Gori ≒ ppdwy632

〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

2009年08月

本「『銀河鉄道の夜』しあわせさがし (理想の教室)」千葉一幹5

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『銀河鉄道の夜』しあわせさがし (理想の教室)
『銀河鉄道の夜』しあわせさがし (理想の教室)

○著者: 千葉一幹
○出版: みすず書房 (2005/7, 単行本 142ページ)
○価格: 1,365円
○ISBN: 978-4622083092
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シアワセ(幸福)ってなんだろう。

へそ曲がりな持ち主に似て、というわけではないのであろうけれども、おいおいどこへ行ってしまったんだぁ。まぁ、好き勝手にするがいいさ、とは、みずからをかえりみたときには、そう言うしかないのであろうけれども、他人になんら言いえる義理はないことをそれなりには承知して。なにかを、こちらの都合で強要してみたところで、表面的な対応を求めて得られて満足するほどには。そのうちには、戻ってくるだろう。いやいや、そういう問題ではない。気がついたときには、じつはすでに夜中23時をすぎたころのことだったのだが、そういわれてみれば昼間から姿を見かけていないなぁ、とはずいぶんとノンキではあるが。部屋中を探しまわって、というほどには広くない空間の中に隠れ場所などあろうはずもなく、連れだしたところを思い返してみてもたった2箇所に限定される。そう、夏の疲れであろう、なんとなく体調がすぐれなかったこともあって、ときどき小雨が降りだす天候だったこともあって、ぼんやりしたままにすごしていたことも、気がつくのが遅れた、なかなか気がつくことがなったことの要因のひとつにあげられよう。午前中にいずれも近くの図書館での読書とスーパーでの買い物をして、昼食を部屋で摂って、またおなじ図書館での読書とおなじスーパーでの買い物と、ただそれだけ、あとは部屋にこもっていた。外は雨、夜、気分まですぐれない。さすがに朝まで放置するのも気がかりだ。小雨が降るなか、意を決して、重い腰をあげて。すでに図書館は閉まっているからどうしようもない。しかも都合が悪いことに月曜日は休館日だ、しかたがない。24時間営業のスーパーの白いあかりが恨めしい、ない。最寄りの、といっても歩くには遠い、交番を訪ねる。おまわりさんもタイヘンだ。届けを出して、本署に問い合わせてもらうも、ない。ないものはない。
まだ戻ってこない、ぼくの携帯電話、トラヴェリング(旅行中)♪


≪目次: ≫
はじめに
テクスト――『銀河鉄道の夜宮沢賢治(1896-1933)
第1回 神なき世界へ

賢治死後? に成立した『銀河鉄道の夜』/ブルカニロ博士の消滅/叙事詩から小説へ/貨幣の問題/宗教批判者ジョバンニ
第2回 友だちって何?
友だちを裏切ること/秘密の発生――個室の誕生/世界の始まりと原光景/親密さと言語――ジャーゴン/言語の抽象性/ふたりでいること
第3回 自己犠牲
自己犠牲者の群れ/よだかから蠍へ/負債としての自己犠牲/取り替え子/贈与と遺贈
おわりに
読書案内


≪著者: ≫ 千葉一幹 (ちば・かずみき) 1961年三重県生まれ。拓殖大学商学部教授。比較文化・日本近代文学。『賢治を探せ』(講談社選書メチエ)、『クリニック・クリティック――私批評宣言』(ミネルヴァ書房)ほか。

野村喜和夫「ランボー『地獄の季節』 詩人になりたいあなたへ」(理想の教室、みすず書房、2007)
宮澤淳一「マクルーハンの光景 メディア論がみえる」(理想の教室、みすず書房、2008)
名和小太郎「エジソン 理系の想像力」(理想の教室、みすず書房、2006)
小沼純一「バッハ『ゴルトベルク変奏曲』世界・音楽・メディア」(理想の教室、みすず書房、2006)
ジョルジョ・アミトラーノ「『山の音』こわれゆく家族」(理想の教室、みすず書房、2007)
西 成彦「世界文学のなかの『舞姫』」(理想の教室、みすず書房、2009)
佐々木幹郎「中原中也 悲しみからはじまる」(理想の教室、みすず書房、2005)
小倉孝誠「『感情教育』歴史・パリ・恋愛」(理想の教室、みすず書房、2005))
大村敦志「「民法0・1・2・3条」 〈私〉が生きるルール」(理想の教室、みすず書房、2007)
樋口陽一「「日本国憲法」まっとうに議論するために」(理想の教室、みすず書房、2006)
佐藤良明「ビートルズとは何だったのか」(理想の教室、みすず書房、2006)
荻野アンナ「ラブレーで元気になる」(理想の教室、みすず書房、2005)
岡田温司「『ヴィーナスの誕生』視覚文化への招待」(理想の教室、みすず書房、2006)
川端康雄「『動物農場』ことば・政治・歌」(理想の教室、みすず書房、2005)
合田正人「サルトル『むかつき』ニートという冒険」(理想の教室、みすず書房、2006)
平野嘉彦「ホフマンと乱歩 人形と光学器械のエロス」(理想の教室、みすず書房、2007)
水林章「『カンディード』〈戦争〉を前にした青年」(理想の教室、みすず書房、2005)
巽孝之「『白鯨』アメリカン・スタディーズ」(理想の教室、みすず書房、2005)
石原千秋「『こころ』大人になれなかった先生」(理想の教室、みすず書房、2005)
河合祥一郎「『ロミオとジュリエット』恋におちる演劇術」(理想の教室、みすず書房、2005)
野崎歓「カミュ『よそもの』きみの友だち」(理想の教室、みすず書房、2006)
三原弟平「カフカ『断食芸人』〈わたし〉のこと」(理想の教室、みすず書房、2005)/
合田正人「サルトル『むかつき』ニートという冒険」(理想の教室、みすず書房、2006)
吉永良正「『パンセ』数学的思考」(理想の教室、みすず書房、2005)
亀山郁夫「『悪霊』神になりたかった男」(理想の教室、みすず書房、2005)







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本「エゴン・シーレ ドローイング 水彩画作品集  Jane Kallir, EGON SCHIELE: DRAWINGS & WATERCOLORS」ジェーン・カリアー、アイヴァン・ヴァルタニアン 監修、和田京子 訳 編集5

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エゴン・シーレ―ドローイング水彩画作品集
エゴン・シーレ ドローイング 水彩画作品集  Jane Kallir, EGON SCHIELE: DRAWINGS & WATERCOLORS

○著者: ジェーン・カリアー、アイヴァン・ヴァルタニアン 監修、和田京子 訳 編集
○出版: 新潮社 (2003/3, 単行本 495ページ)
○価格: 4,725円
○ISBN: 978-4105428013
おすすめ度: 4.5
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あまり体調のすぐれないぼくを諭すかのように降りだした雨。自転車で7〜8分のヨーカ堂のマクドナルド(天井が高く食堂チックな多店舗が集う広いスペースゆえに店員のマニュアル通りの機械的で耳障りな声音から逃れられる、お気に入りの場所のひとつ)で読書をしようとの試みは取り止めた。しかし、自室で読書する気にはなれず(パソコンと布団とアルコール飲料などの誘惑に克てる自信がない)、午前中に引きつづき近くの図書館へと。この図書館でのお気に入りの場所は、画集や写真集などの美術系大型本が並ぶ低い書棚に向かい、小さなイスが2脚並べられている、なぜかそこだけ木目調の暖色系の壁紙と天井からのトップライトに照らされた、こじんまりとしたスペース。建物の構造上の関係からであろう、柱に囲まれてくぼんだ、すこし隔離された空間で、人間に背を向けて、ステキな装丁の本たちに囲まれて。さて、あらかじめ予定して持ち込んだ本を読もうかと、見慣れた本棚を見まわすと、「エゴン・シーレ」の文字がぼくの目にとまった。多分それまでもなんどか目にしているはずである。もちろんそれまでにページを開いたことはない。
そう、画家 エゴン・シーレ(Egon Schiele, 1890-1918、オーストリア)を知ったのは、まさに数日前に読了した小さな物語、ダイアナ・ブロックホーベンジュールさんとの白い一日』(オルセン昌子訳、赤ちゃんとママ社、2009)にあって表紙絵に採用されていたことから興味をいだいてのこと。
ジュールさんとの白い一日



エゴン・シーレ(Egon Schiele, 1890-1918、オーストリア)


≪目次: ≫
はじめに アイヴァン・ヴァルタニアン

解説 ジェーン・カリアー
Early Years Through 1907
1908-1909
1910
1911
1912
1913
1914
1915
1916
1917
1918


作品リスト


≪著者: ≫ ジェーン・カリアー (Jane Kallir) エゴン・シーレ、および、20世紀初頭のオーストリア美術に関する著書を多数手掛ける。主な著書に『Austria's Expressionism』1981年Rizzoli発行、『Egon Schiele』1994年Abrams発行、エゴン・シーレの全作品を収録した決定版『The Complete Works‐Including a Biography and a Catalogue Raisonn´e』1990年Abrams発行、1998年改訂の監修、執筆など。また、ギャラリー・セント・エティエンヌ/ニューヨークの館長をはじめ、ナショナルギャラリー/ワシントンD.C.、ウィーン市立歴史博物館、サンディエゴ美術館、インディアナポリス美術館他、シーレの国際的な展覧会を企画・構成している。2001年から2002年にかけて「グスタフ・クリムト――オスカー・ココシュカ――エゴン・シーレ」展をヴィットリアーノ博物館/ローマ、レヴォテーリャ博物館/トリエステで開催。並びにニューヨーク近代美術館、スミソニアン博物館、ボルティモア美術館、ナショナルギャラリーなどで広く講演活動を行っている。

[監修] アイヴァン・ヴァルタニアン (Ivan Vartanian) アパチャー社/ニューヨーク、光琳社出版で編集者を経て、2000年にゴリーガブックス(Goliga Books)を設立する。ドローイング、グラフィックアート、写真を中心に、企画、編集、執筆、デザイン、制作、出版を手掛けるブックパッケージャーとして東京を拠点に活動。主な著作に『アンディ・ウォーホル 50年代イラストブック』2000年新潮社発行、他英米仏で共同出版、『Now Loading…:The Aesthetics of Web Graphics』2001年Gingko Press発行など。







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本「罪と罰 〈3〉  Ф. М. Достоевский, Преступление и наказание, 1866 (光文社古典新訳文庫)」ドストエフスキー、亀山郁夫 訳5

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罪と罰〈3〉 (光文社古典新訳文庫)
罪と罰 〈3〉  Ф. М. Достоевский, Преступление и наказание, 1866 (光文社古典新訳文庫)

○著者: フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー亀山郁夫
○出版: 光文社 (2009/7, 文庫 536ページ)
○価格: 920円
○ISBN: 978-4334751845
おすすめ度: 5.0
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とりとめもなく。
朝起きて、といっても前日の天気予報で近づきつつある台風の影響で雨が降るとチェックしていたので外出(クロスバイクでのトレーニング)の予定を組むことなくすこしユックリとではあるのだが、そう、のどの違和感が増大していることに顔をしかめる。数日前からすこしヘンだなぁとは感じていた。8月もまもなく終わりを迎えようというこの時期、風に秋の気配を感じるものの、照りつける太陽の陽射しはまだまだつよく烈しい。前日は最高気温が33度くらいだったのでは。仕事で、不動産売買契約の立会いをした会場の、先方の不動産仲介業者の会議室なのか応接室なのか、午後1時からの契約であったことを考慮するには気持ちを理解できないわけでもないのだが、これでもかと言わんばかりに、まるでイヂワルのように、猛烈なエアコンの冷風が吹き荒れていた。ぼくが客の立場だったら、まちがいなく(エネルギーのムダ遣いであると)指摘したところではあるのだが、2〜3時間の辛抱と覚悟を決めて口を閉ざした。半袖ワイシャツで上着を着用していないぼくにとっては、拷問に近い責苦であったとしても。案の定、中途で契約の当事者である個人の売主と買主が共に、エアコンの冷風を苦痛に感じる素振りを見せたので、空調の設定を変更するように穏やかに諭した。まぁ、そのようなツライできごとがなかったとしても、暑い夏をやりすごしてきたからだに、季節の変わり目の涼しさや残暑に起因して、すくなからぬ不調が生じるのはアタリマエの現象でもあろう。夏の太陽を覆い隠す厚い雲がアリガタイ、養生するとしよう(すでに違和感は薄れている午後)。
ユックリ淹れた熱いコーヒーで朝食を採り、ノンビリしたくを整え、ブラブラと自室ちかくの図書館へと、午前中は読書にいそしむことに。そう、図書館と同じ敷地の施設は選挙の投票所になっている。平成21年8月30日は、衆議院議員選挙(最高裁判所裁判官国民審査)の投票日らしい。たしかに「投票所入場整理券」なる郵便が届いていた記憶がある。わざわざ口外するまでもないことではあるのだが、興味がない、関心がない、投票しない。「投票する権利」のようなものがあって、朝から「投票しましょう」とういうようなアナウンスが聞こえてきたことを確認している、認知している。ぼくは、みずからの意思により、投票しない選択を採用する、のであり、投票しないことにつき、なんらの主張をする気もない、ただただ興味も関心ももてなくて、みずからの性格というのか本質というのか根柢というのか、に起因するところ。

ときに、からだの不調を感じてみたりするのだが、すこし広範な視点で体調を健康状態を勘案するには、わらってしまうくらいに健康体、といっていいかもしれない。病気になる気がしない。突然死や事故死の可能性は、突発的な外的な要因に起因するものであろうことを考慮するにはカンタンに否定できるのもではなく、その可能性を加味しないわけにはいかないのであろうが、もしかしたら長生きしちゃうかもしれないなぁ、とは他人事のように考えないでもない。長生きしたい願望もなく、健康を目的としているわけではないことを断ったうえで、あくまでもみずからの快適を求める行動として、経済的な問題と濃い味付けを嫌うことから可能な限り外食を控え自炊を菜食をこころがけ、快適な睡眠を得る目的でクロスバイクでのトレーニングに励む。
じつのところ、すこし前には「とりあえず50歳までは生きよう」と決めた。老後にたいする経済的な不安を払拭できないことからの現実逃避的な考え方である感を否めないのだが、現実的なお金の問題は、ぼくにとって小さくない重大な問題、避けて通ることができない。しかし、直視して立ち向かう勇気も、冷静に立て直しを図る能力にも著しく欠けると自覚している。そのような状況における一時的な対応策としての「50歳まで生きる」を掲げてみることによる、心理的な負担の軽減と、冷静な考察を図るべく時間を稼ぐ効用と。そう、冷静沈着に立て直しを図るべきなのであり、立て直しを図ることなくして、ぼくに生きる価値というのか、ぼくが生きる意義を見出すことは不可能なのかもしれない。じつは、ちょっとここで、結論めいたというか、方向性のようなものを示そうと画策して書き始めてはみたのだが。


≪目次: ≫
ドストエフスキー『罪と罰 エピローグ付きの六部からなる長編小説
第5部
第6部
エピローグ

読書ガイド 亀山郁夫
《第2巻》のあらすじ/1 レジャベートニコフの「コミューン」/2 ポルフィーリーは危険人物か/3 年金制度のモチーフに隠された何か/4 流行歌は何を意味するか/5 ミコールカと「逃亡派」/6 父称の問題、またはイワンとピョートルの戦い/7 名前の混同と愛称の問題/8 スヴィドリガイロフの「棺」/9 ネヴァ川と天候の問題/10 火薬中尉に託された役割/11 リヴィングストンの手記/12 ラスコーリニコフの「罰」/13 旋毛虫の夢
ドストエフスキー年譜
訳者あとがき
(二〇〇九年六月六日 サンクトペテルブルグ、東京 亀山郁夫)


≪著者: ≫ フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー Фёдор Михайлович Достоевский [1821-1881] ロシア帝政末期の作家。60年の生涯のうちに、以下のような巨大な作品群を残した。『貧しき人々』『死の家の記録』『虐げられた人々』『地下室の手記』『罪と罰』『賭博者』『白痴』『悪霊』『永遠の夫』『未成年』そして『カラマーゾフの兄弟』。キリストを理想としながら、神か革命かの根元的な問いに引き裂かれ、ついに生命そのものへの信仰に至る。日本を含む世界の文学に、空前絶後の影響を与えた。

[訳者] 亀山郁夫 Kameyama Ikuo 1949年生まれ。東京外国語大学長。ドストエフスキー関連の研究のほか、ソ連・スターリン体制下の政治と芸術の関係をめぐる多くの著作がある。著書に『磔のロシア』『熱狂とユーフォリア』『ドストエフスキー父殺しの文学』『「悪霊」神になりたかった男』『大審問官スターリン』『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー)ほか多数。

ドストエフスキー「罪と罰 〈2〉 Преступление и наказание, 1866」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2009)
ドストエフスキー「罪と罰 〈1〉 Преступление и наказание, 1866」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
亀山郁夫「ドストエフスキー 共苦する力」(東京外国語大学出版会、2009)
亀山郁夫「ロシア・アヴァンギャルド」(岩波新書、1996)
ドストエフスキー「白夜 Белые ночи, 1848』(小沼文彦訳、角川文庫クラシックス、1958)
ドストエフスキー「地下室の手記 Записки из подполья, 1864』(安岡治子訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 5 エピローグ別巻 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第4部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第3部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第2部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第1部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
亀山郁夫「大審問官スターリン Иосиф Виссарионович Сталин」(小学館、2006)
亀山郁夫「ドストエフスキー 父殺しの文学 〈下〉」(NHKブックス、2004)
亀山郁夫「ドストエフスキー 父殺しの文学 〈上〉」(NHKブックス、2004)
亀山郁夫「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」(光文社新書、2007)
亀山郁夫「『悪霊』神になりたかった男」(理想の教室、みすず書房、2005)
亀山郁夫「ドストエフスキー 謎とちから」(文春新書、2007)
亀山郁夫+佐藤優「ロシア 闇と魂の国家」(文春新書、2008)







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本「ジュールさんとの白い一日  Diane Broeckhoven, DE BUITENKANT VAN MENEER JULES, 2009」ダイアナ・ブロックホーベン、オルセン昌子 訳5

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ジュールさんとの白い一日  Diane Broeckhoven, DE BUITENKANT VAN MENEER JULES, 2009
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書評/海外純文学



そう、赤ちゃんとママ社から、“本が好き!PJ”を経由しての献本の申請は、結果的にさまざまな迷いに起因して出遅れたかたちとなり、献本の最後の一冊だった。ぼくに、読了後になんらかを書きえるのか、いや、書きえないのではないかというような不安が消えることはなかったけれども、どうしても読んでみたいという想いがまさった。たとえば、「死」について考えないときはない。「タイセツな人」とのことについて考えないときはない。そして、みずからの「自閉」傾向について。

