Gori ≒ ppdwy632

〈ぼく〉の思索の一回性の偶然性の実験場。

本が好き!

コミック「テラ・ルネッサンス供ゝ幹歉嗣蕕気鵑猟戦 (『心を育てる』感動コミック VOL.6)」田原実 作、西原大太郎 画5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!

テラ・ルネッサンス 鬼丸昌也さんの挑戦 (『心を育てる』感動コミック VOL.6)
Amazonで購入
書評/



インフィニティから、本が好き!PJを経由して献本いただいた、「感動コミック」シリーズ第6弾
地雷・小型武器・子ども兵・平和教育に取り組むNPO法人 テラ・ルネッサンスは、2001年10月設立、カンボジア、ラオス、ウガンダ、コンゴで支援・啓発活動を行う。

ぶっちゃけ、ぼくなんかはじぶんが生きるのに家族の養育費を捻出するのに精いっぱいで、他人のことにまで注意が向くことがない、恥ずかしいくらいに現実的な問題として。なんでこんなにお金がないんだろう、どうしていつもいつもお金の心配ばかりしなくちゃならないんだろう、と思うと、ふと、なんのために生きているんだろう、未来になにがあるんだろうか、などと不安を覚えないものでもない。気がついたら借金体質にどっぷり浸かって、クルクルクルクル自転車操業、無意識のうちに今日より明日がきっとよくなることを前提として、未来?!を担保に先行投資よろしく経済活動にせっせと貢献?!して、手にするモノは増えて豊かさ(とイッパンに言われるもの)を享受してるんだろうけれど、さらにもっともっとと欲望には果てしがない。
たとえば、ぼくだって戦争はイヤだなぁ平和がいいなぁ、と思う。実際の戦争を経験したことがなくとも、テレビなどでミサイルとかが飛んで街が爆撃されてヒトが死んでる映像やニュースを目耳にするには、コワイなぁ、と思うものの、なかなか現実の身近なものとして考えることができない、ショウジキなところ自国ではない、あくまでも余所の他国での出来事として。
ところで、日本の歴史を振り返ってみるには、欧米中心の近代化に、たまたま日本は乗じることができたけど、近代化のそもそもが欧米を中心とする動きだったこともあって、日本は長く途上国だった。そして、近代化のあり方のひとつとして、植民地支配があった。産業革命で培われた圧倒的な技術力をもってして、力を誇示して、まるで当然の権利であるがごとくに支配する植民地を拡大した欧米先進国、帝国主義。日本もまた、欧米先進国に倣って、富国強兵政策をとった。どうやら、日本においては近代化の際のいわゆる明治維新が、ひとりの独裁者に権力が集中することなく、富国・強兵・公議・輿論をそれぞれ掲げる優れたリーダーたちが複数登場しての無血革命であったこと、すでに江戸時代に高度な教育が行き渡って近代化の萌芽が育まれていたこと、などが、早期に近代化を遂げられた下地としてあったようだ。いずれにしても、欧米中心の近代化に極東の小さな島国である日本が乗じることができたフシギ、として個人的には興味をいだいているのだが。
そう、近代化によって植民地支配を受けた後、すでにいちど他国の支配を受け容れたら、自主独立を果たしたとしても、どうなんだろう、けっして元に戻ることはないのかもしれない、近代化。それまでに連綿と培われてきた持続可能な文化生活は、近代化の名のもとに暴力的に外から持ち込まれたものに踏みにじられる。たしかに、近代化とは便利なのかもしれないけれど、果たして便利は優れているのか、はたまた便利を受け容れて根付かせる下地はその地にあったのか、なんらかの配慮がなされたのかどうなのか。支配者として、上から目線で有無を言わさずに行われたことは、その状況や時代背景などを想像するには仕方がないことなのであろうけれども。
便利で快適な近代化を進めたことによって、その利を享受しているぼくたちは、近代化を進めたことによってぼくたちが得ている利益分以上の負担を、どうやら結果的に強いてしまっている(などと考えるのは飛躍しすぎで自虐的にすぎるかもしれないが)ことについて、なんらかの責任がないとは言えないだろう。
あまり身近ではないことから、なかなか現実のものとして連関を見出すことに困難があるだろう。知らなかったら仕方がないけれど、知ったならば、とくに高度な情報化社会にあっては排除しなければさまざまな情報は入手できるのだから、また、関与の仕方には個人差があってしかるべきで、積極的に関与できる人がいて、積極的には具体的な行動としては参画できない人だって、それぞれいろんな事情はあるだろうけれど、画一的に、みんながみんな揃いも揃って、これをしなければならない!、などというものでもないだろうが、無関心ではすまされまい。


≪目次: ≫
第一話 ウガンダ事務所スタッフ トシャ・マギー
第二話 元・子ども兵の社会復帰をめざして
第三話 カンボジア
第四話 広がる絆
第五話 未来へ向けて


≪著者: ≫ 作:田原 実 1965年広島県広島市生まれ。関東学院大学経済学部経営学科卒業。1992年、株式会社インフィニティ代表取締役に就任。「志の確立と実現」と「思いやり・優しさ・感謝」をキーワードに、「いい人づくり、いい会社づくり」に取り組んでいる。社員数30名だったクライアントが、9年間で東証一部上場を果たすなどの実績があり、現在は関東地区を中心に日本全国で経営サポート業務を行っている。

画: 西原 大太郎  1971年広島県広島市生まれ。広島県瀬戸内高等学校卒業。1991年に、第8回月刊ジャンプ少年漫画大賞佳作受賞。2000年に、第46回小学館新人コミック大賞佳作受賞。主な連載作品、『筋肉番付外伝 怪傑! 金剛くん』『劇場版ポケットモンスター 七夜の願い星 ジラーチ』など。


沖縄教育出版 全員主役の感動創造企業』(インフィニティ、2009年) '10/01/06
かっこちゃん 山元加津子さんのねがい』(山元加津子、インフィニティ、2009年) '09/09/04
テラ・ルネッサンス 一人ひとりに未来を創る力がある』(インフィニティ、2008年) '08/12/31
愛と感謝の美容室 バグジー』(インフィニティ、2007年) '08/01/05
愛と感謝の美容室 バグジー』(インフィニティ、2007年) '07/12/03







人気ブログランキングへ


本「Twitter使いこなし術 パワーユーザー100人の「技」を公開 (アスキー新書137)」根岸智幸5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!

Twitter使いこなし術 パワーユーザー100人の「技」を公開 (アスキー新書137)
おすすめ度: 4.5
クチコミを見る
Amazonで購入
書評/



さて、“本が好き!PJ”を経由してアスキー・メディアワークスさまからの献本、御礼。
まずは、著者の根岸智幸さん(ともゆきさんの方がシックリする!?)が、そう、この“本が好き!PJ”の開発者でもあり、ぼくが縁あって登録させていただいてから、早いなぁ、まもなく3年2カ月になるのだが、たま〜に過去に何度か数える程度にメールとかでお話させていただいただけなのだが、イイヒト♪、いつもお世話になってます。本を出して、オメデトウゴザイマス!、にかこつけて、献本申請(抽選申込)ポチッとした。じつは、ポチッとした時点ではすでに「最近よく目にする“ツイッター(Twitter)”に興味や関心がないわけじゃないけど、まずぼくには無縁だろう」と考えていて、それを確認する目的でポチッとするのも礼を失する(ぼく以外の積極的な前向きな興味を有するメンバーが献本を受けるべき)、との考えもあったのだが、「多様性」などと言ってみたら無責任にすぎるか、みんながみんな一緒になって褒め称える必要はないだろうし、毛色の違うモノが交ざっていてもいいんじゃないか、そもそも誰に献本するかの選択をするのはぼくではない、事務局であり出版社の役目、選ばれなかったらそういうこと、選ばれたとしたらこれまたそういうこと。あとは、ぼくの役目としては、選ばれたときには最大限の努力であり誠意を尽くすこと、かと。

なるほど、新しいサービス(情報ツール)としての“ツイッター(Twitter)”の仕組みやら使い方が、まさにツイッターを活用してパワーユーザーから収集した情報を盛り込んで説かれるから、システムに疎いぼくにでもなんとなく分かった(気がする)。そう、流れとしては「雑誌→情報番組→グーグル&ブログ→ツイッター」であり、すでに「グーグル&ブログ」からピンポイントで欲しい情報を見つけ出す作業の困難な状況が久しい。必要に求められて。


いろんな考え方やスタイルがあっていい。
すこしまえに40歳になったぼくは、ときに老化(衰え)を感じたりしながら、それも悪いことばかりではないと思っていたりしている。たしかに、新しいことに対応することを億劫に思い、ストレスと感じたりするんだけど。たとえば、ぼくはこのブログのサービスが気に入っていて、マイペースで淡々と続けることに愉しみをえて満足している。本を読んで、それを記録して、読んで書いて、読んで書いて。ときどきはコミュニケーションが生じることがあっても、基本的にはオープンでありながらクローズド。自分のことだけで精一杯。時間もエネルギーも能力も、与えられた総量に限界があると考えるぼくには、なにか新しいことに挑む場合に、一方で失われるモノがなにであるのかと考えずにはいられなかったりする。

新しい情報を欲して活発なコミュニケーションを求めることを常とするビジネスパーソンがいて“ツイッター(Twitter)”は活況を呈するだろう。新しいモノには未知の可能性(エネルギー)に溢れる。


≪目次: ≫
はじめに
第1章 ツイッターは究極の情報ツール    いよいよ盛り上がってきたツイッターとは/雑誌→情報番組→グーグル&ブログ→ツイッター/ワンストップで、プッシュで、オーダーメイド/この本の読み方
第2章 ツイッターの仕組みをしっかり理解する    ツイッターを始めよう/プロフィール設定/ツイッターの用語と機能/ツイッターの機能をしっかりと理解する
第3章 専用ソフトの利用が飛躍のカギ    専用ソフト=「ツイッタークライアント」を使おう/専用クライアントの種類/専用クライアントの機能/API制限を理解し、対策する/専用クライアント・みんなの意見/TweetDeck入門/TweetDeckホーム画面の説明/リスト機能でユーザーをグループ化/ハッシュタグの監視/ほかのユーザーのリストをフォローする/ユーザーお勧めPCクライアント/ユーザーのお勧めiPhone編
第4章 ツイッターを使いこなす    ツイッターがワンストップでプッシュでオーダーメイドなわけ/ネット上のすべてがツイッターに集約される‐ワンストップ/あなたのタイムラインにリアルタイムに情報が流れ込む‐プッシュ/あなただけのタイムラインが、あなただけの情報源になる‐オーダーメイド/同じ趣味や興味を持っている人を検索する/有名人をフォローしたい/ツイッターで最新情報を手に入れる/ハッシュタグを調べる/ハッシュタグでほかの人の意見を見ながらツイートする/ハッシュタグでまとめた結果を再利用する/ツイッター+ファイアフォックス+HootSuiteで作り上げる、最強リアルタイム情報ブラウザ/HootSuite+リスト機能を使いこなす/フレンドバー(friendbar)で更新を常にチェックする/Tweetreeでタイムラインを一気に流し見る/サブアカウントを上手に管理する/グーグル・アラートとツイッターフィード(twitterfeed)でオリジナルポットを作る
謝辞 (2009年12月9日 根岸智幸)

※本書に掲載している情報およびデータは、2009年12月9日現在のものです。


≪著者: ≫ 根岸智幸 (ねぎし・ともゆき) 1963年生まれ。月刊アスキー編集部でアップル関連を担当したのち『インターネットアスキー』編集長(1998〜2000年)、『アスキーPCエクスプローラー』編集長(2002〜2004年)など。2000年に口コミグルメサイト『東京グルメ』を企画し、自らプログラミング。自宅サーバで運用して600万PV/月の人気サイトに育て、2004年にライブドアに営業譲渡。現在はエンジニアの傍ら企画、執筆活動を展開。








人気ブログランキングへ


コミック「全員主役の感動創造企業 沖縄教育出版機(『心を育てる』感動コミック VOL.5)」田原実、山上幸二 画5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!

全員主役の感動創造企業 沖縄教育出版機(『心を育てる』感動コミック VOL.5)
Amazonで購入
書評/



3年越しのオモイをとげて(ショウジキにウレシイノダョ)、ちょっとウキウキ浮かれ気分のままに、この勢いのようなものを「躁」とか「ハレ」とか言ってもいいかもしれない、勢いに乗じて!、いつまた書けなくなるともしれない。もっとも、気分の浮き沈みは、波の大小に差異こそあっても、変移として(生きてる限り固定しない)、トウゼンに認知されよう、思い悩むまでもない。みずから認知して、含みおいて、ときに『Sloth』のごとく、うまくつきあっていこう。

さて、インフィニティから、本が好き!PJを経由して献本いただいた、「感動コミック」シリーズ第5弾は、“沖縄教育出版”を舞台として描かれる。んんん、なんと、第6弾『テラルネサンス供ゝ幹歉嗣蕕気鵑猟戦』がすでに昨年末に刊行されているようだ(と宣伝する)。本書で描かれる“沖縄教育出版”は、長い朝礼を特長として注目を浴びる(メディアで取り上げられ、全国から訪問する企業の見学者が年間500人以上!とある)、健康食品・自然派化粧品を企画・通信販売する、元気印!?の会社のようだ。

ところで、いよいよ書き記そう!、と重い腰を上げたのは(ゴメンチャイ)、そう、言い訳する気はないんだけど状況を整理する目的として、、、献本を受けて、その日の会社からの帰りの電車で一読を済ませたと記憶している(あらたに再読した)。ぶっちゃけ、カンタンに書き記してしまおうと思えば、表向きを整えてカンタンに書き記せないこともないんだろうけれど(手放しで称賛すればいい)、「サラリーマン」であり「会社」というシステムのあり方に、思うところ考えるところがないわけでもなくて、もっとも、ぼくにとってはこの上なくありがたいシステムとして、ゆるぎない、手放したくないものではあるんだけれど、不平や不満などというレベルを超越した部分での、みずからの身のほどこしよう、といったら大袈裟にすぎるかな、しばらく考えつづけていて、しかし、一向に考えにまとまりをえる気配はない。
世の中は、いよいよ「右肩上がりの成長神話の崩壊」を現実のものとせざるを得ない状況に、ぼくはテレビも新聞も雑誌も見ないから詳しくは分からないんだけれど(たぶん見たとしても玉石混交の情報に翻弄されてますます分からないだろうことは想像に難くない)、右往左往しちゃっているような気配かと。どうやら、これまでが、そもそも「右肩上がりの成長神話」なるもの自体が、まさに「神話」なのであって、アタリマエのものではないトクベツな状況だった、のであろう。じゃぁ、トクベツじゃない状況、ってどんなだろう?

企業(会社)は、営利をひたすら追求するものであり、一般的には、利益なくして存続しえない。企業の経営者は、あの手この手を繰り出して戦略を練り、企業の存続(生き残り)に必死だ。

じつは、この後の展開を、いくつかのパターンから、それなりの文字数と時間を費やしてみたのだが、、、そう、経済活動、とくに企業経営であり営業・販売活動に、興味や関心を失して久しく、可能な限りで関与を忌避しているぼくには、必死で企業経営や営業・販売活動に勤しんでいる人びとにたいして語ることばがない。なにをも語る資格も権限をも有しない。無自覚に無責任に軽薄に語っちゃいけない。
もしも、ぼくに何らか語れるとするならば、語ることが許されるとするならば、仕事がラクではない、たのしいことよりも辛く苦しいことの方が多いことをみずからの経験から前提として、「たのしいことはステキなことだね♪」、わっしょい!、わっしょい!!、わっしょい!!!


≪目次: ≫
第一話 川畑保夫さん
第二話 日本一長くて楽しい朝礼
第三話 めだかの学校


≪著者: ≫ 作:田原 実 1965年広島県広島市生まれ。関東学院大学経済学部経営学科卒業。1992年、株式会社インフィニティ代表取締役に就任。志の確立と実現を通じた企業の経営革新と人財育成に取り組んでいる。

画:山上 幸二 1971年広島県広島市生まれ。広島芸術学院(現 広島芸術専門学校)卒業。1991年に、集英社ホップステップ賞佳作受賞。1993年に、集英社手塚賞佳作受賞。自らを「絵描き」と称し、似顔絵・漫画制作を手掛けている。

愛と感謝の美容室 バグジー』(インフィニティ、2007年) '07/12/03
愛と感謝の美容室 バグジー』(インフィニティ、2007年) '08/01/05
テラ・ルネッサンス 一人ひとりに未来を創る力がある』(インフィニティ、2008年) '08/12/31
かっこちゃん 山元加津子さんのねがい』(山元加津子、インフィニティ、2009年) '09/09/04

V.E.フランクル 『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録  EIN PSYCHOLOG ERLEBT DAS KONZENTRATIONSLAGER』(霜山徳爾訳、みすず書房、2002年、1961年) '09/05/31
ヴィクトール・E・フランクル 『夜と霧 新版  EIN PSYCHOLOG ERLEBT DAS KONZENTRATIONSLAGER』(池田香代子訳、みすず書房、2002年) '09/05/27







人気ブログランキングへ

本「黒い部屋の夫 〈下〉」市原恵理5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!

黒い部屋の夫 〈下〉
Amazonで購入
書評/



本が好き!PJ”を経由した献本は、インフォレストから。
意を決して本書〈下巻〉を開いたのは、“本が好き!PJ”事務局まみさんからの催促メールを頂戴してから(その返答に代えて)。ちなみに、本書〈上巻〉を読了したのが11月9日との記録がある。いったんページを開いてしまえば、あとは時間を費やすことにより読了することは、まさに時間の問題だけで、それゆえに、カンタンに読んで(読み終えて)しまいたくない複雑な感情(情況)が作用していたことを否定できない(言い訳無用!?)。

ぶっちゃけ、ぼく自身の別居状態はまもなく3年を迎える。別居という状態に至るには、それなりの理由や原因があってのことであるが、互いに相手があっての話であり、たとえばぼくたちの場合だと、およそ11年にも及ぶ共同生活があって、当初からズレや行き違いがなかったわけではないけれど、決定的に破綻をきたした要因について特定することの困難を思う(時間を経て冷静に考えれば考えるほどに)。もっとも、すでに状況は新たな展開が開始されて久しく、すでに(ようやく?!)平静や平安を取り戻しつつある状況を考えるには、果たしてあえて問い質す必要性の是非とは??、などとも考えないものでもないのだが、、、そう、考えないものでもないのだよ。考えつづけている、考えないことはない、などと言ってみても、大袈裟にすぎるものではないであろう。
人の記憶は不確実で、時間の経過とともに記憶は消失する。いや、正しくは、記憶は薄れる、か??!。どんなに記憶力に努力を試みたとしても、記憶の消失を防ぐことは不可能であろう。人間の能力には限界がある。機械だって容量は限定されるものであり、容量をオーバーすることはできない。もっとも、古い(使用頻度の低い)記憶の喪失は、新たな経験を情報を記憶するためにも必要とされる作業でもあることから考えるには、喪失される記憶とは、逆説的には喪失されることに意義があるものであり、懸念するに及ばないものであり、そしてまた、薄れる記憶というのも、徐々に優先順位が低下していることのあらわれでもあろうとも。
あぁ、やっぱりどうにも書きえない、書きえる気がしない。

死、とくに自死(自殺)について、と、うつ病、というのか精神疾患について。ぼくにとっては、考えつづけている、これからも考えつづける、きっと死ぬまで考えつづけるであろう、と現時点においては思っている、なんらかの答えを見出すというよりは、カンタンに答えのようなものを求める気持ちになれない、それゆえに、ときどきは、その時どきの考えを表出しつつ、そこからまた新たな展開を期する、みたいな。
自死を否定できない。死のあり方のひとつとして。しかし、急いで付け加えなければならない、そうカンタンに選択すべきではない、と。そして、選択肢として、手持ちのカードとして有していながら、むしろ、カードを手中に有しているからこそ、明白に意識を向けているからこそ、衝動的にカードを切ってしまうことを避けたい、であり、衝動的にカードを切ることを避けられるのではないかと、これまた逆説的な解釈を持っているのだが、確証はない。たとえば、ぼくみずからが居住する場所として、マンションの10階の部屋を想定したときに、表面的には、対外的には、高いところは少し怖いかなぁ、などと消極的な弱気な発言をしてみたりするのだが、正直なところ、みずからの衝動的な行動に走りがちな傾向を自認しているぼくの、自己保身の感を否めない。確かに高所にたいする恐怖心、一方では高いところから見下ろす優越感も抱きながら、ふと、落ちたら死ぬな、いや、落ちたら死ねるな、いやいや、そんな死に方はしたくない、せめて、ひとさまに、身近な周囲に、少し範囲を広げた周囲にも、一見して無関係に見える周辺に存する人たちにも、可能な限り、迷惑をかけたくない、不快な思いをさせたくない。ぼくが生きて在るだけで、すでにじゅうぶんに迷惑をかけて、不快な思いをさせてしまっているのに、あぁ、、、などと、ひとり妄想の世界に。
そう、自らの努力不足に起因すると自覚しているのだが、将来の、老後の経済的な心配が、どうしても払拭できない。まもなく40歳を迎えるぼくは、とくにどこが悪いというわけでもないのだが、衰えを感じる機会は多い。もっとも、身体の諸々の機能の衰えは、ただたんに悲観するばかりのことでもなく、むしろ、体力や勢いに任せた行動を抑制し、これまでの経験を活かした冷静な判断を採用することに、と言ってしまうほどのレヴェルのものでもないのだが、そうありたいとの願望を含めて、前向きに、ますますの知識や経験の積極的な習得と、自らの姿勢であり在り方を質す意義としても。しかしながら、現実的な問題としては、そう、自らの努力不足に起因して、堅実な努力の積み重ねを怠ってきたツケは小さくない。サラリーマンに多大な能力は要求されない。とくに、ぼくがこれまで渡り歩いてきた中小規模の会社においては。能力を発揮したいのならば、みずからのフィールドで発揮すべきであり、自らのフィールドを切り拓けないものは、サラリーを頂戴することに甘受するものは、その立場を弁えた言動に終始すべきであろう。ぼくは、みずからの雇用が持続させて維持される確証が抱けない。雇用が維持されるべく努力を怠ることをしないのだが、むしろぼくが頑張れば頑張るほどに、ぼくを雇用しサラリーを支給する側とのギャップが、ズレがうきぼりになるのだ。もっとも、ぼくには家族を養育する義務がある(と考える)。一定以上のサラリーを得て、積極的に養育費を負担することにより、それ以外にぼくにできることはなにがあるだろう?、せめて課された責任を全うしたい。いや、それは自己満足かもしれない。もっと有益な方法があるかもしれない、わからない、おもいつかない、思い浮かばない、、、ホントは、そのことを、家族のことをまず先に考えるべきなのかもしれない、自分のことばかりではなく。ぼくぼくぼくぼく、ぼくはいったい、どれだけのぼくを、ぼくぼくぼくと、我がことばかりを、周囲をかえりみることもなく、唱えつづけるつもりなのか?
「アリとキリギリス」のおとぎ話のキリギリスは、最後はアリに助けてもらうのかな?、仮に、アリの援助を得て、その場をしのいだとしても、冬は長い。小さなアリがせっせと自らのために蓄えた食料を提供するにも限度があろう。
うつ病が、2週間以上のうつ状態の継続をひとつの判断材料とすると知ったのは、まだ別居前のことで、もっとも、それ以前から精神科医の問診を受けるようにうながされてはいたのだが、そんなこともあってか、治験薬のモニター募集の広告から興味を抱いて検索したウェブページからのことと記憶している。たとえば、本書において、結果的に自死を選択した元夫は、仕事の重責やらに耐えきれずに(それだけではなく他にさまざまな要因があるのであろうが)、朝起きられず会社に行くことができなくなったことに端を発して、うつ病と診断される。ちなみにぼくは、朝起きられないことはない。習慣的なもので、朝起きない、という選択がない(かつてはそうではなかった、仕事が休みの日には昼まで寝ていた)。仕事が休みの日も、ちょっと疲れているかなと感じるときであっても、少しだけゆっくりすることはあっても、朝は起きる、寝て過ごすことをモッタイナイと思うから。もっとも、少し疲労を感じたら、もともと我慢強い方ではないことから、すぐに手を緩めてしまうこと、その狡さによるものなのかもしれない、そういう意味での真面目さに欠けるのであろう。
きっと、精神科医にかかったら、精神的に不安定で、情緒が安定しなくて、不安だから、薬を処方して欲しいんです!、と真顔で訴えたら、その要求は通るであろう、と思う(今のところその意思を有しない)。

市原理恵 『黒い部屋の夫〈上〉』(インフォレスト、2009年) '09/11/09


≪目次: ≫
【離婚まで】    読後/制裁/決断/計画/離婚したい……/義母と語る/感謝、感謝/冷戦/電話余話1/電話余話2/とある記念日壁を乗り越えるのは/義父の反応/温度差/誰のせいで/実は三度の/うつ病以外の可能性/大掃除/お誕生会/対峙/離婚話 第一歩/他人の気持ち/四者会談/続・四者会談/IT再び/留守中の嵐/死者を語る是非/搬送先にて1/搬送先にて2/帰宅/何が悲しいって/入院初日/ごめんね/ラブレター1/ラブレター2/ラブレター3/母の反応/義父の心配/弱音自殺に、思うこと/三人目の主治医/無力な私だから/過去の不満/親権/母性か愛情か/協議書(案)/協議書(案)を読む/慰謝料/迷う私 悩まぬ夫/急降下/再入院/弱さ脆さプラスで/転職準備/空回り/おにーさん/遺す言葉/膠着/義実家にて/経済弱者/新生活資金/離婚届/娘/離婚
【離婚後】    アナタノオカゲデ/転居/義母との蜜月/家族/離婚後の距離/解放感/不埒、か/書けませんありがとう混乱/面接交渉/父の愛/誰/認めない/接見禁止と面会要求/可哀想/未遂/面接交渉・第二回/倒れた1/倒れた2/倒れた3/倒れた4/優先/非力/取り決め/苦い“愛してる”/母の怒り/義父母の言葉/車とメール/警察/その後/夢の世界/不幸/娘の登降園/運動会/遠い喧騒/ダイヤモンド/空回り/一月/二月
【死】    第一報/襖の奥で/嗚咽/悲しみのかたち/夜/非共感/実感/べストにはほど遠く/会食/ただいま/出社/脆い、普通/現況/何だって/水面下/マンションにて/夫の視点/義父の視点/義父の涙/取り残されたものたち/報せる相手/耳の奥に/理不尽/娘の中/腹黒く/私こそが/悪夢の中で
【その後】    心の振り子/喪の仕事(作業)/救いきれない/我慢がきかずに/歪み/生きる意味/ありがとうございました

解説「すべてを書き尽くした著者の勇気に敬意を表したい」 香山リカ(精神科医)

※本書は、ブログ『記憶の記録』を、著者の了解のもとに一部手を加え、書籍化したものです。

市原理恵 『黒い部屋の夫〈上〉』(インフォレスト、2009年) '09/11/09







人気ブログランキングへ

本「専門医が答える肝臓病何でもQ&A (増補新版)」泉並木 (武蔵野赤十字病院副院長・消化器科部長 医学博士)5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!

専門医が答える肝臓病何でもQ&A (増補新版)
クチコミを見る
Amazonで購入
書評/健康・医学



来年明けてすぐの誕生日で40歳を迎える。居住する行政庁から、「40歳の方」として、健(検)診の案内が届いた。考えようによっては、なによりも嬉しいバースディプレゼントかもしれない(モノは要らない)。受診券は4枚。胃がん、大腸がん、歯周疾患、そして、肝炎ウィルス(B型・C型)。
偶然にしては出来すぎだけど、ちょうど肝炎ウィルス検診(採血・問診)を終えたタイミングで本書を読んだ。検査結果はまだ出ていない。
そう、“本が好き!PJ”経由の献本。じつは、当初の抽選はパスした。基本的に医療技術の世話になる考えがないことから、気にならないものでもなかったが、ぼくには無縁であろう、と判断してのこと。しかしながら、事務局からの「読みませんか、書きませんか」との追加の呼び掛けに、つい反応してしまったのは、やはり、加齢による諸機能の衰えを不安視する気持ちがあるからに相違ない。

で、本書を手にしたことにより、肝炎ウィルスをはじめとする肝臓疾患にたいする詳細な情報を得て、ぶっちゃけ、すご〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜く不安になった。だって、「対象者の約1%が新たに肝炎ウィルスのキャリアと判定される」(P.98)という高確率に、ぼくが該当しない確証は持ちえない。むしろ、楽観的にダイジョウブだろう、で済ませてしまうことにこそ不安を感じてしまうほどに。それゆえに、かなり真面目に読みこんだ。安易に肝炎ウィルス検診の受検などしなければよかった、とすこし後悔した(そういう問題ではないのだが)。
最終的には、肝炎ウィルスのキャリア=発症⇒死、となるものでもないことを理解することにより、それでも不安が完全に解消されることはないものの、良くも悪くもドキドキしながら検査結果を待つことに。
「サイレントキラー(沈黙の臓器)」とも呼ばれる肝臓は、言い方を変えれば、緊急サインを示す必要が生じるほどに状態(症状)を急激に悪化させることがない、ということでもあるようだ。

なにより(ぼくが選択をするか否かを別として)、さまざまな治療薬があらたに開発されていること、具体的に分かり易いQ&A方式で専門医により著された本書が、2004年1月の初版刊行から、時を待たずして改訂新版版を2004年12月に刊行し、今回、増補新版として最新情報(知見や治療法など)を収録して刊行されていること、さらには、国としてもさまざまな対策に予算を投じて取り組んでいることは、肝臓疾患に悩みを抱える少なからぬ人びとにとっては心強いものであろう。しかしながらそれは、肝炎ウィルスのキャリアであり肝機能障害を患う人びとの増大を暗に意味しているものでもあろうことから、積極的な注意を心掛けたい。


ところで、アルコールの摂取について。アルコールの摂取が直接肝臓に多大なる悪影響を及ぼすものではないのだが、肝臓で代謝したアルコールがまずは酢酸となり、酢酸は最終的に脂肪となって肝臓にたまることから、結果的には油を飲んでいることに等しい(P.249)、との解説がなされて、それゆえに、適量(1日2合まで)に止めることと、さらには週に2日の休肝日を設けるべし、と説かれるのだが、、、


≪目次: ≫
序文
1 肝臓病とは
◆ウィルス性肝炎とは
  1-01 肝炎ウィルスはいくつの種類があるの?/1-02 なぜ中年以降の人がA型肝炎にかかるようになったの?/1-03 B型肝炎は遺伝するの?/1-04 B型肝炎の感染の仕方には2通りあるって本当?/1-05 B型肝炎ウィルスは何種類あるの?/1-06 タイプAの「こわい」といわれるB型肝炎とはどんなもの?/1-07 C型肝炎ウィルスはどのようにして感染が広がったの?/1-08 なぜC型肝炎はサイレントキラーとよばれるの?/1-09 C型肝炎ウィルスは1種類でないって本当?/1-10 E型肝炎ウィルスはどんなウィルス?/1-11 TTウィルスってどんな肝炎ウィルスなの?/1-12 G型肝炎は肝炎ウィルスではなかったの?/コラム キスでうつる肝炎ってあるの?
◆その他の肝臓病  1-13 アルコールだけで肝臓の障害がおきるの?/1-14 アルコールはなぜ肝臓に毒なの?/1-15 女性のほうがアルコール性肝臓障害がすすみやすいって本当?/コラム アルコールと薬をいっしょに飲むと毒性が高まるの?/1-16 薬による肝臓障害はなぜおきるの?/1-17 自己免疫性肝炎とはどんな病気なの?/1-18 原発性胆汁性肝炎とはどんな病気?/1-19 原発性硬化性胆管炎とはどんな病気?/1-20 非アルコール性脂肪性肝炎とはどんな病気?

