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壬申の乱―天皇誕生の神話と史実 (中公新書)
壬申の乱 天皇誕生の神話と史実 (中公新書1293)

○著者: 遠山美都男
○出版: 中央公論新社 (1996/3, 文庫 308ページ)
○価格: 861円
○ISBN: 978-4121012937
おすすめ度: 4.0
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マジ(本気)で、読めば読むほどにますますワケガワカラナイ、分からない、わからない、ドウナッテイルンダヨゥ、日本の歴史、古代(ダカラレキシハニガテダ)。あと5冊くらい、いや、10冊かなぁ、まぁ20冊くらい(慎重な厳選を要する)さらに読み進めていけば、きっと、なにかすこしは見えてくるものがあろうか♪、とくに、上からの指示による(強要される)ものでもなく、なにかを、時期を区切られて、形を仕上げること(課題レポートとか)を求められるものでもなく、みずからの意思により(緊張感の欠如)ユルユルと♪、シアワセ〜♪♪

ちなみに、本書は、橋本治『双調 平家物語〈2〉 飛鳥の巻(承前)』(中公文庫、2009年)において、参考文献として唯一掲げられた著書である。


≪目次: ≫
まえがき
近江大津宮、その日
一、天智天皇の立場
   専制君主の誤算?/大友皇子の血統/王位継承のながれ/卑母はマイナス条件ではない/大友擁立はいつから構想されたか/大友・十市の結婚の意義/「中継ぎ」としての大友皇子
二、大海人皇子の立場   天智紀と天武紀・上の違い/変節したのは大海人/天智が託そうとした後事/大海人の返答の読みかた/女帝の役割とその歴史/女帝譲位の契機/巧妙な大海人発言
三、大友皇子の立場   「虎に翼を着けて放つ」/大友と五重臣の誓盟/吉野での誓盟/天智は何を誓わせたのか/誓盟にふさわしい証人/「女帝」倭姫王――壬申の乱、始まる!

大海人皇子をめぐる群像
一、大海人皇子の誕生
   大海人皇子の両親/舒明皇極が結婚したわけ/天智と大海人は兄弟ではない?/天智・大海人の年齢を考証する/大海人皇子の成育環境
二、大海人皇子の子女と関係氏族(1)   十市皇女高市皇子大来皇女草壁皇子大津皇子忍壁皇子磯城皇子穂積皇子
三、大海人皇子の子女と関係氏族(2)   但馬皇女長皇子弓削皇子舎人皇子新田部皇子紀皇女田形皇女泊瀬部皇女託基皇女

掘‘睛陲糧生と展開
一、「何ぞ黙して身を亡さむや」――大海人・大友両陣営の挙兵準備
   大友の挙兵準備/天武紀の矛盾/正当防衛と必勝の必然性/朴井連雄君という人物
二、「すみやかに不破道を塞け」――六月二十二日 大海人、挙兵への布石   大海人、挙兵準備の最終段階/不破の戦略的な価値/美濃に派遣された舎人たち/多品治とその人脈/壮大な「実験」としての壬申の乱/動員された豪族や民衆
三、事にはかにして駕を待たず――六月二十四日 吉野脱出   大海人の不可解な迷い/大海人と大伴氏/大海人皇子にしたがう者たち/菟田にすすむ
四、「朕、遂に天下を得むか」−−六月二十四日夜半 決死の「伊賀越え」   伊賀を駆け抜ける/もうひとつの「伊賀越え」
五、皇子、従ひたまはず――大友皇子は最初から勝機を逸していたのか?   作戦会議が行われたのはいつか/大友が大海人追撃案を却下したわけ/使者たちの素性と運命
六、高市皇子、鹿深より越えて遇へり――六月二十五日 伊勢鈴鹿山道を確保   高市皇子、大津を逐電す/渡来人に守られた高市皇子/ノミコトモチらはどこから来たのか/三宅氏と倭屯田/鈴鹿の戦略的位置
七、天照太神を望拝みたまふ――六月二十六日 美濃不破道の占拠に成功   大海人が天照太神を遥拝したわけ/少年大津は苦労する/津皇子の従者たち/桑名評家と尾張連大隅
八、「近江の群臣、多なりといふとも」――六月二十七日〜二十九日 美濃野上の大本営   不破への道/大友皇子、唯一最大の誤算/大王から天皇へ/「異形の王」としての大海人
九、「高市皇子、不破より至ります!」――六月二十九日 大伴氏、倭古京で蜂起   百済の家とはどこか/吹負麾下に集まった人びと/内乱は新たな段階へ

