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イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ  Title:Смерть Ивана Ильича 1886/Крейцерова соната 1889  Authou:Л.Н.Толстой (光文社古典新訳文庫)

著者: トルストイ望月哲男
出版: 光文社 (2006/10,文庫 364ページ)
価格: 660円
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「朦朧としながら」、などと書き記す時点で、実は意識は冴え渡っているのであり、どんなに目を逸らそうとしても、ビンビンビシビシと烈しく痛く感じながら、時に涙を堪えて鼻を啜り、それでも言い得ぬ想い、言葉にする術を有しない自らの不甲斐なさ、、、

トルストイの後期中編2作品。
19世紀ロシアの一裁判官が、「死」と向かい合う過程で味わう心理的葛藤を鋭く描いた「イワン・イリイチの死」。社会的地位のある地主貴族の主人公が、嫉妬がもとで妻を刺し殺す――。作者の性と愛をめぐる長い葛藤が反映された「クロイツェル・ソナタ」。

ぼくにとって、トルストイ作品は「人生論 (中村融 訳,岩波書店,2003/4)」に次いで2作目。良くも悪くもそれなりに少しさまざまな人生の経験を経た今読む必然、そしてその意義。
解説にある、同時代の作家チェーホフにして、「読みながら『そのとおり』とか『ばかな』とか叫び出すのをやっとのことでこらえていた」とは。

ますます“愛”ってなに?、“結婚”ってなに??!


『正気に返ってよ! あなたどうしたの? どうしちゃったのよ? 何もありゃしないのよ、何も、何ひとつ……誓ってもいいわ!』 (P.320)
一番苦しいのは、分からないこと、疑っていること、半信半疑の状態でいることでした。つまり妻を愛したものか憎んだものか、判断がつかないのが一番苦しかったのです。 (P.302)
妻ですか? そう、妻はいったい何者だったのでしょう? 彼女は神秘です。昔もいまもね。私には彼女が分かりません。私が知っているのは、動物としての彼女だけです。でも動物を押さえつけるなんてことはどうしたって不可能だし、またそれで当たり前のことなんですから。 (P.294)
これは単に確率からいってありえないというだけではなく、おそらく能力的にも無理でしょう。つまり一人の女ないし男を生涯愛し続けろというのは、一本のろうそくに一生燃えていろというようなものなのです。 (P.158)


「抵抗しても無駄だ」彼は自分に言った。「だが、せめてその理由が知りたい。だがそれも不可能だ。仮に私が誤った生き方をしてきたのなら、説明もつくだろう。だがいまさらそんなことを認めるわけにはいかない」自分の人生が法にかなった、正しい、りっぱな人生であったことを思い起こしながら、彼はそうつぶやいた。「そんなことは決して認めるわけにはいかないぞ」彼は唇を笑いにゆがめた――まるで誰かがその笑いに目を留めて、それにだまされることがあるかのように。「説明はない! ただ苦しみ、死んでいくだけだ…何のために?」 (P.127)
・・・彼は、もはやこらえようともせず、まるで子供のように泣き出した。彼は自分の無力さを嘆き、恐ろしい孤独を嘆き、人々の残酷さを嘆き、神の残酷さを嘆き、神の不在を嘆いた。「どうしてこんなことをするのだ? どうして私をこんな目にあわすのだ? 何のため、何のために私をこんなにひどく苦しめるのだ?……」
彼は答えを予期していなかったが、それでも答えがないことを、答えがありえないことを嘆いた。また痛みが激しくなったが、彼は身じろぎもせず、人も呼ばなかった。彼は心の中で言い続けた。「さあもっとだ、ほら打つなら打て! だが何のためだ? 私がおまえに何をした? 何のためだ?」
やがて彼は静まり、泣くのをやめたばかりか息まで止めて、じっと耳をすました。それはあたかも音を出して話す声ではなく、自分の内側で生じている心の声を、思考の歩みを聞き取ろうとしているかのようだった。
「おまえには何が必要なのだ?」 (P.119)
イワン・イリイチが病気になって三ヶ月目、一歩一歩目立たぬうちに生じたことだけにどうしてそうなったのか説明しがたいのだが、気がついてみると、妻も娘も息子も、召使も知人も医者も、そして肝心なことに彼本人も、みなが共通の理解をもっていた。
それはつまり、今となっては周囲が彼に覚える関心はただ一つ、いったいいつになったら彼が自分の占めている場所を空け、彼がいるせいで窮屈な思いをしている生者たちを解放し、そして自分も苦しみから解放されるだろうか、ということであった。 (P.93)



≪目次: ≫
イワン・イリイチの死  Смерть Ивана Ильича 1886
クロイツェル・ソナタ  Крейцерова соната 1889
解説/望月哲男
年譜
訳者あとがき


≪著者: ≫ レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ Лев Николаевич Толстой [1828-1910] ロシアの小説家。19世紀を代表する作家の一人。無政府主義的な社会活動家の側面をもち、徹底した反権力的な思索と行動、反ヨーロッパ的な非暴力主義は、インドのガンジー、日本の白樺派などにも影響を及ぼしている。活動は文学・政治を超えた宗教の世界にも及び、1901年に受けたロシア正教会波紋の措置は、今に至るまで取り消されていない。主著に『アンナ・カレーニナ』、『戦争と平和』、『復活』など。

≪訳者: ≫ 望月哲男 Mochizuki Tetsuo 1951年生まれ。北海道大学教授。ロシア文化・文学専攻。著書に『ドストエフスキー・カフェ―現代ロシアの文学風景』、訳書に『ロマン』(ソローキン)、『ドストエフスキーの詩学』(バフチン)、『自殺の文学史』(チハルチシヴィリ)など。



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