の道なき道を行く仲介人にかかっている。 (P.11-P.12)

コートジボワール建国の父、フェリックス・ウーフェ・ボワニ (1905-1993)。慈悲深い独裁者ウーフェは、この肥沃な農地から黄金にも匹敵する作物がとれることに気がづいた。彼は、フランスから独立を勝ち得たばかりの国を、西アフリカ経済の原動力にしたかった。ジャングルをエデンの園に変え、国民が自らの労働の成果を享受できるようにすると60年代に表明。この建国のビジョンは軌道に乗り、しばらくの間コートジボワールは、アフリカで最も安定し、繁栄を謳歌する国になった。それを可能にしたのは何よりも世界市場へのカカオの供給だった。――しかし、今では何もかも様変わりした。 (P.13)

奴隷貿易は公式には1840年代の半ばに終わったはずだった。250年に及ぶ、あからさまな搾取は終わった。奴隷制度廃止論者、理想主義者は、人類史の重大な転換点、正義と尊厳の勝利だと賞賛した。しかし、勝利は見掛け倒しだった。ほとんどのヨーロッパ諸国に奴隷制度廃止法があり、イギリスもこれを完全に禁止していた。それでも、別の形をとった奴隷制度は続いていた。 (P.104-P.105)

ヨーロッパ列強には、植民地をうまく「手なずける」ための理論がいろいろあった。そのすべてに反映されていたのは、帝国主義をいわば道徳的な十字軍とする信念だった。イギリスでは「白人の債務」、フランスでは「文明化の使命」、ドイツでは「文化」といった具合だ。どれも闇の中で暮らす半人前の人々に、文明と啓発をもたらすのだと謳う。これらがどれほど高尚な響きを持っていようと、理論でも実践でも植民者は偏見の塊だった。人権活動家から改善の圧力がかかっても、これは変わらなかった。 (P.135)

「昔、奴隷は高くついた。一生手元におき、世話もした。今日では奴隷は安上がりだ。奴隷の供給は十分すぎるほどある。使った後、要らなければ捨てればいい。奴隷は使い捨てになった。
 ―ケビン・ベイルズ(NGO「フリー・ザ・スレイブス」代表)」  (P.151)

・・・議定書(ハーキン・エンゲル議定書)作成に関わった、ある労働運動のリーダーはオフレコでこう語った。
「業界関係者に対して『カカオ豆をもっと高く買ったらどうです?』と聞くたびに、チョコレート会社の弁護士がさっと居住まいを正して、『価格協定は国内法違反だ』と告げるんです。こういう連中をどうにもできないんですよ」 (P.184)

アフリカは警官の腐敗で知られている。しかしコートジボワールのカカオ生産地帯は、第三世界の汚職にはまったく次元の違うスタンダードを設定している。道で出会った憲兵は、トラックや車の窓からカラシニコフ銃を突き出し、銃口を突きつけて金を要求する。彼等の多くはヤシ酒に酔っており、抵抗は許されない。憲兵の権威に逆らおうとした数人の住民は、姿を消した。私たちは10キロの間にこうした検問を5カ所通った。先へ行けば行くほど、脅迫は強く、金額は高くなった。 (P.244-P.245)

・・・行方不明になる前の数日から数週間、キーフェル(カナダ人ジャーナリスト、ギー・アンドレ・キーフェル)は恐れを感じ始めていたように見えた。(中略)
・・・権力を握る人間にとってひどく目障りな存在になっていた。「彼は政権中枢部の神経を逆なでした」と別の外交官は言う。「こんなことを言いたくはないが、彼は自ら災厄を招いた。コートジボワールのような国では、どこまでやっていいか、限度というものがある」
アビジャンにいる外国チョコレート企業の一役員はキーフェルの行方不明に驚かなかったという。「こうなるに決まっていた。彼は知りすぎていた」。 (P.277)

