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ヘーゲル「精神現象学」入門 (講談社学術文庫)
ヘーゲル 「精神現象学」入門  Georg Wilhelm Friedrich Hegel ,,Phänomenologie des Geistes, 1807'', 1983 (講談社学術文庫2109)

○著者: 加藤尚武 編著、原崎道彦/伊坂青司/栗原隆/松山壽一/座小田豊/滝口清栄/山純 著
○出版: 講談社(2012/5, 文庫 336ページ)
○定価: 1,103円
○ISBN: 978-4062921091
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飼い慣らす(domesticate)ために


感覚、知覚、悟性、自己意識、理性、精神。意識は経験をとおして高次に向かい、「絶対知」へと到達する―――。近代西洋哲学史上、最も重要にして最も難解とされる大著(『精神現象学Phänomenologie des Geistes, 1807)の核心を、精緻な読解と丁寧な解説で解き明かす。「絶対的な真理」を秘めた神話的な書物という虚妄のベールを剥いで立ち上がる、野心的な哲学像の実現に挑んだヘーゲルGeorg Wilhelm Friedrich Hegel, 1770-1831)の苦闘の跡とは。


≪目次: ≫
はしがき (二〇一二年三月六日 加藤尚武)
凡例にかえて

序にかえて――『精神現象学Phänomenologie des Geistes, 1807)』の意義と位置

序章 『精神現象学』の成立をめぐる謎
序章の概観
1 『精神現象学』は一つのプランのもとに書かれているのか
『精神現象学』の成立史という問題/定説はまだない
2 『精神現象学』は体系においてどういう位置づけをもつのか
どんな体系の「第一部」なのか/体系に導入部は必要なのか
3 『精神現象学』の自著広告

第一章 『精神現象学』の基本概念――「序文」と「緒論」
第一章の概観
4 哲学体系の自己完結性とそれへの導入
哲学にとっては余計なもの/体系への梯子なのか、体系そのものなのか
5 実体=主体論
伝統的な意味での「実体」の概念/真なるものは自らを展開していく動的なものである/「主体」の構造/自己を啓示する「実体」/自己意識によってとらえ直されたスピノザ主義/実体の具体相
6 反省哲学とその克服――「緒論」の意識論
試金石の試金石の試金石……/反省するカメラの置き場所/心のなかの主観性と客観性/意識中心主義への断念

第二章 知と対象の関係構造――意識
第二章の概観
7 感覚的確信の弁証法
感覚の思い込み/確信の逆転/「これ」という指示語の不思議/「いま」と「ここ」/個別の〈私〉と普遍の「私」/感覚の確信と言葉の真理
8 知覚と物の矛盾構造
知覚の真理/物の多様性と単一性/物の矛盾構造/知覚の多様性/物の同定化作用
9 悟性と力
力の本質と現象/誘発する力と誘発される力/力の純粋概念/感覚的世界と超感覚的世界/法則の同語反復/転倒した世界/生命の源としての矛盾/自己意識への移行

第三章 他者との関係のなかで思索し、生きる自覚的な存在――自己意識
第三章の概観
10 意識論を克服する経験が「生」への自覚となる
意識から自己意識への旅/自己意識の成り立ち/自己意識とは何か/生命は統体性を回復する主体の境地/類を自覚した「欲望」としての自己意識
11 世界のうちで関係が拓かれるとき――承認をめぐる闘い
自己意識と自己意識との対話的関係/関係を結ぶ前、そして支配関係の導入/主と奴の間に承認は成立しない/主と奴の転換と労働の意義
12 自由への覚醒――ストア主義の内面への逃亡と懐疑主義の否定する自由
自己意識の自由とストア主義/懐疑主義は相対性を剔抉して、二律背反を構成する
13 神に近づくことが神に背くことになる不幸な意識
絶対的矛盾のなかの不幸な意識/三位一体論に重なるもの/歴史と論理に重ね合わされた不幸な意識

第四章 世界を自己とみなす自己意識(1)――観察する理性
第四章の概観
14 世界のなかに「自己」を見出す観念論
「自己意識」から「理性」へ――「自己」の成熟/世界は自己である――「理性の確信」としての「観念論」/批判哲学における「理性」/自我哲学と同一哲学における「理性」/『精神現象学』における「理性」/自己意識は存在である――「自己意識と存在の統一」としての「カテゴリー」/イエナ時代の自然哲学・道徳哲学・社会哲学としての「理性」の章/「観念論」の科学史・科学論としての「観察する理性」
15 自然の観察
(1) 無機物の観察
博物学の無思想ぶり/博物学の記述から力学の法則へ
(2) 有機体の観察
「外は内の表現である」――有機体の法則/自己目的・自己還帰としての有機体――カント批判/諸契機の流動性としての有機体――シェリング批判(1)/「自然の無力」――シェリング批判(2)/「有機的自然に歴史はない」――シェリング批判(3)
16 人間の観察
自己意識の純粋態と現実態――論理法則と心理法則/「精神(内)は顔(外)であり、骨(外)である」――人相術と頭蓋論/頭蓋論と絶対知――『精神現象学』の分水嶺としての頭蓋論

