「三島由紀夫」とはなにものだったのか
著者: 橋本治
文庫: 479ページ
出版社: 新潮社 (2005/10)




最初にはっきりと申し上げます。
「分からない」と。
理解し得ない・・・

私には、三島由紀夫(1925.1.14-1970.11.25)との関連性の認識が無かった。関連性の認識が無かったのであるから、著作を手にすることも、興味を抱くことも無かった。陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で壮絶な自決を遂げた天才作家。高いカリスマ性を有し、”何だか分からないけど、すごい人”、ただそれだけ。世の中には、彼だけじゃなく”すごい人”は沢山存在する。
それだけだったんだけど、色々な本を読み進めるうちに、時折顔を覗かせる存在、川端康成が、橋本治が、時にその名を目に耳にする。それ位、全く何も知らない。
ある意味では、知る必要が無かった、であり、知ったとしても理解ができなかった、であろうが。
それでも、何かの必然に導かれた今であっても、理解し得ないことに変わりは無く、三島由紀夫(作家)と、平岡公威(本名)と、橋本治(評論家随筆家)と、実在の人物と、作中の登場人物と、誰が誰やら、誰が語った言葉やら、橋本治個人の想像なのか、混濁が解かれることが無い。それ故に「分からない」のではあるが、「分かった」になるためには、三島由紀夫の作品を読むことは勿論、生い立ちであり、哲学や思想、歴史的事件への理解が欠かせない、などとも考える私は、だから、橋本治を好み、三島由紀夫にも惹かれるのであろう。何とも面倒な考え方ではあるが、しょうがない。


”大人の心を傷つけるのが怖くてならなかつた子供”
だった『三島由紀夫』。
そして、
”興ちやんや、おばあさんは暫らく身を隠すけれど興ちやんの行末はきつと守つてあげるから、うんとうんとえらくならなければなりません。お前さんのお父つあんのやうな小人になつてはなりません。ばば”
であり、三島由紀夫の本名は『平岡公威勢(きみたけ)』である。
祖母と、母、女性ばかりの中に育ち、”女”を意識し認識し、自らの”男”を意識し認識する。
祖母の大名華族意識を受けて、決して特権階級ではないものの、学習院に進み、東京帝国大学を卒業し、大蔵省に勤める、やっぱり立派な家系のお坊ちゃま。
それでも、決して身体が大きくも無く(163cm)、どちらかといえば幼少の頃は虚弱体質だった彼は、”汚穢屋(おわいや)”の少年に興味を抱く。汚穢屋とは、下水道整備前の人間の糞尿の汲取り回収屋で、紺色の股引を穿いた労働者階級であり、労働者階級の中でも下位に属し、階級の差異を感じつつ、身体的な逞しい体躯に自らの虚弱体質との差異を感じつつ、紺色の股引の股間に”悪意”を感じる。
そして何故か、「汚穢屋になりたい」であり、そこには、肉体労働に勤しむ少年の肉体の美であり、権力者としての祖母への嫌悪であり、嫌悪されて自由を得たいなどなど、一筋縄ではいかない複雑な精神構成が垣間見えるのである。そんな解析をされても、それはやっぱり当事者たり得ない橋本治の理論であり、様々な出来事や事実の裏付けから深く納得させられるものの、それでもやっぱり当事者にしか理解し得ない部分を否定できないであろうし、一方では当事者だってそんな深層までの認識を理解することなく、無意識の行動ということもあろう。ますます、訳が分からない世界に入り込んでいく。

虚弱体質で、家庭生活においては女性ばかりの中に存在し、女性であり男性である”性別”に”悪意”を感じ、”嫉妬”し、それぞれをいずれも”嫌悪”し、その存在を”拒絶”し、、、
で、ボディビルで逞しい肉体を自ら手に入れ、男らしい男になってしまった、30代の三島由紀夫。自らの内に秘める”女”を乗り越えたのに、”女”を乗り越えて”男”になったと思った作家という”芸術家”は、ある意味では、男とか女とかの性別を超越して人間という生き物としての”愛”を感じたのかしら。
”「近代的知性の持ち主」とは「すべてを一人で引き受ける孤独な存在」”
なのであり、
”作家である自身を嫌悪しながら、作家であることを続ける”
孤高の天才は、
小説”金閣寺”で、
”「生きようと私は思つた」”
のに、
小説”豊饒の海”を書き終えると、自らの命を絶つ。

1970年11月25日。
その三島由紀夫が自決した同じ年に、私はこの世に生を受けた。
たった11ヶ月間ではあったが、同じ地球上に存在をしていたことになる。直接的な記憶は無いけれど、全くの接点が無い訳ではない。特別な”縁”を感じることは無いけれど、全く”縁”を感じ無い訳ではない。


「分からなかった」けれど、「読んで良かった」である。


三島由紀夫であり、橋本治であり、天才の考えることは、「分からない」。それでも、同じ人間なんだから、どこか共通する部分はあろう。全く共通する部分が無い訳は無い。
だから「知りたい」のでもある。