2 肝臓病の症状と検査
2-01 肝機能の悪化はどんな症状に注意すればいいの?/2-02 GOT・GPT・LDHは何をみるための検査なの?/2-03 ALP(アルカリフォスファターゼ)や γGTPが高いのはどういう意味?/2-04 慢性肝炎にかかったときに血小板を測るのはなぜなの?/2-05 アルブミン、コリンエステラーゼ、プロトロンビン時間で肝臓のタンパク質をつくる力がわかるの?/2-06 肝炎ウィルスの検査はどのように理解すればいいの?/2-07 健康診断で「C型肝炎陽性です」といわれたらどうすればいいの?/2-08 HCV抗体陽性の人はみんなC型肝炎ウィルスに感染しているの?/2-09 アルファフェトプロテイン(AFP)、L3分画、PIVKA兇牢離ンのマーカー?/2-10 腹部超音波(エコー)、カラードップラー検査で何がわかるの?/2-11 造影剤を使う腹部超音波とはどんな検査?/2-12 腹部CTスキャンやMRIは何のために検査するものなの?/2-13 Gb(ガドリニウム)-EOBで造影したMRIで何がわかるの?/2-14 腹腔鏡・肝生検は何のために行なうの?/2-15 肝生検はなぜ必要なの?/2-16 肝生検をしないで慢性肝炎の程度を把握する方法はあるの?/2-17 血管造影剤を行なう目的は何?/コラム データマイニング解析――データマイニング解析によって、ペグインターフェロン+リバビリン治療の効果は予測できるの?

3 肝臓病の治療
◆B型肝炎
  3-01 「B型肝炎のキャリア」といわれたらどうすればいいの?/3-02 B型肝炎の進行の仕方はC型肝炎とちがうの?/3-03 B型肝炎で肝ガンになりやすいのはどんな人?/3-04 B型慢性肝炎ではどんなときに治療が必要になるの?/3-05 B型慢性肝炎の新しい治療法とは?/3-06 B型肝炎の治療法にはどんなものがあるの?/3-07 ラミブジンやエンテカビルを飲み始めたら、やめることができないの?/3-08 ラミブジンを飲んでいて耐性ウィルスができていたら、どうすればいいの?/3-09 エンテカビルはなぜB型肝炎治療の第一選択薬なの?/3-10 なぜ年齢によってB型肝炎の治療法に違いがあるの?/3-11 B型急性肝炎から回復しても肝臓のなかに微量のB型肝炎ウィルスがいるの?
◆C型肝炎  3-12 C型慢性肝炎でインターフェロンが効くかどうかが治療前にわかるの?/3-13 インターフェロンの長期療法ってどんなときに行なうの?/3-14 β型インターフェロンっていうのはどういう特徴があるの?/3-15 ぺグインターフェロンというのはどんなもの?/3-16 ぺグインターフェロンはどこがこれまでのものとちがうの?/3-17 ぺグインターフェロンによる治療効果はどのくらい高くなったの?/3-18 ぺグインターフェロンは肝機能を改善するの?/3-19 リバビリンとはどんな薬?/3-20 リバビリンはなぜ効くの?/3-21 リバビリンの副作用はどんなことに注意すればいいの?/3-22 ぺグインターフェロンにはどんな種類があるの?/3-23 ぺグインターフェロンとリバビリンで一緒に治療するとどんな効果があるの?/3-24 ぺグインターフェロンとリバビリン併用治療の注意点は?/3-25 うつ症状が心配な人でも、リバビリンとインターフェロン併用治療ができるの?/3-26 ぺグインターフェロンとリバビリン併用治療中に治りそうかどうかわかるの?/3-27 ぺグインターフェロンとリバビリン併用治療が72週間必要な患者さんの特徴とは?/3-28 ウィルスの変異によって治り方が違うの?/3-29 C型慢性肝炎に対する将来の治療の見通しは?/3-30 少量長期のインターフェロン注射はどんなときに有効なの?/3-31 プロテアーゼ阻害剤とぺグインターフェロン・リバビリンの併用治療はどんな効果があるの?/3-32 アリニアという寄生虫薬はどんな効果があるの?/3-33 C型肝炎の新薬には、ほかにどんなものがあるの?/3-34 C型慢性肝炎から肝ガンになりやすい人の特徴は何?/3-35 B型肝炎とC型肝炎がいっしょに感染している場合はどうすればいいの?
◆肝硬変  3-36 肝硬変の三大合併症って何?/3-37 肝性脳症の初期症状と対策は?/3-38 食道静脈瘤は内視鏡による治療で治るの?/3-39 腹水はどうやって治せばよいの?/3-40 血圧を下げる薬が肝臓の線維を溶かすの?
◆肝ガン  3-41 「肝ガンになる人はかぎられている」ってどういうこと?/3-42 肝ガンを早期に発見するために何をすればいいの?/3-43 なぜ肝ガンは手術による治療が少なくなったの?/3-44 それでも肝ガンに手術をするのはどんなとき?/3-45 早期肝ガンをマイクロ波で固めるのはどうやるの?/3-46 最近話題のラジオ波治療ってどんなもの?/3-47 肝ガンに対するラジオ波治療にはどんな種類があるの?/3-48 ラジオ波焼灼治療の合併症にはどんなものがあるの?/3-49 腹腔鏡を使った肝ガンのラジオ波治療は、どんなときに有効なの?/3-50 重粒子線や陽子線はどんなときに有効なの?/3-51 肝動脈塞栓術はどんな場合に行なうの?/3-52 エタノール局注療法は今でも行なうの?/3-53 分子標的薬ネクサバールはどんなときに有効なの?/3-54 ネクサバールの注意すべき副作用は?/3-55 分子標的薬の将来は?/3-56 インターフェロンと5-FUの併用療法は、どんなときに有効なの?/3-57 肝ガンの再発を抑えるための方策は何がよいの?/3-58 分岐鎖アミノ酸は肝ガン再発に有効なの?
◆その他  3-59 肝臓移植はどんなときに行なわれるの?/3-60 薬による肝臓障害がおこったときはどうすればいいの?/コラム なぜ薬とグレープフルーツジュースがいけないの?

4 肝臓病のときの生活と予防の考え方
4-01 A型肝炎やB型肝炎はワクチンで予防できるの?/4-02 B型肝炎ワクチンの接種はどのように受けるの?/4-03 肝臓病の栄養療法とは?/4-04 肝臓病では糖分、糖質はどのようにとればいいの?/4-05 肝臓病では脂肪分はとらないほうがいいの?/4-06 肝臓病ではビタミンやミネラルがどうして必要なの?/4-07 慢性肝炎では鉄分をとらないほうがいいの?/4-08 肝臓病ではどんなタンパク質を食べればいいの?/4-09 腹水がたまったら食事療法はどう変更するの?/4-10 肝性脳症を防ぐための日常生活の注意点は?/4-11 慢性肝炎の人は運動をひかえたほうがいいの?/4-12 脂肪肝といわれたら食事療法はどうしたらいいの?/4-13 脂肪肝といわれた人は、運動はどうすればいいの?/4-14 アルコール性肝臓障害を防ぐための食事療法はどんなものがいいの?/4-15 肝臓病友の会での情報交換がなぜ有用なの?/4-16 肝臓病に関する情報はどこで手に入れればいいの?

あとがき


≪著者: ≫ 泉 並木 (いずみ・なみき) 1953年兵庫県生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、同大学付属病院勤務を経て武蔵野赤十字病院へ。現在、同病院の副院長・消化器科部長であり東京医科歯科大学医学部臨床教授、近畿大学医学部客員教授も兼ねている。90年アルコール性肝障害における免疫機序解明の研究で医学博士取得。1999年にはマイアミ大学に招聘されて全米第1例目の肝ガンに対するマイクロ波治療を指導した。最新の遺伝子診断を取り入れた肝臓病治療は、大きな成果を上げており、肝臓病に対する新しい治療に常に前向きに取り組んでいる。







人気ブログランキングへ


本「黒い部屋の夫 〈上〉」市原恵理5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!

黒い部屋の夫 〈上〉
Amazonで購入
書評/



本が好き!PJ”を経由した献本は、インフォレストから。じつは、当初の献本申込には応募しなかった。ぼく自身の抱える問題とリンクする部分があまりにも多いように思えて、リアルすぎて、正直なところ、避けたかった、のかもしれない。他のメンバーの献本申込で在庫が捌ければいい、と思っていた。ということは、気になっていないわけではなかった、むしろ、気になっていた、気になって気になって仕方がなかった、のだ。だから、当初の献本申込で在庫が捌けず、事務局の真美さんから、「私も読みました。書評を書きませんか?」のメールが届いたときにも、躊躇した、のは、やっぱり避けたいという気持ちが、捨てきれなかった、のであろうけれども、しかしそれは、決意するために必要な手続きだったのかもしれない。前夜に届いたメールを、朝に確認して、夜まで様子を見て待機して、在庫が捌けたら縁がなかったと判断しよう、とは、どこまでも往生際が悪いのだが、案の定、夜まで在庫はあった、夜までに何度となくチェックしてのこと。少しだけ複雑な心もちで、献本を申込んだ。献本を受け取っても、しばらくはページをぱらぱらと開くだけで、なかなか読む気になれない。通勤時間には、仕事の合間には読む気になれなかった(で、自室近くの図書館にこもること、午前中のクロスバイクラン40kmトレーニングと買い物を終えて昼食と洗濯を済ませた13時すぎから17時前まで、たっぷり3時間以上)。
そう、上下巻セットの著書は、ぼくの方法(書き方と読み方)としては、2冊カウントで、それは冊数カウントのマイルールとしてであり、また、著者なり出版社なりが、きっと何らかの意図があって一冊にまとめることなく分冊したであろうことを考えるに(もっとも図書館を活用していることから同時に入手できるとも限られず往々にしてタイミングがずれることにも起因するのだが)、あいだに別の(明らかにジャンルの異なるような)著書を挿み入れる。今回もこのルールを採用する(と宣言するほどのものでもないが)。読了後すぐの感想であり書き記しは、ホットで熱いのだが、少し時間をおくことにより、その後に連関すること、ときには一見して関連性を有しないと思われるふとした事柄から着想を得られることもあったりして、時間の経過による記憶の減退が生じたとしても(もっとも減退してしまうような記憶はその程度の重要度でしかないとも言えようが)、下巻への着手を試みることをしない(方法を今のところ選択することにしている)。
そこには、書くことの効用もひとつにはあろうか(ずいぶん唐突な展開だなぁ)。考えたこと、思ったことを、ことばに書き記す行為を試みるとき、みずからのことばで書き記すのではあるが、ことばとして表出する時点においては、もしかしたらそれを目にして読むことになるかもしれない他人を意識しないことないだろう。他人の理解を求めるものではないとしたとしても、「ことば」とはそもそもが他人とのコミュニケーションツールとして存在するものであり、はたまた遡って、思考をするためのツールとしての側面もあろう。
そう、本書も、それゆえの、過去の出来事を、いま現在のみずからから見て、考察する、過去の出来事として記憶を情報を状況を整理して考察して思考して、記録として。

さらに唐突に、フランスの哲学者“ジル・ドゥルーズ(Gilles Deleuze, 1925-1995)”は、精神分析学者“フェリックス・ガタリ(Félix Guattari, 1930-1992)”との共同作業において、『資本主義と分裂症』をサブタイトルに掲げた著書を2巻(1972年『アンチ・オイディプス』であり、1980年『千のプラトー』未読)を刊行している。カンタンではない難解な哲学書であり、その周辺の著書を少しずつ読みすすめているのだが、まだまだ理解にはほど遠い状態であるものの、どうやら、痛烈に批判が展開される「分裂症(=精神疾患)」であり「資本主義」であり。いずれも、善いとか悪いとかではなく、著された時代(1972年・1980年)から状況が変化していないものでもないのだが、「資本主義」はすでに主義のレヴェルなんかをはるかに超越しちゃっていて、世の中は資本(=貨幣、経済システム)の存在を排除しては成立しえない、ある意味では経済システム(=市場)がすべての前提とされちゃっている状況にあり、その規模の大小が国家の力を示していたりするのかしら。「この世のなかにあるモノで、お金(貨幣)で買えないものはない」とかなんとか言われちゃっても、そう豪語するお金持ちにたいして違和感こそ感じつつ、明白に反論できなかったりもする。(おごれる平家は久しからず)。
フローベールの『感情教育』が著されたのが、1869年。フランス革命が1789年。産業革命やら啓蒙の時代の始まりにしてすでに、貧民(貧窮労働者)問題が、かたや社会問題として持ち上がっていたりもしたようだ。うつ病などの精神疾患は、社会システムというのか、産業革命啓蒙主義(並べて語れるのか、用語の定義が曖昧なままに勢いのままに)に始まる近代からの社会のあり方と無関係ではないであろう。かなり乱暴な言い方になるが、近代以降の便利で豊かな社会が成立してから、顕著となった社会問題でもあろうか(いつの時代にあっても一定の確率で精神の疾患が生じないものではないであろうが)。ごく一部の少数の限られた特権階級の金持ちにあっては、仮に精神を患ったとしても、圧倒的多数の庶民とは全く別の世界に生活しているのであり、働かなくても経済的に不自由がないのだから、働けなくても、他人と円滑なコミュニケーションが築けなくとも、なにも困ることはない。圧倒的多数の庶民は、働かなければ満足な生活を営むこともできず、かといって、みな貧しく、ホントにダメなら、残念ながら野垂れ死ぬしかないであろうし、もっとも、死んでしまえば問題が表出することはなくなる(監獄という方法も採用された、フーコー優生学的思想なるものもあるかしら、ナチス・ドイツ迫害政策)。
日本の政界においては、長く続いた自民党(自由民主党)の政権を、民主党が奪取した、2009年8月30日。「自由民主党」から「民主党」への変移とは、すでに「自由」なるものは必要とされ要求されなくなったのかしら。
ホントは、橋本治を紐解いたりしながら、家とか家族とか、結婚とかしあわせ、なんてことにも触れるべきであろうが(語りたいと思いつつも)。
などと、一見して本書の内容に無関係な事柄ばかりを乱暴に散らかしっ放しにしたままに、「下巻へつづく」、、、


≪目次: ≫
はじめに
【結婚】    結婚を決めた理由/同棲から結婚へ1/同棲から結婚へ2/結婚直前のトラブル1/結婚直前のトラブル2/つかの間の幸せ/妊娠/多忙な日々/彼の存在意義/お金まわりのこと/続・お金まわりのこと/夫、倒れる/夫、またも倒れる
【うつ病・前期】    病気のはじまり/病名、うつ病/うつ 闘病の始まり/不安の悪循環/うつ病の原因・夫の場合/復職を試みて/二十四時間を共にする日々/結構キツイ忙しいのは良いこと/カミングアウト/私の病気?/二人ともが弱ってしまった時は/里帰り出産のススメ!?/どこで産もうか/助けて欲しかった/義母がやってきた/出産前のひととき/娘、産まれる/今日の気持ちうつ病の家族だった者として思うこと/家族が増えた/はじめての、ずれ1/はじめての、ずれ2/広がるズレ/私の入院/退院/車がお好き/家事ボランティア!?/夫に家事負担を/いらない考え/夫の病院へ行ってみた/その時思ってたこと/今度はこれ/凪/傷病手当が終わる/生物学上、女性。/夫の居場所/起爆剤、母。/夢物語は迂闊にするな/強行突破?/双方の怒り/第一次引っ越し
【うつ病・中期】    夫の金策/車という名の凶器/黒い部屋と黒い人/無い物ねだり/離婚のタイミング/約束/正月の帰省/就職活動スタート/苦しいのは誰/就職先は/子供の預け先/外の空気にふれる/夫にお願いしたなら/ぐるぐる思考/母の、妻の役割1/母の、妻の役割2/ふぁざこんな私/頑張る理由/切れてしまった/主婦放棄/週末の楽しみ/夫の再就職(一度目)/就職決定、就労前/夫の再就職模様/夫、体の悲鳴/喧嘩/喧嘩、その後/虐待……?/新年、曇り初め/夫の望み/真夜中の我が家/ゲームにはまる夫/雪解けの頃/夫の実家へ帰省/暮らしたくない街/軟禁/発見/給与明細/離婚したいけど/引き出された本音/意思疎通/引っ越し準備/出発〜第二次引っ越し〜/選んだ道と残った道
【うつ病・後期】    届くといいな/新しい街の生活/保育園☆リベンジ/幼稚園探し/悩みは変わらず……/パート探し/それぞれの毎日/夫の趣味1/夫の趣味2/義家族話 姑編/義家族話 舅編/私の職場/夫の昼食/復活といっても/新・夫の趣味1/新・夫の趣味2/新・夫の趣味3/増殖/洗ってやる/夫洗浄大作戦/減る金魚/増える金魚/職場のゴタゴタ1/職場のゴタゴタ2/職場のゴタゴタ3/夫との距離/反省の色無し/義父母への告白/差し伸べた手/変化/わかってない/プレゼント/夫の再就職(二度目)/正社員?/六万円の仕事/楽しい金曜日/二つの死/はまった1/はまった2/夫と娘/良い親/最後の平和/発端/忠告

※本書は、ブログ『記憶の記録』を、著者の了解のもとに一部手を加え、書籍化したものです。








人気ブログランキングへ


Tm 1:41'23, Dst 41.62, Av 24.6, Mx 47.5, Odo 885.5...

本「「東京裁判」を読む」半藤一利/保阪正康/井上亮5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!

「東京裁判」を読む
おすすめ度: 4.0
クチコミを見る
Amazonで購入
書評/歴史・記録(NF)



やむをえぬ「開き直り」とまずは掲げて。
いわゆる「東京裁判」とは何であり、どのように歴史的に位置づけされて、今日に影響を及ぼしているのであろう?、そのテクスト(裁判資料)から、ぼくは(われわれ日本人は)なにをどう読み解くべきであろうか??、などと考えるには、日本経済新聞出版社から“本が好き!PJ”経由にて献本を受けて(8/21受取との記録あり)まもなく読了したものの、まったく書きえる気がしなくて、なにをどうしたものか分からなくて思いもよらずに途方に暮れて、自室のPCの傍の目に付くところに放置したまま(熟成と言いたいところだが)、気にしつつ気になりつつも、2カ月半近くも。いや、もっと正しくは、何で今さら「東京裁判」なのか?、ある意味では、戦後の混乱に紛れて放置されたままにされた裁判記録に、確かに歴史的な出来事には相違ないのであろうけれども、60年近くも放置されていた資料とは、そもそもが放置されるべくして、もしかしたら注目に値するものではないと解釈されるものなのではないのか?、なんてことまで考えないわけでもなく、そうであるとするならば、まさかそんなことはあるまいし、ますます書きえない。意を決して、すでに記憶が曖昧なこともあるために再読をして、しかしやっぱり、分からない、を前提として、分からないがゆえに誤解を承知して、間違いをおそれることなく(というほどにはすでに若くもないのだが)、雑漠と。

まずは、いわゆる「東京裁判」において、第二次世界大戦の敗戦国である日本が、ナチス・ドイツの指導者らを裁いた「ニュルンベルク裁判」に倣って、事後に制定された(と連合国側も認める)「平和に対する罪(いわゆるA級戦犯)」として、侵略戦争の「開戦責任」であり、その「共同謀議」について、国家の行為である戦争の責を個人に負わせる戦争裁判が、戦勝国である「連合国」という名のもとに、11カ国の検察団によって裁かれたこと。イギリス、イギリス領インド帝国、アメリカ、中華民国、フランス、オランダ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、フィリピン、ソ連。
先の「ニュルンベルク裁判」が、4か国の検察団により、11カ月足らずで終結したこととの相違(東京裁判は2年半余りを要した)。
もっとも、ナチス・ドイツにおける総統アドルフ・ヒトラー個人による独裁の色合いが強く、そこで行われた大量虐殺行為が、明白に人道的に許し難くとも、しかし既存の国際的な法規で裁くには該当する規定がなく、だからといってしかるべき手続きを経ることなく一方的に刑死に処するには、すでに時代は、それまでの国家相互間における規模の小さな(世界的ではない)戦争の時代ではなく、一国家としての判断であり行為としてではなく、広く国際的な解釈が、グローバルな正当性や根拠のようなものが求められる時代に変わりつつあった(のであろう)。しかし、裁判とは、ある意味では裁く目的を持ってして、裁く必要が必然があるからこそ行われるもの(社会システム)であり、すでに裁かれる立場に位置した時点においては、何らかの制裁を逃れることはできないようなシステムでもあろう。仮に、無罪を勝ちえたとしても(もっとも日本の現在の裁判制度においては99%以上の有罪率だと言われるらしいのだが)、提訴された事実が消失するものではなく、裁判に費やした労力や時間が取り戻されることはなく、いちど喪失した名誉や信頼を取り戻すのは容易なことではなかろう。
そして、裁判が、システムであるがゆえに、ときには正当な手続きに拠ることなく執り行われる可能性としての「アイヒマン裁判」。そう、ナチス・ドイツのユダヤ人虐殺の指揮的役割を執りながら、終戦の混乱に紛れて逃亡したアイヒマンは、逃亡先のアルゼンチンで、イスラエル国家により拉致されて、身柄を拘束されたままにイスラエルに連れ去られ、イスラエル国内での裁判により死刑に処された。アイヒマンの、ナチス・ドイツ政権下における残虐な行動が、大勢のユダヤ人の命を奪ったとされる虐殺行為が、それを避けることをしなかった不作為が、指揮的役割としての責任が、絶対に許されるものではないとしても、イスラエル国家による身柄拘束に一定の疑問を付さなければならないが、それでも、イスラエル国家の行動は結果として一定の理解を得て認知されるものであろう(すでに執り行われた行為は遡って取り消すことができない)。
そして、連合国に対する枢軸国として、裁かれたドイツと日本と。イタリアは?、ローマを有するから?、今後の興味として掲げておこう。
さらに、日本特有の文化としての天皇制。古代から世襲により受け継がれてきた君主としての今上天皇、第125代。そのうちには、10代8名の女帝も存在したらしい。第二次世界大戦当時の昭和天皇に、戦争責任がない、とは、どう解釈したとしても言えるものではないであろうが、果たして「戦争責任を問う」ことの現実的な事態を考慮するには、刑死以外にはありえないであろうことから、責任を問うか否かの判断は、ある意味での究極の選択ともなろう。日本を、国家として存続させない方向で考えるならば、もしかしたら、第二次世界大戦の時代ではなく、それ以前の戦争であったならば、その可能性(君主を処刑し国家を滅亡させる選択)をも否定できないのであろうけれども、連合国との世界戦争であった第二次世界大戦においては、国家を滅亡させるという選択は、すでに(第一次世界大戦から)選択肢として存在しなかった。

さて、東京裁判における、それぞれに有する文化も歴史も立場も大きく異なる11カ国の検察団にしては、カンゼンに一致した共通の見解を見出すことに困難が生じることは、火を見るより明らかなことであろうが、ところが、むしろカンゼンな一致を見出すことができないがゆえに一方的な「勝者の裁き」であったり「報復」に走ることなく、多様な意見が提出されたことには、その詳細な資料(裁判記録)を含めて、目を向ける価値であり必要があろう。
日本国としての戦争責任「平和に対する罪」により、28名の個人が起訴され、そのうち7名もの個人が絞首刑に処された。


≪目次: ≫
序章 歴史の書庫としての東京裁判
鼎談 国立公文書を読む前に(「勝者の裁き」はあたりまえ/教訓としての「文明の裁き」/敗者の言い分がきちんと残っている/法務省は公開せずに放置していた)

第1章 基本文書を読む
特別宣言――連合国が日本の指導者を裁く根拠/裁判所条例――ナチスを裁くニュルンベルク裁判に準拠/起訴状――共同謀議理論を適用
鼎談 基本文書を読み終えて御前会議こそ共同謀議だが……/日本がいかに世界中を相手に戦争したか/裁判長の権限が強すぎた/「日本国民は被害者である。だから責任はない」/日本国民の思想教育が必要だった)

第2章 検察側立証を読む
冒頭陳述――「勝者の裁き」ではなく「文明の裁き」/日本の戦争準備――軍事教練、思想・言論・政治弾圧/中国大陸での謀略――張作霖爆殺満州事変から日中戦争へ/南京虐殺事件の証言――裁判の大きな焦点/三国同盟と対ソ戦準備――対英米「侵略戦争の共同謀議」の始まり/日米開戦への道――衝撃を与えた米国の通信傍受/裁かれた「真珠湾」――米国最大の狙いは「だまし討ち」の立証/捕虜・市民の虐待――問われた指導者としての責任
鼎談 検察側立証を読み終えて国体を護持し「天皇を裁かない」が前提/起訴状は日本を買いかぶっていた/日本人が日本人を裁くという側面も/誤解された「A級戦犯」/張作霖爆殺は日本の陰謀/触れられていない華北からの「侵略」/証言だけで資料が出てこない南京事件/日本の戦争の目的「八紘一宇」/ソ連侵攻は準備していた/誰も戦争をどう終わらせるか考えていなかった/アメリカのアリバイ工作/結局、残虐行為を裁く復讐の裁判だった/日本の指導者には国際法の知識がなかった)

第3章 弁護側立証を読む
冒頭陳述――被告・弁護団内でも異論/侵略の定義とは――不戦条約違反は日本だけではない/満州での謀略否定――「自衛のための戦い」と主張/虐殺事件で反論――文書焼却が被告弁護を不利に/「ソ連こそ侵略国」――ノモンハンでの国境論争/追い込まれた日本――米国の経済制裁でやむにやまれず開戦/「真珠湾はだまし討ちではない」――大統領親電遅延工作を否定/「捕虜虐待は偶発」――事情を知らされていない被告に責任はない
鼎談 弁護側立証を読み終えて(冒頭陳述は主張すべきことを主張していない/東條を擁護することが国家弁護だった/提出しなかったポツダム宣言受諾時の首相・鈴木貫太郎の供述書/石原莞爾が裁かれていたら日本の近代史がもっと深く論議された/南京では虐殺をやらなかった部隊もある/ソ連の論理に対して日本は反論の余地があった/三国同盟はドイツの戦略に利用された/日本の論理はいつも忠臣蔵/真珠湾のルーズベルト謀略説こそ自虐史観/東京裁判の結論「日本民族は残虐である」)

第4章 個人弁護と最終論告・弁論を読む
広田弘毅の和平追求と無策――「中国との和平、英米との融和を望んでいた」/木戸幸一の軍批判――「私の生涯は軍国主義者と戦うことに捧げられて来た」/「平和主義者」という弁護――太平洋戦争開戦時の陸海軍軍務局長/嶋田東郷の対立――対米最後通告の遅延問題をめぐり/東條英機の弁明――「夢想だもしていなかった」/検察側反証――『原田日記』『木戸日記』という暴露文書/白鳥敏夫の憲法論――皇室のキリスト教化と戦争放棄/最終論告・弁論――「門を閉めるとき」
鼎談 個人弁護と最終論告・弁論を読み終えて(共同謀議の構図を組み立てるための駒/昭和史をあらぬ方向に動かす原点をつくった広田弘毅/軍規というものはどこに行ってしまったのか/検事局にとって最高の資料となった木戸幸一証言/国民は南京虐殺を東京裁判で初めて知った/「あのとき私のとった態度と本心は違った」/なぜ佐藤賢了重光葵は訴追されたのか/一番大事な時に最悪の人、嶋田繁太郎が海軍大臣になった/東郷茂徳の論理は筋が通っているように見えるが矛盾だらけ/東條英機はアメリカをあまりにも知らなすぎた/東條には哲学や思想がない。軍官僚としての真面目さだけ/検察側の反証材料『原田日記』の問題点/『木戸日記』に見える木戸幸一の計算/不思議と実現した白鳥敏夫の吉田茂宛書簡の中身/最終論告三千枚、最終弁論五千八百枚、読み上げるのに一カ月/東京裁判では「日本人は被害者だ」とは言えない)

