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ゲルニカ  ピカソが描いた不安と予感 (光文社新書)
ゲルニカ  ピカソが描いた不安と予感 (光文社新書335)

○著者: 宮下誠
○出版: 光文社 (2008/1, 新書 225ページ)
○価格: 893円
○ISBN: 978-4334034368
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そう、20世紀は「戦争」の時代、、、

2011.3.11_14:46、、、ケッコウぼくはしんどいんだけど、みんなダイジョウブ??、お変わりなくって??!、もっとも、きっとみんなそれぞれの社会的な立場であり役割のなかで懸命に!!、なのであろうことから、ソレドコロデハナイ!!?、迷ったり悩んだり恐怖したり不安やなんかを、抱いたことを深く突き詰めて実感したり内省したりして、いちいちじっくり向き合っているヒマなどない(あくまでもぼくのポジションがイレギュラーなんだろう)、それはそれで忙しく慌しく追われているような状況のほうが(余計なことなどを考えない)よりよい方法なのかもしれない、よく分からないケド
あたりまえのように、予定通りになんか物事は進行しえなくって、とくにいまは“緊急事態”なんだから、予定通りにいくことのほうが少なくってラッキーなことで、そんなことはぼくだって理解していないわけではない、だから(なのかどうなのか)、ときどき社会生活にあっては積極的に口外してみたりするんだけど「そりゃ仕方がないよ、仕方がない」などと、意識して積極的に口外している時点ですでにぼくはそのこと(仕方がないとはいえ思い通りに予定通りにいかないことのストレスみたいなもの)を明白に意識しちゃっているわけで、やっぱり思い通りにならないことは小さくない(とっても大きな)ストレスで、やることなすこと、なにをどうにもどうしようとも、意識すればするほどに、とどのつまりは裏目裏目に出ているような印象は拭えない、だからなのかどうなのか、花粉症の薬がまったく効かなくって、目が痒くて真っ赤で痒いのは、適当なところでストップすることができない日が沈んでからのアルコール(安い日本酒)に起因するものなのかどうなのか、だとしたとしても、すでにコントロール不能?!、あちらを立てればこちらが立たず??!、まぁ自覚しているからダイジョウブだろうといったような解釈をぼくとしては採用するにいたっている

そうそう、買い物のストレス(といったものがあるとするならば、ひとり暮らしを、いろいろあって結果的にいま採用しているぼくには、これまでにはなかった小さくない労力で負担でストレスだ)、これまで見たことも経験したこともないような(遠い遠い発展途上で混乱がつづく諸外国にあって、かつてテレビで見たような光景みたいな)商品陳列棚の空っぽの状態に、やっぱり不安は、いやがおうでも感じないものでもなくって、買占め(買いだめ)とかがモンダイになってるみたいだけど、たしかにトイレットペーパーやティッシュペーパーをそんなに沢山ストックする必要はないだろう、使う量をすこしセーブすれば、というか無自覚に使いすぎ大量消費の悪癖を正す好機なのかもしれない、などとも思わなくもないのだけれども(他人の行動に嗜好?!にいちいち口出しする気はない、ぼくに直接の悪影響と思しきことがないと思うならば、無責任かもしれないけれど目をつぶり耳をふさぐ)、いまは緊急事態!?だから、そんなことをぼくとしてはいちいちモンダイとして取り上げるより、購入したいと欲するのならば気が済むまで好きなだけ買い漁ったらいい、すでに現代の社会は経済は高レヴェルにあるからね、需要にすぐさま対応できる流通システムが構築されちゃっているから、混乱などといったような状況は短時間で(長い時間を待たずして、あっという間に、ちょっとだけ待てば)解消することだろう、まさに「過剰」などと言ってもいいだろう状態?!、などと考えてみたりするんだけれども。どうなんだろう、およそいろいろなことが6割くらいでもジュウブンなんじゃないかなぁ、いろんなことが、プラスもマイナスも、出口も入口も(たとえば、首都圏で使う電力のおよそ4割が福島と新潟にある原子力発電所から送られてきている、とは東京電力のHPにあるんだけど、ということは、どんなに多く見積もっても今回の震災によって福島からの電力供給がストップしたとしても供給は4割減でこれまでの6割は供給が維持されるということで、放射能漏れのモンダイはまた別としても、それはそれでモンダイなんだろうけれども、この機会にずいぶんと東京を撤退している人びともいるようだし、省エネの機運が高まって理解や協力をこれまで以上に強力に得られそうな状況なのかどうなのか、だから、いままでの6割とは言わずとも8割か7割くらいのエネルギー消費量にセーブすることは、一時的ではなく継続的に電力消費総量を減じた経済活動に移行することって、決して実現不可能なことじゃないと思うし、どうなんだろう、ぼくは絶対的に必要なことだとは、いろいろな書籍を読みすすめるなかで総合的に判断しているし、むしろ好機なのかもしれない、などとは)、、、考えるに、便利や快適ないまの暮らしを手放すのはカンタンなことではないけれど、じっさいぼくは少しずつ脱落?!する実験みたいなことをはじめているんだけど、それなりに考察して試行錯誤してみて感じていることとして、やっぱり過剰だからセーブしてもモンダイは生じないだろう(といったようなおもいをつよくしている)、むしろ、いまの状況は大量消費・大量廃棄のライフスタイルは持続可能性(sustainability)に乏しい、かなぁ、だろうなぁ、などと考えながら!?!、ヒリヒリしながらイライラしながら、今日いちにち、前日の午後から買い物を止めた(気になって外からガラス越しに見ないものではなかったけれどもガマンして店内に足を踏み入れることをしなかった)、空っぽの商品陳列棚を目にして抱く危機感は飢餓感に似たようなものでジッサイにはジュウブンな食材を物資をストックしてあるにもかかわらず(お腹が減っているわけではないんだけど何か食べたいんだよなぁといった状態みたいな)何かを買わずにはいられない衝動に駆られて駆られた衝動を自制することの困難みたいなものがあってストレスがおおきくて、、、そう、昼食は昨年の夏前ころからかなぁ、手弁当のサンドウィッチというほどに立派なモノでもないんだけれども6枚切りの食パン2枚にマーガリンを塗ってハムとチーズをはさんだランチ(およそ100円弱くらい、さらには食べクズ、ゴミを廃棄物を出さない)だけで、ほぼ毎日やりすごしていることから(とくに冬場は運動量が減少することもあって摂取するエネルギーは夏場と同じでは過多となるであろう考えて、食料として摂取するエネルギー量をセーブ気味にすべきだろう、などと心がけていることもあって)基本的に外食はしない(弁当も買わない。ペットボトルや缶入りの飲料を買うこともほとんどない、こちらはゼロではない。朝は昼と同じモノを食べて、夜は自炊していることもあって、原則すべて自炊で賄い、今年になってからの外食は、立ち喰い蕎麦を数回と実弟のパスタ屋に夜いちど友人たちと集って酒呑んで食べたくらいと記憶している。ところで、まいにち同じモノを食するのは、定期的にある意味では機械的に時間が来ると感じる空腹感を満たすことを主目的と考えるならば、その度ごとになにを食するべきかの選定をこそ煩わしい、とはイッパンテキではないんだろうけれど、ぼくはおもってしまう)こともあって、買い物をしないとなると、なんと今日いちにちお金を使うことがなく結果的にすごすことができたことになって(いちおうオフではなく、生活の糧を得るためのシゴトをカイシャに通勤して、成果をともかくとしても労力と時間を費やして、なお)、ぼくとしてはお金を稼ぐことがヘタクソで、そのくせ(それゆえ)お金に過剰に敏感で、だから?!、よくもわるくも



