Gori ≒ ppdwy632

〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

映画

本「嘘つき映画館 シネマほらセット」橋本治5

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嘘つき映画館 シネマほらセット
嘘つき映画館 シネマほらセット

○著者: 橋本治
○出版: 河出書房新社 (2004/3,単行本 253ページ)
○価格: 1,680円
○ISBN: 978-4309016184
おすすめ度: 5.0
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読み始めてすぐに、映画の知識が皆無なことに気がついたけれど、そもそも、ぼくは「なにも知らない♪」から、それを原動力として日々本を読み進める(読み耽る、読み乱す?!)のであり、然るべき時間を費やして読了♪
キッカケは、橋本治と内田樹 (筑摩書房、2008/11)』
ホントに短い一時期、映画館に毎月のように通った時期があった(その理由をいずれ近いうちに明確にして整理して記録したい)んだけど、元来映画を見る習慣がなく、映画作品をその監督や役者が意図する深いところや裏側(のホントに愉しむべきところ、文化的背景などを含めて)まで愉しむには、ぼくには基本的な知識や情報が著しく欠落していて(だから、それを補うべく本を読むことを常とする)、さらには、上映時間とその前後の数時間を費やす意義を見出せないと感じるようになった(本への依存度の上昇)からか、映画への興味を失して久しい。自室で映像を見る習慣も設備もないことも、その一因であろうか?!、そのうちに知識量に自信が抱けるようになった時(果たしていつなんどき来ることやら)、自室で「見たい」と思うものなのかどうなのか(見ておきたい名作がないことはない)。

雑誌『キネマ旬報』一九九八年十月下旬号から二〇〇二年十二月下旬号まで、月に一回のペースでに連載されたコラムの書籍化。
あとがきに、
この四年の間、「どうしてこういう映画ってないのかなァ」と自家中毒的になりながら原稿を書いて、気がついたらろくに映画を見なくなってしまった。VTRの時代はDVDの時代に変わって、VTRはやたらと買っていた私も、DVDは買わなくなった。私にとって、いつの間にか映画は「どうでもいいもの」になってしまったという寂しい結果を迎えたのは、ろくでもないウソばかりついていた報いでしょう。
まァ、私は古い活字の人間なので、それでもかまわないのですが。 (P.253)
と、橋本治はうそぶいてみたりする♪

≪目次: ≫
1 ブロードウェイの弥次喜多娘 1995
2 アメリカン・クイーン 1990
3 マタ=ハリ 1988
4 ジム・キャリーのエデンの東 1998
5 多羅尾伴内 二十四の瞳 1949
6 ロドニー・ピッブスの幸福 1994
7 007/毒蛇の微笑(仮) 1998
8 赤垣源蔵/孤独の晩餐 1999
9 TACKY IN LOVE 1999
10 藤原紀香のエロチカ28号 1999
11 ギャングの花道 1956
12 フューネラル・フラワーズ 1992
13 くノ一忍法帖 1999
14 鉄腕アトム 1991
15 へび 1988
16 巨人の星 1962
17 ハムレット=ジャパン 1999
18 あんみつ姫 2000
19 ブラピの天下の一大事 1999
20 クラリス 2000
21 丹下左膳 2000
22 サイコ5 カンサスの二輪車 1993
23 出撃!! 叶姉妹! 2000
24 TATOO NOIR 2000
25 長江非情 1999
26 バットマン・フォーエヴァー/シークレット・ヴァージョン 1995
27 バトル・ロワイヤルPTA 2001
28 しあわせ道中 オズの魔法使い 1982
29 隠し砦の三悪人 2001
30 笑う用心棒 2001
31 プリンセス・プリンセス 2001
32 さいころコロ助 2001
33 サイコ祭り2 1997〜2000
34 プリンセス・テンホー危機脱出 2001
35 忍法魔界転生 2001
36 絢爛豪華 2001
37 源氏物語 1964
38 浪花の町に雪が降る 2001
39 ウディ・アレンの砂漠の踊り子 2001
40 ガラスの仮面 2002
41 宇野小路家の夏――麗しのタッキー 2002
42 ゴジラ vs 金日成 1978
43 冬のサッカーボール 1967
44 お笑い七福神のニコニコ大合戦 1952
45 御先祖様萬歳 1959
46 秋桜狂詩曲 2002
47 忠臣蔵 2002
48 七人の侍 episode2 野武士の復讐  
あとがき

*本書は『キネマ旬報』一九九八年十月下旬号から二〇〇二年十二月下旬号に連載されたものです。


≪著者: ≫ 橋本治 (はしもと・おさむ) 1948年3月東京生。東京大学文学部国文学科卒。1977年「桃尻娘」で講談社小説現代新人賞佳作。以降、小説・評論・古典の現代語訳・エッセイなど、あらゆるジャンルにおいて執筆活動を行う。2002年『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』で小林秀雄賞受賞。近著に「双調平家物語11」(中央公論新社)、「百人一首 桃尻語訳」(海竜社)、「ひらがな日本美術史5」(新潮社)、「橋本治・岡田嘉夫の歌舞伎絵巻〈1〉仮名手本忠臣蔵」(ポプラ社)など多数。


Mt.Fuji




映画「ヴィーナス VENUS」ロジャー・ミッシェル監督5

映画「ヴィーナス」表イギリス映画
ヴィーナス VENUS
監督:ロジャー・ミッシェル
出演:ピーター・オトゥール/レスリー・フィリップス/ジョディ・ウィッテカー/リチャード・グリフィス
配給:ヘキサゴン・ピクチャーズ/シナジー、2006年
HP:http://www.venus-cinema.com/