検‘睛陲粒搬腓判焉
一、赤色を以って衣の上に着く――七月二日(1) 大海人軍、進撃開始!
   倭古京を死守せよ!/考えぬかれた指揮官人事/赤色の兵士たち
二、蘇我果安、頸を刺して死す――七月二日(2) 大友軍、湖東戦線のみだれ   大友軍の不破直撃計画/蘇我果安はなぜ自決したか/羽田矢国父子の裏切り
三、悉く税倉を焚きて、背散け亡せぬ――七月二日(3) 河内高安城陥落す   吹負が乃楽に進発した時期/河内方面に配備された人びと/高安城占領の目的
四、大津、丹比、両の道より、軍勢多に至る――七月三日(1) 河内衛我河の戦い   大友軍の倭古京進攻計画/坂本財の悲壮な決意/来目塩籠の背後関係
五、「古京は是れ本の処なり。固く守るべし」――七月三日(2) 大和方面の開戦前夜   乃楽山をめぐる戦いの伝承/最も初歩的な奇計
六、伏兵有らむことを疑ふ――七月四日 大和乃楽山の戦い   果安、長蛇を逸す!/ツイている男、吹負
七、合言葉は「金」――七月五日・六日 近江倉歴・伊賀莿萩野の奇襲   的確で有効な奇襲作戦/合言葉は「金」だったのか
八、「吾こそは事代主神・生霊神なり」――七月五日 大和当麻、葦地のほとりの戦い   託宣を下した神々の素性/当麻の戦いの日付/「百姓を殺すべからず」
九、「かの白馬に乗れる者を射よ!」――七月八日 大和箸陵の戦い   倭古京をめぐる最後の攻防/大井寺の奴と甲斐の勇者と
十、近江軍と息長横河に戦ひて破りつ――七月七日〜十七日 後退する大友軍湖東戦線   村国男依ら、ついに動く/湖東戦場の所在地/敗退を重ねる
十一、大友皇子及び群臣等、ともに橋の西に営る――七月二十二日 近江瀬田橋の戦い   現在地より南にあった瀬田橋/大友皇子の決意と誤算/狭まる大友包囲網
十二、物部連麻呂、また一、二の舎人のみ従へり――七月二十三日 大友皇子、山前に死す   山前とはどこか/物部麻呂の素性と役割
十三、「罪無くして何ぞ死なむ」――八月 近江大津宮の秋霜   戦犯処罰の特徴/鉏鉤を自殺に追い込んだもの
十四、倭京に詣りて、嶋宮に御す――九月 大海人皇子、飛鳥に凱旋   凱旋――ふたたびの道/天皇=スメラミコトの誕生

結び――リメンバー・壬申の乱

あとがき (一九九五年七月 遠山美都男)
参考文献
壬申の乱」関係年表
「壬申の乱」人物事典

※ 2000年4月25日 7版


≪著者: ≫ 遠山美都男 (とみやま・みつお) 1957年(昭和32年)、東京都に生まれる。1981年、学習院大学文学部史学科卒業、同大学大学院入学。学習院大学文学部助手を経て、現在(刊行当時)、同大講師。学習院大学より博士(史学)を授与。専攻、日本古代史。著書『大化改新』(中公新書)、『聖徳太子はなぜ天皇になれなかったのか』(大和書房)、『聖徳太子 未完の大王』(HNKライブラリー)、『白村江』(講談社現代新書)、『古代王権と大化改新』(雄山閣出版、学位論文)、『天智天皇』(PHP新書)、『〈日本書紀〉はなにを隠してきたか?』(洋泉社)、『彷徨の王権 聖武天皇』(角川選書)、『卑弥呼の正体』(洋泉社)。

遠山美都男 『大化改新 六四五年六月の宮廷革命』(中公新書、1993年) '09/12/11
遠山美都男 『古代の皇位継承 天武系皇統は実在したか』(歴史文化ライブラリー、吉川弘文館、2007年) '09/12/08







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