ぼくが知るかぎり、ぼくの両親は同じ高校の1年先輩と後輩の関係。ぼくがものごころついてから子どもころ、ケンカというのか、父親がへそを曲げてひとりで怒りを募らせてときにぶちまけて(時間を経てケロリとする)、人好きのする母親を困らせていた(こちらもまた細かいことを気にしないでケロリとしたもの)、ような記憶がある。ふたりとも、昭和19年(1944年)生まれ、ぼくを筆頭とする3人の男の子をそれぞれ独立させ(孫6人)、数年前からは(良くも悪くも)タイヘンな時代を永年勤めあげたサラリーマンを定年でリタイアして、いまでは悠々自適のふたり暮らし(をしているように見える)。いまでも不思議なくらいに仲がいい(ように見える)。キビシク冷ややかな目で見るならば、依存傾向や過干渉に懸念することろがないわけではないけれども、とどのつまりはぼくが関知するところではない。
もともとぼくは対話が得意ではなく、それは家族間においても(ぼく以外のほかの兄弟のことはよく知らないけれども)なんら変わることはなく、いまでも用事がなければ両親に会うこともなく、ときに必要に迫られて顔を合わせて一緒に食事するときには、昼間であろうとアルコール飲料が供出されて(意図しているのか否かを直接確認したことはないのだが)、ある部分ではアルコール飲料の勢いを借りてぼくが肩の力を抜いて話をしている側面を否定できない。それくらいに家族間の対話にはとくに抵抗感がある、少なくともぼくはそう感じてきたし、いまでもそう感じている。すでにその関係は40年近くのあいだ脈々と継続されてきたものとして。
なかなか書きえないなぁ。
ぼくのタイセツな人として。父と母はトクベツな存在で、ぼくにとって数少ないタイセツな人の一角を占める。表現としてビミョウなところだけど、30代後半にしてそれまでのツケがまわったぼくをあわれんで(なのかどうなのか)、慈悲深くさまざまな支援の手をさしのべてくれる。だからと言うわけではないけれど、でもやっぱり、かわらぬ愛情を注いでくれる、その姿勢はショウジキにウレシイ、泣いちゃいたいくらいに。とくにそれまで、ぼくが好き勝手にやって背を向けてきた経緯があるだけに、その経緯を勘案するには、赤の他人ではそうはいかないであろう、感情や心情には根深いものがあったりすることをぼくも否定できない。
ぼくにとってのタイセツな人は、いまであり、すこし以前から漠然と(それでも明白に)考えていたものとして、4名。突き詰めて考えるには4名だろうなぁ。いずれは書き記しておきたいと思っていた、それをいまにしよう。ぼくの父と母、そして、娘。あとひとりは、、、迷いがないわけではないんだけれど、とっても迷いながらであり、その迷いとは、ぼくの発するところの迷いではなく、ぼくが発する明白な想いが、その発する想いとは対象(相手)があってはじめて生じえるものであり、対象に向かって発せられた思いが、なんらかの形でコミュニケートされて、受け容れられるなり受け容れられないなりの反応と言うのか、発する側の印象と言うか感覚的ななにかをすくなからずいだいたうえでの双方向的なもの?、とぼくは考えるところがあるんだけれども、わからない、つかめない、計り知れない、なんだろう。すでに、別居してから2年と7カ月。それ以前のこじれて断絶した期間が短くない関係を考えるには。まったくもってわからない。
「刷り込み」かもしれない、とは冷静に思う。産まれたてのヒナ鳥が、はじめて目にしたものを母親と思い込む本能的なもの、としての。ぼくが21〜2歳の頃に知り合ったと記憶している、ということは、すでにぼくが生きてきた半分近くの年月をなんらか関係したことにもなろう。
「覆水盆に返らず」「桃は流れていった」。すでに終えたものとして。カンゼンに終結したものに修復の可能性は残されていないのかもしれない、とは思う。かりに修復された想定してみて、そこで修復されたとされる関係とは、果たしてそれ以前に形成されていた関係と、年月を経てなおおなじのものであろうか、ちがうものであるという確証はないけれど、おなじものであるとも考え難い。ヘンなたとえではあるが、骨折をした箇所の骨の部分が修復される際には、より強固に太く、おなじ箇所における再度の骨折を防止すべく修復が図られたりする。おなじようであっておなじではなく、いちど受けた痛みは、おなじ痛みを経験することをシゼンのうちに忌避して修復を遂げていたりもしようか。
すでに無理を強いるつもりもない。無理なものは無理なものとして、無理なものは無理であろう。努力には限界がある。我慢にも限界がくる。そもそも変化を求める性質があり、新しいモノへの興味や関心が、向上への原動力ともなろう。年齢を重ねることにより、変化(新しいモノへの興味関心)よりも安定(変わらないこと)を求める傾向がつよくなったとしても。
ますます的を得ない、要領を得ない。
こうしてぼくが黙々とひとりの世界に没入して、閉じこもって、あ〜でもないこ〜でもないと、どこへとも行き着くことなく考えつづけていられることの、カンタンには言いえないけれども、シアワセ。神様が与えてくれた至福のとき、いいえ、すくなくとも、ぼくがなんらかを得ている、プラスの印象を体感しているということは、熱エネルギーの法則を持ちだすまでもなく、エネルギーの総量が一定であり不変であろう、などと考えるには、ぼくの幸福(エネルギー)は、ぼく以外の他人の幸福(エネルギー)の喪失によって成立しているものであるともいえよう。かりに与えられた幸福感(エネルギー)を「神の思し召し」と想定してみたところでも、「神」が介在していたとしても、逆の意味でも「神」は普遍的に介在しているのであり、そこでもまた総エネルギー量が不変であるという法則に変動がないことは、より強固なものとなろう。人為的な力が加わることにより、微妙にバランスを欠きつつ、微妙なバランスで保たれてみたりもして。いずれにしても総エネルギー量の総量が過度に増減することは考え難いことに変わりはなかろう。ある意味ではうまくできている。
9月の初めに誕生日を迎える娘の年齢を、14歳だとばかり勝手にいつからか頑なに思い込んでいて、すこし早目に発送したプレゼントと一緒に同封したメッセージカードに書きいれた「14歳」に、当の娘から電話があって「まだ13歳だよ」とは。ここまで、娘にたいして無責任にも無関係で無関心に無関与でいられるのも、自我が芽生えていないこともないであろう、いろいろ考えないこともないであろう。関与したい!、と思う反面、すぐに「ぼくになにができるというのか?、いかなる権限と能力を有して、さらに責任を果たしえるというのか?」などと考えるに、行動を躊躇してしまう。手をさしのべることを否定しない。現にぼくはぼくの両親からさしのべられている手を支援をありがたく享受している。それでも、ぼくが他人に、たとえそれが娘であっても、愛しい娘であればこそ、いかなる干渉をも慎重にならざるをえず、慎重にありたいと考える。そもそもぼくにはなんら為しえないのではあるのだが。
ぼくの本意としてではなかったものの、結果として得られた「ひとり暮らし」によって、ぼくはみずから好き好んで「閉じこもる」。外界からのさまざまな情報を、有益無益にかかわらずほとんどすべての情報をシャットアウトして。ひとりひっそりと扉を閉じて。ときどきそぉ〜っとようすを窺う。


≪著者: ≫ ダイアナ・ブロックホーベン Diane Broeckhoven 1946年、ベルギー生まれ。新聞記者を経て、フリージャーナリスト兼作家としてオランダに移住。2000年からはベルギー在住。青少年に向けて病気や死、第三世界からの養子といったテーマで20冊の小説を著し、数多くの文学賞を受賞。本書は、おとなの読者のために書かれた小説としては2作目で、オランダで「発見したことを誇らしく思えるまれにみる珠玉」と評され、8か国語(オランダ語、ドイツ語、ポーランド語、韓国語、フランス語、イタリア語、スペイン語、フラマン語)で刊行され、ドイツではベストセラー。演劇や映画化も予定されている。著者にとって初の日本語訳書となる。

[訳者] オルセン昌子 Masako Olsen 茨城県生まれ。東京女子大学短期大学英語科卒業。カリフォルニア大学短期留学。ケルン大学中退。ドイツ人の夫と3人の子どもとともに、ドイツ在住。読書を日々のかてとし、翻訳や著作をとおして自らの体験とつながるテーマに向き合う。訳書の『ルイーゼの星』『ジュニア版ルイーゼの星』(求龍堂)は10歳の少女が母親のガン闘病を語る設定。著書の『ドイツと日本の真ん中で』(明窓出版)は、ドイツと日本を行き来するなかで直面した両国の育児や教育、家族の介護などの体験をもとに執筆。







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本「罪と罰 〈2〉  Ф. М. Достоевский, Преступление и наказание, 1866 (光文社古典新訳文庫)」ドストエフスキー、亀山郁夫 訳5

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罪と罰〈2〉 (光文社古典新訳文庫)
罪と罰 〈2〉  Ф. М. Достоевский, Преступление и наказание, 1866 (光文社古典新訳文庫)

○著者: フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー亀山郁夫
○出版: 光文社 (2009/2, 文庫 465ページ)
○価格: 840円
○ISBN: 978-4334751739
おすすめ度: 5.0
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朝の通勤電車でほぼ座れたのは各駅停車を選択したとはいえ奇跡的だった(ちなみに2回乗り換え3本の電車のうちの2本をすべて座り、いちばん乗車時間が短い1本を半分以上座った)。気持ち好く読書に耽り、この朝から読み始めた本書を約140ページ近くまで読みすすめたところで(当然のように夏の朝の青空の下を歩きながらも本を読みつづけているのだが)、会社の玄関近くで、ぼくより確か9歳くらい年長だと記憶しているヴェテラン男性営業スタッフに声をかけられる、「なに読んでるの?」と。本から視線を外し、読みかけのページに指を挟んだままに表紙を見せて「『罪と罰』ドストエフスキー」と。そう、彼は早稲田大学文学部を卒業した弁のたつ男で、そこにはぼくの羨望と嫉妬の念が多分に含まれているのだが、サラリと「ドストエフスキーかぁ、中学生だなぁ」だったか、なんと言われたのか、ハッキリとした詳細の記憶を失念してしまったのだが。彼は中学生の頃にすでに読んでいたのであろう。悔し紛れに、かなり凹みながらも、「ぼくにとっては、いまなんですよねぇ〜」とへらへらと苦笑いをうかべるのが精一杯。朝からキツイ一発を浴びて、といっても当人はそんな意識の欠片もないことが明白で、そのあたりは、少なからぬ短くないつきあいのなかで、なんどかケンカにちかい激論や罵詈雑言を交わした仲であり、おなじ男三人兄弟の長男で、子どもを設けながら、ぼくが娘ひとりにたいして、彼には高校と中学を卒業したくらいの男の子ふたりだったはずなのだが、いろいろあってすでに同居しなくなって久しいところもおなじ。おなじように、物言いは優しくなく、ハッキリとキツイ、冷たい。衝動的に感情に駆られて激昂しやすいタイプで、そのぶん、熱しやすく冷めやすいではないけれど、ケロリと忘れる、良くも悪くも都合よく。情にあつい生真面目なタイプであることもつけくわえよう。仕事を目的として同じ会社に集っているわけで、当然に仕事で絡むことも少なくないから、そのあたりは互いに割り切って、大人のつきあいをしている、つもり。なにより年長者であり、知識も経験も尊敬に値する部分を、ぼくに不足しているさまざまを持ち合わせていることを、否が応でも意識しないわけにはいかない。

なんとか仕事中に用事をみつけだして移動時間や休憩時間を捻出してちょこちょこと読みすすめて、帰りの電車でラストスパート!?、仕事中のぼくの仕事の少なくないウエイトを占める読書、などとは大きな声では言えないけれど、大きなミスなくソツなく与えられた仕事を対応している、つもり。


≪目次: ≫
ドストエフスキー『罪と罰 エピローグ付きの六部からなる長編小説
第3部
第4部

読書ガイド 亀山郁夫
《第1巻》のあらすじ/1 裁判制度と警察機構の大改革/2 ラスコーリニコフの思想 .淵櫂譽ン主義/3 ラスコーリニコフの思想 ⊇末論/4 スヴィドリガイロフの起源/5 不思議な一致/6 《黄の鑑札》とカペルナウーモフ家の象徴/7 ソーニャの聖書/8 ラスコーリニコフの部屋とソーニャの部屋/9 死者として位置づけられた者たち/10 「ラザロの復活」/11 「四」の意味/12 神を見るお方
ドストエフスキーの生涯における『罪と罰』 亀山郁夫
架空都市、ペテルブルグ/犯罪と犯罪者への《傾斜》/妻マリアとの愛の終わり/運命の女アポリナーリヤとの出会い/厄年のなかの『地下室の手記』/どん底で誕生した『罪と罰』/ペテルブルグの暑い夏


≪著者: ≫ フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー Фёдор Михайлович Достоевский [1821-1881] ロシア帝政末期の作家。60年の生涯のうちに、以下のような巨大な作品群を残した。『貧しき人々』『死の家の記録』『虐げられた人々』『地下室の手記』『罪と罰』『賭博者』『白痴』『悪霊』『永遠の夫』『未成年』そして『カラマーゾフの兄弟』。キリストを理想としながら、神か革命かの根元的な問いに引き裂かれ、ついに生命そのものへの信仰に至る。日本を含む世界の文学に、空前絶後の影響を与えた。

[訳者] 亀山郁夫 Kameyama Ikuo 1949年生まれ。東京外国語大学長。ドストエフスキー関連の研究のほか、ソ連・スターリン体制下の政治と芸術の関係をめぐる多くの著作がある。著書に『磔のロシア』『熱狂とユーフォリア』『ドストエフスキー父殺しの文学』『「悪霊」神になりたかった男』『大審問官スターリン』『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー)ほか多数。

ドストエフスキー「罪と罰 〈1〉 Преступление и наказание, 1866」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
亀山郁夫「ドストエフスキー 共苦する力」(東京外国語大学出版会、2009)
亀山郁夫「ロシア・アヴァンギャルド」(岩波新書、1996)
ドストエフスキー「白夜 Белые ночи, 1848』(小沼文彦訳、角川文庫クラシックス、1958)
ドストエフスキー「地下室の手記 Записки из подполья, 1864』(安岡治子訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 5 エピローグ別巻 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第4部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第3部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第2部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第1部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
亀山郁夫「大審問官スターリン Иосиф Виссарионович Сталин」(小学館、2006)
亀山郁夫「ドストエフスキー 父殺しの文学 〈下〉」(NHKブックス、2004)
亀山郁夫「ドストエフスキー 父殺しの文学 〈上〉」(NHKブックス、2004)
亀山郁夫「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」(光文社新書、2007)
亀山郁夫「『悪霊』神になりたかった男」(理想の教室、みすず書房、2005)
亀山郁夫「ドストエフスキー 謎とちから」(文春新書、2007)
亀山郁夫+佐藤優「ロシア 闇と魂の国家」(文春新書、2008)







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本「ランボー『地獄の季節』詩人になりたいあなたへ (理想の教室)」野村喜和夫5

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ランボー『地獄の季節』 詩人になりたいあなたへ (理想の教室)
ランボー『地獄の季節』 詩人になりたいあなたへ (理想の教室)

○著者: 野村喜和夫
○出版: みすず書房 (2007/7, 単行本 139ページ)
○価格: 1,575円
○ISBN: 978-4622083269
おすすめ度: 3.5
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ことば


ジャン・ニコラ・アルチュール・ランボー(Jean Nicolas Arthur Rimbaud, 1854-1891)
地獄の季節 (Une Saison en Enfer, 1873)』


≪目次: ≫
テクスト――「錯乱供宗集斥佞力6盻僉廛薀鵐棔
第1回 詩がみえてくる
イントロダクション/『地獄の季節』はどう読まれてきたか/『地獄の季節』の現代性/「美」を膝に乗せること――序文のメタポエティック/描写と教訓の否定/「私探し」を超えて――詩人のステータス/「わが無垢のひろがり」/矛盾は矛盾のままに――詩人の言説
第2回 詩が狂おしい
愛と詩/「狂気の処女」――詩人と作品との関係/かくもポップなランボー/詩的言語/言い表しがたいものを書く/朝の時間/アナロジーとイロニー/「語たちの幻覚」へ
第3回 詩が詩を離れてゆく
自壊のプロセス/渇きと飢え/クライマックスあるいは「永遠」/空無の詩学/「私は架空のオペラになった」/減衰的反復/最後のパフォーマンス/最後の最後まで詩だ
読書案内


≪著者: ≫ 野村喜和夫 (のむら・きわお) 1951年生まれ。明治大学大学院研究科博士後期課程単位取得(フランス近代詩専攻)。詩人。詩集に『特性のない陽のもとに』(思潮社、歴程新鋭賞)、『嵐の配分』(水声社、高見順賞)、『ニューインスピレーション』(書肆山田、現代詩花椿賞)、『現代詩文庫 野村喜和夫詩集』(思潮社)、『街の衣のいちまい下の虹は蛇だ』(河出書房新社)、『スペクタクル』(思潮社)、評論集に『ランボー・横断する詩学』(未來社)、『討議・戦後詩』(共著、思潮社)、『現代詩作マニュアル』(思潮社)、訳書にプチフィス『ポール・ヴェルレーヌ』(共著、筑摩書房)などがある。
公式HP「ポエジー POESIE/野村喜和夫」

宮澤淳一「マクルーハンの光景 メディア論がみえる」(理想の教室、みすず書房、2008)
名和小太郎「エジソン 理系の想像力」(理想の教室、みすず書房、2006)
小沼純一「バッハ『ゴルトベルク変奏曲』世界・音楽・メディア」(理想の教室、みすず書房、2006)
ジョルジョ・アミトラーノ「『山の音』こわれゆく家族」(理想の教室、みすず書房、2007)
西 成彦「世界文学のなかの『舞姫』」(理想の教室、みすず書房、2009)
佐々木幹郎「中原中也 悲しみからはじまる」(理想の教室、みすず書房、2005)
小倉孝誠「『感情教育』歴史・パリ・恋愛」(理想の教室、みすず書房、2005))
大村敦志「「民法0・1・2・3条」 〈私〉が生きるルール」(理想の教室、みすず書房、2007)
樋口陽一「「日本国憲法」まっとうに議論するために」(理想の教室、みすず書房、2006)
佐藤良明「ビートルズとは何だったのか」(理想の教室、みすず書房、2006)
荻野アンナ「ラブレーで元気になる」(理想の教室、みすず書房、2005)
岡田温司「『ヴィーナスの誕生』視覚文化への招待」(理想の教室、みすず書房、2006)
川端康雄「『動物農場』ことば・政治・歌」(理想の教室、みすず書房、2005)
合田正人「サルトル『むかつき』ニートという冒険」(理想の教室、みすず書房、2006)
平野嘉彦「ホフマンと乱歩 人形と光学器械のエロス」(理想の教室、みすず書房、2007)
水林章「『カンディード』〈戦争〉を前にした青年」(理想の教室、みすず書房、2005)
巽孝之「『白鯨』アメリカン・スタディーズ」(理想の教室、みすず書房、2005)
石原千秋「『こころ』大人になれなかった先生」(理想の教室、みすず書房、2005)
河合祥一郎「『ロミオとジュリエット』恋におちる演劇術」(理想の教室、みすず書房、2005)
野崎歓「カミュ『よそもの』きみの友だち」(理想の教室、みすず書房、2006)
三原弟平「カフカ『断食芸人』〈わたし〉のこと」(理想の教室、みすず書房、2005)/
合田正人「サルトル『むかつき』ニートという冒険」(理想の教室、みすず書房、2006)
吉永良正「『パンセ』数学的思考」(理想の教室、みすず書房、2005)
亀山郁夫「『悪霊』神になりたかった男」(理想の教室、みすず書房、2005)







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本「罪と罰 〈1〉  Ф. М. Достоевский, Преступление и наказание, 1866 (光文社古典新訳文庫)」ドストエフスキー、亀山郁夫 訳5

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罪と罰〈1〉 (光文社古典新訳文庫)
罪と罰 〈1〉  Ф. М. Достоевский, Преступление и наказание, 1866 (光文社古典新訳文庫)

○著者: フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー亀山郁夫
○出版: 光文社 (2008/10, 文庫 488ページ)
○価格: 860円
○ISBN: 978-4334751685
おすすめ度: 4.0
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あぁ、ラスコーリニコフ、ラスコーリニコフ♪
ぼく、おこりんぼう。イライラすることを、イライラや怒りの感情を抑えてコントロールして冷静さを取り戻すことなど不可能事。衝動に駆られて、あとから冷静さを取り戻してから考えるには、なんで??!、と理解に苦しむようなことをしでかしてしまうことも、最近でもゼロではない、カンゼンにコントロールできる自信などはどうしても持ちえない。
ず〜っとね、ものごころついたときから?!、えもいわれぬ、説明できないイライラと言うのか、違和感、不快感をいだくことがタビタビあって、なにゆえになにを原因として衝動がわき起こるのか、理解が及ばない説明できないままに。
どうしたって抑圧することのできないイライラ・違和感・不快感(いまでもコントロールできる気がしない)を、ぼくはコントロールすべきで(ぼくの内からいだくものであるがゆえに!?)、コントロールできるものだと信じて疑わなかった。そう考えるには、コントロールできないぼくは、イッパンテキに備えているべき能力が欠落している、不適格者!!?、そんなはずはない、そんなのイヤだ、受け容れたくない認知したくない、ゼッタイにイヤだイヤだイヤだぁ〜。と、思ったとしても、その思いさえも認知することを避けるくらいに矛盾に満ちて分裂して(さらには深く考えることを忌避して、それがなんとなく赦されてしまって、ますますチャンと考えることなく、歪みは増大)。

