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レーニン  Title:О Ленине:Материалы для биографа 1924 Author:Л.Д.Троцкий (光文社古典新訳文庫)

著者: トロツキー、森田成也 訳
出版: 光文社 (2007/3,文庫 533ページ)
価格: 880円
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「何というプチブル! 何という俗物!」 (P.278,P.274,P.266,P.261)

本書は完成されたものではない。しかも二つの意味でそうだ。まず第一に、本書はレーニンの伝記ではないし、レーニンの性格描写を行うものでも、レーニンの見解や行動方法の完全な記述を与えるものでもない。本書はただ、将来誰かがまとまった著作を書くための(もしかしたらそれは本書の筆者かもしれないが)単なる大雑把な材料、素描、スケッチにすぎない。しかしながら、このような「下書き」的なアプローチは不可避であり必要でもある。通俗的な伝記や一般的な性格描写と並んで、現在、われわれの目に映ったままのレーニンの生活と個性にまつわる個々のエピソードや個々の特徴をしっかりと記憶に刻みつける、詳細で入念な作業も必要になっているからである。本書の最も主要な部分は、一五年の月日で隔てられた二つの時期における筆者の思い出にもとづいている。旧『イスクラ(火花)』の最後の半年と、十月革命をあいだに挟んだ決定的な一年、すなわち一九一七年半ばから一九一八年秋までの時期である。 (P.14-P.15、「序文」)


そして、訳者“森田成也”が解説する、ウラジーミル・イリイチ・レーニン (Владимир Ильич Ленин, 1870-1924)と、レフ・ダヴィドヴィチ・トロツキー (Лев Давидович Троцкий, 1879-1940)、二人の男の緊密な関係。
トロツキーは、レーニンとともに活動すればするほど深く彼を敬愛(崇拝ではない)するようになっていった。ボリシェヴィキメンシェヴィキの両者の対立の中間にあってしばしば孤立しがちであったトロツキーを全面的に受け入れ、全幅の信頼を示してくれたことに、トロツキーが感動しないわけがなかった。(中略)
「トロツキーは刺があって高圧的な人物である。だが、ボリシェヴィキに合流した後には、レーニンに対してだけは、心を打つような柔和な従順さを示したし、今も示している。そして真に偉大な人々に特有の謙虚さをもってレーニンに優位性を認めている」(ルナチャルスキー『革命のシルエット』、筑摩書房、四六頁)
ある意味ではトロツキーは、レーニンという大きな屋根のもとでこそ、存分にその能力を発揮することができたとも言える。レーニンはけっして権力を誇示したがらなかったが、権力を容赦なく用いることができた。トロツキーはしばしば権力を誇示していると思われたし、そう思われても仕方のない振る舞いをしていたが、実際には権力を用いることにどこか常に道徳的な葛藤を感じていた。だからこそ、レーニンによる上からのお墨付きかソヴィエト大衆の下からの支持がトロツキーには必要だった。古くからのボリシェヴィキ幹部からは嫉妬と反感の目で見られ、またそうでなくてもしばしば他者から「尊大」だとみなされがちであったトロツキーが、あの危機的な革命と内戦の時期に、その内的諸力のいっさいを最高度に発揮することができたのは、ソヴィエト大衆の下からの熱烈な支持とレーニンの上からの全面的庇護があったからこそである。それだけに、ソヴィエト大衆の革命的エネルギーの衰退と軌を一にして起きたレーニンの政治的死(一九二三年)と肉体的死(一九二四年)は、トロツキーの運命をあらかじめ決定したと言える。  (P.467-P.468)



≪目次: ≫ レーニン――伝記のための覚書
序文  L.T 一九二四年四月二日
レーニンと旧『イスクラ』  一九二四年三月五日
レーニンとの最初の出会い/プレハーノフザスーリチマルトフ/講演旅行と社会主義派の教会/パリのレーニン/レーニンの演説/労働解放団のメンバー/第二回党大会の準備と組織問題/プレハーノフとの衝突/ザスーリチと自由主義者/レーニンの進化/衝突の不可避性/『イスクラ』とインテリゲンツィア急進主義
一九一七年十月  一九二四年四月六日
1 十月前/2 革命/3 プレスト・リトフスク/4 憲法制定議会の解散/5 政府の仕事/6 チェコスロバキア軍団と左翼エスエル/7 壇上のレーニン/8 俗物と革命家
人間レーニン
1 レーニンにおける民族的なもの――レーニン五〇歳の誕生日によせて(『プラウダ』第八六号、一九二〇年四月二三日)/2 レーニンの負傷(一九一八年九月二日、全露ソヴィエト中央執行委員会会議での演説)/3 レーニンの病気(一九二三年四月五日、第七回全ウクライナ党協議会での報告より)/4 レーニンの死(チフリスの駅にて 一九二四年一月二二日)

付録
1 マルクスとレーニン(一九二四年四月二三日の東方勤労者共産主義大学創立三周年記念式典での演説より)/2 レーニンについての本当と嘘――ゴーリキのレーニン論についての一考察  キスロヴォツク、一九二四年九月二八日(一九二四年一〇月七日付『プラウダ』)/3 小さな人々と大きな人――子供たちの見たレーニン  キスロヴォツク、一九二四年九月三十日(一九二四年一〇月八日付『プラウダ』)/4 過剰な熱意――批判者への反論  『ボリシェヴィーク』第一二・一三号、一九二四年一〇月二〇日号/5 二人のトーリー党員による革命論――チャーチルとバーケンヘッドのレーニン論  一九二九年三月二三日(『革命家群像』より)

解説 トロツキーの鏡に映ったレーニン/森田成也
トロツキー年譜
訳者あとがき
人名一覧



≪著者: ≫ レフ・トロツキー Лев Давидович Троцкий 〔1879-1940〕 ロシアの革命家、第4インターナショナルの創設者。南ウクライナの自営農の家に生まれ、10代の頃より革命運動に従事。最初の逮捕と亡命後にレーニンらの『イスクラ』に寄稿。1905年革命で指導的役割を果たした。1917年革命の際にはレーニンと密接に協力して10月革命を指導。レーニンの政治的離脱後、官僚主義の克服と工業化を訴えるがスターリン派によって弾圧される。1929年に国外追放。1940年8月、スターリンの刺客にピッケルで頭を打ちぬかれて死亡。著書に『総括と展望』『レーニン死後の第3インターナショナル』『ロシア革命史』『わが生涯』など多数。

[訳者] 森田成也 Morita Seiya 1965年生まれ。大学非常勤講師。主な著書、『資本主義と性差別』。訳書は『多数派の専制』(ラニ・グイニア)、『わが生涯〈上〉』(トロツキー)など多数。


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