年老いた男の、飽くなき快楽への、性への欲求と、老人の悲哀が色濃く漂うヒューマンムービー。
映画「ヴィーナス」裏ネタばれになっちゃうけど、、、
老人の”死”。
とっても幸せな人生の結末。
老人は、思い出がいっぱいいっぱい詰まった冷たくほの暗い冬の海で、ヴィーナスに看取られて、ヴィーナスの腕の中で静かに死を迎えた。正直、羨ましい。
かつて二枚目俳優だった男は、家庭を顧みることなく、三人の幼い子供と妻を見捨てて、様々な女性たちと遊びまくった。なのに、年老いて、離婚した妻とも時折逢っていて、互いに体の不調を抱えているからか、歳月を経て、若かりし頃の過ちの赦しを得た。
ヴィーナスは、俳優仲間の姪の娘。田舎の実家を追い出され、俳優仲間の家に居候することなったんだけど、下品で不作法だから、俳優仲間の老人とは折り合いが悪く(彼は家政婦を雇うべきなのだ)、上手くいかない。しかし、とにかく若くて、肌に張りがあって輝いている。血が騒ぐというのか、自らが若い頃に駆使したあの手この手で、何とかしたい。何とかするといったって、既に不能だから、具体的な行為に及ぶ訳にはいかないけれど、共に過ごす時間の全てが生き甲斐。でも、彼女にしてみれば年上好きは聞いたことがあっても、老人好きはなかなかいないだろうし、加齢臭とか、やっぱりキツイだろうし、当然に、「近寄らないで!」とか、言われちゃう。
でもね、老人はさ、伊達に年齢を重ねていないんだよね。人生の様々な経験を積み重ねている(人それぞれだけど)。若者が、能天気に自由奔放に好き勝手に生きているようで、その実、いろんな傷を負っていて、悩みを抱えていて、だから、どうしようもなくって、若気の至りというのか、とんでもない行動に走ったりしちゃう。そんな、辛さや苦しみや哀しみを、その気になれば受け止める度量だって、備わっていたりする。
裏切られても、突き飛ばされても、老人にとって、若いヴィーナスは、ヴィーナスなんだよ。ヴィーナスは、とっても思わせぶりで、一筋縄でいかなくって、でもでも、だからこそ、老人が信じて、愛しく想って想って、想い続けて、様々な紆余曲折を経て、彼女は彼の本物のヴィーナスになった。
老人は死んじゃうんだけど、死ぬってことは、それまで生きていたってことで、描かれる老人の生き様は、とっても生に溢れて、とってもとっても素直に素敵だった。見た目は確かに、ヨボヨボの老人かもしれないけれど、間違いなくヴィーナスの心は、彼に射止められた。

もしかしたら、とっても陳腐なのかもしれないけれど、
僕の琴線に触れて、とってもとっても泣けた。

老人になるのも悪くない。




映画「この道は母へとつづく −ITALIANETZ」アンドレイ・クラフチューク監督5

映画「この道は母へとつづく」01表ロシア映画
この道は母へとつづく
2005年ベルリン国際映画祭 少年映画部門グランプリ受賞ほか、各国の42の映画祭で上映され、32もの賞を受賞。
「ほんとうのママに会いたい」
 世界中で涙と共感を呼んだ、衝撃の感動作!


極寒のロシアの孤児院を脱走する、六歳の少年ワーニャが、ほんとうの母親を探すために、たったひとりで列車に揺られ、バスを乗り継ぎ、、、
映画「この道は母へとつづく」01裏数多くのテレビドラマやドキュメンタリーを手掛けた実績を持ち、貧しいロシアの子供を題材にした映画を撮りたかった、アンドレイ・クラフチューク監督が、実際のニュースを基に作った映画。
ということは、現代のロシアの実情。リアルな現実の社会問題。
白い雪に閉ざされた大自然、北国の春を感じさせる線路端の緑、旧い街の旧い建物。画面に漂う薄暗い雰囲気。

遠くイタリアから孤児院にやってきた裕福なイタリア人夫婦。
養子を選んで決めていく。選ばれなかった少年少女の、嫉妬、羨望。孤児院のタコ部屋の二段ベットには、夢も希望もない。
年長の不良グループの搾取は厳しく、街で稼いだお金は、全て差し出さなければ、どんなに小さい子供であっても容赦なく厳しい罰が与えられる。闇の社会の縮図。少年は、ガソリンスタンドで、雪道を走ってドロドロになった車の窓やライトを拭いて小銭を稼ぐ。少女は、自らの体で稼ぐ。生きるためには仕方がない、とはいえ遣り切れない想いは拭えない。
映画「この道は母へとつづく」02表養子縁組の仲介業者のマダムが暗躍する。大きなお金が動くビジネスに、孤児院の院長も、後ろめたさを感じつつ、それでも、子供の将来と、自らの生活を考えると、仕方がない。
たとえ噂話で、臓器売買組織に、、、などと聞いたところで、仲介業者と、引き取り先を信じるしかない。

イタリア人の夫婦の元に引き取られることが決まった六歳の少年だって、彼ら(養父母)はきっといい人だよ、、、と、小声で呟くことしかできない。可能性に賭けるしかない。愛に溢れる裕福な暮らしが与えてくれる大きな可能性を否定できない。
映画「この道は母へとつづく」02裏少し前に養子に引き取られていった仲間の母親が、突然孤児院に現われ、「私には、あの子しかいないの・・・」と、泣き崩れる母親の複雑な想い、母の深い愛に気付いてしまった、少年の心。
”ほんとうのママに会いたい!”
少年の記憶に、母親の情報は一切ない。どうして孤児院に預けられたのか?、気が付いた時には、既に孤児院にいた。愛しい母親に会いたい気持ちを、どうしても抑えることができずに、悪いこととは思いながらも、決死の覚悟で金庫を破って探し求めた、自らの過去の出生情報、母親の手掛かり。
”ほんとうのママに会いたい!”
”ほんとうのママに会いたい!!”
”ほんとうのママに会いたい!!!”

既に決まっている養子縁組を反故にする何てことは、絶対に許されない。
仲介業者は、ペナルティを負わされて、信用を失ってしまうことにもなりかねない。孤児院としても、仲介業者との関係が絶たれてしまうと、それはそれで困ってしまうし、孤児の子供たちだって、甚大な機会損失を被る。
イタリアに養子に引き取られることによって、ほんとうの母親が会いに来た時に(その可能性はほとんどゼロに近いのだけれども)、母親に会えないことを躊躇している少年以外は、みんなが養子に行くことを強力に勧める。孤児院の不良グループの少年までもが、自らが母親に捨てられた過去を語り、理由の如何に関わらず、何らかの事情があるにせよ、自らを捨てた母親との再会が、いかにバカげたことであるか説く。
ちょっと冷静に考えれば分かるけど、一度捨てた(捨てられた)という事実は、何がどうあっても絶対に消えないのであって、そんな複雑な事情を有したままに上手くいく確率より、上手くいかない確率の方が圧倒的に高い。希望的には、そんな障害があるからこそ、それを乗り越えて深い絆が、、、といきたいところだけれども、現実は甘くない!?