イライラしたとき、怒りをいだいたとき。そう、みずからに説明を求める、徹底的に説明を求める「どうして、なにを原因として、理由として??!」。で、説明ができないときには、イライラすることも怒った状態を続けることも赦さない。ぼくは断固として赦すことをしないよ。だってオカシイじゃない??!。まずは、イライラすることも怒ることも、だれもが皆そうするわけではない。おなじ状況でおなじ対応を受けても、気にしない人、気にならない人がいて。
ひとりだけの殻に閉じこもって、カンゼンに隔絶された空間にひとり、だれとも接触が生じえないような場所にあって、だれにもなんら影響を及ぼす可能性がない状態において、イライラして起こるのならば「勝手にやってればぁ〜(バッカじゃないのぉ〜)」で済むけれど、そんな特殊な状態がないことは想像に難くない。周囲になんらかの影響を与えることなく、イライラしたり怒ったりすることは不可能であろう。だれもがいだくわけではないイライラや怒りを、ひとり勝手に起こしたぼくが、ぼくの勝手を押し通して、ぼくの都合だけで、周囲になんらかの影響を及ぼして、もっと言うならばメイワクをかける不快感をいだかせる行為が、はたして赦されるのであろうか??!、などと考えるには、すでに考えるまでもなく、ノン。
しかし、ぼくは、悲しいかな、イライラや怒りをコントロールすることができない。かりに一時的に表面的に取り繕ったとしても、取り繕うことができたように装うことができたとしたとしても、そこで歪みをかかえて抑圧されたエネルギーは逃げ場を失い、ウツウツと蓄積されて爆発の機会を窺うことにもなりかねない。
すでに、他人から好かれない存在であることは多分に自覚している。嫌われることも仕方がないことだと認知している。可能な限り嫌われたくはないが、嫌われることによって喪失する、被る不利益は、一定レヴェルで受け容れる覚悟はしている。すべてを獲得することは不可能であり、獲得できるものがあって、獲得できないものがあって、当然に喪失してしかるべきものだってあろう。取りこぼしなく獲得を試みる労力を費やすことだけが正しい(善)とは限らない。取りこぼしなく獲得を試みる努力を怠ることは忌避されるべきかもしれないけれども、その努力することを否定することはしないけれども、得手不得手と言うのか、特性と言うのか、やっぱりすべてを獲得することは、どんなに求められたとしてもできないものはできない、しかたがない。
なかなか言いたいことに、結論めいたところに、たどりつくことができないままに、近づく気配をみせることもなく、どこに向かって走っているのかわからなくなるのは、いつものことなんだけれども。
そう、説明義務、と言うのかなぁ、できないことをできないと表明する、ただ「できません」と言ってしまうわけには(子どもじゃないんだから)いかないから、「これこれこういう理由があって、これこれこういう状況を考えるには、ね!!、ムリがあるでしょう?!、できなくても仕方がないと思うでしょう?!」と訴えて説明して、相手の周囲の一定レヴェルまでの同意を得る、または、諦めてもらう!?、「あっ、こいつじゃムリだわ!?、ダメだこりゃ、次行ってみよう!?」って。
ところがそもそも、他者への説明には限界があって、説明をするこちら側の説明能力と、説明を受ける相手方の理解能力の、双方がともに一定レヴェル以上を備えていないことには、関係が成立しえない。理解する能力にも個人差はあるし、説明する能力にはもっともっと歴然とした差異があろう。また、相手の理解能力のレヴェル以上の理解を求めることは、往々にして相手のプライドを傷つけることにもなりかねない。わからない場合にも「わからない」とは、なかなか言えるものではない。互いに相手に失礼にあたるんじゃないか?!などと気兼ねしてみたりして。難しい、カンタンなものではない。説明をするうえでは、相手の理解能力のレヴェルを判別して、そのレヴェルに適合した説明を求められよう。ますます、理解を得られる可能性に、より不可能性がつよまることを考えるには、ときに、諦め!?、みたいな方策も選択されるべきものなのかもしれない。
で、(唐突な印象を否定できないが、みずからの説明能力の不足を明確に自覚しつつ)、理解が得られようと、または、理解が得られないとしても、説明の義務が消失することはなく、説明を怠ることは(ぼく以外の他人にそれを求めるか否かはともかくとしても)赦されるものではなく、なによりも、その努力義務(説明責任)は一所懸命に果たしたい!、と言うのがぼくの考え方、かなぁ、いまのところ。

ときに、イライラしながら怒りながら冷静さを著しく失して、一方で、ぼくはなににたいして、どんな状況にたいしてイライラしているんだろうか?、怒りを感じているんだろうか?、と考えるには、なかなかカンタンには冷静に考えられるものではないし、ついつい「そんなこと考えられるか!、オレさまはいままさに怒っちゃっているんだぞ!」と、激昂、興奮、思考停止状態、聞く耳を持たないシャットアウト状態に陥って。ふとした瞬間に、裂け目から這入りこむ、隙間。いや、冷静さを取り戻せる自信など、確信などはどうしたってもちえない、ムリだよ。


≪目次: ≫
ドストエフスキー『罪と罰 エピローグ付きの六部からなる長編小説
第1部
第2部

読書ガイド 亀山郁夫
1 作品誕生の経緯/2 「ゲラシム・チストフ事件」――モデルとなった事件1/3 執筆の動機/4 「高利貸し商ベック氏殺害事件」――モデルとなった事件2/5 黙示録の都市ペテルブルグ/6 場所の名前/7 人名と愛称に関わる問題/8 ロシアのお金/9 ロシアの大学と学生運動/10 現実の学生生活/11 マルメラードフの聖書/12 ラスコーリニコフの聞きちがい/13 「水晶宮」での出来事


≪著者: ≫ フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー Фёдор Михайлович Достоевский [1821-1881] ロシア帝政末期の作家。60年の生涯のうちに、以下のような巨大な作品群を残した。『貧しき人々』『死の家の記録』『虐げられた人々』『地下室の手記』『罪と罰』『賭博者』『白痴』『悪霊』『永遠の夫』『未成年』そして『カラマーゾフの兄弟』。キリストを理想としながら、神か革命かの根元的な問いに引き裂かれ、ついに生命そのものへの信仰に至る。日本を含む世界の文学に、空前絶後の影響を与えた。

[訳者] 亀山郁夫 Kameyama Ikuo 1949年生まれ。東京外国語大学長。ドストエフスキー関連の研究のほか、ソ連・スターリン体制下の政治と芸術の関係をめぐる多くの著作がある。著書に『磔のロシア』『熱狂とユーフォリア』『ドストエフスキー父殺しの文学』『「悪霊」神になりたかった男』『大審問官スターリン』『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー)ほか多数。

亀山郁夫「ドストエフスキー 共苦する力」(東京外国語大学出版会、2009)
亀山郁夫「ロシア・アヴァンギャルド」(岩波新書、1996)
ドストエフスキー「白夜 Белые ночи, 1848』(小沼文彦訳、角川文庫クラシックス、1958)
ドストエフスキー「地下室の手記 Записки из подполья, 1864』(安岡治子訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 5 エピローグ別巻 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第4部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第3部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第2部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第1部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
亀山郁夫「大審問官スターリン Иосиф Виссарионович Сталин」(小学館、2006)
亀山郁夫「ドストエフスキー 父殺しの文学 〈下〉」(NHKブックス、2004)
亀山郁夫「ドストエフスキー 父殺しの文学 〈上〉」(NHKブックス、2004)
亀山郁夫「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」(光文社新書、2007)
亀山郁夫「『悪霊』神になりたかった男」(理想の教室、みすず書房、2005)
亀山郁夫「ドストエフスキー 謎とちから」(文春新書、2007)
亀山郁夫+佐藤優「ロシア 闇と魂の国家」(文春新書、2008)







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本「予想どおりに不合理 行動経済学者が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」  Dan Ariely, PREDICTABLY IRRATIONAL: The Hidden Forces That Shape Our Decisions, 2008」ダン・アリエリー、熊谷淳子 訳5

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予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」
予想どおりに不合理 行動経済学者が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」  Dan Ariely, PREDICTABLY IRRATIONAL: The Hidden Forces That Shape Our Decisions, 2008

  • ISBN: 978-4152089793

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    書評/経済・金融



    たとえば仕事で、いや、仕事に限られずに、ぼくが意見したことの反対の行動ばかりが採用されて。気のせいであろう、もっと言うならば、被害妄想。そもそもぼくの意見は、ほぼ少数派に属するものであり(批判的)、往々にして一般的ではないヒジョウシキなもの、なのであろうか。しかし、保守的で、考えすぎで、否定的で(むしろツマラナイほどにジョウシキ的かも!?)。かりにベンチャー企業?!であるとするならば、いわゆる成功といわれるものは、数限りないチャレンジの、ほとんど無駄なんじゃないかと思われるような多くのシッパイの上に、ほんのひとにぎり、偶然性に近いもの、とも。考えすぎて否定的で保守的で、可能性に賭けた行動を押し止めてしまうようでは、必要とされないどころではない、明白に不要。ホントに不要であるとするならば、排除されてしかるべき(ときどき、どころではない頻度で除外されていることを実感してもいる)。それでも、現状においてカンゼンに排除されていないところからするには、一定レヴェルでは、反面教師?!として、安全弁?!として、逆の意味での起爆剤?!として、有用性のようなものが否定されていないのであろうと考えられなくもない。


    ≪目次: ≫
    はじめに   一度のけががいかにわたしを不合理へと導き、ここで紹介する研究へといざなったか
    1章 相対性の真相   なぜあらゆるものは――そうであってはならないものまで――相対的なのか
    《エコノミスト》の三択/おとり選択肢/「相対性」で選択する/おとり効果の実験/給料と相対性/七ドルの相対的な価値
    2章 需要と供給の誤謬   なぜ真珠の値段は――そしてあらゆるものの値段は――定まっていないのか
    黒真珠を高級にした男/価格を「刷りこむ」/恣意の一貫性/アンカリングを実験する/自分自身に群れつどう/スターバックスの成功/マイナスをプラスに変える/最初の決断は一度かぎりのものではない/需要と供給の力/需要におけるアンカリング効果/自由市場とアンカリング
    3章 ゼロコストのコスト   なぜ何も払わないのに払いすぎになるのか
    無料!の力/ゼロの歴史/「無料!」の力をチョコレートで示す/無料!のほんとうの魅力/交換が無料だとしたら?/無料!が起こす不合理さ/無料!の経済効果/無料!の力を生かす
    4章 社会規範のコスト   なぜ楽しみでやっていたことが、報酬をもらったとたん楽しくなくなるのか
    感謝祭のできごと/ふたつの規範がつくる世界/お金が絡まない方が熱心?/お金vsプレゼント/プレゼントの値段を口にしただけで/デート相手には値段を告げるな/社会規範から逸脱してしまったあと/ふたつの世界に住むわたしたち/ふた股はかけられない/社会規範が高める忠誠心/従業員にわたすのは、プレゼントvs特別賞与/お金じゃ愛は買えない/お金のない社会
    5章 性的興奮の影響   なぜ情熱は私たちが思っている以上に熱いのか
    性的刺激が意思決定にどんな影響を与えるか/さめているとき、興奮しているとき/情熱はわたしたちを変える/だれもがジキルとハイド/興奮から身を守るには/安全なセックス/安全運転/人生のよりよい決断
    6章 先延ばしの問題と自制心   なぜ自分のしたいことを自分にさせることができないのか
    先延ばしとの戦い/レポートの締め切り/先延ばしの問題を自覚すれば克服もできる/決意表明で、なりたい自分になる/医療/貯蓄
    7章 高価な所有意識   なぜ自分の持っているものを過大評価するのか
    デューク大学のバスケットボール・ファンたち/保有効果/三つの不合理な奇癖/奇妙な所有意識のいろいろ/所有意識から逃れるには
    8章 扉をあけておく   なぜ選択の自由のせいで本来の目的からそれてしまうのか
    選択の自由の難しさ/扉ゲーム実験/「消える扉」の実験/価値のない扉にまどわされる/価値のある扉を忘れる/扉ゲームの教訓/ふたつの選択肢
    9章 予測の効果   なぜ心は予測したとおりのものを手に入れるのか
    同じできごとの解釈がなぜ異なるか/予測とビールの味/雰囲気が高級なら味も高級に感じる/知識が先かあとかで経験が変わる/予測の効果/ステレオタイプの影響/予測の効果にどう対処するか
    10章 価格の力   なぜ一セントのアスピリンにできないことが五〇セントのアスピリンならできるのか
    プラセボ手術/プラセボの暗示の力/信念と条件づけ/高価な薬と安価な薬/価格とプラセボ効果/値段の高い栄養ドリンクは効く?/プラセボの有益性/プラセボ実験の倫理問題
    11章 私たちの品性について その1   なぜわたしたちは不正直なのか、そして、それについてなにができるか
    「正直な人」の不正/ごまかしを誘う実験/なぜ正直になるのか/不正直は外からコントロールできるか/十戒で正直の概念を呼びおこす/専門職の義務/宣誓効果の実験/不正直になりやすさを自覚する
    12章 私たちの品性について その2   なぜ現金を扱うときのほうが正直になるのか
    缶コーラの消滅実験/代用貨幣を使った不正の実験/ちょっとした不正行為の例/電子商取引の不正行為/ごまかしにおける不吉な考え/ビジネス界の不正/お金という奇妙なもの
    13章 ビールと無料のランチ   行動経済学とは何か、そして、無料のランチはどこにあるのか
    ビールの注文時の疑問/ビールの注文実験/独自性欲求/伝統的な経済学と合理的な決断/無料のランチと行動経済学/わたしたちを動かす力

    謝辞
    共同研究者
    訳者あとがき
    参考文献
    原注


    ≪著者: ≫ ダン・アリエリー Dan Ariely 行動経済学研究の第一人者。デューク大学教授、MITのメディアラボの客員教授。テルアビブ大学で心理学を学んだ後、ノースカロライナ大学チャペルヒル校で認知心理学の修士号と博士号、デューク大学で経営学の博士号を取得。その後、MITのスローン経営大学院とメディアラボの教授を兼務した。この間、カリフォルニア大学バークレー校、プリンストン高等研究所などにも籍を置いている。人間がどのように決断をするのか、特になぜ不合理な決断をおこなうのかについて、メジャーな論文誌だけでなく、ニューヨーク・タイムズ、ウォールストリート・ジャーナル、ワシントン・ポストなどでも研究が紹介されている。その研究のユニークさは、2008年度にイグ・ノーベル賞を受賞したことでも証明されている。

    [訳者] 熊谷淳子 (くまがい・じゅんこ) 翻訳家。大阪教育大学卒、コロラド大学修士課程修了。訳書にミズン『歌うネアンデルタール――音楽と言語から見る人の進化』、ギルバート『幸せはいつもちょっと先にある――期待と妄想の心理学』、ロイド&ミッチンソン『常識破壊トレーニング――やわらか頭をめざす100のレッスン』(以上早川書房刊)など多数。







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    本「動物農場――おとぎばなし  George Orwell, ANIMAL FARM: A Fairy Story, 1945 (岩波文庫 赤262-4)」ジョージ・オーウェル、川端康雄 訳5

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    動物農場―おとぎばなし (岩波文庫)
    動物農場――おとぎばなし  George Orwell, ANIMAL FARM: A Fairy Story, 1945 (岩波文庫 赤262-4)

    ○著者: ジョージ・オーウェル、川端康雄 訳
    ○出版: 岩波書店 (2009/7, 文庫 254ページ)
    ○価格: 588円
    ○ISBN: 978-4003226247
    おすすめ度: 5.0
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    おとぎばなし♪
    批判をすることにも躊躇してみたりする。もっとも、根柢にあるのは批判の精神であることを自覚していて、その衝動(原動力!!?)を失いたくない気持ちを秘めたままに、批判的精神であり言動を表出させることの利点と不利益とを勘案して。
    計算しているオトナがキライだ!、計算しない(できない!?)若者の、若さゆえの。
    40歳を目前にしたぼくは若いのか若くないのか。若いとは言えないけれど、若くないというほどに経験も知識も蓄積できている気がしない。過去を振り返るには、より年若い者を見るには、あぁ、ぼくにそんな時期があった、そこを経て、乗り越えて、またはまわり道をして(忌避して逃避して)、いまのぼくがある。そう言ってしまうところの、いまのぼくとは、果たしてなに者であり、如何ほどの者であろうか、どう考えても大した者ではなく、大した者であろうはずもなく、大した者ではありえない。


    ≪目次: ≫
    動物農場――おとぎばなし  Animal Farm: A Fairy Story, 1945』

    付録1 出版の自由
    付録2 ウクライナ版のための序文

    解説――ディストピアのおとぎばなし (二〇〇九年六月二十四日(ミッドサマー・ディ) 川端康雄)   『動物農場』の出版/「ソヴィエト神話の正体をあばく」/ディストピアのおとぎばなし/ディストピアのことばづかい


    ≪著者: ≫ ジョージ・オーウェル (George Orwell, 1903-1950)。本名:エリック・アーサー・ブレア(Eric Arthur Blair)。

    [訳者] 川端康雄 (かわばた・やすお) 1955年生まれ。日本女子大学文学部英文学科教授

    川端康雄「『動物農場』ことば・政治・歌」(理想の教室、みすず書房、2005)







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    本「エクソフォニー 母語の外へ出る旅」多和田葉子5

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    エクソフォニー-母語の外へ出る旅-
    エクソフォニー 母語の外へ出る旅

    ○著者: 多和田葉子
    ○出版: 岩波書店 (2003/8, 単行本 188ページ)
    ○価格: 2,100円
    ○ISBN: 978-4000222662
    おすすめ度: 4.5
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    いまのところぼくは、日本語の能力を高めることに注力している。外国語に興味がないわけではない。むしろ、翻訳著書を原著で読みたい欲求は小さいものではない。それでも、目的をより深く多角的な理解を求めることとしたときに、あくまでもぼくが選択する方法として。年若いころより「ことば」に興味をいだいて取り組んでいたら、その選択は異なったものとなるであろう。
    旅にたいする興味を失して久しい。経済的な問題が小さくないことを理由として掲げたとしても、それ以上に、本を読みすすめて知れば知るほど文化や歴史にたいする無知におもいいたり、現状のわからない状態のままに、時間と労力を費やして足を運び入れることに意義を見出せない。卵が先か鶏が先か、ではないけれど、難しく考えすぎずに直接目で見て肌で空気を感じることで得られるモノだって看過できないことに一定の理解を示しつつ。
    まぁ、無理をする必要はなかろう。


    ≪目次: ≫
    初めに
    第一部 母語の外へ出る旅
    1 ダカール エクソフォニーは常識/2 ベルリン 植民地の呪縛/3 ロサンジェルス 言語のあいだの詩的な峡谷/4 パリ 一つの言語は一つの言語ではない/5 ケープタウン 夢は何語で見る?/6 奥会津 言語移民の特権について/7 バーゼル 国境の越え方/8 ソウル 押し付けられたエクソフォニー/9 ウィーン 移民の言語を排斥する/10 ハンブルク 声をもとめて/11 ゲインズヴィル 世界文学、再考/12 ワイマール 小さな言語、大きな言語/13 ソフィア 言葉そのものの宿る場所/14 北京 移り住む文字たち/15 フライブルク 音楽と言葉/16 ボストン 英語は他の言語を変えたか/17 チュービンゲン 未知の言語からの翻訳/18 バルセロナ 舞台動物たち/19 モスクワ 売れなくても構わない/20 マルセイユ 言葉が解体する地平
    第二部 実践編 ドイツ語の冒険
    1 空間の世話をする人/2 ただのちっぽけな言葉/3 嘘つきの言葉/4 単語の中に隠された手足や内臓の話/5 月の誤訳/6 引く話/7 言葉を綴る/8 からだからだ/9 衣装/10 感じる意味

    著作リスト


    ≪著者: ≫ 多和田葉子 (たわだ ようこ) 1960年、東京生まれ。高校時代、第二外国語として、ドイツ語を習い始める。早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業。ハンブルク大学修士課程、チューリッヒ大学博士課程修了。文学博士(専門はドイツ文学)。1982年よりハンブルク在住。1991年「かかとを失くして」で第34回群像新人文学賞を受賞、1993年「犬婿入り」で第108回芥川賞を受賞。1994年にはハンブルク市からレッシング奨励賞を、また1996年にはドイツ語での文学活動に対してバイエルン州芸術アカデミーからシャミッソー文学賞を授与される。2000年『ヒナギクのお茶の場合』で泉鏡花賞、2002年『球形時間』でBunkamuraドゥマゴ文学賞、2003年『容疑者の夜行列車』で伊藤整文学賞を受賞するなど、日本語の作家として、またドイツ語の作家として旺盛な創作活動を展開している。

    多和田葉子「旅をする裸の眼」(講談社文庫、2008)







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    本「精神について ハイデッガーと問い  Jacques Derrida, DE L'ESPRIT: Heidegger et la question, 1987 (平凡社ライブラリー674)」ジャック・デリダ、港道隆 訳5

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    精神について―ハイデッガーと問い (平凡社ライブラリー)
    精神について ハイデッガーと問い  Jacques Derrida, DE L'ESPRIT: Heidegger et la question, 1987 (平凡社ライブラリー674)

    ○著者: ジャック・デリダ、港道隆 訳
    ○出版: 平凡社 (2009/7, 単行本 331ページ)
    ○価格: 1,575円
    ○ISBN: 978-4582766745
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    「ひきこもり」って、けっしてほめられたことではないけれど、ワルくないと思う、自己弁護の側面を多分に含めて。
    ひきこもっていられている時点で、すでに環境が一定のレヴェルでは恵まれていることを意味していよう。かりに日々を生きることに精一杯であるならば、ひきこもってなどいられないのであり、生きるための活動に励まなければならない。
    たとえばぼくは、会社に勤務していながら「ひきこもり」を自覚して、ときどきは口外しちゃってもいる。毎日のように通勤しているのだが、通勤時間はもっぱらイヤフォンを装着して外界との接触を閉ざして(音楽を聴いていないことの方が多いかも)、ひたすらに読書に耽る。会社の事務所内でも必要がなければだれとも話をしない。というか、ぼくから積極的に働きかけることがない。必要に求められて、必要に応じて。それでも、ぼくの雇用が維持されているのだから、アリガタイ、恵まれていると実感している。もっとも、みずからの雇用を維持させるべく、可能な限りの努力を怠ることがないことを急いで付け加える必要があろう。けっして遅刻することなく(朝の通勤時間帯の電車の運行状況を考慮するには定時よりもかなり早目に出勤することを余儀なくされる)、与えられた仕事を大きなミスなく対応し(ミスを犯さないことは不可能である)、存在感を消す?!(ブラックリストに掲載されて標的とされないように!?)。アタリマエのことをアタリマエのように応対していれば(これがカンタンではないのだが)、雇用契約を解除されるリスクを回避できよう。しかし、それでも解雇の憂き目にあうことは避けられないかもしれないが、その時には仕方がない、それ相応の、雇用側の事情だってあるのであろうことを考慮するには、すでにリストに掲載されてしまって実行されてしまった時点においては修正不可能なことがらでもあり、オマエハスデニシンデイル!!?


