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〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

2009年09月

本「日本の私鉄 京王電鉄」広岡友紀5

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日本の私鉄 京王電鉄
日本の私鉄 京王電鉄

○著者: 広岡友紀
○出版: 毎日新聞社 (2009/7, 単行本 192ページ)
○価格: 1,575円
○ISBN: 978-4620319391
おすすめ度: 3.0
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雨の日は、愛用のクロスバイクは危ないから乗らない。視界も路面状況も悪くて危険なだけでなく、後のお手入れもタイヘンで、たのしめない。
月末なのに、営業会社なのに、緊張感が感じられないのは、ある意味での会社の“文化”なのであろう。いまさらジタバタしても、というわけでもないのであろうが、全員総出の総力戦でヒッチャカメッチャカという雰囲気でもないので、もっとも顧客(不動産売買の当事者たる売主・買主)が慌ただしい状態にあるところから疎外されてしまっている感は否めなくもないのだが、それはそれとしてひとつの“文化”との解釈を採用することにして(それを言い訳にもして)、いつからか休みをとってしまうことも少なくないのだ。じつは、熱く夢中に必死になれないところは、ぼくの中にも頑として在るみたいで、まぁいいかぁ、仕方がないなぁ、と、妙に納得。
朝から雨とあっては、行動範囲は限定される。まるで羽がはえたようにクロスバイクで風と共に♪、とはいかない。晴れない気持ちのままに、ちょっとまえから行ってみたいと思っていた国立公文書館に足を運ぶ、もちろん京王線(及び都営新宿線)を利用して、電車でGo!(通勤定期区間内である九段下駅で下車し清水門から北の丸公園に入り吉田茂像を拝み見て科学技術館を通過するコースを傘をさして歩く)、、、そう、すでにずいぶんまえに読了したまま書きえない、献本を受けている(書評めいたものを書き記さねばならない)『「東京裁判」を読む』(日本経済新聞出版社、2009年)が、頭の片隅にチラチラチラつく。無計画のままに足を運んでみたところで、資料にめぼしをつけているわけでもなく、無料の常設展と、雰囲気のある建物を眺めて満足して足早に去る(ナニヲシテイルノダカ)。帰路、九段下駅までの道中にある千代田図書館は千代田区役所おなじ建物で、比較的新しいビルの10階には食堂が備えられていて、ランチが450円から(ごはんの大盛りに追加料金がかからないのがウレシイ)、本日のメニューは揚げ豆腐のあんかけ定食(もちろんゴハン大盛り450円也)。エネルギー補給の前には、ほぼオシゴトと化している感もある読書、図書館の静かな(とも限られない)空間でいそしむ。満たされたお腹を抱えて(食べた分だけ突出する腹部は加齢の証し?!)、止む気配を見せない雨を恨めしげに眺めながら(クルクルまわしたい!)自室に戻り、書く。で、まだ雨やまず、16時半過ぎ。自室近くの図書館分館は、通常は17時で閉館だけど、むむむむむ、もしかしたら??!、そう、水曜日と金曜日は18時までオープンしていることをWeb上でチェックしてから、傘をさして歩いて行ったよ、お気に入りのいつものコーナー、空間で、こころ休まる読書タイムが1時間以上も確保できるとあっては、晴れない天気も気にならない(ワケガナイ、怒!)とばかりに。そこで本来読むべき(読みたいと思って予定していた)本は、ちょっと難解な長大な本で、やっぱり迷いというのか、忌避したい感情が露呈してしまったのであろうか、コンジョウナシ!!?、入口近くの、新刊本なのか、ときに地域性を前面に出したオススメコーナーの本棚にあった本書がぼくを誘う、フラフラ〜。自宅である(家族が住む)新築マンションを購入した10数年前以来の最寄り沿線であり、電車通勤をするようになった30歳以降(営業職を辞して事務職に就いて以来)10年弱、日々利用している京王電鉄。なんだかんだとワルクないんだよなぁ。電車の本数は多くない(ダイヤ改定の度に運行本数が減少傾向にあると感じている)。派手な印象はないけれど(本書においても多方面から説かれる通り)、堅実路線(経営方針)にワルい印象はない、むしろ好印象と。
ある意味での文化史。鉄道事業のみならず(京王グループ)、そう、遡ること電気鉄道敷設事業としての、明治時代からの歴史と文化は時代背景もあいまって。鉄道にあまり詳しくない(鉄道マニアには物足りない?!)ぼくが読んでタノシイ。


≪目次: ≫
まえがき
1 京王電鉄のプロフィール
乗客サービスの向上を目指し/聖蹟桜ヶ丘への本社移転/バス、タクシー事業にも熱心/時代を先取りする社風
2 京王電鉄路線ガイド
わかりにくい新宿〜笹塚/複々線化が難しい理由/関東大手私鉄第二位の速度
3 京王電鉄の車両
懐かしのデハ220、クハ230/6000系7000系8000系9000系3000系1000系/メモリー――5000系とその時代
4 京王電鉄の歴史
井の頭線を得た幸運/企業イメージづくりの巧みさ
5 多摩ニュータウンと京王電鉄
多摩ニュータウンを貫く京王相模原線/二〇キロを超す新線建設
6 京王電鉄と観光開発
手堅いホテル経営/「行儀のよい」不動産開発
7 保安度が高い京王電鉄
列車無線を装備した先駆け/高機能ATSと保安システム
8 京王線――武蔵野グラフィティー
西武とも東武とも違う京王の「武蔵野」/いつ乗っても楽しい電車
あとがき


≪著者: ≫ 広岡友紀 (ひろおか・ゆき) 米国系航空会社客室乗員を経て、現在、鉄道航空アナリスト。東京都出身。著書として『大手私鉄比較探見 東日本編』『大手私鉄比較探見 西日本編』JTBパブリッシング刊、『「電車の進化」大研究』中央書院刊、『JALが危ない』エール出版刊、『鎌倉メモリー』朱鳥社刊、『日本の私鉄 西武鉄道』毎日新聞社刊などがある。







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本「イスラーム 〈1冊でわかる・シリーズ〉  Malise Ruthven, Islam: A Very Short Introduction, Oxford University Press, 1997」マリーズ・リズン、山内昌之 解説、菊地達也 訳5

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1冊でわかるイスラーム
イスラーム 〈1冊でわかる・シリーズ〉  Malise Ruthven, Islam: A Very Short Introduction, Oxford University Press, 1997

○著者: マリーズ・リズン、山内昌之 解説、菊地達也 訳
○出版: 岩波書店 (2004/3, 単行本 252ページ)
○価格: 1,470円
○ISBN: 978-4000268707
おすすめ度: 4.0
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もぅ、〈1冊でわかる〉だなんて、キホンテキにはゼッタイに手を伸ばすことがない、手にしたくないと思っちゃうタイトルではあるのだが。すこし前に手にした、本書の訳者 菊地達也 『イスラーム教 「異端」と「正統」の思想史』(講談社選書メチエ、2009年)から。
へそ曲がりのぼくは、たった1冊ではわかりたくない。いや、もっと正直な言い方をするならば、たった1冊読んだだけでは、たった1回読んだだけでは、どうにもわかったような気がしない、わかった気になれない。きっと世の中には、読めば、読んだら、アタリマエのように“わかる”人の方が多い、それこそアタリマエのことなんだろうけれど。
ぼくがこれまで少なからぬイスラームに関連する著書を読んできたからなのかどうなのか、「なるほどなるほど、フムフムフムフム」が少なくなかった、きっとフツーの人はこれ〈1冊でわかる〉んだろうと思えるほどに、広範な情報がコンパクトにまとめられている、オススメ入門書。


原書はオックスフォード大学出版局の入門シリーズ〈Very Short Introductions〉、日本版は岩波書店 〈1冊でわかる〉シリーズ


≪目次: ≫
日本語版への序文 (二〇〇四年一月)
まえがき
翻訳にあたって
1 イスラームムスリムイスラーム主義

アイデンティティとしてのイスラーム/政治的イデオロギーとしてのイスラーム/信仰としてのイスラーム/制度上の指導者/法の近代化/イスラーム国家の成功と失敗/宗教的な覚醒なのか?/それとも精神的な空白なのか?/まとめ――イスラームとイスラーム主義
2 クルアーン預言者
クルアーン/スィーラ(預言者伝)/ハディース(「伝承」)/ムハンマド像はいかにつくられたか
3 神の唯一性
タウヒードとは何か/最初の宗派分裂/その他のシーア派諸派/初期イスラーム思想におけるタウヒード/スンナ派の合意/神智派的思想/スーフィズム/スーフィズムとシーア派思想/シーア派思想とイラン
4 シャリーアとその影響
はじめに/イスラーム法の法源(1 クルアーン 2 スンナ 3 イジュマー 4 キヤース)/イジュティハード――真実のための闘い/シャリーア――すべてを包括する概念/シャリーアとムスリム社会
5 女性と家族
はじめに/女性とシャリーア/結婚と離婚/一時婚/イスラームとセクシュアリティ/社会的、宗教的生活における女性/女性、植民地主義、家族/衣服の政治学/法改革とそれに対する反動/イスラームとフェミニズム/まとめ
6 二つのジハード
はじめに/大ジハード/スーフィー教団/ジハードと抵抗/改革主義者と近代主義者/カリフ制の終焉/イスラーム国家を求めて/ムスリム同胞団/新しいジャーヒリーヤイラン革命の衝撃/イスラーム主義の魅力/都市化とその影響/国際的な広がり/近代化という問題/イスラーム主義の挫折/未来の展望

補遺 イスラームの五柱
1 シャハーダ/2 サラート/3 ザカート/4 サウム/5 ハッジ

イスラームの未来はどうなるか――解説に代えて(山内昌之)

さらにイスラームを知るための本(山内昌之)
辞事典類/全般的な入門書/クルアーン/ハディース/ムハンマド/神学・哲学/スーフィズム/法学・政治学/日常生活と儀礼/現代イスラーム/イスラームと国際政治・経済/女性

用語集(人名/事項)
参考文献/読書案内/コラム引用元書誌一覧/図版一覧


コラム
1 開扉の章(ファーティーハ)/2 要約されたクルアーン/3 神意の代弁者/4 徴と節/5 〔クルアーンの中で〕描写される啓示/6 預言者の描写/7 多神教徒攻撃/8 寛容の例/9 育児制度/10 ハディースの信頼性/11 ムハンマドの風貌/12 模範像としてのムハンマド/13 近づきえないムハンマド/14 神の一者性/15 ムハンマド家の系図/16 殉教劇/17 シーア派イマーム位/18 光の章/19 神への愛/20 言語を越えて/21 タウヒードの栄光/22 道徳的な宇宙/23 ムハンマドという模範/24 五つの法学派/25 ブドウ酒かウイスキーか?/26 宗教的および社会的義務/27 行為の五範疇/28 裁判官の役割/29 常識としての法/30 精神的な平等/31 男性の権威/32 複婚に関する二つの章句/33 スカイナの範例/34 服従する妻/35 楽園を前もって経験すること/36 家族的価値観/37 有徳の女性/38 不信仰者の拒絶/39 二つの声/40 旅行家/41 サイイド・アフマド・ハーン/42 神学の再解釈/43 物質主義の専横/44 現代のジャーヒリーヤ/45 断食の細かいきまりごと/46 飢えの功徳


≪著者: ≫ マリーズ・リズン (Malise Ruthven) イスラーム学。アバディーン大学などの講師を経て、現在は著述家。著書に、Islam in the World (1984)、The Divine Supermarket: Shopping for God in America (1989)、A Satanic Affair: Salman Rushdie and the Wrath of Islam(1990)ほか。

[解説者] 山内昌之 (やまうち まさゆき) 1947年生。国際関係史、イスラーム地域研究。編著書に『民族と国家』、『納得しなかった男』、『帝国と国民』、『岩波イスラーム辞典』ほか多数。

[訳者] 菊地達也 (きくち たつや) 1969年生。イスラーム思想史。2004年4月より神田外語大学専任講師(を経て、神田外語大学国際言語文化学科准教授)。

菊地達也 『イスラーム教 「異端」と「正統」の思想史』(講談社選書メチエ、2009年) '09/09/26
池内恵 『中東 危機の震源を読む』(新潮選書、2009年) '09/09/10
高橋正男 『図説 聖地イェルサレム』(石黒健冶 写真、ふくろうの本、河出書房新社、2003年) '09/05/25
大川周明 『回教概論』(ちくま学芸文庫、2008年) '09/05/21
サミュエル・ハンチントン 『文明の衝突  The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order, 1996』(鈴木主税訳、集英社、1998年) '09/04/19
中山元 編訳 『発言 米同時多発テロと23人の思想家たち』(朝日出版社、2002年) '09/01/22
バーナード・ルイス 『聖戦と聖ならざるテロリズム イスラームそして世界の岐路  THE CRISIS OF ISLAM, Holy War and Unholy Terror, 2003』(中山元訳、紀伊國屋書店、2004年) '09/01/14
片倉もとこ 『ゆとろぎ イスラームのゆたかな時間』(岩波書店、2008年) '08/11/22
コーラン 〈下〉』(井筒俊彦訳、ワイド版岩波文庫、2004年) '08/10/19
コーラン 〈中〉』(井筒俊彦訳、ワイド版岩波文庫、2004年) '08/10/15
コーラン 〈上〉』(井筒俊彦訳、ワイド版岩波文庫、2004年) '08/10/13
片倉もとこ/梅村担/清水芳見 『イスラーム世界』(岩波書店、2004年) '08/10/09
片倉もとこ 『アラビア・ノート アラブの原像を求めて』(ちくま学芸文庫、2002年) '08/10/03
片倉もとこ「イスラームの世界観 「移動文化」を考える」(岩波現代文庫、2008年) '08/09/24
牧野信也 『イスラームとコーラン』(講談社学術文庫、1987年;2005年) '08/09/09
井筒俊彦 『マホメット』(講談社学術文庫、1989年;2006年) '08/09/04
吉田悦章 『イスラム金融入門』(東洋経済新報社、2007年) '08/08/14
井筒俊彦 『イスラーム文化 その根柢にあるもの』(ワイド版岩波文庫、1994年) '08/07/16
ヤスミン・クラウザー 『サフラン・キッチン The Saffron Kitchen』(小竹由美子訳、新潮クレスト・ブックス、2006年) '08/06/16
カーレド・ホッセイニ 『君のためなら千回でも〈下巻〉 THE KITE RUNNER』 (佐藤耕士訳、ハヤカワepi文庫、2007年) '08/05/20
カーレド・ホッセイニ 『君のためなら千回でも〈上巻〉 THE KITE RUNNER』(佐藤耕士訳、ハヤカワepi文庫、2007年) '08/04/09
ブルース・ローレンス 『コーラン』(池内恵訳、名著誕生、ポプラ社、2008年) '08/05/09
佐藤優 『日米開戦の真実 大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く』(小学館、2006年) '08/03/20
池澤夏樹 『アレクサンドリアの風』(中川道夫 写真、岩波書店、2006年) '08/01/09


Islam: A Very Short Introduction (Very Short Introductions)
Islam: A Very Short Introduction

○著者: Malise Ruthven
○出版: Oxford University Press (New edition版 2000/6, ペーパーバック 176ページ、英語)
○外貨参考価格: $11.95
おすすめ度: 4.0
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本「ツァラトストラかく語りき 〈下〉  Friedrich Nietzsche, ALSO SPRACH ZARATHUSTRA, 1883-1885 (新潮文庫)」ニーチェ、竹山道雄 訳5

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本「ツァラトストラかく語りき 下」ニーチェ、竹山道雄訳
ツァラトストラかく語りき 〈下〉  Friedrich Nietzsche, ALSO SPRACH ZARATHUSTRA, 1883-1885 (新潮文庫)

○著者: ニーチェ竹山道雄
○出版: 新潮社 (1953/1; 第50刷改版 2007/8, 文庫 434ページ)
○価格: 620円
○ISBN: 978-4102035023
おすすめ度: 5.0
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“なんじ(汝)”と言われても、“われ(我)”が出てくることから、“わたし(ぼく)”ではなく、“あなた”のことね、との理解工程をそのたびごとに繰り返す。そのようなことに気をとられている場合ではない。
半世紀以上前(1953年)の翻訳は、そう、大手出版社(新潮社)の立場(?!)としては、新訳を刊行するには困難が少なくないであろうことから、改版により(あくまでも想像であり印象として)文字組みがゆったりとして、目には易しく(小さい文字は読み難い、読みすすめる気力が失せる)、それでもやっぱり、いまのことばづかいとはずいぶん違いがあって読み易いとは言い難いものの、そういうものだ、かつてはそうであった、として価値を見出したい。


≪目次: ≫
ツァラトストラかく語りき Also sprach Zarathustra, 1883-1885 』 下巻

第三部
さすらい人/幻影と謎/意に悖(もと)る幸福/日の出前/小ならしむる徳/橄欖(かんらん)の山にて/通過/離反者/帰郷/三つの悪/重圧の霊/新旧の表/快癒者/大いなる憧憬/後の舞の歌/七つの封印

第四部 最終篇
蜜の供物/危急の叫び/王たちとの会話/蛭(ひる)/魔術師/罷職/極醜の人/みずから志せる乞食/影/正午/挨拶/晩餐/高人/憂鬱の歌/学問/沙漠の娘たちの間に/覚醒/驢馬祭/酔歌/兆

附録 思想的主題による全篇各章の分類表


≪著者: ≫ ニーチェ (Friedrich Wilhelm Nietzsche, 1844-1900) プロイセン(現ドイツ)ザクセン州に生れる。ボン大学、ライプチヒ大学で古典文献学を学び、スイス・バーゼル大学の員外教授となる。著書『悲劇の誕生』(1872)、『ツァラトストラかく語りき』(1883-1885)、『善悪の彼岸』(1886)などでキリスト教道徳を攻撃、自己克服の象徴「超人」を理想とする哲学を展開した。晩年は精神錯乱に陥り、ワイマールで死去。

[訳者] 竹山道雄 (Takeyama Michio, 1903-1984) 評論家、独文学者。大阪市生まれ。東京帝大独文科卒。一高、東大で教鞭をとる。『ビルマの竪琴』の作者として著名。

フリードリヒ・ニーチェ 『ツァラトストラかく語りき〈上〉 Also sprach Zarathustra, 1883-1885』(竹山道雄訳、新潮文庫、1953年、改版 2007年) '09/09/27
フリードリヒ・ニーチェ 『道徳の系譜学 Zur Genealogie der Moral, 1887』(中山元訳、光文社古典新訳文庫、2009年) '09/07/08
フリードリヒ・ニーチェ 『善悪の彼岸 Jenseits von Gut und Böse, 1886』(中山元訳、光文社古典新訳文庫、2009年) '09/05/10

ジル・ドゥルーズ 『ニーチェ  Nietzsche, 1965』(湯浅博雄訳、ちくま学芸文庫、1998年) '09/09/19
ジャック・デリダ/ジル・ドゥルーズ/ジャン=フランソワ・リオタール/ピエール・クロソウスキー 『ニーチェは、今日?  NIETZSCHE AUJOURD’HUI?』(林好雄/本間邦雄/森本和夫訳、ちくま学芸文庫、2002年) '09/05/23
須藤訓任 『ニーチェ 〈永劫回帰〉という迷宮』(講談社選書メチエ、1999年) '09/04/26
永井均 『これがニーチェだ』(講談社現代新書、1998年) '09/04/22
田島正樹 『ニーチェの遠近法』(青弓社、1996年、新装版 2003年) '09/04/21
永井均 『ルサンチマンの哲学』 (河出書房新社、1997年) '09/04/20
神崎繁 『ニーチェ どうして同情してはいけないのか』(日本放送出版協会、2002年) '09/04/12
長谷川宏 『格闘する理性 ヘーゲル・ニーチェ・キルケゴール』(洋泉社MC新書、2008年) '09/01/27