搾取されていた不良グループの隠し金を盗んだ少女に、そそのかされるように孤児院を脱走した少年。
母親に会いたい気持ち。そのために、必死に文字を覚えた少年の健気な姿が、少女の衝動を誘った。
何よりも、そそのかした少女が、少年よりも誰よりも、現状から、厳しい現実から逃げ出したかったのかもしれない。



『この道は母へとつづく ITALIANETZ 』
 公式HP http://eiga.com/official/konomichi/

監督:アンドレイ・クラフチューク
脚本:アンドレイ・ロマーノフ
出演:コーリャ・スピリドノフ マリア・クズネツォーワ ダーリヤ・レスニコーワ ユーリイ・イツコーフ ニコライ・レウトフ
2005年/ロシア/99分
配給:アスミック・エース



映画「サルバドールの朝」マヌエル・ウエルガ 監督5

映画「サルバドールの朝」salvadornoasa_wall01_10242006年、スペイン映画『サルバドールの朝 〜SALVADOR
http://www.salvadornoasa.com/

1970年代初頭のスペイン独裁者フランコ政権末期、不当な死の判決を受けた、25歳の青年”サルバドール・プッチ・アンティック”。
サルバドールの残された家族は、現在もなお、サルバドールの無実を主張し続け闘っている。真実の物語。

物語の、スペインの歴史的背景として、
軍人フランシスコ・フランコ(Francisco Franco,1892.12.4-1975.11.20)が率いる右派の反乱軍が勝利を収める、1936年から1939年のスペイン内戦に遡る。
左派の反ファシズム陣営である人民戦線政府との争い。反ファシズム陣営である人民戦線をソビエト連邦が支援し、フランコをファシズム陣営のドイツイタリアが支持した、スペインを二分した大きな歴史的内戦
スペイン内戦に勝利したフランコは総統に就任し、ドイツ・イタリアの支援を受け、軍隊秘密警察による厳しい支配を行い、自由主義運動を厳しく抑圧する。
ほどなく崩壊するドイツ・イタリアのファシズム体制。しかし、スペインでは、実に30年間以上にわたって、フランコの独裁体制が維持され続けた。
その末期。既に、フランコは、高齢のために健康状態が悪化しており、後継者に前国王の孫”フアン・カルロス1世(現スペイン国王)”を指名していた。が、それはあくまでも世論対策であり、政治の実権は、あくまでも腹心の首相 カレロ・ブランコに与えようとした。しかし、ブランコ(名前が似ていてややこしい)は、1973年、民族組織EATのテロにより暗殺されてしまう。
皮肉なことに、その首相暗殺事件が、サルバドールの死刑執行を確実なものとしてしまう。充分な審議も検証もないままに、再審も恩赦も退けられ、残忍な鉄環絞首刑(ガローテ)が執行される。

その後のスペインは、1975年の独裁者フランコの病死後、ファン・カルロス1世により、政治の民主化を推し進め、現在に至る。
かつて、16世紀には栄華を誇り、”太陽の沈まない国”と謳われたスペイン。
後世に遺すべき、歴史的事件。


父親の存在感。
登場するシーンは少ない。何も語らない。実は、革命家の息子を持った父親自身も、かつては政治運動家だった。死刑執行を目前にして、恩赦で生き延びた過去。宿命の連鎖の呪縛。

誰かが立ち上がらなければ、何も変わらない。
独裁政治に自由を奪われ、黙って屈し続けるだけの人生に、何の意味があろう。
しかし、だからといって、銀行強盗や、破壊行為が赦される訳ではない。
力で立ち向かい奪ったものは、いずれ、力に屈服させられる。
それでも、誰かが立ち上がらければ、、、

想いが強いだけに、言葉(セリフ)以外の演技で魅せる。
恋人、姉妹たち、サルバドールの近しい人。自らの政治的想いや願いをも籠めて、懸命に闘う弁護士。サルバドールとの出会いによってに、閉ざしていた心の扉が開かれてしまった看守。
多くを語らず、説明せず。籠められる想い。烈しい憤り、そして、切なく、やるせなく。
多くの人に愛され支えられて迎える最期。

”恐怖は人を壊す”





映画「長江哀歌」ジャ・ジャンクー監督・脚本 5

映画「長江哀歌」映画『長江哀歌(ちょうこうエレジー)

中国の若き名匠 ジャ・ジャンクー監督・脚本。第63回ヴェネツィア国際映画祭 金獅子賞(作品賞) 受賞作品。

呆気にとられるほどに、静かに淡々と流れる物語。
ふたりの男女の、ふたつの物語。それぞれの男女が、それぞれの離別して久しいパートナーを探すために、やがてダム湖の底に沈む街を訪れる。少ない情報を頼りに、それぞれのパートナーを求めて彷徨う。彼らは、何を想い、何を求める? 既に相当の歳月を経て、失われてしまった関係。誰も修復を望まない、修復不能。だから、ただただ現状を受け容れるためだけに、やがて失われる街に集い、そして、静かに元の場所に戻っていく。
街は、破壊の真っ最中。ダム湖の底に沈んだ後に、船の運航の邪魔にならないように、建造物は、労働者の人力により取り壊される。経済的には決して豊かとはいえない労働者たち。陽に焼けた顔、逞しい肉体。黙々と繰り広げられる破壊作業。振り下ろされるハンマー。酌み交わされる酒、紫煙を漂わせる煙草、時折こぼれる笑顔。

舞台は、中国最長の川”長江(揚子江)(全長6,300km)”の、2009年に完成予定の三峡ダムと共に、街の大半がダム湖の底に沈む都市”奉節”。世界最大の水力発電ダム事業は、国を挙げての大プロジェクト。必要に迫られての国家事業。
自然環境に大幅に手を加える大事業は、様々な問題を含む。
治水、電力供給源。一方、住民110万人の強制移転、名勝旧跡の水没、水質汚染や生態系への影響。
それでも、その必要性から、長い歳月を経て計画され、現実のものとして2009年には完成してしまう。