    マルティン・ハイデッガー (Martin Heidegger, 1889-1976)


    ≪目次: ≫
    精神について――ハイデッガーと問い  De l'esprit: Heidegger et la question』
    ※これは、国際哲学研究院がパリで開催したコローク「ハイデッガー――開かれた問いの数々」の折、1987年3月14日に読み上げた講演である。当然のことながら、注は後から加えたものである。
    付録 自伝的な「言葉」 ―― pourquoi pas(why not)Sartre』
    ※本インタビューは1987年3月23日に行われた。初出は『現代思想』1987年7月号である。

    平凡社ライブラリー版あとがき (二〇〇九年四月二十八日 港道 隆)

    ※本書は一九九〇年五月、人文書院より刊行された。


    ≪著者: ≫ ジャック・デリダ (Jacques Derrida, 1930-2004) フランスの哲学者、思想家。長く社会科学高等研究院教授を務めた。著書に『グラマトロジーについて』(1967)、『エリクチュールと差異』(1967)、『声と現象』(1967)、『弔鐘』(1974)、『絵画における真理』(1978)、『郵便葉書』(1980)、『シボレート』(1986)、『名を救う』(1993)、『友愛のポリティクス』(1994)、『死を与える』(1999)など。

    [訳者] 港道 隆 (みなとみち・たかし) 1953年北海道に生まれる。1981年東京外国語大学大学院修士課程修了。1987年パリ第一大学博士課程修了。甲南大学教授

    ジャック・デリダ/ジル・ドゥルーズ/ジャン=フランソワ・リオタール/ピエール・クロソウスキー「ニーチェは、今日?  NIETZSCHE AUJOURD’HUI?」(林好雄/本間邦雄/森本和夫訳、ちくま学芸文庫、2002)
    ジャック・デリダ「死を与える  Donner la mort, 1999」(廣瀬浩司/林好雄訳、ちくま学芸文庫、2004)
    ジャック・デリダ「声と現象 フッサールの現象学における記号の問題入門  La voix et le phénomène――Introduction au problème du signe dans la phénoménologie de Husserl」(林好雄訳、ちくま学芸文庫、2005)
    林好雄/広瀬浩司「知の教科書 デリダ」(講談社選書メチエ、2003)
    ジャック・デリダ「デリダ,脱構築を語る シドニー・セミナーの記録  Deconstruction Engaged, The Sydney Seminars」(ポール・パットン/テリー・スミス編、谷徹/亀井大輔訳、岩波書店、2005)
    ステュアート・シム「デリダと歴史の終わり  POSTMODERN ENCOUNTERS DERRIDA AND THE END OF HISTORY」(小泉朝子訳、富山太佳夫監修、ポストモダン・ブックス、岩波書店、2006)
    ジャック・デリダ「言葉にのって 哲学的スナップショット  SUR PAROLE――Instantanés philosophiques, 1999」(林好雄/森本和夫/本間邦雄訳、ちくま学芸文庫、2001)
    ジャック・デリダ「雄羊 途切れない対話:二つの無限のあいだの、詩(ポエム)  Béliers――Le dialogue ininterrompu: entre deux infinis, le poème, 2003」(林好雄訳、ちくま学芸文庫、2006)
    高橋哲哉「デリダ――脱構築」(現代思想の冒険者たちSelect、講談社、2003)
    ジャック・デリダ「パピエ・マシン 〈下〉 パピエ・ジャーナル  PAPIER MACHINE, 2001」(中山元訳、ちくま学芸文庫、2005)
    ジャック・デリダ「パピエ・マシン 〈上〉 物質と記憶  PAPIER MACHINE, 2001」(中山元訳、ちくま学芸文庫、2005)
    ジャック・デリダ「生きることを学ぶ、終に  Apprendre à vivre enfin−Entretien avec Jean Birnbaum, 2005」(鵜飼哲訳、みすず書房、2005)
    木田元「ハイデガー『存在と時間』の構築」(岩波現代文庫、2000)







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    本「マクルーハンの光景 メディア論がみえる (理想の教室)」宮澤淳一5

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    マクルーハンの光景 メディア論がみえる [理想の教室]
    マクルーハンマクルーハンの光景 メディア論がみえる (理想の教室)

    ○著者: 宮澤淳一
    ○出版: みすず書房 (2008/2, 単行本 165ページ)
    ○価格: 1,680円
    ○ISBN: 978-4622083283
    おすすめ度: 4.5
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    興味や関心がないコトは、とくに積極的に拒絶するまでもなく、むしろ目に留まることもない(視界に入ったとしても注視することをしない)。

    ぼくは変わらない。
    さまざまな本を読みすすめるには、ぼくの考えの正当性が揺るぎなきものであることを確信する!、ことはまったくなく、むしろ凹む落ち込む、ふさぎこんでひきこもる。元気があるように装うことも演じることも、無意味に感じられて。知らない人、長くない一時的な関係のみであろうと想定される人には、その関係が限られた短い時間であるならば、わざわざ説明することをメンドウに思うことから、ときどきはちょっとガンバってみたりもする。相手にたいして不快感をいだかせる可能性を含んだぼくが善い(快い)と考える行動を貫徹するうえでは、その相手に説明義務を果たす必要があろう、同意を得られるか否かを別としても。説明義務を果たすことができないのであれば、ぼくは自己都合を押し通すことをしてはならない、許されない、ぼく自身が許さない、許したくない。ところが、カンタンなことではない、ほぼ不可能、ちゃんと説明するには、まずはぼくの能力に不足がある。なにより、相手はぼくの言説を聞きたくないだろう。少なくとも、ぼくは他人の話を聞くのが苦手。


    マーシャル・マクルーハン(Herbert Marshall McLuhan, 1911-1980)


    ≪目次: ≫
    じはじめに
    テキスト――マクルーハン「外心の呵責」(宮澤淳一訳)
    第1講 マクルーハン精読
    テキストの読み解き方/テクノロジーと拡張/中枢神経系の拡張/題名の意味/ナルキッソスと麻痺/催眠術と歯科医療/同一化とバックミラー/電子テクノロジーの地球規模の拡張/感覚比率/ニュルンベルク裁判/印刷文化の思考様式/アルファベットと直線性/電子メディアと聴覚空間/再部族化と地球村/テレビは視覚ではなく――/錯綜するパラグラフ/再部族化と職業の終焉/情報化社会/判断保留と芸術家
    第2講 メッセージとメディア
    マクルーハンの半生/博士論文の位置/『機械の花嫁』(1951年)/花嫁はどこから来たのか/新聞・マラルメ・キュビスム/『探求』誌創刊(1953年)/『グーテンベルクの銀河系』(1962年)/『メディア論』(1964年)/ホットとクール/二分法の本質/「メディアはメッセージである」と訳してよいか/「〜は」ではなく「〜こそが」である/「メッセージ」と「内容」は違う/メッセージからマッサージヘ
    第3講 ジョン・レノン地球村
    「ベッド・イン」キャンペーン/ジョン・レノン対マクルーハン/地球村とは/本当に「理想郷」ではないのか/グレン・グールドの受けとめた「地球村」/マリー・シェーファーの「サウンドスケープ」/ジョン・ケージの傾倒/同時多発性とハプニング/地球村と宇宙船地球号/一人歩きの本質/反環境としてのカナダ/環境が芸術になるとき/反環境を生み出す芸術家/フルクサスと日本の美術界/ナム・ジュン・パイク
    読書案内


    ≪著者: ≫ 宮澤淳一 (みやざわ・じゅんいち) 1963年群馬県生まれ。青山学院大学総合文化政策学部准教授。博士(学術)。専門は音楽学・メディア論・文学文化研究。文学・芸術=メディア=テクノロジーの諸問題、カナダ研究、文献表記法に関心あり。音楽批評も手がける。著書に『グレン・グールド論』(吉田秀和賞、春秋社)、『チャイコフスキー』(東洋書店)。訳書に『グレン・グールド書簡集』『グレン・グールド発言集』(以上、みすず書房)、『マクルーハン』(ちくま学芸文庫)、『戦争』(彩流社)、『リヒテルは語る』(音楽之友社)、『音楽の文章術』(共訳、春秋社)ほか。

    名和小太郎「エジソン 理系の想像力」(理想の教室、みすず書房、2006)
    小沼純一「バッハ『ゴルトベルク変奏曲』世界・音楽・メディア」(理想の教室、みすず書房、2006)
    ジョルジョ・アミトラーノ「『山の音』こわれゆく家族」(理想の教室、みすず書房、2007)
    西 成彦「世界文学のなかの『舞姫』」(理想の教室、みすず書房、2009)
    佐々木幹郎「中原中也 悲しみからはじまる」(理想の教室、みすず書房、2005)
    小倉孝誠「『感情教育』歴史・パリ・恋愛」(理想の教室、みすず書房、2005))
    大村敦志「「民法0・1・2・3条」 〈私〉が生きるルール」(理想の教室、みすず書房、2007)
    樋口陽一「「日本国憲法」まっとうに議論するために」(理想の教室、みすず書房、2006)
    佐藤良明「ビートルズとは何だったのか」(理想の教室、みすず書房、2006)
    荻野アンナ「ラブレーで元気になる」(理想の教室、みすず書房、2005)
    岡田温司「『ヴィーナスの誕生』視覚文化への招待」(理想の教室、みすず書房、2006)
    川端康雄「『動物農場』ことば・政治・歌」(理想の教室、みすず書房、2005)
    合田正人「サルトル『むかつき』ニートという冒険」(理想の教室、みすず書房、2006)
    平野嘉彦「ホフマンと乱歩 人形と光学器械のエロス」(理想の教室、みすず書房、2007)
    水林章「『カンディード』〈戦争〉を前にした青年」(理想の教室、みすず書房、2005)
    巽孝之「『白鯨』アメリカン・スタディーズ」(理想の教室、みすず書房、2005)
    石原千秋「『こころ』大人になれなかった先生」(理想の教室、みすず書房、2005)
    河合祥一郎「『ロミオとジュリエット』恋におちる演劇術」(理想の教室、みすず書房、2005)
    野崎歓「カミュ『よそもの』きみの友だち」(理想の教室、みすず書房、2006)
    三原弟平「カフカ『断食芸人』〈わたし〉のこと」(理想の教室、みすず書房、2005)/
    合田正人「サルトル『むかつき』ニートという冒険」(理想の教室、みすず書房、2006)
    吉永良正「『パンセ』数学的思考」(理想の教室、みすず書房、2005)
    亀山郁夫「『悪霊』神になりたかった男」(理想の教室、みすず書房、2005)







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    本「省察 René Descartes, MEDITATIONES DE PRIMA PHILOSOPHIA, 1641 (ちくま学芸文庫)」ルネ・デカルト、山田弘明 訳5

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    省察 (ちくま学芸文庫)
    省察 René Descartes, MEDITATIONES DE PRIMA PHILOSOPHIA, 1641 (ちくま学芸文庫)

    ○著者: ルネ・デカルト、山田弘明 訳
    ○出版: 筑摩書房 (2006/3, 文庫 306ページ)
    ○価格: 1,050円
    ○ISBN: 978-4480089656
    おすすめ度: 5.0
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    「生きる意義」などと言ったら大袈裟かもしれないけれど、ぶっちゃけ、そんなに難しいことが説かれているわけではない(ような気がする)。だからと言ってカンタンなものではない。わかった気がしない。わからないから、わかりたいから、あらためて時を経てから読みなおしたい、もう一度などとは言わず、二度三度四度五度六度と回数を重ねて精読して、より深いレヴェルまで。せめて、もうすこし深く理解できるまでは死ねない、死にたくない、死にきれない。そう、「生きる意義」と言っていいのか、ぼくはたびたび「なんで生きちゃっているんだろう」と考えないことがない。「なんの意味があって、なにを求められて、いかなる有用性があって、ぼくがこの世に生きて在るんだろう?」と。その前提には、ぼくの無用性(低能力)であり、ぼくの存在が無い方が世の中は上手くいくんじゃないか?!、といったような、みずからの存在を否定して、ぼくの存在自体を消失させてしまいたいような衝動に駆られることがないわけではない。しかし、みずから生命を断つほどには勇気がない。もっとも、生きたいと欲していることに相違はなく、その生きたいという意思がなければ、すでにぼくの存在はこの世にないのかもしれない。「いま・ここ」にぼくが生きて在ることは、ぼく自身の意思によるものが大きいのであろうけれども、ぼくの意思以外のさまざまな要因や要素を、みずからの意思にあらざる「神」的な出来事に起因するものを、カンタンに否定することをしたくない。神の存在は、科学的に証明できるものではなかろうが、いわゆる科学とて万能なものではなく、いっさいの疑いがないものではない。疑いえない明晰なものとしての「三角形の三つの角は二直角に等しい」♪


    ≪目次: ≫
    訳者はしがき
    ソルボンヌ宛書簡
    読者への序言
    以下の六つの省察の概要
    第一哲学についての省察 そこでは 神の存在と、精神と身体の区別が証明される
    第一省察 「疑いをさしはさみうるものについて」
    第二省察 「人間精神の本性について 精神は身体よりもよりよく知られること」
    第三省察 「神について、神は存在すること」
    第四省察 「真と偽について」
    第五省察 「物質的事物の本質について、そして再び神について、神が存在すること」
    第六省察 「物質的事物の存在について、そして精神と神体との実在的区別について」
    幾何学的仕方で配列された、神の存在と精神と身体との区別を論証する諸根拠 定義/要請/公理あるいは共通概念
    定理機/世梁減澆蓮△燭世修遼楡の考察だけから認識される。/定理供/世梁減澆蓮△修隆冉阿われわれのうちにあることだけからア・ポステリオリに証明される。/定理掘/世梁減澆蓮△修隆冉阿鬚發辰討い襪錣譴錣貅身が存在することからも、また証明される。/系 神は、天と地およびそのうちにあるすべてを創造した。さらに神は、われわれが明晰に認識しているすべてのことを、われわれが認識している通りに作り出すことができる。/定理后\鎖世反搬里箸麓尊濺に区別される。
    註解

    解説   一、何が書かれているか/二、解題/三、どう読むか/四、参考文献
    あとがき (二〇〇六年一月二〇日 訳者)
    ラテン語索引
    邦語索引


    ≪著者: ≫ ルネ・デカルト (René Descartes) 1596-1650年。フランス、トゥレーヌ州の法服貴族の家に生まれる。イエズス会系のラフレーシ学院でスコラ哲学や数学を、ポアティエ大学で法学と医学を学ぶ。欧州を転々としながら、科学者たちの知己を得、数学や光学の研究に携わる。1628年以降、オランダに移住。『方法序説』『哲学原理』などの著作を遺し、近代哲学の基礎を築いた。招聘先のストックホルムにて死去。

    [訳者] 山田弘明 (やまだ・ひろあき) 1945年生まれ。京都大学文学部哲学科卒業、同大学院博士課程修了。西洋近世哲学専攻。名古屋大学大学院文学研究科哲学講座教授(を経て、名古屋文理大学教授)。

    デカルト『哲学原理  PRINCIPIA PHILOSOPHIAE, 1644』(山田弘明/吉田健太郎/久保田進一/岩佐宣明 [訳・注解]、ちくま学芸文庫、2009)
    小泉義之『デカルトの哲学』(人文書院、2009/7)
    小泉義之『デカルト=哲学のすすめ』(講談社現代新書、1996)
    小泉義之『兵士デカルト 戦いから祈りへ』(勁草書房、1995)
    谷川多佳子『デカルト『方法序説』を読む』(岩波セミナーブックス、2002)
    デカルト『情念論  LES PASSIONS DE L'AME, 1649』(谷川多佳子訳、岩波文庫、2008)
    デカルト『方法序説  Discours de la méthode, 1637』(谷川多佳子訳、ワイド版岩波文庫、2001)







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    本「エジソン 理系の想像力 (理想の教室)」名和小太郎5

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    エジソン理系の想像力 (理想の教室)

    エジソン 理系の想像力 (理想の教室)

    ○著者: 名和小太郎
    ○出版: みすず書房 (2006/9, 単行本 186ページ)
    ○価格: 1,575円
    ○ISBN: 978-4622083238
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    いまの便利な生活を否定する気もなければ、手放すことなど考えることだってできない。
    今年の夏は「汗臭いことを気にしない」ことに決めた。可能な限りエアコンを使わない。しかし、無理は禁物。あくまでもエアコンがあることを、いつでも使用することを前提としたうえでのこと。
    買い物にはマイバッグを持参して、レジ袋をもらわないようにこころがけてはいるものの、マイバッグの持参を忘れてしまったり、ボンヤリしていて言いそびれてしまったり、もっとも意図的にゴミ袋として活用したいがために、後ろめたさのようなものを感じながらも平気な顔をしてレジ袋をもらっていたりもしている。
    「携帯電話がキライだ!」と言いながら、ときに数時間ものあいだ着信に気づかずカバンの中に放置したままにして周囲に迷惑をかけてみたりしても、携帯電話を手放すことをしないで携行している。会社に電話はあるのだから、携帯電話がなければないでなんとかなるんだろうけれど。そう、20年前はポケベルだったなぁ。会社からの呼び出しに、公衆電話を探しまわって。数字の情報を組み合わせて、秘密の暗号、メッセージを取り決めて♡。最近つくづく思うのが「果たして慌てて対応する必要があるのか?」、そりゃぁ、とっとと用事を片づけてしまいたい気持ちもわからないでもないけれど、だからと言って、あなたの都合でしょ??!、なんであなただけの都合に、周囲が、ぼくが合わせる必要があるのかなぁ?、などと言ったら角が立つから、直接口外することはしないけれど。


    トーマス・エジソン(Thomas Alva Edison, 1847-1931)


    ≪目次: ≫
    オリエンテーション
    第1回 エジソンとシステム
    『メンローパークの回想』/ジュールの法則/白熱灯以前/直列から並列へ/電流の細分化/周期律をたどる/高抵抗のフィラメント/つづくエポノミー/交流ではなく直流/エジソン・システム/システムの戦い/最初の設問/講義のあとの雑談
    第2回 エジソンと技術標準
    『エジソン氏追想』/技術は普遍的/フォノグラフ/アーキテクチャーの選択/デジタルからアナログへ/市場開発の競争/米国式の生産原理/アーキテクチャーの競争/洞察、あるいは思い込み/二回目の設問/講義のあとの雑談
    第3回 エジソンと特許
    キネトグラフ用カメラの特許/アイデアの排他性/残像の見せ方/ビジネス・モデルの争い/特許の取り合い/特許のプール/反トラスト法 対 特許法/最後の設問
    質疑に答えて
    エジソン関連年表
    読書案内


    ≪著者: ≫ 名和小太郎 (なわ・こたろう) 1931年生まれ。工学博士。石油資源開発(地震探査法の開発)、旭化成(ロケット・エンジンの開発等)、旭リサーチセンター(技術政策の研究)、新潟大学教授および関西大学教授(法情報学の研究)を経て、現在、情報セキュリティ大学院大学特別研究員。著書に『科学書乱読術』『起業家エジソン』(以上、朝日新聞社)、『学術情報と知的所有権』(東京大学出版会)、『ディジタル著作権』『情報セキュリティ』(以上、みすず書房)、『情報の私有・共有・公有』(NTT出版)ほか多数。