・・・「アフリカ大陸全体に腐敗はありますが、ここの場合はアフリカでは普通というレベルを超えていますよ。犯罪的です」
GAKは、コートジボワールのカカオ産業が組織的に犯罪を行っていると考えるようになっていた。(中略)
外交官たちの非公式の話によれば、国際社会がコートジボワールの明らかな腐敗に寛容な理由がもう一つあるという。腐敗は深刻なようだが、少なくともコートジボワールは今、政治的に安定している。批判が過ぎれば、それが揺らぎかねない。西アフリカに、もう一つのリベリアシエラレオネが出現するのは困るのだ。
もっとも別の要因もある。外交筋によればコートジボワールは、外から簡単に支配できるという。「本当の意味で植民地でなくなったことはないんです」と、コートジボワールへのフランスの影響力を研究したある外交官は言う。「コートジボワール側が何と言おうと、この国は相変わらず、パリの支配下にあります」 (P.318)

・・・フェアトレードの成功の本当の理由は、実は農民の収入の問題ではない。クレイグ・サムズは「倫理的」消費の人気が、生産者よりも消費者の問題だと最初に認めた人間の一人だ。「消費者は、自分が問題に関与しているというのを好みません。解決の一端を担わせろと製造会社に要求する。そうやって、熱帯雨林の破壊や地元文化の消滅、地球温暖化といった問題を前にして感じる、絶望や悲観主義や無力感を自ら慰めるわけです」 (P.351)


≪目次: ≫
 序章 善と悪が交錯する場所
 第1章 流血の歴史を経て
   オルメカ人の不思議な飲み物
   マヤ人が愛した「カカワトル」
   カカオに出会ったコロンブス
   アステカ帝国のチョコレート王
 第2章 黄金の液体
   カカオと聖職者たち
   ヨーロッパ経済の新たな牽引車
   各国に広がるチョコレート熱
   啓蒙思想と三角貿易
 第3章 チョコレート会社の法廷闘争
   バンホーテンのココア革命
   板チョコの誕生
   天才的なマーケティング戦略
   嘘を信じたがる人々
 第4章 ハーシーの栄光と挫折
   アメリカンドリームの体現者
   ミルクチョコレートの誕生
   温情主義から民主主義へ
   キスチョコからM&Mへ
 第5章 甘くない世界
   ガーナのカカオ農園の誕生と崩壊
   不可解な国、コートジボワール
   フランスとの戦い
   アフリカの奇跡
   最後の賭け
   世銀・IMFがもたらした災厄
 第6章 使い捨て
   ある外交官の勇気と悲しみ
   約束の地で
   疑いを持つ理由は何もなかった
   女たちの「職業あっせん業」
   告発と救出活動
 第7章 汚れたチョコレート
   「奴隷不使用」ラベル
   ハーキン・エンゲル議定書の意味
   妥協との戦い
   勝利宣言の影で
   自分の見たいものだけを見る人々
   忘れられていく問題
 第8章 チョコレートの兵隊
   アフリカン・ドリームの蹉跌
   憎悪の連鎖
   イボワリテの体現者
   落ちていくコートジボワール
   影の首謀者
 第9章 カカオ集団訴訟
   杜撰な国境警備
   「結局は、国内問題です」
   「奴隷はいないが、虐待はある」
   妥協の代償
   責任逃れを許すな
 第10章 知りすぎた男
   闇の世界を知る男
   忽然と消えた死体
   知りたがりは覚悟しろ
   浮かび上がる疑惑
   「ブルドッグ」、真相に迫る
   疑惑の幻影
 第11章 盗まれた果実
   カカオ・コネクションの実力者
   ニューヨーク・チョコレート工場
   表に出せば殺される
   アグリビジネスの深い闇
   陰謀の渦の中で
 第12章 ほろ苦い勝利
   時間のゆったり流れる街
   マヤ人のカカオ栽培
   見せられた夢
   グリーン&ブラック
   「緑」は売れる
   フェアトレード運動の現実
 エピローグ 公正を求めて


ファイヤー!!
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本「トマス・ペインの『人間の権利』 (名著誕生 3) Thomas Paine's“Rights of Man”」クリストファー・ヒッチンス、中山元 訳5


トマス・ペインの『人間の権利』 (名著誕生 3) Thomas Paine's“Rights of Man”
著者: クリストファー・ヒッチンス、中山元 訳
単行本: 266ページ
出版社: ポプラ社 (2007/11)




