14歳の君へ −どう考えどう生きるか
著者: 池田晶子
単行本: 191ページ
出版社: 毎日新聞社 (2006/12/23)




ふぇ〜、ぼくはひどく混乱しちゃっていて、堂々巡りの空回りが行動を停止させる。考えれば考えるほどに、ぼくの行動は規制を受け、ますますに混乱の渦に巻き込まれて、どうにもこうにも抜け出せない。
正直、気ばかりが急いてしまって落ち着かない。だから「思い切って考えることを放棄して、しばらく何も考えない。あえて考えすぎない方が、リフレッシュされて効果的かも!?」などと考えてみて、それでもやっぱり、考えることを放棄できない。先の見えない不安、自分で考えるって、だって何処にも答えはない。正しいか間違っているかなんて、今は誰にも分からないし、後に振り返った時に、「あっ、あの時のぼくは、間違ってなかった」となるのかどうなのか。間違っていたら間違っていたで、それもひとつの経験だから、正しいことから学ぶことよりも、間違ってしまったことによって気付きを得て、正しい理解が得られることだって、それはそれでとっても意味がある。そう考えると、考えることを放棄することの意義が見出せない。正しいか正しくないかではなく、とにかく自ら考えて行動に移し、経験を積んで、また考えて考えて、果てしなく繰り返し繰り返し繰り返し、、、


2007年2月23日、46歳の若さで逝去された哲学者池田晶子”が、14歳の中学生に向けて語り掛ける“大切なこと”。
ぼくは保護者の部類に属している(11歳の娘の父親)んだろうけれども、これまでちゃんと考えることを怠ってきたので、とてもとても客観的に読むことができず、ジンジンヒリヒリしながら読み耽る。「ありがたい、ありがたい。あぁ、どうしてぼくはこれまで、こんな大切なことを、ちゃんと知ろうとせずに、のうのうと生きてきてしまったのだろうか。」と軽い自己嫌悪に陥りつつも、そこはすぐに「今からでも遅くない。ここで知ったのも何かの縁。残念ながら、これまでのぼくだったら、こんなにありがたいことを知っても、素直に聞く耳を持てなかったし、受け容れて理解しようともしなかっただろう。この機会だからこそ、知り得たことに感謝しよう、ありがたい、ありがたい」
ホントにホントにありがたくって、涙を浮かべながら読み耽る。

ぼくが初めて手にした“池田晶子”は、「14歳からの哲学 −考えるための教科書(トランスビュー,2003.3)」で、その時も涙が溢れて堪らなかったんだけど、今回はもう少しだけ冷静に読むことができた。
それでも本当の理解には程遠い。ぼくはちゃんとした理解を得たい。ちゃんとした理解はぼくの中でしかできなくって、ぼくが考えて考えて考えて、考え続けた時に、ある時にフッと見えてくる何かがあるのかなぁ?、そんなことすら、ぼくには分からないし、分かっているのは、ぼくはすっかり混乱しちゃっているってことだけ。
混乱したままに生きていると、周りにも迷惑かけちゃっているんだろうなぁ、などと考えて、でも混乱してない時だって、果たして周りに迷惑かけずに生きているのか?!、って考えると、そうたいして変わりはないかも、とか考えて、ひとりで生きてる訳じゃないんだなぁ、とか、ひとりじゃ生きていけないんだなぁ、などとも思い当たる。
果てしもなく、とんでもない方向にばかり、ぼくの思考は巡り続けて、どこにも辿り着くことがない、困った。


ぼくは、この本を我が娘に読んで欲しいと願う。ところで11歳の我が娘は、父親のぼくから無理矢理に(自らの意思に在らず)渡される本を手にして、どう考えるであろうか? 前述の通り、ぼくには激しく否定的な思い込み癖、現実逃避癖があった。何者にも氷解を赦さない頑ななまでの。でもそれはきっとぼくだけの悪癖、心配するに及ばない。


そう、“生きる”ってスゴイことで、そんなに簡単なことじゃない。簡単なことじゃないから、やっぱりちゃんと生きなきゃいけない。
でもね、正直やっぱり“死ぬ”のが怖い。ホントのところ、“死”について、ぼく自身がちゃんと考えたことがないから「分からない」と言うのが正しいのかもしれないけど。
さあ、14歳シリーズを終えて、まだまだ続く“池田晶子”を、ぼくはどこまで読み解いて、自らのものにできるかな?、しばらくは混乱の中のぼくを愉しもう♪


≪目次: ≫
  ほんとうの自分 ほんとうの友達
    友愛、個性、性別、意見
  考えれば知ることができる
    勉学、歴史、社会、道徳
  君は「誰」なのだろう?
    戦争、自然、宇宙、宗教
  どう考え どう生きるか
    言葉、お金、幸福、人生









 自分を認め、他人をねたまず、何かを誰かのせいにもしない。すべてそのまま受け容れる。そういう心が、不幸でない幸福な心だ。人は心で不幸になっている、自分で自分を不幸にしていると気づくなら、君の心はきっと幸福になるはずだ。
 そんなこととてもできません、て言いたくなるよね。だって、不幸は外からやってくるものだもの、私にはどうしようもないものだもの、とね。でも、外からやってくるものを受け止めるのは、やっぱり君の心でしかないよね。不幸も幸福も、すべて君の心次第なんだよ。(P.175)