    小沼純一「バッハ『ゴルトベルク変奏曲』世界・音楽・メディア」(理想の教室、みすず書房、2006)
    ジョルジョ・アミトラーノ「『山の音』こわれゆく家族」(理想の教室、みすず書房、2007)
    西 成彦「世界文学のなかの『舞姫』」(理想の教室、みすず書房、2009)
    佐々木幹郎「中原中也 悲しみからはじまる」(理想の教室、みすず書房、2005)
    小倉孝誠「『感情教育』歴史・パリ・恋愛」(理想の教室、みすず書房、2005))
    大村敦志「「民法0・1・2・3条」 〈私〉が生きるルール」(理想の教室、みすず書房、2007)
    樋口陽一「「日本国憲法」まっとうに議論するために」(理想の教室、みすず書房、2006)
    佐藤良明「ビートルズとは何だったのか」(理想の教室、みすず書房、2006)
    荻野アンナ「ラブレーで元気になる」(理想の教室、みすず書房、2005)
    岡田温司「『ヴィーナスの誕生』視覚文化への招待」(理想の教室、みすず書房、2006)
    川端康雄「『動物農場』ことば・政治・歌」(理想の教室、みすず書房、2005)
    合田正人「サルトル『むかつき』ニートという冒険」(理想の教室、みすず書房、2006)
    平野嘉彦「ホフマンと乱歩 人形と光学器械のエロス」(理想の教室、みすず書房、2007)
    水林章「『カンディード』〈戦争〉を前にした青年」(理想の教室、みすず書房、2005)
    巽孝之「『白鯨』アメリカン・スタディーズ」(理想の教室、みすず書房、2005)
    石原千秋「『こころ』大人になれなかった先生」(理想の教室、みすず書房、2005)
    河合祥一郎「『ロミオとジュリエット』恋におちる演劇術」(理想の教室、みすず書房、2005)
    野崎歓「カミュ『よそもの』きみの友だち」(理想の教室、みすず書房、2006)
    三原弟平「カフカ『断食芸人』〈わたし〉のこと」(理想の教室、みすず書房、2005)/
    合田正人「サルトル『むかつき』ニートという冒険」(理想の教室、みすず書房、2006)
    吉永良正「『パンセ』数学的思考」(理想の教室、みすず書房、2005)
    亀山郁夫「『悪霊』神になりたかった男」(理想の教室、みすず書房、2005)







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    本「はじめての現代数学 (数理を愉しむシリーズ、ハヤカワ文庫NF346)」瀬山士郎5

    はじめての現代数学 (数理を愉しむ)シリーズ (ハヤカワ文庫NF)
    はじめての現代数学 (数理を愉しむシリーズ、ハヤカワ文庫NF346)

    ○著者: 瀬山士郎
    ○出版: 早川書房 (2009/3, 文庫 240ページ)
    ○価格: 777円
    ○ISBN: 978-4150503468
    おすすめ度: 4.5
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    書評/教育・学習



    中学生の娘の夏休みの宿題の数学のプリント(計算問題集)を一緒に解いたのは旅行の宿泊先で夕食の後のこと。数学以前の算数レヴェルと思しき、基本的な足し算・引き算と、掛け算・割り算に、プラスとマイナスがついて、分数と小数がミックスされて。子どもの頃に公文式で計算問題に日常的に馴れ親しんだぼくにとっては、すでに考えるまでもなく、基本的なルールに従ってチョコチョコと機械的に解くだけで、さらに念のために別の方法で検算までシッカリ怠りなく。ところが、娘はこれがなかなか順調に進まない。たびたび間違える、明らかに混同している様子。苦手意識もあるみたい。この基本的なレヴェルでつまづきを感じていたら、その先のさらに難解な数学には、、、。
    ぼくの手製の計算問題集、10問を4枚ほど作ってみたんだけど。じつは、中学生になってはじめての夏休み、部活の練習に夢中になって、なのかどうなのかは知らないけれど、少なくない課題がほとんど手つかずのままに残置されているみたいだ。ぼくが聞いて確認している限りで、作文・読書感想文・プリント計算問題(数学)・花の構造のレポート(理科)・外国のレポート(社会)・電気ガス水道の使用量のレポート、そのほかにも、毎日の生活報告みたいなものなどがあって。


    ≪目次: ≫
    まえがき
    文庫版まえがき
    1 「モノ」から「コト」へ
    1 現代数学のイメージ(現代数学を比喩的に語る クラシックからモダンへ)/2 代数方程式の解法についての構造主義的方法(ギリシアの三大作図問題 定規とコンパスを代数的に見れば 作図できるとはどういうことか 数の拡大 方程式の解法理論 秘術としての三次方程式 五次方程式が解けない「こと」の証明 ガロアによる群の発見)/3 非ユークリッド幾何学の発見と別世界への旅(ユークリッドの原論 第晃理の異和 非ユークリッド幾何学前史 ガウスの登場 ボヤイとロバチェフスキー 非ユークリッド幾何学の無矛盾性 非ユークリッド世界のモデル 平行線が何本もある世界 数論の無矛盾性は保証されていない)/4 解析学における無限とり扱いマニュアル(ギリシアにおける無限 無限のパラドックス 「コト」としての無限 納得と説得の違い コーシーによる無限とり扱いマニュアル 「モノ」と「コト」)
    2 無限の算術・集合論
    1 再び「モノ」的無限へ(超越数π、eの問題 集合論の登場 集合論の最初の金字塔 集合の名づけ親カントール 一対一対応 無限を数える 無限という怪物 アレフゼロ 対角線論法 対角線論法を実行する 実数のほとんどは無理数 超越数の存在証明 実数のほとんどは超越数だった!)/2 果てしない無限の彼方(平面上の点の個数 対角線論法のエッセンス 無限に続く無限のはしご 連続体仮設)/3 集合論内の矛盾の発見と数学の危機(ラッセルのパラドックス 数学の危機と形式主義 公理的集合論は成功したか 数学者の二つの立場)
    3 柔らかい空間・トポロジー
    1 近さの発見から位相空間へ(距離空間の定義 近さの概念の導入 位相空間 差異化の構造)/2 位置とつながり方の幾何学(1)――グラフ理論(ケーニヒスベルクの橋の問題 グラフ理論の現代的可能性 植木算を一般化する JR線路網の切断 オイラー・ポアンカレの定理の証明)/3 位置とつながり方の幾何学(2)――ホモロジー理論(トーラスの切断 バラバラになるということ ホモロジー理論――デジタル量への変換 ホモロジー理論の限界 数学オブジェの復活)/4 位置とつながり方の幾何学(3)――ホモトピー理論(ホモトピー理論とは トーラスの結び目 カテゴリーとファンクター)/5 ポアンカレ予想と四次元空間(ポアンカレ予想の高次元での解決 異球面の発見 四次元空間の不思議)
    4 形式の限界・理論学とゲーデル
    1 納得、説得と論理(再び、納得と説得について 幾何学と論理)/2 論理の記号化(命題と真偽 命題を記号化する 真理表を作る “ならば”の意味づけ 複合命題の真理表 命題の差異化 自同律は不快か)/3 正しいことと証明できることの違い(意味論的方法 トートロジーの性質 「正しい」とは「証明できる」ことか 無意味な記号列としての論理式 形式的証明の方法 統辞論的方法 意味と形式)/4 模型としての論理の無矛盾性と完全性(Pの無矛盾性と完全性 弱いシステム、強いシステム)/5 形式の限界・ゲーデルの不完全性定理(自己言及による不思議の輪 ゲーテルの不完完全性定理 「この命題は証明できない」 決定不能命題 ゲーテルのコード化 システムとメタシステム 神の論理・人の論理)
    5 現代数学の冒険
    1 あいまいさの数学・ファジイ理論(「あいまいさ」と「でたらめさ」 主観に数値を与える ファジイ集合の性質 和集合・共通部分)/2 複雑さの数学・フラクタル理論(次元とは何か 「雪片曲線」の次元 カントールの不連続体の次元 自然の形とフラクタル)/3 不連続現象の解析・カタストロフィー理論(不連続現象の記述 カタストロフィー理論を見る トムの基本定理 現代数学の多様性)/5 コンピュータと現代数学・四色問題をめぐって(“悪名高い”難問 グラフ理論の置きかえ 手仕事の段階 コンピュータの登場 証明か否か)/5 現代数学・その意味と形式(再び「モノ」と「コト」について 「モノ」の復活 意味と無意味と)

    ※本書は1988年に講談社現代新書の1冊として刊行された作品を文庫化したものです。


    ≪著者: ≫ 瀬山士郎 (せやま・しろう) 1946年群馬県生まれ。東京教育大学理学部数学科卒業。現在、群馬大学教養部教授。数学教育協議会副委員長。専攻は位相幾何学。数学の面白さをわかりやすく、1冊1冊趣向を凝らして説き語る解説書には定評がある。著書に、『トポロジー――柔らかい幾何学』『「無限と連続」の数学――微分積分学の基礎理論案内』『幾何物語――現代幾何学の不思議な世界』『読む数学――数列と級数がわかる』ほか多数。

    瀬山士郎「はじめての現代数学」(講談社現代新書、1988)







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    本「旅をする裸の眼 (講談社文庫)」多和田葉子5

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    旅をする裸の眼 (講談社文庫)
    旅をする裸の眼 (講談社文庫)

    ○著者: 多和田葉子
    ○出版: 講談社 (2008/1, 文庫 290ページ)
    ○価格: 620円
    ○ISBN: 978-4062759427
    おすすめ度: 4.5
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    そう、キッカケは、西成彦「世界文学のなかの『舞姫』」(理想の教室、みすず書房、2009)にあって。東西冷戦を経て、ベルリンの壁が壊されて、ひとつになったドイツ(に学んだ著者)。東と西と、世界を二分する対立があった時代があって。なるほど、ベトナム、ヨーロッパから距離的には遠く離れたアジアにあって、かつてフランスの植民地として、しかし東西冷戦時代には東側諸国として、東ドイツ、ソ連(ロシア)に近かった。混濁の。「裂け目」としての「視力」とは?、カメラの眼によるシネマ(映画)。たいするみずからの眼により、みずからの眼の視力によって眼にする異国。いきなりあっけなくも誘拐されてはじまる物語ではあるものの、みずからの意思にあらざるところから展開される、異国から異国へと移動をつづける、外からの偶然性の高い出来事に起因して移動を余儀なくされながらも、移動する主体としての少女の眼を通して「旅」。


    ≪目次: ≫
    第一章 1988 Repulsion 1965
    第二章 1989 Zig Zag 1974
    第三章 1990 Tristana 1970
    第四章 1991 The Hunger 1983
    第五章 1992 Indochina 1992
    第六章 1993 Drôle d'endroit pour une renconrte 1988
    第七章 1994 Belle de jour 1966
    第八章 1995 Si c'était à refaire 1976
    第九章 1996 Les voleurs 1996
    第十章 1997 Le dernier Métro 1980
    第十一章 1998 Place Vendôme 1998
    第十二章 1999 Est-ouest 1999
    第十三章 2000 Dancer in the dark 2000

    解説「文学的想像力としての裸の眼」/中川成美(立命館大学文学部教授)

    ※この作品は、二〇〇四年十二月に小社より刊行されたものです。


    ≪著者: ≫ 多和田葉子 (たわだ・ようこ) 1960年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。ハンブルク大学文学修士課程修了。チューリヒ大学文学博士課程修了。ベルリン在住。'91年「かかとを失くして」で群像新人文学賞を受賞。'93年「犬婿入り」で芥川賞を受賞。ドイツ語での文学活動に対、し'96年シャミッソー文学賞、2005年ゲーテ・メダルを授与される。'00年「ヒナギクのお茶の場合」で泉鏡花賞、'02年「球形時間」でBunkamuraドゥマゴ文学賞、'03年「容疑者の夜行列車」で伊藤整文学賞、谷崎潤一郎賞をそれぞれ受賞。近著に「海に落とした名前」「アメリカ 非道の大陸」「溶ける街透ける路」などがある。







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    本「バッハ『ゴルトベルク変奏曲』世界・音楽・メディア (理想の教室)」小沼純一5

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    バッハ『ゴルトベルク変奏曲』世界・音楽・メディア (理想の教室)
    バッハ『ゴルトベルク変奏曲』世界・音楽・メディア (理想の教室)

    ○著者: 小沼純一
    ○出版: みすず書房 (2006/2, 単行本 179ページ)
    ○価格: 1,365円
    ○ISBN: 978-4622083160
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    ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann Sebastian Bach, 1685-1750)


    ≪目次: ≫
    なぜ好きなんだろう?
    ゴルトベルク変奏曲》は、好き?/弾く楽しみ/知的な「好き」?
    第1回 バッハ/身体/楽器
    バッハそのひと/土地/宗教/主な動き/作品/鍵盤/バッハの楽器/弾きにくさ/鍵盤上の楽しみ/遊戯
    第2回 《ゴルトベルク変奏曲》はどのように生まれたのか
    世界の枠組み/バッハの時代/同時代の「作品」/十七世紀のエピステーメー/五線譜/十七世紀の芸術的アプローチ/タイトル/ゴルトベルク、ヨハン・ゴットリープ/クラヴィーア練習曲集/変奏曲1/十四のカノン/数字/数とコスモロジー/変奏曲2/カノン/装飾音/楽譜
    第3回 《ゴルトベルク変奏曲》を聴いてみよう
    パースペクティヴ/アリアとしてのサラバンド/アリア前半/アリア後半/変奏曲(第1変奏から第11変奏まで)/変奏曲(第16変奏から第30変奏まで)

    わかった?

    《ゴルトベルク変奏曲》のさらなる変奏
    参考文献
    あとがき (二〇〇五年十二月 パリ・シャトレ、二〇〇六年一月 東京・西早稲田)


    ≪著者: ≫ 小沼純一 (こぬま・じゅんいち) 1959年生まれ。早稲田大学文学部教授。専門は音楽文化論。世界にあまねくある音・音楽がおかれている位置、文脈、他の分野――文学や映画、ダンスなど――との相互的なつばがりに関心をもつ。著書『サウンド・エシックス』『バカラック、ルグラン、ジョビン』(平凡社)、『武満徹 音・ことば・イメージ』(PHP)、『ミニマル・ミュージック』『アライヴ・イン・ジャパン』(青土社)、『パリのプーランク』(春秋社)、翻訳にデュラス『廊下で座っているおとこ』(書肆山田)、共同監訳にシオン『映画の音楽』(みすず書房)がある。







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    本「『山の音』こわれゆく家族 (理想の教室)」ジョルジュ・アミトラーノ5

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    『山の音』こわれゆく家族 (理想の教室)
    『山の音』こわれゆく家族 (理想の教室)

    ○著者: ジョルジョ・アミトラーノ
    ○出版: みすず書房 (2007/3, 単行本 121ページ)
    ○価格: 1,575円
    ○ISBN: 978-4622083245
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    会社のスタッフたち17〜8名の「カオ」を愛用のデジイチ(Canon EOS40D)で撮ったのは8月15日、早朝の靖国神社を訪れた後のこと。すこし前から人物を撮ってみたかった、明るいレンズ(EF50mm F1.8 供砲如
    最初は、仕事をしている(ふうの)横顔をパシャパシャと撮っていたんだけど、やっぱり目線が欲しい。明るいレンズに、明るい笑顔♪。そこは営業会社の営業スタッフたち、すこし撮られ馴れて?!からカメラを向けると満面の笑み、こぼれんばかり。ずいぶんたくさん撮らせてもらって、PCの画面で選択&編集(サイズダウンのみ)、社内共有フォルダにアップ(自己満足)。
    ファインダーを通して切り取られた瞬間。素敵な笑顔もあったけど。ファインダーを通してとはいうものの、ファインダーのこちら側でカメラを構える視点はぼく。あくまでもぼくを起点として、ぼくの視点で見た映像、表情、カオ。だから、ぼくにはある意味ではいつもの見慣れた表情、カオ。ほぼ、ぼくがイメージする通りのカオがそこにあった。その出来栄えはカメラとレンズの性能によるところが大きいのだが、ある意味では満足でもあり、また一方ではハッキリと描かれて、えぐりだされてと言ったら大袈裟かもしれないけれど、すべてが、見たいものだけでなく見たくないものまでが、表出する美醜だけではなく、見ているぼくが見られているような、ところがむしろ、カメラを構えてそこに在るぼくを見ていないまなざしに、なんとも言いようのない。


    ≪目次: ≫
    テクスト――「山の音」川端康成山の音』より)
    はじめに
    第1回 家族という名の他人    信吾の不思議な夜/思いの音楽/ある結婚の風景/孤独の鏡/見えない戦争
    第2回 果たせぬ夢の領域    老いの顔を覗き込んで/あるひまわりの短い人生/信吾と菊子の秘密の花園/ヰタ・セクスアリス
    第3回 『山の音』の彼方へ    眠りの言語と結婚の沼/誰でも知っている社会から、誰も知らない社会へ/ゆがんだ春のめざめ/見知らぬ乗客/小説の種、あるいは『山の音』におけるメタフィクション/美しい耳、血まみれの耳/人生の部分品/水の音
    読書案内


    ≪著者: ≫ ジョルジョ・アミトラーノ Geogio Amitrano 1957年、イタリア、アンコーナ県イエージ市生まれ。ナポリ東洋大学卒業、東洋学博士。翻訳家。映画研究家。現在、ナポリ東洋大学教授として、日本文化久・現代文学の教鞭をとるかたわら、「ラ・レプップリカ」などのイタリア主要新聞、雑誌に文芸評論および映画評論も執筆している。
    著書に、The New Japanese Novel(イタリア国立東方学研究所発行)、Il mondo di Banana Yoshimoto(フェルトリネッリ出版)など。日本の近現代小説のイタリア語訳書は多く、中島敦『山月記』『李陵』など、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』『注文の多い料理店』など、梶井基次郎『交尾』『櫻の樹の下には』、川端康成『雪国』『弓浦市』など、井上靖『猟銃』『結婚記念日』など、村上春樹『ノルウェイの森』『ダンス・ダンス・ダンス』『スプートニクの恋人』など、よしもとばなな『キッチン』『N.P.』『とかげ』『アムリタ』『デッドエンドの想い出』などを手がけた。近々、村上春樹『海辺のカフカ』、須賀敦子『ユルスナールの靴』、よしもとばなな『王国』刊行予定。監修に、「川端康成イタリア版作品撰集」(モンダドーリ出版)。
    エルサ・モランテ翻訳賞(1996年)、第1回アルカンターラ翻訳賞(1998年)、第12回野間文芸翻訳賞(2001年)などの受賞歴がある。


    西 成彦「世界文学のなかの『舞姫』」(理想の教室、みすず書房、2009)
    佐々木幹郎「中原中也 悲しみからはじまる」(理想の教室、みすず書房、2005)
    小倉孝誠「『感情教育』歴史・パリ・恋愛」(理想の教室、みすず書房、2005))
    大村敦志「「民法0・1・2・3条」 〈私〉が生きるルール」(理想の教室、みすず書房、2007)
    樋口陽一「「日本国憲法」まっとうに議論するために」(理想の教室、みすず書房、2006)
    佐藤良明「ビートルズとは何だったのか」(理想の教室、みすず書房、2006)
    荻野アンナ「ラブレーで元気になる」(理想の教室、みすず書房、2005)
    岡田温司「『ヴィーナスの誕生』視覚文化への招待」(理想の教室、みすず書房、2006)
    川端康雄「『動物農場』ことば・政治・歌」(理想の教室、みすず書房、2005)
    合田正人「サルトル『むかつき』ニートという冒険」(理想の教室、みすず書房、2006)
    平野嘉彦「ホフマンと乱歩 人形と光学器械のエロス」(理想の教室、みすず書房、2007)
    水林章「『カンディード』〈戦争〉を前にした青年」(理想の教室、みすず書房、2005)
    巽孝之「『白鯨』アメリカン・スタディーズ」(理想の教室、みすず書房、2005)
    石原千秋「『こころ』大人になれなかった先生」(理想の教室、みすず書房、2005)
    河合祥一郎「『ロミオとジュリエット』恋におちる演劇術」(理想の教室、みすず書房、2005)
    野崎歓「カミュ『よそもの』きみの友だち」(理想の教室、みすず書房、2006)
    三原弟平「カフカ『断食芸人』〈わたし〉のこと」(理想の教室、みすず書房、2005)/
    合田正人「サルトル『むかつき』ニートという冒険」(理想の教室、みすず書房、2006)
    吉永良正「『パンセ』数学的思考」(理想の教室、みすず書房、2005)
    亀山郁夫「『悪霊』神になりたかった男」(理想の教室、みすず書房、2005)







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    本「死にいたる病/現代の批判 (中公クラシックスW31)」キルケゴール、枡田啓三郎 訳5

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    死にいたる病、現代の批判 (中公クラシックス)
    死にいたる病/現代の批判 (中公クラシックスW31)

