参加型猫
著者: 野中柊
単行本: 216ページ
出版社: マガジンハウス(2003/10/15)


・・・ 猫の摩訶不思議な行動様式と、そこに何かしら日常のファンタジーのようなものを見ようとする愛猫家の心理に触れると、良くも悪くも特に何の事件もない当たり前の毎日の生活が、それこそ宇宙の神秘、宇宙の必然、宇宙の了解に通じている ― ような気にさせられなくもない。そして、地面から足が三センチほど浮き上がって、世界や自分自身についてしゅっちゅう感じてしまう無力感やあくせくとした欲望から自由になって、何でもできる、何をしてもいい、だからこそ、何もしなくてもいいのだ、と大らかでのんびりとした気持ちにもなってくる。
野中柊”ワールド♪
物語は、緩やかに、優しさに溢れて、歩みを進める。
大好きなモノたちに囲まれて、愛猫「チビコ」と共に生活を営む若い夫婦「沙可奈(サカナ)」と「勘吉(カンキチ)」の、”引越し”に纏わるキュートな物語。

物語の中、夫婦の日常会話に飛び出す、
「後天性の精神分裂症(現在は統合失調症と呼ばれる)の原因」としてあげられる人生のイベント”引越し”。その他にも、転職、結婚、離婚、だそうである。環境の変化が精神に与えるストレスの影響。病むところまで行かずとも、環境の変化が与える影響は小さくない。

物語は、引越し屋さんがやってくる場面から幕を開ける。荷物の搬出入、そして新しい部屋での片付け。引越し休暇も終わろうとしているのに、まだまだちっとも片付かない新しい部屋の中。それでも、明日からは、新しい日常生活が始まる。
新しい生活が始まる期待と不安。それは、人間だけじゃなくって、生活を共にする愛猫だって同じこと。引越し屋さんが、知らない男の人たちがドヤドヤやってきて、ワサワサと落ち着かない、何事が起こっているやら!?

だから、「参加型猫」!?、物語に””という、人間の言葉こそ喋らないけれど、身近で親しみ深く愛らしく、そして時に化けて出る?!、生き物を介在させる妙。リアルな現実とのバランス。

”引越し”というイベントを通して浮き立つ”記憶”。
ふたりの出会いであり、結婚に至る様々な出来事、共に過ごす生活。共有する記憶、それぞれの記憶、それぞれが別個の人格を有する個人だから、それぞれの想いは異なるけれど、だからこそ紡がれる物語の妙。

それが時に、ふたりで食事をしたイタリアンレストランのパスタのメニュー、娼婦の味だったり、絶望の味だったりしちゃうから、可笑しい。
記憶が、歳月を経ることによって、多角的な奥行きや深みや味わいを増す。

だから、今現在の時点の瞬間的には、とってもとっても語るに耐えない、哀しく、苦しく、辛く切ないリアルな現実だって、それが然るべき歳月を経たとき、然るべきタイミングで、必要に応じて”記憶”として導き出されるのであろうか。
時の経過と共に記憶は薄れゆくものだ。決して忘れまいと心に誓ったところですら、その人の意思とはかかわりなく、脳の機能は情け容赦なく、記憶を消去してしまう ― 少なくとも、意識のレベルでは。それでいて、昔の写真を目にしたり、過去の遺物を発見したときなどに、思いがけず、鮮明に何かが蘇ってしまったりすることは日常において頻繁にあるわけだけれど、その記憶のヴィジョンは実は蘇ったわけではなく、現在の自分によって都合よく捏造されたものではないだろうか。そういう意味で、ふと昔の何かを思い起こしてしまうたびに、勘吉は思わずにいられない。記憶は決して過去のものではなく現在進行形なのだ、と。