20世紀の西洋美術を代表する『ゲルニカ』は、描かれた当時、多くの人に衝撃を与えた。この作品は、1937年という、ナチズムやロシア社会主義、フランス、ドイツ、イギリスなどの列強の思惑が交錯し、スペインでは内乱が激化するという、ヨーロッパが不安と緊張に包まれた時代に生み出された。しかし、『ゲルニカ』には絵画としての「異質さ」が漂う。そして、これこそが、不安が先鋭化しつつある私たちを今でも虜にする魅力でもあるのだ――。本書では、その制作過程を丹念に追いながら、美術史、歴史画、戦争画などの観点からピカソが直感した「予感」に迫る。さらに、私たちの美術鑑賞のあり方、1枚の絵を見つめるということの本質にまで思いを巡らす。


≪目次: ≫
はじめに
第一章 神話的メッセージ     ピカソの視点/ゲルニカ空爆/ピカソと周囲の反応/独特のオーラ
第二章 制作過程    アトリエの場所/制作の経緯
第三章 美術史の中の『ゲルニカ』    スペイン美術史の中の『ゲルニカ』/二〇世紀美術史上に占める位置/二つの視点/様式史の視点/イコノロジーの視点
第四章 オリジナリティと多層性    枯れた想像力?/ピカソに貼られたレッテル/「オリジナリティ至上主義」への問い/夾雑物と多層性
第五章 呪術的な力――歴史画として読む    歴史画とは何か/絵画とは何か/物語の多元性/記憶の中で肥大化する『ゲルニカ』と無時間性
第六章 ピカソの予感――「負」の戦争画    戦争画の立場/西洋の戦争画/二〇世紀の戦争画/二〇世紀の不条理/いまここにある恐怖
おわりに
謝辞 (二〇〇八年一二月  宮下 誠)
参考文献
図版クレジット


≪著者: ≫ 宮下誠 (みやした まこと, 1961-2009) 1961年東京都生まれ。鎌倉在住。國學院大学文学部教授。スイス国立バーゼル大学哲学博士。早稲田大学大学院博士後期課程単位取得退学。専攻は20世紀西洋美術史、美術史学史、画像解釈学、一般芸術学。著書に『20世紀絵画 モダニズム美術史を問い直す』『20世紀音楽 クラシックの運命』(以上、光文社新書)、『逸脱する絵画』『迷走する音楽』(以上、法律文化社)、『パウル・クレーとシュルレアリスム』(水声社)、訳書に『パウル・クレー』『マックス・エルンスト』(以上、PARCO出版)などがある。






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