    ○著者: キルケゴール枡田啓三郎
    ○出版: 中央公論新社 (2003/6, 新書 358ページ)
    ○価格: 1,680円
    ○ISBN: 978-4121600547
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    いわゆる終戦記念日(終戦の日)8月15日に靖国神社に行って、しかし手をあわせることも頭を垂れることもしなかった反動?!かもしれない。
    8月15日朝に靖国神社に行くと決めていて、気になっていたからであろう、前日の8月14日にも早くに目が覚めて下見を兼ねて訪れている。グチャグチャと考えることなく、頭を垂れちゃえばいいのに、手をあわせてすべてを委ねてしまえばいいのに、などとは考えなくもないのだが、だからと言ってちゃんと考えているというには程遠い状況でもあることは明白でもあり。3日連続の5時30分起床とはいかなかったけれど、6時には目が覚めて(暑くて寝ていられないだけではない!?)、どうにもこうにもどうしたものやら落ち着かず、じつは前日の夜から決めていたことなのだが。ホントは仕事が休みの晴天の日には、高尾山にタマアジサイを愛でに行きたい気持ちや、狭山湖とか相模湾とか、行きたいところは色々あって、ところが時間には限りがあって、すべてを満たすことはできないから優先順位の高いものから取捨選択する必要に迫られる。さまざまな想いが分裂気味に加速度を増して暴走の気配を否定できない状況にあっては、対処しないで放置するわけにはいかない。草花を愛でるよりも、景色を眺めるよりも。
    日曜日の朝の甲州街道を都心へ向かう道は空いているであろうが、すこしまわり道でも迂回して交通量の少ない道路を選択して愛用のクロスバイクを急ぐことなく駆る。ぼくが頭をカラッポにして、なにも考えることなく手をあわせて頭を垂れることを躊躇しない場所へと。だれか訪れたのかな?、およそ1カ月前に思い立って訪れて雑草を抜いて枯れ葉を掃除して、その後にもいちど行った。そう、キレイに雑草も枯れ葉もなく、お花が供えてあり(枯れてなかった)、線香の燃え残りが。あぁ、こらえきれない、いろいろ考えるまでもなく。ひざまずき、手をあわせて頭を垂れて、なにも考えることができない、セミが鳴く音は幾重にも止むことがない、ちょうど頭上を覆うように生い茂る樹木の枝葉のかげ、、、なにをどうしたらいいんだ、わからない、わからないわからないわからな


    ≪目次: ≫
    キルケゴールという出来事/柏原啓一
    死にいたる病――教化と覚醒のためのキリスト教的・心理学的論述』  コペンハーゲン 1949年
    第一編 死にいたる病とは絶望のことである
    第二編 絶望は罪である
    現代の批判』  コペンハーゲン 1846年
    年譜


    ≪著者: ≫ キルケゴール (Søren Aabye Kierkegaard, 1813-1855) デンマークの哲学者、宗教思想家。七人兄弟の末子として生まれる。17歳でコペンハーゲン大学に入学し、神学と哲学を学ぶ。次々と襲う家族の不幸、厳父との葛藤、恋人レギーネとの婚約破棄などの体験を内面深化させるなかで、数々の文学的・哲学的・宗教的著作を発表する。当時のへーベル風汎論理主義に抗して、不安と絶望のうちに個人の主体的真理を求めたその思想は、20世紀になって注目され、ニーチェとともに実存哲学の祖と称されるようになった

    [訳者] 桝田啓三郎 (ますだ・けいざぶろう) 1904年(明治37年)愛媛県大洲市生まれ。法政大学卒。東京都立大学名誉教授。著書に『回想の三木清』、訳書にキルケゴール『反復』『誘惑者の日記』、ウィリアム・ジェイムズ『プラグマティズム』などがある。1990年(平成2年)逝去。







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    本「死とは何か さて死んだのは誰なのか」池田晶子、NPO法人 わたくし、つまりNobody 編5

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    死とは何か さて死んだのは誰なのか
    死とは何か さて死んだのは誰なのか

    ○著者: 池田晶子NPO法人 わたくし、つまりNobody
    ○出版: 毎日新聞社 (2009/4, 単行本 256ページ)
    ○価格: 1,575円
    ○ISBN-13: 978-4620319278
    おすすめ度: 5.0
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    カード型の健康保険被保険者証が更新されて新たに交付されて手渡されたのは数週間前のことと記憶しているのだが。ちなみに交付日は平成21年6月22日とある。もっとも使う気がない、医者の世話になる考えがないのだが、保険料を給与から天引きされて支払っているので携行してはいる。
    そう、古い保険証との差異について。オレンジ色から水色に変わったことはどうでもいいこと。裏面の記述にしばらくのあいだモヤモヤと考えさせられていて、やっとなんとなく現時点での(結論めいた)方向性のようなものを見出したので書き記しておく。いわゆる「臓器提供意思表示カード」が兼ねられているようなのだ。
    結論めいた現時点でのぼくの方向性としては、明確にノー、「3. 私は、臓器を提供しません。」。しかし、わざわざみずから書き記すことをしたくない、自筆署名や書名年月日などどうして書きえようか、ホントのところ目にすることも考えることも避けたい気分。急いで付け加えるなら、ずいぶんと迷った、提供すべきなんだろうなぁとボンヤリ思っていた、提供しないことは非人間的な人間として許されない行為なんじゃないかとまで真剣に考えた、と。
    これは親に感謝しなければならないことなんだろうけれど、ぼくは健康に恵まれて、これまで大きな病気をしたことがない。来年早々には40歳を迎えるいまも、老化を感じていないわけではないけれど、万全で不安も心配ないというわけではないけれど(細かいことを言い出せばキリはない)、クロスバイクでのトレーニングの成果もあってか、おおむね健康体であると言っていい状態。むしろ、これまでに病苦を経験していないだけに、他者が病気にかかることにたいする理解に乏しいことをときどき懸念したりしないでもない。そんなこともあって、健康維持というのか体調管理もみずからの意思において主体としてかかわりたい!、などと考えるには、医者といえども他人にわが身を委ねて、主体として在ることができなくなるのであれば、さらには、医療技術の恩恵を享受しなければ健康を、もっと言うならば生命を維持できないのであれば、そこまでして生存するに値するのか?、などと、現在の健康体のぼくは考えてしまう。もしかしたら、実際にその場面に陥ったときに、医者であり医療技術に泣きついてでも、ぼくの生命をなにがなんでも維持したいからなんとかしてくれ!と欲する可能性を否定することはできないのだが、それでも。そう、明確に選択をしなければならない、というわけではないし、そんな必要もないのであることを承知してなお、ぼくはみずからの態度を明確にしたいのだ!、みずからの意思において、みずからを生きる主体として。
    そうは言ってみても、たとえば、クロスバイクを駆っているとき、ヘルメットやグローブを装着していたとしても、高速走行には危険が伴う。路面の凹凸や障害物を見落としたり気づくのが遅れたり気づかないことだって考えられなくもない。ぼくの注意力には限界がある。無謀な運転や脇見運転の自動車に接触されないとも限られない。自動車とおなじ道路を走行している限り、横転した場合には自動車の下敷きになる可能性を考慮しないわけにはいかない。大袈裟に言うならば、死を覚悟してのライド、まぁつねに考えていないわけではないのだけれど、死んじゃっても仕方がないなぁ、とは。考えすぎかもしれないけれど考えないわけにはいかない、その可能性が完全にゼロでない限りにおいては。


    ≪目次: ≫
    機\鎖世鯊えてやまない謎
    供,劼箸蠅世韻嚢佑┐
    掘〔鬚卜たないからこそ
    検/誉犬聾斥佞箸箸發
    后‖減澆瞭罎蓮果てしなく

    [付録] いいわけ
    収載作品・初出一覧
    池田晶子著作一覧
    池田晶子略歴


    ≪著者: ≫ 池田晶子 (いけだ あきこ) 1960年東京生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業。文筆家。専門用語による「哲学」ではなく、考えるとはどういうことかを、日常の言葉で美しく語る「哲学エッセイ」を確立して、多くの読者を得る。著作多数。とくに若い人々に、本質を考えることの切実さと面白さ、存在の謎としての生死の大切さを語り続けた。2007年2月23日没。その業績と意思を記念し、精神のリレーに捧ぐ「わたくし、つまりNobody賞」が創設された。本書は、同賞の運営団体であるNPO法人わたくし、つまりNobodyの編纂による。

    池田晶子、NPO法人 わたくし、つまりNobody 編「私とは何か さて死んだのは誰なのか」(講談社、2009/4)







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    本「白い牙  Jack London, WHITE FANG , 1906 (光文社古典新訳文庫)」ロンドン、深町眞理子 訳5

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    白い牙 (光文社古典新訳文庫)
    白い牙  Jack London, WHITE FANG , 1906 (光文社古典新訳文庫)

    ○著者: ジャック・ロンドン、深町眞理子 訳
    ○出版: 光文社 (2009/3, 文庫 504ページ)
    ○価格: 960円
    ○ISBN: 978-4334751784
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    「オオカミなんてこわくない♪、こわくない♪、こわくない♪」
    「ガガガガガガガガ、オオカミが来たぁ〜♪、グウッと一飲みぃ〜♪、グウッと一飲みぃ〜♪、大騒ぎぃ〜♪」
    すでに中学生となった娘が保育園に通っていたころ、オトナ(センセイとは呼ばない園の方針)の○○チャン(先生もしくは保育士さんのこと)に教えてもらったんだぁ♪、と口ずさんでいた歌(歌詞は正しくないかもしれない、ことばがおぼつかない保育園児から伝え聞いたものの、さらにつたない記憶によるとあっては)。オオカミは怖い存在だからこそ、その前提として歴然とある“オソレ”を幼子にも認知させるべく口にされる歌??!

    いまから100年前、1906年のアメリカ。
    すでに「人間動物」は「神」だったのか?!。
    いまだ街には馬車も走っていたみたいだけど、すでに自動車もあって。
    ホワイト・ハング(狼・犬)の生涯にあって、神々(人間動物)に飼い馴らされる結末を、北国(厳しい自然)から南国(パラダイス)への移動を。

    8月15日に靖国神社に行って、やっぱり手をあわせて拝むことができなかった。なににたいして手をあわせて頭を垂れて、なにを想えばいいのか?、ぼくにはわからない、想像もできない。前日までの晴れない今夏の天候がウソのような青空。こころなしか風が心地好く感じられる。午後の陽射しも穏やかな気がして、夕方の太陽は急ぎ足?!、秋の気配♪と言ってしまうには気がはやすぎるのであろうけれども、夏の終わり?!を感じてみたりしないわけではない。


    ≪目次: ≫
    白い牙  White Fang, 1906
    第一部 荒野
    第一章 肉の臭跡/第二章 雌狼/第三章 飢えの叫び
    第二部 荒野に生まれて
    第一章 牙と牙の闘い/第二章 巣穴/第三章 灰色の仔/第四章 世界の壁/第五章 肉の法則
    第三部 荒野の神々
    第一章 火をつくるもの/第二章 とらわれの身/第三章 のけもの/第四章 神々の足跡/第五章 盟約/第六章 凶荒
    第四部 すぐれた神々
    第一章 同族の敵/第二章 狂気の神/第三章 憎しみの支配/第四章 まといつく死/第五章 不屈の魂/第六章 愛の主人
    第五部 飼い馴らされて
    第一章 長い旅路/第二章 南国/第三章 神の領域/第四章 同族の呼び声/第五章 眠れる狼

    解説/信岡朝子
    ロンドン年譜
    訳者あとがき


    ≪著者: ≫ ジャック・ロンドン Jack London [1876−1916] アメリカの小説家。サンフランシスコで貧しい家庭に育ち、15歳の頃から牡蠣密猟、アザラシ猟船乗組員、発電所の石炭運搬など様々な職につき、各地を放浪する。1897年、クロンダイクのゴールドラッシュに参加するが壊血病にかかり帰郷。1903年、北方での見聞をもとに書いた『野性の呼び声』が大ヒットし、人気作家となる。以後、『どん底の人々』『海の狼』『ホワイト・ファング』などを精力的に発表する。40歳で死去。

    [訳者] 深町眞理子 Fukamachi Mariko 1931年生まれ。英米文学翻訳家。訳書に、『ザ・スタンド』(キング)、『ルーンの杖秘録』シリーズ(ムアコック)、『光の王』(ゼラズニイ)、『渇きの海』(クラーク)、『親指のうずき』(クリスティー)、『くじ』(ジャクスン)、『アンネの日記 増補新訂版』(フランク)、『野性の呼び声』(ロンドン)ほか多数。著書に『翻訳者の仕事部屋』がある。

    ロンドン「野性の呼び声 THE CALL OF WILD, 1903」(深町眞理子訳、光文社古典新訳文庫、2007)







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    本「世界文学のなかの『舞姫』 (理想の教室)」西 成彦5

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    世界文学のなかの『舞姫』(理想の教室)
    世界文学のなかの『舞姫』 (理想の教室)

    ○著者: 西 成彦
    ○出版: みすず書房 (2009/5, 単行本 144ページ)
    ○価格: 1,680円
    ○ISBN: 978-4622083290
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    だいたいぼくの判断なんてアマアマで、想定外をトウゼンのこととして。
    ページ数が多くない(平均160ページ)といった動機から手にしたことが少なくない「理想の教室」シリーズ(みすず書房)。その主目的は読了であり、掲げられるタイトルや内容に興味や関心がないわけではないものの、「はじめてのジャンルであり著者だからなぁ」などと言い訳を連ねてみたりして。ところがドッコイ?!、ジワリジワリと効いてくる♪、侮れない。本シリーズにキッカケを得て連関からひらかれた著書は数多い(と記憶にある)。ガガ〜ン、なんとなんと本作にて完結。はじまりがあれば終わりはいずれや訪れるものであることを承知してなお、凹。

    あぁ、『ヰタ・セクスアリス』、性欲、、、

    うむむむむ、
    「石炭をば早や積み果てつ。・・・」


    ≪目次: ≫
    まえがき
    テクスト――森鴎外舞姫
    第1回 南米の太田豊太郎
    性欲につまずく/性教育の教材として/明治の浦嶋/日本人の海外進出/南米の太田豊太郎?/I博士/豊太郎の奇行/ジャパニーズ・ディアスポラ
    第2回 エリスの面影とともに生きる
    豊太郎の恋、林太郎の恋/鴎外の晩年/エリーゼ・ヴィーゲルト(Elise Wiegert)/鴎外=林太郎の優柔不断、未練/『舞姫』異聞――湯浅克衛『カンナニ』/もうひとつの『舞姫』異聞――『北へ遷りゆく時』/豊太郎の死
    第3回 『舞姫』から120年
    『舞姫』の基本構造/「舞姫論争」/『罪と罰』と都市描写/『ボヴァリー夫人』と都市描写/明治廿一年、冬のベルリン/本国を失う恐怖/『舞姫』と『旅をする裸の眼』/自己紹介
    読書案内


    ≪著者: ≫ 西 成彦 (にし・まさひこ) 1955年生まれ。立命館大学大学院先端総合学術研究科教授。専攻は比較文学、ポーランド文学。著書『ラフカディオ・ハーンの耳』(岩波書店)、『イディッシュ――移動文学論1』(作品社)、『森のゲリラ 宮沢賢治』(岩波書店/平凡社ライブラリー)、『クレオール事始』(紀伊國屋書店)、『耳の悦楽――ラフカディオ・ハーンと女たち』(紀伊國屋書店)、『エクストラテリトリアル――移動文学論2』(作品社)、『胸さわぎの鴎外』(人文書院)ほか。

    佐々木幹郎「中原中也 悲しみからはじまる」(理想の教室、みすず書房、2005)
    小倉孝誠「『感情教育』歴史・パリ・恋愛」(理想の教室、みすず書房、2005))
    大村敦志「「民法0・1・2・3条」 〈私〉が生きるルール」(理想の教室、みすず書房、2007)
    樋口陽一「「日本国憲法」まっとうに議論するために」(理想の教室、みすず書房、2006)
    佐藤良明「ビートルズとは何だったのか」(理想の教室、みすず書房、2006)
    荻野アンナ「ラブレーで元気になる」(理想の教室、みすず書房、2005)
    岡田温司「『ヴィーナスの誕生』視覚文化への招待」(理想の教室、みすず書房、2006)
    川端康雄「『動物農場』ことば・政治・歌」(理想の教室、みすず書房、2005)
    合田正人「サルトル『むかつき』ニートという冒険」(理想の教室、みすず書房、2006)
    平野嘉彦「ホフマンと乱歩 人形と光学器械のエロス」(理想の教室、みすず書房、2007)
    水林章「『カンディード』〈戦争〉を前にした青年」(理想の教室、みすず書房、2005)
    巽孝之「『白鯨』アメリカン・スタディーズ」(理想の教室、みすず書房、2005)
    石原千秋「『こころ』大人になれなかった先生」(理想の教室、みすず書房、2005)
    河合祥一郎「『ロミオとジュリエット』恋におちる演劇術」(理想の教室、みすず書房、2005)
    野崎歓「カミュ『よそもの』きみの友だち」(理想の教室、みすず書房、2006)
    三原弟平「カフカ『断食芸人』〈わたし〉のこと」(理想の教室、みすず書房、2005)/
    合田正人「サルトル『むかつき』ニートという冒険」(理想の教室、みすず書房、2006)
    吉永良正「『パンセ』数学的思考」(理想の教室、みすず書房、2005)
    亀山郁夫「『悪霊』神になりたかった男」(理想の教室、みすず書房、2005)







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    本「やっぱり、人はわかりあえない (PHP新書614)」中島義道/小浜逸郎5

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    やっぱり、人はわかりあえない (PHP新書)
    やっぱり、人はわかりあえない (PHP新書614)

    ○著者: 中島義道小浜逸郎
    ○出版: PHP研究所 (2009/7, 新書 229ページ)
    ○価格: 756円
    ○ISBN-: 978-4569771069
    おすすめ度: 4.5
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    やっぱり!?、わかりあえない、、、
    そう、「どうしてわかってくれないんだよぅ」とは、恥ずかしながら最近までぼくがたびたび口にした思い。ぼくが相手のことをわかっているかどうかをみずからに問うこともなく、一方的にぼくのことをわかってほしいと相手に求めた。さらには、ぼくはぼく自身のことさえよくわかっていなかった(いまでもわからない)にもかかわらず。考えるまでもなく、みずからのこともよくわかっていないぼくが、どうして他人のことなどわかりえようか。ぼくだけの都合で勝手に求めておきながら、「応えてくれない(怒)!」とは、なんとも自分勝手にすぎる。頭では理解しているつもりでも、なかなか言動が一致しない。

    そして、「幸福」の条件のぁあるときから、といってもごくごく最近の話ではあるのだが、気になって気になって仕方がなくて、それゆえに、ぼくには絶対的な幸福がえられない!?とのあきらめに似た感情、しかし不思議と悲観的(絶望的?!)なところのない(と言ったらウソになるか?!)。
    ここで、あらためて幸福の条件を書き上げてみます。
    ー分の特定の欲望がかなえられていること。
    △修陵瀚召自分の一般的な信念にかなっていること。
    その欲望が世間から承認されていること。
    い修陵瀚召亮存修忘櫃靴董他人を不幸に陥れない(傷つけない、苦しめない)こと。
       (P.152、「第5書簡 幸せ? それとも不幸せ?」)

    みずからのこともよくわからない、自分のことを考えるのに精一杯、他人のことなど考えられない、他人のことを考える余裕などない。しかし、他人が気にならないわけではない。みずからのことしか考えられないぼくは、せめて他者の迷惑になることなく存在したい。どうして、迷惑をかけつづけている他者の犠牲(傷つけ、苦しめ)の上に、ぼくの幸福がえられることを安穏と受け容れることなどできようか。すでに無自覚ではいられない(だからといって、ぼくが自覚しているとも言い難い)。


    ≪目次: ≫
    まえがき (二〇〇九年五月十八日 小浜逸郎)
    第1書簡 他人との〈正しい〉つきあい方
    なぜ小浜さんの本を読むとイライラするのか?――中島義道
    「普通人」のつきあい方は軽視できない――小浜逸郎
    第2書簡 なぜ、ものを書くのか?
    小浜さんの「普通主義」――中島義道
    中島さんの「哲学聖化主義」――小浜逸郎
    第3書簡 善・悪とは何か?
    「善い」という言葉の迷宮――中島義道
    善は人と人との出会いの場に顕現する――小浜逸郎
    第4書簡 愛すること、嫌うこと
    小浜青年のほほえましい生態――中島義道
    当事者はいつも真剣、はたから見ればいつも凡庸――小浜逸郎
    第5書簡 幸せ? それとも不幸せ?
    みんな「不幸」である――中島義道
    人が「いまがいちばん幸せ」と言うのを何度か聞いたことがある――小浜逸郎
    第6書簡 未来はない?
    やっぱり「未来」はない――中島義道
    「未来」は実存一般が生きる「構え」としてある――小浜逸郎
    第7書簡 人生に哲学は必要か?
    哲学は単なる「気晴らし」である――中島義道
    旅程で進みあぐねたとき、哲学は現れる――小浜逸郎
    あとがき (二〇〇九年五月一日 メーデー 中島義道)


    ≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年、福岡県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了、ウィーン大学基礎総合学部修了。哲学博士。電気通信大学教授を経て、現在「哲学塾・カント」主宰。専門はカントを中心とした時間論、自由論、自我論。おもな著書に『ウィーン愛憎』『続・ウィーン愛憎』(以上、中公新書)、『孤独について』(文春新書)『悪について』(岩波新書)『「時間」を哲学する』『カントの人間学』(以上、講談社現代新書)、『哲学の道場』『カントの読み方』(以上、ちくま新書)、『うるさい日本の私』『私の嫌いな10の言葉』『働くことがイヤな人のための本』『カイン』(以上、新潮文庫)、『ひとを〈嫌う〉ということ』(角川文庫)、『後悔と自責の哲学』(河出文庫)、『哲学の教科書』(講談社学術文庫)、『「私」の秘密』(講談社選書メチエ)、『差別感情の哲学』(講談社)、『人生、しょせん気晴らし』(文藝春秋)、『〈対話〉のない社会』『不幸論』『「人間嫌い」のルール』(以上、PHP新書)など多数ある。