時間の経過と共に、じっくり込み上げる想い。
抑揚を抑えて、深い哀しみを湛えたままに、多くを語らない男と女。
静かに淡々と受け容れる現実。
多くの言葉や説明を必要としない。






映画「Life 天国で君に逢えたら」新城毅彦 監督5

映画「Life 天国で君に会えたら」表映画『Life 天国で君に逢えたら』
  http://www.life-tenkimi.jp/index.html

2002年6月に肝細胞ガンと診断され、2005年2月に38歳にしてこの世を去った、世界的プロウインドサーファー”飯島夏樹”の半生と、彼を支え続けた妻、四人の子供たち家族、仲間、愛の物語。


映画「Life 天国で君に会えたら」裏厳しいプロスポーツ界で日本の頂点に立ち、世界でもその名を馳せた男。常に勝ち続けなければならないプレッシャー、自らとの闘い。夢だけでは飯は食えない。人並み外れた能力と、能力を最大限に引き出す日々の努力。辛く苦しく単調な日々の努力の積み重ね無くして成功は有り得ない。勝って、実績を作って、スポンサー(金主)が付くまでは、商売(職業)として成り立たない。試合に参加する費用、機材の維持費、移動の交通費、宿泊費、食費など、全ての経費を自腹で出して、勝たなければ一円の金にもならない。道楽と言われても仕方が無い。
勝てるようになって、スポンサーが付いても、決して気を抜くことはできない。自らの体調や調子など構うことなく、活躍し続けなければならない。熾烈な競争社会。生きるか死ぬか、みんな必死。荒くれ者たちが、生き残りを掛けて、必死に挑み続ける。成功(勝ち組)のパイは限られている。一度手中に入れた成功は、既に成功を手にしていた誰かから奪い取ったものであり、いずれ誰かに奪われる。
だからこそ、勝ちを、成功を手にした時には、素直に「おめでとう!」と言いたい。私には決して手に入れることができないもの。羨望の気持ちは正直ある、無いとは言わない。それでも、その努力を認め、褒め称えたい。後に訪れる新たな試練への決意を固めて欲しいとの願いを籠めて。

行為や行動、言葉の裏側や隙間に在るモノ、感情。
セリフや演技など作為的な説明以外の部分から漂う、人間の本能の本質的な心の揺れ動き。聞こえてくる声、呟き、叫び。
真理、普遍の原理原則。

死と愛と人生、、、







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書評/国内純文学


映画「厨房で逢いましょう」ミヒャエル・ホーフマン 監督・脚本5

映画「厨房で逢いましょう」 表厨房で逢いましょう
2006年、ドイツ=スイス、ミヒャエル・ホーフマン 監督・脚本。
2006年ロッテルダム映画祭観客賞。
2006年ペサロ映画祭観客賞。

大人の恋の物語。
太った天才シェフと、カフェのウエイトレスの美しい人妻の哀しい恋。
天才シェフが繰り出す官能的な料理は、大人の恋を彩るソース。

映画「厨房で逢いましょう」 裏出逢うべくして出逢ったふたり。それでも、彼らがどんなに互いを求め合ったとしても、決して叶うことの無い恋。互いが互いを必要とする深い深い大切な友人でしか有り得ない。互いに既に分別のある大人だから。圧倒的な現実。その瞬間の状況において、絶対的に必要であるのだけれども、、、

太ったシェフは、失われた母の愛から逃れることができない。給仕係として働いていた母の姿。母子の生活から一転、突然現れた義父に奪われた母の愛。弟を身籠った母の大きなお腹の鮮明な記憶。母の愛を奪った義父に対する激しい嫉妬、言葉にできない孤独感、喪失感。だから、ひとり黙々と食べることに執着し、注がれる料理への情熱。愛も恋も経験することなく、ただただ料理することにのみ感じる生き甲斐。時折眺める、給仕するウエイトレスの姿、重なる母の記憶。

ウエイトレスの人妻は、カフェを営む一族に嫁ぎ、気難しい夫と、五歳の愛娘との生活を送る。夫の両親との仲があまり上手くいってなくたって、夫が毎週夜な夜な友人たちとストリップバーに集っていたって、倦怠期を迎えていたって、娘がダウン症だって、次の子供に恵まれなくったって、細かい不満をあげたらキリが無いけれども、それでも、自ら行動を起こして何かを変えなければならない状況には無い。だから、カフェの客として来た、太ったシェフにぼんやり眺められたって、噴水の池に落っこちてずぶ濡れになった娘の介抱をしてもらったって、娘のプレゼントにチョコレートケーキをプレゼントされたって、だからと言って、何かが変わる訳ではなかった。それだけであれば、どんなに運命的な偶然が重なったとしたって。
太った中年のシェフからプレゼントされたケーキが、あまりにも官能的だった。もう一度味わいたい、と絶対的に思わせる官能的な味わい。居ても立っても居られないほどに。官能的な料理を創造する、天才的なシェフ。料理に込められた愛。
シェフが繰り出す料理に魅了され、下ごしらえと新作料理の研究に勤しむシェフの厨房を訪れ、官能的な味を堪能するために、たびたびシェフの元を尋ねる人妻。
人妻は、天才シェフの、愛を籠めた料理に、生きる力や明るさを取り戻し、夫との積極的な関わりを求める。当て付けとも思えるほどに烈しく。それでも、天真爛漫な女性の本能の行動。悪意(当て付け)は無い、と信じたい。

実は倦怠期を気にするのは、妻だけでなく、夫も同じ。長年連れ添って、目新しいことなど何も無く、漫然と過ぎ行く日常生活。それでも、シェフとの出遭いによって、美しく輝きを取り戻した妻が、他人(シェフ)との逢瀬を重ねている事実を知った夫の衝撃。夫の努力不足が招いた結果なのに、今更ながら慌てふためく夫。おもちゃを取り上げられた子供の如く嫉妬に怒り狂う夫。我を忘れて見境い無く暴れ回る。ますます追い詰められる状況。