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本「西田幾多郎の生命哲学 ベルクソン、ドゥルーズと響き合う思考 (講談社現代新書1772)」檜垣立哉5

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西田幾多郎の生命哲学 (講談社現代新書)
西田幾多郎の生命哲学 ベルクソン、ドゥルーズと響き合う思考 (講談社現代新書1772)

○著者: 檜垣立哉
○出版: 講談社 (2005/1, 新書 234ページ)
○価格: 756円
○ISBN: 978-4061497726
おすすめ度: 4.0
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はて、“生命哲学”とは、なにであろう?、生命の、生の哲学とは、いかなるものであろうか。
カンタンに、わかったことにしてしまいたくない。なんとなくわかったことにして、思考を停止する選択をしたくない。もちろん、わかることを理解することを目的としていることに相違はない。わからないことは、たのしくない。たのしくないことに持続性を見い出すことは困難であろう。もっとも、カンタンにわかってしまうような事柄であれば、夢中になれるものでもないであろうが。わからないから、読む(ワカラレテタマルカ)。

西田幾多郎(1870-1945)


≪目次: ≫
序章 西田幾多郎とは誰か
西田の哲学の魅力/西田幾多郎という人/西田の時代/西田の場所/思考の転換期のなかで/西田の「世界的同時性」/生命の西田哲学/西田が論じたひとつのこと/「純粋経験」から「自覚」へ/「場所」と「絶対無」、そして「行為」/西田の議論の核心
第一章 「純粋経験」――「有機体的一者」への希求
「純粋経験」とは何か/西田の方法論/花の匂いをかぐ私/崖をよじ登る身体/「異質的で連続的」な流れ/「自ら差別相を具えた」システム/潜在的なもの/「一者」であることへの希求と罠/「有機体的関係論」としての『善の研究』/ホーリズムがもたらす背理
第二章 「自覚」という装置――「無限」のなかでの「自己限定」
「自覚」の導入/「自覚」とは何か/西田の「自覚」とベルクソンの「純粋持続」/「自覚」の無限の展開/自分も描き込まれている地図を描くこと/「微分」と「無限論」/無限から内包量=強度へ/なぜ「数」の議論になるのか
第三章 「場所」の論理――「関係」の多層的な「階乗」
あらたな議論のステップ/「場所」の議論はいかに成立したか/「超時間的」なもの/関係性が階乗化していく/赤という色が「於てある」場所/「述語」論理/「述語面」と「一般的なもの」/「叡智的世界」とは何か/定点なく見るというパラドックス/彼方に必要とされた「超越」/生命論としての「場所」/「関係性の階乗化」の果てに
第四章 「絶対無」の展開――「非連続」の理論的導入
田辺元による西田批判/どちらから語るのか/「絶対無」を描きなおす/「種」と「個体」の対立/「無」の「自覚的限定」の意義/「永遠の今」/「死」を含む「生」、「他」を含む「自己」/「個体論」の新たな展開/否定性が「個物」を内から動かす
第五章 「行為的直観」――「ポイエシス」の世界
「個物」からなる世界/「個物」が描く生命/相互媒介する世界/「ポイエシス」としての「個物」/「現実」の「創造」/「身体」と「歴史」/「種」としての生命
第六章 「絶対矛盾的自己同一」――「生成」のためのロジック
「多」と「一」との矛盾的自己同一/「課題」としての世界/群論的世界/「有限数」と「無限数」/「ポイエシス」としての生命論/生命論の第三の段階/生成のロジックに繋がる時間/生命論の現在と西田/「自己創出」する生命
あとがき (二〇〇四年十一月 檜垣立哉)


≪著者: ≫ 檜垣立哉 (ひがき たつや) 1964年、埼玉県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中途退学。大阪大学大学院人間科学研究科助教授(を経て、大阪大学大学院人間科学研究科教授)。専攻は哲学、現代思想。生の哲学を中心としたテーマで研究を続けている。著書に『ベルクソンの哲学 生成する実在の肯定』(頸草書房)、『ドゥルーズ 解けない問いを生きる』(NHK出版)などがある。


檜垣立哉 『ドゥルーズ入門』(ちくま新書、2009年) '09/09/24
永井均 『西田幾多郎 〈絶対無〉とは何か』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2006年) '09/05/12
西田幾多郎 『善の研究, 1911年』(ワイド版岩波文庫、2001年) '08/10/18







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本「西洋美学史  Tanehisa OTABE, A History of Western Aesthetics, University of Tokyo Press, 2009」小田部胤久5

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西洋美学史
西洋美学史  Tanehisa OTABE, A History of Western Aesthetics, University of Tokyo Press, 2009

○著者: 小田部胤久
○出版: 東京大学出版会 (2009/5, 単行本 267ページ)
○価格: 2,940円
○ISBN: 978-4130120586
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さて、淡々と、はたから見たら、ぼく自身もときどきそう思うわなくないんだけど、なにがたのしくて、こうも毎日毎日飽くことなくわかりもしないような本を読みつづけているのかしら。う〜ん、読んでて心地好い、快い、快適、心が休まる、夢中になれる。あいも変わらず、理解というには及ばないのだが。
そう、勤務先の最寄りの図書館の新刊コーナーというのか、貸出カウンターの向かいにある本棚を、ときどき気にしてチェックするんだけど、不図目にとまった『西洋美学史』って、美術の歴史かしら?、などと手にとってパラパラとページをめくり目次を見るには、むむむむむ、歴史的な哲学者たちの名前が並んでいるではないか、そもそも「美学 (Aesthetics)」なる学問(哲学)があることすら認識していなかったのであり、哲学の一分野であることを知りえたのは、いままさに書き記しながらWikipediaを引用(リンク)する目的でチェックしてのこと。
もうひとつ、「東京大学出版会」から刊行されているのも、動機のひとつとして有力であろう。そこに、ページ数が手ごろ(全267ページ)で文字組みにゆとりがあって情報量が適度で、初学者にも門戸を閉ざしていない印象があったこともつけくわえよう(上下二段組みで小さい文字がビッチリと書きこまれていたらアウト、手を出す気にはならない)。アカデミズムに、大学教育を受けていないぼくは、どうしようもないような劣等感をいだいていて、しかしますます否定できない、なにを言ってみたところで、アカデミズムが正統であることはゆるぎない。


≪目次: ≫
はじめに
凡例
第1章 知識と芸――プラトン
吟誦詩人の脱領域性あるいは非技術性/弁証術の批判/影像としての芸術/プラトンへの脚註としての美学史/文献案内
第2章 芸術と真理――アリストテレス
「芸術の終焉」以降の芸術論/普遍的なものとしての詩/真実らしさの基準/芸術と真理/文献案内
第3章 内的形相――プロティノス
美の原理としての内的形相/手のないラファエロ/質料によって制約される形相/質料のうちに完成する形相/新プラトン主義の逆襲/文献案内
第4章 期待と記憶――アウグスティヌス
空間的全体と時間的全体/歌とその全体性/「真実らしさ」と「期待」/受容美学と「期待の地平」/文献案内
第5章 制作と創造――トマス・アクィナス
古代ギリシアの「創作」観/「無からの創造」説/想像力の創造性/二種の想像力/想像の遍在あるいは連続的創造/文献案内
第6章 含蓄のある表象――ライプニッツ
バウムガルデンによる美学の定義/美学の枠組みとしてのライプニッツ哲学/微小表象の射程/魂の暗い根底あるいは深淵/触角の美学/芸術のモナドロジー/文献案内
第7章 方法と機知――ヴィーコ
クリティカとトピカ/機知とバロック/体系と断片/文献案内
第8章 模倣と独創性――ヤング
源泉としての自然/源泉としての芸術家/独創性と範例性/独創性の逆説/文献案内
第9章 趣味の基準――ヒューム
趣味の二律背反/自然主義のアポリア/趣味の社会性/趣味と理想的共同体/文献案内
第10章 詩画比較論――レッシング
並列的記号と継起的記号/イリュージョンの可能性/詩の非模倣性/モダニズムのなかのラオコーン問題/芸術の国境を越えること/文献案内
第11章 自然と芸術機宗カント
技術一般と芸術/構想力の表象の過剰/芸術作品に響く「自然の音」/芸術創作に先立つ「音楽的なもの」/フィレンツェとヴェネツィア/文献案内
第12章 遊戯と芸術――シラー
認識諸能力の遊動/相互作用のなかの遊戯衝動/世界の戯れと芸術作品/遊戯から芸術へ/文献案内
第13章 批評と作者――シュレーゲル
批判哲学の「批評家」/「普遍的理想」から「個的理想」へ/創造の連鎖としての批評/歴史の中の「予見的批評」/「父」の記名なき批評/文献案内
第14章 自然と芸術供宗シェリング
古典古代における「芸術の自然模倣説」の不在/「自然の模倣」と「古代人の模倣」を越えて/「自然の精神」との競合/古代と近代あるいは象徴とアレゴリー/精神と自然との紐帯の解体/文献案内
第15章 芸術の終焉機宗ヘーゲル
「哲学の道具にして証書」としての芸術/「頂点」としてのギリシア芸術/ロマン的芸術と「芸術の終焉」/ロマン的芸術の解消/芸術の新生/文献案内
第16章 形式主義――ハンスリック
批判哲学の形式概念/形式主義的音楽観/内的形式の変遷としての美術史/アヴァンギャルドの形式主義/沈殿した内容としての形式/文献案内
第17章 不気味なもの――ハイデガー
芸術の脱人間化/「衝撃」としての芸術作品/「原初」の開く「歴史」/人間にとっての土台としての「非人間的な自然」/文献案内
第18章 芸術の終焉供宗愁瀬鵐函
芸術史の三つのモデル/芸術の終焉以降の芸術/歴史の森の中へ/文献案内

あとがき

引用文献
西洋美学に関する事典・概説書
生歿年表
事項索引
人物索引


≪著者: ≫ 小田部胤久 (おたべ・たねひさ) 1958年、東京に生まれる。1981年、東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科、ハンブルク大学哲学科に学ぶ。1988年、神戸大学文学部助教授。現在、東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授。著書、『象徴の美学』(東京大学出版会、1995年)、『芸術の逆説――近代美学の成立』(東京大学出版会、2001年)、『芸術の条件――近代美学の境界』(東京大学出版会、2006年)。共編著、『羅独-独羅学術語彙辞典』(哲学書房、1989年)、『スタイルの詩学――倫理学と美学の交叉』(ナカニシヤ出版、2000年)、“Ästhetische Subjektivität. Romantik und Moderne”(Würzburg: Königshausen & Neumann, 2005)、『交響するロマン主義』(晃洋書房、2006年)、『デザインのオントロギー――倫理学と美学の交響』(ナカニシヤ出版、2007年)。







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本「魂とは何か さて死んだのは誰なのか」池田晶子、NPO法人 わたくし、つまりNobody 編5

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魂とは何か さて死んだのは誰なのか
魂とは何か さて死んだのは誰なのか

○著者: 池田晶子NPO法人 わたくし、つまりNobody
○出版: トランスビュー (2009/2, 単行本 256ページ)
○価格: 1,575円
○ISBN: 978-4901510738
おすすめ度: 4.5
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ぼくはただただ善く生きたい。
ところで、善く生きるとは?、善いとは?、なにを基準とした〈善い〉であろうか。主体としてのぼくにとっての〈善い〉。果たしてぼくの考える〈善い〉は、ホントウに善いことなのか。もっとも、善く生きたいと欲するぼくは、そう欲している時点においては、〈善い〉状態に満たされているわけではなく、いまが善い状態にないからこそ、将来には善く在りたいと欲するのであり、すでに善い状態にある(と思っている)のであれば、わざわざ意識して欲することもないであろう。現時点において明白に善くない状態にあるぼくの考えや行動の判断は、善いものではないであろう。それでもぼくは、ぼくをして善く生きたい。生きるのは〈ぼく〉。考えや行動や判断が、いまだ善くない(場合が少なくない)ことを自覚しつつ。
善く生きたいと欲することができなくなったとき、善く生きることが絶望的に不可能事となったとき、それでも生きるべきかどうなのか(自死を選択する可能性)。それでも、(病死や事故死や突然死することなく)生かされている以上は、生きる(自死の選択を否定する)べきであろうとは。


≪目次: ≫
機〆欧鮃佑┐
ポスト・オウムの〈魂〉のために/〈魂〉の考え方/〈魂〉の感じ方/〈魂〉の理解のしかた/少年Aとは何者か/脳死と「人の」死/〈魂〉のインフォームド・コンセント/六月の病室で/何が生きているのか/読者からの手紙
供,修凌佑鮃佑┐
埴谷雄高大森荘蔵/大森荘蔵氏の印象/思索的想像力の形式について――埴谷雄高氏/般若豊さんのこと/情熱の形而上学――井筒俊彦氏/藤澤令夫氏のこと/哲学者・藤澤令夫さんを悼む/古い名前――中村元氏/新聞記者/普通のような普通でない人/いつもいつも一緒だった/犬の力ふたたび
掘〆欧鮓譴詈限里
ある人がその人である、という問い/考える不思議、「常識」の不思議/古い言葉を想う
検〆欧痢峪筺廚鮴犬てゆく
センチメント/謎の日々/天才の生き方について

あとがき(旧版『魂を考える』より)
収載作品・初出一覧
池田晶子著作一覧
池田晶子略譜


≪著者: ≫ 池田晶子 (いけだ あきこ) 1960年東京生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業。文筆家。専門用語による「哲学」ではなく、考えるとはどういうことかを、日常の言葉で美しく語る「哲学エッセイ」を確立して、多くの読者を得る。著作多数。とくに若い人々に、本質を考えることの切実さと面白さ、存在の謎としての生死の大切さを語り続けた。2007年2月23日没。その業績と意思を記念し、精神のリレーに捧ぐ「わたくし、つまりNobody賞」が創設された。本書は、同賞の運営団体であるNPO法人わたくし、つまりNobodyの編纂による。

池田晶子、NPO法人 わたくし、つまりNobody 編 『死とは何か さて死んだのは誰なのか』(毎日新聞社、2009/4) '09/08/16
池田晶子、NPO法人 わたくし、つまりNobody 編 『私とは何か さて死んだのは誰なのか』(講談社、2009/4) '09/07/30







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Tm 2:06'25, Dst 42.35, Av 20.1, Mx 47.0, Odo 257.5

本「ツァラトストラかく語りき 〈上〉  Friedrich Nietzsche, ALSO SPRACH ZARATHUSTRA, 1883-1885 (新潮文庫)」ニーチェ、竹山道雄 訳5

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本「ツァラトストラかく語りき 上」ニーチェ、竹山道雄訳
ツァラトストラかく語りき 〈上〉  Friedrich Nietzsche, ALSO SPRACH ZARATHUSTRA, 1883-1885 (新潮文庫)

○著者: ニーチェ竹山道雄
○出版: 新潮社 (1953/1; 第61刷改版 2007/8, 文庫 353ページ)
○価格: 540円
○ISBN: 978-4102035016
おすすめ度: 4.0
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そう、話を聞かないし、話し合いにはならないから、、、
たしかに、理解力に劣る。おもいこみがはげしく、考えをあらためる努力に乏しい。


≪目次: ≫
ツァラトストラかく語りき Also sprach Zarathustra, 1883-1885 』 上巻

第一部
ツァラトストラの序説
 (超人と末人について)
ツァラトストラの言説 (三態の変化/道徳の講壇/背世界者/肉体の侮蔑者/歓楽と情熱/蒼白き犯罪者/読むことと、書くこと/山腹の樹/死の説教者/戦争と戦士/新しき偶像/市場の蠅/純潔/友/千及一の目標/隣人の愛/創造者の道/老いたる女と若き女/蝮の咬毒/子と結婚/自由なる死/与うる徳)

第二部
鏡を持てる小児/幸福の島にて/同情者/祭司たち/道徳家たち/愚衆/タランテラ/高名なる賢者たち/夜の歌/舞の歌/墓の歌/自己克服/崇高なる者/教養の国/純粋なる認識/学者/詩人/大いなる事件/予言者/救済/対人的狡智/静かなる時

(下巻に続く)


≪著者: ≫ ニーチェ (Friedrich Wilhelm Nietzsche, 1844-1900) プロイセン(現ドイツ)ザクセン州に生れる。ボン大学、ライプチヒ大学で古典文献学を学び、スイス・バーゼル大学の員外教授となる。著書『悲劇の誕生』(1872)、『ツァラトストラかく語りき』(1883-1885)、『善悪の彼岸』(1886)などでキリスト教道徳を攻撃、自己克服の象徴「超人」を理想とする哲学を展開した。晩年は精神錯乱に陥り、ワイマールで死去。

[訳者] 竹山道雄 (Takeyama Michio, 1903-1984) 評論家、独文学者。大阪市生まれ。東京帝大独文科卒。一高、東大で教鞭をとる。『ビルマの竪琴』の作者として著名。

フリードリヒ・ニーチェ 『道徳の系譜学 Zur Genealogie der Moral, 1887』(中山元訳、光文社古典新訳文庫、2009年) '09/07/08
フリードリヒ・ニーチェ 『善悪の彼岸 Jenseits von Gut und Böse, 1886』(中山元訳、光文社古典新訳文庫、2009年) '09/05/10

ジル・ドゥルーズ 『ニーチェ  Nietzsche, 1965』(湯浅博雄訳、ちくま学芸文庫、1998年) '09/09/19
ジャック・デリダ/ジル・ドゥルーズ/ジャン=フランソワ・リオタール/ピエール・クロソウスキー 『ニーチェは、今日?  NIETZSCHE AUJOURD’HUI?』(林好雄/本間邦雄/森本和夫訳、ちくま学芸文庫、2002年) '09/05/23
須藤訓任 『ニーチェ 〈永劫回帰〉という迷宮』(講談社選書メチエ、1999年) '09/04/26
永井均 『これがニーチェだ』(講談社現代新書、1998年) '09/04/22
田島正樹 『ニーチェの遠近法』(青弓社、1996年、新装版 2003年) '09/04/21
永井均 『ルサンチマンの哲学』 (河出書房新社、1997年) '09/04/20
神崎繁 『ニーチェ どうして同情してはいけないのか』(日本放送出版協会、2002年) '09/04/12
長谷川宏 『格闘する理性 ヘーゲル・ニーチェ・キルケゴール』(洋泉社MC新書、2008年) '09/01/27







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本「イスラーム教 「異端」と「正統」の思想史 (講談社選書メチエ446)」菊地達也5

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イスラーム教 「異端」と「正統」の思想史 (講談社選書メチエ)
イスラーム教 「異端」と「正統」の思想史 (講談社選書メチエ446)

○著者: 菊地達也
○出版: 講談社 (2009/8, 単行本 266ページ)
○価格: 1,785円
○ISBN: 978-4062584463
おすすめ度: 4.5
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イスマーイール派イスラーム教 シーア派の一派。
ムハンマド没、632年。
「異端」のダイナミズム、思想史的変化。