第5章 判決を読む
侵略の謀議認定――真珠湾攻撃の「だまし討ち」は認定せず/デス・バイ・ハンギング――「平和に対する罪」だけでは死刑にせず/割れた判事団――多数は七人で起草・討議、四人は別の意見書
鼎談 判決を読み終えて(「真珠湾」に関してはアメリカの負け/残虐に関しては共同謀議ではなく「不作為の罪」/パール判事の「判決書」は再検証すべき)

第6章 裁判文書余録
東條終戦手記――「国民の無気魂なりとは夢想だにせざりし」/嶋田繁太郎巣鴨日記――ほとんど朝昼晩の食事内容のみ/
鼎談 新発見の文書を読み終えて(東條終戦手記から見える陸軍のクーデター計画/認識に何ら実体が伴っていない参謀総長が戦争を指揮していた/嶋田繁太郎の「食べ物日記」)

あとがき
参考文献


≪著者: ≫ 半藤一利 (はんどう・かずとし) 1930年、東京生まれ。東京大学文学部卒業後、文藝春秋に入社。『週刊文春』『文藝文春』編集長、専務取締役を経て作家に。『漱石先生ぞな、もし』で新田次郎文学賞、『ノモンハンの夏』で山本七平賞、『昭和史』で毎日出版文化特別賞を受賞。『日本のいちばん長い日』『聖断』『昭和史探索』『幕末史』など昭和史を中心とした近現代史の著書多数。

≪著者: ≫ 保阪正康 (ほさか・まさやす) 1939年、北海道生まれ。同志社大学文学部卒。ノンフィクション作家。「昭和史を語り継ぐ会」主宰。『昭和史講座』刊行などの昭和史研究で第52回菊池寛賞受賞。主な著書に『東条英機と天皇の時代』『昭和陸軍の研究』『あの戦争は何だったのか』『「特攻」と日本人』『昭和史の教訓』『東京裁判の教訓』『明仁天皇と裕仁天皇』など。

≪著者: ≫ 井上亮 (いのうえ・まこと) 1961年、大阪生まれ。関西学院大学法学部卒業後、日本経済新聞社に入社。東京、大阪の社会部で警視庁、大阪府警、宮内庁、法務省などを担当。長岡支局長などを経て編集委員。皇室と昭和史をテーマに取材を続ける。元宮内庁長官の残した「富田メモ」報道で2006年度新聞協会賞受賞。著書に『新潟の勘ちがい』。

 
竹内修司 『創られた「東京裁判」』(新潮選書、2009年) '09/10/29
高橋哲哉 『靖国問題』(ちくま新書、2005年) '09/10/27
橋本治 『日本の女帝の物語 あまりにも現代的な古代の六人の女帝達』(集英社新書、2009年) '09/10/22
橋本治 『院政の日本人 (双調平家物語ノート)』(講談社、2009年) '09/10/18
橋本治 『権力の日本人 (双調平家物語ノート)』(講談社、2006年) '09/09/12
橋本治 『二十世紀 〈下〉 The 21th century 1946〜2000』(ちくま文庫、2004) '09/05/13
橋本治 『二十世紀 〈上〉 The 21th century 1900〜1945』(ちくま文庫、2004) '09/05/11
東郷和彦 『歴史と外交 靖国・アジア・東京裁判』(講談社現代新書、2008年) '09/07/27
大川周明 『回教概論』(ちくま学芸文庫、2008年) '09/05/21
佐藤優 『日米開戦の真実 大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く』(小学館、2006年) '08/03/20

ハンナ・アーレント 『イェルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告  EICHMANN IN JERUSALEM, 1965』(大久保和郎訳、みすず書房、1994年、1969年) '09/02/19
ウィリアム.L.シャイラー 『第三帝国の興亡 第5巻 ナチス・ドイツの滅亡  THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH:The Fall of Nazi Germany』(松浦伶訳、東京創元社、2009年、1960年) '09/06/12
ウィリアム.L.シャイラー 『第三帝国の興亡 第4巻 ヨーロッパ征服  THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH:The Conquest of Europe』(松浦伶訳、東京創元社、2008年、1960年) '08/12/07
ウィリアム.L.シャイラー 『第三帝国の興亡 第3巻 第二次世界大戦  THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH:World War 供戞幣庄採睫、東京創元社、2008年、1960年) '09/10/12
ウィリアム.L.シャイラー 『第三帝国の興亡 第2巻 戦争への道  THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH:The Road to War』(松浦伶訳、東京創元社、2008年、1960年) '08/07/19
ウィリアム.L.シャイラー 『第三帝国の興亡 第1巻 アドルフ・ヒトラーの台頭  THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH:The Rise of Adolf Hitler』(松浦伶訳、東京創元社、2008年、1960年) '08/07/06
V.E.フランクル 『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録  EIN PSYCHOLOG ERLEBT DAS KONZENTRATIONSLAGER』(霜山徳爾訳、みすず書房、2002年、1961年) '09/05/31
ヴィクトール・E・フランクル 『夜と霧 新版  EIN PSYCHOLOG ERLEBT DAS KONZENTRATIONSLAGER』(池田香代子訳、みすず書房、2002年) '09/05/27
フリードリヒ・A・ハイエク 『隷従への道 全体主義と自由  THE ROAD TO SERFDOM, 1944』(一谷藤一郎/一谷映理子訳、東京創元社、1992年、1954年) '09/05/29
エーリッヒ・フロム 『自由からの逃亡  ESCAPE FROM FREEDOM, 1941』(日高六郎訳、東京創元社、1965年、1951年) '09/05/25

ベルンハルト・シュリンク 『過去の責任と現在の法 ドイツの場合  VERGANGENHEITSSCHULD UND GEGENWÄRTIGES RECHT』(岩淵達治/中村昌子/藤倉孚子/岩井智子訳、岩波書店、2005年) '08/04/10
ジークムント・フロイト 『人はなぜ戦争をするのか/エロスとタナトス  Gesammelte Werke, chronologisch geordnet, 1940, 1946, 1950 [WARUM KRIEG?, 1932/ZEITGEMÄSSES ÜBER KRIEG UND TOD, 1915/TRAUER UND MERANCHOLIE, 1917/NEUE FOLGE DER VORLESUNGEN, 1933/ZUR EINFÜHRUNG IN DIE PSYCHOANALYSE, 1933]』(中山元訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '09/06/11、'08/08/24
ジークムント・フロイト 『幻想の未来/文化への不満  DIE ZUKUNFT EINER ILLUSION, 1927/DAS UNBEHAGEN IN DER KULTUR, 1930/DER MANN MOSES UND DIE MONOTHEISTISCHE RELIGION, 1939』(中山元訳、光文社古典新訳文庫、2007年) '09/06/04、'08/08/30
ルース・ベネディクト 『菊と刀 日本の文化に見られる行動パターン  THE CHRYSANTHEMUM AND THE AWORD: Patterns of Japanese Cuiture, 1946』(角田安正訳、光文社古典新訳文庫、2008年) '09/02/11


  




人気ブログランキングへ

コミック「かっこちゃん 機〇蓋飢団纏劼気鵑里佑い (「心を育てる」感動コミック VOL.4)」山元加津子、池田奈都子 作・画5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!
山元加津子さんのねがい かっこちゃん 1―「心を育てる」感動コミック VOL.4
かっこちゃん  山元加津子さんのねがい (「心を育てる」感動コミック VOL.4)
クチコミを見る
Amazonで購入
書評/



インフィニティ”から“本が好き!PJ”経由にて献本。
ひとしきり泣いて泣いて涙を流して、鼻をかんで、すこし冷静さをとりもどして(泣きたいときには我慢しないでおもいきり泣くべし)。鼻水に連関して、、、あまり好ましくないような咳をゴホゴホとしていたぼくを、きっと苦虫をかみつぶすような眼差しで見ていたのであろうか、顔を上げることなく伏し目がちのぼくには窺い知ることはできないものの、なんとなく雰囲気を察知していないでもない。窓口での用件を、カンタンな用件で30秒もかからずに終えたのだが、用件を終えたぼくにたいしておもむろに差し出されたマスク。「こういった(インフルエンザが流行している)時期ですから、用意してあるんです。どうぞ使ってください」とは、ずいぶん準備がいい(たしかに、いたるところに注意喚起の貼紙が、ちゃんと読んだことはないが、掲示されている)、荒川区役所都市計画課。そのときになってはじめて顔を上げたぼくに、彼(50歳前後と思しき男性職員)はどんな表情をしていたのか、すでに記憶にはないのだが、体調がすぐれず気力が落ちているぼくは、ちからなく、「ありがとうございます」と、素直に手を伸ばして1枚いただいて、その場で速やかに装着した(その後1日中装着しつづけた)。たしかに、マスクした方がいいかもしれないなぁ、とはすこし前から考えないでもなかった。しかし、そこはやっぱりどんなに体力と気力が落ちていようとも、根柢にイヂワル気質が居座るぼくは、「でも、インフルエンザって“熱”でしょ。ぼくは“熱”はないよ」とは、カンジワルイ(タダでマスクをもらっておきながら)。それでも、やっぱり周囲に迷惑をかけることは、周囲がワルいイヤな印象をいだくような咳をゴホゴホと無遠慮のままに撒き散らすことは、いかなる理由があろうとも好ましくなかろう、ぼくは可能な限り避けたいと思う。すこし、のどの痛みから派生して、熱はないものの(帰りの電車の弱冷房車では暑いと感じて熱があるのかと疑ったのだが下車して外気に触れたらなんともなくなった)、咳がときどき止まらなくなり、鼻水はずっと止まらない。頭がボンヤリするのは、いつものことだけど、いつもよりなん倍かヒドイ。本を読むスピードがあがらないのは、読んでる本に興味がもてないわけではないと思う、ボンヤリしているからだけでもないかもしれないけれども。体調がすぐれない状態がすこし長引いていることが気がかりで、養生しなければと思いつつ、そういうときに限って往々にして。そう、仕事が、本来であれば休みなのに、ほかのメンバーが夏休みをとっている関係から(ぼくが休みをとるときもあるのだから、お互いさま)、さらに月初にもかかわらず契約がたてこんできて(契約がないのも困るんだけど)、休日を返上してでも対応せざるをえない。忙しい状態はず〜っと長くつづくわけでもなく、波があるから、いま来ている波をなんとしてでも乗り越えなけばならない。波がないときだってあるのだから。平準化はしない。波はなくならない。波をなくすことはできない。操作することは、できないこともないけれど、トップの大きな高い波が、削って操作した分だけ、波が全体的に縮小して総量が減少してしまう危険が小さくない。波があってアタリマエで、波があることを前提として対応することも。などと、ついつい調子に乗ると、どうでもいいようなことをツラツラと展開してしまっているのだが、献本いただいている著書であることをあらためて意識して。

そう、雪絵ちゃんとの最期の約束、回想する長い会話をした時のこと、、、
雪絵「今日は どうしてもどうしても 聞いてほしい お願いがあるの」
・・・
雪絵「かっこちゃん前にね、障がいとか病気はとっても大切で、それは科学的にも証明されているって言ったよね?」
加津子「…言ったよ?」
雪絵「じゃあそのことを世界中の人たちが知っている世の中に かっこちゃんがして!」 (P.170-P.171)
まもなく13歳の誕生日を迎える娘が、まだ保育園に通っていたころ、すでに10年近く前のこと。新設の保育園に3歳児クラスから運よく入園することができて、その保育園は認可を受ける前から小規模で、無認可(もちろん違法ではない)で長く保育をしていた保育園で、その流れからなのかどうなのか、娘のおなじクラス(学年)には、障がいをもった男の子が2人いた。ぶっちゃけ、どう接していいかわからなかった。ぼくは、保育園では親の立場にあって、いわゆる大人であり、子どもとは立場が違うと言うとヘンだけど、いわゆる大人を演じる必要があると考えるところがあって、対園児であり、対保育園職員であり、対園児の親であり。そして、障がいをもって生まれた本人(子ども)への対応は、子どもの親にたいする対応を考慮しないわけにはいかなくて、障がいをもった子どもの親といった存在と、その対応と反応を考えるには。子どもは無邪気なもので、とくに障がいの有無にかかわらず、障がいがあることを前提として、なんというのか、ただただ一緒ではない、できることとできないことがあって、かりにできないことがあったとしても、おなじ仲間として友だちとして、差異を差異として認知して受け容れて、そこに違和感を感じることなくシゼンなものとして。いわゆる大人には、なかなかシゼンに無邪気にとはいかない(とぼくは思った)。ひとりはね、車イスで、話すことはもちろん、手足を動かすことも不自由な状態で、ところが娘曰く「お話するとね、ニコニコって笑うんだよ」って。なにかの機会に、明確な記憶はないのだが行事かなにかで、なんとなくシゼンな感じでそばにいたから話しかけるような機会があって、もちろん娘からなんどか聞かされた彼のこと、トクベツではなく、アタリマエに感情を有していること(と言ったらオカシイかもしれないが)が意識にあったからかどうなのか、ほかの子供や娘に話しかけるのと同じように話しかけたら、たしかにニコニコっと微笑んでくれて(ぼくは嬉しかった)。だからって、そこでぼくがトクベツな反応を示してしまうのもヘンなことだし、もっともホントにシゼンな感じであったような印象があるのだが、アタリマエのことをシゼンにすること、演じないこと、演じることを意識しないこと、むずかしい。
ある意味では、そんな基本的な社会的な行動に迷いや困難を感じてしまうぼくは、あまりイッパンテキではない、少数派なのかもしれない。とくに、みずからが置かれた立場や位置を確認して、採るべき行動を、みずからに求められているであろう行動を察知して、その場の状況を判断した上で演じることを考慮しないでいられない、無意識のうちに意識してしまう傾向があると自覚しているぼくにとって、だからと言って採用する行動には正当性を欠いた誤りの方が多いような気がしないでもないのだが、どうにもこうにも不自然なのだ。
すこし前までぼくは、人間に差異はなく、みながおなじところをめざせる、みながおなじでありえる、って疑っていなかった。人それぞれが違うこと、差異があることを受け容れることが認知することができなかった。能力の差異は、努力の差であり、比較すると努力が不足しているから、その結果として優劣が生じている、と。個々人が持ち合わせる能力や適性に、もともと差異がない、と考えるには、頑張りが足りない、もっと努力すればなんとかなる、どうしてあいつにはできてぼくにはできないんだ、などと、辛く苦しい思いをもいだくことにもなりかねない。ぼくはたびたびそう思った。そして、周囲の他者にも、ぼくはそれを求めた。なぜおなじことができないんだ。どうしてわかってくれないんだ。


≪目次: ≫
きいちゃんのゆかた
やさしいヤクザさん
(かっこちゃんのオモシロイイ話 
かっこちゃんてこんなひと。(山元加津子さんの紹介)
校長先生のなみだ(かっこちゃんのオモシロイイ話◆
雪絵ちゃんのねがい

山元加津子さんのプロフィール
著書のご紹介
参考資料のご紹介
あとがき


≪著者: ≫ 山元加津子 (やまもと・かつこ) 1957年、石川県生まれ。富山大学理学部卒。特別支援学校教諭。愛称「かっこちゃん」。
教師、主婦、母親、作家の四役をこなしながらも、子どもたちに教えてもらった
「みんなみんなそのままが素敵」
「色々な人がいて当たり前」
「すべてのことに意味がある・・・」
ことを伝えるため、日本全国で講演活動を行っている。
その活動は2本の映画にもなり、書き続けている著書・共著は20冊を超える。
HP『たんぽぽの仲間たち』 http://www005.upp.so-net.ne.jp/kakko/
ブログ『いちじくりん』 http://itijikurin.blog65.fc2.com/

≪作者・画: ≫ 池田奈都子 1982年岡山県倉敷市生まれ。広島修道大学法学部国際政治学科卒業。大学から絵描き(イラストレーター)として活動を始め、2006年に独立。広島を拠点に、漫画、似顔絵、イラスト制作を主として活動している。

愛と感謝の美容室 バグジー』(インフィニティ、2007/3)
愛と感謝の美容室 バグジー』(インフィニティ、2007/10)
テラ・ルネッサンス機^貎佑劼箸蠅北ね茲鯀呂詢呂ある』(インフィニティ、2008/11)







人気ブログランキングへ

本「ジュールさんとの白い一日  Diane Broeckhoven, DE BUITENKANT VAN MENEER JULES, 2009」ダイアナ・ブロックホーベン、オルセン昌子 訳5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!

ジュールさんとの白い一日  Diane Broeckhoven, DE BUITENKANT VAN MENEER JULES, 2009
クチコミを見る
Amazonで購入
書評/海外純文学



そう、赤ちゃんとママ社から、“本が好き!PJ”を経由しての献本の申請は、結果的にさまざまな迷いに起因して出遅れたかたちとなり、献本の最後の一冊だった。ぼくに、読了後になんらかを書きえるのか、いや、書きえないのではないかというような不安が消えることはなかったけれども、どうしても読んでみたいという想いがまさった。たとえば、「死」について考えないときはない。「タイセツな人」とのことについて考えないときはない。そして、みずからの「自閉」傾向について。

ぼくが知るかぎり、ぼくの両親は同じ高校の1年先輩と後輩の関係。ぼくがものごころついてから子どもころ、ケンカというのか、父親がへそを曲げてひとりで怒りを募らせてときにぶちまけて(時間を経てケロリとする)、人好きのする母親を困らせていた(こちらもまた細かいことを気にしないでケロリとしたもの)、ような記憶がある。ふたりとも、昭和19年(1944年)生まれ、ぼくを筆頭とする3人の男の子をそれぞれ独立させ(孫6人)、数年前からは(良くも悪くも)タイヘンな時代を永年勤めあげたサラリーマンを定年でリタイアして、いまでは悠々自適のふたり暮らし(をしているように見える)。いまでも不思議なくらいに仲がいい(ように見える)。キビシク冷ややかな目で見るならば、依存傾向や過干渉に懸念することろがないわけではないけれども、とどのつまりはぼくが関知するところではない。
もともとぼくは対話が得意ではなく、それは家族間においても(ぼく以外のほかの兄弟のことはよく知らないけれども)なんら変わることはなく、いまでも用事がなければ両親に会うこともなく、ときに必要に迫られて顔を合わせて一緒に食事するときには、昼間であろうとアルコール飲料が供出されて(意図しているのか否かを直接確認したことはないのだが)、ある部分ではアルコール飲料の勢いを借りてぼくが肩の力を抜いて話をしている側面を否定できない。それくらいに家族間の対話にはとくに抵抗感がある、少なくともぼくはそう感じてきたし、いまでもそう感じている。すでにその関係は40年近くのあいだ脈々と継続されてきたものとして。
なかなか書きえないなぁ。
ぼくのタイセツな人として。父と母はトクベツな存在で、ぼくにとって数少ないタイセツな人の一角を占める。表現としてビミョウなところだけど、30代後半にしてそれまでのツケがまわったぼくをあわれんで(なのかどうなのか)、慈悲深くさまざまな支援の手をさしのべてくれる。だからと言うわけではないけれど、でもやっぱり、かわらぬ愛情を注いでくれる、その姿勢はショウジキにウレシイ、泣いちゃいたいくらいに。とくにそれまで、ぼくが好き勝手にやって背を向けてきた経緯があるだけに、その経緯を勘案するには、赤の他人ではそうはいかないであろう、感情や心情には根深いものがあったりすることをぼくも否定できない。
ぼくにとってのタイセツな人は、いまであり、すこし以前から漠然と(それでも明白に)考えていたものとして、4名。突き詰めて考えるには4名だろうなぁ。いずれは書き記しておきたいと思っていた、それをいまにしよう。ぼくの父と母、そして、娘。あとひとりは、、、迷いがないわけではないんだけれど、とっても迷いながらであり、その迷いとは、ぼくの発するところの迷いではなく、ぼくが発する明白な想いが、その発する想いとは対象(相手)があってはじめて生じえるものであり、対象に向かって発せられた思いが、なんらかの形でコミュニケートされて、受け容れられるなり受け容れられないなりの反応と言うのか、発する側の印象と言うか感覚的ななにかをすくなからずいだいたうえでの双方向的なもの?、とぼくは考えるところがあるんだけれども、わからない、つかめない、計り知れない、なんだろう。すでに、別居してから2年と7カ月。それ以前のこじれて断絶した期間が短くない関係を考えるには。まったくもってわからない。
「刷り込み」かもしれない、とは冷静に思う。産まれたてのヒナ鳥が、はじめて目にしたものを母親と思い込む本能的なもの、としての。ぼくが21〜2歳の頃に知り合ったと記憶している、ということは、すでにぼくが生きてきた半分近くの年月をなんらか関係したことにもなろう。
「覆水盆に返らず」「桃は流れていった」。すでに終えたものとして。カンゼンに終結したものに修復の可能性は残されていないのかもしれない、とは思う。かりに修復された想定してみて、そこで修復されたとされる関係とは、果たしてそれ以前に形成されていた関係と、年月を経てなおおなじのものであろうか、ちがうものであるという確証はないけれど、おなじものであるとも考え難い。ヘンなたとえではあるが、骨折をした箇所の骨の部分が修復される際には、より強固に太く、おなじ箇所における再度の骨折を防止すべく修復が図られたりする。おなじようであっておなじではなく、いちど受けた痛みは、おなじ痛みを経験することをシゼンのうちに忌避して修復を遂げていたりもしようか。
すでに無理を強いるつもりもない。無理なものは無理なものとして、無理なものは無理であろう。努力には限界がある。我慢にも限界がくる。そもそも変化を求める性質があり、新しいモノへの興味や関心が、向上への原動力ともなろう。年齢を重ねることにより、変化(新しいモノへの興味関心)よりも安定(変わらないこと)を求める傾向がつよくなったとしても。
ますます的を得ない、要領を得ない。
こうしてぼくが黙々とひとりの世界に没入して、閉じこもって、あ〜でもないこ〜でもないと、どこへとも行き着くことなく考えつづけていられることの、カンタンには言いえないけれども、シアワセ。神様が与えてくれた至福のとき、いいえ、すくなくとも、ぼくがなんらかを得ている、プラスの印象を体感しているということは、熱エネルギーの法則を持ちだすまでもなく、エネルギーの総量が一定であり不変であろう、などと考えるには、ぼくの幸福(エネルギー)は、ぼく以外の他人の幸福(エネルギー)の喪失によって成立しているものであるともいえよう。かりに与えられた幸福感(エネルギー)を「神の思し召し」と想定してみたところでも、「神」が介在していたとしても、逆の意味でも「神」は普遍的に介在しているのであり、そこでもまた総エネルギー量が不変であるという法則に変動がないことは、より強固なものとなろう。人為的な力が加わることにより、微妙にバランスを欠きつつ、微妙なバランスで保たれてみたりもして。いずれにしても総エネルギー量の総量が過度に増減することは考え難いことに変わりはなかろう。ある意味ではうまくできている。
9月の初めに誕生日を迎える娘の年齢を、14歳だとばかり勝手にいつからか頑なに思い込んでいて、すこし早目に発送したプレゼントと一緒に同封したメッセージカードに書きいれた「14歳」に、当の娘から電話があって「まだ13歳だよ」とは。ここまで、娘にたいして無責任にも無関係で無関心に無関与でいられるのも、自我が芽生えていないこともないであろう、いろいろ考えないこともないであろう。関与したい!、と思う反面、すぐに「ぼくになにができるというのか?、いかなる権限と能力を有して、さらに責任を果たしえるというのか?」などと考えるに、行動を躊躇してしまう。手をさしのべることを否定しない。現にぼくはぼくの両親からさしのべられている手を支援をありがたく享受している。それでも、ぼくが他人に、たとえそれが娘であっても、愛しい娘であればこそ、いかなる干渉をも慎重にならざるをえず、慎重にありたいと考える。そもそもぼくにはなんら為しえないのではあるのだが。
ぼくの本意としてではなかったものの、結果として得られた「ひとり暮らし」によって、ぼくはみずから好き好んで「閉じこもる」。外界からのさまざまな情報を、有益無益にかかわらずほとんどすべての情報をシャットアウトして。ひとりひっそりと扉を閉じて。ときどきそぉ〜っとようすを窺う。


≪著者: ≫ ダイアナ・ブロックホーベン Diane Broeckhoven 1946年、ベルギー生まれ。新聞記者を経て、フリージャーナリスト兼作家としてオランダに移住。2000年からはベルギー在住。青少年に向けて病気や死、第三世界からの養子といったテーマで20冊の小説を著し、数多くの文学賞を受賞。本書は、おとなの読者のために書かれた小説としては2作目で、オランダで「発見したことを誇らしく思えるまれにみる珠玉」と評され、8か国語(オランダ語、ドイツ語、ポーランド語、韓国語、フランス語、イタリア語、スペイン語、フラマン語)で刊行され、ドイツではベストセラー。演劇や映画化も予定されている。著者にとって初の日本語訳書となる。

[訳者] オルセン昌子 Masako Olsen 茨城県生まれ。東京女子大学短期大学英語科卒業。カリフォルニア大学短期留学。ケルン大学中退。ドイツ人の夫と3人の子どもとともに、ドイツ在住。読書を日々のかてとし、翻訳や著作をとおして自らの体験とつながるテーマに向き合う。訳書の『ルイーゼの星』『ジュニア版ルイーゼの星』(求龍堂)は10歳の少女が母親のガン闘病を語る設定。著書の『ドイツと日本の真ん中で』(明窓出版)は、ドイツと日本を行き来するなかで直面した両国の育児や教育、家族の介護などの体験をもとに執筆。







人気ブログランキングへ

本「第三帝国の興亡 第5巻 ナチス・ドイツの滅亡  THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :The Fall of Nazi Germany by William L. Shirer 」ウィリアム.L.シャイラー、松浦伶 訳5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!