第五章 世界を自己とみなす自己意識(2)――行為する理性
第五章の概観
17 行為する理性の社会的なかかわり――理性的な自己意識の自分自身による実現
観察から行為へ/人倫的共同体の理想――ギリシャのポリスへの憧憬
18 世間という大きな書物
快楽と必然性/快楽に身を任せることは世間のしがらみに縛られることである/心情の法則と自負の狂気/実行と挫折――自負の狂乱/徳と世間/徳の敗北/意識が世間に学んだこと――人は社会を離れては生きることができない
19 精神的な動物の国――自分にとって即かつ対自的に実在的な個体性
社会に和して生きる個人/行為の連関と環境との一致――精神的な動物の国/行為の循環論――行動が精神を生み出す/「仕事(作品)」を世に問うことの宿命――精神的な動物の国と欺瞞/市民社会の論理としての「事そのもの」
20 法をつくり審査する理性
立法する理性の形式主義/「道徳」から「人倫」へ――「精神」の生成

第六章 和解に至る「精神」の歴史
第六章の概観
21 世界に内在する精神――真実の精神・人倫
精神が世界に内在する/精神は個人の目的である/精神の現象としての世界の歴史
22 真実の精神――アンティゴネーの悲劇
人倫――人間の掟と神々の掟/人間の掟と神々の掟の対立/女性は共同体の永遠のイロニーである――ギリシャ人の人倫の解体
23 ローマの法状態
夜の掟が昼の現実となる/個人を人格と呼ぶのは侮蔑することである/人倫の喪失
24 世界を形成し転倒する疎外
分裂のなかの統一/価値の転倒をとおして近代が生まれる/疎外のさなかから近代の啓蒙的理性が生まれる/疎外は個人を社会的存在にする/疎外は観念に生気を吹き込む
25 反転する価値、近代的啓蒙の生成
国権と富、高貴と下賤/貴族の奉公と絶対君主の誕生/国権は富に転倒する/高貴は下賤、下賤は高貴/ラモーの甥の分裂した言葉/純粋意識の国――信仰と純粋な明察
26 近代的啓蒙の光と影――天上の批判、地上の革命
進行は啓蒙の批判をかわす/啓蒙が手にするもの――有用性/二重の目、二重の舌――信仰の揺らぎ/勝利の証し、啓蒙の内部分裂――理神論と唯物論/啓蒙は世界をとらえた/普遍性を確信する自己の実現――絶対自由と恐怖/精神は蘇生して純粋知へと高まる
27 道徳意識は欺瞞的である――自分自身を確信する精神・道徳性
「じゆうであること」の知――主体が実体である/道徳的世界観の自己矛盾/要請論の正体と「すりかえ」の論理/道徳意識の欺瞞性/矛盾の自覚――「良心」の成立
28 良心は自己否定において完成する
良心という「第三の〈自己〉」――義務という窓をもつモナド/良心の陥穽と言語によるその解消/美しき魂――現実性の喪失/悪と赦し――評価する意識と行動する意識の対立/和解――自己否定による「精神」の成就

第七章 精神の自己認識の完成――宗教
第七章の概観
29 精神の自己認識としての宗教
30 〈自己〉を欠く宗教――自然宗教
光の神/植物と動物の崇拝/工作者の宗教
31 自己意識の芽生え――芸術宗教
ギリシャの祝祭宗教/抽象的な芸術作品――供犠における〈神の死と再生〉/生きた芸術作品――オリンピアの競技に躍動する美しい身体/精神的な芸術作品――古典文芸が描く神々の世界/叙事詩――神々を詠(うた)う詩人/悲劇――神々を演じる役者/喜劇――神々の仮面が落ちる/ソクラテスに始まる自己決定の原理/これまでの回顧――ギリシャへの挽歌(ばんか)
32 彼岸性を克服する彼岸的な表象(イメージ)――キリスト教
自己意識による実体の再興/供犠から聖餐へ/聖餐における対象意識と自己意識との一致/キリスト教の表象性の克服

第八章 精神の旅の終着駅――絶対知
第八章の概観
33 対象性の克服
神を見た人/神が死んだ/他人のなかの自分
34 意識の歴史博物館
対象にひそむ意識の歴史/精神の自己認識は最後の部屋で
35 精神は骨である
物でないのものが物である
36 和解の大円団
道を説く君/和解の大合唱/和解から絶対知へ/精神の最後の形態
37 論理的なものからの展望
論理的な概念の分身/緩やかに進むページェント/絶対精神の「処刑場」から論理的なものの登場へ