≪目次: ≫
はじめに   イスラーム教形成のプロセスをたどる/セム的一神教の枠組みとそこに内在する問題
第一章 理想の信仰共同体と「分派」の出現   宗教共同体はなぜ分裂したのか/預言者ムハンマドと初期正統カリフ/初期イスラーム史理解の困難/「神のカリフ」ウスマーンとカリフ制度/アリーのカリフ位就任/第一次内乱とハワーリジュ派の成立/シーア派の定義/政治的党派としてのシーア派の成立
第二章 「異端」と「正統」   「異端」と「正統」について再考/アラビア語の中の正統、異端、宗派、学派/理想の共同体はなぜ瓦解したのか?/分派学/悪の起源
第三章 「宗教宗派」シーア派の成立   ハサンの屈服とウマイヤ朝の成立/カルバラーの惨劇/「悔悟者たち」の武装蜂起/イブン・ズバイルとムフタールの乱/カイサーン派/ザイド派
第四章 イマーム派と極端派   シーア派二大宗派/イマーム派の成立/イマーム位の継承と有力教友の否定/超越的なイマーム/極端派(グラート)の思想/ハッターブ派/制度化以前のイスラーム教
第五章 イスラーム教のメシア思想   イスラーム教の終末論/イスラーム教におけるメシア/メシアの敵対者、アンチキリスト/メシア思想に対する多数派ウラマーの反応
第六章 裏切られた革命   アッバース革命に見るシーア派的な側面/アッバース家の方針転換/ウラマーとの関係/ウラマー勢力の台頭/マアムーンの異端審問制度とカリフ権力の敗北
第七章 十二イマーム派イスマーイール派の台頭   イマーム派系二派の台頭/アッバース朝初期のイマーム派/十二イマーム派の成立/十二イマーム派思想の発展/ファーティマ朝の成立/アッバース家革命運動のパロディ?/メシアの帝国/現世的な勝利と修正されるメシア主義/イマームの神格化の否定/イスマーイール派的な「正統」の形成
第八章 シーア派とスンナ派の対峙   スンナ派の形成/スンナ派四大法学派と二大神学派の成立/スンナ派の自他認識/アッバース朝スンナ派とファーティマ朝イスマーイール派の対峙
第九章 イスラーム教教義の限界に向かって    どこまでがイスラーム教と言えるのか/ニザール派による律法廃業/ドゥルーズ派の出現/ドゥルーズ派の終末論/排除の論理としてのタウヒード/閉鎖的共同体の形成/ドゥルーズ派は異教なのか?/諸派・諸教の棲み分け

おわりに (二〇〇九年七月八日 菊池達也)
主要参考文献
索引


≪著者: ≫ 菊地達也 (きくち・たつや) 1969年生まれ。東京大学文学部卒業後、同大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。現在、神田外語大学准教授。専門はイスラーム思想史。著書に『イスマーイール派の神話と哲学』(岩波書店、第15回中村元賞受賞)がある。


コーラン 〈上〉」(井筒俊彦訳、ワイド版岩波文庫、2004年) '08/10/13
コーラン 〈中〉」(井筒俊彦訳、ワイド版岩波文庫、2004年) '08/10/15
コーラン 〈下〉」(井筒俊彦訳、ワイド版岩波文庫、2004年) '08/10/19

池内 恵「中東 危機の震源を読む」(新潮選書、2009年) '09/09/10
高橋正男「図説 聖地イェルサレム」(石黒健冶 写真、ふくろうの本、河出書房新社、2003年) '09/05/25
大川周明「回教概論」(ちくま学芸文庫、2008年) '09/05/21
サミュエル・ハンチントン「文明の衝突  The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order, 1996」(鈴木主税訳、集英社、1998年) '09/04/19
中山元 編訳「発言 米同時多発テロと23人の思想家たち」(朝日出版社、2002年) '09/01/22
バーナード・ルイス「聖戦と聖ならざるテロリズム イスラームそして世界の岐路  THE CRISIS OF ISLAM, Holy War and Unholy Terror, 2003」(中山元訳、紀伊國屋書店、2004年) '09/01/14
片倉もとこ「ゆとろぎ イスラームのゆたかな時間」(岩波書店、2008年) '08/11/22
片倉もとこ/梅村担/清水芳見「イスラーム世界」(岩波書店、2004年) '08/10/09
片倉もとこ「アラビア・ノート アラブの原像を求めて」(ちくま学芸文庫、2002年) '08/10/03
片倉もとこ「イスラームの世界観 「移動文化」を考える」(岩波現代文庫、2008年) '08/09/24
牧野信也「イスラームとコーラン」(講談社学術文庫、1987年;2005年) '08/09/09
井筒俊彦「マホメット」(講談社学術文庫、1989年;2006年) '08/09/04
吉田悦章「イスラム金融入門」(東洋経済新報社、2007年) '08/08/14
井筒俊彦「イスラーム文化 その根柢にあるもの」(ワイド版岩波文庫、1994年) '08/07/16
ヤスミン・クラウザー「サフラン・キッチン The Saffron Kitchen」(小竹由美子訳、新潮クレスト・ブックス、2006年) '08/06/16
カーレド・ホッセイニ「君のためなら千回でも〈下巻〉 THE KITE RUNNER」 (佐藤耕士訳、ハヤカワepi文庫、2007年) '08/05/20
カーレド・ホッセイニ「君のためなら千回でも〈上巻〉 THE KITE RUNNER」 (佐藤耕士訳、ハヤカワepi文庫、2007年) '08/04/09
ブルース・ローレンス「コーラン」(池内恵訳、名著誕生、ポプラ社、2008年) '08/05/09
佐藤優「日米開戦の真実 大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く」(小学館、2006年) '08/03/20
池澤夏樹「アレクサンドリアの風」(中川道夫 写真、岩波書店、2006年) '08/01/09







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本「滅ぼされたユダヤの民の歌  ITSKhAK KATSENELSON, DOS LID FUN OYSGEHARGETN YIDIShN FOLK, 1943-1944」イツハク・カツェネルソン、飛鳥井雅友/細見和之 訳5

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滅ぼされたユダヤの民の歌
滅ぼされたユダヤの民の歌  ITSKhAK KATSENELSON, DOS LID FUN OYSGEHARGETN YIDIShN FOLK, 1943-1944

○著者: イツハク・カツェネルソン、飛鳥井雅友/細見和之 訳
○出版: みすず書房 (1999/7, 単行本 160ページ)
○価格: 2,730円
○ISBN: 978-4622047100
おすすめ度: 5.0
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イディッシュ語(ドイツ・ユダヤ語)、東方ユダヤ人アシュケナジムディアスポラ


≪目次: ≫
イツハク・カツェネルソン 『滅ぼされたユダヤの民の歌』
第一の歌 歌え! 〔1943年10月3-5日〕
第二の歌 私は奏でる 〔1943年10月15日〕
第三の歌 おお、痛みよ、お前たち私の痛みよ! 〔1943年10月22日〕
第四の歌 またしても奴らが、あの貨車たちがもうそこにいる! 〔1943年10月26日〕
第五の歌 一万人をめぐる評議会の会議 〔1943年10月29日〕
第六の歌 最初の者たち 〔1943年11月2,3,4日〕
第七の歌 遅すぎる 〔1943年11月7-12日〕
第八の歌 破壊された故郷、殺戮された故郷 〔1943年11月16,17,18日〕
第九の歌 空に 〔1943年11月23,24,25,26日〕
第一〇の歌 終わりの始まりの中で 〔1943年12月4,5,6日〕
第一一の歌 覚えているかい? 〔1943年12月14,15,16日〕
第一二の歌 ミーワ通り 〔1943年12月24,25,26日〕
第一三の歌 戦士たちと共に 〔1944年1月3,4,5日〕
第一四の歌 終わり 〔1944年1月9-13日〕
第一五の歌 全ての後に 〔1944年1月15,16,18日〕
訳註

ヴォルフ・ビーアマン 『イツハク・カツェネルソンの偉大なる歌――ユダヤ民族の苦悩がいかに自らの詩人を見いだしたか』
春の暖かな大地に埋められた投壜通信/預言者エリヤの新たな解釈/ホンジュラスからの証明書とパスポート

西 成彦 『声の宛先、あるいは二人称の廃墟』 

訳者あとがき (一九九九年六月 細見記)
年表
地図


≪著者: ≫ イツハク・カツェネルソン (ITSKhAK KATSENELSON, 1886-1944) ポーランドのユダヤ系詩人。ヘブライ語イディッシュ語で、多くの詩や戯曲を書く。『滅ぼされたユダヤの民の歌』はイディッシュ語による彼の最後の大作。1944年5月にアウシュヴィッツで殺戮される。

[執筆者] ヴォルフ・ビーアマン Wolf Biermann 1936年生まれ。ドイツの詩人・歌手。1953年に東ベルリンに移住。1976年の西ドイツ演奏旅行を期に事実上、東ドイツを追放され、以降は西ドイツで活動。ドイツ統一後の1991年にビューヒナー賞を受賞。詩集に『針金のハーブ』『マルクス・エンゲルスの舌で』など。

[執筆者] 西 成彦 (にし・まさひこ) 1955年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中退。現在、立命館大学教授。比較文学専攻。主な著書に『マゾヒズムと警察』(筑摩書房)、『イディッシュ/移動文学論機戞丙酩兵辧法◆愎垢離殴螢蕁ゝ楝賢治』(岩波書店)など。

[訳者] 飛鳥井雅友 (あすかい・まさとも) 1962年生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程学位取得修了。現在(刊行当時)、京都大学、立命館大学ほか非常勤講師。ドイツ文学専攻。主な訳書に『世界宗教事典』(共訳、青土社)など。

[訳者] 細見和之 (ほそみ・かずゆき) 1962年生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科博士課程単位取得修了。現在(刊行当時)、大阪府立大学講師(を経て、大阪府立大学人間社会学部教授)。ドイツ思想専攻。詩人。著書に『アドルノ』(講談社)、詩集に『バイエルの博物誌』(書肆山田)、訳書にベンヤミン『パッサージュ論,后戞紛μ、岩波書店)など。


細見和之「アドルノの場所」(みすず書房、2004年) '09/09/14
細見和之「ポップミュージックで社会科」(理想の教室、みすず書房、2005年) '09/09/02
西 成彦「世界文学のなかの『舞姫』」(理想の教室、みすず書房、2009) '09/08/15

ハンナ・アーレント「イェルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告  EICHMANN IN JERUSALEM, 1965」(大久保和郎 訳、みすず書房、1994、1969) '09/02/19
ハンナ・アレント「政治の約束  THE PROMISE OF POLITICS, 2005」(ジェローム・コーン編、高橋勇夫訳、筑摩書房、2008) '09/01/24
ハンナ・アレント「責任と判断  RESPONSIBILITY AND JUDGMENT, 2003」(ジェローム・コーン編、中山元訳、筑摩書房、2007) '09/01/16

フリードリヒ・A・ハイエク「隷従への道 全体主義と自由  THE ROAD TO SERFDOM, 1944」(一谷藤一郎訳・一谷映理子訳、東京創元社、1992、1954) '09/05/29
エーリッヒ・フロム「自由からの逃亡  ESCAPE FROM FREEDOM, 1941」(日高六郎訳、東京創元社、1965、1951) '09/05/25

ウワディスワフ・シュピルマン「戦場のピアニスト  The Pianist: The extraordinary story of one man's survival in Warsaw 1939-45, 1999」(佐藤泰一訳、春秋社、2003年) '09/06/17

V.E.フランクル「夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録夜と霧  EIN PSYCHOLOG ERLEBT DAS KONZENTRATIONSLAGER, Österreichische Dokuments zur Zeitgeschichte 1」(霜山徳爾訳、みすず書房、2002、1961) '09/05/31
ヴィクトール・E・フランクル「夜と霧 新版  EIN PSYCHOLOG ERLEBT DAS KONZENTRATIONSLAGER, in ...trotzdem Ja zum Leben sagen (Kösel-Verlag, München 1977)」(池田香代子訳、みすず書房、2002) '09/05/27

ウィリアム.L.シャイラー「第三帝国の興亡 第5巻 ナチス・ドイツの滅亡  THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :The Fall of Nazi Germany, 1960」(松浦伶訳、東京創元社、2009年) '09/06/12
ウィリアム.L.シャイラー「第三帝国の興亡 第4巻 ヨーロッパ征服  THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :The Conquest of Europe, 1960」(松浦伶訳、東京創元社、2008年) '08/12/07
ウィリアム.L.シャイラー「第三帝国の興亡 第3巻 第二次世界大戦  THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :World War , 1960」(松浦伶訳、東京創元社、2008年) '09/10/12
ウィリアム.L.シャイラー「第三帝国の興亡 第2巻 戦争への道  THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :The Road to War, 1960」(松浦伶訳、東京創元社、2008年) '08/07/19
ウィリアム.L.シャイラー「第三帝国の興亡 第1巻 アドルフ・ヒトラーの台頭  THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :The Rise of Adolf Hitler, 1960」(松浦伶訳、東京創元社、2008年) '08/07/06

ジークムント・フロイト「人はなぜ戦争をするのか エロスとタナトス  Gesammelte Werke, chronologisch geordnet, 1940, 1946, 1950 [WARUM KRIEG?, 1932/ZEITGEMÄSSES ÜBER KRIEG UND TOD, 1915/TRAUER UND MERANCHOLIE, 1917/NEUE FOLGE DER VORLESUNGEN, 1933/ZUR EINFÜHRUNG IN DIE PSYCHOANALYSE, 1933]」(中山元訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '09/06/11、'08/08/24
ジークムント・フロイト「幻想の未来/文化への不満  DIE ZUKUNFT EINER ILLUSION, 1927/DAS UNBEHAGEN IN DER KULTUR, 1930/DER MANN MOSES UND DIE MONOTHEISTISCHE RELIGION, 1939」(中山元訳、光文社古典新訳文庫、2007年) '09/06/04、'08/08/30

池内紀「カフカの生涯」(新書館、2007年) '09/06/14

内田樹「私家版・ユダヤ文化論」(文春新書、2006年) '09/01/25

ベルンハルト・シュリンク「帰郷者  DIE HEIMKEHR, 2006」(松永美穂訳、新潮クレスト・ブックス、2008年) '09/01/21
ベルンハルト・シュリンク「朗読者  Der Vorleser, 1995」松永美穂訳、新潮文庫、2003年) '08/03/29
ベルンハルト・シュリンク「過去の責任と現在の法 ドイツの場合  VERGANGENHEITSSCHULD UND GEGENWÄRTIGES RECHT, 2002」(岩淵達治/中村昌子/藤倉孚子/岩井智子訳、岩波書店、2005年) '08/04/10







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本「ドゥルーズ入門 (ちくま新書776)」檜垣立哉5

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ドゥルーズ入門 (ちくま新書)
ドゥルーズ入門 (ちくま新書776)

○著者: 檜垣立哉
○出版: 筑摩書房 (2009/4, 新書 221ページ)
○価格: 756円
○ISBN: 978-4480064813
おすすめ度: 2.5
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なるほど、たしかに“入門”を謳うにはハードルは低くないかもしれない。そもそもがわかっていないままに読みすすめているぼくにとっては、わからないのがアタリマエで、「あぁ『差異と反復 Différence et répétition, 1968』を読んでからの方がよかったのかなぁ」と。そう、『差異と反復』と並ぶ二大著書にあげられる『意味の論理学 Logique du sens, 1969』(小泉義之訳、河出文庫)は、たしかにセリーであり、ルイス・キャロルだった。


≪目次: ≫
はじめに――視点と俯瞰
第一章 ドゥルーズの「哲学」とは何か
内包性と潜在性/十九世紀という文脈/バロック主義――非主観性の思考/一義性とシステム論――ヒエラルキーなき砂漠
第二章 ドゥルーズと哲学史
ドゥルーズのコンテクスト/テクストの存在論化的読解/ベルクソンとドゥルーズ/生という主題/スピノザニーチェ/哲学のパッション
第三章 『差異と反復』――ドゥルーズ・システム論
二つの主著/反表象主義の哲学/表象を酔わせる無限/ヘーゲルライプニッツ/差異と反復の時間/空虚な形式としての時間/構造と発生/問題と問い――賭けの位相/個体化のパラドックス/個体化について
第四章 『意味の論理学』――言葉と身体
『意味の論理学』について/静的発生と動的発生/深層と表層/言語のパラドックス/意味のパラドックス/分裂症者と深層/質料性の位相と発生論/静的発生について/実現の二つの水準――環境世界と世界/動的発生について/クラインラカンの議論/言語の動的発生/動的発生のまとめ
第五章 ドゥルーズ=ガタリの方へ――文学機械論
ドゥルーズと文学――ドゥルーズと言語/クロソウスキー論/トゥルニエ論/ゾラ――裂け目とタナトス/プルースト――芸術と本質/文学機械へ
あとがき (二〇〇九年二月十六日 檜垣立哉)
ビブリオグラフィー
ドゥルーズ年表


≪著者: ≫ 檜垣立哉 (ひがき・たつや) 1964年埼玉県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科博士課程中途退学。大阪大学大学院人間科学研究科准教授(を経て、大阪大学大学院人間科学研究科教授)。専攻は哲学、現代思想。生命の哲学を中心としたテーマで研究を続けている。著書に『生と権力の哲学』(ちくま新書)、『ベルクソンの哲学』(頸草書房)、『ドゥルーズ』(日本放送出版協会)、『西田幾多郎の生命哲学』(講談社現代新書)、『賭博/偶然の哲学』(河出書房新社)などがある。

ジル・ドゥルーズ「フーコー  FOUCAULT, 1986」(宇野邦一訳、河出文庫、2007)
ジル・ドゥルーズ「ニーチェ  Nietzsche, 1965」(湯浅博雄訳、ちくま学芸文庫、1998)
ジル・ドゥルーズ「意味の論理学 〈下〉  Logique du sens, 1969」(小泉義之訳、河出文庫、2007)
ジル・ドゥルーズ「意味の論理学 〈上〉  Logique du sens, 1969」(小泉義之訳、河出文庫、2007)
ジル・ドゥルーズ「カントの批判哲学  La philosophie critique de Kant, 1963」(國分功一郎訳、ちくま学芸文庫、2008)
ジャック・デリダ/ジル・ドゥルーズ/ジャン=フランソワ・リオタール/ピエール・クロソウスキー「ニーチェは、今日?  NIETZSCHE AUJOURD’HUI?」(林好雄/本間邦雄/森本和夫訳、ちくま学芸文庫、2002)

小泉義之「ドゥルーズの哲学 生命・自然・未来のために」(講談社現代新書、2000)
ライダー・デュー「ドゥルーズ哲学のエッセンス 思考の逃走線を求めて思考の逃走線を求めて  Deleuze, Polity Press, 2007」(中山元訳、新曜社、2009)







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本「八十日間世界一周 〈下〉  Jules Verne, LE TOUR DU MONDE EN QUATRE-VINGTS JOURS, 1873 (光文社古典新訳文庫)」ヴェルヌ、高野優 訳5

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八十日間世界一周〈下〉 (光文社古典新訳文庫)
八十日間世界一周 〈下〉  Jules Verne, LE TOUR DU MONDE EN QUATRE-VINGTS JOURS, 1873 (光文社古典新訳文庫)

○著者: ジュール・ヴェルヌ、高野優 訳
○出版: 光文社 (2009/5, 文庫 291ページ)
○価格: 720円
○ISBN: 978-4334751838
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なるほど、ジャーナリスティック♪、時代が生んだ物語とも、1872年。飛躍的に世界が狭く小さくなったことによるのか?、アメリカにインドに鉄道が敷設されて、スエズ運河が開設されて、日本が鎖国を解いて(西欧化を図り)。本書巻末の年譜を見るには、本書『八十日間世界一周』刊行と同年の1873年、「アミアンにて、24分間気球に搭乗」とある。この時代に、すでに気球はあったのかぁ、と感心しつつ、わずか24分間の飛行がニュース(話題)になるとは(物語にも飛行について、その信頼性の低さがチラリと採用されている)、空を飛ぶことにたいする期待や夢と、その途上にあって、人間の欲望の果てしがなさ。そう、わざわざインドを上陸して貫通していない鉄道を利用する必要はなかった(物語の展開上、重要な欠くことのできないポイントではあろうが)。ところで、イギリス紳士を謎の存在として仕立てて、たしかに育ちや家柄の好い紳士で巨額の財産を相続したのであろうけれども、もしかしたら事業で成功を収めたのかもしれないが、金に糸目をつけずに、金にモノを言わせて、すべてを金で解決するやり方とは、、、ウラヤマシイなぁ。それゆえに冷静沈着でいることができて。しかし、冒険によって得た「シアワセ」とは如何に?


