新釈 走れメロス 他四篇
著者: 森見登美彦
単行本: 219ページ
出版社: 祥伝社 (2007/3/13)




今の俺は、万人を軽蔑する中身のない傲慢が、ただ人の形を成しているだけのものだ。だからこそ俺は天狗なのだ。
 〜「山月記」より抜粋〜

きっと自分を魅了するものができるだろうという確信があったからだ。僕が映画を撮るのは人を楽しませたり魅了するためじゃないんだ。僕はただ、自分を魅了するだけに撮る。
・・・
僕の見のうちでは嫉妬の炎がごうごう燃えて、彼女はその照り返しを受けている。だからいっそう美しいのだ。

 〜「藪の中」より抜粋〜

「そういう友情もあるのだ。型にはめられた友情ばかりではないのだ。声高に美しき友情を賞賛して甘ったるく助け合い、相擁しているばかりが友情ではない。そんな恥ずかしい友情は願い下げだ!俺たちの友情はそんなものではない。俺たちの築き上げてきた繊細微妙な関係を、ありふれた型にはめられてたまるものか。クッキーを焼くのとはわけがちがうのだ!」
 〜「走れメロス」より抜粋〜

そこは空虚な場所なのだと、男は漠然と思いましたが、自分こそが空虚なのだとも思われました。
 〜「桜の森の満開の下」より抜粋〜


あとがきには、
これをきっかけにして原典を手に取る人が増えることを祈るのみである。
とある。


先日(2007年5月)、「夜は短し歩けよ乙女」で、第20回山本周五郎賞を受賞した、森見登美彦
通勤電車の中でも、読者が多い。「夜は短し歩けよ乙女」であり「きつねのはなし」であり「太陽の塔」であり。
多くの読者を惹き付ける魅力に溢れる。

表面的な(?!)、表現の言葉の美しさ。これは、豊富な知識と、類いまれなる豊かな感性から導き出される?! 巧い。趣きのある言葉や表現を巧みに織り込み、時に失笑を誘い、軽快なリズムが心地好い。
そして、世界観というか、哲学であり思想の部分に魅力を感じる。

誰もが、その心の内に秘めている不安や苦悩。
ある意味では、完全な人間って、何処にもいなくって、不完全だから人間味があって、それぞれが個性であり、それぞれの必然に基づいて存在の意義を有している。
そんな、自らの不甲斐なさや不安定さを、だからこそ敢えて物語の形式で曝け出す。
時に、小説家としての苦悩であり、それが公務員やサラリーマンであっても苦悩は絶対的に存在するし、男と女の愛情であったり、友情であったり、、、 人間が人間として、現実の世の中で与えられたフィールドで生きて、生活していくことが、絶対的に大小の違いこそあれ、必ず何らかの問題を抱えている現実。
それでも、その現実を受容れることって、格好の好いことでは無いし、泥臭い感じもするし、できれば避けたいことであろう。それでも、やっぱり避けて通ることができない現実があって、まずは自らを否定することから始まるのかなぁ?! 否定されて、嬉しい感情は絶対的に生まれないけど、自らの全否定無くして、飛躍は有り得ない?!
だからこそ、時に失笑を誘う表現などを用いて物語の中に織り込まれる、人間の本能的な行動の数々に、心を揺さ振られる。
あっ、一緒だ、えっ、いいんだぁ、何だ私だけでは無いんだぁ、、、 不思議な共感を覚え、湧き起こる安堵。


物語は、歴史的文学作品を、著者なりの勝手な解釈で、全く新たな物語として紡ぎ出される短篇集。
著者の思惑通り、原典を手にしたくなる。
故に、☆×5つ!






日本の旧き良きもの、、、
京都、行きたい〜!