第三帝国の興亡 第5巻 ナチス・ドイツの滅亡  THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :The Fall of Nazi Germany by William L. Shirer
Amazonで購入
書評歴史・時代(F)



いよいよ書き記そうと決意したのは、5月初旬の本書1回目読了以来の2回目の読了を経て、本書について“わかった”どころか、ますますもって“わからないことがわかった”からであり、カンタンには書き記しえないとの思いをつよくしたから。そんなどうでもいいようなことを冒頭に明かすのは、本書が東京創元社より“本が好き!PJ”経由で献本いただいた著書であり、その抽選があったのが4月20日のことであり、、、言い訳するなんて卑怯だ、などと思いながらも、こそっと言い訳めいたことをせずにはいられないかったりもして。そう、なんで学生時代にちゃんと勉強しなかったんだろう?、歴史も地理もなんにも知らない、第三帝国も知らなければ、ヨーロッパの地図も描けない、どの国がどこにあるのか、そもそもカタカナの名前が出てくるたびにかるく混乱してイライラしていることも、ホントは書き記しちゃいけないんだろうなぁ、黙って努力しなきゃいけないよなぁ、などと思いながら。そんなぼくにとっては、全5巻にわたる膨大な量の歴史ノンフィクションを読み進める作業は、ラクな作業ではなかったけれど、並行して読み進める一見してまったく無関係に思えるような著書のなかに記述されたり引用されたりする情報にヒットする機会も少なくなく、いや、非常に多いことに驚きを感じていた、と言っても過言ではないかもしれない(とくにぼくが好んで手にする哲学系の著書に限られずに)。その驚きのようなものがなければ、すでに過去の出来事として(第三帝国ナチアウシュヴィッツ全体主義も)片付けてしまって目を逸らして、知らなくてもなにも困ることもないし、むしろ知っていたとして現代の日常生活においてなにかの役に立つものでもないし、などと言い訳をして中途で断念していたかもしれない。もっとも、これまでのぼくはそうして無関心のままで生きてきたのだが。だから、なにかを言える立場ではないことを承知して、さらには、みずから欲して興味をいだいて向かうことがなければ、どんなに有用な情報であったとしても生かされることがないことをも、みずから経験済みのことではあるんだけど、
「この第5巻〈ナチス・ドイツの滅亡〉だけでも読んでみたらいいと思う」。

第1巻から順を追って通して読んでみての“クライマックス”(最終巻)なのであろうけれど。ぼくだって、いきなりドンとこの分厚い本を5冊も同時に並べられたら、ちょっと読む気にはならなかったかもしれない(ヘナチョコ)。誤解を承知で言うならば、この第5巻を理解するために、そこ(ホロコーストであり、総統ヒトラーの死であり、ナチス・ドイツの滅亡であり)にいたるまでの鍵となるような出来事の数々(ひとつやふたつではない)が第1巻から第4巻までにわたり詳細に描かれている。そう考えるには、本書第5巻を読んだ上で、もっと知りたいと思ったら、第1巻から順番に読んだらいい。相当な情報量があるから、第4巻まで読み終わる頃には、一度読んだ第5巻の内容をすでに忘れてしまっているところも少なくないであろうし、もう一度あらためて読んでみることによって、また新たな認識が得られるかもしれない。

参考までに、ぼくが本シリーズ全5巻と並行して読んだ著書のなかから、いま記憶にある限りにおいて理解を深めることをたすけた著書をあげておきたい(本書に対する批判も少なからずあるようだ)。
V.E.フランクル 『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』 (霜山徳爾訳、みすず書房、2002、1961)
ヴィクトール・E・フランクル 『夜と霧 新版』 (池田香代子訳、みすず書房、2002) *霜山徳爾訳の旧版を併読することをつよくおすすめする。
フリードリヒ・A・ハイエク 『隷従への道 全体主義と自由  THE ROAD TO SERFDOM 1944』 (一谷藤一郎訳・一谷映理子訳、東京創元社、1992、1954)
エーリッヒ・フロム 『自由からの逃亡 ESCAPE FROM FREEDOM 1941』 (日高六郎訳、東京創元社、1965、1951)
ハンナ・アーレント 『イェルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』 (大久保和郎訳、みすず書房、1994、1969)

ところで、本書のオビには「ホロコースト」とあるんだけど、「第二十七章 〈新秩序〉」!とは。そう、なんとも言えない違和感を感じながら、ウェブ上の辞書機能で調べるには、「秩序: △修亮匆顱集団などが、望ましい状態を保つための順序やきまり」とある。なにゆえに「大量殺戮」が「秩序」と結びつくのであろう。
このポイントについてキチンと整理して説明するには、ぼくの知識ではおぼつかない。
そこには、迫害を受ける“ユダヤ人ユダヤ教)”がなにものであるのかを理解する必要があろう。現在、世界的な宗教としてもっとも多くの信者を擁するキリスト教は、ユダヤ教から派生している、宗教的な側面。
島国でもある日本国以外を精しく知らないぼくにはなかなか理解が及ばないのだが、大陸ヨーロッパに分布してカンタンではない盛隆(戦争・紛争)の歴史をたどってきた、民族的な側面。
橋本治『二十世紀 〈上〉』(ちくま文庫、2004)にも書かれていた、未消化のままに中途半端に終えてしまった、最後の世界戦争のはずであった「第一次世界大戦(1914-1918)」の位置づけ。結果として、第二次世界大戦(1939-1945)が起こることになった必然とは、敗戦を喫したドイツが請求された多額の賠償金(ベルサイユ条約)により国家としての機能に大きな混乱が生じていたことも、その要因のひとつにもあげられよう。ベルサイユ条約を破棄することを断行したアドルフ・ヒトラーは、ドイツ国民の少なからぬ支持を得た(少なからぬドイツ国民が支持をした)。アウシュヴィッツなどの絶滅収容所の存在であり、そこで行われている凄惨な出来事(殺人行為)を、ドイツ国民が知らなかったわけではない(むしろフツーに知っていながら黙認していた現実だってあるようだ)。上(国家権力)からの命令によるものとはいえ、直接的に指示・命令を下した現場の指揮官であり、その命令に従って手を下した者たちの少なからぬ存在(まったくなんらの責任がないとは言いきれるものではないが、戦争状態においては当然視される?!)。
ヒトラーの暴挙に内部からの抵抗(暗殺)がなんども試みられたものの、いずれも失敗に終わった(その結果として総統アドルフ・ヒトラーはみずからの手による死を選択した。同志のファシスト独裁者であり、最期を処刑され、広場にさらされ、民衆の辱めを受けたムッソリーニとは対照的?!に)。
それでも、特定の個人が、特定の個人だけが非難されるものでもないのかもしれない。指揮・監督した者には、監督責任が在ることからも、法的な責任を逃れることはできないであろう。一定の責任を有する者に対象を絞って(全員にたいしてではなく対象を限定して)その責任を問い、一定の見せしめ的な社会的(法的)な責任を負わせることの効果を認めないわけでもない。
ドイツに限定されることはない、同時代の日本にあっても植民地支配を目的とした侵略を展開した。


ぼくの中途半端さや歯切れの悪さ(能力不足)をつよく認識しながら、そもそもカンタンに結論めいた言及をしたくない、カンタンに「ノーモア(繰り返すな)」と口外するつもりもない。これからまだまだ読み進めたい著書において、例示されることが少なくないであろう『第三帝国の興亡』におけるさまざまな歴史的な出来事を、その出来事を組み入れたストーリーを編集してみずからのことばで語るべく。


≪目次: ≫
第五部 終わりのはじまり
第二十七章 〈新秩序〉

ナチのヨーロッパ掠奪/〈新秩序〉における奴隷労働/捕虜/占領地におけるナチのテロ/「最終的解決」/絶滅収容所/「ワルシャワ・ゲットー、もはやなし」/医学実験/ハイドリヒの死とリジツェの消滅
第二十八章 ムッソリーニの失墜
第二十九章 連合軍の西ヨーロッパ侵攻とヒトラー殺害の企て

電光作戦〉/シュタウフェンベルク伯爵の使命/英米軍の侵攻――一九四四年六月六日/土壇場の陰謀/一九四四年七月二十日のクーデター/一九四四年七月二十日/血塗られた復讐
第六部 第三帝国の滅亡
第三十章 ドイツの征服

ヒトラー最後の必死の大博打/ドイツ軍の崩壊
第三十一章 〈神々の黄昏〉――第三帝国最後の日々
ヒトラー最後の大決断/ゲーリングヒムラー、後継者の座を狙う/地下壕を最後に訪れたふたりの訪問者/ヒトラーの遺言書/ヒトラーと花嫁の死/第三帝国の終焉

短いエピローグ
謝辞
あとがき
人名索引


≪著者: ≫ ウィリアム.L.シャイラー (William L. Shirer) 1904年シカゴ生まれ。ジャーナリスト・歴史家。コー大学卒業後、渡欧。〈シカゴ・トリビューン〉紙の特派員などを経て、CBSのヨーロッパ支局長に。ドイツのオーストリア併合など、数々の歴史的事件の報道に携わる。1940年、戦況の悪化に伴ってアメリカへ帰国し、自身の経験をもとにしたベストセラー『ベルリン日記』(筑摩書房)を発表。1960年に発表した本書では、全米図書賞を受賞する。『フランス第三共和制の興亡』(東京創元社)、『第三帝国の終わり――続ベルリン日記』(筑摩書房)など著書多数。1993年没。

≪訳者: ≫ 松浦伶 1936年島根県生まれ。東京大学文学部卒業後、文藝春秋入社。雑誌・書籍の編集者を経て、翻訳に従事。訳書にジャイルズ・ミルトン『スパイス戦争――大航海時代の冒険者たち』(朝日新聞社)、アル・パチーノ+ローレンス・グローベル『アル・パチーノ』(キネマ旬報社)がある。2007年没。

第三帝国の興亡 第4巻 ヨーロッパ征服  THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :The Conquest of Europe』(2008/10)
第三帝国の興亡 第3巻 第二次世界大戦  THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :World War 供戞2008/8)
第三帝国の興亡 第2巻 戦争への道 THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :The Road to War』(2008/6)
第三帝国の興亡 第1巻 アドルフ・ヒトラーの台頭 THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :The Rise of Adolf Hitler』(2008/5)

V.E.フランクル 『夜と霧 ドイツ強制収容所の体験記録』 (霜山徳爾訳、みすず書房、2002、1961)
ヴィクトール・E・フランクル 『夜と霧 新版』 (池田香代子訳、みすず書房、2002)
フリードリヒ・A・ハイエク 『隷従への道 全体主義と自由  THE ROAD TO SERFDOM 1944』 (一谷藤一郎訳・一谷映理子訳、東京創元社、1992、1954)
エーリッヒ・フロム 『自由からの逃亡 ESCAPE FROM FREEDOM 1941』 (日高六郎訳、東京創元社、1965、1951)
ハンナ・アーレント 『イェルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』 (大久保和郎訳、みすず書房、1994、1969)


ぼく、ワルくない・・・?!




本「万物を駆動する四つの法則 ――科学の基本、熱力学を究める  FOUR LAWS THAT DRIVE THE UNIVERSE by Peter Atkins」ピーター・アトキンス、斉藤隆央 訳5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!

万物を駆動する四つの法則 ――科学の基本、熱力学を究める  FOUR LAWS THAT DRIVE THE UNIVERSE by Peter Atkins
おすすめ度: 4.0
クチコミを見る
Amazonで購入
書評/サイエンス



早川書房”さまより“本が好き!PJ”経由にて献本、御礼♪
じつは最近“本が好き!PJ”への参画がちょっとご無沙汰気味なんだけど、まぁ無理してなんでもかんでも「いっちゃうよ〜!」という勢いのある時期を経て、適度な距離感のようなものを保ったままの安定状態(平衡?!)というのか、ぼくにとって“本が好き!PJ”の存在は大きかった(過去形だけどかつ現在進行形)と感謝をしているのであって、あの時期、それまでまったくといっていいほど読まなかった本を読み始めたばかりでなにを読もうか迷っていたときに、「こんなのがあるよ〜♪」って道を示してくれた、いや啓いてくれたような印象を、ぼくはいまでも忘れていない。「ありがとうございます♪」、“本が好き!PJ”事務局をはじめとするみなさま、そして献本いただいている出版社のご担当者さまをはじめとするみなみなさま。そんな感謝の気持ちをいだいておきながら、それでも正直なところ献本を受けると、経済的な側面に目を向けないわけにもいかない、ぼくの書き記しは役に立っているのか?!、経済効果というのか経済的な見返りを創造?!しているのか??!とか考えちゃうし、ぼくはな〜んにもわかっちゃいないって自分で思っているから、やっぱりちゃんと書けないよと凹んで落ち込んで、上手に書評を書いている他のメンバーを羨ましく思ってますます凹んで落ち込んだりして、献本を受け取ってもなかなかすぐには本を開けなくて、読了してもすぐに書き記せないことの「いいわけ」なんかを、こうしてくどくどと書いてみたところで、ぼくの遅延?!行為が赦されるわけでもないのであって、まぁこのまま勝手な迷惑?!行動を採用し続けていると、献本申込みの抽選を「永久落選」の烙印を押されるという罰を受ける可能性があることを自認してみたりしている。ぼくが担当だったら、そんな検討をしないことはないからね。
と、冒頭からどうでもいいことを書き記してしまうと、誰もこれ以上に読み進めることがないのではとの懸念をしながらも、
エンタルピー(enthalpy)という名称は、「内部の熱」を意味するギリシャ語に由来している。  (P.53)
ぼくにとっては、これだけわかれば、このことだけを知っただけで、本書を読んだ意義があったと言えちゃうほどに「きたぁ〜〜!」って感じなんだけど、と言ってもぼくには本書まるまる一冊から得られた知識としてのエンタルピーであり、エントロピー (entropy) を正確に理解できている自信がないのであって(だからそのことにつき書き記しえない)、ぼくがこの後に採用する行動としては、同じ著者と訳者によってすでに刊行されて本書でも何度も紹介される、
ガリレオの指 ――現代科学を動かす10大理論
『ガリレオの指 ――現代科学を動かす10大理論』(早川書房、2004)
で、もっと知りたい、この機会に乗じて知っちゃっておこう♪、かなぁ。正直なところ、このような普段は触れることのない物理学熱力学)の基本の入門書を読了した貴重な機会でもなければ、数式や方程式を見ただけで読み飛ばしてしまいたい衝動に駆られ、現にそうしている(恥ずかしく情けない)ぼくにとって、ある意味では与えられた限られたチャンス!!?、逃しちゃぁいけない!、でしょ♪

ところで、「マイナスのナルシス」って哲学者“中島義道”の著書『ひとを愛することができない マイナスのナルシスの告白』(角川文庫、2007)で目にしてから、ぼくのなかでグルグルグルグルまわっていて、ときどきふと思い出してはひとり言のように口にしちゃうんだけど、「他者に向けられた視線が屈折して屈折して歪みを抱えてみずからに向かってる」みたいな、ある意味では病的とも言えちゃうような自己愛の在り方がある。まぁ、ほとんどぼくの状態はこれ(病的?!)に該当しちゃっているかもなぁ、などと苦笑?!していたりするんだけど、比較的最近まではそんなぼくのなかの根柢にある恥ずべき?!状態を忌避して表出してしまうことがないようになにがなんでも隠すことに苦心してきたような印象さえもっているのだが(どう考えてもうまく隠せていたとも思えないが)、そんな意味から考えるに、ぼくのなかの小さくない部分を占めているのもかかわらず、固く鍵を何重にも閉ざして閉じ込めていなければならなかった、表出してしまうことがないように配慮を怠ることができなかった、そんな負のエネルギーに絡め取られたぼくの、他人から見たら「ひとりでなにやってんの?!」って笑っちゃう?!ような、哀しくもアホみたいな状態から、ある意味では解放してくれた(まだ完全に開放されたわけではない!?)、解放するきっかけを与えてくれた事件みたいな出来事なのであって、そんなぼくのなかにうごめいている「内部エネルギー」みたいな解釈を採用してみたりするときに、物理学(熱力学)的な概念、物質やらその質やら量などという考え方や概念が、そのままぼくのなかのマイナスの考え方であり心であり感情の在り方であり、それをエネルギーとして展開される行動やら思索やらへと(そろそろ電池切れ?!)。
・・・無秩序(乱雑さ)からシステムが魔法生まれるときには、必ずその原動力として、もっと大きな乱雑さがどこか別の場所で発生している。だから、ここまで語ったアカデミックな意味で乱雑さをとらえれば、世界の乱雑さは正味の効果として増大する。すでに見てきたとおり、それは実際の熱機関でも当然言える。それどころか、実はすべてに例外なく当てはまるのだ。  (P.103-P.104)
厳密で厳格な理論構成が要求されるであろう(とぼくは理解している)科学分野にあって、それでも採用されちゃっている「乱雑さ」。そう考えるに(飛躍しすぎの感を否めないが)、数式やら方程式にまで理解が及ばずに読み飛ばしてしまっているぼくが、だからこそ物理学(熱力学)の基本的で重要な原則が読み解かれる本書を読む意義がある、などと言ってしまったら勘違いだろうか?、ぼくはな〜んにもわかっちゃいない♪


≪目次: ≫
はじめに
1 第0法則 温度の概念   「系」とそのふたつの特性/「平衡」という概念と温度/統計熱力学と温度/温度は何を示すものか?
2 第1法則 エネルギーの保存   エネルギーと仕事/内部エネルギー/熱とはプロセスである/分子の観点から見た熱と仕事/熱力学における「可逆」過程/エンタルピーという便法/温度とエンタルピーの関係――分子の観点から/保存則と対称性
3 第2法則 エントロピーは増大する   熱力学第2法則の重要性/第2法則のふたつの表現/絶対温度の定義について/自発的な変化とエントロピー/分子の観点から見たエントロピー/残留エントロピー/冷暖房の実際とエントロピー/蒸気機関はいたるところに
4 自由エネルギー どれだけ仕事に使えるか   仕事にかんする熱力学的特性はないのか?/ヘルムホルツ・エネルギー/ギブズ・エネルギー/ケーススタディー:相転移、タンパク質合成、電池切れ
5 第3法則 ゼロには到達できない   第3法則の意義/有限のはしごを使っても、無限には到達できない/絶対零度に到達できないわけ/第3法則は非日常的か?/より自然な温度の尺度、再論/負の絶対温度は熱力学の法則の解釈をどう変えるのか?
結び
さらに知りたい人のために
訳者あとがき
(二〇〇九年二月 斉藤隆央)
索引


≪著者: ≫ ピーター・アトキンス (Peter Atkins) 1940年生まれ。オックスフォード大学化学教授,リンカーン・カレッジ・フェロー。専門は物理化学。『アトキンス物理化学』などの世界的に著名な化学教科書の著者として知られるが、名作『ガリレオの指』(小社刊)『エントロピーと秩序』『元素の王国』などの一般読者を対象としたポピュラー・サイエンスの書き手としても名高い。

[訳者] 斉藤隆央 (さいとう・たかお) 1967年生まれ。東京大学工学部工業化学科卒業。訳書に『ガリレオの指』アトキンス,『超ひも理論を疑う』クラウス,『なぜこの方程式は解けないか?』『黄金比はすべてを美しくするか?』リヴィオ,『タングステンおじさん』サックス(以上小社刊),『ミトコンドリアが進化を決めた』レーン,『サイエンス・インポッシブル』カク,『生命最初の30億年』ノールほか多数。


bamboo shoot




本「脳はあり合わせの材料から生まれた それでもヒトの「アタマ」がうまく機能するわけ  KLUGE: The Haphazard Construction of the Human Mind by Gary Marcus」ゲアリー・マーカス、鍛原多惠子 訳5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!

脳はあり合わせの材料から生まれた それでもヒトの「アタマ」がうまく機能するわけ  KLUGE: The Haphazard Construction of the Human Mind by Gary Marcus
Amazonで購入
書評/サイエンス



ぼくは「完璧」じゃないことを自覚して受け容れてから、すこしラクに(とっても有意義に!!)生きられるようになったような気がしているョ♪
などと軽々しくも口外しちゃうぼくだって(そんな軽薄さを懸念しつつ)、記憶しているかぎりの幼少の頃からず〜っと、完璧に在りたい!、と意気込み続けてきたことを隠すことをしない。

なるほど、心理学科の大学教授にして幼児言語センターの所長をも務める著者“Gary Marcus(ゲアリー・マーカス)”が本書(原著)タイトルに掲げる“KLUGE”とは?!、ネタバレ??!、などと気にしないわけでもないが、このネタを明かさずに本書は語れないであろう。
・・・ヒトの心は、私に言わせれば、まさに「クルージ(Kluge)」にほかならない。クルージとは技術用語であり、「エレガントにはほど遠く無様であるにもかかわらず、驚くほど効果的な問題解決法」というような意味だ。(中略)
・・・技術者は慰みにクルージをつくることがある。不可能に思えるものを実際につくって誇示したり、無精癖がこうじて中途半端なものをつくったりする。また難局で発揮される機知からクルージが生まれることもある。(中略)なにしろこの「ヒトの心」は、進化がこれといった見通しも持たずに創りあげた、風変わりだが類い稀なる作品なのである。  (P.9-P.10、第1章 歴史の遺物)


さて、本書は“早川書房”さまより“本が好き!PJ”経由にて献本を受けた(御礼!)ものであるが、、、記録(記憶ではなく)を辿ると、「出荷日」が2月5日、2月9日に「読者受取」(ぼくがサインしている)とある。記憶(記録ではなく)しているかぎりでは、受け取った後にしばらくは、興味をもっている“脳科学”系の著書みたい(どちらかというと脳よりも mind 心、進化心理学?!)だから、すぐにでも読みたいんだけど、読み始めたらあっという間に(しかるべき時間を費やすことによって)読み終わっちゃうでしょ、でもでも、興味がある分野だから、やっぱりちゃんと「書きたい」し、そう考えると、ちょっと今は書きえる状態ではないかも、と躊躇して(そんな選択権やら能力やらがぼくにあるかどうはともかくとして)、グズグズしているうちに、およそ1カ月くらいは積読状態で、さすがに手元に見えるところに置いたままにしてあると、そりゃ気にならないわけはないわけで、さらには、記憶しているかぎりでは、読み終えた後にもなんだかんだと言い訳しながらズルズルと「書くこと」を先延ばしにしている、まったくもって「トホホ」だねぇ、どうなっているんだ、ぼくの「心 mind」??!
ところが、開き直って考えるならば、その間に、いわゆる「ダーウィン進化論」を読み解く著書である、ダーウィン『種の起源』を読む (北村雄一 著、化学同人、2009/2)』を読了していたりして、そうするとなると“訳者あとがき”において説かれる、「創造論進化論の根深い対立」であり、本書の根柢にある進化論の概念やらその理解やらに、フムフムフムフム♪、創造論者にも一定の理解を示しつつ、やっぱりぼくとしては進化論を採用したいし、精確に理解を深めたい。北村雄一はその著書において、今から150年も以前に著された論説「種の起源」が正しく理解されていないこと、むしろ正しく理解しようとしない、理解できない現実を嘆いていた。そして、あわせてオススメするならば(誰に対して?!)、新しくはない著書ではあるが(図書館を活用すべし!?)、動物行動学から攻撃 悪の自然誌 (コンラート・ローレンツ 著、日高敏隆・久保和彦 訳、みすず書房、1985年)』であり、精神医学から孤独 (アンソニー・ストー 著、吉野要 監修、三上晋之助 訳、創元社、1999年)』!、いずれも300ページを超える著書だけど、その気になれば、1ページを1分の読書ペースとして換算するに約300分≒約5時間、その気になれば、あっという間だぁ♪
と、どうでもいいことを書き連ねてしまうぼくはどうやら、自己防衛本能というのか、他人との距離のようなものが気になって仕方がなくて、常に距離を測るような行動をほぼ無意識のうちに採るようだ(自覚が希薄で分析途上)。たとえば、ほとんど言い訳のようでありながらも、悪びれることなく展開してきたこれまでの駄文は、ぼくの迷いであり、なかなか定まることなく揺れ動く心情を表していたりする。それでもぼくには必要なんだ。もっと上手に書評を書きたい!、もっともっと献本を受けたい!、との野望を抱くぼくは、まったく書評の体をなしていない自らの在り様の現実に、凹んだりイジケてみたりしながらも、なんとかしがみついて離されないように(存在をアピールしたりして)、不器用にも足掻いてみたりするわけデス。

そう、ぼくはそんな冗長なクルージとうまく付き合っていきたい♪
一方、クルージに打ち克ちたい人には、最終章において挙げられる「入念な実験によって実証された一三項目の提案」が用意される。


≪目次: ≫
第1章 歴史の遺物
第2章 記憶
第3章 信念
第4章 選択
第5章 言語
第6章 快楽
第7章 すべてが壊れていく
第8章 真の叡知

謝辞
訳者あとがき (二〇〇八年一二月 鍛原多惠子)
参考文献


≪著者: ≫ ゲアリー・マーカス (Gary Marcus) 1993年、マサチューセッツ工科大学(MIT)より博士号取得。現在はニューヨーク大学心理学科教授、同大幼児言語センター所長。専門は言語獲得とコンピュータ・モデリング。著書に『心を生みだす遺伝子』ほか。

[訳者] 鍛原多惠子 (かじはら・たえこ) 翻訳家。1977年米国フロリダ州ニューカレッジ卒業(専攻は哲学・人類学)。訳書にスピーロ『ポアンカレ予想』(共訳、小社刊)、ポリトコフスカヤ『プーチニズム』『ロシアン・ダイアリー』ほか。


Ipheion Pink Star




本「あの世はどこにあるのか  Where is the next world?」森田 健5

ブログネタ
読んだ本 に参加中!

あの世はどこにあるのか  Where is the next world?
Amazonで購入
おすすめ度: 4.5
クチコミを見る
書評/



アメーバブックス新社”より、“本が好き!PJ”経由で献本、御礼!、著者“森田 健”の著書は、これまでいずれも献本いただいた『運命におまかせ (講談社、2007/11)』と『生まれ変わりの村  淵▲セス、2008/6)』の二作に続いて三作目、本書はインタビュー(対談)の書籍化♪
・・・『あの世はどこにあるのか』というのを切り口にすると、この世界そのものを科学的に再構築出来るだけでなく、人間の根源的な問題にも近づけるんじゃないかなと思っています。但し、これはインタビューなので自分としても何を言い出すかわからなくて怖いんですけど。 (P.10)
・・・だから『あの世はどこにあるのか』というインタビューの裏テーマは「自由はどこにあるのか」「私たちはなぜ存在しているのか」ということです。 (P.13-P.14)
そう、ぼくが『〈ぼく〉がなにものであるのか?』を問いつづけているかぎりにおいて、積極的に“森田健”をチェックすることをしなくても、きっとまた続編を読んじゃうんだろうなぁ、との印象をもっていて、“あの世”とか“来世”(next world)とかをぼくが信じるか否かにかかわらず、どちらかと言えば信じない、信じることができない、という気持ちがぼくには強いのだけど、それでも完全に否定することはできない、とも考えていたりする。そう、現世(この世)において、ぼくは幸福になることはできない、とのある意味では確信的ともいえるような印象をいだいていて、だからすなわち不幸というわけではないのではあるのだが、その考え(不幸論のようなもの)は、哲学者“中島義道”先生の著作の影響が少なくなかったりする、好意的な意味において。むしろ今では、幸福の反対に位置するであろう不幸を認識することによって、逆説的に幸福を考察することもできたりするのでは?!、とも考えていたりもしている。そう、幸福の絶対量というのか、相対性というのか、的確な言葉が見当たらないままに語ってしまうことについて、ぼくは、実験やら一回性やら偶然性とかをもちだして、語らないことや間違いを恐れることを忌避したいと考えていて、どこまで語れるのか行けるところまで行ってみようと思うんだけど、たとえば、世の中に在る幸福を数量やら容量で測ることができると仮定してみて、その総量って、広く捉えてみると一定量に維持される仕組みになっているんじゃないかなぁ、と、ぼくは考えてみたりしていたりする。そう考えるに、ぼくが幸福を感じたとすると、どこかで誰かがぼくが獲得した幸福の分だけ幸福を喪失していたりして、ということは、ぼくが幸福になった分だけどこかで誰かが不幸になっている可能性が否定できないのであって、ある意味では、ぼくの幸福は他者の不幸の上に成立している、とも考えることができたりするのである。であるとすると、単純にみずからの幸福を希求することに慎重にならざるを得ず、といっても不幸であることは、やっぱり受け容れ難いのではあるが。幸福でもなく不幸でもなく、どちらでもなく平穏な状態を維持することができたらいいのかもしれないが、生きて生活をしている以上、変化のない一定の状態を維持することは限りなく不可能に近いとの印象もいだいているから、どうしたらいいものであろうか、悩みは尽きない、まだまだ考えが足りていない。そんなことばかりを考えているぼくにとって、この世に生きていることって、つねに問いつづけることなのかなぁ、との印象をもっていて、簡単に安易に結論めいた答えに安住することが許されないのかも、とも考えちゃったりすると、まったくめんどくさいなぁ、とか思いながらも、ぼくにはそれ以外の生き方はできないんだろうなぁ、と思っていたりしている。この世に生きて在ることがタイヘンと感じているぼくが、じゃぁ、なんらかの理由によってこの世における命が尽きて死んじゃったとして、仮にあの世(来世)があったとして、あの世(来世)に行ったらラクができるか?、と考えてみて、やっぱりそんなはハズはないであろうことは、考えればすぐにわかることで、しかし、やっぱり考えることには無意味で無駄なことなどないのであろうとも考えて、あの世(来世)の存在の有無を問うことにも一定の意義を見出してみたりしている。


≪目次: ≫
第1章 「あの世はどこにあるのか?」  あまりにも美しい方程式を作ったのは誰か/明日から不思議研究所を始めよう
第2章 四次元への切り込み  フィリピンで発信器を入れる/中国でのテレポーテーションの実験
第3章 ヘミシンクはプリズムだ  2回の体外離脱体験/私は誰でもありません/人間の脳は嘘しかつかない/生まれ変わっても「私」は偏在している
第4章 道教の修行をして仙人を目指す  仙人になる人は山頂に行っちゃいけない/「侶」「財」「地」「法」の四徳とは?/お蔭様と天人合一
第5章 占いによって私は自分の死ぬ日まで知っている  王虎応──トラさんとの出会い/この世の中はがんじがらめな歯車でのようなもだ/場の流れを変えるのが置物だ
第6章 あの世も運命が支配しているのか  あの世はどこでもドア/来世に持ち越せるものと持ち越せないもの
第7章 再び「あの世はどこにあるのか」  蘇生とウルトラマン/時空は問われたい
第8章 生まれ変わりの村が教えてくれるもの  あの世での審判が無いと自殺や犯罪は増えないか?/なぜ日本なのか/お父さんは遅刻できない
第9章 今をどう生きればいいのか……「このままでいい」  こんなにひどい時代をどう生きればいいのか/魂と記憶と時空/最後にはコインで占うことすら必要なくなる
第10章 最終的にあの世はどこにあるのか?  モールス信号と次元変換/あの世は情報次元である
第11章 神はなぜあの世をつくったのか?  神は自分自身をよく知らない/時空はすべてを記録している
第12章 決まった運命を変えるために  神は自由になりたかった/どうすれば世界は変わるのか
あとがき(二〇〇八年一一月一三日 森田 健)


≪著者: ≫ 森田 健 (もりた・けん) 1951年、東京生まれ。上智大学電気電子工学科卒。富士通株式会社を経て、コンピューターソフト会社を経営し、開発した通信ソフトが郵政大臣賞を受賞。1996年に社内に不思議研究所を設置。「時空」と「私」の謎を解くため、数々の不思議現象を探求し、世界中を取材する。主な著書に『運命を変える未来からの情報』『DVDブック 森田健の「見るだけで運命が変わる!」』『DVDブック 究極のいい運命へ』『運命におまかせ』(以上、講談社)、『「私は結果」原因世界への旅』『ハンドルを手放せ』『自分ひとりでは変われないあなたへ』(以上、講談社+α文庫)、『生まれ変わりの村?』(河出書房新社)がある。
不思議研究所 http://www.fushigikenkyujo.com
もりけんドットコム http://www.moritaken.com

山川健一 (やまかわ・けんいち) 小説家。アメーバブックス新社取締役編集長。1953年7 月19日生まれ。早稲田大学商学部卒業。1977年早大在学中に『鏡の中のガラスの船』(講談社)で「群像」新人賞優秀作受賞。以後、ロック世代の旗手として次々に作品を刊行。著書は100冊を超える。
ブログ「イージ・ゴーイング」 http://yamaken.ameblo.jp/





天気予報について、あるいは、そこにあるべきものがないことについての考察と、記憶の不確実性を担保する目的としての記録として……
45日ぶりの約90kmランのほどよい疲労感に浸りつつ♪


本「SUVが世界を轢きつぶす 世界一危険なクルマが売れるわけ  HIGH AND MIGHTY , THE DANGEROUS RISE OF THE SUV by Keith Bradsher」キース・ブラッドシャー、片岡夏実 訳5

ブログネタ
最近読んだ本 に参加中!

SUVが世界を轢きつぶす 世界一危険なクルマが売れるわけ  HIGH AND MIGHTY , THE DANGEROUS RISE OF THE SUV by Keith Bradsher
Amazonで購入
書評/ルポルタージュ



築地書館から、“本が好き!PJ”経由の献本、御礼!
タイトルがそのものズバリ!、SUVの安全性を度外視した車体構造(ピックアップ・トラックがベース、規格・規制基準も)が引き起こす事故のリスクであり、それを承知していながら売らんかなの自動車メーカー(ビッグスリー)であり、持ちつ持たれつの行政を告発するルポルタージュ。死傷事故は予知できなかったわけではないけれど、「だって当初はこんなに売れて、こんなに儲かっちゃうなんて思わなかったんだもん。隙間(トラックと共用)で片手間のつもりが、戦略も展望もないままに、あれよあれよとやっつけ仕事で間に合わせるしかなくってさ。その儲けがなければ健全な経営は成り立たないんだもん。消費者だって、あのイメージ(だけでなくホントに凶暴で危険であることを知らないわけでものに)を欲しているみたいだし、、、」とメーカーが言うのかどうかはわからないけれど、行政だって「自動車産業があってのアメリカ資本主義経済で、広大な国土には鉄道網も整備されてないから生活に欠かせない必需品で経済効果も少なくないから、ガソリンをタダみたいな価格にしてでも、なんとか自動車産業を維持させたいのよねぇ〜」と言うのかどうなのか。仮に本書の論証通りに「SUVが欠陥商品」であったとしても、簡単にこれが、ここが“悪”の根源であるとは言い切れない(だから全470ページの長大なルポルタージュとなっている)、メーカーも行政も秘密を隠して消費者や国民を欺いて、違法な状態を放置したわけじゃなくて、ちょっとじょうず(ズル賢く)に法律に抜け道や抜け穴を用意して、それがメーカーにとっても行政にとっても必要だった、必要だと判断されたのであり、道徳的・倫理的な問題は残るけれど、適法に(あくまでも違法ではないという意味で)やられちゃった!?