≪目次: ≫
八十日間世界一周 〈下〉 Le tour du monde en quatre-vingt jours, 1873
第22章 横浜の夜(パスパルトゥー、地球の反対側でも、ポケットに金は必要だと学ぶ)/第23章 曲芸団(パスパルトゥーの鼻、並はずれて長くなる)/第24章 太平洋横断(おてんとうさま、ついに自分のまちがいを認める)/第25章 紳士の名誉(フォッグ氏たち、サンフランシスコで政治的な争いに巻きこまれる)/第26章 パシフィック鉄道(一行はいよいよアメリカを横断する列車の旅を始める)/第27章 グレートソルト湖(パスパルトゥー、列車のなかでモルモン教の歴史を学ぶ)/第28章 壊れかけた鉄橋(パスパルトゥー、理性で人々を説得するのに失敗する)/第29章 車中の決闘(アメリカの鉄道ならではのさまざまな出来事について)/第30章 パスパルトゥー救出(フォッグ氏、あいかわらず冷静に、ただ自分の義務を果たす)/第31章 ニューヨークを目指して(フィックス刑事、心からフォッグ氏のためを思った提案をする)/第32章 大西洋を渡る船(フォッグ氏、不運に動じることなく、みずから船を探す)/第33章 いざリヴァプールへ(フォッグ氏、状況を手中に収める)/第34章 リヴァプール(パスパルトゥー、腹だちまぎれに意地悪な言葉遊びをする)/第35章 失意の時(パスパルトゥー、主人の命令を大喜びで実行に移す)/第36章 《改革クラブ》の紳士たち(フォッグ銘柄の株、再び市場で上昇する)/第37章 旅の成果(世界を一周してフォッグ氏が手に入れたものは、幸せだけだったということ)

解説 高野優
1 ジャーナリスティックな魅力(科学技術の発達 世界情勢――イギリスの海外支配 世界情勢――日本とアメリカ 観光案内としての要素)/2 登場人物の魅力/3 物語の魅力
ヴェルヌ年譜
訳者あとがき (二〇〇九年四月 高野 優)
1 物語の魅力を伝える(暦のない一日とどうつきあうか? チャイナ号出航の謎)/2 登場人物の魅力を伝える/3 ジャーナリスティックな魅力を伝える/4 翻訳は惑星のようなもの


≪著者: ≫ ジュール・ヴェルヌ Jules Verne [1828-1905] フランスの小説家。「空想科学小説の父」といわれる。ナント市のフェドー島で弁護士の長男として生まれる。子供のころから『ロビンソン・クルーソー』などの冒険小説を愛し、12歳のとき未知の国への憧れから密航を試み捕まる。そのとき「これからは空想のなかだけで旅をする」と言ったという。地球上のあらゆる土地、海底、地底、月世界までも旅する「驚異の旅」といわれる一連の空想科学小説を生み出す。主な著書に『海底二万里』『二年間の休暇』『地底旅行』『月世界旅行』。

[訳者] 高野優 Takano Yu フランス語翻訳家。高野優フランス語翻訳教室主催(http://www1.vecceed.ne.jp/~gentil/)。主な訳書に『ピラミッドの暗殺者』機櫚掘淵献礇奪)、『アモス・ダラゴン』1−12(ペロー、監訳)、『自己評価の心理学』(アンドレ&ルロール)などがある。

ジュール・ヴェルヌ『八十日間世界一周〈上〉 Le tour du monde en quatre-vingt jours, 1873』(高野優訳、光文社古典新訳文庫、2009)







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本「子どものための哲学対話  Philosophy for children, 40 Dialogue, 1997 (講談社文庫)」永井均、内田かずひろ 絵5

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子どものための哲学対話 (講談社文庫)
子どものための哲学対話  Philosophy for children, 40 Dialogue, 1997 (講談社文庫)

○著者: 永井均内田かずひろ
○出版: 講談社 (2009/8, 文庫 147ページ)
○価格: 400円
○ISBN: 978-4062764483
おすすめ度: 5.0
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子ども、と言うときの、ぼくはついオトナ(であること?)を意識してしまうんだけど、不図。
仕事、遊び、勉学。


≪目次: ≫
序章
第1章 人間は遊ぶために生きている!
1 人間はなんのために生きているのか?(1)/2 人間はなんのために生きているのか?(2)/3 ネクラとネアカ――生まれのよさ/4 善と悪を決めるもの(1)/5 人生体験マシン(1)/6 この世の中は約束によってできた?(1)/7 善と悪を決めるもの(2)/8 こまっている人を助けてはいけない?/9 うそはついてもいいけど、約束をやぶってはいけない?/10 学校には行かなくてはいけないか?/11 へんなしごとの意味/12 遊びかたの専門家/13 なぜ音楽評論家は必要か?/14 言葉の意味はだれが決める?(1)/15 言葉の意味はだれが決める?(2)
第2章 友だちはいらない!
1 元気が出ないとき、どうしたらいいか?(1)/2 元気が出ないとき、どうしたらいいか?(2)/3 原因がわかると感情は消える?/4 「強さ」について/5 中心への愛と中心からの愛/6 友だちは必要か?/7 いやなことをしなければならないとき(1)/8 いやなことをしなければならないとき(2)/9 なぜ勉強をしなくちゃいけないのか?――さらにまた、ネクラとネアカについて/10 うまく眠るこつ/11 左翼と右翼ってなに?
第3章 地球は丸くない!
1 ニンゲンのココロ/2 青い鳥はいつ青くなったのか?(1)/3 物は見えるからあるのか、あるから見えるのか?/4 泣くから泣き虫なのか、泣き虫だから泣くのか?/5 青い鳥はいつ青くなったのか?(2)/6 クジラは魚である!/7 ニュートンはリンゴが木から落ちるのを見て引力を発見した!?/8 地球は丸くない!/9 この世の中は約束によってできた?(2)/10 人生体験マシン(2)/11 ぼくが生まれるために必要なこと(1)/12 ぼくが生まれるために必要なこと(2)/13 死について
終章
きみもやってみよう! 哲学ごっこ

解説 田島正樹
文庫版あとがき 永井均

※本書は1997年7月、小社より単行本として刊行されました。


≪著者: ≫ 永井 均 (ながい・ひとし) 1951年東京都生まれ。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位取得。専攻は哲学・倫理学。千葉大学教授などを経て、日本大学文理学部哲学科教授。著書に『マンガは哲学する』(岩波現代文庫)『翔太と猫のインサイトの夏休み』(ちくま学芸文庫)『私・今・そして神』(講談社現代新書)などがある。

[絵] 内田かずひろ (うちだ・かずひろ) 1964年福岡県生まれ。'90年『シロと歩けば』(竹書房)でマンガ家としてデビュー。著書に『ゆうぐれアーモンド』(集英社)、『ロダンのココロ』(朝日文庫)などがある。ブログ http://rodakoko.exblog.jp/







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本「フーコー  Gilles Deleuze, FOUCAULT, 1986 (河出文庫)」ジル・ドゥルーズ、宇野邦一 訳5

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フーコー (河出文庫)
フーコー  Gilles Deleuze, FOUCAULT, 1986 (河出文庫)

○著者: ジル・ドゥルーズ宇野邦一
○出版: 河出書房新社 (2007/8, 文庫 263ページ)
○価格: 1,050円
○ISBN: 978-4309462943
おすすめ度: 4.0
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あぁ〜だめだめだめだめ、はげしくオチコム。ウマクとりつくろってみたところで、とりつくろっている時点ですでに。「シンイガツタワラナイ」そう言われて、ぼくの性格の問題だろうか、などと考えていたのだが、熱く必死になれない、物事を多角的にさまざまな側面から見るには、どうしてつよく言い切ることなどできようか、いや、チガウ。そんなキレイゴトではない。もっとドロドロなことを考えていたのではないか。どこかにオゴリやタカブリはなかったか。そもそも、当初は異なるストーリーを用意していた。そう、ドロクサク、カッコワルク。


ミシェル・フーコー(Michel Foucault, 1926-1984)


≪目次: ≫
前書き

古文書(アルシーヴ)からダイアグラムへ
新しい古文書学者(『知の考古学』)
新しい地図作成者(『監獄の誕生』)

トポロジー、「別の仕方で考えること」
地層あるいは歴史的形成物、可視的なものと言表可能なもの(知)
戦略あるいは地層化されないもの、外の思考(権力)
褶曲あるいは思考の内(主体化)

付記――人間の死と超人について

訳註
訳者後書

※本書は、一九八七年に河出書房新社より単行本として刊行されました。


≪著者: ≫ ジル・ドゥルーズ Gilles Deleuze 1925年生まれ。哲学者。1995年、自ら死を選ぶ。著書に『差異と反復』『意味の論理学』『シネマ』など、またガタリとの共著に『アンチ・オイディプス』『千のプラトー』『カフカ』『哲学とは何か』がある。

[訳者] 宇野邦一 (うの・くにいち) 1948年生まれ。京都大学をへて、パリ第8大学でドゥルーズのもとに学ぶ。著書に『アルトー 思考と身体』『反歴史論』など多数。訳書にドゥルーズ+ガタリ『アンチ・オイディプス』『千のプラトー』、ドゥルーズ『襞』『消尽したもの』などがある。

ジル・ドゥルーズ「ニーチェ  Nietzsche, 1965」(湯浅博雄訳、ちくま学芸文庫、1998)
ジル・ドゥルーズ「意味の論理学 〈下〉  Logique du sens, 1969」(小泉義之訳、河出文庫、2007)
ジル・ドゥルーズ「意味の論理学 〈上〉  Logique du sens, 1969」(小泉義之訳、河出文庫、2007)
ジル・ドゥルーズ「カントの批判哲学  La philosophie critique de Kant, 1963」(國分功一郎訳、ちくま学芸文庫、2008)
ジャック・デリダ/ジル・ドゥルーズ/ジャン=フランソワ・リオタール/ピエール・クロソウスキー「ニーチェは、今日?  NIETZSCHE AUJOURD’HUI?」(林好雄/本間邦雄/森本和夫訳、ちくま学芸文庫、2002)

小泉義之「ドゥルーズの哲学 生命・自然・未来のために」(講談社現代新書、2000)
ライダー・デュー「ドゥルーズ哲学のエッセンス 思考の逃走線を求めて思考の逃走線を求めて  Deleuze, Polity Press, 2007」(中山元訳、新曜社、2009)

ミシェル・フーコー「わたしは花火師です フーコーは語る  Je suis un artificier in Michel Foucault, entretiens」(中山元訳、ちくま学芸文庫、2008)
ミシェル・フーコー「精神疾患とパーソナリティ  Maladie mentale et personalité, 1954」(中山元訳、ちくま学芸文庫、1997)
ミシェル・フーコー「真理とディスクール パレーシア講義  FEARLESS SPEECH」(中山元訳、筑摩書房、2002)

神崎繁「フーコー 他のように考え、そして生きるために」(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2006)
中山元「はじめて読むフーコー」(洋泉社、2004)
中山元「フーコー入門」(ちくま新書、1996)







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《TREK7.3FX》; Tm 3:25'24 (6:56〜10:26), Dst 88.09km, Av 25.7km/h, Mx 58.7km/h, Odo 153.6km, (cateye cyclocomputer CCRD300W since 2009/9/17).
※web上のmapサービスによる計測で、約90kmと表していたトレーニングコース(→甲州街道 大垂水峠→相模湖→津久井湖→関戸橋→多摩サイ)。タイムアタック?!するも、終盤バテバテヘロヘロ。西八王子〜高尾のイチョウ並木はホンノリ色づきはじめ、銀杏の実が路面をオイリーに。大垂水峠近くのタマアジサイは、まだまだ薄紫色の花を咲かせていた。

本「マルクスと息子たち  Jacques Derrida, MARX & SONS, Paris, PUF/Galilée, 2002」ジャック・デリダ、國分功一郎 訳5

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マルクスと息子たち
マルクスと息子たち  Jacques Derrida, MARX & SONS, Paris, PUF/Galilée, 2002

○著者: ジャック・デリダ、國分功一郎 訳
○出版: 岩波書店 (2004/1, 単行本 239ページ)
○価格: 2,520円(品切重版未定)
○ISBN: 978-4000021586
おすすめ度: 4.0
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「そんな細かいことどうだっていいじゃん」と口にするぼくは大雑把なO型気質。その一方で細かいことばかりが気になる、気になって気になって仕方がない神経質なA型の血も引く。不思議なもので、すべてが気になって気になって仕方がないわけではなく、すべてが大雑把にどうでもいいわけでもない。気になるところと、まったく気にならないところと。それぞれに大きな違いがあるわけでもなく、紙一重であったり、なんだったら気分なんてことも。


≪著者: ≫ ジャック・デリダ (Jacques Derrida) 1930年、アルジェリア生まれ。社会科学高等研究院(フランス、パリ)教授。主な著書に『グラマトロジーについて』(De la grammatologie, Minuit, 1967. 邦訳・現代思潮社)、『エクリチュールと差異』(L'écriture et la différence, Seuil, 1967. 邦訳・法政大学出版局)、『散種』(La dissémination, Seuil, 1972)、『余白――哲学の/について』(Marge-de la philosophie, Minuit, 1972)、『弔鐘』(Glas, Galilée, 1974)、『郵便葉書』(La carte postale, Aubier-Flammarion, 1980)、『マルクスの亡霊たち』(Spectres de Marx, Galilée, 1993)、『友愛のポリティックス』(Politiques de l'amitié, Galilée, 1994. 邦訳・みすず書房)ほか。

[訳者] 國分功一郎 (こくぶん こういちろう) 1974年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍。日本学術振興会特別研究員。主な論文に「スピノザの定義について」(『年報 地域文化研究』第4号、2001年)、「無人島と砂漠――ジル・ドゥルーズ「無人島、その原因と理由」から出発して」(『批評空間』第郡第4号、2002年7月)、「総合的方法の諸問題――ドゥルーズとスピノザ」(『思想』第950号、2003年6月)、「スピノザのデカルト読解をどう読解すべきか?――『デカルトの哲学原理』におけるコギト」(『スピノザーナ』第5号、2004年(予定))。

ジャック・デリダ「精神について ハイデッガーと問い  DE L'ESPRIT: Heidegger et la question, 1987」(港道隆訳、平凡社ライブラリー、2009)
ジャック・デリダ/ジル・ドゥルーズ/ジャン=フランソワ・リオタール/ピエール・クロソウスキー「ニーチェは、今日?  NIETZSCHE AUJOURD’HUI?」(林好雄/本間邦雄/森本和夫訳、ちくま学芸文庫、2002)
ジャック・デリダ「死を与える  Donner la mort, 1999」(廣瀬浩司/林好雄訳、ちくま学芸文庫、2004)
ジャック・デリダ「声と現象 フッサールの現象学における記号の問題入門  La voix et le phénomène――Introduction au problème du signe dans la phénoménologie de Husserl」(林好雄訳、ちくま学芸文庫、2005)
ジャック・デリダ「デリダ,脱構築を語る シドニー・セミナーの記録  Deconstruction Engaged, The Sydney Seminars」(ポール・パットン/テリー・スミス編、谷徹/亀井大輔訳、岩波書店、2005)
ジャック・デリダ「言葉にのって 哲学的スナップショット  SUR PAROLE――Instantanés philosophiques, 1999」(林好雄/森本和夫/本間邦雄訳、ちくま学芸文庫、2001)
ジャック・デリダ「雄羊 途切れない対話:二つの無限のあいだの、詩(ポエム)  Béliers――Le dialogue ininterrompu: entre deux infinis, le poème, 2003」(林好雄訳、ちくま学芸文庫、2006)
ジャック・デリダ「パピエ・マシン 〈下〉 パピエ・ジャーナル  PAPIER MACHINE, 2001」(中山元訳、ちくま学芸文庫、2005)
ジャック・デリダ「パピエ・マシン 〈上〉 物質と記憶  PAPIER MACHINE, 2001」(中山元訳、ちくま学芸文庫、2005)
ジャック・デリダ「生きることを学ぶ、終に  Apprendre à vivre enfin−Entretien avec Jean Birnbaum, 2005」(鵜飼哲訳、みすず書房、2005)

ジル・ドゥルーズ「カントの批判哲学  LA PHILOSOPHIE CRITIQUE DE KANT, 1963」(國分功一郎訳、ちくま学芸文庫、2008)
林好雄/広瀬浩司「知の教科書 デリダ」(講談社選書メチエ、2003)
ステュアート・シム「デリダと歴史の終わり  POSTMODERN ENCOUNTERS DERRIDA AND THE END OF HISTORY」(小泉朝子訳、富山太佳夫監修、ポストモダン・ブックス、岩波書店、2006)
高橋哲哉「デリダ――脱構築」(現代思想の冒険者たちSelect、講談社、2003)
木田元「ハイデガー『存在と時間』の構築」(岩波現代文庫、2000)

フランシス・フクヤマ「歴史の終わり〈下〉 「歴史の終わり」後の「新しい歴史」の始まり  THE END OF HISTORY AND THE LAST MAN, 1992」(渡部昇一訳、三笠書房、2005)
フランシス・フクヤマ「歴史の終わり〈上〉 歴史の「終点」に立つ最後の人間  THE END OF HISTORY AND THE LAST MAN, 1992」(渡部昇一訳、三笠書房、2005)







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本「八十日間世界一周 〈上〉  Jules Verne, LE TOUR DU MONDE EN QUATRE-VINGTS JOURS, 1873 (光文社古典新訳文庫)」ヴェルヌ、高野優 訳5

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八十日間世界一周〈上〉 (光文社古典新訳文庫)
八十日間世界一周 〈上〉  Jules Verne, LE TOUR DU MONDE EN QUATRE-VINGTS JOURS, 1873 (光文社古典新訳文庫)

○著者: ジュール・ヴェルヌ、高野優 訳
○出版: 光文社 (2009/5, 文庫 322ページ)
○価格: 720円
○ISBN: 978-4334751821
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物語が描かれた1872年、ロンドン。こころおどる冒険物語、スリリングな展開にひきこまれるね♪、もっとも、ひろくこのあたりのヨーロッパの時代背景であり文化を理解したいと欲するぼくには、ヨーロッパから見た世界の風景、そのまなざしがまた愉しくもあり。ホントは巻末にあるであろう解説を読んでから、なるほど、そういうことかぁ、そういう見方をするんだぁ、との理解を得てから書きたい気持ちもあるんだけど。イギリスとフランスと。著者のヴェルヌはフランス人で、物語の主人公のフォッグ氏はイギリス人紳士、召使いのパスパルトゥーはフランス人と設定されていて、、、フランスとイギリスの微妙な関係が垣間見えたりして。飛行機はまだ登場しないけど、鉄道がひろく敷設されて(ところどころまだつながっていない)、船の能力が向上していて、スエズ運河の開設(ここにも英仏のビミョウな関係をチラ見できる)で世界がよりいっそう小さくなって(移動距離も時間も短縮されて)。もっとも、その主目的は植民地政策というのか、インドや中国といった大国をも支配下において、貿易でますます儲けて経済力をつけて、どんどん技術力を高めて。


