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人生を「半分」降りる―哲学的生き方のすすめ (ちくま文庫)
人生を〈半分〉降りる 哲学的生き方のすすめ (ちくま文庫)

○著者: 中島義道
○出版: 筑摩書房 (2008/1,文庫 286ページ)
○価格: 735円
○ISBN: 978-4480424129
おすすめ度: 5.0
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ぼくは自分自身の『不幸』さについて自覚する必要があるのかもしれない。
ぼくは、不幸な自分自身を直視することを避けて、ときにおどけて「幸福」(な風)を装ってみたりする。世の中には、ぼくよりもっと不幸な人たちが大勢いる、だからぼくはその人たちと比較して、不幸とは言えないのではないか、それゆえに、ぼくは不幸ではなく、不幸ではないということは幸福であろう、と(強引にも無理を承知で)。さらには、「不幸」って世間体として恥ずかしいもの、という印象をぼく自身が潜在的に抱いているのであろう、不幸であってはいけない、自らが不幸であると口外することはいけないこと、恥ずかしいこと、という固定概念があることも否定できない。そして、自ら「不幸であること」を口外しちゃったら、まさに紛れもなく不幸であるぼくは、その忌避すべき不幸の重圧に耐えることができない、自己防衛から拒否反応を示しているのかもしれない。おどけて、軽薄にも「幸福」を口にすることの、ウソ、欺瞞。誠実にありたいと心掛けるぼくは、そのじつ誰よりも不誠実な偽善者なのかもしれない。
しかし、全身に不幸や悲壮感を漂わせて、周囲に不幸を嘆きつづけて生きるのも、きっと違うような気がする(あぁもうわからない)。不幸は、誰にとってもけっして心地好いものではない(はずだ)から、一般的には不快な印象を受ける不幸な人とは、関わりたくないのが本音であろう。ぼくだって、不幸な人と積極的に関わりたいとは思わない、自然に避ける。しかし、仮に本音がそうであっても、ホントに不幸な人(自らの意思とかかわりなく誰の身にもふりかかる可能性がある)は、ぼくだって何とかしてあげたいと思わないことがないわけではない(と思う)。そうして、ホントに不幸な人は、その不幸を抱え込んで苦悶して死んでしまう前には、一般的には(不幸のままに死んでしまう人もいるであろうが)善意の他者の救済が受けられる(のかもしれない)。自らの不幸を表出することがない人は、そういう意味においてはホントに不幸ではないのかもしれないし、仮にホントに不幸であったとしても他者の救済を必要としない強さ(精神的・経済的)を持ち合わせている、ともいえるのかもしれない。

与えられた「今ここ」に立脚して自分の「私的な問題」から眼を逸らさず、ごまかさずにそれと格闘すること、それがすべてです。 (P.179)



≪目次: ≫
プロローグ あなたはまもなく死んでしまう
自分のための時間を確保せよ/帰りなんいざ/スピノザルソー/何をすべきではないか/公職から離れる/実在論者と唯名論者/実感の相違/社会的に有益な仕事から手を引く/研究のための時間は自分のための時間ではない
一章 「繊細な精神」のすすめ
繊細な精神と思いやりの精神/学者を分類する/ものを書けば書くほど考えなくなる/「名前を知られたい」という愚かしさ/もの書きのモラル/「高級な会話」のイヤラシサ/「日常生活」から眼を離してはならない/モラリストスノッブ類型学/暴力的な「和」の雰囲気/「明るさ」の重荷
二章 「批判精神」のすすめ
理性の自己批判/一流の学者や芸術家が陥る罠/芥川と三島/トンカツの男女同権/ユマニストの傲慢さ/なぜ男はスカートをはかないのか/善人たち、ああ善人たち!/専門バカ/膨大な論文の生産/蛭の脳髄学者の叫び/ニーチェを「研究する」おかしさ/哲学研究者になるためには/語ることと行うこと/哲学者とその生活/学者の生態/名誉を求める戦い/自分はいかにエライか/人間嫌いは人間好きである
三章 「懐疑精神」のすすめ
デカルトの懐疑/モリヌークス問題/理性理論と実践理論/なぜ嘘をついてはいけないのか/今ここで何をすべきか/道徳的行為と自負心/正しいことをしようとする者は正しくない/勝つことは醜い/勝者と敗者の力学/「戦い」はわれわれの「自然」である/気を紛らすこと/アンドレイ公爵の呟き/人間のなすことで不可解なことはない/哲学の誤りは滑稽なだけ/だれも哲学などに期待していない/哲学は無用である/哲学の道場「無用塾」
四章 「自己中心主義」のすすめ
「自己中心的な生き方」は嫌われる/テスト氏の自己探究/「私」という謎/私の過去/世間一般とのズレを伸ばす/自宅に閉じこもる/シュジュギュイ=子供/純粋なシュジュギュイたち/「純粋な」青年の自殺/女性は性的存在である/女性は非哲学的?/女性嫌悪と女性恐怖
五章 「世間と妥協しないこと」のすすめ
「献本」されると窮地に陥る/ウソばっかりの出版記念会/廣松渉先生の退官にあたって/〈半穏遁〉と職業/みんなが〈半穏遁〉する心配はない/哲学をしたければしなさい!/世間が許さない?/最大の敵は親である/「恩」は与えたくも受けたくもない/「恩」はほんとうのことを言わせなくする/他人を避ける/「会いたくない」権利の尊重/「会いたくない」ことをどう伝えるか/「偏食」の思想/社会から転落する
六章 「不幸を自覚すること」のすすめ
エピローグ そして、あなたはまもなく死んでしまう

引用文献一覧
あとがき(一九九七年 如月 中島義道)
解説……哲学者ではないが哲学的であるということ(中野翠 二〇〇〇年八月)
ちくま文庫版へのあとがき(二〇〇七年師走 還暦を過ぎても、「耳順(したが)う」こともなく…… 中島義道)

*本書は一九九七年五月、ナカニシヤ出版より刊行された。


≪著者: ≫ 中島義道 (なかじま・よしみち) 1946年福岡県生まれ。77年、東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。83年、ウィーン大学基礎総合学部修了(哲学博士)。現在は電気通信大学教授。主な著書に『哲学の道場』(ちくま新書)、『哲学者とは何か』『たまたま地上にぼくは生まれた』(いずれも、ちくま文庫)、『時間論』『カントの法論』(いずれも、ちくま学芸文庫)、『悪について』(岩波新書)『孤独について』(文春新書)『ウィーン愛憎』(中公新書)、『哲学の教科書』(講談社学術文庫)などがある。


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