ポプラ社“名著誕生”シリーズ第三巻
とにかく基礎的な知識の欠如が著しいぼくにとっては、何よりも理解が最優先。だから、マルクス『資本論』(2007.9)ダーウィンの『種の起源』(2007.9)に始まり、その後にプラトンの『国家』(2007.12)、さらには、『コーラン』とラインナップする、歴史的かつ世界的な名著の誕生に関わる入門書的なシリーズを知り得た以上は、その好機を逃すことなどどうしてできようか。

訳者“中山元 (1949- )”は、「はじめに」の冒頭に書き記す、
トマス・ペインという名前には馴染みがないかもしれない。イギリスの片田舎町で生まれたコルセット職人の息子が、波乱に満ちた一生のうちに、アメリカの独立フランス革命という二つの革命を経験し、人間の権利という概念を広めることができたということは奇跡に近いことだった。 (P.7)
考えてみたら、トマス・ペイン (Thomas Paine,1737.1.29-1809.6.8)はおろか、何とも悲しいことに、アメリカの独立フランス革命も、その詳細の理解に及ばない、不勉強。撃沈、お終い、、、

前提となる重要不可欠な理解のないところに、どんなに立派な知識を積み上げられたとしても、その結果は火を見るより明らか。
たとえ、著述が読み辛いと感じたとしても、それはあくまでもぼく自身の理解能力の問題であり、決して著者であり翻訳者には起因しない。世間一般に流通する出版社により刊行された著作は、著者や翻訳者のみならず、出版社の企業責任において厳格に校正されて、さらに然るべき手続きを経る。自らが基礎的な能力を有しないにも拘らず、その根底にある重大なる不作為(不勉強による能力不足)を棚上げし、無自覚のままに振りかざす攻撃に、もはや勝算はないに等しい。

「あぁ〜悔しい」と憤りを感じながらも、一方ではニヤリと不敵な笑みを浮かべるぼくの密やかな愉しみ。
それこそが、ぼくを読書に勤しませる原動力!?

トマス・ペインが、その生涯にわたって尊敬の念を抱いていた“クエーカー教”の教徒であるということは、当時のイギリス国教会の体制に異議を申し立てるための重要な方法であり、特に重要な反抗の源泉となった。 (P.44)
パンフレット「コモン・センス Common Sense (「常識」の意,1976.1)」、「危機 Crisis」
ペインの友人であり、同時に宿敵でもあった、エドマンド・バーク (Edmund Burke,1729.1.12-1797.7.9)の「フランス革命についての省察 Reflections on the Revolution in France,1790」に対して出版された、『人間の権利 Rights of Man,1971』、そして、「人間の人権」と対になって完成する「理性の時代 The age of reason」。

・・・ ペインは、『コモン・センス』と『危機』で採用した民衆に語りかけるような言葉によってかちえた成功を、この『人間の権利』という書物によって、王政の故郷であるイギリスでも実現しようとしたのである。ペインのあげる実例はどれも、文字を知らない人々でも少なくとも部分的には記憶しているはずの著作、すなわち聖書、祈祷書、そしてウィリアム・シェイクスピアの戯曲などから引用されたものである。 (P.138)

1809年6月8日に、トマス・ペインは逝去した。この年の2月12日に、チャールズ・ダーウィンとエイブラハム・リンカーンが誕生している。この二人の人類の解放者は(ダーウィンの功績のほうが大きいが)、それぞれ別の仕方で、ペインが始めようとした議論を完成させ、完全なものとしたのである。 (P.201)


≪目次: ≫
 序章
 第1章 アメリカにおけるペイン
 第2章 ヨーロッパにおけるペイン
 第3章 『人間の権利』第一部
 第4章 『人間の権利』第二部
 第5章 『理性の時代』
 結論 ペインの遺産


著者: クリストファー・ヒッチンス(Christopher Hitchens)
1949年、イギリス生まれ。ジャーナリスト、文芸評論家。

訳者: 中山 元 (なかやま げん)
哲学者、翻訳家。 幅広い領域の哲学を分かりやすい言葉で解説する多くの著書で知られる。


花開く♪
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本「芸術新潮 2008年4月号 [創刊700号記念大特集 ヴィーナス100選]」新潮社5