≪目次: ≫
八十日間世界一周 〈上〉 Le tour du monde en quatre-vingt jours, 1873
第1章 謎の男(フィリアス・フォッグ氏とパスパルトゥー、主従の誓いを結ぶ)/第2章 理想の主人(パスパルトゥー、ついに自分にぴったりの奉公先を見つける)/第3章 世界一周の旅(ちょっとしたおしゃべりがフォッグ氏の運命を変えたということ)/第4章 ロンドン発八時四十五分(フォッグ氏の突然の帰宅に、パスパルトゥー、身の不運を嘆く)/第5章 株価と賭け率(ロンドンの証券取引所に新しい銘柄の株が現われる)/第6章 スエズ到着(フィックス刑事が船の入港を首を長くして待っていたということ)/第7章 領事館(パスポートというのは犯人にとってはかえって隠れみのになるということ)/第8章 フィックスの確信(パスパルトゥー、ほんの少しよけいなおしゃべりをする)/第9章 アデンをへてボンベイに(インド洋の風はフォッグ氏に味方したということ)/第10章 ヒンドゥー教の寺院(パスパルトゥー、靴をなくしながらも、ボンベイを離れてほっとする)/第11章 最初の障害(フォッグ氏、大金をはたいて素晴らしい乗り物を買う)/第12章 インドの森(フォッグ氏と仲間たち、森の奥で不思議な行列に出会う)/第13章 救出(幸運はやはり大胆な者に味方するということ)/第14章 アウダ夫人(フォッグ氏、あたりの素晴らしい景色には見とれることなくガンジス川を下っていく)/第15章 裁判(ポンド紙幣の入った手さげ鞄はまた軽くなる)/第16章 再び海上へ(フィックス刑事、パスパルトゥーの話を聞きながら、知らなかったふりをする)/第17章 それぞれの心の内(シンガポールから香港に行くまでに起こったこと)/第18章 嵐の襲来(フォッグ氏、パスパルトゥー、フィックス刑事、それぞれがそれぞれの仕事にかかる)/第19章 フィックスの決断(パスパルトゥー、主人のしたことに過分の興味を示す)/第20章 タンカデール号(フィックス刑事、フォッグ氏とついに直接、話をする)/第21章 半旗(タンカデール号の船長、報奨金を受け取れるかどうかの瀬戸際に追いつめられる)
(下巻へ)


≪著者: ≫ ジュール・ヴェルヌ Jules Verne [1828-1905] フランスの小説家。「空想科学小説の父」といわれる。ナント市のフェドー島で弁護士の長男として生まれる。子供のころから『ロビンソン・クルーソー』などの冒険小説を愛し、12歳のとき未知の国への憧れから密航を試み捕まる。そのとき「これからは空想のなかだけで旅をする」と言ったという。地球上のあらゆる土地、海底、地底、月世界までも旅する「驚異の旅」といわれる一連の空想科学小説を生み出す。主な著書に『海底二万里』『二年間の休暇』『地底旅行』『月世界旅行』。

[訳者] 高野優 Takano Yu フランス語翻訳家。高野優フランス語翻訳教室主催(http://www1.vecceed.ne.jp/~gentil/)。主な訳書に『ピラミッドの暗殺者』機櫚掘淵献礇奪)、『アモス・ダラゴン』1−12(ペロー、監訳)、『自己評価の心理学』(アンドレ&ルロール)などがある。







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TREK7.3FX; Tm 0:56'40、Dst 22.62km、Av 23.9km/h、Mx 54.5km/h、Odo 42.9km。

本「大江戸歌舞伎はこんなもの (ちくま文庫)」橋本治5

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大江戸歌舞伎はこんなもの (ちくま文庫)
大江戸歌舞伎はこんなもの (ちくま文庫)

○著者: 橋本治
○出版: 筑摩書房 (2006/1, 文庫 265ページ)
○価格: 735円
○ISBN: 978-4480421791
おすすめ度:5.0
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200909221400と。
書きたいことは、いろいろあるよ。ことばが、考えがあたまのなかをグルグルグルグル、すこしはおちついてもいいんじゃないか?、と思うほどに。書きえるかどうかは、また別の問題として。
日本人として、などとカンタンに言いえないのだけれども、はたして日本人となにもので、日本人を称するぼくは、どれだけ日本国のことを理解していて、どんな説明をしえるのであろう、などと考えるには、そもそも、民族やら宗教やら文化やら、日本人というカテゴリーはどのようなものであろうか?
ある意味では、日本のいまの在り方、世界における地位というのか、位置というべきか、を考えるに、江戸時代という約260年の鎖国の状態、そこで培われたオリジナルの文化。その後、江戸時代が終焉し、鎖国を解いて、急速に世界のスタンダードともいえるであろう西欧の文化をとりいれて。


≪目次: ≫
一、歌舞伎の定式
二、江戸歌舞伎の専門用語(テクニカルターム)
三、江戸歌舞伎と曽我兄弟
四、東と西と
五、江戸の時制――時代世話
六、歌舞伎の時代錯誤と時代世話
七、顔見世狂言とは何か
八、顔見世狂言の定式
九、江戸歌舞伎と《世界》
十、江戸歌舞伎の反逆者達
十一、江戸のウーマンリブ
十二、江戸の予定調和

あとがき

※本書は二〇〇一年十月五日小社より刊行された。


≪著者: ≫ 橋本 治 (はしもと・おさむ) 1948年3月東京生まれ。東京大学文学部国文科卒業。'77年『桃尻娘』で講談社「小説現代」新人賞佳作。以後、小説・評論・古典の現代語訳・エッセイなど精力的に執筆活動中。著書に『桃尻語訳枕草子』『絵本徒然草』『窯変源氏物語』『人はなぜ「美しい」がわかるのか』など。ちくま文庫収録作に『これも男の生きる道』『宗教なんかこわくない!』『これで古典がよくわかる』『風雅の虎の巻』『二十世紀(上下)』など。







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本「ニーチェ  Gilles DELEUZE: Nietzsche, Collection SUP 《Philosophes》, Presses Universitaires de France, 1965 (ちくま学芸文庫)」ジル・ドゥルーズ、湯浅博雄 訳5

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ニーチェ (ちくま学芸文庫)
ニーチェ  Gilles DELEUZE: Nietzsche, Collection SUP 《Philosophes》, Presses Universitaires de France, 1965 (ちくま学芸文庫)

○著者: ジル・ドゥルーズ湯浅博雄
○出版: 筑摩書房 (1998/5, 文庫 238ページ)
○価格: 924円
○ISBN: 978-4480084217
おすすめ度:4.5
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≪目次: ≫
生涯
哲学
ニーチェ的世界の主要登場人物辞典
   鷲(および蛇)/驢馬(あるいは駱駝)/蜘蛛(あるいは舞踏蜘蛛)/アリアドネ(およびテセウス)/道化(猿、小人、魔)/キリスト(聖パウロおよび仏陀)/ディオニュソス/高位の人間たち/ツァラトゥストラ(およびライオン)
ニーチェ選集
A 哲学者とはなにか? (1 仮面をかぶった哲学者/2 批判する者としての哲学者/3 反時代的な哲学者/4 生理学者および医師としての哲学者/5 生の諸可能性を作り出す者としての哲学者/6 立法者としての哲学者)
B 哲人ディオニュソス (7 ディオニュソスとアポロン――両者の和解(悲劇的なもの)/8 ディオニュソスとソクラテス――両者の対立(弁証法)/9 ディオニュソスとキリスト――両者の矛盾(宗教)/10 ディオニュソスとアリアドネ――両者の相互補完性(酒神頌歌)/11 ディオニュソスとツァラトゥストラ――両者の類縁性(試練))
C 諸々の力と〈力〉への意思 (12 多元論に向かって/13 /諸力の二つの類型――能動性と半動性/14 〈力〉への意思の二つの質――肯定と否定/15 いかにして反動的な諸力は勝利するか――怨恨/16 疚しい心、あるいは自己への敵対的反転(15 「怨恨」の続きとして)/17 いかにしてニヒリズムが〈力〉への意思のうちで勝利するか)
D ニヒリズムから価値転換へ (18 神とニヒリズム/19 「神の死」を告げる最初のヴァリアントのうちの一篇/20 神は死んだ/21 神の死の後も、なおニヒリズムは続いている/22 「待つこと」の不可避性/23 価値転換の接近/24 価値転換――否定的なものはより高位の肯定に仕えるよう転換する/25 〈力〉への意思の肯定的な本質)
E 永遠回帰 (26 〈力〉への意思と永遠回帰/27 なぜ永遠回帰は恐怖させるのか/28 怖れの超克――選択的な思想としての永遠回帰/29 怖れの超克――選択的な存在としての永遠回帰/30 二重の肯定/31 超人/32 超人が意味するもの)
結び――狂気について (33 狂気と神々/34 狂気の機能)

ニーチェの著作
関係書誌


ドゥルーズとニーチェ――訳者解説に代えて
訳者あとがき
(一九九八年二月 湯浅博雄)

※本書は一九八五年六月二十五日、朝日出版社より刊行された。


≪著者: ≫ ジル・ドゥルーズ (Gilles Deleuze) 1925-95年。フランスの哲学者。1970年よりパリ第8大学教授。60年代以降の言語論的な転回、ポスト構造主義の思想的文脈のなかで思索を重ね、主著『差異と反復』(1968年)などを世に問う。また、ガタリとの共著『アンチ・オイディプス』(1972年)、『千のプラトー』(1980年)は、精神分析やマルクス主義の概念を援用した資本主義社会論として、大きな影響を与えた。

[訳者] 湯浅博雄 (ゆあさ・ひろお) 1947年生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京大学教授。専攻、フランス思想・文学。著書『バタイユ』(講談社)、『反復論序説』(未来社)など。

ジル・ドゥルーズ「意味の論理学 〈下〉  Logique du sens, 1969」(小泉義之訳、河出文庫、2007)
ジル・ドゥルーズ「意味の論理学 〈上〉  Logique du sens, 1969」(小泉義之訳、河出文庫、2007)
ジル・ドゥルーズ「カントの批判哲学  La philosophie critique de Kant, 1963」(國分功一郎訳、ちくま学芸文庫、2008)
ジャック・デリダ/ジル・ドゥルーズ/ジャン=フランソワ・リオタール/ピエール・クロソウスキー「ニーチェは、今日?  NIETZSCHE AUJOURD’HUI?」(林好雄/本間邦雄/森本和夫訳、ちくま学芸文庫、2002)

小泉義之「ドゥルーズの哲学 生命・自然・未来のために」(講談社現代新書、2000)
ライダー・デュー「ドゥルーズ哲学のエッセンス 思考の逃走線を求めて思考の逃走線を求めて  Deleuze, Polity Press, 2007」(中山元訳、新曜社、2009)







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本「死(Mort)の哲学 (シリーズ・道徳の系譜)」江川隆男5

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死の哲学 (シリーズ・道徳の系譜)
死(Mort)の哲学 (シリーズ・道徳の系譜)

○著者: 江川隆男
○出版: 河出書房新社 (2005/12, 単行本 172ページ)
○価格: 1,575円
○ISBN: 978-4309243580
おすすめ度: 5.0
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ちょっと気になって、気にかかって、デカルト『哲学原理』(山田弘明ほか訳、ちくま文庫)から引用。
“1 真理を探究するには、一生に一度は、すべてのことについてできるかぎり疑うべきである。”
そう、すべてを疑うことから。疑うことは、裏返すならば、信じないことであろうか。なにも信じないことは、たのしいことではない。ウソでもいいから、ウソだとわかっていながらも、信じてしまった方が、仮にその後で、やっぱり騙されちゃった、ということになったとしても、笑い話になる、だけでなく、信じたことの、信じることの心地好さというのか、夢♪、なんて言ってみたらオカシイかもね。ウソでもいいから信じたい、ケッコウ真理かもしれない。委ねちゃいたい、すべてを投げ出して、ボロボロになる(と言っても、タカが知れている)ことを覚悟して、悲劇のヒーロー、ヒロインは、じつはアンガイ気持ちが好いかのかもしれないね。

死。
ちょっとまえには、50歳まではとにかく生きよう!、と決めた。それまでは、長生きしたい、いや、長生きすることが善いことで、多分にもれず、ぼくも長生きすることを欲することが善いことであろうとは、対外的なことを意識していないわけではなかった故に、100歳くらいまでは!、などと考えていたのだが、お金、経済力に劣る、と自覚せざるを得ない、ぼくには、老後の心配の最大の問題としての金銭にまつわる経済的な問題から目を逸らすことができなくて、そう考えるには、長生きすることを、不可能事として考えざるを得ない。サラリー(給与)を得ながら、サラリーを原資として生活を営む、と考えるには、加齢により、老化に伴い、体力の低下により、労働力として適性を欠いたとき、、、直視できない。予測して対策を講じたい。講ずるべき対策のひとつとして、その前提として、経済力には不足が生じている。やっぱり直視できない、直視したくない、としての50歳まで生きる、その後のことは考えない、とは、なんとも無自覚で、そんなことが許されるのか?、では、許されないとは如何なる状況であろうか?、まぁまぁ、目を逸らして、一旦気を逸らすことによって、そのことで生きる気力が生じるのならば、正しいかどうかは別としても、そういう選択も有りなのでは?、とのグダグダ。そうして、いま生きている。決めたことに、明確に変更を加えていない現時点においては、いまだ50歳まででしかないのだけれど、あと10年かぁ、クロスバイクでのトレーニングの成果であろうか、神金自転車商会にはどんなに感謝しても感謝し足りないのだが、プロショップ、身体は軽快そのもの、病気する気がしない、しかし、突然死や、クロスバイクで自動車と並走していることから事故死の可能性は、考慮すべきであろうけれども。死、だよねぇ。
中途に出てくる、“死は生の欠如ではない。(P.116)”とは。中途に記述されているということからも、その前にも、その後ろにも、言説は展開されているのであり、その部分だけをピックアップしてクローズアップしてしまうことの無自覚さを意識しつつも。
そして、そのすこし前には、“差異は何かが欠けたものではない。差異は欠如ではない。(P.80)”、ちょっとスゴイ。


≪目次: ≫
『死の哲学』主要概念集   強度/強度=0 自己原因(様態としての) 存在の仕方/本質の変形 並行論(分裂‐身体的)
序論
悲しみの情動群に向けて/無能力の最大の力説/アルトーの偉大さ
1 不死に至る病
第一節 絶対的悲しみのマイナー幾何学
   今日、実践哲学とは何であるのか/〈自然界の一義性〉についての自然哲学と〈反自然の融即〉を規定する実践哲学/無能力のマイナー幾何学――いかにして、悲しみ、憎しみ、怒り、妬み、復讐心、等々を、あるいは否定なき無能力を表現するのか
第二節 欲望する並行論・分身論   ドゥルーズガタリと分裂綜合的思考/精神的‐物理的な合一論から分裂的‐身体的な分身論へ/欲望する並行論・分身論(その第一の規定)/系列の並行論からリゾームの分身論へ/自我の死――ブロックとパラ・グラフの問題

2 死の遠近法
第三節 本質の外皮を引掻く
   欲望する並行論・分身論(その第二の規定)/人間の本質――笑い続ける動物/有機的思考の一寸の切断――カントの禁令/割合=比のなかでの〈死の生成〉、加速と減速の多様性
第四節 ヘテロリズム宣言(Manifeste pour l'héterrorisme)   ヘテロリズムとは何か――恐怖から残酷へ/分裂分析的経験――アルトーという絶対的事例/人間本性から訣別するために――残酷と感染/欠如なき無能力について   

3 死の哲学
第五節 不死の経験論
   欲望する並行論・分身論(その第三の規定)/死が分かつもの――ドラマ化の線/偽の身分――〈吸血鬼であれ、人間であれ〉/模倣と擬態の差異――デイヴィッド・リンチ
第六節 強度と分身――死の分裂症化   強度の離接性――〈存在であれ、本質であれ〉/死の経験と武器庫/真の身体の投射


あとがき
(二〇〇五年一〇月 江川隆男)


≪著者: ≫ 江川隆男 (Egawa Takao) 1958年、東京生まれ。東京都立大学大学院人文科学研究科哲学専攻博士課程退学。首都大学東京都市教養学部人文社会系助手(を経て、首都大学東京 都市教養学部 助教授)。著書に『存在と差異――ドゥルーズの超越論的経験論』(知泉書館)、訳書にベルクソン『ベルクソン講義録』(共訳、法政大学出版局)、ドゥルーズ『無人島 1953-1968』(共訳、河出書房新社)他。

小泉義之『生殖(Bio)の哲学』(シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、2003)
小泉義之『弔い(Funeral)の哲学』(シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1997)
永井均×小泉義之『なぜ人を殺してはいけないのか?』(シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1998)







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本「人イヌにあう  Konrad Lorenz, SO KAM DER MENSCH AUF DEN HUND, 1949 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫 NF355)」コンラート・ローレンツ、小原秀雄 訳5

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人イヌにあう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
人イヌにあう  Konrad Lorenz, SO KAM DER MENSCH AUF DEN HUND, 1949 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫 NF355)

○著者: コンラート・ローレンツ、小原秀雄 訳
○出版: 早川書房 (2009/7, 文庫 328ページ)
○価格: 777円
○ISBN: 978-4150503550
おすすめ度: 5.0
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あぁ、社会生活。ぼくにとってはカンタンではない。と、つくづく、最近とくに、思うよ。これまでが、なにも考えることなく、なんとなく、うまく?!波風立たずにきた、というのか、とくに気がつくこともなく。気がつかなければ、思い悩むこともない。

唐突に、神金自転車商会で「CATEYE CYCLOCOMPUTER CC-RD300W」を買った。すでに1年乗っているクロスバイク(TREK 7.3FX)に、いまさらながら走行距離やらが知りたくなって。シンプルに距離と速度と時間がわかるヤツ、取付工賃込で金7,000円也。ついでにサドルを上げてもらった(いよいよ足がつかなくなる)。自宅(家族が居住する)近くの図書館を往復、Tm 0:57'42、Dst 20.27km、Av 21.0km/h、Mx 42.9km/h、Odo 20.3km。


≪目次: ≫
はじめに――人と家畜
事の起こりは
忠節の二つの起源
イヌの個性
訓練
イヌの慣習
主人とイヌ
イヌと子ども
イヌを選ぶこと
イヌの飼育家への訴え
休戦
垣根
小さいディンゴの騒動
ものいうこと能わざるは、いとうらめしき……
愛情の要求
イヌの日
ネコの遊びについて
人とネコ
嘘をつく動物
ネコめ!
動物と良心
忠節と死

訳者あとがき (昭和四三年八月 訳者)
新装に当たって

※本書は一九六六年七月に至誠堂から刊行された作品を文庫化したものです。


≪著者: ≫ コンラート・ローレンツ Konrad Zacharias Lorenz 1903年、ウィーンに生まれる。ケーニヒスベルク大学心理学教授、マックス・プランク行動生理学研究所長などを歴任。1930年代より、魚類、鳥類を主とした動物の行動の研究を行ない、動物行動学(エソロジー)という領域を開拓した。この業績により1973年ノーベル生理学医学賞を受賞。1989年没。主な著書に『ソロモンの指環』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)『動物行動学』『攻撃――悪の自然誌』ほか多数。

[訳者] 小原秀雄 (おばら ひでお) 1927年生。女子栄養大学名誉教授。専門は哺乳類学(動物学)、人間学、環境科学。著書に『小原秀雄著作集(全4巻)』『ツルはなぜ一本足で眠るのか』(共著)ほか多数。訳書に『ゴリラの季節』シャラー、『乗れない方舟』ムーアヘッド(ともに早川書房)ほか。

コンラート・ローレンツ「ソロモンの指環 動物行動学入門」日高敏隆訳、早川書房、新装版 2006)
コンラート・ローレンツ「攻撃 悪の自然誌」(日高敏隆/久保和彦訳、みすず書房、1985)







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本「小説家が読むドストエフスキー (集英社新書0325)」加賀乙彦5

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小説家が読むドストエフスキー (集英社新書)
小説家が読むドストエフスキー (集英社新書0325)

