17歳のための世界と日本の見方 −セイゴオ先生の人間文化講義
著者: 松岡正剛
単行本: 363ページ
出版社: 春秋社 (2006/12)




そう、タイトル“17歳”(若者、ビギナー向け!?)に惹かれて、それでも未読(未知)の著者の著作に対する不安から、茂木健一郎との対談共著「脳と日本人(文藝春秋,2007.12)」読了の後に手にした。とにかくぼくは不勉強で、世界情勢も、世界史も、日本史も、地理も、宗教も、民族も、様々な文化も、何〜んにも知らない、超ド級の“無知”。今でこそ「知らない!」と言い放ってしまって、だからこそ知る努力をコツコツコツコツと励むんだけど、正直つい最近までは、知る努力を一切することもなく、それでも知らないのはカッコ悪いってことだけは小賢しくも何となく気が付いていて、時に知ったかぶりをしてみたり、誤魔化してみたりして遣り過ごしてきちゃった。
で、いい歳して色々あって、色々と考えさせられて、何だかくだらないことにカッコつけてるのが馬鹿らしくなってきて、かつ純粋に「知りたい!」って思ってきて、じゃぁ「知らない!」って言っちゃった方がいいんじゃないか!?、「知らない!」って言っちゃわないとホントに知ることができないんじゃないか?!、「えぇ〜い、知りた〜い!、くそ〜、基礎から教えを乞おう!!」、「だって、ぼくは知らないんだも〜ん♪」

松岡正剛が、1996年4月から2004年3月まで教授を務めた帝塚山学院大学人間文化学部での「人間と文化」をテーマに行われた講義全5回分の書籍化。
講義の書籍化といえば、京都大学での池澤夏樹「世界文学を読みほどく スタンダールからピンチョンまで (新潮選書,2005.1)」であり、慶応義塾ニューヨーク学院高等部での池谷裕二「進化しすぎた脳 (講談社ブルーバックス新書,2007.1)」であり、西武池袋コミュニティ・カレッジでの池田晶子「人生のほんとう (トランスビュー,2006.6)」であり、、、まるで目の前で語り掛けられているかのような臨場感というのか、ワクワクドキドキする高揚感が堪らなく好き♪
この著作の講義は、150名くらいの大学生を前に行われているのようなので、全体のザックリとした大まかな雰囲気を掴みながらの緩やかな緊張の下に、まるで語り部が語る物語、神話の如く♪、世界も日本も、洋の東西をも問わずに、歴史も民族も宗教も国家も、縦横無尽に繰り広げられつつ、普遍の関連性に導かれる。
なるほどなるほど、へぇ〜へぇ〜へぇ〜、そうだったのか!、うわぁ〜うわぁ〜、ふぅ〜ん、ひぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜♪、黙って読むことができない、うなずきながら、うめき声をもらしながら、感心し切り。

そう、世界文学のロシアの文豪ドストエフスキーだって、古代ギリシアからのフィロ・ソフィア(哲学)やら、キリスト教イスラム教仏教儒教であり、日本の古事記日本書紀ですよ!、ぼくが自らの言葉で語りたい、書き記すためにどうしても必要としたい基礎知識、理解するべく熱望している情報の波状攻撃♪、しかも、歴史的展開、背景、関連性までもが解き明かされる、あぁ♪

例えば、「キリスト教を知りたい!」と考えたぼくが、仮にキリスト教に詳しい著作を読んでも、残念ながら今のぼくには理解が及ばないであろうし、難解な専門知識そのものに興味を抱くことができないであろう。馴れ親しんで信頼を寄せる著者が、その言葉(ロゴス)を尽くして語る著作の中に在ってこそ、ぼくの興味となり得る。僅かな情報から見出される関連性が興味の糸を手繰り寄せ、活きた情報としてぼくの中に刻み込まれる。
そう、ぼくが興味を抱くのは、キリスト教そのものではなく、今さら特定の宗教に傾倒する気もないし、何故にキリスト教がここまでの勢力を拡大して、現在までその勢力を保つに到ったのか?!、であり、その歴史、変遷、その他の宗教、民族、国家、文化などとの関連性。
正直、まだまだ分からないことだらけで、ユダヤ人とか、聖地エルサレムとか、、、ぼくが欲していると、欲して求めてさえいれば、求め続けて、その努力を怠らなければ、日々求めて取り込む情報(読書)の中から、必要に応じて、然るべき時期に、やがて訪れるのであろう♪
「編集」という見方をすると、いろいろなわかりやすく見えてきたわけですね。(中略) 言語が物語をつくったのではなくて、物語を編集することが各国の言語をつくったんですよ。 (P.352-P.353)

≪目次: ≫
 第一講 人間と文化の大事な関係
 第二講 物語のしくみ・宗教のしくみ
 第三講 キリスト教の神の謎
 第四講 日本について考えてみよう
 第五講 ヨーロッパと日本をつなげる