互いにおとなのふたり(シェフと人妻)は、互いに互いを求め合い、恋に落ちた。恋に落ちたのだけれども、ふたりは大人だった。若者のように烈しく求め合うだけの、奪い取る恋など、互いに演じるつもりなど毛頭も無かった。分別があった。哀し過ぎる現実を互いに充分に理解していた。

静かに抑えられた演技。表情に滲み出る複雑な感情。


嫉妬に怒り狂う夫が、実は誰よりも幸せなのかもしれない。





映画「西遊記 -澤田鎌作監督」5

映画「西遊記」ORIGINAL SOUNDTRACK


映画「西遊記」
香取慎吾、ド迫力の熱演!
中国の広大な砂漠や王陵、宮殿が、歴史物語に彩りを添える。

原作は、16世紀の中国の時代に大成した伝奇小説。同時代に「三国志演義」「水滸伝」などの名作小説がある。(Wikipediaより)
三蔵法師が、孫悟空猪八戒沙悟浄をお供に従え、さまざまな苦難を乗り越えて天竺(インド)を取りに行く物語。
先日観た「サン・ジャックへの道 -コリーヌ・セロー監督・脚本」と同種の巡礼の旅、ロードムービー、かと思いきや、巡礼が聖地を巡るという宗教的行為とされ、キリスト教イスラム教及び、日本の神社寺院を訪ね巡り礼拝すること、との表記はあるものの、仏教に同種の宗教的行為が存在するかどうか確認ができない。それでも、三蔵法師が宗教的な目的の下に、お供を従えて旅をしたことに間違いはないであろう。だからこそ、その道中がどんなに険しく厳しくとも、ただひたすら進む。

映画としては、テレビドラマ「西遊記」(フジテレビ系、2006年1月〜3月)の影響、夏休みという時期もあり、観客に子供の姿が多く、簡潔なストーリーと派手なアクションで飽きさせない仕上がり。

旧い歴史物語であり、情報は人伝であり、闘いは個人の力と力の武力抗争。
孫悟空が悪者(金角大王、銀角大王)を力でねじ伏せる。
アクションムービーにおける、悪者を倒す、という単純な図式。自信に満ちた顔。悪い者だから、有無を言わさず倒され、排除される。善い者が悪者を倒した時、顔に浮かべる満足感は、観客の痛快。
孫悟空の顔に、その後に待ち受ける果てしない闘いの陰。
相手を力でねじ伏せた者は、その後も力でねじ伏せ続けなければならない。それでも、永遠の絶対は有り得ないから、いずれ力でねじ伏せられる時が訪れる。それでもそれでも、闘わなければならない無常。

エンディングのガンダーラに、思い起こされる記憶。
歌詞が自然に口から出る。ゴダイゴ
テレビドラマ「西遊記シリーズ」(日本テレビ系、1978年〜1980年)。そう、堺正章だった。





映画「魔笛 The Magic Flute -ケネス・ブラナー監督・脚本」観ました。5

映画「魔笛」豊かな音楽に彩られた物語、高い満足。
ミステリーやサスペンスなどの、捻りを加えた、凝った展開は無い。シンプルに描かれる、人間普遍の物語、人生と愛と死。美しい音楽と、豊かな歌声に乗せて描かれるが故に、深く心に沁み込む。

2006年公開のイギリス映画「魔笛 The Magic Flute」。
1791年にヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart, 1756-1791)が作曲し、その生涯の最後に完成させたオペラ魔笛」は、最高傑作と謳われる。
シェイクスピア俳優としても有名な映画監督脚本家プロデューサーケネス・ブラナーが監督・脚本。

オリジナルのオペラの舞台を、第一次世界大戦前夜の軍の対立に舞台を置き換え、CGを多用した現代的な要素を加味したダイナミックな演出により、魔笛全22曲のナンバーをオペラ歌手が歌い継ぐストーリーが展開される。 〜Wikipediaより


美しい新緑が果てしなく広がる大地に咲く色とりどりの花。のどかな、幸せな風景から舞台の幕が開ける。
一転、リアルな戦争のシーン。敵の銃撃を受け、バタバタと倒れる歩兵たち。
超リアルに現実的な”死”を、強烈に印象付けられる。

戦場の最前線に陣取る兵士たち。勇敢に敵に立ち向かう兵士がいる一方で、鳥を愛し、争いを好まない男もいる。緊張を強いられる戦場にあっても、恋に焦がれていたりする現実。
だからこそ、美しい音楽を奏で、歌っていないと、やってられないのかもしれない。

王様の高い理想が、戦争に苦しむ人々に慈悲を与え、やがて敵との争いをも終わらせてしまう。
そのアイテムとして登場するのが、魔法の横笛、”魔笛”。

とにかく美しく豊かな歌声に圧倒され、満たされる清々しい心持ち。
オペラ”とやらに、挑んでみようかしら?!





映画「サン・ジャックへの道 -コリーヌ・セロー監督・脚本」観ました。5

DVD「サン・ジャックへの道」”本が好き!PJ”から献本を受けた、新潮社「旅 2007年 04月号」に紹介されていた、フランス映画『サン・ジャックへの道』。
いきなり目に飛び込んだのが、青空が広がる緑の景色。
そして、トボトボと、ひたすら歩く不揃いな集団。フランスからスペインの聖地サンティアゴへ向かう、悠々とした自然の美しいが続く1500kmもの巡礼路を、ただただ歩く、心温まる”ロードムービー”。
何だか気になった。
ところが現実は、献本を受けたのが五月(その号の「旅」の発売は2/20頃)であり、既に上映終了・・・ 更に調べると、以前から興味を抱いていた小さな映画館での上映(七日間限定)の予定があった。
手帳にメモを書き記すも、日常に忙殺され「縁が無かった!?」と、半ば諦め。記憶の存在。だから(?!)”縁”に導かれ、時間がポッカリ空いた。ある意味の”必然”。

世田谷区内の住宅街にある、小さな映画館”下高井戸シネマ”。都内には二路線を残すのみとなった路面電車東急世田谷線の発着駅でもある下高井戸駅の程近く。レトロな路面電車のある街、旧い趣きのある商店街を残す街。