○著者: 加賀乙彦
○出版: 集英社 (2006/1, 新書 217ページ)
○価格: 714円
○ISBN: 978-4087203257
おすすめ度: 4.0
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なんとむずかしいことか。ぼくがよかれと思って、もしかしたらどこかには誤解を解きたいと意図していることが漏れ伝わってしまっているのかもしれないなぁ、懸命に言葉にしていることが、どんなに言葉を費やしてみても、言葉を費やせば費やすほどに、こちらが思うようには伝わらない、真意がまったく伝わっている気がしない。もっとも、これまでの経緯を考えるには、あぁ、どれだけヒドイことをしつづけてきてしまったんだろう、と悔やんでみたところで、後悔あとにたたず、覆水盆に返らず、哀しいほどに嫌悪に満ちた反応が痛い、しかし、それを発する相手は、間違いなくもっともっと痛い思いをいま現にしているのであり、かつての痛い思いを忘れていない、まったく消失も忘却もしていないのであろう、などと考えるには、表出している痛みの憎悪の、氷山は表出している頭の部分の何十倍もの大きさの氷塊が海中にある、のであろう。なにをも為しえる力を有しないことを自覚しているだけに、なんともみずからの無力さが恨めしいのではあるが。


フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー(Фёдор Михайлович Достоевский, 1821-1881)


≪目次: ≫
死の家の記録 Записки из Мёртвого дома, 1860
ドストエフスキーの読書の思い出/監獄の囚人の心理/閉ざされた場所の時間/さまざまな人間群像
罪と罰 Преступление и наказание, 1866
ラスコーリニコフとは何者か/殺人を見る神の視野/ラスコーリニコフの四つの夢/ラザロの復活の意味/ポルフィーリィの術策
白痴 Идиот, 1868
『白痴』は傑作である/ムイシュキンの病気/死を前にした人間の心/ドストエフスキーの自己観察/癲癇の文学/ドストエフスキーの苦悩
悪霊 Бесы, 1871
バルザックとドストエフスキー/特異な人物群/重層する小説作法/スタヴローギンの悪/小説の内的な語りの連続
カラマーゾフの兄弟 Братья Карамазовы, 1880
『戦争と平和』と『カラマーゾフの兄弟』/カラマーゾフ家の人々の特異性/三角関係の巧妙な構図/「大審問官」の現代的意義/ポリフォニー小説/「大審問官」の宗教上の問題/ドストエフスキーとキリスト教/ロシアの作家の無限定性と日本文学

あとがき
引用・参考文献一覧


※本書は2003年9月から2004年3月まで朝日カルチャーセンターで著者が行った講義をまとめ、加筆、修正したものである。


≪著者: ≫ 加賀乙彦 (かが おとひこ) 1929年、東京生まれ。東京大学医学部医学科卒業。東京拘置所医務技官を務めた後、精神医学および犯罪学研究のためフランス留学。帰国後、東京医科歯科大学助教授、上智大学教授を歴任。2000年には日本芸術院会員に選ばれる。『フランドルの冬』『帰らざる夏』『宣告』『錨のない船』『湿原』『永遠の都』『雲の都 第一部 広場』『雲の都 第二部 時計台』など著書多数。

亀山郁夫「『罪と罰』ノート」(平凡社新書、2009)
ドストエフスキー「罪と罰 〈3〉 Преступление и наказание, 1866」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2009)
ドストエフスキー「罪と罰 〈2〉 Преступление и наказание, 1866」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2009)
ドストエフスキー「罪と罰 〈1〉 Преступление и наказание, 1866」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
亀山郁夫「ドストエフスキー 共苦する力」(東京外国語大学出版会、2009)
亀山郁夫「ロシア・アヴァンギャルド」(岩波新書、1996)
ドストエフスキー「白夜 Белые ночи, 1848』(小沼文彦訳、角川文庫クラシックス、1958)
ドストエフスキー「地下室の手記 Записки из подполья, 1864』(安岡治子訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 5 エピローグ別巻 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第4部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第3部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第2部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟 第1部 Братья Карамазовы, 1879-1880」(亀山郁夫訳、光文社古典新訳文庫、2007)
亀山郁夫「大審問官スターリン Иосиф Виссарионович Сталин」(小学館、2006)
亀山郁夫「ドストエフスキー 父殺しの文学 〈下〉」(NHKブックス、2004)
亀山郁夫「ドストエフスキー 父殺しの文学 〈上〉」(NHKブックス、2004)
亀山郁夫「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」(光文社新書、2007)
亀山郁夫「『悪霊』神になりたかった男」(理想の教室、みすず書房、2005)
亀山郁夫「ドストエフスキー 謎とちから」(文春新書、2007)
亀山郁夫+佐藤優「ロシア 闇と魂の国家」(文春新書、2008)







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本「意味の論理学 〈下〉 Gilles Deleuze, Logique du sens, 1969 (河出文庫)」ジル・ドゥルーズ、小泉義之 訳5

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意味の論理学 下
意味の論理学 〈下〉 Gilles Deleuze, Logique du sens, 1969 (河出文庫)

○著者: ジル・ドゥルーズ小泉義之
○出版: 河出書房新社 (2007/1, 文庫 286ページ)
○価格: 1,050円
○ISBN: 978-4309462868
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世の中には要らないルールが多いなぁ、と思うことが少なくない。しかし、社会生活における社会規範というのか、法律、道徳、イッパンジョウキシみたいなものを無くしては、、、うん〜ん、やっぱり一定のレヴェルで必要とされてしまうのであろうと思う。
なんでこんなクダラナイ、どう考えても訳がわからない、ゼッタイに不必要でしょ、と思われるようなルールも、そう、その制定の時点における必要に求められて、その当時にはルールを必要としたなんらかの出来事があったのであろう。一般的に法律をはじめとするルールには、事後に制定される性格がある。あらかじめ予測して制定されるものではない。社会の変化であったり、人間の悪知恵であったり、発生の要因はさまざまであろうが、予測しえないような事態が生じて問題が露見して、生じた問題に対処するなかから、再発を防止する目的もあって。確認しておくべきは、ルールが制定される以前に発生した事柄にたいして、事後に制定されたルールを遡及して適用することができないこと。予測できなかった事柄にたいして、ルールは無力であること。また、道徳やイッパンジョウシキみたいなものにも限界があり、解釈は一定ではなく、個人の裁量に委ねられる部分が大きい。なにをもってして、社会生活一般における問題にたいして、歯止めをかけるべきであろうか、などと考えてみるには、はたして歯止めというのか、一定のルールはホントに必要なのか、それがなかったら、どうしようもなくヒドイ状態に陥ってしまうのか、、、う〜ん、ハハハハハハハハ、Take it easy、モノには限度ってものがあろう。ある一定のレヴェルまで、自動車や自転車のハンドルのアソビのようなものがあらかじめ備わっていて、その振り幅のなかでの変動は、許容されるというのか黙認されるのは、大勢に影響が表れることがないからであり、だれにでも間違いや気の迷いだってあろうことから、寛容の精神みたいなものが機能するのかもしれない。真っ直ぐに進むためには、微動だにせず真っ直ぐの状態を保ちつづける必要もなければ、そのようなことは、能力的にも身体的にも現実的に不可能でもあろう。振り幅を超えるような事柄が生じた場合には、ハンドルだったら、重大な事故が起きる可能性が一気に高まる。重大な事故が起きないまでも、身の危険を感じることにもなるであろう。危険を我が身に実感して、注意力を取り戻すことだって、必要とされることで、その場で注意力を取り戻すことができない場合には、いずれ事故が発生することにもなろう。実際に事故を起こして、具体的な痛みを感じて、そこでハタと気がつくこともあるかもしれない。そう考えるには、いくつのもハードルというのか、さまざまな種類の危険信号のようなものが発せられているんだろうけれど、気がつくかどうか、いつ気がつくかは本人次第で、当然のように気がつかないことの方が多いのであろうと思う。
んんんん、意味がなく不必要と思われるルールの話に、強引に戻す。無意味で不必要と思われるからと言って、制定されているルールを守らなくていいものなのかどうなのか。すでにルールがある以上、それを気にして遵守している人が居ないわけではないであろう。少なくともぼくは、ルールがある以上は気になって仕方がない。ぼくが窺い知らないところで、かつてなんらかの必要に求められて制定されたものであろうこと、ぼくのように気にかけて、ときにはそれを拠り所としている人だって居るかもしれない。ぼくがそんなさまざまについて、背景や歴史を含めたすべてを理解しているわけではないことは、わざわざ考えるまでもなく明白であろう(大袈裟にすぎるかもしれないなぁ)。考えすぎるとなにも行動できなくなってしまうのだが、許容される振り幅があることから、あまり厳格に考えすぎる必要はないのであろうけれども。


≪目次: ≫
第25セリー 一義性   個体と出来事/永遠回帰再論/一義性の三つの意義
第26セリー 言葉   言葉を可能にするもの/言葉の組織の要約/動詞と不定法
第27セリー 口唇性   動的発生の問題:深層から表面へ/メラニー・クラインによる「態勢」/分裂病と抑鬱、深層と高所、シミュラクルとイドラ/第一段階:雑音から声へ
第28セリー 性   性感帯/動的発生の第二段階:諸表面の形成と諸表面の接続/イマージュ/オイディプス・コンプレックスの本性、性器帯の役割
第29セリー 善意は当然にも罰せられる   表面の構成との関係におけるオイディプスの企画/修復することと帰還させること/去勢/カテゴリーとしての意図/発生の第三段階:物理的表面から形而上学的表面へ(二重のスクリーン)
第30セリー 幻影   幻影と出来事/幻影、自我と特異性/幻影、動詞と言葉
第31セリー 思考   幻影、移行と開始/夫妻と思考/形而上学的表面/心的生活の方角決定、口と脳
第32セリー セリーの種類   セリーと性:結合的セリーと性感帯、結合的セリーと接続/性的セリーの第三形態、分離と発散/幻影と共鳴/性と言葉:三つのタイプのセリーと対応する語/声から話し言葉へ
第33セリー アリスの冒険   ルイス・キャロルにおける三種の秘教的な語の再考/『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』の比較概要/精神分析と文学、神経症的な家族小説と芸術の小説‐作品
第34セリー 第一次秩序と第二次組織   幻影の振子構造:共鳴と強制運動/話し言葉から動詞へ/動的発生の終わり/抑圧、一次と二次の/風刺、イロニー、ユーモア

付録機.轡潺絅薀ルと古代哲学
プラトンとシミュラクル   プラトンの弁証論:分割の意義/請求者の選別/コピーとシミュラクル/シミュラクルの特徴/表象の歴史/プラトニズムを転倒すること:現代芸術作品とシミュラクルの報復/永遠回帰の顕示内容と潜伏内容(プラトンに対抗するニーチェ)/永遠回帰とシミュレーション/モデルニテ
ルクレティウスとシミュラクル   雑多なもの/自然と全体化不可能な総和/〈存在〉・〈一〉・〈全〉の批判/因果原理の異なる相/方法の二つの姿形/クリナメンと時間理論/真の無限と偽の無限/魂のトラブル/深層からの流出、表面からのシミュラクル、神学的・夢幻的・官能的な幻影/時間と方法の統一性/偽の無限の起源と魂のトラブル/自然主義と神話批判   

付録供仝険討噺渋緤験
クロソウスキー、あるいは、身体‐言葉   身体の観点と言葉の観点からの選言三段論法/ポルノグラフィーと神学/見ることと話すこと/反射像、共鳴、シミュラクル/破棄通告/身体と言葉の屈折/交換と反復/反復とシミュラクル/停滞の場面の役割/両刀論法:身体‐言葉/神と反キリスト:二つの秩序/選言三段論法のカント理論/神の役割/クロソウスキーにおけるカント理論の変形/反キリストの秩序/意図:強度と志向性/幻影としての永遠回帰
ミシェル・トゥルニエと他者なき世界   ロビンソン、元素と目的/倒錯の問題/知覚における他者の効果/ア・プリオリな構造としての他者/時間における他者の効果/他者の不在/分身と元素/他者喪失の三つの意味/ミシュラクルから幻影へ/他者と倒錯
ゾラと裂け目   裂け目と遺伝/本能と本能の対象/二つの遺伝/死の本能と本能/人間の獣/幻影化される対象/悲劇と叙事詩

訳者後書
人名・学派名索引


≪著者: ≫ ジル・ドゥルーズ (Gilles Deleuze, 1925-1995) 1925年生まれ。哲学者。1995年、自ら死を選ぶ。著書に『差異と反復』『シネマ』『襞』など、またガタリとの共著に『アンチ・オイディプス』『千のプラトー』『哲学とは何か』などがある。

[訳者] 小泉義之 (こいずみ・よしゆき) 1954年生まれ。現在、立命館大学教授、著書に『ドゥルーズの哲学』『兵士デカルト』『弔いの哲学』『生殖の哲学』『病いの哲学』他、訳書にドゥルーズ『無人島 1969-1974』他がある。

ジル・ドゥルーズ「意味の論理学 〈上〉  Logique du sens, 1969」(小泉義之訳、河出文庫、2007)
ジル・ドゥルーズ「カントの批判哲学  La philosophie critique de Kant, 1963」(國分功一郎訳、ちくま学芸文庫、2008)
ジャック・デリダ/ジル・ドゥルーズ/ジャン=フランソワ・リオタール/ピエール・クロソウスキー「ニーチェは、今日?  NIETZSCHE AUJOURD’HUI?」(林好雄/本間邦雄/森本和夫訳、ちくま学芸文庫、2002)

小泉義之『デカルトの哲学』(人文書院、2009)
小泉義之『病いの哲学』(ちくま新書、2006)
小泉義之『「負け組」の哲学』(人文書院、2006)
小泉義之『ドゥルーズの哲学 生命・自然・未来のために』(講談社現代新書、2000)
小泉義之『デカルト=哲学のすすめ』(講談社現代新書、1996)
小泉義之『兵士デカルト 戦いから祈りへ』(勁草書房、1995)
小泉義之『レヴィナス 何のために生きるのか』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2003)
小泉義之『生殖の哲学』(シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、2003)
小泉義之『弔いの哲学』(シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1997)
小泉義之『なぜ人を殺してはいけないのか?』(永井均との共著、シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1998)

ライダー・デュー「ドゥルーズ哲学のエッセンス 思考の逃走線を求めて思考の逃走線を求めて  Deleuze, Polity Press, 2007」(中山元訳、新曜社、2009)








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本「巡礼」橋本治5

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巡礼
巡礼

○著者: 橋本治
○出版: 新潮社 (2009/8, 単行本 233ページ)
○価格: 1,470円
○ISBN: 978-4104061112
おすすめ度: 5.0
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サラリーマンってなんだろう?、とは、これまであたりまえのように20年ちかくサラリーマン(給与所得者)を続けてきたぼくがフシギだと思い始めたのは、きっと“橋本治”の著書(本書が45冊目)によるところも小さくない。思えばぼくの父親(1944年生まれ)が大学を卒業してサラリーマンだったから、なんの疑いもなくシゼンに受け容れつつ、しかしその反動もあってかサラリーマンを忌避して脱サラなんてことも画策してみた時期もあったのは、大学教育を受けていない(みずからの不勉強ゆえ)コンプレックスもあってであろう、地味にコツコツ積み重ねるような努力を嫌い、派手に一発ドカンと!?、どうしてそう思ったのか(若さというには無思慮にすぎる)ぼくだけに拓かれるヒミツのゴールデンルートがあると信じて疑うことがなかった(恥ずかしげもなく)。考えるまでもなく、そんなものはない。すこし考えれば、すこしも考えるまでもなく。そんな不純なことばかり考えて、努力を怠ったツケは、あくまでもツケでしかなく、いずれいつか支払い、みずからの責任において負担しなくちゃいけないときがくる。ツケにして先延ばしにすることは、そのときにすべきことをしないで、負担の先送りであることを考えるには、時間を余計に掛けただけ、その時間の分の利息を負担する羽目にもなろう、自業自得。せっせと返済に励んでいます。いつ終わるとも、先の見えない壁のようなものを前にしているような気分を味わいながらも、ぼくはいまのマイナスの状態のままで居たくない。いろんな在り方や考え方があるから、ぼくの考えを他者に強要するものでも、他者の同意を要求するものでもないのだけれど、ぼくは返済したい、せっせとせっせとマイナスの状態に身を置いていることを深く自覚しながら、マイナスの状態からの脱却を。願望としてのマイナスの状態からの脱却の努力があって、しかしぼくはマイナスの状態から脱却してプラスの状態に身を置くことを希求してはいない、いや、つよく希求している、そして一方、こころのどこかでは、安穏とした状態に身を置いてはいけないんじゃないか、と思っていたりする。
そう、このあいだぼくがママンと一緒に食事をしたときに、ふとママンが「ボーナスが出ない会社が多いみたいだねぇ」とは、なんに関連してあったのか。ぼくが勤める会社も多分にもれず、昨年冬とこの夏の2度にわたって賞与ゼロ。業績を考えるには仕方がない、無い袖は振れない。最近では口ぐせのようになっている「いままでがフツウじゃなかったのかもね」とは、いわゆる右肩上がりの成長神話をトウゼンのものとしてきた感が、ぼくのなかにも歴然とあって、なんだかんだといまでのその印象を完全に拭い去ることはできない、できていない、むしろ、そんな悲哀なことを受け容れたくない、認めたくない、といった気持ちが知らず知らずのうちに機能しちゃっているのかもしれない。あしたは、すくなくともこのさきは、今日や昨日より、きっとよくなる、向上する、とは、ほとんど願望みたいなものだけど、そんな成長神話に裏付けられた時代は、それまでの人類の歴史を振り返るには、ときどきはあったのかもしれないけれど、長くつづくことななかったのではないか。


≪目次: ≫
巡礼
第一章 ゴミ屋敷
第二章 家族
第三章 巡礼

※初出 「新潮」二〇〇九年二月号


≪著者: ≫橋本治 (はしもと・おさむ) 1948年東京都生まれ。東京大学国文科卒業。イラストレーターを経て、1977年、小説『桃尻娘』(講談社文庫)を発表、講談社小説現代新人賞佳作となる。以後、小説、評論、エッセイ、古典の現代語訳など、多岐にわたる執筆活動を行う。1996年『宗教なんかこわくない!』(ちくま文庫)で新潮学芸賞、『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』(新潮文庫)で小林秀雄賞を受賞。『ひらがな日本美術史』(全7巻・新潮社)、『上司は思いつきでものを言う』『日本の行く道』(ともに集英社新書)、『小林秀雄の恵み』(新潮社)、『双調平家物語』(全15巻・中央公論新社)などがある。







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本「アドルノの場所」細見和之5

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アドルノの場所
アドルノの場所

○著者: 細見和之
○出版: みすず書房 (2004/12, 単行本 262ページ)
○価格: 3,360円
○ISBN: 978-4622071242
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世の中の出来事のさまざまに興味を失して久しく、最近ではますます加速度を増している感がつよく、ほぼひきこもり状態。テレビ、新聞、雑誌をまったく見なくなって、すでに2年半以上が経過する(ひとり暮らしを始めてから)。日常生活に不都合を感じることはない、といっても、ぼくの日常生活は限定された空間(場所)から遠く離れることがなく、閉ざされた空間におけるルーチンワークを心がけているのだから、当然のことでもあろうか。変化への応対に煩わされたくない、どちらかというと、上手く対応できる気がしない、慌てて混乱して取り乱してしまう(恐怖を感じて防衛本能が働き、保身を目的として攻撃態勢を採り、怒りの感情を発してしまったりする)ことも。
そう、アウシュヴィッツであり、ユダヤ人であり、あえてメインに掲げて語ることをしないまでも、一定の解釈というのか、連関する人物であり著書であり言説をサラリと提示して、オリジナルなことばで語れるようになりたいなぁ。

テオドール・アドルノ (Theodor W. Adorno, 1903-1969)


≪目次: ≫
アドルノにおける自然と歴史――講演「自然史の理念」をめぐって   はじめに/1 ハイデガーもしくは「新‐存在論」の欺瞞/2 ルカーチもしくは「第二の自然」/3 ベンヤミンもしくは「変移」の一点/4 「メールシュトレームの底」へ/5 後期アドルノと「自然史」の理念