どちらかといえば情緒不安定で虚栄心の強い人たちだ。結婚生活に気苦労が絶えず、親であることが気詰まりであることが多い。たいてい運転技術に自信がない。そしてなにより、自己中心的、自己陶酔型で、隣近所や地域社会への関心が薄い傾向がある。 (P.105)
とは?、ドキッとしながらも(えっ、ぼくのこと??!)先を読み進めると、、、自動車メーカーがSUVをファミリーカーにしてからこちら、誰がそれを買っているのか?、マーケット・リサーチ会社が年一回自動車メーカのために行う大規模な顧客調査(35,000〜115,000人の数カ月以内に新車を購入した人のアンケート)による詳細な考察の集計結果、なのである。
ぼくは今では自動車にまったく興味を抱くことがなくなって(かつては大好きだった、ず〜っと一日中運転していても苦痛ではなかった)、すでに自らすすんでステアリングを握ることもない。先日、会社の人事異動による荷物の運搬の必要に求められて(その是非はここでは問うことをしない)久しぶりに自動車の運転をしたのだが、ただただメンドクサ〜イと思うばかりで、電車に揺られて自動的(自ら行為することなく)に運んでほしいなぁ、そのあいだに本も読めるしぃ〜、と思いながらボンヤリ運転していたからか、ヒヤリとする場面がなかったわけじゃない。ややもすると(それもあってぼくは明確に運転に適性を欠くと考察するのだが)闘争本能がはたらいちゃうと(制御不能?!)、、、アブナイアブナイ、なんど車内で大ゲンカしたことか(思い出にひたっている場合ではない)。
そう、同じ築地書館から刊行されている著作で、キューバに精しい“吉田太郎”(長野県農業大学教授)のキューバレポートシリーズ『世界がキューバの高学力に注目するわけ (2008/10)』『世界がキューバ医療を手本にするわけ (2007/8)』、『1000万人が反グローバリズムで自給・自立できるわけ (2004/1)』、『200万都市が有機野菜で自給できるわけ (2002/8)』他全六作品に、1990年代初頭のソ連崩壊とアメリカによる経済封鎖によって輸入(食糧、科学肥料、石油その他の原材料を輸入に依存しまくっていた)が激減したことによる経済危機で、石油が供給されなくなって、電気も頻繁に止まるようになって、車もバスも農場のトラクターさえもが動かすことができなくなってしまって、会社に通勤することもできないし、食料は不足する(給料が貰えないから買えない、トラックが動かせないから供給されない)しで、仕方がないから都市型農園で自給自足の即席農家に転身!、なんてウソみたいなホントの話が紹介されていて(現在はまたずいぶん状況が変わったらしい)、なかなかピンとこなかったんだけど、しばらく引っかかったまんまでいたからよくよく考えてみたら、現実的に考慮しないわけにもいかないのかも??!、と真剣に考えちゃった。電気が止まったら、石油(ガソリン)がなくなったら、、、なんて考えていたら、ガソリン価格が急騰して、かと思ったら暴落(売れない?!、からズルズルと)して、尋常じゃない、正直なところ関わりたくない、などと言ったら無責任にすぎるかなぁ。さらには、ビッグスリーの支援に乗り出すアメリカ政府、なんてニュースも聞こえてくる(テレビも新聞も雑誌も見ないから詳しいことは知らない)し、、、しかし、最近の若者は(会社の若い同僚たちも多くは)自動車離れが相当に進んでいるみたいで、不動産業の営業職(顧客を現地に車で案内する)を希望していながら運転したことがない輩も少なくないと聞く。ぼくは最近では自転車(クロスバイク)を愛好しているんだけど、車道を走行するとき(好んで走る、闘争心丸出し♪)には、自動車の動向をそれなりに気にしながら、さまざまな危険を予測することを心掛けているんだけど、それは自分自身が自動車の運転者としての経験があってこそなしえる技術でもあろうかと。何車線もある広い道路とか、大きな交差点、横断歩道とかって、周囲の状況判断に困難が伴う。並走する自動車や、対向車だけじゃなくて、歩行者や自転車が、予期しない行動に出ることが少なくない。こればっかりは経験するしかなくって、机上の座学をどんなにこなしても、実際に危ない思いをして体で覚えないと身につかない。そう考えるに、自動車の運転の経験を有しない人々が増えることに、むしろそのことを懸念したりする。まぁ、自動車の絶対数が減少すれば、そんな懸念は杞憂に終わるのであろうけれども。
などと言い及ぶぼくは、かつてSUVユーザー(オーナー)だった♪


≪目次: ≫
巻頭写真
序章

機SUVの誕生
1章 SUV前史
2章 死体再生
3章 フォード・エクスプローラーの開発
4章 SUV大型化への道――燃費・税制・大気汚染の政治学
5章 SUVが支えたアメリカ経済
6章 「威圧的で凶暴」を売る・・・SUVマーケティングの基礎

供SUVの暗部
7章 四駆安全神話
8章 横転
9章 殺傷率・・・コンパティビリティの低さ
10章 なぜSUVの自動車保険は安いのか
11章 街の迷惑者
12章 温暖化、燃費、大気汚染とビッグスリーの闇カルテル疑惑
13章 マスコミを味方に引き入れる
14章 緑の王子・・・フォードの環境戦略
15章 フォード=ファイアストン・タイヤ騒動の真実

掘SUVが世界を轢きつぶす
16章 次世代のSUVドライバー
17章 多目的クロスオーバー車
18章 アーノルド・シュワルツェネッガー
19章 世界を覆うハイウェイ軍拡競争
20章 SUVに乗るということ

検―章

付録1 SUV:13の神話と現実
付録2 自動車の分類一覧と初期オフロード車の歴史
付録3 安全なSUVの買い方と乗り方

訳者あとがき


≪著者: ≫ キース・ブラッドシャー (Keith Bradsher) 1996年から2001年まで『ニューヨーク・タイムズ』デトロイト支局長を務める。この間、ジョージ・ポーク賞を受賞し、ピュリッツァー賞の最終候補者となる。ノースカロライナ大学およびプリンストン大学を卒業後、1989年より『ニューヨーク・タイムズ』記者として活躍。現在は同紙香港支局長をつとめる。本書は、ハードカバー版が2002年に刊行され、「訳者あとがき」にあるように数々の賞を受賞、増補ペーパーバック版は2004年に刊行。

[訳者] 片岡夏実 (かたおか なつみ) 1964年神奈川県生まれ。主要訳書は、マーク・ライスナー『沙漠のキャデラック アメリカの水資源開発』、アルンダティ・ロイ『わたしの愛したインド』、エドワード・アビー『爆破 モンキーレンチギャング』(いずれも築地書館)など。


つべこべ言わずに、クルクル回わせ!!
予期せず六日間も(当初は三日間の予定であった)年末年始休暇を取得することとなって、クロスバイクは半分の三日(約90km約90km約40km⇒合計約220辧砲念き分け?!、読書は10冊を読了、なによりすでに読了していた本書の書き記しを終えたことにホッとしている、充実のひきこもり(1/2に娘と夕食を共にした以外に誰とも会わなかった静寂)の日々♪



コミック「テラ・ルネッサンス機^貎佑劼箸蠅北ね茲鯀呂詢呂ある (『心を育てる』感動コミック VOL.3)」田原実 作、西原大太郎 画5

ブログネタ
最近読んだ本 に参加中!

テラ・ルネッサンス 一人ひとりに未来を創る力がある (『心を育てる』感動コミック VOL.3)
Amazonで購入
書評/



そう、「私たちは、無力ではないのですから。 (P.181-P.182)」
なんらか事(行動)を起こすことが大切で、一所懸命であれば、なんらかの道はひらける!、ぼくは信じて疑わない♪

インフィニティ「感動コミック」第三弾、“本が好き!PJ”経由で献本、御礼!
第一弾第二弾では「愛と感動の美容室『バグジー』」が、第三段の本作では特定非営利活動法人 テラ・ルネッサンス』が採りあげられる、『機戮辰討海箸蓮◆忰供戮あるということかしら?、確かにもう少し詳しく活動内容、その他を知りたくて、ウェブサイトや、理事長“鬼丸昌也”のブログ『代表の独りごと』を見たりしたんだけど、、、

ぼくは理解能力に劣ると自負していて、人の話を聞いてもなかなか一回で理解できた気がしなくて、自分でも口にして反復してみたりして、ときに質問をして、それでも不安を覚えるときがあったりするのは、神経質にすぎるから?!、その理解できない、理解できた気がしない不安から、さらには深い理解を得たい、真意を理解したい、と希求するからこそ、ぼくはなにごとにも(とくに読書に)一所懸命になれるのだから、それはある意味でのぼくの個性。その一所懸命は、一方では思い込みの激しさにもあらわれて、これが的外れなことが少なくない。恥ずかしい思いをすることが少なくなくて、しかしこれもまたぼくの個性。
本書においても、ぶっちゃけた話が第一読では、軽々しく指名献本を受諾してしまったことを後悔(?!)する、「世界の平和を目指すNPO法人って、、、で、なにができるというのか?!、偽善だ!、戦争も貧困もこの世の中からなくならない!」と不快感を抱いて、軽い怒りまで感じたことを隠すことをしない、人間性に問題アリ。しかし困った。これでは書評など書き記せない(苦笑)。頭を冷やして、もう一度ちゃんと読む。まぁ、ぼくの根柢にあるものは、そう簡単には変わりえないのだけれども、表現に配慮が必要であろう。ちなみに、駅前などの街頭で行われる募金等の活動のうち、「あしながおじさん(?!)」の高校生の生の声には、正直なところこみあげてきちゃうものを感じないわけではないんだけれども(実際に金銭的な支援を受けた者の訴え・想いは本気だ)、それでもぼくは自分自身が生き(生活する)ことに精一杯で、そのことを多少悲しく(非人間的であると)感じないこともないのだけれども、それでもぼくは恥ずかしいくらいに経済的な余裕がなくて、そして、世の中には経済的な心配をすることなく生活している人の方が多い現実が絶対的にあって、だからぼくなんかが募金しちゃうと、かえってぼくは不公平感に苛まれて、どうにも気持ち好くなれない。そもそも募金行為は、経済的な余力のある者が、弱者に対して施しを与えるという側面を有するものであろうから、施しを与える者の自己満足(気持ち好さ)が得られることは当然のことであろうし、ときに純真無垢な少年少女が、少ない(少なからぬ?!)お小遣いから募金を拠出するのだって、それはそれで自己満足を得る対価と捉えたら、間違いであろうか?!、ときに赤い羽根募金などは、これ見よがしに赤い羽根を胸にしている紳士淑女を見るに、「わたしは好いこと(募金)をしている素晴らしい人間である」とアピールしているようにしか見えないし、また「もう募金したんだから、これ以上の拠出は勘弁してくれ」と訴えているように見える、と言ったら言いすぎであろうか。しかし、多くの人はそのようには感じないのであろう(と、ぼくはそう理解している)し、そう穿った見方をしてしまうぼくの人間性が疑われることは仕方がないことで、まったく否定も弁解をもする気がない。
しかし、「戦争や貧困がなくならない現実について」、その自説を明快に展開するには、まだまだ理論構成が脆弱にすぎるんだよなぁ、、、

冒頭、「現在 世界には―――、6000万〜7000万個の地雷と、約30万人の子ども兵が存在している (P.7-P.10)」と。
オビには、「ウガンダやコンゴでの元・子ども兵支援や、カンボジアでの地雷除去支援・日本国内での平和啓蒙活動を行っているテラ・ルネッサンス」とある。

そんなわけで、ぼくが啓蒙活動や支援活動に自らがすすんで参画することはないけれど、それらの活動に賛同を表明しないことはない。戦争と貧困の世界からの根絶は、ぼくだって願ってやまない。ただ、ぼくにはそのことに人生の多くの時間を費やすことができない(信じて一所懸命になることができない)、というだけで、それを強く願って、さらには生涯を懸けた行動にうつすことができる者を、ある意味では羨ましく、(その豊かな?!人間性を)妬ましく思っているのかもしれない。

作: 田原 実  1965年広島県広島市生まれ。関東学院大学経済学部経営学科卒業。1992年に株式会社インフィニティ代表取締役に就任。志の確立と実現を通じた企業の経営革新と人財育成に取り組んでいる。

画: 西原 大太郎  1971年広島県広島市生まれ。広島県瀬戸内高等学校卒業。1991年に、第8回月刊ジャンプ少年漫画大賞佳作受賞。2000年に、第46回小学館新人コミック大賞佳作受賞。主な連載作品、『筋肉番付外伝 怪傑! 金剛くん』『劇場版ポケットモンスター 七夜の願い星 ジラーチ』など。

愛と感謝の美容室 バグジー (『心を育てる』感動コミック VOL.2、田原実 作・山上幸二 画、2007/10)』
愛と感謝の美容室 バグジー (『心を育てる』感動コミック VOL.1、田原実 作・山上幸二 画、2007/3)』

!





本「第三帝国の興亡 第4巻 ヨーロッパ征服  THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :The Conquest of Europe」ウィリアム.L.シャイラー、松浦伶 訳5

ブログネタ
最近読んだ本 に参加中!

第三帝国の興亡 第4巻 ヨーロッパ征服  THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :The Conquest of Europe
Amazonで購入
書評/歴史・時代(F)



東京創元社より、“本が好き!PJ”経由で献本、御礼!
ちょっと緊張?!、八月七日以来、四カ月ぶりのアップ。全五巻の“第一級の歴史ノンフィクション”シリーズ第三帝国の興亡』の第四巻の本書の献本は、第一巻「アドルフ・ヒトラーの台頭」第二巻「戦争への道」に続いてのこと(第三巻「第二次世界大戦」は献本の抽選に落選して図書館で貸借)なんだけど、、、じつは複雑な気持ちだったりする。とにかくぼくは無知で不勉強で、歴史にもまったく詳しくなくて、本シリーズ第一巻を手にするまで、かの“第三帝国”のなんたるかを知らなかった。だから、本書の概要を要約して他者に本書の興味を抱かせる!、などという“書評”なるものをどうして書きえようか、などと言い訳しても、その責を逃れられようはずもないのだけれども、、、しかし、その責はぼく以外の優秀なメンバーに委ねて(もっとも、概要はさまざまな紹介ページが充実しているから、その責は負わない?!、とも)、第一級の歴史ノンフィクションの長大な調べ(濃密な時間の流れ)を愉しむ♪
オビに記される、“征服を重ね、頂点へ達した総統。しかし、大いなる転機が訪れる。”
第四巻のタイトルは『ヨーロッパ征服』、
地図で見ると、一九四二年九月までにヒトラーが成し遂げた制服は気も遠くなるほどだった。地中海はまるで枢軸国の池のようになり、北岸はスペインからトルコまでのほとんど、南岸はチュニジアからナイルに一〇〇キロ足らずの地点までドイツとイタリアで押さえていた。実際、いまやドイツ軍は北極海に挑むノルウェーのノールカップからエジプトまで、大西洋のブレストからヴォルガ川下流の中央アジアに接するあたりまで哨戒にあたっていた。 (P.414)
(ぼくの頭の中には地図が描けなくて、どんだけスゴイことなのか映像では認識できないのだけれど、スゴそうな雰囲気だけはヒシヒシと感じる!?)、一九四二年、スターリングラード攻防戦(敗北)まで。

≪目次: ≫
第四部 戦争――初期の勝利と転機(承前)
第二十一章 西部の勝利

対立するさまざまの作戦計画/一九四〇年五月十日―六月二十五日/オランダの征服/ベルギー陥落と英仏軍に罠をかける/レオポルド国王の降伏/ダンケルクの奇跡/フランスの崩壊/ドゥーチェ、フランスの背中に短剣を突き刺す/コンピエーニュにおける二度目の休戦/ヒトラー、平和をもてあそぶ
第二十二章 〈アシカ作戦〉――阻まれたイギリス侵攻
バトル・オブ・ブリテン〉/侵攻が成功していたら/追記 ナチのウィンザー公夫妻誘拐計画
第二十三章 バルバロッサ ソ連の番
ベルリンのモロトフ/挫折の六カ月/「世界は固唾をのむだろう」/バルカン前奏曲/テロの立案/ルドルフ・ヘスの高飛び/窮地に立ったクレムリン
第二十四章 風向き変わる
モスクワ大進撃
第二十五章 アメリカの番
「アメリカと事を構えるのは避けよ」/わが道を行く日本/パール・ハーバー前夜/ヒトラー、宣戦す/十二月十一日――議会におけるヒトラー
第二十六章 大いなる転機 一九四二年――スターリングラードエル・アラメイン
息を吹き返した陰謀者たち/ドイツ最後の大攻勢/ソ連におけるドイツの夏季攻勢 一九四二年/最後の一撃――エル・アラメインと英米軍の上陸/スターリングラードの大敗


≪著者: ≫ ウィリアム.L.シャイラー (William L.Shirer) 1904年シカゴ生まれ。ジャーナリスト・歴史家。コー大学卒業後、渡欧。〈シカゴ・トリビューン〉紙の特派員などを経て、CBSのヨーロッパ支局長に。ドイツのオーストリア併合など、数々の歴史的事件の報道に携わる。1940年、戦況の悪化に伴ってアメリカへ帰国し、自身の経験をもとにしたベストセラー『ベルリン日記』(筑摩書房)を発表。1960年に発表した本書では、全米図書賞を受賞する。『フランス第三共和制の興亡』(東京創元社)、『第三帝国の終わり――続ベルリン日記』(筑摩書房)など著書多数。1993年没。

≪訳者: ≫ 松浦伶 1936年島根県生まれ。東京大学文学部卒業後、文藝春秋入社。雑誌・書籍の編集者を経て、翻訳に従事。訳書にジャイルズ・ミルトン『スパイス戦争――大航海時代の冒険者たち』(朝日新聞社)、アル・パチーノ+ローレンス・グローベル『アル・パチーノ』(キネマ旬報社)がある。2007年没。


第三帝国の興亡 第3巻 第二次世界大戦  THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :World War (2008/8)』
第三帝国の興亡 第2巻 戦争への道 THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :The Road to War (2008/6)』
第三帝国の興亡 第1巻 アドルフ・ヒトラーの台頭 THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :The Rise of Adolf Hitler (2008/5)』

津久井湖





ところで、本書を“受け取って一言”という書き込み(の義務)があって、ついつい調子に乗って、そこに『“No More!”とだけは簡単に言えないよねぇ〜』などと書き記してしまった(意図して!?)んだけど、ぼくは意識しておかないと簡単に、「悲惨な歴史(戦争)を繰り返すな!」、みたいなステロタイプで書き記してしまう、これまでも無意識に書き記してきた。当然にその段階を経て、それを動機として、その先があるのであって、決して咎められるものではあるまい(と、自己防衛?!)。
最近になって、いろいろな本を読む機会を得て、中途半端な知識(ぼくの無能力ゆえに)でしかないのだけれど、知れば知るほど中途半端には語りえない、との思いが高まって、とにかく言葉を失う、ますます語りえない。そんな一方では、“知”への興味は高まりを覚えるばかりで、「う〜、わからない〜♪」などと、ある意味でのマゾヒズム。「これも、エロス(=生の欲動、フロイト)か?!」、などと、わかったようなわからないような(きっとわかってない)ひとりごとが増す。そんなこんな(かなり強引だけど)でひきこもり傾向にあり、ますます他者との隔たりを強く抱くようになり、さらには“生き辛さ”(のようなもの)を感じないではいられない。そもそも、ぼくの生き辛さ(のようなもの)は、今に始まったものでもなくて、最近になってようやく認識して、そういうものだと受け容れるよう心掛けている(完全に受け容れることはできていない!?)が、気がついたときからず〜っとそう。破綻しちゃった結婚生活だって、そもそもが無理があって(と、最近では認識するようにしている)、ぼくは依存癖が強いものの、他者と絶対的に相容れない不寛容(過度に潔癖)な部分を有していて、共同生活に不向きであるにもかかわらず、それまでの育成の過程における甘えからの自立不適格を理由に、勘違い(若さゆえ)した、と。相手に、その当時どのような理由があったのかは、すでに知る由もないが、彼女は強い。その強さに、自立不適格で弱いぼくは惹かれた(と、分析する)。何度も「わたしはあなたのお母さんじゃない」と言われたことを、先日娘に会った時に、娘の口からも聞かされて思い起こした。娘の養育の問題もあって、表面的な経済力に勝るぼく(それでも二重生活に耐える資力に欠ける)は、経済的を理由にして共同生活を提案するのだけれど、何度も何度も明確に断られて「考えたこともないし、絶対にありえない」とまで断言されても、いまだにどこかで諦めきれていない。しかし、考えれば考えるほどに、ぼくは共同生活に不向きで、どう考えても新たな人間関係を築くことが想像できなくて、その負担ともいうべき、ぼくの不安(寂しさ)を紛らわす依存先を、手近なところで、という意図を否定できない。生きる力(強さ。経済力とは限られない)を有しない相手(どちらかと言えば、女性には少なくない?!)であったならば、状況は違っていたであろうが、彼女は強い、ある意味ではひとりで生きていくべき(強すぎるがゆえに)側面をも有していて、そう考えるに、ますます結婚した当時に何があったのかと、人生の(出逢いや縁の)不思議を思い、さらには下世話な想像(彼女は著しく詮索や干渉を嫌う、ぼくは細かいことに気が付いてしまい気が付いたら知らずにはいられない)をしてしまうのだが、返す返すもすでにぼくには知る由もない。ぼくはやっぱり、ひとりで生きていくべきだろうなぁ、、、と、そんなことばかり考え続けているぼくは、〈ぼく〉がなにものであるのか、なんで生きてこの世に存在しちゃっているのかを知りたい。なんだかぼくには、生き辛い(と感じることが少なくない)世の中だけど、だからといって、決して嫌悪してはいない、悪くない。嫌悪したところで、どんな世の中だったらいいのか?、と問われても回答できない、という自らの無能力もあるけれど、絶対的な完璧なものなど世の中にはない、存在しえない、と考えるから、現実の“今”を否定して嫌悪することに意義を見出すことができず、そのことに思い煩うことの無益さ(貧乏症)を考えるに、さらには、自然の力学というのか、なにごとも然るべき方向におさまる、持続可能性がないものは継続しえない、自然淘汰のような作用を理解するにいたっては、ますます今現在を否定することができない。絶対的に矛盾は消失することなく存在しえるわけだから、しかし、自然の大きな力に導かれて悪いようにはならない!?、現にぼくたちは今、この世の中に存在している。
もしも(非現実的ではあるがあえて)、ナチス・ドイツの時代にそこに生きていたら、それでもぼくはきっとグズグズと生き辛いと思い煩って、もしかしたら戦争で死んでしまうのかもしれないけれど、じゃぁ戦争がない(平和ボケした)現代社会が、素晴らしい(正しい)か?、と問われても、回答に窮する。死ぬことに恐怖を感じないといったらウソになるけれど、じゃぁ漫然とただただ生きることが、そんなに素晴らしい(正しい)ことなのか?、との疑問を呈さずにはいられない。

本「チョコレートを滅ぼしたカビ・キノコ The Triumph of the Fungi: Rotten History」ニコラス・マネー、小川真 訳5

ブログネタ
今日読んだ本 に参加中!

チョコレートを滅ぼしたカビ・キノコ The Triumph of the Fungi: Rotten History
Amazonで購入
書評/サイエンス




築地書館より、“本が好き!PJ”経由で指名献本、御礼!
とにもかくにも興味を抱いて読み進めている出版社のひとつで、既読の20作に1作としてハズレがない。仮にぼくの評価が甘いとしても、「無駄な読書をする気はない」と放言して憚らないぼくが、当初はともかくとしても、4作目くらいからは「“築地書館”だから読んでみよう!」で、20作もの労力(?!)と時間を費やしている事実。なかでも、そのキッカケとなった“吉田太郎 (1961- )”がお気に入り♪、もっとも長大な1作を残しているものの、そろそろ続刊が望まれる?!。そして、築地書館と言えば、あの長大重厚な超大作、持ち運びに不向きであることを理由に中断している昨年末以来の雪辱(?!)を果たさねば。
なにを隠そう本書の著者と訳者が著した前作『ふしぎな生きものカビ・キノコ 菌学入門 (2007/12)』も読んでいて、手にしたキッカケは、大いなる嫉妬心(?!)。こればっかりは、自分自身でも笑ってしまう(笑えない?!)のであるが、隠したところでどうにもしようがないので明かしてしまえば、「どうしてぼくに指名献本しないのかなぁ!?」なのである(恥ずかしい…)。確かに、ぼくは知識も理解力も、さらには書き記す能力も圧倒的に不足しているところは、大いに自覚している。すぐに「わからない」と開き直る。なにより、消費者の目に触れる機会が少ない(最近では訪問者が100名/日を超えない)。どう考えても、出版社がぼくに献本をすることは、経済効果が乏しく、費用対効果が見込めない。それを自覚してなお、なんの根拠も自信もないのに、そう考えてしまう、おこがましさ。でも、そう考えたことは、抗いようのない事実。現に、嫉妬を原動力として、邪な心持ちで読んだことを理由とするわけではないのであろうが、『ふしぎな生きものカビ・キノコ 菌学入門』の内容の詳細な記憶がハッキリしない。ぼくのなかに“菌界(菌類)”という新たな世界が広がったことに相違はなく、興味深く読んだ印象はあるのだが……
というわけで、指名献本の話を“本が好き!PJ”事務局からいただいて、正直、夢が叶ったようで、すごく嬉しかった。ところが、夢は見ているうちが花で、追い求めるからこそ、その状態がもっとも愉しいのであって、叶ってしまうと…。
もう、引き返せない、行くしかないでしょう♪


さて、本書において説かれる“植物病理学”。基礎知識として、生物分類学上、最高の階級である「界(kingdom)」に分類されるのが植物動物・菌(カビ・キノコ)。その1界を担う“菌類(菌界,Fungi)”の病害が、動物や植物に破滅的な被害をもたらす。そもそもが、地球上に何億年も君臨してきた“菌類(菌界,Fungi)”の知られざる生態。なるほど、『人類の歴史、生物の進化の隠れた主役の物語』♪
普段あまり意識することなく、目に見えないがために、(特にぼくなんかは)興味を抱くことがない“カビ・キノコ(菌類)”の物語に、世界を見る目線が新たに加わり、より多角的に生物学 (Biology)への解釈が拡がる。


関連性を有する著作が何点か思い浮かんだ。
生物学のちゃんとした精しい勉強をしていない初心者のぼくには、『恐竜は虹色だったか?―たけしの「最新科学教室」(ビートたけし他,新潮社,2008/03)』の日本の研究者たちとの対談によって、幅広い情報(知識)がわかり易く説かれているのが、実はもっとも役に立ったりする。なかでも、ズバリ“植物は動き回る必要がなかった”などと説かれていたのには、当たり前のことながら大いに感心した。そして、菌類も、自ら動き回ることなく、風に飛ばされ、人の移動に伴って足の裏、車のタイヤ、船の荷物、飛行機などなど、勢力を拡大する。
そして、風を利用して遠くまで飛ばされる“風船爆弾”の記述にあっては、“佐藤優”の著作にあって、第二次世界大戦中の日本軍の活躍として何度か登場し、『大気の海 −なぜ風は吹き、生命が地球に満ちたのか (ガブリエル・ウォーカー,早川書房,2008/01)』にも精しい記述があったと記憶している。
本書のタイトルにもある“チョコレート”、菌類が病害を与えた植物のひとつでしかないのにもかかわらず、インパクトの強さ(?!)で大抜擢されているのであろうが、実は、菌類の攻撃を受けるまでもなく(病害を受けて当然?!)、そこに垣間見える根の深い、長い歴史に秘められた世界的な諸問題に目を向けずにはいられない、『チョコレートの真実 (キャロル・オフ,英治出版,2007/8)』を始めとする“英治出版”の海外翻訳著作シリーズは、特に貧困層(開発途上国)に目を向けた、地球レベルのグローバルな問題を提起する。それは、チョコレート(カカオ)に限らず、コーヒーやゴムも同様であろう。
さらには、農作物全般に目を向ければ、開発途上国だけの問題に止まらない。ジャガイモやトウモロコシや穀類など、先進国での工業化された農業においても、大資本(企業)による操作というのか、搾取というのか(適当な言葉が出ないが)、問題は山積している。
ある意味では、菌類だって、生き残りをかけて必死の攻防。生存の、種の保存の本能が、他生物に対する病害として機能する。人間のエゴに圧されて、絶滅しちゃうわけにはいかない!?