映画は、大地に果てしなく続く1500kmもの巡礼路を九人の男女の集団が、ただただ共に”歩く”という、人間の原始的な行動に盛り込まれる物語。
行動(徒歩)が原始的であるが故に、登場人物それぞれが描き出すひとつひとつの物語も、人間としての本質に迫る。世知辛い、リアルな現実の世の中を生きる九人の男女には、それぞれにリアルな現実的な問題を抱えて、それでも生きている。生きているから、更に生きたいと思うからこそ、巡礼の旅に参加する。
特にメインとなる三人の兄弟が抱える問題には、現代社会が抱える問題が凝縮される。迫真の演技でオーバーに描かれるが故に、笑って傍観することができるが、自らの内または身近に潜む、他人事では済まされない。
社長業に忙しい長男ピエールは、片時も携帯電話と大量の常備薬を手放すことができず、薬に依存している。その妻は、アルコールに依存して、生きる気力を失っている。
高校教師の長女クララは、失業中の夫と沢山の子供たちのために、仕事に追われる。
アルコール依存症の次男クロードは、仕事も家族も失って、彷徨うように生きている。
当然に三人の生活に共通点も、接点も無い。
そんな三兄弟の元に、突然舞い込んできた弁護士からの手紙。
亡き母の遺産を相続するための要件は、”三人で協力して巡礼路を歩き抜くこと”。
同行するガイドにだって、その他の参加者にだって、それぞれに抱えている悩みや問題がある。幸せで、何も悩みや問題を抱えていなければ、過酷な巡礼の旅には参加しない。だから、そんな他人同士の集団に、団結なんて有り得ない。特に個性的な三兄弟にあっては、口汚く罵り合い、取っ組み合いの喧嘩まで始める始末。
便利な現代社会だからこそ、”歩く”という原始的な行為の”意義”。
自らの意思で原始的な”原点”に立ち戻る行為。

物語の開幕シーン、ポストに投函された郵便物が、集荷され、機械や人の手により選別され、三兄弟の自宅のポストに配達されるまでの、郵便物が辿る道のり。


”歩き抜いた先に見えるもの―”


私が映画に求める要素、笑って、泣いて、愉しめる、高い満足度。

DVD「サン・ジャックへの道」、9月26日発売予定。






映画「不完全なふたり -諏訪敦彦監督」観ました。5

毎月1日は、映画デー。
実は、参画させていただいている”本が好き!プロジェクト”から献本いただいた雑誌”旅 2007年8月号”の記事にて紹介されていた、映画『不完全なふたり -Un Couple Parfait 』が気になって、久し振りに映画館へと足を運んだ。ある部分では、映画デーだったから。
観て好かった♪

まるで鋭い切れ味の短篇小説のような映画。
ストイックなまでに、一切の無駄を削ぎ落とし、派手さや豪華さや煌びやかさは無い。ほの暗い雰囲気の中に、淡々と進行する映像、物語。音楽さえも、必要最低限のシンプルな調べが、時折効果的に挿入されるのみ。
正直、途中に退屈さを感じたことを否定はしないが、無駄を排除したが故に生じる、深さと奥行き。観るものに考えさせる、その展開と間合いの妙。
”女と男の心の揺れ動きを見事に描き出してる。”
と、まさに、評される通り。

流石は日本人監督。そして、第58回ロカルノ国際映画祭にて、審査員特別賞・国際芸術映画評論連盟賞受賞に納得。
舞台は、フランス・パリ。出演者も、スタッフの多くもフランス人。
監督の諏訪敦彦は、ヨーロッパでの圧倒的な評価を得ているらしい。


物語は、結婚15年になる夫婦の、離婚を決意して、それを夫が友人夫婦との酒の席で、妻の前でポロリと口にした、そのことで急展開を見せる互いの心の揺れ。友人の結婚式に参加するためにやってきたパリの、ホテルに向かうタクシーから、物語の舞台は開く。流れ行く街の風景、噛み合わない会話、沈黙、漂う倦怠感。ホテルの部屋に到着しても、互いに冴えない雰囲気。ダブルベッドの部屋には、エキストラベッドが運び入れられ、一向に噛み合う気配が無い。
そりゃ、友人夫婦とのディナーに、思わず口走る男の気持ちも分からなくはないけれども、「言っちゃ〜いけないこと」ってあるよね。往々にして、そういうことほど、結構口から飛び出てしまって、取り返しがつかない事態に陥っちゃうんだけれど、、、

それ自体は、嘘や偽りの無い正直な言葉なんだけれど、言葉にしないことで保たれている微妙なバランスが、言葉にされてしまったことによって崩れ始める関係。それでも、それさえもが、ある意味では必然であり、現実的には崩壊している関係なのだから、時間の問題だけでしかなく、それが、「このタイミングだった」、というだけなのであり、一概に非難することはできない。
そしてまた、それで崩壊する関係であれば、「そこまでの関係だった」、というだけなのであろう。無理をして、互いに違和感やストレスを感じながら継続される関係が、決して正しいとも思えない。それでも、今まで現実的に形成されていた関係が、崩壊してしまう訳だから、絶対的な痛みは伴う訳で、その痛みは、時に孤独であり、自らの環境の変化に対する恐怖であり、出来得ることであれば避けたい、と思う感情は否定できない。
どうして、人間の感情とは、こうも揺れ動くのであろう・・・



久し振り(今年1月以来)の映画、実は結構しんどかった。
本(文学)にすっかり慣れ親しんで、読書のペースが身に染み込んでいる私は、本質的に自分本位な性格も相まって、気が付いたら、他人のペースに合わせることに苦痛を感じるようになっていた。映画の途中に退屈さを感じたり、何か落ち着かない感覚に陥ったのは、きっとそのせいであり、作品のせいではない。
それでも、理解力に劣る私にとっては、監督であり、出演者の微妙な感性を理解する作業に、不足があるのかも知れない。
だから、やっぱり文学がいい。などと考えつつ、様々な表現方法の理解であり、習得が、それもまた、ひとつの経験でもあり、私に必要とされる要素のひとつでもあろう。



”別れを決めるとき、
人は初めて愛することを知る。”


「私たち、何をしたの?」「何をしなかったの?」


不完全なふたり 表不完全なふたり 裏

映画『かもめ食堂』観ました。5

かもめ食堂(フィンランド版)とっても美しい作品で、静かな感動を覚えました・・・
またまた、今更かもしれませんが、映画「かもめ食堂 -ruokala lokki-」、嵐のような激しい雨の六本木で楽しんできました(笑)! カード会員になっている映画館の”セレクト2006年 邦画傑作選”特別企画ということで、HPでチェックしたのですが、実は友人のブログの古い記憶に、微かに引っ掛かっていた”何か”にヒットし、導かれるように足を運ぶこととなった訳です(笑)!