アドルノのフッサール論を表象する試み――『認識論のメタクリティーク』にそくして   はじめに/1 博士論文の古層/2 ベンヤミン的図像解釈/3 ヘーゲル的弁証法と「否定弁証法」/おわりに

メタクリティークのクリティーク――アドルノのカント批評   はじめに/1 モデル分析のアンサンブル/2 テクストの無意識/3 「アウシュヴィッツ」という尺度/4 破調のアクチュアリティ

アドルノのハイデガー批判、そのいくつかのモティーフについて   はじめに/1 「純粋哲学」のアナクロニズム/2 「根源哲学」という病/3 偽装された命令法

テクストと社会的記憶――アドルノのハイネ論にそくして   はじめに/1 「アウシュヴィッツ」と文学/2 「傷」としてのハイネ/3 抒情詩と社会的媒介/4 ふたりのハイネ/5 ハイネと「ユダヤ人問題」/6 マーラーという後史/おわりに

社会批判としての社会学――アドルノ『社会学講義』によせて

思考の「遅れ」について――『啓蒙の弁証法』「 反ユダヤ主義の諸要素――啓蒙の限界」を読む   はじめに/1 反ユダヤ主義とその背景/2 東方ユダヤ人と同化ユダヤ人――第一節をめぐって/3 反ユダヤ主義の社会的、経済的、宗教的要素――第二、第三、第四節をめぐって/4 フロイト理論からの照射(一)――第五節をめぐって/5 フロイト理論からの照射(二)――第六節をめぐって/6 ポスト反ユダヤ主義の社会理論?――第七節をめぐって

〈自然史〉の理念再考――アドルノヘーゲル、そしてマルクス   はじめに/1 「劇場の自然史」/2 アドルノの根本思想としての「自然史」/3 「自然史」の理念とヘーゲル/マルクス/おわりに

アドルノの場所――「アドルノ国際会議」に参加して

あとがき (二〇〇四年一一月一四日 篠山にて 細見和之)


≪著者: ≫ 細見和之 (ほそみ・かずゆき) 1962年生まれ。大阪大学大学院人間科学研究科単位取得退学。現在(刊行当時)、大阪府立大学総合科学部助教授(を経て、大阪府立大学人間社会学部教授)。専攻はドイツ思想。詩人。著書:『アドルノ〈現代思想の冒険者たち15〉』(講談社、1996年)、『アイデンティティ/他者性〈思考のフロンティア〉』(岩波書店、1999年)、『バイエルの博物誌』(詩集、書肆山田、1995年)、『言葉の岸』(詩集、思潮社、2001年)ほか。訳書:アドルノ『認識論のメタクリティーク』(共訳、法政大学出版局、1995年)、アドルノ『社会学講義』(共訳、作品社、2001年)、ベンヤミン『パサージュ論 II、V』(共訳、岩波書店、1995年)、カツェネルソン『滅ぼされたユダヤの民の歌』(共訳、みすず書房、1999年)ほか。

細見和之「ポップミュージックで社会科」(理想の教室、みすず書房、2005年)







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本「意味の論理学 〈上〉 Gilles Deleuze, Logique du sens, 1969 (河出文庫)」ジル・ドゥルーズ、小泉義之 訳5

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意味の論理学〈上〉 (河出文庫)
意味の論理学 〈上〉 Gilles Deleuze, Logique du sens, 1969 (河出文庫)

○著者: ジル・ドゥルーズ小泉義之
○出版: 河出書房新社 (2007/1, 文庫 307ページ)
○価格: 1,050円
○ISBN: 978-4309462851
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サラサラッと読めてしまうんだけど、サラサラッと読み終えてしまって、すでに次のあらたな著書を読み始めているからか、記憶の混乱が生じちゃっているかもしれない。もっとも、記憶の混乱状況は、ある程度は意図してやっちゃってることで、一冊読み終えた瞬間に間髪をいれずに次の本を読み始める。混乱を自覚しているぼくは、では果たして混乱していない状態とは?、と考えて、混乱することのなにが問題なのか?、を考えて、もしかしたら、混乱状態が理解を妨げて、混乱していない状態であれば理解が得られる、かしら?、そもそも、ぼくがどれだけ理解が得られているかを考えるには、たいした理解が得られていないなぁ、たいした理解が得られていないぼくは、たいした理解を得られるだけの能力を有していないことが、理解を得られないいちばんの理由なのであろうことを考えるには、たしかに混乱していない方が、比較するには理解度は高まるかもしれないけど、そうそう大きな理解度の高まりの差異を得ることができるとも考え難い、深い理解が得られないことの理由のひとつの大きなところでは、基礎的な知識や情報の不足があろうことから、同時並行的に知識や情報を補完していかないことには、精読してみたところで効果は得られないであろう、などと考えるには、深い理解よりも知識や情報を得ること、インプット、いかに多くの情報を取り込むかに重点を置いた手法を採用してみようかと、とりあえず。


≪目次: ≫
序文 ルイス・キャロルからストア派
第1セリー 純粋生成のパラドックス
   計測される事物と狂気/生成のプラトン的区別/無限同一性/アリスの冒険、あるいは、「出来事」
第2セリー 表面効果のパラドックス   物体・事物の状態と非物体的効果・出来事のストア派の区別/因果関係の割れ目/表面へ上昇させること……/ルイス・キャロルにおける表面の発見
第3セリー 命題   指示、表出、意義:三者の関係と循環性/命題の第四次元はあるか/意味、表現、出来事/意味の二重の本性:命題の表現可能なものと事物の状態の属性、存在と外‐存在
第4セリー 二元性   物体‐言葉、食べること‐話すこと/二種類の話/命題の二つの次元:指示と表現、消費と意味/二つのセオリー
第5セリー 意味   無際限な増殖/不毛な複製化/中立性、あるいは、本質の第三身分/不条理、あるいは、不可能な対象
第6セリー セリー化   セリー形態と異質なセリー/異質なセリーの構成/セリーは何に収束するのか/ラカンのパラドックス:奇妙な要素(空虚な位置、あるいは、位置なき占有者)/雌羊の店
第7セリー 秘教的な語   セリー上の縮約の場合(連結)/二つのセリーの調整の場合(結合)/分離の総合、あるいは、セリーの分岐の総合:カバン‐語の問題
第8セリー 構造   レヴィ=ストロースのパラドックス/構造の条件/特異性の役割
第9セリー 問題性   特異性と出来事/問題と出来事/楽しい数学/無作為抽出点と特異点
第10セリー 理念的なゲーム   通常のゲームの規則/異常なゲーム/時間の二つの読み方:アイオーンクロノスマラルメ
第11セリー 無‐意味   パラドックス的要素の特徴/無‐意味とは;無‐意味の二つの姿形/無‐意味から派生する不条理(意義なし)の二つの形態/無‐意味と意味の余現前/「効果」としての意味
第12セリー パラドックス   良識の本性とパラドックス/常識の本性とパラドックス/無‐意味、意味、言葉のいわば第二次組織
第13セリー 分裂病者と少女   アントナン・アルトーとルイス・キャロル/食べること‐話すこと、分裂病的な言葉/分裂病と表面の破綻/語‐受動と破裂する文字の価値、語‐能動と分節しない音調の価値/深層の無‐意味と表面の無‐意味の区別、言葉の第一次秩序と言葉の第二次組織の区別
第14セリー 二重の原因性   非物体的な出来事‐効果、原因と準‐原因/非情と発生/フッサールの理論/真の発生の条件:〈我〉なき、個体化の中心なき、超越論的な場
第15セリー 特異性   戦争/超越論的な場が形態を守ることはありえない/非人称的で前‐個体的な特異性/超越論的場と表面/個体の言説、人格の言説、底なき言説:第四の言説はあるか
第16セリー 存在論的な静的発生   個体の発生:ライプニッツ/世界の「共可能性」の条件、あるいは、セリー収束性の条件(連続性)/出来事の述語への変換/個体から人格へ/人格、特性とクラス
第17セリー 論理学的な静的発生   命題の次元への移行/意味と命題/意味の中立性/表面と裏地
第18セリー 哲学者の三つのイマージュ   哲学と高所/哲学と深層/哲学者の新たなタイプ:ストア派/ヘラクレスと表面
第19セリー ユーモア   意義から指示へ/ストア派と禅/古典的言説と個体、ロマン的言説と人格:イロニー/底なしの言説/特異性の言説:ユーモア、あるいは、「単独者の第四人称」
第20セリー ストア派のモラル問題   モラルの二つの極:事物の物理的占いと表象の論理的使用/表象、使用と表現/出来事を把握すること・意思すること・表象すること
第21セリー 出来事   出来事の永遠真理/実現と反‐実現:役者/出来事としての死の二つの面/出来事を意思することとは
第22セリー 磁器と火山   『裂け目(崩壊)』(フィッツジェラルド)/二つの過程とその区別の問題/アルコリスム、躁鬱/サイケデリアに献げる
第23セリー アイオーン   クロノスの特徴と深層の生成によるクロノスの転覆/アイオーンと表面/アイオーンから派生する組織、アイオーンとクロノスの差異
第24セリー 出来事の交流   非論理的な共立不可能性の問題/ライプニッツ/肯定的隔たりと分離の肯定的総合/永遠回帰、アイオーンと直線:最も怖ろしい迷宮……



≪著者: ≫ ジル・ドゥルーズ (Gilles Deleuze, 1925-1995) 1925年生まれ。哲学者。1995年、自ら死を選ぶ。著書に『差異と反復』『シネマ』『襞』など、またガタリとの共著に『アンチ・オイディプス』『千のプラトー』『哲学とは何か』などがある。

[訳者] 小泉義之 (こいずみ・よしゆき) 1954年生まれ。現在、立命館大学教授、著書に『ドゥルーズの哲学』『兵士デカルト』『弔いの哲学』『生殖の哲学』『病いの哲学』他、訳書にドゥルーズ『無人島 1969-1974』他がある。

ジル・ドゥルーズ「カントの批判哲学  La philosophie critique de Kant, 1963」(國分功一郎訳、ちくま学芸文庫、2008)
ジャック・デリダ/ジル・ドゥルーズ/ジャン=フランソワ・リオタール/ピエール・クロソウスキー「ニーチェは、今日?  NIETZSCHE AUJOURD’HUI?」(林好雄/本間邦雄/森本和夫訳、ちくま学芸文庫、2002)

小泉義之『デカルトの哲学』(人文書院、2009)
小泉義之『病いの哲学』(ちくま新書、2006)
小泉義之『「負け組」の哲学』(人文書院、2006)
小泉義之『ドゥルーズの哲学 生命・自然・未来のために』(講談社現代新書、2000)
小泉義之『デカルト=哲学のすすめ』(講談社現代新書、1996)
小泉義之『兵士デカルト 戦いから祈りへ』(勁草書房、1995)
小泉義之『レヴィナス 何のために生きるのか』(シリーズ・哲学のエッセンス、日本放送出版協会、2003)
小泉義之『生殖の哲学』(シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、2003)
小泉義之『弔いの哲学』(シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1997)
小泉義之『なぜ人を殺してはいけないのか?』(永井均との共著、シリーズ・道徳の系譜、河出書房新社、1998)

ライダー・デュー「ドゥルーズ哲学のエッセンス 思考の逃走線を求めて思考の逃走線を求めて  Deleuze, Polity Press, 2007」(中山元訳、新曜社、2009)








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本「権力の日本人 (双調平家物語ノート)」橋本治5

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権力の日本人 双調平家物語 I (双調平家物語ノート (1))
権力の日本人 (双調平家物語ノート)

○著者: 橋本治
○出版: 講談社 (2006/3, 単行本 352ページ)
○価格: 1,995円
○ISBN: 978-4062131230
おすすめ度: 5.0
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そろそろ橋本治古典文学ワールドにチャレンジしてみようかなぁ、と思って(たびたび思ってきたけどいよいよ)、しかしどこから手をつけていいのか、あまりにもその量は多い。古典はおろか、すこし前の旧い日本語で書かれた著書を読むのにだって苦痛を感じているのに、さらにぼくの歴史の知識は皆無に等しい。江戸時代が、明治時代に鎖国を解くまでおよそ260年続いて、西暦でいうと1600年ころからのことで、その前は、徳川家康が日本を統一して治めるようになるまでは、いわゆる戦国時代で、豊臣秀吉織田信長にさかのぼり、その前には、足利さんとか北條さんとかいたのかなぁ(あぁ〜わからない)、彼ら将軍さんが勢力を争いながら、別の次元で並行して天皇は脈々とその地位を絶やすことなく継承しつづけてきて。そう考えるには、日本の天皇って不思議な存在だなぁ、と今さらながらに思う。第二次世界大戦後の東京裁判では、裁く連合国側の前提として、天皇の責任を問うことがない。世界戦争の国際戦争のルール、戦争は子どもの喧嘩じゃないから、然るべき国際共通ルールにしたがって行われる。もっともその国際的なルールとは、産業革命とかによる技術革新を経て、強大な軍事力を誇り、世界各地へと植民地政策を拡げたヨーロッパ中心のものであろう。ヨーロッパ各国が世界レヴェルの勢力争いを展開していた、ほぼ時期をおなじくして、鎖国をして縮こまり、もともと小さく辺境の地、極東のはずれの小さな島国の日本は、蚊帳の外。もっとも、海賊や略奪を当然としていた混乱期に、あえて巻き込まれることがなかったのは、大国となる機会を失したと見る向きもあるかもしれないけれど、むしろ、もともと小さな日本国が消滅しなくてヨカッタ、などと保守的に考えてみたりしてもいいのでは。日本が少しだけ勝って、結果的には負けた、二度の世界大戦が行われる時代にあっては、すでに国家が消滅することはなくなっていて、賠償金やらなにやらで、国際裁判とかで、国際連合みたいな表面的な中立を保った第三者的な機関が仲裁に入り、社会的な制裁が加えられる、みたいなところでギリギリビミョウなバランスを保ってみたりして。
どんどん本書とは無関係な方向に行っちゃうなぁ、えぇい、そのまま放置しちゃうことにして。
橋本治の新刊著書に、本書の続刊であろう、双調平家物語ノート供惘\の日本人』(講談社、2009/6)を見るにつけ、すこし手が伸びかけて、やっぱり400ページ超のページ数の多さ(全437ページ)に躊躇して、また、第挟から読むわけにもいかないなぁ、さて、第鬼とやらは、、、2006年の刊行(旧くない)、全352ページ(なんとか耐えて乗り越えられるであろう)。意を決し、便利な図書館のWeb予約で手にしてビックリ、上下二段組で文字がびっしり、年表や系図がときおり挿み込まれているとはいえ、情報量の多さにちょっと凹む。実際にカンタンではない、読みすすめるペースは一向に上がらない。名前や年表などの理解には、はるかに及ばない。読了を最優先事項として。
ところで、ココ(平家物語のさらにはノートと称される随筆)から取りかかることの正当性とは。もっとも、どこから取りかかったとしても、当面はわからないままに進んでいかなければない、わからないままであることを前提としながら、それでも、それだからこそ歩みを緩めることなく。やっぱりわかりたいんだよね。キチンとわかるようになりたいんだよ。わかるようになるためには、わからない現状を認識することから始めなければならないみたい。すでにわかっているなら、ガンバル必要もないのであって、ラクではない泥臭くカッコ悪いことなんか、到底できようがない。ぼくの気持が盛り下がらないところから。


≪目次: ≫
第一章 平清盛の謎
発端/「源氏平家」ではなくて/清盛はなにをしたのか?/『平家物語』の語ること/『平家物語』が語らないこと
第二章 祗園精舎の悪人達
日本の四人/日本の小物達/中国の四人/「悪い大臣」幻想/王朝の翳/玄宗皇帝のお祖母さん
第三章 武者の世
王朝型管理社会/「武者の世」の不思議/「武者の世」の中心人物/二条天皇という現代人/空洞としての後白河法皇
第四章 武者はどこから来たか
軍隊のない都/保元の乱――戦闘の意味を理解しないままの戦闘/古い常識/摂関家の没落/武は遠隔にあり――あるいは、源為義の哀れな生涯
第五章 武者と官僚
更に哀れな源為義の生涯/武者を存在させない官僚社会/カード社会としての平安時代/「武者」の誕生/都に上った桓武平氏
第六章 主権者の欲望
武者と院政/院政とはなんだ/院政を始める上皇/白河天皇を脅かすもの/白河天皇の不幸と混乱/「男」の誕生
第七章 望月の後
後三条天皇の祖父の不遇/息子達の時代――そして、女の平和/後三条天皇の母の不幸/藤原教通の焦燥――あるいは、后の数が多すぎる/藤原能信という傍流
第八章 斜陽する摂関政治
意外な時代の終わり方/藤原師実の苦闘/なにもしないままの権力集中/閑院流藤原氏の登板/「后を出す家」の痙攣
第九章 天皇院政
若い天皇が「自分の寺」をほしがる/「自分」を持つ必要/ややこしい、天皇と朝廷の人事権/天皇の「私」/天皇が自分の里内裏の工事を指揮する/見えない「なにか」/「自分」を証明する寺
第十章 悪女について
平安時代に悪女はいない/王朝版「大奥」/女の変質/「女院」というポジション/その後の女/乱に名を冠した女――藤原薬子
第十一勝 皇女達の暴走
藤原薬子の時代/武家の悪夢/祟る后とその夫光仁天皇の胸中/男性神月読の怒り/もう一人の皇女不破内親王
第十二章 女の時代
主権者の肉声/天平のファミリープロット/光明皇后の政敵達/天武天皇皇子持統天皇の皇子/女帝を支える男
第十三章 権力構造の錯綜
誰がえらいのかよく分からない国/持統天皇と律令の因縁/律令の謎/「大宝」へのタイムスケジュール/律令国家の誕生と権力を譲渡する習慣
第十四章 藤原不比等の時代
知太政官事」という曖昧/元明女帝の胸の内/そこに「天智天皇」が現れるわけ/長屋王の窓際/持統天皇体制と藤原不比等
第十五章 天平の騒擾
聖武天皇vs長屋王/「皇」の一字/長屋王の変と藤原一族/皇后の政敵橘諸兄
第十六章 そして王朝は海に沈む
遷都騒ぎ/聖武天皇と絶対者の不安/孝謙天皇即位の背後にあるもの/後継を拒絶する女帝/とりあえずの結び







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本「ウィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか (シリーズ・哲学のエッセンス)」入不二基義5

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ウィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか (シリーズ・哲学のエッセンス)
ウィトゲンシュタイン 「私」は消去できるか (シリーズ・哲学のエッセンス)

○著者: 入不二 基義
○出版: 日本放送出版協会 (2006/5, 単行本 126ページ)
○価格: 1,050円
○ISBN: 978-4140093320
おすすめ度: 5.0
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いやぁ、わかった気はしないながらも、つい最近読んだいわゆる「論考(論理哲学論考、Tractatus Logico-philosophicus, 1921)」なんかが説かれちゃったりすると、正直ウレシクなっちゃう、あぁなるほど、そう解釈するのね、フムフム、ニヤニヤと朝の無言の混雑した通勤電車のなかにあって、至福。
ところで、「独我論」とは?、ぼくにはどうしてもわからなくって、その概念を知りたい、理解したと思いつつ、わからないままに気がつくと読了しちゃっていて。なんとなく理解する機会を失してしまっているような気がしているんだけど、もともとわからないままにこれまでず〜っとながいこと遣り過ごしてきたわけだし、だからといってなんの不都合を感じることもなかったのだから、今すぐに無理をして詰め込む必要はないのかなぁ、などと呑気に。意識をしていないわけではないぼくが、どこかに意識を持ちつつ読みすすめているうちに、あるとき突然ひかりが射しこむようにビリビリ来ちゃったりして、いいんじゃないの、愉しみだなぁ、いつ来るかなぁ、来るか来るかと期待して構えてきたら来ないような気もするし、なにげない瞬間に突然っていうのが。


