きつねのはなし
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書評/



嫉妬した!
私は森見登美彦の才能に激しく嫉妬する!!

デビュー作『太陽の塔』に触れて、氏の魅力に取り憑かれ手にした。

四編の物語から構成される作品の全編に流れる不思議な感覚。
スッキリしないと言えば、まさにその通りでもあり、それでもそこに深い魅力を感じる。
旧い歴史が宿る京都の街を舞台に、歴史を彩る骨董品屋、その店主とお得意さん、その品々に紡がれた物語。琵琶湖隧道事業の歴史。京都の歴史。迷信、神話。語り継がれる歴史物語。
歴史的物語を描くには、京都の街は舞台としての輝きを取り戻す。失われた都としての威厳?!

狐(きつね)であり、獣(ケモノ)であり、魔物(魔)である存在は、人間であれば、誰もが必ずそのうちに有している存在とも言える?! どんな人間であっても、狐にでも抓まされたように魔が差す瞬間があろう。衝動的に、本意ではない行動に取り憑かれる、、、 そんな弱く儚い部分を有している。
そんな、人間の本質的な深層の部分を、巧みに表現していると感じる。

そして、その巧みな表現は、時に虚言癖(?!)を有する先輩の口から荘厳(?!)に語られる。断片的な事実や史実や、拾った旅行記のノートから得られた架空の経験から、自らの夢想や妄想の中に紡ぎ出される物語は、現実と妄想夢想の垣根も、時代や歴史やその存在さえも超越して、聴くものの心を捉えて離さない。何よりも、語る本人の活き活きとした語り口に、物語は色めきたつ。
妄想や夢想は、先輩だけに限らず、祖父や血縁者にも存在し、語り草となり語り継がれる。

元来、物語は、人々の口から口へと語り継がれてきたものであろう。文字を持たない庶民が、親から子へと、代々語り継がれるもの、物語。時にそれを文字にまとめて書き記したものが物語であり、小説であり、文学でもあろうかとも。


デビュー作にて、巧みな表現で私小説を書き上げた森見登美彦は、プロフィールから拝見するに、京都大学(大学院)在学中に作家としてデビューを果たしている。
当然に、勤め人としての社会経験を有しない訳で、ジャンルとして社会派小説は書き得ないであろう。学校教育と、在学中のアルバイト(?!)、その他の人生経験、研究や実験や書物などからの知識によって構成されている、若い(?!、私と比較して)人間が、深い自己分析の結果の私小説こそ描けても、その後は如何なるものか?!、などと、卑屈な想いを抱きながら手にした私を、その恥ずかしいほどに瑣末な、ちっぽけな、薄っぺらな、おこがましい自らを激しく恥じた。正直に、彼の才能を嫉妬した。


次は、どんな物語を愉しませてくれるのであろうか?!