そして、地球温暖化やら生物多様性へと、、、


≪目次: ≫
第一章 風景を変えたカビ
ブロンクス動物園から始まったアメリカグリの枯れ/クリ胴枯病菌のこと/役に立っていたアメリカグリ/大騒動になったクリ胴枯病菌/失敗に終わった防除対策/枯死に至るメカニズム/形成層を食べる胴枯病菌/鳥が胞子を運ぶ/風に乗る胞子/病原菌の故郷/日本にもいたクリ胴枯病菌/萌芽で生き残るアメリカグリ/原爆を作ったロスアラモスの研究所も敗北/バイテクも敗北か/アメリカグリへのこだわり
第二章 ニレとの別れ
猛威を振るうニレ立枯病/活躍したオランダの女性研究者たち/不幸な女性たち/たちの悪いニレ立枯病/菌の運び屋、ニレキクイムシ/病気の伝染経路/消えた合衆国憲法のニレ/ニレが枯れて裸になった町/ニレが枯れるわけ/ヨーロッパを襲った二度目の大流行/病原菌はどこから来たのか/効果の上がらない治療法/抵抗性品種を植える/ローマ人が持っていたオウシュウニレ
第三章 コーヒーを奪う奴
人類の祖先ルーシーとコーヒー豆/セイロンのコーヒー栽培と森林破壊/やりたい放題のコーヒー王たち/コーヒー葉さび病菌の発見と同定/高級品のルワクコーヒー/マーシャル・ウォードとコーヒーの葉さび病菌/厄介な胞子、見つからない中間宿主/間違っていた新説/コーヒーから紅茶へ/大西洋を渡ったコーヒーさび病菌/コーヒーノキの出自/コーヒーノキと菌のいたちごっこ
第四章 チョコレート好きのキノコ
病気とともに始まったカカオ栽培/チョコレートができるまで/カカオノキの品種と栽培/英名は魔女の箒、和名は天狗巣病/カカオノキを襲うキノコ/おとなしいキノコが変身するとき/カカオ王、菌に負ける/クリニぺリスの伝播経路/国家経済を揺るがしたキノコ/植民地主義とカカオ栽培/ポッドを食べるネズミと菌/ブラックポッド病の防除/モニリア フロスティー ポッド病
第五章 消しゴムを消す菌
タイヤを作ったグッドイヤー/ゴムのとり方を工夫したマッド・リドリー/ブラジルから種を持ち出した英雄、ウイッカム/海を越えて植物を運んだウォードの箱/キュー王立植物園からアジアへ/ブラジルのゴム長者、その栄光と挫折/スリナムから始まったゴムノキの葉枯れ病/病原菌、ミクロシクルスの伝播/単一栽培の弊害/フォードが乗り出したゴム栽培/またいつ襲われるのか/ゴムノキを枯らすスルメタケ属のキノコ
第六章 穀物の敵
古代から続く、穀類の病気/フランスから始まった、なまぐさ黒穂病の研究/初めて病気の原因を特定したプレヴォー/フランス革命となまぐさ黒穂病菌/粉塵爆発の原因になった胞子/トウモロコシの黒穂は珍味か/さび病菌の謎/高名なド・バリーの功績/さび病菌に見る異種寄生性の進化/ヘビノボラズ退治/終わりなき戦い
第七章 カビが作るジャガイモスープ
バークレイ師、ジャガイモ疫病菌をとらえる/ジャガイモ疫病菌の侵入/殺して餌をとる/バークレイ師の苦労/アイルランドの悲劇/ボルドー液を作ったのは誰か/薬剤による防除/ジャガイモ疫病菌の卵(卵胞子)/交配して強くなったジャガイモ疫病菌/ジャガイモ疫病菌の起源
第八章 止まらない木の枯れ――未来に向けての菌とヒトのかかわり
菌類植物の長い歴史/森林への脅威、人が運んだストローブマツとさび病菌/アメリカへ里帰りしたさび病菌/植物病理学菌学の仲たがい/ほかのマツにも広がるさび病/カシナラの突然死/分子生物学的手法による同定/広がる宿主範囲と防除/気がかりな病気の蔓延/フィトフトラ ラモラムの交配型/オーストラリアのユーカリ、ジャラの枝枯れ/暴れるフィトフトラ シンナモミ/病原菌農業生物兵器にされる植物病原菌/イラクの生物化学兵器開発/アメリカの菌を使った対麻薬戦略/動植物の大絶滅で繁栄した菌類/病害の増加は人類絶滅の予兆か



≪著者: ≫ ニコラス・マネー (Nicholas P. Money) イギリス生まれ。イギリス、ブリストル大学卒業。生物学専攻。菌学を志す。1986年エクセター大学博士課程修了(Ph. D)。現在、アメリカ、マイアミ大学(オハイオ州オックスフォード)植物学教授。カビからキノコまで、広い範囲にわたって菌類の形態や生理について研究し、多数のユニークな業績を発表。菌学の普及にも務め、本書のほかに、“Carpet Monster and Killer Spore”(2004) と“The Triumph of the Fungi”(2007) をOxford University Press から出版している。

≪訳者: ≫ 小川真  関西総合環境センター常務取締役。生物環境研究所所長。農学博士。1937年、京都府生まれ。京都大学農学部農林生物学科卒。京都大学大学院農学研究科博士課程修了。1968年、農林技官 林業試験場研究員。1973年、林業試験場土壌微生物研究室長、企画科長。1988年、森林総合研究所きのこ科長。1991年、退職後、現職へ。
マツタケの生態や栽培法の研究からはじめて、その研究領域を樹木の外生菌根や作物の菌根、森林の土壌微生物に広げ、樹木の枯死と菌根の関係やキノコの栽培にも手をそめるなど、幅広い研究領域をこなしてきた。現在は植林によって二酸化炭素を固定し、炭を土壌改良など、農林業に利用することによって炭素の封じ込めを図る研究をすすめ、国内外で活動中。現在、「白砂青松再生の会」会長としてマツ林の再生・修復のボランティア活動に従事。



黄金色の輝き♪
Powered by PICS





本「本当のところ、なぜ人は病気になるのか? 身体と体の「わかりやすくない」関係 WHY DO PEOPLE GET ILL?」ダリアン・リーダー、デイヴィッド・コーフィールド、小野木明恵 訳5

ブログネタ
今日読んだ本 に参加中!

本当のところ、なぜ人は病気になるのか? 身体と体の「わかりやすくない」関係 WHY DO PEOPLE GET ILL?
Amazonで購入
書評/健康・医学




早川書房より、“本が好き!PJ”経由の献本、御礼!
自嘲気味に“ビョーキ”と放言して憚らないぼくにとって、本書は時折なみだが溢れそうになるほど好い、ちょっとヤバイくらいに。サブタイトルにもある「わかりやすくない」ところが、これまた堪らない♪♪
実は、直前の書き記し『本「日本という方法  おもかげ・うつろいの文化 (NHKブックス)」松岡正剛 』において、「わからない、わからない、理解に及ばない、、、」と逃げまくったので(むしろ意図的に?!、笑)、そして、休日を満喫(ムフフフフ♪)して気分も新たに。気分の浮き沈みの激しいぼくは、持続性に乏しく、時に大きく反対方向へ揺り戻して前進する反動を得る、などと冷静な分析をするほどには、おとなになりきれていない。ただ単に、衝動的に破壊行為の欲求に駆られる、というのが正しい!?、のであろう。そんなこともあって、自らを“ビョーキ”と自嘲するのではあるが、、、

さて、さすがは早川書房にあって「日本語版翻訳権独占」(いまいち意味を理解していないけど)著作『WHY DO PEOPLE GET ILL?』。
そう、ミステリやSFを読まない(読めない)ぼくは、もっぱら海外のポピュラー・サイエンスノンフィクションを数冊読んだだけではあるのだが、『人類が消えた世界 (アラン・ワイズマン,2008/5)』、『スノーボール・アース (ガブリエル・ウォーカー,2004/2)』、『巨乳はうらやましいか? (スーザン・セリグソン,2007/10)』、『大気の海 (ガブリエル・ウォーカー,2008/01)』、『不倫の惑星 (パメラ・ドラッカーマン,2008/1)』、『犬はきらい? わたしを変えたダメ犬サーシャの物語 (エミリー・ヨッフェ,2007/10)』、フィクションではアフガニスタンを舞台とした『君のためなら千回でも (カーレド・ホッセイニ,2007/12)』いずれも、満足、好印象♪、それぞれカテゴライズされたジャンルを超えて幅広い知識や情報を享受して、さらなる展開を促す秀作揃い。(献本を受けている影響を否定しないが、多少の誇張はあっても、ウソはない!?)


ところで、ぼくは病院を忌避する。積極的な診療や治療を受けたくない、と考えている。今のところ、からだの不調や衰え(老化)をまったく感じていないわけではないものの、治療を必要とするほどではないから、そう考えているのかもしれない。例えば、交通事故にあったとして、輸血を必要とするような状況にあったら、それを拒否することはしないであろう。
それでも、例えば、ガン(本書 第12章に精しい)になったとしたら――実は、家系にガン患者がいないので、現実味を帯びていないのかもしれないのだが――積極的な治療を拒否しようとは、少し以前から考えている。その著作を一時期好んで手にした“池田晶子 (1960-2007)”であり、茂木健一郎との対談共著で知り得た音楽家“江村哲二 (1960-2007)”が、それぞれ2007年に46歳と47歳で、ガンのために逝去していることを、その著作の読後に知ったときの大きなショックは、今でも記憶にあるくらいに衝撃的で、簡単に「惜しい人を失くした」などとは言い得ない。特に池田晶子にあっては、これはぼくの印象で精しいことを知らない(調べていない)ので、本来は口外すべきではないのであろうが、積極的な治療を受けなかったのでは?!、との印象を得ている、あくまでも印象としてではあるが。
つい先日、仕事でお客さんから雑談として聞いた話では、ガンで半年間入院して治療を受けて、1千万円以上かかったそうだ。
ぼくは、経済的な不安を苦手としていて、以前には無邪気に「100歳まで生きる」などと考えて口外していたのを、一気に「50歳まではちゃんと生きよう!?、その後は、、、??!」としたのは、経済的な不安に負うところが小さくない。現状のままの生活力(収入)では、老後に不安がないと言ったら、絶対的にウソになる。正直、不安で不安で仕方がない。さらには、社会性(協調性)にも不安を抱えているのだから、どうにもしようがない?!、そんな厳しい現実を直視することを避けて、無邪気でいるには、ぼくはいろいろ知りすぎた?!、それまでが知らなすぎ?!、どっちにしても、“須原一秀 (1940-2006)「自死という生き方 −覚悟して逝った哲学者 (双葉社,2008.1)」において、“自死(自決)”という選択への理解(とまではいかないけれども!?)を得たことは、ぼくにとって、“今を生きる”を明確にするきっかけともなっている。というようなことを、ぼくの『本「生まれ変わりの村 弯硬跳』の書き記しにコメントいただいた“まりん”さまに、気付かせていただいたのだが、ついつい社会性の欠如と、さらには自我を全開にしてしまって、きっと“まりん”さまに不快感を与えてしまったのではないかと反省しつつも、あえて感謝の意を表するに止めたい。

今年の4月だったか5月だったか、最初は靴下のゴムの部分がボツッとかゆい程度だったのが、一気に全身にかゆいブツブツが広がって、どうにもかゆくて我慢ができなくて、最初は近所の薬局でかゆみ止めの塗り薬を購入してやりすごしていたのだが、いよいよ意を決して皮膚科医の診療を受けたのは、6月21日。結局、今も完治していないものの、放置して薬に頼ることを止めた。その診療の際にも、それ以前に薬局でも、ぼくは説明しているのだが、「精神的なものであると判断している」と明言しているのもかかわらず、当然のように軽くあしらわれる(無視)。皮膚科医にしてみれば、表出しているかゆいブツブツの症状を消失させることが、一般的に求められる使命であり、人生相談に応じる義務はない、ということを、ぼくもまったく理解していないわけではない。最新技術を備えた機材(電子カルテなど)を多用して、それをウリにして、当然にその投資した分以上の診療費を獲得したい。流れ作業的に回転よく(患者も待たされることを嫌う)診療して報酬を得たい。それを否定する気もない。ただ、ぼくには受け容れられない。

いつからか年配好きのぼくは、最新技術に頼らず、専門分野に特化しすぎない、昔ながらのノンビリとした診療を思い描くものの、どうにも描き切れない(行き詰る)。
例えば、吉田太郎 (1961- )世界がキューバ医療を手本にするわけ (築地書館,2007/8)』に紹介されるキューバの“ファミリードクター制”が、ひとつの手本として挙げられようが、簡単にマネできるものでもなく、現状の日本に馴染むとも思えない。

もっと言うなら、ぼくは健康に生きたいとは思わない、などと言いながら、最近クロスバイクを購入して(物欲に抗えない)ランを始めたのは、やっぱり病気になりたくないから??!


≪目次: ≫
序章
第1章 病気の原因
第2章 傾聴の大切さ
第3章 ストレスが犯人?
第4章 病気になるタイミング
第5章 言葉と信念
第6章 病気のもつ意味
第7章 身体が返事をするとき
第8章 心臓
第9章 二つの身体、ひとつの身体
第10章 同一化
第11章 免疫系
第12章 ガン
第13章 正常に潜む健康リスク
第14章 セラピーの効力
第15章 医師の求めるもの
あとがき
訳者あとがき
原注
索引


≪著者: ≫
ダリアン・リーダー Darian Leader ロンドン在住の精神分析家、コラムニスト。
デイヴィッド・コーフィールド David Corfield 科学哲学を専門とする哲学者。ロンドン大学で博士号を取得し、ケンブリッジ大学、オクスフォード大学、マックス・プランク研究所生物サイバネティックス部門などを経て、現在はケント大学に所属する。

≪訳者: ≫
小野木明恵 翻訳家。大阪外語大学英語学科卒業。



Hydrangea macrophylla
Powered by PICS








遺伝がすべてを決めるという考えに立つと、責任をだれかから取り除くことができても、それを別の人に追わせるだけになってしまう。病気に苦しむ当人は、病気を自分に伝えた親や祖父母への怒りにどう対応するのだろうか。そうした怒りは、その疾患の実際の経過や結果になにか影響をおよぼすのだろうか。そうした苦しい感情を表現できないでいると、よけいに病状が悪くなる危険性があるのだろうか。怒りと愛情がせめぎあうと、その解決不可能な緊張にさらされた身体はどう耐えていくのだろうか? (P.35-P.36)

だが、ものごとはこんなに簡単にはいかない。ストレスは、便利でどこにでもある概念だが、本当のところなにを意味しているのだろう? ストレスの診断は、結局のところ、患者の経歴をくわしく分析することを避けるための方便なのかもしれない。話を聴くことを避けるための、現代風の言いわけなのだ。患者が「妻が出て行ったころから症状が始まりました」と言い、「そのころは大変なストレスを感じていたに違いありませんね」ともっともらしい説明を医師から受けたとすると、患者は医師の共感や関心を得られるかもしれないが、妻が出て行ったことが本人にとってどのような具体的な意味をもつのかという点が失われてしまう。このできごとのもつ意味と、それによってよびさまされた過去の別離についての連想や記憶こそが、もっとも重要なものなのだろう。 (P.69)

つまり、暗示はどこにでも存在し、働かない薬や作用のようなものなどない、ということになる。幼い子がものをもらったり、取りあげられたりすると、それが具体的なものとしてなんであるかということよりも、愛情のもしくは愛情の取り消しの記号として感じられる。スーパーのレジでお菓子をせがむ子供は、お菓子自体に関心があるとはかぎらず、親が要求を聞き入れるかどうかに関心があるものだ。それに、だれにでも、子供のころにもらった贈り物で、それが実際になんであるかよりも、だれがくれたのか、ということに価値がある、といったものがあったはずだ。そうしたなんでもないものをなくしたりすると、それがたとえ何十年前にもらったものでも、ショックを受けることがある。
ものは、人間関係をあらわす記号になるため、この次元を人間どうしの交流から取り去ることは不可能である。なにかをあげたりもらったりすることは、わたしたちにとって意味のあることだ。 (P.132)

・・・別離や喪失には意味があり、わたしたちは、相手がなにを欲しているのかと絶え間なく問うている。養子になった子供の身体の生化学的な特徴を研究することはできるが、なぜその子は実の親のもとで育てられなかったのかという疑問を、いったいどのように計算に含めることができるのだろうか?

そもそもどうして、動物実験からの証拠を得たいのだろう、というのが筆者らの疑問である。対人関係の現実や、そうしたものにかかわる感情からあまりにも切り離されている人たち――動物実験を行う人もここに含まれる――が、そうしたことを考えられるようにするために動物という「距離」を必要としているのだろうか。幼い子供が肉親を亡くすと、当初は反応をほとんど示さず、あとになってペットが死んでようやく反応をあらわす場合もあることは、よく知られている。ペットの死によって、悲しみが一気に流れ出すのだ。多くの場合では、人間にかかわる感情や思考が、動物に置き換えられていることがわかる。人間にたいして感じることがらについて考えなくてすむように距離をおく手段が、動物によって与えられることがよくあるのだ。
動物をいじめる子供は、自分自身が経験したと感じていることやきょうだいや親にしたいと思っていることを行動に現わしているのかもしれない。ちょうど、ペットをかわいがる子供は、自分が親にそうしてほしいとか、かつてはそうしてもらったことを演じているのかもしれないのと同じように。動物実験の世界をよく調べてみると、その大半が、実験動物についての結果ではなくて、実験者自身についての結果を本当は示していることが、どうしても目についてしまう。(中略)ラットやサルは、実験者自身なのだ。 (P.211-P.212)

・・・書くということは、つねに、書く相手がいることが前提としてある、という点を忘れてはならない。苦痛を言葉に表すとなるとそれを受け取る人がつねに必要となる。喘息患者に書くことを奨励する実験には書くという働きばかりか、その受取人という役割も取り入れられられているのだ。この場合の受取人は、被験者に日記をつけたり困難な体験を記したりするようにたのんだ実験者である。ここでもまた、人間の生活においては対話の相手という地位が重要だとわかる。最初のほうの章で、経験が沈黙とともに受け渡され、どのような対話の対象にもならないとしたら、経験は容易には処理されることができないと学んだように、喘息患者の実験結果は、聞き手の存在がいかに重要かを示している。したがって、人間どうしの対話――およびそれがなくなること――は、免疫の機能に影響をおよぼしうると結論づけるのは、理にかなわないことではないだろう。 (P.257)

しかし、感情は本当のところ、そんなに明快できれいに区分されるものだろうか? 毎日の経験を振り返れば、たしかに、わたしたちは自分自身の感情の状態についてもたびたび混乱していてわからなくなっている。わたしたちは肯定的な感情と否定的な感情という大きく異なる二本の柱のあいだを揺れ動いているのかもしれないし、ごちゃまぜになった感情のえじきになっているのかもしれない。愛する人にたいして敵意を感じたりすると、その感情を避けようとして、やさしい気持ちと憤りがせめぎ合うという奇妙な状態が生じるかもしれない。実際にも、わたしたちが自分の気分や感情を理解できていないがために、その点をついたアドバイスを売り込む一大産業が誕生した。メディアの記事やテレビ番組は、どんな食事をとったか、またはとらなかったか、どんな運動をしたか、またはしなかったかなど、無意識の精神生活とはほとんど関係のない要因の結果として自分の感情を解釈するように、わたしたちに繰り返し教え込んでいる。
それでも、感情は複雑なものであり、その起源についてはふつう注意深く考察する必要がある。 (P.294)

本「売上1億円を引き寄せる感謝の法則 Giving thanks, Getting 100 million!」成田直人5

ブログネタ
ビジネスに役立つ本 に参加中!

売上1億円を引き寄せる感謝の法則 Giving thanks, Getting 100 million!
Amazonで購入
書評/ビジネス




なるほど『感謝の法則』とは、基本に忠実、みんな知ってる原理原則を、著者“成田直人 (1980- )”自ら深く極めた成功方程式が、具体的に説き明かされる。若者が読んで役に立つことはもちろん、かつて若者だった(ぼくを含めた)者には、現場の第一線を担う若者に関わる側(管理職?!)としての考察にも役に立つ。

ライブドアパブリッシングより、“本が好き!PJ”経由で指名献本、御礼!
にわかに信じ難いことに、ライブドアパブリッシングからは『36倍売れた!仕組み思考術 (田中正博,2008/7)』に次ぐ指名献本♪、果たして、ぼくへの献本(現物提供)が、それに見合う果実を収得できているのかどうかは、ぼくなんかの窺い知るところではないのであろうが、気にならないわけでもないけれど、いつも通りに開き直って愉しむことに決めた。
もう一点、指名献本を受けるに際して、気がかりなことがあった。いつからか、年配好きを自負するぼくは、読む本のチョイスにあたって、著者の年齢(生年)を欠かさずチェックする。単純に「歳を取っていればいい」というものではないものの、人生経験の深さは如実に顕れる。自らの知識不足を自覚しているぼくは、はっきり言ってしまうと、無駄な読書をしたくない、と考える(なんともおこがましい!?)。しかし一方では、その判別をし得る能力をぼくは有しているのか?と、自らに問う。著者が、心血を注いで編んだ著述であることに相違はない。未熟なぼくなんかが、それを穢すことなど、どうして許されようか、などと考えたりすることは、正しくないのかもしれないけれども、間違ってはいないと確信する。


たとえば、38歳のサラリーマンのぼくは、「仕事が面白くない」と思うときが少なくなく、「辞めてやる」と常々思っているかどうかは、ここでは言及しない。
ぼく自身は、30歳のときに10年近く続けてきた営業職(販売・接客業を含む)を、いよいよ喰えなくなって挫折して、それ以来は間接的に営業職に関わる事務職。直接的に営業現場に携わることがなく、その責任を負うこともないぼくは、気楽である、などとのんびり構えてしまっている部分を否定しないけれども、少なからぬジレンマを抱えている。ぼくの周りは、多くが20代の若い営業スタッフ。売れる(成績優秀な)営業スタッフは、ぼくがなんら気にかける必要はない。「スゴイねぇ〜、さすがだねぇ〜」で、ぼくは彼らの冷笑を浴びて終わる。営業職には、それぐらいの勢いを当然に必要とされるであろうし、それくらいの気概がなければ、優秀な成績を残して、熾烈な生き残り競争を勝ち抜くことはできないとすら。かつて、売れない営業マンだったぼくとは、まったく異なる世界の住人たち。あまりにも違いすぎて、今では比較する気にもならない(かつては烈しく羨望した)。
そんなぼくが、もっぱら気にかかるのは、成績が優秀じゃない営業スタッフ。自らを見ているようで、どう声をかけていいものやら悩ましい。営業職は、適性を要する。誰しもその成功の可能性を否定するものではないけれども、向き不向きは歴然としている。だからと言って「営業職は向いてない」とは、口が裂けても言えないし、言ってはならない。本人は、僕もそうだったけど、自分自身が誰よりもよくわかっているし、それでもなお、必死で頑張っている。可能性に賭けて、なんとかしたい、自らを変えたい、変わりたい、と真剣だ。なにがキッカケで、どう変わるか、すべては本人次第で、第三者が介在すべき領域ではない。
ぼくと同年代の脳科学者“池谷裕二 (1970- )”は、その著作『海馬 脳は疲れない (新潮文庫,2005/6)』において、脳の編成について、『30歳を超えると飛躍的に変わる』と説いていた。『20代までの若い時に積み重ねてきた経験が熟成するのが30代以降』だそうである。だからこそ、20代の若い頃には、なんだかわけがわからないままに、泥のようにがむしゃらに頑張る時期があって然るべき、と捉えることができる。また、20代の頃には、ある意味では、わけがわからなくても当たり前で(本書の著者のように若くして成し得る人も少なくはないが)、考えてもわからないから、とにかく思考錯誤してありとあらゆる手段を駆使して、チャレンジあるのみ!、ある程度年齢を重ねてしまうと、チャレンジすることもできなくなる?!、しかし、年利を重ねてチャレンジできなくなった年配者が、必ずしも現場の第一線を退かなければならないかと言うと、そんなことはなく、豊富な経験と知識を擁してマイペースを貫いて現場に残るもよし、現場の第一線を後進に譲り、後方支援による大きな全体の組織としての働き(管理職)に徹するもよし、どんな生き方だって、第三者に否定されるものではない。

若いっていいなぁ、素晴らしいなぁ。と考えて、今現在38歳のぼくは、先が見えないままに苦しんでいた20代を思い起こす。今でも、別の次元において人生を苦しんでいるのだから、なんら変わり映えがしない、と言えなくもないけれども、それでもぼくは、今を生きることをチョイスする。今思い返しても、なにをどうしていいのやら、まったくなにもわからないままに、もがいてもがいて、恥ずかしいほどにハチャメチャだった20代(今も変わらない?!)。そう考えるに、20代の若者である著者が、ぼくなんかよりも先に乗り越えて見出しちゃった成功方程式を、羨望のまなざしで正面から直視できなかったとしても、咎めないで欲しい?!


≪目次: ≫
はじめに フリーターだった私が売上1億円を引き寄せた理由
第1章 売上1億円はだれでも必ず達成できる!
★「売上1億円達成!」のイメージを明確にする

内定を辞退した1カ月後にフリーターの道を選ぶ/売上1億円の先にあるものをイメージする
★数字で具体化してみよう
自分の現在地を知る/【目標設定のプロセス】地元横浜で売上1位を取る!
第2章 本当に売ると決める!
★「できるからやる」のではなく、「やるからできる

最初の大きな目標/2度の挫折/できるまでやり続ける
★最初の壁の乗り越え方
1000ピースのパズル/売上は自分の器に比例する
★やり続けるための仕組みをつくる
最高の状態をつくる「朝」の習慣化/日々の小さな決め事を守る/達成したらご褒美を/自分が夢中になっているものを応用する
第3章 売れない自分を受け入れる
★売れない理由は無限にある

人を変えるのではなく、自分を変えよう
★商品知識が足りない!?
特化した分野で商品知識をつける/抽象的な説明はお客様に響かない!/体験に勝るものはない/商品知識があるのに売れない!
★お客様の気持ちがわからない!?
お客様の知識レベルに合った接客をしているか?/値段が高いか安いかは、だれが決める?/「聞くこと」からすべて始まる
★プレッシャーに弱い!?
自分次第でプレッシャーは「期待」に変わる/お客様の期待は裏切れない
第4章 商品を売ろうとしてはいけない
★共感する

お客様を怖がらせない!/お客様の現在位置を明確にする/NG接客 ストーカー接客/【対策】お客様の行動を予測する=「オールインワン接客」
★尽くす
お客様に尽くし、与える/お客様の「?」をすべてなくす/お客様は気づいてもらいたい/時間は短く、質は良く/NG接客 ハイハイ接客/【対策】ニーズをヒアリングし提案する=「コンシェルジュ接客」
★安心感を与える
お客様が安心してお買い物できる環境づくり/アフターフォローに時間を割く
★信頼関係を築く
お客様との信頼関係を一瞬で築く/お客様は信頼関係を買っている
★成田流接客完全マニュアル

パソコン編
第5章 感謝の連鎖が売上を爆発させる
★お客様への感謝

1.常にプロ意識を持って接客する/2.「いらっしゃいませ」より「ありがとうございます!!!」/3.目の前のお客様を徹底的に幸せにする
★仕事仲間への感謝
4.上司を認め、同僚を認め、部下を認める/5.「認めて、褒めて、誉めて、ありがとう」で感謝の連鎖をつくる
★家族への感謝
6.家族に感謝する/7.支えてくれるすべての人に感謝する
おわりに 感謝と宣言


≪著者: ≫ 成田直人(なりた・なおと) 1984年生まれ、神奈川県出身。明治大学卒。2003年19歳で、某大手靴店のアルバイト個人売上全国NO.1を達成。フロアを任されプレイングマネージャーとして活躍。大学卒業後、内定先を辞退、PC販売店にアルバイト入社し、7カ月で個人売上1億円を達成。2007年3月9日販売コンサル会社(株)FamilySmileを設立。自身の経験を基に、販売コンサルティング事業と販売(接遇)研修の二本柱で活躍中。
1万部手売りキャンペーン』実施中!



Rose bud.
Powered by PICS





本「第三帝国の興亡 第2巻 −戦争への道 THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :The Road to War」ウィリアム.L.シャイラー、松浦伶 訳5

ブログネタ
今日読んだ本 に参加中!

第三帝国の興亡 第2巻 −戦争への道 THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :The Road to War
Amazonで購入
書評/歴史・記録(NF)




東京創元社より“本が好き!PJ”経由で、『第1巻 アドルフ・ヒトラーの台頭』に次いで献本、御礼!
全5巻シリーズの第2巻の本書の装丁は“緑色”。ちなみに、第1巻は“赤色”だった。その外装紙カバー(?!)を外すと、全面赤色の背景に黒色の“鉤十字(ハーケンクロイツ)”(ナチスの党章及び国旗に採用されたシンボル)が大きく描かれ、そこに赤色抜きの文字でタイトル等が記される。これは、第1巻と同じ。ちなみに、赤と黒は「地と大地」を表わすとされるとのこと。
ナチス・ドイツにあって、もっとも似つかわしくない(?!)と思しき“緑色”とは、なにゆえに?!