≪目次: ≫
序章 不二の法門に入る――補助線として
この本のテーマ/正反対の一致/不二の法門に入る/維摩の沈黙/ことばと沈黙/さとりとおおぼけ
第一章 独我論――「限界」としての「私」とは何か
1 『論理哲学論考』――自らを消し去るべき本(『論考』の全体像/「独我論」の位置)
2 いわゆる独我論(反転図形/素朴な実在論といわゆる独我論/いわゆる独我論と『論考』の独我論)
3 徹底された独我論(二つの「私」/第一の比喩――「私が見出した世界」という本/第二の比喩――眼と視野/「限界」という概念/「私」の昇華/「私」の解体/独我論と実在論の一致)
4 独我論は示されうるか(語ること=写像すること/「思考」の二重性/独我論が示されるところ/示されえない独我論)
第二章 無主体論――独我と無我は一致する
1 いわゆる無主体論(非人称表現/直接経験/デカルト的なエゴの消去)
2 ウィトゲンシュタインの無主体論(独我論としての無主体論/独我論と行動主義/独我論の葛藤/経験から文法へ/言語内的な無主体主義)
3 独我論と類比(所有物・感覚・固有性/類比的な移行/独我論と無我)
第三章 私的言語論――「ない」ままで「あり」続ける「私」
1 私的言語とわれわれの言語(私的言語の「定義」/われわれの一致)
2 私的言語への接近とその不全(表出なき「痛み」/「感覚日記」/「感覚日記」批判/「感覚日記」批判の空転/言語ゲームの無根拠性)
3 私的言語は可能/不可能なのか(私的言語のディレンマ/ディレンマの反復/私的言語の消去と遍在)

ウィトゲンシュタイン(Ludwig Wittgenstein, 1889-1951)小伝
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あとがき


≪著者: ≫ 入不二 基義 (いりふじ・もとよし) 1958年11月11日生まれ。東京大学文学部哲学科卒業。同大学院博士課程単位取得。山口大学助教授を経て、青山学院大学文学部助教授(を経て、青山学院大学 教育人間科学部教授)。専攻は哲学(自我論・相対主義論・時間論など)。主な著書に『相対主義の極北』(春秋社)、『時間は実在するか』(講談社現代新書)など。

入不二基義「時間は実在するか」(講談社現代新書、2002)
ルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン「論理哲学論考 Tractatus Logico-philosophicus, 1921」(中平浩司訳、ちくま学芸文庫、2005)
永井均「ウィトゲンシュタイン入門」(ちくま新書、1995)

≪シリーズ・哲学のエッセンス≫
小泉義之「レヴィナス 何のために生きるのか」(2003)
永井均「西田幾多郎 〈絶対無〉とは何か」(2006)
神崎繁「フーコー 他のように考え、そして生きるために」(2006)







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本「中東 危機の震源を読む (新潮選書)」池内恵5

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中東 危機の震源を読む (新潮選書)
中東 危機の震源を読む (新潮選書)

○著者: 池内 恵
○出版: 新潮社 (2009/7, 単行本 367ページ)
○価格: 1,575円
○ISBN: 978-4106036439
おすすめ度:5.0
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どうにもぼくにはわかった気がしていないんだけど。
中東」と「イスラームイスラム教)」は、イコール(=)で結んでいいのかなぁ、≒くらいの感じかな、それとも等しくないのかも。
良くも悪くもホットなエリア。
もともと地理的にも歴史的にも、ヨーロッパとアジアを結ぶ文化の交流する地点としての要所であり、イスラーム発祥の地として。イスラームが、キリスト教につぐ信徒を擁する世界的伝統的宗教として、キリスト教から派生して、そのキリスト教(新教)はユダヤ教をもと(旧教)として。このあたりを語るには、語りたいと欲しているからこそ、まったく知識が不足していると自覚していて、欠け欠けの穴だらけで、誤解や誤認を承知して、ちょっとチャレンジ。中東(=イスラーム)として。
2001年の9・11同時多発テロ事件で、唯一の覇権国家アメリカに対抗する地位を、世界にたいして明確にした「中東(≒イスラーム)」。二項対立が好まれる風潮からするには、ポスト冷戦と言っちゃってもいいのかしら。中東にそのほとんどが埋蔵される化石燃料に依存する現代社会にあって、世界における権力の増大や地位の向上は、なるべくして、世界は、とくに先進諸国は化石燃料の産出国に、なにがどうあっても依存せざるをえない。ひそやかに、東西冷戦の陰にあって着々と力を蓄えていたのかしら、中東。もっとも東西冷戦は、二度の世界大戦の間に構築された関係に基づくもので、自由主義民主主義陣営(西側)と共産主義陣営(東側)とに、世界を二分した。世界大戦と銘打たれる戦争は、それまでの限定された国家間のものとは様相を異にした。産業革命による技術の革新かなぁ、歩いたり馬やなんかに乗って機械に頼らず人力を中心としたレヴェルで戦争している分には、大規模で広範な戦争は為しえない。船や鉄道や、飛行機なんかが登場して、化学兵器やらが開発されちゃうと、それまでの戦争が、一般市民とは直接的に無関係な戦地において、志願した、もしくは選出された兵士が、兵士のみが参戦して、比較的のんびりと(休憩や休戦をはさみながら)戦争していたものが、そんな悠長なことをやっていられなくなっちゃって、市街地も戦場になっちゃって、一般市民までもが巻き込まれちゃって。そんな「国際戦争」(世界戦争ではない)の最初が、いわゆる「三十年戦争(1618-1648)」ともいわれるみたい、近代の起点として(ずいぶんさかのぼるなぁ)。で、同時に「宗教戦争」の最後だったりもするらしい。ということは、それまでは、国家間というよりは、異教徒間での教義をめぐる争い、信徒獲得、勢力拡大を目的とする母集団は宗教団体、キリスト教であり、おなじキリスト教に中での宗派間の争いであったり、そう、イスラームであったり。そう、「寛容」を掲げてみるも、寛容の解釈には異なる宗教間での解釈の差異が小さくないのも、その歴史や立場や位置関係ゆえに。


≪目次: ≫
序説
2004
   12.9 「アラビーヤ」がもたらすアラブ・メディアの対立軸
2005   1.7 国民議会選挙に向かうイラク 「恐怖」との戦い/2.11 イランとシーア派の影響力を精査する/3.13 混迷のレバノン史に新たなページは開くのか/4.10 「アラブの発展モデル」エジプトが試される時/5.14 アメリカ憎悪を肥大させたムスリム思想家の原体験/6.11 イラク史に塗り込められたテロと略奪の政治文化/7.11 エジプトとシリア 立憲主義を骨抜きにする「緊急事態法」/8.15 イギリスの多文化主義を揺るがす「寛容のジレンマ」/9.11 イラク憲法草案の文言に込められた政治的配慮/10.7 イラク安定の鍵を握るシーア派の粘り強さ/11.10 イラク新国家成立を左右するクルド民族主義の出方/12.12 「取り残された若者たち」をフランスはどう扱うのか
2006   1.16 シャロンの退場とパレスチナ和平の行末//2.10 風刺画問題が炙り出した西欧とイスラームの「対立軸」/3.13 「ハマース政権」の足枷となる「憲章」の強硬姿勢/4.9 アフガニスタン改宗者裁判が問う「自由」と「寛容」の意味/5.13 イスラエルとの「特別な関係」を自問し始めたアメリカ/6.11 エジプトの「コプト教徒問題」に危険な展開の兆し/7.8 アレクサンドリアとヴェネツィアの奇縁/8.14 ヒズブッラーを利した米「中東政策」の逆効果/9.10 「痛み分け」で終わったレバノン紛争の希望と危惧/10.15 ローマ法王発言とパムクのノーベル文学賞/11.12 「絶対の真理」への傾斜で薄れゆく「知の共通項」/12・10 米国イラク調査グループの重要かつ初歩的な提案
2007   1.15 フセイン処刑に表われた「イラク流」の政治/2.10 「価値の闘争」を打ち出したイギリスの危機感/3.11 千年河清を俟つごときイラクの現状と曙光/4.16 イギリス兵拘束と解放でイランが見せた宣伝戦/5.14 安倍首相中東歴訪で考える「日本の活路」/6.10 二〇〇七年サミットでは「中東問題」に沈黙/7.13 深化する強硬思想と戦うイギリス新首相の「人心掌握」/8.12 エジプトの改宗騒動が浮彫りにした人権概念の乖離/9.6 岐路に立たされるレバノンの宗派主義体制/10.14 情報リークが謎を深めたイスラエルのシリア攻撃/11.10 中東の秩序を支えてきたエジプトが悩む後継問題/12.7 イランNIE文書とブッシュ政権の「遺産形成」
2008   1.13 「祖父の地点」に逆戻りしたエジプトの近代改革/2.10 海底ケーブル切断が示した「帝国の通信ルート」/3.10 「八年前」を繰り返すごとき中東紛争/4.13 東南アジアの「穏健な」イスラームの可能性と限界/5.11 レバノン市街戦で蘇る内戦の危機/6.16 「オバマ大統領」誕生が道徳上の力となる可能性/7.14 次期政権を見据えて進む米「知的インフラ」の再編成/8.10 北京五輪が露呈させた「帝国中国」/9.15 フィリピン政治で解決不能なミンダナオ和平/10.12 世界金融危機で湾岸ドバイが岐路に立つ/11.8 オバマにのしかかる中東の「高すぎる期待」/12.15 ソマリア沖海賊問題へのアラブ諸国の複雑な感情
2009   1.12 イスラエルのガザ攻撃「国際世論は味方せず」/2.16 中東に歩み寄るオバマを待つ困難な決断/3.15 ドバイとサウジアラビアの「補完関係」/4.12 中東・イスラームに向けられた「オバマの言葉」
むすびに

関連年表
索引 ( 国名・地名/ 人名/ その他の事項)


※本書は『フォーサイト』(2005年1月号〜2009年5月号)に連載された「中東――危機の震源を読む」に加筆修正をしたものである。


≪著者: ≫ 池内恵 Ikeuchi Satoshi 1973年、東京都生まれ。東京大学先端科学技術研究センター准教授。東京大学文学部イスラム学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。日本貿易振興機構アジア経済研究所研究員、国際日本文化研究センター准教授を経て、2008年10月より現職。著書に『現代アラブの社会思想』(大佛次郎論壇賞)、『書物の運命』(毎日書評賞)、『アラブ政治の今を読む』『イスラーム世界の論じ方』などがある。

ブルース・ローレンス「コーラン」(池内恵訳、名著誕生、ポプラ社、2008)







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本「ヒルクライマー Hill Climber」高千穂 遙5

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ヒルクライマー
ヒルクライマー Hill Climber

○著者: 高千穂 遙
○出版: 小学館 (2009/7, 単行本 288ページ)
○価格: 1,502円
○ISBN: 978-4093862479
おすすめ度: 4.0
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このあいだ1年点検のときだったか、神金自転車商会のカウンターのガラスケースの上に陳列されていた『ヒルクライマー』高千穂遙
そう、1年とすこし前のこと、ぶらりとなにげなく、近所だし、店構えがキレイだったから抵抗感なく。プロショップというのか、機械が苦手なぼくは、メカメカした雰囲気を前面におしだされてしまうと、なんとなく気おくれしてしまう、足がすくむ。なんどか店の前を通りすぎて様子を窺った後に意を決して店に足を踏み入れ、「遠〜くまで走れる自転車が欲しくって」とだけ言った、ぼくの曖昧なオーダーに、一所懸命に説明してくれた森田さん(4代目若社長)。スパッと即決できないぼくは、その日は決断することなく店を後にしたんだけど、「買うならココで」ゆるぎなく。たかが自転車、されど自転車。ヘルメットとグローブと空気入れと。いろいろススメられて、さんざん迷って、クロスバイク(TREK7.3FX)にした。1年を経過してなお、チェーン黒光り、すこぶる調子がいい。


≪著者: ≫ 高千穂 遙 (たかちほ・はるか) 1951年、名古屋市生まれ。日本SF作家クラブ会長(2009年まで)。本格スペースオペラを日本で初めて手掛け、多くの大ヒット作を執筆。自転車関係の著書では『自転車で痩せた人』『自転車三昧』『じてんしゃ日記』等。50歳にして自転車に熱中。それまで高血圧や高脂血症(脂質異常症)に悩まされていたことがウソのように、食事制限なしで84キロの体重が60キロに(体脂肪率も24%から10%に低下)。現在の愛車はTREKマドン6.9Pro。コンポはシマノDURA-ACE7900。最近のお気に入りはチューブレスタイヤ。

高千穂遙「自転車三昧」(生活人新書、日本放送出版協会、2008)
高千穂遙「自転車で痩せた人」(生活人新書、日本放送出版協会、2006)







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本「クリニック・クリティック 私批評宣言 (ミネルヴァ評論叢書〈文学の在り処〉1)」千葉一幹5

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クリニック・クリティック―私批評宣言 (ミネルヴァ評論叢書・文学の在り処)
クリニック・クリティック 私批評宣言  (ミネルヴァ評論叢書〈文学の在り処〉1)

○著者: 千葉一幹
○出版: ミネルヴァ書房 (2004/6, 単行本 275ページ)
○価格: 3,150円
○ISBN: 978-4623039708
おすすめ度: 4.0
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書きたいこと、ことばに記しておきたいこと。
まぁ、無理をする必要はあるまい。慌てることはない。書きたければ書けばいい。書けなければ書かなければいい。書けるときがあって、書けないときがあって、いつもおなじ、ってことはない。
そうね、想像力というのかしら。どうして、そんなことがわかる(想像できる)の?、なんでそんなふうに考えられるの??、とは、ものごころついたころから、ぼくに理解できない、どうしてもわからないことだった。いまでもその傾向は変わることなくあるんだけれど、他者が言っていることの理解に困難を感じる。最近ではすこし改善されたと自覚しつつも、まだまだわかったと言える状況にない、想像力。もっとも、想像するには、想像を可能とするには、一定レヴェルの経験なり知識が必要とされる、ってこともあろう。ところが、適性というのか属性というのか、経験とか知識なんかを意識することなく、サラサラッとシゼンに対応してしまう種類の人もいて、あぁスゴイなぁ、とか、世界が違うなぁ、と自己嫌悪に陥ってみたりして。ぼく自身は、ながく想像できない、わからない、という時期を経て、「なんであの人にわかって(想像できて)、ぼくにはわからない(想像できない)んだろう。ぼくも想像力をもちあわせたい、わかりたい。」との思いをいだきつづけて、ケッコウ真剣に悶々としながら、まもなく40歳を迎えようという年齢になって、20歳ころから明確に意識していたことを考えるには20年ちかくの歳月を経て(ぼんやりとは幼少のころからず〜っと35年以上)。最近では、年若い人の仕事(不動産売買仲介)の相談などを受けるようになって、気がついたら、なんとなく、「あぁ、こいつ(営業マン)はこんなことを考えているんだろうなぁ。お客さん(買主)の立場としては、こんなふうに考えているんじゃないかなぁ。もう一方の業者(売主)は、こんなふうに思っているんじゃないかなぁ。」などと、詳細な状況の説明を聞いているそばから(報告は断片的にすぎるのだが)、さまざまな状況が手にとるように目に浮かぶ。すくなからぬ経験(約15年)から想起されるものであろう、ぼくのイメージ(想像)が正しいか否かはともかくとしても。つらつらつらと、想像した限りの、それぞれの立場(相談者である営業マン以外)の状況であり、考えているであろうことを述べたててみる。行動の最終的な判断は営業マンに委ねる、ぼくが指図するものではない。顧客との応対をしていない、それまでの詳細な経緯を理解していない、現場いいない者(ぼく)には、判断をする能力も権限もない。想像してそれを示すことで、営業マンの判断の助力にはなりえたとしても。営業職たる職務の目的は、あくまでも売ること(売上)であり、売上なくして営業職は成立しえない。ハハハハハ、状況を想像しすぎてしまうと、広範な視点をもってしまうと、詳細に考えすぎると、かえって営業職はつとまらない、かも。


≪目次: ≫
序 始まりの批評 批評の始まり――私批評宣言
第1章 文学の位置――森鷗外試論

1 文学の位置/2 『半日』から『舞姫』へ/3 「師」と「主」/4 躓きとしての他者
第2章 堕落そして天国への道――梶井基次郎における散文の成立
1 詩か散文か/2 堕落あるいは他者との出会い/3 嫉妬あるいは散文的世界/4 『檸檬』あるいは交換価値の世界/5 堕落そして天国への道
第3章 暗い夜を越えて――非小説『或る朝』から非私小説『暗夜行路』へ
1 小説の無意識/2 或る朝、この朝/3 家族小説/4 貧しさと豊年/5 暗い夜を越えて
第4章 中心の不在あるいは殉死者芥川
1 大正と芥川/2 乃木の殉死をめぐって/3 明治の精神/4 父殺し・漱石殺し/5 芥川の終焉、大正の死
第5章 クリニック・クリティック
1 サンタクロースの存在論/2 敷居的なるものあるいはイニシエーションの不在/3 ペテロの否認をめぐって/4 帰依と幻滅――ハンセン病のことなど/5 響く裏声、うなる地声/6 語りえぬもの――父の死あるいはテロルについて/7 己の夢/8 死者は語るか――『ハムレット』『トランスクリティーク』をめぐって/9 死のレッスン/10 ナショナリズムについて/11 素数的友情
あとがき (二〇〇四年一月二〇日 千葉一幹)


≪著者: ≫ 千葉一幹 (ちば・かずみき) 1961年 三重県生まれ。1984年 東京大学文学部卒業。1991年 東京大学大学院総合文化研究科単位取得。現在(刊行当時) 東北芸術工科大学助教授(比較文化・日本近代文学)(を経て、2005年4月より拓殖大学商学部教授)。1997年「文学の位置――森鴎外試論」で第41回群像新人賞(評論部門)受賞。著書『賢治を探せ』講談社メチエ、2003年。

千葉一幹「賢治を探せ」(講談社選書メチエ、2003)
千葉一幹「『銀河鉄道の夜』しあわせさがし」(理想の教室、みすず書房、2005)







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本「論理哲学論考  Ludwig Wittgenstein, TRACTATUS LOGICO-PHILOSOPHICUS, 1921 (ちくま学芸文庫)」ルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン、中平浩司 訳5

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論理哲学論考 (ちくま学芸文庫)
論理哲学論考  Ludwig Wittgenstein, TRACTATUS LOGICO-PHILOSOPHICUS, 1921 (ちくま学芸文庫)

○著者: ルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン、中平浩司 訳
○出版: 筑摩書房 (2005/5, 文庫 230ページ)
○価格: 882円
○ISBN: 978-4480089205
おすすめ度:3.0
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≪目次: ≫
訳者まえがき

Tractatus Logico-philosophicus, 1921』

序文(バートランド・ラッセル
書評(フランク・プランプトン・ラムジ)
訳者あとがき――本訳書について


≪著者: ≫ ルートウィヒ・ウィトゲンシュタイン (Ludwig Wittgenstein) 1889-1951年。ウィーンのユダヤ系富豪の家に生まれる。航空工学や数学を学んだ後、フレーゲラッセルの影響を受けて論理学などを学ぶ。『論理哲学論考』の完成によって哲学問題をすべて解決させたと考え、その後、小学校教師や修道院庭師の職に就いていたが、自己の言語理論への批判的検討を通して新たな転回を遂げ、哲学者としてケンブリッジ大学に復帰した。後年の思想は『哲学探究』へと結実する。

[訳者] 中平浩司 (なかひら・ひろし) 1932-2002年。東京教育大学哲学科卒業後、実践の場は高校教育(芝浦工業大学中学高等学校)に置き、ウィトゲンシュタイン考察を続けた。

永井均「ウィトゲンシュタイン入門」(ちくま新書、1995)







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主として“本”が織りなす虚構の世界を彷徨う♪

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