    ≪著者: ≫ 小浜逸郎 (こはま・いつお) 1947年、横浜市生まれ。横浜国立大学工学部卒業。批評家。家族論、教育論、思想、哲学など幅広く批評活動を展開。国士舘大学客員教授も務める。また2001年より連続講座「人間学アカデミー」を主宰。おもな著書に『なぜ人を殺してはいけないのか』『人はなぜ働かなくてはならないのか』『人はなぜ死ななければならないのか』(以上、洋泉社・新書y)、『大人への条件』『「恋する身体」の人間学』『正しい大人化計画』(以上、ちくま新書)、『死にたくないが、生きたくもない。』(幻冬舎新書)、『癒しとしての死の哲学』(洋泉社MC新書)、『学校の現象学のために』『「死刑」か「無期」かをあなたが決める』(以上、大和書房)、『子どもは親が教育しろ!』(草思社)、『可能性としての家族』『方法としての子ども』『男はどこにいるのか』(以上、ポット出版)、『「弱者」とはだれか』『「男」という不安』『なぜ私はここに「いる」のか』『「責任」はだれにあるのか』『言葉はなぜ通じないのか』(以上、PHP新書)など多数ある。







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    本「ドストエフスキー 共苦する力 (Pieria Books)」亀山郁夫5

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    本「ドストエフスキー 共苦する力」亀山郁夫
    ドストエフスキー 共苦する力 (Pieria Books)
    ○著者: 亀山郁夫
    ○出版: 東京外国語大学出版会 (2009/4, 単行本 268ページ)
    ○価格: 1,470円
    ○ISBN: 978-4904575017
    おすすめ度: 5.0
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    なにもムズカシイことはないけれど、だからと言ってカンタンなものでもない。


    フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー Фёдор Михайлович Достоевский [1821-1881] 19世紀ロシアの小説家。1846年に『貧しき人々』で作家デビュー。1849年、社会主義サークルへの参加により逮捕され、死刑判決を受けるが、皇帝の特赦によりシベリヤ流刑となり、1854年まで服役。1859年には10年ぶりにペテルブルク帰還を果たし、流刑体験に基づいた『死の家の記録』(1860)をはじめ、『虐げられた人びと』(1861)、『地下室の手記』(1864)など精力的に作品を発表。その後、『罪と罰』(1866)、『白痴』(1868)、『悪霊』(1871)、『未成年』(1875)、『カラマーゾフの兄弟』(1880)の五大長編を著す。透徹したリアリズムによって人間の深淵を描き出したその文学作品は世界に多大な影響を与え、いまなお多くの読者を魅了しつづけている。  (P.2)



    ≪目次: ≫
    序 ドストエフスキー 共苦する力    なぜ、ドストエフスキーなのか/すべては許されている/小さな「神々」の誕生/野生化する時代の救い/「家族の偶有化」と「偶然の家族」/心の問題/ナドルイフを克服する大地/無神論に対する批判/共苦する力

    機 ̄震燭醗媚廚飽き裂かれて――『罪と罰』    『罪と罰』とは「最後の童話」である/傲りと甦り――『罪と罰』で追究しようとした主題/罪の自覚と神の存在の自覚/狂気の源泉はどこにあるのか/罪の理不尽――ラスコーリニコフを襲う運命/二人のラスコーリニコフ/神の試練、神の傲り/ナポレオン主義と「新しいエルサレム」/ラスコーリニコフに罪の自覚はあるのか/666とPPP――歴史としての『罪と罰』/大地へのキス/ラザロの復活/屋根裏部屋というトポス/旋毛虫の夢/ラスコーリニコフに救済と復活は訪れるのか/『罪と罰』に何を読みとるべきか
    供\酸と性の真実――『白痴』    「推測とほのめかし」に満ちた恐るべき小説/読者参加型の恋愛小説/ナスターシャの複雑な心理と行動/三角関係における「模倣の欲望」/嫉妬――根源的瞬間/恋愛小説に隠されたもうひとつの相貌/ラストシーンをどう読み解くか/『死せるキリスト』が象徴するもの/死の絶対性と究極の信仰
    掘/世里靴ばね――『悪霊』    革命に関わる人間の宿命を描く/時代の節目に注目される小説/ドストエフスキーは革命運動に何を見ていたのか/生命礼讃の哲学と「人間の傲慢さ」の悲劇/「神の不在」の光景/スタヴローギンの発見/謎に満ちたスタヴローギンの「告白」/「使嗾」か「黙過」か/「無関心」という病/ラスコーリニコフとスタヴローギンとのちがい/ルソーのモチーフ 使嗾のモチーフ/他者の苦しみにたいするまなざし
    検”禹Δ靴凌質悄宗宗悒ラマーゾフの兄弟』    父殺しという傷/父殺しの普遍的な意味/癲癇の発作に与えられた意味/「大審問官」における「荒野の誘惑」のテーマ/父殺しの犯人はだれか/四つのプリズムをとおして/注目される場面と脇役/父殺しの罪をどう受けとめるか/「神がいなければ、すべては許される」/自伝層に埋め込まれた物語/「ニコライ」の謎/「第二の小説」は存在しえた

    同期から共苦へ――あとがきに代えて (二〇〇九年三月 亀山 郁夫)


    ≪著者: ≫ 亀山郁夫 (かめやま・いくお) 1949年栃木県生まれ。ロシア文学者。東京外国語大学長。著書に『甦るフレーブニコフ』(平凡社,2009/初版は晶文社,1989)、『ロシア・アヴァンギャルド』(岩波新書,1996)、『破滅のマヤコフスキー』(筑摩書房,1998)、『磔のロシア――スターリンと芸術家たち』(岩波新書,2002)、『熱狂とユーフォリア――スターリン学のための序章』(平凡社,2003)、『ドストエフスキー 父殺しの文学』(NHK出版,2004)『「悪霊」になりたかった男』(みすず書房,2005)『大審問官スターリン』(小学館,2006)『「カラマーゾフの兄弟」続編を空想する』(光文社新書,2007)『ドストエフスキー 謎とちから』(文春新書,2007)など。訳書にグロイス『全体芸術様式スターリン』(現代思潮新社,2000)、アードイン『ゲルギエフとサンクトペテルブルクの奇跡』(音楽之友社,2006)、光文社古典新訳文庫のドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』(2006-07)、『罪と罰』(2008-09)などがある。

    亀山郁夫「ロシア・アヴァンギャルド」(岩波新書、1996)
    ドストエフスキー「白夜 Белые ночи, 1848』(小沼文彦訳、角川文庫クラシックス、1958)
    ドストエフスキー「地下室の手記 Записки из подполья, 1864』(安岡治子訳、光文社古典新訳文庫、2007)
    ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 5 エピローグ別巻 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
    ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第4部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
    ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第3部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
    ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第2部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
    ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第1部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
    亀山郁夫「大審問官スターリン Иосиф Виссарионович Сталин」(小学館、2006)
    亀山郁夫「ドストエフスキー 父殺しの文学 〈下〉」(NHKブックス、2004)
    亀山郁夫「ドストエフスキー 父殺しの文学 〈上〉」(NHKブックス、2004)
    亀山郁夫「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」(光文社新書、2007)
    亀山郁夫「『悪霊』神になりたかった男」(理想の教室、みすず書房、2005)
    亀山郁夫「ドストエフスキー 謎とちから」(文春新書、2007)
    亀山郁夫+佐藤優「ロシア 闇と魂の国家」(文春新書、2008)







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    本「哲学原理  René Descartes, PRINCIPIA PHILOSOPHIAE, 1644 (ちくま学芸文庫)」ルネ・デカルト、山田弘明/吉田健太郎/久保田進一/岩佐宣明 [訳・注解]5

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    哲学原理 (ちくま学芸文庫)
    哲学原理  René Descartes, PRINCIPIA PHILOSOPHIAE, 1644 (ちくま学芸文庫)

    ○著者: ルネ・デカルト、山田弘明/吉田健太郎/久保田進一/岩佐宣明 [訳・注解]
    ○出版: 筑摩書房 (2009/3, 文庫 374ページ)
    ○価格: 1,260円
    ○ISBN: 978-4480092083
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    いきなりスゴイ!
    1 真理を探究するには、一生に一度は、すべてのことについてできるかぎり疑うべきである。
    2 疑わしいものは虚偽とみなされるべきである。
    3 しかしその間、この疑いは実生活に及ぼされるべきではない。
    4 なぜ感覚的事物をわれわれは疑えるか。
    5 なぜ数学の証明についても疑えるか。
    6 われわれは疑わしいものに同意を拒み、かくして誤謬を避けることができる自由意志を持っている。
    7 われわれが疑っている間われわれが存在するということは、疑われることはできない。そして、これは順序に従って哲学する際に、われわれが認識する最初のものである。
    ・・・・・・  (P.284、「目次」)

    なるほど、哲学の原理。(第一部の訳と注解、入門書。)
    ところで、「形而上学」ってなんだ?(いまだにわかりえない)


    ≪目次: ≫
    訳者はしがき
    著者の書簡(仏訳序文)
    エリザベト女王への献辞
    『哲学原理』第一部 人間的認識の原理について(本文・解釈・参照)

    目次
    訳注
    訳者解説
    あとがき
    (訳者を代表して 二〇〇九年二月 山田弘明)
    索引(日本語索引・ラテン語索引)


    ≪著者: ≫ ルネ・デカルト (René Descartes) 1596-1650年。フランス、トゥレーヌ州の法服貴族の家に生まれる。イエズス会系のラフレーシ学院でスコラ哲学や数学を、ポアティエ大学で法学と医学を学ぶ。欧州を転々としながら、科学者たちの知己を得、数学や光学の研究に携わる。1628年以降、オランダに移住。『方法序説』『哲学原理』などの著作を遺し、近代哲学の基礎を築いた。招聘先のストックホルムにて死去。

    [訳者・注解者] 山田弘明 (やまだ・ひろあき) 名古屋文理大学教授。
    [訳者・注解者] 吉田健太郎 (よしだ・けんたろう) 愛知教育大学准教授。
    [訳者・注解者] 久保田進一 (くぼた・しんいち) 中京大学講師。
    [訳者・注解者] 岩佐宣明 (いわさ・のぶあき) 愛知県立大学講師。

    小泉義之『デカルトの哲学』(人文書院、2009/7)
    小泉義之『デカルト=哲学のすすめ』(講談社現代新書、1996)
    小泉義之『兵士デカルト 戦いから祈りへ』(勁草書房、1995)
    谷川多佳子『デカルト『方法序説』を読む』(岩波セミナーブックス、2002)
    デカルト『情念論  LES PASSIONS DE L'AME, 1649』(谷川多佳子訳、岩波文庫、2008)
    デカルト『方法序説  Discours de la méthode, 1637』(谷川多佳子訳、ワイド版岩波文庫、2001)







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    本「環境税 税財政改革と持続可能な福祉社会  ENVIRONMENTAL TAX」足立治郎(「環境・持続社会」研究センター)5

    ブログネタ
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    環境税―税財政改革と持続可能な福祉社会
    環境税 税財政改革と持続可能な福祉社会  ENVIRONMENTAL TAX

    ○著者: 足立治郎(「環境・持続社会」研究センター
    ○出版: 築地書館 (2004/7, 単行本 251ページ)
    ○価格: 2,520円
    ○ISBN: 978-4806712916
    おすすめ度: 5.0
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    なにゆえに、日本国においては“環境税(environmental tax)”が導入されていないのか?
    まぁ、一方(推進派?!)からの意見(本書の論説)のみをたよりとして、そもそもこれまでぼくが知りえなかった状況においての解釈に、バランスの悪さを感じつつ。そしてなにより、現状における現実として、環境税が採用されてはいない事実(それなりの必然)。そう、本書において数多く例示される反対意見にも、少なからぬ理解を示さないわけではない。日本以外の先進諸外国において、すでに広く導入されているのだから、すなわち日本においても!!?、と言えるほどにはカンタンなものでもなかろう。
    そう、現在の便利な生活があたりまえのものであり、当然に無償(に限りなく近い費用負担)で享受できるものとの考えに、(やっと最近になって気にしはじめたであることから大きな声では言えないのだが)、疑問を呈さないではいられないような気がしている、が、気がしているだけで、だからと言ってなんらかの行動を起こす用意はなく、みずからひとりでモッタイナイモッタイナイとつぶやきながら!?、かなぁ?


    ≪目次: ≫
    はじめに
    犠蓮ヾ超税の現在
    1 環境税・環境関連税とは
    2 日本の環境税・環境関連税
    1 環境関連税の概要/2環境税とはいえない、日本の現在のエネルギー税/3 不十分な自動車関連税のグリーン化/4 租税特別措置頼みからの脱却が必要/5 環境税の時代(国による炭素税(温暖化対策税)の検討加速化 自治体の様々な検討・導入の進展)
    3 世界の環境税
    1 持続可能な社会構築に向けたデンマークの事例/2 地球温暖化防止のための導入状況
    《コラム1:フロン税》

    蕎蓮ヾ超税と環境保全
    1 地球温暖化の進展
    1 国際条約(京都議定書)と環境税/2 甚大な被害を防ぐ長期的観点と環境税(増大し続けるCO2排出 地球の気温上昇 地球温暖化による被害 日本・先進国の責任と環境税)
    2 環境税が地球温暖化防止政策の中でも急務である理由
    1 あらゆる人・企業のCO2排出削減を促進できる/2 継続的に環境保全の効果を発揮する/3 環境税の導入は、他の環境政策を促進する(環境税の税収を、さらに環境保全活用可能 環境税論議が、温暖化防止のための包括的な税財政改革を促進 環境税が協定・排出量取引の議論を活性化)
    3 環境税のCO2排出削減効果
    4 環境税とその他の環境政策のポリシーミックス
    1 協定と環境税/2 排出量取引と環境税
    《コラム2:米国と環境税》

    珪蓮ヾ超税と経済・雇用
    1 環境税と、公正で活性化した経済
    1 環境コストを経済システムに組み込み、公正なマーケットを確立/2 欧州での環境税論議における経済・雇用の重視
    2 経済・雇用を考慮した環境税の制度設計
    1 環境税課税による税負担の増加/2 欧州では「税収中立」が基本/3 国際競争力問題への対応(環境税の国際競争力問題とは何か 国際競争力問題の対応措置の検討)/4 環境税の負担割合の大きい起業の扱い/5 温暖化対策を進める企業に対する環境税の税収の活用
    3 環境税の経済・雇用への影響に関する議論・分析
    1 二重の配当論/2 モデル試算
    4 環境と両立する経済・産業・雇用構造
    《コラム3-1:環境派VS経済派から、環境派と経済派の融合へ》
    《コラム3-2:企業と環境税》

    絃蓮ヾ超税と暮らし・福祉
    1 環境税によるライフスタイルの変化
    1 ライフスタイルを変革するための環境税の必要性/2 環境税による移動スタイルの変化/3 環境税による居住スタイルの改善
    2 ライフスタイルによる環境税課税の負担の相違
    1 環境税課税の規模/2 環境税課税の負担の帰着
    3 環境税の税収使途を含め、個人の収支を考える
    1 「減税」に環境税の税収を活用する場合/2 「温暖化対策」に環境税の税収を活用する場合
    4 環境税と福祉
    1 環境税と所得再分配・低所得者対策/2 環境・経済・福祉がともに成り立つ持続可能な社会
    《コラム4:NGO/NPO?》

    江蓮ヾ超税と税制・財政
    1 炭素税エネルギー税
    1 炭素税検討進展とエネルギー税改革論議
    2 エネルギー対策特別会計(石特会計・電特会計)を改革する(二〇〇二年に決まった「部分的」改革 積み残された課題)/3 道路特定財源を改革する(「道路特定財源となるエネルギー税」の概略 積み残された課題)/4 環境税導入と既存エネルギー税改革の調整・組み合わせ(化石燃料に対する課税の早期強化 二重課税? 化石燃料課税強化とともに、電力課税を強化・改革する)
    2 「環境税の使途」を税制・財政の中でどう位置付けるか
    1 他の税の減税(社会保険料の軽減 法人税・所得税の減税 消費税の減税)/2 環境対策に充てる/3 財政赤字の補填
    3 環境税と包括的な税制・財政改革
    1 増税か、税収中立か、減税か/2 環境税を課すのは、国か自治体か/3 環境税を特別会計に入れるか一般会計に入れるか/4 環境税は、持続可能な社会を構築する税財政改革の第一歩
    《コラム5:NGOの自律》

    詐蓮|狼絏甲伐祝瓢澆里燭瓩隆超税のデザイン
    1 制度設計の重要性
    2 制度設計のキーポイント
    1 導入是非・導入時期/2 課税対象/3 課税主体/4 課税段階/5 税率/6 軽減措置/7 税収の使途/8 現行エネルギー税改革と環境税/9 地球温暖化防止のためのポリシーミックス
    3 環境省案の評価と政府政策担当者への提案
    (導入時期/課税対象 課税主体 課税段階 税率 軽減措置 使途 エネルギー税と環境税 ポリシーミックス)
    4 炭素税研究会の制度設計案の紹介とご意見の募集
    《コラム6:民間からの政策提言》

    讃蓮ヾ超税と市民
    1 政策プロセスを知り、私たちにできることを探る
    2 政策プロセスの状況
    3 効果的・公正な環境税構築のための政策プロセス
    1 透明性・説明責任の徹底/2 特定利益を排除する政策プロセスの構築/3 定期的なレビューの実施
    4 「個」の力
    1 税は国民のお金。主権者は国民/2 市民が環境税制度をチェック・立案・実現する/3 世界に誇れる環境税実現のための各セクターの協力
    《コラム7:誇りと敬意》

    注釈
    図表出典一覧
    あとがき (二〇〇四年六月一五日 足立治郎)
    索引


    ≪著者: ≫ 足立治郎 (あだち じろう) 独立した環境・開発政策の調査研究・政策提言活動で国内外から注目されているNGO『「環境・持続社会」研究センター』(JACSES)事務局長。1967年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。東レ株式会社(営業部・人事部)を経て現職。他に炭素税研究会コーディネーター、気候ネットワーク運営委員、横浜国立大学非常勤講師などをつとめている。 本書が単著としての書き下ろし第一作である。

    「環境・持続社会」研究センター(JACSES)編『カーボン・マーケットとCDM どうとらえ、どう使いこなす?』(築地書館、2009/4)







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    本「カントの批判哲学  Gilles Deleuze: LA PHILOSOPHIE CRITIQUE DE KANT, Press Universitaire de France, Coll, 《Quadrige》, 2004, c1963 (ちくま学芸文庫)」ジル・ドゥルーズ 國分功一郎 訳5

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    カントの批判哲学 (ちくま学芸文庫)
    カントの批判哲学  Gilles Deleuze: LA PHILOSOPHIE CRITIQUE DE KANT, Press Universitaire de France, Coll, 《Quadrige》, 2004, c1963 (ちくま学芸文庫)

    ○著者: ジル・ドゥルーズ、國分功一郎 訳
    ○出版: 筑摩書房 (2008/1, 文庫 237ページ)
    ○価格: 924円
    ○ISBN: 978-4480091307
    おすすめ度: 4.5
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    なんと言ったらいいのだろう。物語を読みすすめているときとは異なる?!〈快〉感覚。わかった気はまったくしていない。わかることがないのに、わかることがなくても、止めたいと思うことがない。なにを目的として?。
    わからないことにたいするジレンマというのか、イライラしちゃうような感情がないわけではない(むしろそれもひとつの原動力かと)。そもそもわかるとは、どういうことなのか、まったくもってわからない、どのような状態をして「わかった」と言っていいのか、わからない、わからない。
    ますます社会性を欠き、他者との距離感というのか、深い溝のようなものを。ぼくが無自覚のままに介在しちゃうことによって。あぁぁ。


    ≪目次: ≫
    序論 超越論的方法
    カントの理性観/能力という語の第一の意味/高次の認識能力/高次の欲求能力/能力という語の第二の意味/能力という語の二つの意味の関係
    第一章 純粋理性批判における諸能力の関係
    ア・プリオリと超越論的/コペルニクス的転回/総合と立法的悟性/構想力の役割/理性の役割/諸能力間の関係の問題――共通感覚/正当な使用と不当な使用
    第二章 実践理性批判における諸能力の関係
    立法的理性/自由の問題/悟性の役割/道徳的共通感覚と諸々の不当な使用/実現の問題/実現の諸条件/実戦的関心と思弁的関心
    第三章 判断力批判における諸能力の関係
    感情の高次形態は存在するか?/美的共通感覚/崇高における諸能力の関係/発生の観点/自然における象徴作用/芸術における象徴作用、あるいは天才/判断力はひとつの才能であるか?/美学から目的論へ
    結論 理性の諸目的
    諸能力の理説/諸目的の理論/歴史あるいは実現