1933年、首相に任命されるや、国内の混乱に乗じて矢継ぎ早に独裁体制を確立し、翌年1934年のヒンデンブルク大統領に死去により、大統領職を兼務し「総統 (Der Führer)」と呼ばれ、独裁者として全権を担った“アドルフ・ヒトラー (Adolf Hitler,1889-1945)”が、オーストリア併合チェコスロヴァキア消滅を遂げ、間もなくポーランド侵攻をしようとする以前、1939年年初までのドキュメントに見る“空前の無血征服劇”。
著者“ウィリアム・L・シャイラー (William L.Shirer,1904-1993)”は、外国人ジャーナリストとして、その歴史的事件の現場での報道に直接携わった。そして、一九六〇年にアメリカで発表された本書“第一級の歴史ノンフィクション”。

どうしたことか独裁制は、新しい希望、新しい自信、この国の未来についての驚くべき信頼を、国民の心に吹き込んでいた。
アドルフ・ヒトラーは過去を、挫折や失望とともに抹消しようとしていた。(後で詳しく検討するが)一歩一歩、そしてすばやくヴェルサイユ条約のくびきから祖国を開放し、戦勝連合国の目をくらましてドイツをふたたび軍事大国にしつつあった。これは大多数のドイツ国民の望むところで、それを手に入れるためなら〈指導者〉の要求する犠牲を喜んで差し出した。個人の自由の消失、スパルタ式食事(「バターより大砲を」)、重労働である。一九三六年の秋には失業者問題は大いに軽減され、多くが再就職した。組合結成の権利を剥奪された労働者が、ご馳走でいっぱいの弁当箱を前にして、ヒトラーのもとでは飢える自由もなくなったと冗談を口にする光景も見られた。「私益より公益を(ゲマインヌッツ・フォーア・アイゲンヌッツ)!」が当時ナチの掲げた有名なスローガンであり、ヘルマン・ゲーリングを筆頭に多くの党幹部たちがひそかに私腹を肥やし、事業の利益も増えていたにもかかわらず、一般大衆は個人の利益よりも社会の幸福を表面上優先する新“国家社会主義”のとりこになっていた。
*一九三三年二月から一九三七年春までに、登録失業者数は六百万人から百万人以下に減った。
 (P.7-P.8)
第一次世界大戦に敗戦したドイツ(ヴァイマル共和国)の国内情勢。

そして、
フランスがドイツ国防軍の大隊に立ち向かわず、イギリスがそのフランスにたいして警察行動に毛が生えた程度の支援も惜しんだことは、西欧にとって不幸であったと容易に理解できる。のちに生じたもっと大きなさまざまな災厄は、すべてこのことが発端なのである。一九三六年三月、西欧のふたつの民主主義国は、軍国主義的、侵略的、全体主義的ドイツの台頭を深刻な戦争にいたる危険をおかさずに阻止する最後のチャンスを与えられたのだ。実際――ヒトラー自身それを認めていることは、すでに見たとおりである――、ナチの独裁者とその政権を崩壊させる最後のチャンスであった。そのチャンスをみすみす逃したのである。 (P.126)
ラインラント進駐】 1936年3月7日、ドイツはヴェルサイユ条約に反して、非武装地帯と定めるラインラントに陸軍を進駐させ、同地に兵営を設け、軍隊を駐留させた、、、(Wikipedia)

一九三八年十月一日、ドイツはチェコスロヴァキアおよび――ソ連は別にしても――英仏と戦争をする状況にはなかった。もし戦争をはじめていればドイツはあっという間に敗れ、ヒトラーも第三帝国も終わりを迎えていたことだろう。ヨーロッパ戦争が最後の最後にドイツ陸軍の介入によって回避されたとするならば、ヒトラーはチェコスロヴァキア攻撃の最終命令を出したとたんに逮捕するという計画に従ってハルダーヴィッツレーベン、その他の共謀者たちの手で打倒されるということになっていたかもしれない。 (P.388)
ミュンヘン会談】 1938年9月29日から30日にかけて、チェコスロバキアズデーテン地方帰属問題を解決するために、ドイツのミュンヘンにおいて開催された国際会議。イギリス(チェンバレン首相)、フランス(ダラディエ首相)、イタリア(ムッソリーニ首相)、そして、ドイツ(ヒトラー総統)の首脳が出席した。 (Wikipedia)

一九三七年がはじまったとき、ヒトラーが最初の四年間にしたことの大半が戦争の準備にほかならなかったことは、イギリス、フランスの政府、国民にも、ドイツ国民の大多数にもわかっていないようであった。個人的観察から証言できるのだが、一九三九年九月一日直前までは、ヒトラーは戦争に頼らずに彼の望むものを――そして国民の望むものを――手に入れるだろうと、国民は確信していた。
しかしドイツを動かしていたエリートと枢要な地位で働いていたひとびとのあいだでは、ヒトラーの目的は疑いなく戦争であると信じられていた。 (P.136)
ポーランド侵攻】 1939年9月1日にドイツ軍とドイツと同盟したスロヴァキアの軍部隊が、9月17日にソ連軍がポーランド領内に武力侵攻した(〜10/6)。ポーランドの同盟国であったイギリスとフランスが相互援護条約を元に9月3日にドイツに宣戦布告し、ポーランド侵攻は第二次世界大戦に拡大することになる。 (Wikipedia)

限りなく濃い“緑色”?!


≪目次: ≫
第二部 勝利と地固め(承前)
第八章 第三帝国の生活 一九三三‐三七

キリスト教教会の迫害/文化のナチ化/新聞、放送、映画の統制/第三帝国の教育/第三帝国の農民/第三帝国の経済/労働の奴隷制/第三帝国の司法/第三帝国の政府
第三部 戦争への道
第九章 第一段階 一九三四‐三七

ヴェルサイユ侵犯/土曜日の不意打ち/ラインラント進駐/一九三七年「不意打ちはおしまい」/一九三七年十一月五日の運命の決断
第十章 奇妙で、運命的な間奏曲――ブロンベルクフリッチュノイラートシャハトの失脚
プロンベルク元帥の失脚/男爵(フライヘル)ヴェルナー・フォン・フリッチュ将軍の失脚
第十一章 独墺合邦(アンシュルス)――オーストリア凌辱
ベルヒテスガーデンの会合 一九三八年二月十二日/苦悩の四週間 一九三八年二月十二日‐三月十一日/シュシュニクの挫折
第十二章 ミュンヘンへの道
最初の危機 一九三八年五月/将軍たちの動揺/反ヒトラー陰謀の芽生え/ベルヒテスガーデンにおけるチェンバレン 一九三八年九月十五日/ゴーデスベルクにおけるチェンバレン 九月二十二日‐二十三日/最後の土壇場で/〈暗い水曜日〉とハルダー反ヒトラー陰謀ミュンヘンの降伏 一九三八年九月二十九日‐三十日/“ミュンヘン”のもたらしたもの
第十三章 チェコスロヴァキアの消滅
砕かれたガラスの週〉/スロヴァキア“独立”を“勝ち取る”/ハーハ博士の試練



ぼんやり・・・
Powered by PICS






本「第三帝国の興亡 第1巻 −アドルフ・ヒトラーの台頭 THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :The Rise of Adolf Hitler」ウィリアム.L.シャイラー、松浦伶 訳

本「彼らの激流」大村嘉正5

ブログネタ
今日読んだ本 に参加中!

彼らの激流
Amazonで購入
書評/ルポルタージュ




築地書館より、“本が好き!PJ”を経由して献本、御礼!
運動神経に自信がなく、超ビビリのぼくには、本来であれば無縁の本だったかもしれないけれども、そこはぼくが好んで手にして信頼に足る“築地書館”から刊行されたとあっては、とりあえず読んでみたい!、そして、案の定、期待に違わず、んんん〜♪♪
四国・吉野川にあって、景勝地であり、日本で最激流の渓谷(先行谷)大歩危小歩危 (剣山国定公園)”での川下り(カヤックラフティング)を愛してやまない“川の人 (リバーガイド)”たちの物語として愉しんで終わらせてしまいたい、、、

数年前、ぼくが当時勤務していた会社(不動産業)の社員旅行で訪れた沖縄で、同僚に誘われて生まれて初めてのスクーバダイビングを体験した。ぼくを誘ってくれた同僚(一級建築士)は元ラガーマンで、最近でも月に何度も潜っている様子。体験ダイビングを一緒にした若い同僚(営業職)も、運動神経抜群だった。ぼくは運痴(運動神経音痴)。迷惑かけちゃいけない、足を引っ張っちゃいけない、と思いながら、一生懸命に潜ってたら、たぶん耳抜きとか呼吸がうまくできなくって、水中で何度か軽いパニックになって、それでもなんとか海からあがったら、耳から血が出てた(笑)!、海の中の世界の魅力と恐怖心とは、天秤にかけるものではないのであろうが、機会があればチャレンジしないわけではない、と強がってみても、とどのつまりが、自らすすんでチャレンジしようとしていない。人にはそれぞれ得手不得手があろう。
そして、ダイビングショップに勤める若いスタッフたち。地元沖縄以外の出身者が少なくなく、海に魅せられて、最初は顧客として訪れて、その後にスタッフとして働くようになるようだ。すっかりスタッフ業が板についている個性溢れる猛者もいれば、不安を隠せない新米スタッフがいて、、、

かくいうぼくも、振り返ってみたら、21〜22歳の頃と記憶しているのだが、およそ半年間、伊豆のペンションにスタッフとして勤務していたことがある。それまで勤めていた会社(営業職)の、広告企画営業の顧客の内の一件に弟子入りした形になろうか。そのペンションのオーナーも、若くして(30歳前後?!)、スタッフから雇われオーナーに抜擢された、と聞いて、二匹目のどじょうを狙ったのかどうかはあえて言及しないが、ぼくは具体的な展望などなにも有していなかった。とりあえず、こっちの水が甘そうだ、となんとなく、逃げるように流されていった、とぼくはその時のことを解している。なによりも、ぼくは接客業に不向きで、その当時は身のほども知らずに迷いこんでしまったのであろうが、、、お客さまであろうが、お金をもらっていようが、偉そうな態度が許せない!?、こちらが提供したサービスの対価として支払われる金銭であり、あくまでも立場は対等であって然るべきでる、と考えるぼくに、つくり笑顔には無理と限界が生じる、持続不可能。
当時、まだ独身だったぼくは、毎月10万円の給料でもなにも困ることがなかった。住み込みだから居住費無料、3食・昼寝と豊かな自然環境つき。朝から晩まで接客の表裏で忙しく立ち回り、休みの日だって遊ぶところもなければ、出掛けることもないから、お金(給料)を使うこともない。入ってくるお金が少なかったとしても、出ていくお金が少なければ、貧しいと感じることもない。なにも考えなければ、なんの不自由もなく、ゆったり流れる時間を受け入れて生きていくのも悪くはない、なにも考えることがなければ。ただ、ぼくには無理だった、というだけのこと。


ところで、日本有数の激流、四国・吉野川にあっても、開発(治水・利水事業)の魔の手(?!)を避け切れず、すでにいくつものダムが建造され、その清流としての透明度は著しく損なわれ、四万十川に「日本最後の清流」の座を譲り渡した。
Wikipediaによると、“小歩危ダム計画”なるものが住民の反対により中止となった記述があった。もしも、ダムが完成していたら、水没していた渓谷(先行谷)大歩危小歩危”。
残された自然環境を保全する意味でも、活用が図られる必要があろう。無関心のままに放置しては、人間のエゴにより、いつまた開発事業の魔の手に襲われないとも限らない。辺境の峡谷にあって、主だった産業もなければ、過疎化は避けられない。自然との共存の在り方のひとつとして、“激流レジャー産業”がもっともっと着目されて、その地位を確立する必要があろう。ひとつの産業として、安定した地位を確立することにより、地方行政への影響力も無視できないものとなろう。簡単に、一筋縄ではいかない問題ではあるものの、地道な活動が求められよう。


≪目次: ≫
第一章 ある夏の日に
第二章 流れ、よみがえる
第三章 薫風の川
第四章 田舎暮らし
第五章 サマー・リバーガイド・ブルース
第六章 彼らの激流
第七章 台風襲来
第八章 峡谷、冬の眠りへ
第九章 二年後、はるかなドライブ
付録 リバーカヤック、そのなかでも激流カヤックを始めたくなった人へ



≪著者: ≫ 大村嘉正(おおむら よしただ)  1967年9月生まれ。四国暮らし。自然、アウトドアスポーツ、暮らし、伝統文化などを主なテーマに、旅行雑誌や航空機内誌、アウトドア誌などに記事を発表している。アウトドアスポーツに関しては、ヒマラヤ登山からケイビング(洞窟探検)まで幅広く経験。なかでもカヤックは人生の伴侶のような存在。これまでに日本各地の川や北米のユーコン川を下り、南東アラスカの海を約2ヶ月間単独航海した。
web site『彼らの激流 photo gallery』運営。



ファイヤー!!
Powered by PICS





本「36倍売れた!仕組み思考術 −なぜ私は営業マン0人で営業利益1億円を稼げたのか?」田中正博5

ブログネタ
ビジネスに役立つ本 に参加中!

36倍売れた!仕組み思考術 −なぜ私は営業マン0人で営業利益1億円を稼げたのか?
Amazonで購入
書評/ビジネス




ライブドアパブリッシングから、“本が好き!PJ”経由にて指名献本、御礼!
何故にぼくに指名献本のお話が来たのか、まったく思い当たらない、ということはないけれども、考えれば考えるほどに、わかったようなわからないような、とどのつまりは「他者の真意はわからない」といったん結論づけることにして、ご指名いただいたことに感謝しつつ、ありがたく拝読♪

基本的にぼくは、この手の(と、一括りにしてしまっては著者に失礼か?!)ビジネス書というのか、自己啓発系の「これであなたも成功できる!」みたいなノリの本が嫌いではない。嫌いではない、などと逃げ腰の言説をするのは、もともとのぼくの読書というものが、2年前の夏までは、年に1冊か2冊か、決して長大ではなく読み易いビジネス書(自己啓発系)を何週間もかけてダラダラと読むくらいで、読んでわかったふりをして、読んだだけで満足していたくらいだったから、そして、なにより営業職に長く(20歳〜30歳)直接携わり、実務としての必要性があったから。そして、結果的にぼくは、30歳にして営業職に著しく適格を欠くことに思い至り、大きな挫折感を抱いて営業職を辞去して以来、二度と営業職には携わらないと固く誓って、今までのところ頑なに貫いている、事務職のプロフェッショナル(?!、志は高く、アカデミックに在りたい!!?)。それでもやっぱり、深く根付いて沁み込んだセールスパーソンスピリットが完全に抜け切ることはないのは、脳ミソの構造(?!)がすでに侵食されてしまっているからかもしれない。そろそろ同じ年月を経ようとしているのに♪
そしてまた、年齢を重ね、会社組織に属する年月を長く経て、最先端の営業現場からは数歩退き、その分だけ多角的に俯瞰できるようにもなって、見たり聞いたり経験したり知ったりしたさまざまについて考えれば考えるほどに、会社が営利目的で構成されていることを、当たり前のことながらに痛切に思い知る。だからと言って、営利目的であることを忌避したところで、自らが手にする給与の原資がそこ(営利)にある以上、なにをどうあっても肯定せざるを得なくって、キレイゴトだけでは済まされない。
特にぼくたちが生活している日本国にあっては、良くも悪くもお金がなければ生活が成り立たない。お金がなければ困窮して、必要最低限の生活をも営むことができない。ところで、世界に目を向ければ、いまだ多くの人々がお金などなくても暮らしていける生活を営んでいるのである(世界人口約66億人のうちの約40億人は、1日2ドル以下で生活している!!、このあたりのBOPに対する概念は、主として英治出版吉田太郎の著作に精しい)が、その理解を深めれば深めるほどに、この便利に過ぎる現代社会の生活を、なにも考えることなくただただ享受していていいのか?!、との大きな疑問を抱かずにはいられない。経済的な豊かさと、幸福に対する因果関係を、どうしてもイコールで結ぶことができない、抵抗感を拭い去れない。だからといって、どうしようというものでもないのではあるが、、、
そしてまた、現実の生活においては、完全(100%)なもの(社会、組織、規範、人間だって!?)など有り得ない。仮に、完全なもののような外観を整えていたとしても、そこに携わる人間自体が完全でない、気まぐれで移り気な存在である以上、永遠に完全な状態を維持し続けることは不可能である。その不完全で遊びの部分を有するからこそ、変幻自在を可能にするのであって、その関わり方や考え方次第で、多くを90%以上の満足を得ることを十分に可能とするであろう。
そう考えるぼくは、個人的にはシステム化(仕組みづくり)を肯定できないでいるのではあるが、こればっかりはぼく個人の経済効果を一切考慮しない考え方(社会性を欠いた生き方?!)によるものであり、ぼく自身にあってもシステム化(仕組みづくり)を否定するものではない。現にシステム化(仕組みづくり)が図られることの小さくない経済効果を、ぼく自身も享受するものである。

そう考えるに、本書のタイトルにもある『仕組み』であり『思考術』が、もっとも重要とされて然るべきなのである(うぅ〜、かなり無理があるなぁ?!)。
ビジネス書(?!)にしては長大ともいえる、全306ページ(行間と余白は少なくない、読み易くわかり易いから心配無用♪)は、最初から簡単に結論づけることをしない。アッサリと簡単に答え(のようなもの)を提示して、読者の表面的な満足を満たす戦略を採用しない。簡単な表面的な薄っぺらな言説から導き出される成果は、それ相応のモノであって然るべきであり、仮に一時的な効果が表れたとしても一時的なモノで継続性に乏しいことが容易に想像できる。もっとも、経済活動(効果)としてを考えるに、その表面的ではあっても即効性(のようなもの)を体感できる(気になる)ことが、読者をしてその対価を支払うに値するものであると想像するに難くなく、そこから得られる果実を著者と出版社が期待することに、一定の効果を否定するものではないのであるが。
まぁまぁ、本書においては、軽いじれったさを抱くほどに、導入部分にじっくりと十二分な解説の後に、これまた順を追ってじっくりと展開される論説。手法やその詳細については、本書を読めば、本書を最後まで読了できるだけの能力(?!)を有すれば、誰にでもわかり易く具体的に説かれる、いわゆる『成功方程式』まで掲載される。目次(後述参照)にある通り、手の内をスッカリ明かして提供される具体的なツールの数々は、その気があれば、とりあえず誰にでも、すぐにでも始められる、懇切丁寧、安心パック?!、
田中正博”式、成功方程式♪♪



≪目次: ≫
プロローグ 10人に1人のお客様を申し込ませる方法
第1章 「売らずに、売れる方程式」

1. セールスで使う電話とDMの痛すぎる5つの間違い/2. 売らずに、売れる方程式
第2章 電話とDMで驚異の成約率を叩き出す秘密
3. 電話で集めて、手紙で売る!/4. 1本の確認電話がDMのレスポンスを倍にする!/5. DMに書かれた「言葉の力」でクロージング/6. あらゆるセールスで応用可能!/7. 実行手順はたったの3つ
第3章 「売らずに、売れる営業術」電話トーク作成法
8. 公開 これが必勝電話トークだ!/9. DMの反応を倍にする電話のポイントは2つ/10. 必勝電話トーク――6つのマル秘テクニック!/11. 6つのテクニックで差別化戦略!/12. 必勝! 穴埋め式トーク作成マニュアル
第4章 「売らずに、売れる営業術」DM作成法
13. 時代が求めるセールス・スタイルとは?/14. 公開 これが10人に1人を申し込ませるDMだ!/15. 驚異的な成約率を叩き出すセールスレターの秘密/16. セールスレターはパーツで考える!/17. 最速・最短でセールスレターを完成させる方法
特別鼎談 『結局「仕組み」を作った人が勝っている』著者 荒濱一・高橋学×田中正博
第5章 「売らずに、売れる営業術」実践編/仕組み脳のつくり方
18. 新規開拓/19. 追加販売/20. ベストプラクティスを探せ!/21. この本のノウハウを私はどうやって応用すればいいんですか?/22. 読書のすすめ――セールスにかかわるすべての人に推薦します!
エピローグ けっきょく、この本のテーマは何だったのですか?
付録「仕組み思考術」格言集


≪著者: ≫ 田中 正博(たなか まさひろ)
昭和48年生まれ。神奈川県出身。早稲田大学商学部卒。平成17年7月、保険代理店 株式会社おまかせホットラインを創業。創業2年半で営業利益1億円を達成。これまでの平均成約率は10人に1人(10%)と驚異的な成果を叩き出している。そのノウハウとテクニックは、集客・セールスはもちろんのこと、テレマチームの運営までと多岐にわたり、現在全国150社以上の保険代理店へ営業支援・コンサルティングを提供している。
著者ホームページ
http://www.stayselling.com/



これもまた紫陽花♪
Powered by PICS





本「第三帝国の興亡 第1巻 −アドルフ・ヒトラーの台頭 THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :The Rise of Adolf Hitler」ウィリアム.L.シャイラー、松浦伶 訳5

ブログネタ
今日読んだ本 に参加中!

第三帝国の興亡 第1巻 −アドルフ・ヒトラーの台頭 THE RISE AND FALL OF THE THIRD REICH :The Rise of Adolf Hitler
Amazonで購入
書評/歴史・記録(NF)



東京創元社より、“本が好き!PJ”経由で献本、御礼!

正直なところ、ぼくが“第三帝国 (Das Dritte Reich)”なる言葉と、その意味を知ったのは、ドイツの法律(公法)学者にして小説家“ベルンハルト・シュリンク (1944- )”のベストセラー小説「朗読者 (新潮クレスト・ブックス,2000.4、新潮文庫,2003.5)」を読了の後に手にした、法律学の著作「過去の責任と現在の法 ドイツの場合 (岩波書店,2005.2)」であり、なんとわずかに3カ月前のこと。すでに1世代以上前の出来事(事件)であり、直接的な当事者ではない次の世代が社会の中心を担うようになった時代(現在)にあっても、かつて母国の代表(指導者)たる“総統”が国家をあげて犯した罪(?!)は、ましてや、憲法をはじめとする公法を研究する法律学者(大学教授)という立場にあっては、無関係・無関心ではいられない。という視点からの出会いであった。
というか、そこから初めて抱いた興味であり、“第三帝国”に対する知識などといえるものはないに等しい。それ故に、無責任ながら、献本を受けて(読みたい気持ちに相違はない!?)からおよそ1か月が経過しようとするにもかかわらず、積読リストの順位が上がることがなかった。その途中には、「大審問官スターリン (亀山郁夫,小学館,2006.1)」なるソ連の独裁者(同時代であるヒトラーの記述あり)を説いた著作(ぼくはスターリンについても知らなかった)に、その重さや深さに並々ならぬ苦労を覚え、ますます本書に対して尻込み。一方では、独裁者という存在には、ラテンアメリカマジックリアリズムガブリエル・ガルシア=マルケス (Gabriel José García Márquez,1928- )”を彷彿とさせる視座を得る。
などとウダウダしているうちに、なんと、第2巻『戦争への道 (2008.6)』が刊行されて献本募集が告知されて、やっと覚悟を決めた、とはなんとも根性なし。そして、最近ではだいぶ読書に慣れてきて(2年前までは読書の習慣がまったくなかった)、1時間におよそ100ページ超のペースで読める計算なので、本書の読書時間を4時間半と算定するも、いきなり“はじめに”からつまずく。難しい、、、知らない馴染まない言葉ばかり(自らの知識不足)でペースがあがらない。休日を丸一日(およそ8時間弱)費やして、どうにか読了。かつての1ページ=1分換算のペース、普段の1.5倍は、十二分に費やすに値する♪

本書は、アメリカ・シカゴ生まれのジャーナリスト・歴史家“ウィリアム・L・シャイラー (William L.Shirer,1904-1993)”が1960年に発表し、第12回全米図書賞(National Book Awards)を受賞している、
膨大な資料と豊富な取材経験を駆使して描く、ナチス第三帝国の全貌。同時代を生きたジャーナリストによる 第一級の歴史フィクション
とオビに評される名著。まもなく発表から半世紀(50年)を経過しようとする今だからこそ、後世のためにも悪しき(?!)歴史が繰り返されることがないように、読み継がれ語り継ぎ、記憶に留め、そして記録として遺したい、遺すべき著作、その社会的意義。

アドルフ・ヒトラー (Adolf Hitler,1889.4.20-1945.4.30)”が“総統”として、ドイツ国家権力の頂点の座にのぼりつめるまでを描くのに、全459ページが費やされる、本書第1巻「アドルフ・ヒトラーの台頭」。
何度も紐解かれるヒトラーの自著『わが闘争 Mein Kampf』の第一巻は1925年夏に刊行される。後に「ナチの聖書」とも謳われ、ドイツ国内で600万部を売上げた、その著作が著(口述)されるのは獄中で、1923年のビアホール・プッチ(一揆)での手痛い失敗を経て。
・・・しかし、もっと多くの非ナチ・ドイツ人が一九三三年以前に読んでいたら、あるいは世界中の政治家がまだ間に合ううちにこれを精読していたら、ドイツも世界も破局を迎えずにすんだかもしれないという説もある。アドルフ・ヒトラーを責めるひとはいろいろいるけれど、権力を握ったらドイツをどんな国にするのか、武装ドイツによる征服でどんな世界をつくろうというのか、その具体的な見取図を示さなかったと言ってヒトラーを責めることは誰にもできない。第三帝国の青写真は、いや一九三九年から四五年にかけて勝ちつづけていたヒトラーがヨーロッパに押しつけた野蛮きわまる〈新秩序〉の青写真は、この啓示に満ちた書物の表紙から裏表紙までのあいあだに、長々と、ことこまかに、呆れるほどの生々しさで書かれているのである。 (P.171)

そんなヒトラーが、政治の世界に入る重要な転機。1919年9月のある日、軍政治局から調査を命令されて行った、小さな政治団体「ドイツ労働者党」の集会で押しつけられて手にした小冊子、、、
翌朝ヒトラーは、ドレクスラーに押しつけられた小冊子に目を通すことにした。その場面を、彼は『わが闘争』で長々と描写している。午前五時だった。ヒトラーはそれが習慣だと言っているが、第二歩兵連隊の兵舎の簡易ベッドに身を起こし、前夜、床に撒いておいたパン屑を鼠が齧るのを見ていた。「私は貧困を身にしみて知っていたから、この小さな生き物の餓えも、反対にその喜びも想像することができた」。彼は思いにふけった。そのとき小冊子のことを思い出して目を通しはじめた。「わが政治的目覚め」と題してあった。驚いたことに、彼自身がこの数年間に得た考えがいくつもそこにあった。 (P.85)



≪目次: ≫
第1部 アドルフ・ヒトラーの台頭
第1章 第三帝国の誕生

アドルフ・ヒトラーの登場/アドルフ・ヒトラーの初期の生活/「生涯もっとも悲惨な時期」/アドルフ・ヒトラーの理念の芽生え
第2章 ナチ党の誕生
誕生当時のナチ党/“総統”の出現
第3章 ヴェルサイユヴァイマルビヤホール・プッチ
ヴェルサイユの影/分裂した家/バイエルンの叛乱/ビヤホール・プッチ/叛逆罪裁判
第4章 ヒトラーの精神と第三帝国の根源
第三帝国の歴史的根源/第三帝国の知的根源/H・S・チェンバレンの風変わりな生涯と著作
第2部 勝利と地固め
第5章 権力への道 1925-31

パウル・ヨーゼフ・ゲッベルスの登場/アドルフ・ヒトラーの幕間 休息とロマンス/不況という好機
第6章 共和制最後の日々 1931-33
ヒトラー対ヒンデンブルクフランツ・フォン・パーペンの失敗/共和国最後の首相シュライヒャー
第7章 ドイツのナチ化 1933-34
議事堂炎上/GLEICHSCHALTUNG=ドイツの“統制”/「第二革命は無用だ」/ナチ外交政策のはじまり/一九三四年六月三十日の血の粛清/ヒンデンブルクの死


≪著者: ≫ ウィリアム・L・シャイラー (William L.Shirer) 1904年シカゴ生まれ。ジャーナリスト・歴史家。コー大学卒業後、渡欧。〈シカゴ・トリビューン〉紙の特派員などを経て、CBSのヨーロッパ支局長に。ドイツのオーストリア併合など、数々の歴史的事件の報道に携わる。1940年、戦況の悪化に伴ってアメリカへ帰国し、自身の経験をもとにしたベストセラー『ベルリン日記』(筑摩書房)を発表。1960年に発表した本書では、全米図書賞を受賞する。『フランス第三共和制の興亡』(東京創元社)『第三帝国の終わり −続ベルリン日記』(筑摩書房)など著書多数。1993年没。

≪訳者: ≫ 松浦伶 1936年島根県生まれ。東京大学文学部卒業後、文藝春秋入社。雑誌・書籍の編集者を経て、翻訳に従事。訳書にジャイルズ・ミルトン『スパイス戦争 −大航海時代の冒険者たち』(朝日新聞社)アル・パチーノ+ローレンス・グローベル『アル・パチーノ』(キネマ旬報社)がある。2007年没。



Rose bud.
Powered by PICS






本「RNAルネッサンス −遺伝子新革命」田原総一朗・中村義一5

ブログネタ
オススメの本はありますか? に参加中!

RNAルネッサンス −遺伝子新革命
Amazonで購入
書評/健康・医学




医薬経済社より、“本が好き!PJ”を経由して、「メディカルツーリズム (ジョセフ・ウッドマン、斉尾武郎 監訳,2008.5)」に続いて献本、御礼!
最近大いに興味を抱いている“持続可能性 sustainability”は、医療にも無関係ではない!?

日本におけるRNA(リボ核酸,ribonucleic acid)研究の第一人者“中村義一”教授(東京大学医科学研究所)に、『RNAの新しい機能や働きについて問うた (P.6)』として対談する、ジャーナリスト“田原総一朗”は、1981年に“遺伝子組み換え技術”について取材を重ねて「遺伝子産業革命 (文藝春秋,1981.6)」を著していて、さらには、近年の抗がん剤にも精しい。
[田原] 僕の女房は受容体がなかったんですよ。乳がん治療薬のハーセプチンがダメだった。 (P.156)
とは、不謹慎ながらも、対談だからこそのポロリ(衝撃の告白?!)で、その前にも後にも何事もなかったかのように(互いに大人だから!?)対談は進行しちゃうんだけど、なんとも哀切を感じないではいられない。Wikipediaによると、「愛妻家として知られ、妻がガンと宣告された時・亡くした時と二度自殺を考えたという。現在でも遺骨を墓地に埋葬せず、自宅に保管している。」とある。

ところで、どちらかといえば初心者向け(?!)に、遺伝子の基礎知識から、順を追ってわかり易く解説される本書には、関心を惹きつける具体的な事例(裏事情まで!?)に事欠かない。それでも、どんなにわかり易く説かれてたとしても、通常は目に見えない、難解なものであることには相違ない。だから、例えば、第7章“期待されるRNA医薬品”で、
[中村] すべてのウイルスは、こういった薬の開発の対象になるわけですね。もっと大事なのは、例えばがんです。がんになるのは、どこかの遺伝子がちょっと働きすぎるからです。
[田原] 遺伝子がちょっと狂うわけですね。
[中村] えぇ。その狂った遺伝子のメッセンジャーRNAを攻撃して、破壊してしまう。
[田原] 狂った遺伝子というか細胞を叩くって、どうやって叩くんですか。 (P.135)
と、わかり易い言葉でテンポよく展開される解説が、基礎知識を有しないぼくの理解を助ける。まだまだよくわかんなくて、とてもわかったとは言えないけれど、「遺伝子の働きって、そういうこと(狂うと病気になる)なのね!?」。まさに、対談著作ならではの愉しみ♪


ところで、およそ2か月前に、靴下のゴムの部分に始まり、あっという間に全身に広がった痒いブツブツは、その痒みに堪え切れずにおよそ2週間前に診療を受けた皮膚科医に『自家感作性皮膚炎』と告げられ、ステロイド外用薬「アンティベート軟膏」と、抗アレルギー薬「ポララミン錠2mg」(朝食後)・「クラチリン錠10mg」(就寝前)を処方され、塗布と服用を続けるも、一向に快復しない。もっとも肝心のぼく自身が、湿疹の原因を、栄養バランスの偏りと、個人的な問題に起因する精神的不安定と考えていて、“医薬品”で強制的に症状の表出を抑制すること(本質の解決は図られない)に抵抗を示していることもあるからであろうか、などと、呑気に(とばかりも言ってられないのだけれど)構えているのでは、治るものも治らない?!