何だろう? とっても心地良い安心感に包まれて、静かに、しかし堂々と美しく、時に微笑ましく・・・ 色といい、構図といい、スクリーンに映し出されるものひとつひとつの全てが、と〜っても素敵で・・・ フィンランドの美しい街並、建築物、港、森、風景、街の人々・・・ 料理、食材、調理器具、キッチン、家具、調度品、もちろん食堂の内装も・・・ そして何よりも、出演者(小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ他)がみんな凄い! とってもゆったりと、全てが優雅で美しい・・・ 立ち居振る舞いから、表情、醸し出す雰囲気が、とにかく美しく、グイグイと引き込まれて、ひとときも目を離すことができない・・・ あっという間に終わってしまった(笑)!
舞台となったフィンランドでも、当然に好評のうちに上映されているようで、上記のポスターは、フィンランド版だそうです!

軽快なテンポで、溢れるユーモアに、誘われる心地良い笑い・・・
しかし、ここにもしっかりと、人間が必ずその内に秘めている”大きなもの”悩み、孤独の恐怖、逃れられない宿命を強く感じる。 そして、そこに涙を誘われる・・・ 泣くつもりは一切無く、豊かに満ち足りた心地良さのままに劇場を後にする筈だったのに(笑)・・・
ひとつは、主人公サチエ(小林聡美)が、かもめ食堂のメインメニューの”おにぎり(梅・鮭・おかか)”について後半で語る、自身の子供の頃(学生時代)の回顧シーンで、「日本人のソウルフードということもあるけど・・・ 母を早くに亡くした私が食事を全て作っていたが、年に2度だけ、必ず父が作ってくれたのが、梅・鮭・おかかのおおきなおにぎり・・・ 遠足と運動会のお弁当は、他の人が作ってくれたものの方が、美味しいんだよ・・・ と」、普段は決して人に語ることの無い、最愛の母を失ってしまった大きな悲しみを、その心の内に抱えたまま、それでも家族と共に、自分自身が生きるために、健気に家事をする娘。 当然に、父も最愛の妻を亡くした悲しみを、その心の内に秘めている。 そして、時に垣間見せる、大きく深い愛と優しさに包まれた、その父の”こころ”に、思わずグッときてしまった・・・ 一瞬のうちに、涙が頬を伝う・・・
ふたつめは、やはり愛する夫を失意のうちに失い(ひとりになりたいと残して、家を飛び出してしまった)、茫然自失のままに、かもめ食堂で強いアルコールに溺れる、フィンランド人の中年女性。 その彼女が、かもめ食堂の仲間たちの温かい厚い介抱を受け、そして自信を取り戻し、その美しさを取り戻し、何と失った夫がその手に戻るときが訪れる・・・ その全身から溢れる嬉々とした様に、深い喜びと安堵の涙が溢れる・・・
そして、彼女たちの美しい姿、表情・・・ 何と美しく、清々しいのであろう・・・ 何とも言えない、威勢を撒き散らすことなく、静かに厳かに堂々とした美しさに、強く惹かれる・・・
顔の造形(?)の美しさとはまた異質な、人間としての本質的な何かが醸し出されている印象を強く受ける・・・ 私も、そんな深く美しい人間になりたい・・・


とても心地良い・・・ 楽しかった〜(笑)!

映画『佐賀のがばいばあちゃん』観ました。4

佐賀のがばいばあちゃん観たい映画と同じ映画館の”セレクト2006年 邦画傑作選”企画で、上映されていることを知りました。 映画「佐賀のがばいばあちゃん」。 先日(1/4)TV放映されたドラマも、19%という高視聴率を獲得し、原作者島田洋七著作はベストセラー、何となく観てみようという気にさせられてしまいました。
泣ける・・・ ともありましたし(笑)! 出演者も、味のあるベテラン揃いで・・・ 大御所の友情出演も、豪華絢爛(笑)!

きっと、原作を読むと感動するのだと思います・・・
ベストセラーになる、多くの方が手にする、それ相応の理由があるのでしょう・・・

嵐のような雨降りの午前ということもあり、ガラガラに空いた都心の映画館の暗闇の中で、様々なことを想う・・・


映画『フラガール』観ました。5

フラガール今更かもしれませんが・・・ 大泣きしてきました(笑)! す、凄くいい!! もうダメ〜って感じ(笑)!!! 涙流し過ぎて、鼻水じゅるじゅるで、酷い頭痛に未だに悩まされています(笑)! もうそれ位いい〜!! 超大満足です!

実は、この映画『フラガール』、観たい!と思ったときには既に公開終了してしまっていて(ある意味鈍い・・・ 笑!)、1月6日〜12日にワーナー・マイカル・シネマズ 多摩センターにて上映されるのを楽しみにしていたのですが・・・ 何かの拍子にチェックしたところ、何と新宿(新宿武蔵野館)で、しかもファーストデイ(1,000円で映画が楽しめちゃう日)にやっているではないですか(笑)! 喜び勇んで駆け付けたことは、言うまでもありません(笑)! そして、当然早めに出掛けて、前の方の真ん中の席を確保して、準備万端です(笑)!


背負っているものが、どうすることもできない、どうしようも無いもののとき、大きいもののとき、そして、その避けることのできない現実に立ち向かうとき、その姿に、込み上げる涙を我慢することができません!