あとがきにかえて――『精神現象学』のアクチュアリティ

文献案内
執筆者紹介
索引


※本書の原本は、一九九六年一月、有斐閣より『ヘーゲル「精神現象学」入門 〔新版〕』(初版、一九八三年)として刊行されました。


≪著者: ≫ 加藤尚武 (かとう ひさたけ) 1937年生まれ。東京大学文学部哲学科卒業。京都大学名誉教授、鳥取環境大学初代学長。人間総合科学大学教授。専攻は西洋哲学、環境倫理学。著書に『ヘーゲル哲学の形成と原理』『形の哲学』『環境倫理学のすすめ』『現代倫理学入門』、編著書に『現代哲学の冒険』『ヘーゲル事典』、共訳書にヘーゲル『懐疑主義と哲学との関係』などがある。
※執筆担当:「序にかえて」「第一章」「第八章」

≪執筆者: ≫ 原崎道彦 (はらさき みちひこ) 1959年生まれ。東北大学大学院文学研究科単位取得満期退学。高知大学教育研究部教授。専攻は哲学、倫理学、快楽・リラクセーションの哲学。著書に『ヘーゲル「精神現象学」試論』、訳書にヘーゲル『自然法と国家学講義』など。
※執筆担当: 「序章」

≪執筆者: ≫ 伊坂青司 (いさか せいし) 1948年生まれ。東北大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科哲学専攻博士課程単位取得退学。神奈川大学外国語学部教授。専攻はヘーゲルを中心とするドイツ観念論、生命倫理。著書に『ヘーゲルとドイツ・ロマン主義』、共編著に『市民のための生命倫理』『ドイツ・ロマン主義研究』『ドイツ観念論と自然哲学』『シェリングとドイツ・ロマン主義』など。
執筆担当: 「第二章」

≪執筆者: ≫ 栗原 隆 (くりはら たかし) 1951年生まれ。新潟大学人文学部哲学科卒業、東北大学大学院修士課程修了、神戸大学大学院博士課程修了。新潟大学現代社会文化研究科教授。専攻は哲学、とくにヘーゲル哲学を中心とするドイツ観念論、倫理学。著書に『ドイツ観念論からヘーゲルへ』『現代を生きてゆくための倫理学』『共感と感応』『ヘーゲル――生きてゆく力としての弁証法』など。
執筆担当: 「第三章」

≪執筆者: ≫ 松山壽一 (まつやま じゅいち) 1948年生まれ。法政大学文学部哲学科卒業、立命館大学大学院文学研究科博士課程修了。大阪学院大学経営学部教授。専攻は西洋哲学、科学史、ドイツ観念論、芸術論。著書に『生きることと哲学すること』『ドイツ自然哲学と近代科学』『科学・芸術・神話』『ニュートンとカント』『人間と悪』『人間と自然』『知と無知』など。
執筆担当: 「第四章」

≪執筆者: ≫ 座小田豊 (ざこた ゆたか) 1949年生まれ。東北大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科博士課程単位取得退学。東北大学大学院文学研究科・文学部教授。専攻は哲学・近代哲学、とくにドイツ観念論、ヘーゲル哲学。共編著に『ヘーゲル哲学への新視角』『知の教科書 ヘーゲル』『今を生きる 1 人間として』、翻訳にヘーゲル『イェーナ体系構想』、ブルーメンベルク『コペルニクス的宇宙の生成(1・2・3)』など。
執筆担当: 「第五章」「第六章 21〜23、27,28」

≪執筆者: ≫ 滝口清栄 (たきぐち きよえい) 1952年生まれ。東北大学文学部哲学科卒業、法政大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。法政大学、専修大学、駒澤大学講師。専攻は哲学、倫理学。著書に『ヘーゲル「法(権利)の哲学」』『ヘーゲル 現代思想の起点』『マックス・シュティルナーとヘーゲル左派』、訳書にヘーゲル『自然法と国家学講義』など。
執筆担当: 「第六章 24〜26」

≪執筆者: ≫ 山 純 (やまざき じゅん) 1950年生まれ。本名、松田純。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。静岡大学人文社会科学部教授。専攻は生命・環境倫理学、ヘーゲル哲学。著書に『神と国家――ヘーゲル宗教哲学』『遺伝子技術の進展と人間の未来』ほか、翻訳にヘーゲル『宗教哲学講義』、ドイツ連邦議会審議会答申『人間の尊厳と遺伝子情報』『受精卵診断と生命政策の合意形成』『エンハンスメント』など。
執筆担当: 「第七章」






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