≪目次: ≫
はじめに
第1章 主役に躍り出た「RNA
世界中が驚いた大発見/ゲノムは番地入りの「地図」
<コラム1> 2つのノーベル賞候補
第2章 ゲノム特許を独占した米国
日本はわずか6%/「カネ」を出し渋った日本の官と民
第3章 高等動物と下等動物の違い
緻密に張り巡らされた「通信網」/RNAはインフラとエンジン/転機となった発見
<コラム2> 寄生虫の巧みな生存戦略
第4章 選択的スプライシングとノーベル賞
変幻自在な「一軒家」/悪循環に陥っている日本の学者
第5章 ノーベル賞級の発見
出口の「鍵」を発見/たんぱく質はRNAもどき
<コラム3> 「DNAって何?」
第6章 擬態という新しい概念
ジャンクRNA」の謎/擬態するRNA/今なら日本「一人勝ち」
第7章 期待されるRNA医薬品
がんウィルスの「切り札」/有望なアプタマー医薬品/注目されるオーダーメイド医療ミスコンダクト
<コラム4> ライセンス契約は不可避
第8章 RNA「ワールド」
ニューセントラルドグマ/日本初の「アプタマー」ベンチャー
おわりに
付録 ・ノーベル賞受賞者と分子生物学年表
参考文献


≪著者: ≫
田原総一朗 1934年滋賀県彦根市生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所、テレビ東京を経て、77年フリー。テレビ朝日「サンデープロジェクト」のキャスターをはじめ、ジャーナリストとして「日本の官僚」などの著作の多数。

中村義一 1972年京都大学理学部卒。77年同大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)。86年東京大学医科学研究所助教授を経て、2000年同教授に就任、現在に至る。



優しさを湛えて♪
Powered by PICS






[田原] 中村さんがRNA研究を本格的におやりになったのは何年ぐらいからですか。
[中村] 私が本格的に研究に入ったのは結構古いんです。1980年ぐらい。
[田原] 二重らせんが解明できたころに、おやりになっているわけですね。
(中略)
[中村] 日本ではRNAはそんなに重要だと思われていなかったので、RNAをやっている人はみんな裏街道。(中略)
私が入った理由は、誰もやらないことをやろうと思ったのが一番強かったので。
(中略)
[中村] ・・・裏街道に入って、道に迷って、遭難したような期間が多分16年ぐらいあったんで。
[田原] よく我慢出来ましたね。遭難しながら(笑)。
[中村] そうなんですよね、今にして思えば。山のてっぺんに出たら、みんなが見つけてくれたわけです。
[田原] 気がついたら、一番てっぺんにいたわけだ。なるほど。
[中村] それまでは行方不明みたいなものでした。 (P.93-P.97)


本「生まれ変わりの村 弯硬跳5

ブログネタ
オススメの本はありますか? に参加中!

生まれ変わりの村
Amazonで購入
書評/



アクセスより、“本が好き!PJ”経由の献本、御礼!
著者“森田健 (1951- )”は、「運命におまかせ −いつも幸せを感じるあなたに (講談社,2007.11)」以来の二作目♪、共感できる部分が多く(すべてではない)、その共感できる部分というのが人間の根底の、たいせつな部分に属するところと感じるから、その言説に興味を抱くも抱かないもなく、とりあえず一旦受け入れてみる。根柢の部分で得ている共感は、表面的な奇特さなどは簡単に超越しちゃって、「ぼくとは違う」という認識で、「ぼくはそんなことは考えない(信じない)し、そんなことはできないし、やりたいとも思わない」言説や行動を、“忌避”や“否定”ではなく、「できない(やらない)ぼくに代わって、経験を、その情報(知識)を提供してくれる」と考えると、頭が固くて体が重い、無精者のぼくにとって、こんなにありがたいことはない!?

だって、わざわざ日本から片道丸二日も費やして、中国の山奥深い村に何度も何度も取材に出掛け、総勢84名もの証言を調査取材するだなんて、いくら“不思議研究所”なる非営利目的の団体(?!、案外ボロ儲けだったりして?!)を、自らが経営する会社の中(?!)に設置・運営しているからといったって、その労力やコスト(費用)を考えても、全三巻に84名分、本書(ヾ)に掲載されているのが23名分の証言事例だとしたって、それが1冊金1,575円也で読むことができるだなんて、それが高いか安いかは言うまでもない。

基本的にぼくは、疑り深くて、否定的で、神様の存在も信じなければ、“生まれ変わり(前世の記憶)”だなんて、「科学的に証明されないものを、信じろということ自体に無理がある」と一刀即断。だから、本来であれば、本書を読んじゃいけない読者の部類に入ることに間違いはない。ネタバレする気はないけれど、“生まれ変わり”のキーポイントとなる?!とされるものだって、どうあっても同調することができない。それでもそんなことは、ぼくにとっては微々たることに他ならない。

著者“森田健”が本書において、中国奥地での調査取材という方法を採用してまでして探るのは、
“私とは何か?”

何よりも、その採用する行動のすべてを運命の赴くままに身を委ねて(この中国への調査取材もそのひとつ)、無理に抗うことをしない潔さが心地好い。
証言者の証言の一貫性のなさだって、「修正加工していない証し」と。それでも、きっと通訳(トラさん?!)を介しての取材調査であろうから、証言者のありのままの言説とは言い切れない部分もあろうし、著作としてまとめるうえでは、著者の想いだって編み込まれる。疑い始めたらキリがないけれど、果たしてその真偽を問うことに何の意義があろうか?

“生まれ変わり”証言者への取材において繰り返される問い、
「あなたにとって死は怖くないですか?」
その回答に、これまた一貫性がないところを、妙に好ましく感じつつ、、、
ぼくは自らに問う。
自死という生き方 −覚悟して逝った哲学者 (須原一秀 著,双葉社,2008.1)」を最近読んで、ビンビンに影響受けまくっている(理解には程遠い)ぼくとしては、その「自ら選択する“死”があってもいい」との論考に、あらためて“死”の在り方を自らに問うているところであり、ただ単に「怖い」、とか「忌避する」というものでもないとの印象を受けているけれども、まだまだ考察が圧倒的に不足している、、、


≪目次: ≫
序章 中国奥地に「生まれ変わりの村」があった
狼に食べられて死んだ弟が、妹になって訪ねてきた(事例一)
第一次調査を終え 帰国便の機上にて「この日から生まれ変わりの村の調査が始まった」
第一章 前世を記憶する村の「スープの伝説」とは?
一度牛に生まれ変わり、再び人間に生まれた男(事例二)
愛妻が男の子に生まれ変わり、前世の夫に再会(事例三)
二児の母として死んで、今でも母性愛を引きずる男(事例四)
あの世で忘却のスープを飲まなかった女性(事例五)
産んですぐに自分を殺した前々世の母に会いに行った女性(事例六)
中学で前世の孫とクラスメートになった女性(事例七)
突然手が小さくなり、生まれ変わったことを知った女性(事例八)
第二次調査を終え 帰国便の機上にて「前世と今世を途切れなく生きている人びととは?」
第二章 自殺をしても、行ったところは同じ!
誕生と同時に水瓶に何度も入れられ、殺されかけた男(事例九)
一度は川に投げすてられ、二度目は銃殺された男(事例十)
前世で女性だったときのピアス痕を耳に残す男(事例十一)
公安に銃殺されたヤクの売人の今は?(事例十二)
夫の暴力に耐えかね、入水自殺した人(事例十三)
前世のことを喋ると病気になる女性(事例十四)
お盆に、生きている人の都合で呼び出すなといった女性(事例十五)
コラム データで読み解く生まれ変わり「死んでから生まれ変わるまで何%があの世にいったか?」
第三次調査を終え 帰国便の機上にて「死んだあと、生前の行ないを反省する必要はない?」
第三章 あの世に審判はなかった
前世が男性だったため、今世で男性を愛せない女性(事例十六)
胃炎で死んだ男は、スープを飲めば直るといわれた(事例十七)
スープを飲めば、また他人から始めなければならない(事例十八)
茶碗がなくてスープを飲めなかった男(事例十九)
コラム 生まれ変わりの村のお葬式「明るく楽しいお祭り?」
鞭を持った男にスープを飲ませてもらえなかった女性(事例二十)
死んで、隣の家に生まれた人(事例二十一)
前世の母親から町で声をかけられた女性(事例二十二)
牛だったときの飼い主にお礼に行った男(事例二十三)
第四次調査を終え 帰国便の機上にて「前世での関係を引きずらない、一回きりの人生」
取材後記〜あとがきに代えて 価値観も善悪の基準もない世界へ
生まれ変わりの事実を知ることは怖くありませんでしたか?
僕は亡くなった愛犬に何をしたでしょうか?
あなたは前世記憶を持ったまま生まれたいですか?
素材(肉体)くらい選ばせて欲しかった?
価値観のないあの世だから、人を裁かないと思いませんか?


≪著者: ≫ 森田健  1951年、東京都生まれ。上智大学電気電子工学科卒。富士通(株)を経て、コンピュータソフト会社を経営。開発した通信ソフトが郵政大臣賞を受賞。1996年に社内に不思議研究所を設置。「時空」と「私」の謎を解くため、数々の不思議現象を探究し、世界中を取材する。
もりけんドットコム」を運営。



White
Powered by PICS





本「メディカルツーリズム −国境を越える患者たち Patients Beyond Borders;Every body's Guide to sffondable,World-Class Medical Tourism」ジョセフ・ウッドマン、斉尾武郎 監訳5

ブログネタ
オススメの本はありますか? に参加中!

メディカルツーリズム −国境を越える患者たち Patients Beyond Borders;Every body's Guide to sffondable,World-Class Medical Tourism
Amazonで購入
書評/健康・医学



医薬経済社より、“本が好き!PJ”経由の献本、御礼!
パンドラの箱を、開けない選択があっていい!?』
監訳者:斉尾武郎が、あとがきに書き記す、
本書を一読すると、メディカルツアーといっても、美容外科や歯科治療を行う医療機関がとても多いことに気がつく。しかし、私が本書というパンドラの箱を開けたのは、むしろ、高度医療を受ける選択肢として、海外の医療機関もあるのだ、ということを読者の皆さんに知っていただきたいからだ。そして、日本の医療が、世界の中でどのような位置にあるのか、新たな視野を獲得してほしいと願うからだ。 (P.507)
そう、海外のメディカルツーリストたちが、メディカルツアーの“目的地”には絶対に選ばない“国際標準が通用しない国ニッポン”♪

そういえば、昨年末だったか、今年の初め頃だったか、真剣にレーシック(角膜屈折矯正手術)しようと考えていた時期があった。小学校高学年の頃から急激に視力が悪化して、今はたぶん裸眼で0.03とかそれくらい。裸眼では普通に歩くことだって困難(足もとの段差が見えない)で、日常生活は眼鏡なくして到底成立しえない。視力の検査をすると、いちばん上の大きいやつ(Cのどっちがあいてるか?!)が、相当に近づかないと判別できないほどのド近眼+乱視。小中学生の頃には、どうしても眼鏡に抵抗があって、見えてなくても絶対に眼鏡をかけなかった。で、いつからかコンタクトレンズを愛用するようになったんだけど、30歳を過ぎた頃に、いよいよ花粉症が酷くて目が痒くて痒くて、さらには年齢を重ねて容姿を気にしなくなって(?!)、コンタクト眼科医には目に傷がついただの、涙が少ないだのと言われて、メンドくさくなって、今はコンタクトレンズを一切使うことなく眼鏡のみ。眼鏡だって毎日使うものだから、定期的に新調しなきゃならない。ちょうどそんなタイミングにふと思い立って、周囲を見回すと、実弟をはじめ、会社の同僚にも何人か施術者がいて、金額も数年前に調べた時には30万円くらいしていたのが、今や15万円くらい!?、ということは、これから先に何本もの眼鏡を買って、見えない不便を強いられることからの解放?!、と考えると、コストパフォーマンスにすぐれる♪
でも止めた。そんなに簡単になんでもかんでも便利はダメだ、視力が悪いのを受け容れて生きていくんだ、って考えたのは、なにが転機になったのか、ハッキリとは思いだせないんだけれども、そう決めた。ぼくは死ぬまで眼鏡♪♪

昨日は、ついに皮膚科医に行った。約1か月半前に靴下のゴムのところが痒くなって、ポリポリ掻いていたらかさぶたになって、なかなか治らなくて痒いままだったから、薬局で塗り薬を買ったのが1か月前。薬を塗ったとたんに、一気に全身に痒いブツブツが出てきて、薬局では「皮膚科医に行け!」って言われたんだけど、どうしても医者には行きたくないから我慢して、痒み止めを塗り続けていた。だって、原因のひとつには、きっとこれが一番目と二番目に大きいと信じて疑わないんだけれども、食事の栄養バランスを欠いてることと、精神的なストレス。それまで濃い味が苦手で、外食を嫌って、長く(37年間ずっと)家飯に慣れ親しんできたぼくにとって、すでに1年5か月を経過しようとしている外食中心の(家飯の一切ない)食生活と、その生活を招いた長く解決の糸口を見出せない諸問題に対するストレス。そんな、根源的な解決をまったく図ることなくして、表出した痒いブツブツを薬で抑えたところで、別のかたちで何らかが表出することが目に見えている。ちょっと痒いくらいで我慢している方が、むしろ自然かもしれない。
案の定、薬局に勧められた若い男性の皮膚科医は、ぼくが、「原因は、ストレスと栄養バランスかと、、、強い薬は嫌です」と言うと、そうは言ってないかもしれないけれども、「強い薬でとっとと治す!、薬でお前の病気(痒いツブツブだけ!?)を俺が治してやる!」と。
素直に、ありがたく、なにも余計なことなど考えずに、処方された薬を塗ってのんでりゃいいかもしれないけど、自分の体のことは、やっぱり自分が理解しなくちゃ。

そりゃ、最新医療を否定する気は毛頭もないけれども、そこまでして快適に便利に長く生きたいかね?!
高度な最新技術は、活力溢れる発展途上国に任せたらいい♪
最新じゃなくてもいいから、医療保険制度を維持して、富める者のみならず、貧しき者にも医療の機会均等の恩恵があればいい♪


≪目次: ≫
法的責任の限度と保証の拒否
パート1 かしこいメディカルツーリストになるために
第1章 メディカルツアーQ&A
第2章 メディカルツアーを計画する
第3章 治療と旅行の予算を組む
第4章 メディカルツアー・プランナーを使いこなす
第5章 現地に滞在中にちゅういするべきこと
第6章 我が家に戻ろう
第7章 同伴者の皆さんへ
第8章 かしこいメディカルツーリストのための“べし”“べからず”集
パート2 メディカルツーリストがよく訪れる地域
はじめに/メディカルツアーの行き先早見表/メディカルツアーの目的地マップ/アンティグアとバルバトス/ブラジル/コスタリカ/チェコ共和国/ハンガリー北西部とブタペスト/インド(デリー、バンガロール、チェンナイ、ムンバイ)/マレーシア/メキシコ/シンガポール/南アフリカ/タイ/UAE:ドバイ
パート3 情報源と参考資料
監訳者あとがき・世界の名医があなたを待っている!/フジ虎ノ門健康増進センター 斉尾武郎



Sky
Powered by PICS





本「サフラン・キッチン The Saffron Kitchen (新潮クレスト・ブックス)」ヤスミン・クラウザー、小竹由美子 訳5


サフラン・キッチン The Saffron Kitchen (新潮クレスト・ブックス)
Amazonで購入
書評/海外純文学



新潮社より、“本が好き!PJ”経由の献本を受けた、シルフレイさんから、“本が好き!PJ”経由の回し読み、御礼!

久しぶりの泣ける小説は、読んでた場所が騒々しいファミレスじゃなく自室だったら号泣していた!?、ちょっと周りを気にしながらも、軽く鼻を啜り、目を細め、口を歪める程度にして耐えた。「感動(感涙)=秀逸」と簡単に言い切ることはできないけれども、正直なところ、終盤にいたるまで、まったく物語を理解できなくて、ちっとも愉しくない、どちらかといえば苦痛だった(中途に2、3冊挿み読む)のが、まるでウソのように最後の最後に突き抜ける、これぞ“読書の醍醐味”!?、イラン系英国人女性作家“ヤスミン・クラウザー (Yasmin Crowther)”による、なるほど(自らの言葉では言いえない…)『深い余韻を残す』長篇♪
「ここへ来ないままで人生を送ることはできなかったんじゃないかな」 (P.303-P.304)
「いちばん大事なのは、あなたたち二人とも今こうしてここにいてくれることなの」マリアムは低い声で言った。「あの忌まわしい日がなかったら、わたしたちの誰もここにいないかもしれない」 (P.316)
そんなのフィクション(虚構の物語)だから当たり前のことだ、と言ってしまえばそれまでだけど、それを無くして物語として成立しえないことにも理解を示しつつ、どうしたっても感情移入せずにはいられない。
マリアムの祖国イランにあって、英国にひとり残された英国人の夫エドワード、母マリアムに対して烈しい憤りをもはや隠そうとしない娘サラ。そして、アリ。40年もの歳月を経て、40年間という長い歳月を経たからこそ、封印を解くことができた心の傷、決して誰にも言えるものでもない。茫然自失、怒りと怯え、心も体も魂までもを壊されて、生きてはいながらも死んだような状態のままに生きた40年間、、、
イラン・イスラーム共和国、1979年イラン・イスラム革命の動乱。



≪著者: ≫ ヤスミン・クラウザー (Yasmin Crowther)
イラン人の母とイギリス人の父のもと英国に生まれる。オックスフォード大学、ケント大学に学び、シンクタンク、サステイナビリティー社に勤務。企業コンサルタントのかたわら、35歳で『サフラン・キッチン』を執筆。2005年、ロンドン・ブックフェアにおいて、各国の出版社の注目を集め、ドイツ、イタリア、オランダなどでの出版が早々に決まり話題となる。


Centaurea cyanus L.
Powered by PICS





本「深海生物の謎 −彼らはいかにして闇の世界で生きることを決めたのか (サイエンス・アイ新書)」北村雄一5


深海生物の謎 −彼らはいかにして闇の世界で生きることを決めたのか (サイエンス・アイ新書)
Amazonで購入
書評/サイエンス



ソフトバンククリエイティブより“本が好き!PJ”経由の献本を受けた“シルフレイさま”から回し読み、御礼! 全208ページの半分以上が鮮明なカラー写真で、視覚からも“深海生物の謎”に迫る!!

ちなみに、“深海”とは、Wikipediaによると、『普通、海面下200m以深の海を指す』とある。太陽光が届かない暗黒の世界、そして、低水温、高水圧の環境。餌だって乏しい。そんな環境にあっては、深海で生きられる生物は限定され、環境に適した生態への進化が求められよう。ある意味で原始的な(進化を遂げた?!)生物たちは、膨大な時間の果てに地殻変動により地上に押し上げられた地層に見ることができる。ということは、地球史における地質時代カンブリア紀以来、数億年(本書においては、1500万年前の化石の情報に止まる)を、その進化に費やしているのかもしれない!?


伊豆半島の地質活動(地震や火山活動)調査等の目的から、1993年、初島沖 水深1175mの海底に投入された深海底総合観測ステーション(初島沖ステーション)、文部科学省所管の独立行政法人である海洋研究開発機構(JAMSTEC)が管理する研究施設。
その暗黒の深海底に設置されたカメラに撮影された深海生物達、
海底に点々と見える白いものは、シロウリガイ達とそのコロニー。その上を粉雪のようなものがいくつも舞い散って流れていく。これらはいわゆるマリンスノー。すなわち海の雪で、上空から落ちてきたプランクトンの死骸や、潮の流れで舞い上がった海底のもやもやしたホコリのようなものだ。わびしいようだが、これらが深海生物の命を支える糧となる有機物だと思えば、見方も少し変わるだろう。 (P.38)
そして、著者に、「泳ぎたくなんかありません」、「泳ぐってなんですか?」、「見るってなんですか?」と言わしめる深海生物達の生態の数々は、決して超鮮明とは言えないけれども、本来、暗黒の闇の世界の、動きの乏しい深海生物にあっては、貴重な映像♪


著者“北村雄一 (1969- )”は、フリージャーナリスト兼イラストレーター。深海生物から恐竜、進化まで、幅広い分野で活躍。ホームページ“ヒリヒリ (http://www5b.biglobe.ne.jp/~hilihili/)”を運営。

深海生物ファイル −あなたの知らない暗黒世界の住人たち (ネコパブリッシング,2005.11)



≪目次: ≫
第1章 地上の痕跡から深海
三浦半島/深海生物の痕跡/刻まれる地層/旅をする海底/沖ノ山堆と生物/シロウリガイ/化学合成水槽の中のシロウリガイ/進路を西へ/ハオリムシ火山温泉/深海のステーション
第2章 初島深海観測ステーションから見る世界
深海底総合観測ステーションとは?/深海の風景/流されるままに/画像だけでは難しい/のたうちヒモ/への字に曲げて/泳ぎたくなんかありません/泳ぐってなんですか?/ソコクロダラ/ソコダラ達/見るってなんですか?/ミズムシ/標本を見てわかること/初島沖ステーション、そのほかのみなさん/エゾイバラガニ/エゾイバラいろいろ/300℃の水
第3章 熱水の吹き出る世界
釜ゆでゴエモン/TOTOの山/閉鎖されたカルデラの世界/もっと深いところに住む生き物を/温泉大好きユノハナガニユノハナガニ 15番/岩にびっしりたかります/シンカイヒバリガイさまざま/熱水にいるさまざまな動物達 オハラエビ/熱水にいるさまざまな動物達/3つ目の供給源
第4章 死体の楽園
死体の楽園/骨を喰らうゾンビワーム/次の死体へ/骨につく二枚貝骨は魔法の石なり/ヒラノマクラから進化を見る/最後は礁に/流れ下る
第5章 泥を喰らうもの
ユメナマコ/雲の上を飛んだナマコ/ユメナマコのいろいろな姿/地震の泥流は栄養を運ぶ/初島沖ステーションがとらえた乱泥流/飛び立つナマコ/踊って泳ぐ/深海の帆かけ舟/深海はナマコの天国/ナマコ天国その2/ナマコの謎 謎の理由/深海の生活を探るには?/アユトラフのナマコ達/アユトラフのヤドカリ/落書きだらけの海底/海底ぐるぐる/ズーフィコスと深海ユムシ/もぐれブンブク、歩けウルトラ/ブンブクウニを探せ/深海底の不思議な痕/相模湾から海溝
第6章 海溝、そして地上へ
海溝のキャラウシナマコ/最後の魚/クマナマコがいっぱい/クマナマコ逃げる!!/海溝の節足動物達/マリアナの深淵/マリアナ海溝を探る/上昇/隆起、そして変形/化石、そして輪廻/深海を探る機械
第7章 深海を探査する機械
しんかい2000」日本初の2000m級有人潜水調査船/「しんかい6500」世界最深の有人潜水調査船/「かいこう」1万mまで潜れる無人探査機/「かいこう」のロスト/「うらしま」深海で自律的に行動するロボット/深海の動力源


フワフワ
Powered by PICS





本「バンガローの事件  The Bungalow Mystery 1930 (創元推理文庫、ナンシー・ドルー・ミステリ 3)」キャロリン・キーン、渡辺庸子 訳5


バンガローの事件  The Bungalow Mystery 1930(創元推理文庫、ナンシー・ドルー・ミステリ 3)
Amazonで購入
書評/ミステリ・サスペンス



東京創元社より、“本が好き!PJ”を経由して献本、御礼!
少女探偵“ナンシー・ドルー・ミステリ”シリーズ第三弾♪、「古時計の秘密 The Secret of the Old Clock (2007.11)」、そして「幽霊屋敷の謎 The Hidden Staircase (2007.12)」と、ミステリを不得手とするぼくも安心して愛読できる。

誰も殺されない、1930年から愛され続けてきた優しさに満ち溢れる、シンプル(is Best!)なミステリを、「11歳の我が娘に読ませたい!」と画策する。ところがそんな思惑というものは、こちらの期待を知ってか知らずか、容易く外される。既刊の2作は彼女の手元にあり、未読のままに。今回、思い切ってぼくに先んじ、「面白くて読み易くて、きっとすぐに読み終わるから!」とそそのかして渡した。案の定、1週間後に53ページまでの中途読了で返ってきた。きっと彼女だって、宿題や習い事やら忙しかったのだ、、、


あとがき、「ナンシーとの再開」に、“坂木司 (1969- )”が書き記す。嫌みなくらいに完璧なお嬢様の主人公、「ナンシー・ドルーに惚れ直した」と。しかし、小学校の図書館で出会った時に、「子どもの私は数冊読んでそれっきりナンシーについて興味を失ってしまった」(P.234-P.235)と。


花言葉「生きる」♪
Powered by PICS





本「考える人  No.24 2008年春号 [特集 海外の長篇小説ベスト100] Plain Living , High Thinking.」新潮社5


考える人 No.24 2008年春号 [特集 海外の長篇小説ベスト100] Plain Living , High Thinking.
Amazonで購入
書評/海外純文学



新潮社”より“本が好き!PJ”を経由して献本、御礼!

海外の長篇小説ベスト100」とは、何とも壮大な企画で、編集部が選んだ200名を超える方々の中から回答を寄せた、作家、批評家、翻訳家、文学研究者、新聞記者、エッセイスト、脳科学者、哲学者、精神科医、、、さまざまなジャンルの書き手総勢129名のアンケート集計結果が公開される。
ランキング企画だから、順位をつけるのが目的で、栄光の第1位から第13位までは大きく取り上げられていて、ベスト100位の全リストがあって、さらに101位以下同点249位まで全274作品が一挙公開。
参考資料としてのアメリカ、イギリス、フランス、ノルウェイの各国での名作小説ベスト100、ベスト50リストも掲載されていて、検証座談会[青山南加藤典洋豊崎由美]があったり、ロングインタビュー:丸谷才一池澤夏樹、、、ほとんどお祭り気分で、「さぁ、どれから読んでみようかなぁ♪」
登場される方々が、みんな迷いに迷って、とにかく愉しそう。時に幼少の頃の読書体験にまで遡って語られる解説やアンケートの数々は、それを読むだけでもワクワクする、幸福体験の共有!?、順位はともかく(異論反論はあろうけど)、参加すること、愉しむことに意義がある。何より、歴史的長篇小説を新たに見直すキッカケとも。

そう、長大で難解な歴史的文学作品に対する憧れ(?!)から、挑戦しなければ!、との願望は持ち続けている。それでもついつい、長大で難解にあらざる著作に手を伸ばしてしまう根性なし。
簡単に誰でもが読みこなせてしまう文学作品は、その人気が長く続くことはない。長い歳月を経てなお高い人気を誇るだけの理由であり、魅力を備えた長篇小説、積読リストに加えていこう!


ところで、編集長 松家仁之が説く、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した、“Plain Living , High Thinking.(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)”的な在り方。

考えることを忌避しても、生きていける。むしろ、世の中の速い流れに乗るためには、考えることを停止してしまった方が、かえって順応が容易なのかもしれない。じっくりと考えてばかりいると、世の中の速い流れには遅れてしまって、追い付くことに困難が生じる。
ところで、自らの意思で考えることを放棄して、流れの速い世の中に合わせることに、流されて生きることに、何の意義があろう。人それぞれ、それぞれに在り方、生き方、考え方が違っていいじゃないか。

現代社会において、“考えている”書き手の方々が書き記した読み物に触れ、そしてまた考える。









訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

since 2007.11.19

Categories
じゃらんnet 宿・ホテル予約

Amazon
honto
TagCloud
本が好き!
本が好き!
記事検索
管理人・連絡先
管理人 Gori が書き記しています。 不適切な表現及び解釈などありましたら連絡ください。
ppdwy632@yahoo.co.jp
livedoor プロフィール

Gori

主として“本”が織りなす虚構の世界を彷徨う♪

‘表 BLOG (since 2006.8)
▲ロスバイク TREK 7.3FX(神金自転車商会 since 2008.8)
写真 Canon IXY900IS(since 2006.12.4) & EOS40D + EF-S17-85mm F4-5.6 IS USM(since 2008.7.23) + EF100mm F2.8 Macro USM(used, since 2008.9.10) + EF-S55-250mm F4-5.6 IS(used, since 2008.9.30) + EF50mm F1.8 供used, since 2009.4.4)

Archives
Recent Comments
Recent TrackBacks
父が子に語る近現代史 (本の宇宙(そら) [風と雲の郷 貴賓館])
本「父が子に語る日本史」小島毅
BlogRanking
  • ライブドアブログ