だって、炭鉱ですよ! どうひいき目に見たって、悪くなることはあっても、良くなることが有り得ない産業で、しかし一時期はその栄華(黒いダイヤ!?)を極めちゃったものだから、その栄光から離れられなくて・・・ そこに身を置くものの意地みたいなものもあったりして・・・ 家族も当然に巻き添えをくって・・・ みんなそんなこと、とっくに気が付いているのに、その現実を認めたく無くって・・・ だって、過去が否定されたことにもなりかねないから・・・!?
んで、先生(松雪 泰子)だって、抱えてちゃっているもの、捨てきれないものが、しっかりとその存在が大きくって・・・ もう、その美しさと、気高さが、余計にグッときちゃう(笑)!
豊川 悦司、富司 純子、岸部 一徳の、ベテランの味のある演技! 蒼井 優の弾けるような爽やかな、そして、南海キャンディーズのしずちゃんの味(?!)のある(笑える!?)演技! また、雰囲気を盛り上げるジェイク・シマブクロの軽快な音楽! それらを巧く引き出して、ひとつにまとめ上げた監督(脚本)の李 相日!
す、凄い! 様々な賞を受賞されたり、ノミネートされたり、そりゃ〜当然でしょう!!

思わず、常磐ハワイアンセンター(今は、スパリゾートハワイアンズと言うようです!)、足を運んでみたくなりました(笑)!

いや〜、よかった〜! いまだ興奮冷めやらず(笑)!
とにかく大満足! 楽しかった〜(笑)!



映画『劇場版 どうぶつの森』観ました。5

劇場版 どうぶつの森映画『劇場版 どうぶつの森』を、娘(小4)と観ました。
任天堂DSのゲーム「どうぶつの森」キャラクターなんですかね?! よく分かりませんが(笑)、どうしても観たい!とお願いされていたので、前売り券まで購入して「きんのアイテム」(まだデータ引き換えしていません・・・)入手しています!

何だかのどかで、優しくなれた気がします(笑)!
あいとブーケとサリーの仲良しな三人の女の子(?!)が、どうぶつの森の住民たち(?!)とのふれあいの中で、大切な何かを感じて・・・

たまにはいいですね〜(笑)! あ〜楽しかった〜(笑)!!

映画『トンマッコルへようこそ』見ました。5

トンマッコルへようこそ

韓国映画『トンマッコルへようこそ』を見ました!
「800万人が笑って泣いた、感動のエンタテイメント!」というだけあって、楽しかった〜!!
たくさん笑って、しっかり泣きました!
出演者の表情がいいです!!
舞台が1950年代の朝鮮戦争最中ということもあり、秘境「トンマッコル」村のほのぼのとした雰囲気と、一方では戦争の厳しさと、そのアンバランスさが絶妙です!
ん〜、大満足です(笑)!!

久し振りに休日の昼間の映画館に行ったのですが、いや〜すごい人出でした(笑)!
大きくないスクリーンでしたが、ほぼ満員でした!!
大笑いする人や、泣いて鼻をすする人、あの一体感がいいですね!

映画『手紙』見ました。4

映画「手紙」見ました。
直木賞作家「東野 圭吾」の原作を読んで、感動して泣きました!
挿入歌「言葉にできない」、小田 和正の音楽は、私の涙を誘うのです(笑)。
泣きたい私の期待を裏切る筈がありません!

しっかり泣いてきました!

一方では、映画の難しさを感じました。
原作の印象が鮮烈なだけに、映画化して商業的に成功を収めるため、限られた時間の中で、万人受けして、難し過ぎず、理解され易くする必要があり、小説ほどには丁寧な、詳細な表現ができない。
そんなことを考えながら、それでも楽しんできました!

渋い大人(?!)の、短い言葉、表情、立ち居振る舞いに凝縮された老練な技(演技)に、強い感動を覚えます!

映画『虹の女神 Rainbow Song』見ました。4

虹の女神 Rainbow Song Navigation

今夜は、仕事を早めに切り上げることができたこと、「ファーストデイ」だったこと・・・ で、映画『虹の女神 Rainbow Song』を見てきました。

楽しかったです。
たくさんの涙を流すには、私は歳を重ねすぎていた感がありましたが・・・ 最後には、涙を流すことができました(笑)!
うん、満足!!

涙が溢れて止まらない・・・5

映画「涙そうそう」オリジナル・サウンドトラック


映画『涙そうそう』に、再度大泣きしてきました!
いっぱいいっぱい涙を流して、感情をあらわにして、私自身の胸の内に溜め続けてきてしまったものを、全て吐き出したくなって・・・
そして、映画館の暗さが、人目が気にならずに、私を素直な気持ちにさせてくれる気がして・・・

一回目、ひとりで観て、とにかく大泣きして、ただただ満足してきました。
その後に文庫本を買って、細部の背景を再認識して、深夜に自宅でひとり、泣きしました。
そして、映画館に足を運んで、二回目・・・ やっぱり大泣きしました!

登場人物の心に入り込むと、その状況を背景を考えると、どうしても堪えることができなくて、いろいろな理不尽な思いや、無力さに、ただただ泣くことしかできませんでした。
どんな人にも、胸の内に秘めていることがあります。
いいことも、そうではないことも・・・
だから、人に優しくなれるし、やさしくできるのかなぁ・・・

実は、10歳の子供(女の子)と、二人で観たのですが、私があまりにも大泣きしているので、驚いていました(笑)!
しかし、帰宅して、布団の中で(家内が遊びに行ってしまったので・・・)、深夜まで色々な話をしてくれました・・・ 知らなかった・・・ 私は今まで、親として(?!)何も彼女のことを理解していなかった・・・

映画『涙そうそう』見ました。5

涙を流して、泣きたくて、ひとりで行ってきました。

よかったです!!
たっぷり涙を流してきました!
鼻水じゅるじゅる、目は真っ赤、大満足(笑)です。
妻夫木くん、かっこいい。 長澤まさみ、かわいい。 出演者みんな、味がある。 沖縄の風景と、音楽が最高!

細かいことは気にしない(笑)!
楽しめました!!
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▲ロスバイク TREK 7.3FX(神金自転車商会 since 2008.8)
写真 Canon IXY900IS(since 2006.12.4) & EOS40D + EF-S17-85mm F4-5.6 IS USM(since 2008.7.23) + EF100mm F2.8 Macro USM(used, since 2008.9.10) + EF-S55-250mm F4-5.6 IS(used, since 2008.9.30) + EF50mm F1.8 供used, since 2009.4.4)

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