芸術新潮 2008年4月号 [創刊700号記念大特集 ヴィーナス100選]
雑誌: 256ページ
出版社: 新潮社




最新号(2008年5月号)の特集は、『東山魁夷 国民画家の素顔』。
ところで、ぼくの美術館(絵画)デビューは、2年前の秋(2006.11)、36歳にして、「アンリ・ルソー」、「サルバドール・ダリ」に始まった。
それまでは、まったく興味を抱くことがなく、「ダリってだり?!」とは宣伝コピーにあったのだが、まさにぼくのこと。とりあえずは、ホントに何も知らないので、その後に開催された著名な企画展には、可能な限り足を運び、本物を目にし、その後にはウェブや、時に著作での情報や知識に頼った。しかし、知れば知るほどに、ますますわからないことだらけで、とてもとても語り得ない。
それでもやっぱり、“東山魁夷”には、「ぼくが日本人であること」を強烈に認識させられた、ひとつの事件。
そこには、印象派やルネサンスなどを中心に、何となく部分的に表面的にではあっても、歴史的に著名な作品の数々を眺めてきて、「なるほど、こういう絵画作品が歴史的に世界的に世の中に受け入れられてきたんだな、、」との理解(印象?!)を多少なりとも心得たからこそ、ぼくの心に沁み込んだ、“日本人的なにか”。

ぼくが“日本人”を自らが強く認識するにいたるには、世界に目を向けて、日本国以外の他国への理解なくしてありえなかった。他国の歴史や文化、時に信仰(宗教)に興味を抱き、理解を深めることによってこそ、愛国心(?!)のようなもの(?!)が芽生えるのであろう。
そんなこともあって、ぼくにとって欠かせないと感じた“ヴィーナス”への理解。時代を超え、呼称を変え、度々登場するも、単純に“女神”と表することができない不思議な存在への興味。ん?!、ちょっと“マリアさま”との混同もあったかも!?(ぼくの理解は、そんなレベル、トホホ)
それから、“おとこ”であるぼくは、女性のからだ(裸)へのエロティックな興味があることにも言及しておかなければ。


ヴィーナス100選マップ
古代篇
  [鼎談] 木島俊介+青柳正規+小池寿子
中世・北方篇
  [解説] 小池寿子
ルネサンス篇
  [対談] 木島俊介+小池寿子
マニエリスム篇
  [対談] 木島俊介+小池寿子
19世紀篇
  [対談] 木島俊介+小池寿子

木島俊介(1939- ) 美術評論家・共立大学文芸学部教授
青柳正規(1944- ) 古典考古学者・国立西洋美術館館長
小池寿子(1956- ) 美術史家・国学院大学文学部教授
本書(企画)における最初のページは、ギリシア・キプロス島の南西部 ペトラ・トゥ・ロミウ海岸、はるか水平線を見渡すエーゲ海を雲間から弱い陽射しが照らす幻想的な風景写真が、見開き一面に拡がる。「ギリシア神話」によると、海の泡から生まれたヴィーナスが上陸した場所とされる。
旧く紀元前4世紀のギリシア・アテネ、
約30年におよぶスパルタとの戦いで疲弊したアテネは、政治に対する情熱を失い、芸術都市としての性格を強めていく。また彫刻でいうならば、それまでの厳格、高潔な像が、洗練された官能的な像にかわった。ヴィーナス像はこの時代に、ありがたい神像というよりは、人びとの目を愉しませるちょっぴりエロティックな像として、一躍人気者になった。さらにヴィーナスは、ローマに伝来すると、権力者と結びつき、あたらしい信仰の性質を帯びる。 (P.31)

[小池] 14世紀以降、しだいに宮廷文化が成熟してきて、ある意味ではキリスト教的な信仰と離れていきます。信仰は信仰、娯楽は娯楽。画家たちは注文主である王や貴族の好みに合わせて裸体を描くようになる。ここからはイタリアと、アルプス以北のいわゆる北方とを、わけて見る必要があります。・・・ (P.62)