    簡易参考文献表
    原註
    訳注
    訳者解説/國分功一郎    1 カント哲学の教科書としての『カントの批判哲学』(a.認識能力の場合『純粋理性批判』 b.欲求能力の場合『実践理性批判』 c.感情能力の場合『判断力批判』)/2 ドゥルーズ哲学形成一契機としての『カントの批判哲学』(a,いかなる意味でカントはドゥルーズの『敵』だったのか? b.カントのどこを乗り越えねばならなかったのか? c.新しい超越論哲学の企て1――ライプニッツと「特異性‐出来事」 d.新しい超越論哲学の企て2――ベルクソンと「潜在性」 e.分かり易いドゥルーズ哲学)/3 カントとドゥルーズの自然史


    ≪著者: ≫ ジル・ドゥルーズ (Gilles Deleuze) 1925-95年。フランスの哲学者。1970年よりパリ第8大学教授。60年代以降の言語論的な転回、ポスト構造主義の思想的文脈のなかで思索を重ね、主著『差異と反復』(1968年)などを世に問う。また、ガタリとの共著『アンチ・オイディプス』(1972年)、『千のプラトー』(1980年)は、精神分析やマルクス主義の概念を援用した資本主義社会論として、大きな影響を与えた。

    [訳者] 國分功一郎 (こくぶん・こういちろう) 1974年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科修了。パリ第10大学を経て、現在、多摩美術大学非常勤講師。







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    本「闊歩するゲーテ」柴田 翔5

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    闊歩するゲーテ
    闊歩するゲーテ

    ○著者: 柴田 翔
    ○出版: 筑摩書房 (2009/7, 単行本 234ページ)
    ○価格: 2,940円
    ○ISBN: 978-4480838100
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    西ヨーロッパ内部における後進国ドイツにおける“近代”形成期としての“ゲーテの時代”。隣国におけるフランス革命に引きずられるようにして近世から近代へ切り変わって行く、社会的転形期。近代の可能性とは? (P.90、「第2章 ゲーテ読解の視座」)

    ヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ(Johann Wolfgang Goethe, 1749-1832)


    ≪目次: ≫
    第1章 無限宇宙へ伸びる視線――ゲーテとは誰だったのか (『新潮』1999年12月号 ゲーテ生誕150周年特集。加筆修正 2009年5月。)
    はじめに
    第1節 『親和力』 (1 自然の力/2 近代批判の根拠/3 末尾の一節/4 永遠の相の下で)
    第2節 幻想・時間・危機 (1 神話的時空の幻想/2 〈時間〉の中で/3 ご家庭の幸福/4 道徳を盾にして)
    第3節 〈希望〉の囁きと死の影 (1 空の空なり!/2 制度と〈希望〉/3 仮想のオリエント/4 神話的時空の消滅)
    第4節 宇宙空間への脱出 (1 悲哀と高揚/2 聖女マカーリエの宇宙/3 生命の祝祭と恩寵/4 恩寵と実存)

    第2章 ゲーテ読解の視座の変遷――私的研究小史 (東京大学文学部文化交流談話会・退官談話 1995年3月1日、初出『詩・言語』49号 1995年10月)
    本日のテーマについて/研究前史 何故ゲーテ時代に関心を引かれたか(敗戦経験)/初期の方法論 作品の内部から外部=歴史へ(修士論文の用意)/出発点 歴史という視座 近代の深化者ゲーテ??(修士論文)/うろうろの時期 留学、大学紛争、ベンヤミン/過渡期 人類史という視座 人類史を透視するゲーテ/全体ではなく無限 芸術論的基礎の試み/一応の結論 自然史という視座 宇宙の生命のなかに生きるゲーテ/ゲーテのダブル・スタンダード 歴史と自然史の亀裂/巨視的ゲーテ像から具体相におけるゲーテへ 近世人ゲーテ

    第3章 文学研究方法私的序説 あるいは 山の登り方について および 実例の試み (東京大学文学部での最終授業 1995年1月25日、初出『詩・言語』49号 1995年10月)
    はじめに
    第1節 文学研究方法私的序説 (1 文学研究の本質 文学研究者とはどんな種類の人間か/2 文学研究の特質 登山道の風景あるいは対象の構造/3 文学研究の方法 作品の内部から外部へ)
    第2節 実例 詩を読む試み (1 成立事情など/2 テキストを読む/3 詩を外部へ読み開く/4 『ファウスト第局堯戮箸隆慙◆

    補章 ゲーテ――その時代、生涯、作品 (本稿は、集英社『世界文学大事典』全6巻(1998年)の「ゲーテ」の項目のために書かれたものをもとにし、事典収録に際して長さの制約のために大幅にカットした部分を復元した上で、新たに加筆したものである。原稿執筆は1989年。)
    ゲーテ ヨーハン・ヴォルフガング(Johann Wolfgang Goethe, 1749年8月28日〜1832年3月22日)
    時代/生地/家系/少年時代/ライプチヒ修学期/病床シュトラースブルク疾風怒濤(シュトゥルム・ウント・ドラング)ヴァイマル初期/イタリア旅行/内的危機の時代――フランス革命の勃発/古典主義――暫定的平和の時代/新たなる戦乱と自然への回帰/平和到来と老年の生命力/晩年/最後の創造
    作品解題 (『若きヴェルテルの悩み』Die Leiden des jungen Werthers、1774年刊『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』Wilhelm Meisters Lehrjahre、1795-96年刊/『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』Wilhelm Meisters Wandejahre oder Die Entsagenden 全3巻、1829年刊)/『ファウスト 悲劇第吃堯β茘局堯Faust, Der Tragödie erster Theil, zweyter Theil、第吃1806年成立、08年刊、29年初演。第局1825-32年成立、32年没後刊、54年初演。

    あとがき (柴田 翔)

    ゲーテ略年譜
    ドイツ史簡易年表


    ≪著者: ≫ 柴田 翔 (しばた・しょう) 1935年生まれ。作家、ドイツ文学研究者。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。1964年に『されどわれらが日々――』で第51回芥川賞を受賞。以後も作家活動の傍ら、東京都立大学、東京大学文学部でゲーテを中心にドイツ文学を教える。1995年から10年間、共立女子大学文芸学部教授として、演習「詩を読む」などの授業を担当した。著書に『内面世界に映る歴史』、『贈る言葉』、『突然にシーリアス』、『記憶の街角 遇った人々』(筑摩書房)、『詩に映るゲーテの生涯』(丸善ライブラリー)、『詩への道しるべ』(ちくまプリマー新書)、訳書に『ファウスト』(講談社文芸文庫)などがある。

    フランツ・カフカ『カフカ・セレクション供 ̄親亜森澗』(柴田翔訳、平野嘉彦編、ちくま文庫、2008)
    ヨハーン・ヴォルフガング・ゲーテ『ファウスト 第二部』(池内紀訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2004)
    ヨハーン・ヴォルフガング・ゲーテ『ファウスト 第一部』(池内紀訳、集英社文庫ヘリテージシリーズ、2004)
    池内紀『ゲーテさんこんばんは』(集英社文庫、2005)







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    本「そばかすの少年  Gene Stratton-Porter, FRECKLES, 1904 (光文社古典新訳文庫)」ポーター、鹿田昌美 訳5

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    そばかすの少年 (光文社古典新訳文庫)
    そばかすの少年  Gene Stratton-Porter, FRECKLES, 1904 (光文社古典新訳文庫)

    ○著者: ジーン・ストラトン・ポーター、鹿田昌美 訳
    ○出版: 光文社 (2009/5, 文庫 506ページ)
    ○価格: 940円
    ○ISBN: 978-4334751814
    おすすめ度: 5.0
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    当初のタイトルは、“The Falling Feather”(舞い落ちる羽根)。エンジェルと称される少女との愛の物語もひとつの柱であり、リンバロストの森に棲む鳥たちも欠くことのできないポジションにあろうかと。
    しかし、確かに“そばかすの少年”(Freckles)を中心として、主人公の座を片時も譲ることなく展開される物語ではある。
    20世紀初め、アメリカ(新大陸?!)。海を隔てたアイルランドとスコットランドと。
    森(自然)にたいする“おそれ”?!、湿気を忌避してみたり。

    ところで、“自然”ってなんだろう。どのような状態であろうか。
    “森”を見て「手つかずの自然」と言うのはチガウ気がする。人間の手が入っていない森はない?!。生物多様性?!、森の一点・一カ所?!に、なにげなく手を加えたことの影響は、想像をはるかに超えて計り知れない展開へと、連関を無視できない。闇、森の奥深く。植物も動物も生き残りに必死。生存競争、自然選択(淘汰)、片時も気が休まる時などない、厳しい?!自然。安息日


    ≪目次: ≫
    第1章 やってきた少年
    第2章 森の仲間
    第3章 舞い降りた羽根
    第4章 敵と新たな使命
    第5章 天使があらわれた
    第6章 放たれた銃弾
    第7章 小径の足跡
    第8章 町での出来事
    第9章 サラの災難
    第10章 三枚の緑葉
    第11章 蝶の宴会
    第12章 侵入者たち
    第13章 大急ぎのエンジェル
    第14章 下された天罰
    第15章 ヒナの撮影
    第16章 にぎやかな森の食卓
    第17章 突然の悲劇
    第18章 エンジェルの調査
    第19章 運命の人
    第20章 そばかすのふるさと

    解説/信岡朝子(日本学術振興会特別研究員)
    ポーター年譜
    訳者あとがき (二〇〇九年 桜の季節に)


    ≪著者: ≫ ジーン・ストラトン・ポーター (Gene Stratton-Porter, 1863-1924) アメリカの小説家、ナチュラリスト。インディアナ州の農場で十二人の兄弟の末っ子として生まれる。幼少のころは豊かな自然のなかで、家族から動物の生態について学び、ファーブルやバローズ、シートンなど自然科学をテーマとする本を読みあさる。1886年、薬剤師だったチャールズと結婚し、リンバロストの沼地があるジュニーヴァに移り住む。ここを拠点に鳥類などの写真を撮り、コラムを雑誌に掲載するようになる。1903年出版したネイチャーブックに続き1904年、最初の小説である本書『そばかすの少年』を刊行。200万部を超える大ベストセラーに。1909年に刊行した姉妹編『リンバロストの乙女』も同様に大ヒットとなる。

    [訳者] 鹿田昌美 (Shikata Masami) 1970年生まれ。国際基督教大学卒。翻訳家。主な訳書に『ゴシップガール』シリーズ(セシリー・V・Z)、『ダークレディと呼ばれて 二重らせん発見とロザリンド・フランクリンの真実』(マドックス)、『豚が飛んだら』(シスマン)、ソウル・サーファー サメに片腕を奪われた13歳』(ハミルトン)、『大統領選挙とバニラウォッカ』(ゴア)など。







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    本「カーボン・マーケットとCDM どうとらえ、どう使いこなす?」環境・持続社会研究センター(JACSES)編5

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    カーボン・マーケットとCDM―どうとらえ、どう使いこなす?
    カーボン・マーケットとCDM どうとらえ、どう使いこなす?

    ○著者: 「環境・持続社会」研究センター(JACSES)
    ○出版: 築地書館 (2009/4, 単行本 261ページ)
    ○価格: 2,520円
    ○ISBN: 978-4806713821
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    あぁ〜、ぼくには無縁だと思って。ずいぶん前にチェックしていながら、なんどか気になりながらも、読まないつもりだったのに。いつも活用している会社近くの図書館の新刊図書の棚に見かけてしまっては、自然に手が伸びるのを止めることはできない。
    マーケット(市場)。
    ストレートな物言いをしない大人のケンカ?!、流儀というのか、相手の存在を認めつつ。レヴェルの差異が大きければ、同じ土俵に乗ることがなければ、そもそも眼中になく、(労力を費やしてリスクを冒して)争うまでもなく。


    ≪目次: ≫
    序章 世界が低炭素社会へ向かう道筋とは?――CDM、カーボン・マーケットの現状と課題/古沢広祐(国学院大学教授)
    1 現状と見通し/2 本書のねらい/3 本書の構成(簡単な内容紹介)
    第1章 クリーン開発メカニズムの現状と課題明日香壽川(東北大学教授)
    1 京都メカニズム導入の政治的背景/2 京都メカニズムをめぐる動き‐クレジットの質の違いと価格の違いを中心として/3 CDMクレジット市場の現状/4 CDMの課題/5 CDMと他の制度との関わり/6 今後の展望
    コラム1「現在のクレジット価格は一体全体どこから来たのか?」
    コラム2「非追加的プロジェクトの具体例‐明日香新幹線プロジェクト」
    第2章 CDMと持続可能な発展/古沢広祐(国学院大学教授)
    1 本章の背景とCDM発行プロセス2 CDMプロセスと持続可能な発展/3 ホスト国の承認における持続可能な発展/4 投資国の承認における持続可能な発展‐日本を例にして/5 NGO等による持続可能な発展指標/6 おわりに
    第3章 CDMのプロジェクト地域とタイプの偏在/井筒沙美(ナットソース・ジャパン)
    1 CER市場の現状/2 偏在するCDMの現状/3 偏在の主な原因――ビジネスとしてのCDM開発/4 偏在するCDM開発に対する課題と取り組み/5 おわりに
    コラム3「ユニラテラルCDM」
    第4章 ゴールド・スタンダードの有効性と課題/山岸尚之(WWFジャパン)
    1 ゴールド・スタンダード創設の背景/2 ゴールド・スタンダードの目的と仕組み/3 ゴールド・スタンダードが適用されたプロジェクト事例/4 ゴールド・スタンダードの成果・課題・展望
    コラム4「拡大するボランタリー・マーケットでのゴールド・スタンダード」
    第5章 カーボン・オフセット/西俣先子(国学院大学非常勤講師)・足立治郎(JACSES事務局長)
    1 カーボン・オフセットとは/2 日本におけるカーボン・オフセットとうたっている取り組み事例/3 カーボン・オフセットに使用されているクレジット/4 カーボン・オフセットに関する制度整備状況/5 オフセット・プロバイダー/6 カーボン・オフセットの課題および議論
    コラム5「国内のオフセット・プロバイダー」
    第6章 CDM、カーボン・マーケットの適正化/足立治郎・西俣先子
    1 気候変動対策とCDM/2 問われるCDMの質/3 問題があるとされるCDMの事例と考察/4 悪質なCDMの防止策――現行のチェック体制強化と補完的な新たなチェック体制の提案/5 カーボン・マーケットの質の向上と気候変動対策/6 気候変動対策の可能性と課題
    コラム6「ODA・多国間開発銀行をウオッチしてきたNGO」田辺有輝(JACSES)
    コラム7「“京都議定書”の検証はCOP3京都会議ホスト国の責任――二〇一三年以降の国際枠組みが真の排出量削減につながるために」黒坂三和子(JCSD)

    あとがき (「環境・持続社会」研究センター事務局長 足立治郎)
    用語解説    オークション(Auction)/温室効果ガス(Green House Gas/GHG)/温室効果ガス排出削減量購入協定(Emisions Reductions Purchase Agreement/ERPA)/カーボン・オフセット(Carbon Offset)/カーボン・ニュートラル(Carbon Neutral)/カーボン・フットプリント(Carbon Footprint)/緩和(Mitigation)/気候変動に関する国際連合枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change/UNFCCC)/気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change/IPCC)/キャップ・アンド・トレード(Cap and Trade)/究極的な目的(Ultimate Objective)/共通だが差異ある責任(Common but Differentiated Responsibility)/共同実施(Joint Implementation/JI)/京都議定書(Kyoto Protocol/KP)/京都メカニズム(Kyoto Mechanism)/京都議定書目標達成計画(Kyoto Protocol Target Achievement Plan)/クールアースパートナーシップ(Cool Earth Partnership)/クレジット(Credit)/グランドファザリング(Grandfathering)/グリーン投資(インベストメント)スキーム(Green Investment Scheme/GIS)/クリーン開発メカニズム(Clean Development Mechanism/CDM)/限界削減費用(Marginal Abatement Cost/MAC)/検証排出削減量(Verified Emissions Reducation/VER)/コミュニティ開発炭素基金(Community Development Carbon Fund/CDCF)/国際連帯税(International Solidarity Tax)/国内クレジット(国内CDM)制度/国内(域内)排出量取引制度/サーティフィケーション、認証(Certification)/自主行動計画(Voluntary Action Plan)/持続可能な発展、開発(Sustainable Development/SD)/指定国家機関(Designated National Authority/DNA)/指定運営組織(Designated Operational Entity/DOE)/遵守行動計画(Compliance Action Plan)/順守メカニズム(Compliance Machanism)/省エネルギー法(Energy Saving Act)/初期割当量(Assigned Amount Unit/AAU)申請組織(Applicant Enitity/AE)/小規模CDM(Small Scale CDM Project)/植林・再植林・森林減少(Afforestation, Reforestation and Deforestation Activities/ARD)/植林・再植林(Afforestation or Reforestation Project/Activity under the CDM)/シンク・吸収源(Sink)/スターン・レビュー(Stern Review)/政策CDM/製品CDM/セクター別アプローチ(Sectoral Approach)/セクター no lose 目標/セクトラルCDM/ソーラー・クッカー(Solar Cooker)/第一約束期間(the First Commitment Period)/第二約束期間(the Second Commitement Period)/短期的期限付きクレジット(Temporary CER/tCER)/炭素基金(Prototype Carbon Fund/PCF)/炭素市場、カーボン・マーケット(Carbon Market)/中長期気候目標(Mid-Long Term Climate Objective)/長期的期限付きクレジット(Long-term/lCDR)/直接排出/追加性(Additionality)/低炭素社会(Low-carbon Society)/適応(Adaptation)/適応基金(Addptation Fund)/投資国(Investment Country)/土地利用、土地利用変化および林業(Land Use, Land Use Change and Forestry/LULUCF)/認証排出削減ユニット購入入札(Emission Reduction Unit Procurement Tender/ERUPT)/バイオ炭素基金(Bio Carbon Fund/BioCF)/排出量取引制度(Emissions Trading/ET)/排出量算定報告公表制度/バイラテルCDM(Bilateral CDM)/バウンダリー(Boundary)/バリデーション・有効化審査(Validation)/バリデーター(Validater)/バリ・ロードマップ(Bali Roadmap)/バンカー・オイル(Bunker Oil)/バンキング(Banking)/福田ビジョン(Fukuda Vision)/附属書宜顱Annex Countries)/附属書狭顱Annex Countries)/プログラムCDM/プロジェクト設計図(Project Design Document/PDD)/ベースライン・アンド・クレジット(Baseline and Credit)/ベリファイアー(Verifier)/ベリフィケーション・検証(Verification)/ベンチマーキング(Benchmarking)/ホット・エアー(Hot Air)/補完性原則(Supplementarity)/ホスト国(Host Country)/ボローイング(Borrowing)/マラケシュ合意(The Marrakesh Accords)/モニタリング方法論(Monitoring Methodologies)/ユニラテラルCDM(Unilateral CDM)/AFOLU(農業、林業及び他の土地利用,Aguriculture, Forestry and Other Land Use/AFOLU)/AIJプロジェクト(Activities Implemented Jointly/AIJ)/CCS(CO²回収・貯蔵,Carbon Dioxide Capture and Storage/CCS)/CDM理事会(CDM Ekecutive Board?CDM EB)/CER(Certificated Emition Reduction/CER)/CERUPT(Certified Emission Reducation Unit Procurement Tender/CERUPT)/EUアローワンス(EU Allowances/EUA)/EU域内排出量取引制度(EU Emission Trading Scheme/EU ETS)/GWP(地球温暖化係数,Global Warming Protential/GWP)/REDO(Reducing Emissions from Deforestation and Degradation in Developing Countries)/RMU(除去単位,Removal Unit/RMU)
    著者略歴


    [編者] 「環境・持続社会」研究センター(JACSES) 幅広い市民と専門家の参加・協力の下、政策その他の調査研究、日本と海外の情報交換、これらに基づく情報サービスと政策提言活動を進め、持続可能な社会を創造することを目指す、独立・非営利の民間シンクタンク、NGO、NPO法人(特定非営利活動法人)。税財政改革、ODA改革、貿易改革、持続可能な社会像の提示、国際会議のフォローアップなどを行う。URL http://www.jacses.org/







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    主として“本”が織りなす虚構の世界を彷徨う♪

    ‘表 BLOG (since 2006.8)
    ▲ロスバイク TREK 7.3FX(神金自転車商会 since 2008.8)
    写真 Canon IXY900IS(since 2006.12.4) & EOS40D + EF-S17-85mm F4-5.6 IS USM(since 2008.7.23) + EF100mm F2.8 Macro USM(used, since 2008.9.10) + EF-S55-250mm F4-5.6 IS(used, since 2008.9.30) + EF50mm F1.8 供used, since 2009.4.4)

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