[小池] ルノワールとモロー、野太い裸体と青白い裸体が並びましたが、では古典的なヴィーナスの裸体美は一体どこに消えてしまったのでしょう。
[木島] 1863年に、マネによって幕引きを迎えた、と考えていいと思う。
[小池] といいますと?
[木島] 説明が少し回りくどくなるが、 (中略)
[木島] ・・・マネはもうひとつの問題作を完成させています。それがヴィーナス100選の最後をしめくくる《オランピア 1863年,油彩,カンヴァス,103.5×190cm,パリ・オルセー美術館蔵》
(中略)
[木島] でもなんといっても重要なのはこの視線ですよ。男を見下したこの目つきが決定的でした。55のウルビーノは男を意識した視線だけれど、オランピアはただ堂々とこちらを見ている。この視線が男たちの欲望を破滅させる。
[小池] 見たい裸をヴィーナス像に仮託してきた、男たちの2000年あまりの夢、ここに破れたり、ですね。
[木島] 完全な敗北です。19世紀は社会の規範が崩れるとともに、男が力を失った世紀ともいえる。ヴィーナスを描くことでヴィーナスが終焉してしまうとは、なんという悲劇か。
[小池] ヴィーナス探訪は、人間の、美と理想郷の長い探求の旅なのですね。 (P.146-P.147)

展覧会『ウルビーノのヴィーナス』
 〜古代からルネサンス、美の女神の系譜
La“Venere di Urbino”.
Mito e immagine di una Dea dall'antichità al Rinascimento

国立西洋博物館 2008年3月4日(火)〜5月18日(日)


花言葉「円熟の美、子孫の守護」♪
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本「国家の罠 −外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)」佐藤優5


国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)
著者: 佐藤優
文庫: 550ページ
出版社: 新潮社 (2007/10,単行本 2005/3)




【2002年】
5月14日 東京地検特捜部に背任容疑で逮捕。東京拘置所に収監される
16日 東京地裁にて勾留決定
17日 取り調べで西村尚芳検事との攻防始まる
6月4日 背任罪で起訴。勾留延長
19日 鈴木宗男衆議院議員斡旋収賄容疑で逮捕に抗議して48時間のハンスト決行
7月3日 偽計業務妨害容疑で再逮捕
24日 偽計業務妨害罪で起訴。勾留再延長
9月17日 第一回公判
【2003年】
8月29日 鈴木宗男氏保釈
10月6日 ゴロデツキー教授来日し、公判で証言
8日 東京拘置所から保釈される(勾留日数512日)
【2004年】
10月12日 検察側論告求刑(懲役2年6カ月)
11月10日 弁護人最終弁論・被告人最終陳述
【2005年】
2月17日 第一審判決(懲役2年6カ月執行猶予4年)。即日控訴  (P.453より一部抜粋)

ご存じ、あの事件の内幕や背景を綴った手記、ベストセラー作。
本来であれば最初に読んでおくべき著作なのであろうけれど、ぼくにとっては“佐藤優 (1960- )”第15作目にして、文庫版。だからこそ、深まる理解があったり、うわっと浮かび上がる記憶に、全550ページの長大さを少しも感じさせない愉しみを得る。
専門家以外の人にとって、イスラエルとロシアが特別な関係にあることはなかなかピンとこないにちがいない。(中略)ユダヤ人に問題に興味を持たない人々にとってはなかなか理解しづらいことなのだ。そこで、まず、ロシア・イスラエル関係についての説明から始めることにする。
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツにより六百万人のユダヤ人が殺された。アウシュビッツ収容所の悲劇については誰もが知っている。戦後、多くのユダヤ人がこの悲劇を繰り返さないためには、ユダヤ人国家を再建することが不可欠だと考えた。既に19世紀から、エルサレムのシオンの丘に帰って、もう一度ユダヤ人国家を作ろうという運動が始まっていた。これがシオニズムで、イスラエルの建国理念になった。
(中略)
1948年にイスラエルが建国されたが、それを世界で最初に承認したのがスターリンのソ連だった。もちろんソ連はシオニズムに共感をもってイスラエルを承認したのではなく、当時、反帝国主義・反植民地主義の観点から、イギリスからイスラエルが独立することを支援したに過ぎない。その後、(中略)67年に勃発した第三次中東戦争(六日戦争)の後、ソ連はイスラエルと国交を断絶。国交が回復するのは91年である。
91年12月、ソ連が崩壊し、新生ロシアは反イスラエル政策を根本から改めた。イスラエルは中東で自由、民主主義、市場経済という基本的価値を共有する友好国となった。(中略)
80年代末から200年までに旧ソ連諸国からイスラエルに移住した人々は「新移民」と呼ばれ、その数は百万人を超えた。イスラエルの人口は六百万人であるが、その内、アラブ系が百万人なので、ユダヤ人の内20パーセントがロシア系の人々である。(中略)
「新移民」は、ロシアに住んでいたときはユダヤ人としてのアイデンティティーを強くもち、リスクを冒してイスラエルに移住したのだが、イスラエルではかえってロシア人としてのアイデンティティーを確認するという複合アイデンティティーをもっている。
ロシアでは伝統的に大学、科学アカデミーなどの学者、ジャーナリスト、作家にはユダヤ人が多かったが、ソ連崩壊後は経済界、政界にもユダヤ人が多く進出した。これらのユダヤ人とイスラエルの「新移民」は緊密な関係をもっている。ロシアのビジネスマン、政治家が、モスクワでは人目があるので、機微にふれる話はテルアビブに来て行うこともめずらしくない。そのため、情報専門家の間では、イスラエルはロシア情報を得るのに絶好の場なのである。しかし、これまで日本政府関係者で、イスラエルのもつロシア情報に目をつけた人はいなかった。  (P.159-P.163)

≪目次: ≫
 序章 「わが家」にて
 第1章 逮捕前夜
 第2章 田中眞紀子と鈴木宗男の闘い
 第3章 作られた疑惑
 第4章 「国策捜査」開始
 第5章 「時代のけじめ」としての「国策捜査」
 第6章 獄中から保釈、そして裁判闘争へ









本「考える人  No.24 2008年春号 [特集 海外の長篇小説ベスト100] Plain Living , High Thinking.」新潮社5


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書評/海外純文学



新潮社”より“本が好き!PJ”を経由して献本、御礼!

海外の長篇小説ベスト100」とは、何とも壮大な企画で、編集部が選んだ200名を超える方々の中から回答を寄せた、作家、批評家、翻訳家、文学研究者、新聞記者、エッセイスト、脳科学者、哲学者、精神科医、、、さまざまなジャンルの書き手総勢129名のアンケート集計結果が公開される。
ランキング企画だから、順位をつけるのが目的で、栄光の第1位から第13位までは大きく取り上げられていて、ベスト100位の全リストがあって、さらに101位以下同点249位まで全274作品が一挙公開。
参考資料としてのアメリカ、イギリス、フランス、ノルウェイの各国での名作小説ベスト100、ベスト50リストも掲載されていて、検証座談会[青山南加藤典洋豊崎由美]があったり、ロングインタビュー:丸谷才一池澤夏樹、、、ほとんどお祭り気分で、「さぁ、どれから読んでみようかなぁ♪」
登場される方々が、みんな迷いに迷って、とにかく愉しそう。時に幼少の頃の読書体験にまで遡って語られる解説やアンケートの数々は、それを読むだけでもワクワクする、幸福体験の共有!?、順位はともかく(異論反論はあろうけど)、参加すること、愉しむことに意義がある。何より、歴史的長篇小説を新たに見直すキッカケとも。

そう、長大で難解な歴史的文学作品に対する憧れ(?!)から、挑戦しなければ!、との願望は持ち続けている。それでもついつい、長大で難解にあらざる著作に手を伸ばしてしまう根性なし。
簡単に誰でもが読みこなせてしまう文学作品は、その人気が長く続くことはない。長い歳月を経てなお高い人気を誇るだけの理由であり、魅力を備えた長篇小説、積読リストに加えていこう!


ところで、編集長 松家仁之が説く、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した、“Plain Living , High Thinking.(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)”的な在り方。

考えることを忌避しても、生きていける。むしろ、世の中の速い流れに乗るためには、考えることを停止してしまった方が、かえって順応が容易なのかもしれない。じっくりと考えてばかりいると、世の中の速い流れには遅れてしまって、追い付くことに困難が生じる。
ところで、自らの意思で考えることを放棄して、流れの速い世の中に合わせることに、流されて生きることに、何の意義があろう。人それぞれ、それぞれに在り方、生き方、考え方が違っていいじゃないか。

現代社会において、“考えている”書き手の方々が書き記した読み物に触れ、そしてまた考える。









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